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雪像の悪魔
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相談卓
最終発言2016/01/29 20:15:06 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/01/28 17:51:58
オープニング
●ゆきだるま
1月某日、珍しく大雪に見舞われた東京の街には、こんもりと白雪が積もっていた。
北国のように足が埋もれてしまうほどの降雪量ではなかったが、それでも子供らが雪遊びをするには充分な量だろう。都心では年に数度の機会、郊外の公園には防寒着を着込んで遊戯に明け暮れる子供たちの姿があった。
鼻を赤くしながらも雪合戦を楽しんだり、我先にと雪をかき集めて雪ダルマを作ったり。
「おかあさん、こっちきて?」
遊び回る我が子を遠目に見守っていた母親に、男の子が寄ってきた。それから母の赤い手袋の手を引いて目的の場所まで連れて行く。息子の行動の一部始終を見ていたのだから母は全てわかっているのだが、黙って連れられて行ってあげる。
「おれがつくった! すっげー雪あつめたから、でかいっしょ!」
息子が見せたかった物は自作の雪ダルマ。この場では雪量が限られているし、幼子が作った物だから特大とは言えないが、作りうる限り最大の立派な雪ダルマだ。
「すごいねー。全部自分で作ったんだ? 寒いのに頑張るねー」
「そんなさむくないよ」
遊びに熱中していた子供にしてみれば寒気など取るに足らないもの、それを知ると母は息子の活力に感心したり、年を喰った寂しさを感じたり。
「顔はどうするの? 何かつける?」
雪ダルマの真っ白な顔を見て、母が表情の制作を提案する。現状の雪ダルマは枝の腕ぐらいしか持っていない。
「これからつくるよ。なにかつけるものさがすから」
そう言うと息子は公園内を歩き出した。目や鼻、口の材料になる物を探し求めて。
「公園から出ちゃダメだからねー」
母の忠告。だが雪ダルマの制作で頭が一杯の息子はそれを素直に聞き入れてはくれない。公園内でママ友と談笑していた母の目を盗み、息子は探索のためにトコトコとあっさり公園を出ていってしまう。
色々と使えそうな物を調達して、すぐに息子は戻ってきた。心軽やか、うきうきした足取り。顔まで作って完成させた雪ダルマを、早く見せてあげるんだ。
「おかあさーん」
何気ない母への呼び声を発しながら幼子が見たものは、数分前までの賑やかな光景ではなかった。
そこには走り回る子供たちも、そんな子供たちを優しく見ている親たちもいない。何も。
代わりに並ぶのは、大小無数の雪ダルマ。大きな球の土台、そこに乗る小さな球にはつぶらな黒目、高々と伸びるとんがった鼻、綺麗に口角がカーブした口。記号のような、曇りない笑顔。
そして、1体の巨大な雪ダルマ。公園の中央に佇んでいる。
ぼーっと息子が呆けていると、やがてその大きな雪ダルマは徐に動き始め、静かに公園を後にした。
異様な出来事に唖然としていた息子だが、そのうち気を取り直し、ゆっくりと公園に足を踏み入れる。
キョロキョロと周囲を見回すも、彼が捜す母親の姿はない。あるのは展示物のように並んだ雪ダルマだけ。
どうしたのか、どこにいるのか、言い知れぬ不安が彼の胸中に渦巻いていく。
彼は見る。展示物を。そこに並ぶ雪ダルマを。そして、雪ダルマから飛び出した腕を。
雪ダルマのパーツであるかのように飛び出ている、その腕の先の手を覆う手袋は、紛れもなく母がつけていた赤い手袋だった。
叫び。幼子の叫び。悲しみと恐怖と、焦燥がとめどなく。
●その中の命を救うために
「プリセンサーが従魔の出現を予知しました。場所は都心の郊外、子供たちが遊んでいる公園に現れるそうです。その従魔は巨大な雪ダルマの姿をしており、その場にいた一般人を雪ダルマに閉じ込めてから移動を始めるようでして、皆さんには雪ダルマの退治と被害者の救出をお願い致します。移動中にもすれ違う一般人を雪ダルマにしている可能性がありますのでご注意を」
オペレーターから事件の説明を受け、エージェントたちは現場へ急行する。
解説
目標:雪ダルマの撃破、及び人々の救出
敵:
デクリオ級従魔 雪ダルマ
全長3mほどの巨大雪ダルマ。つぶらな瞳にとんがったお鼻、ニッコリ笑顔の典型的スタイル。
ステータスは平均的。
人間を雪だるまに閉じ込めてライヴスを奪い尽くす。
雪玉を飛ばして攻撃してくる。射程は10スクエア。
周囲に雪玉を放射する近接範囲攻撃も持つ。
対象単体を雪ダルマ化するスキルを所持。こちらも射程10スクエア。
雪ダルマにされたら行動不能になり攻撃も必中、毎クリンナップフェーズで生命力が1減少する。
クリアレイで回復可能。
3ラウンド経過で雪ダルマ化は自動解消。下記の方法でも解消可能。
人間を閉じ込めた雪ダルマは、ライヴスを介した攻撃でのみ破壊できる。
一般人の場合は抵抗力がないのでラウンド経過による解消はない。
中の人間を傷つけずに慎重に破壊する場合は、精密性が求められるため基本的にロングアクションとなる。
命中の基本値によって必要ラウンド数は変わる。下記の通り。
400未満:4ラウンド
400-699:3ラウンド
700-999:2ラウンド
1000以上:メインアクション1回
場所:
東京郊外の街中。真っ直ぐに通りが続き、左右には建造物。
周辺は封鎖されているが逃げ遅れた一般人もいる。
道の横幅は10スクエア。
状況:
OPの公園に到着してからスタート。
従魔は移動を続けており、道中に遭遇した一般人を雪ダルマにしている。
開始時に公園で雪ダルマ化しているのは10人ほど。
助けた一般人を路上放置しておくのは危険なので、どこか建物内に運んでおくことを推奨。
リプレイ
●狩人達の目
「わー、雪だ雪だ。はじめて見たすごーい。冷たくて変なのー」
何体もの雪ダルマが立ち並ぶ現場の公園にやってくるなり、ギシャ(aa3141)は生涯で初めて体感する白雪に興奮していた。その白さ、冷たさは新鮮な驚きをもたらしてくれる。
「いいから防寒具を着ろ。それと今の内に雪上移動にも慣れておけ」
渋い口調でギシャを諭し、熟練の戦士な風をまとっているのはどらごん(aa3141hero001)だ。とはいえ外見は可愛らしい3頭身である。
「りょーかい。ふわふわもこもこー」
言われた通りに防寒具を着込んで、ギシャは園内を駆け回る。本来ならそういう子が幾人もこの公園に見られたことだろう。
「人が雪ダルマにされてる……!」
ファニーな笑顔を持ち、しかしその体の各所から人間の腕や足が飛び出しているという異形に楠葉 悠登(aa1592)は戦慄した。
「中は氷のようだろうな。このままは危険だぞ悠登」
「うん、のんびりしているヒマはないよね。みんなを助けよう、ナイン」
相棒ナイン(aa1592hero001)の言を受け、悠登の目に覚悟の光が灯る。
プリセンサーの情報通り、現場には雪ダルマに混じって1人の少年が蹲っていた。必死に雪ダルマを崩そうとしたのだろう、手袋はもう雪まみれで凍っていた。エージェント達が近づいていくと彼は気配に感づき、泣きはらした目を向けた。
「あの……あの……!」
思考を巡らせて何とか状況を伝えようとしているが、幼さゆえにそれだけのことでも難しいのだろう、言葉が出てこない。
まずは落ち着かせることが先決だ。麻生 遊夜(aa0452)はしゃがみ込み、少年と目線を合わせてやる。
「わかってる。大丈夫だ、すぐにお母さん助けてやるからな」
優しい微笑みを浮かべて、少年の心をほぐしにかかる。ユフォアリーヤ(aa0452hero001)も少年に寄り添って頭を撫でてやる。
「……ん、泣かない泣かない」
「雪ダルマがどっち行ったかわかるかね?」
遊夜は手で雪ダルマの形を示し、方々を指差しながら尋ねる。園内の被害者は救わなければならないが、従魔を放っておいては更なる犠牲者が出てしまう。早急に食い止めなくてはならないだろう。
「でかいの、なら……あっち」
おずおずと、少年は通りの先を指差す。その先に従魔がいるらしい。
「……ん、偉い子」
リーヤは少年を抱き上げ、頭をポンポンと優しく叩く。少年は幾分と気が和らいだようだが、それでも不安の色は消えない。
こんな様子を見せられては2人は黙っていられない。子供は笑っていればそれでいいのだ、それ邪魔する者がいるのなら、狩りとる他に道はない。
「俺達から逃げられると思うなよー?」
「……ん、狩りの時間」
狩人達は不敵に笑い、共鳴する。悠登とナイン、ギシャとどらごんも共鳴して同道し、3組は雪ダルマの足止めに向かった。
●エージェントレスキュー
「雪ダルマと思えば、とんだ通り魔だぜ」
「設定がB級ホラーですわ」
「設定言うな。ま、トラウマを量産する前にきっちり俺たちで片を付けるとしようか」
足止めの部隊が去った公園で、遊夜から少年を預かった赤城 龍哉(aa0090)とヴァルトラウテ(aa0090hero001)は今回の趣味の悪い事件の感想を語る。可愛い雪ダルマが人を襲って回るなど、確かにトラウマになってしまってもおかしくない。
「雪ダルマの従魔ですか……日が照れば消え失せる……という訳にはいかないでしょうね」
「ライヴスを食らう様であればもはや別物であろう……全く洒落にならぬ。それに焼き尽くしても面白そうにない。サッサと片付けようぞ」
石井 菊次郎(aa0866)が雪ダルマ従魔に関する素朴な疑問を呟き、テミス(aa0866hero001)が簡単な考察を返す。従魔は実世界の一般法則からは外れた存在、熱で易々と消えてしまうとは考えにくい。
「この雪ダルマ、仰るように普通の雪ではないみたいですね。叩いたりしても壊れる様子がありませんので。共鳴しなければどうにもならないようです」
人間を閉じ込めている雪ダルマを調べていた笹山平介(aa0342)が、菊次郎達の会話に加えて全員に伝える。
「ライヴスで出来た雪ってところね。これじゃ中の人間はどうしようもない」
パシッと雪ダルマを平手で叩き、柳京香(aa0342hero001)が鬱陶しげに雪を睨む。外見は雪ダルマだが、実際はライヴスの檻といったところか。
「触ると冷たいし、普通の雪に見えますけどね。従魔なんかと同じで、ライヴスを込めないと効果ナシってことなんですね」
比良坂 蛍(aa2114)は仕方がない、と黒鬼 マガツ(aa2114hero001)と共鳴。救助体制を整える。
「つまり斬ったり撃ったりが必要ってことですよね……中の人を傷つけちゃったりしないか怖いな……」
玖渚 湊(aa3000)が至極当然の不安を漏らす。ライヴスを込めた攻撃をしなければ雪ダルマは壊せない、が誤って中の被害者に何かあっては元も子もない。救出には精密な動作が求められる。
「あーミナトくん。シロップと練乳持ってくればよかったね」
「いくらなんでも不謹慎過ぎるだろ! 状況考えろよ!」
唐突に繰り出されたノイル(aa3000hero001)の爆弾発言。湊もついつい普段の調子で突っ込んでしまった。周囲の面々はあまりにもひどい言葉に頭を押さえて横に振る。
「……まずは全員を雪ダルマから出さねばなりません。閉じ込められている人々のライヴスは本体の強化に使われているはずです。素早く解放することが事態の早期の収拾のためには重要だと思います」
菊次郎は己の所見を述べると、テミスと共鳴。彼女を収めたラジエルの書を広げながら、園内の雪ダルマを観察し、それぞれの特徴を的確に掴んでいく。
「認識のしやすさを優先します……トンガリ帽、赤手袋、怒り顔、黒コート……」
そんな具合に即興で雪ダルマにあだ名を付け、全員が判別しやすいよう情報を共有、仲間達の予想処理速度も総合的に判断して、最も効率的に救助を行える順番を考え出して提案する。
「時間との勝負だな。やるぞ、ヴァル!」
やるべきことがわかったところで龍哉はヴァルと共鳴。手近な場所から可及的速やかに雪ダルマの破壊に着手する。
「坊主、ちょっと離れてろ。すぐに助けるからな」
不安げにエージェント達を見回す少年を安心させるように一声かける。少年は恐る恐る頷いて、2歩3歩と後ずさった。
(「手元を狂わせないよう注意ですわ」)
龍哉を信頼してはいるが、ヴァルが念のために注意を促す。
「任せろ。助ける相手を殴り飛ばすようなヘマはしねぇさ」
自分の腕に自信を覗かせる龍哉とは裏腹に、少し緊張気味でいるのは湊である。インポッシブルを両手で握ってしっかりと構え、狙いを定める。
「は、外したらどうしよう」
(「下の方を狙うと良いよ。うっかり当たっても死なないんじゃないかなぁ」)
「そ、そんなぞんざいな」
ノイルの正しくも薄情な助言を受けながらも、湊は慎重に射撃。雪ダルマはその衝撃でボロボロと崩れ去り、雪の中から冷え切った被害者を助け出した。体の雪を払い、H.O.P.E.から許可を得て用意した毛布で包む。
蛍はライトブラスターで着々と雪ダルマを壊していき、平介も確実な動きで雪ダルマを解体していく。30秒もすれば大方の救出目処がついたのだった。
「とりあえずはこれで全部か。搬送は任せた。先に行くぜ!」
「雪ダルマの進路上にも同じように被害にあった者がいるはずです。私も従魔に向かい、道中の雪ダルマを割っておきます」
被害者を安全な場所に移動させるのを仲間に任せ、龍哉と菊次郎は足止め隊と合流するべく後を追うことに。
「お任せ下さい。あちらの援護はお願いします」
平介は笑顔で2人を送り出す。スムーズに救助が進んだこともあり、公園の状況にはだいぶ余裕がある。2人抜けても困ることは起きないだろう。
「解体はあと少しで終わるだろうし、そろそろ搬送を始めたほうが良いかな」
雪ダルマが残り2体ほどになったところで蛍は共鳴を解除、幻想蝶からトナカイのソリを取り出すと、そのソリに気を失っている被害者を数名乗せた。そしてマガツの肩に軽く手を置く。
しばらく何のことかわからなかったが、少し経つと蛍が言わんとすることが何となく理解できた。
「マジか。一度にそんな無理だぞ」
ソリで運べということなのだ。H.O.P.E.に申請して、少し離れた所で救護班に待機してもらっている。近いほうがよかったが救護班が従魔に襲われては本末転倒だ、襲撃の危険が少ない場所への派遣が関の山なのである。
「トナカイスーツ超似合ってる! 頼んだよ!」
満面の笑みで両手サムズアップ。めっちゃゴリ押し。断れる余地がもうない。
「これはな。トナカイの呪いなんだよ」
不本意ながらもトナカイスーツに身を包み、マガツは今日一番の仕事に励むことになった。
「よろしくお願いしますね」
雪ダルマ解体を継続する平介もニコッと言ってのけているし、もう逃れる方法がない。馬車馬マガツ、働く。
湊も共鳴を解除し、救助者の搬送に移る。借りてきた担架を利用して、救護班の下へ。
「冷たい……大丈夫かな」
被害者を担架に乗せる時の、手に伝わる冷感。この冷たさで無事でいられるのだろうか。
「春を待たずしてかー、ご愁傷様だね」
「不吉なこと言うなよ!」
大丈夫なはずだと己に言い聞かせ、湊は黙々と搬送を続けていく。
●従魔を止めろ
遊夜達は従魔に追いつくことを最優先として全力で追走した。道中に公園と同様の雪ダルマをちらほら発見したが、その対処は遅れてやってくる仲間達に任せ、自分達はこの先の被害を未然に防ぐために先を急いだ。そうすれば結果的に被害が少なくなる。
「郵便局近くに一般人を確認、回収頼む!」
移動しながらも要救助者の位置は後続の仲間に報告しておく。
「!」
前方に、いた。スルスルと進む大きな雪ダルマ。遊夜は足を止め、並走していたギシャもストップ。
「従魔を発見、足止めに入る!」
敵発見の報告を入れると、遊夜は今だ遠方にある雪ダルマの頭部を狙い、フェイルノートを引き絞る。ロングショット、敵の射程外から先制の一撃を狙う。
「それじゃーギシャはちょっと隠れさせてもらうね」
事前の打ち合わせ通り、ギシャは潜伏を用いて気配を消して従魔よりも先行し、進路上の人払いを済ませることにする。従魔を追い越すのは念のため、遊夜と悠登が従魔と交戦し始めてからだ。
「大きな雪ダルマか……従魔でなければ歓迎なんだけどな」
無表情で進行する巨大な雪ダルマを目の前にして、悠登はふっと笑いながら呟いた。遠距離攻撃の術がない悠登はフラメアを携え、一直線に走り行く。懐に飛び込み、気を引く。足止めにはそれが一番有効のはずだ。
「どれ、始めるか」
引き切った矢が放たれる。最短距離を通って雪ダルマの頭部を、穿つ。
移動を止め、ぐるりと振り返る従魔。その顔は当然ながら心の欠片も持ち合わせない。様子を窺うようにじっとこちらを見ている。
その脇をかいくぐり、悠登は従魔の進路上に滑り込む。これで少なくとも、敵の移動は止められる。
「ここから先は行かせない。お前の相手はこっちだ!」
槍を巧みに回転させ、挑発するように宣言する。仲間達が合流するのにそう時間はかからないはず、その間の相手ぐらい問題はない。
2人が戦い始めるのを合図に、ギシャは通りの脇の建物の中をするすると通り抜け、市街の地形を上手く利用して苦もなく従魔の進行方向に抜け出ることができた。パッと見渡すと、状況を把握できていないと思われる一般人がちらほら見受けられた。従魔に遭遇していれば確実に捕らわれていただろう。
「はーいこっちは来ちゃダメー。H.O.P.E.のエージェントだよ。この先はおっきな従魔が出てるから通行禁止だよー」
ギシャはそう呼びかけ、頑丈な建物内や通りの反対方向に逃げるよう促していく。大体の誘導が終わると、また急いで従魔の位置まで戻っていくのだった。
「ぬっ……!」
雪ダルマが吹き放つ豪雪がみるみる遊夜の体を包み込んでいく。これが公園の人々を襲った、この従魔の技なのだろう。雪ダルマの中に遊夜がすっぽり覆われてしまった。
「麻生さん!」
動きの止まる遊夜に向け、悠登がクリアレイの光を放つ。清い光が当たると見る間に雪ダルマが崩れ去り、何事もなかったように遊夜は再び活動を始める。
しかし従魔の技は絶え間なく繰り出され、2人は互いをフォローするだけで精一杯という状況だ。
「なかなか鬱陶しい技だが……あとで後方に下がるんだ、ここらで役に立っておかんとな」
(「……むぅ、冷たい」)
少数の足止めは厳しいものがあるが、弱音は吐いていられない。どの道仲間が合流するまでの時間稼ぎだ、それなら華々しく戦ってやろう。
「ほれ、こっちだ……耐えてみろや」
遊夜はイグニスを装備し、炎を何度か放出して敵を威嚇し、挑発の笑みを浮かべる。
「容赦なく凍らせてくるなー……まぁ一番有効そうな技だし当たり前か」
うんざりした声を出す悠登。何度も繰り返されたら、いよいよ危なくなるかもしれない。
ギシャも既に合流して戦闘に参加しているが、彼女は戦闘スタイルも一癖あるので足止めにはなかなか向かない。悠登のクリアレイが尽きたら戦線維持が難しい。
そんな懸念が浮かんだとき、待望の彼らがやってくる。
「待たせたな!」
言葉を言い切らぬうちに、龍哉の強烈な一撃が雪ダルマの中心部をぶっ叩く。破格の威力に雪ダルマがぐらつき、体を構成する雪がぼろっと崩れ落ちた。
「赤城さん! 待ってましたよ!」
悠登は安堵の息を漏らす。これで前線の負担は軽くなる。
だが雪ダルマもすぐに体勢を整え、集まったエージェントに向けて数発の雪玉を発射してきた。短い射程ながらも広範に及ぶ攻撃が彼らを襲う。
が、そこに幻影の蝶が舞い、彼の従魔の動きを捉える。
振り返ればそこには、冷たい目を見せる菊次郎の姿があった。
「従魔に聞くことは何もありません……破壊あるのみです」
幻影蝶で絡め取った雪ダルマに向け、菊次郎の魔力の炎が轟然と放たれる。
(「ははは、惨めに溶けおる! もはや何処が目鼻か全くわからぬ」)
強烈なダメージに体を保てなくなったのか、雪ダルマは段々と体を溶かし始めていた。まるで炎によって体が融解しているようにも見える。
「溶かすのならこっちも参加させてもらおうか」
(「……ん、これくらいなら簡単」)
遊夜のイグニスの炎も雪ダルマを炙り出す。もはや霙に近くなったその姿に、先程までの威容はない。
ここは攻勢をかけるとき、とギシャも躍り出てきて白虎の爪牙をむき出しに、雪ダルマの顔面に飛び乗った。
「そのキレイな目をちょーだい」
ジェミニストライクでその目の部分を抉り出す。
(「勝負所ですわよ、決めてしまいましょう」)
「おうさ、こいつで仕留める!」
ボロボロに崩れ去る雪ダルマの腹めがけ、達也の渾身のオーガドライブが放たれる。
破砕、体が一瞬のうちに液状となり、四方にその水を広げて雪ダルマは汚濁へと消えていった。
「溶けて水浸しだ……こちらの方が地味に汚れるの」
雪ダルマが溶け出して大量の水を放出したおかげで、テミスは踝の辺りまで水に浸かっていた。
「排水溝の処理能力を上回ったら問題ですね」
菊次郎が心配するほどのことは起きないだろうが、冠水したらH.O.P.E.に苦情が届くかもしれない。
「雪ダルマにされた人達、大丈夫かな?」
従魔が片付くと、悠登は真っ先に公園にいた人々の容態を心配した。
「仲間が助けたとはいえ、気にはなるな。……戻るか?」
「うん。温かい飲み物でも用意してあげたいね」
悠登とナインは、助け出せた人々の見舞いに急ぐ。
●雪像の世界
「ちょっと冷めちゃいましたけど……よろしかったらどうぞ」
従魔の進行を止めるため、前線で体を張った遊夜に平介が少し冷めたコーヒーを差し出す。同じく悠登にも労いの言葉をかけるつもりでいたが、彼は雪ダルマになっていた人達が心配だということでいち早く見舞いに向かっていた。
「おう、それなら厚意に甘えていただくとするかね」
遊夜は差し出されたコーヒーを手に取り、一口。続けて何を話すべきかと平介が考えていると、すぐ傍らでやりとりされる京香とリーヤの声が聞こえてきた。
「あんたの格好見てるとこっちが寒くなるのよ。いいから黙ってこれ着なさい」
「……ん、必要ない」
真冬にも関わらずいつものように露出度高めなリーヤの格好が気になった京香が、自分のジャンパーを着せようと躍起になっていた。京香が近づくとするりと避けるリーヤ、その繰り返し。最初は寒かろうということで始まった攻防だったが、段々捕まえることが目的に摩り替わっている気がしないでもない。
「やれやれ……」
見ていられない、と遊夜が立ち上がり、京香からジャンパーを受け取る。そしてそれをリーヤの頭から被せてやった。
「厚意は素直に受け取らんとな」
ジャンパー越しにリーヤの頭を撫でながら、遊夜が平介達ににやり。ジャンパーを脱いだ京香に平介は自分のコートを着せてやりながら、遊夜に笑顔を返した。
「おー、これがソリ。すーっと滑って速いよー」
「借り物なのだから、あまりスピードを出すなよ。あと前を見ろ」
蛍が持っていたトナカイのソリに目を引かれたギシャは、ソリを借りて人気のない通りを滑走していた。1人で乗せると何をするかわからないのでどらごんも目付け役として同乗している。
「今回のオシゴト、ギシャたち上手くできたのかな」
新米ゆえに今ひとつ自分の仕事に納得しきれないギシャがどらごんに尋ねた。
「何をもって上手くいったとするかによるが、今日は少なくとも死人が出ていない。その点では上々の出来と言っていいだろう」
「ふーん。そんなものかー」
2人の反省会と共に、ソリは冬の通りを走り続ける。
蛍は何故か電柱裏から、遊夜達の様子をずっと窺っていた。正確には遊夜の神装備をずっと鑑賞していた。もはやちょっとストーカーである。
「あれ完璧に美しいね、ヤバい……」
涎を垂らしながら遊夜(の装備)にハァハァが止まらない蛍。遊夜の『This is ジャックポット』な装備は彼にとってたまらないものらしい。機能美フェチって怖い。
「すっげー寒いし、今日めちゃしんどかった……」
蛍の背後から這い寄るマガツ。救助では力仕事で大忙しだったし、少しは労ってくれということか。
「あー。がんばってくれてありがと! はい、コレ」
今日のマガツの仕事ぶりは蛍も認めるところである。最高の褒美として、蛍はドライアプリコットの袋を彼に進呈する。マガツの大好物なのである。
「おお~!」
目を輝かせて袋を受け取り、逸るままに開封するマガツ。何たる幸福だろう。
「……石みてぇなんだが」
全てを失ったような、何ともいえない表情をマガツは浮かべる。真冬の屋外で行動していた結果、袋の中身はガッチガチに凍結していた。
湊は従魔討伐後も、街に雪ダルマにされた人が残っていないかを見て回っていた。
「あの子のお母さん……大丈夫かな」
気にかけているのは、公園に残っていた少年の母親の状態だ。
「ホームシック?」
人間の機微というものにとことん疎いノイルのずれた質問。
「全然違う! 雪で遊ぶのって楽しいから、あの男の子も、今回の事がトラウマにならないといいな……」
少年がまた笑って雪遊びが出来ることを、湊は祈るのみである。
湊の思いを知ってか知らずか、龍哉とヴァルは母に付き添う少年を訪れていた。悪さを働いた雪ダルマを退治したことを伝えるために。
「あれは雪ダルマに化けて悪さをする魔物だったのですわ」
「まもの……?」
説明を始めたヴァルの顔を少年はじっと見つめる。
「ええ、とても悪いもののことですわ。でも、私たちが退治したのでもう大丈夫。あなたは、あなたが思い描く優しい雪ダルマを作って下さいな」
その顔に慈愛を湛え、ヴァルは少年に笑いかける。まだ幼い少年にはヴァルの言葉を全て理解することはできないが、自分を襲った悪夢が過ぎ去ったのだということだけはわかる。
少しだけ笑って、少年は小さく頷いた。
後日、エージェント達の端末に1通の着信。
「先日皆さんが対応した雪ダルマの従魔の件です。本日たまたま現場を通りかかったところ面白い物を見つけました。被害に遭われた方々も現在は普段の生活にちゃんと戻れているそうですよ」
簡単な文面の下には、現場の公園を撮影した画像があった。
そこには少年が作り直したと思われる大きな雪ダルマと、姿形が様々の16体の小さい雪ダルマ。
枝を装備した小さい雪ダルマ達が大きな雪ダルマをこらしめる、小さな雪像の世界があった。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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