本部

豚汁は燃えているか

霜村 雪菜

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 6~8人
英雄
6人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/09/28 23:53

掲示板

オープニング

●老人の苦悩
「困った困った……」
 老人が、頭を抱えていた。
 この街のHOPE支部の前庭は、支部内での使用はもちろんだが、地域との振興のためにイベントを開催する時にも使われる。今、ここには老人の他誰もいない。だが、設置されたテントにはテーブルがずらりと横に並べられ、その上にはガスコンロや鍋、調理器具などが置かれている。いかにも、これから食のイベントが始まりますよという楽しい光景だが、不思議なのは見事なまでに人の気配がないことだ。集合時間に早いから誰も来ていない、ということも考えられたが、老人の困り果てた様子はその可能性を否定するのに十分だった。
 今日は、町内会での祭りがこの広場で行われることになっていた。しかし何がどうなったのか、連絡の行き違いで今になっても必要な食材が揃ってすらいない事が判明した。老人はすぐに運営担当者に連絡を取ったのだが、今日は都合が悪いとか現在自宅にいないとか様々な理由から、集合すら難しい状況だった。それでも何人か動ける者がいたので、買い出しに行ってもらっている。だが人手が足りず、豚肉はまだ買いに行けていないのだった。
 一大事だ。豚肉の入っていない豚汁は、すでに汁だ。何という悲劇。

●肉を求めて3キロ(推定)
 数名のリンカーと英雄が広場にやってきて、老人の困り切った様子が気になって声をかけたのはまさにそ時だった。老人は事情を説明したあと、はっと顔を上げた。
「そうじゃ、君達もしよければ、ちょっとでいいから手伝ってくれんかのう? 向こうにある商店街で、豚肉を買ってきてくれればいいんじゃ」
 知らない人だが、困っているのを見過ごすのは寝覚めが悪い。たまにはこういうのもいいだろう。
 だが、商店街の肉屋だけで十分な量の豚肉を調達できるだろうか。さらに向こう側にはスーパーがあるが、大量に肉を買い込むことを考えれば移動手段が確保できなければ買い物は難しいだろう。
 しかしそれも、手段がありさえすればスーパーで肉を買えるということだ。車が駄目なら自転車でも、人数を募っての大量搬送でも。
 
●急げ!
「じゃあ、頼んだぞ! 何? 豚汁の調理や配膳も手伝ってくれるのか? そりゃあありがたい! でもまずは肉じゃ。いい肉を頼むぞ!」
 老人に見送られて、まずは肉屋を目指す。会場からは近いが、小さな店なのでそれほど大量の肉は置いていない。何より、買い占めてしまえば他のお客さんの迷惑になってしまう。
 それに今日は暑いので、生ものが悪くなりやすい。速やかに会場へ肉を運び、調理に入らなければならない。特にスーパーから会場へ向かう際は気をつけなければならないだろう。信号が多く、交通量も多いので、うっかり混雑に巻き込まれてしまうと移動に時間がかかってしまう。道も直線距離の移動ができず、右折、左折が二回ほどある。自転車などを使えば近道ができるので、自動車よりも移動がスムーズになることもありそうだ。
 臨機応変に、素早く的確に行動することが求められる任務だった。

解説

●目標
 豚汁に使う豚肉を無事に購入して祭り会場に届けること。
 祭りで豚汁を作ってお客さんに売ること。

●登場
老人
 町内会の代表者。運営スタッフが少ないことと、土壇場になっても豚汁の材料がまったく揃っていなかったことで大変困っている。

●状況
 町内会の祭りでのメイン料理豚汁を作るための材料がまだ揃っていない。豚肉以外の食材は、辛うじて集まった町内会の人が買いそろえに行っているところ。会場の近所の商店街にある肉屋あるいは少し遠くにあるスーパーで豚肉を買ってこなければならない。材料が揃ったら、調理と販売を手伝う。

リプレイ

●各々行動開始
「同人誌即売会の搬入用にとったばかりの運転免許が輝く時が来たようね」
「……輝くんだ」
「さ、急ぎましょう」
「う、うん……」
 多々良 灯(aa0054)と彼の英雄リーフ・モールド(aa0054hero001)が、HOPE本部へ向かって走っていく。灯の幼馴染みである水澤 渚(aa0288)が、豚肉を運ぶために必要だと提案したからだ。渚本人はすでに、持参の自転車を広場まで運んできて、準備万端だ。
「自転車の後ろには乙女が乗るって決まってるだろう!」
 渚の自転車の荷台には、彼の英雄ティア(aa0288hero001)が、その童顔からは想像できない豊満な胸を張り、白い花の付いた青いリボンで結んだツインテールを振りながら主張している。
「馬鹿か! 重いから退け! ていうか共鳴しろよ!」
「えー! 乗る!」
 賑やかな彼らから少し離れたところで、やや長めの髪のおとなしげな少年と少女が、他のリンカーや英雄達と役割分担や手順の相談をしていた。
「えっと、とりあえず僕達は商店街かな」
 少年の名は、離戸 薫(aa0416)。少女は彼の英雄で、美森 あやか(aa0416hero001)。二人とも十二歳くらいだ。
「作り方とか、決まっているんでしょうか?味の変化って付けても宜しいのでしょうか?」
「ええ、いいと思いますわ」
 あやかに答えたのは、ヴィヴィアン・ルージュ(aa0429hero001)。栄神・昴(aa0429)の英雄なのだが、小柄で可愛らしい昴と並んで立つと、彼女の二メートル近い長身と小麦色の体躯の逞しさがとても際立つ。二人おそろいのエプロンドレスを着ているが、受ける印象は正反対。
「予算はあのおじいさまから伺って参りました」
「必要なものリストももらったんだよね?」
 昴の問いかけに答えたのは、赤い髪に紫の目の少年、皆月 若葉(aa0778)だ。
「うん、豚肉以外の食材や使い捨ての食器はもう大丈夫だそうだから、俺達はとにかく豚肉を確保することだ。俺は連絡係としてこの広場に残るから、何かあったら一度俺に知らせてくれるかな?」
「了解」
 リンカーと英雄が、口々に答えた。
「やるからには盛り上げたいよなぁ!」
「大きなトラブルがなければいいんだけど……」
 金髪に金の瞳の少年、白陽・ジンフィンス(aa1133)と、彼の英雄ヴァルクロウ・ジンフィンス(aa1133hero001)は、すでに打ち合わせの末商店街へ豚肉を買いに行くことに決めていた。他に商店街へ行くのは灯、薫、渚、そして彼らの英雄達だ。
「ん、それ、何……?」
 白い髪の少女が、紫色の目をぱちぱちと瞬きした。エミル・ハイドレンジア(aa0425)。十歳ほどで、人形のように整った顔立ちをしている。
「これか? いや、この祭り自体の告知が不十分ではないかとふと考えたのでな」
 答えたのは、二十歳くらいの女性。赤い髪と瞳が生き生きと輝いている。彼女の名は鶏冠井 玉子(aa0798)。従魔ですら時に食材として扱うのを厭わない強者である。
「こう言っては何だが運営陣のやる気もあまり見られないし、どうせスーパーへ行くならついでに宣伝してこようと思ってね。それに、ぼくたちが豚肉を多く買ってしまうことで、目当ての食材が手に入れられない客も出るかもしれない。そういった者たちへのフォローをしつつ、本イベントへの集客の一助としたい」
「なるほど」
 若葉が頷いた。
「では時間も惜しいことだし、スーパーへ行く組はそろそろ出発してもらってもいいですか? 俺は商店街の肉屋とスーパーに連絡して、取り置きをしてもらえるかどうか訊いてみます。どうなったかはメールか何かで知らせます」
「うん、わかった」
 昴が答え、ヴィヴィアンに満面の笑みを向ける。
「お手々をつないでいこ?」
「ん、じゃあ……ワタシ達もスーパーへ行こう」
 エミルは、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。
「移動中はギール、ぬいぐるみの中、ね…?」
 エミルの英雄ギール・ガングリフ(aa0425hero001)は、ぬいぐるみに内包されているらしい。
『…………うむ』
 ぬいぐるみから、男性の声が響く。なかなかシュールな光景だった。

●肉を求めて商店街
『スーパーに行かれる方、一緒にバター買っていただけますか? 簡単に味の変化できますので』
 あやかはスーパー組にそう連絡して、端末をしまった。会場から近いため、すでに商店街組は目当ての肉屋の前に到着していた。ついでに言うと、会計も済ませて自転車に積んだクーラーボックスに豚肉を詰めている最中だ。
「うん、無事に買えた。今詰め込みしてるところ。すぐ帰る」
 ティアが会場の若葉と連絡している横で、渚がせっせと肉をクーラーボックスに入れている。
「おーい、氷買ってきた」
 白陽とヴァルクロウが、氷をいっぱい抱えてやってくる。近所の魚屋と交渉して、分けてもらえる事になったのだ。他のみんなが肉屋にいるうちに氷のことに気づいて、交渉してくれていたらしい。
「これくらい入れれば大丈夫だよな?」
「ああ、今日は暑いけど、いくらなんでもこれだけ氷があればな」
 渚が、顔の上に手を翳しながら空を仰いだ。
「それにしても、すごい量のお肉ですね」
 薫が、そっと渚の後ろからクーラーボックスを覗いた。
「バラ肉、ですか?」
「らしい。あやかさんが頼んだ通りにしてくれたって」
 あやかは、出発する前に全員に提案していた。
『良く使うのはバラ肉だけど。肩や腕のこま切れ肉も豚肉には違いないと思うわ。そちらも買ったらどうかしら? 普通バラ肉よりも安い筈だし。後はお肉屋さんなら、ブロックで売ってるバラ肉がg単位スライスしてるのと同じなら……すぐスライスしてもらってそれを購入するのも良いんじゃないかしら?』
 若葉はその旨を、取り置き依頼と一緒に全員の移動中に肉屋に伝えてくれたようだ。
 料理に詳しい者がいて助かったと、全員が思っていた。
「さ、あとは帰るだけか。任せろ!」
「うん、任せろ!」
 渚がサドルに座り、クーラーボックスを抱えたティアが後ろに跨がる。巨乳が押しつぶされていた。
「行くぜ! うおおおおお!」
 いきなりすごい勢いで漕ぎだした渚は、他の者達を置き去りに商店街を駆け抜ける。
「うおっ、もう見えないぜ」
 白陽が感心したように声を上げた。
「じゃあ、僕達も帰りましょう」
 薫がみんなを促す。
「あやかさん、電話大丈夫ですか?」
「ええ、確保できた豚肉のグラム量を皆月さんに報告してたの」
 端末をしまいながら、あやかは微笑んだ。
「じゃ、かえりま……ん?」
 何かを見つけたのか、ヴァルクロウは途中で言葉を切った。
「どうした? ……あれ?」
 彼の見つめる先に目をやった白陽も、怪訝そうに首を傾げる。
 少し離れたところにも、もう一軒肉屋があった。その店先に、やたらと目立つ二人連れが。
 ツインテールにした髪に白いリボンを結び、フリルのついた白と黒のメイドドレスがよく似合う昴と、筋骨隆々の肉体にピンクのメイド服を着たヴィヴィアン。
「豚汁のお肉はぶたさんだね」
 可愛らしい主に、ヴィヴィアンはしきりに頷いている。その表情から、昴に萌えているのは明らかだった。
「コマよりもバラ肉の方が味は宜しいのですが、灰汁がでますのよ」
 ショーケースを覗きこみ、ヴィヴィアンは手元のメモと見比べている。予算と相談しているのだろうか。財布も覗いている。
 そしてしばらく考えた挙げ句、何をするのかと見守っていた四人の前で、ずずいっと店長らしき中年男性に詰め寄った。
「まとめてお買いいたしますので、グラムあたりお値段ご相談できないでしょうか?」
 値引き交渉。
 本人はにっこりと笑っているつもりのようだが、その体躯と相まって、どこからどうみても凄んでいるようにしか見えない恐ろしい形相だった。
 一方その頃、渚は出せる限りのスピードで、自転車を爆走させていた。もちろん、通行人や自転車、車には注意して。
 優先すべきは人身の安全、交通の安全、そして豚肉の安全だ。
「うおおおおお!」
「あ、着いたよ! ブレーキ!」
 ド根性で自転車を漕ぎ、渚達は汗だくになってHOPE本部前広場に到着する。すでに町内会のスタッフが来ていて、野菜などの材料は揃っていた。
 自転車を脇に停めて、渚とティアはクーラーボックスを持って調理場へ入る。
 灯から頼まれていた仕事が、彼らにはもう一つあるのだ。

●スーパーよりの帰還
 灯は、リーフの運転する車に乗り、エミル、玉子、及びその英雄達とともにスーパーを目指していた。最初は商店街へ行っていたのだが、そちらの方は無事に肉を確保でき、運搬の人手も足りそうだったので、途中でリーフとともに車を回し、スーパー組と合流したのだ。恐らく今頃、渚はド根性で自転車を漕ぎ、急いで肉を会場まで運んでいることだろう。彼には、調理場の足場作りも頼んでおいた。小柄な子が調理場に入っても、差し支えがないようにするためだ。
「さ、スーパーに着いたわ」
 リーフが、駐車場に車を停める。HOPE本部で借りてきた大型車だ。荷物もかなり詰めそうだが、実はトランク部分には灯の秘密兵器を積んである。
 スーパーに入ると、一同は真っ直ぐ精肉売り場へ向かった。
「ギールは、どれがいいと思う……?」
 エミルが、ぬいぐるみの中の英雄に話しかける。
『我に聞くのか……。……アクの出にくいロースで良いのでは無いか? 作る量も多いのであろう? 手間は少ない方が良かろう』
「うん、却下。やっぱりバラに決まり。出汁の美味しさが違う。」
『…………うむ』
 というわけで、バラ肉を購入することに決まった。若葉は、一応豚汁に使うかもしれない肉を取り置きしてもらえないかとスーパーに頼んでくれていたようだが、バラ以外は買わないと店の人に連絡しておかなければ。
 ギールは、スーパーに入るなり人型になった。車の中では人が多かったので、ぬいぐるみのままでいたのだ。人の姿だとギールは二メートル近い身長の、赤目に黒髪赤褐色の肌の巨漢だ。燕尾服にガントレット、フルグリーブ等という装いで、とても目立つ。
「皆様、遅れて申し訳ございません」
 どどどど、と地響きがした。客の数人は、地震かと思ったのかきょろきょろ辺りを見回している。しかし実際は、昴を肩に担いだヴィヴィアンが、すごい勢いで一同の方へ走ってきているだけだ。
「あ、お疲れ様です。商店街はどうでしたか?」
 リーフが、一同を代表して声をかけた。
 ヴィヴィアンは、昴を肩に担いで商店街を駆け回ってきたのである。
「ええ、他の皆様がいらっしゃったのとは別のお店があったので、とりあえずお肉を買わせていただきました。安くしていただけてありがたかったですわ」
 桃色の髪をふぁさっと払い、緑の目を細めてヴィヴィアンはにっこり笑う。
「一度広場に戻ってお肉を届けて、こちらへ参りましたの。お手伝いできることは?」
「あ、はい。じゃあ荷物を持っていただければ……」
 灯が答える。腰が引けているのは、気の弱さ故ではない。見た目はクール系美少年なのだが、場の雰囲気に流されやすい性格なのだ。そして、年上の女性には頭が上がらない。
「荷物運びと買い物は手が足りそうだね」
 軽くぱんぱんと手を叩いて、玉子が言った。
「それなら、ぼくはこれを配ってくるよ。帰る時には忘れず声をかけてね」
 自らコピックペンを駆使して作成したチラシの束をひらひらさせて、玉子は颯爽とスーパーの出入り口へ向かっていった。イベントの場所と時間と内容を記しただけの簡単なチラシなのだが、配色の絶妙さで見栄えのするできに仕上がっている。店と相談して、可能ならどこかに貼らせてもらうとも言っていた。
「じゃあ、宣伝はお任せして、お肉を買いましょう。それから、あやかさんに頼まれたバターと……薬味も買いましょうか。暑い中での作業になるから、スポーツドリンクも」
「そうだな」
 リーフの言葉に頷き、灯は売り場を回って品物を籠に入れていく。
 その籠の中に、こっそりと忍ばされるものがあった。
 うどん二玉。
 うどんを籠に仕込んだエミルは、小さく笑んでとことこと歩いている。その後ろには、巨躯の英雄が付き従う。
「HOPE支部の、前庭で、豚汁の祭り……?フェスティバル……? カーニバル……? がある……」
「主よ、声が小さすぎて誰にも聞こえてないと思うのだが……?」
 ギールは、控えめに突っ込みを入れた。
 その間にも、玉子の宣伝活動はちゃくちゃくと効率よく進行している。
「おいしい豚汁ですよ。ぜひ遊びに来てください」
 彼女の声は明るくよく通り、天真爛漫な笑顔も相まって、これから買い物をする人にも、買う物を買って帰ろうとする人にもまんべんなくチラシは受け取ってもらえている。
 赤い髪が揺れる度ちらほら覗く白い額の、不似合いな×字の傷跡に目を向ける人もちらほらいたが、本人は少しも気にしていない様子だ。
「さて、こんなものかな。……と」
 チラシも残すところ数枚というところになって、玉子の端末に着信があった。若葉からだ。
「もしもし? ああ、買い出しは順調だよ。そちらは?」
『問題ありません。商店街組も町内会の人達と一緒に下ごしらえを手伝って、そろそろ豚汁の第一弾ができそうです』
「それは何よりだ」
『豚汁よりも、ちょっとそちらの皆さんのことが心配で』
「ん?」
『実は……』
 若葉が告げた言葉の内容に、玉子は眉をひそめた。
 しばらくしてから、通話を切る。待っていると、スーパーの袋とクーラーボックスを持った仲間達が出てきた。
「お待たせしました」
「悪い知らせだ、みんな」
 不思議そうな顔をする彼らを見回して、玉子はゆっくりと言葉を紡いだ。
「ここから広場へ戻る最短ルートが、今渋滞している」
「何だって!」
 灯が叫ぶ。
「そうか……そろそろ道が混む時間帯ですね。道路幅も狭いし、確かにいつもこのくらいの時間はあの道は混んでいます」
「それなら、他の道を通ればいいことですわ」
「ああ、若葉が別のルートを教えてくれたよ。問題は、それまでに豚汁が保つかということだ」
 豚汁第一弾はそろそろできるが、思いの外材料を使ってしまい、特に肉はすぐにでもほしいという。最短ルートが使えない以上、スーパー組が到着するまで車でも十分前後かかってしまう。
 現在のところまだイベントが始まったばかりで人はそれほど来ていないが、玉子が宣伝したチラシのことも考慮に入れると、これから一気に客足が増えると見て準備しておく方がいいだろう。
「どうするの?」
 昴が、不安げな面持ちでヴィヴィアンのスカートの影に隠れた。
 灯は、リーフと顔を見合わせる。
「私は車があるから一緒に行けないわね。共鳴なしで大丈夫?」
「問題ない。子供の頃からよく自転車で遠出してるしな。……ここは根性、見せる所だろ」
「そうね、男の子が頑張る姿ってとても良いと思うわ。――武運を祈るわね」
 リーフは、茶色の瞳で真っ直ぐ灯を見つめた。緑の髪が、風に靡く。
 そして二人は、仲間達を促し駐車場に戻った。リーフが車の後ろへ回り、積載部分を大きく開ける。
 灯の秘密兵器が、そこにあった。万が一を考えて、積んできてよかった。
 折り畳み式自転車を手早く組み立て、豚肉を入れたクーラーボックスを前籠に固定する。
 そして、ひらりとサドルに跨がった。
「……燃えてきたぜ。行くぞ!」
 勢いよく、漕ぎ始める。奇しくも少し前に親友がしたのとまったく同じ行動だが、そんなことを灯は少しも知らない。
 がんばって、という彼の英雄の声が聞こえたような気がした。
 けれどすぐに、彼の耳を満たすのはごうごうという風の音だけになる。
 両足に力を込めて。両目は、注意深く前方を見据えて。
 帰り着かなければならないのだ。迅速に、確実に、誰も傷つけず、誰も泣かせることなく。
 すべては、豚汁のために。
 灯は、ひたすら走った。

●そして豚肉は舞う
「牛蒡の笹垣ならまかせろー!」
 渚の包丁が目にも留まらぬ速さで動き、水を張ったボウルに牛蒡の笹垣をどんどん満たしていく。
「ティア、お前も野菜……って、え?」
 削がれるだけ削がれた牛蒡が、とうとう最後の一かけとなって渚の手からボウルに落ちる。
 ぽかんと動きを止めた彼の隣で、ティアが見事な大根の銀杏切りを完成させていた。その他彼女の傍らには、皮を剥き一口大に切りそろえられた里芋とジャガイモがボウルに盛られている。
 渚に向けて、ティアは盛大などや顔をして見せた。
「二人とも、手を動かしてください」
 やはり牛蒡の笹垣をしていたあやかが、そんな二人に指示を飛ばす。
「渚さん、ティアさん、蒟蒻もお願いします。手で食べやすい大きさに千切ってください」
 そうすると、蒟蒻に味が染みやすくなる。
「はーい」
「あやかさん、次は何をすれば?」
 別の場所からは、薫が困惑した声を出す。
「僕豚汁は未だ作った事ないんだけど……」
「味噌味のシチューって考えたら良いわ」
 あやかが、寸胴の横に材料を並べて答える。
「さ、とにかく野菜を切ってくださいまし」
 そんな薫達の遥か頭上を、ヴィヴィアンの声が通り過ぎていく。
「さっきからざんざか切ってるよ。まだ足りない?」
 ネギ、にんじん、大根、芋などを切りながら、玉子が訊き返す。彼女の英雄も、祭りが始まる前からずっと野菜切り作業をしている。
「そちらは十分ですわ。灯さん、灰汁取りは順調ですの?」
「あ、はい!」
 灯は急いで答えた。全員で次から次へと作業をするより、役割を分担した方が効率がいいということになったので、灯とリーフは材料に火を通す係だ。豚肉は丁寧に灰汁取りをし、野菜には均一に熱が通るように。味噌にちゃんと火が通ったかも重要だ。
「大地の実りを振舞うのって初めてじゃない気がします」
 どこか懐かしそうな笑顔で、リーフは時折販売も手伝っている。アースカラーの似合う清純な雰囲気は、お客にも好印象のようだ。
「野菜くずも出汁が取れますから、捨てないでくださいね! あ、あと、野菜を洗って……」
「ねえ、ヴィヴ」
 容赦なく仕事を割り振っていたヴィヴィアンの服の裾を、昴がつんつんと引いた。
「お手伝いできることある?」
 殺気立っていたヴィヴィアンの顔が、激変する。
「お嬢様、ご立派な心がけですわ」
 そしてどこからともなく取りだした物を、昴の手に握らせる。
 葉の形の抜き型だ。
「此方を可愛らしく抜いて下さいまし」
薄くスライスした人参をまな板の上に置き、昴に肩を抜かせる。楽しかったのか、昴はにっこり笑った。ヴィヴィアンも満面の笑みを浮かべ、そのまま彼女に葉の形に抜かせる作業をまかせた。
 調理場の慌ただしさに比例して、販売担当も忙しい。
「できたてほっかほかの美味しい豚汁はいかがですかー♪」
 盛りつけ、会計担当の若葉は、手隙の時間の呼び込みも怠らない。彼の楽しそうな様子がお客にも好ましく映るのか、豚汁を注文する人の列はほとんど途絶えなかった。
「はい、お釣り二十円のお返しです。ありがとうございました!」
 満腹した様子のお客を見送って、若葉は調理場を振り返った。
「材料、まだ大丈夫そうですか?」
「はい、何とか!」
 薫が、ジャガイモの皮を剥きながら答える。
「足りなくなりそうなら、言ってくださいね」
 若葉は再び販売と会計に戻った。英雄も一緒に手伝ってくれるから、何とかお客を待たせずに捌いていられる。
「うおっ! カラオケ大会だって!」
 店の前に設置した飲食コーナーで片付けをしていた白陽が、スピーカーから流れた案内に反応して顔を上げた。
「駄目だよ、片付けしなきゃ」
 すぐにでも飛んでいきそうな彼を、ヴァルクロウがやんわり窘める。茶色の髪を三角巾ですっぽり覆って、万全の作業体勢だ。彼ら二人は最初の下準備が済んだあとは、主にお客が帰ったあとの片付けを中心に働いている。飲食系のイベントをすると、どうしてもゴミが出るので迅速な清掃は不可欠だ。
「あ、配膳が忙しそうだから、俺手伝ってくるよ」
 若葉と彼の英雄がばたばたしているのを見て、ヴァルクロウは箒とちりとりを持ったまま駆け出そうとした。
「待てよ。それは置いてけって」
 白陽は彼を引き留めて、箒とちりとりを受け取った。
「掃除とゴミ出しはやって置くからさ」
「うん、よろしく」
「おう」
 ヴァルクロウの青い目を真っ直ぐ見つめて、白陽はにかっと笑った。
「やっぱ食べ物屋は清潔なほうがいいよな!」
 彼らの通ったあとには、塵一つ残っていない。腕の立つ清掃班であった。

●祭りが済んで日が暮れて
 イベント終了後、ささやかな打ち上げが行われていた。町内会スタッフから感謝され、残った豚汁だけでなく彼らが持ち込んだ飲み物や食べ物も振る舞われ、みんな一日の疲れも忘れ楽しんでいた。
 若葉は豚汁を器によそって、おかわりに来た人に渡した。彼らが一生懸命作った豚汁は実においしく、お客だけでなくスタッフにも大好評だった。
「ふぅ」
 自分達の分の豚汁を盛りつけ、ようやく若葉は食べ物の並ぶテーブルに着くことができた。性格上他の人を優先してしまう彼は、こういうイベントの時は最後までゆっくりできない。
 あやかと薫が、仲良く語り合いながら豚汁を食べている。その少し離れたところには、白陽とヴァルクロウ。やはり楽しげにしている。昴にかいがいしく世話を焼くヴィヴィアン。灯とリーフ、渚とティアは四人で丸くなっている。玉子は今日の豚汁が気に入ったのか、レシピをメモしている。
「ん、……おうどん」
 いつの間にか現れたエミルが、豚汁が二つ並んだ盆を運んだギールを前に、神妙な顔つきで呟いた。
 そして器の中に、どぼんと投入する。
 うどんを。
 いったいどこで茹でたのだろう。それは誰にもわからない。
 透き通るように白い肌、銀色に輝く髪、神秘的な紫の瞳の人形のような美少女は、巨漢の英雄とともに一心不乱にうどんを啜っている。
「ご馳走様」
 やがて汁も綺麗に飲み干して、エミルは箸と器を置いた。
「今日も、良い日だった。ほっこり」
 その様を何となく見ていた若葉は、ゆっくりと器に口をつけ、汁を飲んだ。
 おいしい豚汁だ。とても。
 この一杯に関わった人達は、みんなとても楽しそうだった。
 いい一日だったな、と若葉は微笑んだ。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • 共に歩みだす
    皆月 若葉aa0778
  • 炎の料理人
    鶏冠井 玉子aa0798

重体一覧

参加者

  • もふもふには抗えない
    多々良 灯aa0054
    人間|18才|男性|攻撃
  • 腐り神
    リーフ・モールドaa0054hero001
    英雄|23才|女性|ブレ
  • 荒ぶるもふもふ
    水澤 渚aa0288
    人間|17才|男性|生命
  • 恋する無敵乙女
    ティアaa0288hero001
    英雄|16才|女性|ソフィ
  • 癒やし系男子
    離戸 薫aa0416
    人間|13才|男性|防御
  • 保母さん
    美森 あやかaa0416hero001
    英雄|13才|女性|バト
  • 死を否定する者
    エミル・ハイドレンジアaa0425
    人間|10才|女性|攻撃
  • 殿軍の雄
    ギール・ガングリフaa0425hero001
    英雄|48才|男性|ドレ
  • エージェント
    栄神・昴aa0429
    人間|11才|女性|攻撃
  • 疾走するメイドクイーン
    ヴィヴィアン・ルージュaa0429hero001
    英雄|38才|女性|シャド
  • 共に歩みだす
    皆月 若葉aa0778
    人間|20才|男性|命中



  • 炎の料理人
    鶏冠井 玉子aa0798
    人間|20才|女性|攻撃



  • 縁の下の勇者
    白陽・ジンフィンスaa1133
    人間|15才|女性|回避
  • エージェント
    ヴァルクロウ・ジンフィンスaa1133hero001
    英雄|25才|男性|ドレ
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