本部

【甘想】連動シナリオ

【甘想】バレンタインハザード

星くもゆき

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/01/25 17:19

掲示板

オープニング

 雪解けの季節。世界的、というより主に極東の島国でのみ、需要が激増する菓子がある。
 平和だったころに比べ、輸送には危険が伴うようになったが、子供たち、恋人たちの笑顔の為に様々な人々が尽力していた。
 今も、カカオを山積みした小さなトラックが山道をゆく。それを岩場から見下ろす、怪しい影があった。

「……連中が最近、やったらこそこそ運んでるアレは、いったい何なのかしらね? 秘密兵器か何だか存じ上げませんですけど」

 愚かな神、と書いて愚神と読む。一敗地に塗れたことで人間を警戒するようになっていたグリムローゼは、何やら激しく誤解をしていた。

「善はハリー、必死こいて守ろうとする連中を蹴散らして蹂躙して踏み潰して憂さ晴らしでもしないとやってらんねー気分ですし、ちょうど良い生贄ですわね」

 パーリーは盛大な方が楽しいですし、殺し合いならなおのこと、という彼女の意向で、その「情報」は一部の愚神たちの間に広まっていった。不幸な事に、そんな残念過ぎる発想に至った彼女を誰も止めてはあげなかったらしい。
 本部に並ぶ依頼に、輸送中のカカオやチョコレート工場、果ては街角の手作り教室までを襲う従魔や愚神の対策願いが並ぶようになったのは、その数日後だった。


●亡者、亡者、亡者

「モテたい……モテたい……」
「死すべし……カップル死すべし……」
「チョコ……うま……」
「かゆい……背中……」

 亡者。カップル憎しの亡者。右に左に上に下に。前も後ろもあなたの隣にも。
 そんな亡者たちのうめきが市街に響くようになってしまったのはつい先程から。。
 街を通る道路にはチョコレート商品、あるいはチョコレート制作の材料を運搬していたトラックが何台も横倒しにされており、横転したトラックには何体もの亡者が押し寄せ積荷を貪り尽くしている。
 その様は、スクリーンの向こうにあるはずのゾンビホラーを髣髴とさせる。

 何事もなく平和であった市街は地獄絵図と成り果てた。

 亡者の正体は従魔である。
 人間世界に興味を持った愚神たちが世の非モテな人々を観察し、研究し、その生態をありのままに写しこんだ非モテの従魔である。
 ヤツらは愚神たちが生み出した、バレンタイン撲滅兵器なのである。

 行動原理は至極単純。

 リア充滅却。汚物は消毒。

 ヤツらが愚神たちから与えられた命令は、リア充を駆逐すること、そして人類が総力を結集する愚神討滅計画(と思っている)『バレンタイン』の成就を阻止すること。


 オペレーターはそのような奇矯な状況でも、努めて冷静に現況報告を行う。
「市街地に従魔が大量発生しています。その従魔は仲睦まじい雰囲気のカップルや、バレンタインに向け需要が高まるチョコレートに群がってくる習性を持っているそうです。人の幸せやそれに繋がるものがとにかく許せないというこれらの従魔を以後『亡者』と呼称致します」
 さらり、と血も涙もない表現をしていらっしゃる。
「亡者に街を占領されている状態ですが、一般人は一人残らず避難が完了しているそうです。皆さんには現地に向かい亡者たちを駆逐して頂きます。上空からの撮影で得られたデータは後ほど確認しておいて下さい。H.O.P.E.のエージェントが遅れを取るような相手ではありませんが、どうかご無事で」
 集まったエージェントたちは待機していた輸送機へと乗り込んでいく。

解説

目標:市街にいる亡者(推定300体)の駆逐

敵:亡者
とってもタフネス。普通の攻撃では死なない。
頭部の損壊でのみ活動停止。
ただし死なないというだけで、四肢の攻撃は有効です。
リア充な雰囲気とチョコレートの香りに惹かれる。
特にリア充には鬼の形相で襲いかかって来る。(攻撃力もアップ)

リア充な空気に惹かれるので実際にリア充かどうかは関係無。

場所:
亡者がはびこるゴーストタウン状態の市街。
主に3エリアに亡者が集まっているのでそこの駆逐を行って下さい。

1『大通り』200体ほどの亡者が彷徨う広い通り。100体は通りで活動、もう100体は通りに並ぶ店に隠れ潜む。汚物消毒用の火炎放射器を背負っている亡者が全体のうち5体。
 車などもなく、障害物がほとんどない平地。通りを挟むようにお店が並ぶ。

2『食料品マーケット』50体の亡者が彷徨う停電したマーケット。食料品を投擲してくるお茶目な亡者が隠れ潜む。
 停電のため暗い。生鮮品から調味料、菓子、ワイン等もある大型マーケット。

3『路地裏』通りの裏の狭くて暗くて汚い場所。50体の全裸の男型亡者が隠れ潜む。
 日の当たらない裏道。女子は危険。

状況:駆除チームとしてH.O.P.E.から派遣される。
市街中心の『大通り』に空中輸送機から降下してミッションスタート。
『食料品マーケット』と『路地裏』はすぐ近くにある。

リプレイ

●亡者の海へ

「うわ……ガチだね」
「黄泉比良坂って眺めだな。憐れよな」
 現場上空から地上に溢れかえる亡者共の姿を見下ろして、比良坂 蛍(aa2114)は眉をひそめ、黒鬼 マガツ(aa2114hero001)は憐憫の意を示す。
 輸送機側部の扉を開け放って五々六(aa1568hero001)も亡者の数を確認し、獅子ヶ谷 七海(aa1568)は五々六のはためくコートの裾をぎゅっと掴み、狂乱の地上に怯えている。
「あんなにいるの……全部倒せるのかな、トラ」
 力いっぱいに抱き寄せた『ぬいぐるみのトラ』に話しかけた七海に、五々六は薄ら笑いを返す。
「なんだ、知らねえのか? 確かに数こそ多いが、奴らには弱点がある。……ゾンビってのはな、ガキと処女は殺せねえんだ。映画じゃ必ず生き残ってる」
 文化水準の低い世界から来た五々六は大衆娯楽のホラー映画にどハマりしており、更に残念な勘違いまでしていたのだった。
「とんでもない数の亡者だな……。マコト、何か考えはあるのか?」
 赤いサングラスに亡者の大海を映しながら、バーティン アルリオ(aa2412hero001)が相方の東雲 マコト(aa2412)の顔を窺う。
「まあね、このあたしにまかせな! いい考えがあるから、ふふふ……」
 地上にある何かに目を留めて、マコトは悪戯っ子めいた不敵な笑みを浮かべる。
「やれやれ、あまり無茶すんじゃねえぞ、ヒーロー」
 アルリオは肩をすくめ、節度はわきまえるように注意を促す。
 シエロ レミプリク(aa0575)は持てるだけ持ち込んだ銃火器のチェックをしながら、亡者を相手取って繰り広げる戦いに思いを馳せていた。
「敵がいっぱいいるってことは……いっぱい撃てるね!」
 目前にお菓子でも並べられた童子のようにシエロが目を輝かせる、いや怪しく光らせている。
「……いっぱい」
 輸送機の中でもシエロの頭にくっついているナト アマタ(aa0575hero001)は大量の敵にガンガン撃ちまくり悦に浸るシエロの姿を想像した。
 機内の片隅ではまほらま(aa2289hero001)が作戦の準備を行っている。
「まほらま、これ何さ」
 彼女の契約者のGーYA(aa2289)が、茶色を湛えた風船をつまみとって尋ねた。
「濃厚液体チョコ入り風船、亡者はチョコの香りに寄ってくるみたいよ」
 今回は敵がチョコに惹かれるという前情報もあるので、H.O.P.E.が物資提供をしてくれたのだ。
「考えたね、じゃあオレは潜る」
「任されたわ」
 そう交わすと、両者は共鳴。まほらまがGーYAと一体化するとその体は女のものへと変わっていき、水色の涼やかなツインテールにグリーンの瞳という、まほらまに寄った姿となった。

「悪いが送れるのはここまでだ。すまないな」
 パイロットがそう告げる先には、背に小型のパラシュートを備えたエージェントたちの姿。小さくて充分な減速ができない上に高度も足りず危険だが、リンカーの体なら問題はないだろう。
「気にすんな。敵地にぶち込まれるなんざ慣れっこでな」
 元の世界で幾度となく死線をくぐり抜けてきた五々六はにやりと笑い、七海と共鳴する。続けて他の者も降下に向け共鳴状態へ変わっていく。
「幸運を」
 パイロットの言葉と共に後部ハッチが開き、猛烈な風圧が機内で踊り狂う。
「えーっと、あそこか、よし」
 先程地上に見つけたものの位置を確認し、マコトは準備万端。
「……わらわら、いる。めんどくさい……」
 いざ降下する段になって初めて地上を目の当たりにした佐藤 咲雪(aa0040)は嘆息を漏らす。パラシュート降下自体に気が乗らないし、降りた先にはしょうもない亡者の群れが待つのだから無理もない。
(「やらないと、仕事終わらないわよ」)
 咲雪が口癖のように『めんどくさい』を零すのを聞いて、頭の中からアリス(aa0040hero001)は避けようのない事実を突きつける。
「……ん」
 諦めたように頷いて、咲雪はパラシュートを体に固定させているベルト部分を強く握る。

 総員、中空へ投身、数十メートルの短い空の旅へ――。

●戦場(ひどい)

 間隔を取り、パラシュートを開いて即時減速、着地点に目星をつける。
「オラァ! 喰らいやがれクソ共!!」
 携えたマシンガンで亡者を掃射しながら地上に降り立ったのは五々六だ。と言っても体は七海のものなので、言動と外見のギャップが凄まじい。
 同様に地上掃射をしてから着地してきたのはまほらまだ。手足が吹き飛んで倒れ伏した亡者たちをクッション代わりに使い、1体は着地時にそのまま頭部を踏み潰し、残った亡者の頭にも弾丸を撃ち込む。
「うふ、うふふふっ、胸が高鳴る! 血が踊るこの感覚! 久しく忘れていたわぁ、この世界の初陣にふさわしく華麗に皆殺しよ!」
 二挺拳銃を構え、彼女なりの華麗なるポーズを取る。そして降る。彼女が作っておいた液体チョコ風船が。
 頭に当たった衝撃で破裂し、濃厚なチョコレートを全身に浴びるまほらま。
「なんでよ!?」
 彼女が憤るのは手製の風船が1つ無駄になったことか、はたまた美しきポージングを台無しにされたことなのか。
(「ゴメン、降下前に風で飛ばされたの……だと思う。さすがまほらまの呪い、アハハ」)
「ジーヤが不幸体質なだけ、あたしのせいじゃないわ。巻き込まないで」
(「リンクしてたら無理」)
 不毛な脳内問答。降りかかる不幸を互いに相手のせいだと思って譲らない。2人揃ってこその不幸、とも言えるのだが。
 チョコの香りに惹かれて亡者たちが続々と寄ってくる。
「効果的な場所で割るつもりだったけど、仕方ないわね」
 気を取り直し、まほらまは大きく息を吸って、殺気を飛ばす。
「臭いが最悪」
 言い放つが最後、表情も動きも別人に見紛うほどに変わったまほらまが怒涛乱舞で亡者の波を蹴散らし、二挺拳銃で視界内の亡者の頭を片っ端から撃ち抜いていく。
「やるじゃねぇか。なら俺も好き放題やらせてもらうとするか」
 まほらまの立ち回りに感心した五々六は、輸送機内で用意しておいたホットチョコレート入りのタンブラーを取り出す。そしてためらいもせずに頭からそれをかぶり、チョコの香りを身に纏って何十という亡者の群れへ単騎突撃した。
「チョコ……」
 無数の亡者の腕が伸びる。腐臭漂わせる人波に向け、五々六はライトマシンガンによる怒涛乱舞をお見舞いする。ただひたすらに乱射、乱射、乱射。ゆっくりと回転するように撃ち続ける。
「ハッハァー! こんだけ集まってりゃ、眼ぇ瞑ってても当たるぜ!」
 気ままな掃射で亡者の勢いを粗方削いだ五々六は、とっておきの亡者用殺戮兵器『チェーンソー』を装備し、不吉な駆動音を周囲に轟かせる。
「さぁ、たっぷり楽しむとしようじゃねぇか!」
 作業が始まる。戦術、技術、そんなものは必要ない。機械刃で次々と亡者を切り刻んでいく。四肢を頭をザックザック、幼い少女が哄笑しながら。……これこっちが敵じゃね?
 そんなカルトムービー絶賛上映中の惨状に、1人のヒーロー現る。
「ヴァンクール見参! さあ行くぜアル! まずはあれだ!」
 スマートに地上に降り立ったマコトは、任務前にしっかりと練習を積んでおいた変身ポーズをキッチリと披露した後、敵を惹きつけるために用意したチョコレートを体に塗る。そして、あれと指差したほうへ全力疾走していく。
 その先の遠くには、何と火炎放射器のようなものを背負った亡者がいた。上空で事前にそれを発見していたマコトは一目散に彼奴へ向かって突き進む。
 彼女を阻むように、前から横から下からと亡者が妨害してくるが、ドゥームブレイドで頭部や手足を斬りつけて掻い潜っていく。目指すべきは兎にも角にも火炎放射器なのだ。
 大通りで3人がわっちゃわっちゃしているのをシエロは何だか虚しい気持ちで眺めていた。ちなみに他4名はすでに別行動に移っている。
 何が虚しいって、シエロは賑やかな大通りの真ん中でポツンなのだ。降下してすでに1分だが、未だシエロはポツンなのだ。
 こんなはずではない、はずだった。
「たしかこのゾンビどもってチョコとリア充に反応するんだっけ? だったらうちにも反応するよね! なぜならうちには……ナトくんという天使がついているのだから!」
 1分前のシエロはそう言って自信満々に胸を張っていました。共鳴中のナトはちっとも返事をしてくれなかったがシエロはウキウキしていたのだ。
 だが蓋を開けてみればどうだろう。まほらまや五々六がチョコで奴らを惹きつけてしまっているとはいえ、1体の亡者も近寄ってきてくれないじゃない。むしろ遠ざかっているじゃない。……虚しいじゃない。
「もー! おーそーえーよー! リア充なんだぞー、あったまきたぁ! こうなったら暴れちゃうもんね!」
 仲間同様、シエロもチョコを塗り塗りして顔に野戦メイクまで施す。
「これでどうだぁ! こっち見ろこっちー!」
 誰も見てない。近寄ってこない。チョコに惹かれるはずなのに。
「……あああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー!!」

 ぼっち系殺戮機動兵器、始動。 

 一番近い敵めがけて、群れめがけて、火力バースト状態で突っ込む。
「うわああぁーーん!」
 雨あられの攻撃を繰り出し、亡者を尽く粉砕し、行くあてもなく走り続ける。
 両手にインポッシブルとライトマシンガン、鎧の肩に16式60mm携行型速射砲を肩キャノンよろしく噛み合わせて、フルアーマーシエロは悲憤のままに戦場を蹂躙していく!

 遊撃兵器はよそにして、マコトらは火炎放射器持ちの亡者と対面していた。
「うわっ!」
 飛んでくる業火をマコトは寸でのところで避ける。
「まったく、これは放っておけないね」
「おう、それなら良い案があるぜ」
 マコトの傍に寄ってきた五々六の手には、半分ほど中身が残ったチョコタンブラー。
「あら、同じようなこと考えてたのね」
 亡者の頭を銃剣で次々と刺しながらまほらまがやってきて、用意していた1つのチョコ風船を見せる。
「これだけあれば充分、かな」
 マコトも幻想蝶から液体チョコが注がれたバケツを取り出す。
 にやり、と目を合わせる3人。
「燃やせ燃やせー!」
 火炎放射亡者の周辺の亡者に、マコトはたっぷりとチョコレートを浴びせかける。続いて五々六とまほらまも手当たり次第にチョコを降りかけていく。
「チョコ……消毒……」
 動き出す火炎放射亡者。チョコを浴びた亡者に火炎が向き、あっという間に焼き尽くす。燃える死骸が別の亡者に接触し、次から次に延焼。通りは火の海と化していく。
「なんだ!? 火の海? もー、それじゃこいつらそっち行っちゃうじゃーん! うちもそっち行くぞー!」
 燃え盛る大通りはまさに戦場と呼ぶにふさわしい。シエロも3人と合流し、暴れまわる準備はOK。
「皆、あと一息だよ!」
 数を減らす亡者共を見て、マコトは仲間を激励する。マコトがH.O.P.E.に申請して輸送機内で配っておいた無線機を通じ、その言葉は別働隊の4人へも伝わっていく。

●マーケット、暴虐と暗殺

 明かりの灯らぬ、薄暗い食料品マーケットには咲雪と繰耶 一(aa2162)の姿がある。大通りから外れた場所で亡者の探索を行っていた2人は、気配を感知してこの停電したマーケットへと目標を定めたのだった。
「こういうのってちょっと冒険な感じで楽しいかも。咲雪ちゃんはどう、ってあれ?」
 スマホのライトで前方を照らしながら歩いていた一は咲雪に話を振ったが、既に咲雪はどこかへと消えていた。
「一声かけてくれても。って、まぁいいか」
 咲雪からは潜伏して1体1体仕留めていくという方針を伝えられてはいた。合図ぐらいよこしてくれてもいいものだが、喋ることすら気だるそうな彼女の様子を見れば、それが高すぎる要求であることは察しがつく。
 割り切ってマーケット内の駆逐に集中する一。だが今回の任務に当たって、少し気になっていたこともある。
「亡者ってのは要は孤独な負け組じゃん? もしかして私……あいつらと同類……」
 生鮮食品エリアに近づいたところで、自身の内のサイサール(aa2162hero001)に一が語りかける。一も残念ながら男っ気がからっきしであり、一抹の寂しさを感じる瞬間もある。だからといって何かしらアクションを起こす気もないのだが。
(「あなたは世に蔓延るバカップルに嫉妬したアホ共を象った従魔ですか?」)
 慰め、というつもりでもなく、サイサールは単純に事実を告げる。共に過ごしている間柄でも、物事の捉え方は結構違うようだということを一は知る。しかし具体的に説明すると悲しいことこの上ない。
「仮に同類だとしても一緒にされたくない――」
 言いかけた時、何かが頭にぶつかった。ガツンと打たれたような衝撃で一瞬意識が飛ぶ。
 ふらつきはしたが、何とか足元を定めて踏み止まる。激突箇所に手を当てると、大量の赤い液体で掌が染まった。
(「これは……血?」)
 頭に重傷を負ったのか、とサイサールは思ったが、そうであれば自分にも変調があるはず。となるとこれは――。
「食いモンで遊ぶたぁ上等じゃねえか……野郎ぶっ殺してやるぁあ!!」
 瞬間、静寂から一気に沸騰し上がった一が駆け出した。彼女の目に映るのは、食品棚に潜伏していた亡者。その手には赤い球体、フレッシュなトマトが握られている。
(「……トマト? なんだ、怪我をしたのではなかったのですね」)
 合点がいき、サイサールは安堵の声を出す。
「サイサぁ! そういう話じゃねえだろ! 人様の頭にトマトを投げつけるなんてよぉ、食いモン粗末にする奴は灸をすえてやらねえとな……」
 本当に頭から血が噴き出しているんじゃないかと思うほど、一は怒り狂っている。
(「はいはい……物を壊さないようにしましょうね」)
 サイサールは何とか手綱を握り、彼女がマーケットまで破壊してしまわないように努めるのだった。
「お祈りは済ませたか? チョコは食ったか? 命乞いの準備はOK? 今日はお前達にとってクレイジーな『血のバレンタイン』にしてやる」
 一の獣じみた咆哮を遠くに聞きながら、咲雪はマーケット内を素早く移動し、すれ違う亡者達をその手にかけていく。相棒アリスが提案した戦術を忠実に遂行中。
 アリスが咲雪に提案したのは、隠密能力を活かした戦いだ。物陰からの奇襲、死角からの一撃。正面切って戦っても負ける気はしないがリスクを負う必要はない。大通りで戦うことを選ばなかったのも、同様の考えによるものだった。
 元来、アリスは兵器に搭載された支援機構であった。彼女の役目は、主が最大効率で仕事ができるようにすること。元々の機体は存在しないが、今は咲雪がいる。
 アリスがやるべきことは変わらない。そこに、主の安全を保障する、という項目が加わったとしても。
(「前方に対象を捕捉。此方に気づく前に仕留めるわよ」)
「……ん、了解」
 アリスが捉えた情報は即座に咲雪と同期される。咲雪は視界に表示されるデータに従い、熟練された動作でナイフを投げ、亡者の頭を貫く。
 相棒の支援を受け、咲雪は暗闇のマーケットに暗躍する。

●路地裏には近づくな

(「リア充に嫉妬する亡者か……黒絵、僕にちょっと考えがあるから任せてくれないかい?」)
「……何かすごく嫌な予感がする……」
 大通りから移動して路地裏に差し掛かった辺りで、桜木 黒絵(aa0722)は心中に語りかけてきたシウ ベルアート(aa0722hero001)の提案に言い知れぬ不安を感じていた。男色の誉れ高いシウのこと、絶対に見たくもないことが起きるはずだ。
 しかし黒絵は一応シウを信頼している。きっと大丈夫、と自身に言い聞かせて、黒絵はシウが要求してきた共鳴解除に応じた。
「うわぁ……何か陰鬱な場所だね」
 シウの暗躍など露知らず、蛍は入り込んだ路地裏の雰囲気に嫌悪感を示す。残飯が散乱、ネズミの姿もちらほら、如何にもアンダーな空間である。潜んでいそうな空気がマックスである。
 黒絵は恐る恐る、シウは堂々とした足取り、蛍は手で鼻を覆いながら歩を進めていく。
 すると、遭遇。恐らくこの一帯で最も弱く、最も恐ろしい亡者と。
 角の裏から、ゴミ箱の裏から、ビルの裏口から、続々と現れ出でる。腰をわずかに落とし、臨戦態勢になる黒絵とシウと蛍。
 亡者たちはうめく。死者の呼び声を、苦しみへの悶えを、果たせぬ夢の悲しみを、今を生きる者たちへの憎しみを。

 全裸で。

 全裸で。

「……何この変態!? こっちに来ないでよ!」
 現役女子高生の黒絵、大いにたじろぐ。無理もない。何せ相手は大勢の全裸の男、しかも少し軽やかなフットワークでジリジリと迫ってきている。
「おかしいでしょ。全部脱いでるってドウイウコトナノ」
「さっさと片付けちまおう」
 衝撃的光景にほぼ白目になりかけた蛍の嘆きに、マガツはちょっとやそっとで揺らがない大人の余裕で応える。
 ジリッ、ジリッ、距離を詰める変態亡者軍団。
「シ、シウお兄さん! 何とかしてっ、考えがあるんだよね?」
「黒絵、大丈夫だよ。僕に任せて!」
 黒絵たちを庇うように、シウは颯爽と割って入る。悠然たるシウの立ち姿に、亡者たちは何かを感じ取り、歩を止める。
 一息吸い、シウは秘策を披露する。
「君達はリア充に嫉妬してるみたいだけど、リア充に嫉妬してるだけじゃなく君達もリア充にならないかい? 簡単なことさ……男女のカップルに嫉妬するんじゃなく男を受け入れればいいのさ。そうすれば君達は今日からリア充だ!」
 調停者シウが導き出した、亡者たちとの調和をもたらす策がこれです。蛍はさりげなく距離を取って他人のフリ、黒絵は額を押さえてよろめいた。
「僕は男もいけるから君達のことを受け入れよう……さぁ、今日から全員リア充になるんだ!」
 男色、極まる。シウお兄さんの『亡者でもいけるよ』宣言。誰も望まない展開が来てしまうのか。
「……ここにも変態がいる……もう泣きたい」
 泣きたいというか既に泣いてしまっている黒絵は絶望的状況に心が折れそうになるが、任務遂行のため何とか正気は保っている。
 シウの発言を受け、亡者達の様子はというと……。
「こいつ……もうそこまで……」
「非リア……極み……」
 腐った眼窩にうっすらと涙を湛え、憐れむような敬うような視線を向けてくる。
「あれ、少し僕の想定と違うな」
 シウの予想していた亡者の反応は、男の貞操の危機を感じて逃げ出すか、激昂して襲いかかってくるかだった。だが奴らはこちらに生暖かい目を向けてくるではないか。
 亡者達はポンとシウの肩に手を置き、更に彼の腰や足を抱え全員で囲い込む。そして。
「ちょ、こら下ろせ。怖いから、胴上げとか怖いから!」
 ワッショイ。正負両面で自分らを超越したシウお兄さんを胴上げ。何度も何度も、同情と尊敬を込めて高く。
「シウお兄さんを放して! こんな悲しい胴上げ見たくないよ!」
 時間が経っても終わる気配がないので、黒絵が仕方なく声を上げる。
 女子の声。亡者達は即座に反応し、ピタリと胴上げをやめる。落下したシウは「いたっ」と小さな声を出した。
「女連れ……だと……」
「クソが……」
 ペッ、とシウに向けて彼らは唾を吐き捨てていく。尊ぶものから蔑むものへ、シウの評価が急転直下。身近に女がいる、それだけで死刑に値するというのが彼らの共通認識なのだ。
 囲まれたシウはリンチに処される。
「イタッ! こら離れろ。痛い、痛い……腕引っ張るともげるから! 無理だから! おいなりさんも当たってるから! あ、そっちの腕がもげちゃった……」
 おしくら饅頭状態で何が行われているのか外からはわからないが、シウの声だけでも何となく窺い知れる。黒絵は『おいなりさん』という単語が何なのか考えつつ、やむなく救出に動く。
「離れて!」
 黒絵のキレのある回し蹴りが群れの一角を崩し、シウは命からがら這いつくばって逃れ出た。
「シウお兄さん」
 黒絵が手を差し伸べる。色々言いたいことはあるが、今は亡者を倒すのが先決だ。
 共鳴する2人。黒絵は溜まった鬱憤を晴らすようにライヴスガンセイバーを振り回した。
 ひどいものを見た、と思いながら蛍も殲滅行動に移る。支給されたチョコを餌にして、亡者を1体ずつ釣り出してはライトブラスターで頭を撃つ。緩慢な動きの亡者の頭は格好の的だ。蛍の実力ならまず外さない。
 狭い道を直進してくる者達はステップで上手く直線上に誘導し、3発。亡者の頭から頭へのピンホールショットでまとめて葬り去る。
 敵の数が多く、壁際にじわじわと追い込まれても蛍は表情を崩さない。冷静に敵が襲いくるタイミングを計り、突っ込んできたところで反転し壁を蹴る。天地が返り、壁に頭をぶつけて崩れる亡者を見下ろしながら、脳天から弾丸を撃ち込んでいく。3体、5体、数えながら淡々と頭数を減らす。着地と同時に逆を振り返り、ハンドガンで数発。忍び寄っていた亡者を片付ける。
(「しかしモテがどうのとやらでここまで成り果てるとは。モテってのは何なんだ?」)
 敵が大して強くないということもあり、暇を持て余すマガツが蛍に聞いてきた。
「商店街のマダムにはモテるよ。惣菜屋さんとか八百屋さんとか」
 射撃の手は止めず、蛍は自らの一種のモテエピソードを語る。
(「まさかの熟女だと!」)
 驚嘆するマガツだが、よくよく思い返せば蛍はよく『おまけしてもらっちゃった』と買い物袋を提げて帰ってくるなど、そういう節は確かにあった。
(「蛍もモテる男だったってわけか……」)
「いやそれは違うから」
 その後も『モテ』の定義について話し合いながら、路地裏の戦いは静かに収束していくのだった。

●めでたし

「ガチで捨て身だ……」
 大通りのチョコ塗れの惨状を目撃し、蛍はポツリと呟いた。
 マーケットと路地裏の別働隊が大通りに戻ってくるのはほぼ同時だった。順調に仕事を済ませ、加勢にやってきた彼らが見たものは――。

 あらゆる銃火器を搭載して大通りを闊歩する狂乱のシエロ。
 狂気染みた笑顔でチェーンソーを振り回す七海。(中身は五々六)
 亡者達の頭を銃で叩き潰しながら恍惚に浸るまほらま。
 燃え盛る亡者の死骸の山の前で『汚物は消毒だぁーー!』と叫ぶマコト。

 いわゆる地獄、ですよね。

 別働隊の4人は、時折近寄ってくる生き残りの亡者をあしらいながら、週末の光景を観賞していた。


 完全駆逐されると、一行は共鳴を解いてリラックス。
「一仕事終えた後ってのは最高の気分だぜ」
 充実感に満ちた晴れやかな表情の五々六。傍らではチョコ塗れの七海が恨めしげに彼を見上げている。
「うわーん! 幸せだもーん! ホントだもーん!」
 穴だらけになった死骸の山の上で、シエロはわんわんと泣き叫んでいた。ナトは一歩引いた場所から、無言でその不気味なシーンを見る。ちょっと虚ろな目で。
「お疲れ! これで世のバレンタインは守られたのだ……」
 一が皆に声をかける。かけてから、己の内の虚しさに気づく。守ったからどうだっていうんだろう。その日が訪れるのがどうしてこうも悲しいのだろう。
「どっか飲みにでも行こう……」
 女の哀愁漂わせ、一は現場を後にする。
「これぞヒーローの仕事。今日も街は平和だったのさ」
 キャスケット帽をぐいっと被り直し、颯爽と去っていくマコト。アルリオはマコトが残したぐっちゃぐちゃの亡者の山をしっかりと確認し、もはや何も言うまいと決めて後を追った。
「さ、あたし達も帰ろう……あれ、ジーヤ?」
 GーYAの姿が見当たらないことにまほらまが気づく。どこに行ったのか、と周囲を見回すと、いた。
 30mほど先、亡者にお姫様だっこされて舐め回されながら連れ去られていくGーYAがいた。
「え!? 生き残り? というか普通女のあたしを狙うでしょ!? 舐められるのはイヤだけど!」
 追いかけるが、追いつかない。剣でも投げてやりたいところだが共鳴状態にない今は剣を扱えない。というかGーYAごと幻想蝶も持っていかれているので武器が手元にない。
「ジーヤーーー!」
 捨てないで、ばりに手を伸ばして叫ぶまほらま。だが亡者は近くにいた蛍にあっさり頭を撃たれて昇天。ぽいっと投げ出されるGーYA。
 クールにメロイックサインをキメる蛍に、まほらまも意味はわからないが同じサインで応える。
「うぅ気持ち悪い、あの舌の感触トラウマになりそう」
「もしホモ属性の亡者じゃなかったらリンクしてないジーヤはグシャッと潰されてたわよね」
「は?」
「良かったわね、愛されて~」
「え? ……えぇ~~」

 全裸といいコレといい、愚神共は実に多様な人類を観察しているようである。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 魅惑のパイスラ
    佐藤 咲雪aa0040
    機械|15才|女性|回避
  • 貴腐人
    アリスaa0040hero001
    英雄|18才|女性|シャド
  • LinkBrave
    シエロ レミプリクaa0575
    機械|17才|女性|生命
  • きみをえらぶ
    ナト アマタaa0575hero001
    英雄|8才|?|ジャ
  • 病院送りにしてやるぜ
    桜木 黒絵aa0722
    人間|18才|女性|攻撃
  • 魂のボケ
    シウ ベルアートaa0722hero001
    英雄|28才|男性|ソフィ
  • エージェント
    獅子ヶ谷 七海aa1568
    人間|9才|女性|防御
  • エージェント
    五々六aa1568hero001
    英雄|42才|男性|ドレ
  • オールラウンドスナイパー
    比良坂 蛍aa2114
    人間|18才|男性|命中
  • オールラウンドスナイパー
    黒鬼 マガツaa2114hero001
    英雄|26才|男性|ジャ
  • 魔の単眼を穿つ者
    繰耶 一aa2162
    人間|24才|女性|回避
  • 御旗の戦士
    サイサールaa2162hero001
    英雄|24才|?|ジャ
  • ハートを君に
    GーYAaa2289
    機械|18才|男性|攻撃
  • ハートを貴方に
    まほらまaa2289hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 血まみれにゃんこ突撃隊☆
    東雲 マコトaa2412
    人間|19才|女性|回避
  • ヒーロー魂
    バーティン アルリオaa2412hero001
    英雄|26才|男性|ドレ
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