本部

正義の刃が貫くよりも早く

有原明来

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/01/21 19:20

掲示板

オープニング


 老人は、椅子に腰かけて、微笑みながら空を見上げている。
 スペイン、バレンシア近郊の小さな町。
 数日前、家族が増えた。話に聞く英雄、とやらが、7つになったばかりの孫娘を選んでくれたのである。
 15歳ほどの、赤毛で気の強い少年だった。短気なようだが、それは優しさと臆病さの裏返しだと、老人はわかっている。乱暴に見せかけても、無邪気に慕う孫を邪険にできない、優しい少年だということも。
 昼下がりの日は、温かだ。群青に晴れた空の下、孫は少年の手を引いて坂を上っていった。町外れにある、古い教会を見せてあげるのだと言って。
 穏やかな眠気が、波のように寄せては引く。少し眠ってもいいだろう。二人が戻れば、足音だけでわかる。元気な声と、乱暴な声。それを聞くことが、楽しみだった。
 やがて、日は傾き。
 二人は戻らない。
 日が暮れ、夜が来て、暗闇が落ちた。
 二人が、坂を下りてくることはなかった……。


 ブリーフィングルームに入ってきた男は、国際警察機構の制服を着ていた。
「エージェントの方々には、急な召集をお許し願いたい!」
 背後で、男の部下らしき人物と、HOPEの職員が、慌ただしく機材の準備を始める。
「今回依頼したいのは、ある犯罪組織構成員の拘束。そして、誘拐された子供たちの保護です。彼等はヴィランズではなく、武装も通常の銃火器しか所持していません」
 エージェントたちの間に、ざわりと波紋が広がる。共鳴状態の能力者は、銃どころか大砲でも傷一つつかない。いわゆる普通の犯罪者が相手では、勝負にすらならないのに?
「私の班はここ数年、国際的な児童誘拐事件を追い続けてきました。被害は地中海地域を中心に発生し、年齢は幼児から、10歳ほどの子供たちです。被害は国籍や性別を問いませんが、能力者、特に英雄と出会ったばかりの子供が狙われています」
 準備が整ったらしいホログラムで表示されるのは、一枚の家族写真だ。
 明るい色彩の街並みと、群青の空。両親と祖父母に囲まれて、7歳ほどの少女と、一人だけ仏頂面の赤毛の少年が映っている。
「少女はファナ・ブルーナ、7歳。赤毛の少年は彼女の英雄のレオンです。レオンが海難事故に遭ったファナのもとに現れて、まだ一週間。二人は、二日前の午後に行方知れずとなりました」
 ホログラムが、地中海全域の地図を表示する。縮尺がぐんぐんと変化し、北アフリカのある港町をクローズアップした。
「現在、二人を含めた20人ほどが、この町のアジトに監禁されていると思われます。ここから50kmほど離れた地点で、従魔が出現しており、警察・軍隊は対応で身動きがとれません」
 そのため、国際的な中立組織であるHOPEに緊急要請が出されたのであった。
「アジトは、町のスラムに位置しています。組織の構成員は、10人から15人程度。能力者は一人もいませんが、全員が銃火器を所持しています。年齢は、いずれも10代後半から、20代前半」
 エージェントの間に再度、波紋が広がった。随分と若い。
 捜査官は、ぐっと視線に力をこめた。
「この犯罪組織は、誘拐組織であると同時に傭兵団でもあります。誘拐した子供たちを洗脳し、兵士として育て上げ、他の犯罪組織に戦力としてレンタルすることで、世界中で被害を出しています。子供たちは、自分たちが正義なのだと信じきっており、戦闘時以外は世界に複数個所あるアジトで清貧な生活をおくっています」
 ホログラムが、いくつもの顔写真を表示する。左右並んだ二つ、左は無邪気な子供の顔だが、成長した右は凄絶な表情をしていた。
「組織は、独自の宗教を構成員に信仰させていて、世界は愚神が影から支配している悪の巣窟なのだと信じきっています。アジトに潜伏しており、今回の誘拐の実行犯である彼等も、元は誘拐された子供たちなのです」
 それが、構成員が若者ばかりの理由だった。
「彼等は、自分たちの行いは悪の世界から子供を救い出す英雄的行為なのだと信じ切っています。目的の達成のためには、残酷な行いも躊躇いません。特に、即戦力になりうる能力者と英雄は、元の世界に戻れなくなるような強固な洗脳を施されます」
 ホログラムが、一枚の写真を表示する。戦闘中だ。獣の両脚と、獅子の如き鬣をした、共鳴中の能力者。炎のスキルで周囲が薙ぎ払われ、幾人もの捜査官が周囲に転がっている。
「彼は、3年前に誘拐されたある少年……成人しているようですが、これは共鳴中の姿で、実年齢はまだ11歳です。彼が組織の手に落ちた時の経緯を聞くことができました」
 簡素な椅子に、栗色の髪の少女が座っている。目はどこから虚ろだ。迷子のようにあちこちを見渡し、体中のあらゆる場所に包帯が巻かれていた。
『男の子がね、一人連れていかれて、皆のまん中で、縛られたの』
 ホログラムの少女は、たどたどしく話し出した。
『一人だけ、逃げようとしたんだって……本当はそんなことしてないのに。目隠しと、口にも布、されてた。英雄はエラくてスゴいから、そんな奴を許しちゃダメだって』
能力者と英雄は言われた。その少年を、殺せ、と。
『殺さないと、他の子を、殺すぞ、って』
「組織は、誘拐した能力者に、罪を犯させます。幼い能力者と、この世界に慣れていない英雄では、事態を打破することは困難です」
混乱し、望まぬまま、言われるままに殺人を犯してしまう。罪の意識が襲う。それから逃れるため、能力者も英雄も思考を止め、進んで組織の正義に迎合する。
「組織の洗脳は強固です。数か月経ってやっと保護した時には、家族でさえも悪の化身と罵られる場合があります。また、警察組織に捕まること、情報を漏らすことを何よりも禁じられており、危機に陥ると自害する場合が大半です」
 そのため、組織の全容を把握することは困難だった。捕まるのは、末端の構成員である子供たちばかり。それも、捜査の手が迫るとすぐに自害の道を選んでしまう。
「ですが、背後には必ず黒幕がいるのです。罪も無い子供たちを誘拐して手駒にし、戦争と金儲けの道具にしている人間が。黒幕へ至るための手がかりとして、たとえそれが本人にとってどれほどの苦痛でも、生きたまま捕縛したいのです」
 檀上で、捜査員たちがびしりと直立する。
「誘拐された子供たち、能力者ファナと英雄レオンを含めた20名ほどの救出を。そして、犯罪組織構成員約15名を、全員生存したままでの拘束を。ファナとレオンが、取り返しのつかない罪を犯してしまう前に」
 困難なようですが、お願いいたします!
 張りのある声が、ブリーフィングルームに響いた。

解説

【成功条件】
誘拐された子供たち、約20人の救出
犯罪組織構成員、約15人の拘束
【失敗条件】
死者がでること
【環境】
場所 = 北アフリカ北部、ある都市のスラム街
・街並みは乱雑で、道も入り組んでいる。小さな古い建物が密集
・住人は多いが、ほぼ全員が犯罪者と呼べるくらい治安は悪い
・周囲に異変があると目標に逃亡される恐れがあるため、あえて住人は避難させていない
アジト = 旧時代の役所。現在は廃墟
・2階建て。土地面積は学校の体育館ほど
・中央の中庭を囲むコの字型
・狭い部屋が多く並んでおり、大部屋は一階に一室あるだけ
・海沿い。海上に出る桟橋に小型のボート(エンジン付)が一台止まっている
【環境捕捉】
・アジトの入口は一か所、ただし建物の死角から気付かれないよう侵入することは容易
・どの部屋に誰が何人いる、という情報はなし
・陸路も海上も交通が多く、逃亡されると確保は困難
・時間をかけすぎると、ファナとレオンが殺人を強要される可能性がある
・スラムの騒音が激しく、多少の銃撃は周囲の住人も気にとめない
【フォロー体制】
・国際警察機構が周囲を包囲している
・ただし、住人は警察組織を警戒しているため、目立たないよう人員も装備も最小限
・装備品は、非致死性兵器に限りなんでも使用可能。
通信機、催涙スプレー、殺傷能力のない音又は閃光のみの手りゅう弾(※衰弱している子供たちにはダメージになる可能性)など。電気ショックで意識を奪うスタンロッドもあるが、慣れていないと扱いは難しい
【戦闘における注意】
攻撃を受ける場合=共鳴状態の能力者(および英雄単体)は、通常兵器ではダメージゼロ。ただし、着弾の衝撃でふっとぶ、といった間接的な影響は受ける
攻撃する場合=共鳴状態のAGWでの攻撃は、あっさり命を奪ってしまう可能性がある。そうでなくても共鳴中は身体能力が大幅に強化されるため、慎重に加減する必要がある

リプレイ

●スラム街
 祈りの声が響いている。
 空気そのものが茶色く濁っているような、埃に埋もれたスラム街。
「うるせえな」
 またかよ、と露店の男は呻いた。行き交う通行人は気にしていないようだが、一日中露台に座っている男には、聞き慣れない祈祷の声はたまったものではない。
「なあ」
 露台の前に、フードを目深にかぶった人影が立った。声はまだ若い。
 慣れていない様子で、つまんだ紙幣をさしだしてくる。
「あそこの建物ってどんな奴が出入りしてるんだ?」
 男も指先で、紙幣を受け取った。
「お前みたいなやつだよ。男も女も顔隠して、余計な口はききやがらねえ。全員ガキだ。ガキが、たまにもっとチビっこいガキ連れてきやがる」
 ガキ、と人影はオウム返しに応じた。
「建物の中で、なんか仕込んでるみたいだぜ。あのお祈りとかな」
「……学校みたいな建物だけど」
「ありゃ大昔の役所だ。廃墟になってたのを、連中が勝手に使ってんのさ。設備はポンコツみたいだぜ、しょっちゅう火災報知器が誤作動してやがる」
 男はにたり、と笑う。
「あんな連中より、もっと面白いモノを扱ってるんだがな。どうだ?」
 機械まみれの露台の下から、秘密の商品……銃を取り出してやる。
 男はふっと瞬いた。
 商売柄、相手から決して目を離したつもりはない。だが人影は煙のように消えて、人ごみだけが行き交っていた。

●1階・裏口前
 玖渚 湊(aa3000)は、足早に人ごみをすり抜けた。
「めっちゃ怖……日本帰りたい……」
『大丈夫大丈夫、まだ人殺した事は無さそうな目付きだったし』
 共鳴状態の英雄ノイル(aa3000hero001)が軽く言ってくるのに、大丈夫じゃない、と返す。
「二言目に銃だしてくるとか! 治安悪すぎだろ……」
 共鳴中の見た目は二十代半ばほどだが、本当の湊は17歳、治安はタダの日本で男子高校生をやっている身だ。遠くアフリカの治安最悪なスラム街は、呼吸も躊躇われるほどに緊張する。
「仕込んでる、ってさ」
 ただでさえ重い案件が、より憂鬱になる言葉だった。
『能力者じゃない普通の子供たちも、兵士にされてるみたいだからね』
「子供に洗脳だなんて……。世の中知らない事はたくさんあるけど、知りたくなかった事も多いよな」
『辛いなら、忘れたっていいんだよミナトくん。あとお腹空いたよ』
「もっと緊張感を持てよ! こういう事は、見ないふりしたら、ダメなんだよ」
 人ごみをすり抜け、目当ての路地へ入る。廃墟なのかそうでないのかわからない建物をいくつも抜けると、巨大な石造りの建造物が近づいてきた。ライヴス通信機をそっと取り出す。
「情報収集、行ってきました」
『ご苦労だったね』
 通信機ごしに、英雄ジェネッサ・ルディス(aa1531hero001)と共鳴中の、無月(aa1531)の声が聞こえてくる。こちらが安心するほどに、落ち着いた声だった。
『おお、どうじゃった? なんぞイケてる情報はあったかの?』
『アイリス、はしゃぐな。お前は偵察中なんだぞ』
 はしゃいだ声は、英雄のアイリス・サキモリ(aa2336hero001)。それを通信機ごしに諌めるのは。相棒の防人 正護(aa2336)だ。
 二組とも、多くの任務をこなしてきたエージェントだ。それでも、心配せずにはいられない。無月とアイリスがいるのは、既にアジトの内部なのだ。
 エージェントたちはいくつかの組に分かれ、アジトである建物を包囲していた。想定していたよりも、露店の喧噪やボートのエンジン音といった騒音がひどく、外から中を探ることができない。無月とアイリスが侵入し、内部の構造を探っているのだ。

●1階・通風孔
『構成員と、外部の住人との接触はほとんどないそうです。顔も隠して、ほとんど口もきかないとか』
「ああ。見ている限り、アジトのなかでも全員顔を隠しているね」
 狭い通風孔の内部。声を潜めて、無月は応える。
『あと、小さい子供たちに何か仕込んでるらしいって言ってました』
 無月は顔をしかめる。
 どれほど若く幼くても、エージェントはエージェントだ。共に戦う以上、甘い顔をすべきでないとわかってはいるが、できるなら知ってほしくないこともあった。
(未来ある子供達を、己の利の為に弄ぶとは……)
『子供達を道具にするなんて、放ってはおけないよね』
 ジェネッサの声が、無月の焦燥を包み込む。
『だからこそこの任務、成功させなくては』
(ああ。わかっている)
 通風孔の入口ごしに、小さな後ろ姿がいくつも見えた。

●1階外・桟橋
「それじゃあ」
 海神 藍(aa2518)は、英雄の禮(aa2518hero001)と顔を見合わせた。どんな時も穏やかな笑みを絶やさない、禮の表情がこわばっている。
 建物を壁沿いに海側へ回り、桟橋の上。荷箱の間に、二人は身を隠していた。
「子供たちの一部は、もう……洗脳されているんですね?」
『ミーティングで聞かされたように、殺人を強要されたうえでの洗脳、というわけではなさそうだが』
 無月の観察は、冷静だった。
『一階の広間で祈祷が行われていたのだが、組織の構成員らしき姿が全部で16人。彼等と別に、小さい子供たちが8人いた』
 特に、拘束もされていなければ、武器で脅されているようでもない。
『表情に、生気はまるでなかったが』
『組織の構成員の態度は?』
 周囲の建物の屋根に潜んでいる、シールス ブリザード(aa0199)が聞く。
『仲間に対するかのように親切だ。励ましの言葉をかけていたな』
「……突然誘拐されて、何もわからない状況で親切にされたら、相手を憎むことは難しいだろうね」
『でも、誘拐犯なのよ!?』
『しーっ、ニア! 声が大きいわ』
 憤るニア・ハルベルト(aa0163)を、英雄のルーシャ・ウォースパイト(aa0163hero001)が諌める。
「それも彼等の手法の一つ、ということだろう。助けようとして、抵抗される可能性もあるね」
 藍は声を抑える。感情は抑えきれない。
(平穏を奪って、強いて命を奪わせて、それが正義だ、と?)
 袖口を、禮の小さな手が引いた。
「兄さん……」
「おっと、ごめん」
心配そうに見上げてくる、禮の頭を軽くなでる。
「平気だ。落ちついているよ」
「……大丈夫なの?」
藍は、返答しなかった。建物を見つめる瞳に、怒りが燃えている。
「入口側に戻ろう。合流しないと」

●2階・屋外
「2階の情報がまるでわからないのが、辛いね」
 隣接する、小さな廃屋の屋根の上。シールスは、英雄の99(aa0199hero001)とともに物陰に身を潜めていた。
 無月が侵入している通風孔は、2階まで繋がっていないのだ。
「情報をまとめようか。1階は、東側に大広間……ここは、祈祷のためだけに使われていると」
『中庭を挟んで、西側に部屋が4つ。一番北の部屋にだけ、通信機やノートPCが設置されていた』
『組織についての情報を得るなら、確保したいですね』
 藍の言葉に、全員が同意する。
『アイリス、2階の様子はどうだ?』
『ジーチャン、無茶は言わんのじゃ! 妾は段ボールに入りっぱなしのひきこもりなう、じゃぞ。外に出たいが、誰かがすぐに廊下に来るしのう』
『子供の声か?』
『足音からして、お子様という感じはせんのう。人数は2人、あるいは3人といったところか』
「窓の配置を見ていると」
 シールスは、首を伸ばして建物をうかがった。
「1階に比べて、2階は小さい部屋がたくさん並んでいるように見えるね」
『妾がおるのも、小さな部屋じゃ』
 石の壁と、喧噪に阻まれて、中の様子はわからない。
「子供たちは2階の部屋かな」
「シールス。焦るな」
「わかってる」
 ぐっと、拳を握りしめた。

●1階・正面入り口前
 そうだ、と通信機ごしに湊が声をあげた。
『建物の中の設備、相当ダメになってるみたいです。火災報知器がしょっちゅう誤作動を起こしてるって』
 それを軸に、全員で作戦を立てていく。子供たちの保護、構成員の拘束、情報源の確保。しなくてはならないことは、山のようにあった。
「あまり、時間をかけすぎないようにしないと。ファナとレオンが危ないです」
 黄昏ひりょ(aa0118)が、きっぱりと言う。英雄のフローラ メルクリィ(aa0118hero001)が、心配そうに覗きこんだ。
「ひりょ、無茶しないでね?なんだか心配だよ」
「うん、大丈夫」
 鋼野 明斗(aa0553)は、仲間の背後でじっと会話を聞いていた。この場にいるのは、ひりょとフローラ、ニアとルーシャ、正護、それに桟橋から戻ってきた藍と禮だ。
 明斗がちらりと視線をやると、英雄のドロシー ジャスティス(aa0553hero001)は、エメラルド色の丸い瞳でこちらを見上げてくる。
「正義だってさ。どう思う?」
 無口なドロシーは、常に携帯しているスケッチブックに、力強く文字を書いた。
『正義はある』
「相手も、正義を信じてるらしいけど?」
『相対価値は無意味! 正義を希求し常に求め考える。さすれば、いつかは辿り着く』
「お前は偉いな」
 ドヤ顔の少女の頭を一撫でし、明斗は立ち上がった。
「あれも、これも正義。見方の問題、と堕落するわけにはいかない」
 通信機ごしに、馴染みであるシールスと何かやりとりがあったのだろう。ニアが明るく笑う。
「うんうん、頑張ろうねー。ん、わたし? わたしは大丈夫だよー。いつも通りいつも通りー」
 声と反対に、明斗は少しばかり沈んでいく己を自覚した。必要なことを最低限の力で行うのが性分で、面倒見がいい人間になった覚えはないのだが。
(……こんな状況でいつも通りとか)
 明らかな無理か、無自覚なのかと考えながら、ロープの束をしっかりと腰に固定する。
 禮と共鳴を始めた藍が、全員を見渡した。
「準備は、いいですか?」
 一人一人が、しっかりと肯いた。

●1階・制御盤前
 今は無人の廊下に、無月は音もなく降り立った。
 目の前に、火災報知機の制御盤がある。
「ひりょくん、頼む」
『わかりました!』

 作戦が始まった。

●1階・裏口前
 固く閉鎖された1階裏口。物陰で息を潜めていた湊は、空を注意深く見上げた。
 中庭の方向から、ひりょが内側に投げ込んだ発煙筒の白い煙。同時に、無月が操作した火災報知器が、けたたましい音をたてた。
 湊は周囲を見渡す。慣れているのだろう、スラムの喧噪にはなんら変化した様子がない。
 息を大きく吸って、窓の割れた隙間を狙い、発煙筒を放り込む。たちまち、窓の内側がドミノ倒しのように白く染まった。
『ナイスコントロール!』
「誰もいませんように……!」
 建物に素早く近づくと、共鳴で強化された腕力にまかせ、窓を強く引く。鍵はあっけなく壊れ、煙まみれの内側に下り立った。
 突入第一陣。入口からひりょ、裏口から湊、2階からシールス。
 隠密行動が最優先。見つからない、見つかった場合は回避。こちらが能力者であることは、ギリギリまでバレないように。
 発煙筒と火災報知器で混乱している間に、できるだけ深部まで潜り込む。
(階段まで行かないと……! シールスさんと合流して)
 煙の隙間。
 目があった。
 布で覆われた顔に驚きが走り、肩から下げられていた機関銃の銃口が上がって、
「っ、ぐあっ!?」
 湊の催涙スプレーのほうが早かった。
 顔を覆って苦悶する相手の腹に、手加減してスタンロッドの柄を叩きこむ。ぐっと息を吐きだし、ぐにゃりと力が抜けた全身を支えた。
「一人、気絶させました! 拘束します」
『了解。落ち着いて、どこか見つかりにくそうな場所に押し込んでおいてくれるかな』
 冷静な藍の声に安心する。
 だが相手を拘束する手は、緊張で震えていた。
『ミナトくん、結構なりふり構わないんだね』
「構ってる余裕ねえよ!」
 のほほんとしたノイルの声が、緊張を和らげようとしてくれているのだとわかる。
 耳をすませる。銃声は、今のところしない。
(……何の躊躇いもなく、銃を向けてきた)
 任務のことに、ひたすらに思考を集中する。手錠をかける手が細いこと、相手が湊と同い年ほどの少女であることを、今は考えていてはいけないのだ。

●2階・東側小部屋
 一般人をすぐさま眠らせてしまうことができるスキル、セーフティガスは、今回の任務にはうってつけだ。使用できるのは、シールスとひりょ、それから明斗。いずれも2回ずつ、全員で計6回。
(無駄打ちは、できないんだけどなっ……!)
 銃を構えかけた構成員たちが、ばたばたと倒れる。人数は3人。
「こちらシールス。セーフティガス、1回目を使ってしまった」
『了解。相手の人数は?』
 藍の問いに、構成員を拘束しながら答える。
「3人。拘束して、2階東側廊下の、南から3番目の部屋に放り込んでおく。あと、ケアレイも使うね」
『負傷したのかい!?』
 口にすることを躊躇ってしまう。シールスとて軽い気持ちで臨んだわけではないが、目の前にすればあまりに重い現実もあった。
「……二つ目に入った部屋に、人質の子供たちがいた。人数は3人。組織に反抗的だったせいで、暴行を受けて監禁されてたそうだよ」
 1階の騒動で本当の火事を疑ったのだろう、移動させようと構成員がやってきた。鉢合わせして、思わずスキルを使ってしまったのだ。
 スキルの余波を受けてか、辛うじて意識があった少年も眠りについている。他の二人は、そもそも意識がなかった。粗末なベッドの上で体を畳んでいる、痣と傷だらけの体。
「事態が収束したら、真っ先に治療を受けられるようにしてほしい」
『わかった。国際警察機構に連絡しておくよ』
 冷静だが、憤りが透けるような藍の声だ。
『湊です、子供たち見つけました! 人数は4人。皆怖がってるだけで、ケガは大丈夫です』
「彼等から、他の人質の話が聞ける?」
『正しい人数は知らないそうです。でも、他の小部屋に、少人数ずつ入れられてるみたいだって』
 銃声。通信機ごしの悲鳴に、シールスは駆けだした。

●1階・正面入り口前
 建物からの銃声に、ニアと明斗は顔を見合わせ、肯いた。
「二人とも、お願いします!」
 藍の言葉を合図に、二人は入口へ駆け寄る。
 同時に、内側から人影。
「……貴様等!」
 拳銃が火を吹く。ニアが、一瞬衝撃で足を止め、
「痛いなあ。何するの?」
 驚愕で、相手の動きが止まる。
 明斗が押し倒すように飛びつき、腕をねじった。
「思考停止の正義に酔って、弱いものイジメをしたんだ、文句は聞かん」
 指一本、動かせないように拘束する。その間に、ニアが持っていた銃器を叩き壊した。
 突入第二陣。入口から、ニアと明斗、アイリスの到着を待って正護が突入し、最後に藍が入口を見張る。
 隠密行動が最優先の第一陣とは違い、完璧な武力行使だ。できるだけ派手に立ち回って、敵の戦力を陽動、片っ端から拘束する。その間に、第一陣が人質全員の保護を行う。
(例の大事そうな部屋は、無月さんがガードしてくれてますし)
 でも、と明斗は苦くこぼした。2階の第一陣も、戦闘を避けられていない。戦力の分散はできているが、拘束に時間を食ってなかなか奥に進めないのだ。
 それに。
(こいつらっ……!)
 足を払って叩きつけ、同時に奥から湧いてきた増援にセーフティガスを放つ。
 タイミングでは勝っていたはずなのに、銃弾がばらばらと体を打った。
 肉体的には、こちらのほうが完全に有利だ。にも関わらず、銃撃を喰らうことがあった。動きが違う。気迫が違う。何が何でも殺してやるという、強い意志を感じる動きだった。
 それでも。だからこそ。
「……しょっと!」
 力をこめて骨をへしおると、ぎゃっと悲鳴があがった。拘束も猿ぐつわも、力まかせだ。
「大丈夫?」
 唐突に乱暴になった明斗に、きょとんとニアが声をかけてくる。
「こんな連中に、これ以上被害を出させるわけにいきませんから」
「うん。がんばろう!」
 藍が、通信で現状を報告してくる。
 構成員の拘束は12人。祈祷を行っていた16人が総人数だとするなら、あと4人。
 保護された子供は11人。全員、2階の一室で保護されている。
 問題なのは、無月が見たという、祈祷を行っていた8人の子供の姿が見えないことと、
(ファナとレオンは……?)
 嫌な予感が胸を焼いた。

●1階・北西側小部屋
「セーフティガスの残量は?」
 無月は素早く聞いた。
『ひりょさんと明斗さんで、あと一度ずつです』
「すまない。至急来てくれ」
 無月は、扉の端から廊下を窺った。
(なんてことを……!)
 肩から重い機関銃を下げて現れたのは、あの祈祷をあげていた子供たちのうち4人だった。表情は怯えきっているか、あるいは空っぽに虚ろだ。構成員が1人、背後について励ますようにしている。
「悪魔の手先はあの部屋だぞ、皆!」
 そう叫ぶ声も、明らかに子供であることに驚愕する。
「これは正義のための戦いなんだ。情報を敵に渡すわけにはいかない! 皆で力を合わせて悪魔を殺そう!」
 重い銃をかまえて、よたよたと子供たちが迫る。
『無月!』
「ああ、やるぞ!」
 ジェミニストライクをかけて走り出す。
 分身した無月に突然飛び出されて、子供たちも構成員もぎょっと動きを止めた。
 分身が一方ずつロープの端を持ち、素早く立ち回ると、構成員だけを狙って拘束する。持っていた銃ごと、宙に浮くほどの勢いで繋ぎとめられ、ぐっと呻き声があがった。
(本来なら、彼らも大人の犠牲者。戦いたくはなかったが……)
 思いは苦いが、拘束を緩めるわけにはいかない。
「あ、悪魔の手先め! 皆、戦え! 戦っ」
 舌を噛めないよう、猿ぐつわをかませる。予想していた通り、構成員もまた少年と言っていい年齢だった。
 子供たちは、おろおろと視線を彷徨わせる。
「もう大丈夫」
 精一杯に笑ってやりながら、無月は声をかけた。
「私達は、君達を助けに来た。もう、怖い思いはしなくてもいいんだ」
 よろめく視線が、本当なのかと聞いていた。みるみるうちに、誰の目からも涙があふれだす。
「いたぞ!!」
 怒声が宙を割った。
 無月がハッと振り返る。敵は2人。
 長い廊下ごしに撃ってこようとするその射線上に、誰かがバッと飛び出してきた。
 機関銃の銃声。子供たちの悲鳴。無月は覆いかぶさるように、伏せた子供たちの盾になった。全身を打つ銃弾にダメージはない。が、動けない。
「変身!!」
 正護だ、とわかった瞬間、銃声が一段と激しくなる。
 拒絶の風のスキルを纏った正護が、2人の構成員に肉薄した。武器を奪い、即座に破壊する。
「離れて下さい!!」
 正護が跳ねるように離れるのと同時に、ひりょのセーフティガスが放たれた。構成員が、ばたばたと倒れる。
 無月は、よろめくひりょのもとに駆け寄った。
「大丈夫か!」
「はい、大丈夫ですよ」
 弱弱しく笑う。間に飛び出してきたひりょが、盾になってくれたのだ。無月一人では防げなかった分まで、体を張って守ってくれた。ダメージにはならなくても、恐怖が無いわけではないだろうに。
「ケガした子たち、いませんか? ケアレイが使えますけど」
 怯えきり、動けずに泣いている子供たちの元に戻る。ひりょは、一人一人を抱きしめてやった。
「もう大丈夫だから。ここから逃げよう」
 藍から、緊迫した声で通信が入る。
『2階で、武器をもった子供たち4人を、明斗さんがセーフティガスで眠らせました。全員殆ど戦う意志もなくて、まるで囮にされたようだと』
「囮?」
『湊くんがずっと探していましたが、リーダーらしき動きをする人物が見当たらないそうです。正面は僕が見ていますし、窓や侵入口はシールスさんが内側から瓦礫で閉鎖しましたから』
 正護が、ハッと顔を上げる。

●1階・桟橋
 待て、と正護の力強い声が水上に響く。
 怯えた表情の少女が、顔を上げた。僅かに纏う、ライヴスの光。レオンと共鳴しているのだ。
 ファナの手を引き、桟橋を進む人影が一つ。
 正護は、駆け寄る脚を止めた。拳銃の銃口は、ファナではなく、人影自身の頭部に向けられている。
「逃げるの?キミ達の正義ってその程度なんだね」
 追いついたシールスが、挑発して叫ぶ。だが、頭の中はフル回転だ。
 子供たちの証言で、この人物がリーダーらしいとわかっている。無月が守っていた部屋に入っていた、唯一の人物。組織の上層部と直接繋がっている可能性があるのは、この一人だけだ。
 絶対に、死なれるわけにはいかない。
(どうする……!?)
 シールスの隣、相手から見えない荷箱の陰に、ニアと無月は身を潜めていた。二人のスピードでも、近づく前に自害されてしまうだろう。
「……それがお前の正義か」
 正護は、相手から目を離さない。
「何の為の正義だ。神に依存しきり、考えを止め、一体何の正義を持っていると言うのだ!」
「この子を守る」
 きっぱりと、澄んだ声が告げた。シールスは驚愕する。女だ。少女と言っていい声だった。
「心配ないよ、ファナ。一緒に行こう」
 ファナは、怯えた目で少女を見上げた。
「この連中は、子供たちを見捨てるよ。どれだけ酷い目にあったって、助けてくれなかった。それもこれも皆、愚神のせいなんだ。世界を裏から愚神が支配してるからなんだよ」
 ニアは唇を噛んだ。この少女もまた、元は誘拐された存在なのだ。
「こんな世界じゃ、お前を守りきれないよ。私たちの傍が一番安全なんだ」
 正護は、怯まなかった。
「俺の正義は」
 覆面の下から向けられる視線は、射殺さんばかりに強い。
「俺がどんなことになろうと、どんな運命だろうと、世界中の子供達が笑顔でいる世界を創る為に、戦うことだ」
 シールスは、正護を見た。
「助けてやれなくって、すまなかった!! 俺は、未熟者だっ!!」
 声がびりびりと響く。
 相手はじり、と後ずさった。
 ファナの目は、今は正護を見ている。
「お前達のような子供が、そんなものを持たないでくれ」
 ファナを抱き寄せる腕に、ぐっと力がこめられる。
「信じてくれ」
 返答は。
 銃弾だった。
 一発、二発、三発。正確に額を撃たれて、正護が衝撃でよろめく。
 同時に、相手はボートに飛び乗った。ファナが悲鳴をあげる。ボートのエンジンをかけようとして、

 ボートの機械部分が、破壊されていることに気がついた。

 ファナが腕を振り払う。
 止めようとした手が、宙を掻いた。泣きながら駆けて、ファナは正護の腕のなかに飛び込んだ。
 無月とニアが飛び出す。ボートの上に、もみくちゃになって二人はとびかかった。
 少女は叫んだ。
 無月が布を噛ませても、ずっと叫んでいた。
 両手両足が暴れて、ボートは滅茶苦茶に揺れた。二人は、少女を長く抱きしめていた。
 駄々をこめる子供のように暴れる少女を、二人がかりで、全身で抱きしめていた。

●1階・大広間
 ありがとうございますという言葉も、ボートを事前に壊しておくなんてお手柄でしたねという言葉も、まったく心に響かない。藍はなんとか、表面上だけはにこやかに取り繕った。
 国際警察機構の部隊が到着し、組織の情報を得ようと捜索を続けていた。日はすっかり落ちており、持ちこまれたライトが、無遠慮に内部を照らしている。
 藍は、捜査員と別れ、エージェントたちの元に戻った。
 とはいっても、人数はそういない。正護は、リーダーの少女の護送についていってしまったし、ひりょとニア、それにシールスは連れ立って外にいる。気心の知れた者同士、吐き出したい思いがあるのだろう。
 無月は壁にもたれ、静かに目を閉じている。
 明斗はと言えば。
「……」
 問うように見上げてくる眼鏡ごしの視線に、藍は苦笑で応じた。
 湊が、分厚いノートに、鬼気迫る勢いペンを走らせている。ハイパーグラフィア、過書の病。起きたこと感じたことを、何であれ書き留めておかずにはいられないのだ。
 湊には大切なことなので、止めようとは思わない。だが、今回の事件を思うと心配にはなってしまう。さっさと帰りたい様子の明斗も、離れるタイミングを見失っていた。
 藍は、湊の隣に腰かけ、深く息をつく。
(戦う理由は、自分自身で見つけるものだ。それでこそ価値があり、意味がある)
 助け出されたファナとレオンは、これからそれを見つけることができるかもしれない。
 だが、組織の構成員たちは? 今こうしている間も、誰かが正義の刃を握らされているかもしれない。ボートの上の少女のように、泣き叫びながら。
 それを思うと、スキットルを煽りたい衝動が湧いてきた。
「あ」
 明斗が声をあげ、全員が視線のほうを見た。
 保護された子供たちの列の最後尾、レオンがファナを抱えている。
 二人の目が、エージェントたちを認めた。
『お兄さん』
「うん」
 禮の安心した声で、まだ飲むのはやめよう、と思った。
 湊が、ノートにゆっくりとペンを走らせる。
 ファナとレオンが、唇だけでありがとうと言って笑ったと、そう記録するために。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ほつれた愛と絆の結び手
    黄昏ひりょaa0118
    人間|18才|男性|回避
  • 闇に光の道標を
    フローラ メルクリィaa0118hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 守護者の誉
    ニア・ハルベルトaa0163
    機械|20才|女性|生命
  • 愛を説く者
    ルーシャ・ウォースパイトaa0163hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 希望の守り人
    シールス ブリザードaa0199
    機械|15才|男性|命中
  • 暗所を照らす孤高の癒し
    99aa0199hero001
    英雄|20才|男性|バト
  • 沈着の判断者
    鋼野 明斗aa0553
    人間|19才|男性|防御
  • 見えた希望を守りし者
    ドロシー ジャスティスaa0553hero001
    英雄|7才|女性|バト
  • 夜を切り裂く月光
    無月aa1531
    人間|22才|女性|回避
  • 反抗する音色
    ジェネッサ・ルディスaa1531hero001
    英雄|25才|女性|シャド
  • グロリア社名誉社員
    防人 正護aa2336
    人間|20才|男性|回避
  • 家を護る狐
    古賀 菖蒲(旧姓:サキモリaa2336hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • マーメイドナイト
    海神 藍aa2518
    人間|22才|男性|防御
  • 白い渚のローレライ
    aa2518hero001
    英雄|11才|女性|ソフィ
  • 市井のジャーナリスト
    玖渚 湊aa3000
    人間|18才|男性|命中
  • ウマい、ウマすぎる……ッ
    ノイルaa3000hero001
    英雄|26才|男性|ジャ
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