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戦慄のソルスティス
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依頼前の挨拶スレッド
最終発言2015/12/26 00:41:05 -
我、戦場に突入す
最終発言2015/12/29 03:50:55
オープニング
●無理でした
止めるべきか、止めざるべきか。
ジャスティン・バートレット(az0005)はこの数日――あるいはひと月ほど前から、ある葛藤を抱えていた。
それは、より多くの者が救われる方法の模索。自らに正しさを求め問い続ける彼の哲学の中で、これまで幾度となく迫られた選択である。
最早一刻の猶予もないが、なればこそ厳密に情報を吟味し、決断しなくてはならない。
正しくある為に、より正しきを選ばなくては。
「テレサ、ちょっといいかな?」
「パパ、ちょうどいいところに」
開けっ放しのキッチンの扉をノックし、中を覗けば湯気と白煙と様々な香りの協奏曲が奏でられている。指揮するのはもちろん愛娘、テレサ・バートレット(az0030)。
そう、彼女は今、日本文化にインスパイアされ料理をしているのだ。
「ちょうど……かね?」
「うん、皆が来る前に味見して貰おうと思って」
――来た。
背筋が引き締まり、肩に力が篭る。おっと、気づかれないようにしなくては。
落ち着いて胡乱に揺れ動く、ふたつの鍋を覗き込む。
「…………」
ひとつめは、黄金色の汁気が多く、そのわりに随所の黒色物が揚げ物のようにじゅわっと油分と思しき泡を立てていた。
もう一方は好意的に言うなら見目にも鉄分の豊富そうな印象を受けたが、香りは煮詰めたジャムのように甘く、幾ら眺めても素材は判然としない。
傍らのウォーマーに鎮座するポッドから、珍妙な色彩の煙が昇るのも気がかりだ。
だが恐れてはいけない。まがりなりにも大切な娘が良かれと思ってしている事だ。少なくとも自分には、これが何であれ食べるべき責任がある。
「自信作よ」
誇らしげなテレサに笑顔で応え、ジャスティンは深淵よりすくい取られた“かぼちゃの煮つけ”と“あずき粥”を――口に運んだ。
「……!」
「どう?」
「うん――」
純真なテレサは、その一瞬、父の面持ちが賢者の如き様へと変じた事に気づかなかった。
と、そこにスマートフォンのコールが鳴り響いた。
「――失礼。私だ。……判った、すぐに出頭する」
「パパ?」
「すまないが緊急召集だ、行かなくては」
「…………」
テレサは泣きそうな眼差しで、ジャスティンを見た。
「そんな顔をするな。大丈夫、今日は誰も傷ついてやしない」
「本当? 危険な事はないのね?」
「ああ本当だとも。夜までには戻るから、いい子にしているんだよ」
「うん……気をつけて」
「皆にもよろしく」
●ヒーロー落つ
ジャスティンが邸外に留められた車の後部座席へ乗り込むと、既にアマデウス・ヴィシャス(az0005hero001)は隣の席で待機していた。
彼は先ほどH.O.P.E.会長を呼びつけたばかりの電話機を放って、その顔色を確かめる。
『その……大丈夫か』
「どうという事はない。出してくれ」
事も無げなジャスティンの号令に従い、運転手はアクセルを踏んだ。
「アマデウス、私達が知り合って何年経つ」
車窓に流れる景色を眺めながら、ジャスティンがおもむろにパートナーへ訊ねた。
『……忘れてしまったよ。悠久の時を経たような心地もあるし――だが、思えば矢の如く過ぎ去った、激動の毎日だ』
「そして苦難に満ちた、けれど誇らしい日々だった」
『世界中を飛び回ったな、二人で』
「ああ……多くの出会いと別れを繰り返し、等しい数の様々なものを食べた」
『一体どうしたのだ今日は、今際の際でもあるまいに。何か悪いものでも食べ――』
アマデウスは、自らの言葉にはっとした。まさに今、その食物から彼を逃がすべく電話を入れたばかりではないか。
だが、この様子だと、ジャスティンは既に――食べている。
「君も聞き及んでいる事だろう、我が国の食に纏わる風評を。身を以って知ったろう、その実態を。だが、このイングランド……否、イギリスにもね、美味しい食べ物はあるんだ」
『止せ、もう喋るなジャスティン! 運転手、早く医者の元へ』
「あるんだよアマデウス。信じて、欲し……い――」
「……ジャスティン?」
アマデウスに看取られ、ジャスティンは力尽きた。その顔は、誇りと誠意に満ちていた。
『馬鹿、野郎……!』
●お前は何を言っているんだ
きっかけは、大規模作戦中の何気ない会話だった。
雑談の最中で日本独自の冬至の風習、その意味を知ったテレサ・バートレット(az0030)が、都合のついたエージェント達を招いて冬至にちなんだ食事会を催そうと思い立ったのである。
そうして招待され、予定の合う面々がバートレット邸に向かおうとした、あるいは向かっている最中。
各々の端末に、本部から奇妙な“依頼”が舞い込んだ。
それは次のようなものだった。
* * *
諸卿に頼みがある。
現在バートレット邸にて、H.O.P.E.会長ジャスティン・バートレットが嫡子テレサ・バートレット、並びに英雄マイリン・アイゼラの両名が、冬至の支度を整えている旨、招かれた身なれば既に承知の事と思う。
ついては、現地にて供されるであろう手料理を、是非とも味わって欲しいのだ。
本来であればジャスティンと我も諸卿を歓待の上、共にテレサの慈恵の結晶に舌鼓を打ちたいところなのだが、遺憾ながら急遽欠席する運びとなった。
だが、離れていてもこのアマデウス・ヴィシャス、心は卿らと共に在る。
我らの事は気にせず、存分に楽しんで行ってくれ。
頼んだぞ。
●その頃、バートレット邸では
「そろそろ着く頃かしら」
『あ、ま、マイリンも、今日はお手伝いするアル!』
リビングで時計を見るテレサに、マイリン・アイゼラ(az0030hero001)が先手を打つべく役割を自ら願い出た。
「そう? 珍しいわね、何か悪いものでも食べた?」
「あ、は、はははは……」
むしろ悪いものを食べない為なのだが、もちろんそんな事は言えない。だが、せめてジャスティンと同じ轍は踏むまい。
「早くみんな来るといいアルな」
「そうね、この間の戦い、本当に大変だったから。ささやかでも労ってあげないと」
解説
【状況と目的】
テレサの招待を受け、うまく日取りの都合がついた皆様はバートレット邸を訪ねる事となったのですが、出発前に本部経由でアマデウスから「テレサの料理を美味しく食べてくれ」という奇妙な依頼が届きました。
到着は昼前。リプレイは遅くても夕方までの描写となります。
※以下全てPL情報※
【プレイング】
完食を目標にOPやこの解説から味・外観などをイメージし、美味しく食べる努力をする、美味しいふりをする、最高のリアクションを披露するなど、ご随意に後述の【冬至の味覚】を楽しんでいただければと思います。
もちろん戦闘同様にプレイングとデータを踏まえた判定を行いますので、お含み置きのほどを。
【テレサ謹製:冬至の味覚】
本人なりに冬至なり風水なりの勉強をしてきたみたいです。
・かぼちゃの煮つけ:鮮烈なる黄と黒のコントラスト。警告色としてもポピュラーな取り合わせですね。それ以上の事は、この場ではとても。
・あずき粥:見た目だけなら鉄分が豊富な印象ですが、無闇に甘い香りがします。そうそう、粥と言ってもお米がベースとは限りませんよ。
・ゆず茶:緑がかった茶色いジェル。つまりそういう事です。
【NPC】
テレサはおもてなし担当。自分の料理は食べても平気。
マイリンは小賢しくも手伝うふりをして食事から逃れる算段。
何かありましたらお声かけください。
なお、ジャスティンは夜の帰宅を目標に集中治療中、アマデウスもこれに付き添っている為、リプレイには登場しません。決して高飛びしたわけでは。
【他】
・邸内には現在テレサとマイリンしか居ません。
・テレサや彼女の料理の腕前について、噂程度なら知っている事にしていただいて構いません。
・共鳴・非共鳴問わず重体判定の可能性があります。
リプレイ
●聖者の行進
「えっと、その……初めまして。今日はありがとうございます」
テレサの顔見知りや友人達があらかた挨拶を交わしてから、礼儀正しくもおずおずと切り出したのは、卸 蘿蔔(aa0405)。レオンハルト(aa0405hero001)を伴って、深々とお辞儀をする。
「蘿蔔さんね? それから、レオンハルトくん。ようこそ我が家へ」
『日本の文化に興味があると伺いまして……こちら、つまらないものですが』
そつなくレオンハルトが丁重に差し出したのは、可愛らしく儚げな意匠の千代紙に包まれた、お団子。
「オレからも、これを」
『こっちはわたしから』
荒木 拓海(aa1049)がリボンをあしらったぬいぐるみを、メリッサ インガルズ(aa1049hero001)はティーセットのギフトを、それぞれ差し出す。
「みんなありがとう……!」
意想外の大荷物を、しかしテレサは嬉しそうに抱え込んだ。
『テレサさん、お招きいただいて光栄です』
「いえね、こんないいお庭がある家なら料理にも並々ならぬこだわりがあるに違いないって、彼女と話していたところでして」
「お上手なのね、マックスさん。ユリアさんも、来てくれて嬉しいわ」
ユリア シルバースタイン(aa1161hero001)とマックス ボネット(aa1161)の社交辞令――をかねた本心――に、テレサは少し照れくさそうである。
『死ぬわよあいつ』
「しっ、……そういう事はぁ、思っていても口に出しちゃ駄目よぉ」
離れた場所でマックスへ死の宣告をした小鳥遊・沙羅(aa1188hero001)に、榊原・沙耶(aa1188)が小声で釘を刺した。
●現実
「お待たせ」
『おっ来た来た! 待ってたっすよ』
「お食事お食事ー!」
テレサやマイリンの手元で過剰なほど湯気……煙? まあとにかく得体の知れぬもくもくと白っぽい瘴気の立ち上る代物に、蓮華 芙蓉(aa1655)と屍食祭祀典(aa1358hero001)は大はしゃぎである。
『芙蓉、あまりはしゃぎ過ぎぬよう』
「ガブリもだ、粗相するんじゃねぇぞ」
牡丹(aa1655hero001)と鬼嶋 轟(aa1358)がすかさず子供らを嗜めるも、湧き立つ心が静まる様子はない。
「トージ? だったか? よくわからねぇが美味ぇもんが食えるらしいな!」
『もう、レヴィンったら』
レヴィン(aa0049)も似たようなものだ。マリナ・ユースティス(aa0049hero001)も子供のような相棒を落ち着けようとする傍ら、密かに心を躍らせている。
『かぼちゃの煮つけアル……たんと食うがヨロシネ……』
隅の方から日頃のそれと異なり品の良い仕草で妙に深い器を並べていくマイリン。目に光はない。
(あのマイリンが……朝霞、想像以上にヤバいかも知れんぞ!)
今回の依頼以前からずっと警戒していたニクノイーサ(aa0476hero001)は、食いしん坊の並々ならぬ様子に慌てて大宮 朝霞(aa0476)へ耳打ちする。
(でも、お残しなんてしたらテレサさんが傷つくかも……)
朝霞としてはそれは絶対に避けたい。たとえ真実を捻じ曲げようとも――などと言いながら装備品でがっちがちに抵抗力を高めてきているのだが。
「えへへー、何が出てくるんだろうね。楽し――おーまいがっ」
卓上で小さな手をぱたぱたさせていた芙蓉の笑顔が、一瞬で凍りついた。
目の前に供された本邦で丼と呼ばれ親しまれているその中では、ショッキングな黄色の海で、飛来したての隕石のように気泡だらけでつやのない黒塊がジューシーな油と熱を気化させている真っ最中。
そして、数多の香辛料や香草で包み込んだような複雑怪奇な匂い。
可憐な少女が白目になる隣で、牡丹の指先が微かに震えた。
『…………成程』
「……。いや。なんつーか……個性的な手料理だなオイ……」
レヴィンも、ようやく全てを悟る。
『ふむ。……独創的、ですねぇ』
「そうねぇ……」
ブラッドリー クォーツ(aa2346hero001)と花邑 咲(aa2346)はのんびりとした微笑を浮かべ声音も穏やかだが、胸中では先ほどの空気よりも更に危うくて悲鳴を上げたいほどこみ上げる焦燥感の内圧を、必死に押さえ込んでいる。
マリナも、朝霞も、ニクノイーサも、轟も、蘿蔔も、レオンハルトも、御使いが終末のラッパの音色を聞かされた後のような表情で絶句し、現状認識に努めている。
『ありきたりな料理よりは、おりじなりてぃ溢れるモノの方がボク好みっすよ?』
他方、屍食祭祀典はすっかり乗り気なばかりか、懐からホイップした生クリームやらトマトケチャップやらを取り出し、丼の傍に置いた。
「ガブちゃんそれ……かけるの?」
『本当は納豆とかキムチも持って来たかったんすけどね』
芙蓉が恐る恐る訊くと、ちょっぴり残念そうな顔をしながら。
ちなみにそのへんの実装するとモザイクがかかりそう持ち込みは、出掛けに轟が阻止したらしい。
だが、この程度で済まされるほど任務は甘くない。
「こっちはあずき粥」
やや遅れて逆方向からテレサが仕掛けてきたのは、子供サイズの土鍋。
中は――まず、重湯が赤い。言うなれば臙脂か。
次にベース素材だが、現時点では元が何なのか判然としないものの、一点、格式高いカーディナルレッドに染まっている事は伝えておかねばなるまい。
なお、あずきは中央にピラミッドを形成している粒餡が、どうやらその役割を担っているようだ。
「これは鮮やかだな、目でも楽しませてくれるとは流石」
素直に感心しているらしく、マックスは惜しみない賞賛を送る。
「盛り付けも凝ってみたの。そう言って貰えて何よりよ」
「家庭料理とは思えんね」
ベタ褒めする紳士へツッコミを入れる余裕は誰にもない。
「これってお米じゃないんですか?」
朝霞がつい訊ねると、テレサは「食べてからのお楽しみ!」とウィンクする。
「なに……かな?」
嫌な予感しかしない。
『予定通りね』
メリッサは目の前の名状し難い代物(ブツ)を確かめてから、拓海の方をちらりと窺う。
「テレサさん、の……料理……!」
案の定、失意に打ちひしがれたり怯えていたり様々なものが綯い交ぜとなった顔に玉のような汗を浮かべている。
「き、綺麗な色合いです……ね。食事は五感で楽しむものって……聞いてますから」
それでも無理やりにこにこと愛想良く振舞うのを忘れないあたりは、メリッサとしても嫌いではないのだが。
「是非楽しんで。おかわりもあるから」
「ははは……はい……」
「…………」
ほぼ全員が危機感に震える中、沙耶は動じず――当然ながら喜色を浮かべる事もなく、冷静に頭を働かせていた。
彼女が思うに、メシマズには三大要素がある。
一つ、目分量が苦手。小さじ大さじの加減が判らない。
二つ、創作をしたがる。誤ったもので代用したがる。
三つ、火加減。弱中強の火力を使い分けられない。
(大体はこれらに該当するけど――錬金術。これはどうにもならないのよねぇ。食べられる食材からダークマターを錬成する。最早才能よねぇ……)
まさにジーニアス――天才と呼ぶに足る。
沙耶が鞄の中に手を入れた矢先、ベルの音が鳴った。
「あら? もう全員来てるのに……誰かしら。マイリン、ここお願いね」
『任しとくアル』
「ごめんみんな、熱いうちに食べてて」
ぱたぱたとどこかの若奥様のような足取りで、テレサは食堂を後にした。
●聖戦
「トージっつーのはこんなにクレイジーなイベントだったのかよ!」
堪りかねてレヴィンが叫んだ。
だが、それは正しい。
闇に住まうものどもは、冬の到来を以って、まさに狂気の沙汰へと至るのだ。
「普通に美味しいお料理が出ると思ってたらなんという……!」
料理の味は、見目と香りに始まる。然るにこれは既に色々とマズい。
天然由来の高度な罠に、芙蓉はただ打ち震えるのみ。
『そんな事言わないで。折角の御招待ですもの、無碍に扱っては失礼というものですよ』
『ユリア様の仰るとおりでありんす』
「お残し……とかは」
『言語道断』
『出された物を残さないのはマナーの基本です、基本』
「うぇっ……」
ユリアと牡丹にやんわりぴしゃりと退路を断たれ、芙蓉は泣きたくなった。
『今のうちアル』
『ええ』
マイリンに促され、メリッサが直ちに蒼白な拓海の幻想蝶を一往復し――その手には厚手で不透明な袋をいくつも携えていた。
『希望者に配ります。テーブルの下に隠して、うまく隙を見計らってね』
「お、気が利くじゃねぇか! そいつを俺にも――……」
『……。どうぞ?』
「違ぇな」
ぱっと表情を明るくし、早速伸ばしかけた手を、しかしレヴィンは止めた。
「バートレットは俺らの為にやってくれてんだろ。だったら粗末にすんのはよくねぇよな」
『場合によると思うが』
「――! そうよ、テレサさんが一所懸命作ったんだもの!」
『いや、あのな朝霞』
「ああ……俺は俺のやり方でこの状況を乗り越えて見せるぜ!」
聞いてやしねえ。
何度も目にしてきたレヴィンの向こう見ずと、即座にそっち側へチャンネルが合ってしまった朝霞に、ニクノイーサは制止する気も失せてしまった。
『つまり?』
「全部食う!」
「私も! 決死の覚悟で臨みます……!」
ぞんざいに問えば案の定。
呆れた顔で同意を求めようとマリナを見ると。
『とても刺激的な見た目ですけど……味が一致するとは限りませんよね』
そうだった。彼女は朝霞やテレサの同類で、あのレヴィンとシンクロできる資質の持ち主。瘴気を見詰めているその面持ちは静謐でさえある。
『私達をもてなす為に用意してくださったんですから、そのご厚意には私も誠意をもって応えたいと――そう思います!』
『いや、そこまでしなくてもいいと思うぞ?』
「よく言ったわマリナさん! ヒーローは、逃げない!」
『ええ……オオミヤさん』
『……』
剣を天へ掲げたかのような宣誓に対し一応言うだけ言ったものの、見詰め合うマリナと朝霞はニクノイーサを完全に置いて行った。
「たりめーだ。俺は最初(ハナ)っからバートレットが作ったメシを食いに来てんだぜ。お前らも……だろ?」
てらいのない笑みでレヴィンが問えば、朝霞とマリナは頼もしげに頷き返し――そして三人は、卓上を真っ向から見据えた。
あたかも圧倒的多勢を前に肩を並べる戦士達のように。
「想いは全て受け止めて!」
「出されたモンは全部食う!」
それが!
「真のヒーローよ!」
「俺の正義だ!」
かくして、聖戦は発動した。
ちなみに、すぐ隣では咲とブラッドリーが袋を受け取り、メリッサと共にいそいそとセットしていた。
賢明にして堅実だと、ニクノイーサはつくづく思った。
他の者も、とりあえず平和裏に手を合わせたようである。
●真実
「うぁ♪ 芳しい……良い香りだな」
「……わたしの家の煮つけとは、また違った味ですねぇ」
「すごく……鮮烈です」
『……』
むせるのを堪えて声を上ずらせ、崩れかけた笑顔で拓海は香りを楽しむ素振りを見せた。だが、箸を伸ばす様子はない。
咲は表面上何事もなさそうにもぐもぐしている。
朝霞は辛うじて口に運んでいるが、既に瞳の潤いが溢れる手前まで来ている。
ブラッドリーはむっつり黙々と食べ続けていた。
「なぜ皆がそう身構えているのかサッパリ分からんね。英国人の料理だから?」
マックスが皆の様子に肩をすくめて、箸は不慣れなのでフォークを手に、かぼちゃの煮つけを一口。
「?」
割った黒塊をゆっくり租借しながら、言葉にできない何かが舌から脳へ訴えかけて来て、つい口を押さえる。
日本料理のオマージュかと思っていたのだが――これは?
黒塊の断層――ある薄い面は暗緑色で皮面だろうが、残りの果肉部分は茶色い。味は塩辛いかと思えば噛み締めるごとに酸味が増し、更に焦がしたとんかつソースと似た風味が口いっぱいに広がる。
そして時間差で攻めてくる西洋山葵とマスタードと胡椒と豆板醤とパセリ、セージ、ローズマリー&タイム。磯臭さも混じるが、これは外面に魚醤、恐らくアンチョビが塗りたくられている為か。また液体はひたすら和辛子のつんとした匂いと、ほの甘さの中に突如迫る菊の苦味が絶妙な異物感を醸す。
「いや、私の勘違いだろう」
何かの理由で舌がおかしくなっていたに違いない。
直ちに結論付けてコップへ水を注ぎ、手早く口中をリセットする。
「私に言わせるとだね。母国の料理が不味いのではなく、他所の国のそれが美味すぎるだけなのですよ」
次はあずき粥を。
「……!」
甘いものが甘くて甘さゆえに甘いと言う事が判らずただ甘いと言うほかない。
甘くて何を言っているのか判らないと思うが甘いのだから仕方がない。
つまり甘い。
今度はより確かに、鮮明に、何かがひとつの形を成した。
勘違いなどでは、決してない。
「いかん、これは……!」
命に関わる!
「姫っ――」
『……え?』
慌てて振り向くと、ユリアは存在と不在の狭間を見る目をマックスに向けた。
「お待たせ。ごめんね、ちょっとお花をいけるのに手間取っちゃって」
そこへテレサが戻って来て、マックスは席を立つ。
「ファンからですかな?」
「そうみたい」
実際はメリッサが隙を作る為に差し向けた、匿名の贈答品である。
「時々あるんだけど……――どちらへ?」
「はっはっは。今日は冬だというのに実に暑いですなぁ。いや、あまりの見事な料理のお味に興奮してしまい汗が引きません。少し風にあたって来るとします」
愛想笑いを浮かべながら早口でまくしたてて、マックスはそそくさと出て行った。
(逃げたわね……)
あまりの壮絶な味わいに朦朧としていたユリアだったが、直ちに従者の胸中を察すると、彼の性根に静かな怒りを燃やし始めた。
(主人をさし置いて逃げるとは、許しません)
「――っ、――っ」
向かいの席では、蘿蔔が最初の一口を運んだ箸をくわえたまま、ぐらりぐらりと揺れていた。リンカーとなって改善されはしても生来身体が弱く、刺激が強ければその分の負荷がかかるのだ。
だが、すかさず隣のレオンハルトが耳打ちをする。
『蘿蔔、死ぬな。お前にはまだやる事があるだろう。パソコンの履歴は? 購入履歴は? お気に入りは? フォルダ内は? ちゃんと消したのか? 俺やり方わからないよ? それにベッドの下にだって……変な本沢山あるし。押入れの中にあるアレもゲーム機の箱にわざわざ入れて隠してるつもりだろうけど中に薄くてヤバい本が沢山あるのを俺は知ってい――』
「楽しんでる?」
『――!』
「えっと、人が作った料理って…………こ、」
「こ?」
「心に響くというか。不思議な気持ち……なる、のです」
テレサがにこやかに声をかけると、蘿蔔も健気に笑って場を凌いで見せた。
そう、まだ倒れるわけには行かない。
「ご馳走様。マックスの様子を見て参ります」
真向かいの区切りがついたと見て、今度はユリアが笑顔で席を立った。
既に彼女の器からは煮つけも粥もなくなっている。
「そうね。かなり冷え込んで来てるし、そろそろ中に入った方がいいかも」
「折角のお料理も冷めてしまいますものね」
しかしマックスのそれは倍ほどとなっている。
そしてテレサがユリアを見送っている間に、蘿蔔と、ついでに沙耶も、レオンハルトの器にそれぞれの危険物を流し込む。
彼はその時、蓮向かいで明らかに消沈しながら口だけ笑っている拓海をフォローしていた為、全く気づかなかった。
●矜持
「待って牡丹! どうなってんの!? ねぇどうなってんの!? なんかもっとこう……あるでしょ!?」
いくら英雄が丈夫と言っても味覚や心はこの世界の住人と変わらぬ筈。
なのに牡丹ときたら狼狽するどころか、物音ひとつ立てず楚々と食べては微笑み、誰よりも慎ましやかに和みのひとときを過ごしている。
あり得ざる事だ。
『……芙蓉、ようお聞きなんし』
ナフキンで口を拭いながら、母のように、姉のように、その人は言った。
『気概と胆力さえあれば、ひとは大抵の事を乗り切れるものでありんす』
ただの根性論を。
「乗り切れるレベルかなぁこれ!?」
『周りを見てみなんし。だあれも騒いじゃおりんせん』
「……」
レヴィンはと丼を口元へ寄せて勢い任せにかき込み、マリナは草を食む兎のように少しずつ噛み締めている。朝霞が感嘆とも喘ぎともつかぬ息をついて休み休み食べる傍ら、ニクノイーサはそれを見守り。死んだ魚の目をした沙羅は――なぜか口の締まりが悪く吐血のように粥の筋が垂れ顎を伝いのも厭わず――無表情でもぐもぐし、既に器が空となっている沙耶は人懐っこい笑顔を絶やさない。そういえば蘿蔔も儚げな見目に似合わずもう完食したか。しかしレオンハルトははしゅっはしゅっと素早く食べているわりにちっとも減った様子がない。油断なく周囲を窺うメリッサの隣で拓海が「ハ、はハハ、ハ、はァ……」とちょっぴりマッドな笑い声と共にいつまでもいつまでも咀嚼し続けているのが印象的だった。
「無理」
そうだろう。
『いや、これはこれで……』
「美味しいですよ?」
感心? 納得? したように唸るブラッドリー。咲は牡丹同様に微笑んで、芙蓉に、ええと、つまり、言い聞かせた。
「いや無理っ!」
『無理だろうと関係ありんせん、人様の前で礼を欠くなどわっちの矜持に反しんす』
先ほどはつい指先が反応してしまいんしたが……――わっちの意地にかけて、さも何事もないように振る舞ってみせんしょう。
牡丹としては一度決めた事。
覆さないのではない、決して覆らないのだ。
『花王……』
「かおう?」
ちょうどポッドを持って来たマイリンが、ふと言った。彼の花の別称を。
それも決して折れぬ、壊れぬ――謂わば。
『“金剛花王”アル』
「いかついんだか優美なんだかさっぱりなんだよ!?」
だが、最新のふたつ名に違わず、依然として牡丹が何ら乱れも崩れもしないのに感じるところがあったのか。
「……ふ、ふふふ。私だって最近“ドロリ濃厚微炭酸羊羹型”とかいうゲテモノ和菓子を食べた身――この程度でどうこうなるわけがない!」
芙蓉の瞳に決意が宿る。
「すいませーん! お茶くださーい!」
『はいヨー』
「こうなったら流し込む作戦で……ん?」
すぐにマイリンが茶碗へ妙に振りながら注いだ、それは。
『ゆず茶アル』
不透明の抹茶と思しき緑色層へ透き通ったゆず成分がマーブル状に模様を為しながら、しかし香りは……ありのまま言えばユーグレナと小松菜ととろろ昆布とウドとびわの実を足したかのような。質感はマヨネーズに近く固い。
「片栗粉を入れてみたのよ。冷めにくくなるんですって」
どうかしらと錬金術師は胸を張る。どう見てもヘドロです本当にありがとうございました。
「なるほど、これが……」
朝霞が修行僧の面持ちで茶碗を傾け、ごっ――ごっ――っと点前を聞いている。
「ちょ」
料理を茶で全て流し込むつもりだったのに、単独ですら飲めるかどうか怪しい代物の登場に逃げ場をなくされ、芙蓉は言葉を失った。
『ほらほら芙蓉ちゃんっ』
突如、ガブリが後ろから抱きくように土鍋を芙蓉の前へ構える。
例の餡子ピラミッドの周囲一面が、雪原のように真っ白だ。
「ガ、ガブちゃん! これ何入れたの……!?」
『とってもアレな感じでいい思い出になるっすよ!』
答えになっていない。
『仕様のない子達でありんすねえ』
だが、芙蓉が楽しそうならそれで良いと、隣でわいわいと楽しんでいる少女達を微笑ましく見て、牡丹は一足先に箸を置いた。
けれど。
『……次は、もう少しまともな食事をしたいもので……ありんすなぁ……――』
金剛花王は一度も跪かず姿勢を保ち、全てを事もなげに終えて、人知れず、果てた。
「私は丁重にお断りしますなんだよいやだか」
子供が英雄に腕力でかなう筈もなく、必死の抵抗は容易く打ち破られ“ら”と言い切る前にガブリは芙蓉の口へ土鍋をセットし、一息に傾けた。
己が経験を分かち合わんとするガブリは本当に楽しそうだが、その根底には彼岸を越えた性質を、狂気を、はらんでいる。
轟としても承知の上だが、この程度ならば子供同士のじゃれあいと見てみぬふりをしておく。
それよりも今はこれらの料理のひとつひとつを、手帳に綴らねばならなかった。書き留める事で美味しくなるより良い具体例を提示できれば、作り手も積極的に改善を試みるのではという想いからである。
問題は、改善点が見つからぬ事というか改善点だらけというか。
「うごっ、轟さん轟さん……」
「あん?」
ようやくガブリに解放された芙蓉が卓上にしがみつくように手を伸ばした。
口の周りはコチニール色素やら生クリームでべったりである。
「あとで胃薬……分けて欲し――――」
そしてそれは遺言となった。
●重圧
(なんだ、部屋に満ちたこのプレッシャーは!)
リィェン・ユー(aa0208)が訪れた時、食堂は冬だと言うのになんだかじっとりと重い空気で満たされていた。彼は早くに到着していたが、急な仕事の連絡で席を外していたのである。
それにしても当初より嫌な予感はあったものの、これは――。
折りしもそこへ、ユリアに――警官にそうされる犯罪者のように――腕を組まれてマックスも戻って来た。
――主人を置いて逃げ出すとは良い心構えですね、相応の罰は受けてもらいます。
追い越される間際、そんなユリアの囁きが聞こえ、マックスはと言えばリィェンに乗り物酔いを痩せ我慢する時と同じ笑顔を向けて、大人しく着席し、厳かに食べ始めた。
『うっ――』
「貸せ!」
口を押さえるマリナの丼をレヴィンがひったくり、不敵に笑ってずごごごと何かを無理やり流し込んでいる。
「ニック、私、やりきったわ。ちゃんと完食……できたよね?」
『ああ……あとは任せておけ』
「あまなっとう――」
奇妙な遺言を残して朝霞が安らかに眠るのを看取り、ニクノイーサもまた、箸を手に取る。
芙蓉は既に撃沈し、牡丹は座った姿勢のまま目を伏せて、微動だにしない。
沙羅も行儀の良い姿勢を保ち、無表情である。
蘿蔔と沙耶は意外にももう平らげたのか、レオンハルトを挟んで彼の様子を横目で窺っている。
当のレオンハルトは目を放した隙にいつしか三倍量と化した闇の供物へ果敢に挑みながら、しかし内心甚だしく動揺していた。
(どうなってるんだ……この料理、ちっとも減らない。むしろ増えてやがる……まさか――生きてるのか!?)
そうかも知れない。
(くそっ……体より先に心がどうにかなりそうだ!)
悪食で慣らしている英雄にさえ、それは苦行となり得る。衝撃の連続だ。
同じ悪食でも、ここまで純粋に食を楽しむ異端が紛れ込んでいる。
屍食祭祀典である。
彼女は当初より補色の概念に従って調味料を用い、けれど結果として調和が取れるどころかより危険度の高まったそれらをいちいち食べては「たはー!」と感激したり、「うぐぁ……」と青ざめたりといちいち全身で反応しながら、何か別のものと戦っているかのように目まぐるしく手を変え品を変え調味料を変え、ひたむきに料理を受け止め続けていた。轟の分も。
「ただ黙々と食べるのは食べ物に失礼っすよ。食べる過程を楽しまねば――っす!」
ひょっとすると、彼女に頼めば他の者の分も快く引き受けてくれたのかも知れない。
(なるほど、姿を見せないのはこういうわけか!!)
ともあれ、やっとリィェンも事態を飲み込んだ。
イン・シェン(aa0208hero001)が引き篭もり、アマデウスがわざわざ依頼した、その意味を。
(これも試練じゃ)
(どこが試練だ。戦闘に何も関係ないだろう)
(なにを言う、乙女の手料理じゃぞ? 漢ならどんなものでも旨そうに平らげて見せい、これは愛の試練じゃ!)
(はぁぁ!?)
でも意味が判らない。
打ち合わせる為に共鳴していたインと刹那の暇に思念を交わし、リィェンは首を傾げながら席に着く。
「ん?」
そういえばテレサが見当たらない――
「拓海くん?」
――と思ったら、すぐに姿を見せた。可愛らしい包装の箱を携えて。
「これ、“焼き立てを是非に”って……」
顔面蒼白の拓海は両手で口を押さえながらもそもそと「よろしければどうぞ」らしき音声を発し、目だけで笑った。たまに痙攣しながら。
「……なんだか貰ってばかり。ありがとう。だけど、もっと普通でいいのに」
ファンの人達みたいと呟いて、テレサも着席し、包装を紐解く。
『テレサさん』
ふと目の合ったレオンハルトが、彼なりに――そうせねばならぬのは悲しい事だが――注意を引いて皆を休ませるつもりで、にっこりと話しかける。
『これ美味しいですね……レシピ教えて貰っても良いですか?』
『あ、私も』
「ぼふっ!」
マリナが立ち上がってとんでもない事を言い出したので、レヴィンは少し噴き出し、むせた。
『差し支えなければ、コツを教えていただけませんか? 料理があまり得意ではないので……参考にできればいいな、と』
「もちろん! あとでキッチンに行きましょ」
胸に手を当て真摯な眼差しを向けるマリナに、当然ながらテレサは力強く応じた。
「レヴィンくんって果報者よねー」
「オ……オウ」
あるいはジャスティン・バートレットと同じ心境だったのかも知れない。
冷やかしの視線に無理やり笑って応え、次いで胡乱な目をしたレオンハルトと視線を交わし、連綿と続く負の螺旋、そして隣り合わせの死を肌に感じながら、レヴィンは再び食べ始めた。
『テレサはレシピ本など見ながら作るのか?』
頬張った暗黒物質を味わいながら、ニクノイーサが振る。
「最初だけね。あとは自己流」
『では、これらは自己採点で何点ぐらいだ?』
「八十七点。自信作なの」
『なるほどな』
これほどのものを生み出しておきながら未だ完成していないという事か。
それを聞いた沙羅が、がたんと椅子を蹴るように立ち上がると腰に手を当てテレサをびしっと指差した。
『……あ――ふぁ、ぇ……(※1)』
その顔は――食前に沙耶から味覚的なショックを受けぬようにと麻酔を施されていた為――死者のそれで、ふがふがと古典的な老人描写の如き発声を口から漏らすのみ。
しかしたびたび指を指し直しており、何か主張しているらしい事だけはなんとなく判った。
「え、と……?」
『ほふっ……ぉふ、……ぇ(※2)』
きょとんとするテレサに沙羅は髪をふぁさっと決めて、また席に着いた。
「…………」
リィェンも席に着いて、“それ”を見下ろす。
(わけが判らんがジーニアスの為だ。やってやるさ)
なぜそう思ったのか、それこそ誰にも判らないが、ともかく益荒男はあずき粥を一口含むと手を止め、瞠目し。
(……だが、組織時代の無味な食事に比べれば、まだ耐えられる!)
●秘術
あれから咲とブラッドリー、拓海とメリッサ、蘿蔔とレオンハルト、沙耶と沙羅が早々に場を辞し。
マックスが概ね二人前弱を食べたところで、ユリアはメリッサよりもたらされた袋を、そっと彼の足元に広げた。
何しろマックスはびくんびくんとのたうつ頻度が増し、作り笑いとも異なる怪しい笑みを浮かべ始めていたから。
罰としては充分。そういう事らしい。
「おしっ、ごっそーさん!」
「ご馳走様、テレサ」
いいタイミングで、ほぼ同時にレヴィンとリィェンが箸を置いた。
「お粗末様、作った甲斐があったわ」
「ああ……最高だったぜ、バートレット。ありが……と……――」
そして、とても穏やかな笑みを浮かべ、レヴィンは――ログアウトした。
「レヴィンくん? そういえば朝霞さんも」
『すみません、だらしがなくて』
『起こすか?』
マリナとニクノイーサに首を振り、テレサは慈しみの目を向ける。
「疲れてるのよ。……ずっと大変だったもの。芙蓉ちゃんや牡丹さんだって、きっと」
絶対違うと思うのだが、ニクノイーサは黙っておいてあげる事にした。
「俺もそろそろ失礼するよ」
『持ってくネ』
「っと」
食堂を出ようとしたリィェンは、不意にマイリンから巾着のような袋を投げてよこされすかさず掴む。
ゆずとクローブの良い香りだ。
「なんだ?」
『ひとり一個、無病息災の魔除けアル』
「そいつは心強いな。今日はありがとう、お陰で次の任務も怖くなくなったよ」
なぜか妙に清々しい顔で、リィェンもまたバートレット邸を後にした。
「さ、それじゃキッチンに行きましょうかマリナさん」
『はいっ、よろしくお願いします!』
「レオンハルトくんは帰っちゃったからまた今度ね。マイリン、ここお願い」
こうしてまた一人、H.O.P.E.に錬金術師が誕生し、マイリンは人知れず涙した。
残念でならなくて。
●ロンドン市内
「レオちゃん? 生きてる?」
持たされた香る袋片手に沙羅と並んで歩く沙耶は、ライヴス攻撃を直撃したような面持ちのレオンハルトの容態を確かめようと声をかけた。
『俺、もうダメ……美味しいの食べたい』
「あの……わたしも……」
蘿蔔も半ば英雄に寄りかかるようにふらふらである。
「ならお勧めがあるわぁ。ユーロトンネルを使えば2時間でフランスに着くからぁ、そこに行きましょぉ? イタリアも近いわよぉ」
『いや、どっかこの近くで……あ、あそこに店ある』
至極まっとうな沙耶の提案を却下し、レオンハルトは夢遊病者のように伝統料理の店へ足を向けた。
この国の食文化というものを知らぬまま。
なお、咲とブラッドリーはどこかの路地裏でひっそりと力尽き、翌朝通行人に発見されたとの事である。
※1:あんったねぇ! H.O.P.E.会長の娘でしょ!? 組織の利益使って生ゴミ作ってんじゃねーわよ! 大体なんで和食なのよ! 英国に季節の料理くらいない訳!? 卵かけご飯から出直してきなさい!
※2:仕方ないから、改善したらまた食べてあげない事もないわ。この小鳥遊がね……。