本部

神様のいうとおり

霜村 雪菜

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 4~10人
英雄
10人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/01/05 18:36

掲示板

オープニング

●プリセンサーのお告げ
 もうすぐ新年という頃になって、突然招集がかけられた。年末年始はそれぞれに予定がある者が多いので、HOPE職員を前にするリンカー達の表情はおおむね不機嫌そうだ。
「お忙しいところ申し訳ありません。プリセンサーが、事件の予測をしました」
 説明を始める職員は髪の毛はぼさぼさだしスーツもよれよれ、一体何日本部で泊まり込みをしたんだろうと思わせる有様だ。さすがにそんな姿を目の当たりにして、文句を言う気持ちなど引っ込んでしまう。
「捕縛対象はヴィラン一人。事件が発生するのは明晩――と言うより明後日の未明に近いかもしれません。場所は、この市内で一番大きいH神宮。事件の内容は……」
 そこで職員は、喉に絡まったたんを切るためか軽く咳払いをした。そのせいで、何となく場の雰囲気が緊張して。
「賽銭泥棒です」
 次の一言で、一気に弛緩した。
「いやいや、しょぼいとか思っちゃいけませんよ。何しろ明日明後日と言えば何の日かおわかりでしょう? 大晦日から元旦にかけての時間帯なんですよ」
 なるほど、それで読めてきた。初詣となれば参拝客は一年で一番多いし、お賽銭もそれに比例して相当の額に登る。犯人はそれを狙ってやってくるというのだろう。
「どうも調べてみたところ、去年も東北のT八幡宮で同じような事件があったらしいんですよ。その時はお賽銭の半分は取り返したものの、残りの分と犯人は逃してしまったそうです。誰にとっても新年早々後味の悪い気持ちになりますし、再発を防ぐため、皆さんには是非この犯人を捕まえていただきたいのです」
 職員はここで、A4サイズの紙を差し出した。人間の顔が描かれている。
「プリセンサーの予測を元に作成した、犯人像です。とにかく素早い奴で、参拝客の多さを利用してあっという間に姿を隠してしまうらしい。そして用心深い性格のようで、少しでも危険だと感じたら何もせずに逃げるということです。そこで皆さんには、普通の参拝目的であるように振る舞って、神宮の敷地内を警備していただきたいのです」
 おとり捜査のようなものだろうか。
「神宮では参拝客を当て込んで屋台もたくさん出ていますし、賑やかで楽しいと思います。参拝客のふりをしてもらうのですから、それらを楽しんでいただくのも問題ありません。おみくじを引いたり、お参りをしたりというのも、初詣でに来たのだからむしろしない方が不自然ですよね。ヴィランに警戒させないよう、適度に普通の参拝者として振る舞ってください。発見後はできるだけ戦闘は避けてください。一般人が多いですからね。どうぞよろしくお願いします。そして、よいお年を!」

解説

●目的
 初詣でのお賽銭を狙うヴィランを見つけ出し捕縛すること。
●状況
 これまでにも何度か同じ手口で賽銭を盗んでいたヴィランです。非常に素早いので人相などは割れていませんでしたが、今回プリセンサーの予測を元に似顔絵を作成し、各自に配布されています。
 参拝客が多くH神宮の敷地には屋台もあり、混雑しています。もしヴィランを発見しても戦闘には持ち込まず、うまく捕縛してください。
 ヴィランに警戒させないように、発見までは普通の参拝客として振る舞うのが望ましいです。屋台を覗いたり、お参りをしたり、おみくじを引いたりするのもいいでしょう。
●判定
 命中判定と回避判定で行います。ヴィランの回避は650とします(修正値も含む)。(回避/10+修正値+1D100)です。命中判定は(命中/10+修正値+1D100)です。

リプレイ

●H神宮前
「ヴィランが賽銭ドロかよ」
 すっかり夜も更け、寒さが骨身に染みる。すっかり雪も積もって、吐く息は真っ白だ。赤城 龍哉(aa0090)は人混みをゆっくり歩きながら、同じく神宮境内へ向かう周りの人々に聞こえないよう、小声で隣のヴァルトラウテ(aa0090hero001)に話しかけた。
「神への奉納物を掠め取るとは恐れ知らずですわね」
 白銀の髪に青い瞳の美女は、溜息をついた。
「まぁ、実際神罰とか鼻で笑ってそうではあるが」
「この国の主神は呑気ですわ。私どもの主神なら今頃雷が降っていても……」
「神話の世界の話を持ってくんな」
 戦乙女の名を持つ乙女に、龍哉は無造作に突っ込んだ。
 それよりも、今は任務中である。気を抜いてはいけない。HOPEからもらった賽銭泥棒の似顔絵は、携帯端末に読み込ませてある。ここへ来る前に準備として過去の犯行手段、時間帯、目撃情報について確認をすませてあるし、念のため単独犯で間違いないかどうかも確認した。過去の事件やプリセンサーからの情報から考えても、やはり単独犯と考える方が確実だそうだった。
 その上で他のメンバーとも相談し、神社の関係者に協力を取り付けてある。今回の任務時間帯に神社関係者は賽銭箱に触れたり開けたり、誰かにそう指示しない事を徹底するよう要請したのだ。これなら、犯人のヴィランが関係者になりすまして賽銭箱に接近することをある程度防げる。
「人混みがあるとはいえ、公衆の面前であの箱の中身を抜いていくのは余り現実的ではありませんわね」
「神主とか関係者に化けてそれらしく寄って来るって可能性はあるかもな」
 参拝客が相当多くなる時のことだから、賽銭箱周辺に何らかのトラブルが起きることも考えられる。それを口実にして関係者になりすましてくる可能性も排除できない。
 今回の場合は、賽銭箱からお金を盗むということと犯人の顔が一応でもわかっているから、まだ対策が立てやすかったと言えるだろう。何しろ辺りはものすごい人混みだ。屋台も出ているから足を止める人もいて、雑踏の流れも不規則だし歩くだけでも大変だ。どこに現れるかわからないとか、片っ端から人混みに紛れて財布を掏り取っていくというような手口だった場合のことを考えるだけで気が遠くなる。
 事件発生時刻が不明なため、不自然に見えないようメンバーと交代で賽銭箱周辺を見張る手筈になっている。ヴィランに警戒させないよう、共鳴もぎりぎりまではできない。
 龍哉とヴァルは参拝客に溶け込めるよう、賽銭箱のある本殿を目指しつつ適当に周りの見物もするのだった。
 見回りは少しずつ時間をずらし、必ず誰かが賽銭箱の近くにいられるように調整してある。
「依頼を新年に持ち越したくないぜ。」
「ほほう、これが二年参りというやつじゃな」
 龍哉達より少し先に神宮近辺に到着していたカトレヤ シェーン(aa0218)と王 紅花(aa0218hero001)は、同時刻屋台の辺りにいた。似顔絵の犯人像はしっかり記憶しているので、カトレヤは周囲の人の顔との比較をさりげなく行っていた。彼女は、HOPE所属の敏腕諜報員なので、このくらいはお手の物だ。
 が。
「うぉぉ、カトレヤ、カトレヤ、我はこれもあれも食べたいぞ」
 紅花は二十代後半の外見からは想像できないほど天衣無縫に、人混みを縫ってあちこちの屋台めがけて縦横無尽に駆け回っている。記憶のない彼女にはいっそうこういう場所はめずらしいのだろうが、それにしても目立ちすぎだ。依頼を忘れているのかとちょっと心配になる。
 それでもカトレヤが止めないのは、紅花が何かのきっかけで記憶を取り戻せばという気遣いもあったが、これだけ目立てば逆にカモフラージュになりそうだから、と考えたためでもある。
「おうい、こっちじゃ、こっちじゃ。我はこれを所望するのじゃ」
 大声で呼ばわり手招きをする紅花の様子に肩をすくめ、カトレヤは周囲に気を配りながらもそちらへ向かっていった。
 やや境内に近い辺りの場所では、餅 望月(aa0843)と百薬(aa0843hero001)が警邏中だ。
「手をつないで行ったりしないと変だよね。はいはい照れないの」
 仲のよい友達か姉妹という様子で、ゆっくり歩きながら二人は犯人を捜している。
「照れてるのは望月じゃないの?」
「百薬は余計なこと言わないように」
 参拝に向かう行列が、この辺りまで伸びてきている。さりげなくそこへ並びつつ、いいお参りのポジションを探す風を装って、人相書きの顔がないか視線を巡らせた。
「誰が見つけるかも運試しね。おみくじ引いて行こうか」
「お参りが先だってば」
「う、百薬のくせに正論を」
 気軽に話ながら忙しく目を動かし、時折携帯端末を確認する。今日はメンバー全員の位置をGPSで見られるようにしていたので、各々がどの辺りにいるかは一目でわかる。彼女達から一番近くにいるのは、二人。
「だいぶ本殿に近いところにいるみたいね」
 望月は、遥か前方へ目を凝らした。暗いし人が多いし、ここからでは当然わからない。
「寒いね。甘酒配ってるかな、これは未成年も飲んでもいいのよ」
「じゃあ、あとで飲もうね」
 足下は、すっかり雪で覆われている。靴の裏からじわじわと染み入ってくる寒さから気を紛らわせるため、望月と百薬はそんな会話を交わした。

●境内
「随分と罰当たりな奴の様だな」
 参拝客の行列に並ぶこと数十分、御神 恭也(aa0127)は前方を見据えながら呟いた。望月と百薬の前に並んでいたのは、この二人である。
「この人混みの中で逃げ切るって凄い能力を持ってるのかな?」
 隣にちょこんと並んでいる伊邪那美(aa0127hero001)は、両手でカイロを揉んでいる。長時間じっと立っているから、恭也も実はかなり寒い。ポケットの中でカイロを握りしめているが、太ももや二の腕の辺りが相当冷え切っているのを感じている。いざというとき、この状態でうまく動けるだろうか。
「他の子を祀っている神所だけど、構わないよね」
 日本神話の女神の名を持つ英雄は、そんなポイントも気になるようだ。
「……伊邪那美命を祀っている神社は聞いた事がないな」
 もしかしたらどこかにあるかもしれないが、少なくとも恭也は知らない。
「うん? もしかして、ボクを祀っている神社に行けばお賽銭を貰って良いのかな?」
「あとで、お年玉をやるから変な事はせんでくれよ」
 賽銭泥棒を捕まえに来たのに、賽銭をもらっていってどうする。
 そんなやりとりをしているうちに、いつの間にか二人は本殿まで辿り着いていた。作法に則ってお参りをし、速やかに次の人に順番を譲る。ずっと警戒は怠らなかったが、まだ犯人は現れていないようだった。おみくじを引いて結ぶまでの間も同様だ。あまり長居しては不自然なので、ともかく人の流れに乗って屋台のある方まで向かうことにした。
 が、そこからはまた別の意味で恭也の試練だった。
「あまり食べ過ぎるなよ。いざという時に腹が膨れて動けないなんて事はないようにな」
「乙女に向かって失礼だよ。ボクがそんな失態を犯す訳がないでしょ」
 賑やかな屋台の雰囲気にすっかり喜んでしまった伊邪那美は、表情を輝かせてはしゃいでいる。おめかしして付けてきた新しい髪留めが、灯りに反射してきらきら光った。
「あっ! 林檎飴だ。こっちには綿あめも……」
「不安だ……」
 言いつつ恭也は、白銀の髪の少女を追った。
 参拝を終えて屋台方面へ一足先に流れていったコンビもいる。大宮 朝霞(aa0476)とニクノイーサ(aa0476hero001)だ。
「ニックのその金髪は目立たないかなぁ?」
「いまのご時世、珍しくもないだろう。大丈夫だ」
 やはりおみくじを引いたり、参拝客なら誰でもやりそうな行動を取っている。これはしかし任務と言うよりも、純粋に楽しいからだ。
「小吉だって。まぁ無難かなぁ」
 朝霞はおみくじを結び、ニクノイーサと共に屋台へ向かった。焼きそばやたこ焼きを買い、朝霞はおいしそうに食べている。念のため作戦開始時間まで十分睡眠を取ってきたので、頭も身体も絶好調だ。
「朝霞。この時間にそんなに食べたら、太るぞ?」
「あーあー、きこえなーい」
 長い金髪に青い瞳、自信に満ちあふれた表情の青年と、そばかすがチャームポイントの茶色の髪の少女。仲のいいやりとりを微笑ましく見守る通行人もちらほら見受けられた。
 それにしても、と朝霞は不思議に思っている。捕縛対象のヴィランは、過去にも同じ手口での賽銭泥棒をしてきている。なのにプリセンサーの予測がなければ顔もわからなかったし、今まで痕跡らしい痕跡もほとんど残してこなかった。一体どんな手口で賽銭を盗んだのだろう。まさか、賽銭箱に穴を開けたのだろうか。
 さっきお参りしてきた時に辺りを確認したところ、それらしい人物は見つからなかった。ずっと携帯端末での連絡はこまめに取り合っているが、まだ見つかったという知らせもない。
「あっ、大宮さん、ニクノイーサさん」
 横合いから名前を呼ばれ朝霞達が振り返ると、鯛焼きを手にした來燈澄 真赭(aa0646)と緋褪(aa0646hero001)が立っていた。真赭は浅葱色の小紋と椿のかんざし、緋褪は藍色の長着に濃藍の羽織と、初詣スタイルもばっちり決まっている。
「あら、偶然ですね」
「お参り終わったの?」
「ええ」
 そのまま四人並んで歩いていると、またしても仲間を見掛ける。
「新しい年の幸福を願って礼拝に来ているのか? 賑やかだな」
 アイザック メイフィールド(aa1384hero001)と、蝶埜 月世(aa1384)だった。
「本当に……アイザックはどちらかと言うとあの宮司さんみたいな立場だったかもね」
「ん?ああ、司祭か……どうだったのだろう? 何方かと言うと警備員に近い様な事をしていた気もするが」
 黒髪黒目長身の偉丈夫は、ゆっくりと赤髪の女性と並んで歩いている。
「……思い出したい?」
「うむ……私は何を守って居たのか? 不思議なのはそれが私のほとんどを占めていた気がするのに、それが分からなくとも今の私はとても平穏で有ると言うことだ……それが何故なのかは気になるな」
「ふふふ……多分、今もそれを守り続けているからじゃない? 此処で世界を守る事があなたの何かを守る事に通じているのよ」
「……月世、貴公は時々本当に私を驚かせる。そうか……」
 とってもいい雰囲気である。その時月世が朝霞達を発見して手招きした。四人がそばへ集まると、彼女は人の通りから外れたところに全員を誘導した。
「ちょっと、今までの事件の情報を分析して、逃走経路を予測してみたの」
 月世はHOPEに出向してきている警察官である。頼もしいことこの上ない。
「最短のルートなのか人の流れに沿って逃げるのか、逆に人混みを避けて目立たないルートを取るのか? それを監視対象の神社の状況に当てはめて可能性の高いルートを何本か割り出して置いたんだけど……これよ」
 月世が広げたのは、H神宮と周辺の地図だ。何色かのサインペンで線が引かれている。これが予測された逃走経路ということだろう。
「この予測に基づき、見張っておけばいいと言うことか?」
「そういう提案をしてみたいんだけど、どうかしら?」
 緋褪の言葉に答え、月世はみんなの顔を見回す。
「そうですね。万が一ということもありますし」
 朝霞は考えて同意した。
「境内にもう一度戻るのも大変そうだし、向こうの人手も足りているようだしな」
 ニクノイーサが、今来た道の先にある本殿をちらりと振り返る。相変わらず人混みがすごい。
真赭も、鯛焼きを食べながらこくこくと頷いた。
 これで決まりだ。それぞれどのルートを見張るかを手短に相談した上で、改めて彼らは散っていった。
「賽銭泥棒ねぇ……、中身抜き取れるのなら賽銭箱からなんて罰当たりなことしないで、そこらのATMから抜き取る方が儲かるだろうに」
「開口部がないとダメなんじゃないか?」
 真赭と緋褪は不穏なことを話しながら、足早に進んでいたが、そこで携帯端末に連絡が入る。
『異常なし』
 ディスプレイを見て、真赭は気怠げにあくびをした。

●見つけた?
「これは、なんじゃ」
 紅花は、近づいてくる本殿の様子を見てカトレヤに尋ねた。
「賽銭箱にお金を入れて、神様にお願いするんだよ。ほれ」
 カトレヤは五円玉を見せる。ご縁がありますようにということで、縁起がいいそうだ。
「ほほう、それでは、我の理想のサクセスストーリーを神様にお願いするのじゃ」
 順番が回ってきて、二人は賽銭箱の前に立つ。参拝の手順をすませ、パンパンと手を打つ。
「我は、さる大物スカウトにスカウトされて……」
そのあと、紅花は微動だにしなくなる。なんだか、小説じみて長くなりそうなお願いだが、賽銭箱付近で見張るには調度良いので、カトレヤは他の参拝客の迷惑にならないように紅花を端に寄せさせお願いを続けさせる。
「神様にゃ迷惑だろうが……」
「……オーディションに落ちるのじゃが、そのときの審査員の……」
 そうこうしているうちに、早瀬 鈴音(aa0885)とN・K(aa0885hero001)が本殿まで上がってくる。二人はカトレヤに気づいて目礼し、参拝を始めた。
「N.Kは何を願ったの?」
「鈴音が受験合格するように、って」
「他人が願って私が願ってないのもどうなの?」
 鈴音は特に差し迫った願い事を思いつかず、平和でありますようにとお願いしてきた。せっかく初詣に来ているのだし、受験合格祈願をしてくればよかったのか。
「あとは来年も一緒にいられる様に。それからお母さんが元気でいられるように、それから」
 N.Kは、鈴音の母のことを「お母さん」と呼んでいる。
「……欲張りすぎじゃん?」
「賽銭奮発したから大丈夫よ」
「そういう問題? でも私やママのこと思ってくれるのは凄く嬉しいんだよね」
 そのままゆっくりと、他のメンバーと同じように屋台へ向かうコースを辿る。目当ては甘酒だ。まだヴィラン発見の知らせは来ないし、冷えた身体を温める意味でも温かいものがほしい。小腹も満たしつつ、二人は甘酒の屋台を目指した。
「鈴音……? いくら飲んでも良くても過ぎたらだめよ?」
 窘めるN.Kに、鈴音は適当に返事をする。しかしN.Kの方が実際危ないのだった。酒とつくからには、1%未満はジュース扱いでも、アルコールは含まれる。
「大丈夫……?」
「ん……だいじょぶ……? うん、ふふふ♪」
「そこまでっ もう飲んじゃダメ!」
 鈴音はまだ中身が残っていた紙コップを、N.Kの手から奪い取った。
「うふふっ。どうです? ライン」
 鈴音達から少し離れた辺りでは、散夏 日和(aa1453)が晴れ着姿をライン・ブルーローゼン(aa1453hero001)に披露していた。
「女性は事ある毎に着飾らねばならない様で大変だな。どう、と聞かれても……紅梅色が似合っている……素敵だと思う。動きにくそうだが」
 事前に日和から『たぶん、は余計でしてよ』と先手を打たれていたので、ラインは言葉に気をつけて返事をした。
 見張りのローテーション調整のため、二人はまだ神社の入り口付近の屋台で警邏をしている段階だ。他のメンバーがどの辺りにいるかも連絡しつつ、屋台を見て回る。日和もあまりこういうところは来たことがないし、ラインも初体験だ。彼の場合は初詣が何なのかも未知のことだったので、ことさらめずらしいようだ。
 甘酒を買い、屋台を巡りながら参拝の行列に並ぶ。夜も更けてきて、そろそろ日付が変わるのも近い。
「甘酒……? とろみがある飲み物なのだな」
 ほんのり優しい香りがして、身体の芯から温まる気がする。ゆっくりと進んでいく列の流れに乗って、無事にお参りもすませた。かなり前に賽銭箱付近を警備するはずだった紅花とカトレヤがなぜかまだ隅の方にいたが、何か事情があったのだろう。
「御神籤も引きましょう。良縁に恵まれると良いのですが……」
 お賽銭を豪快に万札で入れてきた日和。契約者であるラインが幸せであるよう願ってきた。彼は昔のことを憶えていないが、今を楽しく過ごしてほしいのだ。自分と契約したことを、後悔させたくないと彼女は思っている。
「御神籤は、占いの様な物か。良縁と言っても日和は余り興味がないだろう?」
 英雄の方はさらりと身も蓋もないことを言いつつ、自分のおみくじを読んでいる。
「僕は……すまないがよくわからない……過去も分からないのに未来を考えるのは……すまない
「貴方は真面目すぎるところが長所であり短所ですわね。当たるも八卦当たらぬも八卦! お遊び事として気楽に見るので良いのですわよ」
 考え込む青年を促して、日和は一緒におみくじを結んだ。
「ところで、何をお願いしたんですの?」
「僕は……」
 ラインは、人混みから日和を守るように寄り添いながら、そっと答えた。
「日和の幸せを。僕が至らないせいで迷惑をかけているし、感謝を込めて」
 そのまま、手を繋ぐ。
 捕縛対象から警戒されないよう、目立たないようにカップルを装おうと、事前に二人で決めてはいた。だから、これは特別なことではない。
 普段より距離が近くて、妙な感じだと英雄は思った。
 そろそろ日付が変わる。早くもカウントダウンの準備をしている参拝客も見受けられる。訪れる人の数は、恐らく今が最高潮ではないだろうか。
 つまりそれは、賽銭が最も多くなるということ。
 エージェント達に、一斉に通知が入る。

『発見した。蝶埜さんの指示に従って、犯人を追い込んでください』

 通知者は、志賀谷 京子(aa0150)だ。

●追跡!
 京子は、その少し前の時間帯にアリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)とお参りをしていた。
「なにをお願いしたんですか」
「ん、来年も無事に過ごせますようにって。アリッサは?」
「うーん、そうですね。……秘密です」
「何々、言えないこと? 好きな人でも出来た?」
 からかいながらも、真面目なアリッサはきっと本当に生真面目なことをお願いしたんだろうなと京子は思った。
 おみくじも引こうというと、アリッサは意外そうに京子を見る。
「京子はこういったものが嫌いかと思っていました。さきほども、形だけのお参りとか言い出すかと」
「あはは、いくらなんでもそこまでじゃないし、別に嫌いじゃないよ。信じてないだけで」
 来年の運勢はどんな感じかなーと言いながらおみくじを開いてみた京子だが、不意にはっと顔を上げた。
「京子?」
 気のせいだったろうか。参拝客のざわめきが、妙な揺らぎを起こしたように思えたのだ。
 辺りを観察する。特におかしなことがあった様子はない。
 思い過ごしか。
 京子は気を取り直して、おみくじを結んだ。
「犯人がいるかもしれないし、屋台の方も行ってみようよ」
「どちらかというと行ってみたいからですよね」
「うん。アリッサも興味あるでしょ」
「いえ、まあそんなこともあるかもしれませんが」
「素直に行きたいって言えばいいのにー。たこ焼きとか食べたいな。あと甘酒! 温まるよねえ」
 そんな話をしていた時だった。
 ――まただ。
 また、不自然に喧噪に歪みが生じる。
 京子だけでなく、アリッサも本殿を振り向いた。賽銭箱。参拝客からのお賽銭が飛んできている。
 まさに、一瞬だった。
 箱と参拝客の間のほんの僅かな空間に、一瞬の裂け目が生じる。
「何あれ……?」
 さらに見ていると、同じようなことが立て続けに起きていた。暗さと動きの速さで気づかれてはいない。たまたま京子のいる場所からは、見やすかったのだろう。
 飛んでくる硬貨や紙幣をかすめ取っていく、小さな網が。
「京子」
「あれかな」
 頷きあって、網が飛んでくる方向を見定め移動する。本殿の脇にある林の中だ。気配を殺し足音も立てないよう細心の注意を払ってそちらへ向かった二人は、とうとうそれを目の当たりにした。
 網を投げる男。配布された似顔絵と同じ顔。賽銭泥棒のヴィランだ。
 京子は、急いで携帯端末を取りだし仲間にメッセージを一斉送信した。ここでは人が多すぎるから、万一のことを考えると手を出せない。どこか人の少ないところに移動するまで、見つからないよう尾行しなければ。
 そこで、端末がメッセージを受信する。月世からのメールだ。地図の画像が添付され、『犯人の逃走経路予測』と書かれている。
 このルートに追い込めば、途中で見張っている他の仲間達と協力して捕縛できる。
「京子、動きました」
 アリッサが囁く。京子は頷いて、ヴィランの後に続いた。
 適度に人混みに紛れながら、ヴィランは神社の敷地からの出口を目指している。なかなか広いし木々に囲まれているが、積雪のため林の中へ入り込むのは困難だ。故にヴィランは、除雪された道を通っている。
 月世の予測通りだった。
 アリッサ達の現在地は、GPSで通知されているはず。実際のヴィランの姿も、写真を撮って全員に送信した。見失うことはないはずだ。
 やがて、好機が訪れる。一般人の少ない辺りにさしかかったのだ。もう遠慮はいらない。
 男の横手から、何かが飛んできて命中した。
「うわっ!」
 あわててそれがぶつかった部分をさすった男は、自分の両手を見て呻いた。蛍光オレンジ色にべっとり染まっている。カラーボールだ。
「よし、変身(共鳴)よ。隠密行動だから今回は変身ポーズと掛け声は省略するわ。残念だけど……」
「ありがたいな」
英雄と共鳴状態になり『聖霊紫帝闘士ウラワンダー』(自称)に変身した朝霞が、ヴィランの下半身にタックルして転ばせる。
「くっ!」
 だが、相手もさるものだった。転倒から素早く立ち直り、ヴィランはそのまま逃げだそうとする。朝霞は一瞬起き上がるのが遅れた。
 しかし、事態は好転しない。
 共鳴した真赭が、ヴィランの斜め前方から飛び出して不意を打ったのだ。潜伏で気づかれないように近づいたものらしい。これは避けることができず、ヴィランはまともに攻撃を食らって無様に倒れた。
「百円玉一個でも渡さないから。そのお金って皆が願いを込めているもんだし?」
 続いて現れた鈴音が、ヴィランを取り押さえる。共鳴した日和も協力していた。
「うまくいったか!」
 カトレヤと紅花もやってくる。
 ヴィランはまだ抵抗していたので、京子も共鳴して取り押さえるのに協力した。組みついて、ねじ伏せる。
「この似顔絵、一応似てはいたな」
 横手から、龍哉の腕も協力に加わった。
「つう訳でお縄だ。これまでやった分と合わせてきっちり絞られて来るんだな」
 月世が、どこからともなく手錠を取り出した。捕縛のために、HOPEから預かってきていた品である。
「はい、これでお終い! 大人しく捕まりなさい?」
 がちゃん、と澄んだ音を立てて、ヴィランの両手に手錠がかかった。

●二年参り
「あまーい」
「あったまるね」
 つつがなく任務を終えて、望月と百薬は念願の甘酒にありついていた。ヴィランを自分達が見つけたら、ラグビーのような五月雨式のタックルで捕縛しようと意気込んでいたのでちょっと残念だが、人々の平和が一番だ。
「あけちゃいましたがおめでとう。今年もよろしくね」
「あぁ、おめでとう。こちらこそよろしく頼む」
 改めてお参りを済ませた真赭と緋褪は、新年の挨拶をしておみくじを引いた。それぞれ中吉と末吉で、悪くはない結果だ。
 鈴音とN.Kは、幻想蝶の中に入れてきた晴れ着に着替えて、改めてお参りだ。
「また参拝にいくの?」
「ん、私も一個お願いしたくなったから」
 鈴音の願い事は、決まっている。『二人の契約がずっと続きますようにー』。
「……これは金魚掬いね。その紙のスプーンで水中の魚を掬い上げる遊びよ。やって見る?」
 ゆっくり屋台を楽しむ人々もいる。月世はアイザックに金魚すくいをレクチャーし、奮闘する彼を眺めていた。
「深夜が此処に居れば! 絶対絵になったのに……いえ、念写よ!」
 ちなみに深夜は名詞ではなく人名、月世が考えた人物である。どういう意味で絵になったのかは、彼女だけの秘密である。
「……つまり礼拝は二度ずつの拝礼と拍手をすると? この音に信仰上の意義がありそうだな」
 金魚すくいをしながら参拝の作法の説明も聞くアイザック。念写を終えた月世は、そんな彼ににっこり微笑んだ。
「今年一年も宜しくね!」
 カトレヤは、一仕事終えた充実感を味わっていた。
「よし、初詣といくか」
「もう一度、我の理想のサクセスストーリーを神様にお願いするのじゃ」
「あれをか」
「そうじゃが」
 神様はちゃんと聞いてくれるのだろうか。
 龍哉とヴァルも、そんな二人に同道し参拝の列に並んでいる。
「他の国の神に詣でるというのは新鮮ですわね」
「ま、珍しい体験が出来ると思えば良いだろ」
 しかも二年参り。日付の変わる前後にお参りするので、とても御利益がありそうだ。京子とアリッサも、二年にわたってお参りすることにしたようで、龍哉達の後ろに並んでおしゃべりしている。
「ボク達ちょっと場違いな所探してたかもね」
 伊邪那美が、溜息をついた。屋台で買った甘酒を、ちびりと飲む。
「無事に捕まえられて何よりだ」
 恭也は言って、紙コップに口を付ける前にふと時計を見る。もう日付はとうに変わっていた。
 新しい年が始まったのだ。
「今年もよろしくね」
「……ああ」
 伊邪那美が掲げた紙コップに、恭也は手にしていた自分のそれをかさりと合わせた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
  • コスプレイヤー
    大宮 朝霞aa0476
  • もふもふの求道者
    來燈澄 真赭aa0646

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
    人間|18才|女性|命中
  • アストレア
    アリッサ ラウティオラaa0150hero001
    英雄|21才|女性|ジャ
  • エンプレス・ルージュ
    カトレヤ シェーンaa0218
    機械|27才|女性|生命
  • 暁光の鷹
    王 紅花aa0218hero001
    英雄|27才|女性|バト
  • コスプレイヤー
    大宮 朝霞aa0476
    人間|22才|女性|防御
  • 聖霊紫帝闘士
    ニクノイーサaa0476hero001
    英雄|26才|男性|バト
  • もふもふの求道者
    來燈澄 真赭aa0646
    人間|16才|女性|攻撃
  • 罪深きモフモフ
    緋褪aa0646hero001
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