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【相談卓】モンロー・ハウス2
最終発言2016/01/14 00:27:46 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/01/14 00:14:21
オープニング
・「N・P・S」の人数が少なかった事や、モンローハウスを訪れていた能力者たちの連携によって、「N・P・S」のメンバーの1人と思われる人物の捕獲に成功した。
・モンローハウスで暮らす子どもたちや、ネットに流した画像により、そのメンバーの男性は現在のニューカッスルの副市長であると認識されているが、男性は依然黙秘を続けている。また、それに対して「N・P・S」からのアピールなどもない。
・モンローハウスにはおよそ過去4年分の屋敷周辺の警備データがあり、モンローもしくは執事のエリックの許可があれば、フットマンのウェイの操作によって、それらのデータの閲覧などが可能である。
・現在オーストラリアは再開発の声が上がっており、英国の事業家リチャード・ジョルジュ・カッパーが各地を視察している。そして、彼こそモンローの昔の腹心の同僚であり「ウィリアム・ティルバー」として英国の上流社会や事業家で活躍していた頃をよく知る人物であった。
・一方「N・P・S」は潤沢な資金を持つスポンサーの「Mr.スペンサー」と密かに呼ばれている人物が暗躍し、ニューカッスルだけでなく、各地に火の粉を振りまこうとしていた。
解説
・モンローハウスにいる子どもたちの大半は能力者です。彼らは彼らなりの能力で「N・P・S」の行動を観察したりしています。また、能力者でない子どもたちも普通の人間として「N・P・S」の行動を見ています。
・街の人々の反応は様々ですが、今回の“副市長らしき人物”の捕獲で「やはり権力者が関与していたんだ!」と、怒りをあらわにする人もいれば、逆にいっそう萎縮してしまった人もいます。一般人である街の人々とどのように対応するかも問題になってきます。
基本行動選択肢
1「モンローハウスでデータの解析や情報収集をする」
漠然としたものではなく、具体的にどのような事を知りたいかを書いておくと良い情報が入手しやすいかもしれません。
モンローハウスを「N・P・S」から守る場合もこちらになりますが、次の「N・P・S」の出方は不明です。
2「“副市長らしき人物”をどうするか決める」
モンローハウスには牢屋的な場所はありません。モンローハウスに置いておくのなら見張りも必要ですし、「N・P・S」の奪還行為にも注意しなくてはならないかもしれません。暴力行為で警察に突き出す事も可能ですが、こちらも「N・P・S」の奪還行為に注意を払う必要があると思われます。
3「モンローやモンローハウス関係者の過去を調べる」
最初の頃はほぼ無差別に「N・P・S」の前身「N・P」の選民思想に当てはまらなかった人々が襲われていたのに、なぜモンローハウスだけが攻撃を受けるようになったのか?
なぜモンローは英国での友人や仕事、贅沢な生活を捨ててオーストラリアへ来たのか?友人リチャードの地位などから推測すれば過去は簡単に調べられるかもしれません。
リプレイ
モンローハウスの子どもたち 2 はなみずき頼
●モンローハウスのポリッジ
先日の副市長(仮)の逮捕劇から、モンローハウスではその処遇をめぐって幾度と無く議論が交わされたり、警察やH.O.P.E.からの問い合わせなどで多少バタバタした時間がすぎていた。
流石にメンバーが捕らえられた事は「N・P・S(「Natural・People・Society)」にとって警戒すべき出来事であったらしく、今までのような嫌がらせは止んでいた。下部のチンピラ構成員のラクガキなどは市街地であったようだが、それが「N・P・S」のしわざかどうか確認されていない。
だがそんな状態を安心して無防備にしておくわけにもいかず、モンロー[-]の厚意と副市長(仮)の奪還に備えて数人の能力者がモンローハウスで寝食を共にしていた。
ちなみに……副市長(仮)の保護場所はキッチン横の半地下になっている食料庫である。スペースは十分にあるが害虫や害獣を避けるために窓はない。たまの客人のために高価なワインを保管する時もまれにあるので、カギも扉も頑丈にできている。
そんな朝、庭や屋敷の周辺が子どもたちの賑やかな声で目覚める者が幾人かいた。
「おはよっ! 朝ごはんなら出来てるよ」
料理人を名乗る鶏冠井 玉子( aa0798 )がまだ寝ぼけ眼の十影夕( aa0890 )と相棒のシキ(aa0890hero001 )に声をかける。
「おはよう……」
『外がえらく賑やかじゃが、どうかしたかね?』
2人の前に温かい紅茶を置き、朝食の皿を取りに行きながら玉子が返事する。
「今日は壁の掃除の日なんだって」
英国式の朝食なのか温かいフルーツとハチミツのポリッジ(英国風オーツ麦の甘いおかゆのような物)が目の前に置かれる。
「どーせまた汚されるのに?」
『ご大層な事じゃの』
「土日は「N・P・S」の活動はお休みなんだって。詳しい事はモンローさんたちに聞いてみたら?」
甘いプリッジを食べながら、十影は
「手伝いもしてくる」
と、だけ返事をして席を立った。
『こりゃ! ごちそうさまくらい言いたまえよ!』
「土日が休みだなんて、「N・P・S」は副市長からして公務員が構成員か?」
嫌味半分、小湊 健吾( aa0211 )がモンローへ声をかける。自分は一張羅だが古びてよれたスーツにペンキがつかないように距離をとっているが、相棒のラロ マスキアラン(aa0211hero001 )は楽しげにペンキの塗り直しを手伝っている。
「ラロ、火は使うんじゃないぞー危ないからな」
分かってると言いたげに、ラロは小湊へ手を振ってみせる。
「たぶん……家族にも内緒にして活動してる人が大半なんじゃないかしら?
おかげでアタシたちは土日は安心していられるから、お掃除や洗濯に大忙しヨ」
子どもたちは慣れた手つきで壁の焦げ跡やラクガキをペンキで塗りつぶし、少し年長の子どもは洗濯を手伝っている。
それだけ見ていれば、平和で恵まれた大家族のように見える。
「じゃ、俺はちょっと副市長にでも話を訊くかな。
ラロ~ちゃんと手伝うんだぞー」
『あっれー? ローラ[-]ちゃんって眼鏡だったっけ?』
せっかくの洋服が汚れないように。とのモンローの計らいで、アンジェリカ・カノーヴァ( aa0121 )は洗濯要員として屋上で主に女性用の衣類を干している。その相棒のマルコ・マカーリオ(aa0121hero001 )はモンローハウスのメイドであるローラのわずかな差に気がついた。
「少し前の襲撃の時に転んでしまって壊してしまったのです。新しいのが出来たので、昨日配達の時にウッディ[-]さんがご親切に届けてくだすったんです。コンタクトは少し苦手なのです」
ローラの午前服は薄いグリーンと白のストライプに白の部分に小花柄が入った、可愛らしい物で、おさげ髪もあってそのまま街に出かけても違和感なさそうな物だった。
「モンロー様が選んでくだすったのです。眼鏡も……。あたし、マダムに出会って初めて人間扱いしてもらったようなものです」
ローラは優しく優しく、撫でるようにしてモンローのシャツのシワを伸ばして干していく。
『そんな人がなんでこんな仕打ちを受けるのかなぁ?』
ローラの顔はとたんに曇り、エプロンをギュッと握りしめた。
「この家も最初の頃は普通のお屋敷でした。マダムも最初の頃は彼ら「N・P・S」の人々に呼びかけて、対話をしようとずっと呼びかけていらっしゃいました。
ここにいる能力者の子どもたちも、後を追ったりしてアジトを探したりしたものでしたが、なかなか上手く行かなくて…………。
屋敷の防犯が強化されるたびに、マダムは寂しそうにしてらっしゃいましたが、子どもたちの安全には変えられないとおっしゃって…………」
ポロポロとこぼれ落ちるローラの涙は悔しさの塊のように見えた。
「泣かせちゃダメじゃないか!! 何かされた? マルコ謝って!!」
アンジェリカは驚いてローラに駆け寄る。
『ち……ちがっ……何にもしてない!!』
「申し訳ありませんアンジェリカ様、あたしが昔の事を思い出して勝手に……マルコ様、あらぬご叱責を受けさせてしまって申し訳ありませんです!」
そこにモンローハウスで暮らす女の子たちが来て、ローラをギュッと抱きしめる。
「ローラは本当に泣き虫さんなんだから。気にしなくていいよ、アンジェリカさん、マルコさん。ローラは買ってきた野菜が傷んでただけでも泣いちゃう子なんだから。
でもマルコさん……こっちは女性用の干し場よ。男はあっち!!」
「あっ! ごめんね。悪気はなかったんだよ。本当にごめん!あっち手伝ってくるよ~」
自分の横に下がるブラジャーに気づいて慌てて走り去るマルコ。別にブラジャーが珍しいわけでも羞恥の対象でもないが変態の汚名だけは避けたかった。
屋上でそんな騒ぎがあった頃、割り当てられた部屋で柳 瑛一郎( aa1488 )はパソコンで情報をあつめたり、またそれを各地の自分の仲間に送信したりと忙し目のデスクワークに勤しんでいた。
そして、今回のモンローハウスへの招集を通達してきた担当者に電話をしていた。
「そうですね、モンローハウスへの警備の強化依頼は以前から複数寄せられていて、職員やエージェントが少人数で現地に出向いたり、Ms.モンローとお話をさせていただいています。
その上で、すでにあの家にはエージェント足りえる少年少女の能力者がいる事と、自衛手段がある事を確認して、過去にエージェントの本格出動はされていませんでした」
「なるほど……では、なぜ今回はこんな事に?」
電話の向こうの担当者は少し考えてから、こう切り出した。
「そう若くもなく、年配でもない女性の声で“モンローハウスで大きな事件が起きる”との通報がありました。逆探知しましたがシドニー市内の公衆電話からで、その公衆電話は市内の防犯カメラの死角になっており、人物の特定には至りませんでした。
逆にそれがモンローハウスへの警戒レベルを上げるべきだと判断する材料となり、また以前行った本格的な警戒活動から時間が少々たっている事もありましたので、良い機会だと決議されました」
「えっと、ではもう1つ。
今回、アリススプリングズでモンローハウス出身者の翔一氏が邪英化しましたが、モンローハウスと何か関連性がある可能性はあるとお考えですか?」
電話の向こうからキーボードのタイピング音がする。
「翔一氏がモンローハウスから離れて約4年なので、ハウス出身者だから邪英化したという推測はH.O.P.E.ではしておりません。
他のハウス出身者のエージェントは多数在籍しておりますが、正常に活躍中ですので。
残念な事ですが翔一氏の事はイレギュラーであり、そこにMs.モンローの介入があったとは認識できておりません」
担当者の声は極めて冷静であった。
「ふむ……そうですか。なるほど、分かりました。どうも、ありがとうございました」
電話を切ってからも、しばらく柳は無言で頭のなかで情報を整理する。
「おっと、そろそろ彼が来る頃かな?」
時計をみた柳は急いで玄関へと向かった。
「こんにちは……柳さんは……いますか?
俺は……宿輪 永( aa2214 )……ここに……協力に……きた。よろしく……」
『オレは宿輪 遥(aa2214hero001 )』
ペンキに砂がつきにくいように水撒きをしていた、フットマンのウェイ[-]に声をかけてくる人物がいた。
「柳様にご用なのデスネ。少々お待ち下サイ、お呼びしてまいりマス」
ウェイは踵を返し、足早に屋敷へと戻り柳への来客を告げる。
「やあ、待ってましたよ永さん。
ああ調度よかった、モンローさん。こちら宿輪永さんと、宿輪遥さんです。今日からしばらく手伝ってもらう事になりましたので、よろしくお願いします」
「初めまして、アタクシがこの家の主のモンローですワ。よろしくネ」
モンローはにこやかに軍手を外して、手を差し出す。
「お世話に……なります……よろしく……」
『よろしくお願いします』
一通りの挨拶をすると、宿輪は柳に顔を向ける。
「副市長(仮)の……様子は……どう?」
「今は鶏冠井さんが様子を見てくれています。行きましょう」
柳と宿輪はキッチンへ行く前に、柳の部屋に記録用のパソコンを取りに行く。
「何か……分かりました……か?」
「まぁ、依頼主らしい依頼主がいないって事は分かりました。
H.O.P.E.は翔一氏の件とモンローさんは無関係だと判断しているようです。
それと、副市長(仮)の事はまだです」
「柳さんも……大変だな……」
『副市長(仮)の秘書には、オレたちが会ってきました』
「やぁ! それは助かりました。ありがとうございます。
さ、行きましょうか」
キッチンにはすでに小湊もおり、玉子に副市長(仮)の様子を聞いていた所だった。
「ちょーどよかった、僕はこれから昼食の支度をしたかったんだ。
副市長(仮)は朝食も完食した。でも……こっちから声をかけてもろくな返事はしない状態だ」
玉子にカギを開けてもらい、4人は食料庫へ入り副市長(仮)の前に座る。
「何か話す気にはなりましたかねぇ、副市長(仮)カッコカリさん」
小湊はやや挑発するような口調で問いかける。
「いいかげんその呼び方は止めろ!」
副市長(仮)は声を荒げるが、4人はどこ吹く風。と言った様子だ。
「しかしですね、あなたが名乗らなければ僕らはそうお呼びするしかないんですよ。
そのー、副市長(仮)カッコカリさん」
「アンタが……本当に……副市長だとして……だ。
俺は……アンタの秘書に……会ってきた」
仕方ない。とでも言うように、副市長(仮)は深いため息をついた。
「ポール・ボードウィン。私はポール・ボードウィン副市長だ!」
「最初から素直に言えば、辱めを受けずに済んだのに」
遥がボソリとつぶやく。
「重ねて訊く……。何故……「N・P・S」などに……いる? 能力者に……勝てるわけ……無いだろうに」
「私の主義だ、お前たちには関係ない」
『ボスは、誰?』
「知らん! ただ、長老と呼ばれる存在がいて、その方はメンバーほぼ全員の顔と名前は把握しているらしい。だが、私は長老の顔も名前も知らん。
その上にMr.スペンサーと呼ばれる指導者がいて、英国人でものすごい額の寄付をしてくださっているとウワサで聞いた事がある」
「ふむぅ……あなたが加入したのはいつ頃です?」
「……3年前だ」
「副市長になってからじゃないか! どうやって加入した? 窓口や世話人は?」
小湊が驚いたように声を上げる。
「…………分からん」
ボードウィン副市長はうめくように言葉を絞り出す。
「ある日、気がついたらどこかの集会所らしき所にいて、長老から入会の誘いをうけた。 もちろん、私は二つ返事で受け入れて、そこで集まり方、抗議の仕方、帰る時の手順などのレクチャーを受けた。メモは許されなかったから証明する物はない。
そして、全部理解した旨を伝えるとまた意識を失って……家の前に立っていた。
こんな記憶しか残ってない」
4人は互いに目配せをしあって、この証言が本当かどうか考えあったが、もちろん結論は出なかった。
「街の人は……あなたを……人格者だと……言ってた。この状況を……信じてない……人も……いる」
「当たり前だ、私は善良な市民には公平で、より良き行政者でありたいからな!」
『ここの人も善良な市民だ。モンローさんは高額納税者でもある』
「ふざけるな! ここは能力者の巣窟だぞ!!
余所者が年端もいかない子どもをなぜ保護し、養育する!? ニューカッスルにはちゃんと孤児院もあるし、シドニーまで行けばH.O.P.E.の支部もあるだろう。
見返りが欲しいからに決まってる!
あのモンローとか言うオカマは、能力者の子どもや孤児を洗脳して、その洗脳が完成した暁にはヴィランズの集団に変化して、このニューカッスルのみならず、オーストラリアで何か悪さをするつもりに違いないんだ!!
現に、今も商工会などに顔が利く、ゲイどものコミュニティでも人気がある。市会議員や市長選に立候補するともなれば、かなり有力な候補になる!
その悪の芽を早めに摘み取れるように監視して何が悪い!
確実な、決定的証拠を掴むまでに、こちらの正体を知られたら消されるに決まってるだろう! そんな事も分からんのかお前たちは!!
善良な市民は、善良ゆえに疑う事が出来ないんだ。そのために、私がこの身を投げ打っているのだ!!」
急に激昂したボードウィン副市長は一気に思いの丈を吐き出す。
「それは……「N・P・S」の……総意?」
「知らん! そんな事を話した事もない。だが、それぞれ似たような思いを抱いているはずだ! そうに違いない!!」
「視野狭窄だな」
『思考停止してるね』
「なるほど、そんな考え方もありますか。ほ~~……」
それを聞いて、永が静かに立ち上がる。ボードウィン副市長は一瞬身構えた。
「もう……訊きたい事は……ない。俺は……外で……待ってる」
『オレも行くよ永』
遥もそれに続いて立ち上がる。
「んじゃあ、俺はボードドウィン副市長さんとやらが本人かどうか、ちゃんとウラでも取りますかね」
続いて小湊も立ち上がる。
「あぁ、それなら永さんが秘書の人と話した録音記録がありますし、先日のご家族の方の証言も記録してありますから、確認しますか?」
「サンキュー! 助かるよ」
そして、晴れて(仮)が取れたボードウィン副市長は、また薄暗い食料庫に独りになった。
●モンローハウスのサンドイッチ
玉子とローラは、昼食にはスクランブルエッグとコンビーフのサンドイッチ、キュウリとパセリドレッシングのサラダ、飲み物にライム・コーディアルを用意した。
子どもたちも集まった中で、十影と柳は子ども目線での自分たちの状況や、違和感などがないかを聞いて回っている。
「そりゃあ「N・P・S」は好きになれない。でも、能力者が怖いって気持ちが分からなくもないよ。だって僕らはそれだけの力があるんだもん」
能力者のティムは答える。
「例えばさ、普段は大人しいヘビがいきなり襲ってきたら……って考えたら怖いじゃん? そんでもって、そのヘビを自分たちには退治出来ないってなったら、追い払うしかないよね?」
同じく能力者のメアリーが言う。
「怖いけど……家の中にいれば安全だし、街でホームレスをやってた時の頃に比べたら、本当の命の危険なんてないわ」
能力者ではないルーシーは食べられる幸せ、学べる幸せ、安心して眠れる幸せを切々と語る。
『ずっとここにいるつもりなのかな?』
シキは能力者ではない高校生のジェスに訊いた。
「今の成績を維持できれば奨学金で大学へ行けるんだ。そうしたら、もっと頑張ってイギリスやアメリカにも留学して経済の勉強をするつもりさ。モンローさんってお手本もいるしさ。
それで、お金を儲けたら……こんなにたくさんの人数は無理でも、僕みたいな孤児を引き取って育ててあげたいんだ」
子どもたちはそれぞれに前向きな気持ちを持っていた。「N・P・S」の事も嫌ってはいるが憎んではいない。むしろ哀れんでいる雰囲気すらあった。
「翔一みたいに有名になって、いつかモンローさんに恩返しをするんだ!」
「そうよ! 最近は翔一が《愚神》憑きみたいに言われてるけど、そんな事ない!
だって、走ってる時の翔一の目は輝いてるもの!」
モンローハウスで翔一と共に暮らした事のある子どもたちは口々に翔一をヒーローだと称える。
ここへ来て日が浅い十影たちエージェントや《英雄》たちは、少し意外に感じていた。
「アイツらを……「N・P・S」を潰したいとは思わないの?」
子どもたちは顔を見合わせて言う。
「それをしたら、自分たちもアイツらと同じになるよ? 暴力はいけない事。だからアイツらは非能力者の法で罰せられるべきだ。
《従魔》や《愚神》やヴィランは能力者が退治すればいい。非能力者は非能力者で話し合うか、警察が動けばいい。
それだけの話」
モンローはただ静かに微笑んで食事を続けている。
「子どもはさ……子どもなりに考えてるし、モンローさんの教えをいかにして正しく理解して、それを実行できるか考えてるもんなんだよ」
この屋敷でSOHOをしてる数少ない大人のエージェントが、笑いながら小湊に声をかけてくる。
「君は……ずっとここに?」
「まぁ、古参のうちに入るかな。でも、仕事もしてるし、子どもの面倒を見る大人は少しでも多い方がいいからね。家賃と食費を受け取ってもらってここにいるよ」
ランディと名乗った青年は、バス停の時刻表の事も自分が提案したと十影に伝える。
「じゃあ街で独りでいる時なんかに襲われたりしないの?」
ランディは少し考えてから言葉を選びながら話す。
「この街が「N・P・S」って少しややこしい存在を内包してる街だって理解してるから、僕はなるべく自分のパートナーを蝶から出す時を慎重に選んでる。
それにパートナーとリンクしなければ外見的には一般人となんら変わらないからね、街でなんら迫害も受けないし、自分が能力者である事を無闇にアピールしない。
もし街で襲われたら、ソイツが「N・P・S」だって確定しちゃうんだぜ? 僕よりヤツラの方がヤバくなる。真っ昼間に覆面して襲いかかってたら、街の皆が証人だ」
柳も十影も、その街や地域それぞれの暮らし方、処世術のようなものがあるのだな……と思ったが、あえてそれを口に出さずに聞いていた。
昼食を終えて、片付けや少しの休憩の間にアンジェリカ、柳、宿輪はモンローの元を訪ねていた。
「気づいていたワ。子どもたちに聞かせたくない事を、アタシに訊きたいのでしょう?」
普段のモンローは、ラフだけれども品のある服を着て、ごく薄く化粧をしている。簡単に言えば上流家庭の子持ちの専業主婦のような感じだ。
「ボクが調べたところ、モンローさん……いや、ウィリアム・ティルバーさんはオーストラリアに来る前は、今話題のリチャード・ジョルジュ・カッパー氏と手広く事業をしてたみたいだよね?
それがどうして、地位も名誉も莫大な収入も捨てて、ここでこんな事を?」
モンローは自分の事を隠していた様子もなく、屋敷の登記簿など公的な機関への届け出は全て本名で行っていた。
「簡単な事ヨ。
地位も名誉も、企業のトップである責任も、古くから続くジェントリーの家系も、いつの間にか莫大になってしまった財産の管理も、なにもかもが重荷になってしまったの。
だって、ゲイである事を隠してなきゃいけなかったんですもの。多少はゲイも認められてはきたけれど、アタシの周囲はソレを許すような風潮ではなかったワ」
モンローの顔に悲しげな影がおちる。
「それでは、今の状況は重荷ではない……と?」
「ええ! ゲイである事を隠さなくていいんですもの。お化粧をしてスカートを履いて街に出ても笑う人はいても、叱られたりしないのヨ!
それに子どもたちといるのは楽しいし、痩せて暗い顔だった子が今では笑って将来の夢を語れる!
ちゃんと自立して、ここを出て立派に仕事をしている子も何人もいるワ。こんな充実感を味わったのはイギリスではなかった事ヨ」
宿輪も続いて問う。
「モンローさんは……「N・P・S」をどうしたいの? 俺たちに……「N・P・S」から……助けてもらいたいから……H.O.P.E.に依頼を出した……んじゃないの?」
モンローはキョトンとした顔で宿輪の顔を見る。
「依頼? なぁに、それ?
前にも話したと思うけど、「N・P・S」は脅威ではないワ。危ないけど、怖くはないんですもの。子どもの教育上はよろしくないけれど……。
弾圧されても、攻撃されても、考え方の違う人は多かれ少なかれ世の中にはいるし、同じ考えの仲間や、自由になれる場所に行ける権利を持っている事を教えてあげるいい教材ヨ。……辛ければ、逃げてもいいんだって事も教えてあげられる」
「じゃあ……このまま……嫌がらせを……受け続けるの?」
モンローは首を振る。
「言ったでしょう、彼らは教材なの。うちの子たちが自立したいと思うようになって、ここを出て行った時に、もうアタシに守られなくても負けないために。
役所や警察もバカじゃないのヨ? あなたたちのおかげで糸口が掴めたら、ちゃんと動けるはず。まぁ、まさか副市長がメンバーだとは思わなかったけれど……」
そこには、モンローなりに公的機関に根回しをしていたような雰囲気を匂わせている。
『モンローさんは強いね。したたか……って言い換えた方がいい?』
「違うワ、遥くん。アタシは怖がりで、臆病なのヨ。
だから屋敷も強化したし、あらゆるコミュニティに人脈を作ったワ。
そうね……したたかって言うより…………ズルいのかもしれないわネ」
少し顔をそむけたモンローに、疲れが見える。しかし、彼らの時間も限られている。
「あの……たいへん心苦しいのですが。
自然公園でのカンガルー騒動にススム君が巻き込まれた可能性が高いようですが……」
「はい。分かってますワ。この数日、帰ってない事くらい把握してますし、あの子は黙ってエージェントの仕事をしに行く子でもなければ、家出する子でもありませんもの」
「それでは、Mr.スペンサーと言う名前に心当たりは?」
「イギリスでは有名な名前ですけど……あちらはミスターではなく、Earlのアールですものネ。
ポピュラーな名前ですけど、アタシの知人や友人には心当たりはないワ」
柳はずっとモンローの表情や仕草を観察していたが、特に変わった様子もなく、怪しいところはなかった。
「単刀直入に訊くね!」
アンジェリカは少し厳しい顔をしてモンローを見る。
「イギリスで何かスキャンダルを起こして、オーストラリアに逃げてきたわけじゃないんだね?」
モンローは思わず吹き出した。
「やぁだもぉ! 真剣な顔して何を言うのかと思ったら……スキャンダルなんか起こしてたら、執事候補生として教育されてたエリックを連れて出る事も、ディルバーの姓を名乗る事も許されてないワ。
お化粧を落として、スーツさえ着れば、大手を振って本家に帰れるわヨ」
「イギリスに帰る?」
「帰らない」
真剣な声でモンローは即答する。
「少なくとも、このニューカッスルに帰れる場所がなくて困っている子どもがいる限り、アタシはここを離れないワ。
そして、誰もこの屋敷を必要としなくなったら……どこかに旅に出るのもいいだろうし、ここでオジイチャンだかオバアチャンだか分からない存在のままで、寿命を迎えるのもいいかもしれないわネ」
●繁華街のコンビニ・ドーナツ
その頃、氷斬 雹(aa0842)は手にドーナツが入ったビニール袋を振り回しながら、先日も訪れた警察署のドアを無造作に開けて、受付にドン! と、ヒジをつく。
「オッサンいるか?」
受付の警官は呆れた顔をしてソファーを指差した。
「ジョー[-]はもうすぐ上がりだ。そこ座ってまってろ」
氷斬は足を投げ出して不躾に座ると、奥から歩いてくるいかにも偉そうな人物に目をつけた。
「罪状の確定をもって逮捕する用意もせねばならんだろう」
「しかし署長、能力者がなんらかの動きをみせた場合は、我々の署にいる能力者だけでは対処しきれない場合が……H.O.P.E.とも話をつめなくては…………」
そんな会話をしている署長と、おそらく副署長とみられる2人の背中を目だけで追いながら、会話の意味をすぐに理解する。
「確信はない……ってことかぁ?」
考えこむ氷斬の前に、大柄な黒人の男が立つ。
「変則夜勤あけの朝から見てぇツラじゃねぇんだがな。外行くぞ」
近くの公園のベンチに座り、屋台の特大サイズのなんだか分からない炭酸飲料を買い、氷斬は呆れながらSサイズのコーヒーを買う。
「こないだは世話んなった。これ……」
愁傷なフリをしてドーナツの箱を渡す。振り回したせいで片寄っていたが。
「で、どうよ? 副市長とやらの事は? 「N・P・S」が警察に、うちの副市長が迷子になってるんです~~って泣きついてきたりしてねぇか?」
「ガハハハ! 「N・P・S」が泣きついてきたらそのまま留置場直行でご宿泊してもらうぜ」
氷斬の5倍はゆうにありそうな腹を揺らしてジョーが笑い飛ばす。
「実際よ、扱いあぐねてる。どうやらヤツは副市長に間違いはなさそうなんだがな。
家にも帰ってないし、仕事にも来てない。モンローハウスに出向いた家族が顔を見たら本人だと認めたらしい」
本来なら漏らすのがはばかられる内容なのだろう、ジョーの声は低くなる。
「ならなんで公式に発表しねーんだ? 報道してんのは個人のネットニュースとゴシップ新聞だけだぜ?」
ジョーはドーナツを丸呑みすると、不機嫌そうに腹をさする。
「規模は小さいが、市庁舎には事実を確認しようと記者は貼り付いてるし、もちろん抗議の市民もいくつかの団体で押しかけてる。
副市長とモンローさんのケンカなら、こりゃ警察の仕事だ。副市長を器物破損や傷害罪でしょっぴけばいい。
だが、「N・P・S」に能力者か《従魔》が混ざってる目撃情報もあるし、ヤツらが目の敵にしてんのは能力者が多く住んでるモンローハウスだ」
「サツとH.O.P.E.のナワバリ争いかよ?」
顔をしかめてジョーが指をふる。
「チッチッチ! 利権屋とかよ、色々めんどくさい事もあんだよ。
まぁ、本人は能力持ちじゃねーからウチ(警察)で預かりながら、H.O.P.E.にも警備を頼む事になるんだろうな」
溜息をつくジョーの前に氷斬は2枚のカードをピッ! と出す。
「これはH.O.P.E.の正式な証明書だつまり俺様もエージェントなわけ、俺様の力や情報が必要になったらコッチに電話をよこしな」
電話番号が書かれたカードをジョーに押し付ける。
「お……おぅ……」
「ボーっとすんなよ、こーゆー時はすぐにおたくの携帯からコールすんだよ」
「あぁ……」
予想していなかったらしい展開に、ジョーは戸惑いながらもコールする。
ピリリリ……ピリリリ……ピッ!…………ブチ。
「よし、ジョーの電話番号はゲットだ」
「街の皆は…………」
「あ?」
ジョーは考えこむように、背中を丸める。
「街の皆は多かれ少なかれモンローさんや、あの屋敷で暮らす子どもたちが好きなんだ。
私財を投げ打ってあんな事をできる人はそうそういやしない。だから、オレやオレの周りの人間は「N・P・S」のやってる事が理解できねぇ。むしろ許せねぇ……」
「おー! 俺様も「N・P・S」のクソどもの気持ちはわっかんねーな!
人間ってのはよ、なんか自分に利益があるから行動を起こしたりするもんだぜ? 利益もねーのに危ない橋渡るヤツはイカれてんだ。
だから……俺様はその利益ってのを知りてぇ」
ジョーは立ち上がり、カラになった紙コップをゴミ箱に投げ入れる。
「なんかあったら電話する。オレも忙しいんだからな! 3コール以内に出ろよ」
立ち去る背中に手を振って、氷斬は喉の奥で笑う。
「あっちぃバカだな。ま、キライじゃねーけどな」
氷斬も同じように紙コップをゴミ箱に投げ入れると、ジョーとは逆の方向に歩いていった。
――戻ってモンローハウスのキッチン横の地下食料庫。
「おい! この監禁状態で3食オヤツ付きの食生活させるとは、お前らなりの嫌がらせか?」
玉子はオヤツにキウイとカランツのパプロバ(オーストラリアのメレンゲ菓子)を持ってきた。
「ここにいる間、食事も与えられなかった! なんて言われたり、1グラムでも痩せられたら虐待したとか言われかねないからね。ほら、食べて! 美味しいから」
ブツクサと文句を言いながらも、副市長はサックリとした表面にフォークを入れ、口に運ぶ。
「おい! 休ませ時間に手を抜いただろう。これは一晩は休ませとくのが旨く作るコツなんだぞ」
「しょーがないじゃん、余所ん家のオーブンを占領するわけにはいかないんだからさー。でもさ、ちゃんと味分かるんだ! スゴイね!!」
副市長は横を向いてパプロバを食べ続ける。
「食いもんで釣っても、何しようと、本当にアレ以上なんにも知らないんだから言う事はないぞ」
玉子は階段に腰掛けて、むくれたような顔をする。
「じゃあ、どっか美味しい、オーストラリア名物のお菓子が食べられるトコ、僕に教えてよ。まだこっちに慣れてなくてさ、いい街そうなんだけど……美味しい物食べそこねちゃってんだよ」
副市長は几帳面にカランツを取り出しながら少し考える。カランツがお嫌いなようだ。
「ピーチ・メルバは街の郵便局の前にあるカフェのが旨いってよく言うがな、実はビーチの入り口のそばにあるカフェと雑貨屋が一緒になった店のが1番旨い。
……そこの近くの青い屋根の使ってないガレージと、ビーチ沿いの空き倉庫にはよく行ったもんだ。
ほら、ごっそーさん」
皿とフォークを床に置くと、副市長はそっぽを向いて毛布の上に寝転がった。
「ふむふむ……ピーチ・メルバね。サンキュー♪」
玉子は軽い足取りで階段を上がり、厳重にカギをかける。
「ビーチの入り口のそばにあるカフェと雑貨屋が一緒になった店……っと…………。
近くの青い屋根の使ってないガレージとビーチ沿いの空き倉庫……? ん!? あれれ!?」
玉子は食料庫へのドアとカランツだらけになった皿を見比べて、思わず頬を緩ませた。
「ツンデレさんだなぁ……もぅ」
●モンローハウスのアフタヌーンティ
午後の掃除をしていると、あまり上等に舗装されているわけではない道を、1台の見慣れない高級車がやってくる。
警戒する人々を気にする事もなく、後部座席付近がモンローの側につけられ、ウィンドーが下げる。
「失礼。ここはMs.モンローのお宅でよかったかな?」
金髪を隙なく整えた紳士が、少し戸惑いを含んだ微笑みをモンローに向ける。
「…………えぇ、そうですワ。ようこそ、Mr.リチャード・ジョルジュ・カッパー」
SPがドアを開けると、雑誌やニュースで見るより背も高く、たくましい感じの男性が降り立つ。
その場に居合わせたエージェントたちから驚きの叫びが上がる。
「エリック! エリックー!! ちょっとリディのお相手をして差し上げて!」
「つれないなぁ、君が相手をしてくれないのかい?」
そんなわずかな会話の間に、車から秘書やSPが数人降りてきて、周囲に気を配る。
「今のアタシってば、ただのペンキ屋さんヨ。着替えくらいさせてちょうだい」
モンローは慌てて家の中に向かって走って行ったが、その顔はほんのりと赤みを帯びて湧き上がる笑みを一生懸命にかみ殺しているように見えた。
「リチャード坊ちゃま、ご無沙汰しております。ますますにご立派になられて」
燕尾服から白い前掛けを外し、執事としての最敬礼をする。
「やぁエリック! そのヒゲもすっかり顔に馴染んだみたいだね。立派な執事だ」
明るく社交的な、自信に満ちた笑顔を見せるリチャードは、絵に描いたような英国紳士だった。
「ちょうどアフタヌーンティの支度をさせておりましたところでございます。
田舎町の屋敷でございますので、お口に合いますかどうか」
「モンローとエリックの舌のうるささは私が1番よく知ってるよ」
ポカーンとするエージェントたちや、子どもたちの視線の中、リチャード・ジョルジュ・カッパーはまるで自分の家のように自然とドアの中へと入っていった。
モンローハウスの中で「広い方の応接室」と呼ばれている部屋は、リチャードを取り囲むようにしてエージェントも《英雄》も子どもも、その口から語られる自分たちの知らないモンローの話をせがんだ。
「ウィル……あぁ、ここではMs.モンローって呼ぶんだったね。
モンローとはパブリック・スクールからの付き合いで、私たちは互いに勉学などを競い合って色んな称号をもらったものだよ」
リチャードは明らかに口にしないものの、自分たちが「監督生」や「POP」「キングス・スカラー」のいずれか……もしくは複数の特権のある優秀な生徒である事を匂わせている。
「目下のモンローの悩みである肩幅の広さは乗馬とフェンシングのせいでね。足の筋肉はだいぶん落ちたようだけど、肩幅だけはどうにもならなかったみたいだ」
さも面白げに口元を隠し、クックック……と笑う姿には、意識はそこになく学生時代か、もしくはここにいないモンローの姿を思い浮かべているように見える。
「Mr.カッパー、以前モンローさんと一緒にお仕事をなさってたんだ……ですよね?」
少し緊張したようにアンジェリカが尋ねる。
「私は伯爵家の三男、モンローは古くから続く豪商の家柄の三男でね。学校で気が合った事もあるし、どうせ家を継ぐ事もないからね自分たちで何かやってみようって話になってやってみたら意外に上手く行ったってだけの話だよ。お嬢さん」
そこでリチャードはため息をつく。
「長年それで上手くやってたのに、6年くらい前かな……モンローは急に自由になりたいって言って、全部私に押し付けて自分はオーストラリアで性別にすら縛られない自由な生活をしてるなんて驚いたよ」
「どうしてモンローさんがここにいるって知ったんです?」
十影はその疑問が引っかかった。
「オーストラリアで仕事をするうちに「N・P・S」と言う団体の名前をよく耳にしてね。仕事の支障になってはいけないと思って調べさせたら、モンローの名前が出てきて、そのモンローを調べたら親友のウィリアムだった……って訳だよ。
なかなか会う勇気が出なかったんだけどね、仕事を進めていくうちにそうもいかなくなってね。顔を見たらやっぱり会いたくなって押しかけてきたんだ」
なかなかに行動派らしい。
「リディ! アタシがいない間によけいな事を言ってないでしょうネ!?」
シャワーを浴び、ネイルを塗り直し、少ししっかりめに化粧を直して、お客様をお迎えする用のパステルグリーンのアンサンブルと、ヒールのある靴に履き替えたモンローが入ってくる。
「わー! モンローさんキレ~イ!」
「ホホホ、正直な子たちネ。もっと言っていいのヨ」
そんな様子をしげしげと見ていたリチャードは、なんとも言えないため息をついた。
「学生の頃からパーティや学園祭でよく女装してたけど……まさか、本物だったとはね。
私でさえ見破れなかったんだから、流石としか言えないよ」
意外な来客に楽しげな時間が過ぎる。
ふと、キャスがモンローに耳打ちをする。
「今度ね、クラスでパーティがあるの。その時に少しだけお化粧したいから、モンローのチークと香水を見てきていい?」
「あらあら、キャスもそんなお年頃なのネ。ウフフ……いいわヨ、リップも試していいからネ」
モンローはキャスの少しそばかすの浮いた頬を撫でて、部屋へ行くように背中を押してやる。
「サンクス、モンロー! 大好きよ」
キャスはさっと柳の腕を掴み、モンローの部屋へ急ぐ。
「な……何!?」
「しっ! まだ黙ってて」
キャスと柳がモンローの部屋に入ると、誰もいない事を確認してカギをかける。
「その……一体……急にどうしたんだい?」
キャスは大きく息を吐くと、モンローのドレッサーへまっすぐ向かう。
「あのリチャードとかゆー人が連れてきた秘書とかゆー女から、あの匂いがしたわ」
モンローのドレッサーはロココ調のアンティークで、ゆったりと大きく几帳面に整理されている。
「確か……これ。モンローはアルデハイド系の香りはつけないの。貰い物だって言ってたけど、すっごい有名なブランドの香水で、これ1本で200オーストラリアドル(日本円で約1万8000円)はするの」
少し離してシュッとひと吹きされた香水は、確かに秘書と紹介されたシェリー[-]と同じ香りがした。
「これは……リチャードさんもグルなのか? シェリーだけが犯人なのか? それとも偶然?
まさか…………リチャードさんがMr.スペンサー!?」
しばらく柳はアゴに手を当てて考えこむ。
「どのみち……警戒する必要がありそうですね」
その辺のスマホよりも小さい、真っ赤な切子細工のようなビンがキャスの手の中でキラキラと光ってる。――そこに、一滴の涙が落ちた。
「キャス……! どうしたんです!?」
急な事に驚いた柳は思わず固まったが、少しためらった後に優しく手を取る。
「犯人を探したい気持ちでやっちゃったけど……あたし……モンローに嘘ついちゃった」
些細な嘘だ。柳はそう言ってやりたかったが、モンローとキャスの間には自分には分からない絆があるのだろう。
「でも……キャスのお手柄ですよ」
そう言って頭を撫でてやるのが精一杯だった。
リチャードは予定があるらしく、夕暮れ前には屋敷を後にした。
窓から車のテールライトが見えなくなると、モンローは来客用のブランデーを慣れない手つきでグラスに波々と注いだ。
「モンロー様……そんなに召し上がられたら、明日が大変な事になります」
そう言って止めるエリックの手を振り払いグラスをあおる。もとより酒に弱いモンローの頬はみるみる赤くなり、グラスを空にするとそのままソファーに倒れこむ。
「だ……大丈夫なのかい?」
アンジェリカが急いで駆け寄る。
「モンロー様はワインをお召になるのが精一杯で……ですので当家にあるお酒はあのブランデーくらいのものでして。
わたくしはお世話をする物を取って参りますので、アンジェリカ様、マルコ様、しばらくここをお任せしてよろしゅうございますか?」
アンジェリカは反射的にうなづいて、モンローの服のボタンを少し外してやる。
「スキャンダル? そんなものはないワ。……そう、スキャンダルにならないようにしただけヨ。
だってアタシ……リディが好きで好きで仕方なかったんですもの。
愛していたワ。ううん……今もとても愛してる。だからアタシはリディから逃げたのヨ。アタシ個人がゲイである事はなんて事ないけど、リディには爵位をつげなくても家を守る義務があるんですもの。
そんな人にゲイであるアタシがずっと側にいたなんて事がバレたら、いい笑いものになってしまうし、リディはゲイが嫌いなのよ。
でもアタシは好きだから、ただの友だちとして側にいて、一緒に仕事をして夢を語るだけで幸せだったはずなのに…………
いつの間にか……それ以上を望むようになっちゃって…………逃げた……の……」
モンローはそのままソファーに沈み込み、寝息をたてはじめた。
しかし、その頬にはいく筋もの涙が流れていた。
「もしかしてボク……酷い事言っちゃったのかな」
少し焦ったような顔をして、マルコを見上げる。
「う~~ん……こんな経験しながら大人になるんだと思うよ、アンジェリカ。
大丈夫、モンローさんは強い人だから。明後日には元気になってる」
「明後日? 明日じゃなくて??」
マルコはなんとも言えない顔をして、ちょっとウィンクして見せた。
「明日はくれぐれも静かにしてあげるんだな」
翌日のモンローハウスは全員がすり足をするほど、物音を立てないように過ごした事だけは記しておく。
●ニューカッスルに降る毒酒
月曜日になり、ようやく椅子に座れるくらいに回復したモンローは、小湊や柳が手配した警察とH.O.P.E.のエージェントにボードウィン副市長を引き渡す書類にサインし、その姿を見送った。
警察署で1番頑丈な護送車の周りをパトカーが取り囲み、さらにそれをH.O.P.E.の装甲車が護衛するように前後左右を固める。
しばらくの間、モンローハウスの周囲には警察官とエージェントが共同で警備に当たる事になり、屋敷の中にホッとしたような空気が流れる。
「これで……ここが……襲われないように……なればいいな」
『そうだね』
柳も少々くたびれた顔をしながら、無言で肩を揉む。
「まぁ……本丸のウラが取れなかったのが少々残念ですが」
リチャードとMr.スペンサーの共通点をどうにかして探したのだが、リチャードがオーストラリアを訪れた公式記録は今回の分しか出て来ず、入国管理局に問い合わせても答えてくれるわけでもなく……少々行き詰まっていたのだ。
「例えば、部下にやらせていた……と考えだしたらキリがありませんしねぇ」
自分に言い聞かせるようにして、今度は柳がベッドに倒れこんだ。
「これは……か……仮眠です……仮眠……仮眠です……よ…………」
いつもと違った始まりをした朝だったが、昼を過ぎた頃、訪問者を告げるチャイムが鳴った。
「モンロー様、リチャード様がお見えになられましたが……いかがいたしましょうか?」
「シガールーム(小さい方の応接室)にお通しして! ローラ! ローラ!! 支度をするのを手伝ってぇ~~!!」
リチャードはSPも秘書も連れず、1人で車を運転してきたようだ。
「やぁ、ウィ……モンロー。朝から大変だったみたいだね、ニュースを見たよ。
ここに入れてもらうにも、ずいぶんと門の外で質問されたよ」
ボードウィン副市長の護送の事だろう。そう言えばテレビカメラが来ていたような気がする。
「まぁ……ネ。少し肩の荷はおりた感じだワ」
目の下のクマを隠すように、そっと顔を伏せる。
「じゃあモンロー、気晴らしにドライブにでも行かないかい?
あの騒ぎのせいで市長との懇談とかが全部キャンセルになってヒマなんだ♪
君もどうせヒマだろう? (←失礼)
さぁ行こう! 私の久しぶりのバカンスに付き合い給え!」
「え~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!」
ロクに抵抗ができないモンローの腕をつかみ、シガールームを出る。
「誰か、マダムのバックと日傘を持ってきてくれたまえ。マダムの夕食はいらないよ、私と一緒にとるからね」
ローラは思わず言われるままに、モンローのお出かけ用のバックに必要な物を詰め、日傘を渡す。
「マダム、水なしで飲める頭痛薬を入れておきました。あとキャンディも」
こっそり耳打ちしたローラに微笑みを返し、モンローはいつものように家の中に向かって言った。
「いってきます。みんな、いい子にしてるのヨ~」
柳が目を覚ましたのは夕方をとっくに過ぎた頃だった。
「これはこれは……こんな時間まで眠れたと言う事は今日も襲撃はなかったとゆー事ですね」
いつものリビングへ向かうと、子どもたちがめいめいに宿題をしたり、ラロのジャグリングを見て笑っていたり穏やかな時間がながれている。
「やあ、小湊さん。僕が寝てる間に何か変わりはありましたか?」
「ああ……リチャード氏が来てね、ヒマだからってモンローさんをドライブ・デートに連れ出したよ。ディナーもご一緒だってさ」
柳の耳に、自分の体の中の血の気が引く音が聞こえたような気がした。
「ちょ……ちょっと待って下さいね。
エリックさん! モンローさんと連絡はつきますか? 携帯に電話をしてみてもらえませんか!?」
慌てた様子の柳に驚きながらも、エリックはつとめて冷静にモンローの携帯電話をコールする。
「どうやら電源をお切りのようです」
「食事中や映画を観てたら電源を切るかもしれない」
様子をみていた十影が声をかけてくる。子どもたちにいらぬ心配をさせたくない。
「なにか……心当たり……あるの?」
永と遥も怪訝な顔をしている。
「いえ……いや、しかし…………もしかしたら、やられたかもしれません……」
◆ ◆ ◆
「うぅ……ん……リディ? アタシ、いったいどうしたのかしら? 急に眠くなってしまったワ。
ここは……どこ? 皆はどうしてるの?」
ベッドから半身を起こしたモンローの手を、リチャードは優しく両手で包むように握り、頬を寄せる。
「ずっとこうしてみたかった……私にはもう、忍耐力も理性も残っていないようだ」
「リ……リチャード!?」
思わぬ行動に、思わずモンローの声もうわずる。
「君に初めて会った時から、ずっと惹かれていた。
その髪も、その頬も、その唇も、その仕草も、その気品も、時に見せる気の強さも全て私の心を掴んで離さなかった」
だんだんと言ってる事の意味が分かってきたモンローの頬は、ジンジンするほどに赤く熱をもってきた。
「自分を押し込めるのに随分と苦労したよ。君が私の元を離れた時、この世が終わってしまえばいいとさえ思った。……だが、私の中の上流貴族としてのプライドや、その世界のしきたりに縛られて身動き出来ない時期さえあった」
リチャードの手は力強くモンローの肩を抱き寄せ、その肩口に顔をうずめた。
「もう自分に嘘はつけない。君に言いたい事があったから、この4年ずっと色々と準備をして、自分の中の覚悟を確かめ続けてきた。
…………愛しているウィリアム。私の側にずっといて欲しい」
こらえていたモンローの瞳から一筋の涙が伝う。
「だって……貴方、学生の時からゲイは嫌いだって言うからアタシずっと隠してきたのヨ。
アタシだってずっとずっと我慢してきたのヨ。
でもアタシは耐えられなかった。貴方に色目を使う女を見るたびに悲しくて悲しくて、いつか引き裂いて殺してしまうんじゃないかって悩んだワ。
だから離れたの! アタシがゲイだとバレて貴方に嫌われる前に、貴方の側から遠く離れて別の生きがいを見つけようとしたのヨ!!
なのに……今さら…………どうして…………」
リチャードはただただ涙を流すモンローに、そっと口づけてささやいた。
「もう、お互いに嘘をつかなくていいんだ。もうすぐ全て私の自由になる。
そうしたら、2人で世界中を旅しよう。恋人や夫婦のように手をつないで、肩を並べて2人だけの時間を過ごそう。
愛しているよウィリアム、この世の終わりが来ても……もう離さないよ」
確かめるように、もう一度唇を重ねる。男性とは思えないほどモンローの唇は甘く柔らかい。
「シャワー浴びるかい?」
「ううん……アタシ、貴方のこの匂いが好き」
2人はそのまま欲望に任せるままにベッドに倒れこんだ。
「リア充死ね!」
シェリーはスカートが派手にめくり上がるのもかまわず、高々とクッションを蹴り上げる。
「ムッカッつく……頭にくるほどライヴスが溜まってくるのが本気でムカつくわ!」
《愚神》であるシェリーに、その寄生主であるリチャードのライヴスが吸わずとも流れ込んでくる。
リチャードの“生命力”“精神力”そして……“欲望”その強さが《愚神》シェリーの力になる。
「ずっと好きだったとか、もう離さないとか、そんな昼ドラみたいな展開じゃなくてもいいのよっ!!」
ガスガスとクッションを踏みつけながらも、満ちて、あふれそうになるライヴスの力に体が震える。
「こんなに激しいライヴスは初めてだわ。この力を使えば、どれだけ大きなドロップゾーンが出来るかしら? わくわくするわ!
そうね、そうよね! このライヴスを手に入れられるならリチャードがリア充でもゲイでもなんでもかまわないわ!! もとより好みのタイプの男じゃないし」
乱れた髪を整え、リチャードのSPの役割をしている《愚神》の憑り代になっている連中に声をかける。
「各地の動きはどう?」
「順調のようです。自分たちを怪しむ者はいないようで」
バカにしたように口の端を吊り上げてククク……と笑ってみせる。
「人的支援、資金援助、技術支援に袖の下……本当に、人間は金の力と権力に弱いわね」
シェリーはバルコニーに出て、大きく風を受けるように体を広げる。
「さぁ、いらっしゃい……ライヴスに飢えた寄生できてないノロマな《愚神》ちゃん。
私の元へ来て……言う事を聞けばライヴスを体いっぱいに浴びられるようにしてあげるわ」
シェリーにはフリーの《愚神》を呼び寄せる力もあるようだ。
「後は……っと。頃合いを見てニューカッスルに《従魔》を配置しなきゃね。
ライヴス使いすぎるのもイヤだしぃ……雑魚をゾーンに追い込むだけだから弱いのでいいわ」
バルコニーから夜の街を見下ろすシェリーは、楽しげに冷えたワインを喉に流し込んだ。
柳の推測を聞かされたエージェント一行と使用人たちは、子どもたちの前では冷静にふるまいながらも、時間が過ぎるにつれて焦りの色が濃くなってくる。
「柳様、少し……ご提案がございマス。地下のコンピュータールームへ」
自分から声をかけてくる事など珍しいウェイが、柳を連れて地下へと降りる。
「リチャード様の車の車種とナンバーは覚えておりマスので、今から警察の交通管理システムにハッキングをかけマス。
オレはそちらに集中しマスので、柳様はモンロー様のお姿を確認していただけませんか? 白のワンピースに、リボンがついた帽子をかぶってらっしゃいマス」
「なんですって? ウェイさん……あなたそんな事ができたんですか」
ウェイの手はすでにキーボードを操作している。
「オレは昔、アジア系のマフィアに所属していましタ。ところがある仕事に失敗して仲間は全滅。オレもケガをして、行くアテもなく死にかけていた所をモンロー様に助けていただきマシタ」
「そうですか……そんな事が」
「もし、柳様の言う通りナラ。モンロー様には禁じられてイルこのワザを使う時デス。
モンロー様からノお叱りは甘んじて受けマス」
焦っているのか、集中しているのか、ウェイ独特のなまりが少し強くなる。
「監視カメラ・システムにツナガリマシタ!」
どうやら、あれからの2人は街に出てウィンドーショッピングをしたり、カフェでお茶をしたり、遠巻きに市庁舎や警察署を見て回っているようなコースが浮かび上がる。
「ふむ、ここからは海沿いを進んでますね」
「イケナイ! もうニューカッスルの範囲から出マス!」
そこでアラームが鳴る。
「気づかレル危険性が高まりマシタ。一度回線をキリマス」
2人は深く長いため息をついた。
「おそらく……ニューカッスルから出た。とゆー事は確かそうですね。
僕が気づいた時点ではすでに携帯電話の電源は切られていたので、今から微弱な電波を追うのも無理でしょう」
「モ……モンロー様は…………」
すがるような目でウェイが柳を見つめる。
「そうですね、ただのデートなら、朝には連絡をしてくるなり、戻ってくるでしょう。
誘拐なら、なんらかの目的を告げてくるでしょうから、これもまた連絡がくるはずです。
おそらく……最悪の事態にはなっていないはずです。
リチャード氏=Mr.スペンサーであるなら、モンローさんと引き換えに副市長の身柄を要求してくるか、なんらかの「N・P・S」の利益に繋がる事を要求してくるはずですから」
ウェイは頭を抱えてキーボードに顔を伏せる。
「オレは……無力ダ」
「そんな事はありません! いいですか、ここまで足取りを追えたのは1つの証拠になります。まずは連絡を待ちましょう。焦れば判断を誤ります」
そして翌朝、連絡がきた。意外な形で。
――ニューカッスルの市内ギリギリにあるシーサイドの高級な別荘の1軒のベッドルーム。
「怒ってるかい、ウィリアム?」
「まぁネ」
バスローブ姿で薄化粧をしたモンローは明らかに怒っている。
「痛いんだけど」
後ろ手に縛られた手を動かして不満をもらす。
「そんなにきつくしてないはずなんだけどな? まぁ、もう少しだけ我慢してくれ」
リチャードはいつもの仕立ての良いスーツに着替えている。髪も乱れていない。
朝方まで続いていた色めいた狂乱など微塵も感じさせない。
「嘘だったの?」
そう言ったモンローの頬をほんの軽く平手で打つ。
「こうなったのは君のせいだよウィリアム。君がイギリスから……私の側から逃げたからこうなった」
モンローの髪が乱れるのもかまわず、髪に手を入れて引き寄せ、強いキスをする。
「さて、準備が整ったようだ。始めよう」
どこからともなく現れたSPが大きなスクリーンと発信用のカメラを準備する。
リチャードはモンローに背を向けるように椅子に腰掛け、まるでライブチャットをするような感じで話し始めた。
「諸君、ごきげんよう。私はリチャード・ジョルジュ・カッパー、オーストラリアではMr.スペンサーと呼ぶ者もいる。
そうだな「N・P・S」のスポンサーと言えば、分かっていただきやすいかもしれないね」
リアルタイムでネットニュースや、「N・P・S」の専用チャンネルでこの様子が流れている。
「やられたっ……」
リチャードの肩から見え隠れするように、ベッドに座らされているモンローが見きれる。
「私はある目的のために時に実業家として、時に秘密結社のスポンサーとして、オーストラリア各地にあらゆる方法で資金や技術を提供してきた。
これまで「N・P・S」と言う、些細な偶然が産んだ哀れな産物にいたく同情し、また有益に利用してきたが、すでに秩序を失いつつある「N・P・S」は邪魔であり、そんな存在すら排除できないオーストラリアの現状には大変失望している」
リチャードは大げさに肩をすくめ、首を振る。
「そこで、私はオーストラリアをドロップ・ゾーン化する事にした。
各地で起きている《愚神》による騒ぎを制圧できたら、その範囲は小さくなるだろう。できなければ……お分かりかな?
まずは、私が本気である事を証明したいと思う。さようならパースの諸君。君たちを助けてくれるヒーローやヒロインが現れる事を祈っているよ」
パチンと指を鳴らすと、パース上空からパース市街地をほぼ映している映像に切り替わる。
そして黒い光を伴った雷が発生し、黒い囲いのようなものができあがっていく。
信じられない大きさだ。
5386キロ平方メートルある、西オーストラリアの州都がスッポリと闇に包まれる。
「壮観だろう? 私が本気である事が分かっていただけたかな?
パースに親族や知人がいる人々は試しに連絡をとってみるといい。無理だろうけどね」
その様子はモンローからも見えており、青ざめた唇から、
「リチャード……なんて事を…………」
そうつぶやく事しかできなかった。
「太陽電池だの、水の確保だのは嘘だったのか!」
小湊は悔しそうに頭を掻きむしった。
「子どもたちが学校で見ていない事を祈るしかないね」
アンジェリカはスカートを握りしめ、唇を噛みしめる。
「外に《従魔》が集まってきてる!」
キッチンの窓から外を見た玉子がリビングへ声をかける。
「やはり……。
エリックさん、屋敷のセキュリティを!
ローラさんは屋敷に残ってる人を一箇所に誘導して!
ウェイさんはコンピュータールームを!」
柳の指示にしたがい、彼らが動くのを見て、エージェントたちはパートナーを伴って外に出る。
「はぁ~い、女王様をまんまとさらわれた、オマヌケなエージェントさんたち♪」
「お前は……シェリー!!」
下級の《従魔》がスマホでネットニュースを流し続ける。
黒く包まれたパースに続いて、画面にはアリススプリングスの競技場、シドニーの街並み、メルボルンの繁華街が映し出される。
エージェントたちはパートナーとリンクして、《従魔》を排除して、黒幕の1人であるシェリーへ肉薄しようとその腕を伸ばす。
「やめてー! 翔一!! ススム!! みんな逃げてー!!」
そのモンローの叫びに気を取られた一瞬、シェリーの体全体から黒い閃光が走り、モンローハウス全体を包み込んだ。
「ほんとに、ほんとにおバカさんよねぇ~~。ライヴスを溜め込んだ《愚神》の力を……
教えてア・ゲ・ル」
「さぁエージェント諸君、死にたくなければ逃げる事だ。それは賢明な判断だろう。
死なせたくないなら……戦いたまえ! 目の前の敵と!!」