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エルスウェア連動

世界総カンガルー化計画! 2

高橋一希

形態
イベント
難易度
普通
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
能力者
21人 / 無制限
英雄
21人 / 無制限
報酬
普通
相談期間
7日
完成日
2016/02/04 19:02

掲示板

オープニング

 H.O.P.E.受付は報告をうけ、エージェント達へと新たな情報を伝える。

 まずは、自然公園への進攻、そして袋谷あかねさん調査へのご協力、感謝いたします。
 進攻の結果、プリセンサーが新たな情報を感知しました。
 それと皆さんの得た情報について簡単にまとめておきます。

 カンガルー型従魔の攻撃手段について。
 餅 望月( aa0843 )さん、唐沢 九繰( aa1379 )さんらによれば「素早い動きで相手を翻弄する攻撃」や「全力の蹴りにより強い衝撃を与える攻撃」なども行ってくることがあるようです。
 どちらも近距離の相手にしか攻撃は届きません。

 また、遭遇した他個体より強い従魔について。
 H.O.P.E.ではボクシングのグローブを装備した個体を「ガッツ」、お腹にメガネスーツな子カンガルーを入れた個体を「営業部長」と呼称します。
 プリセンサーが感知した情報によれば、どうやら愚神の居場所を守っている存在のようです。
 彼らを倒せば愚神の攻撃手段など、更なる情報を得られる可能性が高いでしょう。
 倒さず進む事も不可能ではありません。しかし、放置しておけば愚神との戦闘時に参戦してくる可能性が高く、かなりの危険を伴います。
 そのため今のうちに倒す事を推奨いたします。
 プリセンサーによれば2体は次のような攻撃方法をしてくるようです。
「ガッツ」は、全力のキックを叩きこんできます。
 この攻撃は直線上の相手に効果があります。ダメージも大きい上、かなりの衝撃を伴います。
 尻尾を周囲のものに叩きつける挑発もしてきます。
 食らうと怒りに我を忘れ、暴走してしまう事もあるかもしれません。
 そしてもう1つ。
 鋭いパンチも繰り出してきます。これはストレートブロウのスキル相当でしょう。
「営業部長」は、接近した相手の前で眼鏡を外し、あざとい角度でハートを掴んできます。そうして油断した所で親カンガルーが蹴りを入れてきます。
 この攻撃を受けると、どうしても子カンガルーを触りたくなって、狼狽してしまうかもしれません。
 また、自らの仲間達に子カンガルーをの愛らしさを見せつける事で、やる気を出させます。これはケアレインのスキル相当と見られています。
「営業部長」は二匹あわせて一体の従魔です。どちらか一方を分離させる、という事は出来ません。つまり、倒れる時は一緒なのです。

 次に、通常のカンガルーと、従魔の見分け方です。
 小鉄( aa0213 )さん達により、通常のカンガルーの頭に印が付けられました。しかし、全ての個体に付けきれたかは判りません。
 ただし、壬生屋 紗夜( aa1508 )さんによれば、従魔カンガルーの額には、ごく小さい「獣の牙を思わせる印」があるようです。
 この印が何を示すかは判りませんが、従魔と通常のカンガルーの見分けは付きやすくなる事でしょう。

 それと、プリセンサーが愚神の居場所を確定しました。
 公園中央の怪我や病気をした動物たちを収容する施設を根城としているようです。
 頻度としてはごく希ですが、外に出ることもあるようです。

 守矢 亮太( aa1530 )さんの回収した少年は、従魔の攻撃を受けてだいぶ弱っているようです。事件の詳細を知っているかもしれませんし、処遇は皆さんにお任せいたします。

 備考ですが、真壁 久朗(aa0032)さんがカンガルースーツを着用したところ、ドロップゾーンの影響が弱まったようです。
 従魔たちの攻撃も軽減されている気配があるので、可能であれば入手をしておきたい所です。
 ただし、自然公園内で販売されていたものは全てなくなったため、入手は困難です。何らかの手段を講じる必要があるでしょう。

 シドニーでのN・P・Sによる被害は、今の所は深夜のラクガキ程度で済んでいます。
 しかし、H.O.P.E.支部の建物にはラクガキなどはされていないのですよね。
 少々不思議ですし、気になる方は調べてみても良いかもしれません。

 袋谷あかねさんの消息は、聞き込み情報により、自然公園にほぼ迷い無く行ったことは間違いないようです。
 そして、彼女の両親、袋谷夫妻。
 六条融( aa0176 )さんが訪れた際に、夫人が少々不安定な様子が見受けられました。出来る限り早急に、あかねさんの保護を行いたい所です。
 そう言えば、月見里 深月( aa1644 )さん、CERISIER 白花( aa1660 )さんのお二方が、N・P・S絡みで聞き込んでいる途中、何らかの企みを耳にしたようです。
 ゾーン、という言葉が気にかかる所ですが……。

 オーストラリアで起こっている他事件群の報告書も届いていますので、もしかしたらこちらにも事件解決へのヒントがあるかもしれません。
 以上、まだまだ予断を許さない状況ではありますが、皆様のご無事を祈っております。

解説

●注意事項
 このシナリオは全三回のうち、二回目となります。
 これまでの詳細については「世界カンガルー化計画!」のリプレイをご確認ください。
 他のオーストラリアシナリオと内容的にもリンクしておりますので、そちらもあわせて読むと何かヒントがあるかもしれません。
 ストーリーが進めば新たな謎が発生する可能性もあります。
「何を目的にして、その目的を遂げるために、具体的にどんな行動を取るのか」皆様の発想で自由にプレイングをかけてください!

●キャラクターが取り得る選択肢
選択肢1、自然公園で行動する
・解説
 自然公園内で活動します。
 行動例:従魔を倒す、愚神を探す、一般人と話す、隠れている動物を発見してみる、等々。

選択肢2、シドニー近辺で行動する
・解説
 シドニー近辺で行動をします。
 行動例:聞き込みをする、人に会う、調べ物をする、いっそのこと観光する、等々。
 聞き込みをしたい場合、具体的に「時間帯、場所、相手、どんな内容を尋ねるのか」が書かれていると有利になるかもしれません。

選択肢3、自然公園内で保護した少年に関わる
・解説
「やぶれ耳さん」と思われるぬいぐるみを持った少年に関わります。
 前回の依頼の後、意識は戻りました。
 しかし、彼の負った傷はだいぶ深いようです。同行させるか、脱出させるかは、人数の多いプレイングに従います。
 そのほか、どう関わるのか具体的に書いて頂ければ色々有利になるかもしれません。

●お願い
 お友達と一緒に参加される方は、お互い相手の名前とIDをプレイングの最初に書いて下さると助かります。
(同名の人物が参加していた場合の混乱や、迷子防止の為です)
 団体で参加される場合は、プレイングの最初に団体名でもOKです。

リプレイ

●自然公園、進攻開始!
 リア=サイレンス(aa2087hero001 )は周囲をきょろきょろ。見るもの全てが目新しいといった様子。
「初の海外だもんなぁ、気持ちはわかるぜ。さーて、正護さん、アイリスちゃん、今日はよろしく!」
 古賀 佐助( aa2087 ) は同行者たちに声をかけた。
 そこまでは良かった。
「今回は佐助とでぇとじゃ~」
 アイリス・サキモリ(aa2336hero001 )のテンションMAX。とにかく視線がひたすら佐助を追っている。それどころかべったり張り付くレベル。
「遊ぶのもいいが、仕事は真面目にやってこい」
 防人 正護( aa2336 ) は、一旦アイリスをひっぺがえす。
 共鳴状態にならないと、正護は戦えない。
 目で追うのはともかくとして、べったりくっついたままでは正護も佐助もどうにもならないだろう。
 とはいえ、すぐにべったり張り付きはじめるわけだが。
「ススム君の事も気になりますけど、安全確保のためにも愚神を倒しちゃいたいですね!」
「しかし強めの従魔が守護しているようです。先にそちらを討伐した方がいいと思います」
 唐沢 九繰(aa1379)の言葉に、エミナ・トライアルフォー(aa1379hero001 )も答える。
 力業で押せば、もしかしたら愚神も倒せるかもしれない。
 しかし、危険性は高いだろう。
「うぅん、そうですね。じゃあ、先に従魔からやっつけちゃいましょう」
 九繰はエミナの意見に同意を示す。
「プリセンサーにより情報も多いです。手早く処理しましょう。我々は従魔ガッツを」
「余裕があったら他の従魔退治も行いたいですね」
 御童 紗希( aa0339 )も述べる。
 他のメンバーからも「ススム少年とも関わりたい」「極力愚神の居場所の完全特定も行いたい」など、いくつかの意見も出てくる。
 とりまとめようとしている所に、ドドドドド、とカンガルーが駆けてきた!
「ごめんねー」
 餅 望月( aa0843 ) は百薬(aa0843hero001 )と二人でセーフティガスをもふっと発生。
 普通のカンガルー達を眠らせた。
 そこに小鉄(aa0213)が「分かりやすくするのは大切でござるからな」なんていいながら印をつける。
 眠りについたカンガルーを見て、アイリスはプロレス技をかけようか、なんて考えているようだ。
 谷崎 祐二( aa1192 )は、英雄プロセルピナ ゲイシャ(aa1192hero001)と共鳴する。
 髪は茶色から黒く変じ、瞳は赤に。
 折角だからと黒子頭巾も被ってみた。
 更に更に、カンガルーの面も被ってみた!
 ライヴスを練り上げ、彼は一羽の鷹を作り出す。
 鷹を放ち、自らの意識を集中。鷹の目を通して彼は自然公園を眺望する。
 事前に貰った地図は頭に叩きこんだ。地形はどうやら変わっていないらしい。
 敵の分布も現時点では、ぱらぱらと散っている様子だ。
 中央にコンクリートで出来た建物があるのも判る。これが、怪我や病気をした動物たちが治療の間収容されるという施設だろう。
「地図と差違は無いようだ」
 祐二は仲間達に告げ、大雑把ながらも敵の配置を報告する。
 着ぐるみを持ってこられなかったのは少々痛いが、それは仕方あるまい。
 何せH.O.P.E.的にも「あれは見た目は愉快ですけど、値段的にも、数的にも、いくらなんでも揃えられませんよ!」との事らしい。
 意外と高級アイテムなのだ。
「地図まわり、助かった」
「じゃあ、俺はこれで」
「そっちの健闘も祈ってるからな」
 真壁 久朗( aa0032 ) は礼を告げ、祐二を見送った。
 そして改めて。
「なあこの服……変じゃないか?」
 久朗は居心地悪そうにセラフィナ(aa0032hero001 )へと訴えかける。
 何せ彼は、カンガルースーツに、カンガルースリッパ。ついでにスーツの袋には子カンガルーぬいぐるみをいれているという、もの凄くカンガルーな状態だ。
 着心地は悪くない。寧ろふっかふか。だがこれを知り合いに見られたら、と思うと、ちょっと気まずい。
 しかしセラフィナは純真な笑顔で答えた。
「とっても似合ってますよ!」
 真っ正面から笑顔で告げる。
「それにそれ特別な効果があるんですよね。上手く活用しないと!」
「それはそうなんだが……」
 気恥ずかしい。とても気恥ずかしい。すごく気恥ずかしい。
 セラフィナはそんな彼の思いに気づいているのだろう。前向きに、とにかくポジティブに背を押すのだ。
 そこに。
「あ、くろー」
 佐倉 樹(aa0340)が180センチ超えのでっかいカンガルーに声をかける。
 普通、そんなでっかいカンガルーなぞ、まず居ない。
 カンガルー着ぐるみ久朗は、ぐるり、と顔の向きを変えた。ずばり、佐倉の居ない方へと。
 しかし。
「真壁殿、そのお姿は……カンガルースーツでござるか?」
「あら、可愛いじゃないのっ、ねぇねぇ、写真取っても良いかしら!?」
 反対側からやってきた小鉄と、その英雄、稲穂(aa0213hero001 )にも大人気。
「と、通りすがりのカンガルーさんだ」
 必死に抵抗するカンガルー着ぐるみ。
「いい記念『だヨ』、くろー」
 シルミルテ(aa0340hero001 )も「思い出思い出」と楽しそうな様子。
「はい、チーズ」
 佐倉はスティック読みでカメラを構える。
 何せ今回、彼女の目的の一つは久朗の着ぐるみ姿を撮影すること。
 即ち余すところなくがっちり撮影する気満々。
 この撮られた写真が、日本に帰ってからどんな扱いをされるか考えると頭が痛い。
「まあまあ、似合っているし良いじゃないですか」
 如月樹(aa1100)のあまりフォローにならないフォローは、ちょっと追い打ちだったかもしれない。
 久朗は意識を戦いにむける。
 先日見かけたあのでかいカンガルー……。
「ひとまずあの大型従魔を倒さないと時間的にも厳しいな……」
 いざとなったら延長戦も不可能ではないだろう。
 しかし、時間が経てば経つほどにエージェントたちに不利になっていくのは間違い無い。
 一般人の命があとどれだけ持つのかも不明瞭。
 そして、愚神と同時に相手をするような事態は避けなければなるまい。
「御童さん、これお願いします」
 佐倉は御童 紗希(aa0339)へと打ち上げ花火を手渡した。
「これは?」
「戦闘が終ったら打ち上げてください。こっちもそうします」
 つまり、早く戦闘が終った方が、もう一方へと加勢にいく、という事だろう。
 ――しかしながら、大きな問題がある事に、エージェントたちは気づいていない。
 因みに……望月は今回もグチっていた。
「自由に解決していいのと、丸投げの境界線って難しいよね」
 H.O.P.E.への要望は「検討はします」との一言。
 H.O.P.E.はこの事件とは無関係の、小規模な従魔退治にも、元々いた能力者たちを派遣している。彼らのフォローも必要。こちらにだけ係うわけにもいかない。
 そうなると、どうしても手が足りない、らしい。
 てなわけで、望月は頬をぷうっとふくらませ、ぶーたれている。
「ねえねえ、じゃあ何で今回の依頼受ける事にしたの?」
 百薬(aa0843hero001 )はちょっぴり不思議そうだ。
「他にも依頼、一杯あるじゃない? もっとやりやすい仕事だってあると思うんだけど……」
 それに答えようと望月が口を開いた時、何かが凄まじい勢いで駆けてきた。

●従魔営業部長
 先ほどのカンガルーの群れとは比較にならない勢いで、何かが姿を現わした。
 それは、二体の大型カンガルーだった。
「さてと、いっちょ倒しに行きますか」
 ヤル気な如月にエリアル・シルヴァ(aa1100hero001)は釘を刺す。
「ほどほどにしてくださいね? ……言っても無駄でしょうが」
 髪の色、左目、どちらも紫だったものが、浅葱色に。
 服装も、普段の着物姿からチュニック、スカート姿へ。
 思考もいつもより冷徹に、どうしたら着実に敵を滅殺できるかを思考する。
 どちらかというと、エリアルの考え方に近い。
 エージェント達の姿を認め、従魔たちは一斉に攻撃をしかけてくる。
 だが、この事態になってエージェントたちはようやく気づいた事があった。
 分断して戦うつもり、だったのだろう。だが大きく分断はできそうにない。
 それでも、一応はそれぞれに対応する従魔を決めての戦いを挑む。
「後顧の憂いは断っておくべきよ!」
 稲穂と小鉄は共鳴する。
「腕がなるわね……こーちゃん、張り切って行くわよ!」
「回復されては持久戦になるでござる、一気に崩すでござるよ!」
 小鉄の瞳が金色に輝く。稲穂と二人、決して目前の困難に負けないという意志の現れ。
「強襲は忍びの十八番でござる」
「いや、それ忍んでないだろう」
 小鉄は素早く敵への距離を詰める。久朗のツッコミも間に合わない勢いで。
 久朗の髪も銀に変じる。
 右目は幻想的な緑に。そして下ろしていた前髪を掻き上げるとその下から機械化した左目が露わになる。
「こいつが営業部長か……!」
 立ち塞がった大型カンガルーは、お腹の袋に子カンガルーをいれていた。
 先制し小鉄のストレートブロウが繰り出される。
 営業部長は吹き飛ばされたが、それでも極力踏みとどまろうとしているのが判った。
 そこに如月が不浄の風をおこす。風は営業部長を切り刻み、傷つけた。
 営業部長もやられっぱなしではない。キックやパンチ等で応戦する。
 暫くはひたすらに体力の削りあいだ。
 佐倉はシルミルテ寄りの魔女を思わせる服装で、時折仲間の、特に久朗の雄志をカメラにおさめつつ、遠距離攻撃を叩きこんでいる。
 相手が回復を行うより前に、一気に倒してしまいたい。
 だが、そんなエージェント達の思いを余所に、営業部長は子カンガルーを袋から取り出した。
 仲間にその愛らしさを見せつけ、回復をしようという魂胆だろう。
 見はからい、如月はエネルギー弾を叩きこむ。
 相手の行動を一手でもつぶせたならば、という狙いだ。
 だが弾丸は子カンガルーを掠める程度。
 子カンガルーとはいえ、従魔の一部分と考えれば、攻撃はあくまで部位狙いという事になるだろう。
 しかし彼女は躊躇わない。更なる手段を探るべく冷徹に思考を重ねるのだ。
 エージェント達は荒ぶる営業部長の攻撃に、少しずつ傷ついていく。
 傷は、少しずつエージェント達も気力も削っていく。
 どれだけ打ち勝つ気力を持っていても、不安はどうしてもついて回る。
 何せ、強力な従魔。それに、慣れない土地だ。
「恐れるなっ!」
 仲間を鼓舞するように、久朗が叫ぶ。
 彼はカンガルースーツのポケットから、子カンガルーのぬいぐるみを取り出した。
 そのぬいぐるみは、ただのカンガルーぬいぐるみではなかった。
 スーツを思わせる服装。ついでにヒゲ。
 朱色のネクタイに、同色のハンカチを胸ポケットに入れている。
 オデコや目尻のシワこそ再現されてないものの、どう見てもジャスティン・バートレット会長であった!
 なお、衣装は全部セラフィナが頑張って縫い上げました。
「希望の象徴はこちらにもある!」
 久朗はカンガルー会長ぬいぐるみを掲げ、治癒の光を降り注がせる。
 途端にみんなの視線もカンガルー会長へ!
「会長だ!」
「どう見ても会長……!」
 誰からともなく零れる「会長」コール。
 みんなの顔に笑顔が浮かぶ。
 佐倉はすかさずカメラのシャッターを切りまくる!
 仲間たちの戦意こそ高揚したようだ……が、少しばかり久朗には不安もある。
「会長にこんな事していいのだろうか」
 彼は自らの英雄へと訊ねる。
 他の仲間に聞こえないよう、あくまで心の中で。
「笑って許してくださいますよ!」
 答えるセラフィナの声は、笑いを含んでいる。
 会長は、みんなが生きて帰ってくるためなら、どんな事だって許してくれるはずだ! 多分!
 そしてこの行動により、傷はもとより、一同の士気はいっきに回復した。
 気合いが入ったところで、小鉄は改めて極力速殺を目指す。
 これ以上回復されては相手の体力を削りきる前に、こちらの体力が尽きてしまうだろう。
「小鉄、フォローは任せてくれ」
 声とともに、営業部長の周囲の風が渦巻いた。
 どこか毒々しく不浄なそれが、営業部長を捕らえる。
 如月の起こしたゴーストウィンドだ。
 営業部長の表皮が劣化し、防御力が低下する。
 だが敵も、それくらいでひるみはしない。
 親カンガルーは子カンガルーの眼鏡を外す。
 途端に可愛い素顔が現れた。
 見上げる角度はかなりあざとい!
 一瞬……ほんの一瞬だが、久朗の見とれた隙に、全力の蹴りが飛んできた!
 それでも久朗は盾を構え、衝撃にそなえる。
(「重い……っ!」)
 奥歯を強く噛みしめながらに、久朗は蹴りを受け止めた。
 どれだけ厳しい戦いになろうと、どれだけ苛烈な攻撃にさらされようと、彼は決して折れはしない。
 諦めてしまったら、守りたいものだって守れなくなってしまう。
 だから、彼は粘り強く、懸命に堪えるのだ。
「小鉄っ!」
 声を合図に小鉄が敵の背後に回り込む。
「間合いに捉えたでござる……!」
 小鉄は営業部長が振り向くより先に、素早い連撃を繰り出す。
 ひたすらに、ただひたすらに。
 今まで温存してきていた全てを叩きつけるように!
 如月の攻撃により、営業部長の防御はだいぶ脆くなっている。
 そこにこの怒濤の連撃である。
 切り刻まれ、微塵になり、消滅していく。
 それが従魔営業部長の最期だった。

●従魔ガッツ
 両手にボクシンググローブをつけ、何やら愉快なたすきをかけた従魔――ガッツ。
「佐助ぇ~」
「イチャイチャするのは後でやれ、後で!」
 正護は未練がましげに呻くアイリスをもう一度引きはがし、共鳴を開始。
「肩を並べて戦うのは初めてだね、アイリスちゃん、初めての共同作業と行こうか!」
 佐助は伝説上の蛇を摸した弓を構える。彼の一言でアイリスもヤル気十分に。
「やる気の味方も多いし、今度はしっかりやってやろうじゃないの」
 望月は百薬と共鳴。その背に百薬ゆずりの羽根が生えた。
 2メートル超えの三つ叉槍を構えると、その刃に水滴がふわりと纏う。 
 小柄な彼女には大きすぎる程の槍だが、彼女はそれを易々操った。
「前線は任せたよ、援護やフォローがワタシの専売特許なんでね」
「大丈夫です。こっちは任せてください!」
 佐助の言葉に九繰が、ぐっと拳を掲げる。
 九繰はエミナと共鳴。
 彼女の姿はどこか機械めいた人形のような風情へと変わっていく。
 ガッツは早速拳を振りかぶる。
 それを九繰が人形を思わせる右腕で大斧を握り、機械の左腕を添えて受け身をとる。
 拳と大斧が激突し、凄まじい轟音を響き渡らせた。
「ぐっ……!」
 懸命に足を踏ん張り、両手で大斧を支える。
 防御したにも関わらず、腕が痺れるほどの威力。
 彼女は奥歯をしっかりと噛みしめ、ガッツの拳を大きくはじいた。
「カイ、お願い」
 御童 紗希(aa0339)の願いにカイ アルブレヒツベルガー(aa0339hero001)は頷く。
「当たり前だ」
 紗希の風にたなびく髪が黒く染まり、左目が蒼く燃えた。
 手にした大剣は、背丈を超えるサイズだ。
 彼女はそれを振るい、斬撃を繰り出す。
 ガッツがバランスを崩した隙を狙ったが、ガッツは両足の力を込め、びょんと跳ねた。
 距離をとり体勢を整えるつもりなのだろう。
 しかし着地の瞬間、びしりと一発の矢が突き刺さった。
 佐助の、精神を集中させた一矢がガッツを捕らえたのだ。
 苦痛に悶えるガッツへと、紗希は一気に距離を詰める。
 何があろうと、ガッツを倒す。その意気込みがはっきりと現れていた。
 しかしここまで至近距離ではガッツから集中的に狙われかねない。
 勿論、それくらいは判ってる。そこに――。
「さあ、こっちですよ!」
 九繰はわざとらしく攻撃のフリを大きくする。
 あえて隙を作れば従魔はだまされるに違いないという寸法だ。
 斯くして彼女の思惑は当たった。従魔ガッツはグローブをはめた拳を振りかぶる。
 後衛には仲間が居る。避けるわけにはいかない。
 だが、だいぶ敵の攻撃動作も覚えてきた。動作を見はからい衝撃を殺すべく大斧を構えた。
 大斧と、グローブがじりじりと競り合う。
「九繰さん、あたま下げてっ!」
 即座に九繰は頭を下げる。
 望月は大槍を手に、彼女の頭上を飛び越えた。
 そのままガッツへと刺突を繰り出す。
「従魔さん、どこから来たの?」
 望月は問いかける。
 しかし、従魔はただ鋭い威嚇の声をあげるだけだ。
「うーん。やっぱり下っ端じゃ答えないかー」
 答えが無いことに少々不満を覚えつつも、望月は従魔を踏み台にジャンプし再び間合いをとる。
 そして戦いは佳境に向かっていった。

 九繰や紗希の奮闘に加え、佐助からのフォロー。
 望月もガッツから与えられた厄介な状態異常を解除していく。
 九繰は防御だけではなく回復方面でも活躍していた。
 仲間の体力にも、そして自分の体力配分にも極めて気をつかう奮闘振り。
「九繰、そろそろ自分の回復も行いましょう」
「うん!」
 エミナの的確なフォローもある。
 それも実行できるのも、二人の息がぴったりあっているからに間違い無い。
 ガッツの蹴りも、尻尾の叩きつけも、大分行動前振りが読みやすくなってきた。
 防御のタイミングも、回避のタイミングも今やベストな状態を保てる。
 ガッツは傷だらけになっても、懸命に攻撃を繰り出してくる。
 その名の通り、体力も気力もかなりあるタイプの従魔だったのだろう。
 しかし、そろそろケリをつける時だ。
 正護は限りなくあさっての方向へと魔砲銃を向けていた。
「そっちじゃないよ。こっち」
 リアを成長させたような姿の美女――共鳴状態の佐助が、自称ノーコンな正護をフォローする。
「ワタシの声にあわせて引き金引いて」
 佐助自身も、きり、と弓を引く。
 防戦中の九繰と望月。二人とガッツに少しだけ間があいた。
「今だよ!」
 佐助の全精神を集中させた一矢と、正護の弾丸がまっすぐに軌跡を描いて飛来。
 ガッツへと突き刺さった。
 ガッツは苦痛に悲鳴を上げる。
 そこに紗希が肉薄する。
「おおおおおおおおお!!」
 英雄カイの影響を強く受け、普段の彼女からは考えられないほど荒々しい叫びを上げる。
 そして溜めていた全ての力をこめ、赤色の大剣を振るった。
 斬撃が、ガッツを捉える。
 ガッツの上体が冗談のように折れ、地へと倒れかける。
 だが攻撃は、まだ終わりではなかった。
「これで……トドメです!」
 彼女は常人ならざる膂力で更に大剣を振るう。
 慣性を力で捻り伏せ、反対側へと。
 ガッツが倒れ込むより前に、斬撃は再び叩きこまれた。
 先ほどとは反対方向にべきりと折れ、どさりと地面に倒れ伏す。
 倒れたガッツは全てをやり遂げたかのように消滅していった。
 
「流石佐助じゃ~」
 共鳴解除したアイリスは、早速佐助にべったり。
「さーっすけ、でぇとじゃでぇと♪」
「うん、それも良いんだけど、まだやる事あるからもうちょっと待って」
 佐助はへらりと笑ってアイリスの頭を撫でてやる。アイリスは速攻頬を赤らめた!
「みんな体力残ってる?」
 未だ息があがったままだが、望月は仲間達に問いかける。
 まずは――。

●スニーキング!
 エージェント達が従魔と激戦を繰り広げる中、ただ一人、静かに動くものがいた。
 祐二は足元の小枝などを踏まないよう、慎重に進む。
 先ほど鷹の目で、近辺の様子は探った。
 従魔が他の仲間達と戦っている間ならば、守りにだって隙は出来るはずだ。
 果たして、彼の目論見は当たった。
 敵と戦うことなく一人進攻する事に成功したのだ。
 彼は先ほど鷹の目で見たコンクリートの建物にたどり着く。
 窓から中を覗いた所、僅かながら動物たちの姿が見えた。
 皆弱っているのだろう。彼らは丸まったまま動こうとしない。
 祐二は自らの身体の回りにライヴスをはりめぐらせ、それから侵入を試みる。
 周囲に従魔がいないのを確かめながら、更に慎重に建物の中を進んでいく。
 ぽつぽつと従魔はいる。だが自らの回りに張り巡らせたライヴスが、彼の姿を見つかりにくくしていた。
 足音に気をつけ、暫し進む。
 とある廊下の角を曲がった時に、人の声がした。
「かわいいかわいいお嬢ちゃん。いい加減オレのものになってくれないか」
 静かに足をとめ、様子をうかがう。
 声は、ある部屋の中から聞こえてきた。
「キミが大好きなカンガルーを沢山作ってあげたよ。カンガルーたちは少しでも長く生き続けるようにしてあげよう」
 男は誰かへと話しかけているようだが、話し相手の声は聞こえない。
「動物たちが死んでしまったら、そこに従魔を宿らせようか。そうすればいつまでもいつまでもキミが大好きなカンガルーたちも一緒だ」
 ただ男は一人、語り続ける。
「だからその忌々しいヤツを捨てて、オレのものに……」
 その時、外からどぉん! と大きな炸裂音がした。
「……随分と無粋な客が来たようだな。無粋であっても客は客。この醜い姿をさらすのは少々気が咎める」
 ほんの僅かに間をおき、再び声がする。
「それじゃー、ちょっと待っているのですー」
 思ったより軽い足音と、少女の声がその場を立ち去った。
 先ほどの男の声ではなく、少女だ。
 祐二はその場に誰の気配も無くなったのを確かめ、部屋の前へと立った。
 扉に罠はない。彼はドアノブに手を伸ばす。
 その時、何か奇妙な音がした。
 どくん、と何かが脈打つような音だ。
 扉を開き、更に罠に気を使いつつ中を覗く。
 そこには異様なものがあった。

●少女の想い
 月見里 深月(aa1644)はH.O.P.E.シドニー支部受付に、いくつかの質問をぶつけていた。
「ガルーって名前の愚神とか、データに無いかな」
「残念ながら、今の所は……」
 月見里 深月(aa1644)の問いかけに、H.O.P.E.の受付は申し訳なさそうに首を振った。
「ゾーンを作れるだけ成長してるんだし、何かしらないかなぁとは思うんだけど」
 深月は「うーん」と小さく唸る。
 ただ、愚神の出現パターンは幾つかある。もしかしたらそこそこ強めの愚神でも、きっかけがあればコチラにやってくる事は可能かもしれない。
「こちらとしても今後も調査していきます。データが出てきたらそちらに連絡を入れますね」
「うん。おねがいします」
 告げて、深月はシドニー支部から出た。
 だけれど、彼はちょっぴりため息気味。
「ゾーンを増やすようなこといってたし、自然公園周辺の人の集まるところを調べたほうがよかったんじゃないの?」
 彼の英雄、星見里 瑚華(aa1644hero001 )はそう考えたらしい。
 瑚華としても名前だけで判るのか、少々疑問だったようだ。
 一方、CERISIER 白花(aa1660)はカンガルーぬいぐるみを持った少女について聞き込みをする。
 今回もプルミエ クルール(aa1660hero001 )には幻想蝶の中で大人しくしているよう指示している。
 ここの所、カンガルーのぬいぐるみを持った少女の姿は目撃されていない。
 何ヶ月か前は時々見かけた、という。
 その大凡の目撃談は、自然公園の事件が起こるより前の話だ。
 やはりその程度しか情報はないか、と諦めかけた時の事だった。
「カンガルーのぬいぐるみで思いだしたが、つい先日妙なものを見たと知り合いが言っていたよ」
「妙、ですか?」
「夜、一杯飲んで帰りがけに、町中を跳ねるカンガルーを見たんだと」
 曰く、一匹のカンガルーが、屋根から屋根を飛び移るように移動していたのだという。
 一瞬の出来事に、慌てて目をこらしたが、既にその姿はなかったのだと。
「いくら何でも町中をカンガルーが闊歩する、なんて事は無いと思うんだが……」
「そうですね。飲み過ぎて悪い夢でも見たんですよ」
 相手にあわせ、白花は笑顔で礼を告げる。
 ――このタイミングでカンガルーが町中に居るなど、いくら何でも出来すぎている。
 いくら素早いとはいえ、一瞬で姿を消す事などあるだろうか?
 考えられるのは、文字通り姿を消したか、あるいは素早い動きで視界の外へと移動したか。
 どちらにせよ、普通の生きものではあるまい。
 白花は深月たちと合流し、住宅街へと向かう。
 目指すは、袋谷夫妻の住居だ。

 袋谷夫妻は少々やつれた様子ではあったが、それでもエージェント達を歓待してくれた。
 席を勧められ、エージェント達はソファへと腰掛ける。
 夫人はそれぞれのティーカップへと温かい紅茶を注いでいく。
 単刀直入に、瑚華は切り出す。
「あかねさんの声とか、動画とか……ありましたらデータを頂けませんか?」
「写真だけではなく、ですか?」
 主人は不思議そうに首を傾げた。そこに白花は力強く頷く。
「ええ、姿だけではなく、声が判れば本人であると断定しやすいでしょう。それに、動作なども判れば、遠くからでもちょっとした動きの癖で見つけやすくなります」
 軽いハッタリではあるが、主人には通じたようだ。
「動画ですか、それでしたら……」
 袋谷主人は一枚のDVDROMを引っ張り出し、プレーヤーに入れる。
 再生された映像は、親バカ満載のホームビデオといった所か。

 画面の中の少女は語る。
――あかねは大きくなったら何になりたい?
「あかねは大人になったら、動物園の飼育員さんになりたいのですー」
――どうして?
「カンガルーさんとか、大事に大事にしたいのですー」
 ――他の動物さんは?
「もちろん、他の動物さんたちもなのです!」
 えへん、と少女は胸を張る。
「お父さんも、お母さんも、お友達たちも、みんな、みんな大事だから、あかねはみんなを守れる強い人になりたいのですー」
 偉いねと褒められ、少女は満面の笑顔をカメラに向けたのだった。

 二人は映像を確かめ、僅かに目配せをする。
 しかしここで口に出して不安がらせてもいけない。
「では、このデータを頂いて宜しいですね?」
 念押しし、更には仲間達への共有の許可もとる。
 袋谷へは情報が入り次第連絡を入れると告げ、エージェント達はその場を後にした。
「例の声どう思います?」
 暫し歩き、袋谷夫妻の住居から離れてから、深月は口火を切った。
 問いかけに、白花は頷く。
「やはり同一人物のように思われますね」
「では、至急水落さんに連絡を」
 促され、白花は中継役の葵へと連絡をいれる。
「水落さん。例の取引相手、どうやら、あかねちゃんのようなのです……」
 データを送り、エージェント達は重いため息をつく。
 例の取引相手が、あかねであったなら、一体どうするのが正しいのだろう?
 考えれば考える程に気持ちは重くなっていく。
 だが、今は、判った事を伝え、仲間からの情報を待つしか無かった。

●虚実
 夜間のシドニーを行動するメンバーも居る。
 秋原 仁希( aa2835 ) は闇の中を歩いていた。
 グラディス(aa2835hero001)がさくさく先行し、その後を彼はゆっくりとついていく。
 シドニー各地に現れるラクガキ犯。
 彼らは、どのあたりによく出没するのか?
 事前に湊や葵と協力し、調べをつけておいた。
 湊とは異なる場所で行動を起こそうと、事前に話もつけた。
 地図についてもしっかりと頭に叩きこんでいる。
 ちなみにグラディスは、その特殊な光彩の色合いから正体がバレないようにと、カラーコンタクトまで準備している。
 二人は既に幾度か、ラクガキ犯の尾行を行っている。
 そして今も、ラクガキ犯は二人の前でスプレーをぶちまけている。
(「しかし、今回もラクガキをしている人の顔は判らないね……」)
 仁希は内心ため息をついた。
 遭遇したラクガキ犯たちは、全員かぶり物をしている。
 かぶり物の種類は様々だ。
 紙袋だったり、ワニっぽいものだったり。
 人数は単独から複数までバラバラ。
 服装だってかぶり物をしているだけでバラバラだ。
 内容も、能力者の排斥を主張するものではある。だが文面もバラつきがある。
 ラクガキ犯は暫く歩くと、たまり場となっているらしき建物へと入っていく。
 しかも、建物に入る前にあっさりとかぶり物を脱いでいた。
 近くで見れば、きっと顔も見られるはず。だがそこまで迫ればいくらグラディスと言えど、見つかってしまうかもしれない。
 ……N・P・Sは、そんなに頭の悪い組織なのだろうか?
 勿論そんな事はないだろう。
 ならば、考えられる事は一つ。
「つまり、下っ端の下っ端って事だね」
「えー、だってこんなに繰り返す根性ある人ってどーんなかなーって」
 仁希の言葉にグラディスは笑顔で答えた。
 自分の主張が正しいと思うのならば、堂々と太陽の下で行動を起こせばいい。
 態々こんな格好で、こそこそ動くから胡散臭いのだ。
「でも下っ端ってことはー、多分この人たちは捕まえた所でトカゲの尻尾切りされてー終わりだーよねー」
 グラディスは語尾をゆるーく伸ばして語る。
 仁希は大きくため息をつき、葵へと、幾度目かの連絡を入れる。
 構成員が判らないからこそ厄介だ。
 気づけば空は、グラディスの、本当の瞳と良く似た色合いへと変わっていた。

 玖渚 湊(aa3000)は色々と考えこんでいた。
「公園のドロップゾーンを形成している愚神はドロップゾーンを増やすことを目的としていて、各地でもエージェントを呼び寄せどんどんライヴスを集めている奴らがいるとか、風かける者のように、モンローハウスに入り込んだN・P・S側の愚神がいて……それがススムの英雄?」
 彼は考えをまとめようと手にしたノートに書き綴っていく。
 しかしながら頭は煮詰まったのか、納得出来る答えは出してくれなかったらしい。
「どう思うノイル?」
「全然わかんないよミナトくん!」
 ノイル(aa3000hero001 )は困った顔をした。
 でも、こんな時どうしたらいいか。ノイルには判っている事がある。
 すなわち、行動だ!
「……とりあえず、こないだミナトくんが思いついたって言ってた事からやってみようよ!」
 その行動とは――。

 湊は真っ暗な中じっと息を殺す。
 昼間のうちに、仁希と二人、幾度もラクガキされていた場所の目星をつけておいた。
 仁希もちょうど今頃、こことは別の場所で行動を開始しているだろう。
 時間の経過すらよく判らなくなった頃、足音と、幽かな鼻歌が聞こえてきた。
 話し声もなく鼻歌というあたりから考えるに、一人のようだ。
 それでも湊はじっと様子をうかがい続ける。
 暫しして、シュー、という音が聞こえてきた。
 スプレーの音だと気づき、湊は素早く飛び出した。
「動くな!」
 ノイルは慣れた調子で素早く、ラクガキ犯の背後に回る。
 犯人は「ヒッ!」と小さく悲鳴をあげ、スプレーを取り落とした。カラカラと転がるスプレー缶を足で止める。
「何故N・P・Sはわざわざ自分達の存在を主張する!?」
 壁には「化け物を倒せ。化け物に味方するものを思い正させろ」と書かれていた。
 湊は顔をしかめたが、ノイルは表情一つ変えず相手をホールドアップ。
「オレっち達は正しい事を訴えてるだけだ」
 かぶり物をしたその人物は、震える声で述べた。
「正しい事……?」
 湊の言葉は疑問に満ちている。
 N・P・Sのやっている事は決して褒められる事ではない。
 必要以上に他者を傷つける事だ。
「お前らみたいな化け物が蔓延ったら人類終っちまう!」
 震えながらも、ラクガキ犯は声を張り上げる。
「なんでH.O.P.E.にはラクガキしないの?」
「あんな化け物の巣、近寄れるか!」
 気軽に訊ねたノイルへと、犯人は悲鳴のような声をあげた。
 同時に彼は腰を抜かしたのだろう。その場へとへたりこむ。
「気色悪いんだよ! 人間みたいなツラをして、化け物みたいな力振るって……人間じゃないんだから、化け物は化け物らしくしてろよ!!」
 呪詛の言葉を並べ立て、必死で這いずり逃げ出そうとする。
 彼がN・P・Sに身を寄せたのは、根底に恐怖や不安があったのだろう。
 自分たちと似て異なるものへの恐怖。
 そこから生まれる否定。
 抵抗しないものにぶつけて、何になる?
 懸命に考える湊の心は、苦い。
「ところでミナトくん。こいつ、どうする? このままほっといたらまた悪い事すると思うよ」
 湊の考えを断ち切るように、ノイルが訊ねた。
「そうだなぁ、じゃあ……」
「殺しちゃう?」
「それはダメだ」
 湊はしっかりと答える。
 悪い事をした人間は、人間の法のもとで裁かれなければならない。
 湊はノイルへとそれを説いた。
「ミナトくん……」
 ノイルにとって、湊は大切な人だ。
 何が大切か、色々なことを教えてくれた優しい能力者。
 だから、彼は湊に信頼を寄せている。
 最も信頼を寄せる相手は勿論湊だ。しかし、彼以外にも優しい能力者はきっと居る。
 時にはヴィランなど、悪いやつだっている。
 なのに、何故最初からわかりあえないもの、化け物と決めつけるのだろう。
「……俺、書かなきゃ」
 愛用の分厚いノートを開き、湊はペンを走らせる。
 全てを知って、その結果を記す。それが、彼の至上命題。
「俺、この事件の顛末を見届けて、全部記録をするんだ! ノイル、一緒に来てくれるよね?」
「当たり前だろ」
 ノイルはにっこり笑って頷いた。

「やっぱり、あかねは見かけない……か」
 水落 葵( aa1538 )は苦々しい表情で呟いた。
 シドニー各所を歩き、H.O.P.E.に戻ってきた彼は、八方ふさがりと言った様子で手近な椅子に座り込む。
 自然公園に向かう者は、今となってはいない。
 H.O.P.E.からも一般人に、公園に向かわないよう強く要請しているそうだ。
 葵はネットを使い、今回の事件に関わった人々を、そして団体を調べていく。
 袋谷夫妻については、それらしい情報は無かった。
 というのも一般人のため、同名の別人なのか、それとも本人なのかもはっきりしないのだ。
 リチャード氏は事業拡大のために各地へと技術者を派遣しているらしい。それは実際彼も聞き込んだ事だ。
 翔一については、褒める書き込みが多い。まれに中傷のたぐいもあるものの、あまりにあからさまな内容を見るにN・P・Sによるものだろう。
 ロメロや貴子、そしてN・P・S。彼は今回の事件に関連した人々について調べていく。
 彼の中にはずっと違和感があった。
 その違和感の正体が突き詰められれば、もしかしたら何らかの答えにたどり着けるのかもしれない。
「なー、葵、なんかヘンじゃない?」
 ウェルラス(aa1538hero001 )も覗き込んでくる。
「だって、みんなそれなりに嘘もホントもあるけれど、N・P・Sだけは嘘しかないよね」
「……そうだったか」
 葵は改めてN・P・Sに関する情報を思い出す。
 ネット掲示板に書き込まれたN・P・Sの居場所は、彼が足を運んだ結果、ただの空き地だった。
 他にも、いくつか住所が書き込まれたりもしていたが、それらは全て嘘のものだ。
 構成員だと名前を出された人物は、実在しない事も多い。
 仮に実在する人物であっても、そのあとをとるのはほぼ不可能。
 そこに白花から連絡が入る。
「……なんだって?」
「どうした、おっさん」
「だからおっさん言うなと……いや、これを見てくれるか」
 白花から送られてきたデータを二人で見る。
 内容はごくごく普通のホームビデオ。
 映っている少女は袋谷あかねであるという。
「この子が行方不明の子なんだよな」
「そう……そして、この子は、愚神憑きの可能性がある、と白花は言っている」
 葵の声色には、酷く苦いものが混ざっていた。

●少年の想い
 怪我をし、ボロボロになった少年は疲れ切っていたのか未だ眠ったままだ。
 ルーシャン( aa0784 ) は彼に寄り添い、血や泥の汚れを拭い、傷を塞ぐ。
 なにせこれだけ長い間ゾーンの中で逃走を続けていたのだ。
 少年は、自分を看護するルーシャンに気づいたのだろう。
「……きみ、は……?」
 目を開き、枯れ気味の声を絞り出した。
「もう大丈夫だよ、助けに来たよ」
「私たちは、H.O.P.E.から派遣されたエージェントです」
 ルーシャンと月鏡 由利菜( aa0873 ) の言葉に、少年の瞳に涙が浮かぶ。
 今まで堪えていたであろう涙は、とめどなくこぼれ落ちた。

「お前がモンローハウス所属のススムか?」
「……うん」
 六条融(aa0176)の問いかけに、少年ははっきりと頷いた。
「あかねの母さん、凄い心配してるぞ?」
 融の言葉にススムの視線が泳ぐ。
「そう……だよな。オレ、早く行かないと……」
 ルーシャンは、立ち上がろうとするススムを押しとどめる。
 傷も、体力も、能力者であるならば、もう回復はしているはずだ。だが彼の心は未だに消耗したままだ。
「まずは落ち着いて」と、持ち込んだスープジャーを開ける。
「これ、コーンポタージュだけど良かったら飲んで」
 暖かなスープは、コーンの香ばしい香りがほんのりと漂う。
 途端にぐぅ、とススムのお腹が鳴った。
 一応は持ってきたお菓子やら屋台の怪しいお菓子やらで空腹は満たしていたという。
 それではマトモな食事などありつける訳がない。
「ありがとう」
 きちんと礼は言ってから、彼はスープに口を付けた。
 食事はあっという間だった。
 何せ育ち盛りな少年だ。食べる勢いは半端ではなかった。
 融が「差し入れに」と持ってきたゼリーもぺろりと平らげる。
 しかしながら、食べる間もカンガルーのぬいぐるみを離そうとしなかった。
 一息ついたのを見はからい、アルセイド(aa0784hero001 )は問いかける。
「そのぬいぐるみってもしかして、あかねさんの……?」
 ススムはこくりと頷いた。
「あかねが、オレに預けてくれた……んだと思う」
 彼は改めてぬいぐるみを強く抱きしめる。
 守矢 亮太( aa1530 )も、ススムへと問いかけようとし……。
 ちらりと自分のパートナー……李 静蕾(aa1530hero001 )を見やる。
 というのも、彼女の服装が……。
「……なんでそれチョイスしたの?静蕾」
 カンガルーのかぶりものをがっちりかぶり、あまつさえ仁王立ちという怪しい光景。
「きぐるみ無いデモ一番効果ありソだからネ!」
 述べて、ぐぐっとサムズアップ。
 彼女の楽しげな姿に、ススムが少しだけ笑った。
 更に、静蕾はきょろきょろと周囲を見渡す動作をする。
「あかねチャンの英雄どこ行たネ」
「……一緒じゃなかったのかな?」
 アルセイドも問いかける。
「一緒じゃないとすれば、はぐれたのか……もしかして敵に連れ去られたのか……」
 それらしき姿の人物がいないか、彼も軽く周囲を探る。
「そうだ! 兄ちゃん、オレあかねを連れ戻さなきゃ!」
 ススムははじかれたように立ち上がる。
「落ち着いて話してくれないかい?」
「あかねは、能力者に覚醒して……その場で、英雄と誓約して、戦いはじめたんだ」
 彼女はカンガルーの着ぐるみ姿に変じ、懸命に従魔をたおしたのだという。
 全て倒しきった。そう思った直後の事だった。
「何か、でっかい狼みたいなやつが……あかねを呑み込んですごい勢いで走ってった」
 呑まれたあかねは、獣の口から必死でぬいぐるみをススムに放った。
 すくなくとも、ススムにはそう思われたらしい。
 その後、ススムはやぶれ耳さんを抱えて、あかねを攫った愚神を追いかけた。
 だが周囲はゾーン化し、カンガルーの姿をした従魔たちが出現し、彼を責め立てた。
 ただひたすら逃げ回り、もはやもうダメかと思った所に、自転車に乗った亮太が現れたのだ。
 リーヴスラシル(aa0873hero001 )は立ち上がったススムを一旦座るよう宥める。
 由利菜は視線を合わせるようにしゃがみ込む。
「従魔たちがカンガルーの姿をしているのは……ルールがカンガルーに因んだものなのは、あかねさんと関係あると思いますか?」
 ススムは、ぶんぶんと首を振った。
「判らない。でも、オレが見たあかねの姿は、カンガルーの着ぐるみだった」
「ススム、お前自身は能力者なのか。お前の英雄、どこに居る?」
 融の問いに、ススムはポケットから幻想蝶を取り出す。
 更に融は問いを重ねる。
「あかねに接触したきっかけは何だ?」
「そうそう、初めて出会った時の、甘酸っぱい思い出とかお話して欲しいんですの!」
 ライラ(aa0176hero001 )はニコニコ笑顔で混ぜっ返す。
「いや、甘酸っぱいかは判らないだろ……」
 融は疲れた顔でツッコんだ。
 しかし小学校低学年、かつ今まで厳しい状況だったのを考えれば、これくらい軽い方が良いのだろう。
「カンガルーエリアの前に、休憩所があるの、兄ちゃん達は知ってる?」
「ああ」
 融は頷き、話を促す。
「オレ、時々この公園に来てたんだけど、そこであかねに会ったんだ」
 あかねは大きなカンガルーのぬいぐるみを抱え、食い入るように外を見つめていたのだという。
 両親も一緒で、とても幸せそうな彼女が時にねたましくも思った。
 しかし、油断するところころ転げそうなあたりといい、ちょっとぼんやりした雰囲気といい、ほっといたら危なっかしい。
「オレが面倒みてやんなきゃ、って思ったんだよ」
 ススムは力を込めて語る。
「小さな恋の芽生えですの!」
「だから混ぜ返すなって」
 ライラが目を輝かせ身を乗り出した!
 少女漫画好きな彼女としては何かツボだったらしい。
 融は「答えてくれてありがとな」と、ススムの頭を、わしわし撫でる。
 ついでに、やぶれ耳さんの頭も。
(「……まさか、第三者に能力を付与できるとか、そういうことじゃないよな」)
 もしそうであれば、排斥運動が起こるのも判ってしまう。融はそう考えた。
 だが現状ではそれを裏付けるだけの情報が足りない。
「融、考えこんでるですの……?」
 ライラは心配そうに彼の顔を覗き込む。
「……モンローハウスはいったい何がしたいんだ……?」
 彼の零した一言に、ススムはがっちり食いついた。
「えっと……兄ちゃん!」
「融だよ」
「融兄ちゃん! モンローさんはただオレたちを守ってくれただけだよ!」
「何だって?」
 融が問い返すと、ススムはしっかりと彼の瞳を見返した。
「オレ、能力者って判ってから、両親に捨てられて……モンローさんが拾ってくれなかったら、オレは今生きてなかったよ」
 しかしススムの視線は次第に下へと降りていく。
 いくら能力者とはいえ、小学生くらいの子供では自活する事は難しい。
 モンローはそんな彼へと手を差し伸べてくれたのだという。
「エリックじいちゃんも、ローラねーちゃんも、ウェイ兄ちゃんも……みんな、優しくて……」
 嗚咽を懸命に堪えているのは傍目にも判った。
 ススムは語る。
 みんなで悪ふざけをしすぎて、怒られた事だってあった。
 だけれど、ああして叱られるのは必要な事だった。ススムも今は理解している。
 悪い事をしたら、相手を傷つけてしまったら、ごめんなさいと謝らなきゃいけない。
 許して貰えるかはわからないけれど、それでも謝るしかない。 
 そんなススムたちを、どんな時だって、モンローは少しだけ困ったように笑って許してくれた。
 そんなモンローだから、少しでも助けたいと、モンローハウスのこどもたちは思うのだろう。
 ススムは自らの顔を、ぐしぐしと腕で拭う。涙も鼻水も出てしまったらしい。
「翔一兄ちゃんは、モンローハウスを外から守るっていってくれた。オレも兄ちゃんみたいに強くなりたかった」
「そうか……そうだよな……」
 翔一の名に、融は少しどきりとした。だがここは一応口を噤んでおく。
 融にだって、彼の辛さは判る。
 これ以上追い打ちとなるような事を告げるのは、流石に酷かもしれない。
 融はススムの頭を撫でる。少しでも彼の心が安まるようにと。
 しかしススムは彼の意に反して言葉を続けた。
「だけど、オレ……怖いんだ」
「嫌な事や怖い事は、今は無理に言わなくてもいい」
 アルセイドはフォローを入れる。だがススムは首を振った。
 その部分を直視する事は避けられないとでもいうように。
「オレの両親、オレが能力者だって判った時、化け物みたいに見つめてた……だから、一般人に能力者だって判ったら、どんな目で見られるか……」
 ススムは自然公園での事件発生時、従魔と戦おうと考えた。
 だが英雄と共鳴しようとした瞬間、脳裏に過ぎったのは、両親の冷たい視線。
 その後も一般人を守ろうと頑張った事だってある。
 だけれど、N・P・Sのように、自分たちを責める人間がいるのは間違い無い。
 あかねが、もしそういった考え方だったら?
「オレ、それが怖くて共鳴出来なかった……戦えなかった……」
 彼の英雄は、共鳴を望んだ。一緒に戦おうと言ってくれた。
 だけれど、彼はそれを否定した。
 本当なら戦わなきゃいけなかった。
 英雄は自分を信じてくれていた。
 あかねだって、自分に勇気を見せてくれた。
「みんなが一緒じゃないと……オレ一人じゃ一般人の前で、戦えないよ……」
(「護れなかった」のは、あかねさんと、モンローハウス、ススム君の英雄の思い、それから翔一さんとの約束……というあたりでしょうか……)
 由利菜はそう察する。
 あまりに抱え込みすぎだ。
 それでも、ススムは全て取り戻そうと頑張りはしたのだ。
 あかねの連れ去られた方向は、中央方面で間違い無いとススムは答えた。
「さて、どうしたものか。ゾーン外まで護衛した方が良いかな」
 アルセイドは仲間達へと問いかけた。
 由利菜はそれに異議を唱える。
「愚神やN・P・Sの魔手が広がる現状では、孤立させるのは危険だと思います。危険が迫ったら、私が払いますから」
 出来る限り、従魔は斃す。その決意をはっきりと告げる。
 他のメンバーも概ね同行を希望する内容だった。
「なるほど、一理あるね」
 アルセイドは頷き、同行を納得する。
「僕らと同行してくれないかな」
 浅木 光汰( aa1016 ) はメンバーを代表し申し出る。
「ありがと! オレ、まだまだ弱いけど頑張るから!」
 ススムの目は酷く真剣だった。
 なんとなくだが、ススムの思いは自分に似ている気がする。
 出来る事を一生懸命行いたいという気持ちだ。 
 だが、真剣すぎると通り越して、ススムの表情には、思い詰めたものが感じられる。
 光汰は、彼の不安感を解そうと寄り添った。
「そのぬいぐるみ可愛いね。とても大切な物なのかな」
「うん……これ、あかねが大事にしてたやつだから……。あかねに返してやらないと」
「僕の姉さんの耳もこういう感じなんだよ」
 くすくす笑う光汰の後ろ、華月(aa1016hero001)は。
「妾の耳のほうがしゅっとしておる」
 などと、頬を膨らませむくれてみせている。
「……なんか姉さん不服な感じだね」
「妾の耳は狐じゃぞ?」
 やりとりに、ススムがふきだした。
 くすくす笑って、彼はカンガルーのぬいぐるみを差し出す。
「ねえ、光汰兄ちゃん。これ預けるよ」
「え、でも大事なものなんだよね?」
「そうだけど……だから!」
 やぶれ耳さんが、光汰の胸元に押しつけられる。
「もしもオレがあかねの元にたどり着けなくても……光汰兄ちゃんなら、あかねに渡せるよな?」
 光汰は押しつけられた「やぶれ耳さん」を抱える。
 途端にゾーンからの重圧が和らいだ気がした。どうやらカンガルースーツと同等の効果があるらしい。
(「僕は力不足だけど……それでもできる事を一生懸命やっていきたい……」)
 ススムは光汰を信頼に値すると判断したのだ。
 そうでなければ、大事なやぶれ耳さんを渡してはくれないだろう。
 だから、光汰は決意する。
(「身をもってでも、姉さんの力も借りて、全力で守りたい……!」)
 彼の思いを察した華月は、どこか誇らしげだったという。

 エージェント達は合流を果たし、それぞれに情報を交換する。
 従魔を撃破したこと、ススムのこと。それからシドニー組からの情報。
 途中正護が「子供が泪する世界など……俺が許さねぇ!!」と一声吼えて先行しそうになったが、そこはとりあえず引き留めた。
 先行されて愚神に不意打ちでもされたなら、最悪死にかねない。
 ついでに言えば、独断専行により敵に動きを悟られるような事態も避けたい。
 あかねについては少々重い空気が流れたものの、もはやその話題を避ける事など出来はしない。
「大丈夫。ワタシタチ、任せるネ!」
 静蕾はススムの肩にぽんと手を置いた。
 カンガルーマスクのせいで表情こそ見えないが、それでも元気づけようとしてくれているのは、はっきりわかる。
「ありがと」
 ススムは一生懸命、笑顔で応えようとする。
 それくらいしか、自分にできる事はない。そんな気持ちだったのだろう。
 小鉄はシドニー組との通信が終ったのを確かめ立ち上がった。
「さて、まだまだ行くでござるよ」
「怪我は良いけど、引き際を見誤らないでねっ!」
 稲穂は「油断大敵!」と一応注意。
 小鉄も「うむ」と頷いた。
「情報を持ち帰るのも、忍びの務めでござるな」
 引き際を見誤らない。それは、ほぼ全員が同意見だ。
「さあ、進もう!」
 望月も仲間達を促した。
「ついでにやっつけちゃうよ」
 百薬はやる気満々だ。
 だけれど、望月は自らの英雄を宥める。
「うん、でも無理はしないよ」
 無理をして倒れては元も子もない。
 それに――H.O.P.E.に文句の一つを言うにしても、生きて帰らなければそれだってできやしない。
「ねー、くろー。出撃前にさっきのもう一回やって」
 佐倉はスマホから顔をあげ告げる。
「さっきの、とは?」
 要望を察し、久朗は視線をあさっての方へと向けた。
 しかし佐倉の言葉は無情だった。
「会長」
「うっ」
 佐倉も、送れる情報は極力送った。
 久朗の写真も今すぐ送りたい所だが、インスタントカメラで撮ったものだ。
 現像しなければ見る事だってできない。
 だから、現像をするためにも、みんなで思い出を共有するためにも、無事に帰らなければならない。
「従魔たちは任せてください」
 紗希はカイと共鳴する。少しでも従魔を片付けておけば、今後の行動もラクになる事だろう。
「ルゥ様、周囲を警戒しながら進みましょう」
「そうね」
 アルセイドとルーシャンは、一行より少しだけ先行し、偵察を行う。
「……私、ススム君達の行動を無駄にさせたくありません」
 由利菜はきっぱりと言い切る。
「そうだな。ユリナ」
 リーヴスラシルもそれに同意を示した。
 普段は気弱な彼女だが、今は強い意志を見せている。
 それが、リーヴスラシルには誇らしい。
 ――そして、一行の行軍は始まった!

●現れたもの
 草木と従魔を掻き分け、ひたすら進むエージェント達の前、コンクリートの建物が現れた。
 祐二が確かめた自然公園中央にある、怪我や病気をした動物たちが収容される建物で間違いない。
 由利菜は守るべき誓いを発動させ、自ら囮になっていた。
 光汰もススムのフォローを行い、一同そろって移動する。
 更に踏み込むべきか?
 答えを出すより前に、建物の奥から何者かが顔を出す。
 それはカンガルーの着ぐるみを着込んだ少女だった。
「おやおや、こんな所にどうしたんですー?」
 少女はエージェント達へと問いかける。
「あかね……っ!」
 エージェント達を掻き分け、ススムが駆け寄ろうとする。
 瞬間、少女はぴょい、と大きく跳ねて、全力の蹴りを叩きつけようとした。
「……っ!」
 ススムは驚き目を強く瞑る。
 だがそれでは攻撃を避ける事など出来はしない。
 そこに光汰がカバーに入る。少女の力とは思えぬ凄まじい威力に身体が軋む。
 紗希は接敵し、素早く一撃を叩きこむ。
 掠めるだけで回避されたが、少女の姿は、陽炎のように揺らぎ、大柄な男の姿へと変わる。
「おおっと、折角可愛い姿にしたというのに、実に無粋な話だ」
 ソイツは二十代後半くらいだろうか。銀色の髪をした、野性味溢れる美形……と言えないこともない。
「あかねを返してもらおうか! それにお前には聞きたい事が山程ある!」
 融の背後ではライラが「そうだそうだー!」なんて言っている。
「そう言われて簡単に返すやつがいるかな?」
 男は戯けた調子で肩をすくめた。
「オレはあの可愛いお嬢ちゃんが、とても気に入ってしまってね」
「いくらなんでもマニアックな趣味じゃねー?」
 佐助のゆる~い言葉。それを男はかるく鼻でせせら笑った。
「……そろそろあの年増も行動をはじめる気だろう」
 年増、と言われてもエージェント達にはピンと来ない。
 何せ目前の愚神はちょっとアレな感じである。
 彼のセンスから考えると、年齢層が広すぎる予感がする。
「なに、羽振りのいい英国紳士がいてね。そいつに憑いてるドハデなバァさん……シェリー・スカベンジャーとか言ったか。あいつがこのオーストラリアをめちゃめちゃにするんだとさ」
「随分ぺらぺら喋るのね。三下ってそういうものかな」
 ストレートな望月の一撃!
 だが、ここまで喋ったという事は、エージェント達など恐るるに足りないと考えている。
 つまりは、強力な愚神である事は間違い無い。
「……ですが、それならあなたも巻き込まれるのではありませんか?」
 暁 珪( aa0292 ) は男へと問いかける。
 しかし、男はくくっ、と喉を鳴らすようにして笑った。
「なぁに、シドニーを手にしたあとに、あのバァさんもライヴス奪って殺してやればいい」
 彼にとっては、シェリーはどうでも良い相手なのだろう。
 一時的に利害が一致したから、手を組んだ。それだけの話だ。
「シドニーには人間が沢山いるな。ならば、可愛い可愛いお嬢ちゃんも沢山いるだろう」
 すい、と自らの腹ヘとナイフを向ける。
「彼女たちを、このオレの『腹』にコレクションするのさ」
 男はエージェント達を見回す。
「キミらの中にもオレ好みのかわいいお嬢ちゃんが居るようだ。大人しくオレのコレクションに加わるかな?」
 愚神の頭が、狼の頭のように変化する。ルーシャン目掛け大きくその口をあけて突進した。
 ルーシャンは即座にアルセイドと共鳴。
 今より大人な16歳くらいの少女騎士の姿となり、軽いステップで地を蹴る。
 回避した彼女を見て愚神は残念そうな声をあげた。
「なぁんだ。その姿だと好みじゃないな。好みのお嬢ちゃん以外は、全部エサだ」
 愚神は改めてエージェント達から間合いをとる。
「ようやくお嬢ちゃんはオレの愛を受け入れてくれたようだ」
 彼はナイフを自らの腹に突き立て、縦方向に切り裂いた。
 切り裂かれた腹には、生きものならば詰まっているはずの中身が、なかった。
 代わりに暗闇のようなものがある。
 彼はそこに腕をつっこみ、カンガルーの着ぐるみを着込んだ少女を引っ張り出す。
「オレがこの娘に目をつけたのに、このケダモノが誓約をしてしまってね」
 愚神はあかねの着ぐるみをトントンと叩いた。
 彼の言うケダモノとは、恐らくあかねの英雄の事だろう。
「さて……そろそろオレは出かけたいんだがね。お嬢ちゃんと二人で楽しい食事をしたいのさ」
「向かわせません」
 由利菜は、きり、と相手を見据える。
「ならば、キミらを前菜として頂くのも悪くはない……さあ、お嬢ちゃん。オレと二人で楽しい楽しい食事を始めよう」
 一触即発の空気の中、エージェント達は愚神、そして邪英化したあかねと対峙したのだ。

●災厄の訪れ
「水落さん大変です! プリセンサーに反応がありました! 自然公園の愚神の正体が判明。名は『ルー・ガルー』かなり強力な愚神である事は間違いありません」
 H.O.P.E.受付は葵に向け叫んだ。
 深月の告げていた「ガルー」で間違いなかろう。
「判った、自然公園組と連絡を――」
 葵が言いかけた時、H.O.P.E.の受付におかれたテレビが臨時の番組を流しはじめる。
 スーツを纏った壮年男性は大仰な身振りで語り出した。
「オーストラリアの諸君。聞きたまえ」
 葵にもこの人物の顔には見覚えがある。
「リチャード・ジョルジュ・カッパー、だったか」
 散々検索で見かけた顔だ。
 男は滔々と語りはじめる。
 自らの正体がMr.スペンサーであった事を。
 今までN・P・Sを操ってきたものが、誰だったかを。
 そして、これからオーストラリアに起こりうる災厄を。
 男の後方には、バスローブ姿で後ろ手に縛られた人物が居た。
 一見すると美しい女性に見えるが、平均よりもかなり身長は高く、若干筋肉質に見える。
 既に喉も枯れ果てたといった様子だが、画面のこちらに向かって何かを訴えようとしていた。
「あの方は……モンローさん! 一体何が!?」
 動揺する受付。
 画面の中、Mr.スペンサーは淡々と告げる。
「では、本気を見せよう」
 彼が述べた直後、テレビ画面がパースの街を遠景で映し出す。
 それが、一瞬にしてゾーンと化した。
「これで私の述べた事が真実だと判っていただけただろうか」
 H.O.P.E.受付は息を呑んだ。
 直後、プリセンサーが更なる情報を寄越してくる。
「パースだけではなく、モンローハウスを起点に、ニューカッスルの大半がドロップゾーン化……? それに、メルボルン郊外のライブハウスも……!」
 その他の都市部にも何体か愚神が出現しているらしい。
 事態を告げる受付の表情が、険しいものへと変わっていく。
「葵! 愚神に遭遇しました!」
 自然公園の佐倉からの通信だ。
「あかねとその英雄は捕らえられ邪英化したようです。更に、愚神はシドニーを襲う事を示唆しています」
 ゾーンが増えていったら、一体どうなる?
 オーストラリアは壊滅状態に陥る事だろう。
 それだけではない。
 万一レガトゥス級が出現するような事になったなら。その影響は世界に波及しかねない。
 H.O.P.E.受付の顔に一瞬だが絶望的な色が浮かんだ。
「水落さんっ!」
 白花に深月、仁希と湊もH.O.P.E.の建物へと駆け込んできた。
「テレビ見ましたか?」
 葵はこくりと頷く。
「落ち着け、俺達がなんとかしなければいけないんだろう」
「お姉さん、とりあえず僕らはやれる事をやろうと思います」
 未だ狼狽えたままの受付に、葵とウェルラスは述べた。
 ここで、踏みとどまらなければ「希望」の名が廃るというもの。
 受付の蒼白だった顔色に少し血の気が戻る。
「そうですね。皆さんは自然公園の愚神をお願いします」
 望月に散々ぶーたれられていた自動車も、一時貸与だが準備はした。
 自然公園へ向かうものは、これで少しでも早く移動できるはずだ。
「各地の愚神はどうするの?」
 仁希の声には、僅かながら心配そうな響きがあった。受付は力強く頷く。
「各都市部の愚神たちは元々オーストラリアにいるエージェントたちになんとかさせます。ですが……」
 受付は、目前に立つエージェントたちの顔を、一人一人見ていく。
「自然公園の愚神は、腕利きであるあなた方にしか頼めないことです。どうか、愚神たちを倒し、オーストラリアを救ってください」

「……なんだこれは……」
 祐二の踏み込んだ部屋には、あまりにも異質なものがあった。
 血管や、臓器を思わせるようなぬるぬるとしたものが、一室の半分ほどを覆い尽くしている。
 びくびくと蠢く様は、あきらかに「生きている」もの。
 気軽に触って何かあってもマズい。
「にゃー」
 彼へとプロセルピナが一声鳴く。
「ああ、確かに皆に知らせた方がよさそうだが……」
 しかし、先ほど少女の声をした人物が向かった方向は、恐らく出入り口方面だ。
 勝手口が一つある他は、ここ以外に出入りできる場所は無い。
 あとは精々窓といった所か。
 果たしてどうしたものだろう? この場は祐二の判断にゆだねられた。

結果

シナリオ成功度 普通

MVP一覧

  • Foe
    谷崎 祐二aa1192

重体一覧

参加者

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
    機械|24才|男性|防御
  • 告解の聴罪者
    セラフィナaa0032hero001
    英雄|14才|?|バト
  • エージェント
    六条融aa0176
    機械|18才|男性|命中
  • エージェント
    ライラaa0176hero001
    英雄|14才|女性|ブレ
  • 忍ばないNINJA
    小鉄aa0213
    機械|24才|男性|回避
  • サポートお姉さん
    稲穂aa0213hero001
    英雄|14才|女性|ドレ
  • エージェント
    暁 珪aa0292
    人間|28才|男性|攻撃
  • エージェント
    シグルドリーヴァ・暁aa0292hero001
    英雄|17才|女性|ドレ
  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
    人間|16才|女性|命中
  • アサルト
    カイ アルブレヒツベルガーaa0339hero001
    英雄|35才|男性|ドレ
  • 深淵を見る者
    佐倉 樹aa0340
    人間|19才|女性|命中
  • 深淵を識る者
    シルミルテaa0340hero001
    英雄|9才|?|ソフィ
  • 希望の守り人
    ルーシャンaa0784
    人間|7才|女性|生命
  • 絶望を越えた絆
    アルセイドaa0784hero001
    英雄|25才|男性|ブレ
  • まだまだ踊りは終わらない
    餅 望月aa0843
    人間|19才|女性|生命
  • さすらいのグルメ旅行者
    百薬aa0843hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • エージェント
    浅木 光汰aa1016
    人間|11才|男性|攻撃
  • エージェント
    華月aa1016hero001
    英雄|20才|女性|バト
  • 雪中の魔術師
    如月樹aa1100
    人間|20才|女性|回避
  • エージェント
    エリアル・シルヴァaa1100hero001
    英雄|12才|?|ソフィ
  • Foe
    谷崎 祐二aa1192
    人間|32才|男性|回避
  • ドラ食え
    プロセルピナ ゲイシャaa1192hero001
    英雄|6才|女性|シャド
  • Twinkle-twinkle-littlegear
    唐沢 九繰aa1379
    機械|18才|女性|生命
  • かにコレクター
    エミナ・トライアルフォーaa1379hero001
    英雄|14才|女性|バト
  • エージェント
    守矢 亮太aa1530
    機械|8才|男性|防御
  • エージェント
    李 静蕾aa1530hero001
    英雄|23才|女性|ドレ
  • 実験と禁忌と 
    水落 葵aa1538
    人間|27才|男性|命中
  • シャドウラン
    ウェルラスaa1538hero001
    英雄|12才|男性|ブレ
  • エージェント
    月見里 深月aa1644
    人間|13才|男性|生命
  • エージェント
    星見里 瑚華aa1644hero001
    英雄|12才|女性|ソフィ
  • 龍の算命士
    CERISIER 白花aa1660
    人間|47才|女性|回避

  • プルミエ クルールaa1660hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 厄払いヒーロー!
    古賀 佐助aa2087
    人間|17才|男性|回避
  • エルクハンター
    リア=サイレンスaa2087hero001
    英雄|13才|女性|ジャ
  • グロリア社名誉社員
    防人 正護aa2336
    人間|20才|男性|回避
  • 家を護る狐
    古賀 菖蒲(旧姓:サキモリaa2336hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • 日々を生き足掻く
    秋原 仁希aa2835
    人間|21才|男性|防御
  • 切り裂きレディ
    グラディスaa2835hero001
    英雄|20才|女性|バト
  • 市井のジャーナリスト
    玖渚 湊aa3000
    人間|18才|男性|命中
  • ウマい、ウマすぎる……ッ
    ノイルaa3000hero001
    英雄|26才|男性|ジャ
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