本部

【黒聖夜】サンタ・ブルーノの悪夢

師走さるる

形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
7人 / 4~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/01/06 19:57

掲示板

オープニング

●騒動の予感
 聖夜が近づく、12月。
 各国の街がクリスマスムード一色に包まれる中、多くの愚神が不穏な動きを見せていた。
 あるモノは西、あるモノは東で。怪しき愚神たちは密かな企みを抱いて待っていたのだ。

 人類世界にとって大切な、不可欠のイベント――クリスマスウィークを。

 ほどなくして、H.O.P.E.所属のエージェントらにオペレーターからの連絡が入る。

「サンタが現れました」

 エージェントらは首をかしげる。

「失礼、何のことかわかりませんね。各地でサンタ姿の愚神が目撃されています。何が起きているのかは把握できておりませんが、エージェントの皆さんは心しておいて下さい。なお、悪事を働くと思われるこれらのサンタをH.O.P.E.では以後『黒サンタ』と呼称することになりました」

●視界からの攻撃
 美しいイルミネーションに囲まれた広場。その中央には一際大きなクリスマスツリーが飾られており、多くの人々が家族や友人、恋人とそれを眺めていた。
 記念に一枚。遠くから観光にやって来た恋人達がぱしゃり、と写真を撮ると、天辺に何やら変な物が映っている事に気付く。
「ん? 何だこれ……茶色?」
「皆さん、コンニチハ。愚神のサンタ・ブルーノデス。どーぞ、シクヨロ」
 ここがただの暗闇であったら良かったのに。野太いながらも明るい声に周囲の人々がクリスマスツリーを見上げると、その天辺には小麦色の筋肉男が立っていた。ツリーが纏った電飾で、残念な事にはっきりとテカテカした筋肉が照らされていた。
 それに何だか頂点に輝く星が丁度良い位置にあるのは気の所為だろうか。触れると危ない気がするので、気の所為であった事にしよう。
「色の中では地味と言われる茶色だケド、ついに目立つ日がやって来たのデス!」
 サンタ・ブルーノがむんっ! と力を込めて筋肉を張らせると、肌が衣装だと言わんばかりにサンタ服がばりばりばりっと裂けていく。エージェント達にはサンタ姿の愚神と連絡されたのに、残されたのは短パンと帽子だけ。つまり殆どは筋肉だった。
 ……まあ、この異様な光景を直視すればわかる事だろう。ごめんね、エージェント。がんばれ、エージェント。
「さあ、寂しい人生を送る貴方に筋肉の癒しを与えまショウ! でもコイビト? ユージン? 引き連れているリア充はNON NON。流れ星に当たって死ぬがヨイ」
 そう言ってサンタ・ブルーノがマッチョな腕を広げると、クリスマスツリーに飾られていたオーナメントがカタカタと震え、そして地上の人々へと流れ星のように降り注いだ。思い出作りに来た人達は従魔に追われ悲鳴をあげる。独り身で通りがかった人も見たくもない筋肉を見せつけられて、どっちにしろここは地獄と化していた。

解説

皆サン、ブルーノ倒してって命令されて来たのネ。
でも追い返すだけで大丈夫ヨ。従魔のオーナメント倒すト、ワタシ帰るから、泣いて帰るカラ。

●ワタシ達のコト
・愚神サンタ・ブルーノ
筋肉ムキムキ、小麦色のオニーサン。
リア充は地獄に落ちるといいネ。聖夜は家族で団欒するものヨ。お前達の出番じゃないのヨ。でもご夫婦は羨ましいからやっぱり制裁ネ。
一応デクリオ級だヨ。ツリーの天辺から皆の事見守っているヨ。あ、見守っているって言うのハ、リンカーの事じゃなくて従魔ちゃん達の事だヨ。
マ、常にポーズ取っているから、見たかったら見てもいいヨ。……何目を押さえているノ?
(ブルーノを目視すると、筋肉好きでない方は1ラウンド目がやられて命中率が下がってしまうようです)
筋肉傷つくの嫌だから、従魔が全部やられたら大人しく退散するヨ。
引き止めるのは止めてヨ……何だか寂しくなっちゃうじゃナイ。

・従魔クリスマスツリーのオーナメント×50
イマーゴ級だヨ。多分リンカーなら一発で倒しちゃう程弱いケド、何分ツリーに飾られてた物に宿った従魔だから数が多いネ。
10体ずつ降り注いデ(ラウンド開始時)、その後(次ラウンドから)は一般人追い掛けて貼り付いテ、ライヴスがっぽがっぽヨ。ヤッタネ!
一般人に危害加えたく無かったら、動き出す前に倒すと良いヨ。……あ、やっぱりやめテ! 困っちゃうカラ!

●現在地のコト
ワタシがいるのはヨーロッパのとある町、大きな広場にあるツリーの上だヨ。
広場は80×80mくらいで、中央に全長20mのツリーがあるヨ。
ご家族は勿論のコト、こんな時期に観光に来たリア充もいっぱいネ。
広場だけの人数なら、見た限り50人くらいかナ。ライヴスいっぱいだヨ!

リプレイ

●ムキムキが四人

 何が起こっているのだろう。不思議そうにツリーを見上げていたカップル達は、背後より声を掛けられる。
「僕達はH.O.P.E.より派遣されたエージェントです。愚神が現れましたので、皆さんは逃げてください!」
 それは浪風悠姫(aa1121)の呼び掛けだった。現場に急行した悠姫は真っ先に一般人に避難勧告をしていた。彼の英雄である須佐之男(aa1121hero001)も同じである。
 故に、仲間達が確認するまで彼等は知らない。
 黒サンタの中でも嬉しくない相手に当たってしまった、自分達の運の無さを。
「……」
 オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)は、少々げんなりとしていた。
「え、何、どしたの」
 ツリーを見上げる彼と同じ様に顔を上げても、弱視である木霊・C・リュカ(aa0068)にはその光景がはっきりと見えない。
「……筋肉」
「えっ」
「……サンタ帽を被っただけの短パン筋肉が、ポージングしてる」
 視界と精神にダメージを喰らったような気がして、オリヴィエは目の辺りを軽く押さえた。
 だがあまり年の変わらないような少女、Alice:IDEA(aa0655hero001)はじとっとした目で平然と、むしろ確りと愚神ブルーノの筋肉を品定めしている。
「ふむ……悪くない身体ですね……。まぁ筋肉面積と経験による質、年齢による熟成度でおじさんには遠く及びませんが」
「全く、また妙な奴が出てきたな……」
 彼女にとって最愛のメイナード(aa0655)おじさんは、元軍属の筋骨隆々な男。愛すべき人は筋肉すら愛しい。それが高じて、IDEAは幼女でありながら筋肉フェチとなっていた。
 ムキムキが一人、ムキムキが二人……。
「ああ、今この場には何個の腹筋があるのでしょう……」
 童話から出てきたような可愛らしい姿の少女、セレティア・ピグマリオン(aa1695)は戦う前からふらふらとしていた。着実に構築されていく、自身とは正反対の筋肉世界に耐えきれなくなっているのだ。
「傷つく事言うねェ。味方の筋肉は我慢しろよ」
 そしてムキムキが三人。彼女の英雄、バルトロメイ(aa1695hero001)もまた鍛え上げられた筋肉を持つ屈強な大男だった。
 ――まだだ。まだ終わらぬ。
 更にこの空間にむさ苦しさを重ねる、五々六(aa1568hero001)と言う存在もいた。肌蹴たシャツから覗くのは厚い小麦色の胸板。契約者の少女が三人居ても足りないその重量。
 彼はありし日の情景を重ねていた。真冬だというのにこの熱気。男臭さ。
 これは、そう、かつて幾度となく潜り抜けて来た戦場の――
「元の世界のことを思い出しそうだ……くっ、頭が……頭が……いややっぱ思い出せねえや」
(……もうやだ、おうち帰りたい)
『おー、獅子ヶ谷の英雄、筋肉すげーな!』
 憂鬱な気持ちで獅子ヶ谷 七海(aa1568)が黄色いぬいぐるみ、トラをぎゅっと抱えていると、そんなハイテンションな声が掛けられた。振り返れば見知らぬ銀髪美女が七海に向かってくる。
「……え、えっと」
『あー、悪ぃ。金獅って言ったらわかるか? 前に一緒にかまくら作ったろ。今はガキと共鳴中してんだ』
 その正体は以前七海と依頼を共にした金獅(aa0086hero001)であった。共鳴後の姿は金獅とも、彼がガキと呼ぶ能力者の宇津木 明珠(aa0086)とも違う。しかし、その喋り方は確かに記憶と同じだ。
「……あ……どうも、です……」
『すげーよな。ああいうのもいいな!!』
 周囲の筋肉に目を爛々とさせた後は、ツリーを楽しそうに見上げる金獅。
 ――と、一通り仲間達の様子を見た如月樹(aa1100)は、穏やかにエリアル・シルヴァ(aa1100hero001)に語りかけた。
「うーん。何となく、これは見上げない方が良さそうだねえ」
「そうですね。ご遠慮願いたいです」
 冷静に返しつつも、エリアルは幼い顔をほんの微かに歪めた。言葉や見上げた者の様子をまとめると、仲間の筋肉達に近いムキムキの筋肉男が上半身裸でポージングしている事になる。戦闘には問題ないとは言え、折角のクリスマスだというのに気分が萎えてしまいそうだ。色んな意味で、早く何とかしなくては。

●ねえ、今どんな気持ち?

「ほらおじさん、聖夜に男女が入る場所ならここでしょう」
 IDEAがくいくいっとメイナードの袖を引っ張る。リア充に嫉妬しているらしい愚神と落ちてくる従魔の気を引く為の作戦。
 ……らしいのだが、これは本当に作戦なのだろうか。
 だって向かおうとする先は聖夜の『せい』の字が変わってしまいそうな場所――ホテルだ。
 これはマズい。
 幼女と四十を超えるおっさんというこの組み合わせ。気付いた頃にはメイナードが牢屋にイリュージョンしているかもしれない。
「待ってくれイデア、戦闘エリアから離れるのはマズい……いやそれ以上に色々マズい」
 慌て過ぎて面白い顔で否定している彼の他にも、マズい組み合わせはいた。というか、筋肉男達の相棒は何故か皆幼女だ。しかも揃いも揃って、親子の振りではなく恋人の振りをするのだから謎である。
「戦士にとって、筋肉とは勝利の為の手段。ただ見せるだけが目的の筋肉なんざ虚仮脅しでしかねえ。そうだろう、マイハニー!」
 五々六がばっと服を脱ぎ捨てる。大小様々な古傷が刻み込まれた立派な上半身だが、七海はそんなものどうでも良かった。
「……うんうん」
「刮目し、そして理解しろ。これこそが真のマッスルだと! そうだろう、マイハニー!」
「……うんうん、うんうん」
 押しつけられる筋肉の代わりに虚空を見つめ、空返事をするばかりの七海に一般人の言葉が刺さる。
「おかーさーん、あっちの筋肉の人も急に脱ぎ始めたよー」
「しっ、見ちゃいけません!」
(本当におうちに帰りたい……)
 そんな幼女と筋肉達のリア充作戦に感化されたのか、リュカもぱっと嬉しそうな顔をして参戦する。
「りあ充の振りだよオリヴィエ! どうする? どうする? とりあえずハグする?」
 良いとか嫌とか。そんな事を答える前に既にオリヴィエはぎゅっと包みこまれていた。
「……動きにくくなるから……聴いてるか……?」
「メリークーリスマース!」
 聞いていないようだ。ふふふと楽しそうに笑う声にオリヴィエは溜め息を吐くと、されるが儘になる。
 大きな存在は、ちょっとだけ重い。
 ……でもその温もりは、言う程に嫌じゃないから。
「やあ、面白そうな状況になっているねえ」
 各々が戯れる姿に思わず笑みが零れる樹。それが微笑みなのかお腹が痛くなる笑いなのかは置いておいて。
「イツキ。面白がってないで、行きますよ」
「はいはい。ツリーの上と違って、この状況はもう少し見ていたいものだけどね」
 エリアルにとん、と背を叩かれて樹は地面に着地した従魔達を見据えた。

●そんな演技に釣られ……

 オーナメントは比較的エージェント達のいる方角へと落ちていく。その数、まずは十体。
 それを見たエージェント達はリア充の振りもそこそこに、共鳴して従魔へと向かって行く。
「聖夜に襲撃とはヒーローにとっては見逃せないですね!」
「動機は嫉妬か……分からんでもないが時と場所は選んでもらおうか!」
『さぁ、正義執行の時間だ』
 そう言って拳を突き合わせる須佐之男と悠姫。それが合図だったように共鳴して、悠姫の姿が変わっていく。
「あいつらは俺達が倒します。今のうちに早く」
 戸惑っている親子の前に出ると、悠姫は眼鏡越しの金の瞳で遠くにいる従魔を狙った。ここからではまだ距離は足りないが、ロングショットなら。
 ライヴスを籠めて放たれた矢がぱあんと従魔を打ち抜く。カタカタ震えていた従魔はやがて普通のオーナメントに戻り、からん、と倒れた。
「お兄ちゃん、有難う!」
 逃げる子供の言葉を背に、悠姫はふっと口元を緩めた。
 だが気を緩めるわけにはいかない。攻撃の届く者が少しずつ撃破しても従魔は残っているし、またも従魔が降ってくる。
『……ようやく目がまともになってきた……』
 始めは好ましくないあの光景に目がやられていたオリヴィエも、きっちりと真ん中を撃ち抜く。その後ろに控えていた従魔もだ。
『ったく、一体倒してもそれ以上が降ってきやがる。面倒臭ぇこった……なァッ!』
「ふむ……だが、これなら少しは応えるだろう?」
 五々六が怒涛の勢いで周囲の従魔を切り付け、メイナードの弾は従魔に当たった瞬間に小規模の爆発を起こす。
「それじゃ、私もゴーストウィンドで数を減らそうか」
 そこから少し離れた場所では、樹の放った不浄の風に煽られて従魔達がオーナメントから剥がされていく。

「――ちっ。奴ら、動き出したか」 
 しかし残った従魔達がじっとしている筈もなく、一般人を狙う為に動き始めた。
 彼らを守る為に尚も武器を振るう仲間達を見つめながら、バルトロメイはセレティアとの共鳴をふっと解除する。
 と。
「俺だってご覧の通りの筋肉だ! モテないがリア充に嫉妬なんかしねェ!」
 叫んだバルトロメイが勢いよくマントを払い除け、その下をはっきりと見せつける。勇ましく盛り上がったその筋肉を。タンクトップは着ているので、ブルーノや五々六のように上半身裸ではないのが幸いだ。
 同士としての言葉だと思ったのか、ブルーノが頂上からちょっぴり嬉しそうにぐっと上腕二等筋を見せつける。
「おまえの筋肉は人の目を潰すためだけにあるのか? こうやって……自分にとって大切な誰かを守るために使えねーのか」
「筋肉怖い……ほんとは同じ空間に居るのだって嫌なんですから……って、えっ!?」
 瞬間、バルトロメイの背中に隠れていたはずのセレティアが、ふわりと持ち上げられる。
「やめてーバルトさん!」
 溢れる筋肉を見ないよう必死だったのに。じたばたと暴れてもその逞しい腕に抱かれては、セレティアはバルトロメイの胸に顔を埋めるしかなかった。
「この男性ホルモン濃度、息するだけで子供が出来ちゃいますっ」
「出来ねェよ! 大体俺にしがみ付けるなら、筋肉だって平気だろ」
「わたしがバルトさん大丈夫なのはバルトさんだからじゃないですかーっ」
 幼女と筋肉の組み合わせはこうなる運命にあるのだろうか。
 その惚気とぎゅっと抱き合う姿に、胸筋を見せつけるブルーノは鬼のような形相をしていた。そしてどこか物悲しくもある。
「……挑発に成功したみたいだな。それじゃ、俺が一体でも多く削り取ってやらぁ!」
 標的が一般人から再びエージェント寄りになったところで、悠姫が素早く矢を放ち従魔を倒す。
 その間に樹もエリアルとの共鳴を解除して、楽しそうにこう言った。
「エリアル、私達もあれをやってみようか」
「……本気ですか、イツキ」
「ふふ」
 呆れ顔のエリアルだが、何を言った所でやる気だとわかっている。仕方無くエリアルが耳を貸すと、すぐに演技は始まった。
「ねえ、エリアル。景色も綺麗だし、雰囲気も素敵だし、何より君が隣にいる。これ以上に素晴らしい事はないだろうね!」
 手を広げ、広場中に聞こえるのではないかという声で大げさに振る舞う樹。
「そうですね。この景色。あなたと共に過ごせるのは喜ばしいですよ」
 対してカッチカチに堅いエリアルの言葉。
「ふふ。私もだよ」
「ふふふ」
 ……わざとらしい程爽やかに笑っている樹とひたすら一定の音程で笑い声を出すエリアルには申し訳ないが、これはとんでもない大根役者だ。
 正直他の組みも随分と怪しいものではあったが、何だかんだ言って密着したりラブラブっぷりを見せつけていた。故にブルーノは二人に見向きもしない。
 それ以上に彼の気を引く出来事がツリーで起こっていたというのもある。
 他のエージェント達が従魔退治に専念しているお蔭で、金獅が怒涛乱舞で数体のオーナメントを壊しながら登ってきたのだ。
『おーい! あんたカッコいいな!!』
 中身は男であっても見た目は今だ銀髪の美女。そんな金獅に声を掛けられて、思わずブルーノがデレっとする。
 だが金獅は気にする様子もなく、天辺にある星を「そういやこれもオーナメントだな」と斬りつけた。
 その位置は、ブルーノの――
「ファッ!? 何て所に攻撃してるノ! そこは危ない所だヨ!」
 男性としての危機を感じたブルーノはズサササ……! と数m下の枝に落ちる。いくらモテないと言っても性別を変える予定はない。
 そして血の気が引いても分かり辛い顔が、ふっと真剣味を帯びた。
 右腕の一線から、流れる血の感覚。
『その筋肉ってどのくらい耐えられるのか教えてくれよ。試してーんだ』
 ぼっ、と木の葉を割ってブルーノの目の前に落ちてくる金獅は、笑顔で疾風怒濤の連続攻撃を仕掛ける。硬く艶やかだった筋肉に更に二つの細い傷が付いた。
 瞬間。ブルーノの口がニッと歪み、真っ白な歯が見えて、金獅の体が吹き飛ぶ。
「ちょっと、寂しさが紛らわせたヨ」

『……ようやく終わりが見えてきた』
 パァン、と狙った従魔を倒して、オリヴィエが小さく息を吐く。
 ツリーから降ってくる従魔はもう無い。ブルーノの完全なる弾切れだ。これでもう、作戦と言う名目のリュカのくっつきから解放される。
『ふん、あんなお飾りの筋肉が操る従魔なんざァ、数があっても敵じゃねぇな』
 広場に残っている従魔も殆どおらず、五々六の攻撃でまた一体が減っていく。
「よし、あの人で最後だな……一般人、全員避難しました!」
 そして、悠姫の声が他のエージェントに一般人の避難完了を知らせた。
 適切な避難勧告で一般人は誰一人としてライヴスは奪われておらず、従魔を倒しきるのも時間の問題。最早ブルーノの負けである。
 その時、丁度ブルーノが地上へと降りてきた。男性としての危機も感じただけに、金獅を殴った後にツリーから離れたようだ。
「……やあ、ブルーノ君。君に、魅せる筋肉と戦う為の筋肉の違いを教えてあげよう」
 だがその目の前にはメイナードが立っていた。
 艶やかで不自然なほどのブルーノの筋肉とは違い、彼が見せた筋肉は言葉通り戦いに必要な部分が鍛え上げられ、逞しい肌はざらりとして傷跡が幾つもある。
 何よりもその質を直接語り合うように、武器では無く筋肉でぶつかっていった。
 戦闘で滲んだ汗が弾け飛び、がっしりとした筋肉と筋肉がどんっ! と衝動を生む。それが、義手に宿ったIDEAにも伝わっていく。
『――っ!』
「む……大丈夫か?」
 どこか震えているような様子のIDEAに、メイナードが優しく声を掛ける。
『……大丈夫です。筋肉は大好きですけど、わたし浮気はしない主義なので』
 その言葉に、IDEAはキリッと声を正して答えた。メイナードの問いと今の答えがすれ違っているのは、おそらく気の所為なのだろう。
「オウ、あなたの筋肉モ、中々素晴らしいネ! ……モテない同志であったラ、筋肉の張合いしたいところだったヨ」
 鍛え上げられた筋肉は同じ筋肉として評価しないわけにはいかない。が、モテない者の醜い嫉妬がちらりと覗ける。
「でも今日はココマデ。やる事はやったシ、ワタシはここでサヨナラ、ヨ」
 ブルーノがそう言った時には、全ての従魔が倒されていた。
 広場に残ったのは転がっているだけのオーナメント、聳え立つクリスマスツリー。そしてエージェント達とブルーノだけであった。
「おいてめぇ、逃げんのか!」
 たっと駆け出したブルーノに直ぐ様五々六の怒号が飛び、ぴくっとブルーノが立ち止まる。
「引きとめられると寂しくなっちゃうじゃナイ……と言いたい所だけど、今日は十分寂しさを紛らわせたからネ」
 下りてきた金獅と傍にいたメイナードをニタっと笑って見つめると、ブルーノは再び走り出した。
「今度はマジで殺ろうな~」
 ぶん殴られたというのに陽気に見送る金獅。
『引き止めはしない、が、今度は違う形で会おう』
 悠姫もそう言って茶色い背を見送る。
『……』
 周囲の様子に銃口を向けて警戒していたオリヴィエも、そっとそれを下ろした。

●お疲れ様でした!

「せっかくの聖夜なのでこれから一杯いかがですか?」
 事件が無事解決した後、須佐之男から発せられた一言。酒好きの大人数人に賑やかな事が好きな者、そうでない者も丁度お腹も空いてきた頃で、一様に賛成の声しか挙がらなかった。
「わーい、飲み会だー!」
「連日行き通しだな」
 喜ぶリュカとオリヴィエは今月に入ってもう何度も飲み会に参加している。そう、この間の忘年会などは――オリヴィエは思い出すのをやめた。あの忌まわしい記憶は心のガムテープで二重貼りにして封印した。今日こそは平穏な飲み会になると良い。

「勝利を祝してかんぱーい!」
「皆様お疲れ様でした」
 樹とエリアルが音頭をとると、子供達はジュースの入ったカップを鳴らし、大人達はちょっぴりスパイシーな赤ワインを揺らす。
「やあ、今日は凄い集まりでしたねぇ。まるで筋肉祭りだ」
「ふふ……綺麗なお花畑と川が……」
「大丈夫ですか? このスープでも飲んで落ち着きましょう」
 この顔ぶれと今日の敵。筋肉の話になってしまうのはもはや必然だった。
 明珠はこれから始まるであろう筋肉談義から気を逸らすよう、セレティアに目の前の料理を勧める。
 料理に興味のあった悠姫もそれをそっと口に運んだ。牛肉ミンチの包まれたプリプリの小さなパスタと野菜や肉をコトコト煮込んだ旨味のスープは、飲み込めばほうっと温かな吐息が出ていく。
「うん、美味い。良い店選んだな。有難う、須佐之男」
「聖夜な所為か、中々苦労したがな」
 それも運の悪さか。とは言え、ほぼ貸切状態の店を見つけられたのは、巨漢が三人もいるこの面子では幸いだった。
「……皆さんはどうしてこんな立派な筋肉をお持ちなのですか」
 セレティアとは対照的に、IDEAが身を乗り出す勢いで筋肉達に訊ねる。
「昔の事はあんまり覚えてねーけど、戦場で大剣を長いこと振り回してたからこんな体になったんじゃねーかな」
「懐かしいな。俺もだぜ。確かな記憶を無くしても、戦場のにおいは忘れねぇ」
「ほう。バルトロメイ君や五々六君も戦場で鍛えたクチか」
「あとは食事だな、俺は料理出来るし肉とか捌けるからよぉ。十分栄養とれてたんだろ、多分な。筋トレは今でも趣味だぞ」
「筋トレかぁ……俺も出来る限りで鍛えたら、少しは丈夫になれるかな」
 肝臓の丈夫さだけは彼らについていけるものの、虚弱体質のリュカが呟く。
「ふむ、軍隊式コマンドトレーニングなんかどうだろう? すぐに私の様になれるぞ!」
「へぇ、そいつァ興味あるな。どれだけ厳しく鍛えられるモンなんだ?」
「五々六君には軽い話かもしれんが、まずはだね……」
「はは……お兄さんはちょっとついて行けないかも……」
 つまみの生ハムやチーズの衣揚げなどが減っていくと、今度は塩漬けされた魚を塩抜きし、サクッと揚げたバッカラフリットが出てきた。大男達はそれを口に放り込みながらまたガブガブと酒を飲んでいく。
「私はジュースだけだけど、こうして皆で飲んでいると楽しいねえ」
「ははは、なーに、私が飲んでいるのもジュースみたいなものだ」
「違いねーな! こっちのワインも頼んでみるか」
「あははは」
 新しい料理に新しい酒がぱかぱかと開いていく。
 そしてデザートのパネットーネまで辿り着いた頃、エージェント達の前に突然サンタがプレゼントを持って現れた。
「……金獅、さん……?」
 ……正しくは、サンタの格好に着替えた仲間の一人だ。
「おう。メリークリスマス! これは一組一個なー」
「随分とお菓子の詰まったクリスマスブーツですね。どうされたんですか?」
 エリアルの問いに、にっと笑った金獅が答える。
「いいもん入った靴下もらうのがクリスマスなんだろ? って言ってもさっきそこで渡されたんだけどよ」
 配られたブーツには小さなカードが添えられている。それぞれのブーツに添えられているカードは別々であったが、全て広場から無事逃げた人達からのお礼の言葉であった。そんなプレゼントを、エージェント達が受け取らない訳もなく。
「おじさん、帰ったら一緒に食べましょう。わたし、あーんしてあげますから」
「……有難う」
「おう、ティアが正気になったら渡しておく」
「子供じゃない僕達まで貰っていいんですかね? 有難う御座います……ん」
 悠姫が手にしたカードには、ちょっぴり歪んだ子供らしい文字でこう書かれていた。
『僕達皆無事だったよ! ヒーローのお兄ちゃん、有難う御座う!』
「もしかして、あの時の子……かもしれんな」
「……だとしたら、嬉しいな」
 愚神と言う脅威を減らせたのならエージェントとしては大成功だろう。だけど、誰かを守る事も大切で、身近な脅威を減らす事も立派な務めだ。
 適切な対応で戦いながら常に一般人を避難させていた悠姫は、逃がして貰った人達とってはヒーローであったのかもしれない。
 不愉快なサンタも消えた、温かなクリスマス。夜が更けていっても筋肉達の話はますます盛り上がり、そうでない仲間達も楽しそうに和気藹々と笑っていた。
「川の向こうでまっちょが……」
 皆、和気藹々と笑っていた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • ヒーロー見参
    浪風悠姫aa1121

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • Analyst
    宇津木 明珠aa0086
    機械|20才|女性|防御
  • ワイルドファイター
    金獅aa0086hero001
    英雄|19才|男性|ドレ
  • 危険人物
    メイナードaa0655
    機械|46才|男性|防御
  • 筋肉好きだヨ!
    Alice:IDEAaa0655hero001
    英雄|9才|女性|ブレ
  • 雪中の魔術師
    如月樹aa1100
    人間|20才|女性|回避
  • エージェント
    エリアル・シルヴァaa1100hero001
    英雄|12才|?|ソフィ
  • ヒーロー見参
    浪風悠姫aa1121
    人間|20才|男性|攻撃
  • エージェント
    須佐之男aa1121hero001
    英雄|25才|男性|ジャ
  • エージェント
    獅子ヶ谷 七海aa1568
    人間|9才|女性|防御
  • エージェント
    五々六aa1568hero001
    英雄|42才|男性|ドレ
  • 黒の歴史を紡ぐ者
    セレティアaa1695
    人間|11才|女性|攻撃
  • 過保護な英雄
    バルトロメイaa1695hero001
    英雄|32才|男性|ドレ
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