本部

叶えられてはいけない願い

gene

形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
11人 / 4~12人
英雄
0人 / 0~0人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/12/26 19:03

掲示板

オープニング

●叶えられる願い
「おい! 平!」
 上司が男を呼ぶ。男の名前は「平」ではない。「大平」だ。
 大企業とまではいかないが、中の上くらいには位置する会社だから、平社員なんていっぱいいる。それでも、「平」と呼ばれているのは営業の成績が一番悪いこの男だけだった。
 彼は入社してもうすぐ三年になる。それでも、報告書の一枚もまともに作成することができず、営業の成績も最下位を継続し続けている。
 だからといって、暴言を吐かれてもいいわけではないし、もちろん、本人も居心地がすこぶる悪い。
 こんな会社、辞めてやる…… そう何度も思ったが、入社してすぐに彼女が身ごもり、できちゃった婚なんてしてしまったがために、退職の二文字を簡単に口にすることもできなくなっている。
 会社でも、プライベートでも失敗ばかりで、自分を鼓舞する元気はないが、上司の呼ぶ声を聞こえないふりをして、「営業行ってきます!」なんてその場をかわすことだけはできる。
 エレベーターに乗り込み、扉を閉めるボタンを連打する。
「あ〜! ついてない!」
 仕事のことも、早々に家庭を持ってしまったことも、『ついてない』の一言で男は片付けようとしていた。
 自分はついていないだけ。他のヤツよりもずっと運が悪いだけ。
 そんな風に思考を逃がしていると、すぐ後ろから声がした。
「人生をやり直したいのなら、手を貸しますよ?」
 自分しか乗っていないと思っていたエレベーターに他の声がして、大平は慌てて後ろを振り返った。
「お、おまえ、誰だ!? いつからそこに……」
 大平と似たような黒い鞄を持ち、帽子をかぶったスーツの男は、「最初から乗っていましたよ」とにこりと営業スマイルを浮かべた。
「ところで、あなた、人生をやり直したいのでしょう?」
 薄気味悪い男だと思いながらも、大平は「まぁな」と頷いた。
「それなら、私が叶えてあげますよ」
 こともなげにそう言った男に、大平は疑いの眼差しを向ける。
「そんなことできるわけないだろう?」
「できますよ。私なら。あなたの仕事も家庭もゼロにして、あなたの人生をやり直すお手伝いが」
 自信満々な男の態度に、大平は「それならやってみろよ」と、鼻で笑った。その言葉こそ、愚神がほしかった言質であることを知らずに。
「俺の人生を、やり直させてくれよ。できるものならな」
 一階のエントランスにつくと、大平は言い逃げするように自動ドアの外へ出る。
 目の前の交差点を信号無視で渡り、コンビニの日陰に入る。営業先へ向かう前にここでコーヒーを買うのが日課だった。
 しかし、今日は、コンビニに入る前に大平は会社の入っている高層ビルを見上げた。
 日の陰がやけに濃くなったような気がして。
「なんだ……?」
 ビルの上のほうが、雲がかかっているように見えた。その雲はどんどん大きくなり、ビルを飲み込んでいく。
「ど、どうなってんだ……?」
 その雲が異常なものであることはすぐにわかる。見る間に広がっていく雲は、あっという間にビル全体を飲み込んでしまった。
「これ、なんだよ……」
 すぐ近くまで立ち込めてきたそれは、雲を構成する霧だとわかる。
 会社が入っていたビルがあった霧の立ち込める場所を呆然と見ながらそう呟いた大平のすぐ後ろから、またあの声が聞こえた。
「ねぇ? 叶えることができたでしょう?」
 あまりの恐ろしさから、大平は後ろを振り返ることができない。
「見てくださいよ。真っ白ですよ……これで、あなたを苦しめてきたものがひとつ、なくなりました」
 帽子を目深にかぶった奥で、男の目はにたりと笑う。
「あなたの願いをひとつ叶えてさしあげたのですから、対価として、あなたの体をもらってもいいですよね?」
「ああ」と愚神は続けて言った。
「心配しないでください。もうひとつの願いも、ちゃんと叶えてさしあげますから」
 妻と二歳の息子の笑顔を思い出し、大平は叫んだ。
『や、やめろ!! やめてくれ!!』
 その叫びは声になっていなかった。
 自分の口を動かすことはできず、声を発することもできない。
『……どうなってるんだ?』
 頭のなかにだけ響く声。
 体は、自分の意志に反して、勝手に動き始める。
『おい、どこに行くつもりだよ!?』
「だから言ったでしょう?」と、自分の口が動いた。
「あなたの体は私がもらいます。そして、もうひとつのあなたの願いを叶えに行くんですよ」
 
「私は、マジメですからね。約束を破ったりはしません」

●H.O.P.E.
「街中にて高層ビルが霧状の従魔に飲み込まれた!」
 H.O.P.E.会議室に職員の声が響く。
「ビルの前にあるコンビニの店員によると、ひとりの会社員がビルが飲み込まれていくのを真っ青な顔で見つめていたが、その後、奇妙な独り言を言いながら立ち去ったとのことだ。おそらく、その人間に愚神が取り憑いたものと思われる」
 職員は資料を見ながら詳細な説明をはじめる。
「愚神が取り憑いたと思われる人間の名前は大平哲平、二十七歳。ビルを飲み込んだ霧状の従魔は、ビルの中にいる人間のライヴスを食らっている」
 会議室の扉が勢いよく開かれ、女性が飛び込んできた。
「ビルを沈めた愚神に動きがありました! 住宅街近くにあるドラッグストアをビルを飲み込んだのと同じ霧で包み込みました。その際、大平哲平と思われる男性が目撃されています。そのドラッグストアには大平の妻、大平素子が勤めていました」
 手元のタブレットを見ながら、女性は話を続ける。
「プリセンサーが感知したところによると、この愚神はこの後、大平の二歳の息子が預けられている保育園へ向かうとのことです」
「大平の家族を狙っているということか…… その理由まではわからないが、とにかく、至急、保育園へと向かってくれ!」

解説

●目的
・愚神が保育園に近づかないようにしてください。
・会社及びドラッグストアを取り込んでいる霧状の従魔を消滅させてください。
・大平を助けてください。

●登場
・愚神(ケントゥリオ級)一体
・霧状の従魔(ミーレス級)を自在に操ります。
・鞄にはそのサイズに見合わない長物をおさめています。

●場所と時間
時間:日中

●状況
・大平の会社及び大平の妻である素子がパート勤務しているドラッグストアは霧状の従魔に取り込まれてしまいました。
・次に、愚神は大平の子供を狙っています。
・愚神の目的はもちろん、大平自身ではなく、ライヴスを集めることです。
・戦いの場はエージェントの皆さんの判断に委ねますが、愚神が保育園へ到着した場合には霧状の従魔が放たれます。

リプレイ


「街中で厄介なのが現れたのぅ」
 クーと共鳴しているカグヤの言葉に、木霊・C・リュカ(aa0068)は頷く。
「あんまり、時間はかけられないね」
 ビルをすっぽりと覆う霧状の従魔を見上げて、英雄のオリヴィエと共鳴しているリュカも言う。
 空は晴れている。しかし、そんなこととは関係なく、高層ビルひとつをまるまると覆ってしまっている霧。
 それは非常に奇妙な光景だった。
 ガルーと共鳴し、青年の姿になっている紫 征四郎(aa0076)もぽつりと言葉をこぼす。
「……何事もなく終えられればいいのですが」
 それは、まるで予言めいた言葉だった。
「高層ビルでの救出作戦とは難儀じゃが、誰も殺させぬぞ」
 カグヤ・アトラクア(aa0535)はさっそくビルの管理会社や消防署へ連絡し、協力要請を行った。
 リュカはビル内との連絡を試みる。しかし、警備室も大平の会社も電話に出る者はいない。
「皆、倒れてしまっているのでしょうか……?」
 征四郎はリュカの後ろから霧のなかへ足を踏み入れる。
 ビルに近づくことによって、外観が把握できればと思ったリュカだったが、半径一メートルほどのところまでしか目視できないほど霧は濃かった。
 ビル内に入ると、霧の濃さはだいぶ薄れ、エントランス全体を見渡すことが可能になる。
「ここには誰もいないみたいだね……」
 リュカは人がいないのを確認して、スナイパーライフルを撃った。
「……変化なし、か」
 ライフルにより一部でも霧が消滅するということはなかった。
 案内板を確認すると、二階から四階には会議室等があり、五階より上の階に複数の会社が入っているのがわかった。大平の会社は十五階から十八階までとなっている。

 管理会社からビルの見取り図のデータを送ってもらったカグヤは、避難路の確認もかねて非常用通路からビルへ入った。
 二階の会議室を見てまわると、会議途中の状態で机に伏せている人々を見つける。
「大丈夫かの?」
 手近にいた男性の体をすこし揺らすと、彼は「ん……」とかすかに声を漏らした。
 しかし、意識を目覚めさせることはない。
「……この霧のせいじゃな……」
 カグヤがクリスタルファンで霧を吹き飛ばすように振るうと、風が起こったところだけ霧が消える。
「AGWが起こした風なら、効果はあるということかの……」
 水分のひとつひとつが従魔で、群体となって霧に見えるのか、核となる従魔が身体を霧状にのばしているのか、もしくは、この霧は従魔の攻撃手段なのか…… カグヤは思考を巡らし、くふふと笑う。
「技術解明は楽しいのぅ。その身、解剖してやるので、すべてさらけ出すのじゃ」

 その頃、征四郎は五階から救助をはじめていた。フロアごとの人数が多く、さらに皆、気を失っていることに不安を覚える。
 しかし、考えている暇があったらまず行動しようと、床に倒れていた女性を抱えて、階段でエントランスまで降り、外へ出て、霧がないところまで出る。
 そこまで来ると、女性は意識を取り戻す。
「……私、どうして……」
「気がつきましたか?」
「あなたは……?」
「征四郎はエージェントなのです。あなた達を助けに来ました」
「助けに?」
「はい。何も覚えていませんか?」
「えっと……なにか、霧のようなものが室内に入ってきて……みんなで何だろうって話している間に、どんどん霧が濃くなって……」
「霧が薄かった間は、意識があったんですか?」
「ええ」と女性が頷いたのを見て、征四郎は再びビルのなかへ入っていった。
 完全に消滅させるには時間がかかる。しかし、薄めるだけなら…… 征四郎はリュカとカグヤに同時通話が可能なアプリを使って電話をかけた。
「ビル内部の霧を薄めたいのですが」
『霧を切り裂くことはできないようじゃが、AGWで起こした風なら有効なようじゃ』
 カグヤの言葉に征四郎はブラッディランスを手に持ち、できるだけ風が起きるように、大きく振り回した。


「ッくそ!」
 レイ(aa0632)は保育園へ向かいながら苛立っていた。
「何で、よりによってこんな時に重体……」
 先の戦闘で負った傷には、まだ包帯が巻かれている。一般人だったら、ベッドから起き上がることさえもできなかったはずだ。それが傷を負ってから数日で走ることができているのだから、流石である。
 大平の子供と、そして同じ保育園に通う子供達を守るために、レイは保育園へ向かって全力で走る。

「大平哲平さん……」
 野乃と共鳴している三ッ也 槻右(aa1163)は目的の男を見つけると、その前に回り込んだ。
「その身体に取り憑いた、愚神……ですね?」
 一般の人間とは違う、妙な空気を身に纏う男はニィーっとゆっくり口角を上げた。
 カトレヤ シェーン(aa0218)がH.O.P.E.から送ってもらった写真と見比べてみても、大平が大平ではないことがわかる。
「あなた達が……噂のホープ、ですか」
 大平の身体をコントロールする愚神は槻右を先頭にして構える荒木 拓海(aa1049)や赤城 龍哉(aa0090)、九字原 昂(aa0919)、そしてカトレヤへ視線を向けて楽しげに笑う。エージェント達は全員がすでに共鳴状態である。
「期待していたんですよ。あなた達が来るのを」
「それなら、さっそく倒させてもらうよ!」
 拓海が愚神へとアロンダイトを振るった。
 避けると思っていた愚神は、書類程度しか入らなそうなビジネスバッグからすらりと長い日本刀を取り出し、拓海の剣を受け止める。
「……スーツに日本刀……悪趣味だな」
「そうですか?」と、愚神は笑みを崩さない。
「私はなかなか気に入っていますよ」
 一旦、力任せに愚神を押しやると、拓海は走り出した。
 囮となって川沿いの公園へ愚神を導いた拓海は、公園に人がいないことを確認すると、その場で足を止めた。


「アォフ ロォダーン フランメ!」
 キュベレーと共鳴している言峰 estrela(aa0526)は、魔法書を手に持ち、力強く唱えた。すると、火の玉が生まれる。
 火の玉がドラッグストアを覆う霧に接触すると、その炎により大量の霧が消えた。
 次に、言峰は死者の書を取り出す。
「アォス シュテルベン ヴィント!」
 死の風が渦巻き、霧を吹き飛ばす。
 確実に霧を消滅させているが、一度に全ての霧を消滅させることはできない。
「ふぅん? ミーレスと聞いてたけれど、なかなかしぶといのね?」
「AGWを使用して作った炎も効果あり……」
 カグヤからAGWが生み出した風が有効という情報を得ていた榛名 縁(aa1575)は、炎も有効であるという情報を返す。
「効果のある方法はわかったことだし、まずは、なかの人達を救助しようか?」
 縁の提案に言峰は頷く。
(なぜ、彼が憑依されたのか……悩みや弱みに付け入るのが愚神の常套手段だけど……)
 店に入り、倒れている人達の救助を進めながら縁は考える。
(一番近しい人に話を聞くことで真相に近づけるかもだし、知ることで彼の心を救えるかも)
 幸いにも、ドラッグストアのなかにいた人数はそう多くなく、二十分ほどで救助できた。
 H.O.P.E.からメールで送られてきた写真と照らし合わせ、縁は大平の妻を見つける。
 言峰が呼んだ救急隊が容態を診ているところだった。
「すみません……」と、縁は素子に話しかける。
「僕、エージェントの……」
 そこまで言ったところで、素子はふいっと顔をそらした。
「夫のことなら……お話しできることはなにもありません」
「これは、大平さんの意思じゃないんです。愚神が……」
「同じことです」
 素子の強く、きっぱりした声に縁は驚く。
「彼が、私と息子から逃げたがっていたのは知っています。その逃げたい思いが、私を消したいという意志になっただけ……たとえ、それが愚神がやったことだとしても、同じことです」
「違う」と否定しようとした縁の話も聞かず、素子は聞いた。
「それより、息子は無事ですか? 私と同じ目に遭わされてたりしませんか?」
「……大丈夫です。僕の仲間が、確実に守ってくれますから」
「そうですか……ありがとうございます」
 素子は、深々と頭を下げる。
 救急隊は彼女を救急車に乗せた。
「聞かなくてよかったの?」
 言峰の言葉に縁はなにも言えずに、素子が乗った救急車を見送った。
「まぁ、あの状態じゃ聞けないか……」
 言峰は本格的に従魔の退治に取りかかった。


 ビルでの救出作業は対象者が多い分、時間も手間もかかっていた。けれど、一時的に避難できる部屋を確保するというカグヤのアイデアと、霧を薄めるという征四郎の提案が功を成し、救出作業は順調に進められていた。
 大平が勤務していた会社での救出作業中、リュカは営業部があるフロアの中央に大きく張り出された営業成績がわかる表を目にした。
 グラフ化されたそれは、大平の成績が平均を大きく下回り、最下位であることを示していた。
「……彼は、どういう気持ちで毎日通勤していたのだろう?」


「知的ぶってやることが質の悪い詐欺とか、上位の愚神はこんなんばっかりか」
 龍哉の言葉に愚神はふふっと笑い声を漏らした。
「詐欺ですか? そうかもしれませんね。しかし、美味しすぎる話に気をつけることもせずに、うかうか乗ってしまうあたり、人間というのはほとほと愚かな生き物ですね」
 余裕を見せる愚神に、昴は側面から毒刃で斬りかかる。愚神はその刃をかわしたが、完全にはかわしきれずに、スーツが切れた。
 愚神が昴の背後をとったのを見て、カトレヤが昴にパワードーピングをかける。
 愚神が振り下ろした刀をシルフィードで受け止め、払う。
「さっさとそいつの中から出て行ってもらおうか?」
 愚神の背後から龍哉が大剣のクリスタロスを振るうと、愚神はその剣先を避け、危うく、それは昴にあたりそうになる。
「……速い」
 大平の多少ぽっちゃりしたようなその身体を、愚神は驚くほど素早く動かした。
 エージェント達は愚神の動きを止めるために攻撃をしかける。
「絶対に、大平さんを返してもらいます!」
 愚神に接近し、槻右は弧月を真一文字に振るうが、愚神の刀に弾き返される。次の瞬間にできたがら空きの胴へ、拓海がストレートブロウをぶつけた。
 吹き飛んだ愚神の間合いに、昴が入り込む。
「喉元いただき……」
 昴は愚神の首を薙ぐようにシルフィードを振るうが、愚神はそれを避ける。
 しかし、その刃を愚神が避けるであろうことは予想済みで、昴はにっと笑う。
「なんてね!」
 シルフィードから手を離すと、その瞬間、昴は両手を打ち鳴らし猫騙しを使おうとする……だが、その両手が打ち鳴らされることはなかった。
 シルフィードから手を離したほんの一瞬の隙をついて、愚神の日本刀が昴の脇腹を貫いた。
「あなた達も仰ったじゃないですか?」と、愚神は笑う。
「私のことを、詐欺師だと……騙しのプロをお利口なあなた達が騙せるわけないですよね?」
 機嫌良く微笑む愚神が刀を引き抜くと、昴の血が飛び散った。
「っ……しっかりしろ!!」
 カトレヤが昴に駆け寄り、クリアレイをかける。しかし、脇腹から斜めに入った刃は内蔵も背骨も傷つけていたため、なかなか傷は塞がらない。
 昴が苦痛にその顔を歪める。
「いいですね。その表情……私の大好物ですよ」
「知ってますか?」と、愚神は饒舌に話す。
「他者の苦しみを楽しむためには、死なせることはもちろん、意識を失わせるほどの傷を負わせるのもいけません。ギリギリ……意識を保つ痛み、ギリギリのところを狙うのです」
 愚神は刀を濡らした昴の血を恍惚の表情で見つめる。


「さぁ……次は、誰が楽しませてくれるのでしょう?」
「舐めるなよ……」
 龍哉が拳を振るわせる。
「俺達が戦ったトリプヌス級と比べりゃ、お前程度どうってこたぁねぇぜ!」
 その龍哉の言葉に、愚神は興味を示した。
「ほぉ……トリプヌス級というのは、たしか、あなた達が決めた我々愚神のレベルのなかで、私よりすこし上の存在……それで、あなた達はその愚神ひとりに、何人で挑んだのですか?」
 龍哉は唇を噛み、愚神を睨む。
「同じ人数いたなら、もしかすると、私など瞬殺だったかもしれませんね」
 この状況を心の底から楽しんでいる愚神に、拓海は焦る。
「あいつを止めないと……」
 アロンダイトで斬り掛かった拓海は、愚神の動きを止めるため……そして、大平を助けるために呼び掛ける。
「大平さん! 苦しんでたんですよね!? だから、愚神なんかの話に乗ってしまったんですよね!?」
 リュカから送られてきた情報を思い出す。平均を大きく下回る営業成績……そんな彼に、上司や仲間達はどう接していたのだろう?
 営業成績が悪い自分をそれでよしと思っている人間などいないだろう…… 彼自身、どんな思いで毎日を過ごしていたのだろう?
 キンッ! と、ぶつかり合った刃が鳴る。
「大平さん。まさか、諦めてます?」
 弧月で拓海に加勢しながら、槻右は大平に怒りをぶつける。
「もしくは、H.O.P.E.がなんとかしてくれるとか……ふざけるなですよ?」
 ニィっと愚神は大平の口角を持ち上げる。
 槻右は真っ直ぐに大平へ語りかける。
「煩わしいとかは、平和だから言える甘えです! 同じように甘えまくって、全部なくしてから気づいた大馬鹿者からの忠告です」
 槻右は拓海に目で合図を送り、拓海が後ろへ飛び退いた瞬間、愚神へハングドマンを放った。
「守れるのは常に、今だけです! まだ守れるのに、あんたが止めないでどうするっ!」
 一瞬、大平の顔が写真と同じものに戻ったように見える。
 そして、愚神の動きが一瞬止まり、その身体にハングドマンの鋼線が絡み付く。
「……」
 動きを止められたまま、愚神……大平はまだ完全に意識を取り戻せないのか、呆然としたままその場に突っ立っている。
「人に弱い部分を見せる……悩んだ時、先に進むために相談するのは恥なんかじゃない。あなたを思ってくれる人に、すこしでもいいから伝えませんか?」
 拓海は大平自身を取り戻すために、語りかけ続ける。
「疲れてる時に聞く言葉は全部キツく感じるけど……その中に、あなたへの応援も入ってると思うから、それがわかれば、あなたはもっと強くなれると思うから……」
 だから、どうか…… と、拓海は願いをかける。
「守るべき人を思い出してください。そして、その人達が貴方を守ってくれてただろうことに気づいてほしいです」
 縁が知らせてくれた大平の妻のことを思い出す。きっと、お互いがお互いを必要としていたからこそ、不平不満を抱えながらも一緒にいたのではないか……。
「だから」と、拓海の口から強い願いがこぼれ落ちる。
「愚神をあなたの中から追い出してください!」


 拓海の言葉を合図に、龍哉がオーガドライブを仕掛けるために走り出した一瞬、呆然としていた大平の口が笑みの形になった。
 それは、この戦いの間、ずっと見ていた愚神のものだった。
 大平の意志が愚神をおさえているように見えていたけれど…… この一瞬、それはすべて愚神の罠だったのだと気づかされる。
 愚神の腕が動き、その刀がハングドマンを切り裂こうとする。その先の自分の命運を、龍哉は知ったような気がした。
 ニィーっと高く持ち上がる愚神の口角。
 しかし、次の瞬間、愚神の前に園児達の避難を終えて駆けつけたレイが飛び込んだ。
 そして、消火器を顔へ噴射させ、愚神がハングドマンを切り裂くのを止めると、一言だけ大平に残した。
「アンタの子供、アンタの写真見て、笑ってたぜ。すげー可愛い笑顔で」
 レイが後ろに飛び退くのと、龍哉のオーガドライブが愚神に命中するのはほんのコンマ数秒差だった。
 オーガドライブを真っ正面から受けた愚神は、その場に片膝をついた。
 それでも、その顔には余裕がある。
「これくらいで、私が倒されるわけないですよね?」
 オーガドライブの衝撃により、ハングドマンは外れている。
 自由に動ける体を動かして立ち上がろうとした愚神だったが、その体が思うように動かないことに気づいた。
『あんたの……思うとおりになんて、させない……』
 愚神の頭の中に声が響いた。
『あんたを追い出すことができなくても……俺が、俺を止めることなら、できる!』
 大平が、自分が手に持つ刀を自分自身へと向ける。そして、自分の首へ刃をあて、自ら切り裂こうとした瞬間、愚神はその体から離れた。
「っ!」
 そして、大平は……間一髪のところで昴が放った縫止により、動きを止めた。
 カトレヤのクリアレイにより少しずつ回復していた昴だったが、縫止を放ったことにより傷口が開き、再びその場に倒れることとなった。
 ふふふっと笑い声が聞こえる。
「やはり、人間とは愚かな生き物ですね」
 本来の姿を現した愚神は、帽子を目深にかぶり、口許を笑みの形に作り上げる。
「しかし、楽しませていただいたお礼に、今日のところは身を引きましょう」
 そう言うと、愚神はいつの間にか大平の手から回収した刀を鞄に戻し、帽子の角度を整えて、くるりと踵を返すと歩きだした。
「おいっ! 待て!」
 龍哉が追いかけようとするのを、カトレヤが止める。
「必ず……またあいつとやり合わなきゃいけないときがくる。それまで、力を蓄えよう」
 気を失った大平を救助し、エージェント達の戦いは一旦、終止符を打った。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • エージェント
    言峰 estrelaaa0526
  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
  • 拓海の嫁///
    三ッ也 槻右aa1163

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • エンプレス・ルージュ
    カトレヤ シェーンaa0218
    機械|27才|女性|生命
  • エージェント
    言峰 estrelaaa0526
    人間|14才|女性|回避
  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
    機械|24才|女性|生命
  • Sound Holic
    レイaa0632
    人間|20才|男性|回避

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 拓海の嫁///
    三ッ也 槻右aa1163
    機械|22才|男性|回避
  • 水鏡
    榛名 縁aa1575
    人間|20才|男性|生命
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