本部

古代ローマ戦士と戦車レースinパリ

中臣 悠月

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~12人
英雄
8人 / 0~12人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/12/17 20:14

掲示板

オープニング

●闘いを求める古代戦士
「誰ぞ我と闘うものはおらぬか!?」
 その凜とした声は、突然、パリの町中に響いた。
 パリの町にはありふれた円形交差点。
 その中央に突如として現れたのは、古代ローマ時代からタイムスリップして来たかのような戦士である。
 チャリオットと呼ばれる2頭立ての戦車に乗って、ムチを振るい、次々と交差点を走る車たちを追い越して行く。
 交差点にクラクションが鳴り響いた。

 騒ぎを聞きつけ、円形交差点に警官たちが駆けつける。
「これは、やはり愚神か従魔ではないですか?」
 若い制服警官の声に、他の警官たちも頷く。
 たまたまその中にいた能力者の私服刑事が、対愚神兵器「AGW」を使用して攻撃を試みた。
「何をするか!?」
 手綱を引いて戦車を止め、振り向いた戦士が刑事に怒鳴りつける。
「我が所望するのは、戦車による闘いよ! 戦車同士でその速さと強さを競い合う闘いを望んでおるのだ! 我を任す強者がおるなら、我も黙ってこの場から離れよう」
 いつの間にか、盾を構えた歩兵たちがその戦車を囲んでいる。
 制服警官が歩兵に向けて発砲した。
 しかし、ライヴスを纏わぬその銃弾は、小石ほどのダメージもその歩兵に与えることはできなかった。歩兵もまた、愚神か従魔なのである。
「刑事、憲兵隊を呼んでこの場を収拾しますか?」
 制服警官は、私服の刑事に尋ねる。
 パリの日中、普段から交通量の多いその円形交差点は、突然現れた謎の戦士たちにより大渋滞を起こしていた。クラクションは止むことなく鳴り響き、怒声も聞こえてくる。
「いや、憲兵隊ではなく、H.O.P.E.に連絡すべきだろう。憲兵隊を呼んでも、能力者が私だけではこの事態を収められるとは思えない」
 能力者の私服刑事の返答に、制服警官は頷き、無線を取った。
「こちら、パリ市警。H.O.P.Eへ緊急の応援を要請したい」

●戦車競走?
 H.O.P.E.では、至急集められたエージェントたちに依頼の概要が説明されていた。
 ホログラムによって、円形交差点に現れた古代の戦車と戦士たちが映し出される。
「今回の依頼は、この古代ローマ風の戦車と戦士たちの討伐ではありますが、通常の討伐依頼とは少し異なる点があります。この戦車に乗った戦士が要求しているのは、あくまでも戦車競争であり、そのレースに負ければこの場を去ると明言しているのです」
「……了解だ、では殲滅せずに、……速さのみを競えばよいと言うことか?……」
 エージェントの一人であるヴィクター・ライト(az0022)が、H.O.P.E.職員に尋ねる。
「この戦士の言葉を信じれば、そういうことになりますが……」
 そう答える若いH.O.P.E.職員の後ろから、白髪交じりの年配の職員が口を挟む。
「古い映画だから、皆知らぬかな。『ベン・ハー』という古代ローマを舞台にした映画で、当時の戦車競走が再現されているシーンがある。戦車の車輪に、他の戦車を傷つける武器のようなものを細工していたり、ムチで他の戦士の邪魔をしたり、あれはただのレースとは違う。横転した戦車から放り出され大怪我をする者もいれば、御者台から放り出された後も馬に引きずられ続け命を落とす者もいる。レースという名の戦争のようなものよ。人同士の闘いでさえそうだったのだから、それを真似たことをしたがる愚神だか従魔だかも、言葉通りスピードだけを競うつもりは始めからないであろう」
 エージェントたちは、年配の職員の言葉を聞いてざわめく。
「では、最初からレースをせず戦っても?」
「その辺りは君たちの作戦に任せようと思う。ただ、戦闘をするにしてもレースをするにしても、現在の円形交差点には一般車が多すぎる。一般市民を巻き添えにするわけにはいかないから、まずはヤツらをどこか広い空間に誘導しなければならない。幸いセーヌ沿いには競馬場も公園もあることだし、まずは市民のいない場所までヤツらをおびき出してから、戦って欲しい。レースをするのであれば、君たちがヤツを誘導している間に、H.O.P.E.で戦車は急いで仕立てよう。また、馬の種類も君たちの望みのものを集められるようにしておく。まずは、市民のいない場所までヤツらを誘導してこの騒ぎを収めてほしい」
 エージェントたちは頷いた。

 ヴィクターの英雄である青柳沙羅(az0022hero001)は、タロットカードの束から「戦車」のカードを引き、しげしげと眺めている。
「まさか、これの本物をこの目で見ることができようとは思ってもみなかったぞ。いや、……本物ではないか。おそらく、このパリの地下に眠るローマ時代の遺物を依り代にした従魔辺りが偽の戦士を名乗っているだけだ」
 沙羅は笑む。
「最終的な勝利はヴィクターちゃんたちが掴む。前向きに進むぞ」

解説

●目標
 円形交差点から従魔をおびき出し戦車競走で勝利する。あるいは従魔を殲滅する。

●登場
デクリオ級従魔 チャリオット
 パリの地下にはローマの古代遺跡がある。その遺跡の戦車を依り代とした従魔。
 2頭立ての戦車で、戦車競走で勝てば消えると言っているが真実かどうかは不明。武器になりそうなものは、ムチと剣。ただし、戦車自体に他の戦車を攻撃する何かを仕込んでいる可能性もある。兜と鎧を身につけている。

ミーレス級従魔 ローマ歩兵×10
 盾と剣、兜と鎧を身につけている。チャリオットを守っているようだ。今のところ、市民に攻撃は加えていないため物理攻撃や魔法攻撃がどの程度のものか不明。

●時間
 日中。天気は晴天。

●場所
 パリ市街西部、セーヌ川に近い円形交差点。パリ中心部から西に5km進めば、846万平方メートルの森林公園、その中に競馬場もある。円形交差点は、ふだんから交通量が多く、従魔により渋滞が起きている。速やかに従魔たちを交差点から遠ざけ、一般市民に何らかの被害が及ばないようにしたい。
 競馬場は、右回りの芝コース。大外回り1周2750m、中回り1周2500m、小回り1周2150m、第3コーナーのポケットからのコースは1400m、直線コースは1000mメートル。戦車競走をどのコースにするかは従魔との交渉次第。向こう正面のコースは中間から第3コーナーまでゆったりとした上り坂、その後ゆったりとした下り坂。大外回りコースは最大でも10mの高低差。中回りコース、大回りコースのみ第4コーナーまで最大650mの疑似直線である。直線コースはゴールまで平坦なコースが続く。

●乗り物
 戦車競走をする場合は、H.O.P.E.に依頼する馬の品種を指定して下さい。実在する競走馬の名前ではなく、「葦毛のサラブレッドを2頭」「鹿毛のアラブ種と栗毛のクォーターホース種」といったように馬種と色をプレイングに記載してください。

リプレイ

●闘いを求める古代戦士
「誰ぞ我と闘うものはおらぬか!?」
 クラクションが鳴り響く、パリの円形交差点。渋滞の原因は、古代ローマ戦士のような姿でチャリオットに乗った従魔である。
「警察はどこだ? さっさと交通整理してくれよ!」
 市民たちもさすがに怒りの声を上げ始めていた。その怒声と混乱の中心に、緊急招集を受けたH.O.P.E.のエージェントたちが分け入って行く。
「Hey、そこの御者(アウリガエ)!」
 荒々しい戦士に脅えることもなく近寄って行く金髪の美女は、カトレヤ シェーン(aa0218)。既に、英雄である王 紅花(aa0218hero001)との共鳴を済ませ、カトレヤの肉体のうち機械の部分だけが紅花のものと入れ替わっている。また、髪には真紅の一房が混じっていた。
 従魔は、一瞬カトレヤの方をチラリと見たが、先ほどと同じ台詞を繰り返すだけだった。
「誰ぞ我と闘うものはおらぬか!?」
 カトレヤの後ろに続く赤城 龍哉(aa0090)は、英雄のヴァルトラウテ(aa0090hero001)に話しかける。
「従魔の割に随分と偉そうな物言いだな」
 古流武術・赤城波濤流の師範代として鍛え抜いた肉体を持つ龍哉だが、その隣に立つヴァルトラウテもまた、鎧に身を包み戦乙女という名にふさわしい美女である。
「おそらく憑依した遺物の情報をなぞっているのですわ」
「愚神みたいにアドリブを返してくる訳じゃないってことか」
 同じ台詞を繰り返す従魔に、龍哉は叫んだ。
「戦いが望みならば来るがいい。お前が望む速さと強さを競う戦いが待っているぜ!」
 大見得を切った龍哉とヴァルトラウテは、万が一の攻撃に備え共鳴する。龍哉の前髪が一房銀色に染まった。
「俺についてきな、戦車競争をするに相応しい場所で強敵が貴公を待ってるぜ!」
 カトレヤも、龍哉に続いて従魔に叫ぶ。戦車競走という言葉に反応してか、従魔はカトレヤに視線を向けた。
 英雄ベルフ(aa0919hero001)とのリンクを済ませた九字原 昂(aa0919)も、従魔の前に向かって行く。
「ただし、条件があります。こちらが指定する競技場へ大人しく移動し、その道程で市民に危険を及ぼさないこと」
 丁寧だが、昴の口調は有無を言わせぬ厳しさを持っている。エージェントたちの言葉に興味を引かれたのか、戦士は初めて違う台詞を口にした。
「いいだろう。戦車で俺に勝てるつもりでいるのか」
 従魔がやる気を見せたところで、浪風悠姫(aa1121)が手を挙げ誘導する。
「さぁ、こっちに着いて来てください!」
 肩より長い黒髪を後ろでひとつに束ねた中性的な顔立ち。名前も女性のようだが、悠姫と書いて「ユウジ」と読む。れっきとした男性である。
 悠姫は、あらかじめパリ市警に警備を頼んである道へと従魔を誘い込む。そこには、既に何台ものパトカーが待機している。この交差点から5kmほど西に進むと、世界的に有名な競馬場があり、そこに従魔を導く手はずだ。
 この間に、龍哉、昴、カトレヤはH.O.P.E.の車輌で競馬場に先回りする。カトレヤは離脱する前に、ヴィクター・ライト (az0022)に声をかけた。
「ヴィクター、その歩兵たちの監視、頼んだぜ!」
「……了解」
 ヴィクターは無表情のままカトレヤに頷く。
 とはいえ、刑事とヴィクターだけでは何かあったときに危険なため、悠姫が英雄の須佐之男(aa1121hero001)と共に従魔の見張りにつくことになっている。二人は、近くのパトカーに素早く乗り込んだ。
 パトカーは従魔が警戒して逃げ出さないよう、サイレンは鳴らさず、従魔の前後左右を挟む。そして、ゆっくりと徐行運転を始めた。周囲には数メートルおきに制服警官が配備され、無線で連絡を取り合っているのが車窓から見える。
 悠姫は併走する従魔に目をやる。その周囲には、ヴィクターが監視する古代ローマ風の歩兵たちも大人しく従っている。従魔は愚神のように自我を持たない。周囲のパトカーに何の疑問も持たない様子で、そのまま競馬場へのんびりと誘導されていった。

●戦車の準備
 それより少し前に時間は遡る。
 緊急招集され作戦の概要を聞かされたエージェントたちは、H.O.P.E.職員にレースで使いたい馬種の希望を各自出してから、誘導組以外のエージェントは競馬場へ、誘導組は円形交差点へと向かった。
 フランスは、現在も競馬だけでなく繋駕速歩競走と呼ばれる二輪馬車による競技が盛んな国である。そのため、戦車に当たる部分は繋駕速歩競走で使用されている車をH.O.P.E.の最新技術を使って改造することにした。
 改造に注文を出すエージェントもいる。荒木 拓海(aa1049)の英雄であるメリッサ インガルズ(aa1049hero001)は、職員に
「ショートボウを戦車に取り付けることは可能でしょうか?」
と質問する。黙っていれば華奢で大人しそうな女の子にしか見えないメリッサだが、その口からはどんどん物騒な言葉が飛び出して来る。
「矢は、チャリオットの車軸を破壊できるぐらい丈夫な鉄の棒を使いたいんです」
 メリッサは、元いた世界では傭兵として働いていたのだ。
「それぐらいなら大丈夫だと思います」
 H.O.P.E.の技術担当の職員が、笑顔で答える。
「馬が到着しましたので、厩舎の方に来てください!」
 他の職員がエージェントたちを呼びにやって来る。
 その声に、興奮して目を輝かせているのは、努々 キミカ(aa0002)の英雄、ネイク・ベイオウーフ(aa0002hero001)である。
「戦車! 神話の時代より多くの英雄が座し、御者が鞭打つ音と共に雑兵どもを蹴散らしてきた多頭の要塞!」
 鎧を着込んだガッチリとした体躯、いかにも中世のナイトといったイメージのネイクは興奮気味にまくしたてる。
 一方、外見はネイクと真逆、小柄で華奢で、メガネをかけたキミカであるが、ネイクに負けず劣らず戦車への愛を語り始める。
「ああ、戦車競走! 唸る双輪と立ち込める砂埃がギリシャやローマの市民を沸かせた、原初のモータースポーツ!」
 意外なことにこの二人、根っこの部分は似た者同士なのである。
 同じく厩舎に向かう晴海 嘉久也(aa0780)と英雄のエスティア ヘレスティス(aa0780hero001)のコンビは、落ち着いたものである。都内に「晴海探偵事務所」を構える探偵の嘉久也。エスティアはその事務所の唯一の従業員でもある。
「従魔は、古代ローマの戦士と名乗っているそうですけれど、この世界のローマ帝国とは関係ないのですよね」
と、上品に語るエスティア。
「文明的には、異世界から来たものでも少しばかりそのお芝居に付き合ってあげましょう。ただ、やるならそれなりに本気です」
と、こちらも育ちの良さの伺える上品な話し方で答える嘉久也。忍者の末裔と噂される旧家に生まれた嘉久也は、小さい頃から自宅の道場で武術を叩き込まれている。
 その後ろに続く、メリッサは拓海に問いかける。
「ねぇ、拓海は乗馬は出来るの?」
「500m離れていたお隣さん……が、牛と馬を飼ってて、そこで乗ったかなって程度。レースの経験は無いな」
 拓海は幼い頃、両親と共に田舎で自給自足生活を送っていたのである。拓海の答えを聞いて、メリッサの緑の瞳が生き生きと輝く。
「なら、今回は初めから私が行くわね。向こうの世界で、いつも私と行動し、守ってくれた可愛い相棒……馬が居た気がするの」
 メリッサには、過去のはっきりとした記憶がない。
「では、リサの相棒を選びに行こう♪」
 おどけたように言う拓海に、
「違う! 私じゃなくて、私達の相棒よ(笑)」
とメリッサは訂正した。

 馬は、希望した馬種が数頭ずつ揃えられていた。フランスの繋駕速歩競走に使われる競走馬の最大のトレーニングセンターは、残念ながらパリから車で3~4時間の距離にある。従魔がいつ暴れ出すかわからない状況を鑑み、今回はパリから車で約1時間の距離にある通常の競馬に出場する競走馬の世界最大級のトレーニングセンターから様々な種類の馬が集められた。
 厩舎に馬首を並べた馬たちと、エージェントたちは対面する。
 早々に馬を決めてコースに出て行くのは、嘉久也とエスティアである。調整の手間を減らすため現役の繋駕速歩競走馬を頼んでおいたのだ。馬はスタンダードブレッド。速歩が得意なため繋駕速歩競走馬に使用されることが多く、サラブレッドよりも頑丈な身体と強い心肺機能を持つ。
 馬に付いて来た調教師にハミや頭絡などの基本的な馬具の他、シャドーロールも付けるように頼むと、嘉久也とエスティアは早速リンクする。嘉久也はもともと190cmという長身であるが、リンクしたことで鋼の様に鍛え上げられた2mの肉体へと変化する。髪も瞳も燃えるような赤だ。
「実戦で走っている馬だ。多少ルールは異なれど、経験の少ない我が駆っても何とかなるか?」
「サラブレッドほど気性が荒くはないので、初めてでも扱いやすいかと……」
「とはいえ、レースの前に実際のコースで練習をしておきたい。また、万が一のことを考え、馬をパドックに逃がす練習もしたいたのだが、我に付き合ってもらえるだろうか?」
 馬を引く調教師と共に、嘉久也はコースへと出て行った。
 拓海とメリッサが頼んでおいたのは、ハノーバー。馬車を引くパワーも持つ中間種である。サラブレッドの血も入っているため、機敏な動きも得意で馬術競技に使われることが多い馬だ。
 メリッサは馬に近付くと、
「骨格と筋肉の付き方だけでなく、やはり乗り手との相性が大切だと思うの。穏やかそうでも意思が強そうな瞳の子がいいんだけど……」
と、1頭ずつ頭を撫でながら筋肉の張りや性格を確認していく。
「ん、貴方と貴方にするわ、私達に力を貸して、ね」
 メリッサは、鹿毛と栗毛の2頭を選んだ。馬も応えるようにメリッサを見つめていた。
 そして、キミカとネイクが選んだのは、二人の趣味にぴったりの軍馬である。イン側に柔軟で頑健、18世紀の半ばまで軍馬として活躍した白いリピッツァナー、アウト側に速度と持久力を兼ね揃えリピッツァナーに対抗する軍馬としてプロイセンで育成された黒いトラケナー。
「うむ、騎兵の時代に世界最高の軍馬として双璧を成したこの二頭なら、英雄の乗る戦車を牽引する馬としてふさわしいはずだ」
とネイクが言えば、
「ここ一番で勝負強さを見せて、きっとスタンドにいる多くの観客たちを歓喜の渦に巻き込んでくれるはず!」
とうっとりその様を妄想するキミカ。やはり似た者同士の二人である。しかし、今回はスタンド席が解放されていないのは言うまでもない。

●戦車レース開幕
 しばらくして、チャリオットに宣戦布告した龍哉、カトレヤ、昴たちが、従魔より一足先に競馬場へと辿り着いた。
「言われた通り内回り2150mのコースを使えるよう準備しておきましたよ。パトカーに先導してもらってコースに入ったらあのモービルスターティングゲートに誘導させます」
「ありがとう、助かるぜ!」
 カトレヤは年配のH.O.P.E.職員に礼を言いながらゲートに目をやる。自動車にゲートが付けられ、その後ろを走りながら発馬準備を行うという、繋駕速歩競走では一般的なゲートだ。
「それに、ヘッドセットタイプの無線機も用意してあります。レース中も全員と連絡が取れますよ」
 カトレヤは再びH.O.P.E.職員の配慮に心から感謝した。
 競馬場に到着した龍哉は、戦車の改造の出来を確認に行った。龍哉の指示通り、車輪部分に丸いシールドが取り付けられている。幅寄せや体当たりされた事態を想定した防御策である。
「これならバッチリだ、ありがとう! さぁて、やるぞヴァル」
と、H.O.P.E.の技術職員に礼を言いつつ、レースに向けやる気を見せる龍哉に対し
「とはいえ、油断は禁物ですわよ」
とヴァルトラウテは冷静に答えた。
 昴は頼んでおいた馬のところへと向かった。栗毛のハクニーの二頭立てで臨む予定である。剛健で持久力があり、馬車を引いてもスピードが落ちないことから、現在でも4頭立ての総合馬車競技で活躍する中間種である。
「一応聞いておきたいんだけど、ベルフは戦車って扱える?」
「一応聞いておくが、俺がそんなことできるように見えるか?」
 一瞬、とまどうような沈黙が流れる。
「いつもと同じ、まずは機先を制するんだ。後の先なんて器用なこと、昂にはまだ早い」
 とはいえ、ベルフは元々名うての密偵かつ暗殺者だったらしい。きっと、いつものように戦闘になれば普段の頼りないヒモ状態から豹変し、何らかの役に立ってくれるはずだ、と昴は思い直す。それが戦車競技にどう繋がるかわからないが。

 続いて到着したのは、悠姫、須佐之男だ。戦車での闘いができるとわかった従魔は、暴れることもなくパトカーに従い競馬場までの道をチャリオットで走った。レースに参加する予定の悠姫たちは、競馬場が近付いたところで誘導と警備をヴィクターたちに託し、競馬場へと向かった。
 天原 一真(aa0188)も、その英雄のミアキス エヴォルツィオン(aa0188hero001)もレース出走の準備が整っているようだ。
 悠姫も急いで、頼んでおいた馬と戦車へと走り寄った。悠姫が指定したのは、毛艶の良いトラケナー種だ。
「ホーラホーラ、良い子だ」
 悠姫は優しく馬に声を掛け、馬が気付いてから左斜め前方より馬に近寄って行く。視野の広い馬だが、正面と真後ろだけは見ることができないことを理解した動きである。悠姫は兼業農家をしていた経験から、馬の扱いは慣れているようだ。馬が警戒していないと見ると、さらに近寄って首筋を優しく撫でた。
「世界に名高い軍馬の系譜を継ぐ馬に引いてもらえるなんて光栄だよ。本当は、平和な草原を背に乗って気持ちよく走りたいところだけどね……」
 須佐之男は自分に関する記憶はないが、戦闘に関することだけは覚えている。かつて軍馬に乗って戦ったことがあるのか、やはり手慣れた様子で声を掛けつつ、左斜め前からゆっくりと馬に近寄って行った。
「関わる機会が戦いじゃなければもっと良かったんだがな」
と、憂いを帯びた声で馬の首を撫でた。

 エージェント全員、出走の準備が整った頃、ヴィクターとその英雄である青柳沙羅(az0022hero001)が、チャリオットと同時に競馬場へと入って来た。一台のパトカーがチャリオットの気を引きつつコース付近まで誘導し、さりげなくその役をモービルスターティングゲートへと引き渡す。ゲートを牽引する自動車の後を、エージェントたちの戦車に交じって、チャリオットも追いかけ始めた。
 ヴィクターは
「……おまえらは……こちらだ……」
と、歩兵たちをコースに近付かせないようスタンドの近くへ誘導する。ヴィクターと沙羅は、レースには参加せず、このまま歩兵たちを見張る役目を担う。
 カトレヤは、従魔チャリオットに向けて再び宣言する。
「ここが貴公のため用意した戦いの場だ! 貴公と勝負する為に各国から集まったから、様々な馬や戦車なのは当然だぜ」
 カトレヤはブリンカーで横や背後への視野を遮った黒毛のアングロアラブ種でこの勝負に臨んでいる。アングロアラブは、サラブレッドの気性の激しさや虚弱な体質を補うために、頑丈で温厚な気性のアラブ種と混血させたものだ。
「この競馬場には、大外回り、中回り、小回りと三重にコースが巡らされているが、今回は一番内側のコースを1周回って、あの緑の看板に最初に到着した者を勝ちとしたい」
と、カトレヤはスタンド前のゴールと書かれた馬蹄型の看板を指さす。
「上等だ。一番短い距離を選ぶ小心者のお前らが勝てるとは思えぬがな」
と、従魔が頷く。
 そして、羽根をたたむようにモービルスターティングゲートが開くと、各車一斉のスタートである。
 まず、飛び出したのは悠姫と須佐之男のペア。リンクをせず、悠姫が御者、その後ろに須佐之男はぴったり身を寄せるようにして武器を構えている。続くのは、メリッサと共鳴した拓海。と言っても、今回はほぼメリッサが主導権を握っている。容貌は共鳴によって大人びたメリッサに変じ、性別も女性だ。さすが戦い慣れたメリッサだけあって、みるみるうちにスピードを上げると従魔チャリオットの前に出て、その進路を上手い具合に妨害している。
 さらに、メリッサを追い抜くようにキミカの戦車が先頭に躍り出た。キミカもあえて共鳴せず、自身が御者、ネイクを監視役として後ろに乗せている。しかし、馬の操り方を教えているのは英雄のネイクのようだ。
「あまり手綱は引くな、ハミを通じブレーキがかかってしまうのだ。ところでキミカ、なぜ味方の前で妨害をする!?」
「こうすれば、風の加護を後ろの仲間に与える事が出来るんです!」
 馬の御し方は理解しているネイクだが、その辺りの物理法則は理解していない。ちなみに、キミカの言う「風の加護」とは魔法でも何でもなく、自らが風避けになることで、後ろの味方が体力を消耗しにくくするという意味である。
 一方、黒鹿毛のハクニー種2頭を操る龍哉は、何を仕掛けて来るかわからないと用心してチャリオットの斜め後方を追走している。カトレヤは、勝負は後半と見て、従魔の後方コース外側を目立たないように追った。
 そして、意図に反して後方を走ることになってしまったのは昴だ。本来は、先頭集団でチャリオットの動きを皆に伝達しようと考えていた。しかし、昴もベルフも戦車を扱った経験がないため、スタート時点で出遅れることになってしまった。
 後方で様子を窺っていた龍哉が、無線で昴に
「強すぎるくらいムチを使え」
と、アドバイスをする。龍哉は、観戦も含め体を鍛えること全般が趣味。また、戦乙女の名を持つヴァルトラウテは当然のように馬の扱いに長けている。
「助かりました、ありがとうございます」
と昴は礼を言う。、共鳴しているベルフの能力によるものか、あっという間に馬の制御を理解すると先頭集団に食いついて行った。ベルフは暗殺者として様々な修羅場をくぐってきた経験を持つのである。
 次々と他の戦車たちに抜かれ、チャリオットに乗った従魔は怒りを露わにした。
「ふざけるなっ!」
 ムチをしならせ、メリッサを攻撃しようとする。
「危ない!」
 後ろで見ていた昴が無線で伝えるより先に、メリッサは従魔のムチを片腕で受け止めると、殴るように格闘武器のハンズ・オブ・グローリーを振り抜いた。
 最初の直線コースが終わり、第1コーナーが見えて来る。従魔の攻撃を躱したメリッサはそのまま進路を内側に取り、チャリオットを引き離しにかかる。皆、コーナーに備え右側の手綱を引いた。
「やはり仕掛けてきたか」
 嘉久也はチャリオットに後ろから近付いて行き、背後からプレッシャーを与えるが、振り向き睨む従魔に、レース慣れしている競走馬もさすがに怯む。耳を伏せ警戒を露わにし、後ろ足だけで立ち上がろうとした。嘉久也は急いで手綱を引きつつ、片手でクリスタルファンを持ち従魔の攻撃に備えた。
 それらの応酬を見ていた須佐之男が、牽制のため従魔の車体に向けて矢を放つ。ネイクも投擲斧のレッド・フンガ・ムンガを投げつけた。
「おのれっ!」
 矢と斧で大事な車体を傷つけられたことで、更に怒りを増した従魔は、コーナーで車体を傾け、浮き上がった外側の車軸から槍を突きだした。
「やはり仕込んでやがるんだな。外側から抜きにかかる輩を傷つけるつもりだろう」
 龍哉が後方からペースを上げて、チャリオットとの間合いを詰めて行く。万が一、こちらの車輪とぶつかっても、即席で付けたシールドが何とか守ってくれるだろう。
 昴も無線で
「チャリオットの車軸から槍が出ました。気をつけて下さいね」
と、皆に伝える。
 後方外側を追っていたカトレヤは、巻き込まれないようにチャリオットから距離を取った。
 武器をシルフィードに持ち替えた龍哉は、第2コーナー手前で烈風波を放つ。狙いは、チャリオットの車軸から飛び出た槍だ。衝撃波で槍の穂先部分が折れた。
 第2コーナーを越え、再び直線コースに入る。
 改造した車軸の槍を破壊された従魔は、今度は剣を振り回し始めた。メリッサは、武器を剣のアロンダイトに持ち変える。緑の瞳で冷ややかに従魔を睨み付け
「馬が怖がるでしょ?」
と、従魔の剣を弾き返す。従魔が斬り込み、メリッサが受け止め逆に反撃に出る。そんな応酬を繰り返すうち、第3コーナーも目の前だった。
「キリがないです」
 メリッサは、事前に戦車に仕込んでおいたショートボウに手を掛ける。第3コーナーを抜けたところで、左手だけで手綱を握り右手で狙いを定め、鉄棒でできた頑健な矢をチャリオットの車軸に向けて放った。
 矢は見事、車軸を貫いた。車軸が破壊されては、戦車として機能しない。第4コーナー手前で立ち往生したチャリオットを先頭集団が次々と追い抜いて行く。
「勝負に出るようです、行きましょう!」
 これまで先頭集団をサポートしていたキミカとネイクも共鳴する。
「このキミカの名に懸け、君に最初の決着をもたらす為に全力を尽くさせて頂こう!」
 キミカの髪は焔の如く紅く染まり、瞳は金の輝きを帯びる。動けなくなった従魔を、キミカのライブスリッパーを込めたレッド・フンガ・ムンガが襲う。
 従魔が気絶した隙に、カトレヤも後方から勝負をかける。真後ろからプレッシャーをかける必要のなくなった嘉久也も、チャリオットを抜き去った。これまでキミカのスリップストリームによって体力を温存できていた後続組は第4コーナーの大外を回り、最後の直線に入った。
 キミカも追いかけ、味方たちを守るよう盾を構えて併走した。
 一方、昴は戦車を降り、気絶から醒めた後も味方の妨害ができないよう、念のため縫止のスキルで移動できないよう封印する。
 スタンドの方向から、「ずるいぞ、ずるいぞ」と口々に叫ぶ歩兵たちの声が聞こえてくる。 昴は目前のチャリオットの動きに注意しつつ、目の端でスタンド前の歩兵たちを見る。リンクした刑事、そしてヴィクターが暴れる歩兵に応戦しているようだ。
 その間に、レースは最終局面を迎えていた。
 先頭争いは、これまで後続を走っていたカトレヤと嘉久也に絞られたようだ。ゴール付近は歩兵の暴れるスタンド前となるため、キミカはリンクバリアで味方を防御する。
「従魔どもよ、我が戦友の疾走を妨げられるなどとは思うな!」
 キミカの大仰な守備に守られ、カトレヤと嘉久也は疾走した。
「現代レースを見せてやるぜ」
と、舌鼓も使い馬の気分を高揚させるカトレヤに、紅花も興奮したように
「Go、Go、Goじゃ!」
と、脳内で叫ぶ。
 一方、嘉久也もプロ選手のような無駄のない動きで馬たちを御した。
 カトレヤと嘉久也、ほぼ同時にゴールしたかのように見えた。しかし、判定結果はハナ差で嘉久也が首位。互角の戦いだったものの、調整済みのプロの競走馬を使用した分、嘉久也に分があったのかもしれない。

●従魔殲滅
 レースが終わったところで、嘉久也は練習通り馬をパドックに待避させた。
「さあ、汝の望み通り戦い我は勝利した。ここから立ち去る約束だぞ」
 嘉久也の問いに、従魔チャリオットは答える。
「立ち去ろう。この依り代は壊れてしまった。新しい依り代に乗り換えよう」
 戦いを予感し、メリッサは手綱を切り馬たちを逃がした。
 これまで、非共鳴状態で戦車を操って来た悠姫は須佐之男とリンクして戦闘に備える。悠姫の瞳は黄金色に染まり、毛先だけ銀髪のウルフヘアーへと変じた。
「引き際ってのは大事だぜ?」
 龍哉も戦闘態勢を取った。
 ヴィクターたちが相手にしていた歩兵たちは半分以下に数が減っていたが、それでもチャリオットを守るようにコースへと走り出す。チャリオットの周囲を歩兵がぐるりと囲んだところで、悠姫は
「固まってくれてちょうどいいですね」
と言いながら、敵全体にフラッシュバンを浴びせた。そこにすかさず昴がジェミニストライクで自分の分身を作り出すと、視界を失った敵たちに素早く攻撃を当てて行く。悠姫もストライクで鋭い一撃を見舞った。
 歩兵たちはさほど強くはなく、次々と倒れて行く。歩兵たちが立っていた場所には、古ぼけた槍や盾が転がっていた。
 残るは往生際の悪いチャリオットだけである。
 最後の力を振り絞るように反撃を試みるチャリオットを、昴が猫騙で怯ませる。その隙に、嘉久也のブラッディランスがチャリオットの戦士の形を成した頭部を狙う。怯んだ間に死角に回り込んだ悠姫も、フラメアを深く戦士の胸に突き刺した。
「ぐぅっ……」
 従魔は崩れ、そこにはただの古びた戦車の残骸が残された。今度こそ戦いは終わったのだ。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 夢ある本の探索者
    努々 キミカaa0002

  • 九字原 昂aa0919
  • ヒーロー見参
    浪風悠姫aa1121

重体一覧

参加者

  • 夢ある本の探索者
    努々 キミカaa0002
    人間|15才|女性|攻撃
  • ハンドレッドフェイク
    ネイク・ベイオウーフaa0002hero001
    英雄|26才|男性|ブレ
  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • うーまーいーぞー!!
    天原 一真aa0188
    人間|17才|男性|生命
  • エージェント
    ミアキス エヴォルツィオンaa0188hero001
    英雄|15才|女性|ブレ
  • エンプレス・ルージュ
    カトレヤ シェーンaa0218
    機械|27才|女性|生命
  • 暁光の鷹
    王 紅花aa0218hero001
    英雄|27才|女性|バト
  • リベレーター
    晴海 嘉久也aa0780
    機械|25才|男性|命中
  • リベレーター
    エスティア ヘレスティスaa0780hero001
    英雄|18才|女性|ドレ

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • ヒーロー見参
    浪風悠姫aa1121
    人間|20才|男性|攻撃
  • エージェント
    須佐之男aa1121hero001
    英雄|25才|男性|ジャ
前に戻る
ページトップへ戻る