本部

英雄になれない英雄

gene

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
少なめ
相談期間
5日
完成日
2015/09/30 03:08

掲示板

オープニング

●餡と俊介
『あんこって、甘くて、人を幸せにするよね』
 自分の名前が最大のコンプレックスだった餡にとっては、その言葉こそ、餡自身を幸せにしてくれるものだった。
「あんこー!」
 学校からの帰り道、いつも通りに餡の名前をからかう声がしたが、餡は機嫌良く微笑んで振り返った。
「なに?」
 いつもの反応とはまるで違うその反応に、餡をからかうつもりでいた少年たちは戸惑う。
「はやく用件を言ってよ! 用事があったから、私の愛称を大声で叫んだんでしょう?」
 にっこりと笑みを深めると、少年たちは後ずさり、そして逃げ出した。
「なによ? つまんないわね」
 そう言った餡の後ろで、くすくすと笑う声が聞こえた。
 その声のほうへ視線を向けて、餡は自分の顔から火がふくかと思った。
「しゅ、俊介くん!?」
「強くなったね。観月さん」
 俊介の瞳が優しく細められ、ますます餡の顔は熱くなる。
「俊介くんのおかげで、自分の名前を好きになれたから……」
 でも、強すぎる女の子は、好かれないものかもしれない…… そう思うと、餡は急に恥ずかしくなった。
 しかし、餡の心配をよそに、俊介はまた軽やかに笑った。
「強くて、甘い……凛としていて、和菓子みたいだね。観月さんは」
 餡の家が老舗の和菓子屋であることは、仲の良い友達しか知らないことだったから、俊介はきっと、偶然に和菓子に例えたのだろう。けれど、それがチャンスのように思えて餡は聞いた。
「あ、あの……俊介くんは和菓子と洋菓子、どっちが好きですか!?」
 唐突な餡の質問にも、俊介は生真面目に「ん〜……」と、ちょっと考える素振りを見せてから答えた。
「和菓子かな。綺麗だし」
 和菓子の話なのはわかっていても、餡は自分が褒められたかのように幸せな気持ちになった。
「そ、それじゃ……」
 餡の声は緊張から震える。
「今度、うちに遊びに来ませんか!?」
 それは、餡にとってはとても勇気のいる提案だったのだが、俊介の視線は餡を通り越し、そのずっと後ろを見ていた。
「俊介くん?」
 それまでにこやかだった俊介の端正な顔が、厳しい表情に変わる。
「観月さん、ごめん。俺、行かなくちゃ」
 俊介が歩きだした方向、自分の背後を振り返り、餡は驚いた。
 黒いスーツにサングラスをした、いかにも悪そうな男たちのもとへ俊介は歩いていく。
「俊介くん!」
 慌てて俊介を呼び止めようと思ったが、俊介はもう餡を振り返ることなく、男たちが用意していた黒塗りの車に乗り込んだ。
「……見間違えじゃなかったんだ」
 餡は一週間前にも彼らと俊介が一緒にいるところを見かけていた。
 その時、男たちは俊介に厚みのある封筒を渡していた。時刻は夕暮れ時で、その場所が薄暗い路地裏だったということもあって、餡はそれを自分の見間違えだと思った。
 でも、いま車に乗り込んだ俊介は、その時と同じ暗い瞳をしており、餡の見間違いなどではないことを知らせていた。

●ヴィランという覚悟
「ぼうず。ここに連れてこられた理由はわかってんだろう?」
 黒いスーツの男たちに連れてこられた大きな屋敷のなかの一間。
 その広い畳の部屋の中央に座らされ、趣味の悪い紫色のスーツの男にどすのきいた声で聞かれた。
「……」
 少年の静かな眼差しに、紫色のスーツの男は口角をあげる。
「肝が据わったぼうずだな。桐生組の本部につれてこられたっていうのに、すました顔してやがる。さすが、うちのもんに催眠をかけて四百万も盗み取ったヴィランだけあるな」
「……」
 強面の男たちに囲まれながらも、俊介の心のなかはさざ波ひとつたたず、静まり返っていた。
「催眠の能力は便利だろう? 俺たちも、有効活用させてもらってるよ」
 桐生組には催眠を得意とした能力者が数名おり、その能力を使ってお年寄りなどからお金をだまし取る催眠犯罪を行っていた。
「さて、ぼうず。四百万を返してもらおうか? と、本来ならそういう話になるわけだが、そうすると、お前さんが非常に困ることになることは知っている」
 俊介は四百万を受け取ったときの医師の顔を思い出した。
 医師は驚きながらも、俊介の真っすぐな眼差しを受け止め、深いことはなにも聞かずに『お母さんの手術の準備をしよう』と言ってくれた。
 今頃、母親は心臓の手術を受けているはずだ。
 病院に向かう途中でこの男たちに見つかってしまったが、これもきっと運命だったのだろうと、俊介は目を閉じる。
 どうか、手術が成功しますように…… 俊介は、そればかりを祈っていた。
「可哀想なぼうずに情けをかけてやろう。これからも治療費が必要だろう? ここにいれば、お前さんの能力はもちろんのこと、そのキレイな顔も金にすることができる」
 英雄と契約を結んだ時から、俊介は覚悟していた。
「ぼうずに拒否権はねぇ。俺たちの仲間になれ」
 自分は英雄にはなれないと。たとえヴィランになってでも、母親の命を助けると決めていた。
 俊介は瞳を開き、自分のなかにたったひとつ残された選択肢を口にした。
「わかってるよ」

●依頼内容
 桐生組に笠井俊介(十一歳)が連れて行かれたと、観月餡(十一歳)から警察に通報があり、桐生組には複数の能力者もいるため、HOPEに協力要請があった。
 笠井俊介は以前にも桐生組の人間と会っていた模様。身柄の救出はもちろんのこと、彼が置かれた状況を確認の上、適切な対処およびアドバイスを行うことが重要となる。

解説

●目標
メンバーとして能力者もいる暴力団:桐生組から笠井俊介(十一歳)を助け出し、犯罪を犯すことなく生きていく術をアドバイスしてください。

●状況
俊介は母親の手術費用を桐生組の組員に催眠をかけることによって手に入れた。

●注意点
桐生組には能力者がいるため、法的な正規のルールが通用しないことを考慮しなければなりません。
今回は俊介を助け出すことが目的であり、組織の壊滅などは目的に含まれていません。

リプレイ


「あなたが観月餡さんですね?」
 目の前に座る少女に芹沢 葵(aa0094)が確認すると、少女は背筋を正して「はい」と返事をした。
 ここは餡の両親が経営する観月堂(かんげつどう)の店内。明治創業の老舗和菓子屋だ。
 店内でも和菓子を食べることができるように三席の小さな席が用意されている。その一席を借りて、葵とニア・ハルベルト(aa0163)が餡に話を聞いていた。
「俊介くんが桐生組に連れて行かれた時の状況を詳しく教えてもらえないかな?」
 ニアの言葉に餡は頷きを返す。小学生にしては餡はしっかりとした女の子だった。真っ直ぐな眼差しを二人に向けてはっきりとした口調で話す。
「今日の夕方四時頃、学校からの帰り道で俊介くんに会ったんです」
「それはどの辺ですか?」
 葵の質問に餡は「青空病院の近くです」と答える。
「そこで会って、なにか話したのかな?」
 ニアが質問を重ねる。
「和菓子が好きかどうかとか、そんな話をしました」
「桐生組についてなにか言ったりしてませんでしたか?」
「言ってませんでした。ただ、急に俊介くんの表情が険しくなったかと思ったら、『行かなくちゃ』って言って、黒いスーツの男の人達と一緒に車に乗っちゃったんです」
「そっか……餡ちゃんは、前にも俊介くんが桐生組の男の人達と一緒にいるのを見たんだよね?」
「はい」と餡は深く頷く。
「その時は路地裏で、黒いスーツを着た男の人達が茶色い封筒を俊介くんに渡してました」
「封筒の厚みはこれくらいで……」と言って餡は親指と人差し指の間を四センチほど広げた。
 封筒の中身はいったいなんだったのか…… 葵とニアが顔を見合わせたその時、「どうぞ」と葵の前にお茶が置かれた。
「孫がお世話になります」
 七十代くらいの品のよい老婦人は、ニアの前にもお茶を出してくれる。
「しっかりしたお孫さんで、助かっています」
 葵とニアは会釈を返す。
「桐生組に連れて行かれた俊介くんは、お母さんの病気のこともありますから、なにかわけがあったのでしょう」
「病気?」
 ニアが聞き返すと、「ええ」と頷いてから、老婦人は餡へと視線を向けた。
「餡。おばあちゃん、お客さんにおしぼりをお出しするのを忘れちゃったわ。持ってきてくれますか?」
 こんな時におしぼりなど必要なかったけれど、餡の祖母の意図を察して、葵も餡に「お願いします」と言った。
「はい」と餡は素直に返事をして席を外した。
「それで、ご病気というのは?」
「俊介くんのお母さんは重い心臓病を煩っていまして、手術しなければいけなかったんです」
 そういう噂は、常連客の多い老舗の店にはよく集まってくるのだ。
「あそこは母子家庭ですから、俊介くんがなんとかするしかなかったのかもしれません」
「それじゃ、桐生組から受け取った封筒というのは……」
「おそらく、手術費用だと思います。どんな交換条件があって、それを手にしたのかはわかりませんけれど……」
 H.O.P.Eから俊介が催眠の能力を持った能力者であることを聞かされていた葵とニアだったが、そのことを餡に伝えるのは俊介本人がいいだろうと思い、二人は黙って餡の祖母の言葉に耳を傾けていた。
 餡同様に、老婦人は真っ直ぐな眼差しを二人に向けて言った。
「もっとはやく、私たち大人から声をかけてあげるべきでした。俊介くんに会えたら、お金のことで困ることがあれば、うちに来るように伝えてください。大人が知恵を出しあえば、なんとかできることもあるはずですから」
 自分の孫と小さな戦士のために、老婦人は深々と頭を下げた。
「どうか、俊介くんを助けてあげてください」


 葵とニアからスマートフォンにて報告を受け、ミク・ノイズ(aa0192)は警察署に来ていた。
「つまり、俊介くんは桐生組の構成員に催眠をかけて四百万を受け取ったということですか?」
 ノイズの説明を、若手の刑事が要約した。
「ああ。そういうことだ」
 ノイズは肯定を示しながらも、「しかし」と言葉を続ける。
「……今回に関しては『子供の見間違いで、攫われた少年なんて居なかった』ってあたりでおさめてくれるとありがたいんだがね」
 刑事は眉間にしわを寄せる。
「勝手なことを言っているのは承知の上さ。不利益を被るのはあんた達だけ。法に触れていることに目をつぶれって言っているんだからな。だから、私は頭を下げることしかできん」
 その言葉通り、ノイズは深々とその頭を下げた。
「いや、しかし」と言葉を濁した若手刑事に対し、その隣に座っていたいかにもベテランといった風貌の刑事が「わかりました」と答えた。
「今後の少年の処遇についてはあなた達に一任します。しかし、子供の見間違いで、攫われた少年がいなかったということにはできません。笠井くんを心配して通報してくれた観月さんが人騒がせな女の子と思われるのは可哀想ですからね。ただ、こちらの報告書のほうは私がなんとかうまいこと書いておきますよ」
 ノイズは刑事に「よろしく頼んだ」ともう一度頭を下げた。
 警察署を出ると、幻想蝶の中からリスターシャ(aa0192hero001)がノイズに声をかけた。
「普段、面倒事は嫌いって言ってるわりに、面倒なことしてません?」
「こっちも犯罪者を引き込むとなると、いろいろと面倒でね。書類上だけでもキレイなまんまにしたいのさ」
「ま、そういうことにしておきます」


「田中さん。なにか動きがありましたか?」
 桐生組の本部の表門を見張っていた田中 良子(aa0888)に、葵が声をかける。
「いえ、まだ何の動きもありません」と、良子は小声で返した。
 しかし、そんな良子の気遣いを無駄にするかのように、良子の隣にいたフレイヤ(aa0888hero001)が「暇! 何の動きもなさ過ぎて暇よ!」と大きな声を出した。
 そんなフレイヤを良子は自分の口に人差し指を当てて「しー! しー!!」と必死に押さえようとする。
 二人の様子を見ながら、葵は苦笑した。
「俊介くんを連れ去ってから五時間程経ってますから、そろそろ動きがあると思いますよ?」
 葵のパートナーのアルルメイヤ リンドネラ(aa0094hero001)が大きな門を見つめながら言った。
 その頃、裏門では枦川 七生(aa0994)とニアが見張りをしていた。
「んん〜。なかなか動きませんね〜」
「まぁ、焦らなくてもそのうち動き出すだろう」
「焦る必要はないですけど、先生は悠長すぎます」
 そう言ったのは枦川と契約を結んでいる英雄のキリエ(aa0994hero001)だった。
「餡ちゃんはきっと、俊介くんのことが好きなのよね〜」
 唐突にそんなことを言い出したのはルーシャ・ウォースパイト(aa0163hero001)だ。パートナーであるニアは「また始まっちゃった」と呟いた。
「暴力団なんて見たら、普通怖がると思わない? それを、あんなに凛っとして、きちんと私たちに状況を説明できる強さを持っているっていうのは、やっぱり愛の力だと思うのよね!」
「なにがはじまったのだろう?」と聞いた枦川に対して、ニアは「病気みたいなものです」と答えた。
 表門のほうには、もうひとり能力者が合流したところだった。
「遅くなってすみません」
 申し訳なさそうに駆け寄ってきたのはエステル バルヴィノヴァ(aa1165)だった。英雄の泥眼(aa1165hero001)も一緒だ。
「H.O.P.Eの本部との交渉はどうでしたか?」
 俊介が能力者としてH.O.P.Eへの登録を希望した場合に、四百万を前借りさせてくれるように交渉しに行っていたエステルは力なくうなだれる。
「ダメでした」
 泥眼が答えると、エステルがうなだれたまま言った。
「すっごく話のわからないおばちゃん職員が出てきて……怖かった。ヴィランに悪用されそうな前例は作らないとかなんとか言って……あの人にはきっと赤い血が流れてないんです」
 青ざめるエステルを、葵が「元気出してください」と励ます。
「一般の方に頼るのはあまり良くないのかもしれませんが、餡ちゃんのおばあさんがお金が必要だったら相談に乗ってくださるって言ってましたし。きっと、大丈夫ですよ」
 エステルは顔をあげて、葵を見た。
「本当ですか!?」
「はい」
 しっかりと頷いた葵にエステルはやっと笑顔を見せる。
 その時、良子のスマートフォンが振動した。受信ボタンを押すと、ぶっきらぼうな声が聞こえた。
『私だ』
「……」
 一瞬、オレオレ詐欺かと警戒したが、『先生、ちゃんと名乗ってください』と注意する声が聞こえ、良子は安心した。
『枦川だ』
「はい。こちら田中です」
『裏口に車が停まり、屋敷の中から子供と二人の男が出てきた。こっちにはまだノイズが戻ってきてないから、人手が足りない。至急来てほしい』
「わかりました!」
 受信を切ると、良子は端的に枦川からの話をみんなに伝えた。
「車ですか……それはやっかいですね」
「急ぎましょう!」
 三人はそれぞれの英雄とリンクして身体能力を高めると、全速力で走り出した。


「はやく乗れ」
 黒いスーツを着て、黒のサングラスをつけた男が俊介の背中を押して、車に乗せようとする。
「……」
 俊介は抵抗することなく、男の指示に従おうとした。
 しかし、その車の前にルーシャとリンクしたニアが飛び出し、男達の動きを止める。
「ね、お兄さん。骨が何本かイッちゃうかもだけど、わたしと遊ぶ?」
 ニアは見せつけるように、大剣を大きく振りかざした。この武器では、骨が何本かイッちゃう程度では済まないことは誰の目にも明らかだ。
「くっそ! はやく乗せろ!」
 運転手がそう叫んだのを聞いて、ニアは迷うことなく大剣を地面すれすれに振った。
 すると、次の瞬間、前方のタイヤが斬れ、車はバランスを崩した。
 運転手の男は腰を抜かしたのか、車から降りることさえもできずに青ざめている。
「ニアさん! 大丈夫ですか!?」
 表門から急いで走ってきた葵が声をかけると、ニアは余裕の笑顔で「大丈夫!」とピースしてみせた。
「俊介くんを返してください!」
 良子の言葉に、俊介の腕を掴んでいる男はニタリと笑った。
「返してくれだ? 何か勘違いしてるみたいだな?」
 もう一人の男も、嫌な笑いを浮かべている。
「別に俺たちはこいつを誘拐したわけじゃない。それどころか、俺たちのほうが被害者だ」
 男達の言葉に、俊介はただ無言を通す。
「返してくれって言うなら、まず、俺たちに賠償してもらおうか?」
 男が得意げな顔でそこまで言ったところで、枦川がふっと鼻で笑った。
「お前、なにがおかしい?」
 黒ずくめの男が凄んだところで、枦川はどこ吹く風といった様子で気にする素振りはない。
「被害者と言ったか?」
 枦川が聞き返すと、男は「ああ」と答える。
「俺たちが、被害者だ」
「確かに、その子は加害者かもしれない。けれど、君達を被害者と言えるだろうか?」
「先生?」と、キリエが控えめに声をかける。
「先生、話をややこしくしないでくださいね?」
 そんなキリエの声は、枦川には届いていないようだ。
「君達はどれだけの人を苦しめてきたのだろうな?」
 枦川が視線を向けると、二人の男は口を真一文字にして黙り込む。
 枦川は決して睨みつけたりはしていない。ただ、男達の心の奥底とでもいうような、エゴの中核とでもいうような部分を探り見ようとする眼差しだった。
 そんな枦川の目の奥には男達が見慣れた嫌悪も恐怖も快楽もなく、それが男達には気味悪く思えた。
「君達は、紛れもなく加害者であり、その子は君達や俺達大人が作りあげた世界の被害者なんじゃないのか?」
 男は舌打ちをすると、「わかったよ!」と俊介をつれて良子に近づいてきた。
「こんなガキ、返してやるよ」
 その言葉を信じた良子が俊介に駆け寄ろうとしたその時、男の右手が良子の両目を塞ごうとした。
 しかし、その男の手は美しい杖によって動きを妨げられる。
「あなたも能力者みたいですね」
 ヴィランである男が良子に催眠をかけようとしたのを、リスターシャとリンクしているノイズが止めたのだ。
 男の罠にかかりかけた良子は、急に自分がこれまでの日常とは違う場所にいることを自覚した。そして、その瞬間、恐怖心から体が震えだしそうになる。
「……」
 だが、自分よりも小さな体の少年が運命の波にのまれながらもその両足でしっかりと立っている姿を目の当たりにして、無理矢理にでも震えを振り払おうとした。
「わ、我が名は黄昏の魔女フレイヤ!!」
 敵の前に出たら堂々と名乗るようにと、フレイヤに教えられていた言葉。恥ずかしくて、とても名乗ることなんてできないと思っていたけれど、地面にしっかり立って、自分がなすべきことを自覚するには必要な儀式だったのだと、良子は気がついた。
「かかってらっしゃい!」
 そう叫んでスタッフを構えると、もう震えなどどこかにいってしまっていた。
「能力者なら加減はいらないよね。間違っても死なないでねぇ?」
 ニアはそう笑って、再び大剣を構える。
「子供一人と自分の命、どっちが大事ですか?」
 葵もまた、戦闘の構えを見せる。
 そんな彼女達の様子に、男は「まったく」と言って、俊介から手を離すと、両手を上にあげた。
「今回はずいぶんと貧乏くじを引いちまったみたいだな。俺の能力で、六人の正義の味方を相手にするのは無理だ。こいつはお前達にくれてやるから、帰ってくれねーか?」
 男の言葉に、枦川以外の面々は顔を見合わせる。
「今後、一切、この子に関わらないことを約束してくれますか?」
 エステルの言葉に、男は「ああ」と返事を返す。
「俺から頭に言っておくよ。H,O.P.Eが能力者だと認識したガキに関わっても、俺たちの得になることなんてないからな」
「それなら、私たちも手を引きましょう」
 もともと目的は俊介の救出であり、桐生組の壊滅ではない。
 だから、もう関わらないという言質さえとれればそれでいいと、五人の能力者が俊介を保護して帰ろうとしているなか、枦川が言った。
「まだ、聞き足りないことがある」
「ちょっと、先生、皆さんが片付けてくれた話を蒸し返さないでくださいよ!」
 そんなキリエの忠告をやはり枦川は聞いていない。
 枦川は改めて男の姿を眺めたあげく、「もうちょっと頭があって、話のできる人間はいないか?」と聞いた。
「馬鹿にしてんのか!? お前!!」
 男が怒るのも当然のことだが、枦川にはなぜ男が怒ったのかがわからない。
「馬鹿にしたつもりはないが……それなら、君に聞いてもいいか?」
「あんだよ?」
 それまで以上に眉間に深い縦じわを刻んだ男が聞くと、枦川はつらつらと疑問を述べはじめた。
「このような状況になることを推測することはそう難しくなかったはずだ。それなのに、こんな危険をおかしてまで、君達の手元に置こうとしただけの価値がこの少年にあるのか? この子はそんなにも魅力的なのかね? 私にはそうは見えんのだ。だからこそ、教えてほしい。貴様らの思考回路を。何を思い、その結論に至ったのかを。勘違いしないでほしい。これは好意的な感情だ。私は君達『悪人』に興味があるのだ」
「……やっぱ、その話、頭にしてくれ。俺はさっき杖で殴られたところが痛くて、頭がまわんねーみたいだ」
 そう言って男は後頭部をさすったが、ノイズは杖で男の手を払っただけで、誰も頭を殴ったりはしていない。
 しかし、枦川はあっさりと男の言葉を受け取った。
「そうか。では、そうしよう」
 枦川は男と一緒に歩きだしたが、すこし歩くと、すぐに戻ってきて、俊介に視線を合わせて言った。
「君にも聞きたいことがあった。明日、答えを聞きに行くから、考えておいてくれるか?」
「……なんでしょう?」
「君は何故、自分の母親を犯罪者の親にしようと思ったのかね?」
「……」
 枦川の言葉に、俊介はその目を見開き、それから下唇を噛んだ。


 枦川とキリエを桐生組に残して、五人の能力者とそれぞれの英雄は俊介を連れて青空病院に来ていた。
 入院患者に会うことができる時間はとうに過ぎていたが、母親の手術日に顔を見せなかった俊介のことを気にかけていた看護婦が院長に許可をもらい、病院内に入ることが許された。
 母親の病室に行ってから十五分程すると、俊介はロビーに戻ってきた。
 俊介を信用し、ひとりで母親の病室へと行かせてくれた能力者達に、俊介は頭を下げてお礼を言った。
「病院に連れてきてくれて、ありがとうございました」
 その時、俊介のポケットから青白い蝶のような光が溢れると、二十五歳くらいの女性が現れ、俊介と一緒に頭を下げた。
 どうやら彼女が、俊介の英雄らしい。
「それから……」と、俊介は頭をあげることなく言う。
「いろいろとご迷惑をおかけして、すみませんでした」
 俊介が顔をあげるのと同時に、俊介の英雄はまた幻想蝶の中へと戻ってしまった。
「それでは、行きましょう」
 覚悟を決めたような俊介の言葉に、良子は聞き返す。
「行くって、どこへですか?」
 次の瞬間、ルーシャが「わかりました!」と大きな声をあげた。
「餡ちゃんのところですね!!?」
 恋愛脳のルーシャがそう言うと、俊介ははじめて感情を見せたようにその瞳を震わせた。
 しかし、その弱さもすぐに隠して「いえ」と首を横に振る。
「僕は自分の能力を使って、お金をだまし取ったんです。だから、警察へ行かなくては……」
 再び下唇を噛んだ俊介に、ノイズは「その必要はない」と伝える。
「あんたの処遇はこちらに任せてもらえるよう、警察とは交渉済みだ」
「え……」
 警察へ突き出されるものだとばかり思っていた俊介は、自分が保護されていることよりもなによりも、母親を犯罪者の親にしなくて済んだことを知って、急に暗闇に一筋のまぶしい光が差し込んだような心境になった。
「それじゃ、僕は……」
 ニアは俊介の前に膝立ちになり、俊介と視線を合わせて言った。
「俊介くん。自分の体も、未来も、大事にしなきゃ。そうしないと、俊介くんのお母さん、きっと心配するよ。家族ってね。かけがえのないものなの。だから、いなくなる前に、大切な言葉をたくさん伝えて、大切な時間を一緒に過ごしてほしいんだ……」
「わたしは、後悔してるから」というニアの最後の声は小さすぎて、俊介には届かなかったけれど、一瞬、ニアが泣いているように見えて、俊介は戸惑った。
 しかし、次の瞬間にはニアはにこっと明るい笑顔を見せた。
「悔いのない生き方を、お姉ちゃんたちと一緒に考えよう?」
 ニアはきっと心で泣いていたのだと、俊介は感じたけれど、それにはあえて触れず、俊介は頷いた。
「俊介くん。能力者である以上、その力には子供であれ責任があります」
 葵の言葉にも、俊介は素直に「はい」と返事をする。
「継続的な治療費がこれからも必要になるのよね?」と、アルルメイヤが確認する。
「それなら、捕まったらおしまいの犯罪ではなく、きちんとした収入を得ることが大事ですね」
「だから」と、良子が葵の言葉を引き継ぐ。
「H.O.P.Eに来ませんか?」
「僕みたいな子供が、H.O.P.Eに、ですか?」
「H.O.P.Eなら、真っ当な方法でお金を稼ぐことができますし、正義の味方でいられます」
『正義の味方』という言葉に、俊介の瞳に希望の光が宿る。
 その瞳を見つめながら、良子は俊介の背中を押すようにさらに言葉を続ける。
「正義の味方なら、笑顔で餡ちゃんとも接することができますよ? 餡ちゃんとまた笑い合うためにもH.O.P.Eに入りませんか?」
 俊介の未来を救いたいと願う能力者たちに答えるために、俊介が口を開こうとしたその時、俊介を呼ぶ声がした。
「俊介くん!!」
 声のほうへ視線を向けると、餡と餡の祖母が立っていた。
「観月さん……どうしたの?」
 俊介の無事な姿を見た餡は、その瞳に涙が溢れるのを止められず、両手で顔を覆った。
「よかった……」
 安堵してその場に崩れ落ちるようにしゃがみこんで泣き出した餡に、俊介は戸惑う。
 自分のことなら冷静でいられるのに、餡に泣かれるとどうしたらいいのか全くわからない。
 見守ったらいいのか、近づいてもいいのか、最初の行動さえも思いつかずに困っている俊介の背中をエステルと泥眼がそっと押し出す。
「行ってあげてください」
「あの子の涙を止められるのは、俊介くんだけよ」
 俊介は餡に駆け寄り、餡の頭をそっと撫で、「ありがとう」と心からの感謝を告げた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • エージェント
    田中 良子aa0888
  • 学ぶべきことは必ずある
    枦川 七生aa0994

重体一覧

参加者

  • エージェント
    芹沢 葵aa0094
    人間|18才|女性|攻撃
  • エージェント
    アルルメイヤ リンドネラaa0094hero001
    英雄|20才|女性|ソフィ
  • 守護者の誉
    ニア・ハルベルトaa0163
    機械|20才|女性|生命
  • 愛を説く者
    ルーシャ・ウォースパイトaa0163hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 鬼軍曹
    ミク・ノイズaa0192
    機械|16才|女性|攻撃
  • 光弾のリーシャ
    リスターシャaa0192hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • エージェント
    田中 良子aa0888
    人間|14才|女性|防御
  • エージェント
    フレイヤaa0888hero001
    英雄|23才|女性|ソフィ
  • 学ぶべきことは必ずある
    枦川 七生aa0994
    人間|46才|男性|生命
  • 堕落せし者
    キリエaa0994hero001
    英雄|26才|男性|ソフィ
  • 悠久を探究する会相談役
    エステル バルヴィノヴァaa1165
    機械|17才|女性|防御
  • 鉄壁のブロッカー
    泥眼aa1165hero001
    英雄|20才|女性|バト
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