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邪英ニンゲルのかなしみ
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相談卓
最終発言2015/11/19 00:19:35 -
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最終発言2015/11/17 22:55:18
オープニング
●能力者と英雄
—— ごめんね…… ニンゲル。
心の臓を揺さぶるように届いた言葉。
ニトとニンゲルは、たった五ヶ月程度しか一緒にはいなかった。
しかし、その間、ニンゲルはニトの痛みや悲しみを感じ続けてきた。
長男のみをもてはやし、ニトのことには無関心な両親。
幼少期の栄養不良により背は伸びず、体重も増えない小柄な体のニトを罵るクラスメイト。
そんな環境のなかでも、彼は優しかった。
優しすぎたからこそ、傷つき続けた。きっと、自分の身にふりかかる全ての災厄は、自分に非があるせいだと信じて。
ニトは十四歳にして、一人暮らしをしていた。両親から住むところと生活費だけを与えられて。
ニンゲルが知る限り、ニンゲルと誓約を結んでからの五ヶ月間、一度もニトは両親に会っていなかったし、本人も一年以上会っていないと言っていた。
しかし、その日、ニトは両親に会いに行くと言って、家を出た。
ニンゲルと出会って、自信がつき、勇気も出てきたから、ひとりで会いに行ってくると……ニトは笑っていた。
その四時間後、ニンゲルはニトからの強い思念を受けて、ニトのもとへと向かった。
中学校の屋上からその身を投げたニトを見つけ、細い体が地面に叩き付けられる前に抱きとめることに成功した。
しかし、ぽっかりと開いたニトの瞳は、ニンゲルの姿を映さない。
『沢山の言葉を交わそう』
そう誓約を結んだニトの口は動かない。
そんなニトを見て、ニンゲルはニトが死んでしまったと思った。
ずっと、心を叩き潰されてきたニトが、とうとう死んでしまったのだと、そう悟った瞬間、ニンゲルは英雄ではいられなくなった。
●H.O.P.E.会議室
山口ニト 十四歳
エージェント歴五ヶ月弱
「英雄ニンゲルと共鳴した状態で、実家に両親を監禁している」
「立て籠りではなく?」
担当職員は「ああ」と答える。
「彼が我々や警察等、外部になにか要求していることは一切ない」
「ヴィランになったということですか?」
「わからん。十四歳の少年が悪の道に目覚めたのか、行き過ぎた親子喧嘩なのか、はたまた……英雄の暴走なのか」
職員の言葉に、緊張感が漂う。
「……邪英化ってことですか?」
「そうでないことを祈っている。しかし……」
もし、ヴィランになったとして、両親を監禁する必要があるだろうか? そこになんのメリットがある? 行き過ぎた親子喧嘩の場合もそうだ。
しかし、邪英化だとしたら両親を監禁していることの説明がつくのかというと、そうではない。
思い巡らした結果、職員は結論の出ない考えを口にすることをやめた。
「とにかく、山口ニトの実家へ向かい、事態を収拾してくれ」
解説
●目標
・山口ニトの両親の救出
・ニト及びニンゲルの捕獲
●登場
・邪英:ニンゲル
・ブレイブナイト
・ライフルを装備
・敵討ちのために行動している
●場所と時間
・ニトの実家
・夕方
●状況
・ニンゲルはニトの両親を監禁しています。
・ニトの兄(十五歳)は外出中。
・我を失っているニンゲルに話し合いは通用しません。
●PL情報
・ニトの兄は、ニトを愛し、ニトを守るために努力していました。
・ニトからの「ニンゲルをよろしく」というメールを見て、ニトの兄はニトを探しています。
・ニトの両親は裕福なため、報酬を弾んでくれることを見越し、報酬は『多め』に設定しています。
リプレイ
●
「両親とは別々に暮らしているみたいだね」
「山口君から両親の話は聞いたことがないな。お兄さんの話は時々していたけど」
「ニト君の名前の意味を聞いたことがあるんですけど、『僕、次男なんです』って答えただけで、詳しいことは教えてくれませんでした」
「死を急ぐように戦う……それが、彼の戦い方だったと、一緒に戦闘に出たエージェント達は言っていました」
「ニト君は不思議な少年でした。優しい子なのに、時々、誰も寄せ付けない孤島にいるような……そんな風に見えることがあったんです」
「彼と英雄の関係? 信頼しあってるように見えましたよ」
「そういえば、ニンゲルが『親のことなど、気にするな』ってニト君に言っているのを聞いたことがありますね」
「その時、ニトはなんて?」
虎噛 千颯(aa0123)が聞くと、職員はしばし記憶を振り返り、答えた。
「ニト君はたしか……『それでも、僕の両親なんだ』って、優しくニンゲルに笑いかけたよ」
その時、なんて寂しく、大人びた笑い方をする子なんだろうと思ったと、職員は語った。
複数名の職員にニトの話を聞いて、月鏡 由利菜(aa0873)はニトがヴィランになったわけではないと判断した。
「きっと、親子喧嘩でもないでしょう」
おそらく、親子喧嘩をできるような関係性でもなかった。
「そうなると、今の状況は……」
「英雄の暴走の可能性が高いな」
白虎丸(aa0123hero001)の疑問にリーヴスラシル(aa0873hero001)が答える。
「H.O.P.E.の職員の話では、ニトさん達が愚神に関わった形跡はないので、他の理由で暴走してしまったのでしょう」
由利菜の言葉に千颯は頷きを返し、スマートフォンに繋いで耳につけているイヤホンマイクのマイクを指で支えて話した。
「ちゃんと全部、聞こえてたか? 想定中の中で、一番最悪の……いや、愚神が関わってないだけましかもしれないが、とにかく、最悪の事態だ」
アプリを使い、同時通話になっているエージェント達はそれぞれのやるべきことを考える。
「H.O.P.E.が確認した限り、ニト君のお兄さん……山口ユウト君は家にはいないそうです」
由利菜の言葉を、リーヴスラシルが補足した。
「ユウトは、優れた人と書く」
●
「なんで、弟と一緒の学校じゃねーんだよ」
ニトのことを調べるためにニトが通う中学校を訪れていた旧 式(aa0545)とドナ・ドナ(aa0545hero001)は、同時に十五歳の兄を捜すヒントを得ようと職員室を訪れた。
そこで、山口優人がこの中学校の生徒ではないことを知らされ、ドナは眉間に深い皺を刻ませた。
「で、でも、知ってますよ! お兄さんの中学校!」
ニトの担任がドナの迫力に押されて背筋を正した。
「隣町にある、小学校から大学までエスカレーター式の有名校です!!」
式は眉尻を吊り上げ、「なるほど」と、小さく呟いた。
「あと、ニトの友達を知りたいんだが」
式の言葉にしばし記憶を探っていた教師だったが、しばらくすると申し訳なさそうに言った。
「すみません。わかりません」
「お前、ニトの担任だろ?」と、ドナは凄む。
教師はドナに萎縮しながらも答える。
「彼はいつも、一人でした」
「まだ、優人君は戻って来なさそうだね」
ニトの実家の門の前で優人の帰宅を待っていた迫間 央(aa1445)は、スマートフォンをひとつ、パートナーのマイヤ サーア(aa1445hero001)に渡す。
「俺も優人君を探しに行くから、行き違いで彼が来たらすぐ連絡してくれ」
「わかったわ」
スマートフォンを受け取り、マイヤは素直に返事をする。
●
スマートフォンにつなげたイヤホンから聞こえてくるニトに関する情報を聞き、潜入のタイミングを図っていたエージェント達はいつも以上に慎重になっていた。
「行くですよ!」
そう最初に動き出したのは、英雄のガルー・A・A(aa0076hero001)と共鳴した紫 征四郎(aa0076)だった。
鍵がかかっていない玄関扉をそっと開け、家の中へ入る。勇気のいる最初の一歩を踏出した少女に続き、ヘルマン アンダーヒル(aa1508hero001)と共鳴した壬生屋 紗夜(aa1508)は庭のほうへ回った。
「両親との不仲……」
庭へ向かいながら、紗夜はぽつりと言葉をもらした。
「いっそ、私と逆ならばよかったのでしょうが」
「たわけ、お前の歪みを知ってなお支えてくれる素晴らしい御両親だろう」
紗夜の中でヘルマンが叱るように言う。
庭へ入ると、庭に面した大きな窓からリビングの中が見える。そして、そこにニンゲルと中年の男女がいることを確認した。
「ニンゲルと両親発見。リビングの中央、壁際」
紗夜が伝えてくれた情報により、家の中に潜入した征四郎達は幾分か動きやすくなる。
「ニンゲルは窓に背を向け、床に座り込んでいる両親を見下ろしている」
征四郎達は潜入に慣れているジェネッサ・ルディス(aa1531hero001)を先頭にして廊下を進む。
「両親には擦り傷ひとつついていないが、壁には殴ったような痕がある」
ハーメル(aa0958)は墓守(aa0958hero001)と共鳴して、征四郎を挟んで一番後ろを注意深く歩く。
「扉からニンゲルまでの距離およそ三メートル。リビングに突入する準備ができたら知らせてくれ。こちらでニンゲルの気をそらす」
そうして、リビングの扉の前にたどり着くと、ジェネッサが扉をほんのすこしだけ開き、中に黒い鎧を纏った長身の男が立っているのを確認する。
その時、小さな音が聞こえた気がしたが、それはすぐに気にならなくなる。
ジェネッサは、共鳴により青年の姿になっている征四郎を前へ出す。
「準備、出来たです」
征四郎の言葉を確認すると、身を低くして庭木に隠れていた紗夜は立ち上がり、窓越しでも届くように大きな声を出した。
「ニンゲル! ニトは、どうしたの?」
紗夜の言葉にニンゲルはゆっくりと振り返り、それから冷めた声で答えた。
「ニトは、死んだ」
●
H.O.P.E.を出た後、さらに情報を集めるためにニトが暮らしていたマンションへ向かった千颯は、その部屋の前でうずくまるひとりの少年を見つけた。
「お前……もしかして、優人か?」
顔を上げた少年は、H.O.P.E.からメールで送ってもらった写真に写るニトによく似ていた。写真は、央が要望していたものだ。
「……あなた達は、誰ですか?」
「オレは虎噛千颯」
「俺は白虎丸でござる。ニトと同じエージェントでござるよ」
「エージェント……」
そう呟き、優人は慌てて立ち上がった。
「ニトがどこにいるか、知りませんか!?」
「今から、オレ達もニトのところへ行く」
「一緒に、来てくれるでござるか?」
優人はニトからのメールが送られてきたスマートフォンを強く握り、深く頷いた。
●
「ニトは、死んだ」
ニンゲルが答えた瞬間、征四郎はリビングに入り、シールドを構えた状態のままニンゲルに体当たりした。
バランスを崩したニンゲルはその場に倒れる。呆気なく征四郎に取り押さえられたニンゲルに、その場の誰もが驚いた。
もっと無闇に暴れるものと思っていたが、ニンゲルは気力を失っているように見えた。
そんなニンゲルに征四郎は聞いた。
「目的はなんなのですか!」
しかし、ニンゲルが大人しかったのは、そこまでだった。
次の瞬間、銃声が響いた。ニトの両親が逃げようとしたことに気付き、ニンゲルは征四郎を投げ飛ばしてライフルを撃ったのだ。
その時、またなにか音が聞こえたような気がしたが、緊迫感からすぐに気にならなくなる。
ニンゲルが一発だけ放ったライフルの弾は正確に両親の目の前を通過し、白い壁に穴をあけていた。
両親は引きつった悲鳴をあげ、腰を抜かすようにその場に尻餅をついた。
「ボクも君と同じ英雄だから、君の気持ちはわかる。だけどね、怒りに任せるだけじゃ誰も救われはしないよ!」
ニンゲルの気を逸らすためにジェネッサは言葉をかけたが、ニンゲルは再びライフルの引き金に指をかける。
その時、窓から部屋に入った紗夜が大剣で切り込んだ。後ろに飛び退くことで、ニンゲルはそれをかわす。
剣をかわしながらも、ニンゲルはライフルを撃ったが、それは先ほどと同じように両親の前を通って白い壁にあたる。
「……どうして、あてないんだ?」
かわす動きと撃つ動作を同時にし、なおかつ、標的の鼻先数ミリ手前に撃ち込んでいる。ニンゲルの腕が悪くないことは確かだ。
けれど、銃弾は決して両親にはあたらない。
ハーメルの疑問に、ハーメルの中で墓守が答える。
「あてないのではなく、あてられないのかもしれない……きっと、ニトの意識はほとんどない……でも、彼の無意識を、ニンゲルは受け取っているのかもしれない……」
「それだけ、彼はニトを大切に思っているってこと?」
「きっと……そう」
墓守の言葉を聞きながら、ハーメルはニンゲルの横顔を見つめた。
憎しみに燃える目。けれど、その奥に、きっとニトがいる。
ジェネッサは腰を抜かしているニトの両親を守るように、ニンゲルの前に立ち、両親に強く言った。
「這ってでも、とにかく移動して!」
再び撃つ構えをとったニンゲルに、紗夜は大剣を投げつけた。
それを避けつつ、ニンゲルは紗夜のほうへ一発放つ。軽い身のこなしで銃弾を避け、紗夜は竜牙刀を構えた。
しかし、そんな紗夜に気を取られることもなく、ニンゲルはすぐに照準をニトの両親へ戻す。
もうすぐリビングを出るところだった両親が手をついている床に二発の銃弾を撃ち込む。
恐怖に萎縮して動きが止まった両親にさらに銃弾を放とうとしたその時、ハーメルが叫んだ。
「ニト君は、こんなこと望んでるかな!?」
ハーメルの言葉に、ニンゲルの動きが一瞬だけ止まる。
その隙に、ジェネッサは両親をリビングの外へ引きずり出し、リビングの扉を閉めた。
両親を追おうとしたニンゲルに、ハーメルはライヴスの針により縫止を試みるも、ニンゲルの動きが予想以上に速い。
リビングの扉を開けたニンゲルは両親の背に照準を合わせるが、その時、廊下の電気がついた。
外が暗くなっても部屋の電気をつけずにいたため、急に灯った明かりの眩しさにニンゲルは思わず目を瞑る。
次の瞬間、鎧に針のようなものが刺さったようにニンゲルは感じた。
暗いリビングに残っていたハーメルが明るくなった廊下の先を見ると、そこにマイヤと共鳴した央の姿があった。
●
『ニンゲルをよろしく』
優人が見せてくれたメールからもニトの優しさがわかる。
「ニトは、ニンゲルを優人に託すつもりだったのか……」
千颯の言葉に、途中で合流した式が「そうかもな」と答える。
「親子関係は上手くいってなかったみたいだし。学校には友達もいなかったみたいだ……ニンゲルを兄貴に託して、ニトは……」
消えるつもりだったのかもしれない。だから、ニンゲルはニトが死んだと言っているのかもしれない。
しかし、その言葉を、優人の前で口にするのははばかれ、式は口を閉ざした。
だが、意外にも、その言葉を優人から聞くことになる。
「ニトは、消えるつもりだったんですね?」
優人に、千颯は現状を説明する。
「ニトは……ニンゲルと共鳴してお前の家にいる。ただ、ニトの意識は、共鳴状態の奥深くに沈んでいるようだ……お前は、弟をどう思っているんだ?」
千颯の質問に、優人ははっきりと答える。
「ニトは、俺の大切な弟です」
その言葉に、千颯は安心する。少なくとも、ニトを愛している人間は二人いる。
「両親とニトの関係は?」
式が聞くと、優人が複雑な表情を見せる。
「あの人達にとって大切なのは、自分を飾ってくれる存在です」
誰だって、自分をよく見せてくれるものは好きだろう。けれど、家族を、ましてや子供をそうした道具にする親は多くない。
けれど、彼らの親はそうした人間だった。
自分自身も親である千颯は、そんな親がいるのかと、怒りを覚える。その怒りを感じて、千颯の中の白虎丸は「千颯……」と、相棒を落ち着かせるために名前を呼ぶ。
「そんな親でも……それでも、ニトは、両親を守ると思うか?」
戦闘の状況は、イヤホンから聞こえてくる音声によって把握できる。
優人は確信を持って答えた。
「ニトなら、そうでしょうね」
「ガルーちゃん!」と、千颯は祈る思いでマイクに向かって告げた。
「ニンゲルちゃんが何か言ってないか、どこかにニトの意志がないか、確認して!」
暴走しているはずのニンゲルの行動を止めるだけの意志が、ニトにはある。そう、千颯と式は信じて道を急いだ。
●
千颯が優人を見つけたことを知った央は、すぐにニトの実家へと引き返した。
そして、外が暗くなってしまっているにも関わらず、家の中の照明がついていないことに気付き、照明の明かりを利用してニンゲルの視界を奪ったのだ。
ニンゲルは光に目が慣れてくると、すぐに両親を追おうとした。
しかし、ライヴスの針に縫い止められた体は動かない。
「悪いね。彼らを傷つけさせるわけにはいかないんだよ……君と、ニト君のためにね」
ニンゲルを央が食い止めている間にジェネッサは両親を二階へと誘導する。
一階で戦闘が行われている間に二階から潜入していた夢月(aa1531)が、階段の上のほうで待機していた。
「玄関前を通るのは見つかる可能性が高いから、H.O.P.E.の車を裏へまわしてもらう。車が来たら、そこの窓から降りるぞ」
ジェネッサから救助を引き継いだ夢月がそう説明すると、「わかりました」と、ニトの父親が頷いた。
「ニト君達のことは仲間がなんとかするはずだ」
だから、心配しなくても大丈夫だという意味で夢月は伝えたのだが、父親からは予想外の言葉が返された。
「もう二度と、我々家族の前に現れないように、適切な処罰をしていただきたい」
完全なる被害者の顔と言葉に、夢月は驚く。
「……あなた方は、なぜこんなことが起こったのか、理解していないのか?」
何を言っているのかわからないという目が向けられ、夢月の言葉は厳しくなる。
「子に、健やかな成長と慈しみを与えるのが親であるはず。子供に愛を与えずして何が親か!」
5、4、3…… 縫止の効果が切れるまでの時間を計る。
「来るわ!」
マイヤの言葉に、央がグランツサーベルを構えた瞬間、ニンゲルは勢いよく前へと飛び出した。
ニンゲルは央がサーベルを振るう前に、央の横を駆け抜けようとした……しかし、紗夜がストレートブロウでニンゲルに攻撃し、ニンゲルを吹き飛ばしてリビングの中まで押し戻した。
紗夜は家に入った時とは反対に、窓から庭へ出て、玄関へ回り、廊下まで来ていたのだ。
ただ前進するだけではだめだとわかると、ニンゲルはライフルを構えて道を探す。
廊下側には紗夜と央、その後ろにジェネッサ、窓側には征四郎とハーメルがいる。
ふいに、女の短い悲鳴が聞こえた。二階から下へ脱出しようとしていたニトの母親が上げた小さな悲鳴に、ニンゲルは即座に反応し、ライフルを連射しながら窓側へ走り出す。
征四郎は自身にパワードーピングをかけ、ブラッディランスでニンゲルの腕を狙うが、ニンゲルは槍を素早くかわして庭へと出た。
しかし、庭へと降り立った瞬間、ライヴスブローでライヴスを纏わせた矢がニンゲルの腕に突き刺さる。リーヴスラシルと共鳴している由利菜がフェイルノートで矢を放ったのだ。
その衝撃で、ニンゲルはライフルを芝生の上に落とした。
「遅くなってしまってすみません。邪英化を戻す方法を確認していたものですから」
由利菜は再び矢を引き、ニンゲルを威嚇するが、腕を傷つけられてもニンゲルはライフルを拾い上げ、由利菜に背を向けて屋根の上に向かって構えた。
屋根の上には、まだもたつくニトの両親の姿があった。
「……」
ニンゲルはライフルの引き金を引く。その時、再びなにかがエージェント達の耳に届いた。
征四郎の中にいるガルーが問いかける。
「そこに、いるのか? ニト?」
ガルーの問いに、ニンゲルが視線を向ける。
その唇は動いていない。しかし、ニトの言葉に耳をすまそうとしたエージェント達の耳に、その音はしっかりと聞こえてきた。
それは、戦闘中、何度か耳に入り、すぐに意識の外にはじき出された音。
その音は、とても小さな声で紡がれるメロディーだった。
「……鼻歌?」
「戦闘中に?」
家に着いたものの、戦闘状態が落ち着くまで優人をリビングに近づけることができないでいた千颯と式だったが、リビングの前まで移動して、耳をすませる。
「あれは、あの人が……母親がいつも歌っていた歌です」
そう教えてくれた優人を式に任せて、千颯はリビングに入る。
「ニンゲル。それは、ニトの声か?」
ニンゲルの視線が征四郎から千颯に移る。
「ニトは死んだ」
「ニトは、いつもその歌を?」
ニンゲルは再び視線を屋根の上に向ける。
「今日、家を出る前に歌っていた……ニトが歌っているのをはじめて聴いた」
そう言って、ニンゲルはライフルを撃った。
そして、エージェント達の予想通り、ニンゲルが放った弾は屋根に穴をあける。
鼻歌と混ざったライフルの音が、ニトとニンゲルの悲鳴のように聞こえ、征四郎は叫んだ。
「どうか話を聞いてくださいニンゲル! 力ではダメなのです……言葉でなければ、ダメなのですよ!」
「能力者は簡単に死んだりしません! ニト君のパートナーであるあなたが、ニト君を信じてあげてください!」
自分の過去と重ね合わせ、由利菜は願う。
涙で前が見えないような状態で、征四郎は訴え続ける。
「なぜ、銃弾が一発もあたらないのか、なぜ、一度聞いただけの歌が口をついて出て来るのか……ニンゲル!! それは、あなたとともに確かにニトが息をしているからです!!」
征四郎の言葉は、ニトにも向けられる。
「ニトは悪くないのです!」
ニンゲルの視線が征四郎に移る。
「もう辛いのを耐え続けなくていい、幸せになっていいのですよ! 征四郎にはわかるのです。きっと、ニトとニンゲルの明日は、もっと素敵になるって!」
ガルーは征四郎の中で、じっと征四郎の言葉に耳を傾ける。
(一歩間違えれば、征四郎も、俺も、こうなった可能性はある……)
ニトの両親も、征四郎の父親も……人の親は、どうして、自分の子供にこうも惨いことができるのか……。
ニトとニンゲルの時間を肯定する征四郎の言葉に、ニンゲルの動きが止まる。
その隙をついて、千颯はニンゲルの動きを封じるように……ニトを包み込むように、抱きしめた。
「寂しかったよな、悲しかったよな……。こんなになるまで傷ついて……」
ニンゲルの目に、すこしだけ優しい光が灯る。
「お前は独りじゃなかっただろ? ニンゲルも、お前のことを愛している兄もいただろ?」
その光が、ニトのものだと、優人にはわかった。
「まだこれからだろ! これから、沢山いいことがあるだろ!」
「……頼む」と、千颯は願いをかける。
「ニト、返事をしてくれ」
その願いに応えるように、千颯が強い力で抱きしめていた黒い鎧姿の青年は、千颯の体を自分から引き剥がし、すこしだけその口角を持ち上げた。
「……はやく」
優しい光を灯した眼差しと、大人びた穏やかな笑顔で、彼は言った。
「はやく、ニンゲルを……止めてあげてください」
ニトの願いを聞いた征四郎は、手の甲で涙を拭うと、真っ直ぐにニンゲルを捉えて、槍を振るった。
●
胸元に征四郎がつけたひとすじの傷を残してはいるが、瞼を閉じたニンゲルの表情はとても穏やかだった。
由利菜はそんなニンゲルの鎧の間から幻想蝶を見つけると、ニンゲルの手にそれを握らせた。
すると、共鳴状態が解け、ニンゲルは幻想蝶の中へ入る。
そして、ニンゲルが倒れていた場所には共鳴していた姿よりもずっと華奢な体の少年の姿が残された。
「ニト君を異世界の影響が少ない領域で休ませてあげなくてはいけません」
そう言って、由利菜がH.O.P.E.へ連絡しようとしたその時、体力などほとんど残っていないはずのニトの指が動き、重い瞼が持ち上がる。
ニトの目は、ずっと自分を呼び続けていた人の姿を見つけようとする。
「……ニンゲル?」
午前中に実家を訪れた時、両親は出かけるところだった。
玄関から出てくる二人の姿に、「お父さん、お母さん」と声をかけた。
しかし、二人がニトに視線を向けることはなく、ニトの横を素通りした。そこになにもなかったかたのように、談笑しながら。
それでも、ニトは勇気を持って、母親の服の裾を掴んだ。ニトの母親は振り返り、ニトと目が合う。
けれど、その瞬間、ひびだらけだったニトの心は砕けた。
「どうした?」と振り返った夫に、妻は「服が何かに引っかかった気がしたんだけど、気のせいだったみたい」と答える。
両親の目には、どうやっても自分の姿は映らない……どうしたって、両親が生きているこの世界に、自分がいる場所はない。
その現実を突き付けられた。
けれど、ニンゲルがいた。ニンゲルの愛しみ(かなしみ)がニトを包み込んだ。
そして、兄とエージェント達がいた。
「なぁ、ニト。肉親だって恨んでいーんだぜ? 俺はこんなんだけど、両親はよくしてくれたよ。だが、爺と婆は風あたり冷たくてな、当時は恨んだぜ。誰が悪いとかじゃねーんだよ。すくなくともお前には恨む権利があんだよ」
式はニトの気持ちが軽くなるようにそう告げた。
「他者の心なんて変えられない。だから自分に非を思うのなら、自分を変えるべきです。両親に拘る必要はなく、有象無象等無視して付き合える人間をH.O.P.E.で探せばいい。極論で暴論だが、そんな道ですら先はあります」
慣れないながらも、紗夜は精一杯の慰めの言葉をおくる。
「周囲の評価を変える現実的な方法は、エージェント活動で自分の社会での必要性を実証することだと思います」
そう、由利菜もアドバイスを伝える。
兄やニンゲルを含め、その場にいる全ての人達が自分の味方なのだと……彼らの世界には、確かに、自分が存在しているのだとニトは知って、眠りに落ちた。
それからニンゲルが眠る幻想蝶とニトは、H.O.P.E.の職員に預けられ、ニトの肉体がしっかりと回復するまで適切な場所で療養することになる。
後日、夢月は受け取った報酬で、ニトのために頑丈な盾を購入した。
それは、ニトに自分を守ることを知り、強く生きてほしいという願いからの行動だった。
盾をマテリアルメモリーに入れ、夢月はニトが眠るベッドの上に置く。
ニトの寝顔を見て、夢月はニトの母親の言葉を思い出す。
『二人目……ニトなんて、生むんじゃなかった』
二人と書いて、ニト……両親にとっては、ニトは二つ目の装飾品でしかなかったのだ。
眠るニトの頬をそっと撫でて、夢月はその場を後にした。
事件が解決した後も央は、児童相談所へ連絡したり、カウンセラーを要請したりと、ニトのために動いた。
「皮肉なことに役所にいる時より、こっちの仕事してる時のほうが役所が必要な事態に出会いやすいんだよなぁ」
「エージェントの仕事の範囲を超えてないかしら?」
そう指摘するマイヤに、央は答える。
「英雄にも、リンカーにも、幸せでいて欲しいんだよ。せっかく、出会えたんだしさ」
「お人好しね」
マイヤの微笑みに、央も自然と笑顔になる。
「ニト君とニンゲルにも、笑い合える日がくるといいな」
それはきっと……すぐ先の未来。