本部

スクラップ・プラスティック

Toro

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 6~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/11/23 20:50

掲示板

オープニング

●戻らないもの、巻き戻せるもの
 秋の夕暮れを背に、男はゆるやかに路上に躍り出た。徐々に交通量が増えだした中で、信号が見えていないかのように。
 迷惑だし、面倒だ。いや、それどころか。それがあんまりにも唐突だったので、下手したら轢いてしまうだろう。目の前に来られたら誰だってそう思う。
 なので、ハンドルを堅く握っていた右手をクラクションに動かそうとして、同時に、目の前の相手が手を上げたのを見ずに、ブレーキを踏み込んだ。
 運転手にとって幸運だったのは、免許取り立てだった為に無茶なスピードを出していなかったこと。
 運転手にとって不幸だったのは、男が手を上げたのは『渡ります』の合図でもなんでもなく、それはただの敵意の前準備だった、というだけのこと。
 よく見れば、随分とその手は大きい。それどころか、遠巻きでみえなかったけどサイズ感がおかしい……。

 そこまで考えた時点で、ボンネットに手が降って来て、鼻先でぺしゃんこになった車体が見えていた。男との距離は遠いままだった。
 驚く暇も与えられず振り上げられた手を見て、悲鳴を上げて逃げ出せたのは幸運だった、かもしれない。

●incident(s)
「た、大変だー……っ、とっ、と!?」
 ブリーフィングルームにあわてて駆け込んできた職員は、慌てた勢いそのままに盛大に転び、盛大に書類をぶちまけた。
 顔から豪快にいった姿勢で、振り上げた掌が触れた一枚をしっかと握りしめ、職員は集まった面々にまっすぐに差し出した。そして、受け取ったのを確認してからそれ以外をしずしずと拾い始めた。

「ビジネス街の大通りに、デクリオ級の愚神が出現しました。数は1、識別名『アチャラナータ』。詳しくは資料を見て頂ければと思います。パワー型といえば聞こえはいいかもしれませんが、理性のない壊し屋ってだけで戦略とかそういったものとは無縁そうですね」
 だから厄介なんですけど、と小声が挟まれたのは聞こえない、かもしれない。
「人間の形はしてますけど、サイズ感がおかしいので遠近感が狂うかもしれません。巨大な手を振り回して破壊行動に出てまして、既に複数台の車を叩き潰しています。ライヴス収集を狙っている以上、その対象がビルなどに向く前に速やかに排除する必要があります」
 車の爆発炎上で命を落とす人数よりなにより、ビル一棟の被害ならば比べるべくもない。愚神が破壊衝動だけで荒らしまわる、というのもどうか。なら、危険度を考えれば、となるわけだ。

「皆さんには愚神の撃破、加えて可能な限りの足止めを行って頂きます。既に行動に移っている相手を前に被害をゼロに、とは言いません。ただ、高層ビルが林立するどまんなかで一つでも崩れればその影響が計り知れないは御存知の通りですから、それだけはなんとしても避けて下さい。皆さんの健闘を、祈ります」

解説

●目標
 愚神の討伐、ビル崩落の阻止(両方達成して成功となります)

●登場
デクリオ級愚神『アチャラナータ』
 フォルムは人間と変わらない(やや体躯と上背のよい人間)が、両腕の質量が異常なまでに大きい。距離感を狂わせるし、事実として距離感を大きく無視する。
 人語は解するがもとより応答する気は希薄なのでコンタクトをとることはほぼ不可。
 物理攻撃力特化型。魔法系等による攻撃はほぼ無いようだが、その分物理関係での融通を利かせるスタイル。
 防御面は比較的魔法に強い、程度で大きく劣るところはない。
 行動は、手近なビルに一直線に移動することを再優先する。ビルに接触後、三度ビルめがけ攻撃すれば間違いなく崩落するでしょう。
 愚神の初期位置からビルに接近するには左右に動く必要が在るため、片一方に敢えて近づけさせて戦闘するか、中央で安牌を取るかは自由です。
 尚、『戦闘の余波で崩落する』、つまりは『戦闘に勝利して条件を逃す』という事態は起こりうる確率は低いと思って結構です。ビジネス系ビルの耐震性は高いので。高いはずなので。

・開手
 両手のひらを大きく打ち払う。周囲複数の対象を一度に狙い、ヒットした場合「衝撃」を被ることになります。ダメージ中程度。
・閉手単殴
 単一対象めがけ拳で殴る。近距離(威力大)~遠距離(威力中)まで射程は比較的長いです。
・閉手陸殴
 自分を中心とした3×3スクエアに対し、地面を殴りつけることで局地的な揺れを引き起こします。
 確率で砕けた地面に足を取られ、「拘束」のバッドステータスを被る可能性もあります。

●場所
 かなり大きい幹線道路を構えたビジネス街、その入口付近。秋晴れながら、若干日が傾いているため明暗が顕著です。
 道路の幅は6スクエア程度。ビル接触まで更に左右各2スクエア。急げば一定距離を置いて包囲態勢を敷けるはずです。

リプレイ

●Plastic syndrome
 力を加えられ、破壊された目の前の人造物。その内部の人間を逃したのは惜しかった。
 だが、そんなものと差し引きゼロに、いやさ大幅なプラスに変えることが出来る程度には目の前の空間はライヴスの収集に適していたといえる。
 間違いなく。あの建物ひとつ崩しただけでも十分過ぎる程度には収集が可能――まるで、そう。物を知る者が見たら「蟻塚を前にしたアリクイのよう」だと、思わなくもないか。
 果たして、この愚神に元の人間の性向がどの程度残っていたかは疑問だが、間違いなくこの愚神は、命に対して得ることを、壊すことを通して活発化させんとしているのが明らかだった。

「すごいね、あれ! でっかい手! ホラ、尾形!」
 周囲の混乱に対しては些か鈍いというか、何処と無く楽しげですらある声音の片桐・良咲(aa1000)に対し、尾形・花道(aa1000hero001)の分析は飽くまで客観的かつ冷静であった。単純に、狙いづらい。
 腕の質量に視界が遮られて、一射二射の程度で十分な位置把握が出来るほど容易い相手ではないことが理解できる。自然界で狩りを行う際には、或いは木々のサイズ感に翻弄される場合と近似するだろうか。その異常さは比ではないが、慣れるに越したことはない。最悪、支援に立ちまわって覚えてもいいだろうと認識を切り替える。肉体の主導と外見は持ち主のまま、良咲は踏み込まずに弓を番えた。
「……エージェントなら、こういう被害の出そうな最前線に立ち会えると思ってたよ」
 ビルの倒壊。当たり前のように訪れるであろう未来図が、ビル街と自らの記憶とを重ね合わせた虚像に三ッ也 槻右(aa1163)は喉奥からこみ上げた感慨を素直に吐き出した。
「なんぞ、因縁すら感じるの。だがの槻右、守ると決めた以上は左様にせよ」
 酉島 野乃(aa1163hero001)は、そんな彼の葛藤めいたものを十全に理解している。その因縁に縛られるだけの相手ではないこともまた、知っている。道路の中心で仁王立ちになり、その肉体を見せぬほどの腕に隠れた愚神がどれほどに危険かなど、考えるまでもない。故に、失ったものを補った『それ』で、ひたすらに駆け、周囲への避難を促しにかかる。にわかにパニックを起こした周囲の一般人は、誘導無くば間違いなく大通りに現れ、戦闘の邪魔になる。初動で手落ちがあれば苦労するのは自分たちだ。何より、失うことを眼前で見たくはない。
「こんな往来のど真ん中でゲリラライブたぁ隅におけねぇな」
「言ってる場合ですか、行きますよ! 皆さんの明日を守る為に!」
 通信機の向こうから、布陣を固めるべく愚神の意識を誘導せんと動く味方の動きを認識しつつ、ガルー・A・A(aa0076hero001)の呑気とも言える態度に鞭打つようにして紫 征四郎(aa0076)はその決意を声にする。戦いに赴くに、共鳴を済ませる必要はあろうが……今はまだ機ではない。彼女なりの矮躯をして立ち回り、槻右と同じくいち早く、避難誘導に動く必要性を理解していたからである。愚神の四方を固め、更に外側からカバーする以上は優先的に、外因を排除するのが先だ。そのためにも。
「チハヤ、リュカ、頼んだですよ!」
「征四郎ちゃんに頼まれたらちゃんと頑張らないとね!」
「オリヴィエ殿、ガルー殿が居るなら心強いでござる。些か距離感が掴みづらいが」
 側面から前進し、その威容が向き直るのに僅かな懸念を覚えた白虎丸(aa0123hero001)をよそに、虎噛 千颯(aa0123)は彼の力を纏ってその姿身を一瞬のうちに変化させる。胴を覆った鎧と尻尾を引き継ぎ、金の瞳で相手を見据える。半身を傾けて自らを睨みつけた姿は、異常発達した腕の奥から除く殺意が痛いほどに伝えてくる。十分に距離をとって踏み込んだ筈なのに、次の瞬間に足元を抉っていく速度はもう、位置とかの次元で済ませるものでもあるまい。共鳴直後に咄嗟に身を捌いていなければあっさりと受けていたことは間違いない。
「俺ちゃんが惹きつけておくから避難と包囲頼むな!」
「りょうかーい! ここでビル壊されたら店主さんも俺達もぺっちゃんこだね!」
「……そうなる前に倒す」
『剣の子(=征四郎)』の声を通信機越しに確認しながら、白杖を二、三度衝いて木霊・C・リュカ(aa0068)は周囲の状況を把握する。間髪入れず、オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)の意識が彼の主体として幻想蝶から滑り込み、その姿見を変えていく。見えない世界を在るものとして、そこに在る世界の意味を認識する儀式。ホルスターの重みと身を覆う肌の色から、既に気楽な雰囲気は消えている。仲間とは別方向に対して避難を促しつつ、愚神の動きは最大警戒。いつ、どのタイミングで愚神がリンカーの意図に気付いて襲ってくるかもわからない。無論、既に間合いに踏み込んでいるのは千颯ひとりではない。
「猛るな獣、今は目的よりも目標を優先しろ」
「っせェなぁノミ虫!!ぶっ倒せば同じコトだっつの!!」
 自らの行動を制すように放たれたG戦場のアリア(aa0972hero001)の諫言に、岸田 カイト(aa0972)は苛立ちを隠さず反抗する。
 売り言葉に買い言葉。相手を猛獣扱いした返答として寄生虫扱いは堪ったものではないと感じつつも、アリアにそれについて言葉を重ねる余裕はない。愚神を倒せれば何でもよい、と視界を正面に据えた契約者の在り方は、彼女が求める所の目標達成への近道ではある。あるが、それを正しいと肯定してやれるほどにカイトの生き方は穏当ではない。目標の為に、音も無く髪色を僅かに変じたその瞳の色は、元の持ち主のそれと何ら変わらない。……無謀に命を燃やさぬ限りは。
 故に、守りを捨てることを意図して踏み込もうと何の問題も無いのだ。既に仲間を照準している相手に手を出さぬ道理など、何処にもない。
「冗談じゃねェ、何のためにお前と誓約交わしたと思ってンだ?」
『目標を遂行する為に決まっている』
 結果を急いていることはアリアとて理解している。それを止める気は無いし、それで我を忘れる類ではないことは承知の上で、彼の求める通りに力を貸すことを優先しただけの話である。近いのか遠いのか、当て得るのか分からない縮尺の腕と胴を前に、更に前へと。

「あれが愚神みたいだよ!クエスちゃん!」
『ん? 腕が異常に大きいのか? 距離感が掴みづらいな……』
 既に聞き及んでいた情報と、目の前でリンカーが防衛に回った相手の姿とを幾度か確認し、それが間違いなく標的であることを豊聡 美海(aa0037)は認識し、同時に共鳴状態にあったクエス=メリエス(aa0037hero001)が情報を反芻するように認識する。
 仲間が対象に向ける感情がそれぞれであったとて、その姿見に対する動揺は狂いなく同一であったと見える。こと、体躯に優れた美海ですらも圧倒する質量感を持つアチャラナータの腕は、接近戦の間合いに入る前の彼女にすら伸び、掠めとろうと――もちろんライヴスをだ――構えている。
 やすやすと意のままにされることはまず無いとしても、あの距離から一方的に襲われるのはいい気分ではない。
『初動でなるべくしっかりと包囲することが大切だね』とはクエスの言だが、彼女もその例外ではなく、足止め要員として期待されていることは否めない。狂った距離感に僅かに早まった呼吸を乗せ、大盾を構えて突き進む。千颯から放たれた活性の波長は、僅かに強張ったその緊張を解すには十分すぎた。
「ちょっとはこれで打たれ強くなるよ! 多少の無茶も出来るよ!」
『嘘をつくでない! それほど硬くはなっていないでござるから無茶は禁物でござる!』
 たぶん、と語尾に乗せた千颯に、内奥から白虎丸のツッコミが入るがどこ吹く風である。当然、美海だってそのツッコミが聞こえていなくとも、無茶をする気で赴いているのだから好都合だ。
「ありがとう、度胸試しの感覚で頑張るよ!」
『その調子だよ美海ちゃん!』
 こちらも同様。掛け合いというよりは同調で、腕の勢いを忘れるかのように一気に踏み込むと、幻想蝶から引き出した大剣を構える。重量感が余りに逸脱した武装も、彼女にとっては取り回しに難はない。
「なるほど、ありゃ確かに現実世界にはいなかったタイプだな」
『海賊行為をしない海賊の仲間に……』
「言うなよ。それ以上言うなよ」
 ヴァルトラウテ(aa0090hero001)の頑健な鎧を纏いながら、赤城 龍哉(aa0090)の片目が色を変え、明確な臨戦態勢へと駆け抜ける。
 サブカルチャーの影響か、二者のイメージが奇妙な一致を見せたようであるが、割合有名どころの作品が先に出るのは世の常である。海外小説に起源を置く日本観に聡い者ならば、別の創作物めいたものを想起したことだろう。無論、どちらだろうと変わりはなく。目の前で、世界に仇なすという一点においてのみの一致である。
 相手は巨大だし、異様である。だが、警戒していれば間違いなく後手に回る局面が出てくるだろう。ほぼ同時に接近した仲間同様、引いて戦うやり方では明確な勝利は遠い類の戦術の組み立てになってしまう彼らには、退路というものは元より存在しはしない。
 千颯に対し大ぶりな一撃をかわされた後、次に選んだ愚神の挙動は煩わしげに、打ち払うこと。両腕を引き、乱雑に振るう動き。暴風にしか感じられないその動作に、理性らしきものは感じられないが、ただ……それは間違いなく、自らに対するセオリーを破る為に成された動きであることには変わりない。振るい、払い、叩きつける。拳を固めていないが故に余計荒々しい動きに、龍哉は目を細めた。
「硬ぇ上に反応早……だが、そういうのはテレフォンってヤツだ……来るぞ!」
 彼の言葉に誤りはない。大ぶりな動作、余りに単調な軌道は予測するまでもなく認識出来る。問題は、その規模の大きさを如何に避けるか、守るかに集約される。必然、確実に受け止めて反撃に活かすものと、回避に動き隙を衝くものとに別れることになろう。龍哉は回避に動き、迷いなくその一撃を頭を下げて振り抜かせる。予め小手調べに一撃を与えたというのに、豪腕を振って打点をずらし、急所を狙わせないと言わんばかりの動きだった。プログラム通り、愚直に動く従魔とは違う。なら、その対応力を上回ればいい。
 我知らず笑みを浮かべ、龍哉は周囲に視線を配る。
 闇の中から飛び込むように閃いたのは、闇に溶けた色合いの袴の一端。金の縁取りを翻した、槻右の持つ黒鉄だった。

●accident(s)
「距離は十分理解できるが、中たるかといえば別問題ということか」
 花道の姿見へと自らを変じ、弓を引き絞る良咲の声色には余裕らしいものはない。異常な腕のサイズには慣れ、十分な距離から回避するためのマージンを取って一射ずつ狙いはすれど、その胴部へと中てるには困難な状況だ。射手としての手管は抜きん出ている良咲であってこれである以上、外周に回った三者に決定的な瞬間を生む為の苦難がどれほどかは語るまでもない。
「そいつの足元にマンホールがある。地面を狙われた時に厄介だぞ」
「面倒くせぇ位置取りしやがるぜ、このクソ愚神が……!」
「遠近感むちゃくちゃなのです……!」
 オリヴィエの口調そのままに、通信機を通して警戒を促すリュカに応じるように、四方からカイト、征四郎、龍哉、千颯、そして美海が接近するが、相手の破壊力を前にしてほんの僅かに、押されつつあった。
 幸いだったのは、彼らの実力が総じて高いために致命打を抑えて立ち回ることができることと、一定レベルの連携は行うことが可能であること。
 不幸だったのは、相手の巨大な腕の本懐が距離を狂わせるのみならず、とんでもない質量を持った盾に等しい役割を持っていたことにある。
 振り回しさえすれば命中させられる、はた迷惑な破壊物体。対して、肉体は然程のものではないと見るのは当然の考えである。
「打撃力はあるが、そこまでタフって訳じゃねぇな。どうしようもないレベルじゃねえ」
「滅茶苦茶な距離感だから当たらねえってワケでもねえだろ、殴れりゃ同じだ」
 ……相対的に見るならば、それは正しい。
 そうでなければ、龍哉が踏み入りカイトが拓いた一縷の血路をして相手に有効打として当たりはすまい。ラッキーパンチの類ではなく、確かな積み重ねから生まれた一歩である。
 動揺の色を濃くしながらも、凛とした佇まいへと変じた征四郎の眼の光は強い意思を光量として宿している。遠間に居る槻右を狙いかけた拳が、フェイント気味に自らへ飛んできた時も足は止まらなかった、それだけは間違いない。胴をかすめた衝撃は、避け続ける危険性を警鐘として鳴らしていたが。
「瘉し系俺ちゃんにお任せ!」
「無理はしなくても、私とクエスちゃんに任せてもいいからね!」
『そうだね、まだまだいけるよ美海ちゃん!』
 征四郎の危地を見咎め、すかさず千颯が癒しを向け、美海がやや高めに盾を掲げ、構える。
 緊張の糸は切れてはいない。一切の油断はなく、目の前のすべてに集中できている、と征四郎は直感していた。

「『アチャラナータ』、揺るぎなき守護者って…なんの冗談です?」
 その名の語源を梵字に求めれば、全く冗談のような語源であると思う。守るどころかスクラップにしてしまうやり口は、正味のところ辟易するほどにそぐわない。
『外見も一撃も冗談みたいな相手だからな、何を思ってそんな名前を配されたんだか』
 槻右がこぼした呟きを、通信機で拾ったオリヴィエが返す。思考の裏で、リュカはその名が不動明王のそれであることに気付いたかもしれないが、何れにしても無作為な破壊を求める性分ではないだろう、とは感じたはずである。
「どちらにしても、次の一撃は冗談で終わらせてほしいですけれどね」
『同感だ』
 素早くカイトの対角に陣取った槻右が地面めがけて殴りつける動きを邪魔すべく威嚇射撃に回り、オリヴィエはおおぶりな前動作から生まれた頭部への隙を逃さずに、それぞれ銃弾を叩き込む。
「これだけ引きつけられていれば十分だ」
 二人の射手に先行して動いていた良咲の矢も、僅かに腕を掠めたものの最終的には胴をえぐり、アスファルトを叩いた。
 バランスを崩した愚神の一撃は地面を砕きこそすれ、その下へと十分に打撃を加えることがかなわずに停止した。すかさず次の挙動に移ろうとするそれを、包囲したリンカー達が指をくわえて見ているわけも、無い。
「ここは絶対に守ってみせるのですよ!」
「まだるっこしい事考えなくても、倒しちまえば同じだ」
『目標を優先しろ、というのだ』
 長大な、そして禍々しさを強く吐き出す槍を腰だめにかかえ、低い姿勢から征四郎が飛びかかる。その動きが十分に通じるように、先んじて自らに視線をひきつけたカイトは言葉こそ常と変わりないが、目的のための、という接頭辞こそ付くものの十分に合理的に、味方に頼った戦い方を進めていた。当然、小言を散らしつつもアリアはそれを認識している。
 叩きつけた腕を持ち上げ、辛うじて腕で受けた愚神ではあったが、その一撃が与えた影響は存外に大きいようだ。
掠め、角度を変えた槍の穂先が鋭く胴を裂き、引き戻される。それに合わせるように、たたらを踏んだ愚神へ追撃が加わり、重い打撃となって貫かれる。
「――ァ」
 喉奥から吐き出された咆哮。命を削る相手の猛攻に対して、それは確かに思考を割いた。
 より多く奪えるから狙う、という意味では彼らは強敵すぎる。逃げていくそれらを追うことは容易くはないが、目の前の彼らよりはずっと楽である、「はずである」。
 最初に眼の色を変えた相手を認識したのは、他ならぬリュカであったが、相手の顔を照準するより、向き直った相手が大ぶりの拳を地面へ叩きつけるほうが早い。
「従魔とは勝手が違うか……!」
 砕けたアスファルトが、不規則に地面を砕いて前に出たメンバーを縛り付ける。一瞬の拘束を抜け出すより早く、その愚神は腕を前に出し、突き進む。
「賢く立ち回るやりかたは、させてもらえないですかね」
『どうやらそのようだの。余裕とまではいかぬか』
 征四郎と千颯が拘束された仲間を補助するために動くが、その隙は小さくはない。
 知性というには余りに品性に欠けた瞳を輝かせ、『揺るぎなき守護者』は何よりも自分を守るために、包囲網から一歩、大きく踏み出した。

●scrap&build
 リンカー達にとって幸いだったのは恐らく、愚神が元の進行方向を翻したことで到達までの時間をより稼げること。
 リンカー達にとって何より厄介なのは、愚神を再度完全包囲するには厄介すぎる位置取りであることだ。
 賢しくは立ち回れない、だが最悪の結果は避けて通りたい。槻右の懸念はそのまま、思考から決断、行動までをシームレスに動かした。
 浅い呼吸を経て、愚神を視界に収めた更に向こうでは、その意を汲んだカイトの瞳が青く変じたところであった。
「見てられん」
 正面、ないし背後からの攻撃を企図する味方は当然のように多く、概して左右からの追撃は得手ではないと判断する者は道理として存在する。
 カイトと槻右、千颯と征四郎もそれぞれ、息を合わせるために前後を取ることを意識したのは当然の思考である。是非もなく、そう上手くは戦場は回ってくれはしなかったが。
 だとすれば、左右からであろうと位置を狂わせることにこそ意味を見出す必要がある。意味を見出すしか無い、とも言えようか。
 カイトの瞳が色を変え、両手剣の質量を右腕一本で持ち上げ、大振りの構えから一気に振りぬく。ビルを背に捉えることはできないが、槻右の位置を捉えている。
「目の前に迫ると違いますね、威圧感が……」
「……そこだ!」
 ライフルを収め、大剣を構えた槻右に迫る愚神の威圧感は冗談の域を超えている。刃を振るうタイミングを、思わず逸してしまいそうなほどには。だが、カイト――正確には、主導権を握るアリアの声に導かれるように振り上げたそれは、ピンボールよろしく弾かれた愚神を更に押し返す。
「慌てるな、ビルまで近づくには余裕がある」
「美海ちゃんが受け止めるから、こっちに追い込んでくれてもいいからね!」
「ビルに近づけて被害者を出すなんてまっぴらごめんです! みんな、よろしく頼むのです!」
 オリヴィエの落ち着いた語り口に合わせるように、リンカー達は周囲の状況を再度把握する。
 包囲を抜けられたから何だ。一歩踏み込まれた程度、いくらでも押し返せることを今証明したばかりなのだ、と美海が確かな足取りで盾を構える。征四郎が、回りこむように側方から槍を突き出し、腕の付け根目掛けつきだしていく。貫くのではなく切り裂く軌道をもって、制限された動きに拍車をかける。
 煩わしげに一瞥し、前進しようとしても、目に見えて動きが鈍っているのが見て取れた。規格外の腕を振り回す、規格から外れ得ぬ胴は、既に限界を超えて久しいのではないか。
「さぁて、ここからは我慢強さの勝負だ。行くぜ!」
「自身のを知らぬ獣ほど狩りやすいものも無いな」
 動きを鈍らせた愚神の正面に回りこんだ龍哉が、美海の方へと押しこむように拳を叩きつける。後退は僅かだったが、再び包囲するには十分な距離。
 そして、『我慢比べ』を優位にすすめるには余りにも手の内が吐き出されて久しい状況。
「じゃあちょっと俺ちゃんも、無茶しちゃおうかな……!」
『重ねて言うが無理は禁物でござる! 弱っている今にこそ慎重に行くべきでござる!』
 発奮のための方便とはいえ、相応に無茶を続けている千颯に輪をかけて無茶をさせるわけには行かず、白虎丸の気苦労も余分に募るというもので。
 包囲状態を抜け出すには余りに状況が許されなんだか、愚神は程なくして膝をつき、近づかせまいと振るう腕も力なくアスファルトへともたれかかる。
 ビルまでの距離は十分。だが、全員をして凄絶な緊張感のもとに抑えたことは間違いない。

「壊れたものは直せばいいが、資源が浪費されるのは自然じゃないな。遺憾だ」
 戦闘の痕跡は、これでもかと破壊された路面と街路樹やら街路灯やらに顕著だ。だが、幸いにしてビルへの被害は見られない。リソースを割いて修復すべきそれらに、尾形は忸怩たる想いをにじませては居るが、逆に言えばそれで解決する程度の被害、とも言える。
 自らの顔を縦に蹂躙する古傷を薄く撫で付けて安堵する征四郎は、数秒後におもいっきり美海にハグされる未来が在ることを、きっと知らない。

結果

シナリオ成功度 普通

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • エージェント
    豊聡 美海aa0037
    人間|17才|女性|防御
  • エージェント
    クエス=メリエスaa0037hero001
    英雄|12才|男性|ブレ
  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • エージェント
    岸田 カイトaa0972
    人間|20才|男性|防御
  • エージェント
    G戦場のアリアaa0972hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 楽天家
    片桐・良咲aa1000
    人間|21才|女性|回避
  • ゴーストバスター
    尾形・花道aa1000hero001
    英雄|34才|男性|ジャ
  • 拓海の嫁///
    三ッ也 槻右aa1163
    機械|22才|男性|回避
  • 大切な人を見守るために
    酉島 野乃aa1163hero001
    英雄|10才|男性|ドレ
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