本部

【白刃】撤退とは、再起のためと見つけたり

山川山名

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 6~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/11/17 04:56

掲示板

オープニング

●白き刃へ抗う為に
「総員、準備はよろしいですか?」
 映像で、音声で、出撃し往くエージェント達にオペレーター綾羽璃歌が声をかける。
「H.O.P.E.東京海上支部としては初の大規模作戦。それに伴い、今回皆様には別働隊として動いて頂きます」

 展開されたドロップゾーン。
 そこから溢れ出す従魔、呼び寄せられる愚神。
 別働隊はそれらを叩き、これ以上のゾーン拡大を防がねばならない。

「大規模作戦の成功……アンゼルム撃破の為にも、皆様の任務遂行が必須となります。
 ――どうか皆様、御武運を!」

●強襲、反撃、窮地
「はっ、はっ、はっ……」
 碁盤の目のように住居が配置されている住宅街の中を、男は浅い息を吐き散らしながら走り抜けていた。抱えている右腕からはとめどなく血が流れ続け、身に着けている服は所々が切り刻まれている。
 つい先日展開されたドロップゾーン、そこから『産み出され』続ける異界からの黒龍。この脅威に対し、まず男を含む能力者の一団がドロップゾーンに派遣されたのだ。――結果はこのザマ。圧倒的な量を誇る黒龍の前に自分たちはなすすべなく潰走した。今仲間たちがどこにいるのかは見当もつかない。生きているか、死んでいるのかも。
 男の後ろからガラスを爪で掻いたような咆哮が轟く。
『ギャアァァァァアアアアアアアアアアアアアア!!』
「くそっ……! まだ追いかけてきやがるのか!」
 彼の後ろには、数体の黒龍が蝙蝠のような翼を羽ばたかせて彼を狙っていた。男は忌々しげにその影を一瞥すると、角を鋭く曲がった。
 曲がり、曲がり、曲がり、曲がる。角を進むたびに咆哮は遠ざかり、いつしか聞こえなくなっていた。遠くの方でかすかに、洗濯機を回すような唸りが風に乗ってくるだけだ。
「撒いたか……」
 塀にもたれかかり、安堵したように息を吐く。だが、そこで緊張の糸が切れたのか男は激しく顔をしかめた。秋も半ばだというのに、額に汗がじっとりと浮かんでいた。
 すでにあの黒龍たちはこの一帯に展開しているだろう。空中を睥睨し、広範囲を見渡すことができる黒龍相手ではいずれ自分は力尽きる。
 それだけは嫌だ。まだ自分は生きたい。生きて自分の家に帰りたい。
 切り裂かれたジャケットの内ポケットから一枚の写真を取り出す。そこに写る笑顔を見て、男の顔に自然と笑みがこぼれた。
 どんな手を使ってでも、この笑顔が満ちる場所に帰る。……まだ諦められない。
「待ってろ……必ず、帰るからな……」
 日はすでに西の空に落ち始めていた。

●時間の良いところは、黙っていても進むこと。悪いところは――
「お前たちより一足先に黒龍が生み出されるドロップゾーンに向かった部隊の壊滅が確認された。タイムラグを考えると、一時間前にはもう大半がやられていただろうな。今は黒龍による残党狩りが始まっているころだろうよ」
 ブリーフィングルームの中では、集まった能力者たちを前にして男性担当官が苦虫を噛み潰した顔で話していた。事態が事態なだけに、今回はノリの軽さで有名なこの担当官も真剣にならざるを得ないのだろう。
「状況を説明する。部隊が展開していたのは生駒山郊外のドロップゾーンだが、敗走した奴らは散り散りに逃げだした。ほとんどはHOPEで保護を完了したが、一人所在が明らかになっていない人間がいる。そいつを保護してきてほしい、というのが今回の依頼だ」
 担当官は長机に両手を置き、身を乗り出した。
「最後の目撃情報から、そいつは近隣の住宅地に逃げ込んだ可能性が高い。そこは地元住民でも迷うことがあるという土地でな、おそらく見つけ出すことは相当困難になるだろう。おまけに日が落ちかけてきているから、完全に落ちれば見つけることはほぼ不可能だ」
 もっと言うと、と担当官は眉間にしわを寄せた。
「黒龍が六体ほど、すでに住宅地に展開しているようだ。保護対象を探しているんだろう。奴らに先に見つけられればどうなるか。……事態は一刻の猶予もない。こちらからヘリを出す、すぐに向かってくれ」

解説

●目標
 保護対象を見つけ、保護する

●登場
保護対象
 三十代前半の男性。黒龍討伐部隊の一員だったが、部隊が敗走した後は行方不明になっている。
 HOPEに保護された部隊の人間がことごとく重症であったことを鑑みると、保護対象もそうである可能性が高い。時間がたつにつれて、傷は保護対象を疲弊させていくだろう。
 住宅街のどこかに身を潜めているとされる。すでにHOPEによって保護対象が住宅の中にいないことは把握済み。住宅街の上空には黒龍が展開しており、黒龍に発見されれば保護対象の生存は絶望的となる。また、日が完全に落ちた時点でも捜索を中断する。

異界からの黒龍
 住宅街近郊に発生したドロップゾーンから生み出された従魔。ミーレス級、デクリオ級と様々な力を持っている。総数が多いため、個体ごとの判別は不可能。
 現在は六体ほどが住宅街上空にいる模様。しかし、その数はさらに増える可能性があり、予断を許していない。
 大規模作戦との関連性から、黒龍の数を減少させることも目標の一つとして存在している。しかし今現在は保護対象の保護が最優先目標であるため、黒龍の殲滅は必ずしも重要目標としては設定しない。

●状況
 夕暮れ時の住宅街。生駒山から少し離れたところにあり、近郊に黒龍を生み出すドロップゾーンが存在している。ドロップゾーンの影響で住宅街の住民には避難命令が出ており、ヒトと呼べるものは住宅街の中には保護対象しかいない。
 碁盤の目のような住宅配置になっており、地元住民でも迷うものが出るとされる。

リプレイ

●黒龍直上、頭上注意
『まもなく作戦空域に到着します。準備をお願いします』
 輝きを失いつつある大空を飛翔する、鋼鉄の鳥。羽の代わりにローターで空気を叩くその腹の中で、能力者たちは最後の確認を受けていた。
『保護対象を確保できた場合は、私に無線連絡をお願いします。保護対象をまずヘリで最寄りの病院に輸送したのち、皆さんには回収車両を向かわせます』
 分厚い窓ガラスの下では、すでにちらほらと黒龍らしき影が見え始めていた。影響を受けないために、わざとそれらが展開する倍以上の高度を飛んでいるのだ。
『……準備が出来ました。それでは、A班、B班、C班の順で降下をお願いします』
 乗組員がドアを開け放つと、すぐに冷風がヘリの中を満たした。ホバリングを開始する中、能力者たちは腰を上げ始めた。
『絶対に助けましょうね、クロさん』
「ああ、かならず」
 セラフィナ(aa0032hero001)の言葉に真壁 久朗(aa0032)は静かにうなずき、ヘリから飛び降りる。
「(ちゃんと、連れて帰る、です)」
『死人なんて見たら後味悪いからな。早い所見つけ出して生きて連れて帰るぞ!』
 降下のため共鳴した状態でゼノビア オルコット(aa0626)がメモ帳に決意を綴ると、レティシア ブランシェ(aa0626hero001)はしっかりとそれに応じた。
 二人が降下した後、ヘリは位置を変えてホバリングする。
「時間との勝負……だね」
『強敵に挑んだ勇敢な仲間です。何としても助けなければなりません』
 アリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)の言葉とともに志賀谷 京子(aa0150)ははるか下を見下ろし、ヘリの床を蹴った。
「部隊が壊滅した以上、かなりの怪我を負っているのは間違いないだろう。一刻も早く救助しなくてはならないな」
『あたしたちの力はだれかを守る為のもの、救う為のものだからね。助けを待っている人を早く見付けましょう』
 ルティス・クレール(aa0304hero001)に背中を押されるようにレオン・ウォレス(aa0304)は片手で眼鏡を押し上げた。
 さらにヘリは移動する。すでにこの時点で四人のエージェントが現場に向かったため、ヘリの中は幾分がらりとしていた。
『さあ、行くか我が覚者よ。この状況で命をつなぐなら、さぞ生に執着していることであろう。救わねばならぬだろうよ』
「お前が何考えてるかはともかくとして、救うのは全くの同意だよ。有用な情報も持っているだろうしな」
 ナラカ(aa0098hero001)の言葉に眉根を寄せつつも、八朔 カゲリ(aa0098)は静かに目的地へ飛び降りた。
「何とかしておっさんを助けないといけないな」
『そうでござるな。それと、それがしたちの目標も忘れずに達成するでござる』
 宍影(aa1166hero001)の言葉に何かを思い出したのか、骸 麟(aa1166)がわずかに身震いしつつヘリから降下した。

 彼らがヘリから身を投げ出した時、男は体力の消耗を避けるべくコンクリートの壁に体を預けていた。
 天空に制止する黒い影を見やりつつ、男は静かにこぼした。
「……早く、助けに来てくれ。HOPE」
 希望の名を口にしながらも、彼の目からは光が消えかかっていた。

「加賀美京谷。HOPE所属のベテランエージェントで、二人の子供を持つ。ラフな格好をしているが、戦闘の影響で衣服は血まみれだろう……と、情報としてはそんなところだな」
 一番早く作戦区域に降下した真壁は、ヘリの中で事前に伝えられた情報を反芻していた。彼の隣には、共鳴を解除した状態のゼノビアとレティシアがそろって立っている。
「(お子さん、きっと寂しがってる、です)」
『うん。頑張って探し出そう』
 セラフィナの静かだけれども決意を込めた声に、レティシアが首を軽く鳴らしながら付け加えた。
「ガキに父親の死に顔を見せるにはまだ早え。京谷もそう思ってんだろ」
 当然ながら、保護対象を死なせるわけにはいかない。それはHOPEの重要な情報源というだけではなく、単純に父親をあるべき家族の下へ帰すという理由もはらんでいた。
(……ぜったい、助け出して見せる、です)
 その決意だけはメモ帳にしたためることなく、声を失った少女は心に刻み付けた。
 すでに太陽は地平線の彼方へその身を隠し、あたりは暗闇と黒龍の鳴き声に包まれた。

すでにB班は住宅街に進入し、各住居周辺をしらみつぶしに捜索していた。アリッサと手分けしてあちこちを確認する志賀谷は、レオンに本日何度目かの問いかけをしていた。
「ウォレスさん、そっちはどうだった?」
「こっちは何もつかめていない。そちらも、特に収穫はないようだな」
 志賀谷が探していた方向をレオンが見やりながら言うと、志賀谷は小さくうなずいた。
「やっぱり、明かりがないと辛いです。それに、別の問題も――」
 言いかけたところで、アリッサも二人に駆け寄ってきた。
「こっちはあらかた終わりました。でも怪我をした人の姿どころか、血痕すら見当たりません」
「あんたの目でも厳しいか。となると、相当骨が折れそうだな」
「それと、想像以上に外見が似た建物が多いです。注意して探さないと自分がどこを回ったのかもわからなくなるぐらいで……」
 この住宅街はとある建築会社に業務がすべて委託されており、その会社がデザインにかける時間を簡略化するために同じような見た目の家ばかり作ったという過去がある。だが、その経緯を知らない彼らにとってこの予想外の事態は、光源とともに重要な問題として頭をもたげていた。
『いずれにせよ、しらみつぶしに探すしかなさそうね。彼も、この中じゃどれだけ持つかわからないし』
 すでに秋も深い。一陣の風が、彼らの体にまとわりついて熱を冷ました。

『龍如きが我が頭上を飛翔するのは癪に障るな。いや、龍とも呼べぬ烏か』
 漆黒の空に咆哮をあげながら飛び交う黒龍に悪態をつくナラカ。かつての世界で神々の王すら歯牙にかけなかった彼女には、この力関係の逆転はさぞ腹立たしいものだろう。
「どちらにせよ、俺たちの目的は保護対象の捜索と保護だ。それを忘れるなよ」
『判っておるよ。どのみち烏どもに私の時間を割くことなどないからな』
 挑発的な態度で語気を強める彼女は、けれど腹立たしげな態度を崩していなかった。八朔が呆れたように小さくつぶやく。
「ったく……少し黙れ。この会話で対象が気付くならともかく、先に敵に見つかる」
 足掻いても時間は止まらない。時間を無駄にはできないのだ。
 そして、その精神を体現するかのように骸は方々の交差路を次々と移動していた。距離が離れ、捜索が難しい箇所にはメッセージカードを目印のようにコンクリート壁に突き刺して。
『大量に作ったカードがこんなところで役に立つとは……』
「物は使いようってことだな。これを見て、対象が少しでもオレたちの見付けやすいところまで動いてくれるといいんだが」
 それより、と骸は空を見上げた。
「……里にレポート書かねえとなあ。どこかで適当な従魔にAGWの性能試験をしたいんだけど、この状況じゃ無理だよなあ」
『まあ、それ自体はこの依頼を達成してからでもできるでござる。今は隠密行動でござる』
「任せろ。これでも骸一党の末裔だ」
 幸い、上の黒龍もこの暗さのせいでまだ自分たちに気づいていない。それを利用し、八朔と骸は片っ端から住宅の周りを探していく。
「……いない。どこにいるんだ?」
『ふむ。確か住居の中にはいないのであったな?』
「そうだが、それが?」
 八朔の問いに、ナラカはつまり、と前置きしていった。
『住居の中でなければよいのだろう? 別にガレージの中でも、物置の中でも、大きな縁のある玄関口であっても変わりないということだ。住居の外縁に身をもたげている、と決めつけるのはよろしくないと思うがな』
 八朔はその言葉を受けてしばし考え込んだ後、ゆっくりとあたりを見渡した。そこにはほとんど同じ形の住居が定規で整えられたかのように整然と並んでいる。そしてそれらの一つ一つには、例外なく大人一人が上空から姿を隠せそうな大きな縁を持っていた。ガレージや物置はないように見える。しかし実際は敷地に入るまで判別がつかない。
「これ全部を探せってのか……?」
『気を滅入らすな。それ、麟は動いておるぞ』
 見ると、確かに骸は慎重に慎重を重ね、今まさに一つの住居の敷地に入ろうとしていた。
 そして、彼女が足を踏み入れた瞬間、カッ!! と光が放たれた。骸が思わず狼狽える。
「なにっ!?」
『まずい、防犯用のライトでござる!』
 それは、心配性な住民が取り付けたセンサーによって侵入者を感知し、自動的に明かりを灯すシステムだった。
 なんてことはない、ただのシステム。だがその無機質な装置は、この状況において最大の悪手として二人に牙をむいた。
『グオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
「そこから離れろ! 気づかれた!」
『覚者よ、準備は良いな。こうなった以上、我らの目的は変化した』
「ああ。一暴れして黒龍をひきつける。解ってるよ」
 こちらを睥睨する黒龍に向かって、八朔は魔法書を手に告げる。
「行くぞ黒龍。おまえたちを全力で迎えてやる」
 そして、この状況を作り出してしまった骸も、同じく弓を構えた。
「本当に申し訳ないと思ってるけど……オレはオレにできることをやるだけだ!」

 北の方で衝撃と破壊音が巻き起こったことは、黒龍にも、そしてほかの仲間にもすぐに伝わった。通信機器を使うまでもなかった。レオンがそちらの方向を見やると、眼鏡をかけなおして言った。
「C班か。となると、回復役が必要そうだな」
『応援に向かう? 京子が動くとは思えないけど』
「いずれ要請が来るだろう。そうなれば動かざるを……っと、噂をすればだな」
 着信音を鳴らしたスマートフォンを耳元に当てると、そこからは爆音とともに八朔の応援を求める声が聞こえてきた。ある程度予想はしていたことなので短く答え、レオンはすぐに通話を切った。
 離れたところで捜索を行っていたはずの志賀谷がこちらに向かってきた。
「レオンさん、さっきの……」
「ああ。あっちは回復を行える人間がいない。俺達が行かなきゃならないだろうよ」
「でも、A班の人たちも来ちゃったら意味ないんじゃないんですか?」
「それについては心配しない。あっちの方で考えるだろうさ」
 他方A班には、応援の要請はされなかった。レオンたちだけで十分だと八朔が判断したからだが、それを無視して応援に向かおうとする者がいた。
「ゼノビア、どこに行く気だ!」
 真壁の引き留める声に、今まさに走り出しかけていたゼノビアは振り向いて素早くメモを書き綴った。
「(助けに行く、です)」
「ここからか? 距離が随分離れてるし、今俺たちが行ったところで戦力過多になるだけだぞ」
「(でも)」
 だが、その先をゼノビアが綴ることはなかった。迷うようにメモ帳に視線を落とすゼノビアに、真壁は努めて穏やかな声を出した。
「俺たちにどうして要請が来なかったのか。あっちで対応ができると、C班かB班の人たちが考えたからじゃないのか。だとしたら、俺たちに任された仕事は決まってくるだろう。カゲリや京子、レオン、麟の思いを無駄にしないためにも」
 ゼノビアはしばしペンを下ろしてその言葉を反芻すると、やがて小さく言葉を書き始めた。
「(わかった、です。私たちは加賀美さんを探しましょう)」
「よし。それじゃあ、捜索を続けよう」
 猶予はない。だからこそ、ここで自分たちが離れてはいけないのだ。
 今は耐えろ。真に彼を救いたいのなら。
 過ぎた時間は、二度と帰ってこないのだ。

●漆黒
「はっ!」
 声と同時、志賀谷のスナイパーライフルから放たれた閃光弾が辺り一帯を白く染め上げる。目を固くつぶり、顔を伏せていても容赦なく網膜に押し寄せる光の洪水に耐え、彼女とレオンは前を見据えた。
 何の対策も用意していなかった黒龍は空中で身をよじらせていた。別の龍は影響をもろに受けたのか、アスファルトに体を悶えさせていた。
「確か、この区域にいる黒龍は六匹だったな」
「うん。そいつら全員、わたしたちの下に引き付ける」
 目の前の龍はまだ二匹。騒ぎを起こし、残りの四体も応援のためにかき集めなければならない。生かさず、けれど殺さず。暴れ、しかし被害は出さない。
『難しそうだ、って顔してるわよ?』
「馬鹿を言え。面倒くさいと思っただけだ」
 ルティスの揶揄うような声を一蹴したその時、遠くからこちらを呼ぶ声がした。
「無事か!」
 志賀谷が銃口を下げて返した。
「なんとか。八朔さんたちは?」
「二匹はこっちに誘導させた。もうすぐ来る」
 八朔の言葉を裏付けるように、奥の方からジャージ姿の女性と蝙蝠のような体躯の黒龍が二匹、誘うようにして向かってきた。
『私たちの方ではこんなものだ。もう二匹集めねばならぬのだろう?』
『だとすると、ここは少し手狭ですね』
 アリッサの声は、その場の全員を戦闘区域の端に向けさせた。角に黒龍を押し込み、移動をできなくさせるのだ。
志賀谷は再びライフルを構えると、歌うように、嘲るように口ずさむ。
「じゃあ、行こうか。鬼さんこちら、手のなる方へ――ってね」
 視力を取り戻しつつあった黒龍に銃弾を叩きこむと、黒龍は三人に唸り声をあげて突っ込んできた。それを回避し、三人は牽制弾を当てながら奥へ奥へと二匹を連れていく。その後ろから、骸が二匹を引き付けた状態で追いかける。
「ま、まだ合流できないってのか!?」
『集中力を切らすなでござる! ここで奴らを逃がしたらすべて水の泡でござるよ!』
 奥歯を噛んだ骸は、即座に振り返るとフェイルノートの弦を引き絞り、一体の右翼に向けて矢を放った。必中の弓から放たれたそれは、翼の根元に命中すると黒龍を地上に引きずり下ろした。
「まだ問題ねえだろ。かかって来い、コウモリが」
 乾いた唇を舐めてそう挑発する骸に、宍影が心底驚いた声を出した。
『まさか一撃でうまくいくとは思わなかったでござる……火事場のバカ力、というやつでござるか?』
「それ今言う必要ねえだろ!? 俺がバカみてえじゃねえか!」

「さあ、わたしたちを殺しにおいでよ――!」
 コンクリート壁に身を潜め機を窺っていた志賀谷が一体を狙撃する。白いカードのような攻撃は、黒龍の両翼膜を貫くと楔のようにしてその体を地面に墜とした。
『ふはっ! 流石京子、私が期待した通りの素晴らしい輝きよ!』
「お前の期待とか呪いの類だろう。……失せろ」
 軽くため息をついた八朔は、黒龍を見ずに魔法の剣を射出した。無数の剣先は点の攻撃を面に変え、黒龍を撃ち抜く。
「なかなかやるじゃないか、あの二人も」
『大人が負けてられない、って感じかしら?』
「ハッ。確かにそうだな」
 トリアイナを構えて豪快に笑うレオン。彼の視界の端には、黒龍二匹を従えてこちらに向かってくる骸と、新たに二匹の龍が飛び込んでくるのが見えた。
「役者はそろったな。さあ、派手にやるとするか××××が」

●救助
「ゼノビア!
 他方、A班。レティシアの声に、少し離れたところで捜索を続けていたゼノビアが振り返った。
「(どうしたの)」
「血痕だ。まだ時間が経ってない」
 レティシアが示した暗闇の奥へ道しるべのように続く血の痕跡。それを見たゼノビアは急いでメモ帳に筆を走らせた。
「(はやくまかべさんにしらせないと)」
 声を出せないゼノビアに代わってレティシアが真壁を呼び出す。真壁も転々とどこかへ続くそれを見て、確かにうなずいた。
「保護対象の可能性が高いだろうな。これを辿っていけば会えるかもしれない」
『すぐに行きましょう! こうしている間にも時間は過ぎて行っています!』
「ああ。この血の量だ、そう遠くにはいけないだろう。この先は――」
 真壁は地図を開き、現在地と照らし合わせて最も可能性の高い場所を告げた。
「中央公園。さいころの目のようにそこだけ円形になっている小さな公園だ」
 血痕を追い、住宅街を駆け抜ける。たどり着いた公園はたいして大きいというわけではない平凡なものだった。少しの遊具と砂場、そして持て余した空間にぽつんと公衆トイレが置いてあった。
 そして、そのトイレの壁にうずくまる人影がいた。血痕もそこに向かって続いている。
「ご無事ですか!?」
 真壁がすぐに駆け寄り、人影の顔を持ち上げる。やつれて消耗してはいたが、確かに写真の中の顔と一致した。
「HOPE……か……?」
「そうです。助けに来ました」
「……悪いな……手数を、かけた……」
 首を横に振り、真壁は手早く応急処置を施す。ケアレイをかけ、出血箇所をハンカチで縛る。トレンチコートを着せた後、スキットルにためておいた水を加賀美の口元に当てた。加賀美は慎重に、気管に流し込まないようにそれを飲んだ。
『傷が深いです。もう少し見つけるのが遅れていたら危ない所でした』
「不幸中の幸い、ってところか。……よし、これでとりあえずは完了だ。あとはヘリを呼ぶだけだ」
 真壁が加賀美から離れ、スマートフォンを取り出してHOPEと連絡を取る。その間に、ゼノビアが男の下に近寄り、前にしゃがんだ。
「……?」
 加賀美が疑問を口にしかけた時、すっとゼノビアが何かを差し出した。
 それは、どこにでも売っていそうな小さなチョコレートだった。
「……すこしだけでも、たべたら、げんきでる、かも」
 とても小さく、かすれた声。おそらく都会の雑踏の中では容易にかき消されそうなか細い音。
 けれどその声は、確かに男に響いた。
「もう、あとすこしです。かならず、かえりましょう」
「……ああ。必ず、帰るさ」
 これが、HOPEなのだ。
 人々に希望をもたらす存在。自らが籍を置く、誇りある組織。
 今更ながらに、加賀美はそう実感したのだった。

「教えてほしいことがある。大丈夫か?」
「……なんだ」
 真壁とゼノビアが肩を貸し、ヘリの下へと歩を進める中で真壁が加賀美に訊いた。
「なぜ討伐部隊は敗走にまで追いやられたんだ? HOPEの読みが甘かったのか、どうなのか。今後のためにも、詳細を教えてほしい」
 加賀美は弱々しく首を振ると、ぽつりぽつりと語り始めた。
「……わからない。ただ、はっきり言えることは、あいつらの数は、少なくとも俺たちの想像を、超えていたということだ」
「(物量に押し切られた、です?)」
「……そうだ。倒しても、倒しても、一向に数が減らなかった。倒したところからまた新たな敵が現れて、それで、俺たちは……」
 そこまで言って、加賀美は口をつぐんだ。ひどく気分が悪く見えた。ゼノビアが心配そうな目を向けると、安心させるようにかすかにほほ笑んだ。
「……すまねえな。あまり、今はあの時のことを思い出したくねえ。あとでゆっくり聞かせてやる」
「頼む」
 住宅街を脱出すると、巨大なヘリが着陸しているのがすぐに見えた。それと同時、レオンの声が真壁たちを出迎えた。
「こっちだ!」
 見ると、彼を含めた四人がヘリの周りに展開して黒龍と応戦している。全員体中に切り傷を負い、一様に荒い息を吐いていた。四人に気づいた骸がフェイルノートを黒龍に向けて射出しながら叫ぶ。
「遅かったじゃねえかよ! 保護対象は無事か!?」
「問題ねえ! こいつ乗せたらとっとと俺たちも乗り込むぞ!」
 レティシアが答えるも、いまだ冷静さを崩していない八朔が空の奥を睨みながらつぶやく。
「それがいい。現にこいつら、次々に応援を呼んでいる。急がないと数で押し切られるぞ」
「倒せていないのか?」
『数体は倒した。しかしな、それを上回る数が何処かから現れておる。現状、この烏どもを殲滅する手段に欠けておる』
 ナラカの言葉は、先ほどの加賀美の言葉と合致していた。奴らは加賀美にしたように、単純な物量作戦でリンカーたちを押しつぶさんとしているのだ。
 レティシアが大きく舌打ちした。
「クソッタレ。おいパイロット! いつでも出せるようにはしてんだろうな!?」
「もちろんだ!」
「だったら話は早え。一気にずらかるしかねえだろ!」
「わたしもそれに賛成、もうそろそろきついかも!」
 志賀谷が同意を示したことで、全員の方針が固まった。
 迅速に、一人一人ヘリの中にその身を押し込める。扉の部分にカバーが入り、最後に骸が入った時点でヘリは離陸を開始した。
 不思議なことに、もう黒龍は追ってはこなかった。興味をなくしたかのように、再び何処かへと去っていった。
 事態は解決したわけではない。しかし、重要な生き証人を確保した六人のリンカーは一路、HOPEへと帰投する。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
    機械|24才|男性|防御
  • 告解の聴罪者
    セラフィナaa0032hero001
    英雄|14才|?|バト
  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
    人間|18才|女性|命中
  • アストレア
    アリッサ ラウティオラaa0150hero001
    英雄|21才|女性|ジャ
  • 屍狼狩り
    レオン・ウォレスaa0304
    人間|27才|男性|生命
  • 屍狼狩り
    ルティス・クレールaa0304hero001
    英雄|23才|女性|バト
  • シャーウッドのスナイパー
    ゼノビア オルコットaa0626
    人間|19才|女性|命中
  • 妙策の兵
    レティシア ブランシェaa0626hero001
    英雄|27才|男性|ジャ
  • 捕獲せし者
    骸 麟aa1166
    人間|19才|女性|回避
  • 迷名マスター
    宍影aa1166hero001
    英雄|40才|男性|シャド
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