本部

魔女の教室

昇竜

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/11/06 14:32

掲示板

オープニング

●3年A組

 生活指導の先生といえば普遍にイメージされるのは熱血体育教師だと思うが、この高校の生活指導は女教諭・揚羽先生であった。彼女は厭らしい生活指導の手法で生徒たちから恐れられていた。ついたアダ名は『没収魔女』である。

「おはようみんな! さあ、まずは抜き打ち所持品検査よ~! 音楽室に移動しなさ~い!」

 朝のHRが終わり、一限を担当する揚羽が教室に入るなりそう言った。多くの生徒がギクリと肩を震わせるが、教卓で隅々に目を光らせる揚羽の目を盗む勇気は誰にもない。この男子生徒もついにポケットの中身を鞄に戻すことができなかった。全員で隣の音楽室に移動させられ、一人ずつ防音の効いたレッスン室に呼び出される。

「いけないわね~」

 最初に呼び出された男子生徒のポケットには携帯ゲーム機が入っていた。揚羽は楽しくて仕方ないといった表情で男子生徒を見ていたが、不意に『まだあるでしょう?』と彼の胸のあたりにマニキュアの塗られた指を這わせた。

「え?」
「"アレ"を持ってるでしょう? それも没収するわ!」

 生徒には心当たりがなく、困ったように女教師の嗤う顔を見た。彼女はおもむろに太腿を高く上げ、生徒は彼女のパンプスのヒールが奇妙な円筒形であることに気付く。……次の瞬間、ダァンと発砲音と共に散弾が放たれ、彼は左胸を大きく抉られて壁が血飛沫に濡れた。男子生徒は呆然とした表情でその場に崩れ落ち、揚羽は喜々として唇を震わせる。

「……命よ♪」

●魔女の釜を止めて

「都内の高校で愚神発生だ。現場の様子を見るに、この騒ぎには全く気付いていないようだ。すぐにでも子供たちを避難させたいところだが、愚神を刺激する危険があるため誘導方法についてはエージェント諸君の意見を仰ぎたい」

 子供たちを襲った白昼の惨劇。H.O.P.E.からの緊急招集に応じたエージェントは、愚神の支配する学校からより多くの生徒を救い出すことを依頼される。

「今から急行しても……一人の犠牲も出さないということは不可能だろう。だが、被害を最小限に抑えることはできる。どうか事件解決に君の力を貸してくれ!」

解説

達成条件
愚神を倒し、被害を抑える。

敵構成
・デクリオ級愚神『ワンルームミストレス』
タイトミニのマブい女教師・揚羽先生です。
一人ずつ個室で殺すつもりですが、生徒が逃げ出すと徘徊して無差別虐殺を始めます。
ハイヒールはショットガンです。銃撃の他、足技格闘も使用します。生徒>PCの順で狙います。
・ミーレス級従魔『シャドーバタフライ』(PL情報)
校内に3~10体出現する透明の従魔です。1ラウンド消費して注視することで蝶型の影のみ視認できます。
攻撃手段を持たず、PCや生徒が接触すると自爆します。

状況
・OP直後から開始します。事件は現状H.O.P.E.のみ把握しています。
・全校生徒、教員合計は約300人です。どの教室も授業中です。
・校舎は3階建て、階段は両端にあります。(音楽室は3階端)
・愚神の依代と最初の犠牲者は既に死亡しています。

リプレイ

●魔女を狩る者

「クソが、厄介な所に出やがって!」
「……ん、焦れば被害が増える、落ち着いて」
「ハァ……面倒なことになったなぁ」
「隼人くんと学校デートなんて、わたし緊張しちゃうな」

 壁を殴りつける麻生 遊夜(aa0452)を落ち着かせようと、ユフォアリーヤ(aa0452hero001)は懸命に背伸びをしてその頭をポンポンと撫でた。桂木 隼人(aa0120)は正義感の強い麻生の様子と、3階建ての校舎を見て息を吐く。これほど緊迫した空気も感じ取れないのか、有栖川 有栖(aa0120hero001)は桂木の腕に絡みついたままだ。麻生はリーヤのおかげで平静を取り戻し、握りしめた拳を解く。

「おぅ……大丈夫だ」

 そう、大丈夫だ。可及的速やかに愚神を潰す、それでなにも問題はない。悔やんでも生命は取り戻せない。ならばせめてこれ以上の犠牲を払わぬよう尽くす……だから静かに、効率的に動くのが肝要だ。生徒がパニックを起こせば愚神に察知され、無用の被害が出るだろう。麻生は耳に装着したハンズフリー・マイクロフォンをしっかりと押える。

「敵の動向は随時連絡する。避難は任せた」
「ああ、よろしく」

 麻生にツラナミ(aa1426)が応える。彼と大宮 朝霞(aa0476)、紫 征四郎(aa0076)が生徒の避難誘導を担当する。麻生と桂木はメイナード(aa0655)と共に愚神を監視し、避難活動中の時間稼ぎはヴィント・ロストハート(aa0473)と早瀬 鈴音(aa0885)が行う予定だ。大宮の提案で、今しがた全員がSNSの連絡先を交換した。作戦開始が迫る中、38(aa1426hero001)は愚神に支配された高校を興味深そうに見渡している。Alice:IDEA(aa0655hero001)もまた然り。眼鏡の奥、金の瞳が風景を照り返した。

「ここが学校……こんな事で来たくはなかったですが……」
「そういや、サヤも初学校だっけか。なんなら仕事後に見学でもしてくれば?」
「……ん」

 ツラナミの言葉に、サヤはほんのわずかに微笑む。一方で、ヴィントはプリセンサーが見せた愚神とその搾取の様子に『興が乗った』ようだ。氷の美貌を醜い欲望に歪める召喚者を、ナハト・ロストハート(aa0473hero001)が宥める。

「しかしながら、持ち物検査という割には結構えげつない事をやっているんだな……あの“子猫ちゃん”は」
「ヴィント……くれぐれも生徒を巻き込まない様に気をつけてくださいね」

 とはいえ、彼がその分別もつかぬ素人でないことは長く連れ添ったナハトが誰よりも理解している。心配なのは彼が無茶をして大怪我をすることだ。ナハトが心配そうに細腕を抱くと、銀髪が肩を流れ落ち、申し訳程度の布地が包む白い肌がふに、と持ち上がった。一方でこちらもなかなかの変貌ぶりを見せている。大宮はお気に入りの帽子のつばをくいと上げ、ニクノイーサ(aa0476hero001)に共鳴を呼びかけた。

「ニック、変身よ! マジカル☆トランスフォーム!!」
「……その掛け声、別のにしないか?」

 英雄がぼやきつつも、彼女の心に己を同調させる。するとニクノイーサの金髪はふわと浮き上がり、彼はライヴスの光となって召喚者の肢体を包んだ。大宮は白と桃色を基調としたフリルたっぷりの衣装に変身し、ブラウンの瞳がバイザーの下に隠れる。マントを翻すさまは某歌劇団の男役を思わせるが、ボトムスはスカートでちぐはぐな感じだ。その名も自称……

「聖霊紫帝闘士ウラワンダー、参上!」
「大宮さん、スマンが情報くれ」
「はい!」

 決めポーズは桂木の質問でぶった切られた。大宮は快く彼にH.O.P.E.の提供情報をおさらいする。

「敵は一体との報告だけど、要注意だわ。テロリストがスリーパーを仕込むのと同じように、愚神も校舎になにかしら仕掛けているかもしれない」
『あぁ、このあいだ観た映画であったな。ハイジャック犯が乗客の中に仲間を潜ませていた、アレか?』
「……そうよ、アレよっ!」
『朝霞はすぐに映画やドラマの影響を受けるのな』

 大宮はいつしか英雄と脳内会話を始めてしまったが、桂木の目的は達成された。その手の予測を立てたのは彼女たちだけではない。紫とガルー・A・A(aa0076hero001)もその口だ。

「これだけ目立つ場所で愚神が一人だけ、ってのはよ」
「無いでしょうね。余程自信家の魔女でない限りは」
「ここまで頭の回るヤツなんだ、他にも何かあると思った方がいいだろうな」

 二人の言葉にメイナードが同意する。彼らは経験から単独のデクリオ級愚神が従魔すら従えていないことに違和感を感じていた。ある程度理性が働く愚神なら、罠を仕掛けることもある……考えれば考えるほど、メイナードの心中にはふつふつとした憤りが湧きあがった。

「あぁ、こんな気持ちはあの時以来だ。私とした事が、自分を抑えられそうにない……」
「コソコソと、よりによって学生を狙うなんて……完全におじさんの逆鱗に触れましたね」
「悪い魔女が最期にどうなるか、こっちじゃ子供達でも知っている。だが、残念ながらこちらの童話は向こうには伝わってないらしいな。身を持ってその結末を教えてやろう」

 イデアは自身が慈悲深いようなつもりはないが、昂ぶるメイナードを見るにまあ楽には死ねないだろうと愚神に同情に近い感情すら抱いた。そこへ早瀬が現れる。彼女は自身が通う学校の制服ではなく、この学校のベージュのブレザーを着ていた。後ろを歩くN・K(aa0885hero001)が、早瀬のスカートの裾を直す。

「いいじゃない鈴音。ベージュも似合うわよ」
「そう? でも、愚神も結構めんどくさい事してんだね。それとも趣味でやってんのかな? だとしたら相当性悪だわ」

 愚神は音楽室を血の海にするのではなく、個室で一人ずつ追い詰めようとしており、放っておけばじわじわ被害が増えるだろう。少しでも犠牲を減らすためには、何をするにもまず愚神に怪しまれず音楽室に入る必要があった。そこで早瀬は学校職員に言ってサンプル用の制服を借りたのだ。現役高校生の早瀬がこれを着れば、ぱっと見は完全に本校の生徒だろう。借りてきたブレザーのもう一着はヴィントに渡す。彼の実年齢はともかく、外見は10代のそれだ。ヴィントはその場でジャケットに袖を通し、仕上がりは期待通りだった。ぼやくヴィントは、やんわりとナハトに窘められる。

「俺が取ってくれば、もっと早く調達できたんだがな」
「ダメですヴィント、それは窃盗になりますから」
「あの、これは一体どういう……?」

 早瀬に連れられてきたのは本校の校長だ。彼女から彼へはH.O.P.E.の任務に協力を要請する旨しか伝えられていなかった。この判断は職員室にいた他の教員の混乱回避に繋がっただろう。喋りの流暢な桂木が校長に事情を説明し、騒がないように念押しする。

「今こんなことが起こってるねん。騒がんといて、うちらで何とかするから」

 事情を聞いた校長は自分にも何かできないかと思ったが、特に指示もないため大人しく避難先の校庭へ向かった。

「ほな行きますか」

 桂木は性急に校内へ入っていき、一行もそれに続く。早瀬は実際に通学で使用しているリュックサックからマスクを出し、それで顔を覆った。ゴホゴホと咳きこむ真似をしてみる。ぐっと親指を立てるN・Kと頷き合い、二人も面々の後を追う。

●蝶の影

 避難誘導を担うエージェントたちは手分けして3階、2階の順で生徒を校庭へ移動させることにした。大宮は教室の扉をノックし、中へ呼びかける。

「失礼しまーす。すみません先生、ちょっとよろしいですか?」

 黒板に文字を書いていた教師は突然のヒロイン登場に驚き、落としたチョークが床で割れた。生徒たちは授業中という日常空間での能力者の出現に瞬く間にざわつき、大きな声をあげる者もいる。教師は手招きする大宮に応じて廊下へ出たが、同時に教室の声はより大きくなり、静かな廊下に響き渡った。大宮は教師に事情を話し、避難への協力を呼びかける。

「落ち着いて聞いてください。この学校に愚神が現れました。現在、レッスン室にいると思われます。先生は、抜き打ちの避難訓練なり適当な理由を付けて生徒達を校舎の外に連れ出してください。あ、階段は音楽室とは逆側を使ってくださいね」

 教師は教室へ戻って緊急の避難訓練を行うことを説明したが、当然生徒たちは全く危機感というものを抱かない。お喋りをやめない生徒に教師は焦って取り乱した。

「静かにしろって言ってるだろ! いいから校庭に行け、今すぐ!」

 息も荒い教員の様子に尋常でない状況を感じ取ったのか。生徒たちは一瞬ぴたりと静止し、次の瞬間全く別種のざわめきが全体に広がった。紫はガルーと共に大宮同様教室を尋ね、教員に事情を話して避難訓練の体で校庭へ移動するよう指示させていた。しかしやはり結果は同じ……騒ぐ生徒に声を荒げた教員に、紫が歩み寄る。

「征四郎にはその恐怖がよくわかります。されどここで取り乱せば、助かるものも助かりません」
「大丈夫だ。なんとかするために俺様達が来たんだからな」
「3階で火災が発生しました。……避難訓練は初めてじゃ無いでしょう?」

 ジャージと学ラン姿の二人は能力者に見えることもなく、生徒を過度に驚かせなかった。しかし、高校生というのは大人しい者ばかりではない。静まらない教室。紫は息を吐き、教卓へ歩み寄って生徒の注目を集め、勤めて冷酷な声で言い放った。

「センセー、その人たち誰なんですか? ちょっと変ですよ」
「何かあったの?」「さあ……」「なんかヤバくない?」
「訓練を真面目にしないものは死があるのみ。痛い目見なければわかりませんか?」

 なんだこの子供と笑う者もいたが、多くの生徒は金の瞳と彼女の顔の傷に威圧感を感じ、萎縮して喋るのをやめた。ケラケラと笑っていた生徒もつられて次第に静かになる。改めて教師が指示を出すと、生徒たちは大人しくこれに従った。ツラナミは大宮と紫が次々と教室に避難指示を出す間、サヤと共に廊下の警戒に当たっていた。階段から廊下に至るまで隙なく観察する。

「デクリオ級といえばそこそこ知性がある、ミーレス級を従えていても不思議じゃない。……ま、いなきゃいないにこしたこたぁないがね。パッと見何もなさ気だしな。だがまあ一応仕事上、念には念を、だ……最低限警戒しつつ回れ。異変があれば即伝えろ」
「ん……分かった」

 サヤと別れ、ツラナミは異変……特に避難の障害になりそうなものや騒がしい教室がないかに注意してフロアを歩いて回った。すると早速、避難が遅れているクラスを発見する。どうも引率者が一番慌てているようだ。不必要に声を張り上げ危険だと判断したツラナミは、教師に代わって生徒の前に出ると特にうるさい生徒の目を見て言った。肉体の各所を機械化したツラナミは生徒の目に恐ろしいものとして映っただろう。

「どう説明を受けてるかは知らんが……ちょいと此処は複雑でな。こちらの指示に従ってもらう。従わない奴は反省文を作文用紙10枚に書いて明日朝提出だそうだ……そうだな、先生」

 ツラナミに先生と呼ばれ、教師は自分の立場を思い出したのだろうか。いくらか落ち着きを取り戻した教師は静かになった生徒を連れ、避難を再開した。

●魔女の教室

「まあ任務で? でも検査中止になるし静かに待ってなよ」

 ざわめく生徒に早瀬は告げる。突然音楽室に入ってきたのは、見たことのない赤髪の女の子と、金髪の男の子だった。何年生だろう? 不思議そうな顔をする生徒に、彼らは自分たちをH.O.P.E.エージェントと名乗った。生徒たちはよく理解できなくても、この所持品検査が中止になるのならという期待と、揚羽先生への恐怖心からさほど騒ぐことはなかった。

「次の子、いらっしゃ~い」

 レッスン室から魔女の呼ぶ声がする。立ち上がろうとした生徒を制し、早瀬は代わってレッスン室へ入っていく。1から3番の個室はピアノの覆いが外され、それは無造作に床の上の何かに掛けられている。鼻を利かせれば血の匂い……中身は死体だろう。早瀬は揚羽の声が支持する通り、4番の個室へ向かった。この部屋のピアノはまだ覆いが掛かったままだ。早瀬はマスクに顔を埋める。ピアノ椅子に腰かけた揚羽は早瀬が来ると腰を上げ、狭い室内は香水の匂いが充満した。

「あらあ? あなた名札がないじゃない、これは減点対象よ。それに……遅刻してきたわね?」
「はい……すみません、熱ぽくて」
「言い訳は結構よ。さあ、ポケットの中身を出しなさい!」

 早瀬は彼女が生徒の顔も名前も把握していないことを理解した。しかし、念のため俯いて掠れた小さな声で返事をする。ポケットからスマホを出すと、揚羽は嬉しそうにした。

「いけないわ~、授業中は鞄の中で電源を切っておかないと。名札と遅刻もあるし、あなた退学ね!」
「そ、そんな……! 待ってください」
「じゃあ鞄を広げて御覧なさい! さあ何が出るかしら? ゲーム? お菓子? エッチな本?!」

 時間にしてほんの数分だが、この間は愚神が防音の利いた部屋にいるという安全な状況を作り出した。それは音楽室前に張り込んでいた麻生によって各位に通知され、避難活動が円滑に進んだ。だが、愚神には生徒を逃がす気などないだろう。麻生は警戒を怠らず、特に階段などの脱出経路には注意を払っていた。また音楽室が階段のすぐ傍にあったことも、彼に注視の十分な時間を与えるきっかけになった。

「ッチ、ただ見てるしかできないとはな。もどかしいったらねぇ、まだ避難は終わらないのか……ん? あれは……」
「なあもうええやろ……はよ切り刻みたくてしゃあないわ」
「ああ桂木君、私も同感だ。だが、避難が終わるまでは手を出せないよ……麻生君? 何か見つけたのか?」
「見えないトラップか……? この状況では最悪だな」

 メイナードと麻生が見つけたのは、階段をゆらりと燻る影だった。それは蝶の形をしていたが、影のみしか視認できない。麻生はその場をメイナードに任せ、影の正体を暴くため持っていた消火器を噴霧しようとしたが、通りかかったツラナミとサヤに止められた。ここは音楽室から出る生徒の避難経路になるだろう。消火器を噴霧すれば階段は滑りやすくなる。ツラナミはすぐにSNSでこの情報を共有した。瞬く間に既読が集まったのは、大宮が定期報告を義務付けていたからだろう。避難が開始されてから間もなく、一行は魔女の釜を沸き立たせる影に気が付いたのだ。

「やはり従魔を連れてやがったか……サヤ、こいつの捕捉頼む。生徒が通る場合は迂回させろ」
「わかった」
「攻撃なし……接触型、移動機雷みたいなもんか?」
「かもな。触らない方がいい」

 彼らの判断はその後の生徒の避難を円滑にした。しかし、避難は既に始まっている。エージェントらが一人二人で歩く場合と違い、避難する生徒は大人数で広がって廊下を歩く。当然蝶に接触する可能性も高かっただろう。ドカン! と大きな音がしたのはその時だった。階段で爆発があり、避難中の生徒が何人か巻き込まれたようだ。3階の教室は既に空だったが、2階以下の教室は途端に悲鳴や怒号が飛び交った。生徒たちは争うように校庭を目指し、立て続けに爆発が校舎を揺さぶる。音楽室の生徒も例に漏れず、我先にと廊下へ飛び出してきた。子供たちはサヤの誘導に耳を貸す余裕などなかったが、サヤは蝶と生徒が接触しないよう懸命に身体を張ってそれを阻止した。もう少し人数が多かったなら、彼女は子供もろとも爆発に巻き込まれていたに違いない。

「落ち着いて! 私に従わなければ死にますよ!」

 ガルーと共鳴し、避難を先導していた紫は爆発で取り乱す生徒たちを必死で誘導していた。共鳴することで凛とした男性の姿と声を得た紫の言葉は多くの生徒を従わせた。彼もまた蝶の一体を捕捉していたのだ。彼はチョーク粉を振りかけることで透明な敵を視覚化することを思いついたが、この状況では試すことも危険だ。何より、一旦持ち場を離れてチョーク粉を調達するには皆動転しすぎている。

『待て、朝霞。いまなにか見えなかったか?』
「え、どこどこ? 蝶の影、いる?」
『あれだ。この場所は避けて通らせなければ』
「そうね」

 別の場所では、従魔を発見した大宮が生徒を近づけさせないよう誘導していた。彼女は教職員に蝶の影について口頭で伝えたいと思っていたが、持ち場を離れることはあまりに危険に感じられ実行できなかった。大宮らの活躍により、避難完了までの爆発数は4回に留められる。
 ……レッスン室には爆発音はさほど大きく聞こえていなかった。校庭に集まりつつある生徒のむせび泣く声や音楽室の生徒が逃げ出した気配も、随分長く隠しきれたと言っていいだろう。ぶるぶると震える揚羽の手には早瀬が最後の切り札として勿体ぶって出した化粧ポーチが握られていた。早瀬の演技は愚神の嗜虐心を大きく煽り、時間を稼ぐことに成功していたのだ。

「騙したわね……聖職者である教師を……!」
「化粧品くらいで騒がないでよ。そりゃ、まだセンセーと違ってすっぴんでも勝負できるけどさー」
「ガキが! 色気づきやがってぇ!」

 揚羽はギラリと本性を剥き出しにした。分厚いファンデーションの仮面にはヒビが入っている。愚神として正体を表した揚羽は、足技で早瀬に襲い掛かった。タイムアップ、演技はここまでだ。早瀬はN・Kと共鳴し、ひらりと愚神の攻撃を回避した。愚神が扉を背にするよう立ち回ることが理想だったが、レッスン室は狭かったため早瀬は音楽室へ向かった。避難が完了していれば仲間の加勢があるはずだ。愚神は生徒が残らず避難した音楽室を見てギリィと歯ぎしりした。そこにいたのは共鳴状態のヴィント、桂木、麻生、メイナードである。

「嗚呼、実にいけないな……あまりおいたが過ぎる子猫ちゃんには、きっちりと身体検査してやらないと。さぁ、思い知らせてやろう。自らが没収『する側』ではなく、没収『される側』だという事を」

 英雄ナハトをその身に宿したヴィントが狂笑を浮かべた。悪魔の左腕が愛おしそうに愚神へ差し伸べられ、銀髪灼眼がオーラに沸く。桂木の手には巨大な鎌、その表情は心の闇である愚神に対する嗜虐性が全開だ。

「そう簡単には殺さへんで! じっくり、じわじわ嬲ってやるわ!」

 メイナードは静かに紫に光る瞳で愚神を睨み付けている。だが彼の心中は穏やかとは程遠い。精神を同調したイデアがその感情に背筋をぞくぞくさせるほどだ。麻生の心の中で、リーヤが語る。

『外の対処は終わった、あとは……』
「テメェが動かなきゃ良いだけだ!」
「うるっさいわね! 生徒どもは全部あたしのもんなんだよオ!」

 愚神は校庭に集まる生徒を狙いたいが、麻生とメイナードがこれを意識した場所に立ちそれを妨げた。麻生は集中を練り、ライフルで愚神の脚部を狙い撃つ。攻撃は見事右太ももに命中し、愚神は苦痛に呻いた。彼は援護射撃による足止め・包囲を終始徹底するスタンスだ。

「逃がさん! その脚、ここで潰す!」

 桂木とヴィントも愚神の脚を狙って獲物を振り上げた。ヴィントは愚神の反撃を大剣の腹で迎え撃つも、散弾の何発かは彼の腹部に食い込む。しかしヴィントは興奮しているためか痛みに鈍感のようだ。そのまま疾走し、この勢いを殺さぬよう大剣を振りぬく。重量とライヴスを乗せた鈍重な一撃が愚神の肩に炸裂した。メリメリと肉が弾ける感覚がヴィントに伝わる。愚神は斬撃の方向へ逃げ、無事な腕を回転軸にしてヴィントの脇腹に硬いハイヒールをめり込ませた。続いて横薙ぎに襲う桂木の鎌を回避しようと、愚神は素早く背後へ跳躍する。しかし、それを麻生の弾丸が阻む。顔と脚を掠めた弾丸が愚神の回避を妨げ、桂木の鎌が愚神の脚に食い込んだ。刃を引き抜かれると、愚神はその場にがくりと崩れ落ちる。麻生はニヤリと笑った。

「避けれたとでも思ったか?」
「ゲホ……お転婆な子猫ちゃんだ。足癖が悪いのはよくないな」
「あ、脚っ、あたしのあしっ」
「ハハァ! 苦痛に歪む、その面はええなぁ! どないや! 嬲られる気持ちは! ほら、どないやねん!」

 桂木は愚神を鎌の柄で殴り倒し、腕や脚を切り付けてその様子を楽しむ素振りすら見せた。愚神は鬼の形相で抵抗し、桂木の肩に風穴を開けて命からがら拘束から逃れると、音楽室の扉へ向かった。だが、メイナードがその逃亡を許さない。彼の投擲した斧は機動力の落ちた愚神の背中を捉え、強い衝撃がその意識を刈り取る。

「ググ……クサレ人間がぁ……!」

 汚い言葉で呻く愚神に無言で近寄るメイナードの手には戦拳が具現化された。彼はブチ切れているのだ。メイナードは血塗れのシャツとスリットの裂けたスカート姿の愚神をマウントポジションでボコボコに殴った。愚神は最初こそ悲鳴などをあげていたが、そのうち血反吐も吐かなくなった。顔は元が美女だったなど想像つかないほどに醜く膨れ上がり、原型を留めていない。それでもメイナードの殴る手は止まらなかった。イデアがその心に、見かねたように訴える。

『おじさん……もう、彼女は……』

 メイナードは間もなく殴るのをやめ、荒い息を整えるように窓辺へ向かった。麻生とヴィントが愚神を見ればそれは一応まだ活動しているようで、指などがひくりと動いている。ヴィントはさも愛しそうに愚神に冥途の土産を教授し、麻生は無表情で青や赤に膨れた眉間にライフルの銃口を押し当てた。別れの言葉は、英雄と重なる。

「理解したか? 貴様は命の一片に至るまで、奪われる為に存在しているのだ」
「『さようなら、良い旅を』」

●それでも皆さんは英雄です

 紫と大宮、ツラナミは避難完了後も怪我人の搬送などに追われていた。彼らが音楽室へ向かうと既に愚神は倒されており、麻生、メイナード、桂木、ヴィントはそれなりの傷を負っていた。一番ダメージが多いのは実は短時間でもレッスン室で一人で戦っていた早瀬なのだが、彼女は驚きの耐久力でその場を凌ぎ切っている。
 紫は速やかに桂木の治療に入る。同様に大宮もヴィントの傷を癒した。
 桂木は紫がしきりにごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいと言うのを仕方がないな……という心境で聞いていた。"彼"は顔色がよくない。何かしらこの事件で思い出すことでもあったのだろう……。紫は爆発で傷を負った生徒救出の際にも、できる限りトラウマを残さないよう傷の残りそうな子に応急処置を施すなどしていた。
 麻生はレッスン室へ向かい、犠牲者の前で黙祷を捧げた。火薬と香水の匂いが残っている。リーヤは麻生を気遣い、また自身も生徒の冥福を祈った。

「多くを助けれたのは良い事、でも……」
「……すまないな、助けられなくて」
「……ん」

 今思い返せば蝶の影は、避難を始める前に気付き駆除しておくことが理想ではあっただろう。しかし、彼らは従魔の存在を知らなかった。一刻も早く生徒を逃がそうとしたエージェントたちを責める者は誰もいない。256名の命を救ったエージェント達に、誰もが感謝の言葉を贈った。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 高校生ヒロイン
    早瀬 鈴音aa0885

重体一覧

参加者

  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • ただのデブとちゃうんやで
    桂木 隼人aa0120
    人間|30才|男性|攻撃
  • エージェント
    有栖川 有栖aa0120hero001
    英雄|16才|女性|ブレ
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 恐怖を刻む者
    ヴィント・ロストハートaa0473
    人間|18才|男性|命中
  • 願い叶えし者
    ナハト・ロストハートaa0473hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • コスプレイヤー
    大宮 朝霞aa0476
    人間|22才|女性|防御
  • 聖霊紫帝闘士
    ニクノイーサaa0476hero001
    英雄|26才|男性|バト
  • 危険人物
    メイナードaa0655
    機械|46才|男性|防御
  • 筋肉好きだヨ!
    Alice:IDEAaa0655hero001
    英雄|9才|女性|ブレ
  • 高校生ヒロイン
    早瀬 鈴音aa0885
    人間|18才|女性|生命
  • ふわふわお姉さん
    N・Kaa0885hero001
    英雄|24才|女性|バト
  • エージェント
    ツラナミaa1426
    機械|47才|男性|攻撃
  • そこに在るのは当たり前
    38aa1426hero001
    英雄|19才|女性|シャド
前に戻る
ページトップへ戻る