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もうすぐ四月になるワケだけど
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最終発言2019/03/17 20:11:59
オープニング
●サヨナラサンガツ
三月。
それは何かと別れの季節だ。
これまでの一区切り、新たなスタートラインへの第ゼロ章。
君達エージェントは……
愚神の『王』を撃破して。
この世界を平和にした。
あれからもう一か月以上も経ったのか。
イントルージョナーの存在など、細かい意味での平和、ではないのかもしれないが、愚神の脅威がなくなったことは確かである。
世界は平和になった。
世界はまだ、続いている。
――決戦から、一か月。
もうすぐ始まる、新しい季節。
君達は、どうする?
学校を卒業しただろうか。
志望校には合格できた?
それとも就職するのだろうか。何の仕事を始めるの?
もしくは結婚? 結婚目指して頑張り中?
君は、エージェントはまだ続ける?
それとも、しばらくお休みか、引退か?
引退したらどうしよう?
休みの間は何をしよう?
まだ続けるなら、目標はなんだろうか?
――桜がもうすぐ咲きそうだ。
三月某日。
まだ肌寒い、それでもひだまりが少しあったかい一日。
タイムカプセルでも埋めちゃおうか? そんな気持ちが湧いてくるかも。
さて。
君達は……平和な世界で、どう過ごしている?
解説
●目標
貴方は今、何をしている?
それを描写して欲しい。
●状況
二〇一九年、三月某日。
世界が平和になってからの、君達の日常や心情を教えて欲しい。
これまでのこと、これからのこと。
場所はある程度の融通が利きます。
▼NPC
ガンマ所有のNPC(登録、非登録含む)を指定すれば登場させることができます。(死亡済み以外)
ジャスティンと英雄達は今日も東京海上支部でお仕事中。
瑠歌も同じく。これからもオペーレーターやってくつもりみたいです。
※注意※
「他の人と絡む」という一文のみ、名前だけを記載して「この人と絡む」という一文のみのプレイングは採用困難です。
『具体的』に『誰とどう絡むか』を『お互いに』描写して下さいますようお願い申し上げます。
相互の描写に矛盾などがあった場合はマスタリング対象となります。(事前打ち合わせしておくことをオススメします)
リプレイの文字数の都合上、やることや絡む人を増やして登場シーンを増やしても描写文字数は増えません。
一つのシーン・特定の相手に行動を絞ったプレイングですと、描写の濃度が上がります。ショットガンよりもスナイパーライフル。
リプレイ
●三月某日 01
「変らないね、いつも通りだ」
木霊・C・リュカ(aa0068)の呟きが、彼の住まいでもある古本屋に響いた。
接客をして、本を修理して、入荷出荷の手続きや連絡をして……今日はエージェントとしての任務もない。英雄達も出かけている。
――何の変哲もない午後のこと。
「ユエさーん!」
凛道(aa0068hero002)の声は、ユエリャン・李(aa0076hero002)の頭上から聞こえた。散歩中だったユエリャンが何事かと見やれば、ちょうど凛道がその傍らに下りてくる。
「なぜ上から来るのだ?」
「ああ、あそこから――」
と凛道は電柱の天辺を指し、
「幼き者達の見守りボランティアを。あそこなら警察の人にもバレにくいですしね」
「不審者ではないか」
「そんな……怪しくないといつも言っているのに、なかなか信じてもらえません……まぁ、以前に比べると並べて平和なものなのですが」
「不審者ではないか」
ユエリャンは素直に引いた。が、凛道は無垢な笑顔なもので、
「ところでユエさん、散歩ですか? 暇ですか? 遊びに行きますか!」
「暇なのは君の方であろう? 我輩はな、我輩は、仕事の気分転換であるゆえ」
ユエリャンの言う仕事とは、イントルージョナー対応型AGWの制作研究のことだ。万死の母は煮詰まる脳内を換気するかのように溜息を吐く。
「息抜きはな、それはそれは、大事なことであるぞ……」
「はい、息抜きは、とても大事です」
圧力のあるユエリャンの言葉に、つい頷く凛道。さて、と赤い英雄は言葉を続けた。
「まー、地元警察の方々に顔を覚えられてそうな貴様である。一人で歩くのは殊であろうよ。……遊びに行くと言うなら付き合ってやらんこともないぞ」
「!」
「して、どこ行く? 我輩ホビーショップにプラモ見に行きたいのであるが」
「ぷらも? またあの部屋に増やすんですか? 大丈夫ですか? それなら僕は手芸屋さんに行きたいです! 」
「……一言多いぞ、全く」
――歩いて行く、足音が響く。
紫 征四郎(aa0076)、時鳥 蛍(aa1371)、シルフィード=キサナドゥ(aa1371hero002)は、四月から同じ中学校に入学することとなる。
三月、あと一か月足らずで三人とも中学生。今日はお揃いの文房具を買いに、近くにお出かけしていたのだ――真新しいセーラー服を着て。
「ノートにシャープペンに下敷きに、筆箱にケシゴムにクリアファイル、鞄にキーホルダー! ポケトティッシュカバーにハンカチに! これで準備万端ですわ!」
買ったものが詰まった袋を大事そうに両手で抱え、シルフィードは上機嫌だ。「学校には何を持って行けばいいのですの?」「よくわからないから同じデザインのを買いますわ!」という無知な様子だったが、無知ゆえに未知で心が弾んでいるようだ。
「ああ、学校なんて初めてですわ!」
シルフィードは本当に楽しそうだ。蛍はその横顔を見やる。
蛍は――小学校では、途中から不登校になっていた。保健室登校でなんとか出席日数を間に合わせ、どうにか卒業式を迎えることとなったのである。尤も、一年留年しているので現在は十三歳だが。
(学校、か……)
入学先は、普通の学校だ。この時世、リンカーへの差別はほぼなくなったと言っていい。不安は幾つかあるけれど、それもきっと杞憂に終わることだろう。
蛍が手に下げたビニール袋からは、皆でお揃いにした文房具やらがうっすらと透けて見える。視線を上げれば――ちょうどカーブミラーに、セーラー服の少女達が映り込んだ。
(……、)
着ている、というより、着られている、という雰囲気がある……と蛍は自身に感じた、が。
「制服、すっごく似合ってますわ!」
蛍の隣、シルフィードがカーブミラーを指差した。
「うん! 蛍、可愛いですの」
「……、」
そうもストレートに、しかも無邪気な笑顔で言われては頬が熱くなる蛍だ。そそくさと歩き出す彼女の後を、シルフィードが真新しいローファーで追いかける。
「蛍ー! 写真撮ってもらいましょう! 写真! それともぷりくら……にします!?」
――そんな蛍達と、征四郎は道中で別れて。
そのまま征四郎が向かったのは、リュカの営む古本屋であった。
「リュカ、お手伝いに来ましたよ!」
「あ、せーちゃんおかえり~」
大きく声を張り上げれば、リュカが奥からひょっこり顔を出す。
「今日はお買い物行ってたんだっけ」
「はい! ホタル達と、中学でつかう文房具などを買いに」
重度弱視の彼に代わり、パタパタとお茶の用意をしながら征四郎が言う。ほどなく、朧なリュカの視界の前に、見慣れたシルエットとお茶の香りが現れた。リュカは目を細める。
「中学の、入る予定の剣道部に顔出ししたんだってね? どうだった?」
「少しだけ稽古をさせていただきました。私、けっこう型が崩れていたりで、勉強になりますね」
「今日は行かないの? あ、いや来てくれたのは嬉しいんだけど」
「ふふ、今日はお休みですよ。屈強な騎士であれ、見識は数多を極めた方が良いでしょう!」
「そっかそっか、楽しそうでなによりだ!」
「四月から楽しみです。リュカ、何か手伝えることはありますか?」
「ええと、じゃあ――」
思えばこの古本屋のお手伝いも、日常のひとひらだ。
(将来的にお手伝いするかもと思えば、決して無駄にはならないでしょうし……将来……将来的に……)
ふと、手伝いの最中に征四郎はそう思い。邪念だ、邪念だ。頭をブンブンと振った。
「……そうだね、変わらないはず、ないんだよなぁ」
そんな時だった。リュカが独り言のようにポツリと言う。
征四郎が振り返れば、彼が視線を真っ直ぐに彼女へと向けていた。
リュカの目には上手に見えないけれど、色合いとフォルム的に征四郎の服はセーラー服だろうか、と彼は判断する。眩しいとリュカが感じたのもついこの間のことのよう。……子供だ子供だとフィルターをかけていたことが、遠く昔のことのよう。
(きっと、瞬きの間にどんどん変わっていく――)
それこそが――
リュカの世界を彩る、美しい物語なのだ。
「ふふーふ、大好きだよせーちゃん!」
「な、な、なんで急にそんなこと言うのですかぁ!」
●三月某日 02
三月、まだ桜はポツポツとだけ。
「……ちょっと早かった、かな」
「まあ、これはこれで趣が」
近所の公園。木陰 黎夜(aa0061)とアーテル・V・ノクス(aa0061hero001)は、二分咲きの桜を見上げていた。
黎夜は無事に志望校である公立高校に合格を果たした。中学の卒業式も終わり、四月から遂に高校生だ。
そんな黎夜の服装は、届いたばかりの高校の制服――セーラー服からブレザーへ。今日は桜を背景に記念撮影をしよう、と足を運んだのだ。
「合格できて……本当によかった……」
カメラを向けるアーテルに対し――あるいは独り言のように、黎夜が言った。
「王との戦いと重なって大変だったな。お疲れ様」
「ありがと、ハル……」
思い返せば本当に大変だった。任務の合間に勉強して、模試を受けて……作戦決行日と試験日が重ならなくて本当に良かった。合格の二文字を確認した時は、体から全部が抜けていくような程の安堵と達成感に包まれたものだ。
今でもまだ、ちょっとだけ、実感がない。黎夜は真新しいスカートをちょっとつまむ。
「……制服、似合ってる、かな……?」
「ああ、似合ってる。それにしても、あんな小さかったのにここまで大きくなってなぁ」
「会ってから七年くらい経ってるから」
「それもそうか」
思えば随分、遠い所まで来たような。アーテルはレンズ越しではなく、直接黎夜を見やる。
黎夜はまだエージェントを続けていく心算である。これからは女子高生とエージェントの二足の草鞋だ。エージェントという非日常で、白野月音や白野ハルヤという日常を生きる為のお金稼ぎだ。将来的に大学に行くならば、その学費だって要る。
あるいは、アーテルへの戦いの機会の提供、またあるいは、日常を壊すものの排除という目的もあった。
しかし、それ以上に。
エージェント・木陰黎夜とアーテル・V・ノクスとして、手放したくないものが増えたのだ。
目線を交わした二人は、花咲くように穏やかに微笑んだ。
「ハル……アーテル……。これからも、よろしくな」
「ああ。これからもよろしく頼む。つぅ、黎夜」
ルカ マーシュ(aa5713)も、進学が決まったエージェントの一人だ。四月から大学生である。
「ドラゴンも気になるし、大学もきっと大変だし、いやー充実しそうだなあ!」
新生活への期待に胸を膨らませるルカが今、何をしているのかと言うと、引っ越しの為の荷造りだ。
「そうそうドラゴンに会えないと思うけど……会ったら会ったで……どうぜ逃げるだろ……お前……」
ヴィリジアン 橙(aa5713hero001)は引きこもりを継続する心算である。面倒臭そうにしながら、荷造りを手伝っている。
「ていうかちょっと……荷物、多すぎじゃない……? 捨てなよ」
「魔法使いは物入りなんだよなー」
「捨てなよ」
バッサリと切り捨てるヴィリジアン。明らかに要らないであろう物を、容赦なく「不要」と書いたダンボールにブチ込む。はあスッキリ。
「うん……人の物は捨てやすい」
「ひどくね!? おまっ、僕に彼女できたら出て行けよ!?」
「できたらね。……できたらの話……ね」
「二回も言うなチクショー!」
そんな風にワイワイしながら、荷造りは着実に進んでいく。
この部屋とも、もうすぐお別れた。
「引っ越しソバだけどさ」
ダンボールを触りすぎてガサガサになった指先を眺めつつ、ルカが言う。
「奮発しちゃおっか。コンビニソバじゃなくてさ、ちゃんとしたソバ屋で!」
「……ん、いいね。賛成」
ヴィリジアンは答えながら、ハンドクリームをルカへと投げ寄越した。
これは、その後の話だけれど……
ルカは大学生になっても、相変わらず二言目には「魔法!」と言うものだから周りに若干引かれつつも、楽しく過ごすことになる。でも能力者であることをなぜか皆、信じてくれない。
ヴィリジアンは引きこもりに飽きて、ルカのいる大学の図書館でバイトを始める。英雄だと知らない職場の者から「もういい歳なんだから、ちゃんと就職したほうが……」と心配されるが、それはまた別のお話。
四月から大学生になるのは、日暮仙寿(aa4519)と不知火あけび(aa4519hero001)も同じく。
「ずっとジャスティンが会長なら良いんだけどな」
「あ、私もそう思う!」
H.O.P.E.東京海上支部の廊下を歩きながら、二人はそんな言葉を交わした。まあ、彼は超人ではあるが人間だ。いずれは引退してしまうのだろうが……と思うと、なんだか寂しくなる。
「クッキー、喜んでくれてよかった」
あけびは資料を抱え直して、先ほどジャスティンにクッキーを渡した時のことを思い出していた。うん、と仙寿も頷く。
二人は今、ジャスティンの仕事の手伝いをしている。資料をまとめたり、届けたり、という簡単なものではあるが。彼に頼り過ぎるのは良くない。一つずつ、少しずつでも、協力していかねば。
それから二人が思い出すのは、「何かやりたいことはあるか? 協力できることならするぞ」と仙寿がジャスティンに尋ねた時のことだ。
彼はこう言った。
「よし! ちょっとジャンクフード店にね、行ってみたいんだよね。ほら……私はこう、立場的に行きにくいだろ?」
というわけで今夜、会長と一緒にお食事をすることになったのだ……ジャンクフード屋で。ラフに。
「会長の息抜きになるといいな」
「そうだね!」
そんな言葉と、通りかかる廊下、窓から見える外の景色――桜の蕾は大分と膨らんでいる。
穏やかな日だ。あと半月も経たずで、いよいよ大学生である。
資料を届け終えて……手の空いた仙寿は、周りをちょっと確認した。ひとけ、ナシ。ヨシ。それからそっと、あけびの手を握る。
――王を倒せば英雄も消えてしまうのではないか。ずっと不安だった。だから、こうして手を握れることを嬉しく思う。
「俺達もいつかは……正直、今すぐでも良いが、学生だしな」
籍を入れた知人のことを示唆していることをあけびは感じ取っては、仙寿の言葉に頬を染めた。それから真っ直ぐ彼を見て、手をぎゅっと握り返して。
「……待ってます!」
「これからどうするかなだな……」
「これから平和になるなら、学生になるのも良いですね」
御神 恭也(aa0127)と不破 雫(aa0127hero002)はイントルージョナー退治の任務を終えて、その報告の為にH.O.P.E.東京海上支部にいた。
今は報告を終えて、休憩スペースの長椅子に腰かけている。
「来月から大学に進学ですが、こちらの仕事はどうするんですか?」
缶入りのコーヒー牛乳を飲みながら、雫が隣の恭也に問う。彼はコーヒー缶の成分表を何とはなしに眺めながら答えた。
「まぁ、これでしばらくは静かになるだろうから、学業を主に移行だな」
「いえ、それは解っているんですが、キョウの実家からの仕事をメインにするのか、H.O.P.E.からの仕事をメインにするか、ですよ」
「それか……家からの仕事はどうしても拘束時間が長いからな。なるべくならH.O.P.E.からの仕事をメインにしたいんだが、先行きが見えんのがな……」
「平和になれば仕事が減るでしょうからね。狡兎死して走狗烹らるってことになるかも知れません」
「嫌なことを言うな……とにかく、これからH.O.P.E.からの仕事がどうなるのか調べるか」
「簡単に言いますがどのように?」
「知っていそうな人物に尋ねる」
恭也が「ほら」と目で示した。ちょうど、オペレーターの綾羽瑠歌が通りかかる姿が見える。
「あ、お疲れ様です」
こちらに気付いた瑠歌が会釈をする。恭也もそれに応じると、そのまま言葉を続けた。
「忙しそうだな、仕事は多いのか?」
「そうですねぇ……ほら、イントルージョナーのこと。まだまだ分からないことだらけですから」
それに残存愚神従魔に、ヴィランへの対応。「まだしばらくはバタバタしそうです」と瑠歌は苦笑した。
「またたくさん依頼させて頂くかも。よろしくお願いしますね、御神さん、不破さん」
「こちらこそ」
会釈の後、オペレーターは仕事に向かっていく。
その背中を見送って、フムと雫が頷いた。
「なるほど、オペレーターなら自身の忙しさで依頼量が推測できますね」
「走狗烹らる、は大丈夫そうだな」
大学院の卒業式を終えた帰り道。桜小路 國光(aa4046)は、三月の街をのんびりと歩いていた。
「サクラコ、改めて卒業おめでとうございます」
隣を歩くメテオバイザー(aa4046hero001)が微笑んだ。
さっきまで、大学院の友人らと卒業を祝ったり、記念撮影をしたり、これからのことを話したり、メテオバイザーに迫る友人に「嫁にはやらんぞ」と言ったり――最後のは冗談だが――普通の大学生としてワイワイしていたのが嘘のような、なんだか達成感というか。
そんな國光は、まだ研究員としての留学が一年残っている為、この後はイギリスに戻ることになる。向こうの大学からも院へ推薦され、あと一年は英国暮らし。
(……帰国がもう一年先に伸びても大丈夫かな?)
資金については問題なし、なのだが。
問題は、最近できた彼女とまだしばらく離れ離れってことである……。
「遠距離……恋愛……!」
メテオバイザーはロマンティックな響きに、乙女心がウットリしている。國光は「あはは……」と肩を揺らした。
相棒を始め、H.O.P.E.の仲間が大切で。
でも、能力者になっても変わらず接してくれた一般人の友達も最高の宝物で。
この小さな幸せを守りたくて戦ったんだなぁ――と、國光はしみじみ、平和な街の光景を見渡した。
最中にふと、街頭の大型ディスプレイに目が留まった。ニュースが流れている……日本の桜が、姉妹都市と桜の枝を交換したとか。見たことのある地名に、彼は目を細める。
「桜、か……」
「綺麗に育つといいですね」
「日本の桜も、そろそろだね」
通りかかる街路樹、桜色の蕾は丸く。二人は前を向いた。
(……今度は剣じゃなくて、研究で皆の背中を支えるんだ。研究者として、新しい薬を創ることで)
(一人でどこにでも行ける世界……これが、あの日に手に入れたものなのですね)
……さて……
ここから数年後の話だが。
國光はとある桜の木の下で、彼女にプロポーズをすることになる。
その結果は……また別のお話。
●三月某日 03
リィェン・ユー(aa0208)は日本某所の国際空港にいた。
つい先ほど、香港からの便で戻ってきたところだ。長いフライトで凝り固まった首と肩を回しながら、キャリーケースを転がしている。
王を倒してから、リィェンの生活は落ち着いたものとなった……なんてことはなく。古龍幇の者と繋がったり、新興ヴィランの討伐に東奔西走したり――全ては“愛する人”の為だ。彼女に見合う男になるべく、周囲へ公的に認めてもらうべく、なによりその父親に認めてもらうべく。
電源を入れたスマートホンを確認した。知人から連絡が来ている。世界が平和になっても、皆との絆が途絶えることはない。彼らと戦場に共に立つこともある。エージェントとして、仲間の依頼の手伝いに参加するなど、平和の為のリィェンの活動は続いていた。
(……さて、と)
これから東京海上支部へ向かうつもりだ。ジャスティン会長の手伝いをする予定なのである。
頑張らないとな、と彼は深呼吸を一つして、タクシーを停めた。
一方その頃。
H.O.P.E.東京海上支部、訓練場にて、イン・シェン(aa0208hero001)はヴィルヘルムと組み手をしていた。本気の……というよりは、ラフに体を動かす程度だが。
「香港に? へえ~」
「うむ。あすこの夜景は見事なものよな」
ヴィルヘルムの連撃をしなやかに往なしつつ、インが語るのは先日行ってきた旅行の話だ。平和になった世界を旅行し、日々を満喫しているのである。
「ま、“相棒”の方は仕事であっちこっち行っておるがの」
「張り切ってるよなー。こないだもお土産持ってきてくれたし」
「……奴のこと、よろしく頼むのじゃ」
「おー。よろしくしてやるよ、っと!」
拳の交わる音が響く。
「王を倒しても次の脅威が現れるあたり、世の中、簡単にはいかねぇもんだよな」
赤城 龍哉(aa0090)はインとヴィルヘルムの組み手を遠巻きに眺めつつ、ベンチに腰かけスポーツドリンクを飲んでいた。先程まで彼は鍛錬を行っていたのだ。
その傍らにはオーブ(aa0090hero002)がいる。その真ん丸な瞳はじっと相棒を見つめていて――龍哉はその眼差しの意図を察すれば、空っぽになったドリンク容器を傍らに置いて。
「ああ、お前の言う通りさ。鍛えた力の適切な使い道があるのは幸せなことだよな」
高みとは、目指すべきものである。常在戦場、鍛錬を怠ることなかれ。というわけで、龍哉がエージェントを辞める理由はない。
イントルージョナーという新たな脅威の迎撃、ヴィランへの対処、残存する愚神や従魔の討伐。やるべきことは数多あり、龍哉はいずれにも真摯に対応していた。
特にイントルージョナーは不明な部分の方が多いのが現状だ。植物や菌などで環境が崩壊する懸念だってある。愚神らとは別ベクトルで慎重な対応が必要な案件だった。
なので、龍哉はこれからもエージェントとして活動していくつもり……なのだが。
傍らに置いていたスマートホンの画面に、リィェンからのメッセージ。今日本に到着して、東京海上支部に向かっているとのことだ。
――相棒とはいつか、どこかで道を別つことになるかもしれない。
キザな言葉で言うと、愛は人を変える、というか。
いずれ、結婚して子供もできて……となると、もうこれまでのように肩を並べて死地へ飛び込む、なんてことも減っていくだろう。もちろん、相棒の“愛”については、それはそれで祝福するが。
「さて。……シャワーでも浴びておくか」
リィェンが到着したら、二人でジャスティン会長の仕事の手伝いだ。汗臭いまま相棒の“プライベートな支援”にまずかろう。それに、H.O.P.E.の今後を見据える上で、会長とは直接接点を持てる位置にいたいのだ。
「お忙しいところすみません。今日は最後のご挨拶に」
構築の魔女(aa0281hero001)は辺是 落児(aa0281)と共に、ジャスティン会長の執務室にいた。
「手続きは完了しておりまして、最後はこれなのですが、ちょっとワガママを言ってジャスティン会長に返却ということにさせて頂きました。……挨拶回りの機会が得られたことは嬉しい限りですね」
そう言って差し出したのは、エージェント登録証とH.O.P.E.正式コート――構築の魔女と落児の二人分だ。
「落児も付き合ってやめる必要はなかったのですけど、細かいところで義理堅いんですよねぇ」
「ロ……」
構築の魔女の苦笑の一方、落児は丁寧に頭を下げる。
「ああ、受取ろう。……今まで本当にありがとう、お疲れ様だよ」
かねてから構築の魔女が「普通の人間として生きたい」ことをジャスティンは聴いていた。優秀なエージェントの退職は惜しまれるけれど、彼女の望みを止めるつもりはなかった。
「はい、改めましてお疲れ様です。これまでありがとうございました」
構築の魔女も深く頭を下げた。それからふと腕時計を見て、
「ふむ、ほんの少し時間が余りましたね。良ければジャスティン会長の思い出深い依頼の話や、これからのことなど、お聞かせ願えますか?」
「構わないよ。そうだねぇ、何から話そうか……」
ジャスティンはひとつひとつ語ってくれた。
昔は、リンカーと英雄は愚神と混同された化物扱いだったこと。
それがこうして、普通に生きることが許されるようになったこと……。
多くの犠牲、多くの悲劇があったからこそ、この平和をこれからも守らねばならないこと。
構築の魔女はその言葉を、心に刻む。
「……おや、もう時間になってしまいましたか。名残惜しいですが失礼させて頂きますね。重ね重ねになりますがありがとうございました」
「こちらこそありがとう。またいつでもおいで!」
「ええ。それでは、またいつか」
扉が閉まる。
魔女と落児は廊下を歩く。
「しかし、これは私のワガママなので、付き合う必要はないのですよ?」
「ロロロロ」
「そうですか、なら協力してもらいましょう。……さて、願いを果たしにいきましょうか」
●三月某日 04
バルタサール・デル・レイ(aa4199)は、紫苑(aa4199hero001)ともう一人の英雄と共に、これからもエージェントを続けることになった。
尤も、紫苑が戦闘系担当、もう一人が遊び担当……という、「それでいいのか」という気持ちが湧いてくる内容だが。
というわけで、今日もエージェントとしての任務だった。とある里山にイントルージョナーが出現したとのことで、紫苑と共に出撃したのである。
イントルージョナーは、愚神や従魔に比べれば弱い。かの王すら撃破せしめたエージェントの敵ではない。「呆気ないものだ」という肩透かしと、「仕事が楽に済んで良かった」という気持ちがバルタサールの胸に同居している。
さて、帰ってぐうたらするか。バルタサールはそう思って車に乗って……助手席に乗ってこない紫苑に「おい」と声で急かす。彼はどこぞを眺めているようだ。
「もうすぐ桜も開花だね」
どうやら桜の木を見ていたようだ。紫苑は踵を返して車に乗るなり、こう言った。
「本格的には咲いてないけど、ちょっと遠出して花見でも行こっか」
「拒否権はないんだよな……」
「イントルージョナー、強くなかったし疲れてないでしょ?」
「まあそうだが」
溜息を吐いた。では車を発進……しかけたところで。
「おーい!」
こっちに駆けてくる青年がいる。見覚えがある、フリーライターの庄戸ミチルだ。
「やっぱり、お二人でしたか! お久し振りです」
「おひさー。元気にしてた? ねえ花見行かない?」
紫苑のこの流れるような言葉である。バルタサールは二回目の溜息を吐いた。
川沿いの、一分咲きな桜並木を走る――。
ミチルは変わらず、フリーライターをしているようだ。H.O.P.E.に関する記事をこれからも書いていくらしい。密着取材がしたいと言われたのを、紫苑が二つ返事の即答で快諾した。
しばらくして、この密着取材記事が絶妙に人気が出たとか、出なかったとか、とある雑誌の表紙をバルタサールが飾ったとか飾らなかったとか……。
「まだ咲き切ってないねー、桜」
近所の公園。アンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)はまだ蕾の多い桜の木を見上げていた。
「もう一週間もすれば、ええ頃合いになりそうやけどねぇ」
答えたのは八十島 文菜(aa0121hero002)だ。春風になびく黒髪を掻き上げて、手近なベンチに腰を下ろす。
アンジェリカはその隣に座った。ふっと視界に映ったのは、遠巻きの遊具――親子だろう、父親、母親、小さな女の子が、遊具で楽し気に遊んでいる。
(……、)
いいなぁ。――そんな羨望がアンジェリカの胸に灯った。彼女はそれを掻き消すように、英雄へと向く。
「それで、話って何?」
今日ここに来たのは、他でもない文菜が「話があるんよ」と言ってきたからだ。コックリと文菜が頷く。
「うち、結婚することにしましてん」
「えええ!? だ、誰と!?」
「マルコはん」
「えええええええええ!!?」
天地がひっくり返るような衝撃とはまさに。
「マルコってあのマルコ!? ギャグですか!?」
「ああ見えて芯は立派なお人どすえ、あの人。ここまで付き合ってよう解りました」
「それはボクもそうは思うけど」
「死んだ主人を忘れた訳やないけど、新しくなった世界でうちも新しい人生を生きるべきや、そう思いましてな」
文菜の目は真剣だった。遠くを見やり、目を細め、それからアンジェリカの瞳に目線を据える。
「アンジェリカはんは反対どすか?」
「ううん! 文菜さんが幸せになれるなら、それが一番だもん。……おめでとう」
驚いたことは事実だけれど、それは心からの祝福の言葉だ。「おおきに」と文菜が柔らかく微笑んだ。
「それでな、アンジェリカはんをうちらの娘にしようって、二人で話しててん。嫌やろか?」
「え?」
アンジェリカは目を丸くした。
――もし二人が、ボクの家族だったら。
それは少女が、ずっとずっと夢見ていたことだ。
「……、」
彼方の親子連れを見る。その姿が滲んで見えた。
「……嫌じゃ、ない」
絞り出した声は震えて潤んで。
堰切ったように、想いと涙がワッと溢れて、アンジェリカは文菜に抱き着いた。文菜はアンジェリカを抱きしめると、優しく優しく頭を撫でる。
「良かったわ。これからも三人ずっと一緒やからね」
「うん……うん! 家族三人、ずっと……一緒だよ!」
春月(aa4200)は今年中にダンス留学をする予定だ。期間はとりあえず半年、というわけで、今日もダンススタジオでみっちりダンスの練習をしてきて。
「ただいま~っ……ふう、つかれた~」
「あ……おかえり」
居間の方からレイオン(aa4200hero001)が返事をした。春月は片眉を上げる。
「レイオン? どしたの、電気も点けないで」
ぱち、と居間の灯りを点ける。彼はソファに座り込んでいた。
「考え事をしていて……いつの間に暗くなってたのか」
「ちょっと、どしたのほんと」
心配になった春月が隣に座る。レイオンは溜息を吐いて――語り始める。
「春月は戦いが苦手だよね。今までだって戦闘系の任務にはほとんど行ってないし」
「ま、まあね。でもほら、レイオンはバトルメディックだからさ」
「そう、回復担当。要請があれば君は戦場に赴く。……だから、もうやめよう」
「え?」
「二十歳になるまでは春月の保護者でいようと思ってたけど、……誓約を解除して、エージェントを辞めよう」
直後のことだった。
春月がレイオンの頬に平手打ちを決めたのは。
「お、置いてかないでよ!!」
春月は、それはそれは酷いくらいに大泣きしていた。
ぽこぽこと叩いてくる手をなんとかガードしつつ――レイオンは「しまった」と反省する。提案が速すぎたか、トラウマを刺激してしまったか。
「レイオン気にし過ぎなんだよっ。うちのほうがいつもワガママ言ってるよ! レイオンが嫌ならそう言ってよーっ」
ずび、と鼻をすすりながら、春月はソファのクッションで英雄をばふばふ叩く。
「ちょ、ちょっとストップ、ストップわかったわかったから」
「わかってないっ!」
「嫌なことなんてないよ、本当!」
「……本当?」
やっと攻撃が止んだ。春月の涙も鼻水も止まってないが。「うん」とレイオンは頷く。
「さっきの“エージェント辞めよう”って言葉は撤回する。……こういうことは、必要になったらまた―― なんでもない、クッションを振り上げないでくれ」
「……うん」
「ほら、ティッシュ。……落ち着いたら、ご飯にしよう」
「うん……なかなおり……」
「うん、仲直り。何食べたい?」
「えっとね――……」
●三月某日 05
大学の午前の講義も終わって――東海林聖(aa0203)と柳生 楓(aa3403)はいつものテラスで顔を合わせる。
「お、楓も今から飯かー?」
「あ。聖。ええ、私もご飯に行くところ」
この時間に二人でランチを共にすることが通例となっていた。
聖はいつものように、バーガーセットに更にバーガーを単品で付けたものを食べている。楓はハムとキュウリのサンドイッチだ。
交わすのは他愛もない話をいくつか。それも一通りした後、コーラを飲み終えた聖が楓に目線をやる。
「……そうそう。オレは午後にあと二つ講義終わったら、空くぜ……。アイツの所に、顔出すよな?」
「うん、もちろん。私は午後は何もないよ。聖が終わるまで待ってるね」
――アイツ。
聖曰く、「戦いが終わっても、意地の張り合いという戦いが続いているアイツ」。
楓曰く、「鋼の宿縁を繋ぎとめたあの人」。
戦いの中でその命を終わらせたがっていた、とある人物。
「……さぁて、今日こそアイツを笑わせてやるぜ……」
ごちそうさん、と言いながら聖は立ち上がる。思い返すのはツンドラめいた仏頂面だ。それでも最近は“表情の違い”が分かるようになってきたから、前進だ。
「っし、サクッと終わらせて来るから、よろしくな、楓」
「サクッと、か。……講義の主導があるのは教授の方だけどね?」
「分かってるってッ、たとえ話だ、たとえ話!」
途中抜けもサボリもしねえよッと聖は唇を尖らせて、講義棟へと歩いて行った。
一方その頃――
Le..(aa0203hero001)は縁側で寝そべっていた。
普段の視界から九十度傾いた視界。庭に見えるのは桜の木。まだ三月で、ポツポツ一~二分咲き程度だが、これからどんどん咲いていくのだろう。
というわけで、ルゥは一足早いお花見と洒落込んでいた。満開でこそないが、これはこれで風情があるものだ。満開の光景、これから暖かくなる春に想いを馳せつつ、午後のまどろむような日差しに身を委ねて、緩やかな時を満喫している。
が。
(……暇……)
そろそろぐうたらするのにも飽きてきた。さっきから延々とお団子におはぎにもしもの時のインスタントラーメンにと食べまくっていたが、これ以上食べまくると聖が帰って来た時に小うるさいのでこのへんにしておいてやる。
そんなこんなで手遊びに、団子の串をおもむろに投擲する。それは落ち葉のど真ん中に突き刺さる。
(……二十連……次は……羽虫にでも当ててみようかな……)
など思っていたところで、傍らに置いていた端末のコールが鳴った。寝そべったまま手を伸ばす。
「……ルゥ……ん……いいよ、退屈だし……やる」
言葉終わりに立ち上がった。
さて、支度をせねば。
春が近付くにつれて、日も長くなってきた。
楓は氷室 詩乃(aa3403hero001)と共に夕食をとっている。ありふれた一日の終わり。掴み取った日常のひとひら。取り戻しつつある平穏。食卓の上で弾む、二人の会話。
食事が終われば、お皿洗いも一緒にする。手を拭いて、一段落して……切り出したのは楓だ。
「詩乃。今日はプレゼントを用意したんです」
「奇遇だね。ボクも楓に渡したいものがあるんだ」
そこまで言って、お互いに目をぱちくり。どうしようかとアイコンタクトと、じゃあ同時に、という雰囲気による相互理解と。
せーの――
ちょっとニヤけちゃいそうな、そんな口元の緩んだかけ声と一緒に。
お互いがお互いに差し出したのは――赤色と青色のバラが合わせて五本の花束で。
赤と青。それは詩乃と楓のイメージカラー。
バラの本数によって変わる、この花に込められた意味は……
「「貴方に出会えたことの心からの喜び」」
重なる声と、交わる視線と。
「……ふふっ」
「あははっ……」
考えていることが全く同じで、照れ臭さよりもいっそおかしくなってきて。
二人の乙女は笑い合う。
それから、やっぱり同時にこう交わした。
――これからもよろしく。
●三月某日 06
藤咲 仁菜(aa3237)とリオン クロフォード(aa3237hero001)は、とある病室にいた。
「……で、ついに王を倒して! もう誰も愚神に奪われなくてよくなったんだよ!」
仁菜は眠り続ける少女の手を握って、声を弾ませていた。
返事はない。彼女こそ仁菜の妹――仁菜を愚神から庇って重傷を負い、深い昏睡に落ちてしまった少女。仁菜が戦うきっかけになった存在。
力があれば守れるのに、誰も失わずにすんだのに――その強い想いこそが、英雄リオンを呼んだのだ。
――ひとつ、ひとつ。
ずっと、仁菜は今までの話を彼女に聞かせていた。
戦い続きで長い時間が取れなかったので、ようやくだ。
大変だったこと、楽しかったこと……。
話したいことが多すぎて、話し切るまでに随分と時間がかかってしまったが……。
「だからね、もう起きても大丈夫だよ」
愚神はいなくなった。妹も順調に回復している。
世界は平和になった。もう大丈夫なんだ。
……返事はない。
(もうすぐ、また一緒に笑える日が来るかな?)
希望と不安、期待と諦念。唇を引き結ぶ仁菜の手を、リオンがそっと握ってくれる。
「俺もようやくニーナの妹に挨拶できるかなー。もうずっとこうやって見てきたから、今さら初めましてって言うのも変な感じだけど!」
リオンの笑顔は、いつも仁菜にがんばる力を与えてくれる。うん、と仁菜は頷いた。
――奇跡が起きたのはそこから間もなくの日の出来事だった。
妹が意識を取り戻した。そう聞いて、二人は大急ぎで病室に駆け込んで。
仁菜は泣いた。これまでの感情が全部溢れて、大泣きした。
抱き合う姉妹をリオンはそっと見守っていた。
「初めまして。俺はリオン・クロフォード。ニーナの英雄で……恋人かな?」
「えぇと、こっちがリオンでお姉ちゃんの、大切な英雄で王子様だよ!」
これからは姉妹一緒に学校に行って。
家族みんなで、笑って未来を生きていくんだ!
――こういう時、男って奴は無力だ。ただ見守り、祈るくらいが関の山だ。
夜城 黒塚(aa4625)は病院の廊下で右往左往していた。
(あぁ、もどかしいったらねぇ)
待つしかできない。時間の進みが嫌に遅い。
そうして、ようやっとのことだった。
――産声が聞こえた。
そこからほとんど、無意識というか。
気付けば黒塚は息を弾ませて、“そこ”にいた。
「ああ、」
そこにいたのはウーフー(aa4625hero002)だ。幾らか焦燥した様子であるものの、誇らし気に笑む――その腕には小さな命が産声を上げていて。
「女の子、ですよ」
――思えば、黒塚の人生は、夕闇の影を渡るようなモノだった。
危険に身を晒し、汚れ仕事を粛々とこなして。
だからこそ、他者との関りを極力避けて生きてきて。
微笑よりも罵倒と舌打ちが似合うような男だった。
(そんな俺が人並の幸せなんて、)
後悔はない。だが躊躇はある。
黒塚の目の前にあるのは、彼には不似合いな、眩しすぎる光。
「ね、抱っこしてあげて下さい、マスター」
見透かすように、ウーフーが促す。黙したまま気後れする黒塚に「大丈夫」と微笑んだ。
なので黒塚は――みっともないほど手汗をかいて、震える腕で――赤ん坊をそっと、不格好に抱きしめる。
「……あ、」
壊れそうな、弱々しくて、柔らかくて、でも力強くて暖かい、腕の中の命。
なんて小さな手だろうか。小さくて……でも、不思議と重くて。
胸がざわめく。だが決して不快ではない、くすぐったいような、込み上げるような――これは何だ?
「お父さん記念日、ですね♪」
ウーフーのその声で、黒塚は「そうか」と自覚する。
(やっと。……やっと、俺に生涯かけて守るものが、帰る場所ができたんだ)
ようやっと黒塚の顔に笑みが浮かぶ。彼が呟いた「お前のおかげだ」という言葉に、ウーフーは優しく瞳を細めた。
「名前、決めてあるんですよね?」
「あぁ、この子の名前は――……」
一か月。
ようやっと、GーYA(aa2289)は退院して自宅に戻って来た。決戦のダメージ、人工心臓の検査と、延びに延びた入院生活ともお別れだ。
――戻れないかもしれない。
そう思って、鍵をかけたアパートのドア。
「ただいま~」
「ただいま、おかえりなさぁい」
ジーヤはまほらま(aa2289hero001)と共にドアを開け、久しぶりの自宅へと。
「ジーヤが入院中に、大家さんへ挨拶に行って継続手続きも済んでるし、お掃除も完璧よ♪」
「あの時のまま。帰れるなんて思ってなかった……帰って来たんだな」
靴を脱いで、病院から持って帰って来た鞄やらを下ろしつつ、ジーヤはしみじみと自宅を見渡している。
一か月前と同じ風景だ。違っているのは、テーブルの上の空っぽだった一輪挿しに、青いバラが飾られていること。それから、クリーム色のランチョンマットが二人分敷いてあることぐらいだ。
「お茶にしましょうか。座って、疲れたでしょ?」
言いながら、まほらまがパタパタと台所の方へ向かっていく――その手首をつい、ジーヤが掴んでしまったのは、なんだかまほらまが消えてしまいそうだったから。
「まほら……ま、」
名前を呼んだ声が変に掠れた。向き直った彼女が、柔らかく微笑む。
「なぁに? ……あたしはここにいるわよ。ちゃんと、ジーヤの側にね」
「まほらま……!」
その笑顔ごと、ジーヤは両手いっぱいに彼女を抱きしめた。
温かい。形がある。ここにいるんだ。
「俺の隣にいてくれ、守るから。ずっと」
「――……喜んで」
額を合わせ、微笑みあった。
とある春の午後のこと。カーテンの向こうに、桜の蕾が揺れている。
それから……
ジーヤはリハビリに勤しんだり、知り合いの者に会いに行ったり。
ジャスティン会長には、エージェントを続けることを伝えた。
それから彼は、異世界対策の部署に所属することとなる。
……まほらまとはどうなっていくか?
それは、語るまでもないだろう。
●三月某日 07
「資格は、小さいお店なら、食品衛生責任者だけで、いいみたい?」
「必須みたいだね。他にも調理や簿記の知識も必要だろうし……」
魂置 薙(aa1688)と皆月 若葉(aa0778)はとある喫茶店のカウンターにて、真剣に話し合っていた。
薙は喫茶店の開業を目指している。若葉と共に、その相談をしていたのだ。
「二階は、家にしても、いいかも」
「二階が家かぁ……毎朝、美味しい珈琲が飲めるね」
そう微笑む若葉の眼差しは、心から薙を応援している色だ。薙にはそれが嬉しい。
「お店の名前はどんなのがいいかな?」
「Leaves cafe、とかは?」
若葉に言葉に薙はそう答える。若葉の葉からとったのはここだけの話。
「緑がたくさんなイメージだね……のんびりくつろげそうでいいな」
相槌を打つ若葉は目を閉じる――情景を思い浮かべる。
「緑、植物、花……あ、Gerberaとかは? 皆にとって親しみやすく希望に満ちたお店になるように……って」
「希望に満ちた……うん、すごくいい。それにしよう」
薙も若葉と同じ風景を思い浮かべていた。ほわっと笑顔になった薙は、アイデアを手元のノートにメモする。と、書き終えた彼は「そういえば……」と若葉を見やった。正しくは彼の首元、いつも提げている指輪のことである。
「大事な物なんだろうなっては、思ってたんだ」
「あぁ、これ?」
視線に気付いた若葉が、革紐から指輪を取り出して薙に見せる。
「両親からの贈り物なんだ、困難に立ち向かえるようにって」
「へえ。何号くらい?」
「親指用だけど、かなり前のでサイズが合わなくてね。調べられるかな?」
若葉はスマートホンで検索をする。しばしすると、その指輪が十三号だと判明した。
「他の指は、入る?」
「んー……どうだろう?」
薙に尋ねられ、若葉は他の指に指輪を試していく……すると。
「薬指! ぴったりだ……ほら!」
「ふふ、ホントだ」
無邪気に笑んで見せてくれる、そんな若葉が愛らしい――薙は心のメモに号数を記しつつ、若葉の手にそっと触れた。細い指だ。
(エンゲージリングの分も、お金、貯めないとな)
真剣に思う薙の一方、若葉はドキリと頬を赤らめていたとか。
ラドシアス(aa0778hero001)とエル・ル・アヴィシニア(aa1688hero001)は一日をのんびりと過ごし、今はその帰り道。
今日も一日楽しかった。だけど、分かれ道が近付くにつれて、エルは足と心が重くなるのを感じた。
(時間が止まればいいのに)
そんな溜息を飲み込んだ、直後。
「……桜。まだ一部咲だが 少し見ていくか」
ラドシアスが呟く。彼の想いもエルと同じだったのだ。
もちろんだ、とエルは喜びと共に頷いた。
――日の落ちた川沿いの桜並木。繋いだ手。咲いたばかりの桜。
「薙の独り立ちも近そうだの」
エルは桜を見上げながらそう言った。思い返すのは、薙が恋煩いでボーッとしていて、雨傘と日傘を取り間違えた六月のこと。相棒の成長は喜ばしいことだ。そして、彼に色々なことを教えてくれた若葉にも感謝である。
「あぁ」とラドシアスが頷いた。
「目標ができたのはいいことだな」
「巣立ちはほんの少しだけ寂しいの。家が広くなる」
「その時は……二人で暮らすか」
ラドシアスが向ける笑みは、とても優しくて。
エルは目を丸くすると、赤い顔を隠すように、腕を組んだ彼の肩口に顔を伏せる。
「そう、だな。うむ、それが良い」
くぐもった声のエルを、ラドシアスは両手いっぱいに抱きしめる。
そうか、自分達には未来がある。――その幸福を、噛み締める。
「今日は楽しかった」
名残惜しいが、今日はここでお別れ。エルの家の前、ラドシアスは繋いだ手をなかなか離せなくて――
「……おやすみ」
その想いを伝えるように抱きしめて、エルの唇に自らの唇を重ねた。
「私も楽しかった」
唇同士が掠り合う距離、エルも囁く。
「おやすみ……」
そして彼女からも、ちゅ、と音を立てて口付けを。
●三月某日 08
「よしっ、こんな大きなステージでやれるんだ、俺たちの歌、届けようぜ?」
「ふわ~……、ひ、人がいっぱいだよ~……。でも、大丈夫、私はやれる! みんなに笑顔を!」
フラン・アイナット(aa4719)とフルム・レベント(aa4719hero001)は意気込んでいた。
ここは大きなステージ――の舞台裏。今日はアイドルユニット『Soleil』のライブが催される日である。
Soleilは自らの歌やダンスをネット上に動画でアップロードしていた。
その人気は徐々に上がり始め――遂には海外にも知れ渡るようになり……
遂に遂に、「フェスのステージに来ないか」というオファーが舞い込んだのだ。
舞台裏にまで聞こえる賑やかさが、ファンの数とその期待を物語っている。
「スッゲー人だな! 今日は俺たちが世界的に知られる日でもあるんだ! 楽しんでいこうぜ!」
舞台衣装を身に着けたフランが、緊張しているフルムに言う。同じモチーフの衣装をまとったフルムが、「うん!」と頷いた。
そのすぐ近くでは、CODENAME-S(aa5043hero001)が最後の楽譜確認を行っている。
「三人共、頑張っているな……」
そんな三人を見守るのは御剣 正宗(aa5043)だ。彼女らの衣装は正宗がデザイン・作製したものである。フランが正宗の天性のデザインセンスを見抜いて抜擢してくれたのだ。正宗は舞台には上がらない裏方ゆえ、三人には心からのエールを送る。
王との戦いが終わって……
Soleilのアイドル活動は本格化した。正宗はエスと共にエージェント活動を辞め、フランとフルムと共に頑張っていくこととなる。
エスは作曲担当だ。アイデアは、これまでの愚神や従魔との戦い、多くの人から助けられたことなど、経験の数だけ豊富にあった。もちろん経験豊富な彼女は歌も踊りも何でも万能だ。これから戦いに身を投じることはないけれど、エスは正宗と共に戦えたことを感謝していた。
――さて。
「俺たちの未来へ! Soleil~、GO!」
フランのかけ声と共に、三人は颯爽とステージ上へ。
「私達の歌、聞いてください♪ 曲名は――“Dream GO”!」
エスの声が弾んで、音楽が始まる。
彼女が奏でるシンセサイザーに、フランのダンス、フルムの歌。
ステージは大盛り上がりだ。ペンライトが客席で煌き、舞台演出の光がステージ上を交差する。
力の限りのライブを。最高の一瞬を! Soleilの心は一つだ。
舞台袖から、正宗は皆を見守っていた。自分がデザインした衣装を彼女らが着こなしてくれている。それがとても、とても嬉しい。
眩しい光景に、正宗の心に一つの夢が芽生える。ファッションデザイナーになりたい――正宗は未来を見、その目を輝かせていた。
「――Soleil! また会おうーっ!」
夢のような時間はあっという間で。
全ての楽曲を終えたフランは、客席へ力一杯手を振り、頭を下げた。
割れんばかりの歓声、万雷の拍手、煌くスポットライト、皆の笑顔。
感謝の気持ちが込み上げてくる。何度も何度も、フランは「ありがとーっ!」と声を張った。
いつかはワンマンライブを――そんな夢を見ながら、Soleilは舞台裏に戻る。交わされるのはハイタッチだ。
「お疲れ様……お疲れ様~っ……! よかったぁ……よかったよぉ……!」
フルムは感極まってボロボロ泣いていた。ステージ上で泣きそうなのを我慢していたが、遂に決壊したようだ。フランはそんな相棒の背を擦ってポンポンしながら、心からの笑顔を浮かべた。
「これは終わりじゃない……始まりだ!」
――これが、Soleilがトップに駆け上る第一歩になった一日。
「「Soleil~、GO!」」
●三月某日 09
プリンセス☆エデン(aa4913)もまた、アイドル活動系エージェントである。Ezra(aa4913hero001)ともう一人の英雄と共に、そう約束したのだ。尤も、今後はアイドル活動の方に重きを置いていく心算である。
とはいえ。
歌って踊って戦えるアイドルなれど、今はまだ地下アイドルのようなものである。
目下の目標は、とにかく知名度を上げてファンを増やすことである。
「皆~! 今日は来てくれてありがと~!」
今日はそんなエデン達のライブの日だ。箱ライブなれど、何事も積み重ねが大事。
ちなみにエデン達のアイドルユニットはエアバンドである。エズラがエアギター、もう一人の英雄がなかなか様になっているエアベース。実はエデンのお家はブルがジョワな為、財力というパワーで作詞作曲はプロ謹製である。
だけど、これで満足するエデンじゃない。
今でこそ演奏はエアだが、ゆくゆくは両英雄に本物の楽器を演奏できるようになって欲しいし、エデン自身も勉強して、作詞ができるようになりたいものだ。
もちろん美容だって気合を入れていく。今でもキュートだけれど、もっともっとキュートにならねば。アイドルよ野望を抱け。
さて――受け持ったライブ時間は長くはない。限られた時間の中、それなりの成功を収めたと言っていいだろう。
しかし休む間もなく握手会だ。来てくれたファンひとりひとりと、エデンはしっかり握手していく。
「今日はありがとー! また来てねー!」
と、握手をしていると。
ぬっと目の前に現れたのは、会長の第一英雄アマデウスではないか。
「ジャスティンは急遽会議が入ってしまったが」
「来てくれたんだ~! ありがとありがと! CDもあるから、買ってってね! あとうちわとペンラとアクキーも!」
「うむ。……楽屋の方に差し入れもしておいた」
「……お弁当とかですか!?」
「スポーツドリンクだが?」
「ちぇ……」
「……次回は弁当にしよう」
「やったー! ねえねえ、ライブどうだった? 楽しかった?」
「まあ、悪くなかった」
「そっかー! また来てね!」
「ああ。次はジャスティンとヴィルヘルムも連れて来よう」
そう言って、握手を交わす。
H.O.P.E.東京海上支部。
CERISIER 白花(aa1660)とプルミエ クルール(aa1660hero001)は、ジャスティン会長の執務室にいた。
「世間へ古龍幇の合法組織化への移行を印象づける下地になりますでしょう? もっと促進していった方がH.O.P.E.にとっても利のあることだと思いますの」
「所属の重複は香港協定で認められておりますもの! えぇ! 締結の場におりましたから覚えておりますわ!」
と、彼女達が要望しているのは、古龍幇への重複在籍だ。
白花の本業にて、香港の顧客割合が随分と増えた為に、本拠点を香港に移そうというのがベースの意図。東京も拠点の一つというか、支部的に残すつもりではある。
そんな主の為に、プルミエは香港での住居やらを既に調査済み・手配済みという徹底振りだ。
「ふむ、ふむ」
ジャスティンが顎を擦る。
「君は古龍幇の皆からも評判だからねぇ。きっと向こうも喜ぶと思うよ。……古龍幇側にも確認を取ったが、歓迎するとのことだ」
「それはそれは、ありがとうございますわ。お手数をおかけ致しました。では失礼、行って参ります」
「いってらっ―― 今から行くのかい?」
「善は急げ、と仰るでしょう?」
白花は悪戯少女のようにくすくすと笑んだ。プルミエが「飛行機のチケットならばここに!」と得意顔で見せてくる。ジャスティンは「それはなるほど」と肩を竦めた。
「さて、最後に一つだけ」
白花は言葉終わりに、ジャスティンのデスクに百面ダイスを一つ置いた。
「……アナタは早々に倒れないでくださいね」
小泉孝蔵のようなことにはなってくれるな、と白花なりの激励と心配だ。意図を汲み取ったジャスティンが快活に笑む。
「これでも防御適性だからね! 頑丈さなら、自分で言うのもなんだが世界一さ」
「まあ、頼もしうございますわ。……もしも占いがご入用でしたらお声がけください。優先的に診させていただきますよ」
「ありがとう、とても心強いよ。それじゃあ――良き旅路を」
……一礼し、白花はヒールの音を高らかに去って行く。
その遠ざかる足音を聞きながら……ジャスティンは試しにと、ダイスをコロコロと転がしてみた。
「むっ、01だ。レアな出目も出るものだねぇ!」
卓上の電子カレンダーは、三月の下旬を示していた。
もうすぐ四月。あと一週間もすれば、桜が満開になるだろう。
そして――桜の花と共に、皆の新しい日々が始まるのだ!
『了』
結果
シナリオ成功度 | 大成功 |
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