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【ER】拳の縁/剣の縁
掲示板
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行動予定卓
最終発言2018/11/25 18:21:40 -
質問卓
最終発言2018/11/25 23:59:50 -
相談卓
最終発言2018/11/25 21:57:13 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2018/11/21 20:50:54
オープニング
●意
夜闇に沈むアイルランド南部の港町、キンセール。
その一角にある小さなシーフードレストランの一席で、麻のスーツで身を包む長身痩躯のアフリカンが来客を迎え入れた。
「おつかれさまだね。すんだのかい?」
対して、椅子が濁った悲鳴をあげるのにもかまわずアフリカンの向かいに座した黄金の愚神が応える。
「取り戻すを取り戻した。ゆえにその喜悦を噛んで逝く。そう言うておった」
黄金の依り代にその意志を預ける愚神ウルカグアリーは、掌上に転がしたライヴスを握り潰し、その身で吸い取った。
「そうか。本望だったならそれでいい」
わずかな時間「ボス」と呼んだ男の死を薄笑みで受け止め、長い戦いの歌――ソングはうなずいた。
「して、汝(なれ)はいかにする?」
ソングが舐めていたアイラモルトのグラスを取り上げて呷り、ウルカグアリーが問う。
「それよりお姫様はどうするんだい? あの子はあなたのお気に入りだろう?」
はぐらかしておいて、ソングは問いに問いを返し。
「子狼が欲するは我が庇護にあらず、戦場よ」
ウルカグアリーは新たな酒でグラスを満たし、また呷った。
「そこで手を離すのは女神のプライドかな」
しかたなくチェイサーを口に流し込みながらソングが笑う。
この女神にとって、他者とはすなわち存在意義だ。規約だの契約だのを持ち出してまで己を誰かに縛りつけておかなければ、彼女は自身の存在を覚知できず、“ウルカグアリー”を保つことすらできはしない。
そうなった過程なんて知らないけど、そうであることだけはわかるんだ。だって僕も君も、ひとりじゃなにもできないモブだものね。
思いついた瞬間、口走っていた。
「いっしょに探しにいこうか」
ウルカグアリーはその後に続くべき言葉を聞き返さない。
己とよく似た男が唱える文言など知れている。“主人公”を――だ。
汝も厄介よな。妾が懐の内に誰ぞを抱き込まねばならぬように、汝は眼前に誰ぞを据えておらねば己を己と認められぬのだから。
「其は重畳」
それだけを応え、彼女はソングと共にレストランの入口へ目をやった。
「やっぱこの体じゃあ読まれますか」
現われたのは、地層のごとき斑を描く体を備えた人狼ヒョルドである。
「何用だ? よもや子狼を救えとは言うまいな?」
体毛の一本に至るまでダマスカス鋼で造り上げられた依り代に魂を収めたヒョルドは、ウルカグアリーの問いに数瞬ためらい、観念したように口を開いた。
「正直それも考えたんすけどね」
口の端を歪めて言葉を継ぐ。
「お嬢とオレらでやらしてもらいます」
ウルカグアリーは小さくうなずき、息をついて。
「汝が来た。そして其の体……そうか。喰らったか、輩を」
「みんなで決めたんすけどね、貧乏クジ引いちまいましたよ」
人狼の幹部たちは決めたわけだ。人狼の姫たるリュミドラ・ネウローエヴナ・パヴリヴィチの最後の戦いに誰を残し、先に逝く自らの力を託すかを。
「今まで世話んなりました」
ウルカグアリーは彼が向けた背ではなく、その先へと声音を伸べる。
「弾を贈ろう。汝の戦を為すにふさわしき弾を。愛しき子狼よ――末路を踏むまで存分に生きよ」
戸口に気配が揺れ、すぐに鎮まって消えた。
その余韻を振り切るように、ウルカグアリーが沈黙を保っていたソングへ向きなおる。
「行こうぞ。留まっておっては後ろ髪を引かれようゆえな」
この世界で己を尽くすを決めた者たちへ餞を。
「ああ。ただ、レディファーストは生憎とわきまえてなくてね。まずは僕が出る。挨拶をしにきてくれる子たちもいるだろうしさ」
と。
「露払いはいらないかい、旦那」
入口ならず、窓から声をかけてきたのはラウラ・マリア=日日(タチゴリ)・ブラジレイロだ。
古式ゆかしい海賊衣装をまとったその顔に、両眼を塞ぐ眼帯はない。露われた瞳は虹を映し、店内の灯をやわらかく照り返していた。
「はしたないなぁ。レディの振る舞いじゃないね」
「しんみりしてたから気ぃ使ってやったんだよ」
窓枠を越えて入ってきた彼女へウルカグアリーが声をかける。
「眼は馴染んだか」
うなずきを返し、ラウラ・マリアは眼をしばたたいた。
「“昔”だけじゃなくて“今”も見えるようになったよ。うっすらと“先”もね」
彼女の瞳を包むものはコンタクトレンズ。先のブランコ岬防衛戦においてスキュラ型愚神が遺した“幻灯機”を、ウルカグアリーが削り整えたものである。その力は盲いたラウラ・マリアに視力を与えたのだが――
「だから、この酒の行方も見えてるわけさ」
テーブルに置かれた酒瓶を引っつかみ、一気に呷る。
ソングは苦笑し、立ち上がる。
壁際に並んでいた酒瓶の1本を掴んでラウラ・マリアへ放ってやり、ソングは苦笑を閃かせた。
「払いはこれで勘弁してくれる? ……準備ができたら声かけるよ」
かくて女たちを置き去り、夜へと溶けていった。
●宣告
「そういうわけで、君を待ってあげられる時間は尽きた。最後の機会だ――君の正義の価値を見せてもらおうか」
ロンドンの片隅にあるカフェにソングはいた。
向かいにはH.O.P.E.が誇る特務エージェント、テレサ・“ジーニアスヒロイン”・バートレットがいて、その顔をまっすぐに彼へと向けている。
「前よりは値段も上がったのかな。でも、まだまだだ。悪のヴィランを跪かせるにはぜんぜん足りてない」
「……そんなことは誰より知ってるわ。あたしひとりじゃあなたに銃口を突きつけられないことも」
気取りも気負いもないテレサの言葉にソングは笑みを返し。
「お友だちを連れておいで。それも値段の内だろうからさ。こっちは僕とラウラ・マリアで行く。石の女神様と遊びたきゃ、僕らを踏んでいくんだね」
●値段
「ほんとに6組でいいんすか?」
礼元堂深澪の念押しもテレサを揺らすことはなかった。
「あたしを入れて7組。ふた組を相手どるには充分よ」
事件においてはチームで挑むことがH.O.P.E.絶対の規則である。その最少単位が4~6組であることは、すでに説明の必要もあるまい。
「ボクもサポートで出ます。ジーニアスヒロインの仕事は敵にやられることじゃねっすから」
いざとなれば、他のエージェントを見殺してでもテレサを戦場から引っぱり戻す。言外に釘を刺しておいて、深澪は依頼発注書を完成させた。
「ま、最後の最後はってハナシっすけどね。ジーニアスヒロインの値段は知んねっすけど、テレさんの値段はわかってるつもりなんで、ボッコボコにして引っ捕まえてやりましょうぜ」
「ミオ……ありがとう」
あたしはまだまだ安い。でも、あたしを買ってくれる仲間がいる。だからその価値を嗤わせたりしない。
解説
●依頼
ソング及びラウラ・マリアの撃破。
●状況等
・作戦開始時刻は25時。ですが灯等の用意は不要とします。
・戦場はキンセールの港。侵入方法はエージェントの自由(時間差をつける等の作戦も自由。ただしトラップをしかける時間はありません)。
・戦場は埠頭、海、停泊中の船舶、海沿いの道路で構成されます。
●ソング
・メギンギョルズ装備のボクサーです。
・1ラウンドあたり2回攻撃。
・エージェントの攻撃を回避するとカウンターパンチを打ち返します。このパンチは射程を問わず発動し、ダメージに加え、ボディに決まれば“拘束”、顎に決まれば“気絶”のBSを与えます(抵抗可)。
・それ以外でも、射程5以内であれば防御成功によって通常のカウンター攻撃を繰り出します。
・回避力は高めですが、移動せずにその場へ留まって戦うことを選びがちです。
・内の英雄が歌うことで、歌声を封じることはできなくなりました。しかし、作戦によって崩すことができます。
●ラウラ・マリア
・二刀流の剣士(カオティックブレイド)です。
・1ラウンドあたり2回攻撃。
・カウンター攻撃はできませんが、3ラウンドに1度、エージェントのスキル攻撃を先読みして完封できます。
・カオティックブレイドのスキル使用後も呼び出された剣はその場に残り、それを共振させた音波攻撃(クリティカルヒット時、防御力無視で生命力(最大値)の5割を削る))を行います。
・回避力特化型。攻撃や回避時、大きく移動します(立体機動もあり)。
・すべてのスキルは、ウルカグアリーから与えられた剣によって使用回数と射程が2倍となっています。
●備考
・ラウラ・マリアはソングに攻撃を繋げるように動きます。
・どちらも愚神のような生命力はありません。
・強力なコンビですが、連携によって十分に対することができます。
・テレサ、深澪はあくまでバックアップとなります。
リプレイ
●挨拶
「特に隠れるつもりもないらしいよ」
数珠つなぎで埠頭へ繋がれたボートのひとつに仁王立つラウラ・マリア=日日・ブラジレイロ。彼女は閉ざしていた両眼を開き、長い戦いの歌――ソングへと告げた。
「数は?」
「海から5、後ろの道から3」
左右に佩いた単分子刀――鉱石使いの愚神たるウルカグアリーより与えられた特製である――を引き抜き。
「まずはご挨拶と洒落込もうかね。ジオヴァーナ!」
果たして英雄が呼び出した黒き千刃が夜空を塗り潰し、海からこちらを目ざすテレサ・バートレット(az0030)と礼元堂深澪(az0016)の小型高速艇目がけて降り落ちた。
「きょ~! 最初っからクライマックスっすわぁ!」
ハンドルを握る深澪がアクセルを踏み込み、速度を上げる。左右に船体を振ったところで、あの雨からは逃れられない。ならば最速で駆け抜け、被害を最小に留めるべきだ。
「ミオ、そのまま」
テレサは刃にその身を削られながらも絞った息を吹き続け、それを止めた瞬間、立射姿勢で構えた狙撃銃の引き金を絞る。
「これじゃあ僕の命は売ってあげられないね」
音を置き去り飛来した小口径高速弾をパリングで叩き落とし、ソングは笑みをかすかに傾げた。
「余裕だな」
高速艇の舳先に立つ赤城 龍哉(aa0090)が苦笑を刻み。
『来ますわよ』
内のヴァルトラウテ(aa0090hero001)が平らかな声音を返した。
「おう」
そして龍哉が構える。
空手における猫足立ちに似た、しかし軸足の先を前に向け、“前側”に全振りした変型である。
ふっ。短い息吹と共に、鬼神の腕“皇羅”に鎧われた両掌が舞い、刃を弾いて、あるいはへし折って海へと落としていく。
「……初手でスキルを使わせられたのは悪くないがな」
かるい口調で言う龍哉だが、その身には浅手とはいえ多くの傷が刻まれることとなった。それをあえて無視して語るのは、今夜が文字通り、命のやりとりになることを知っていればこそだ。
『あとはあのヴィランがサウザンドウェポンズ以外にどのようなスキルを携えてきたか、です。確かめますわよ』
応えるヴァルトラウテもとうに決めていた。真っ向から未知のスキルを受け止める意を。
掴まっていた高速艇の乗り込み用ハシゴを離し、ALB「セイレーン」装備の足でスケートさながら、海面へ滑り出すファリン(aa3137)。
「易々とはたどり着かせませんわ!」
艇から離れた後、近くの漁船から拝借してきた網を投じ、牽制する。
「はっ、足場狙いはちゃんとわかってるさ」
ラウラ・マリアは網の端につけられた重りへつま先をつき、さらに跳んだ。
『海賊流の軽身功といったところか』
ヤン・シーズィ(aa3137hero001)が息をつく外で、ファリンは女海賊の軌跡を追い、セイレーンを巡らせた。
「しかし、宙では機動を損なわずにいられません」
『むいむい。ラウラの姉さんに今日こそサインをいただきに行くでありますよ』
高速艇の後ろにワイヤーでくくりつけた足漕ぎボートの内、ちんまい手で器用にLSR-M110をリロードした美空(aa4136)がふんす、鼻息と共に弾を撃ち出した。
「あ、よけられたンゴ」
『せまいですぅ……』
対して内の英雄、ひばり(aa4136hero001)の声に覇気はない。なにせ狭いボートの座席へ透明棺桶たる“あなたの美しさは変わらない”を押し込み、さらにその内へ美空が収まっている有様だ。物理よりも気分的に圧迫されていた。
『ホバーなお立ち台は申請通らなかったでありますから、仕方ないのでありますよ。せめて補助ブースターが海にも対応してたらよかったのでありますが……』
『ううー』
唸ったひばりがふと、なにかに気づいた。
『美空さぁん』
『?』
ラウラ・マリアの機動を追っていた美空が、ひばりの声へ意識のいくらかを傾けた。
『剣が、浮いてるんですけどぉ』
今度こそ目線を女海賊から引きちぎり、辺りを見回す。
ラウラ・マリアが召喚する剣は、その攻撃を終えた後も消えずに残る。それは美空自身が見てきた事実だ。しかし、普通に考えれば沈むはずの剣が海面に残され、互いに切っ先をこすっていた――
「礼元堂さんスピードアップやでー! 共振くるンゴっ!!」
『沈まぬ剣か。確かに予想外だったな。しかも威力がどれほど水に吸われるかも不明』
ヤンがため息をつく。
今から共振攻撃を打ったところで高速艇は捕らえられまい。が、残り続ける刃がいつなりと共振を為す贄となりうる以上、こちらの動きは大きく制限される。
『この状況では開戦時に足並みをそろえることができませんわ。わたくしたちは分断に努めましょう』
ヤンに応え、ファリンはガーンデーヴァからデストロイヤーへと換装、さらにはセイレーンの出力を最大に。女海賊とボクサーとを結ぶ道たる船上へと降り立った。
「プリセンサーからの情報にも監視カメラの映像にも、罠が張られた形跡は見受けられませんでした。もっとも完璧とは言えませんけれど」
禿頭に一本角という異相に反したおだやかな口調で告げるのは、ノエル メタボリック(aa0584hero001)と共鳴したヴァイオレット メタボリック(aa0584)である。
ここへ来るまでに、できうる限りの情報収集は行ってきた。しかし。
『元より罠なんざしかける質の面々じゃねぇべ。少なくともあの女海賊はよ』
ノエルの言葉に内でうなずき、ヴァイオレットは悠然とこちらへ背を向け続けるソングへ、すがめた視線を突き立てた。
『こんな有様で読み切れるかのう。戦局も、彼のふたりのやりようも』
『自信をもって自身を貫くだ。連携しづれぇべ?』
テレサ。奴にきみの値段を思い知らせてくる。だから、俺を信じて待っててくれるか?
胸中にてつぶやいたリィェン・ユー(aa0208)は、その思いを右手に強く握り込み、ソングの背をにらみつける。
『“極”は使わんのかや?』
イン・シェン(aa0208hero001)の問いは実にもっともなものだ。リィェン・ユーの象徴たる屠剣「神斬」煉獄仕様“極”はその手にあらず、代わりに絶召神拳が巻き付けられているばかりなのだから。
「あいつはボクサーだ。ならば剣じゃなく、拳で勝たなきゃ意味がない」
リィェンの秘めたる思いの熱を感じたインは、息をついて言葉を吹き散らした。武辺の一分、果たすを邪魔するは野暮というものじゃろうよ。
「――しかける。続け」
低く言い置かれた声音に、リィェンが気を引き締めた。
そうだ、これから始まるんじゃない。もう始まってる。
ソングの背負う夜闇に一条の影を書きつける天叢雲剣。
対して微動だにせず、ソングは肩をかるくすくめてみせた。
「そのまま斬ってもよかったんじゃない?」
「不意討ちで斬られると約束してくれるならな」
わずか半歩を退き、油断なく剣を構えた迫間 央(aa1445)が応える。
『央、あと5歩退いて。あの男はこちらが当てないことを読んでいた。間合の内にとどまるのは危険だわ』
内でささやいたのはマイヤ サーア(aa1445hero001)。以前ソングと闘ったエージェントの報告で、彼が6メートル内に入った者の気配を自動的に感知することは知れていた。ならばその縁を出入りし、しかける隙を探るが賢明。
『どこにいようとあのカウンターからは逃げられない。なら、こちらの間合の中で踊らせてもらう』
賭ける。頑なに信じ抜き、数多の死地の果てで研ぎあげてきた、この神速へ。
「……香港でおまえから歌の切れ端を渡された者のひとりだ。あのときの不始末、その決着をつけに来た」
「すいぶん強くなった。そして迅くなった。でもね」
央の言葉に目を細め、ソングは笑む。
「僕にまっすぐ向かってきたのはまちがいだ」
●賛美
「待たせたな」
完全に体を横へ向け、正中線を隠したリィェンが、前後へのステップを刻みながらソングへ声音を投げた。
「いいよ。追いかけるのは面倒だしね」
ゆっくりと振り返るソング。しかし、リィェンと共に構えた央ですらもしかける隙はなかった。
『央、リィェンさんと挟撃を。カウンターの数をひとつでも減らすわ』
『ああ。2回はもらいたくないところだからな』
内でマイヤと言葉を交わし、央はリィェンに合わせてしかけた。
真っ向から踏み込み、斬りつけると見せてサイドステップ。横合いへ回り込んで斬気のフェイント。そこから跳び、背後へ至る。
央と同時、リィェンも踏み出していた。央が重ねるフェイントを補助する意味合いも込め、あえてまっすぐに。
『彼奴に手数を増すは悪手。どれに合わせられるか知れぬからの。ただし攻めに囚われてはならぬぞ。常に気を張り、カウンターに備えよ』
インの忠告に、ソングの内より漏れ出す歌声が重なりゆき、ついには喰らい尽くす。
『御方を讃えよ 天の座にあらせられし唯一なるお方を讃えよ やがて逢う御方がため その身を尽くせ その心を尽くせ その命を尽くせ 讃えるがため尽くせ 尽くすがため讃えよ』
『賛美歌だべ。ただし、人への愛はねぇだ。なんもかんも神様に捧げよって歌だべす』
央、リィェンの後方に位置取るヴァイオレットの内、ノエルが鼻先に皺を寄せてうそぶいた。
『あれじゃ消火器で口止めってわけにもいかねぇだ。せめてリズムを読むだよ』
ヴァイオレットは逆関節の膝を縮め、慎重にソングとの距離を測り、ポジショニングを微調整する。
いざとなればその身を持ってソングの一手を引き受ける覚悟はあるが、それによって貴重な回復手を損なうわけにもいかない。少なくとも、ラウラ・マリアが拘束されるまでは。
『いくら魔法使いだって腕は2本きりだ。3組がかりの優位、生かしてかねぇと』
高速艇が埠頭へ着く寸前、美空は足漕ぎボートをパージして海へと漕ぎ出した。
漕ぐためには棺桶の蓋を開ける必要があるため、鉄壁の守りとはいかないが、上からかぶることで極力隙を減らしている。
『槍に持ち替えたほうがいいんじゃありませんかぁ?』
ひばりがぶるぶる、冑の前立を震わせた。マスタリーのない狙撃銃では、美空が目ざす正確無比は実現不可能である。
『あの剣の雨で串刺しは避けたいところなのであります。現状、機動力に難がありますゆえね』
銃眼から突き出した銃口で、こちらへ向かい来るラウラ・マリアの足元へ一発撃ち込んだ。当然命中はできなかったが、一歩分の時間は稼ぐことに成功する。
『とにかく止まらずあちこちに動くであります。狙われたらザックザクでありますよ』
『ひぐっ』
弾を避けて跳んだラウラ・マリアの内、ジオヴァーナが薄笑んだ。
『狙撃手がいる。弾筋は甘いがな』
「本職じゃあないんだろうさ」
船上へ着地する瞬間、ドン! 海面が爆ぜ、女海賊の足場となる船が大きく揺らぐ。
「ち」
ラウラ・マリアは咄嗟に両脚を開いて甲板へ突き立て、体を支えた。
「しょぼい手ぇ使ってくれんじゃないか」
「どうしても遊んでいただきたかったのですわ」
船の影から投げられる声音。
「聞いた声だね。ブランコ岬にいた女かい」
ポジションを放棄し、海へと滑り出たファリンは、だらりと垂らしたデストロイヤーで海面を斬りながらラウラ・マリアへ視線を送る。
たった今、船を揺らした得物をことさらにアピールしてみせるのは、当然のごとく挑発だ。
『できれば乗ってほしいところだが。その程度を読めぬ相手ではないか』
ヤンの言葉へ、内で静かにかぶりを振り、ファリンは応えた。
『最初の立ち位置からしても、すぐにソングへ向かうつもりはないでしょう。彼女は乗った振りをして待つはずです。わたくしたちのいくらかが駆けつけてくることを』
美空とファリンのポジショニングを確かめ、動かぬラウラ・マリア。
「待ち受けるのはソングへの信用あってのことか」
『尋常に勝負を、とは申しませんわ。代わり、力を尽くしてあなたを討ちましょう』
果たして高速艇から降り立ち、船を伝って駆けつけた龍哉、そして内のヴァルトラウテが突きつける。
「今夜のお代は先払いでもらっちまってるんだ。せめて派手に踊ろうかねぇ」
ラウラ・マリアは不敵に笑み、虹色にきらめく両眼をエージェントたちへ向けた。
●魔法
「しぃっ!」
裂帛の呼気を高く響かせ、央は手首のスナップでS字軌道を描かせ、ソングの背後から刃を飛ばす。
「ふん、はっ!」
ジークンドースタイルの鋭い踏み込みから一転、腰を深く据えて震脚を踏み鳴らしたリィェンが、鳩尾目がけて渾身の突きを繰り出した。
曲と直のハーモニーが届く直前、ソングはダッキングで刃をかわし、拳をパリングで叩いた。さらにその前屈姿勢からリィェンの頬へ左ストレートを叩きつけ、跳ね返ってきた反動に乗って反転、央の顎をショートアッパーで突き上げる。
「!」
よろけながら行き過ぎるリィェンがとっさに央の体をすくい、後ろへ投げ飛ばした。
かくて危うく追撃を逃れた央は息を整える間もなく、体勢を大きく崩したリィェンをカバー。
『直撃は避けたけれど』
マイヤに言われるまでもない。かわしきれなかった。この神速をもってしても、ソングの拳を。
『意識を飛ばされなければそれでいい』
頬から噴いた血をそのままに、央はソングのジャブを柄頭でいなしておいて間合を離す。今はダメージを最少に抑え、動き続けなければ。ただし――最速を見せぬままに、だ。
その間に踏みとどまり、体を引き起こして構えを取りなおしたリィェンの内、インが熱を帯びた感嘆を漏らした。
『さすがに迅いの』
迅いばかりではない。すくめた肩で首を固定し、直撃から顎を守ると同時に衝撃を殺して、なお泳がされた。あの細い体から、あれほど重い拳が打ち出されるなど信じられるものか。それどころかトップリンカーふたりがかりでかすめることすらできぬなど。
思い知るな、力の差ってやつを。だが。
「同じリンカーである以上、かならず届く」
俺の拳をおまえに問おう。テレサへの想いを握り込んだ、この拳の重さと値段を。
と、心を据えたリィェンに、ソングの掲げた左拳が振り下ろされる――
「おおっ!」
と。完全に前がかりとなったソングの斜め後ろから、ヴァイオレットがインドラの槍を投げ打った。
ソングの英雄の歌が刻むリズムとそれに乗ったソングの挙動、それらが硬直する一瞬を、彼女とノエルは見定めたのだ。もちろん、彼女たちだけでは為し得なかった。すべては央とリィェンのしかけがあればこそ。
『当たる前に動いて狙いさそらすだよ!』
言いながらも、ノエルとてわかっている。それを見逃してくれる相手などではないことを。それでもかまうものか。たった今、ソングの一手を潰せるならば。
「悪くない連携だ」
スナッピーなジャブでかるくリィェンの鼻を弾いたソングが体を振って槍をかわし。
次の瞬間、ヴァイオレットの眼前に現われてショートフックを放った。
「ぁ、はぁっ」
腹へ押し詰めた肉が爆ぜるように揺らぎ、その奥にある肝臓が突き上げられた衝撃ででたらめに踊る。
自らを支えきれず、膝を折るヴァイオレット。
『ボディ打ちは、地獄の苦しみって、言うだべが……ほんと、地獄だべ』
息ができない。足が動かない。これが、魔法だべか。それでもヴァイオレットは歯を食いしばり、体を丸めて追撃に備えた。
『しかし、これではわらわを殺すには至らなかった……ならば、まだ役には立てるじゃろう』
仲間がカバーに入ってくれるのを背で感じ、ヴァイオレットは脚を絡め取る苦痛を振り落としにかかった。
奥の手だったライヴスミラーは、ソングを庇護する愚神ウルカグアリーの干渉がない以上は使えない。ソングはライヴスリンカーだからだ。
でも、このまんまじゃ終わんねぇべ。ぜってぇよ。
「赤城波濤流師範代、赤城 龍哉。推して参る」
ラウラ・マリアの正中線ど真ん中へ突き込まれた、龍哉の中段突き。基本中の基本でありながら、右へも左へもかわさせない必殺の攻めだ。
「っと」
ラウラ・マリアは皇羅の鬼面に柄頭を叩き就けて身を翻し、龍哉が深く前へ曲げた左膝を蹴って甲板を滑る。その頭上を、美空の狙撃弾とファリンの矢とが行き過ぎていった。
「久しぶりだな――というか、憶えてるか?」
ヘッドスプリングで立ち上がるラウラ・マリアの足へ水面蹴りを繰り出し、口の端に苦笑を刻む龍哉。
対して足を再び上げて背でバウンド、今度こそ立ち上がって刃を繰り出し、女海賊は同じく苦笑を返す。
「声はね。あんときゃ世話になった。世話もしたけどさ。で、これから世話かけるよ」
と、夜空にざわめく黒刃の群れ。
「ウェポンズレイン!」
警告を飛ばしたファリンは即座にポジションを移動、戦闘に集中する龍哉への支援を準備する。
『回復よりも、その後のフォローだが……』
ヤンが眉根を引き下ろす。
共振攻撃を防ぐ手はすでに整っていた。が、それを為し、この場唯一の前衛である龍哉を守るにはまずポジショニングを詰めなければならない。おそらくは、自らを危険に晒して。
ダメージコントローラーが真っ先に斃れるようなことになれば、結局は前衛を殺すことにもなろう。
「美空様、回復役をお願いいたします」
ライヴス通信機にささいて、ファリンは銀兎さながら、海面を跳ねた。
「了解ネキー!」
通信に応えた美空はブーツのブースターでペダルを漕ぐ足を加速し、急ぐ。その間に、海原を漂う剣をブースターで押し退けることも忘れずに。
『心臓が止まらないようにマッサージしとくのでありますよ!』
『えっと、その、掴めませぇん!』
『んー、じゃあ気合とかでひとつ。であります』
『ううう、気合気合気合ぃぃぃ』
ひばりに気合方面を丸投げ、美空は銃眼から突き出した銃口を頼りにラウラ・マリアを探る。
遠間から囮を務めるのは、女海賊の性格と2つが明らかとなったスキル構成からして難しそうだ。せめてもう少しソングを守りたがってくれれば脅かしようもあるのだが……
まずはスキル使い切らせないとでありますね。
かくて龍哉を裂く、刃、刃、刃。
『我が名と盟約において、折れぬ闘志に勇気の加護を』
ヴァルトラウテのライヴスが彼の歩を支え、さらに踏み出させる。
「いい気合だねぇ。でも!」
ラウラ・マリアの刃が、船上に突き立った刃の一本をへし折り――
「揺れなければ音は届きませんわね!」
刃雨の降り終わりを待ち、駆け込んだファリンがウレタン噴射機のレバーを握り締めた。
白いウレタンが龍哉を囲む刃の一部へまとわりつき、共振をくもぐらせる。
「もうひとつ!」
さらに彼女は自らの豊麗な体を剣と剣の間に割り込ませ、剣の腹へ押しつけた。共振はさらに濁り、そして。
「っ!」
龍哉の臓腑を抉るはずだった音は大きくその揺れを損なった。さらに。
「ンゴ!」
美空の放ったエマージェンシーケアが龍哉を癒やし、その足にもう一歩を刻む力を注ぎ込んだ。
「守りを崩したところで足を潰せるわけじゃあないが」
力を抜いた連打のところどころに渾身を織り交ぜたメーレーブロウでラウラ・マリアの手と目を奪い、龍哉はぎちり。口の端を吊り上げた。
「ふたりに繋いでもらってここまで来た。簡単には逃がさねぇ」
「逃げる気なんざハナっからないさ!」
ライヴスを猛らせ、ラウラ・マリアは龍哉の腹へ回し蹴りを叩きつけた。
一方、対ソングの3組。
「ふっ!」
ソングの懐へ潜り込んだリィェン。しかしその突きはソングの長い肘にブロックされ、レフトショートフックで顎を弾かれる。
その隙に飛び込んだ央を待ち受けていたのは、すでに振り込まれていたチョッピングライト。それを改良したヌアザの銀腕で受け、吹っ飛ぶ距離を計りつつビームを放つが、これはブロッキングで止められた。
「ユーさん、傷を!」
禁軍装甲に守られた広い背でソングを遮ったヴァイオレットが、抱え込んで転がりながらリィェンにケアレイの癒やしを染みこませた。
「すまない!」
「いえ、すぐに支援に回りますので、ユーさんも攻め手に加わってください」
応えるヴァイオレットの内でノエルが奥歯を噛み締める。
『これじゃじり貧だべ』
ここまでの攻防で思い知らされていた。ソングを打ち崩すには連携が必須であるにも関わらず、その手数がまるで足りていないことを。
『まずいわね。ほとんど直撃までもっていけない』
二転して立ち上がった央の内、マイヤが荒い息を吹いた。
リィェン、ヴァイオレットとの連携でいくらかのダメージを負わせることには成功していた。が、あのカウンターを攻略する手立てを思いつけぬまま喰らい続け、ヴァイオレットは回復に追われることとなり、手数を減らした自分たちは攻めきれぬまま追い詰められている。
『前衛と支援がもう少しそろっていたらよかったのだけれど』
ブロックされても10メートル以内に留まっていればカウンターが来る。それを避けるには、今のように距離を開けて確実に当てるしかないが……こちらの攻めの圧を減らせばあちらの攻めが圧を増すだろう。
「それが望めない以上は、考えてもしかたないさ」
賢者の欠片を噛み締め、央は天叢雲剣を握りなおした。
目に焼きつけてやるつもりはない。見せるよりも迅く、この刃をおまえに突き込む。
『ケアレイはエンプティ。残るは奥の手ただひとつじゃ』
『だったらあの両手を開いてやる階段になるだよ。女海賊にアイサツできねかったんは心残りだけんどよ』
ノエルと意志を交わし、ヴァイオレットは携帯品の消火器を手に取った。央の天叢雲剣の“雲”にも惑わされぬソングに効果を発揮するはずはないが、使いようはある。
『あちらも詰めきれておらぬようじゃ。このままでは叩きつける前にこちらの命が尽きるぞ』
ラウラ・マリアと対した3組を横目で見やり、インが息をつく。
隊を分けたのは悪手だった。攻めのバリエーションに富んだラウラ・マリアを総がかりで討ち、それからソングへ向かうべきだったのだろう。回避特化型を捕らえるに足る手数をそろえられなかったのは、どこかで敵が愚神ならぬヴィランだという思いを抱いていたせいかもしれない。
「どうせ尽きる命なら、それを賭してこじ開ける。それを賭して叩きつける」
ヒールアンプルで無理矢理に命を継ぎ足したリィェンは、滾るライヴスと共に指輪を握り込んだ。
●リンクバースト
『対ソング班の形勢は不利。おそらくあと1分は保ちませんわ』
『それはこちらも同じだがな』
ソングとラウラ・マリアとの間に位置取るファリンが、ヤンの言葉に奥歯を噛んだ。
女海賊はこちらの立体機動への妨害策に対し、跳ばないことを選択した。流れるように駆けて船を渡り、剣先をピッケル代わりに自らの挙動を操って……左右の剣に足技を加えたフェイントと攻めで巧みにファリンと美空の矢弾をすり抜け、龍哉を刻む。
共振潰しは一定以上の成果を上げられていたものの、個としての力量差を埋められる手数が足りていないのは対ソング班と同様だ。
実際、ワントップを務めるのがH.O.P.E.最強のドレッドノートたる龍哉だからこそかろうじて戦線を維持できていたが、それでもじりじりと押し込まれ、後退を余儀なくされていた。
「ふっ」
斬り込んできたラウラ・マリアの刃を上段受けで押し上げ、龍哉は袈裟斬りの手刀を返す。
「はっ!」
ラウラ・マリアは一歩後退、ジオヴァーナにウェポンズレインを召喚させ、刃の雨を降りしきらせた。
『龍哉!』
「逃がさねぇって言ったはずだぜ!」
傷にかまわず、しかける龍哉。が、その一気呵成が、ラウラ・マリアの蹴りで押し止められた。
「っ!?」
「逃げる気なんざないって言っただろ」
かくて女海賊が、龍哉のまわりに針山よろしく残された刃へ共振を打ち込む――
そこへフルオートで撃ち込まれ、剣の根元を抉ってへし折る狙撃弾。
「やったったンゴ」
ふんす。共振で大きく揺らされた海上、鼻息を吹き抜いた美空が新たな弾倉を狙撃銃へ叩き込み、薬室へ弾を送り込んだ。
『リジェレネーションはしてますけどぉ、あと何回もは耐えられないですぅ』
ひばりが荒い息をつきながら言う。
降り落ちる刃、そして海面の刃による共振。両者が美空のちんまい体を棺桶越しに揺すり、傷つけていた。防御力においては他の追随を許さぬ共鳴体の命を損なわせるほどに、だ。
もっと距離を取れたならそこまでの脅威ではない。が、龍哉の傷をフォローするにはどうしても中距離を保つ必要がある。
『なんだかスキルの回数マシマシみたいでありますけど、ダメ押ししてこないのはそんなにいっぱいじゃないからなのであります。だからもうちょっとのガマンなのでありますよ』
ひばりを勇気づけながら、美空は言わずにおいた言葉を胸中で反芻した。あといっこ、まだ見せてないスキルがマテリアルシナスタジアでなければでありますけど。
「なんかスキル消す技あるっぽいンゴ! 通常攻撃メインでしかけるやで!」
通信機へ告げ、美空は再びラウラ・マリアへスコープを向ける。
「やられてばかりではありませんわよ!」
倒れず残った剣へファリンのウレタンがまとわりつき、揺れを殺して共振を留めた。
「ファリン、こっちはいい。相棒を頼む」
言い置いて、龍哉が構えた。右足と右手を前に出し、左右の足へ均等に重心をかけた、強撃を最速で打ち込むための自然体。
『どうしますの?』
『これ以上削られたら押し通られる。1回しか試せねぇ手で決める』
ヴァルトラウテに応え、龍哉は下げた左手を構えの影に隠した。
『ソングはすでに女海賊の射程内だ。それだけは忘れるな』
ヤンへうなずき、ファリンはすでに最終局面を迎えつつあるソングの戦場へ急ぐ。
手を分けたのはこちらの失策。あくまで可能性ではあるが、ソングの質を考えれば、全員でラウラ・マリアへ向かえばそれをも見逃したかもしれない。
『神ならぬわたくしたちにできること、それは容易く敗北を受け入れることなく、勝利を目ざすことですわ』
『御方を讃えよ その声の音もて そのたなごころもて その命の灯もて』
ソングの内にある英雄がしゃがれた声音を高めた。
その戦慄へ心地よさげに体を乗せ、ソングは高く掲げた左拳をゆらめかせ、待ち受けている。
回復手段の尽きたヴァイオレットはすでに、その体を支える機械のほとんどをソングの拳で打ち壊されていた。
『ボリュームつまみはどこだべな?』
『力尽くで止めに行くかや』
他愛ない会話に決意を込めて、ノエルとヴァイオレットがうなずき合った。
『しかし、隙がないな』
内で吐き捨てるリィェンに、インが告げた。
『息を吸うておけ。踏み出せばもう、その暇はないぞ』
その斜め前に立つ央、そして内のマイヤは息を絞り、心を澄ます。
心に詰まったあらゆる思いは重石となる。だからこそすべてを置き去り、自らを純然たる神速と化さねばならない。
と。
「リィェン様!」
海から埠頭の片脇まで滑り込んできたファリンの声音を追いかけて、リリリリ……屋外においてはごくささやかな固い音が鳴った。
――テレサ。今だけでいい、きみの正義を俺に託してくれ。
手の内のライヴスソウルが砕け、押し詰められていたライヴスがリィェンとインのライヴスに点火、その命を轟と燃え上がらせた。
それと同時、ファリンが投じた目覚まし時計「デスソニック」が爆音をもって戦場を揺らがせる。
『今だべ!』
リィェンのリンクバーストを背で感じ取ったヴァイオレットが、肩を鎧う装甲を押し立て、全力でソングへ駆ける――と見せて、消火粉をぶちまけながら大きく横へ跳んだ。カウンターを打たせてしまえばソングの立ち位置がずれる。だからこその、攻めなき攻め。
『央』
マイヤの声を受けた央は、白煙をカーテンに滑り出し、影を伝ってソングの死角へと潜り込んだ。リィェンへのクロスリンクはすませてある。これで残す念なく為し、成せる。
「リンクバーストか」
うそぶいたソングが左のジャブを打つ。
「貴様を倒すためなら、限界くらいは超えてやるさ」
額でその拳を受けて押し込み、リィェンの燃え立つ右足が踏み下ろされた――ソングの足の甲へ。
「戦いに来て、一撃も当てられずに帰るわけにはいきません!」
縫い止められたソングへヴァイオレットの槍が飛び。
「英雄、歯を食いしばっていなくていいのか?」
リィェンの寸打がソングの鳩尾を突くと同時、央とジェミニストライクで生み出された分身が左右から斬りかかった。
槍を掴み止め、分身をかき消したソングのカウンターが央へ迫る。
剣から漂い出す雲の内に央の姿は溶け消えた。このときのために封印し、ついに開放した神速へ乗せた影渡で。
英雄の歌が断ち消える中、リィェンは寸打でこじ開けた隙間に拳を突き上げ、ショートアッパーでソングの顎を突き上げた。
当然、その間にもリィェンの生命力はリンクバーストで、さらにソングのカウンターで削り落とされていくが。
『当てられれば損なわせることができる。それがすむまで、俺たちが支える』
「ええ、死なせはいたしませんわ」
ヤンに応えたファリンのクロスリンクとエマージェンシーケアがリィェンの拳を文字通りに支えた。
「僕には決めていたことがある」
チョッピングライトでリィェンの上体を突き放し、ソングが吐血に染まった口の端を吊り上げる。
「その前にけりをつけるさ」
ソングの背後に姿を現わした央がEMスカバードで加速した天叢雲剣を抜き打ち、その首筋へザ・キラーを打ちつけた。
「俺たちと同じ回避特化のおまえを仕留めるため、試行と研鑽を重ねてきた」
『世界だダメになるかならないかという大事な時期なのよ。この世界で央と共に在り続けるため――あなたを踏み越えて私たちは行く』
央とマイヤが残した言葉に次いで、がくりと前へ頭を落としたソングにヴァイオレットがショルダータックル、そのまましがみつく。
『振り落とされんぞえ!』
そして。
「リィェン君、決めるわよ!」
テレサのブルズアイがうつむいたソングの眉間を叩き、今度は大きくのけぞらせた。
「これで終わりだ、ソング!!」
踏みつけていた足を持ち上げて震脚、リィェンは勁を込めた肘をがら空きの鳩尾へ突き立てて――
「君たちがリンクバーストしたときには、僕もするってね」
――クリティカルヒットしたはずの肘が、ただのパリングで叩き落とされていた。
『この邪なる力、まさに御方への叛逆! おお、主よ! 打ち据えたまえ、我が罪を!』
ソングの内で英雄が陶然と声を高め。
「これ以上打ち据えられるのは勘弁してほしいかな。さすがに体が保たないしね。……と、まあ、なんにせよだ」
こけた頬に笑みを刻み、ライヴス結晶を握り潰してリンクバーストを為したソングが拳を持ち上げた。
「君たちは最初からここまで、全部まちがったのさ」
●悪夢
「始まっちまったみたいだね」
ラウラ・マリアの前蹴りが龍哉の右膝を突く。
しかし、大地へ根を下ろした大木がごとく、龍哉は不動であった。
『ここからは、敗北の傷をどれだけ小さく留めるかですわね』
『戦術的勝利くらいはもらって帰るさ』
ヴァルトラウテへ内で応え、ハンドサインで美空に合図、整えた息を絞った。
しゃっ! 呼気と共に体を回転させたラウラ・マリアが繰り出す左右の刃。タイミングをずらした剣閃が龍哉の膝と首筋へ食らいつく、その寸前。
「!?」
眼ではなく、肌に触った空気の流れで獲物を探るラウラ・マリアに、美空の狙撃弾が襲いかかった。
「ち!」
咄嗟に跳躍し、弾をかわしたラウラ・マリアだったが。そのときにはもう、龍哉の姿はその場から失せていた。
『やはりまだ、視ることには慣れていませんでしたわね』
ヴァルトラウテがうそぶく中、龍哉は左の皇羅にザッハークの蛇を収め、その体を据えていた。
ラウラ・マリアの剣は軽い。範囲攻撃や共振を防ぐべく、下手に絡め取ろうとすれば逆にこちらの体勢を崩されかねないほど。しかし、海からの水分を吸ったウレタンで固められた剣ならば、少なくとも龍哉の急発進、その手がかりくらいにはできる。
それでも見失うことはなかったはずだ。たとえ狙撃を受けても、眼で龍哉を追うことさえできていたならば。
『角突きちゃん、ここが正念場でありますよ!』
美空は狙撃銃を抱え込むようにして構え、歯を食いしばった。
ラウラ・マリアのスキルは回復している。そうでなければもっと勝負を急いでいるはずだから。共振を封じられながらも繰り返してきたのは、その内にマテリアルシナスタジアを織り交ぜていたからだ。
『うう、がんばりますぅ!』
いっしょにひばりが歯を食いしばったのを確かめ、美空が通信機越しに龍哉へ告げた。
「スキル無効に注意やで!」
これが余計なひと言であることは当然知っている。このシチュエーションを成すがため、低い弾道で弾を撃ち込んだのだ。跳んでくれるかどうかは正直賭けだったが……それに勝った以上はもう、この場の決着はついている。
わかってるさ。
胸中で応えた龍哉が、下からラウラ・マリアへ左の掌打を突き上げた。
「甘いよ!」
宙で体を巡らせ、ラウラ・マリアがサウザンドウェポンズを召喚。しかし。
龍哉の掌は攻めならず、彼女の眼前を塞ぐばかりのものだった。
「『!?」』
掌を追い越し、わずか数瞬ずらされた右拳が女海賊の顔面を打ち抜く。古流沖縄空手に伝えられるミイートゥディ――夫婦手の応用技である。
「があっ!」
吹っ飛びながら、ラウラ・マリアが未だ空にある刃へ共振を放った。音がはしって龍哉を、海に浮く刃へ拡がって美空を押し包むが、響ききらぬ音は彼らを噛み裂くには至らない。
そのまま海に落ちたラウラ・マリアは沈みゆき、浮かび上がってくることはなかった。
『またサインもらいそこねたでありますね』
美空は息をつき、海を見やる。
とりあえず撃破という任務は果たせたようだが、捕縛には至らなかった。手数の不足が悔やまれるところだ。
「でも、こうしてられないやで。ニキネキの支援に行くンゴ」
「回復役が回復手段の用意を怠る……特にクリアレイを持ってこなかったのはどうかな? おかげで友だちが余計な傷を負った」
しがみついたヴァイオレットの延髄にチョッピングレフトを叩きつけ、コンクリートへ叩きつけたソングが笑んだ。
「っ!」
その隙をついた央の刃をスウェーイングでかわし、カウンターで顎を打ち抜く。
「君はせめてラウラ・マリアへ向かうべきだったね。そうすればあの友だちに繋げたはずだよ」
崩落するその頭部へチョッピングライトの追い打ち。
『もう間に合わん!』
エマージェンシーケアを飛ばそうとしたファリンをヤンが止めた。
「なら――!」
ヴァイオレットと央をカバーにまわった彼女の腹を、ソングの鉄拳が突き上げて。
「歌を止めることを考えたのは君だけだ。いい手だったけど、追い込まれる前に打てなくちゃ意味がない」
そのまま彼女の体を放り投げ、「そして君だ」。テレサへの道を塞いで腰を据えたリィェンへと向きなおった。
「たったひとり、リンクバーストしたくらいで僕を超えられる? いや、それを強いたのはジーニアスヒロインかな。……報われないね、いろいろと」
「黙れ」
リィェンが震脚、肘を繰り出した。ブロックされた瞬間、飛んでくるだろうカウンターを巻き込んでのカウンター返しを叩き込むための撒き餌であり、そして。
「つくづく報われない」
肘をかわさず肩でいなしたソングはフリッカースタイルからの左フックを叩き込んだ。
この軌道は巻き込めない。しかし。
脳を揺らされ、さらなるコンビネーションで仮初めの命を削り落とされながらもソングへぶつかり、今だ――テレサへ念を送った。これが正真正銘、最後の手だ。
果たして飛び来るテレサの銃弾。
「……今度は撃てたね。まあ、少しだけ君の値段も上がったよ」
「いつか、利子をつけて叩きつけるわ。みんなとあたしで」
バーストクラッシュし、インと共に埠頭へ倒れ臥したリィェンを置き去ってきたソング。そのカウンターパンチに顎を打ち抜かれたテレサは昏倒した。
「次はないって言ったよ。拳の縁はここで切れる」
そして彼は美空を、その向こうから油断なく迫り来る龍哉を、さらにはテレサに覆い被さった深澪を見やり、肩をすくめてみせる。
「ラウラ・マリアを撃退した君たちに敬意を表して退くよ。この子たちを連れて帰る手も必要だろうし、もうじき僕もバーストクラッシュの時間だし」
と。その足元でコンクリートが沸き立ち、人型となって彼の痩身を抱え込んだ。
「見せてもらったわよ。あんたたちの戦いをね」
「ウルカグアリーさんンゴ!?」
美空が腰だめに銃を構えた。
『最後の最後で不意討ちとか……ですかぁ!?』
「まさか。コイツが負けて死ぬか、それとも勝って生き延びたら持って帰る気だっただけ」
あわあわするひばりにかぶりを振ってみせ、ウルカグアリーは言葉を継いだ。
「傷を癒やして遊びに来て。今日の無様を噛み締めて、本当の本気で」
ソングごと埠頭の内へ姿を消したウルカグアリー。
その気配を見送ったヴァルトラウテが息をついた。
『向こうも本当の本気ということですわ』
龍哉は応えず、元の様を取り戻した埠頭へすがめた眼を向けるばかりであった。