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【相談】I was here
最終発言2018/10/17 08:12:05 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2018/10/17 14:15:29
オープニング
●痕と傷
例えるならば……
『王』の牙が、この世界の一部分を突き破った、のだろうか。限定的・局所的・超小規模な世界蝕とも解釈できるかもしれない。
迸ったライヴス性の爆発――混沌の濃度は、最早“汚染”と形容できよう。
法則は冒涜された。空は白く色を失い、昼も夜もなくなった。太陽はないのに、曇天の時のような奇妙な明るさがそこを照らしている。
ライヴスに当てられた生命体は黒い結晶の柱に変質した。その命をライヴスの結晶に変えられれたのだ。物言わず、動くこともなく、生きているのか死んでいるのかも分からない。ただ希望的観測のように、「『王』を撃破すれば元に戻るかもしれない」という仮説に縋るしかない。
こんな“局地的異界化”が、世界のあちこちで発生していた。
――目の前に広がっているのは――
そんな風に、変わり果てた町の姿だった。
静かだ。
おぞましいほど 静かだ。
灰色の瓦礫。乱立する黒い柱。曇白の空。色がない世界。
それは間違いなく、終わりの断片であり、顕現であった。
ここは、数日前まで、確かに“普通の場所”だったのに。
「――誰かいませんか?」
君達の中の誰かが言う。あるいは君が口にした言葉か。
こんな場所に、生存者なんて、いるんだろうか。そんな絶望を心に滲ませながら。
黒い柱の隣を通り過ぎる。あれはかつて、人間だったモノだと知っている。寄り添い合うような柱を見つけた。子に覆い被さって守ろうとした親だろうか。分からない。
……ごめんなさい、護れなかった、と嘆くべきなのだろうか。
悪いのは誰――? 運が悪かったこの人達? 侵略者たる『王』? 間に合わなかった自分達? 何かに悪と罪を押し付けて、何かを正当化させて整理せねば、頭がどうにかなりそうだ。
罪悪感、憤怒、悲哀、もう言葉にすらできない感情、色んなものが心に渦巻く。
先程の「誰かいませんか」に対する返事はない。黙々と、君達の足音だけが響いている。
「誰か……」
ざらついた声。渇いた唇を舐めた。暑くも寒くもない空気を肺に満たして、もう一度、声は響く。
「誰か、誰か――いませんか――……」
解説
●目標
・生存者捜索(発見できなくても失敗にはならない)
・従魔討伐(特に「n体以上倒せば成功」というラインはない)
●状況
局地的に異世界化した、とある町。
時間帯は午前九時から午後5時まで。
異世界化及び愚神・従魔の侵略によって壊滅状態。
粗方の適性勢力は排除されているが、その残党が存在している。
▽生存者
存在は絶望的だ……。
(生存者捜索を宣言した場合、宣言者一人につき1d100で一回だけ判定し、3以下の出目が出れば発見)
▽従魔
ミーレス級。直径1m程度。ゆらめく火の玉のような外見。2m程度の高度まで飛行可能。
触れると魔法攻撃によるダメージが発生する。攻撃手段は体当たりなど。動きも緩慢で、弱い。
大量というほどではないが、そこかしこに存在している。
(プレイングに戦闘内容を記載したPCとのみ、遭遇と戦闘が発生します)
▽黒い結晶柱
ライヴス汚染によって、その命を結晶に変えられた生命体。そこかしこに存在。
大きさは元の生命体の大きさに準拠。非常に脆い為、極力接触しないように。
王を撃破すれば元の生命体に戻るかもしれない、というのが現在の見解。
※注意※
「他の人と絡む」という一文のみ、名前だけを記載して「この人と絡む」という一文のみのプレイングは採用困難です。
『具体的』に『誰とどう絡むか』を『お互いに』描写して下さいますようお願い申し上げます。
相互の描写に矛盾などがあった場合はマスタリング対象となります。(事前打ち合わせしておくことをオススメします)
リプレイの文字数の都合上、やることや絡む人を増やして登場シーンを増やしても描写文字数は増えません。
一つのシーン・特定の相手に行動を絞ったプレイングですと、描写の濃度が上がります。ショットガンよりもスナイパーライフル。
リプレイ
●私は此処に居た 01
命のない曇白の空。
音のない灰色の町。
物言わぬ漆黒の柱。
「……夢の中みたい」
あまりに現実から乖離した風景に、十影夕(aa0890)は呆然と呟いた。
『こんな冷たい夢を見るんですか?』
と、共鳴中の結羅織(aa0890hero002)が驚いたように尋ねてくる。「冷たくはないけど……?」と答えた夕は、ああ、でも確かに、ユエの夢は暖かそうだ。そんな思いで心を解す。
『……』
メテオバイザー(aa4046hero001)は正統なる騎士である。なれど今、彼女は言葉すら失い、桜小路 國光(aa4046)のライヴス内で震えが止まらなかった。
絆を通じて國光は英雄の想いを感じる。だから、手を繋ぐ代わりにとリンクコントロールによって絆を強めた。大丈夫、自分達は一緒だ、と。
「なんということじゃ……」
『ふざけおって、王とやらめ。これが救い・慈悲の類とほざきおるのか!』
天城 初春(aa5268)は、辰宮 稲荷姫(aa5268hero002)は、牙を剥いて唸った。銀の尾も毛を逆立て、命の息吹が絶えた町の景色に肩を戦慄かせる。
「これが……人?」
時鳥 蛍(aa1371)は寸の間、呼吸を忘れた。見開いた目に映るのは黒い結晶柱。人だったモノ。変わり果てたその姿に、血の気が引いて倒れそうになった。
「ッ、」
でも、踏み止まる。まだ生存者がいるかもしれない。探さねばならない。諦めたくない。何もしないままでいられなかった。
(……気持ちは同じッス)
共鳴中のグラナータ(aa1371hero001)は、蛍と共に町へと踏み出す。
「こんなことが許されていいものか……ここには親子もいたんだ……普通に生きてただけなのに……」
虎噛 千颯(aa0123)の、握り締めた拳が震える。間に合わなかったことへの後悔。なれど、絶望だけはしない。唇を強く噛み締めて、共鳴した白虎丸(aa0123hero001)と共に眼前の惨状を目に焼き付けた。
「二度とこんなことが起きないように……」
『然り。必ずや、かの王を倒さねばならんでござる』
「……これが人間の成れの果てか」
ニクノイーサ(aa0476hero001)の想いも仲間達と同様。苦く呟いた彼の隣では、大宮 朝霞(aa0476)が真っ直ぐな目で町を見据えて。
「この惨状が愚神の、王の為そうとする世界だというなら、私は絶対にゆるさない! いくわよニック!」
まだできることがある。英雄へ振り返るや、
「変身! マジカル☆トランスフォーム!!」
聖霊紫帝闘士ウラワンダーに変身だ。
壊された街。
なれど、まだ、助かる命があるかもしれない。
絶望的な風景だ。でも、希望を捨てる訳にはいかない。
「……捜そう、アーテル……」
「ああ。捜そう」
木陰 黎夜(aa0061)とアーテル・V・ノクス(aa0061hero001)は言葉を交わし、意を決し。共鳴をすると、灰色の町へと歩き始めた。
「ここは異世界、共鳴していれば大丈夫でしたが非共鳴では何が起こるかわかりません。共鳴解除の際は十二分に留意して、ペアを組むなど――」
まほらま(aa2289hero001)と共鳴した姿のGーYA(aa2289)は、探索へ向かう仲間達へ声をかける。異世界を経験したことのある者の一人として、考え得る危険には対策をしておきたいところだ。
『王は全ての人間を結晶化させるつもりなのかしら』
最中、ライヴスの中でまほらまが呟いた。
「させないためにも調べないと」
ジーヤは“門の向こうと同じ光景”を見澄ます。
「実に……実に興味深いですね」
辺是 落児(aa0281)と共鳴した構築の魔女(aa0281hero001)は、空虚な世界に目を細めた。
(交わるということはお互いに混ざるということでもあるのですよね――これは王の世界なのでしょうか? それとも交じりに混じった世界の残骸のようなものなのでしょうか?)
思案する。目の前の光景は、彼女の脳を刺激してやまない。
なんにしても、未知には究明を。魔女は歩き出すのだ。
「さぁ、探求と究明を始めましょう」
●私は此処に居た 02
人手は多い方が良い。探す目は多い方が良い。
日暮仙寿(aa4519)と不知火あけび(aa4519hero001)は共鳴をしない状態で、灰色の町を進んでいた。
「誰かいませんか!?」
響いたあけびの声は悲痛さすら滲んでいた。誰か居るかもしれない。助けを待っているかもしれない。気持ちは急いて、早く見つけなくちゃと歩調も早まる。
「あまり離れるな。何があるか分からない」
先を急ごうとする乙女の手首を掴んだのは、仙寿だ。あけびは振り返り、俯くように「……うん」と頷いた。それから同行してくれる仲間達へと顔を上げる。
「ジーヤ達も杏子さん達も、一緒に来てくれてありがとう」
「こちらこそ」
ジーヤはニコリと笑む。不安なのは皆同じだろうから、それが少しでも緩和するように、と。それからジーヤは、カナメ(aa4344hero002)と共鳴中の杏子(aa4344)へ振り返り、
「バトルメディックの杏子さんが居てくれて心強いです。よろしくお願いします」
「よろしく。皆で無事に帰ろう」
杏子はそう答えると、さて。周囲を見渡した。時間は有限。「協力してやってこうか」と、一つにまとめた銀の髪をなびかせて歩き始める。
「誰かいませんか――」
ガランドウなほど、声は空虚に消えていく。
ぽつぽつと並ぶ黒い柱は、返事をしない。
仙寿は【森蝕】のことを思い出していた。同行している面子もそうだが、この結晶についても、だ。
(……もう大分、昔のように思える)
愚神ヘイムダルらが持っていた結晶。その中に閉じ込められていた人間は救出できたが――
(これは“中”じゃなくて、“同化”してる……あまりに違う)
落ち着かなければならないことは分かっている。しかし、嫌なものが心の中を渦巻いた。かつては人の形をしていたのだろうそれを壊さないように気を付けつつ、仙寿はあけびとともに瓦礫を見渡し、隙間を覗き込む。その手が土埃で汚れることも厭わずに。
「この黒い結晶は、なんだか炭のようだね。魂を燃やされて残った物のような……」
仙寿達と共に生存者を探しつつ。杏子は黒い結晶に視線をやり、眉根を寄せた。
『非常に脆い、という所も炭らしいな。近い内になにかで覆って保護した方が良くないか? 風雨で崩れたりするかもしれない』
カナメがライヴス内で言う。「風雨、か」と杏子は空を見上げた。空は真っ白い。曇っているのか、色がないのか、分からない。おぞましいほど無風で、天気の移ろいは凡そ感じ取れないが……。天気がないのだとすると、いよいよここは何もない場所なのだと感じた。雨も風もない、それは世界が回らず動かずということだ。
「まるで……ポンペイ遺跡のよう」
杏子は独り言つ。人がそのままの形で結晶化している景色。彼等は、何気ない日常を突然の災害によって奪われたのだ。そして――この人達は、王を倒したとしても、蘇ることはないだろう、と杏子は考える。
(一度散ってしまった命は、もう帰ってくることはない……)
ゆえにせめてと鎮魂のように寸の間だけ目を伏せて。杏子はカナメと共に、まだ生きているかもしれない者を探し始める。
(……見つからない……)
あちらを、こちらを、隅々と。ジーヤは探索を続けるが、生存者の気配も痕跡も見当たらない。こんな惨劇で、生きている者なんて……。まほらまはそう感じるが、口にはしない。
その間にもジーヤは生存者捜索と、そして現地調査を行っていく。空気、水、土の採取。それから……砕けてしまったのだろう黒い結晶の欠片も。黙々とジーヤが行う作業は、彼が腰に付けたハンディカメラが静かに記録し続けていた。
「もしかしたら異世界化への対抗策が分かるかもしれない……」
そうであって欲しい。願うように、ジーヤは希望を口にする。
と、その時だ。
「……十時の方向」
低い声で杏子が一同に伝達する。緋色の眼差しの先には揺らめく火の玉のような従魔が二体、ふよふよと漂っていた。
従魔に目や顔などは見受けられない。が、それは確かにエージェントらを“発見”した。決して早い動きではないが、一同に狙いを定めて接近してくる!
「迎撃する。片方は任せた」
言うや、杏子は飛盾「陰陽玉」を展開し、陰陽の双球で片方の従魔を圧し潰すように叩き付ける。
「任せて!」
同刻、もう片方の従魔へ一気に間合いを詰めたのはジーヤだ。死気の巨剣ツヴァイハンダー・アスガルを構え――周りに被害が出ないよう最小限、払うではなく突きの一撃で、従魔を木っ端に破壊する。
仙寿とあけびも共鳴し、新たな従魔がいないか周囲に警戒を巡らせた――あの二体は二人に任せて大丈夫だろう、下位の従魔ゆえに危険度も低い――守護刀「小烏丸」を構え、結晶を護るように立つ。
(貴方の欲望か、王の欲望か。どちらが強いか……か)
愚神商人の言葉を思い出す。今まで滅ぼされてきた世界にだって、抗った者はいる筈で。
(そいつらの欲望……願いは、王に敵わなかったのか?)
答える者はいない。目の前のこれが現実だと言わんばかりに。
『王は慈悲の心でこんなことをしてるのかな』
「……だとしたら手段と目的を履き違えてる気がするな」
言いつつ、小烏丸の刀身を見詰める。雷神の男を斬った刃。あの時から、“本物の光”で在ろうと決めたのだ。だから、決意を言葉に。
「俺が折れる訳にはいかない」
戦いはすぐに終わった。杏子は皆の無事を確かめる。よほど大軍の従魔に囲まれない限りは、回復術の出番もなさそうだ。深呼吸で、呼吸を整えて。
「さて……進もうか」
●私は此処に居た 03
「誰も、生き残っていないのかな……?」
八十島 文菜(aa0121hero002)と共鳴中のアンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)は俯いた。荒涼とした風景に生者の気配はなく、「誰かいませんか」と呼びかけ続けた喉も痛いほどに渇いてしまった。返事はなく、ただ静かで、諦めの気持ちがアンジェリカの足を止める。
『アンジェリカはん、ポケットの中の物、だしてみ?』
そんな時だ。ライヴス内の文菜がアンジェリカに語りかける。
「ポケット……?」
急になんだろうと思い、言われた通りにポケットを探った。中にあったのは――手作りの勲章、希望章だ。
『前にその勲章について話してくれたことあるやろ? そこに込められた思いも』
声音は優しく、文菜は続ける。
『結晶柱も王を倒せば元の命に戻せるかもしれん。まだ結晶化してない人も探せばいてるかもしれん。何よりまだうちもアンジェリカはんも生きてる。生きてる限りそれを為すことができるんや。違うか?』
――あなた達がいたから、私達は生きている。ありがとう。
その勲章に込められた人々の想いを、アンジェリカは思い返す。
(そうだ。まだボク達は生きて動いてる。生きてる限り希望を捨てちゃいけない)
生存者を見つけ、結晶柱を再び元の命に戻す。アンジェリカは希望章をしっかとその手に握り締めた。
(ボク達がいたから皆を救えた。全てが終ったあとで笑い話ででもそう言えるように)
深呼吸を一つ。アンジェリカは希望章を大切にポケットの中へと再びしまった。
「生存者を探そう!」
顔を上げて声を張る。その表情は、先ほどのように曇ったものではなくて。
「少しでも探す効率を上げなくちゃ……文菜さん、リンクを解除するよ。二人で手分けして生存者を探そう」
『ええ顔しはるやないの。もちろん、かまへんえ』
ならばとアンジェリカは共鳴を解除した。和風ゴシックロリータ服の乙女の姿から、少女と麗人の二人の姿に別たれる。
「誰かいませんかー! いたら返事をしてくださーい!」
「H.O.P.E.のエージェントどすー、誰かいはりまへんかー?」
二人の声が白い空の下に響く。割れたアスファルトを踏み、瓦礫の隙間を覗き込み、廃墟の中を用心深く歩いて。
諦めない、絶望しない。
「……アンジェリカはん」
その最中だ。従魔を遠くに発見した文菜が、相棒を呼ぶ。アンジェリカはそれに頷くと、それを討つべく再び共鳴を――。
「誰か、誰かいませんか……!」
柳生 楓(aa3403)は住宅街だったのだろうエリアを歩く。
「助けに来ました! H.O.P.E.エージェントです!」
氷室 詩乃(aa3403hero001)もそのすぐ傍を行きつつ、声を周囲へ張り上げた。
返事は……ない。
さっきから、ずっと、ずっと、ずっと――だ。
「誰か―― けほっ、」
楓は声を出し続けていたがゆえに、酷使した喉が疲労で噎せ込む。
「大丈夫か?」
詩乃は噎せる楓の背をさする。楓はコクコクと頷いた。積極的にとまではいかないが、散発的に従魔との戦闘も共鳴して行っている。心も体も緊張で張り詰めていることだろう。それは疲労を助長させる。
「声かけはボクがやるから……ちょっと喉を休めるといい」
「ん……ごめん」
「謝らなくていい」
ぽん、と楓の背を優しく叩いて、それから詩乃は静寂で満ちすぎた世界を見渡した。
瓦礫の町。明らかに惨劇なのに、そこに死体は一つもない。あるのは黒い結晶だけだ。
「……酷い光景だ」
非日常に蹂躙された日常。おぞましいほど静かで、ゾッとする。
「……何も、できなかった」
楓がポツリと呟く。詩乃は静かに目を伏せた。
「許せないな。王も、何もできなかったボク達も」
寸の間の無言の後、二人は顔を上げる。
その顔は――絶望に、染まってはいなかった。
仕方なかった、防ぐことはできなかった。そんな言葉で、諦めたくはない。
この町の人間を誰も守れなかった。平和は奪われた。守れなかったのだ。それは事実だ。
けれど。過ぎたことを悔やんでも何も起きない。
ならば。生きている人がいると信じて探すしかない。
今はそれしかできないから、やれることを全力で。
――立ち止まる訳にはいかないのだ。
「……誰かいませんか!」
「助けに来ました!」
何度でも楓と詩乃は声を張る。
例え返事がなくとも。どこにも、誰もいなくとも。彼らの生存が絶望的でも……。
絶望に自棄し自己嫌悪し諦念し放棄することは、これまで救ってきた命への冒涜に他ならない。
だから歩き続ける。声をかけ続ける。時間が許す限り、二人は諦めずに命を探す。
黒い結晶のつややかな表面に、歩き続ける二人の乙女の姿が過ぎった。現実を静かに受け止め。しかし決して絶望せぬ、強い光を眼差しに宿した二人の乙女の姿が――。
オートマッピングシートと、支給された地図とを照らし合わせる。
ビデオカメラのレンズ、鷹の目、そして自身の目で見渡す風景は。あまりにも閑散としていた。
(……メチャクチャだ……)
スワロウ・テイル(aa0339hero002)と共鳴中の御童 紗希(aa0339)は、情報を通信機で仲間へと共有しつつも、心の中で呟いた。
見上げたのは、窓ガラスが全部割れたオフィスビルだ。中に生存者がいるかもしれない、紗希はビルの中へと踏み込んだ。
――かくして目にしたのは、オフィスルームの並んだパソコンの前にズラリと“座っている”結晶達。一瞬、気が遠くなるような心地すらした。
『……コレがホントに人だったんスかねぇ』
「……」
テイルの言葉に対し紗希は黙したままライヴスゴーグルを装着し、結晶を見渡した。結晶にはライヴス反応がある。それから壊さない程度に近付いて何か感じ取れないかも確認してみた。つややかな結晶の黒い表面に、うっすらと紗希――共鳴によって外見はテイルの色合いが強い――の顔が映り込んだ。それだけだ。
と、視界の端に揺らめくものを感じてはすぐさまそちらを向く。ほど遠い建物の屋根の上に、一体の従魔が徘徊している。紗希は窓の下に身を隠しつつ、その姿をライヴスゴーグルで覗き見る。拍子抜けするほど普通の従魔だ。
「なんかあの従魔、人魂みたいじゃない?」
『えー? タダの火の玉っしょ?』
「……人の魂に従魔がとり憑いちゃうことってあるのかな……」
『ないとは言えないかもしれませんが、考えたくはないっスね』
ひとまず、従魔が結晶に何かをしたという話は聞いていない。アレはエージェントを発見すると攻撃姿勢に入るそうだ。
「ねえテイルちゃん、愚神商人が何か言ってたって話……」
『ああ。ケーキになった材料は元には戻らないとかいう』
「どういう意味だろ?」
『言葉をそのまま解釈するなら、結晶化した人間を元には戻せないってことっスな』
「……そうだとしたらこの人達はもうこのままなの?」
アサルトライフル「ミストフォロスDRD」をその手に、窓枠で銃身を固定しつつ。狙う先はあの従魔だ。
『……ねぇ姐さん』
照準を定める紗希へ、テイルは問う。
『もし世界蝕が起こっていないもう一つの世界があったとして、その時まで時間を戻すことができるなら……姐さんはそれを望みますか?』
言葉の直後、紗希が引き金を引く。銃声が響く――。
『あ、銃声。みんな頑張ってるみたいだね』
遠くで聞こえた銃の音に、紫苑(aa4199hero001)は共鳴中のバルタサール・デル・レイ(aa4199)に他愛なく話しかけた。
バルタサールはそれに返事をせず、マンションだった場所のベランダから、SSVD-13Us「ドラグノフ・アゾフ」による狙撃を行っていた。また銃声が響き、一体の従魔が燃え尽きる。そうすれば一先ず視界内の従魔はいなくなったので、男は小休止すべくその場に座る。腕時計を見るとまだまだ作戦時間は残っている。溜息を吐いた。
一通り、このマンションの探索はした。もちろん道中においても生存者を探した。「H.O.P.E.だ、助けに来た」と声をかけ、瓦礫の隙間を覗き、呼吸音がないか耳を澄ませ、マンションについても一室一室確認し。
結果として、生存者はゼロ。いや、正確に言うのならば黒い結晶は(H.O.P.E.の見解によると)死人ではないので、そこかしこにある黒い結晶を生存者であると言えないこともないが。まあ、死者の町のようにここは静かだ。それだけだ。
(尤も……こんな状況なら、いっそ死んだ方がマシだろう)
一人だけ生き残っても、罪の意識に苛まれ、苦しむだけだろう。バルタサールはそう考えている。一方でH.O.P.E.の生存者捜索について異論はなく、仕事であるならばそれを遂行するのみだ。
「……」
深い、溜息を吐く。
このままどんどん従魔やらが増え続ければ、自身の探し求めている愚神を見つけ出すのが更に困難になるのではないか。王を倒したら、全ての愚神や従魔が消え去るとしたら、直接自らの手で復讐を遂げることはできなくなるのではないか。
そもそも、王が倒されれば、元は愚神と同様の存在である英雄達も消えるのだろうか――。
(どうしたものか……)
エージェントになった本来の動機と、現在の状況の乖離。ままならぬ心地に男はガシガシと頭を掻いた。煙草を吸おうと思ったが、どうも出発前に紫苑がポケットから摘まみ出してしまったらしい。空のポケットを叩いて、バルタサールは舌打ちをした。
(王は地球に混沌をもたらすばかりでなく、人の心にも混沌をもたらすのか……)
紫苑は感心していた。同時に、思い悩むバルタサールをニコヤカに眺めていた。
『なるようになるさ、僕もきみも』
来年のことを言えば鬼が笑う、そんな言葉を体現するかのように、紫苑は笑った。
「――エージェントです! 助けに来ました!」
Bradley(aa4913hero002)と共鳴中のプリンセス☆エデン(aa4913)の声が、蝋白の空に響く。その足は風を力場を踏み台に、空を駆けていた。
『酷い光景だ……』
眼下には灰色の町。ブラッドリーはライヴス内で眉根を寄せた。それから思い返すのは、現場に到着したばかりのエデンの様子だ。
エデンは無垢だ。「アイドルとして目立ちたい!」という理由でエージェントになった彼女にとって、この風景はあまりにも悲惨で。いつも笑顔でお喋りな彼女が、本気で言葉を失ったのだ。
初仕事がこんな状況とは。ブラッドリーは相棒を案じた。だが彼女は彼を見上げると、
「だってブラックボックスのスキルの方が役に立ちそうなんだもん!」
「心の中を読めるのかよ……」
「お願い力を貸して!」
「ま、たまには働かないとな……」
使命に引き結ばれた表情に対し、フッと笑んで。ブラッドリーはエデンの頭をくしゃっと撫でると、共鳴によってその意志を肯定したのだ。
「誰かいませんか!」
回想終了。エデンの声が響き続ける。どこもかしこも平等に破壊された街。住宅街だった場所にエデンは降り立つ。どこからも彼女の声に応える声はない。物言わぬ黒い結晶が、静かに乙女を出迎えたのみである。
乱立する結晶は――怯えてうずくまっているような痕跡、物陰に隠れようとした痕跡などが見られる。誰かを救おうとしている動きは、精々、隣人に被さろうとしている程度の動きだった。それほど一瞬で、彼等は“こう”されたのだろう。
「H.O.P.E.です、助けに来ました!」
呼びかけて、五感を研ぎ澄ませて反応を探る。その繰り返しだ。わずかな手がかりでもいいと目を凝らし耳を澄ませにおいを感じ、瓦礫の隙間を覗き込み、歩いて飛んで、また声をかけて。
でも。
「……どこにも……いない……」
エデンは俯く。無情なほど、世界は静かだ。
『まだ探してない場所だってある、諦めるには早いさ』
「……うんっ!」
エデンは自分の両頬をぺちっと挟むように叩いて、気合を入れ直した。
それから手に構えるのは月欠ノ扇だ。背後から迫りつつあった従魔へ、振り返りざまに一閃――月の光が、灰色の町に煌く。
八朔 カゲリ(aa0098)はナラカ(aa0098hero001)と共鳴した姿で、町の高台から景色を見渡していた。
風もない。太陽も雨もない。大気が不動なれば、彼が纏う漆黒の外套、降神礼装も、その銀光の髪もまた、一糸とて動かない。鎖匣レーギャルンに収められた天剣「十二光」もまた、先ほどまで従魔を薄紙のごとく裂いていたとは思えぬほど、沈黙に伏していた。
「……――」
沈黙である。カゲリはナラカの眼と共に、灰色の町を見渡していた。ここからなら町の全景が見える。じっと、静かに、カゲリはエージェント以外の生きている影を探していた。
見える景色は惨状ばかり。だがカゲリにしてみれば、ひとえに運か間が悪かった程度のものでしかない。確かに抗うことさえ、その意志さえ持てなかったことについては不運以外の何物でもないが、理不尽というモノはどこにでも転がっているものだ。ゆえに“やむなし”、である。
それはカゲリと目を共有するナラカも同じく。普遍を見渡し俯瞰する者にして、太陽のように遍く照らす善悪不二の光であるがゆえに。
しかしながら、だ。ナラカはこの悲劇を悲劇として捉え、人を愛するがゆえに痛ましく感じつつも――その胸は昂揚していた。どうしようもなく。
『王の出現により、絶望がその顎門を開ける――ああ、悍ましいとさえ言えるだろう』
裁定神は独り言つ。あるいは隣人へ語りかけるように。
『されど眼下を見るが良い。諦めぬと懸命に足掻く者達がいる、絶望の痕を目の当たりにして、それでも尚と吼えている。これを人の輝きと言わずして何と言う』
眼差しの遥か先では、エージェントらが声を張り上げている。誰かいませんか。助けに来ました。誰もが絶望に抗い、前を見据えていた。
『――そうだろう、商人よ』
人の子らの輝きに、ナラカはそっと目を細めた。眩しく、尊く、愛おしい。ゆえに、護りたいと切に思う。
だからこそ、だ。王を浄滅せんとする神意は熱く燃え上がる。
しかしながら、だ。王を人の子らに対する至上の試練と捉えるのも、子らの輝きに魅せられたいが為に己を試練に捧げたい想いも、また、真実なのである。
ナラカの言葉に答える声はない。しかし、愚神商人はこの目を通して“見て”いるかもしれない。であれば王もまた、この景色を見ているやもしれぬ。
ただ、そこは静かであった。嵐の前のように。
●私は此処に居た 04
「氷鏡、展開――」
煌く無数の氷の鏡が、アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)と共鳴中の氷鏡 六花(aa4969)の周囲に展開された。それは六花の絶零の祈りたる氷槍を乱反射させ、火の玉のような従魔共を氷結させ殲滅する。
冷たい、余波の風が六花の白雪の髪を揺らした。永久凍土のようなかんばせは、物言わず凄惨な景色へ向けられている。六花が思い出すのは、愚神ヴァルヴァラによって蹂躙された故郷の風景。自分以外の皆、氷柱にされ砕かれるか、狼の餌になるかの二択だった――。
「……元に戻れる可能性が、少しでもあるなら……六花の村より、まだまし……だよ」
独り言つ。傍らには黒い結晶が礼も言わず立っている。あらゆる五感で探したけれど、生存者は見当たらない。絶望なんて今更しない。でも、だからって、こんな惨劇は絶対に赦されない。
「ふう……ひとまず、かな」
そんな六花のほど近く。周囲の従魔を撃破したことを確認し、墓場鳥(aa4840hero001)と共鳴中のナイチンゲール(aa4840)は焔纏の剣を鎖杭の鞘に収めた。二人の尽力により、黒い結晶が砕けてしまうことはなかった。
一息をついたナイチンゲールが六花を見やる。氷の乙女は既に、生存者探索の為に瓦礫の町を歩き始めていた。先程から歩き詰めだし、従魔と散発的に戦闘も行っている。けれど六花は、まるで休息する己を罰するかのように歩みを止めなかった。
「王が何を望んでようと……王がどれほど強大でも……関係ない」
六花の乾いた唇が紡ぐ。雪娘を愚神にしたのが王ならば、両親や村の皆や“彼”を“殺した”のも王だ。ならば殺さねばならない。皆のカタキを取らねばならない。悲しむ誰かを増やさない為に。雪娘と同じ、この氷雪の力で。
「あの人は……ただ雪娘と、一緒にいたかっただけなのに」
狂った宴の惨劇は、六花を絶望に凍り付かせたまま。その冷たさは憎悪である。愚神への、H.O.P.E.への、世界への。本当なら、どいつもこいつもブチ殺してやりたい。のうのうと笑っている連中が赦せない。
(でも今は……人間同士でいがみ合ってる場合でもない)
自滅はそれこそ、愚神共の思う壺だ。ままならぬ焦燥がキリキリと痛む。
自然と早足になる六花。ナイチンゲールは彼女に歩調を合わせ、その少し後ろを歩いていた。
「……ねえ、六花。私があなたを止めないのはね、それが必要なことだからなの」
おもむろに、小さな背中へナイチンゲールは呼びかけた。振り返らなくていい、と想いを声音に滲ませつつ、墓場鳥と声を重ねる。
「『即ち、王は否定を所望している』」
この光景が、それに相反する英雄こそが証左だ。
「そして六花はこの世で最も王を否定し得る。それは結果として多くを救う力になる」
「……」
返事はなく、眼差しもない。構わず、ナイチンゲールは赤い髪をなびかせながら。
――本当はもうひとつ、理由がある。
【狂宴】までに感じた絶望――自分に都合の良い側面だけを見て物事を語り、意にそぐわなければ遠巻きに囲んで被害者面で傷つけ、加害者達が慰め合ってそれを正当化する。
(そんな多くの無責任な“人間”と、私は相容れない)
でも、だ。ナイチンゲールは、友人へ言葉を続けた。
「六花を見てるとさ。私にも大切なものが、たくさんあるって忘れずにいられるんだ」
ナイチンゲールは視線を巡らせ、通り過ぎる黒い結晶に目を細めた。
「……この人達も、きっと誰もがそう」
「……、」
六花がやおら足を止める。ナイチンゲールはその隣に立つと、俯く彼女の頭を優しく撫でた。
「だから戦おう。大切なものの為に」
誰もが生きやすい世界を――この子が笑顔を取り戻せる世界を目指して。
この子は、もう戻らない大切なものの為に心を凍てつかせた。今は気が済むまでやらせてみよう。正論や綺麗事を六花に押し付け否定して、夢と希望を騙るのは、きっと間違ってると思うから。
「……うん……」
六花は小さく頷いた。
(まずは……王を殺す。今は……それだけでいい)
深呼吸を一つ。吐いた息は白い。
「……アルヴィナ、六花のこと頼むね」
ナイチンゲールは六花に寄り添う女神にそう告げ、少女の頭から手を離した。どうか、この子が最後まで立っていられますように。
(――例え私がそこに居なくても)
共鳴中ゆえに見えないけれど、確かにアルヴィナはナイチンゲールへ頷きを返した。
さて。ナイチンゲールは六花を見やる。
「探索を続ける前に、少しだけ休憩にしましょ。適宜に休んだ方が、結果的に効率的なパフォーマンスで動けるし」
そう言って周囲を見渡し、良さげな場所に目星をつける。元はカフェだった廃墟があった。窓は割れ、机はひっくり返っている。やはり生者の気配はなかった。
●私は此処に居た 05
『んー、かくれんぼは得意なんだけどなー』
グラディス(aa2835hero001)が呟いた。先程からずっと、人が助かりそうな場所に目星をつけて生存者を探しているが、どこにもいない。ゴキブリのような脅威の生命力を持つ生物すらいない。瓦礫の中にも、建物の影にも。腰に取り付けたハンディカメラは、ただただ無音の町を撮影し続けていた。
「……」
秋原 仁希(aa2835)は唇を引き結ぶ。それからグラディスを呼んだ。
「なにか体調の変化はある?」
「んーん、特に何もー。そっちは?」
「こっちも、何もない……かな」
ここはドロップゾーンに近しい場所ではないか、と二人は共鳴と非共鳴を比較していたが、特に悪影響はないようだ。ドロップゾーンが支配中の場ならば、ここは支配完了の場、なのだろうか?
とはいえ従魔がそこかしこにいる安全とは呼べない場所で、非共鳴でいるのも危ないだろう。二人は誓約の力で一人になる。仁希の外見に、グラディスの髪色と瞳。
仁希は紫色の瞳で周囲を見渡した。結晶の一つに近付いて、それに掌をかざす。祈るような気持ち、一縷の望みにかけて、降らせるのは傷を癒す優しい光と、苦痛を払う清らかな光だ。
『……ダメかー』
光が収まって、そこにあるのはやっぱり先ほどと同じ結晶で。変化もない。バッドステータスの類でも負傷でもないようだ。
一通り、思いつく限りのことはやった。
生存者が見つからないのは仁希のせいでもグラディスのせいでもない。それは分かる、分かっている、けれど。
仁希は、きつく自分の手を握り込む。誰もいない静寂の中、言葉を紡いだ。
「……誰の為とかじゃないんだ」
『うん』
「俺が、俺の為に、救いたいんだ。俺が救われる為に」
『うん……オッケーまかせて! 今回は特別に! 正直モノな仁希が満足するまで付き合っちゃおう!』
グラディスが言葉を弾ませる。まだ時間はある。探してない場所だってある。歩いていれば、何かまた思いつくかもしれない。ゲームオーバーじゃない。
『それじゃーその前に……交代!』
言うや、グラディスがその体の主導権を得る。ふわりと金の髪がなびく。聖剣コールブランドを抜刀しながら振り返れば、そこに従魔が漂っていた。従魔らに法則はない。ただ漫然と町を漂い、侵入者たるエージェントへ襲いかかるのだ。
ならば思い知らせてやろう。侵入者とは、どちらなのかを。
「――いくよ!」
切り裂きレディが、強く地を蹴る。
『……しかし、どこから手を付けたものかのう……』
稲荷姫は溜息のように呟いた。圧倒的な暴力に薙ぎ倒された瓦礫の山、固い灰色の平野、まるで命の息吹がない……。
「とりあえず守りの硬そうな建物を重点的に探しましょう、運が良ければ、奇跡的に無事なものがいるやも」
初春が提案する。ふむ、と稲荷姫はライヴス内で頷く。
『そういう場所はすでに探されているのではないか?』
「見落としがないとは言い切れませぬ」
『ふむ……確かにそうじゃな』
普通、避難場所としてあげられるのは学校や公民館だ。初春は従魔に警戒しつつそちらに足を向ける。割れたガラスを踏めば、パキンという音と共にそれは砕けた。
――……初春は、生存者を探した。
稲荷姫と共鳴を解除し、手分けして捜索も行った。
手は抜かなかった。諦めなかった。その手が、頬が、尻尾が、土埃で汚れることも厭わなかった。
それでも。
見つからなかった。生きて動いている人間は。
黒い結晶ばかりが、無情なほど、静かに初春達を囲んでいる……。
『……この辺りには、もう居らんようじゃな』
「……」
稲荷姫が呟き、初春は俯いた。少女は、ぎゅ、と小さな拳を握り締める。
「現世にある同じ命、互いに知っていけば愚神相手でもいずれ共存の道があると信じておるし、今もそれは変わりはせぬ……」
握り締めた拳が震える。初春はそのまま、彼方の王へと強い語気で言い放つ。
「じゃが王よ、貴様はダメじゃ。もはやかつてがどうであろうと、歪みに歪んだ貴様はもはや害悪。討たせてもらうぞ、それがせめてもの結晶となり果てし者達への供養となろう」
『道は定まった、じゃが今はワシらにできることをせねばの』
怒りという想いを力に。勝利せねばならぬという決意を固め。
絶望に塗り潰されるものか。凛然と、初春は前へと歩く。
――なんて寂しい世界だろう。
愛すべき熱が、何もない。
(ああ、これが……)
夕はモノトーンの町に目を細める。結羅織と共鳴したからこそ、彼女の言った「冷たい夢」という意味が分かった。今の夕には、普通の夕が少し分からない。でも、これだけは確かに感じる――「早く見つけてあげなくちゃ」。瓦礫に埋もれた己が救い出されたように。暗い部屋の固いベッドから抱き上げられた日のように。
「助けに来たよ、どこにいるか教えて!」
言葉を張り上げる。普段はあまり出さない大声で。
それから立ち止まり、耳を澄ませる――声の残響が灰色の瓦礫に響き、染みていく。……それだけだ。
でも、こうやって繰り返すしかない。砂漠の中からダイヤの粒を見つけ出すような作業でも、やらなければ確率は永遠にゼロだ。
「ここって元々なにがあったんだろう?」
見渡し、歩きながら、夕は呟いた。
「普通の市街地? 食べたくなるようなライヴスが集まってたとか……それなら真っ先にH.O.P.E.なんかのほうに行くか」
『ううん……酷く壊れてしまっていますが、なにか特徴のある町のようには……』
「……、」
じゃあ、この町は、ここの人達は。
ただここにいたから、ただの偶然で、こんなことに。
理由なき蹂躙。意味もない破壊。そんなのって、あんまりだ。
まるで生きていたことそのものを否定されるようじゃないか。
だからこそ悲しい、悔しい。助けになれなかったことが。
なんで間に合わなかったんだろう。
なんでこんなことが起きるんだろう。
――あんな王はいらない。
(って俺は思うけど、)
結羅織の意識を借りない夕には、それが重過ぎるのだろう。仕方がないと諦めたくて、そうして忘れることさえ深い罪のように感じて……。
「……がんばらなくちゃ」
きっと、足を止めて諦めて絶望してしまうことが、負けなんだ。
拳を握り締め直し、夕はその手に聖槍「エヴァンジェリン」を構える――彼方より、従魔が彼へ襲いかかろうとしていた。
「だれかいませんかー」
朝霞は瓦礫の世界へと声をかけ続ける。道中、幾つもの黒い結晶が視界の横に流れて行った。太陽のないこの世界、結晶の表面は静かに白い空を映している。
「『聖霊紫帝闘士ウラワンダーです! 助けに来ましたー」
何度目かの言葉。しかし声は、何もない世界に吸い込まれていく。
「王のライヴスが届かない位置にいたひとなら、助かっている……と、思うんだけ、ど……」
『全然、見付からないな』
「でも! 絶対に誰かいるはず! ウラワンダーは諦めないわっ! ――だれかいませんかー!!」
どんな状況でも、こんな状況でも、朝霞は自分の心を曲げない。曲げられることはない。どんなに苦しい状況でだって、絶望したり諦めたりなんかしない。ウラワンダーに闇落ちの文字はないのだ。
『……ん。おい、朝霞』
そんな最中だ。ニクノイーサが相棒を呼ぶ。『従魔だ』と示した通り、遠くに火の玉のような従魔がいた。すぐさま、彼女は魔法少女ステッキめいた外見のレインメイカーをその手に構えた。
「ウラワンダー☆フラッシュなら、従魔だけにダメージを与えられるはず!」
『バニッシュメントのことか? いや、王の影響で従魔的な属性が付与されていないともかぎらない。結晶柱には当てない方がいいだろう』
「そっか……じゃあ、結晶に近付けないように、的確に確実に一瞬で! いくわよっ、ウラワンダー☆フラッシュ!」
言うや、朝霞はレインメイカーをひとふるい。光り輝くピンクのハートがラブリーに杖から放たれる。それは確実に、従魔だけを鮮烈なほどに焼き潰す。
が、その鮮やかな光に誘われたか、あるいは周りに潜伏していたか。あちらからこちらから、従魔がふよふよと湧いてくる。
『だめだ朝霞、キリがない。パニッシュメントも二回しか使えないんだ。襲ってこないかぎり従魔は放っておけ』
「……生存者の救出が最優先ね」
マントを翻し、ウラワンダーは灰色の町を行く。
「いてて……」
千颯は頬から垂れてくる血を手の甲で拭った。瓦礫の中を覗き込んだ際に、割れたガラスで切ってしまったのだ。傷は浅いものの、つっとひとしずくの赤が伝う。
「千颯、くれぐれも気を付けるでござるよ」
ほど近い場所で生存者を探しつつ、白虎丸が心配そうに言う。「大丈夫!」と千颯は表情を引き締めた。
「例えどんな状況でも絶対に生存者を諦めたりはしない! 絶対にいるはずだ」
自らを鼓舞するように言い放ち、彼は瓦礫の隙間ひとつひとつを覗いては、誰かいないかと大声を張った。白虎丸も同様に、相棒を手伝う。
そんな彼らの周りに、瓦礫の中にぬっくと在るのは黒い結晶だ。かつて、生き物だったモノだ。
「これがライヴス汚染されたものなのか……」
壊さぬよう近寄らず、千颯は眉根を寄せる。白虎丸もそれを見やり、静かに呟く。
「……元に戻るんでござるか」
「王を倒せばってところだろうか……」
「……、」
白虎丸は唇を噛み締めた。なんとも形容しがたい感情が、心に渦巻く。
「……あまりに……あまりに酷い状況でござる……ここまで酷いことが、できるのでござるか」
理不尽だ。根こそぎだ。滅茶苦茶だ。恨みも憎悪もなく、意義もない蹂躙だなんて。あんまりだ。酷過ぎる。理解が及ばない。
「嘆くのは後だ。今は生存者を探すんだ。必ず見つけてみせる」
絶対に諦めない。千颯は幾度目か「誰かいませんか」と大声を響かせた。コンクリートに静かに木霊するのみだ。それでも。それでも。何度でも。千颯の想いは屈しない。
「絶対に元に戻してやる……俺は絶対に最後まで諦めはしない」
「千颯……そうでござるな」
汗を拭う。絶望に負けるもんか。この人達の為にも、絶対に。
「こんなのは、ひどい」
どこまでも広がる灰色の町、無情な静寂。アルセイド(aa0784hero001)と共鳴し騎士姿になったルーシャン(aa0784)は、あまりに虚無な風景に唇を噛み締めた。あるいは、歩いて歩いて探して探して努力して努力して、それでもなお生存者が誰一人とて見当たらないあまりに無情な現状に対して。
「王様は、治める世界をこんな風にめちゃくちゃにしてしまうものなんかじゃない。こんなものを望んでるひとがいるなんて思えない」
誰もいない。何もない。ここにはなんにもない。時の流れ、大気の移ろいすらも。
(何もない、代わりに争いも悲しみもない……)
ライヴスの中、アルセイドは瓦礫の風景を見澄ます。「静寂こそが安寧である」、そう考える者も、いるかもしれない。
けれど。アルセイドの“女王”はそれを決して是とはしなかった。安寧とは、虚無に非ず。静寂とは、停滞に非ず。その蒼き目に憂いはあれど、絶望はない。
「アルセイド。貴方は、私に良き女王たれと言ってくれた。貴方がどういう存在で、私に本当は何を望んでいるのかは分からないけれど――私はこんな世界の王様にはなりたくないから、戦うわ」
『嗚呼――』
凛然と告げられたその言葉に、アルセイドは魂で跪く。
『鳥籠の中の貴方より、今の貴方の瞳の輝きは、嗚呼、絶望の景色にあって何としたことか』
灰の世界で貴方だけが色づき、一層輝いて見える。
『Yes, Your Majesty――我が女王、貴方こそが俺の至高』
「……力を貸して、私のアルセイド」
言葉と共に、ルーシャンはティグリスサーベルを抜刀する。金の刃を振るい、金の髪をなびかせて。振り返る先には、こちらを発見した従魔らがいる。
「……私が相手よ」
優雅に。しかして強かに、隙はなく、騎士は刃を構える。その瞳に守るべき誓いを宿し、真っ直ぐ突っ込んでくる従魔を軽やかにかわしながら、すれ違いざまに散華の一閃。
「この従魔を倒すことすら、世界の崩壊を早めてしまうのだとしても、」
返す刃は、別方向の従魔へ。バトルドレスを翻し、一点の迷いなく従魔へ剣を突き立てる。
「――私は剣を自ら手放すことはしない」
諦めない。屈しない。こんな現実に、抗ってやる。
アルセイドはルーシャンの決断を祝福する。彼の女王とは即ち、ルーシャンのことを示すのだから。
●私は此処に居た 06
「弾が届く範囲なら、守ってやる」
木霊・C・リュカ(aa0068)と共鳴したオリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)の言葉の直後、セミオート狙撃銃LSR-M110の銃声が響いた。どこまでも精確な弾丸は的確に、従魔を撃ち抜き黙らせる。レーダーユニット「モスケール」上の反応が消えた。
――辺りは再び、静寂に包まれる。
「リュカ、オリヴィエ、すみません。守ってもらって」
彼の背中に紫 征四郎(aa0076)が丁寧にお礼を述べる。そのすぐ傍にはガルー・A・A(aa0076hero001)もいた。
「ふーむ……結晶には攻撃しないが、発見した俺様達にゃ攻撃してくる、と」
ガルーは従魔の観察結果を呟く。もう一点の気懸りだった結晶の数と従魔の数については無関係なようだ。分かったことは通信機を用いて、仲間達にも共有する。
「おそらくは、この町の警備員か何かかねぇ……」
ガルーが考察を呟いている間にも、征四郎は生存者探しを再開したようだ。「だれかいませんか!」と駆け出す幼い声が、灰色の町に吸い込まれる。
『……あまり長くは駄目だよ』
ここは何が起きるか分からない。非共鳴状態は危険かもしれない――捜索の為の人手を増やす為とはいえ。リュカは小さな背中にそっと呼びかけた。「大丈夫です」と小さな体は、瓦礫を覗き込むようにして答える。
(征四郎は、助けてもらいましたから)
だから今度は、皆の為に。生きている者がいるならば、なんとしても探し出したい。小さな手で瓦礫を持ち上げ、何度も何度も「だれかいませんか」と声を振り絞る。
(助けるんだ――)
一つでも多くを。
(守るんだ――!)
皆の明日を。
「い、ッ」
手に鋭い痛みが走ったのはその時だ。征四郎は反射的に手を引っ込める。割れたガラスの破片で、手の甲がザックリと切れていた。手を切ってまで覗き込んだ瓦礫の隙間には、誰もいない。何もない。生存者はどこにもいない。周囲は無情なほど静かである。
「う……」
助けたかった。一つでも多くの明日を、守りたかったのに。涙のように、血がだらだらと出る。その手を握り込んで、征四郎は生存者探索を再開しようとした、が。
『はい、終了ー、ちょっとストップ!』
征四郎の肩にポンと手を置いたのはリュカだ。共鳴中ゆえにオリヴィエの色である。先程から征四郎は休みなしだ、手を切ってしまったのも疲労と焦燥がゆえの注意力散漫だろう。
『……何がこの結晶化の引鉄になるかわからないからね、無茶はダメだよ』
「まだ、まだいけます、大丈夫、です!」
そう征四郎は声を張るも。
「もう諦めた方がいい。俺様達まで死んじまうのは悪手だぜ」
やって来たガルーが溜息を吐いた。「でも」と俯く相棒へ、「傷を見せろ」と告げる。
「休憩に適した場所を探してくる」
オリヴィエはそう告げて、彼らから離れる。手にしている地図――結晶の箇所がメモされている――に視線を落とした。近くに体育館がある。そこなら休めるかもしれない。
「……」
水筒の水で傷を洗い、ハンカチを巻く。共鳴しなければ、人間はほんの些細なことで傷を負う。手当をするガルーも、征四郎も、無言だった。
ふう。手当てを終えたガルーは、征四郎へ言う。
「まあそんな深い傷じゃないから、ちょっと安静にしてりゃ血は止まるさ。大人しくな」
「……まだ、がんばれます」
「あー……生存者探しは休憩してからだ」
征四郎の目は諦めてはいなかった。少女の眼差しを英雄は見つめる。諦めないこと――それはきっと、自分がとっくに手放してしまった輝きで。眩しくて。つい、目を細めた。
『お前の世界の意味は見つかった?』
リュカは相棒へ問うた。
「……さぁ。ただ、見たい物語はある」
『……聞いていい?』
「この空が晴れて、たくさんの人の歓喜の歌が聞こえるとかどうだ」
『いいね。……さて、二人を呼んで来よっか』
休憩場所の安全確認も終わった。オリヴィエは踵を返そうとして――
微かな、物音を聞く。
従魔か? 咄嗟に振り返った。いや、違う。アレは音を立てるような存在じゃない。
だったら――?
「……誰かいるのか?」
ぺしゃんこに潰れた家。おそるおそる足を向ける。物音はまた聞こえた。いる。誰かいる!
「征四郎! ガルー! 急いで来てくれ!」
オリヴィエは遠くの二人に声を張った。征四郎は弾かれたように顔を上げ、ガルーは片眉をもたげて振り返る。
征四郎の切なる祈りが通じたか、運命の気紛れか。
一人、生存者がそこにいた。酷く衰弱しきっていて意識も朦朧としていたが、命に別状はない。
その者については、急ぎ征四郎とリュカ達が安全圏まで護送することとなり――奇跡の生還者となる。
●私は此処に居た 07
(どうして……)
渦巻く感情に答えはなかった。
蛍は聖剣コールブランドを暴威を以て振り抜く。
下位従魔は蛍に触れることもできず、またひとつと斬られてゆく。
(どうして、)
気付けばケダモノのように唸りながら、バケモノのように顔を歪めて。
心に溜まりきった膿をぶちまけるように――その剣閃は、八つ当たりだった。
気付けば周りには何もない。疲労のまま、蛍はぜえぜえと肩を震わせていた。
『もうやめよう』
静かに言ったのはグラナータだ。
当たり散らす姿があまりに痛々しかった。邪魔するなと言われたけれど、嫌われたっていい、妹のような子が傷付き苦しむ姿を、これ以上見たくはなかったのだ。
「どうして止めるんですか。どうしてまだ嫌ってないんですか」
『……答えを、蛍は分かってるはず』
「っッ――ええ、ええ、あなたの言うことは正しい。いつだっていつだっていつだって! 悪いのはわたし……!」
声を震わせる。感情的な早口だ。剣がガランと地面に落ちて、膝を突く少女は両手で顔を覆った。
「それでもわたしの心がなんにも晴れないから。わたしはあなたを遠ざけた……八つ当たりだ……なのにわたしの心は晴れなかった……!」
この瞬間の為に覚悟を決めてきた。積み重ねてきた。
なのに。
「蛍は強いよ」
グラナータはそんな蛍を赦すのだ。共鳴を解除して、彼女をそっと抱きしめる。
「声に出さないだけで強い自我を持ってる。知ってるよ。……、庇ってるつもりでずっと強さを殺して……俺が間違えてたのかな」
「ちがう……ちがう……! あなたは……」
「うん、いいよ。いいんだよ。……でもやっぱり、強さを憎悪で汚させたくはないんだ」
「――……ごめん、なさ、い」
「いいよ。こっちこそ、ごめんな」
なんにもない空の下、二人は寄り添う。
シン、と辺りはただ静かだ。
グラナータは蛍の背中を優しくさすった。
「後悔はイヤだもんな」
「うん……」
「また頑張ろうな」
「……うん」
命を助けたい。
それは凄く単純な信念で、でも、凄く凄く難しい願いで、数少ない全人類共通のエゴで、傲慢だ。
それでも、なぜトリアージが世の中に浸透してるのか。
それは全ての物品、資源、スキルは有限だから――。
ほとほと、國光はそのことを痛感していた。
自分の“人助け”がどう見られても構わない。でも、赤ん坊を育てるのは人間で、赤ん坊に赤ん坊は育てられない。
「はぁ、はぁっ…… ふう、」
宝石の煌く双神剣「カストル&ポリュデウケス」を鞘に収め、國光は共鳴を解除する。もう周囲に従魔はいない。結晶も無事だ。さて、生存者探しに戻らねば。
「誰か、いませんかー? 応えてーーー」
注意深く観察し、五感を研ぎ澄ませ。非共鳴でも悪影響がないと分かればメテオバイザーと手分けをして。数多の予想を立て、少しでも効率的に。一パーセントでも可能性あらば全て試して。
「誰か、応えてください~~~」
メテオバイザーも相棒を手伝う。麗しいフリルとレースの服が土埃で汚れても尚。
返事はない。
誰もいない。
どこにもいない。
なんにも、ない。
「……大好きなこの世界を、こんな異形にするためにメテオはここに来たんじゃない……そうですよね? そうでしょう?」
縋るような、震えた声。メテオバイザーは俯いたまま、武勲の証たるレースをあしらったスカートをシワになるほど握り締め、呟いた。
「オレは、メテオのこと信じてるよ」
世界の真理なんて國光には分からない。だけど、彼は真っ直ぐに微笑んだ。
今できることは、よりよく生きて、よりよく死ぬ――“残された者”として恥ずかしくないように在ることだ。
(貴方の眠りが安らかであるように……)
國光は彼方を見やる。深呼吸を、一度だけした。
『……大丈夫か?』
アーテルは共鳴中の黎夜に尋ねた。
「ん、平気……」
座って休憩中の黎夜は相棒に応え、水筒の水をもう一口飲んだ。
二人は今、小さなアパートの中にいる。何時間も歩き詰め、従魔へ警戒し続けで、流石に疲弊した。古びた畳の上には探索の証がビッシリと書き込まれた地図とメモが置いてある。黒い結晶の位置が記されている。ひょっとしたら意味はないのかもしれない、でも、この×印は彼らがここにいるという証明だ。
黎夜は壁に大穴が開いた部屋を漫然と眺める。ここの家主らしき結晶は部屋の中に居なかった。無事なのか、町のどこかで結晶になっているかは不明だ。他の部屋には住人らしき結晶があった。
通信機からは仲間からの連絡が疎らに入っていた。ベルトに固定したハンディカメラが、静かに録画を続けている。
長い長い時間、探索していたけれど。
生存者は見当たらない。
そのことで自分を責めるのは多分違う。
でも……。
「っ……」
唇を引き結ぶ。それから黎夜は立ち上がった。
『……いるな』
「うん」
従魔の気配。壁に身を隠しつつ外を窺った。……いる。あの火の玉共が。従魔周囲に結晶はない、なら、今の内に。黎夜はアーテルと共に魔力を練り上げる。刹那、従魔らを焼いたのは漆黒の火焔だ。的確に、確実に、従魔だけを焼き尽くす。
幸いにして、従魔は結晶を狙うことはなく、エージェントのみを狙うことが報告されている。それはこの状況に置いて唯一と呼べるほどのいいニュースだった。
「王を倒せば戻るなら……まだ、この人たちは死んでないから……」
『ああ。……できることを、ひとつずつやっていこう』
「……うん」
建物から出る。黒い結晶が並ぶ街へ、再び黎夜は歩き始める。誰かきっといるはずだと、希望を信じて。
「誰かいますか……!!」
呼びかけ続ける。時間が許す限り、ずっと――。
「ここが被害にあったのは偶然なのでしょうか?」
構築の魔女は半壊した図書館にいた。この町についての書籍をいろいろと漁ってみたが、調べれば調べるほど、結論は「被害は偶然」に帰結する。爆心地の特定すらも難しいほど平等な蹂躙、理由なき破壊、無作為な侵略。全く、天災と呼ぶ他にない。
「偶然でなければ、何かしらの要因があってもおかしくないはず……と思ったのですが」
傾向があるならば対策を立てられる。だがしかし、そんな人間の希望を叡智を嘲笑うかのように、王の侵略は無秩序だったのだ。これではいつ、どこで、どんな規模のライヴス汚染がまた起こるか、分かったものじゃない。断頭台に固定されたままのような状況じゃないか。
「……」
魔女は眉根を寄せた。町の監視カメラなども探したが、どれもこれも壊れきっていた。本当に、理屈も理由もない大規模な破壊が起きたのだ――それを理不尽と呼ばずして何と呼ぶか。そしてあの王のことだ。恐怖を与える為にこんなことをしているのではない。そう、本当に、戦略もなにもなく、こんなことをしでかしたのだ、あの愚神の王は。
「惨い……」
魔女と名乗るが彼女とて人心に理解はある。精神の弱い者ならば「もうおしまいだ」と頭をかきむしっているだろう状況。
広げていた資料を閉じる。元の本棚に丁寧に直した。傍らのテーブルには地図が広げられている。結晶、従魔の目撃点がそこに細かく記されていた。そこから導き出せそうな法則性もまた、ない。
「愚神の材料は異世界の生き物だった何かでしたが……従魔は何をもとにするのでしょうね」
呟きながら、魔女は採取した黒い結晶の破片――既に砕けていたものだ――を空に透かした。幸い、これに周囲を侵蝕するなどの危険性はないようだ。
「これを為した根幹と戦うのですから、対策はできる限り立てないといけませんよね」
果たして勝てるのか。それは、あまりにも未知だ――。
鳥だった、犬だった、あるいは人だった、横たわる結晶。
メリッサ インガルズ(aa1049hero001)と共鳴した荒木 拓海(aa1049)は、惨劇の町を歩く。生存者を探し、襲い来る従魔を雷斧ウコンバサラで薙ぎ払い。
「無機質で孤独だ……これが王の住む世界なのかもな……」
『寂しい世界ね……。ここが王の世界としたら、英雄はここから来たのかしら……暖かい存在に心惹かれた筈だわ』
二人は会話を交わしつつ、営々と生存者を探す。建物の中、瓦礫の隙間――そこには何もない。あるいは黒い結晶のみがある。
――静かだ。とても。
拓海は自分の足音を聞きながら、歩き続ける。
この仕事で死に慣れてきた――否、悲しさの抑え方を覚えてきた。
(違う……俺が覚えるべきは、これ以上の悲しさを増やさないことだ)
幾つもの黒い柱の横を通り過ぎながら。その一つ一つを目に焼き付け、誓う。
(こんな悲劇を増やさせない……助ける……その為の力を得たんだ……だからいつか、蘇ろう)
願いを力に。ぐっと拳を握り込む。
『一緒によ?』
まるでその拳に掌を添えるように。メリッサがライヴスを通じて語りかける。
『独りで戦ってるような気持ちにならないでね』
「リサが居なきゃ、オレは狩られる側だよ」
『あら、人のままだったら何もできなかったの?』
からかうような、でも優しい口調だ。ふ、と拓海は微笑んだ。
「……人のままであっても戦ったさ」
包むような温かさが、絆を通して湧いてくる。一人ではできないことを、独りにならずに行う。自分達は、独りではないのだ。希望を捨てる訳にはいかない。
そして。
拓海はとある一軒家の前で立ち止まった。
ここには彼の友人がいた。
我が子が世界一と喜ぶ友の笑顔が脳裏を過ぎる。
湧き上がる嫌な予感。
(頼む、生きててくれ……)
かくして。
小さな子供が倒れていた。
それは友人の子供だ。
外傷はない。気を失っているが、息をしている。生きている!
拓海はすぐにその子を毛布で包み、口に経口補水液を含ませた。「う……」と呻いたその子を、ぎゅっと抱きしめる。
「大丈夫だ……一眠りしてくれ」
優しくそう告げると、その子の意識は再び落ちた。拓海は大事に大事にその子を抱えると、立ち上がる。
この子の生存が心から嬉しい。
同時に、どこにも見当たらない父親の姿に冷や汗が噴き出る。
この子が起きた時、この子は……独りじゃないか。
拓海は唇を噛み締め、空を仰いだ。
「誰か、いませんか……いたら返事を、して下さい……どうか――」
●調査結果
持ち替えられた幾つかのサンプルについては、以下の解析結果が出た。
土、水、大気については含有ライヴス量が微量に多い以外は、特に異常なし。
黒い結晶の欠片については、生き物が効率的に圧縮されたライヴスの塊……ということだけが分かった。正に、愚神商人の言う「あれはケーキのようなもの」の裏付けとなる。
どのようなプロセスを経て“こう”なってしまったのかまでは、解析不能だ。それだけ理解を超えた現象が起きたということとなる。
共鳴せずに現場にいたことでエージェントらの体に異変などは起きなかった。あの変わってしまった世界が、ドロップゾーンとはまた異なる存在であることが分かる。
建物の倒壊等で破損の恐れのある結晶については、建物の補修などの措置が取られることとなった。風雨に関する懸念だが、あのエリアには最早天気という概念が存在しない為、そちらについては大丈夫だろう。
二名の生存者については命に別状はない。
発見時は衰弱していたが、じきに回復することだろう。
――……。
目にした光景はどれもこれも、あまりにも、惨劇だった。
しかしエージェントは絶望に塗り潰されることはなく。
楽観も慢心も悲観もせず。
「王に勝たねばならない」
「負ける訳にはいかない」
その意識を、確かな想いを、心に灯したのだ。
『了』
結果
シナリオ成功度 | 大成功 |
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