本部

【紫雲】祭!

形態
ショートEX
難易度
易しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
少なめ
相談期間
5日
完成日
2018/10/01 18:49

掲示板

オープニング

●急募、ガチムチリンカー!
「こんなの、持てるわけないじゃない!」
 灰墨こころは納品されたそれを見て叫んだ。
 夏の終わり、紫峰翁大學では学生たちが主催する祭の準備をしていた。
 学生が主催とは言え、この大学のこと、学生たちが出すやたら本格的な屋台や出し物もあれば、近隣の商店などの出店もある。
 さて、今回の祭りでは有志を集めたダンスパレードが催されることになっていた。
 ステージの歌に合わせて大通りをそれぞれのダンスで練り歩くのだが、その先頭には大旗を振る大旗振りが並ぶ。大きなものではポールは六メートル、旗は縦は三メートル、横は四・五メートルにも及ぶ。
 ……のだが。
 問題はポールである。
 本来なら鍛えた成人男性であれば持てるはずのそれが、持てない。
「なんで……リンカー仕様なのよっ!!?」
 ずしりと大きなポールはAGWでこそないものの、一般人が持つには厳しい重さと屈強さであった。辛うじて、一般人より身体能力の高い能力者であれば共鳴前でもなんとか持てるくらいか。
「いやあ、こころくんたちが参加するっていうからてっきりねえ」
 A.S.顧問のジョン・スミスはいけしゃあしゃあとそう言った。
「……こうなったら、また頼むしかない……わね……!」
 ぐっと拳を握るこころ。
 もちろん、依頼先はH.O.P.E.のエージェントだ。
「ついでにお祭りの賑やかしと他の部分も手伝ってもらおうかなあ……あ、きゅうりの一本漬けは外せないね」
 のんびりとジョンは自分の屋台用のメニューを作りながら言った。趣味の家庭菜園の野菜を使った屋台である。



●第二英雄と呼ばないで
 ミュシャ・ラインハルトは悩んでいた。
 元々、隠遁者となった第一英雄の事で悩んでいたのだが、今はそれではない。
 第二英雄として「契約」したゼルマ・ニルのことだ。
 第一英雄エルナーが幻想蝶にこもってしまったことで、第二英雄として第三者を介して紹介されて誓約を交わした相手だが、皮肉屋でつかみどころのない彼女と今一歩近づくことができないでいた。
 エルナーのことで頭が一杯だった今まではそれでよかったのだが──。
『彼で頭が一杯そうだけど、寂しがらせてない?』
 先日そう言われてから、ミュシャははたと気付いた。
 自分は新しい第二英雄に対して失礼な態度を取っていたのではないかと。
 それからは、あまり器用ではない彼女なりに言葉をかけるようにしていたのだが……、彼女の変化を感じ取ったゼルマは皮肉げに──しかも、どこか楽しそうに──のらりくらりとそれを躱すのだ。
 そんなわけで、祭りに誘われたこの日、陽光眩しい緑の公園でミュシャはゼルマに宣言した。
「……ゼルマ。誓約を交わしたあたしはあなたとわかりあいたいと思います」
「あらあら、熱心ね?」
「真面目に聞いてください! やはり、あたしは……これしかないとおもうんです!」
 ミュシャはぐいっと、ゼルマのチョハに似た上着を掴んで引き寄せた。
「何?」
 ぎろりと睨むゼルマへ、ミュシャは芝生の上に設置された立て看板を指してみせた。
 そこにはこうあった。
『ガチタイマン! ホンキの演舞! PvPじゃないよ!』
 と。
「──は?」
 ぽかんとするゼルマにミュシャは熱く宣言した。
「解りあうには、拳です!」
 さらにぽかんとしたゼルマだったが、すぐににやりとする。
「へええええ! いいわね? 好きよ、私もそういうの」
「気が合いますね」
 にっこりと笑うミュシャ、にんまりと笑うゼルマ。
 ふたりは模擬刀を引き抜いた。



●目を離してはいけない
 祭りの当日。
 通行止めになった大通りの両側に屋台が並ぶ。
 信義はライラと共に、夫妻の娘、愛(マナ)を連れて屋台の通りを歩いていた。
「大学主体の祭りとは言え、豪華だな」
 呟く信義。
「そうね……マナと一緒にお祭りに来れて嬉しいわ。それにしても大きくなったわね」
 そう言ってライラは重くなった娘を下ろした。
「もうすぐ、小学生だもの! ママ、リンゴあめ!」
 お喋りが上手になった娘はそう笑った。
「ちょっと待ってね。信義、マナの手を」
「……ああ」
 並ぶ屋台に気を取られていた信義はライラの足元に目を落とし……。
「…………」
「信義?」
 財布を取り出したライラはさっと顔色を変えた。
「…………」
 ほんの一瞬、目を離した隙に娘は居なくなっていた。
 慌てて周囲を必死で探すが、まだそう人も多くないのに娘の姿は見えなかった。
 ライラは祭りのカタログを取り出し、迷子センターと書かれたスペースを探す。
「……俺は出店を周ってみる」
「よろしくお願いするわ。ワタシは迷子センターに行く。スマートフォンの電源は切らないでね」
 冷え冷えとしたライラの声が彼女の焦りを現している。
 信義も慌てて人混みの多い方へと走って行った。



●紫峰翁大學とは
 茨城県つくば市にある広大な連続した敷地を持つ大学。
大学敷地内の移動はバスや自家用車・自転車が主であり、居住区や商業施設も内包している。それはまるで一つの都市のようであり『紫峰翁学園都市』の二つ名で呼ばれこともある。
 敷地内には各所を繋ぐ道路があるのだが、森や林が点在する上に増設に増設を重ねたために迷路のようになっており、慣れた者でも迷うこともあるという。また、使用されていない建物や研究施設などがある。
 学生は馬鹿騒ぎが好きな者と内向的な者が目立つ、有数の難関大学でもある。
 受験にリンカーをターゲットにした「リンカー枠」があるが、元々現世界でのリンカー自体の数は多くないため受験者が一般受験者を圧迫することはない。
 大学にはリンカー中心の学生ヒーロー組織がある。非常勤講師ジョン・スミス顧問、非リンカーのこころ率いる大学公認アシスト・シーン、そして、アーサー率いる同好会C.E.R.があり、多くのリンカー絡みのドタバタを起こしている。

解説

●目的:祭りの一日を自由に過ごす
※OPにはNPCの名前が入っていますが無理に絡む必要はありません(絡みも大歓迎です)
また、どの部分にもそれぞれNPCたちが参加するので人数が足りなくても大丈夫です
祭りを見て周っても
自由に遊んでください
ただし、問題のあるプレイングはマスタリングが入ります


●パレード&お祭り運営(こころ)
パレードは16時から
・旗振り
・ダンス
・歌
・見学
・旗作り(※1ヵ月前から参加したという形になります)
・屋台
※ガチムチではなくても構いません


●演舞(ミュシャ)
14時から、公園の芝生の上で
演舞的、PvPもどき(PCvsPC)
※能力者vs英雄、能力者vs能力者、英雄vs英雄アリ
ダメージは大学側リンカーによって回復
ルール:もどきなので本格的には判定しません
武器は模造の武器、水鉄砲、グローブなど
持ち込みも可能ですがAGWはリンクしないと使えません
当MSの所持NPCと戦うことも可能です


●迷子(信義)
愛が迷子になったのは15時頃
・迷子探し
・迷子になる
・迷子センターの手伝い
※信義は今は健康体です

●NPC
灰墨信義(az0055)
C.E.R. アーサー・エイドリアン(az0089)
愛(マナ)五歳 肩までのおかっぱの女の子
割としっかり者だけど、少し抜けてる
白地に青い花の浴衣、ピンクの金魚帯
普段は信義の実家で祖父母と叔母のこころと暮らしている
こころに似た女性を見て思わず追いかけて迷子になった
今は泣くのを我慢しながら戻ろうとして、間違えて反対方向に向かっている


平和な日常をお楽しみください(コメディ要素アリです)
プレイングの調整のためにアドリブが入ることがあります
希望・NG項目等の記載をお願い致します

リプレイ

●祭りよりだいぶ遡ったある日のこと
 大学がどんなものか春月(aa4200)に見せたいというレイオン(aa4200hero001)の提案で、ふたりは紫峰翁大學を訪れていた。
「広い大学だね」
 構内ではせわしなく荷物を運ぶ学生たちが目立った。興味深げにそれを目で追う春月。
 酷暑の中、体育館では学生たちが祭りの準備に勤しんでいた。
 ──この間、奢ってもらったしね?
 こころが忙しくしていると聞いたメリッサ インガルズ(aa1049hero001)は人気店のバームクーヘンを持って陣中見舞とばかりに体育館のドアを開けた。
「こんにち──」
 ドアを開けた途端、中から吹き出した熱気に思わずたじろぐメリッサ。
「エアコン効いてないわ! デカ扇風機回して」
 腕まくりしたこころの指示で業務用扇風機が唸りをあげる。床に広げた大きな布が膨らんだのを見てメリッサが悲鳴を上げた。
「待って、旗が飛んじゃうわ!」
 慌てて学生たちが大旗に飛びついた。一緒に押えたメリッサの腕をこころが、がしっと掴む。
「メリッサ! いいところに!」
「へっ?」
 そのままなし崩しに準備委員会へと引き入れられたメリッサは、気付くと大旗のデザインを考えていたのだった。
「AGW研究の象徴でロータスの樹のシルエットはどう?」
「Lotus treeかあ。居心地が良すぎて帰るの忘れちゃうんだっけ」
 そこへ、冷たいドリンクを届けにファリン(aa3137)がやって来た。
「外の方が涼しいようですわね」
「げ。クーラー強めてくれるよう言ってくるわ」
 バームクーヘンを飲み込んだこころが立ち上がる。
「ヤンさん、意外とガチムチですよね」
 旗士の衣装を手渡されたヤン・シーズィ(aa3137hero001)は戸惑いを浮かべる。
「ガチムチと言う程でもないが、毎日鍛えている……」
 理工学部に物理専攻で入学したヤンはA.S.に入部していた。ファリンがここにいるのもそのためである。
「腹掛だけでもいいですけど、袖なしの羽織りとかロングコートもカッコイイし」
 衣装を抱えた女生徒はなぜかファリンへと熱く語る。
「沢山ありますのね……あら、袖なしのチャイナも?」
「歴代のですね。それもいいですけど、違うのも是非! はあ、イケメンは何着ても似合うっ」
 着せ替え人形と化したヤンは悟りを開いた瞳で虚空を見つめた。
「ヤンさんは、なぜ大学に入ろうと思ったの?」
 こころが不思議そうにヤンに尋ねた。彼女にとってエージェントは学生リンカーの兄姉のような認識だった。
「楽しげに学ぶ君らが羨ましくてな。リンカー枠を取らせてもらったよ。こころの頼みであれば、なんでも聞こう」
 一瞬、へ? と怯むこころだったが、すぐに立ち直る。
「それは光栄だわ! じゃあ、早替え半天希望、半脱ぎのかっこいいやつ! メリッサとファリンは何にする?」
「当日はあまりお手伝いできないからやめておくわ」
 メリッサに続いてファリンも難色を示した。
「旗、重いんですの? わたくしには無理ですわ! わたくし、ロケットランチャーより重い物を持った事ございませんの」
「そっかあ……ロケ、ロケラン?」
 それは五本くらいまとめてイケるんじゃなかろうかと、こころはファリンの細い身体をまじまじと見る。
「でも……そうですわね。中華舞踊なら」
「それいいかも。ダンスパレードで踊って貰いたいわね」
 その時、入り口から元気な声が響いた。
「ダンスと聞いたら呼ばれてなくても来るよっ!」
 元気に転がり込んで来たのは春月だ。
「ダンスパレード!? いいねえいいねえ。皆で踊るんだね、うちも混ぜて欲しいなっ」
 突然現れた春月とその後ろで軽く頭を下げるレイオンを見てこころは断言した。
「なるほど! あなたたちはH.O.P.E.のエージェントね!」
「えっ?」
「この勢いと凸凹コンビはエージェントだわ! なら、協力してもらわなきゃね!」
 ここでのH.O.P.E.の扱いに一抹の不安を覚えながら、メリッサは自分と同じように春月たちが引き込まれていく様を粛々と見守った。
「なんのダンスするの?」
「創作よさこいかなあ……わたしがダンス得意じゃなくてちゃんと決まって無いのよね」
「そうさねえ、正面だけじゃなくて左右から見ても楽しいダンスにしたいね!」
 学生たちの意見を聞き取りまとめながら、春月はサクサクと内容を決めていく。
「本格的なものもやりたいけど、時間があれば皆で踊れる簡単なのもやりたいなぁ。振り付けその場で教えてさ、皆知ってる曲でやれば入りやすそう! あと、これも使えば面白そう!」
 イメージプロジェクターで衣装早着替えを提案すると、こころが悔しそうに言った。
「エージェントの人たちって、そういうお得アイテムを持っているのよね」
「動画も撮るよね? うちのレイオン使っていいからね!」
 突然、水を向けられて目を丸くするレイオン。
「いいよね?」
 ──楽しそうな顔をするよね。これは、断れないな。
 勿論、もとよりそんなつもりも無いけれどと、レイオンは頷いた。
「本格的なことはできないけれど、手伝い程度なら喜んで」



●祭!
 秋晴れの空に号砲花火の音が響く。
 ずらりと並んだ屋台を見渡して、禮(aa2518hero001)がはしゃいだ声をあげる。
「学園祭ってこういうものなんですね!」
「いや、普通より本格的だ……すごいな」
 海神 藍(aa2518)も感心する。
「どうやら学生の店だけじゃなくて、普通の屋台も──おや?」
 見覚えのあるモフモフとした黒い獣耳。
 『自家製・種なし巨峰飴』のテントの中に並ぶのは仲良し夫婦──こと、エージェントの麻生 遊夜(aa0452)とユフォアリーヤ(aa0452hero001)だ。
「さて、今日も今日とて稼ぐとしますか!」
「……ん、この豪華さなら……お客さんも多そう、流石、学園都市……だね」
 尻尾をふりふりしながら答えるユフォアリーヤはとても幸せそうだ。
 声を掛けようとした藍の隣で、禮が顔を輝かせた。
「兄さん、巨峰飴だそうですよ!」


 荒木 拓海(aa1049)たちと三ッ也 槻右(aa1163)はステージの受付を済ませた。
「うう……緊張してきた」
 彼らはここで演奏をするのだが予想以上の人混みである。学祭ではなかったのかと青ざめる槻右を心配する隠鬼 千(aa1163hero002)に、この日のために練習して来たんだ、と小さく気合いを入れる槻右。
「主、失敗しても止まってはダメですよ?」
「わ、分かってる。でも、その前に楽しまないとね。今日は遊ぼう!」
 槻右の提案に、千が頷き、すぐに嬉しそうに声を上げた。
「あ、旗発見! リサ姉も制作お手伝いしたんですよね! ……わぁ綺麗──」
 ステージの両脇でパレードに使う大旗が吊るしてあった。「祭」「紫峰翁」と様々な文字と意匠の中にメリッサが提案した大樹の大旗もはためいている。
「これがリサの手伝った……テントが作れるサイズの……旗……」
「おっきくて迫力もあって見事だね!」
「素敵よね、このお手伝い出来たと思うと感慨深いわ」
 皆に褒められて、嬉しそうなメリッサ。
「リサ姉! 見てあそこ! 人いっぱい!」
 りんご飴、台湾風かき氷、チーズホットドッグ……気付けば、美味しそうな屋台に続々と列が出来ていく。
「行ってくるわ、拓海たちも楽しんで!」
「主、人混みに気をつけてくださいね」
 小さく手を振るとメリッサと千は楽しげに歩いて行く。残された二人も顔を見合わせた。
「! あっちで演舞やるって──……あっ、赤城さんだ! 拓海、見に行こう!」
「見る、見る!」
 槻右がさり気なく拓海の手を引いて歩き出すと、気付いた拓海もすぐに歩幅を合せて笑顔を向けた。


 喧騒の中を黄昏ひりょ(aa0118)はひとりで歩いていた。
 ──久しぶりのこの雰囲気……、帰って来たんだな……。
 小さく息を吐く。
 しばらくH.O.P.E.を離れて旅をしていた。
 人混みの中に見知った顔を見つけたが声を掛けずに通り過ぎた。気のいい彼らのことだ。久しぶりと声をかければ喜んで迎えてくれるだろう。
 ……でも、どうしても、そんな気持ちにならなかった。
 通りの人に押し出されて、ひりょは路肩に腰を下ろす。
 はしゃいだ声が、楽しげな人々が彼の前を通り過ぎていくのを静かな眼差しで見守る。
 彼は、ずっと、誰かの笑顔を守る為に戦ってきたつもりでいた。
 ──友達によく言われたっけ、『守るべき笑顔の中に自分の笑顔もちゃんと含めないとね』と。
「すっかり忘れてしまっていたな……」
 H.O.P.E.を離れてから、思い返せば、彼は笑顔を浮かべる事が無くなっていた。
『今の俺には出来ても作り笑いが精一杯だろう』
 こわばった表情と心、そして、胸の中で嘯く彼自身の声。
 ──いつかまた……自然に笑える時が来るのだろうか? わからない……未来の事なんてわからない……。
 勿論、いつかは、またそうありたいと思うのだ。でも。
「今回は、うん……、ひとりで来て正解だったのかもしれない」
 ひりょは独り言ちた。
 賑やかなハレの場所は、踏み込めないひりょの孤独を逆に深める。
「……こんな酷い顔、心配を掛けるだけだ」
 いつも一緒にいる英雄達にも、会場にいる友人達にも。
 大きな戦いが近いと風の噂に聞いて戻っては来てみたが、自分の在り方を見失ったためとは言え、一度、H.O.P.E.を飛び出した身なのだ。例え、皆が気にしなくても、何も無かったかのように再びH.O.P.E.の中へと戻るのは抵抗があった。
 ──……皆には、ちょっと話しかけにくい。これも、負い目……なのだろうか。
 目の前の雑踏がやけに遠く感じた。
 けれども、心配をかけさせまいとするその振る舞いこそが、変わらぬ彼の彼らしさであることをひりょ自身は気付いていなかった。



●演舞
 ステージではゼルマとミュシャのバトルが繰り広げられていた。
 不器用に能力者と新しい英雄が拳と気持ちをぶつけ合う様に、拓海はメリッサとの日々を重ねずにはいられなかった。
 今は信頼し合う相棒であるメリッサだが、それでも、かつては喧嘩と仲直りを繰り返したこともあった。だからだろう。このバトルは隠し立てせずに全力で理解し合おうと努力しているように見えて拓海の胸は熱くなり、こっそり応援した。
「どちらも頑張れ!」
 拮抗した戦いはゼルマの勝利に終わった。
 試合後、頭を下げたミュシャは拓海と槻右に小さく手を振った。


 下がって息を整えていたミュシャが、ぱっと顔を上げた。
「龍哉さん!」
 観客席から現れたのは赤城 龍哉(aa0090)とヴァルトラウテ(aa0090hero001)だ。試合を見ていたらしい二人は近付くと周囲を見回した。
「ここに来るのも久しぶりだな」
「何か夢に見た記憶が……」
「寝言は目を開けて言うもんじゃねぇぜ?」
 龍哉とヴァルトラウテのやり取りに笑うミュシャ。そこに初めて会った時の影は無い。
 ──最初に顔を合わせてから三年くらいか。
 あの頃はだいぶ殺気に満ちていたな……そう思い返して、ふと、バトルマニアの血が騒いだ。
「二人目の英雄か。しかし、拳で語り合おうとは」
「随分と龍哉好みなやり方ですわね」
 そこまで言って、やけに楽しそうなパートナーの思惑に気付いたヴァルトラウテが咎めるような視線を向ける。
 目と目で交わす会話。
 ──エルナーの姿が今無いのは残念だが、この機会にミュシャの実力を見てみたい。
 彼の性格を知る戦乙女は──小さくため息をついて、まあ、了承した。
「まだやれるか。ならば俺と手合わせしようぜ」
 突然の申し出にミュシャは目を丸くした。
「ええ。初めて会った時から一度は戦ってみたいとは思っていたので」
 短い逡巡の後、その瞳がかつての剣呑な光を宿したのを見て、龍哉はにっと笑った。
「能力者同士の戦いを頼む。俺はこれでいい──模擬戦用のグローブがあるのか。じゃあ、それで」
 拳で挑もうとした龍哉へ学生たちが慌ててグローブを手渡す。それを見たミュシャが不満を露わにした。
「剣でもいいんですよ」
「一戦済ませた後だろう? 条件を合せるぞ」
 ミュシャが悔しそうに見えたのは気のせいではない。ヴァルトラウテがもう一度、ため息をついた。
「H.O.P.E.の能力者同士の戦いです!」
 ミュシャが振るう模擬戦用の剣の腹を、龍哉は悉く裏拳で弾く。
 しびれを切らしたミュシャが攻めを変えれば、今度はそれを拳で流し間合いに滑り込む龍哉。
 それは、あっという間だった。潜り込まれれば、それは拳の間合いだ。
 舌打ちして身を引こうとするミュシャ。しかし、龍哉は素早くその腕に組み付くと彼女を軽々と投げ飛ばす。
 身体を捻って着地はしたものの、彼女は苦く笑った。
「……敵わない」
「強くなったと思うけどな」
 残心の構えを解く龍哉。そこへ腕を組んだゼルマが近づく。
「折角のリンカー同士、共鳴して戦いましょうか。ここには医療班もいることだし怪我しても問題ないわ。『軽く』ね?」
 ゼルマの挑発的な誘いにヴァルトラウテはにっこりと微笑んだ。
「なるほど。龍哉、後輩の頼みは聞いてあげなくてはいけませんわね」
「……あら、H.O.P.E.のエージェントは今時、年功序列なのかしら?」
 剣呑な雰囲気を増すゼルマに、意味がわからず首を傾げるヴァルトラウテ。
 一方で、能力者たちは顔を見合わせた。彼らもこういうのが嫌いなわけはないので、答えは決まっている。
「おおっと、延長戦です! これは……観客の皆様はご注意を!」
 司会の学生が声を張り上げる。
 互いの得物を手に剣と剣が打ち合う。重い剣戟の音が会場に響き渡った。
「模範試合はこれくらいでいいだろう。──行くぞ!」
 力を込めた一撃が叩き込まれる。
「!」
 ミュシャのライヴスシールドが攻撃を無力化する。
「お互い色々と修羅場を超えて来た身だ。そうこなくちゃぁな!」
 駆け抜けた龍哉は大剣を翻した。
「評価してもらえるのは嬉しい、が」
 額に汗を滲ませながらも笑うミュシャはデーメーテールの剣を龍哉に向けた。
「次、行くぞ! ……『凱謳』」
 龍哉のブレイブザンバーのディスクユニットが回転し、刀身が黄金の輝きを纏う。
 双方、吼える。
 ぶつかる剣、弾ける火花。
 だが、花の剣は黄金の輝きに飲み込まれて──大きく空に飛んだ。
 青い芝生に刺さる剣。喉元に剣先を突きつけられたミュシャはそのまま腰を下ろした。
「……負け、ですね。ええ、無理! 正直、ペガサスの首を競ったあの頃なら負けないって思ってましたが」
 芝生を千切って、それから、彼女は破顔した。共鳴を解いたゼルマが食ってかかる。
「相棒が違うから負けたなんて言わせないわよ?」
「そういうわけじゃないです。あたしが未熟で……龍哉さんがずっと先を走っているだけ」
 龍哉をミュシャは見上げた。
「でも、あたし、追いかけるのは得意なんですよ」
 再戦を望む二人に最強に名を連ねる男は豪快に笑った。
「またやろう。次を楽しみにしてるぜ」
 成り行きを見守っていた観客が、戦士たちを労う声を上げた。



●迷子
 カラフルなわたあめを手に持ってキャッキャッとはしゃぐメリッサと千。
「フルーツ飴? 苺もあるんですね」
「飴細工が可愛い……あれ? 春月さん?」
「メリッサさん! 千ちゃん!」
 とたたたーっと駆け寄る春月。その後ろでレイオンが軽く会釈した。
「人混みが凄いから会えないかと思ったよ! ちょいと一緒に食べにいかない?」
「なにか、オススメがあるんですか」
 身を乗り出した千へ、春月がにっと笑った。
「うん、きゅうりの一本漬け!」
「きゅうり?」


「わたくし調べましたの、食中毒の発生を防ぐ事が大事ですわ」
 チャイナドレスのファリンが割りばしを割る。
「そうだけどねえ。まあ、手伝ってくれるのはありがたいよ、君目当てにお客さんもたくさん来るし」
 のんびりときゅうりに手を伸ばしたジョン・スミスの手の甲をぱしっと軽く叩くファリン。
「手洗いは徹底ですのよ」
 きゅうりの一本漬けの屋台なのに何故かとれたての野菜を持ち込んでくるジョンは土で汚れた爪に気付いて、おや? と水道へと向かった。
「ほんとうに……美味しいのが救いですわね」
 家庭菜園に命を賭けているだけあってジョンの野菜も漬け方も絶品だった。だが、食品を扱うにはあまりにだらしなく大雑把な屋台のやり方に、我慢できずについつい口を挟んでいたら手伝う羽目になったファリンとヤンである。
「台所と違い、水も設備も限られているからな」
「それでも、できることはありますのよ」
 店頭には雑菌の繁殖を防ぐために大量の氷で埋まったきゅうりの一本漬け。あちこちと小まめに煮沸消毒を行い、持ち込んだ冷蔵庫なども利用した完璧の態勢で挑む。加えて美男美女が店番をしているものだから、客は入れ代わり立ち代わり途切れない。
「レイオンも食べるよね?」
 メリッサと千を連れた春月が財布を出す。すると、後ろに並んだ少女が色々と気付いて声を上げた。
「今日は三ッ也さんたちとは別なん──に、兄さん! あれ!」
「ジョン・スミス……!」
 顔色を変えて身構えたのは藍と禮だ。ヴィラン並み、いや、それ以上の警戒ぶりである。
「?」
 不思議そうにきゅうりを齧る春月。
『気をつけるんだ、禮。奴はヴィランよりタチが悪い』
『はい!』
 リンク時並みに二人の心がぴったりと重なり、心話が可能になった気がした。
「おや? 講師の先生」
「講師?」
 春月と同じく首を傾げるファリンたち。
 以前、新人英雄向けの講習会が行われ、先輩英雄が講師として招かれたことがあった。その時、ジョンも立ち会ったのだが、彼のせいで講習会はとんでもないペイント弾バトルへと変わった前科がある。言うまでもなく、藍たちはその時の講師側の被害者だ。
「新人講習会の時は世話になったね……常識を教える場であんな非常識な真似をしてくれるとは」
「あの後あれがこの世界の常識だと勘違いした英雄とか居て大変だったんですからね!」
 詰め寄る藍と禮。無論、冗談半分ではあるが、それは半分が本気という事である。
「いやあ、評判良かったよ」
「そういう問題ではありません!」
「最後までお手伝いもしてくれて──大きくなったよねえ」
「えっ、そうですか?」
「身長とかは全く変わらないみたいだけどねえ」
「どういう意味ですか」
 禮はため息をつき。
「それはともかく、胡瓜の一本漬けください」
 きりっと硬貨を差し出した。


「客が引いて来たな。またかき入れ時になるだろうし、その前にちょっと休むか?」
 嬉しそうに尻尾をぱたぱたと振るユフォアリーヤ。
 屋台には準備中の札を下げて射的などに興じる遊夜を、彩を変え光る器に入ったドリンクを手にしたユフォアリーヤが応援する。
 無論、凄腕のジャックポットによって憐れ、商品はほぼ撃ち落とされていた。弾は十発しかないのに!
 青くなった店主をよそに遊夜は空気銃を下ろした。
「お、こんな所で奇遇……でもないか、関係者だったな。……どうした?」
 珍しく青い顔の信義に何かを察する遊夜。
「……ん、何かあった? ……手伝う?」
 首をかくりと傾げて尋ねるユフォアリーヤ。
「いや、何でも……あるな」
 信義は重い口を開いた。
「なるほど」
 話を聞いた遊夜は内心頭を抱えた。最近生まれた子はまだ乳幼児とは言え、孤児院長の彼は二十八人の我が子を育てて来た男である。どういう状況かはすぐに察しがついた。
 ──迷子は祭りやら人が多いイベントでは定番、と言うかなくならないもんだからなぁ。目を離すのは数秒で良い、子供の行動力は侮れないのだ……本当に。
「わかった、なら俺達も協力しよう」
「……ん、迷子探しは得意……慣れてるから、ね」
 慣れている、の部分で我ながら苦笑いを浮かべるユフォアリーヤ。おかーさんは大変なのである。
「意外だな、てっきり揶揄われると思ったが」
「こんな非常事態に……からかったりしない」
「……すまない」
 射的の景品のキャンディの箱を一つ掴む遊夜。
「さあ、うちの子探しで鍛えられた悲しい技術、見せてくれよう!」
 遊夜とユフォアリーヤは、今、どんな勇士より頼もしく見えた。
「あ、あっちから甘い匂いがします、お菓子でしょうか!?」
「うん、行ってみようか、禮……あれ?」
 見知った顔を見つけて近づいた藍は彼らの様子に気付いた。
「やあ、麻生さん。屋台は? それに灰墨さんじゃないか……なにがあった?」
 事情を聞く藍の顔が険しくなる。
「拙いな、十六時からパレードだ、人が多くなる。早く見つけてあげないと」
「そうだったな、まずい」
 珍しく取り乱した信義に藍は尋ねる。
「手伝おう。連絡先はまだ変わってないか?」
「待ってくれ……大丈夫だ」
「なんで一々、着信拒否なんてしてるんだ」
 解除の操作を覗き込んだ遊夜はあきれ顔で呟いた。
「まあ、灰墨さんらしいと言えば」
 苦笑して藍は相棒を呼ぶ。
「よし、いくよ、禮! ……禮?」
 ──振り返ったそこに禮の顔は無く、藍の背中にじっとりとした嫌な汗が流れる。
「は……! 兄さんごめんなさい、あっちにおいしそうなお菓子が! あれ? 灰墨さんこんにちは」
 クロワッサンのたい焼きを抱えた禮がひょこっと顔を出す。
 迷子を増やしてはまずいので、無言で妹分の手をがしっと繋ぐ藍。
「とりあえずいなくなった場所から探そう」
「じっとしててくれるといいんですけど」
 禮の発言に、藍の脳裏には胸を張るこころの姿が浮かんだ。
「いや……こころ叔母さまがそう教えると思えない」
「……あぁ」
 同じイメージが浮かんだのか、納得しちゃう禮。
「海神さんだ!」
「禮さんもいます!」
 聞き覚えのある声に振り向くと、槻右と千、そして、拓海とメリッサが居た。
「ちょうど良かった……!」
 藍からことのあらましを聞いた槻右と拓海は眉を顰めた。
「今のところ、そういう子供は見かけてないよね?」
「うん。困ったな。オレはマナちゃんの姿はわからないし……そうだ、今、ライラさんは迷子センターに?」
「行ってみる? 少しは手伝えるかもしれないよ」
「頼むよ。灰墨さんにマナちゃんの写真をもらえば良かったか」
 藍は走って行く拓海たちを見送るとすぐに空を見上げた。
 ──こう人混みが多くては……。
「歩きにくいうえ視界が悪い。足で探すには限界があるか……」
「うぅ、流石にヒトの波は泳げません。ヒトに酔いそうです」
「仕方がない、騒ぎになるかもしれないが……空を泳ぐか」
 路肩によるふたり。すぐにライヴスの蝶が舞った。
「マジックブルームで飛翔、上からマナちゃんを探す!」
『はい!』


 雑踏に紛れて思考に囚われがちになっていたひりょの耳に聞き覚えのある声が飛び込む。
「迷子!?」
 聞きなれた単語に思わず反応してしまったひりょだが、どうやら件の迷子は彼のことを指すわけではないらしい。
 ──幼稚園児が迷子? 大変だ……っ!
 共鳴して飛び上がった藍と走り出す拓海たちを見比べて、ひりょはすぐに拓海たちを追いかけた。
「拓海さん──っ!」
 振り返った拓海は驚きの声を上げる。
「……ひりょ?」
「お久しぶりです」
 しばらく見なかった友人の姿に嬉しくなる拓海だったが、すぐに迷子のことを思い出して顔を引き締める。
「ごめん、今」
「あ、いえ、俺もさっき藍さんたちとの話が聞こえたので、何かできないかなって思って」
「相変わらず優しいよね。ありがとう、頼りにしているよ!」
 ひりょの胸に衝撃が走った。でも、それは不快なものではなかったが今はその想いに浸ることはなく、彼は走り出した。
「俺も別ルートから迷子センター目指します!」
 ひりょと別方向に走りながら拓海は何かひっかかりを感じていた。
 何か──忘れてはいけないことを、忘れているような?
 その頃、共鳴した遊夜はジャングルランナーを使って高所に登っていた。手に持った双眼鏡を覗く。
「特徴は聞いたが、要は灰墨兄妹に似た幼児を探せばいいのかね」
 先程は人混みの中でモスケールも使ってみたがそれらしき痕跡は見つからなかった。
「泣いててくれりゃ周りが気づくんもんだが……」
『……ん、しっかり者って言ってた……周りに頼ってない、可能性』
 むむむと唸るユフォアリーヤ。
 ──普通に歩いてたら迷子とは思いにくいからな、思えても昨今は下手に声もかけれん状態だ。
「地道に、そして迅速に探すしかあるまい」
 こくりと頷いたユフォアリーヤは迷子地点とは真逆の通りを指した。
『……ん、今までの経験から……性格を鑑みて、逆に向かってる可能性』
 気が付いたら戻ろうとするはずだ。戻っていないなら方向が違うと彼女は指摘した。
「さすが、おかあさん」
 遊夜に褒められてユフォアリーヤは嬉しそうだ。
「人混みに流されたか……あとは当たりをつけるしかないな」
 ……その頃、ひりょは頭を抱えていた。
 普段の癖でつい助力を申し出てしまったが、重大なことを忘れていたのである。
 つまり、自分も迷子属性持ちであることを。
「まいったな……迷子を捜すつもりが自分が迷子とは、って、ここどこだろう」
 なぜか筑波の山が随分近い。


「あら?」
 ヴァルトラウテの子供好きレーダーが捕らえたのは、屋台と屋台の間で縁石に座り込む少女だ。
「どうしたんだ?」
 尋ねる龍哉を押えて、ヴァルトラウテはゆっくりと少女の前で屈み穏やかに尋ねた。
「私はヴァルトラウテですわ。あなたのお名前は?」
 警戒心露わに見上げる少女。だが、その両目は潤んでいて口はへの字にきつく結ばれていた。
「H.O.P.E.のエージェントだ。困っているなら力になるぞ」
 英雄の後ろから龍哉が名乗ると、少女は「ほーぷのえーじぇんと?」と口の中で繰り返した。
「はいずみ マナ」
「マナ……可愛らしい名前ですわね。どなたと一緒に来たのですか?」
 優しく問うと、途端にマナはしゅんとした。
「ママと……パパ。いいたくないけど、あたし、いま、まいご……みたいなの」
 しょぼんとする少女に龍哉が首を捻る。
「灰墨? 雪合戦の学生にも……確か灰墨、こころ、だったか?」
「こころちゃん!」
 マナの様子に顔を見合わせるふたり。
「大学に聞けばわかるか」
「その必要はなくなったかな」
「麻生さんの知り合いか?」
 共鳴を解いた遊夜たちが手を振る。
「知り合いの子供でね。捜してたんだが赤城さんが保護してくれて良かった」
 屈んで目線を合せる遊夜とユフォアリーヤ。
「お疲れさん、泣かずに偉かったな」
 遊夜の温かな手で撫でられて安心したのか、マナは堪えていた涙をどっと流して目の前のヴァルトラウテの胸に飛び込んだ。
「……ん、今度から……気を付けなきゃ、ダメよ?」
「やくそく……するっ」
 優しいユフォアリーヤの言葉と彼女に貰ったキャンディで、涙を残しながらも笑顔に変わるマナ。安心したヴァルトラウテも抱きとめた少女の背中を撫でる。
「もう悲しい顔をする必要はありませんわ」
「うん、ありがとう! 天使のおねえちゃんっ」
 きょとんとするヴァルトラウテに三人が笑うと、マナは目を見開いた。
「空に……お姫様?」
 見上げると、観光客から一斉にカメラを向けられて困っている共鳴後の藍の姿があった。


「ありがとう、また後で」
 迷子センターの前でライラと合流した拓海たちだったが、すぐに遊夜からマナを見つけたという連絡が入った。礼を述べて走って行くライラを見送ると、四人は安堵の息をつく。
「迷子多いなぁ……係の人、大変そうだよ」
 迷子センターは阿鼻叫喚であった。
「……あっ」
 思わず呟く槻右の横で、拓海が脱走する子供を見つけて慌てて抱き留める。
「す、すみません……」
 疲れ果てた学生たちが青い顔で礼を言うが、すぐに別の幼児が泣き声を上げた。
 矢も楯もたまらずにテントに入る拓海。
「……槻右、何か手は?」
 拓海を追って来た槻右たちは優しい顔で頷く。
「お手伝いします」
「助かります……!」
 学生たちが叫ぶ。
「泣かないで、楽しいお祭りが台無しだよ」
「大丈夫すぐ迎えがくるよ」
 優しく語り掛ける千と槻右。
「すぐお迎えが来てくれるからな! それまで……ん……コレを作ろう! 好きなキャラクターは?」
 援軍に勇気付けられた拓海は荷物からお絵描きセットや愛用のH.O.P.E.サバイバルキットを出して、子供たちと一緒に得意の絵を描き始めた。更に紙と輪ゴムでお面や花を作ると泣き声は賑やかな歓声に変わった。
「おトイレかな? お姉ちゃんと行きましょう」
 やがて増援の学生スタッフが来ると、迷子センターも徐々に機能を取り戻し始めた。
「まま!」
 槻右にしがみついていた少年がぱっと入口へと駆ける。髪を乱した母親が何度も頭を下げた。
「お迎え来てよかったね、バイバイ! もう迷子になっちゃダメだよ」
 カラフルなお面が人混みに消えて行くのを見送っていると、しんみりとしたものが胸を過る。
「子供たちと一緒に遊んでいると時間を忘……」
 少し切なげな槻右を慰めようとした拓海が口籠った。
「どうしたの?」
「……あれ? ひりょが……帰ってこないような?」
 黙り込んだ四人はばっと顔を見合わせる。
 唐突にひりょの迷子属性を思い出す拓海たち。
「お手伝いありがとうございましたっ! ひりょくんがこちらに来たら連絡しますね!」
「えっ、いや、はい!」
 学生たちに見送られながら四人は外に飛び出し……結局、『ひりょくん』とはスマートフォンのお陰で無事再会できた。
「電波が届いて良かった……」
「え、えと、すみません!」
「こっちこそ、ごめん!」
「俺こそっ」
 ひりょの苦笑いが、ぎこちない笑みへと変わっていく。
 それが久しぶりに浮かべた彼の素の表情であることを友人たちは知らなかったが、彼らはひりょの知る変わらない笑顔をそこに重ねた。
 とりあえず、まだ筑波山のロープウェイが動いていて助かった。



●パレード
「さて、気合入れて屋台に励むか。自家製種なし巨峰飴を世に知らしめるのだ!」
「ん!」
 気合いを入れた遊夜とユフォアリーヤの前に千とメリッサに挟まれたこころが顔を出す。『どの部門も気合が入ってたわよ~、視察に行きましょう』と準備会のお返しとばかりに強制連行されたのだ。
「仕入れはタダも同然、他より安く提供できる……これを活かさない手はない!」
「……ん、お祭りで……お財布の紐も、緩んでるから……ね」
「いっぱい稼いで子供達にお土産を買うのだ」
「だから……買ってね?」
 遊夜とクスクス笑うユフォアリーヤに、こころが頭を下げた。
「姪がお世話になりました! 至らない兄貴で申し訳ありません。皆様には奴の財布から振る舞う話をつけて来たので」
「成程、そういうことなら」
「厚意は……受け取る……?」
 ちょっと悪い顔で短い密談が交わされ、一先ず学生リンカー分の巨峰飴の出荷が決まった。
「そろそろね」
 巨峰飴をパクついていたこころが時間を確かめる。
「ありがとう、楽しみそびれるところだったわ。パレード見てね、わたしもステージを観に行くわ!」


 呼び出された龍哉は巨大なポールを確認する。
「力仕事なら任せろ。伊達に鍛えてねぇからな」
 共鳴すれば容易いが、ヴァルトラウテは懐いて離れないマナと共にパレードを見ているはずである。
「これぐらいなら、鍛錬を兼ねていけるか」
 取り上げるとずっしりとした重さを感じる。
「なるほど、確かにでかくて重いが……問題ない。行けるぜ」
「流石ね! 頼りにしてるわ!」
「まぁ、次に用意する旗はもう少し手頃な奴にした方が良いだろうけどな」
「勿論。で、衣装はどれに」
「衣装?」
 学生リンカーたちを束ねて忙しく動くこころを見て、ヤンはふと疑問を抱いた。
 ──どうなったんだろうな、例の彼とは。
 同じく旗振りをするアーサーと話しながらちらちらとこころを見るクレイが目に止まった。
 羅で作った唐装漢服を纏ったファリンは楽しげな学生たちを優しい眼差しで見つめていた。
 一年ほど前に失恋した彼女は、傷心のために長く塞ぎこんでいた。
「そろそろ……わたくしも踏み出さなくては」
 着物のような長い裾を翻して、彼女は前を向くことを決めた。
 未だ男性に対して恐怖心はあったけれど、疲れた心に活力が戻りつつあった。
「知的好奇心に溢れ、学ぶ事を楽しんでいるこころは魅力的だ。女性としても」
 すると、ヤンがこころに語りかけているのが聞こえてファリンは目を丸くした。顔色を変えて詰め寄るクレイを見ればヤンの目的は一目瞭然だ。
「……お兄様ったら」
 對酒當歌を口ずさんで、ファリンはこころたちの輪へと入って行く。
「青青子衿、悠悠我心……ご入学されてからのお兄様は本当に楽しそうで。興味深いなどと仰って、上からご覧になっていた時よりもずっと。こちらの学生さまがたと同じ目線で学ぶという事が刺激的でたまらないようなのです。どうかわたくしのお兄様と仲良くしてくださいませ」
 曹操が有能な人材を求めた歌であり、青い衿は古代中国においては学生の服装である。
「すまない。はしゃぎ過ぎたようだな」
 ファリンの心配りに気付いてヤンがクレイに謝ると、気付いたクレイはぱっと顔を赤らめた。
「……いや。こ、こころさん、あの」
 遮るように、パレード開始の放送が流れた。


 静かに、ファリンが中国舞踊を舞い始めると、パレードが始まった。
 透き通った羅の向こうに旗士たちが続く。
 茜色の夕焼けを背に、夕陽の黄金色の光を通して巨大な旗が自由自在に空を泳ぐ。
「すごい、あんなに大きい旗を!」
「凄いな……。でもこれ、強風とか吹いたらどうするだろう」
「はっ……き、危険です……だ、大丈夫ですよ、きっと何か対策してます。……多分、きっと──あっ!」
 先頭で旗振りを行う龍哉、ヤン、後に続くエージェントやリンカーたちの姿を認めて、禮と藍はすぐにその心配を忘れた。
 その後に続くのはダンスチームだ。
「あ、春月さん!」
 楽しそうに踊るなぁ、と感心する槻右。
「は・る・つ・き~!」
 嬉しそうな拓海のまるでアイドルに向けるかのような声援に、春月がジェスチャーを送る。
 ── 一緒に踊ろう!
「春月、無茶振りは……」
 止めに入るレイオンだったが。
「OK~! 伊達に鍛えてないぞ」
「拓海も踊るの? じゃあ僕も! ──レイオンさん今日は止めないで、楽しんだ者勝ちだ!」
 音に合わせて裏拍を取って踊る拓海とその手を取る槻右を見て、レイオンはカメラを持ち直した。
「……分かった、僕は撮影をしよう」
 しかし、パレードのダンスの輪は徐々に広がって、最終的には見学していたほとんどの人々が参加することになる。
 ……春月に伸ばされた手を苦笑しながら取ることになる、この英雄も、また。
 大成功のパレードが終わると陽は沈み、あちこちで屋台のライトや祭りの提灯が灯り始めた。
「お疲れ」
 眠ってしまったマナと別れたヴァルトラウテへ龍哉が声をかける。
「龍哉こそ。勇ましかったですわ」
 穏やかに微笑むヴァルトラウテの手には小さな掌のぬくもりが残っている。
 着替えた春月を、レイオンが出迎える。
「大学って楽しいねえ。行くこと今まで考えたことなかったけど、いいなあって思うよ」
「行かない理由に金銭的問題があったのなら、解決できそうだ。考えてもいいんじゃないかな」
 後片付けをしていたこころがぱっと振り返った。
「リンカー枠がきっとあると思うわ。入学したらA.S.をよろしくね!」
「そうかぁ……あっ、次ステージでテクノするんだったよ!」
 学生たちに見送られて走り出す春月たち。
「まだ時間はあるよ」
「だって観たい……、!?」
 目の前で千とメリッサがステージ脇の控えブースに入った。
 それを見て察した春月は慌てて手荷物を漁り始める。


 ステージから拓海たちを呼ぶ声が聞こえた。
 眩しいスポットライトにこわばる槻右。その傍らで拓海のギターが静かに奏で始める。その音色に彼の優しさを感じとった槻右の鼓動は徐々に穏やかになり、槻右も音に身を任せてハーモニカに息を吹き込んだ。
 練習通りに、拓海と槻右の演奏に千とメリッサの澄んだ歌声が織り込まれていく。
 かつて時計祭で拓海とメリッサが演奏した曲『交わり彩る物語』から始まって、このまま数曲を演奏する予定だ。
 ──槻右、緊張してるのかな?
 歌いながら、拓海は槻右を心配して目を向ける。
『緊張しなくて大丈夫』
 拓海と槻右の視線はぴったりと合った。

 ──手を添え次の世界へと……

 『LOVE!』と描かれた即席の応援うちわを掲げていた春月は頬を紅潮させて英雄に訴えた。
「ふんぎゃ、ちょいと今の見た!? 熱い眼差しのふたりが……って、撮ってるし!」
 大きな拍手と声援に包まれて演奏を終えた四人は控えのブースに戻った。
「ハーモニカ、上手く吹けてよかった! ちょっとずつだけど色んなことができるようになるって楽しいね。 千、どうだった?」
「ばっちりです! でも、二人の雰囲気は熱すぎます……っ」
 汗を拭いながら槻右が言うと、千が頬を赤らめて答えた。
「え?」
 自分たちの姿を冷静に思い返し耳まで真っ赤になる槻右と、同じく自覚して赤面する拓海。
「二人らしかったわね」
 心底、楽しそうにそう言うと、メリッサは千と手を合わせた。
「千ちゃんの歌声は可愛かったわ♪ 癒されちゃう」
「リサ姉も……一緒に歌えて私も、歌うの楽しかった! 練習だと私達だけが知ってた楽しさが、お客さんにも広がって行くのが素敵でした!」
 拓海は一日を思い返した。
「今日は、情熱の集大成だったな」
「意欲が溢れてる人達って好きよ、元気に成れるわ」
 拓海とメリッサが言い合うと、千もまた満足気に呟く。
「楽しかったなぁ」
 仕舞う前に拓海が作った花の玩具を眺めていた槻右も、微笑んで答えた。
「いい一日だったね」
 すぐに春月によるラストライブが始まり、彼らは再び楽しむために外へ出た。


 家路に向かうひりょへ藍が手を振った。
「おかえり。黄昏さんと会うのは久しぶりだね」
「……え、と」
 思わず言葉を失うひりょへ、近くの屋台から遊夜が声をかける。
「お、元気だったか?」
 そんな遊夜たちに禮がにこにこと硬貨を差し出す。
 最後の巨峰飴を手渡した遊夜は、轟音にひょいと顔を上げた。
「もう店じまいか……」
 大量のお土産に姿を変えた売上金をまとめると、遊夜は屋台の前に出て妻の肩を抱いた。
 紺色の夜空に祭りの終わりを告げる明るい花火が咲いていた。
 ──ただいま。
 祭りを締めくくる花火の音の中で、ひりょは小さく呟いた。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • ほつれた愛と絆の結び手
    黄昏ひりょaa0118
    人間|18才|男性|回避



  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 拓海の嫁///
    三ッ也 槻右aa1163
    機械|22才|男性|回避
  • 分かち合う幸せ
    隠鬼 千aa1163hero002
    英雄|15才|女性|カオ
  • マーメイドナイト
    海神 藍aa2518
    人間|22才|男性|防御
  • 白い渚のローレライ
    aa2518hero001
    英雄|11才|女性|ソフィ
  • 危急存亡を断つ女神
    ファリンaa3137
    獣人|18才|女性|回避
  • 君がそう望むなら
    ヤン・シーズィaa3137hero001
    英雄|25才|男性|バト
  • そうだよ、楽しくやるよ!
    春月aa4200
    人間|19才|女性|生命
  • 変わらない保護者
    レイオンaa4200hero001
    英雄|28才|男性|バト
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