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【相談卓】
最終発言2018/09/09 14:41:44 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2018/09/09 07:09:17
オープニング
●XX
海が。
海が燃えている。
その始まりは、まるで“巨大な焔塊が海に落ちたかのよう”だった。
海が燃えている。
白く白く、一切の暗澹を消却せんばかりに、神々しく、美しく、幻想的で、容赦はなく、おぞましかった。
それは人への愛であり、絶望が為の希望であり、慈悲であり、救いであり、終わりであり、始まりである。
●“夜明け”を知れ
愚神十三騎、ノウ・デイブレイク出現。
出没エリアは南極大陸付近の海域。周辺海域は封鎖済み。
辺りには小光球型従魔が大量発生しているが、こちらについてはH.O.P.E.の同盟相手ジャンク海賊団、およびH.O.P.E.別動隊で対処する。
「――すなわち、皆様の任務はノウの討伐となります」
状況を伝えたH.O.P.E.オペレーター綾羽瑠歌が、映像通信機の向こう側から君達を見やった。
前回のノウとの遭遇時、それから調査において、ノウは対峙する相手のリンクレート合計値によって強化されることが判明している。つまり多人数で向かうとそれこそ全滅が起こり得るレベルで危険度が上昇するため、少数精鋭での出撃となる。
かくして、君達は南の果てへと向かう。残りわずかとなった愚神十三騎、そのうちの一つと相対する為に。
――遠く戦いの音が聞こえる。
辿り着いた海は、白く白く燃えていた。
海は塩原のように白く凍り付き、そこかしこに白い炎が饒舌なまでに燃え上がっている。
その中心に、だ。まるで太陽がそこにあるかのような、凄まじい光球が存在している。
空は、時間は夜のはず。しかし白く白く煌々と、そこは真昼よりも明るかった。この世ならざる光景だった。
「人よ、捧げよ。終極の時は来た」
その時だ。“光”が――愚神ノウが声を発する。人間の姿の時とは全く異なる声だった。おそらく人間形態時は“外見が男性なので男性らしい声”を出していたのだろう。今のノウのそれは男の声、女の声、子供の声、老人の声、ケダモノの唸り、美歌と罵声が一つに束ねられたような音で、鼓膜ではなく頭に響く現象だった。
君達は武器を構えることだろう。眼前にいるのは完全なる怪物、ドロップゾーンを展開していないのにも関わらず周辺地形を歪曲してしまうほどの天災。ノウに獰猛な牙も禍々しい武器もない。されど佇む激しい光は、ゾッとするほどに深淵だった。
「始めよう」
まるで笑うようにノウの声が歪み震えた。
最早、冗長な装飾も不要。やるかやられるか、そんなシンプルな真理がここを支配していた。
「熟れた実は落ちるのみ。されど足掻く人の子らよ、聖なるかな!」
解説
●目標
ノウ・デイブレイクの撃破
●登場
《街中の暗闇》ノウ・デイブレイク
トリブヌス級愚神。ライヴスを込めた光を用いて戦う。
超射程・高制圧力。魔法能力に秀でるが、物理耐性は低め。
超常的な知覚能力を持つ。人間形態時と違って回避性能が大きくダウンしているが、命中が更に上昇している。
ノウ自身と用いる光は“科学的に解明されている光”ではなく“神秘の光”。
・我が身は光
常駐。部位狙いが意味を成さない。
バッドステータスを受けると直ちにそのBSを回復する。
また、凄まじい光量であるため、ノウを中心とした半径5sq以内から1sqずつ接近する度に対象は命中と回避が10%低下。
・パトスイーター
常駐。1ラウンドにメインアクションを複数回行える。周囲にいるリンカーのリンクレート合計数が10ずつ増える度にメインアクション行使可能回数が+1される(例:9以下だと一回、10~19だと二回)
・ロゴスブレイカー
クイック。生命力を代価に、持続型のスキルの効果を解除する。このスキル使用時はパトスイーターによる複数回行動は行われない。
・洗礼
常駐。PCはリンクレートを1下げることで、ノウに対して防御貫通ダメージを与えることができる。何度でも使用可能。
(PL情報:ノウの戦域でリンクレートが0以下になると邪英化する。また、リンクバーストを行うと「リスクチェック表」「バーストクラッシュチェック表」の1d6の出目が+2される)
●状況
南極大陸付近海域。夜。ノウの存在によって非常に明るい。
塩原のように海面は塩のように凍っており、鏡面としてノウの光を反射する性質を持つ。反射角度は科学を逸脱しノウの意のままである。
あちらこちらで白いライヴス性の炎が燃えている。接触するとダメージを受け続ける。神秘性の火焔現象であり、水などで鎮火しない。この炎もノウの光を反射する性質を持つ。
従魔は登場しない。
リプレイ
●XX 01
神は原始において「光あれ」と宣ったという。
「夜なのに、すごく明るい……でも、怖くも感じる……」
木陰 黎夜(aa0061)は震えそうな拳を握り込んだ。目の前のソレはおぞましい外見でもなく、獰猛な武装もない、ただの光だ。なのに本能的な恐怖が込み上げる。得体の知れない恐怖がそこにあった。
『酷く暴力的な光だ。油断しているとすぐに呑まれそうだ』
ライヴスの中から、共鳴中のアーテル・V・ノクス(aa0061hero001)が言う。「うん」と黎夜は深呼吸をして、黒い魔法書をその手に現した。
「明るくてキレイだね。今回は霧はないのかな。燃えてるんだね」
朱殷(aa0384hero001)と共鳴したHAL-200(aa0384)の言葉は、黎夜とは逆の感想を表していた。言葉の最中、ハルは凍り付いた海の上に水で溶いた絵具を無作為に散らす。光を反射させないようにと目論んだが、ちょっと絵具が足りないかも。なにせ戦場は広い、効果を実感できるレベルにするならば散水車規模でばらまかねばならないだろう。
「まあ、色とりどりでキレイだからいっか」
『……』
ポジティブな相棒の様子に、朱殷はライヴス内で肩を竦める。その間にも、ハルは人形のような瞳を光――ノウ・デイブレイクに向けていた。
「このまえは人のかたちをとっていたのはお遊びで、今回は本気ってことかな?」
「そうだ。今日ここで、お前達か俺か、どちらかが死ぬだろう」
ノウは断言する。
驕るような、それでいて驕りのないその物言いに、リリー(aa5422hero001)はあい(aa5422)のライヴス内で舌打ちをした。
『……またあの出歯亀いきり……、あんな奴なんかと関わって欲しくなんかない。けど……』
「デス! リリー、またあいつがやってきたデェス!! 今度こそあいが切り刻んでやるのデェース!!」
あいは快活そのものに、瑠璃斧槍ラゾールドハルバードをぐるぐると手の中で回していた。フンスと意気込むその様は無垢とも取れる。
『……そうね。さっさと片付けましょう』
リリーはその危ない無垢さに目を細めつつも、そう答えた。それは住民の安全の為であり、あいの正義像の為であり――あい自身の為である。
ハルやあいを始め、ここにはノウと幾度か戦ったことのある者達が揃っていた。アンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)もその一人だ。
「ロンドンでは倒せなかったけど、今日こそはあいつをやっつけるよ!」
『もちろんだ。奴に命を奪われた者達の、魂の安寧の為にもな』
マルコ・マカーリオ(aa0121hero001)は相棒に同意を示す。二人分の眼差しで光を見据え、決意を固めた。
「ついに正体を現したって感じね。やってやろうじゃない!」
六道 夜宵(aa4897)の意気込みも負けてはいない。パシン、と自らの掌に拳に打ち付ける。と、そんな彼女に一言をかけるのは共鳴中の若杉 英斗(aa4897hero001)だ。
『それはいいが、無茶はするなよ夜宵。勇気と無謀は違うぞ』
「なにそれ? 英斗の言葉なの?」
『いや、俺の恩師の言葉だ。記憶が曖昧だが、ピンクのおさげ髪がチャーミングな人だった』
「んんっなによそれ!」
夜宵は凛々しい柳眉を吊り上げる。
一方で、リリア・クラウン(aa3674)と伊集院 翼(aa3674hero001)は緊張を深呼吸で鎮めていた。
「頑張ろうね、つーちゃん」
『うん、リリア』
リリアも翼も、自分を犠牲にしてでも平和を掴みたいと願っている。けれどここで自己犠牲に殉じるつもりは欠片もない。帰りを待つ愛しい人がいる。その人達の為にも負けるわけにはいかない。そしてもちろん、「大切な人がいる」のは自分達だけではない。ここにいる仲間達にも、帰りを待つ人がいるのだろう。
「この力は、皆の為に……!」
無事に帰るんだ、皆で。リリアは屠剣「神斬」を抜き放つ。
開戦は間近。
アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)と共鳴した氷鏡 六花(aa4969)は黙したまま、凍て付いた眼差しで光を見澄ましていた。H.O.P.E.南極支部所属の彼女が、南極支部から直接出撃したのは今回が初めてである。踏み慣れた氷を踏み締め、侵略者に対し六花は臨戦態勢を取った。その目は幼い少女のそれではない。凍れる怒りを秘めた戦士の色である。
「視界に入った負傷の判断は任せる。私は戦況の把握と負傷者の管理に頭を回す」
『任せて、お互いに為すべき最善を成しましょう』
クレア・マクミラン(aa1631)はライヴス内のリリアン・レッドフォード(aa1631hero001)とそうやりとりを交わした。今日のクレアは衛生兵だ。ノウが死をもたらすと言うのならば、その死を殺し尽くしてみせよう。アザミの花の誇りに懸けて。
『NOであろうがKNOWであろうが……』
「あぁ」
ウェルラス(aa1538hero001)と水落 葵(aa1538)は決意を同じく、アサルトライフルピースメイカーを構えた。
『“破滅”の夜明けはお呼びじゃない!』
「そんじゃあ、いっちょお帰り願おうか!」
そんな彼らの、そして仲間達の戦意に同意するように、辺是 落児(aa0281)と共鳴した構築の魔女(aa0281hero001)は微笑む。実に明快に、実に心地良く。
「さて、お互い心残りなく奮いましょうか!」
闘争という熱こそが、命を叩き上げ精錬していくのですから。そう告げて、対愚神砲メルカバを突きつける。
●XX 02
それは最早、愚神ではなく災害だった。
光が瞬いて、刹那。全員の視界を埋め尽くしたのは完全なる白。
人間と英雄の絆の数だけ編まれた消却の無尽光。乱反射する死角零の完全包囲攻撃。
「すごい攻撃。こんなの防ぎきれるの?」
『それを防ぎきるのが俺の役目だ。時代よ、俺に微笑みかけろっ!』
言葉終わりには英斗は飛盾「陰陽玉」を操り、ライヴスの中から夜宵を守る。盾の扱いならば心得がある。ゆえに英斗の役割はライヴスを通じ、夜宵に最適な防御姿勢を取らせ、掠り傷でも被弾を減らすことだ。
直後に世界は塗り潰される。
そんな中、ハルは朱殷へ呟いた。
(【終極】ってなんだろう?)
『人の世界の神を気取ってているのかもしれないな。……滅亡に瀕するような目に遭えば。最後の審判……。新たな天地が創造され、神による統治で人類は満たされる』
(ふーん。そうなんだ。愚『神』ってくらいだしね。でも迷惑だから、ここで倒しておかないとね)
『興味が勝れば危ない橋を渡る愚神だ。人類の可能性を試して、それが命取りに繋がるかもしれない』
かくして光が止む。エージェント達の体に痛みと傷を刻み付けて。
なれど、膝を折る軟弱者はおらず。光の残滓が消え果てる前にはもう、彼等は攻勢に出ていた。
「うらあーーーーーーッッ!!」
「ぶッッた斬るDeeeeeeaTh!!」
ノウの眩さに目が焼け付くことも厭わず、跳び出でる二人の乙女。アンジェリカは悪鬼の大斧を、あいはラゾールドハルバードを振りかぶる。
(“あんな攻撃”……どうせかわせない、だったらッ!)
アンジェリカは脚に取り付けたブースターを噴かせ、燦然たる光に飛び込む。防御よりも攻撃専念。臆するよりも、大胆不敵なまでに前を向こう。
「いくよ、マルコさん!」
『おうさ、遠慮なしだ!』
絆を燃料に――力を燃やす!
「リリー! あい達もヤるDeaTh!」
『ほどほどに……って言ってる場合じゃないものね。OK!』
あいはアックスチャージャーに充填したライヴスを全開放しつつ、幻影と共に攻勢に出る。
『前回でも聞いた通りなら。たとえ状態異常が効かないとしても一時的になら行動が鈍る筈! 意味がないことはない筈よ!!』
「DeaTh! やってやるDeeaTh!!」
刹那、アンジェリカの電光石火が、あいのジェミニストライクが――愚神の洗礼を受けし攻撃が、光の愚神を抉り刻む!
出し惜しみの余裕などない。
弾幕という言葉すら生温いノウの攻勢を前に、様子見など自殺に等しい。
(これを斃せなかったら……南極支部の皆が……!)
全身に魔力を巡らせ活性化させて。六花の脳裏に過ぎるのは最悪な未来――愚神に蹂躙される自分の居場所。
「そんなこと……絶対にッ……!」
『ええ。必ず……あの侵略者を、ここで討ちましょう』
噴き上がる拒絶の風に、六花の白雪の髪が逆立つ。それは怒れる女神の顕現がごとく。少女がかざした掌に現れるのは、冬の女神の冷たき吐息、すなわち絶対零度を凝縮した氷の槍。ダメージ・コンバートによって、それは物理的な殺傷力を帯びていた。
愚神の洗礼を受けるのは癪だ。だが、手段を選んでいる猶予はなかった。アルヴィナと結んだ絆を糧に、いっそうの冷たさを帯びた氷槍は放たれる。
それと並走するように、リリアもまた光へと飛び込んだ。
「やぁーーッ!」
害意そのものである光を振り払うように。絆を燃やし、電光石火の剣閃を以て、仲間と共に波濤のごとく攻勢を。
『そもそもオレ達そんなに絆強かったけ?』
ライヴスを乱す弾丸を込めて、絆という火薬に火を点け、アサルトライフルより撃ち放ちつつ。初手からの大猛攻をノウへ浴びせる真っ只中、ウェルラスはライヴス内より葵へ語りかけた。白い火の粉が舞い散る、幻想的でおぞましい風景の只中。
(切れないタコ糸みたいなもんだろ)
『うーん……言い得てなんとも……』
腐っていても縁は縁、そして繋いだ絆は力になる。どっちが凧かはさて置いて、葵は自分の英雄を信じているのは真実だ。だからこそ、見ているだけで目が痛む愚神を直視することができる。決してノウから視線は逸らさず、銃口も惑わない。
「せっかく相棒が覚悟を決めたんだ。だったら付き合わねぇと損だってもんだろ?」
そんな、仲間の声。黎夜のライヴス内で、全く同意だとアーテルは頷く。彼の相棒、黎夜は少女だ。エージェントとして幾つもの死線を潜り抜けてきたとはいえ、受験勉強を頑張り、美味しいご飯に笑みをこぼす、ただの少女なのだ。そんな少女が、護れるものを護りたいと武器を手にするならば。
「あなたと一緒なら、きっと大丈夫……。うちは、戦える……。だから、力を貸して、アーテル……」
『安心しろ。俺は共にいる。力を貸そう。生き残る為の力を』
絆を糧に、“二人分”の掌を黒の猟兵にかざす。頁より現れるのは、ノウの光とは対照的な真っ黒い闇。増殖する黒は瞬く間に猛獣の群れとなり、不可思議な護符の力によって物理的な脅威を纏い、眩い白へと食らいつく。
「私達も続くわよ、突撃ーっ!」
夜宵も変わり果てた海面を蹴り、光へ向かう。ノウの光を受けた陰陽玉の表面は焼け付き、煙が立ち上っていた。と、英斗が『待て夜宵』とライヴス内より声をかけた。
『俺がさっき言ったことを聞いてなかったのか? 無謀なことはするなよ?』
「なによ、これから生死を懸けた戦いに臨むってときに、他の女の話をするなんてさっ!」
『……俺の恩師は、男性だぞ?』
「……えっ!? だってピンクのおさげ髪だって……ええぇっ!?」
『記憶は曖昧だが……三十代の男性だ! それよりも攻撃するなら気を抜くな!』
「なによ標語みたいな五七五で言っちゃってぇ!」
『五八五だ!』
ぎゃいぎゃいと言い合いながらも夜宵は本気だ。ノウの眩しさに目を細めながらも、絆の力を流す飛盾を振りかぶる。
「くらえ! 六道金剛撃!!」
力一杯の殴打。殴った物理的な感触はないが、当たったという実感はある。奇妙な感覚だ。
「火力を惜しむな! 負傷の管理はこちらでどうとでもする!」
猛攻の最中、仲間達を力強く鼓舞するのはクレアの声と、彼女が治癒のライヴスを込めて放つピキュールダーツ。前回は砲を手にノウへ挑んだが、今回のクレアは回復を徹底する心算だ。
『今回“も”きつい仕事になりそうね』
ライヴスを癒しの力に変換しながら、リリアンがライヴス内で言う。全くだ、とクレアはそれに答えた。
なにせノウの攻撃はとんでもない物量作戦だ。手数の多い全体攻撃。防御や回避に自信のある者ならば兎角、そうでなければ瞬く間に瓦解しかねない。そして全員を一度に回復できる便利な技術もない。
「限られたリソースを一滴残らず効率的に徹底的に使い尽くす。……いつもと同じだ」
だからこそ、この戦場ではことさらにダメージコントロールが重要であるとクレアは理解していた。防御に重きを割けばノウの手数に削り殺される。防御を捨てれば瞬殺される。「最適解にダメージコントロールしつつ常に最大火力で攻撃」し続けなければ、勝てない。
勝機を、活路を、見据えもがき足掻き続けねばならない。
それは構築の魔女も同様だ。メルカバによる砲撃をしつつも弱点看破やライヴスゴーグルでノウを観察する。ゴーグル上に見える筈のライヴスは辺り一面に充満しており、まるで虫眼鏡で太陽を見ているようだと魔女は感じた。
「身を沈める清める信仰する……光そのものである。希望、勇気、平安、喜び、安心、救い…集めた『想い』をどう使うのでしょうね?」
洗礼の効果はノウにとって有利ではない。それが構築の魔女には不思議だったのだ。仲間が洗礼を使用する度に何か異変はないかと注視しているが、奇妙なことが起きる気配はない。
(もしかすると王との繋がりを逆算できる可能性も……?)
「知りたいか」
思考する構築の魔女のライヴスに直接、ノウの声という現象が響いた。
「どうやって、……いいえ。耳や目という概念がない貴方に聞くのも野暮ですか。……それで」
警戒しつつも、魔女は光に問うた。
「ああ。私は、俺は、ある世界では天の御遣いだった。人の願いを叶え、奇跡をもたらすモノだった」
「洗礼とは、その力の残滓――あるいは愚神と化した際に変質したものである、と?」
「そうだ。俺は人間を愛していた。眩く煌く想いを持つ人間を。他が為に自らを捨てられる人間を」
「……人の輝きを見たいが為に、人を襲いますか」
「もっと美しいものが見たい。もっと完璧なものを知りたい。完全を見てみたい。お前もそうではないのか?」
「――」
構築の魔女は黙したまま口角を吊った。揺らめく光源に照らされ陰影が移ろうかんばせは、正に“魔女”と呼べよう。
ひと刹那の沈黙だが、永遠めいて長かったように思う。ノウはこう締め括った。
「王の中にこそ安寧と平穏と永劫はある。完璧と真理と完全がある。最期まで足掻くといい。いずれ、全て、王に喰らわれるのだから」
そうして再び、強烈な光が風のように槍のように一同の間を無慈悲なまでに突き抜けていった。
だが先ほどよりも光の量が少ない。そのはずだ。ハルが展開していた心眼を閉ざすことに、かの愚神の能力リソースが割かれたのだから。心眼の射撃攻撃に対する完全優位性は魅力的ゆえ、それを打ち消されたことは――……“作戦通り”だ。持続スキルを被らないように使用し、少しでもノウの手数を削る為の策略である。
害意の光に血を流しながら、構築の魔女の銃口がブレることは決してない。
「過去の敗北者の挑戦を受けましょう。願いは、世界は、想いは、勝ち取るからこそ意味があるのです」
血によって頬に貼り付く髪を掻き上げ、魔女は光を見澄ました。
「……まぁ、記憶にないだけで私も敗北者かもしれませんけれどね」
言葉の終わりはメルカバの砲声に掻き消える。構築の魔女の呟きが聞こえたのは落児にだけだろう。
ハルは後衛陣を飛盾「陰陽玉」で庇い護りながら、ダメージコントロールに貢献する。ノウの攻撃は基本的に全方位攻撃な為、守るべき誓いによる惹き付けは効果を発揮しないが――防御力上昇という点においては十二分。
「今回はなんで南極なの? 騒がしくしたらペンギンさんたちが可哀想だよ」
そのタフネスさでノウの光を耐えきりながら、ハルは人形か小鳥のような様子で尋ねた。ノウという光は明滅も陰りもなくこう答える。
「じきに、その理由を理解するだろう」
「あ。ていうことは、やっぱりなにか理由があって、南極なんだ? ……おしえてはくれないんだね?」
ハルの問いに、ノウは笑みのような声の波を返すだけだった。
『立地が重要なのか、あるいは陽動か……』
朱殷がライヴス内で呟く。「そうかもね、どうだろうね」とハルは曖昧に返しつつ、続けてノウへ問うた。
「ねえ、人間に勝つのと、人間に負けるの、どっちが楽しいの? どっちを望んでいるの?」
「どちらもだ。『王』が為、この世界は献上する。なれど、俺は足掻く人間の輝きを眺めたい」
その物言いは決して優しさに由来するものではなく、人類の味方をする気も毛頭ない様子だった。尤も、今更言葉で愚神とどうこうできるなど。歩み寄った結果が悪辣な裏切りであると、【狂宴】で人類は痛いほどに思い知った。
人類は必殺の意志を以て、愚神という天災に挑む。
愚神は笑うように光を揺らめかせ、それを待ち受ける――。
●XX 03
自分の上がりすぎた息の音が聞こえる。
そこに加わる「パキン」という音は、葵が口に含んでいた賢者の欠片を噛み砕いた音。
(見た目はなんとなくカッコいいだろ?)
『使わないで済むのが一番カッコいいと思う』
相棒の声にウェルラスはライヴス内で素っ気なく返すも、運命共同体である以上は気にもかける。
きっと実際の時間にすればとても短い。なれど、極度の緊張感を強いられるこの戦いは、異様に長く思えた。
エージェント達はあの手この手で力も頭も振り絞って強大なる愚神に挑み続ける。
『それで、どうする?』
当然ながら葵もその一人だ。先程ウレタン噴射器をノウの足元(まあノウに足はないのだが)に噴射したが、反射領域を塞ぐことができたのかはイマイチ実感がない。戦闘前にハルが水で溶いた絵具を撒いた時のように、もし反射を防ぐことができるか試すのならばヘリから放水する勢いでの塗布が必要になるだろう。
ので、ウェルラスは「次はどうする、何か手立てはあるのか」という意味合いで葵に問うたのだ。
「そんなの、決まってるさ」
『作戦があるのか?』
「愚直に確実にぶん殴っていく」
『……まあ、結局攻撃しなければ倒せないのは事実だが』
そんなやりとりをしながらも、次手に備えてリンクコントロールによるリンクレート上昇を行う。
『くっそぅ……』
リリーはライヴス内で舌打つ。この反射媒体になっている海面。それを砕くことで、ノウの光の乱反射をどうにかできないか試行してみたが、駄目だ。面積が足りない。なにせ海は広い。だけでなく、ノウの光は入射角・反射角の法則を完全に逸脱している。鏡の様な海面が砕けていようがその反射は幻想的な法則を下に行われてしまう。
『でも、できることはなんだってやってやるんだから。いくよ、あいちゃん!』
「DeaTh!」
あいが指鉄砲の要領でノウに人差し指を突きつける。
『デスマークは剥がされるようになってる……けど!』
ノウが剥がせば手数を削げる、剥がさなければこちらのダメージに繋がる。どちらに転んでも意味があるのなら、
『やるだけ無駄じゃない!!』
「DeeeeeaTh!!」
撃ち出すのはデスマーク。
刻まれた死の証を、ノウは焼却せしめる。直後に戦場を満たす光は、強烈ではあるが光量が減っていた。
流石のエージェントといえど、トリブヌス級の全体攻撃の連打を受け続けては回復が追い付かずにあっという間に沈んでいただろう。
だからこそ一同は生存が為に知恵を振り絞った。効果持続スキルを仲間と連携して絶え間なく使い、ロゴスブレイカーを誘発させ、手数を一でも削る。
「良い足掻きだ」
ノウの声には歓喜が滲んでいる。
言い方を変えれば、手数を削いでも強烈な攻撃がずっと飛んでくることに変わりはない。天使があまねく施すように、エージェント達の命は削られてゆく。
思えばエージェント達の防御貫通攻撃を雨霰と浴び続け、それでもかの愚神は未だ存在しているのだ。まさに怪物。まさに化物。悪夢のように光は躍る。
「負けない……」
六花がいるのは仲間達の中でも最も後方、しかし愚神の光はそこまでも届く。痛む体を鼓舞して、六花はノウを睨み据えていた。ここからなら仲間達全員が見える。彼らはまだ誰一人として倒れていない。誰もが強き意志と絆を力に、大いなる災厄に挑んでいる。
「負けない……六花達を嗤う、お前なんかに……絶対絶対、負けるもんか……!」
皆の意志を、皆の絆を、皆の努力を、皆が積み重ねてきた今を、これ以上嗤わせない。六花の想いを表すように、ライヴスは力を増してゆく。
「寒さを厭わぬこと。雪を、愛でること。氷雪の力は、光にだって、負けない……!」
アルヴィナとの誓約を言葉で心で繰り返しながら、想いを冷たい槍に変えて六花はノウを攻撃する。迎えた苦境がどれほど厳しいものだとしても、投げだす訳にはいかないのだ。
仲間の想いに心を重ねるように、アンジェリカもまた疾風怒濤の勢いを以て斧をノウへと叩きつける。光そのものである愚神の眼前は目が眩む。目蓋を開けていられないほどだ。
「流石に凄い光だね。けど例え目を眩ませたって意味ないよ。この手が、足が、心臓が、全て止まらない限りボク達は決して諦めないんだから!」
命中適性としての意地がある。一発空振れば、それだけ攻撃という防御手段が失われることとなる。絶対に逃さないという意志を以て、乙女は烈火のごとく声を張り上げた。
大丈夫、きっと勝てる。
拒絶の風によって光を打ち消しつつ、黎夜は呼吸を整える。
(うちらの誓約は、男性恐怖症の克服の努力……恐怖の克服……。アーテルとの共鳴も怖かったけど……うちは進めてる……。話せるし、勇気を出して触れることもできる。まだ足りなくても、ちゃんと進めてる……!)
絆の力を高める為、黎夜は六花のように自らの誓約を脳内で繰り返す。大丈夫だ、と自らを鼓舞する。
『黎夜は俺の喋り方も大丈夫だと言った。なら大丈夫だ』
アーテルは相棒の想いを、言葉を、肯定する。重ねる想いは更なる力に。黒の猟兵で生み出す闇に純粋な願いを込め、少女は攻勢の手を休めない。二人であるということは、1+1ということではない。そのことをこの数年で――二人は深く知ったのだ。
人と英雄が交わした想いは様々である。
だが、いずれの絆に貴賤なし。
どの願いも、どの想いも、尊く気高く美しい。
だからこそ、護るべきなのだ。
護るという行為は、英斗の魂に焼き付いた概念である。
『守るべき誓いか。なぜだか気分が高揚するな!』
「なんか水を得た魚のようなライヴスを英斗から感じるわよ」
防御の為のライヴスを活性化させつつ、夜宵は英斗と共にノウを見据える。最初から全力ではあるが、今こそ踏ん張り時だ。
さてと。なれど。護ってばかりでは相手を倒せないこともまた英斗も夜宵も熟知している。攻撃の為に二人は絆を意識する。
『ところで……能力者と英雄がどうなったらレート上がるんだっけか』
「知らないわよ! とにかく上げて、ノウに洗礼ぶちかますのよ! ほら、私との絆を感じて感じて!」
『さっきえらいヤキモチ焼いてましたよね?』
「……何か言った?」
『……いえ何も』
二人のリンクが深まった。それはもうシッカリと。バッチリと。
若人の甘酸っぱい青春。後方より見守る構築の魔女は、この死地の中の清涼剤にふっと心が和らいだ。
「欠けて帰る訳にはいきませんしね」
自他共に、だ。ゆえに、魔女の靴が白き海を蹴るように踏む。光の御前、清浄な地を魔女が踏むなど、見ようによっては冒涜であろうか。尤も構築の魔女にも落児にも知ったことではなかった。
彼女は立ち位置を一か所に留めない。戦況を流動させ、少しでもノウの狙いを逸らせる・照準にリソースを割かせる為だ。超重砲を手に、攻撃を浴びながらも機動し続ける構築の魔女であるが、そのかんばせの色は涼しい。冷ややかで残酷なほどに。
「光を自在に操れるのだとしても。処理能力の限界まで負担をかけて差し上げましょう」
避けられないのなら受け止めるのみ、なれどそれ以外にも手段はある。牽制の射撃でも光が止まらぬと言うのならば、常に物理的にも戦略的にも先手を意識して撃ち続けるのみである。
メルカバの咆哮めいた砲声。幸いなことに大砲発射の際のように耳を塞ぐ必要はない。手が空くというのは良いことだ――クレアもまた駆け続け、徹底的に仲間の治療をし続ける。彼女の立ち位置に前衛後衛という境はない。
「――」
先ほどからクレアの脳の稼働率は百パーセントを超えていた。その献身あって、まだ誰一人とて倒れていない。各人が防御や回避、手数削り、自己回復手段と戦線維持に努めていることも大きい。
だけども、削られ続けている。誰もかれもが負傷している。
(早く、終わらせなきゃ!)
ボロボロの腕で、リリアはノウへ踏み込む。剣に流し込むのは一際強いライヴスだ。防御の為の力すらも削って、もっと強く――もっと強く、もっと鋭く!
「喰らえっ、必殺ッ!」
振り被り、叩き付けるのはオーガドライブ。鬼神の一撃が必殺の決意を以て光を抉る。
愚神から血は出ず、傷も見えず、悲鳴もなく。攻撃は当たっているのだが、相手を削っていることが見えてこない。しかし、
「良い攻撃だ。……まだ誰も倒れていないとはな」
ノウはリリアを、そしてエージェント達を称賛する。
そして。
「そろそろ“絞る”か」
愚神はそう告げた。
なんのことかと、一同が警戒をした刹那。
災禍は起きた。それは、光を反射を前線の者達に絞った攻撃。これまでの攻撃が多角的な面状攻撃であれば、それは狙いを絞った線状攻撃。猛烈な光の柱が、ノウの光に足を踏み入れていた者達を包んだ。
「っあ、……!」
『リリア!』
全身を光に焼かれ、あるいは細い光に斬られ貫かれ。リリアの意識がグラリと揺れる。翼の声がライヴス内に響く。重い傷と激痛。途切れそうに混濁する意識の中、リリアの脳裏に最愛のひとの笑顔が過ぎって。
「う ぅ ああぁああああッッ!!」
そこからはほとんどが無意識の行動だった。倒れる直前に踏み止まったリリアは、続く攻撃からすぐ近くにいたあいを護る。身を呈して。体に無理を言わせて。自らを犠牲にして。……こんなことをして、きっと“彼(あのひと)”は、自分を叱るんだろうなぁ……と思いながら。
(ごめんね、 )
そこでリリアの意識は途切れる。
●XX04
『 い ――ちゃん …… あいちゃんッ!』
リリーの声で、あいはハッと我に返った。中途半端に伸ばされた手は……そうだ、倒れゆくリリアを受け止めようとして。
「う、う?」
手の中は空っぽだ。あいは咄嗟に周囲を見渡した。リリアについてはクレアが真っ先に受け止め、守りながら後方まで運んだ。命に別状はないが、意識はない。特に背中の傷が酷く、可憐な乙女の服は血糊でべったりと染まっていた。追撃を受ければ容易く死に至るだろう。ゆえに今はハルがリリアを負ぶい、万が一の追撃からリリアの命を護っている。
「ころしにきたね?」
リリアを守りつつ、ハルはエネルギーバーで回復する。ノウの攻撃は面から縫うような線に代わった。全体攻撃でなくなったことで全員に無秩序に被害が及ぶことはなくなり、軌道が見えるだけに面状攻撃よりかわしやすくなった……と、理論上はそう呼べるだろう。悪夢めいた破壊が横行し続けている現状はさっきから変わらない。
『ああ。……追い詰めてきていると見ていいだろう』
朱殷が答える。頷くハルは、真顔で続けた。
「そのまえに、あたしたちが死なないようにしないとね」
『笑えないな』
「うん、だからがんばろ」
正念場だ。ハルも防御の傍ら、絆を燃やして攻勢に参加する。
その間にも、クレアは仲間を治療し続けた。倒れさせまいという意志の元に。だが時に人の想いは想定を跳び越える。
(あんな無理をするなど、)
クレアの心には「無理をさせてしまった」という思いがあった。
『……』
リリアンは言葉を飲み込む。この戦場で一番無理をしているのはクレアだ。治療手段は全て他が為に使い、自らの負傷は完全に後回しであった。いかにクレアがタフネスであろうと、砂時計の砂が少しずつ零れ落ちるように、その体には至る所に傷があった。
それでもクレアは治療を止めることはない。愚神の細い光に貫かれた葵の脇腹に、きつく包帯を巻き付ける。正しくは衣服を切り裂きスキットル内のウイスキーをかけた簡易包帯だ。
「きつっ……」
「我慢しろ、麻酔はない」
コルセットのように腹を固定された葵の言葉に、クレアは大真面目な顔をして答える。分かってるよ、ちょっとした冗談さ――葵はそんな表情を浮かべ、戦闘に戻る。クレアへ敬意を向けているからこそ、彼女の傷だらけの体について一切の言及をしなかった。
ふ、とクレアは呼吸を整える。
『使えるものは全て使うわ。最後まで、どんな手段を使っても、必ず生きて帰すの』
「当たり前だ、そのためにここにいる」
治療の為の術も道具も尽きた。それでもまだできることがある。攻撃という防御だ。常勝をもたらすという太刀、一期一振吉光をその手に、クレアは直後にはノウ目がけての吶喊を開始した――。
突き詰められた破壊の光は、夜宵が展開した心眼を砕き、盾の防御を縫うようにかいくぐり、乙女の肩口に甚大な傷を刻み付ける。
「あうっ!」
『夜宵! ……大丈夫だな?』
「もっちろん!」
夜宵は痛みに顔を歪ませつつも、英斗の声に力強く応えた。
「心眼みたいな“厄介な”技にしか、ノウが反応しなくなった……」
『それだけ向こうも余裕がなくなってきてるんだろう。詰め切るぞ!』
「そうね。絶対に生きて帰るんだから。私が死ぬ時は、おばあちゃんになって孫に囲まれて布団の中で大往生って決めてるの!」
『孫ができるといいな』
「それどういう意味!!!」
噛みつくように返しながらも、この戦況において諦めない意志は本物だ。
「“捧げよ”……? 誰に? うちが今捧げられるものは、全部うちの英雄に渡すものしか残ってないよ……」
賢者の欠片で傷をいくばくか治した黎夜は、中空に手を掲げる。今にも倒れそうな体で、それでもしっかと立って、自らの意志を示す。
「うちらは、帰るんだ……。お前を討ち落として、あの子が待ってる家に、帰る」
負けられない。倒れる訳にはいかない。待っている者がいる。待っている日常がある。待っている未来がある。大切な人がいるからこそ、その人に喪失の悲しみを与えたくはなかった。「自分なんか居なくなってもいい」を否定できることは、それだけで高貴なほどの強さである。
(やりたいことが、まだ、いっぱいある)
それは美味しいものを食べたいとか、勉強頑張らなきゃとか、友達と遊びに行きたいとか、英雄達とのんびりしたいとか。ささやかな日常が黎夜に与えてくれる強さを――少女は、掌の中に稲妻という形で顕現する。爆ぜる電光は漆黒。うねる龍のような黒は槍となる。
「木陰黎夜。アーテル・ウェスペル・ノクスと共に、お前を討ち落とす……!」
力の限り、投げ放つ
漆黒の闇は轟雷を奏で、純白の光を貫き穿つ。
そこに重ねるようにぶち当たるのは、構築の魔女による砲撃。それは洗礼の効果を受け、絆という力で編まれた破壊。
「普段は意識しませんが、いつもと変わりませんね」
ブレイブナイトでない者が、リンクレートを意識することはそうそうあるまい。強いて言えばリンクバースド時ぐらいか。貴重な体験だ、と構築の魔女は興味深そうに言う。
愚神、人間、互いに勢いを増す攻撃。
ノウは歓喜の内にあった。
傷だらけになっても、絶望的な状況でも、人間は想いの力で理屈を超えて立ち上がる。彼らの前向く眼差しの、なんと強いこと。なんと美しいこと。
「やはり愚神商人の言っていたことは本当だった。お前達は絆を深めるほどに、その身のライヴスを増してゆく」
殺すつもりで攻撃しながら、殺すつもりの攻撃を受けながら、光は言う。愚神商人――その言葉に強く反応したのは、葵だけではあるまい。
「だからこそ、ここまで耐えたのだろう、この世界は。これまでの世界では……ここまでくる前に早々に滅ぼされ、王に喰らわれていたのだから。
……英雄……お前達はバグなのだろうか。それとも意図的なものなのだろうか。王は英雄を望んで作り出したのだろうか――」
「知るかよ」
突き付けるように答えたのは、葵だ。ウェルラスが言葉を続ける。
『驕るな。オレもお前等もしょせんは、この世界にとって余所者だ。この世界を生かすのも殺すのも』
「それは俺等の仕事で、少なくともアンタらの仕事じゃねぇんだ。ヒトの仕事を奪ってくれるなよ? バンビーノ」
言葉の終わりに、ピースメイカーと名付けられた銃器から弾丸を、返事代わりに撃ち出した。
ノウは笑った――ように思える。
そして幾度目か、その光がいっそう瞬いた。
そこに。
ゼロ距離で掌をかざしたのは、クレアだ。
凄まじい光量におよそ前も見えない。それでも、前へと掌を向けていた。
『いかに反射しようとも、全ての攻撃の起点は貴方』
「我々は死の恐れを知る。だが故に、決して、命を懸けねばならない勇気を忘れない」
刹那、膨大な光が――……
……――ノウ自身に襲いかかる。
決死のライヴスミラーだ。ノウが皆に降り注がせんとした光は、愚神自身に跳ね返る。
「大したものだ。やはり、お前の輝きは一際美しい」
痛打を浴びたノウは、クレアを高く評価した。その高潔な意志、鋼の覚悟を、生き様を、輝きを。
だからこそ、死に立ち向かう意志を尊ぶからこそ。
殺しにかかる。
二度目の災厄は、全てをクレア一人に絞られていた。
傷だらけの体の真ん中を、光が貫く。
「っ、 ――」
ごぶ、と血がせり上がる。クレアは衛生兵だからこそ、自分の負傷度合いが――胸に風穴が空くことが――どれほど致命的なものかを瞬時に解した。
それでも踏み止まった。最早超人の域だった。いや、体はとうに限界を超えている。だから踏み止まれたのは一瞬だけ。その一瞬で、十二分だった。
「構うな!! 攻撃し続けろッ!!!」
傷付き切った臓腑ではありえぬ声量を振り絞り。
仲間達を守り続け、戦線を支え続けた衛生兵は……遂に倒れ伏す。
――まただ。
仲間が目の前で倒れてゆく度に、リリーはあいの中の攻撃衝動が高まることを感じていた。
それでもあいは純真無垢なまでの表情で、声音で。
「うぅーー……あああああああああああああああッッ!!!」
魔女服のような見かけをした神経接合スーツ『EL』のAIリミッターを解除する。【超過駆動】モード起動。暴力的なまでのライヴスが充填されたラゾールドハルバードの刃が震え、音叉のような――怨嗟のような不協和音を奏でている。
「今度こそ、その首……いただくDeeeeeeath!!
あいが横薙ぎに叩きつける超過攻撃は暴走に等しい。言葉にはできないほどの感情が、そこに込められていた。
渦巻き続ける出口のない感情。それは六花も同じ。
「魔女さんたちが、前の戦いで集めてくれた情報……ムダにはしない、から」
構築の魔女だけでない。リリア、クレア、そして仲間達が繋いできた今という状況。想いの結果に、報いてみせる。六花は自らの体に多大な負荷をかけながら、高速で術式を展開する。その手の中に現れるのは魔血晶。彼女自身の血液から精錬された、冷たく澄んだ血色の氷華。それを、少女の白い掌が握り潰す。指の隙間からドロリと流れ出したのは、零よりも冷たい血の氷河。
「ヘイシズは……元々は異世界の住人で、『王』に愚神に変えられた……って言ってた。もしかしたら……雪娘も」
流れる血は中空で渦巻き、凍て付き、鮮血の槍へと形作られてゆく。
「六花は、雪娘を愚神に変えた『王』を殺して……ママとパパと、あの人と雪娘の……カタキを討つの。愚神は、ぜんぶ殺して……誰も悲しまずに済む世界を、六花は……創るの」
ゆえに全てを、想いを絆を思い出を、愚神を殺す力に変えて。この血は涙だ。悲しみの。苦しみの。痛みの。絶望の。決意の。希望の。六花の。
「だから、貴方は……ここで殺す」
冷たく告げる。凍てつきながら迸る血の奔流は、愚神を滅する覚悟の証。愚かなる神を串刺す為の、悲願の槍。
『お前は文字通り光の塊だ。だが闇のない者などいない。その光はお前の醜い闇を隠す為のモノなのか? だとしたら暴いてみたい物だな。お前の闇を』
マルコが告げる。アンジェリカは満身創痍だった。それでも自己治療やクレアの献身によって、まだ立っていられる。かなり前に額を切ったが、クレアが救急バックより取り出したテープで応急処置的に傷を塞いでくれたおかげで、血が目に入ることもない。
「私に闇があるのだとしたら――」
ノウの声にはノイズが混じり始めていた。
「それは王そのものなのだろう。あれは闇というよりも、混沌そのもの であるが」
「だったら。お前も、王とやらも! ボクらがぶっとばしてやる!!」
アンジェリカは悪鬼の大斧に爆発的なライヴスを込めた。この刃がまとう黒は、死者の怨念を表しているのだという。愚神に、ノウに、これまで奪われてきた罪なき命に、アンジェリカは想いを馳せる。
「この刃にお前が奪った全ての命の怒りを込めて。ノウ・デイブレイク! その光を打ち砕く!」
自身と、英雄との、全ての力。光に焼かれ貫かれようとも、決死の意志は最早止まらない。
大上段に構え、断頭台の如く、振り下ろすのは鬼神の一撃。
刹那、血飛沫のように光が噴き出した。刃が弾かれそうになる。
「これで!」
ならばとアンジェリカはスカートを翻して、柄に足をかけて。
「終わりだぁッ!」
踏みつけるように。蹴り飛ばすように。
――押し切る。
「あたしたちはもっと強くなっていくけど、あなたはここで終わり。最後まで見届けられなくて、残念だね。ばいばい」
四方八方に、満ちていく光。ハルはそれに目を細めつつ、愚神の最期に手を振った。
ノウという光が解けるように消えてゆく。
それは満足そうに、やはり、笑っていたのだ。
「全て、満ちた。世界は――混沌へ」
聖なるかな。
●終極へ
ノウという光が消えれば、白く固まった海に揺らめいていた白い炎もまた消えた。
光源を失った南極の海は暗く夜の闇に染まり、静寂に包まれる。足元の海も、少しずつ元の海水に戻り始めていた。
終わった。
終わったのだ、ノウとの戦いが。だがこの戦いが始まりであることを、六花は感じ取っていた。
「――……、」
共鳴姿のまま、南極の冷たい風にオーロラのような髪をなびかせながら。六花はただ、世界動乱の予感に海原を眺めていた。
それは構築の魔女も同様だ。迫りくる異変。激動の目前。今は言葉を噤み、夜闇の水平線を見澄ますのみ。
「つ か れ たぁ~~……」
一方で、アンジェリカは共鳴を解除するやヘナヘナとその場に座り込み――かけたところで、
「良く頑張ったな。お疲れさん」
マルコにひょいっと抱えられる。お姫様抱っこ。これお姫様抱っこの姿勢じゃないか。「ちょっと、」と少女が抗議の身動ぎをするのは当たり前だが恥ずかしいからだ。けれど疲れ切った体でこれ以上体力を消耗するのも馬鹿らしく、溜息と共に身を預けることにする。
「……これで被害者の魂はうかばれたかな?」
呟く吐息は白かった。
「って寒! そういやここ南極だった!」
意識すれば途端に寒い。アンジェリカは相棒にしがみつく。
重体になったリリアとクレアはすぐさまH.O.P.E.の医療チームへ運ばれていった。葵はそれを見送り――アンジェリカの「寒っ」という声で、同じくここが極寒の地であることを思い出す。ずず、と鼻をすすりつつ、葵はベルトに装着していたカメラを確認した。壊れていない。よかったよかった。映像データを無事にH.O.P.E.へ提出できそうだ。
「……ところで」
英斗は共鳴を解除した相棒を呼ぶ。
「やっぱりさっきのってヤキモチ」
「海水浴したい気持ちなの? 九月だし」
「九月でも南極の海は死ぬ……なんでもないです……帰りましょう……」
暗に海に突き落とすぞと脅されては、英斗は肩を竦める。
そう、終わったからには、今は撤収だ。後始末は別の部隊がやってくれることだろう。
「うーんさむい。カゼ引く前に撤収しよっか」
言いながらもハルは既に歩き始めていた。「ケガの治療もしたいし」と独り言つように言えば、朱殷が同意のようにライヴス内で頷いた。
「あいちゃん」
リリーは共鳴を解除し、相棒に手を差し伸ばした。今は、とりあえず、色んな想いは飲み込んで。
「……帰ろっか」
「デス!」
きゅ、と。あいの指が、リリーの手を握る。
そう、今は、この事件は、終わったのだ。
この先が、破滅的な終末だとしても――今はまだ、帰るべき場所がある。
「うちらも帰ろう。寒いし……」
共鳴を解除した黎夜は、寒さに赤い鼻をこすった。アーテルは彼女に上着をかけてやりつつ、「ああ」と穏やかに頷きを返すのであった。
そして、その時はまだ、彼等は何も知らない。
自らの絆が世界を冒していたことを。
二度目の世界蝕が起きることを。
終末が始まったことを。
同時に、まだ誰も何も分からない。
――来たる【終極】に対し、彼等がどのように立ち向かい、どのような結末を迎えるのかも。
『了』