本部

アメイジングなお仕事を

影絵 企我

形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/09/05 17:50

掲示板

オープニング

●唐突なライブ計画
 H.O.P.E.芸能課、ダンスルーム。栄養ゼリーを飲み込みながら、赤髪の少女はプロデューサーに向かって首を傾げた。
「三日後にニューヨークでライブ……? プロデューサー、ライブは当分先だって言ってなかった?」
「ああ……芸能課の活動としてのライブはまだ先だよ。これはエージェントとしての仕事さ」
 プロデューサー、真江行弘の言葉に、赤髪の少女と青髪の少女は揃って顔を見合わせた。
『要するに、また例の仕事ですか?』
「ああ、少しにわか仕込みになるが、三日の間に新しい歌を覚えてもらうよ。格式高いホテルだから、それに見合った歌を歌えるようになっておかないとね」
「りょーかい。任せといてよ、プロデューサー」
 ダンスルームの隅で帳簿と睨めっこしていた白狼の英雄は、ちらりと首をもたげる。
『例の仕事?』
「ああ。ヴォルクは初めてか。ヴィランを検挙するミッションが入った時、近くでライブを開催して人を集めるんだよ。人がそっちに気を取られてる間に、他のエージェントが対応に当たるんだ」
『そんな事をするよりも、避難をさせた方がいいのではないのか?』
「安全を考えたら当にその通りなんだけどね、そうすると肝心のヴィランにも、俺達が計画に気が付いている事が伝わってしまうだろう? それで逃げられたら意味がない」
『成程。ならば仕事は迅速に行わなければならないな。秩序を守るは白狼騎士の使命だ』
 ヴォルクは帳簿を閉じると、静かに立ち上がった。

●ブリーフィング
「今回の任務は、マガツヒの活動に便乗したヴィラン集団のテロ行為を未然に阻止する事です」
 オペレーターの会話に合わせ、スクリーンにホテルの3D構造図とテログループの顔写真が映し出される。
「事前の調査によれば、今回活動しているヴィランの人数は5人。顔写真などの情報は後ほど皆さんの端末に送信させて頂きます。変装している可能性はありますが、いずれもリンカーです。見つけるのはそれほど難しくないでしょう」
 顔写真は消え、ビルのワイヤーフレームにカメラはアップする。ビルの柱付近に、幾つもの紅い印が輝いた。
「彼等の犯行の手口は二つ。一つはビル内への爆弾の設置。もう一つはそれを脅迫材料にしつつ、ホテルを占拠して方々に身代金を要求する事。爆発によりビルが倒壊しても、リンカーならば無傷で済みますからね」
 スクリーンの映像はさらに移り変わり、ホテル内部を映す。ステージと、それを前にする人々が居た。
「よって、今回のミッションにおいて皆さんに要求される事も二つです。一つは、ヴィラン集団の確保。本日は芸能課からリンカーを派遣し、ライブを開催する事になっています。これを狙ってくる可能性は十分にあるので、待ち伏せしておくのも一つの手でしょう。もう一つは、彼らが設置した爆弾の解除。これについては、シャドウルーカーの罠師の能力の使用が推奨されます。使用できない場合は、設置前の確保を目指してもよいかと思われます」
 スクリーンは、ニューヨークの夜景を映し始める。部屋の隅に立って腕組みをしていた金髪の男が、ふとエージェント達に歩み寄った。
「……可能ならの話だが、ホテル内の一般客には事件を悟らせないようにしてほしい。ニューヨークはエンターテインメントの街。全てが夢の中の出来事であったかのようにやりとげる。それこそがブロードウェイに相応しい仕事だ」
 青い眼が、暗い部屋の中できらりと光る。ニューヨーク支部の長にして、ジャスティン会長と共に黎明期のH.O.P.E.を支えてきた男、エルヴィス・ランスローだ。
「だが、いざという時には私も出よう。市民の安全は我々ニューヨーク支部の人間が確保する。だから君達は安心してヴィランの確保へ臨んでほしい」

●神の恵みよ
「Amazing grace! how sweet the sound……」
 ホテルのパーティ会場。蒼いドレスに身を包んだ女が透き通る歌声を披露する。正体不明の歌姫の前に集まったホテルの宿泊客は、すっかりその歌声に聞き惚れていた。
[任務開始だ。平和を乱そうとするヴィランを逃してはいけない]
 通信機にエルヴィスからの通信が入る。君達は動き出す。その中には、サングラスで目元を隠した真江達の姿もあった。彼もまた、彼女の歌声にじっと耳を傾けていた。
『素晴らしき恩寵か。よい選曲だ』
「君ならそう言うと思ったんだ。……さあ、俺達も準備するよ」

解説

メイン ヴィランズのテロ攻撃を未然に防げ
サブ ホテル内のパニックレベルを上げずにクリア

ENEMY
☆ヴィラン「クラッシャーズ」×5
 最近巷を騒がせていたヴィランズ。ここで一網打尽だ。
・ステータス
 クラス不明、レベル30/15相当。ただし、プレイング次第では一瞬で押さえ込める。
・スキル
 初期スキルからランダムに使用
・所持品
 C4爆弾×1、サブマシンガン×2

FIELD
☆ホテル
・ラグジュアリーホテル。少々格式の高い人々が集まっている。
・全20階。20階はパーティ会場になっており、現在デュアルハーツがライブを行っている。
・爆弾は一階や地下に仕掛けられる。ヴィランは従業員や作業員に扮している。
・ヴィランは爆弾を仕掛けてから20階のパーティ会場へと階段やエレベーターで向かう。この間およそ20分。
・ライブの影響で、一般客の人影は全体的に少ない。

TIPS
☆パニックレベル
0:何もなし。ここで決めきればスマート。
1~3:一部の客が異変に気付く。まだ慌てる時じゃない。
4~6:騒ぎが全体に伝わる。ライブはこの時点で中断。ヴィランの行動が早まる。
7~9:パニックにより人々が逃走開始。大混乱に陥る。早く鎮めなければ。
10:無秩序な逃走行動により死傷者が出ている。進行状況によっては任務失敗の可能性も。

☆パニックレベル上昇の行動
・発砲音などを聞かれる(1)
・エージェントだとバレる(1)
・取り押さえなどの一方的な攻撃を一般人に見られる(2)
・ヴィランズとの戦闘を見られる(4)
・ヴィランズが20階で発砲する(7)
・その他状況によって(?)

☆パニックレベル下降の行動(0以下にはならない)
・パニック状態にある一般人を説得する(-1)
・ライブが一定時間続行される(-1)
・爆弾を全て解除したことを伝える(-3)
・ヴィラン全員の確保を伝える(-3)
・エルヴィス・ランスローが出撃する(-3)
・その他状況により(ー?)

リプレイ

●ミッションスタート
 袖の先から刺青が覗く、厳ついホテルマンが廊下を闊歩する。その威容に気圧され、隣を歩く細身のホテルマンは何度も彼の横顔を窺っていた。
「ここです」
 厳ついホテルマン――バルタサール・デル・レイ(aa4199)は警備室に通される。中では数人の警備員が防犯カメラの画像に目を配っていた。バルタサールはそんな彼らに歩み寄り、傍の席に腰を下ろす。
「今から俺も監視に加わる。いいな?」
「え、ええ。宜しくお願いします」
 彼は小脇に抱えていたタブレットをテーブルの上に置くと、さっさと操作を始める。彼が確かめているのは従業員や出入りする業者のリスト。
『(爆弾テロなんて、大それた事を考えるね。その為の手段が変装して潜入っていうのは、ちょっとお粗末な気もするけど)』
 今日も紫苑(aa4199hero001)は現実という舞台の観客に徹している。バルタサールもまた、そんな彼には構わず任務へと臨むのだった。

[通用口だ。名簿に無いヤツが一名、台車を押して歩いている]

「了解。今俺も見つけたところだ」
 彩咲 姫乃(aa0941)は紺色のドレスにカクテルハットを被り、従業員の行き交う通用口近くを歩いていた。その視線の先には、バルタサールの見つけた怪しい作業員の姿が。ロビーの客に怪しまれないよう、むしろ堂々と背筋を伸ばして姫乃は歩く。太陽と月と星が、シャンデリアの光を浴びて煌いた。朱璃(aa0941hero002)は姫乃の内側から囁いた。
『(この先は確か電気室だったような気がしますニャ)』
「(予備電源に爆弾を仕掛けるつもりか? ……そんな事させるかよ)」
 姫乃はドレスの背を探る。襞の内側に潜めた拳銃の存在を確かめた。周りに客がいない事を確かめると、近くの従業員にさりげなくH.O.P.E.の登録証を見せて管理区画に足を踏み入れた。
 壁にぴったりと身を寄せ、ほんの僅かに身を乗り出して暫定犯人の様子を窺う。彼は従業員に紛れ、平然と電気室へと入っていく。姫乃は周囲に登録証を突き出しながら電気室へと滑り込んだ。猫のようにしなやかに、足音も立てず姫乃は部屋の隅に立って作業員の観察を始めた。
『(おーおー。派手にブツを仕掛けますニャァ)』
 作業員は工具箱から小さな爆弾らしき物体を取り出すと、予備の発電機に何かで取り付けている。姫乃は静かに拳銃へ手を伸ばした。
 確定犯人は胸元へと手を伸ばす。連絡を取ろうとしている? 姫乃は耳を澄ませた。
「……ああ、設置が終わった。今から向かう。……大丈夫だ。誰も気づいてない」
 通信を終え、男は一息ついた。その瞬間を姫乃は見逃さない。
「おい」
 その声に反応した犯人は、咄嗟に顔を上げる。その眉間に、くぐもった音と共にライヴスの銃弾が叩き込まれた。一撃で犯人は昏倒する。共鳴が解け、英雄と幻想蝶がその場に転がった。姫乃は幻想蝶を拾い上げると、そのまま発電機に仕掛けられた爆弾へと向かう。
「こんなもん仕掛けやがって……」
 ライヴスを流し込んで配線を把握し、素早く信管を解除する。シャドウルーカーの本領が発揮される瞬間だ。

[よし、とりあえずこっちは爆弾も解除したぜ]

「ご苦労」
 姫乃から連絡を受け取ったバルタサールは、手元のメモにチェックマークを一つ付け、再び監視カメラの映像に目を向けた。地下駐車場にはいかにも高そうな車が何台も止まっている。その車列に紛れて歩く、いかにも見回りをしている風の警備員。バルタサールはそのサングラスを歪に輝かせた。

[地下駐車場。シフトでもないのに見回りをしている“真面目な”警備員がいるぞ]

「委細承知。今から向かう」
 迷彩マントを纏って暗闇に潜んだ獅堂 一刀斎(aa5698)は、ライトを照らして駐車場を歩き回る警備員を見張る。
「(限られた爆弾で効果的にビルを破壊するならば……やはり根元から、か)」
『(どんな物にもカナメがあります。それが破壊されれば、どんな作品も形無しです)』
 比佐理(aa5698hero001)は物思いに耽るように呟く。一刀斎は頷いた。任務へ移る前、ホテルの全貌を目に映していた。間取りから正面の装飾まで、あらゆる計算を尽くして建てられたこのホテルは、芸術品としての側面を持っている。職人の端くれとして、一刀斎はその破壊を認めなかった。比佐理がそれを認めたがらないから、が一番の理由だったが。
『(これが崩れれば、どれほどの人に被害が出るかわかりません)』
「(ああ。そうはさせん)」
 比佐理が悲しまないように。闇に紛れ、物陰から警備員の姿を目に留める。彼は周囲をちらちらと見渡すと、ウエストポーチから何かを取り出した。一刀斎はそっと携帯を取り出し、姫乃が送ってきた爆弾の画像を映す。今警備員らしき者が持っているのも同じものだ。
「ならば……」
 一刀斎は右手の爪を曲げ伸ばし、身を低くして全身のバネを溜める。犯人が爆弾の設置を終えた瞬間、彼はバネを解き放って飛び出した。高級車の影を縫ってコンクリートの駐車場を駆け抜け、左手からピアノ線ほども細いワイヤーを飛ばす。ワイヤーはしなって男に絡みつき、一刀斎の動きに合わせて一気に引き寄せられる。
 そのまま一刀斎は右手を振り抜いた。彼の右手の爪に結ばれていた糸が、鋭く男の首元を切り裂き、一撃で意識を刈り取ってしまう。
「……他愛もない、な」
 一刀斎は男を縛り上げて幻想蝶を取り上げると、爆弾の目の前に屈みこむ。ライヴスを流せば、その性質は容易に知れた。
「爆弾というのはやはり……どれも醜いものだな。作った者の悪意しか感じぬ。斯様な細工を弄する手先があれば人を殺める凶器以外にも……もっと何か他の物も作れるだろうに」
 呟きながらさっさと爆弾を解除した彼は、仲間に連絡を送る。

[爆弾一つを解除した。……ついでに犯人も一人確保している]

『上出来だねえ。これは僕達が出るまでもないかな?』
「それならそれで構わん」
 再びメモにチェックマークを付けたバルタサールは、今度は二階のレストランへと眼を向ける。清掃員の格好をした女が、荷台を押しつつトイレの中へと入っていく。バルタサールは腕時計をちらりと見て、さらにメモにも目を通す。
「……詰めの甘い奴らだ」
 独り言ちると、再び無線機を手に取る。客の眼は誤魔化せても、裏社会に生きていた人間の目までは誤魔化せない。

[二階、レストラン前のトイレへ向かえ。清掃時間でもないのに掃除を始めようとしたせっかちな奴がいるぞ]

「……ん。ビルの爆破なんて……絶対に、させない。行こう、アルヴィナ」
『(ええ。少し、お仕置きが必要みたいね)』
 バルタサールの通信を聞き、氷鏡 六花(aa4969)は動き出す。今彼女が纏っているのは、足元までしっかり隠れる、海の色のワンピース。丸い眼を見張りながら、六花は豪奢な装飾の中を歩く。その姿は、初めて海外のホテルにやってきた御嬢様にしか見えない。
 だが、六花はあの“少女”の姿や振る舞いを思い出しながら演技しているだけだった。人影の狭間で、六花はただライヴスの痕跡を追い続けていたのだ。
『(連絡の通り、トイレの中までライヴスの痕跡が続いてるわね)』
 アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)も静かにライヴスを研ぎ澄ませる。六花はトイレに足を踏み入れると、そっと清掃員の様子を窺う。個室から出てきた清掃員は、何食わぬ顔でその場を立ち去る。六花はその背中を見送り、素早く個室を覗き込んだ。トイレの便器の影に、爆弾が仕掛けられている。
『(丁度この近くに柱があるみたいね)』
「(だからここに……)」
 無線機を手に取りつつ、六花は清掃員の後を追いかける。
「(二階の女子トイレで爆弾を見つけたよ。解除に向かって)」
 掃除用具を押しつつ、清掃員に扮した女はエレベーターに乗ろうとする。六花は周囲を見渡してから軽く足を速めて滑り込んだ。
「……ん。すみません。急いでて……」
 マスクや帽子で顔を隠した女は、ひっそりと頷く。六花はエレベーターの隅に背を押し付けると、こっそりと絶零断章を取り出す。マナチェイサーの力で女が共鳴済みのリンカーな事はお見通しだ。遠慮はいらない。
「ビルの爆破なんて……させない」
 女が異変に気付いた時には遅かった。エレベーターの空間は一瞬にして激しい冷気に包まれる。
「何が――」
 所詮駆け出しレベルの力しかない。女は一瞬で生命力を削り取られ、その場に倒れた。同時にエレベーターの扉が開き、一人の客の前にそんな光景が晒される。
『(あら)』
「ん……すみません。この人、具合が悪くなってしまったみたいで……」
「は、はぁ」
 客は訝しげな顔をしていたが、六花は何とかその場を取り繕うのだった。

[……ん。すみません。何とか、犯人は確保できました]

『あと二人。ここからはもう少し気を引き締めないとねえ?』
「知らん。それは実地で頑張る奴らの働き次第だ」
 バルタサールは煙草を吸いながら、相変わらず防犯カメラに目を配り続けていた。初動を押さえ切ったが、そろそろ活きている面子が異変に気付く頃だ。バルタサールは名簿を手に取り、再び通信機に手をかける。

[七階だ。角部屋に向かって荷物を運ぼうとしている奴がいる。そいつの顔は名簿に無いな]

「了解しましたわ。こちらでも現場で確認してみますわね。……ヴィランの方々も、大それたことを考えますわね」
 スレンダーな容姿を強調する青いドレスに身を包み、九重院 麗羽(aa5664)は悠然と階段を下りる。烏丸(aa5664hero001)はそんな彼女を揶揄うように言う。
『でも、対応を誤れば大惨事よ?』
「あら? わたくしがミスなどするとでもお思いでしたら、それこそ余計な心配ですわ」
『それなら麗羽の手腕のお手並み拝見とさせてもらおうかしらね』
「ええ、見ていればいいのです」
『多少アドバイスするとしたら、抵抗の意思を見せたなら躊躇いなく対処する事かしらね』
「結局助言はしてくださるのね。ありがとう」
 皮肉屋系御嬢様とクール系賞金稼ぎの、カサついたやり取り。とはいえ“互いに利益をもたらす”為にやるだけの事はやる。階段を下りた彼女は、慎重に周囲を見渡し、荷物を運んでいるホテルマンに目を付けた。
『あれかしらね』
「……さて、近くにいるようですし、泉家の御嬢様にも帯同願いましょうか」

「はい、わかりました。今から向かいます……ね」
 麗羽から連絡を受けた泉 杏樹(aa0045)は、周囲に怪しまれないよう、しずしずとエレベーターに乗り込む。その身に纏うは、黒地を主体にしたいかにも高そうな着物だ。
『部屋に荷物を持ち込む体で爆弾を運ぶのか。それならばその場で取り押さえてしまった方が良いかもしれないな。その方が人目にもつかない』
「……です、ね。頑張るの」
 七階に降りると、傍で待ち構えていた麗羽と杏樹は互いに目配せした。
「九重院の、麗羽さん、ですね。直接会うのは、初めてなの」
「貴方が杏樹さんですのね。でも御挨拶は後にしましょう」
 背後を麗羽に任せ、杏樹は歩き出す。廊下の奥では、従業員に扮した男がカードキーでロックを外そうとしていた。
『杏樹。チャンスだ』
 クローソー(aa0045hero002)に言われて足を速める。少し時間がかかって、ようやく扉が開いた。男は重いトランクを引っ張って中に入る。その瞬間を見逃さず、杏樹も一気に部屋へと飛び込んだ。
「……あの。その荷物、入れる場所、間違えてない、です?」
 息を切らさず、か弱い御嬢様を――共鳴してなければ実際その通りなのだが――装い話しかける。さりげなく足をドアに掛け、閉じないようにしている。振り返った男は、首を傾げながら応える。
「あ、あれ……おかしいな。そんなはずはないのですが」
「そうでしょうか?」
 杏樹の背後から、しゃなりしゃなりと麗羽が部屋へ踏み込んでくる。彼女は手元に従業員の名簿を広げ、しかめっ面を作って男を見つめている。
「貴方の名前は何と言います?」
「……アレクサンダー・スミス」
 麗羽は従業員名簿を捲る。
「確かに、その名前がこの中に有りますわね。……今日はどうやらお休みのようですけれど」
 彼女が言うや否や、男は懐から素早く拳銃タイプのRGWを抜き放った。だが、さらにそれよりも早く麗羽はドレスの懐から銃を抜き、男の足下を狙って引き金を引く。くぐもった銃声と共に火花が足元で散り、男を怯ませる。
 刹那、杏樹は扇を手にして飛び出す。男が拳銃を構え直す間もなく、杏樹は扇で男の手元を打ち据え、拳銃を叩き落とす。
「悪い事、ダメなの」
「……クソッ」
 男は杏樹を突き飛ばし、入り口に立つ麗羽に向かって突っ込んでいく。しかし、瞬きもしないうちに杏樹は男の目の前に再び現れ、男の額を扇の骨で打ち据える。
「逃がしません、です」
 頭を押さえて昏倒する男に、麗羽はリボルバー銃の引き金を引く。込められていたのは霊石で精製したリンカー用の麻酔弾。喰らった途端に男は眠り込んでしまった。
『おめでとう。私のアドバイス通りに出来たようね』
「別に貴方のアドバイスを受けて対処したわけではありませんわ。この密室の状況に持ち込めた時点で、さしたる困難もありませんもの」
 男を拘束しながら、麗羽と烏丸は再びつんけんしたやり取りを始める。
『やったな。素晴らしい戦果だぞ』
「はい。周りの人にも、気付かれずにすんだ、かな」
 目の前では母娘が仲睦まじそうにやり取りしている。麗羽は暫し目を瞬かせていたが、すぐに元の仏頂面へ戻ってしまった。

[容疑者確保。爆弾の解体についてはお任せしておきますわ]

『おやおや。もう最後の一人かな。……いい加減おかしい事に気付きかけてるみたいだけど』
「一人になった時点で、もうロクな事は出来んだろうさ」
 四つ目のチェックを付け、バルタサールは防犯カメラに目を戻す。既に見方は動き始めている。特に指示を出す必要も無さそうだった。

「ステルスミッションね。こっそり頑張りましょ!」
 ワインレッドのパーティドレスを着た世良 杏奈(aa3447)は、英字新聞を広げてロビーを行き交う従業員や作業員を見渡していた。仲間達も銘々動き出す中、杏奈は哨戒に徹していた。
『(杏奈、こっそり出来るのかしら? 思いっきり暴れてるイメージしかないけど……)』
 ルナ(aa3447hero001)がそう心配する間にも、杏奈は何処かそわそわしている。新聞でうまく隠してはいるが、目線がきょろきょろ動いて落ち着かない。
「(怪しい動きをしてる奴ら……って思ったけど、実際に見分けようとすると難しいわね!)」
 どこか楽しそうである。友情と努力と勝利に満ちた派手なバトルも好きだが、シックで小洒落たスパイ的な戦いにも、杏奈は興味津々だった。
『(ねえ杏奈、あの人の顏、貰った写真に似てない?)』
 ルナが囁くのに合わせて、杏奈も新聞を下げて周囲を見渡す。茶色のスーツを着た男が、鞄を下げてエレベーターに乗り込もうとしている。写真を取り出して見比べると、確かに顔が良く似ていた。杏奈はそっと耳元に手を当て、通信機のスイッチを入れる。

[犯人っぽい人発見。茶色のスーツを着た男で、今エレベーターに乗り込もうとしてるわ]
「此方でも確認しているわ。マナチェイサーでも反応が見られるし、八割方犯人でしょうね」
 水瀬 雨月(aa0801)はエレベーターに乗り込む。マナチェイサーで確認出来る僅かな痕跡を追って、彼女もB階へと下った。その服装は夜空を映したようなドレス。他の皆と同じく、イメージプロジェクターで服装を偽っていた。
『(わざわざこそこそせずに、さっさと行ってさっさと捕まえれば良いだろうに)』
「(たまにはいいでしょう。何事も無かったように片付くのなら、それに越したことはないのは確かなのだし)」
 いつものようにものぐさな態度を見せるアムブロシア(aa0801hero001)。これまたいつものようになだめすかしながら、雨月は小さな短剣をストールの影に隠した。
 同時にエレベーターが地下へ辿り着く。外に出ると、スーツケースを手に提げた男がどこかを目指して歩いている後姿が見えた。ついでに階段の方へ眼を向けると、入り口から杏奈がひょっこり顔を覗かせた。
[とりあえず、犯人が爆弾を仕掛け終わるところまで見張っておきましょ]
「判ったわ。万が一別人だったとしても困るものね……」
 二人の魔女は並んで廊下を歩き出す。バーのカウンターから彼女達を見た男達が口笛を鳴らすが、二人の耳には届かない。
 スーツの男はやがて、遊戯場へと足を踏み入れる。杏奈と雨月も目配せすると、平然とした表情で後へ続いた。いかにも高そうな服を着た男や女が数人、ビリヤードやカード遊びに興じている。その奥、柱の陰にスーツ姿の男が潜んで何かをしていた。
「間違いなくやってるわね」
「……地下の遊戯場に爆弾が仕掛けられたわ。後で良いから解除しておいて」
 雨月は仲間に連絡を送ると、人々の間をすり抜け、スーツの男へと近づいていく。
「“着いてきてくれる?”」
 壁にもたれ掛かり、そっと囁く。彼女の美しい声音には逆らいきれず、スーツの男は立ち上がると、雨月の後について歩き出した。雨月は人目の付く遊戯場を後にすると、地下駐車場を目指した。
「……あ? 俺は、何で……?」
 しかしすぐに洗脳は解けてしまう。男は間抜けな顔で首を傾げた。
「“私についてきてくれるかしら?”」
 そこへ、すかさず杏奈が支配者の言葉を掛け直す。魔女達の支配は盤石だ。ホテルを出ると、ひんやりした空気の漂う地下駐車場まで男はひたすらに導かれていた。

「……また、何だ? 頭がぼうっとして……」

 駐車場の隅にまで追い込まれ、ようやく男は気を取り戻す。目に飛び込むのは、見目麗しい女二人。男はそこで異変に気付いた。
「ま、まさか! あいつらからいつまでも反応が無いと思ったら……」
「まあ、そのまさかよ」
 雨月が短剣を振るうと、銀の弾丸が男の眉間に突き刺さる。仰け反ったところへ、杏奈がライヴスを込めた拳を叩き込んだ。
「うげっ……」
 電光石火の攻撃で、男は抵抗する間もなく気絶する。周囲を見渡すが、誰にも見られずに済んだようだ。

「容疑者を取り押さえたわ。これで最後かしら?」

 その頃、上着を剥ぎ取られた男達はホテルの空き部屋に放り込まれ、姫乃にじっと睨まれていた。
「別に喋らなくてもいいぜ。共鳴できない状態でホテルの崩落に巻き込まれたらあんた死ぬだろうけどな」
『てめーの命が惜しいなら、計画が失敗してくれないと困るデスニャー』
「このアマ……!」
 縛り上げられても男は反抗的な態度を止めようとしない。姫乃は肩を竦めた。
『話す気が無いなら見つからないように丁寧に収納してから出かけますデスニャ』
「どうする? お前がいない事に慌てた奴らが、思わず爆弾を起爆させちまうかもな?」
「うぐ……」
 姫乃達の脅しに男が言葉を失いかけた時、通信機から連絡が入ってくる。
[全員の取り押さえが完了した。ご苦労、諸君]
 ランスローの声。姫乃は肩を竦めると、通信機を幻想蝶に放り込んだ。
「だってよ。命拾いしたな」
『(ご主人、無差別てろに対して怒ってるデスね)』
 小さく舌を出し、つんけんと言い放つ主の怒りを、朱璃はじわりと感じるのだった。

●ミッションクリア
 解除された爆弾は回収され、捕縛されたヴィラングループはニューヨークの支部へと送られていった。タキシードに身を包んだランスローは、パーティー控室に集めたエージェント達を労う。
「見事な手並みだった。百点満点……とまでは言えないが。ブロードウェイに相応しい仕事ぶりだったと言えるだろう。……今夜はまだまだパーティーが続く。折角だから、君達にも楽しんでほしい」
 彼は自ら控室の扉を開いてみせた。廊下の奥から聞こえる歌声を聞き、麗羽と烏丸は顔を見合わせた。
『まあ、貴方ならパーティーに交じっても問題無さそうじゃない? 折角だし覗いて――』
「お断りしますわ」
 烏丸が言い終わらぬうちに麗羽はきっぱりと言い放つ。烏丸は肩を竦めた。
『あれ、嫌なの? 気難しい性格よね、あなた』
 麗羽は眉を顰めると、部屋を出て大股で歩き出す。その足は、パーティー会場から遠く離れていくのだった。

『帰っちゃうんだ?』
 紫苑もバルタサールに尋ねる。夜の喧騒に紛れた彼は、淡々と頷いた。
「次の仕事がある。パーティーに行っている余裕はないな」
『熱心だね……』

「お疲れさま、です」
「ありがとー。ま、私達は歌ってるだけだったケド……」
 控え室を後にした杏樹達は、真っ先に真江達の下へと押しかけていた。
「流石の活躍だったな。御蔭で安心して戦いを任せる事が出来た」
「これからも真江さん達のライブ、杏樹が、守る、です。だから、今度、一緒にライブを、させてください」
「今度と言わず、今からでも良いんじゃないか。まあ、アイドルが歌う、という雰囲気ではないけどね」
「問題無い……です。今日は、杏樹も、無名のミュージシャン、レディ・アンなの」
『クロトもフォローする予定だ』
「そうか。なら……支部長に掛け合ってみよう」
『真江。ロックやポップ。流行の作曲はまだクロトには難しい。教えてもらうと助かる』
 クロトは真江の眼前へとずんずん歩み寄っていく。犬猫が知り合いと戯れるような距離感だ。思わず真江は仰け反ってしまうが、構わずクロトは彼の目の前でこそこそと尋ねた。
『それにだ。君はクロトより杏樹と付き合いが長いだろう? こそっと杏樹の思い出話を教えて欲しいのだ』
「ええ。それくらいならいくらでも。まあ、練習の様子を一つ二つくらいですが……」
『そうか。是非教えてくれ。娘の事は少しでも知っておきたい』

『無事……解決しましたね。良かったです』
 ホテルの屋上に立ち、比佐理と共に一刀斎はブロードウェイを見下ろす。夜風が吹き抜け、二人の身体を包み込んだ。
『行かれなくて良いのですか?』
「良いのだ。パーティーというものにはおよそ興味がない」
 彼の興味は隣に立っている比佐理に全て注がれている。他人への同情も共感も無く、それどころか命にも興味がない。人としての“欠陥品”と言えるほどに、彼は一途に比佐理へ思いを注いでいた。
『比佐理は……少しパーティーに興味が――』
「わかった。直ぐに向かおう」
 だから、彼は慌ててパーティー会場へと向かうのだった。

「あー、このワイン、絶対に高いわね」
 立食パーティーに交ざり、杏奈は透き通った赤ワインを飲んで溜め息を吐いていた。ルナは彫像のようにカチコチに立って、杏奈の横顔を見上げる。
『杏奈はいつでもマイペースね……』
「そういうルナは緊張してる?」
『そうじゃないわよ。あたしだって、こういう場所でどう振る舞えばいいかくらいはわかるし』
 話している間に、ステージに着物を纏った杏樹が壇上に姿を現す。友達の晴れ舞台を二人はじっと見つめるのだった。

『(まだここにいるつもりか? そろそろ私は帰りたいのだが)』
 幻想蝶の中からアムブロシアが不満を零す。雨月は葡萄ジュースをワイングラスに注がれながら、杏樹の歌う日本歌謡に耳を傾けていた。
「いいじゃない。本物のブロードウェイでパーティ、なんて中々得難い機会よ? こんな時じゃないと中々こういうところには来られないもの」
『(私にはとんと興味がないな)』
 ぐずるアムブロシアには構わず、雨月はマイペースに立食パーティーを満喫するのだった。

「やばっ、これ美味い」
 テーブルの上に載せられていたローストビーフに手を伸ばし、思わず姫乃は声が漏れる。
『言葉遣いが悪いデスニャ、ご主人……』
 朱璃が言う間にも姫乃は周囲を窺いながら、神速でテーブルから料理を掠めていく。朱璃は目を三角にして溜め息を吐いた。
『行儀も悪いデスニャ……』
「仕方ないだろ。最近もやししか食べてなかったんだから。こんな美味いもん、次は何時になったら食えるんだよ?」

「……ん。南極支部から来ました……氷鏡六花……です。はじめ、まして」
 控室に留まった六花は、アルヴィナと共にランスローへ握手を求めていた。ずっと尊敬して“いた”会長の親友であるという彼に。
「そうか。君が。……君の活躍は窺っているよ。上に立つ者としては、心強い限りだ」
 彼の言葉を聞き、六花は笑みを浮かべる。
 その眼に冷たい氷を残したまま。
「ランスローさん。この前の“キョウ宴”事件について、どう思っていますか?」
 六花が尋ねると、ランスローは顔の皺を深くしてその眼を覗いた。
「どんな事件においても、私が己に問うのは一つだ」

「俺は人を守れているか? それだけだ。君は……どうだ?」

 ニューヨークのヒーローの瞳には、不死鳥の炎が宿っていた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • Trifolium
    バルタサール・デル・レイaa4199

重体一覧

参加者

  • 藤の華
    泉 杏樹aa0045
    人間|18才|女性|生命
  • 大切な人へ
    クローソーaa0045hero002
    英雄|29才|女性|ブラ
  • 語り得ぬ闇の使い手
    水瀬 雨月aa0801
    人間|18才|女性|生命
  • 難局を覆す者
    アムブロシアaa0801hero001
    英雄|34才|?|ソフィ
  • 朝日の少女
    彩咲 姫乃aa0941
    人間|12才|女性|回避
  • 疾風迅雷
    朱璃aa0941hero002
    英雄|11才|?|シャド
  • 世を超える絆
    世良 杏奈aa3447
    人間|27才|女性|生命
  • 魔法少女L・ローズ
    ルナaa3447hero001
    英雄|7才|女性|ソフィ
  • Trifolium
    バルタサール・デル・レイaa4199
    人間|48才|男性|攻撃
  • Aster
    紫苑aa4199hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • 働くお嬢様奮闘劇
    九重院 麗羽aa5664
    人間|18才|女性|攻撃
  • お嬢様のお目付け役?
    烏丸aa5664hero001
    英雄|20才|女性|ジャ
  • 黒ネコ
    獅堂 一刀斎aa5698
    獣人|38才|男性|攻撃
  • おねえちゃん
    比佐理aa5698hero001
    英雄|12才|女性|シャド
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