本部

七つの果実

玲瓏

形態
シリーズ(新規)
難易度
普通
オプション
参加費
1,300
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~8人
英雄
6人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/08/31 19:51

掲示板

オープニング


 朝になれば子供達は一斉に目覚め、各自支度を終えてから食堂に集まる。そして席に座り、院長のアリナが朝の挨拶を終えるとお腹の空いた子供達はすぐに朝食を食べてくれるのだ。料理を作ったのは唯一の職員であるジュンで、彼は美味しそうに食べる子供達を見るのが毎朝の日課になっているのだ。七人分の料理の支度は大変だが。
 昨日貸した本、面白いでしょう?
 俺はそんなに好きじゃなかったなー。やっぱりファンタジーにさ、恋愛モノはいらないって。
 ええ? そうかな。私はロマンスは必要だと思うけどなー。戦うだけじゃ退屈でしょ?
 子供達の話題には終わりがない。
 用意されたオムライスを食べながらアリナは暖かな笑みを浮かべ、子供達の話に耳を傾けていた。楽し気な会話だ。思えばこうして皆が仲良くなるまでには結構な時間を費やした。最初こそ、彼らはこうして仲良く話す機会が全く無かったのだ。
 アリナは次にすべき事を既に分かっていた。
 今いる場所「ルイゼハウス」は小さな世界でしかない。子供達を連れて散歩をしたり、レストランにいったり外の世界を見てもらった事はあるが、外の世界の人間と関わったことは滅多にない。大人になるにつれて人間は社会との関わりを持たなくてはならない。
 たとえ、人間として未完成であっても。
 朝食を終え、口を拭いたアリナは手を二回叩き子供達の注目を仰いだ。
「さあさ、今日は特別な日だよ。なんたって、私達のためだけにリンカーさんが来てくれるんだからね」
 その言葉が出ると、子供達の眼から萎縮の色が窺えた。
「皆が心配なのは分かるよ。外の世界の人達は怖いし、私だって……皆とずっとここにいたいんだ。だけど、人間はそうも言ってられないんだよ。ずっとこの家にいたんじゃ、皆は何のために生まれてきたのか分からなくなってしまう。人間はね、人間を幸せにするために生まれてきたんだ。今日のイベントはね、人を幸せにするために一番大事なイベントなんだよ」
 優しい声音が食堂を包む。窓から差し込む日差しが柔らかい。
「リンカーさんはね、とっても優しいんだ。それでね、私なんかよりもずっと大変な思いをして生きてる。だから、人を幸せにする方法を知ってるんだ。いいかい? リンカーさん達と一緒に遊んで、過ごして……外の世界に出る準備をしよう」
 普通じゃないから歓迎されない子供達。
 言葉が話せないから、考え方が異常だから、悪魔を崇拝しているから。ここにいる七人の子供達は変わっているから、親に捨てられた子供達だ。
 子供達は外に世界に出たがらない。この世界だけで生き、生命を終わらせようとしている。しかし、アリナの目標は違った。この子供達を外に出して、他の人々を幸せにしてもらうのがアリナの考えだった。
 全ての世界で、幸せになる権利は誰にでも与えられている。
 この子達にだって。


 リンカーが来訪すると、アリナは満面の笑みで出迎えた。人見知りの子供達は横一列に並んで、一人一人視線が別方向に向いている。皆照れ臭がってしまっているのだろうとは、一目見れば分かることだろう。
「今日はお越しいただいてありがとうございます。皆、恥ずかしがってしまって……私から、子供達について紹介しますね」
 アリナは律儀に頭を下げ、左から順番に子供達の肩に両手を置いていった。
「この子は、ミーナ、と言います。九歳の女の子で、すごく元気なんですよ。今は照れてしまっていますけど。ですが言葉が喋れないんです。だからか運動とか本が好きなんですよ。
 この子はドゥーンと言って、十一歳の男の子。周りの子供達と距離を置いてしまっていますが、根はとても優しいんです。ドゥーン、リンカーさんの前で変な言葉を使っちゃだめだからね。
 この子はフィン。八歳の男の子です。車椅子に乗っているのは、彼は脚が動かせず目も見えないから、なんです。事故にあってしまって。眼が見えない分、音楽が大好きなんですよ。
 この子はネミサン。九歳の女の子です。悪魔が大好きで、毎日悪魔とお話しているんですよ。その悪魔から聞いた話を本にして書いてるんです。可愛いお話、でした。
 この子はドラール。十五歳の男の子です。頭に包帯を巻いているのは、この子は幼い頃に家が火事にあってしまったんです。皆の中で一番の年長者だからか、しっかり者です。
 この子はナノ。十三歳の女の子です。ちょっとした精神疾患があって……ボーダーって知ってますか。共同生活に苦労してますが、彼女も優しいんです。朝ごはんを作るのを手伝ってもらったこともありました。
 最後に、リアディ。十一歳の男の子です。彼は、愚神に友達を殺されてしまってからPTSDを患ってしまって……。他の子に対して攻撃的になるのも、そのせいなんです。でも、この子も優しさはあるんです」
 全員の説明が終えてから、アリナはエージェント達としっかりと向き合った。リアディの頭に手を置きながら、彼女はこう言った。
「この子達は皆、とっても優しいんです。少しの間だけにはなりますが、よろしくお願いします」
 そうしてからアリナは日程の書かれた紙をエージェントに手渡し、家を後にした。

解説

●目的
 三日間の間で子供達と打ち解け仲良くなり、彼らに外の世界について様々なことを教えてあげよう。

●日程
 三日間、リンカーが子供達の面倒を見ることになる。その間アリナともう一人の職員は外にいて、連絡を取ることはできるが彼らが帰ってくるのは想定外のことが起きた時のみとなる。
 そのため朝食や夕食を作ること、遊びや散歩……ほとんどがリンカー任せとなる。ちなみに、一日目の朝ごはんは既に終わっている。

●子供達
 彼らはリンカーに対して興味はあるが、総じて自信はなく外の世界に関して恐怖を抱いている。自分を捨てた両親への恐怖、愚神への恐怖……それは個人で様々だ。
 最初は打ち解けるのも難しいだろう。リンカーについては正義の味方という認識しかなく、外の世界の人間であることに代わりはない。だが一度でも打ち解ければ、自然なコミュニケーションが取れるようになるだろう。
 子供達は皆愛に飢えており、寂しい思いを強いられている。

●ルイゼハウス
 二階建ての孤児院で、一階は食堂や遊具部屋、図書館。二階は個室となっている。庭は庭園となっていて、様々な花が咲いていて遊ぶスペースは事足りるだろう。
 散歩は市内までなら可能。ただし、夜の八時には全員ハウス内にいるように。

●班分け
 リンカーに渡された紙には、コミュニケーションが取りやすいよう班分けの事も書かれている。
 A班は「ミーナ、フィン」
 B班は「ドラール、ネミサン、ドゥーン」
 C班は「ナノ、リアディ」

リプレイ


 朝の音色が鳥籠に住む住人を目覚めさせる。さながら今日は特別な日で、三日間だけ外の世界の住人であるリンカーと一緒に過ごすのだ。その間、ママのアリナは外へ出掛けていて帰ってこない。心寂しく感じるが、彼らの寂寥は一日も経たず消えることだろう。
「ヴァルトラウテですわ。初めまして皆さん。これから3日間、宜しくお願いしますわ」
 子供達の前で、ヴァルトラウテ(aa0090hero001)は通った声で挨拶を終えた。片膝を地面に落とし、目線の高さを合わせて。ヴァルトラウテに続いてお互いに紹介が終わった後、事前に行われた班分け通りに別れることになり各自散開となった。
 A班のフィンとミーナは互いに手を繋いで緊張気味だった。彼らを担当する赤城 龍哉(aa0090)は物腰を落ち着かせた声でこう言った。
「そうだな。まずはルイゼハウスの中を案内して貰えるか? 今日来たばっかで何も分からないしな」
「うん、わかったよ。ミーナ、リンカーさんに僕たちの家を紹介してあげよう」
 ヴァルトラウテが車椅子の手を持ち、年季のある音を立てながら一行は歩き出した。
 玄関から左手に沿って歩いていくと一つ目の部屋に当たり、観音開きの扉をミーナが開けた。広々とした空間の中に、アンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)が立っていて辺りを見回していた。
「やっほう。A班の皆さんお揃いだね」
「フィンとミーナに家を案内してもらっていてな。お前はみたところ、探検中か」
「大正解。ボクの住んでた孤児院と違う所が色々あって、面白いからさ」
 アンジェリカの言葉につられ、フィンが口を挟んだ。
「お姉さんも孤児院育ちだったんだ」
「そうそう。だから何となく、皆の気持ち分かるかもしれない」
 フィンは親近感を覚えた。小さな世界でしか生きてなかったから、孤児は自分達だけだとばかり思ってきた。その間違いは彼に安堵をもたらすのだ。
「ところでこの部屋は?」
 アンジェリカの問うと、ミーナはフィンの肩を叩いた。
「ここは僕たちの遊び場。学びの場でもあるんだ」
「へえ、ここで勉強してるんだな」
「学校に行けないからね、僕たちは。先生はママで、一日に三時間くらい勉強の時間があるんだ。勉強が終わったら僕たちは自分の部屋から玩具とか本とかをもってきて自由に遊べるようになってるんだよ」
 多目的ルームと呼べば正しいだろうか。その部屋にはテレビやホワイトボードがあり、なるほど勉強机も人数分用意されていた。今は机は隅っこに追いやられているから、生徒たちは自分で机を動かして授業に励むのだろう。
 扉の右側にはホワイトボードがあり、ホワイトボードから真正面にはテレビモニターが横に長いキャビネットの上に置かれている。今は電源が入っていない。
「僕は出来ないんだけど、最近は皆テレビゲームでよく遊んでいるんだ。音を聞いているだけでも大体想像は出来るから、僕も傍観して楽しんでる」
「皆が好きなゲームってどんなのかな」
 ミーナはヴァルトラウテから借りたペンと紙に丁寧に文字を書き始めた。筆が止まり、真っ白な紙には細い文字でこう書かれていた。
『皆で協力して町を作るの』
 フィンは苦笑交じりに口を開いた。
「ルイゼ・ハウスで大人気だ。すごく愉快なゲームでさ。最初は野原で始まるゲームが、次第に大きくなって街になっていく。皆で笑いながら町を作ってるんだ」
「そんなゲームあるんだな。ヴァル、後で一緒にやらせてもらったらどうだ」
「そうしますわ。後でやり方を教えてくださいな」
「そうだね。ミーナが教えてくれると思うよ」
 ミーナは何度も頷いて、ヴァルトラウテの手を握った。やる気十分だと彼女の顔から見て取れた。


 玄関で挨拶を終えて、ドゥーンはリンカーに眼もくれずに二階へと上り、自分の部屋へと入ってしまった。B班を担当していた小宮 雅春(aa4756)は彼の後を追うように階段を上ったが、既に部屋に入ってしまっていた。困惑気味に頭に片手を乗せた。
「ドゥーンはどうやら、一人の方がお好きみたいですね」
 彼の背中にJennifer(aa4756hero001)の響きが届く。アリナが告げたことは間違いではなく、想像以上に正確だった。
「世話を見るという任務な以上、完全に孤立させる訳にもいかないし、どうしたもんかな」
 一階には左右に階段があり、途中で交差して一つの階段となって二階へ続いている。木製の階段は足音を響かせるものだったが、後ろから聞こえてきた足音は小柄であり、見てみればネミサンが不機嫌な顔をして廊下を歩き小宮の横を通り過ぎた。
 眼鏡をかけ、チェック柄の服を着た彼女は次に扉を力強く叩いた。
「出てきなさいよ、ドゥーン! あなたはいつもそう。これ以上私をウンザリさせないで」
 あまりにも強い声音で、小宮は彼女の側に寄ってしゃがんだ。
「まあ、落ち着いて。ドゥーン君は一人が好きなんだよね」
 優しく背中を撫でると、彼女は驚いたように扉から手を離して小宮の顔を見た。
「ご、ごめん驚いちゃったかな」
「ううん、大丈夫」
 扉を叩く音は階下にまで及んでいたのだろう。エフィー(aa5720)と並んで金咲 みかげ(aa5720hero001)が階段を上って来る音が聞こえた。その隣にはドラールもいて、包帯から覗く両目には不安の色が浮かんでいた。
「ドゥーン、出てきませんか」
 ドラールは小宮に訊ねたが、ネミサンが口を挟んで地団駄を踏んだ。
「せっかくママが楽しみにしてくれた今日っていう日を、アイツは壊したいんだよ。あんな奴一人の方がお似合いだ。いこうよリンカーさん」
 突然、扉に何かが叩きつけられたように大きな衝撃音が鳴った。あまりに驚いたネミサンは地面に尻餅をついて、小動物のような声を出した。
「早くどっかいけよ」
 憤りの感情がネミサンの顔に露骨なほどに現れていた。すると彼女は小宮とジェニファーの手を引っ張って階段を降り始めたのだ。金咲達はその場に残った。
 ドゥーンの様子を気にも留めずに、ドラールは部屋の扉を開けた。プレートには彼の名前が刻まれていて金咲とエフィーは部屋に通された。
「ごめんなさい、情けないところを見せてしまって」
「お気になさらず。ドゥーン様とネミサン様はいつも喧嘩されるのですか」
 ドラールはベッドに腰掛けて頷いた。
「ネミサンはママが大好きなんです。ママは皆で一緒に仲良くしてほしいって願ってる。だからママの願いに反するドゥーンが嫌いみたいで。でもドゥーンも大変なんです、彼はここに来る前から孤独だったから」
 エフィーは「孤独」と言葉を復唱し、窓から見える庭園を眺めた。
「最年長だからかもしれないけど、ママは僕に皆のことを教えてくれるんです。どうしてここに来たのか、前はどんな暮らしだったのか」
「ドゥーンさんは、その、どんな暮らしだったの?」
「お父さんがマフィアだったんです」
 彼から告げられた一声が、ドゥーンの背負う感情の一部を構成させた。
「皆と遊ぶことに慣れていない、だから接し方が分からないのでしょうか」
 鳥籠から出るには羽が必要だ。ドゥーンにはしっかり羽が生えているのだが、ドゥーン自身が羽を動かそうとしない。羽に気付かないのか、動かす気がないのか。


 一日目が過ぎるのは早く、夕食の時間になると子供達は何も言わずとも食堂の席についていた。彼らの腹時計はピッタリ夜七時に固定されているのだ。ドゥーンはまだ部屋に篭っているために食堂に集まったのは六人だけだ。
 一日目の昼には程よい量のサンドイッチを。夜はホワイトシチューにマルゲリータ・ピザが子供達を待っていた。
「好き嫌いはないな?」
 シチューの入った皿が子供達の前に並べられていく。ピザの香りとシチューの香りが交わって子供達は揃って笑顔を見せていた。
「フィンとミーナも手伝ってくれたんだぜ。さっき味見したら滅茶苦茶美味かったぞ。さ、食事の時間だ」
 号令が終わり、一斉に食事が始まると子供達は自由にお喋りを始めた。
「私はドゥーン様にお夕食を届けてきますね」
「あ、じゃあ僕も一緒に」
 小宮とエフィーは席を立ち、料理が冷める前に二階へと早足だ。
 ルイゼ・ハウスは夕食を食べて休憩し、お風呂に入ったらすぐに就寝の時間が訪れる。子供達が寝るのは二十二時前後。就寝の時間が近づけば、子供達は自然に部屋に戻り、部屋は暗くなっていた。
 零月 蕾菜(aa0058)はリアディの部屋にいて、彼を寝かしつけていた。
「眠れますか?」
 彼は照れ臭そうにしながら、首を横に振った。
「眠れない。リンカーさんのせいじゃないよ。最低な愚神どものせいなんだから」
「私がご一緒します。眠れるまで、お話しましょうか」
「それ大変だよ。僕が寝るのは二時間も後なんだから。その間ずっとお話してなくちゃならないんだよ」
「お喋りは大好きです。五時間お話していてもいいくらいです」
 リアディは軽く笑い、瞑っていた目を開けた。部屋は薄暗く、蝋燭のような仄かな灯りが電灯から注がれている。
「眠るまで、同じ部屋にいてくれないかな。何しててもいいから」
「分かりました。良い夢を、どうか」
 仰向けになった彼は、ベッドに腰掛けた零月を見て目を閉じた。


 朝六時に朝食を終え、二日目がスタートした。今日は丸一日子供達と一緒にいる日である。ベーコンエッグを作ったのは小宮であり、オニオンスープと一緒に食卓に並べられていた。
 食事が終わって真っ先にネミサンはシンクに皿を置き、スープを飲んでいた金咲の袖を摘んで自室へと引っ張っていった。
「おお、元気がいい」
 マルコ・マカーリオ(aa0121hero001)は二人の姿を見て目尻を下げた。
「すっかり仲良くなったみたいですね。あのお二人」
 ネミサンの自室に連れていかれた金咲のする仕事は一つだ。それは彼女の親友の悪魔「サミュー」がしてくれたお話を聞くのだ。
「き、今日はどんなお話をしてくれるの、かな」
「今日は幸せの魔法についてだよ。実はね、私のパパはすごーく恐い悪魔に憑りつかれてしまったの。だから私はここにいるんだよ」
「へ、へえ。そうだったんだ」
「それでね、私がその悪魔を追い払えないかサミューに聞いてみたのよ。そしたら彼女は、ツマトリソウを持ってきて私のママの絵を描きなさいっていったの」
 個室にある勉強机の引き出しを開けたネミサンは、萎れた小さな白い花と女性の描かれた絵を取り出した。
「サミューはね、家族を幸せにする魔法なんだって言ってた。もしママが憑りつかれてたらパパの絵を描くの」
「家族を、幸せにする魔法……」
「うん。でもねー、パパに憑いてた悪魔が強すぎて効かなかったの」
 軽いノック音が聞こえ、ネミサンは扉に駆けよってゆっくりと開けた。隙間から顔を覗かせると、小宮が見下ろしていた。
「ネミサンちゃんさん、もしよかったら僕たちもお話を聞いてもいいかな?」
「もっち、ろーん!」
 扉を全開にすると小宮だけでなく、ドラールやジェニファー、エフィーまで揃っていた。ネミサンは喜々として自分の部屋に彼らを招き入れ、金咲の膝上に乗りながら本を取り出した。


 C班にいたリアディとナノは、一日目はどちらとも緊張のあまり口数が極端に少なかった。二日目の朝は僅かながら変化があった。ナノが自ら、アルティラ レイデン(aa5145hero001)の所へとやってきたのだ。小宮の洗い物を手伝っていた彼女の袖をつつき、ナノはこう言った。
「教えて欲しいことがあるの」
 アルティラが口を開く前に彼女はそそくさと階段を上っていってしまった。小宮に一言礼を告げ、彼女もすぐに彼女の後を追う。
 廊下にナノが立っていて、アルティラを誘導するように自室に入っていった。扉は開いたままで中に入り、扉を閉めた。ナノは地面に座っていた。
「私って、別に生きてなくてもいいよね」
 健気な眼差しが彼女の瞳に宿っていた。
「どうしてそう思うのでしょうか」
「ずっと我慢してきたけどさ。私って、何も個性がないの。ミーナは運動が得意だし、ドラールは頭が良いし。ドゥーンは大人に対してはあんなんだけど、私とかには優しくしてくれる。皆さ、生きている意味があるの。でも私は無知。何とか生きる意味を見つけようとして料理を手伝っていたけど、全然……皆にはかなわない。じゃあ家に帰る? ママは私のことが大っ嫌い」
 窓も扉も閉め切っていた。ベッドの上は整えられていない。
「私は人を喜ばせることもできない。リンカーさん、私はしんでしまいたいよ」
 声が震えた。しんでしまいたい、と口にするのは初めてなのだろう。アリナは大事な先生だからこそ、言えなかったのだ。他の誰にも相談できない、彼女だけが抱えていた暗闇だったのだ。
 アルティラは、彼女もまた地面に座った。
 そして言った。
「今まで散々苦しい思いをしてきました。人はですね、悲しい思いや寂しい思いを超えたら優しさという大きな武器が貰えるんです。優しい心というのは鉄砲や、剣なんかよりもずっと強いんです」
「私は優しくなんてないよ」
「そうでしょうか。私はナノちゃんの優しさを知っていますよ」
「うそだー」
「本当です。だってナノちゃんは、皆の良い所をしっかりと言えたじゃないですか」
 扉の前で、風代 美津香(aa5145)は二人の会話を立ち聞きしていた。隣にはリアディを連れて。
 風代は扉を三回ノックして扉を開けた。
「アルティラちゃん、ナノちゃん。皆でお庭に行かない? 外の空気がすごく美味しいんだ」
 揃って庭に出ると、ヴァイオリンの綺麗な音色がそよ風と共に耳に聞こえてきた。見ればアンジェリカがフィンとミーナに向けて演奏をしていたのだ。演奏の手が止まるとニロ・アルム(aa0058hero002)は感嘆の声を交えて拍手した。
「ボクはイタリアのクレモナって所の出身なんだよ。そこは昔ストラディバリやアマティって有名なヴァイオリン製作者が工房を構えててね、ヴァイオリンの街って言われてるんだよ」
 音楽好きのフィンにとって、この上ない時間だ。
「クレモナ、か。行ってみたいな」
「いつでも案内してあげるよ」
 ヴァイオリンの音に魅せられたのか、小鳥が周囲に集まっていた。マルコが「アンコール」と茶化すように言うと、鬱陶しいような顔をしながらもアンジェリカは再びヴァイオリンを構えた。
 小さな演奏会が開かれている傍らで、ニロ主催の鬼ごっこが始まっていた。
「ニロがおにで、みんなにげてー! つかまったらね、ニロのくすぐりがまってるよ~」
「げっ」
 くすぐり、の言葉に反応したのはリアディだった。ナノはくすりと笑って、ニロの合図で鬼ごっこが始まると一斉に走り出した。
「つかまえてやる~」
 陽気な声で走り寄ってくるが、いくら相手が自分より年下であろうとも追われるというのは一定の恐怖があるものだ。しかも擽りの刑が待っているのだから尚更。リアディは全速力で逃げていたが、突然背中が重くなった。ビクビクしながら後ろを振り返ると、ニロのにんまりとした顔が視界いっぱいに広がっている。
「ニ、ニロさん。くすぐりの刑は冗談だよな」
「ううん。ほんとーだよ」
 ヴァイオリンの音色に、絶叫じみた笑い声が混ざって庭園の時間は流れていく。
 疲れ切った顔をしたリアディに風代は近づき、笑いながら肩を叩いた。
「お疲れ様。すごく楽しそうだったよ」
「あの子容赦ないぞ。死ぬかと思った!」
 風代は彼女が作った弁当を広げてリアディに見せた。
「これは頑張ったご褒美。皆で一緒に食べよう」
 ヴァイオリンの音色が終わって、次はアカペラが昼食を彩っていた。
 昼食が終わった途端、勇ましい声が聞こえてきてリアディの視線をその方向へと向かせた。
「ミーナは運動が好きなんだろう? なら俺が馬になってやろう。見事この荒馬を乗りこなしてみろ!」
 マルコが四つん這いになってミーナにウィンクをしてみせた。ミーナは両手を上にあげて楽し気に笑い、マルコという名前の馬に飛び乗った。馬の乗り方を知らない彼女は、とにかくマルコの背中を拳骨でドシドシ叩いた。その度に超特急とも呼べる勢いで馬は走るのだ。
 様子をまじまじと見ていたナノはアルティラの袖をつついて、こう口にした。
「あれ、私も乗ってきていい?」
「勿論ですよ。リアディ君も、よければ一緒にどうでしょうか」
「僕も? 三人乗りできるのかよ、あれ」
 荒馬は走り続けているが、全く疲れが顔に出ていない。まだまだ余裕といった面持ちだ。
「よし、じゃあ僕も参加しよう。行くぞナノ、飛び乗れー!」
 庭園はいつものルイゼ・ハウスよりも賑わっていた。一日目に子供達は緊張の面持ちを浮かべていたが、今は平等に笑みを浮かべている。太陽を感じさせる笑みだ。


 夕食の準備が始まり、小宮はキッチンに急いだ。子供達はまだ庭で遊んでいる。
「今日は、えーっとオムカレーか。エフィーさんの作ってくれたクッキーも並べてみようかな」
 準備を進めていると、キッチンに人影が揺らいだ。小宮は驚いてドゥーンを見ていた。
 二日目も一度も部屋の外に出なかった彼が、初めて顔を出したのだ。
「何かあったのかな」
「手伝いにきただけ。何もしないのも悪いし」
「そっかあ。すごく助かるよ、ありがとう。じゃあね、まずは卵を割ってくれるかな」
 料理を一緒に作りながら、小宮はこう訊ねた。
 ドゥーンはおたまを使ってカレーをかき混ぜている。
「この家は好き?」
「さあ」
 切断されてしまった会話を、小宮は再び繋ぎ直した。
「僕はね、すごく良い家だと思うんだ。皆違った個性があって、一所懸命に生きている」
「爪弾きにされた者の家だ」
「どうして?」
「俺たちは普通じゃねぇんだよ」
 人参を切っていた手を止めて、小宮はドゥーンに微笑みを向けた。
「僕はね、普通って何だろうって時々考えるんだ。とんがった人が集まれば、とんがった人が普通になるし、まあるい人が集まれば、まあるい人が普通になる。つまり、一見自分の居場所は無いように見えても、自分にぴったりの場所って、どこかにあると思うんだ」
 小宮の言葉にドゥーンは言葉を失い、やがて夕食が完成した。自室に帰ろうとしたドゥーンを呼び止め、小宮は最後にこう言った。
「ありがとう、助かったよ」
 そっけない返事をして、彼は部屋へと戻っていった。
「さあて、星型の人参に当たるのは誰かな」
 鼻歌交じりに料理を作っている小宮を、ドラールは食堂から眺めていた。
「雅春のこと、どんな風に見える?」
 後ろを振り向くと、ジェニファーが前を向きながら立っていた。小宮は鉄板に親指で触れてしまって、大急ぎで水を使って冷やし始めた。
「お父さんみたいです。僕はそう思いました」
「パパ、か。あの子はね、自分自身が反面教師になろうとしてるの。躓いて、空回りして…それでも頑張ってるの。頑張る子はみんな花まるよ」
「僕も、頑張れていますか」
 ジェニファーは純粋な疑問に、彼の頭を撫でて答えた。
「花まる」
 ――結局、人参を引き当てたのはミーナであり、小宮は自分の皿に入っていた人参をプレゼントしようとしたところで、ジェニファーがやんわりと阻止した。小宮は人参が苦手なのだ。


 三日目、昼は街に出てそれぞれが社会との交友を楽しんだ。ミーナはパン屋の香りに連れられ、赤城が付き添いでパン屋に立ち寄った。
「何が食べたいんだ?」
 彼女が指さしたのはホットドッグだ。
「朝にパンを食べたばっかだってのに、食欲旺盛だな。良い事だぜ、ミーナ」
 町には発見が溢れている。
 小さな鳥籠の外には、様々な世界が広がっているのだ。例えばナノは、道端に転がっている缶の中から蟻が出てくるのを見つけた。リアディは雲の形が鳥の羽そっくりだと気付いた。道行く人々が誰も自分達に敵意を向けていないことには、誰もが気付いた。
 町から家に戻る頃には夕方だ。今日の夕食はC班が担当することになっていて、風代とアルティラがキッチンに立つと、一足遅れてナノが飛び込んできた。
「お手伝いさせて、疲れてないから平気」
 顔を見合わせた二人は、ナノに向けて笑顔で頷いた。
「ナノちゃんがお手伝いをしてくれるのなら大歓迎です」
 夕食も出来上がるという頃、零月が訪れたが――
「あるじ、めっ」
 ニロによってすぐに連れ出されてしまった。ポカンとナノはその様子を見つめていたが、次に笑みが漏れた。
 最後の夜はハンバーグと豪華だ。デミグラスソースが香りを引き立たせて食卓に並ぶ。肉汁はたっぷりであり、ドラールの号令が終わると子供達は会話をする暇もなく料理に夢中になっていた。


 予定では、三日目の夜にリンカーが帰る事になっていた。
 短い間ながらも、彼らとの間で芽生えた絆が寂しさを感じさせ、子供達は多いにそれを感じていた。アリナからはリンカーに迷惑をかけないようにと教えられている。玄関でリンカーが並んだ時、ミーナはマルコに抱き着くのを堪えなければならなかった。ナノは俯き、ネミサンは泣き顔になっていた。
 子供達七人が横一列に並ぶ中で、ドラールが一歩前に出て色紙を小宮に渡した。

『また来てね。ありがとう』

 ありがとうございました。子供達は揃ってお辞儀した。身振りにはぎこちなさがあったが、感情の伝え方は完璧だ。
 ドラールの次にネミサンが前に出て、ツマトリソウの花と一緒にリンカーの絵が描かれた紙を贈った。
「また来ないとだめだからー!」
 彼女は階段を駆け上っていってしまった。
 扉を開け、外の空気が流れ込んでくると、自然と地面に雫が落ちた。気付けば彼らは、ずっと一緒にリンカーといられるのだと勘違いしてしまったらしい。
 三日間しかいないと分かっていながら。
「ありがとう」
 扉はずっと開いていて、何度もその言葉が聞こえてきた。
 次第に子供達の声が小さくなってゆく。今にも走り出したいのを堪えて、子供達は手を振っていた。お互いに見えなくなるまで。

 ――

 夜、電話がかかってきた。応答したのは風呂上りのドゥーンで、耳に受話器を当てた。電話の音を聞きつけてドラールが玄関に訪れていた。誰からの電話なのか分からない。
 やがて電話が終わり、ドゥーンは受話器を丁寧に元に戻した。
「誰から?」
 ドラールが訊くと、彼はこう答えた。
「警察」
「え?」
 彼は青い顔で言った。
「ママが捕まった」 

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ひとひらの想い
    零月 蕾菜aa0058
    人間|18才|女性|防御
  • 料理の素質はアリ
    ニロ・アルムaa0058hero002
    英雄|10才|?|ブレ
  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 希望を胸に
    アンジェリカ・カノーヴァaa0121
    人間|11才|女性|命中
  • コンメディア・デラルテ
    マルコ・マカーリオaa0121hero001
    英雄|38才|男性|ドレ
  • やさしさの光
    小宮 雅春aa4756
    人間|24才|男性|生命
  • お人形ごっこ
    Jenniferaa4756hero001
    英雄|26才|女性|バト
  • 鋼の心
    風代 美津香aa5145
    人間|21才|女性|命中
  • リベレーター
    アルティラ レイデンaa5145hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
  • エージェント
    エフィーaa5720
    獣人|22才|女性|回避
  • エージェント
    金咲 みかげaa5720hero001
    英雄|17才|男性|ブラ
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