本部

恋なる大樹は想いをならす

形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/07/27 23:17

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掲示板

オープニング

●美しく危険な七夕
 恋愛の聖地という触れ込みで営業している商業施設『ロータスの樹』。
 それはAGWの研究で生まれた美しい大木「ロータスの樹」を中心に、人工の島をまるごと使ったテーマパークだ。
 教会、プール、お城、ホテル、美しい浜辺に船着き場、白い建物と石畳の通り、噴水のある広場、ヴェネチア風のゴンドラの川下り。通りや広場にはスイーツやお土産を販売するワゴンショップが並び、レンタル衣装にドレスやコスプレも揃って世界観に浸ることもできる。
 ロータスの樹の大体のスタッフたちは祭服を着ている。
 シスターの姿をした彼女は嘆いた。
「今年は日本の七夕をモチーフに準備を頑張ったのに! 川には蛍も放ったのに」
 この島一番の名物、天まで届くガジュマルのような樹。そこにはいつものように透明な風鈴のような花序が垂れさがっているのだが、今は半透明の短冊と小さな電球が数多に吊るされて、さながら星を飾った風鈴のように見えた。
 美しい光景をさらに際立させるものがあった。
 空、である。
 この時期、この島の空には満天の星空が広がるはずだ。
 しかし、今はその星空は無く、代わりに吸い込まれるような銀色に覆われ、そこに灯をともした美しいロータスの樹が映っている。
 それはこの世非ざる夢のような──美しい景色……そして、あってはならない光景。
「まさか従魔が空を覆うなんて……!」
 銀板の従魔タゲレオ──。
 名刺サイズの小さな従魔はミーレス級でも特に弱く、リンカーなら敵ではない。
 ライヴスが多くある場所に沸きやすい、梅雨時期によく発生するのでは? などと言われ、リンカーによる駆除チームが組織されることも珍しく無いと言う。
 だが、リンカー以外にとっては恐ろしい敵である。
 タゲレオはその銀板に映った生命のライヴスを吸収してしまうのだ。もちろん、AGWでなければダメージを与えることはできない。
 その従魔が発生したのは七月七日の朝だった。
 七夕を楽しみに船で来た客たちは寄港することなく戻り、宿泊客たちは即座に返した。
 だが、逃れられないものがいる。
 ロータスの樹だ。
 AGWの開発途中に生まれた唯一のその樹は、研究課程で生まれただけでAGWではない。単なる特殊なだけの植物だ。
 大量のタゲレオに映し続けられライヴスを吸収された大樹は目に見えて精彩を欠いていた。陽光や月光を通して七色の影を落とす透明な花序は、今は電球の灯りで光の影を落としてはいるが……。
「H.O.P.E.のエージェントの皆様はまだなの……」
 シスターは爪を噛んだ。
 ──ぼとり。
 この樹を植えて初めて、ロータスの樹は花序をひとつ、落とした。

解説

従魔を倒してロータスの樹を救い貸切の七夕を楽しむ
時間帯:夏の明るい夕方~夜(夕方もタゲレオのせいで薄暗いが灯りがある)

●従魔駆除
・従魔タゲレオ:物防:ミーレス級D程度、回避力:0、射程18以上、数は大量
個々は名刺サイズの銀のプレート型従魔で映った生物のライヴスを少しずつ奪うが他に攻撃手段はなく、リンカーには微々たる量
今回は大量に集まり島の上空をきっちりと覆っている(破壊すると天の川が見れるが、お天気雨が一瞬降る)
スタッフは非リンカーしか今は居ない為に外に出ての協力はできない


●施設「ロータスの樹」
今回のみ樹に登ってOK
リプレイに出て来た施設は使用可能
タゲレオ大量発生のために一般人観光客はいない

・短冊
色とりどりの半透明合成紙で作った短冊に油性マジックで願い事を書いてロータスの樹に吊るす
七月いっぱい飾るが、八月には燃やして天に届ける予定
すでにいくつもの願い事が吊るされている


●NPC
・シスター:白の清楚な修道服を着た観光施設のスタッフ

●駆除バイトとして一緒に来たNPC
島のあちこちで駆除にあたり、終わった後は適当に遊んでいる
・紫峰翁大學NPC
灰墨 こころ&アーサー・エイドリアン(az0089)を含めたA.S.とC.E.R.メンバー
同大学の学生にはそれぞれ自分たちのヒーロー組織に入るよう勧誘
※入学された方は学生証を携帯、その旨記載
願い事
こころ:今年もいっぱい遊べますように!
アーサー:稼ぎの良いバイトがありますように
クレイ:こ(消してある)皆が幸せでありますように

・ミュシャ・ラインハルト(az0004)
ミュシャ:エルナーともう一度会えますように
ゼルマ:誓約の重さを自覚すべき
ゼルマはエルナーに嫉妬しているがはっきりと表に出さない


NPCたちもタゲレオ駆除の手伝いをするので割と早めに終わるはずです
従魔を駆除した後は遊んでOKです
お土産を購入した場合お金は引かれますが、実物はリプレイ内の描写のみ

リプレイ


●銀板の空
「これは、思った以上に……」
 言葉を失う魂置 薙(aa1688)の横でエル・ル・アヴィシニア(aa1688hero001)が眉を顰める。
「このままでは星が見えぬではないか!」
 水平線の向こうには透き通るような青がまだ見えるのに、頭上は従魔タゲレオがひしめくせいで重苦しい銀が広がる。くすんだ鏡のようなそれが鮮やかに飾り付けられた島と大樹を映すさまは美しいが、代わりにライヴスを奪われるのではたまったものではない。
 皆月 若葉(aa0778)とラドシアス(aa0778hero001)も天を仰ぐ。
「空、見えないね……」
「全く……面倒な」
 三ッ也 槻右(aa1163)は短冊を吊るしたロータスの大樹を見上げた。
「洋風の七夕も面白いね、でもこれじゃぁ」
「雲隠れならぬ従魔隠れ、ですか……辛いですね、ロータス様」
 隠鬼 千(aa1163hero002)が樹肌を撫でる。
「拓海さん、槻右さん、コレどうしよう?」
「せっかく皆で遊びに来たけど、困ってるみたいだしね」
 若葉に答えた荒木 拓海(aa1049)は、歩いて来る既知の面々に気付いて顔をほころばせた。
「よろしくお願いするっすー!」
 明るい笑顔を浮かべるのは君島 耿太郎(aa4682)だ。
「君島さん、今回も宜しく」
「最近までドンパチやってたんで、こういう依頼久しぶりっすー」
「うん、この面子ならそう時間はかからないよね。──あ! 奈義さーん、久しぶり」
「……変わりないか」
 続いてやってきたのは奈義 小菊(aa3350)と青霧 カナエ(aa3350hero001)だ。
「ご結婚されたと風の噂で。おめでとうございます」
「……そ、そうなのか!? 遅くなったが、祝うぞ」
 カナエがさらりと祝辞を述べると、動揺しながらも小菊もそれに倣う。
 照れを浮かべて顔を見合わせる槻右と拓海。
「ありがとう! 今日はみんなで楽しもうね」
 ふと……思いついたように小菊がカナエを見る。
「銀板をはがして天の川を観たい。まだ観た事が無いのでな」
「では、小菊の願いを叶えましょう」
 さらりと応えるカナエ。拓海たちもまた気勢を揚げる。
「うん、早く解決して皆で天の川を見よう!」
「うっし! さくさく掃除するっすよー!」
「こら、耿太郎。弱くとも従魔だ。気を抜かないようにな」
「もちろん、了解っす!」
 忠告するアークトゥルス(aa4682hero001)に元気よく応じる耿太郎。
 銀板に無数のライヴスの蝶が映った。



●空を破って
 非リンカーである灰墨こころは建物の中から学生リンカーたちに指示を出しながら、やきもきしていた。
『こころちゃ~ん、何処の手が足りないかな?』
「拓海さん!?」
 通信機からの友人の声に驚き喜ぶこころ。
「わたしたちだけでも大丈夫だったけど、頼もしいわ。これはオーバーキルで最速、イケるわね!」
 学生リンカーやミュシャたちとの連携を確立してから、拓海は改めて力無く枝を垂れる大樹を見上げた。
「AGWに送るように、ライヴスを流し込んだら元気になるかな……」
 人はライヴスを自在に操ることはできないが、AGWを介してなら可能だ。AGWの研究課程で生まれた大樹なら、あるいは──そう思って幹に力を込める拓海と、彼と共鳴したメリッサ インガルズ(aa1049hero001)。それに倣う薙たち。
「んーっ!」
『んーっ!』
「んーっ!」
 何も起こらない。
「……ダメ?」
『……難しそうね……』
 メリッサがため息をつき、拓海が苦笑を浮かべた。
『急ぎ上空から片付けましょう』
『メリッサ殿の言うように早急に片付けるのが良いの』
 心配そうに樹を見つめる薙へエルもまた声をかける。
 敵の各個撃破のためにエージェントたちは散開した。
 屋根の上を駆けながら、イグニスとフリーガーファウストG3を使い分けて従魔を焼き払っていく拓海。
「ミュシャさん、ゼルマさんっそっちの方任せた! 薙さん達は派手にやってるなぁ、よし僕達も!」
 応援に来たミュシャに声をかけながら、拓海と連携して従魔を倒していた槻右が翳しかけた手を止めた。
 ──少し、空が高い、かな。
 ゴーグルをずらして空を見上げる槻右の身体がふわりと浮く。
「拓海、ありがとう。いくよ、千」
「オレの方へ放つなよ~」
 ジェットブーツを履いた拓海に抱えられた槻右は、そのまま彼の肩へ移ると、拓海から贈られた守護刀「硯羽」を抜いた。
 太刀のカオティックブレイドである千がそれに語り掛ける。
『硯羽もっといっぱいに、いい子ですね、さぁ暴れましょう!』
 夜空にずらりと並んだ硯色の刀身が次々に吸い込まれて行く。
 大きく凹み、細かな亀裂が入るタゲレオ。
「次はヴァンピール力を貰うね」
 マテリアルシナスタジアで畳みかける槻右。
『デートの邪魔をされたからか、気合が入っておるの』
「エルル?」
 怒涛乱舞と冬花の書を使い分けながら空を打つ薙が英雄をたしなめた。
 空高くで鈍い音がした。
 カナエのアサルトライフル「ミストフォロスDRD」、そして、37mmAGC「メルカバ」を使うアークトゥルスだ。
「そっちは任せたよ」
 高所は二人に任せて、若葉は大樹の枝の上から蝶図鑑をめくる。銀板に映るカラフルな蝶の影。
 ……駆除にそう時間はかからなかった。
 安全を確認した槻右はライヴスゴーグルを外す。
「若葉、それで最後?」
「こっちは……反応なし!」
 レーダーユニット「モスケール」を覗いた若葉が頷く。
 最後に同じくライヴスゴーグルをかけた薙が枝に隠れていたタゲレオへ冷たい花を叩き付けた。
「よし、完了!」
 直後、盛大な破砕音と共に黒化したタゲレオの残骸は一気に砕け散った。
 露わになる満天の星空、輝きを散らした巨大な天の川。
 弾け飛んだ銀の欠片は散りながら雪のように融け、代わりにぱらぱらと天気雨が降り注いだ。
 すでに共鳴を解いていた小菊は夜空を埋め尽くす綺羅星に年相応の感嘆の声を上げた。それを見守るカナエの前で小菊の長い髪を白い肌を細かな雫が伝う。
「──銀板の澱んだ想いを夜空へ昇華させ、還す」
 呟いた小菊の視界が突如黒く閉ざされた。
「弾けた銀板が希望のライヴスとなり、ロータスの樹に注がれますように」
 小菊の言葉を継ぐようなカナエの声。
 闇の中で心落ち着く香気が広がって、それがカナエのものであると気付いた小菊は息を飲んだ。
 彼女が雨に濡れないよう、カナエが自分のジャケットで小菊をふわりと包んだのだ。
「小菊? 大丈夫ですか?」
 目を見開いて硬直する小菊に気付いたカナエが声をかける。
「……!!」
 大丈夫ではないと、この怒りを突きつけたい気持ちで一杯の小菊だったが、残念ながら言葉を発することは叶わなかった。カナエは天を指した。
「小菊、ほら、天の川も頭上にありますよ」
 そこには彼女が視たいと言った空の川。でも。
 ──見上げたら、おまえと眼が合う!
 被ったジャケットを掴んで頑として顔を隠す小菊は、紅潮する己の顔にただただ戸惑うばかりだ。


「お疲れ様、いやぁ、沢山だったね」
「ロータス様も心無しか嬉しそうです」
 槻右の後を追う千の言う通り、いつの間にか大樹の枝はのびやかに空に向かっていた。
 エルとの共鳴を解いた薙の耳に、しゃららんという音が聞こえた。
「少しは元気が戻ったかの」
「綺麗だね……」
「うん、近くで見ると一段と綺麗だね。──元気になって良かった」
 胸を撫で下ろす若葉。
「ありがとうございます! 今回こそもう駄目かと思いました」
「お疲れ様!」
 建物から出て来たシスターとこころ、そしてスタッフたちが口々に礼を述べる。
「でも、今日の営業は無理ですね。皆様だけでも遊んでいってくださいな」
 準備が無駄になってしまいますからと笑うスタッフ。「やったあ!」とはしゃぐ学生リンカーたちを横目にシスターは籠から風鈴のようなものを取り出す。
「ロータスの樹の花です。花が落ちたのは初めてで……美しいばかりの花ですが、たくさんの夢を見て来た花です。不安定なこのご時世、戦う皆様の守りにでもなれば」
 透明な花は、光に翳すと七色の影を落とした。



●織姫彦星、マスカレイド
「好きなものをどうぞ」
 案内されたテントにはあらゆる衣装が並んでいた。
 すでにラフな服装に着替えた耿太郎は少し考えて、外を指した。
「先に蛍、見てきていいっすか?」
「なら、俺も」
「でも、王さん、そこの鎧とか着たらきっとぱねぇっす! 俺、蛍まだ見た事なくて早く見たいんっすよね」
「うん、思い返してみたが──俺も思い出せないんだ」
「あ──じゃあ」
 にっと笑って、耿太郎はアークトゥルスと歩き出した。
「さて、俺達はどうしようか? 薙、せっかく七夕だしテーマを揃えようよ」
「いいけど……彦星量産ってどうなんだろう」
「確かに。思いつかない……シスターさんにお任せしてもいいかな」
 シスターと和やかに衣装を選ぶ若葉と薙とエル、それを眺めるラドシアス。
「お、ラドさんも仮装するのかぁ」
 槻右から期待を込めた視線を受けて、彼はぼそりと抵抗した。
「……着ないぞ」
「は? 何言ってんの」
「着たい者だけ着ればいいだろう……」
 突如始まった英雄と能力者の言い争いは、始まりと同じで面倒になったラドシアスが折れることで収まった。
「面倒くさい……」
 頭を抱えるラドシアスの前にどんどん衣装が積まれていく。
 被帛を垂らしたエルは自分の織姫と雰囲気を合わせたラドシアスの彦星姿をまじまじと見た。
「……思ったより違和感がないの」
「……お互いにな」
 エルとしてはとても似合っているという意味であり、それを察したラドシアスも笑う。
「こちらもお似合いですよ」
 シスターが更衣室のカーテンを引くと、細部の違う揃いの立派な漢服姿の若葉と薙が並ぶ。
「こんな彦星様もどうでしょうか」
「ほう」
「気が強そうな織姫だ……」
「ほう?」
 薙の一言をスルーして、エルが同じく着替えを終えた友人たちに優雅に手を振る。
「アヴィシニア様! わぁ、織姫様だ! ラド様の彦星様とお二人でとっても絵になります。若葉様も魂置様も素敵です!」
「わぁ~、エルさんとラドシアスさんの織姫彦星、似合うわ。もちろん、若葉さんも薙君も……キャ」
 目を輝かせる千と何やら全方向に萌えるメリッサ。
 改めてカーテンから外に踏み出した若葉たちを見て槻右と拓海も破顔した。
「おお……シスターさん、流石だね、若葉、薙さんにぴったりだ!」
「良いね! よく似合う」
 驚いて言葉が出ない薙たちに代わって、エルが評する。
「幻想的で美しい姿だの」
 拓海たちはヴェネツィア・カルネヴァーレのパレード風衣装で揃えていた。
「わ……ここだけ世界が違うみたい!」
 薙の賞賛に、男性陣は少し照れながら、女子たちは揃って左右にくるりと回って見せた。
 拓海は白金青で彩られた中世の、槻右は角の付いた優美なマスケラで目元を覆い、白い羊と古典的な共に貴族風の服装を纏っていた。
 千は赤と白のヴィスクドール風ドレスと帽子、まっ白なスティック付きのベネチアンマスクを持ち、メリッサはベネチアンマスクとドレスを若草色と桃色で揃えていた。
 若葉も嬉しそうに声をあげる。
「拓海さんも槻右さんもここの景色ともぴったりで……かっこいいね! リサさんと隠鬼はとっても可愛らしいよ」
 改めて、メリッサと千に近づくエル。
「これは可愛らしい。良く似合うておるぞ」
「うん、リサも千ちゃんも綺麗だよ」
「うん、千ちゃん可愛い☆」
 拓海も感想を述べるとメリッサがぎゅっと千に抱き着いた。
「ありがとうです……っ。ドレス! かわいいです……っ。 私ももっとかわいい服とか普段から着てみようかな。──リサ姉、今度一緒に選んで?」
 大好きな姉様に褒められた千は、いつも以上に可愛らしい。



●蛍の川
 ようやく星空を見上げた小菊へ、カナエが改めて声をかけた。
「皆さんは出かけて行きましたよ。川には蛍があるそうですし、折角の七夕です。せめて短冊を書きに行きませんか」
 いつの間にか甘い匂いもしているし、心地よい音楽も流れている。
 小菊は頷くと、少し皺が付いてしまったジャケットを下ろした。


 千とメリッサが乗ったヴェネツィア風のゴンドラがゆっくりと河岸から離れていく。
「空も地上も星の海ね」
「水面もです!」
 千に促されて覗き込めば、黒い川もまた星空と蛍を映して輝いていた。
 瞬く光に包まれて言葉を失う二人──だったが。光の向こう、河岸をスイーツを手に楽しそうに歩く耿太郎や薙たちを見つけた。
「美味しそう~、私も」
「降りたら一緒に」
 女子たちの軽やかな笑い声が広がる。
 その声が聞こえないほどに離れた河面を別のゴンドラが滑る。
「綺麗に見えるね」
 河岸から手を振る若葉に気付いて手を振り返す槻右。その姿は幻想的で美しい。
「槻右……」
 思わずデレっと見惚れる拓海だったが。
「七夕の星をこんな気持ちで見上げる日が来るなんて思ってなかったなぁ……」
 こぼれた槻右の呟きに表情を曇らせた。
「年一度、それすら運任せ……考えたくもない」
 舷の下で拓海と槻右の掌が重なる。ぬくもりに少しはにかみながら、槻右は拓海の瞳ごしに星を見る。
「この日はずっと晴れるといいのに」


「ジェラート、あるかな♪」
「薙、あっちだって!」
 ワゴンショップで買ったスイーツを片手に川縁から蛍を鑑賞を決め込んだ薙と若葉たち。無数に飛ぶ蛍の向こうには、遠くを行く友人たちのゴンドラがある。
「地上に天の川を作るとは、風流な趣向だの」
 エルが感嘆のため息をつく。
「恋人の聖地って、どんなとこだろうって、思ってたけど……いい所、だね」
「ほんと綺麗だよね。聖地……じゃなきゃ気楽に来れるのに」
 薙に頷き、仲睦まじい荒木夫妻に手を振りながら若葉は天を仰ぐ。
「あー……俺も彼女ほしー」
 若葉も彼女とか興味あるんだ、と目を丸くする薙。
「気になる人とか、いないの?」
 薙の問いに若葉がきょとんとする。
 若葉は男女問わず友人が多い……しかし、そう問われて浮かんだのは久しく会っていない幼馴染の顔だった。
「少し意味が違う気もするけど、いるよ……元気にしてるかな」
 ──今はどうしているかな。
 若葉は星空を仰ぎ見た。今のところは恋人よりも気の置けない友人たちとつるんでいる方が楽しいかな、とも思う。
 ──それは結局いないってこと……? いやその人の事が……?
 難しい顔で首を傾げた薙へ、若葉は問い返した
「……で、薙はいないの?」
「僕は……」
 楽しげに尋ねる若葉。
 薙は言葉に詰まって……そして、考えて考えて。
「……内緒!」
 ──この答え方はズルしたみたいだ。
 軽く罪悪感を感じる薙から、質問のボールはラドシアスに放られた。
「ラドさんは……恋愛には、興味なさそう、だね?」
「……そも、俺に興味を持つ物好きなどいないだろう」
 静かな英雄の言葉に俄然盛り上がる薙とエル。
「興味の有無なら私はあるぞ?」
 ──好奇心的な意味で。
「僕も、ある!」
 ──カッコイイ大人への憧れから。
 二人の反応にラドシアスは苦笑を浮かべた。
「……存外近くにいたか」
「ラドも人付き合い良くなったよね……エルさんや薙のおかげかな! これからも仲良くしてやってよ♪」
「……何様だ、お前は」
 若葉の言葉に半ば呆れるラドシアス。
「楽しそうっすねー!」
 傍から声をかけたのは耿太郎だ。
 ワゴンショップで買った軽食や甘味を持って、川辺を歩きながら蛍を眺めていたのだ。
「あれ、着替えなかったの?」
「俺達、蛍は初めて見るから早く見たくって。王さんは違うかもしれないけど、覚えてないから、二人とも初蛍っすー。でも、衣装変えるのも楽しそうっすね?」
 物珍しそうに蛍を目で追うアークトゥルス。
「思っていたよりも明るいな」
「点滅するのがいいっすねー。綺麗っすー!」
 改めて蛍と星を見て、彼らは「綺麗」だと声を揃えた。


●願い
 洒落た七夕の短冊が次々にロータスの枝に括られていく。
「折角だから、形にして残そうよ」
「写真? いいな、撮ろうよ!」
 拓海の提案に若葉が顔を輝かせて、短冊を書く仲間たちに声をかける。
『心頭滅却、人生平穏無事』
 小菊の短冊を見てカナエが感想を漏らす。
「相変わらず年寄りくさいですね」
「悪いか。素直に書いたぞ! ……あとな、蛍は綺麗だが私に気を使うな。カナエは何か無いのか」
 自分に付き合って長い時間をロータスの樹の下で過ごしてしまった英雄へ、ばつの悪さを抱いて小菊は尋ねる。
「そうですね、荒木さん達と記念撮影をしたいです」
「……おまえが望むなら……。新しい発見や感動があるかもしれん。己の価値観に囚われてばかりでは人生つまらん」
 そう答えながらも、小菊は戸惑いを見せた。
「だが……むぅ……衣装が……」
 葛藤する小菊の姿にカナエは静かに微笑み、そして、ロータスの樹を見上げた。
『小菊と楽しいと思えることを、たくさん見つけられますように』
 そう書いた短冊が揺れていた。
 ペンを持った耿太郎はロータスの樹を見上げて唸る。
「最近重かったりきつかったりする依頼が多かったっすから。叶うと色んな人が得するやつにしたっす!」
 アークトゥルスが静かに頷く。
「そうだな。この願いは特に叶うようにお願いしておくか」
「やっぱりこれっすかね?」
 迷いなく、耿太郎が大きく『みんなが幸せになりますように』と書いた。
 風が吹く。
 この日までに吊るされた様々な人々の願いを綴った短冊と美しい花が揺れて、大樹が歌う。その下では耿太郎を始めとしたH.O.P.E.のエージェントたちが和気藹々と束の間の休息を楽しんでいる。
 『希望が健やかに育ちますように』、それがアークトゥルスの綴った願いだった。
 柔らかな草地に座って薙もまた短冊に願いを綴る。
 『守りたいものを守れますように』。そう書いた短冊を膝に乗せて、もう一枚、新しい願い札を手にする。
 ──……願い事くらいは、欲張っても、いいよね。
 迷い、止まり、消して。
「……願うだけでも、難しいな」
 書きかけのそれを塗りつぶして、くしゃりとポケットに押し込むと、膝に乗せた一枚だけを手に大樹へ向かった。
 そんな薙と共にエルもまた願いを吊るす。
 そこには『薙の願い事が叶いますように』と書かれていた。
「この辺りに」
 『リサ姉と一緒の可愛い服が欲しいです』そう書いた短冊を吊るす千。
 笑顔のメリッサが『今夏の新作ワンピが欲しい☆』と書かれた短冊をぺらりと見せる。
「拓海はなんて?」
「見せるほどでは」
 拓海は自分のそれを高い場所へ掛ける。
「た、拓海! 僕のも一緒に上に!」
 『この幸せがずっと続きます様に』そう書いていた短冊に何かを書き足して、槻右は自分の分を拓海に託す。
 受け取った短冊に『拓海と、皆の居る』と書き足されたのを見て拓海はにっこりと笑い、自分のそれに並べて吊るした。
「やっと会えた。たくさん、遊びましょう!」
 こころを見つけたメリッサが千と共に彼女を挟む。
「え、ええ……」
 初めて見た拓海と槻右の幸せそうな姿とメリッサの様子に落ち着かなく目線を彷徨わせるこころ。
 その時、風が吹いてリサの短冊の裏がちらりと見えた。
 ──『夫婦円満で』。短冊の裏に丁寧な字で書いたそれに気付いたこころは逆にメリッサと千の腕をがしっと掴んだ。
「あとでふたりにおごっちゃうわ、一品だけだけどっ」
「な、なに?」
「わ、私もですか?」
 拓海は自分の短冊を見ているミュシャに気付いた。
「見えちゃったかな」
「……すみません。でも、何故裏なのかなって」
 『平和な世に成りますように』と書かれた拓海の短冊の裏には『誰の手も離さずに』と綴られていた。
「……心配し過ぎかもしれないけどね」
 勿論、平和な世を拓海は心から望む。
 けれども、それは──英雄や友人との別れの日かもしれない、そんな不安があった。
 ミュシャが握った短冊には決別した第一英雄に会いたいと書かれている。手を離された側の彼女に拓海は言った。
「会えるよ、誓約が切れてないのが証だ……今は貴方が彼を守る番なんだね。
 ……彼で頭が一杯そうだけど、寂しがらせてない? うちは『私も構って~』とリサに……」
「え……」
「拓海、わたしも構って~!」
「わっ!」
 ひょいと顔を出したメリッサがくすくすと笑った。後ろには槻右や千たちも待っている。
 『皆の願いが叶いますように』、そう書かれた若葉の短冊の隣に、ラドシアスは無記入の黄色い短冊を結んだ。
「これで……良しと」
 ──この日常が続くよう……。
 それがその日最後の短冊に込められた願いだった。



「撮影しまーす」
 カメラを持ったスタッフの声に皆はそれぞれの位置に着く。
「楽しかったー!」
 エルはラドシアスの隣に優雅にポーズを決めると、皆月は薙と満面の笑顔を浮かべた。
 耿太郎はアークトゥルスと並ぶ。
 それから──。
「主、失礼しますね」
 メリッサにべったりだった千が、突然、槻右の背中を押した。
「わわ!?」
 バランスを崩した槻右は目論見通りに拓海のもとへ。
 槻右が支えられて赤面した瞬間、拓海が満足そうに彼を支えて微笑んだ瞬間。
 笑顔と優しい表情が溢れた瞬間。
 パチリとシャッターが落ち、世界が一枚切りとられた。
「締めの花火、どうっすかー!」
 スタッフから花火を受け取ると、耿太郎は仲間たちへ配り始めた
「人に向けない! 振り回さない!」
 火花を散らしてはしゃぎまわる学生たちに慌てて注意する耿太郎。
 せっかく従魔を追い払ったのに花火で大樹炎上など冗談ではない。
「なるほど………ここに火を……」
「下を向けた方が」
 おっとりと槻右に教えられて、なるほどと持ち替えるアークトゥルス。
「向こうの学生は参考にしない方がいいだろう」
 ロケット花火を抱えた小菊が神妙な顔で忠告する。
「こっちに線香花火もあるっす!」
 耿太郎がそう言った瞬間、星の詰まった夜空に新たに大きな打ち上げ花火があがった。

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結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 共に歩みだす
    皆月 若葉aa0778
    人間|20才|男性|命中
  • 温もりはそばに
    ラドシアス・ル・アヴィシニアaa0778hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 拓海の嫁///
    三ッ也 槻右aa1163
    機械|22才|男性|回避
  • 分かち合う幸せ
    隠鬼 千aa1163hero002
    英雄|15才|女性|カオ
  • 共に歩みだす
    魂置 薙aa1688
    機械|18才|男性|生命
  • 温もりはそばに
    エル・ル・アヴィシニアaa1688hero001
    英雄|25才|女性|ドレ
  • 心頭滅却、人生平穏無事
    奈義 小菊aa3350
    人間|13才|女性|命中
  • 共に見つけてゆく
    青霧 カナエaa3350hero001
    英雄|25才|男性|ジャ
  • 希望の格率
    君島 耿太郎aa4682
    人間|17才|男性|防御
  • 革命の意志
    アークトゥルスaa4682hero001
    英雄|22才|男性|ブレ
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