本部

過去の傷痕

茶茸

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
5人 / 4~8人
英雄
4人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/07/20 11:32

掲示板

オープニング


 あの日、ギアナ支部の実験場ではAGWをより強力にするための高エネルギー体を生み出す実験が行われていた。
 指揮を執ったのは研究の中心人物でもあった科学技術者のデイモン・ダイアー。
 科学分野のみならず医学薬学や物理工学にも才能を発揮する人物だったが、その才能と技術に比例してプライドが高く傲慢な言動が目立ち敵を作りやすい人物でもあった。
 それでも実験に数多くの研究員や技師が協力したのはその技術知識を認めていたからに他ならない。
 しかし、実験は失敗に終わった。
 実験場は大爆発によって崩壊。何とか掘り出したものの散らばっているのが何かの破片なのか人体の一部なのかすら判別し難い状態だった。
 その中には現ギアナ支部職員のタオ・リーツェンの父親もいたが、彼の遺体は他の犠牲者同様ごく一部しか見つからなかった。
 生き残ったのはデイモン・ダイアーただ一人。

「高エネルギー体を生成する段階での爆発事故。デイモン・ダイアーの証言を否定する物は発見できなかった」
 鍛え上げられた褐色のマッチョボディと豊かで色鮮やかな胸毛を惜しげもなく晒し、M・Aは揺るぎない大木のごとく立ってた。
 対面にいるのはタオ・リーツェン。部屋に入ってきた時にどんな話をするか予想していたのだろう。普段は閉じて糸目になっている瞼は開かれ、義眼には赤い光が浮かんでいる。
 その目を正面から受け止めるM・Aの頭に色鮮やかなマスクはなく、かつてギアナ支部の黎明期を共に歩んできた仲間の忘れ形見を見詰めていた。
 事件当時タオはまだ子供。唯一の肉親である父親を亡くし呆然自失の少年に、悲惨な死の実情を伝えるのは躊躇われた。
 M・Aはその事故を阻止できなかった事を、タオに伝えるのを躊躇った事を後悔している。
 少年は自暴自棄になって失踪し、M・Aが失踪していた子供と再び出会った時、子供は青年となり四肢と両目を失いアイアンパンクとなっていた。
 そんな彼がエージェントとして元気に活動する様はM・Aを始め当時を知る古参職員を安堵させたが、よりにもよって事故の当事者であるデイモンが残した資料を見て尊敬の念を抱くのは予想外だった。
 彼の心情を慮って詳しい情報を与えまいとしたのは人情としては仕方のない事だろう。
 だがラグナロクの研究所、リオ・ベルデ国内で起きた一連の騒動を経て『D.D.』の存在を知ったタオは独自に事故の詳しい情報を調べ上げてしまった。そしてD.D.がデイモン・ダイアーである事、父親が死んだ過去の事故を引き起こした張本人である事を知った。
『私を殴っても構わない。君にはその権利がある』
 事実を知ったタオが自分の元に飛び込んで来た時、そう言ったM・Aをタオは全力で殴り飛ばした。
 それで多少気が晴れたのか、パートナーであるケッツァー・カヴァーリを筆頭に周囲が寄って集って沈静化を図り、同行した依頼に参加したエージェント達の声掛けもあった。今のタオは至って静かな様子でM・Aの話を聞いている。
「デイモン・ダイアーがD.D.として為した事は非道の一言に尽きる。今や彼の過去の証言、実験そのものの真偽も怪しまれる」
 実験は本当にAGWの強化のために行われていたのか。高エネルギー体とは実際にはどういった物だったのか。
 当時の研究資料は事故現場に持ち込まれていたらしく殆ど残っておらず、研究を詳しく知る人間も事故で亡くなったか失踪してしまった。
「そこでもう一度事故現場を調査する事になった。当時よりも優れた機器、調査方法が確立された今なら新たな発見があるかも知れない」
 やってくれるか?
 そう問いかけるM・Aにタオは頷いた。


「事故現場はテーブルマウンテン内部。封鎖されていましたが、現在は復旧作業を行い立ち入りが可能になっています」
 タオは集まったエージェントに過去の事件と事故現場を再度調査する旨を伝える。
 当時の調査は崩落した現場の処理と遺体の回収に終始し、その後も事故によって人員が減ってしまったために人員の異動調整や研究・仕事の引継ぎ、アマゾン原住民との折衝や密猟グループの対処などで調査は後回しになり、最近では【森蝕】で大打撃を受けてしまった。
「今まで後手に回っていましたが、元警官や芸能人の多いニューヨーク支部は各エージェントの人脈や独自の情報網もあり北米での心強い味方となるでしょう」
 D.D.が愚神ディー・ディーと共に北米に渡り、今後はニューヨーク支部を中心にその行方を追う事になる。
 この機会にもう一度D.D.の事を彼がデイモン・ダイアーであった頃から調べ直そうと今回事故現場の再調査を行う事になった。
「個人情報等は当時を知っている古参の職員が中心になって洗い出しています。皆さんには現場の調査を……」
『緊急事態! 緊急事態! 従魔の出現を感知!』
 タオの説明を突然の警報音とアナウンスが遮った。
 反射的に立ち上がったエージェント達を一旦制止し、タオはギアナ支部の立体地図を表示する。
 赤く点滅するマーカーはギアナ支部より離れた場所にあるのだが、タオはそれを見ると「よりによって!」と毒づいた。
「従魔が出現した場所は封鎖されていた旧東棟の実験場。これから調査する予定だった事故現場です」
 この事態に調査をするつもりで来ていたエージェント達は改めて自分の装備を確かめる。
 従魔が出現したとあれば戦闘に適した装備を持ち込まなければならない。
「調査を行おうにも従魔がいる限り不可能です。まずは従魔の討伐を最優先でお願いします」
 タオはエージェント達が頷いたのを確認すると、調査用の資料を一旦脇にどかし警備室からカメラの映像をブリーフィングルームに送るように要求するなど慌ただしく各部に連絡を取る。
 届けられた現場の映像に映ったのは崩落を防ぐためにいくつもの支柱が建てられた部屋。
 その部屋の中にぽつんと佇むのは、長い髪に白い肌を持つ一人の女性。
 肌も露わな体の各所には異常な太さの血管のような物が走り、生き物の心臓を思わせる物が幾つも脈打っている。
 微笑みをたたえた顔の半分からは何かの結晶のような物が飛び出し煌めいていた。

解説

目的
 ・従魔の撃破
 ・事故現場の調査

●状況
 ・ギアナ支部/午前8時
 旧東棟。再調査に向けて復旧済み
 照明もあり通路幅は高さ1.5SQ、幅2SQ。室内は縦20SQ、横15SQ、高さ2SQ。崩落を防ぐ支柱が0.5SQ〜1SQ間隔で立てられ、支柱の丁度半分くらいの高さに補強を兼ねて足場が張り巡らされている
 非戦闘員の避難はタオや駆け付けた他のエージェント達が担当
 従魔は室内の中央付近を徘徊しているが、時間が経つと外に出ようとする

●特記事項
 東棟の通路・室内には崩落を防ぐための支柱が多く設置されています
 少なくとも半数は残っていなければ現場は崩壊し従魔撃破後の調査ができなくなります
 爆弾・砲撃や公範囲に影響を及ぼすスキルの多用は大変危険です
 一連の流れは午前中に従魔との戦闘、無事終了すれば休憩を挟み午後から現場の調査開始となります
 休憩中は体を休めるもよし、ギアナ支部の食堂で舌鼓を打つもよし、タオや他の職員と話をするもよし。自由に過ごして下さい

●敵
・『女性型従魔』×1
 デクリオ級/中型
 長い髪と微笑みを浮かべた女性の顔を持つ従魔
 血管や臓器を思わせる器官が体の各所に張り付き、顔から結晶体が飛び出ている
 知能は高くない。進行方向にある支柱は避けるよりも破壊する確率が高い
 予想される攻撃は『血管のような鞭を振り回す』『顔の結晶体からライヴスか結晶体その物を射出する』

●NPC
・『タオ・リーツェン』/『ケッツァー・カヴァーリ』
 旧東棟やその近辺にいた非戦闘員を他のエージェントや戦闘技能を持つ面々と共に避難させます
 従魔の撃破後は調査に参加。PCからの協力要請や質問には可能な限り答えます

・その他職員など
 現場の調査には事故当時もギアナ支部にいた古参の研究員や技師も協力しています
 彼等に話を聞けば当時のギアナ支部の様子やD.D.=デイモン・ダイアーの個人的な話を聞けます

リプレイ

●従魔の微笑み
『旧東棟、および周辺の避難は完了しました。従魔は出現地点の周辺を徘徊しています』
 通信機からタオ・リーツェン(az0092)の報告が届く頃、エージェント達は従魔が出現した旧東棟に辿り着く。
 支柱で支えられた廊下を駆け、半ば土に埋もれた所から掘り出した部屋に入る。
「なんでこいつ一体だけ出てきた!?」
 御童 紗希(aa0339)の口からぶっきらぼうな言葉が飛び出した。共鳴しているカイ アルブレヒツベルガー(aa0339hero001)のものだ。
『事故現場を探られたくない理由でもあるのかな? ディー・ディーとデイモンさんはまだ生きてるんだよね?』
 紗希はカイの目を通してその従魔の姿を見た。
 長い髪に優し気な面差し。ほっそりした体つきの女性の姿。しかしその顔からは結晶体が突き出し、体には血管や臓器を思わせるものがまとわりついてそれが人ではない事を教えている。
「何しに来たのか知らねぇがちょっとばかし役不足だな!」
『示し合わせたかのような歓待だな』
 墓場鳥(aa4840hero001)は再調査を行う今日この時に現れた従魔にそう言ったが、ナイチンゲール(aa4840)は元の形がなんであったか分からない程砕け変色した瓦礫と檻のように並んだ支柱を見て呟いた。
「……ここに棲んでるんだ」
 その声は共鳴した墓場鳥だけでなく他のエージェントの耳にも入る。そして皆が同じ事を思った。
『………“犠牲者”か』
「それは分かんないけど」
 この旧東棟、従魔が出現した場所はかつてデイモン・ダイアーが―――愚神ディー・ディーと共に改造従魔やRGWを作り出し、そのために数多くの人間を傷付け人ではないものにしたD.D.が、過去ギアナ支部にいた時に起こした事故現場の跡地だった。
 人から人ならざる異形へと変貌した改造従魔の事を思えば、この従魔ももしやと思ってしまうのは当然だろう。
「……あの従魔、今になって偶々出てきたって訳じゃないだろ」
 その存在、その理由を勘繰ったのは真壁 久朗(aa0032)とセラフィナ(aa0032hero001)も同じだった。
『何かに呼ばれてでしょうか……? それとも……』
「何にせよ手掛かりという事に違いはないな」
 これ以上見ていても分かる事はないかと思い始めた時、従魔の体ががつんと支柱にぶつかる。
 すると従魔は女性の顔に微笑みを浮かべたまま血管のような物を持ち上げた。
 振り回されたそれは鞭のようにしなり近くに立てられていた支柱数本を薙ぎ払う。
「支柱を壊されたらここが崩れるわね」
 藤咲 仁菜(aa3237)が淡々と言う。九重 依(aa3237hero002)と共鳴した影響か、表情も本来の彼女より冷静に天井を見上げる。
 瓦礫か岩かも判別できない物が混ざった土の天井は林立した支柱が無ければ崩落するだろう。
『観察はここまでだな』
 依の声が聞こえたかのように、従魔を観察していた久朗が戦闘開始だと周囲に告げる。
 まず従魔の前に立ち塞がったのは十影夕(aa0890)だった。
「どっから迷い込んだの? それとも、ここで眠ってたの?」
 その質問に従魔の首がすこし傾いた。目は明らかに夕を見詰め、そして微笑む。
「おしゃべりできる商品じゃないみたいだね?」
 ただその笑顔は妙に人間臭く、胸に何とも言えない気持ちがわき上がる。
 それを押し殺し、夕はライヴスフィールドを展開した。
「さて、こいつは効くかな」
 ライヴスフィールドの影響を受けた従魔に次はカイが臥謳を仕掛ける。咆哮が空間に響き渡り、音を伴ったライヴスの衝撃が従魔の体にも影響を及ぼす。
 それに合わせて久朗の手に装着されたキリングワイヤーが放たれた。
「まず一つ!」
 狙いは血管の鞭。ワイヤーの切れ味は一瞬の抵抗を切り裂き血管の鞭を切断する。
 久朗がそれから流れ落ちる液体を見てカイに視線をやると、カイが持っていたライヴスコールドボックスを持ち出し落ちた血管の鞭を液体が付いた瓦礫と一緒に回収しにかかる。久朗はその行動を補助するために従魔を抑え込むために動いた。
 もう一人、ナイチンゲールが従魔の抑えのために立ち塞がる。
「支柱からは離れてもらうよ!」
 守るべき誓いを発動し、ナイチンゲールはライヴスの守りを高めると同時に従魔の意識を自分に向けさせる。
 微笑む顔が自分の方を向いた時、従魔の顔半分を占める結晶体が煌めくのが分かった。
 はっとして身構えたナイチンゲールに水晶体内部で生成された光が矢の如く突き刺さり、肌を焼く。
「攻撃意思は低そうに見えたけど、本気になったってことかな」
 従魔は体にまとわりついている他の血管の鞭も幾本も振り回し始めた。
 よく見れば臓器のような物が先程よりも強く脈動し、結晶体の中に幾つもの煌めく光が見える。
「いまさら本気になっても遅いよ」
 ナイチンゲールの傷を癒した夕は従魔に向けて放たれたライヴスの糸を見ていた。
「捕まえた」
 今まで潜伏していた仁菜の女郎蜘蛛が従魔の体に絡み付く。
 そこを狙ったカイのヘルハウンドが従魔に纏わり付く臓器の一つを破壊した。
 断面から噴き出した液体は先程久朗が斬り落とした血管の鞭から流れた物と同じ色をしている。
 大きな損傷にも従魔の微笑みは変わらず、久朗は槍を従魔の背に当てながら問い掛けた。
「お前も”そう”なのか? 名前は?」
 夕の言葉に応えなかった事から声を発する事はないかもしれないが、反応を確かめるために久朗は従魔の顔を見る。
「笑った……?」
 従魔の顔は笑っていた。
 これまで浮かべていた微笑みではなく、にっこりと嬉しそうに。
 そして血管の鞭の間から白い腕が出てきて久朗の顔に伸ばされる。まるで誰かを愛しむように。
「真壁さん、離れて!」
 夕が叫ぶ。仁菜の女郎蜘蛛に囚われているとは言え、従魔の攻撃手段は結晶体からの光の矢もある。
 夕の槍の穂先が結晶体を削り、破片が煌めきながら宙に舞う。
「気になる事は多いけど、まずは倒さないとどうにもならないから」
 仁菜はこの不可解な行動を取る従魔に毒刃で追い打ちを掛ける。
「回収は?」
「一応切り落とした血管と、砕けた結晶体は回収できた」
 久朗が聞くと、カイがライヴスコールドボックスを指す。
 従魔は倒されるとその肉体が消滅してしまうものだが、本体から分離して時間が経っても消えていないならそのまま残るかもしれない。
 実際にD.D.が関わったとされる改造従魔は倒した後も体の一部が残る事がった。
 その残った一部から、改造従魔が元は人間であった事が分かったのだ。
「この従魔も人だったかもしれない。だから、せめて終わらせてあげよう」
 夕の言葉にエージェント達が頷く。
 武器を向けるエージェント達に、従魔はただ微笑む。

『従魔の沈黙を確認。皆さん、お疲れ様でした』
 通信機からタオの声が聞こえる。
 攻撃に専念した五人のエージェントの前にたった一体の従魔はあえなく崩れ落ちて行った。
「……やっぱり”犠牲者”だったのかな」
 ナイチンゲールは崩れ落ちた従魔の側に膝を付く。
 血管の鞭や臓器は殆ど崩れ消滅していったが、一部が残った。また長い髪と微笑みを浮かべた顔、他にも女性の形をした体が少しずつ残っている
 顔半分を占めた結晶体は従魔が崩れるとすぐにその光を失った。
 ナイチンゲールはライヴスが感知できない事を確かめた後、微笑みを浮かべたままの女性の瞼をそっと下ろす。
 立ち上がって見回すと戦闘を行っていた場所の支柱は半分以上が壊されてしまったが、他の支柱は無傷で崩落を心配する程ではないらしい。
 ただ念の為に支柱を立て直すので、その間体を休めてはどうかと言う提案があった。
 土まじりの場所で戦ったため汚れてもいたエージェント達は集めた従魔の体液や体の一部などの解析を頼み、休憩を取る事にする。

●合間のひととき
 ギアナ支部の食堂で共鳴を解いた紗希とカイはカルルを食べていた。
 夕が食べているのはセビチェと言う魚のマリネ。香辛料に混じる日本人にはなじみ深い魚介類の香りに惹かれたようだ。
 久朗とセラフィナは見慣れない料理の中からチュペ・デ・カマロネスを選んだ。
 周りの職員は彼等がギアナ支部の食堂を使うのは初めてと見てこぞって中南米の料理を勧めて来たようだ。
「なっちゃん、こんなケーキがあったよ」
「グァバケーキだ」
 仁菜と依がナイチンゲールと墓場鳥の元に持って来たのは鮮やかなピンクをしたスポンジケーキ。
 戦闘が終わってからずっと黙り込んでいたナイチンゲールは食事を摂ろうともしていなかった。
 ナイチンゲールの頭の中では、微笑み愛しいものにするように手を伸ばす従魔の仕草が繰り返されていた。
 愚神ディー・ディーとD.D.を追う中であと何回”人”を殺さなくてはならないのか。重苦しいものに胸が詰まり食事をする気にはなれなかった。
 ふと、仲間がお互いの料理をシェアして盛り上がっているのが見えた。
 彼等の中にもナイチンゲールと同じような気持ちが少なからずあるだろうに。
「あまり気を遣わせるな」
「うん……。ねえニーナちゃん、そのケーキどこにあったの?」
 墓場鳥にもそう言われ漸く顔を上げたナイチンゲールを、仁奈は嬉しそうにデザートコーナーに連れて行った。
 その様子をこっそり窺っていた面々も一安心だと改めて料理に舌鼓を打つ。
「おう若造ども、しっかり食ったようじゃの!」
 食事が終わり一息ついていたエージェント達の元にタオを伴ったケッツァー・カヴァーリ(az0092hero001)がやって来た。
「ちょっといいかな。聞いてみたい事があって」
 夕は雑談が途切れたタイミングを見計らってタオに聞く。
「デイモン・ダイアーのこと、どうしてそんなに激しく憎いの?」
 タオは愚神ディー・ディーが現れた頃からおかしくなり始め、D.D.がデイモン・ダイアーだと判明してから激しく変貌していった。依頼で人前に出る時はそれなりに抑え込んでいたが、見えない所では酷い有様だったらしい。
「……どうしてそんな事を聞くんです?」
「あなたのこと、あんまり他人事だと思えないから」
 そう言われてタオは頬をかいた。
「父親の仇だからとしか言いようがないんですが……まあ、八つ当たりも含んでます」
 タオは淡々と話す。
 父親がギアナ支部で起きた事故で亡くなり、事故の詳細を知りたくともたった一人の肉親を亡くした少年に悲惨な実情を伝えるのを躊躇った周囲は言葉を濁す。
 父親に伴われ当時のギアナ支部によく入り浸っていたタオは、父親だけでなく自分を可愛がってくれた人達も一緒に亡くしている。ショックも強く、その内自暴自棄になって家を飛び出した。
 ケッツァーに出会うまで人には言えない暮らしをしており、その中で両手足と両目を失っている。
「私の場合は自業自得ですが親子共々酷い目に遭ったんです。恨んでもおかしくないでしょう」
 その時廊下からタオを呼ぶ声が聞こえてタオは「失礼」と離れて行く。
「……俺も聞きたい事がある」
 久朗が問いかけた相手はケッツァーだった。
「タオがD.D.に会った時……あんたは止めるのか? 手を貸すのか?」
「……小僧の恨みは根深い。知らなかったとは言え仇を尊敬していたとあってはのう。そりゃあ荒れたもんじゃ」
 黙って話を聞くエージェント達に、ケッツァーはにやりと笑った。
「心配するでない。小僧が何かやらかそうとしたらワシが力尽くで止めてくれるわ」
 実際荒れるタオを物理で大人しくさせたのは十回や二十回では済まない。そう言って豪快に笑うケッツァーの声を聞きつけたのか、タオが呆れ顔で戻って来た。
「何を馬鹿笑いしているのやら……。皆さん、申し訳ないのですが支柱の立て直しと解析作業に思ったより時間がかかるようです。私も交代で解析作業に入るのでこれで失礼します」
 タオはその前に交代で休憩にきた研究員と技師をエージェント達に紹介する。
 事故現場の再調査を聞きつけて参加した古参の面々はD.D.がデイモン・ダイアーとしてギアナ支部に勤めていた頃を知る生き証人だ。
「彼等に聞きたい話もあればどうぞ。事情は知っていますし、快く協力してくれます」
「また後でな」
 そう言ってタオはケッツァーと共に解析作業のために走って行った。
 残った研究員と技師とエージェント達は飲み物を手に思い思いの場所に落ち着いて話を始める。
「当時も一通りの調査はしたと聞いた。事故の前後に失踪した職員や、動物や人間の失踪になど変わった出来事は無かったのか?」
 久朗の質問に古参の研究員達は当時の記憶を掘り返しながら答える。
 当時アマゾンは今よりも従魔の出現が少なくむしろ落ち着いていた。
「ただ事故の犠牲者に関しては遺体の損傷が酷くてね……」
 体の一部すら土や瓦礫に紛れて見付けられなかった犠牲者も多く、その中に失踪者がいたのではと言われると否定できないと言う。
「それです。それが気になってました」
 仁菜が声を上げる。
 地下シェルターもない場所で、被害者の体の一部を見付ける事すら難しいほどの大爆発が起きてデイモンが無事だったのは愚神に憑依されていたからではないか?
 当時のライヴスを検知する機械は現在のものより性能が低かった。
 デイモンが愚神に憑依されていたとしても分からなかった可能性は高い。
「デイモン・ダイアーと言う人はどんな人だったんですか?」
「現在の行動に繋がるような行動はなにかあった? 従魔や愚神、世界蝕に興味を持っていたとか」
 仁菜と夕の質問に何と言えばいいのかと言う雰囲気が漂う。
「まあ何と言うか……実力とプライドが比例した感じの人だったな」
 何しろ口癖が『世の大半は無価値であり、それに価値を与える事が自分の役目』である。
 元々の専攻は生物学だったらしいが若い内から様々な分野に手を出し尚且つ全てにおいて能力を発揮するような、そんな人間だった。知識を増やす事に貪欲で、自分の技術がどこまで通用するか常に挑戦しているような節があったと言う。
「デイモンには親類はいなかったのか?」
 久朗が聞くと全員がどうだったかと顔を見合わせるが、一人が知っていた。
 両親が誰かは分からない。赤ん坊の頃に捨てられていたらしく、彼を引き取った施設も経営者が高齢化し今は閉鎖している。
「彼は結婚していたようだけど、奥さんはギアナ支部に入る何年も前に事故で亡くなっている。裏切りを考える出来事はと言われても……彼は結構好き勝手やってたしなあ」
「結婚してたのか」
「意外です」
 じっと聞いていたカイと沙希が思わず声に出して驚く。
「その奥さんはどんな人だったか分かります?」
 聞いたのはナイチンゲールだ。
 他のエージェント達もはっとする。
 旧東棟に現れた従魔は女性の顔をしていた。
 先ほど結婚と妻の事故死と言う情報を齎した研究員を見るが、首を横に振る。
 すると技師の内数人が内線を使って旧東棟の従魔の映像を送ってもらえるよう手続きをした。
「……この顔、確かに似ているな」
 デイモンが妻を亡くしたのはギアナ支部に入る前だが、当時の事故の報道を覚えている者や偶然デイモンが隠すように持っていた写真を盗み見した者がいた。
「あの従魔は……奥さんの遺体、だった?」
 ナイチンゲールは従魔の微笑みと仕草を思い返す。
 優し気な面差し、敵意の欠片もない微笑み、伸ばされた腕は愛しむようで―――。
 思わず拳を握りしめたナイチンゲールだったが、事故現場跡の支柱の立て直しが終わったと告げる声に我に返った。

●傷痕が示すもの
「ひどい有様だな」
「うん……・タオのお父さんもここで亡くなっているんだよね……」
 カイは改めて旧東棟の事故現場跡を見回した。
 壁も天井も床も、周囲の岩と共に粉々に砕けて土が混ざり合い、そこがかつては整然とした実験場であった姿が想像できない。
「本当にAGWの研究”だけ”を行っていたのか疑問が残るな」
「それ以外の目的で何かが行われてた可能性もあるかもしれないね」
「確か実験の研究資料は持ち込まれて残っていないんだったよね」
 夕はわざと研究資料を持ち込み事故を起こす事で研究員ごと証拠隠滅するつもりだったのではないかと考えた。
「研究の資料とかバックアップするよね、普通」
「俺もそれを考えたんだが、プライドの高い性格からはやはり考えにくい気もする」
 久朗は三人の話を聞きながらライヴスゴーグルで周囲を見回す。
 反応はある。
 従魔が崩れ落ちた場所が一番反応が強く、部屋全体を見回すとほんの僅かな反応があちこちに散らばっていた。
 仁菜のモスケールと同じ反応である。
「タオ、例の装置に反応はあるのか?」
「ありませんね。とは言ってもこれはRGWや改造従魔に数値を合わせてあります。反応がないと言う事は、あの従魔が改造従魔やRGWのような技術を用いられていないと言う事です」
 タオと久朗が話しているのは愚神ディー・ディーとD.D.が作った改造従魔・RGWの持つ特殊なライヴスのみを検知するレーダーの事である。
「あの従魔はまったく関係のないものだったんですか?」
 沙希が聞くと、タオが現在分かっている従魔の体液や結晶体の解析結果を教えてくれる。
 まだはっきりしない部分もあるが、現在の改造従魔・RGWに関る物ではないものの、結晶体は凝固されたライヴスやAGWに使われている技術が応用されている。
 解析班は当時の技術設備で『霊石』に匹敵する物を作り出そうとしていたのではないかと推測していた。
「事故原因の高エネルギー体って、要するにライヴスの塊でしょ? 例えば……人間にライヴス結晶を埋め込んだら体組織が異常活性したりしない?」
 墓場鳥がその言葉にあるものを思い出す。
「恰も愚神の組織を移植された能力者が愚神と化したように……か」
 ナイチンゲールが身を乗り出すように言う。
 しかし帰って来た答えは意外なものだった。
「女性の頭部や腕など残った部分を調べてみたんですが、あれはアイアンパンクの技術を利用した一種のアンドロイドのようなものでした」
「奥さんを生き返らせようとしたんでしょうか」
 仁菜はかつてのデイモンの事をよく聞き、考えた。
 エージェントになってからこれまで出会って来た様々な人々。
 愚神でも共に生きたいと思える者もいれば、人であっても他者を傷付けるために力を揮う者もいた。
(彼の気持ちを感じ取り何とか証拠を見つけたい)
 そう思っている仁菜にとって、あの従魔が憑依したのがデイモンの亡き妻のアンドロイドであったと言うのは逃してはならない証拠に思えた。
 その後調査を続けると、実験場に散らばっていたライヴス反応は従魔の顔にあった結晶体と同じ物の破片であった事が分かる。
 実験に関する資料はやはり発見できなかったが、その代わりエージェント達のライヴスゴーグルやモスケールの反応を追って行くと瓦礫と土に混じって何らかの意図を感じる配置に結晶体や機械の破片のような物が見付かった。
 過去の事例などを片っ端から調べていくと、それは異界召喚を機械などの人工物を頼りに行おうとした時の配置に似ている事が分かった。
 かつての実験は高エネルギー体を生み出す所までに嘘はなかったが、その目的は異界召喚にあったのではないかと言うのが調査の末出た結論だった。
 改造従魔・RGW。多くの人々を傷付け人でないものへと変貌させた愚神ディー・ディーとD.D.の始まり。
 その始まりがもし亡き妻のためのものだったとしたら何とも恐ろしく皮肉な事だろうか。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
    機械|24才|男性|防御
  • 告解の聴罪者
    セラフィナaa0032hero001
    英雄|14才|?|バト
  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
    人間|16才|女性|命中
  • アサルト
    カイ アルブレヒツベルガーaa0339hero001
    英雄|35才|男性|ドレ
  • エージェント
    十影夕aa0890
    機械|19才|男性|命中



  • その背に【暁】を刻みて
    藤咲 仁菜aa3237
    獣人|14才|女性|生命
  • 私はあなたの翼
    九重 依aa3237hero002
    英雄|17才|男性|シャド
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃
  • 【能】となる者
    墓場鳥aa4840hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
前に戻る
ページトップへ戻る