本部

【愚神狂宴】連動シナリオ

【狂宴】切り裂きジャックは斯く輝けり

ガンマ

形態
ショートEX
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 4~10人
英雄
10人 / 0~10人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2018/07/06 20:10

掲示板

オープニング

●白き夜

 倫敦、霧の都。

 ――街の一区画に突如として霧が発生。
 ――その霧にはライヴスがこめられていることが確認され……
 ――解析の結果、それは愚神十三騎が一、ノウ・デイブレイクのものであると判明する。

「ご協力感謝します。ロンドン警視庁刑事、ジェンナ・ユキ・タカネです」
 到着したエージェントにジェンナ・ユキ・タカネ(az0051)が敬礼する。周囲は騒然、パトカーの警光灯が夜を明滅させ、黄色い「KEEP OUT」のテープが霧の区画を封鎖していた。そのただならぬ状況を映すかのように、ジェンナが手短に説明を行う。

 あの霧の中には多数の従魔が確認されている。
 そして、霧の中には多くの市民が取り残されている。詳細な数や安否は不明。
 なによりあの霧がノウによるものならば、かの愚神があの中にいるのだろう。

「本作戦は二つの部隊に分けて行います。部隊Aは従魔の掃討及び市民の救助、部隊Bは愚神ノウの索敵及び撃退。救助された市民の対応、周辺封鎖や警戒などに関しては“警視庁(ヤード)”の方で行います」
 ジェンナは君達と共に霧の区画へ向かいながら、相棒であるレター・インレット(az0051hero001)と共鳴を果たした。今一度、君達を凛と見やる。込み上げてくるノウへの怒りを、心の奥に圧し込めながら。

「――全力を尽くしましょう。“倫敦(私達の町)”を護るために」


●血染めの夜
 その男はさながらジェームズ・モリアーティであった。
 影からヴィランズに力を貸し、様々な混沌を巻き起こし。

 そして今、その男はジャック・ザ・リッパーである。

「はぁ――はぁ――」
 一人の女が髪を振り乱して駆けている。メイクは崩れ、パンプスも片方脱げて、ストッキングも伝線して。視界は一寸先も霧。何も見えない。でも女は強く理解していた。“ここにいたら殺される”。幾つかの死体を見た。斬り裂かれた死体。他殺体を。
「ひ、い――やめて、殺さないで、こんなの嫌ぁ――」
 ガタガタ震える唇で紡いだ。魔霧に潜む正体不明の殺人鬼に命乞いをした。そのまま彼女は膝を突く。走り疲れたのでも、躓いたのでもない――。
「あ、あ、ああ……」
 だらだらと首から伝っているのは、血だった。いつの間にか、刃が、バニラ・アイスのように白い、女の喉を、するりと、斬り裂いて、いたのだ。いつの間に? 誰か? どうして? どうして……こんな…… …… 。

 ――ノウ・デイブレイクは足音もなく歩く。
 気ままに歩き、遭遇した人間を、片端から殺す。
 きっと誰かがノウを止めねば、霧の中に残された者は全て死ぬ。
 ならばどうやってノウを止める?
 死力を尽くして戦うしかない。
 ノウは、そんな風に人間が人間性を剥き出しにして襲いかかって来るのを、心待ちにしていた。

 ヘイシズの目論見やらに思い入れはない。善性愚神だとかいう作戦に、共感もない。
 ただ、人間が愚神と敵対し、生存権を懸けて一心不乱に刃を向けてくるのには、大賛成だった。

「楽しませてくれよ」

 “愚神(ひとごろし)”は嗤う。
 人間ほど面白い玩具はないのだから。


●部隊B

 ――血の匂いがする。

 鼻のいいエージェントなら、直ちに気付いたことだろう。霧の中、それはすなわち既にノウの手中にあるということ。ライヴスが込められた霧は愚神のライヴスを攪乱し、察知を難しくしていた。愚神はすぐ背後にいるかもしれない。油断はできない。
 情報によると、ノウは光使いだという。ライヴスが込められたこの霧は、レンズのように光を屈折させるのではないかと予想されてる。つまりここは、、光使いとして最高の――エージェントにとっては極めて不利な戦場だと呼べるだろう。

 夜は霧に犯され白く。
 まるで光の中にいるようで。

 かくして――君達に――“斬り裂きジャック”は刃を振り上げる。
 

解説

●目標
 ノウ・デイブレイクの撃退

●登場
《街中の暗闇》ノウ・デイブレイク
 トリブヌス級愚神。ライヴスを込めた光を用いて戦う。
 戦場にある霧をレンズ代わりに、光を乱反射させることで高い制圧力を持つと予想される。
 一見して、武装はダガー状のAGW一振り。
(以下PL情報)
 超常的な知覚能力を持つ。命中回避高。不意打ち、潜伏などに対する優位性。
 光の屈折によって姿を消す、揺らがせる、分身を作るなど、技巧的。

・我が身は光
 常駐。部位狙い無効?
 バッドステータスを受けると直ちに回復するが、使用ラウンドは回避が下がる。

・パトスイーター
 常駐。1ラウンドにメインアクションを複数回行える。周囲にいるリンカーのリンクレート合計数によって、回数は増える。

・洗礼
 常駐。PCはリンクレートを1下げることで、ノウに対して防御貫通ダメージを与えることができる。何度でも使用可能。
 ノウの戦域でリンクレートが一定数以下になるorリンクバーストを行うと……?

・etc……

※一定割合の生命が削れると撤退を選択。
(PL情報以上)


ミーレス級従魔『愚者火』
 凡そバスケットボール大の光球。1~3m程度の高度を浮遊している。
 魔法攻撃力、特殊抵抗が高めだが、他の能力値は低い。数は多いが、個体としては弱い。
 射程10・直線無差別の、魔法攻撃属性の光線を発射する。これは他の愚者火に当たると屈折し、複雑な軌道となってエージェントを狙う(回避側に回避低下ペナルティが発生する)
※落合MS『【狂宴】霧の中の悪夢』の結果によって戦場に登場。


●状況
 ロンドンのとある区画、路地裏。時間帯は夜。戦域は封鎖されており、新たな一般人の迷い込みなどはない。
 視界は霧に包まれて劣悪。ちらほらと死体が転がっている……。
 リプレイはノウとの遭遇直前から開始します。対策が不完全であれば奇襲を受けます。

リプレイ

●NO DAYBREAK 01
 大通りの騒然さは、白い霧の中へ足を踏み入れる度に、嘘のように消えていった。

 ――ちりん。ちりん。

 今、深き白の中で響くのは鈴の音である。
『市街地の霧か。戦い方を心得ているな』
「現代の技術でも市街地の霧を完全に払拭はできない。現代戦における最悪のシチュエーションの一つだ」
 全員に鈴を着けるように提案したのは、アルラヤ・ミーヤナークス(aa1631hero002)と共鳴したクレア・マクミラン(aa1631)だ。その青い瞳はじっと霧を見渡し、猟犬のごとく澄ませた耳で、仲間達の位置を把握する。
 とはいえ、人間というものは目に頼る生き物だ。
『視界が悪すぎる、これじゃあノウがいつ襲って来てもおかしくないよ』
 共鳴状態のクロード(aa3803hero001)のライヴス内、世良 霧人(aa3803)は眉根を寄せる。
「奇襲に備えましょう、壁を背にすれば後ろから斬られる、ということはなくなります」
 瀟洒な燕尾服を纏う執事クロードが言った。立地や隊列に気を配り、死角を少しでもなくさんと警戒を張り巡らせる。
『見えないのは不安、ですね』
 ゾッとするほど静まり返っている。紫 征四郎(aa0076)がライヴス内でそう言えば、白衣を霧に翻すガルー・A・A(aa0076hero001)が毅然と答えた。
「足は止めねぇよ。……少しばかり、征四郎の命を預けてくれ」
 ガルーはレーダーユニット「モスケール」を起動しているが、事前情報の通りこの霧にはライヴスが込められているようで、反応点でレーダーは埋め尽くされている――索敵には使えなさそうだ。
 それはクロードが装備しているライヴスゴーグルでも同様のようで、ガルーのアイコンタクトに執事は首を横に振った。
「……こっらがライヴス探知できるから、対策してるのかな?」
 人形のように小首を傾げたのは朱殷(aa0384hero001)と共鳴中のHAL-200(aa0384)だ。ハルが装備しているライヴスゴーグルも結果は同じくだった。オートマッピングシートも併せて確認し、敵が潜んでいそうな場所に注意する。
『愚神は光使い。霧を利用した光の屈折でこちらの視覚をかく乱させるらしいな』
「しゃらくさいわね。トリブヌス級のクセにそんな小細工しちゃってさ!」
 共鳴中の若杉 英斗(aa4897hero001)の言葉に、六道 夜宵(aa4897)は肩を竦める。ノクトビジョン・ヴィゲンによって霧中の視界もかなり良い。率先して仲間の目になるが、未だ敵影は見えず。
「光使いですか……光子操作とは名乗らないのでしょうか」
 辺是 落児(aa0281)と共鳴中の構築の魔女(aa0281hero001)は、仲間への声かけもかねて疑問を口にする。あるいはこの世界で科学的に解明されている“光”とは似て非なるものなのだろうか? 
「電波と見るならジャミングやハッキングにも注意すべきですよね」
 光とは波だ。尤もそれは「この世界のサイエンスにおいては」である。ライヴスだの異世界だの、ファンタジーが殴りかかって来れば、哀しいことにこの世界の科学は幻想に圧殺されてしまうのだが。などと思いつつ魔女は仲間の通信機の状況を見やる。あれらが乱れた様子や、おかしい点などは見られない。となるとやはり、ノウの扱う光はサイエンスではなくファンタジーの類か? いずれにせよ……
(あぁ、その能力……とても興味深いですね)
 究明したくなる。霧に紛れて、魔女は薄く笑んだ。尤も、その笑みは霧祓の仮面の下であるが。仮面の力によって、構築の魔女の視界は晴れの日のようである。同時に戦屍の腕輪によって周辺のエネルギー量探知も行う。後者については、周囲に濃く満ちたライヴスの霧に反応しっ放しではあるが。
「どこまで融通が利くかも含めて最大限の警戒を……。視界だけでなく、血の匂いなどは警戒はしておかないとですね」
 情報共有は密に。出来得る限りの対策を以て、霧を見据える。

 ……白い霧の中からは、鉄臭さが漂っている……。

『この霧に紛れているのか、厄介だな』
 共鳴中のマルコ・マカーリオ(aa0121hero001)が苦々しく言った。
「それでも、ここでやっつけないと被害が広がっちゃうよ!」
 彼との共鳴で淑女の姿を得たアンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)は、宝玉剣グランドールを油断なく握ったまま強く返す。この血の匂い――それだけ多くの命が奪われたということだ。許せない、放っておけない。二人の気持ちは同じだった。今日ばかりは「エロ坊主」とアンジェリカに呆れられるマルコも、聖職者の本分として冴えた怒りを携えている。
『霧のロンドン! ふふ、この霧は全ての事件を隠す幕であり毒、さながらお兄さん達はホームズだ!』
 張り詰めた緊張――それを解すかのように明るく言ってのけたのは、凛道(aa0068hero002)と共鳴中の木霊・C・リュカ(aa0068)だ。
『しかし、かぼちゃパンツ関係の愚神さんが現れるとはなぁ』
 それがリュカのノウに対するイメージだ。凛道は「かの愚神は実はかぼちゃぱんつなのだろうか」と想像したが、きっと違うのだろう。
『ノウ・デイブレイク……夜明けは来ない……か……』
 グラディス(aa2835hero001)のライヴス内で、秋原 仁希(aa2835)が敵の名を呟く。
「ならば、この『不吉な朝焼け色』が朝をお届けしよう!」
 緩く編んだ金の髪――自ら「綺麗」と表す不吉な朝焼け色――を弾ませ、答えるグラディスの声は快活だ。その腰のベルトにはハンディカメラを固定し、映像資料用として撮影を続けている。同時にその手は、二丁板斧で火の用心見回りの拍子木のように音を鳴らしていた。
(……これ、奇襲対策になるのか……?)
 仁希が溜息のように呟く。グラディスは目をパチクリさせた。
(え? これ? 奇襲誘ってるんだよ?)
(なんでまた!?)
(だって来てもらわないとなると、どうやってこの霧の中、探して接触するっていうのさー。霧に対策するとしても風おこせるヒトも居ないしぃ……だったら来てもらった方がいいよー)
 うーん的を得ているようなそうでないような。「そうか……」と仁希は返す。とまあ、クレアという頼れる仲間もいる。警戒は怠らない。
『……また人殺しの愚神……』
 鈴の音と、ヒールが石畳を踏みしめる音。共鳴中のあい(aa5422)のライヴス内で、リリー(aa5422hero001)は独り言つ。
(やっぱり私は……あまり、あいちゃんに戦わせたくない)
 当のあい本人は鼻歌すら歌っているが――戦う度、斃す度、あいの本質が感情をねじ曲げ、狂気で満たしてしまう。ゆえに、できる限り皆のサポートに専念を。と、思った矢先のことだ。
「DeaTh! また人殺しする悪い愚神がやってきたのデス! あいがやっつけてやるのDeeeaTh!! 行くDeaThリリー!!」
『あ、待ってあいちゃん! 皆から離れないようにっ』
 今にも駆け出そうとするあい。すぐに止めるリリー。

 ――鈴の音。足音。

 そして誰もが、異変に気付いた。

 鈴の音の伴わない、かつ仲間達の者とは異なる足音。
 構築の魔女と夜宵による、霧をものとしない装備による視覚的看破。

「見付けました」

 魔女が霧の彼方に指先を向けた――指先の彼方にいた者こそ、“切り裂きジャック”である!
 刹那だ。魔女の指先より放たれるのは閃光弾、迸る光が愚神ノウ・デイブレイクを包み込む。その光と音で、仲間全てにかの愚神の居場所を知らしめる。

「よく分かったな」

 奇襲を防がれ足を止めたノウは、しかし、直撃したフラッシュバンをまるで意に介さぬ様子でそう返した。寧ろその顔には自らの奇襲を防いでみせた人類への称賛すら湛えられていた。
「状態異常に対する強い耐性……あるいは即時回復・無効化等の力があると予想されます」
 魔女が仲間に伝達を行う。「そうか」と頷いたのはクレアで――彼女は既に行動を起こしていた。膂力の限り何かを投げつける。ノウはそれを受け止めて見せた、が、蓋の空いたそれの中身が服にかかる。爽やかな香りがするだけの液体。すなわちそれは香水入りの小瓶である。
『視覚が使えぬならば、他の五感を駆使するまで』
「貴様が誰かは知らんが、この国で好きにできるとは思わんことだ」
 我々の国に土足で踏み入った連中がどうなったかを思い知らせてやる――クレアの強き眼差しに、ノウは口角を吊った。
「いいぞ。かかってこい」

 この愚神が求めるのは“小細工程度”に負けない存在。
 勇猛にして怜悧な存在。
 人の足掻き、人の努力。

 エージェントの工夫に応じるように、ノウは香水瓶を握り潰して見せた。自分はここだと言わんばかりに。挑発のように。
 直後だ。ノウの掌に光の球が灯ったかと思えば、そこから光の矢が数多、霧をレンズ代わりに猛烈な乱反射を繰り返しながら、エージェント達へ襲い掛かる。――生半可な量ではない!
「――、」
 されどクレアが目を細めたのは、単純に狙いを定める為に過ぎない。攻撃妨害の為の射撃は、ノウの掌上の光球に当たり、散らし、乱れさせた。
「っ!」
 凛道は咄嗟に、壁を背にしつつインタラプトシールドを展開する。こうすることで少なくとも背後――死角からの攻撃は防ぐことができる。
「なにこの超物量オールレンジ攻撃っ……反則臭い!」
 光の粒一つ一つに致死的な攻撃力こそなく、クレアの威嚇射撃が効いているものの、とにかく“頭がおかしい”ぐらいの量がある。夜宵は顔を顰めつつ呻く。
『霧がなければ、光の屈折を利用した技は使えないハズだ』
 クロスガードによって最適な防御姿勢を相棒に伝えつつ、英斗が冷静な声で言う。
『ふつう霧は熱で除去できると思うんだが、夜宵は炎熱系の術は使えないのか?』
「……あんまり得意じゃないわね」
『六道家って、炎熱系の術はお得意なのかと思ってたよ』
「それ誰の話よ。というわけで、ジャーン!!」
 ジャキン、と腕に装着しているのはちゃっかふぁいあーくん1号だ。なお友人からの借りものだ。壊したら後が怖いので、取扱注意なのだ。
「火炎放射器くんをご用意いたしましたぁ。コレで愚神ごと霧を吹き飛ばすわよ!」
 言下、ライヴスが込められた真っ赤な炎が噴き上がる。霧と言う自然現象ならば、火焔は効果があるはず――その目論見は当たっていた。この霧がどこまで“科学で解明できるモノ”かは不明だが、炎が通った後は霧が消える。
 しかしながら、だ――霧がかき消された所にはまた霧が緩やかに流れ込む。少し薄まることでそのエリアに限っては反射効果を低下させる点において、無駄でこそないが。これが超範囲、あるいは多人数での一斉放射ならばあるいは、霧の無力化に成功していたかもしれない。
「なにも敵に有利な状況で戦うことないわよね! 邪魔な霧は除去よ、除去!」
 無駄じゃないなら、続ける価値はあるということ。
 火の爆ぜる音――頬でその熱を感じつつ、あいは仲間が付けた香水のにおいを頼りにノウへ吶喊する。大鎌の形状をしたラゾールドハルバードにはドス黒いオーラ。見開かれたその眼には狂気がある。
「刻み、付ける、DeatTh!」
 途端、その姿がブレたかと思えば、あいの姿が二人分。ケタケタ哄笑も二人分。索敵の間、アックスチャージャーのチャージも満タンにしておいた――鋏のように交差する刃。渾身の一撃。
 不思議と人の男の姿をしたノウからは血は出ない。傷口はあるようだが。かつ、ジェミニストライクで狼狽したようにも見えなかった。しかし、フラッシュバンの効果は入っていないようであるが、その動きには寸の間のタイムラグがあるように見える。
「状態異常は効かないけど、その代わり、状態異常になるとちょっと動きが遅くなるのかな」
 光線に焼かれようと、ハルの表情は変わらない。
「それと、今の技は“ライトシャワー”……前回お会いした時に使っていた技ですね?」
 構築の魔女が続ける。凛道と征四郎も見覚えがあった。だがあの時よりも格段に弾幕の量がおかしい。まるで連続で攻撃をしたかのような……。
『まえの三倍以上は、あったような……』
 ガルーの目を通して戦況を見る征四郎が呟く。その言葉に凛道も同意の頷きを示す。
「よく見ているな。まあ、そういうところだ」
 ノウはエージェント達の言葉にそう答え、続けた。
「お前達の絆の力が強いほど、俺も強くなる。……だがその力は、俺の弱点でもある」
 比喩的な言い回しだ。この愚神は一方的な暴力を振るいたいのではなく、あくまでも“手に汗握る勝負”“頭も体も使い尽くすような戦い”を求めているようだ。
「絆の力……」
『と聞くと、リンクレートのことがまず思い当たるが』
 ハルの呟きに朱殷が続く。その静的な物言いに反して攻勢は動的そのもの、銀剣ヴァルキュリアを苛烈に振るう。それはノウが細身のダガーで受け止めて見せる。金属のかち合う音。
「霧、すごいね。どうやって出してるの? 口から?」
 ギリギリギリ。火花を散らす銀を拮抗させたまま、少女は問うた。
「ちょっとした手品さ」
 ノウは特に情動も込めずにそう答える。「そうなんだ」とハルは言葉を続けた。
「あ。はじめまして。あたしはHAL-200。趣味はなし。友達もなし。あなたは?」
「ノウ・デイブレイク。趣味はお前達の基準で言う“犯罪”、知り合いだけなら掃き捨てるほど」
「今日のご予定は?」
「お前達との戦いだ」
 最後の一言にだけは、感情らしい感情がこもっていた。
『……さて、絆の力だのなんだの言ってたが、どう見る?』
「さあね。罠かもしれないし、よく分かんないけど――」
 同刻。マルコにそう答えつつ、アンジェリカは強く地を蹴る。
「――斬れば倒せるッ!」
 ハルの剣を受け止めているノウへ、降り抜く刃。されど愚神はまたもや、乙女二人の大剣を細いナイフで受け止めて見せるのだ。
「良い剣筋だな」
 そのままノウは刃をいなし、飛び退き間合いを取った。
 が。それに追い縋るように懐に飛び込むのはグラディスだ。
「どーこいくのさーー!!」
 石畳を斧でガリガリと引っ掻きながら喧しく。
『絆の力……グラディス、やろうか』
「はーーいよっとぉーー!!」
 二人は、互いを繋ぐ絆の力を意識する。グラディスは一層強く双斧を握り締めた。絆の力を燃料に、燃え上がらせる力――それは本来ならばブレイブナイトが行うような分野の技術である。だがこの場においてバトルメディックであるはずのグラディスがそれを行使できた。それこそがこの愚神の“権能”なのだろう。……燃料にされた絆が尽きるとどうなるのかは、謎に包まれているが。
 とかく。
 グラディスの刃は、ノウを深く深く切り裂いた。
 先程あいに切り裂かれても血を流さなかったノウの体が“目に見えて裂ける”。だがやはり血は出ない、臓物も出ない、代わりに裂けた皮膚から覗いたのは、肉でも骨でもない、光である。
「躊躇ないな。そういう思い切りが良い人間は、好きだ」
 攻撃の衝撃でサングラスも吹っ飛んだ。ノウは目を笑ませてみせる。まるで人間じゃない生き物が「人間はこうやって顔の組織を動かして“笑う”んだろう」と言っているような笑みだった。
「そっか! どういたしまして! ああ、違うな、ありがとうだ! ありがとう!」
 グラディスはブレずに答える。あの光こそノウの本来の姿なのだろうと考察しつつ。……見かけこそヒトだが、あれはバケモノだ。まあなんであろうと倒さねばならぬ。ついでグラディスの手はノウの肩口を掴んでいた。そして既にグラディスは「自分ごと敵を攻撃していい」と仲間に伝えてある。霧に隠れられて面倒なことになるぐらいなら、容易い代価だ。
『こらこら、女の子なんだからもっと自分を大事にしなきゃ』
 かといって潔く仲間を殴れるほど、リュカはドライではなかった。マスターの意向に凛道も同感だった。とはいえ。
「仁希さんとグラディスさんの共鳴姿は男性体のように思われますが?」
 凛道は冷静にそう告げる。『ま、まあ、うん』とリュカが言葉を濁す。さてそれよりも攻撃だ。火焔を操る小さな黒猫がその足元に現れる。
「まあ同士打ちってのはなぁ……こちとら“癒し手(バトルメディック)”だし」
 ガルーも攻撃態勢である。ノウの猛攻を考慮してその手の武器は「あなたの美しさは変わらない」と名づけられた透棺盾だ。
 息を合わせ、タイミングを合わせ、オヴィンニクの火とグラスコフィンによる殴打は同時。
「流石、有名なエージェントなだけはある」
 グラディスの手を切りつけて引き剥がし、攻撃を浴びたノウは悠然とした様子のまま跳び退いた。今一度、エージェント達を見渡す。
「ふむ――俺の情報は少ないだろうに、良く対策している」
 護るべき誓いを発動し、招魂の盾を凛然と構えるクロードに視線は留まる。彼を始め、エージェント達全員が鈴を着けている。これでは、光によって彼等の虚像を作っても、音を頼りにされて意味はあるまい。流石に音までは作り出せない。
 次に香水。服に着いたものと、掌についたものと。霧に隠れようと、彼らはこのにおいを辿るだろう。
 次にノウの目に留まったのは夜宵だ。一人なれど、あの炎が霧の薄い箇所を創り出していることは事実だ。

 見事である。と、結論付けることができるだろう。
 だからこそ、滾る。燃える。滅茶苦茶にしたくなる!

「いっけー! 六道火炎放射ーっ!!」
 霧を払いがてら、彼女は火炎放射器でノウを狙う。と、その時だ。ノウは自らその炎に腕を突っ込んだ。
「え!? なにっ、気でも狂ったの!?」
 これには夜宵も予想外だった。だがすぐに、その行動の理由を知る。
「――まさかッ」
『炎で香水を一気に気化させた! あの野郎っ!』
 ライヴス内で英斗が歯噛みする。まさかあんなことをするなんて。
 ノウは焼けた腕に顔色一つ変えず、香水のついた上着を脱ぎ捨て、口角を吊った。

「さあどうする?」

 魔人の姿は再び、霧に消える。



●NO DAYBREAK 02
 霧を見通す装備を以て三六〇度を見渡しても、ノウの姿は見られない。
 おそらくは曲がり角の向こうや物陰など、通常の視覚的にこちらが見えない場所に潜伏しているのだろう。
 なのに、白き霧より光が襲いかかって来る。あり得ざる物量。治療手段や防御手段が皆無であれば、あるいは練度の低いエージェントであれば、たちまちに圧砕されているような。
 クロードはその鉄壁めいた防御力で偏に仲間の盾となり、ダメージコントロールに徹している。しかしながら基本的にノウの攻撃はオールレンジめいた全体攻撃、庇える数は限られる。
『正々堂々戦いたいんだか、卑怯なんだかッ……!』
 ライヴス内の霧人が苦々しく言った。
「ふむ、……」
 仲間に賢者の欠片を手渡しつつ、盾を構えたままの姿勢でクロードは思案気な顔をする。
「……“目”で見ていない、と予想されます。例えばヘビのピット器官、コウモリの超音波。尤も、そういった科学的なものではない超常めいた理由の方が有力そうですが」
「香水のニオイは途切れちゃったけど、火に腕を突っ込んでたから、コゲ臭いかもしれないね?」
 エネルギーバーで即席的に回復しつつ――ライヴスシールドでダメージコントロールはしているが、ああも何度も喰らうと厳しいものがある――ハルが続ける。彼女の言う通りだろう。
「光についても、一言で説明すると“科学ではなく神秘の領域”ですね。ライヴスで再現した“光の現象”に近しいもの……とでも呼びましょうか」
 構築の魔女は自らの考察を述べる。分子運動凍結フィールド、クリスタルフィールドによって、屈折などといった光の波長に干渉できるか試してみたが、そういったことは起こらなかった。
「ということは、鏡などを用いても光の反射はできないかもしれませんね。……例えるならば、ブルームフレアを密室で連射しても酸欠にならないことと同じような神秘現象、と言えばよいでしょうか」
 彼女の実験は今後のノウとの戦闘で役立つだろう。不発に終わったアイデアは、逆を言うと“今後のミスリードを防ぐことができる”のだ。未知との敵の戦いにおいて、試行錯誤、何が有効で何が無効なのか、それを調べることには大きな大きな価値がある。

 かくしてその直後だ。
 霧の向こうにノウがいる――それも複数。路地という地形を利用し、前後から群れめいて襲いかかって来る!

「自身の姿を隠した上で、偽物を投影するのは常套手段――でしたか? 後方はお任せ下さい」
 言うや、構築の魔女がマルチプル・ロケット・ランチャー、カチューシャMRLを展開する。途端、一六連装のロケットが次々と発射される。霊力過供給の疲労が伴うが、背に腹は代えられまい。爆発に霧は散り、光の屈折で作り出された虚像は次々と掻き消える。
 猛烈な爆音と爆風を感じつつ、前方への対策に出たのは凛道だ。
「消火器いきます!」
 仲間にそう伝えつつ、消火器の中身を思いっきりぶちまける。飛び散る粉末は霧の屈折を歪め、錯覚達の姿をボヤかせる。同時に腕に固定していたウェポンライトもノウ達へ向けた。虚像であれば影はできない、判別の一因として貢献する。
 粉末に足を止めたノウへは、アンジェリカが躍りかかった。一閃、だがそれは像を揺らめかせただけ。文字通り「空を切った」感触しかなくて。
「幻影……!」
 だが、エージェント達の行動によってノウの数はかなり絞り込むことができた。具体的に言うと残り三体、ちょうど良い。クレアは37mmAGC「メルカバ」を愚神共に向ける。轟と響くのは三重の砲声だ。クレアの――すなわちアルラヤの、オプティカルサイトによる超照準によってその砲撃精度は凄まじい。

 一発目はノウの頭部をすり抜けていった。
 二発目、以下同文。
 三発目――

『着弾確認。狐が出たぞ』
 砲弾はノウの頭部に直撃する。流石の愚神も仰け反った。首が後方に九〇度折れている。
 が。
「良い腕だな」
 骨の音すらなく、ノウの頭が元の位置に戻る。そのまま愚神は眼窩に指を突っ込んで、ぐちゅっと嫌な音を立てながら、着弾衝撃で斜めを向いた瞳孔を整えた。
『……部位狙いが有効でないようだな』
 肩を竦めるような口調でアルラヤが言った。ライフル兵でもあるその英雄にとって、ヘッドショットで決まらない狙撃というのは、なんというか、締まらない心地がする。例えるならスロットで777が出たのに景品が貰えないような。
「人の見た目をした怪物……」
 クレアが呟く。知覚も、構造も、人のそれではない。おそらく目の位置を整えたのは“そうしないと見えないから”じゃない、単に前髪を整えるような気持ちなのだろう。
「まあ、そうだな。お前達人間とは、色々と違う」
 ノウはそう答える。「愚神だからな」と薄ら笑いながら、続けた。
「俺が怖いか?」
「ああ、怖いさ。恐れを知らないことは傲慢であり、蛮勇だ」
 クレアは淀みなく答える。死が怖いからこそ、医療は発展してきたのだ。衛生兵とは、死という恐怖に立ち向かう者である。アルラヤと共鳴した今でこそバトルメディックではないが、いつだって彼女が願うことは「一人でも多く生きて帰す」ことである。手にしているのが薬か銃か、目の前のモノが病巣か怪物か、その違いだ。
「興味深い」
 ノウは楽し気な様子を崩さないまま、ナイフを構えた。そして文字通り、光のような速さでエージェント達へと肉薄した。目にも留まらぬ――光を纏わせ魔術的な強化を施した刃が次々と彼らを切り裂く。
(速い――!)
 近接攻撃をされたら掴んでやるという気概でいた。ガルーもその一人だ。しかし、痛みに反射的に伸ばしたその手は空を掴んでいた。向こうも「刺す」ではなく「斬る」動きをしている、成程戦略的だ。同様の作戦でハルも拾った木の枝を切り込ませて刃を止めようと画策していたが、流石に愚神が振るう超常武器の前では、枝は柔らかいバターのように切り裂かれてしまった。
 まあ、「刺されて臓器に深刻なダメージを負う」ことがないのだと思えば一長一短か。ガルーは冷静に、自身と仲間の負傷度合いを見渡す。まだ重傷者はいない。
「ありがとDeaTh!」
 あいは身を呈して守ってくれたクロードに礼を述べる。「どういたしまして」と盾の執事は優雅に微笑む。彼の群を抜いたタフネスさは優秀だ。……そんな自分の長所を戦術的に理解しているからこそ、クロードと霧人は尚更、ノウが行う場面的な攻撃に一抹の口惜しさを禁じ得ない。
 さてその間にもノウは跳び退き、霧の中、人類が次はどんな策を持って来るのかを心待ちに口角を吊っているのだ。
『あー腹立つ! ああいうイキりタイプ、絶対モテないわ!』
 ついついリリーは毒吐いた。
『そっちがその気ならこっちだってイカサマさせてもらうわ、あいちゃん、ここからはみんなのサポートにまわるわよ』
「De、DeaTh!! ……真ッ直ぐ逝ってブン殴るDeaTh?」
『それはサポートじゃないから! ――いい? 皆、ちょっとだけ聴いて』
 リリーは相棒に、そして仲間達に手短にこう説明する。自分達はデスマーク――“絶対捕捉”の術を持っている。弾数は二。あれが当たりさえすれば、ノウがどこに居ようが完全に捕捉できる。
『デメリットは私達が攻撃できなくなること、ノウに優先的に狙われる可能性があるってこと……でもその代わり、この霧の所為で確証は持てなくなってるけど、ある程度の予想はできるはず。信用度は八〇%くらいで戦って』
「彼奴に狙われた場合はわたくしがお守り申し上げます」
 クロードが答える。続けてアンジェリカが頷いた。
「確実に当たる瞬間を作り出せばいいんだね? 任せて!」
 光の猛襲をやり過ごしながら、寸の間の作戦会議――そしてアンジェリカは大きく前へ。

「どうしたの? ボクはまだ立ってるよ?」

 愚神へ張り上げる声。構える剣。
「良い剣筋って褒めてくれたよね。もうちょっと切り結ばない?」
 不敵に笑むが、緊張がないと言えば嘘になる。
 そして、文字通りの刹那だ。
「いいだろう、乗ってやる」
 言葉が終わる頃には、アンジェリカの目の前にノウがいた。構えられた刃、対するアンジェリカも剣を振りかぶる――フリをして。自らその刃に刺さりにいった。サクリファイスカードを用いても痛いものは痛い。だが、掴んだ!

「そこDeeeaTh!!」
『当たれぇええええッ!!』

 あいが指鉄砲の形で指先をノウに向けた。射出されるのは黒いハート、デスマーク――それは確かにノウに当たる!
 それと同時だ。アンジェリカが、ゴシックロリータドレスのフリルたっぷりな袖の中から取り出したるはヤシの実爆弾。凛道も同じモノを投擲姿勢に入っていた。アンジェリカが刃から身を引き抜きつつ跳び下がった瞬間、フルーティで甘いニオイをまき散らすヤシの実が炸裂する。
「よし――これでッ!」
 跳び退いたアンジェリカは、ヤシの実爆弾の汁がついてしまったドレスを脱ぎ捨てる。同じニオイがするノウと間違われないためだ。アンダードレス姿になったそのセクシーな姿に、マルコが「ヒュー」とライヴス内で口笛を吹く。
「マルコさんあとで正座ねッッッ!!」
 アンジェリカが怒鳴り上げる。「全く無茶するなぁ」と諫めつつ、ガルーは彼女へケアレイを施した。
「よーーし」
 器用に二丁斧を両手でクルクル回しつつ、グラディスは身構える。
「ざーっと戦略や特性も把握っとー。居場所も特定ー、ってことはーあとはーガンガン攻めるだけっ!」
 エスコートよろしく、とあいに告げて。グラディスは霧の中へと恐れず踏み込む。
「さて、もう逃がしません」
 それに合わせるように構築の魔女が、ノウの退路を制限するように踏み込んで。「愚か者」の名を冠した二挺拳銃を間近の距離で発砲する――直後に魔女の袖の中から飛び出したのは「暗殺者」の名を冠する隠しナイフだ。ダンシングバレットとウヴィーツァ、研ぎ澄まされた一撃は、さながら強かな狩人の追い込み猟。超絶技巧の演奏。
 そして、そこに合わせるように。
「ほーーーら、そこだー!」
 クラディスは、再び仁希との絆の力を燃焼させる。刃物は淑女の嗜みだ。マストアイテムだ。グラディスは刃を自らの手指のように操り、交差に振り抜く。それは防御せんとしたノウの片腕をものの見事に刎ね飛ばす。ナイフを握ったままの愚神の腕が中空を舞い、倫敦の石畳にドチャリと落ちた。やはり血はない。腕は刃だけを残して光になって消える。
「ああ、折角憑依して……気に入っていた体だったんだがな」
 言いながら、ノウは腕の断面より光でできた新たな腕を生やす。腕のようにも翼のようにも見える。部位狙いもそうだが、部位破壊も意味がないらしい。
『……具合は、どう?』
 仁希は自身の感覚に気を配りつつも相棒に問うた。
「別にー。そっちは?」
『こっちも、特には……』
「んー。一先ずー……リンクレートが尽きるまではセーフなのかな?」
 二人のやり取りの通り、仁希とグラディスは違和感や異変・不調を感じていない。
「あぁ、第三者視点から見てもおかしな様子は見られんな」
 ガルーも声を添える。彼は努めてグラディスの様子に注視していたが、以下同文だ。
「こいつぁ、少しずつ蝕まれる……というよりは、“限界値”を超えるとドボン、って奴かもな」
「そうかもねー」
 グラディスは自らの体を見渡しつつ答えた。ラフな返事だが確信を持っている。リンクレートがゼロにならなければ……つまり「一まではセーフ」だ。多分。ここから先はどうなるか、については……チキンレースになる。だが邪英化発生はあまりにもリスキーだ。警察というパブリックな協力者がいる依頼、かつ人だらけの市街地、【共/狂宴】でのセンシティブな風潮、CGW作戦で「信じろ」と啖呵を切った手前。
『……この辺にしておこうか』
「だねー。“一までセーフ論”が発見できただけでも万々歳!」
 仁希とグラディスの発見――最も身を削ったとも呼べる実験による賜物――は、即座に仲間達へ共有される。
『というか、レートを下げるスキルって、まんま邪英化スキルだよね?』
 霧人が呟く。
「愚神の洗礼を受けてみるか?」
 ノウはくつくつと笑った。遠回しに「リンクレートを燃やし尽くしてみろ」と言っているのだ。「笑止千万」とクロードはわずかに眉を吊り、秘薬を呷る。その手の盾を英雄神剣ウルスラグナへと持ち替えられていた。
「誘いには乗りません。……ですがその力は、利用させて頂きます!」
 言うや、彼は絆の力を燃え上がらせた。勢いよく踏みこんで剣を一閃、ノウは光の腕の方で防御姿勢を取るも、その光は絆の洗礼を受けた刃に削り取られる。削れた光はすぐに元に戻るが、それは外見上だけで、実際はダメージになっていることがクロードは切った感触で理解した。
「感心する」
 ノウはそんな感想をこぼした。途端だ。霧に紛れて一同の頭上に光が集まり――煌きが幾重も、稲妻のように曲がりくねり、エージェントを強襲する。
 だがそれは夜宵が巡らせた防護結界がことごとくを弾いていく。それは降り注ぐあらゆる悪意を隔絶する領域である。
『おっ、六道封魔陣』
「何よそれ! 勝手に技名つけないでよ!」
 英斗にそう返しつつ、夜宵は集中し防護結界の出力を維持する。心眼を展開している間は大きな行動を取れないが――あいのデスマークによってノウの居場所を完全に把握し、洗礼を始めノウの手の内も解明してきた現状、後は一気に攻め切るのみだ。
『光使いといえば、乱反射レーザーだよなぁ』
 英斗の言う通りだ。ノウのメインとする攻撃は光の射出による制圧的な射撃攻撃。バッサリ言ってしまえば心眼のいいカモだ。
「ブレイブナイトの技術か……じゃあ、こうだ」
 続けざまにノウが動く。まるで光の明滅かのように夜宵の眼前に現れた、瞬間、光の腕を“二回”叩きつける。一回目は既に展開していたライヴスシールドが無効化した、だが残る一回は乙女の体を殴り飛ばし、壁に叩きつける。
「きゃあっ!」
 そこへ追撃のように。愚神は腕を光で一時的に大翼めいて巨大化し、周囲のエージェントを薙ぎ払う。
「負けるかッ」
 アンジェリカは勇猛果敢に剣を振るって反撃する。それでも炸裂する光が、乙女の肌を甚大に傷つけた。
「っッ――立て直すぞ。りんりん!」
 盾で受け止めたガルーは、その一撃の重さにすぐさま被害状況を脳内で割り出しつつ、凛道へ声を張った。
「請け負いました! ……マスター、いけますね?」
『おっけ! いくよっ!』
 凛道とリュカは絆の力を糧にして力を高めた。足元の黒猫が四匹に。毛を逆立てるオヴィンニクがシャァと唸れば、四重の火焔が愚神を強烈に焼いた。
『人の営みの中で、隠れて生きるのに飽きましたか?』
 攻撃の最中、リュカはノウに問うた。
「そろそろ隠れる必要もなくなってきたのでね」
『必要がなくなった?』
「俺も、お前達も、十二分に強くなった。そうだろう? 互いに大きく力を揮い合えるまで……ああ、待った甲斐があった」
 痛覚もないのだろうか、ノウは顔を歪めることはない。
「へえ、そうかい」
 愉悦する愚神に、辟易とした溜息を返したのはガルーだ。その手に灯るのは光である、だが破壊しかもたらさぬノウのそれとは違い、ガルーの術は癒しの光雨となって仲間達に降り注ぐ。
「楽しいってか、」
 ガルーは常に冷静に慎重に戦況を見守り続けていた。状況はエージェントの有利だ。なれど神経は研ぎ澄ませる。同時に、煮えるような怒りを湛えていた。
「……ああ、“そうかい”」
 多くを殺し、多くを看取った。いかに生かしても人は死ぬものだとやがて知った。けれど。傷つけることが楽しい、殺すことに何の躊躇もない、ただただ自己快楽の為に命を弄び暴力を謳い、誰かの“明日”を奪うような――そんな目の前の愚神を「赦せない」と、ひとえに感じた。
 そんな感情は全く顔には出さぬけれど。「立てるかい」と壁に叩きつけられた夜宵に手を伸ばし、立ち上がるのを手伝った。「ありがと」と乙女は鼻血の跡を手の甲で拭い、ガルーの手を借り立ち上がる。
「全く! 女子の顔を殴るなんてサイテーな奴ね! いいわ上等、どこからでもかかってきなさいよ!」
 派手にやられたようだがお陰様で元気いっぱい、夜宵はノウに指先を突きつけて啖呵を切る。
「さってと。……このハンデ付きで仕留めきれずとは。兄ちゃんもしや遊び下手かね」
 ガルーも細める眼差しで愚神を射抜き、一歩前へ。
「まあこれでも薬屋さんの端くれでね。どれだけお前が暴れようが、俺様は粛々と、それを“なかったことに”するまでさ」
 ノウの性格は読めてきた。単純系の馬鹿ではないが、浪漫追求型。視野は広く理知的ながら、楽しいことが優先。好奇心旺盛。例えるなら……冷静なままロシアンルーレットを喜ぶタイプ。もっと分かりやすく言うと、「挑発に激することは一切ないが、面白そうと判断すれば乗ってくれる」。

 そう、だから、愚神はガルーの挑発に乗って来た。
 人間が今度はどんな作戦を見せてくれるのか心を躍らせながら。
 破壊を乗せた光の腕を、ガルー一人にめがけて叩き下ろす!

「いや、はや、助かるよ」

 だがガルーは立っている。
「素直なやつはいい。全く以て」
 薬屋が悠然と見下ろす先、膝を折ったのはノウの方だった。――ライヴスミラーによる完全反射。ガルーと征四郎の奥の手だ。痛みを知るがいい、化物め。
「心眼はまだ展開してるわ! 今アイツは近接攻撃しかできないはず……今の内よっ!」
 凛々しく眉を吊り、夜宵が声を張った。
 応えるようにアンジェリカとハルが跳び出す。乙女二人は自らの剣に、絆の力を宿した――前者は洗礼、後者はブレイブナイトとして本来の力。
『多くの女性の、いや多くの人の命を奪った罪、お前の命で贖ってもらうぞ』
 マルコが低く言う。燃え上がる絆の力に、アンジェリカの心にも彼の烈火の怒りが流れ込んできた。それを乙女は力に変える。負けるもんか、こんな奴に。こんな悪逆極まりない奴なんかに――、
「負けたくないッ!」
 防御を捨てた絶対攻勢。己のリソースを全て攻撃に注ぎ込んだ、鬼神の一撃。
 グランドールが、ヴァルキュリアが、ノウの体を貫いた。
「いいぞ。もっと攻めてこい。何を恐れることがある?」
 どろり――ノウの体が光となって解ける。磔刑が如き二刃から逃れ、間合いを取った場所に人の形が再形成される。
「わざわざ洗礼などという言い方をするんだ。ろくなことではないだろうがな」
 ノウの言葉にクレアは鼻を鳴らした。かの愚神はどうも、エージェントに洗礼を発動させたがっているように見える。ということは愚神にとって喜ばしいことが待っているのだろう。邪英化? ノウの自己強化? その真意こそ分からないが――クレアとしての結論はこうだ。
「従うものか」
 散々光の雨を受け止めていたメルカバの装甲版は焼け付いていた。一部は溶解しかかっている。そんな砲で、クレアはノウを狙った。命の為に最前線に立つべくと。
『距離良し、角度修正――撃ェッ』
 アルラヤの調整を受け、砲弾はどこまでも正確に放たれる。胴体に直撃した砲撃は愚神の体をくの字に折った。そのほぼ直後、今度は男の後頭部を、構築の魔女のテレポートショットが撃ち抜く。
「……」
 並の愚神、そこいらのヴィランなら既に戦闘不能になっていてもおかしくはないダメージ量だろう。
 硝煙と霧の中、しかし、化物は嗤うのだ。人の形を崩しながら。崩れてなくなった皮膚からは神々しいほどの光が溢れ、幾つもの翼のような、絡み合う枝のような、揺れ踊る火のような、もはや異形としか呼べない形を作っている。
 神話において天使とは異形そのものの姿をしているという。どこかで読んだそんな記述を、仁希がふと思い出した――瞬間。
 光を纏ったノウがエージェントの中へ突っ込んでくる。
 その体を作る光が枝のように槍のように伸びた――張り巡らされる光の茨は無差別的に、エージェント全員の身を焼き切り苛む。
「ッ――」
 肌に咲く幾重もの血華。凛道の眼鏡が吹き飛ぶ。全身に血が滲む。それでも彼は、痛みに屈せず前に進んだ。無理をし過ぎたら怒られるのは知っているけど、今こそ無理してでも頑張る時だった。防御を捨て攻勢へ。絆を燃やして力に変える。作り出される黒猫達が牙を剥く。愚神の体を、光すら焼き潰す炎で包む。
 それはアンジェリカも同様だった。オーガドライブの直後にこれは効く。視界が霞むほどの激痛と失血に見舞われながらも、彼女は反撃の剣を叩きつけた。

 ――壮絶と呼ぶ他にない猛攻合戦。
 ノウは先程のように霧に紛れたり分身を作り出したりすることはなく、全ての行動を攻撃にあてる。
 対するエージェントも、死力を尽くして抗った。――押している。まだ誰も倒れてはいない。

「いいねえー、小細工抜きで」
 グラディスの頭部を掠めた光はこめかみを裂き、真っ赤な血を滝のように溢れさせた。血の流れ込む視界、されどグラディスはいつものように飄々と、刃をその手に敵へ挑む。
「気付いてるー?」
 最中に相棒へ問うた。
『……うん。ノウの攻撃回数が、一回減った』
「だよね。洗礼を使ってからーってことはー、やっぱり僕らのリンクレート総量とかかな?」
『かも。……多分、十刻みあたりじゃないかな』
「あとでカメラで検証だねー」
 その為にも生きて帰らないと。カメラも自分達も。
 幾度目か、グラディスの斧がノウの体を裂いた。

 あともう一押しだ。

 野生の直感か天啓か、はたまた妄想か――あいは確信した。ずっとデスマークによる誘導を行っていたが、今だ、今しかない。攻撃すべきなのだと。
 瞬間、あいは霧の中の愚神へ踏み込んでいた。サポートに徹しよう――と提案していたリリーはギョッとしる。
『あいちゃん! ダメっ!! 無茶しないで!!』
「リリー! 力を! 貸すのDeaTh!」
『でもッ、』
「“殺(ヤ)”ってやるDeaTh!!」
『ああもう! このばか!』
 ライヴスの中でそう叫んで、リリーは自らと相棒を繋ぐ絆を強く意識した。想い合えば絆は共鳴し、力となって膨れ上がる――それが愚神による歪な洗礼だとしても。
『アックスチャージャー装填完了――“EL”超過駆動モード展開ッ。あいちゃん、いつでもいけるわ!』
 準備に準備を重ねた超絶強化。膨大すぎるライヴスに視界が焼け付く。血が沸騰しているかのように熱い。その全てを――攻撃に捧ぐ!

「一気にたたみ掛けるのDeeeeeeeaTh!!」

 跳びかかる、死神の一閃――噴き上がるライヴスは光を食らい潰すように黒く、昏く、愚神を蝕む。
 それは慈悲なく容赦なくノウの首を刎ね飛ばした。石畳に落ちた頭は一つ跳ね、光になって霧散する。
 ぐらり、愚神の体が揺らいだ。
 その体がぐずぐずと解ける、ように揺らいで……
「大したものだ。想像以上だ。良い勇気だ」
 光が声を発した。
「……例えば滅亡に瀕するような目に遭えば、お前達。もっと強くなれるか?」
 それは完全に人の姿ではなくなり、光そのものになっている。
「良し、その時を楽しみにしよう。……俺のデータも揃っただろう? 【終極】にて待つ。人よ、捧げよ」

 そう笑って――いっそう輝いた愚神の体は、フッと消えていなくなった。

「……、」
 倒したのではない。ガルーは眉根を寄せ、深く溜息を吐いた。

「お前はこれだけ殺した。だから次は殺す。ここにある死の全て、無駄にはしねぇ 」



●KNOW DAYBREAK
 ノウが撤退すると、直ちに霧は晴れていった。
 A班の活躍によって従魔が戦域に現れることもなく――多くの命を救うことができた。
 路地の向こうから、救急車のサイレンの音がひっきりなしに聞こえる。
 グラディス、そしてヤード所属のバトルメディック幾人かがエージェント達に治療を施してくれる。
 重傷者もいない、作戦は成功だ。

 でも――……。

 アンジェリカはそれを手放しに喜ぶことはできない。
 死者が出たのは確かなのだ……。
 既に路地から遺体は運び出された。今は夜の静寂だけが、路地裏に横たわっている。

「――……♪」

 夜風を伴奏に、アンジェリカは鎮魂歌を紡ぐ。
 その傍らではマルコが、死者達の安寧を静かに祈っていた。
 霧人とクロードもそのほど近く。弔いの想いは同じ。静かに目を伏せる。

「大丈夫か?」
 共鳴を解いた後、アルラヤはクレアに問うた。ここ数日の強行軍、それも高位愚神との戦闘ばかり。英雄は極論、睡眠も食事もなしに生きていけるが、人間はそうではない。
「問題ない」
 クレアはそれだけを返す。H.O.P.E.を離脱しフリーランスとなった以上、細やかな事務作業なども全て自分で行わねばならない。そういう場合、たいてい真っ先に犠牲になるのは睡眠時間なのであった。

「っはー、疲れた~……」
 共鳴を説いて、リュカは伸びをしていた。「お疲れ様です」と傍らの凛道が言う。
 ほど近い場所では、同様にあいが、「疲れたデース! ハラペコデース!」と元気そうにしている。リリーは「まずはさっきの戦闘の反省を――」と言っているが、あいはそれよりも夜食の方が気懸りのようで、右から左されている。

「次に会ったらボッコボコにしてやるんだから」
 夜宵は先ほどの戦いを思い返し、次の戦いに闘志を燃やしていた。
「六道封魔陣だけどさ」
 と、英斗が口を開く。「え? 心眼のこと?」と夜宵が片眉を上げれば、彼は真剣そうに。
「ディバインナイトがあれ使えたらめちゃくちゃ便利だったろうなって……」
「……何言ってんの? でぃばいんないとって何?」
「いや……なんとなく……そう思っただけだ……」
「あ、そう……」

 喧騒は時間と共に薄れていくのだろう。もう間もなく、迎えの車両が来るはずだ。
「……【終極】にて待つ」
 ぽつり、ハルが呟く。ノウが言っていたことだ。朱殷は静かに、彼女の横顔を見やる。
「気懸りですね」
 呟きを拾い、声を揃えたのは構築の魔女だ。落児と共に、更けゆく夜を見据える。

「“NO DAYBREAK(ノウ・デイブレイク)”……夜明けは来ない、……」
 仲間達の声を遠巻きに、仁希は呟いた。
「“KNOW DAYBREAK(ノウ・デイブレイク)”――夜明けを知れ」
 続くようにグラディスが言う。
「……何の夜明けなんだろうね!」
 ニコリと笑んで、英雄は相棒の顔を見やった。

 倫敦の危機は一先ず去った。
 なれど、ほど近い国ではマガツヒ共がテロリズムに勤しんでいるという。

 ――平穏という夜明けは、未だ遠いか。



『了』

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
  • 死を殺す者
    クレア・マクミランaa1631
  • 日々を生き足掻く
    秋原 仁希aa2835
  • 歪んだ狂気を砕きし刃
    あいaa5422

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 断罪者
    凛道aa0068hero002
    英雄|23才|男性|カオ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • 希望を胸に
    アンジェリカ・カノーヴァaa0121
    人間|11才|女性|命中
  • コンメディア・デラルテ
    マルコ・マカーリオaa0121hero001
    英雄|38才|男性|ドレ
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • エージェント
    HAL-200aa0384
    機械|15才|女性|攻撃
  • エージェント
    朱殷aa0384hero001
    英雄|38才|男性|ブレ
  • 死を殺す者
    クレア・マクミランaa1631
    人間|28才|女性|生命
  • 我等は信念
    アルラヤ・ミーヤナークスaa1631hero002
    英雄|30才|?|ジャ
  • 日々を生き足掻く
    秋原 仁希aa2835
    人間|21才|男性|防御
  • 切り裂きレディ
    グラディスaa2835hero001
    英雄|20才|女性|バト
  • 心優しき教師
    世良 霧人aa3803
    人間|30才|男性|防御
  • 献身のテンペランス
    クロードaa3803hero001
    英雄|6才|男性|ブレ
  • スク水☆JK
    六道 夜宵aa4897
    人間|17才|女性|生命
  • エージェント
    若杉 英斗aa4897hero001
    英雄|25才|男性|ブレ
  • 歪んだ狂気を砕きし刃
    あいaa5422
    獣人|14才|女性|回避
  • 歪んだ狂気を砕きし刃
    リリーaa5422hero001
    英雄|11才|女性|シャド
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