本部

【ドミネーター】咲き声

玲瓏

形態
シリーズ(新規)
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,300
参加制限
-
参加人数
能力者
9人 / 4~15人
英雄
9人 / 0~15人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/06/30 19:42

掲示板

オープニング


 海の上に咲くリンゴ。
 少女は落ちた果実を拾って、大事に育てた。
 第七のラッパが鳴り響いて。
 少女は彼に、リンゴを送る。


 潮騒が青い吐息を運び、窓から入り込み白いカーテンを揺らした。海が何かを語っているが、洋式の扉が勢いをつけて開き見えた男が海の言葉を質素に翻訳した。
「リーダー、敵襲だ」
「言われずとも。しかし、ラグナロクの呼び声に応じたのは誰だ? HOPEにしては実につまらないが」
「ジェシー・リンだ」
「ほう!」
 フランメスは興味深そうに、眼を細めた。ソファに腰掛けていたフランメスは立ち上がり、窓から外を眺めた。人間が列をなして屋敷に向かっているではないか。一発の銃声が聞こえ、戦いが始まるまで早かった。
「愚神はいつも卑劣で、忌々しくも頭脳は回るから畏れ多い! 報酬として差し出してきた者共を使い、僕を殺しにきたか」
「どうする」
「焦ることはない。まず状況を明確にし、地下にある薬を撒け。少なくとも僕から奪い取った人間は鎮圧できる。それから残りをコロセ。ジェシーは生かして僕の前に連れて来い。奴に一秒の死は似合わない」
 危機が真横を通りながら、愉快にも笑みが浮かばれている。
「長年僕に仕えてきた友よ。アポカリプスサウンドを共に奏でる時が来たみたいだ」
「ああ、そうだな」
 妙な沈黙。フランメスは窓のドアを閉めると、漸く言った。
「死ぬなよ」
 長年フランメスと顔を合わせていた彼が、初めて見た表情であり声だった。言わば、フランメスは懇願してるとも言えた。


 平静を保つ努力は虚しい結果を残すのだろう。坂山はそれを知りながら、リベレーターの創設者として、H.O.P.Eオペレーターとして毅然さを崩してはならなかった。
 飲みかけのミルクティーがペットオトルに入って、半分近く無くなっている。
「フランメスの拠点で規模の少なくない戦いが始まったわ。多分、同士討ち。向こうには私達の大事な仲間がいるの。戦いに巻き込まれるのは時間の問題。急いで助けないとだめな状態よ」
 腰掛け椅子に座っていた坂山は立ち上がった。震えた手が片手を包む。口を開くには時間をかけたが、そこから紡がれた言葉には強い意志が備わっていた。
「私は――」
 彼女は下を向いたが、すぐに上に持ち上げた。
「何年も皆と戦って成長して、そして終わりが……戦いの終わりが近づいている事が、正直に言うと恐いの。なんでかは分からない。でも逃げないのは皆がいるから。今まで散々迷惑かけて、でも一緒についてきてくれた。本当にありがとう。何度も挫折して、その度に励ましてもらった私は幸せ者よ」
 言葉が途切れたのは、彼女の中を彷徨っていた恐怖心が薄れたからだ。坂山はそれに気づいたのだ。
「勝つわよ。今まで積み上げてきたもの、その天辺に勝利の旗を掲げるの」
 挑戦的な目でエージェント一人一人に目を配る。長い長い戦いの、幕引きの始まり。
 フランメスト造物主の創り上げてきた物語の畢竟に待つ真実は誰も予想が許されなかった。誰かが知っていれば、戦いは永遠に終わらないのだと彼は知っていたからだ。

解説

●目的
 制圧。

●無人島
 森林の中では戦いが広がっている。中央にある大きな木が島の象徴。

●屋敷
 古びた洋館の様相をしており、二階建て。一階には食堂、コンピュータ室といった大部屋が置かれている。ジェシーは部下に命令し、屋敷の制圧は作戦の最後としているためエージェント達到着時に洋館に戦いの跡はない。
 二階には個室や倉庫があり、島を見渡せるバルコニーが壁を挟んで二つ並んでいる。また、二階には武器庫も存在し、数多の武器があるために使用は自由。銃器、鈍器等幅広く揃っている。

●隠れ家
 島のどこかに、フランメスしか知らない家が存在する。

●フランメス
 信頼を置く兵士達の敗北、物資等の供給遮断。更にキャシーの襲撃で今まで計画を俯瞰していた彼が、その身をあげる事になる。得意の二丁拳銃による遠距離、近距離の格闘戦は今までよりも激しさを増す。自分が敗北すれば計画が全て終わる事を知っていて、失うものや責任は無いと感じ始めた彼は、今度ばかりは逃走を図らない。

●シュレイン
 フランメスの執事。齢四十を超えるリンカーで、英雄とはフランメスを裏切らない事、を誓約に生きている。
 戦いの中、フランメスとは別行動を取る。戦いになれば、彼は素手にライヴスを込めて戦いに臨むだろう。素早く、的確に急所を狙うシュレインの手捌きは鋭い。長年の友として、感情を殺し最後まで主に忠を尽くすだろう。

●ジェシー・クノウ
 以前登場していた「クノウ」の能力を使う。自身と周囲の仲間の戦闘力を底上げする。武器はレイピアを両手で扱う。
「ジェネシス」と呼ばれる軍団を作成。隊員構成はフランメスから奪った隊員と、誘拐した人間で構成。女性、子供が多い。

●レベッカ
 ジェネシスの副リーダー。生身の人間が三メートルの機械に乗っている。レベッカ自身は開発者。二足歩行で重火器といった武装をしている。機動力も高い。
 彼女はナタリア処刑のデモに参加していた人物だ。

リプレイ


 主人の命は、それを語る時でさえ無感動であった。シュレインはエレベーターに乗り、地下二階で降りた。無感動な音が響く。箱から降りて少し歩き、先にある扉を開けすべき事を成し、箱まで戻った。
「誰だ」
 ドアが開いたが、彼は箱に乗らずに言った。
「この先に、何かあるんだな」
「誰だと聞いている」
 箱の先客は口元に挑戦的な笑みを浮かべていた。
「年季の入ったいい気迫だな。俺は赤城龍哉ってんだ。あんたは」
 二人の間を風が通り抜けた。人工的で、死んだ分子たちの集合体である地下の中では唯一の生だった。
「シュレイン・アヴァダ」
 答えた時点で、彼は片腕に手錠を自ら装着した。
 赤城 龍哉(aa0090)は周囲に視線を泳がせた。闘場としては悪くない。薄暗いが、邪魔する遮蔽物はなく広さも十分。見れば絵画が壁に飾られていた。
「彼は自分を宇宙と見て様々な星を旅し人を殺めた。彼にとって人間は宇宙を構成する分子でしかなかった。広大な宇宙の中で、彼がそれに気付いたのは間違いだったのだろう。何が宇宙を護っているのか。包んで、暖めているのか」
 長く、彼は眼を瞑る。
「愛とは、宇宙よりも果てなく大きく強く、だから護っているのだと。だが分子達はこぞって愛に罅を入れた」
 赤城は箱から降り、後ろから餅 望月(aa0843)が続いた。望月は閉まるドアを見届けると、シュレインに言った。
「私、ずっと開くボタンを押していた仕事をしてた。けど重要だったよ。分子だか、愛だか知らないけど。どんなに小さくても大事な仕事はあるんだよ」
「綺麗事で全てを片付けようってんならそうはいかねえよ」
 シュレインは黙した。途端、不自然な赤黒い風が彼の拳に収束した。場の緊張が有頂天に達した時、先手を掴んだのは赤城だ。一度に距離を縮め、狙いを胸に定めて掌底で突いた。シュレインは腕で衝撃を抑え、右フックで反撃。赤城は腰を大きく下げて頭上に風を感じ、二歩退く。左足を大きく前に出し、シュレインは追撃するが赤城は腕で受け止め、追撃が終わると彼は体を捻り鋭い蹴りで赤城の顔面を狙った。赤城は脇で脚を挟んだが、シュレインは体を回し片脚で首筋を打つ。赤城は攻撃を耐え、彼の両足を手前に引き胸骨に肘鉄を落とした。落ちる胴体を追う右手は、寸前の回避で地面に激突した。


 前進、前進! 雄叫びのような声が森を闊歩し木々を揺らした。弾丸と弾丸が交差し弾き合えば、血が葉を濡らした。潮騒すら届かない程の喧噪の時間がただ流れ、人々は人間の性を剥き出しに眼を戦意で染めている。
「あそこに一人!」
 先導のリーダー、レベッカは木々の隙間に奇妙な人影を見た。逆関節で、人間と機械が合体した現代のケンタウロスに似た者を見つけたのだ。彼女は只ならない気配を感じ、隊員達と離れると自らそこへと飛んだ。
「おまえ達、どこの誰だ!」
「ウチはシエロ。君はジェネシスの人間だろ。どうぞよろしく――」
 シエロ レミプリク(aa0575)が全てを言い終える前に、レベッカの操縦する二足歩行のロボット、その腕からぶら下げていた機関銃が唸りを上げた。シエロは咄嗟に陰陽玉を構えたが、レベッカは即座に行動を移した。急接近後、機関銃の先端に取り付けられたナイフのような刃を足に向けたのだ。
「ちょ、違う違う。ウチの話を聞いてくれない――」
 氷鏡 六花(aa4969)は手を前に伸ばし、刃を凍らせて砕いた。
 まるでレベッカは話を聞こうとはしてくれない。その機動力たるや、次は空中へ飛び、文字通り弾丸の雨を上空から降らした。傘代わりに腕を上に向けた。
「こいつ……私の攻撃が全然通用してないじゃない!」
「まあまあ落ち着いて。いい子だからよく聞くんだ、お嬢さんの名前は?」
「うおおっ!」
 ――どうしたもんかな……。
 機械はブーストを吹かし、一秒と経たずシエロの前へ降り立った。
 今度はレベッカが両腕を伸ばし腕を掴んできた、何をするかと思えば、腕に噛みつき攻撃だ。シエロは腕をゆらゆら揺らし、ブランコの有り様。
「そこまで、レベッカ」
 木々の何処かから新しい声が加わった。ジェシーの声だと記憶が思い出させた。
 長かった髪は切られ、前髪がふわりと浮いている。服もドレスから黒いロングコートと白いシャツに変わったが、態度は変わらない。
「シエロはドミネーターの人間じゃないわ。だから攻撃しなくていいのよ。ふふ、六花ちゃんまでいるなんてジェシーは今日はついてるわ」
 ジェシーは氷鏡に向かってウィンクを投げた。氷鏡はやや冷徹に俯瞰しているだけだった。
 腕には歯型がまだ残っていた。血は出ていない。レベッカは「すみませんでした」と真剣さを宿して謝る。特に盛大な被害は無く、シエロも親指を上に立ててその場は解決。
「由香里ちゃんはどこにいる。ジェシー、フランメスの傍にいたお前なら知っているはずだ」
 尋ねられると、彼女は頬に人差し指を当てて笑った。
「彼女なら、私のパートナーになったわ」
 パートナー、曖昧な言葉は幾つもの解釈が出来る。その中でシエロは、最も邪悪な予想図が頭に浮かんだ。
「まさか……ッ」
「ううん、そういう意味じゃないのよ。一時的な停戦協定。ジェシーはね、ドミネーターが邪魔なの。由香里ちゃんとは利害が一致した。だから今は協力して、奴らを叩きのめしている所」
「じゃあ、由香里ちゃんはどこに?」
「森の、戦いのない場所に隠れてもらってるわ。由香里ちゃんは今装備がない状態。私があの子の装備を取り戻しにいってる最中なの」
 協力的な愚神。何故ドミネーターをそこまで潰したいのか、理由は後々聞けば済む話だろうか。禄でもない理由に違いないが。
「ねえ、ジェシー。フランメスを殺したら……次は、貴女の番ね」
氷鏡は小さく、唇に隙間を作るように言った。
「前は、貴女の罠に苦しめられたけど。今度は、好きにさせないから。次に戦う時には……六花の氷魔法で凍らせて、粉々に砕いてあげるね」
 冷ややかな声音。か細かったがジェシーは言葉を耳に入れると小さく笑った。


 館の出入口には二人の歩哨が周囲を見張っていた。戦場の音は響いて聞こえるだけで、ここに到着するまでは時間がかかるだろう。ジェシーの目的は完全なるチェックメイトなのだ。親玉を狙うのではなく、配下を全員排除してから詰める。屈辱的な敗北。
 晴海 嘉久也(aa0780)と九字原 昂(aa0919)は別れて、歩哨の射線を逃さない位置の木の裏に隠れていた。歩哨AとB、それぞれを同時に攻撃できる別れ方だ。合図は九字原が担当した。晴海は通信機から聞こえる声に耳を澄ます。
 3、2、1。合図は整った。
 晴海はNAGATOを構え、速攻を仕掛けた。直線に駆け、隊員の腹部に刃をめり込ませ、引き抜く。九字原は合図と同時にハングドマンを投擲し、左右の刃を巧みに動かすと隊員を地面に縛りつけた。
 晴海は刃を抜き、男の機動力を削いだ。隠密に。
 二つの意識が無くなるのを見届け、九字原は玄関の鍵を開けた。扉に僅かな隙間を作り、中を窺う。
「中に敵影と思われるものはありません」」
「フランメスの姿も確認できないのでしょうか」
「はい、どこにも……」
 九字原は人間一人が通れるほど開け、木製の扉はどうしても軋む音が響いてしまう。しかし敵は姿を見せず、中は静まり返っていた。
 風の通り抜ける音。
 中に入ると、床には黄土色のマットが敷き詰められていた。埃一つなく、綺麗なマットだ。石柱が左右対称に四つあり、吹き抜けの通路を支えている。中央にある螺旋階段の真横には、大きな蝶を模した石像が立っていた。
 近づいてみれば、金色のプレートには「ミラー」と印字されている。
「ここは、資料室のようですね」
 玄関から入って左側の部屋の前で晴海が言った。プレートにそう書かれているからだ。鍵はかかっていない。
「私は少しの間、ここを調べて回ります。九字原さんは他の部屋をお願いします」
「分かりました」
 屋敷の中はほとんど鍵がかかっていなかった。資料室の向かい側の部屋は食堂になっており、厨房が併設されている。壁にはルネサンス期に描かれた絵画が綺麗な額縁で飾られていた。
 嵌め殺しの窓からは海の景色が見える。
 食堂の他に、一階は映画の見えるシアタールームと大型のコンピュータが置かれている部屋があった。一旦調査は置き、九字原は二階へ上った。
 上から石像を見下ろすと、蝶ではなく花びらのように見えた。
 二階はステンドグラスの向こう側にバルコニーが見える。
 首を左に向けた時見えた部屋は、今自分がいる場所が本当に洋館なのかと錯覚させた。その空間だけ、別の場所から切り取られてきたかのようだったのだ。間違いなく、その部屋は教室であった。学校の教室だ。
 木製のドアでなく、合板であり色合いも異なっていた。異様だった。
 鍵がかかっていたから、九字原は簡単に開けて僅かに開いた。周囲に目を泳がせたが、何事かを見つける前に向こうから声がしてきた。
「何も遠慮することはないじゃないか」
 教室だというのに、中には机と椅子、そして教壇しかなかった。
 椅子にはフランメスが座っていた。
「でも僕は寂しいな。そんな君達と、お別れをしなければならない日が来るなんて、思ってもみなかった」
 ドアを開けると、フランメスはただ黒板をぼんやり見つめていた。黒板には子供が描いたような落書きが描かれていた。ガスマスクの人間、チェーンソーを持った少女。人形を操る紳士。
「さあ、今度こそ天命に任せる時だ。僕は、今度こそ決着を付けさせてもらう。長年の縁を断ち切る時が来たから」
 彼は立ち上がり、椅子を律儀にも机の下にしまい込んだ。九字原を見つめる時、その眼からは血が流れていた。両目とも失っていたのだ。
 滴る血が地面に跡を残す中、フランメスは腰に下げていた銃を掴んだ。
 両手に銃を持ち、前方に掲げると簡単にトリガーを引いた。雪村が弾くが、フランメスの攻撃は続いた。歩きながら何発も撃ち込み、接近戦の間合いに来ると銃をホルダーへと戻し、拳を突き出す。拳を手の甲で流し、腹部を蹴って距離を取った。すかさず引き抜かれた銃が高鳴り、九字原の肩を掠める。
 騒音は晴海の耳まで走った。晴海は資料室から出ると、音の場へと着き、開き呆けたドアから中に入る。フランメスは銃を構え、九字原は剣を突き付けていた。


「いい子だから、落ち着いてお姉さんの言う事を聞いて」
 愚神率いるジェネシスの軍団の中には、一般市民もいる。情報が届けられるまでもなく、風代 美津香(aa5145)は直感で理解した。戦いに参加してる中に、怯えた戦士達が何人もいたからだ。風代は一人の子供、それは男の子であり槍を持っていた彼に近づいた。男の子は槍を抱えるが、腕が上下に揺れている。肩で息をしている。
「私はエージェントの風代。私が想像するに、あなたは自分の意志で戦いには参加していない……そうだよね?」
 随分と悩んだ挙句、男の子は首を縦に振った。男の子は戦場から少し離れた所にいたため、流れ弾に巻き込まれることはないだろう。
 誘拐されたのだ。口を割るのは早かった。ジェシーはドミネーターを潰すために、隊員一人一人には気を配れなかったのだろう。
「他にも、何人か誘拐された人はいる?」
「う、うん。僕のお父さんも、いる。でも、お父さんは悪の組織を恨んでいるから、ジェシーさんをすごく慕ってる。良い愚神だから、安心していいって」
「そう……。なら、ひとまず君だけでも安全な場所まで移動しようか。
 風代は島の中心地に生える大木の近くまで男の子を案内した。この付近は、なぜか戦場の傷跡が一切ないのだ。ジェシーが意図的に避けているのか、偶然の腕が伸びているのか。
 男の子を近くまで案内し、再び戦場へと向かった。好戦的な隊員もいれば、男の子のように一歩引いた戦闘員もいる。
 その内、一人の女性が風代に剣を振り下ろしていた。眼鏡を掛けた赤髪の彼女は二十代くらいで、剣が弾かれるとよろめいた。背中を指先で押せば地面へと倒れ、手のひらで顔を地面に押しつけた。
「ジェネシスについて教えてちょうだい。あなたの事についてもね」
「ちッ、うるせェ」
 女性は眼をひん剥いて抵抗したが、力加減で負けていた。
 強引に女性を立たせ、片手で両腕を縛ると首に腕を巻き付けた。
「お前らHOPEの人間だろ。考えなくても分かるだろうがよ」
「それは憶測でしかないでしょ。当事者から聞かないと」
 暫く拘束を解く努力をしていた彼女も、無謀だと理解すると諦観の溜息を吐いた。
「少なくとも、ウチは雇われだ。元々そういう事業で働いててな。あのジェシーって奴にスカウトされた。対価は金だ」
「君はリンカーじゃないよね」
「よく分かったな」
「さっき、怯えた子供がいた。君は雇われって言ったよね。一体ジェシーはどうやって人を集めたの?」
 女性のか細い息が腕にかかった。微笑みの息だ。
「そういう事業で働いてるって言ったよな。誘拐ってのも、また私の分野な訳さ」
「なるほどね」
 風代は話を終え、女性の首筋に手刀を入れて簡単に意識を失わせた。他の隊員に気付かれる前に、先ほどの安全地帯へ。
 ――あれ?
 安全地帯に着いた時、アルティラ レイデン(aa5145hero001)は海鳴りを聞き、それが警告であると知った。
 ――男の子がいません、先ほどの、男の子が!


 赤城の拳とシュレインの拳が衝突し、衝撃派が金属を叩く。赤城は即座にしゃがみ、足で足を刈る。不意なる一撃はシュレインの脛を強打するが、表情を一切変えずに赤城の脚を掴み、拳を打ち付ける。
 望月は即座に傷を癒し赤城に次なる一手、その猶予を与える。伸びた足を地面に擦って引き、同時に天空へと伸ばし顎を狙う。シュレインは足の動きに合わせて顔を上に向け、一歩距離を取った。
「つか、大した技のキレだぜ。見た所、我流の癖は強いが……」
 シュレインの心と表情にある物は常に無だった。痛みも、悦びも、悲しみも全てを失っていた。
「それだけの腕前を持っててフランメス、いやシルヴァーニに付く理由は何だ? 同情、忠誠、贖罪、或いは全部か? 金……じゃねぇな」
「私がまだ未熟な頃は、同情があった。今はない。忠誠も、今はない。私の心には何もない。シルヴァーニに全て捧げたからだ。だから私は、最後まで全うする」
「お前らに、色々事情があったのは知ってる。だがな、やり過ぎた。とっくの昔に一線を越えて、既に被害者でなく凶悪な加害者。それを判って尚擁護するのなら」
 赤城の腕に、炎のようなライヴスが込められ始めた。
 ――有象無象の区別なくぶっとばしますわ。
 足を曲げ、武の構えを取る。眼を瞑りやがて開いた時に、ヴァルトラウテ(aa0090hero001)と息を合わせて走り出していた。シュレインは片腕を下に降ろし、片手を前に突き出した。赤城は開かれた手に拳を叩きつけた。
 込められた衝撃派が全て、真後ろへと集中した。閉じられていた扉が壊れ、微塵となる。
「望月、奥の調査を任せたぜ!」
「りょーかいしました、たいちょー!」
 望月は二人の横を通り過ぎ、奥の扉へと入り込んだ。シュレインは走る少女の姿を横目で一瞥しただけで、視線をすぐに戻した。
 扉の奥にはコンピュータが何台も並んでいて、梯子が部屋の片隅に取り付けられていた。一階へと昇るための梯子だろう。だが、何よりも望月の耳に聞こえてきた単調な機械音が眼を惹いた。中心にあるカプセル状の入れ物。紫色をしていて、取り付けられている機械から音が鳴っているのだ。カウントダウンが始まっている。残り三分。
「こ、これ何だろう……?! 爆発装置?!」
 ――わかんないけど、なんかヤバそう。でも爆発装置なら赤い線とか緑色の線とかあるんじゃないかな?
 百薬(aa0843hero001)の言う通りだ。望月は周囲に線を探してみたが、映画やアニメと違って線はなかった。
「もうこれカプセル壊しちゃう?」
 ――多分壊しちゃだめな類なヤツ。
「ええ、じゃあどうしよう。もうあと二分しかないよ。これどうやって止めればいいんだ……ろう」
 手あたり次第にスイッチを押してみるのが最善だろうか。機会には様々なスイッチがある。望月は一番手前にある赤いボタンを押した。
「あっ」
 デジタル数字で2:46と書かれていたものが一瞬にして0:00と記載されるようになった。
「成功したかな、止まったかな」
 単調な機械音は止まり、部屋の中は何も起こらない。要するに、これは成功を意味するのだ……が、地面を劈く程の駆動音が鳴り始めたかと思えば、カプセルの中に入っている液体が徐々に減少していったのだ。カプセルは天井に繋がっている。
「やばい、やばいかも。ゴメンゴメン……」
 ――部屋から出たほうがいいかも!
「そしたら皆に連絡だ!」
 外ではまだ、二人の戦場に終止符は無かった。激しい音が喧しさを呼び起こし、激化していた。
「赤城君、大変な事になったかも……!」
「何だ?」
 赤城はシュレインの肘を蹴り、距離をとった。望月は急いで赤城の後ろへと駆け付け、状況を事細かく話した。偽りなく
「あれは神経毒だ」
シュレインは言った。
「毒、なの?!」
 自爆装置よりはマシだが、楽観できる状態じゃない。望月は慌てふためき、呂律が回らなかった。
「ど、どうしよ」
「安心するといい小娘。アレは特定の人間以外に効果を示さない。アレが効果を示すのは、ドミネーターからジェネシスに引き渡された女性隊員だけだ」
 ジェネシスに引き渡される時、フランメスが何も対策無く渡した訳ではない。彼はこうなる事を予期し、隊員達にはまさしく、刻印がされていたのだ。


 晴海の横向きの剣先はフランメスを捉えていたが、反応速度は常軌と言えない。同時に投擲されたハングドマンを正確な弾丸が勢いを殺す。二人の連撃は止まらず、晴海の横に九字原が並ぶと揃って刃を突き出した。フランメスは脚を軽く開き、刃に足を乗せて二つの引き金を引く。銃口は顔を向けられていたが、弾は床に刺さった。刃は踊るように上下から振られ、止む無く彼は距離を取った。
「強い……流石、僕の仲間を還してきただけある」
 言い終わり、彼は服から小型のカプセルを取り出し飲み込んだ。
 ――あれは、ただの景気薬って訳でもなさそうか。ベルフ(aa0919hero001)は九字原に注目させたが、答えはフランメスが自ら言って見せた。
「子の身体は改造しすぎた結果、自己崩壊を起こすようになってしまった。これは、崩壊を抑えるための薬なんだが――」
 話していた口が止まり、不自然な静寂が包んだ。かと思えば、彼は頭を抱え、机に突っ伏した。
「そんなッ! 早すぎる、薬が足りない――違う、そうか……そうか! テスは最初から、僕をッ!」
 再び彼は顔を上げた。皮膚は罅割れ、血が噴き出した。
 机を倒し、椅子を倒し、銃を撃った。
「何が起きているんだ……?」
 ――分からねぇが、一つ……厄介な想像だけはできるぜ。
 暴れていたフランメスは、突然立ち止まった。二人に背中を向けていた彼はゆっくりと振り返ると、尋常ではない顔で笑い、こう言った。
「人間は私達が処す。貴方は、暫くお休み」
 恐ろしい程に落ち着き払った声。彼の口から発せられているのに、彼の声ではなかった。
 ――あれは……。エスティア ヘレスティス(aa0780hero001)は確信していた。
 ――やっぱりか。ベルフは舌打ちした。
 フランメスは、邪英化した。


 外では異様な光景が流れていた。神経毒は陽炎のように眼に映り、人がこぞって倒れていくのだ。黒金 蛍丸(aa2951)はその時、橘 由香里(aa1855)を探していた。
 神経毒は黒金や他の人間にも違った効果は表れていた。倦怠感と、眩暈だ。呼吸が難しくなりる
 周囲には人間の山が出来上がっている。何も……できない。
 ――蛍丸様、あちらを! あの、家のバルコニーです。
 詩乃(aa2951hero001)は家に目線を移した。バルコニーには橘の姿があった。しかし、目の前にはマスクを装着したドミネーター隊員達が、一般市民達を攻撃している。
 神経毒は家に近づくにつれて濃度を増している。
 黒金は懐から、リンゴを取り出した。ニックから貰ったお守りだ。
「もしかして、この時のために……?」
 罠ではないだろう。ニックがリンゴを手渡した時、彼の表情に見えた優しさは偽物じゃない。
 少しばかりの抵抗はあったが、リンゴを口にした。
 まるで、背中から大きな重力が彼を引き寄せるような感覚が衝突した。地面に引き込まれ、今にも地球の中心地へ落ちてしまう感覚。それはすぐに終わり、気付けば彼は宇宙に似た世界にいた。
 黒金の眼前には戦場ではない映像が流れていた。走馬燈のように、子供の頃の記憶。人前でおどおどしていた時の自分、詩乃と英雄を交わした記憶。橘に愛を告げた日。様々な歳月が一度に流れ、一時間の映画を見終わった感触を残し、黒金は元の世界に戻ってきた。
「これは、神経毒の対抗薬じゃない。記憶を呼び起こすための物だったんだ。でも、どうしてニックさんは僕に……?」
 突然、黒金の肩に手が乗った。
「蛍丸君、由香里ちゃんは見つかった?」
 顔を上げればシエロが映っていた。顔にはガスマスクをつけているが、一体どんな表情をしているのか友人ならばすぐに分かるものだ。
「このマスク似合うかね」
「う、うーん。シエロさんなら、付けていても違和感はないですね」
 ――似合うっていうのは本当ですよ、主様。
 ジスプ トゥルーパー(aa0575hero002)はここぞとばかりに言ってみせた。シエロはまだ首を斜めに傾けたが、気にしている場合ではないだろう。シエロもバルコニーに橘の姿を見つけたのだ。
「蛍丸君、ここはウチに任せな!」
 強奪したガスマスクを蛍丸に渡し、シエロは有無を言わさず戦場へ駆けつけた。今まさに怯える子供に槍を突き付けていた小汚い顔の男、その腹部に体当たりを食らわした。
「うらァ! てめェの相手はウチだおらァ!」
 隊員達の憎しみが全てシエロに向いている今が、屋敷侵入のチャンスだった。黒金は家の中に入り込み、咄嗟に二階のバルコニーを目指した。バルコニーに通ずる扉を開けたが、橘の姿は既に無い。
 表の戦場の中に橘を見出した。彼女は単独で戦いに出向いたのだ。少し離れた所にジェシーがいる。
 黒金は後先考えず飛び出した。橘は既に数人の男に囲まれている。
「はああッ!」
 拳銃を構えていた男に鬼若子御槍をめり込ませ、地面に引いて再び胴体を貫く。
「蛍丸、あなた――」
「僕の事は構わずに……!」
 市民達の誘導は風代に任せているが、やはり一人じゃ限界もあるのだ。多くのジェネシス達がまだ取り残されていた。
「まずはここを片付けましょう!」
 黒金はまだ緊張していた。死を恐れてではない。目の前に彼女がいて、それで恐れているのだ。橘は縦に首を振ると、日輪舞扇を振りかざし刃を顕現させた。
 ここを片付けた所で戦いはまだ続く。なるべく体力は温存しなければならない。黒金は軽いステップを踏み、前へ駆け出し男の隊員の関節にグリップで強打した。剣戟を横に避け背後に回り、背中から貫く。
 二人の無意識間でのチームワークは毅然とし、見事なまでだった。周囲の隊員達を倒し終えるまでに、五分も掛からなかっただろうか。やがて戦場に平穏が訪れた時、途方なく槍が落ちた。
 橘が安全だった。生きていて、何事もなかった。
「ごめん……本当に、ごめんなさい」
 まだその時ではないのに、黒金は彼女の前で膝をつき、大粒の涙が頬を伝った。過去の償いに、一滴だけでは足りなかった。
「僕は、とても大切に思っています。あんな事をしておいて、嘘だって思われても……僕は、大切だって何度でも言います」
「まだまだじゃな」
 橘の中から、飯綱比売命(aa1855hero001)が顔を出した。
「女心を弄んだ罪は、一度や二度のごめんなさいじゃ足りないことは分かってあろう。正直、わらわは愉快な気分ではない。だがこれから愉快になる可能性もある。坊主がどう罪滅ぼしをするのか、じっくり俯瞰させてもらおう」
 一人で涙を流すことほど、辛いものはない。それを知っているから、橘はもう暫く黒金の隣にいた。
「さて、大詰めね。そろそろ貴方の物語に幕を下ろす時よフランメス」
 屋敷を見て橘が語った。
「言うわね」
 いつの間にか近くにいたジェシーが嘲笑した。
「貴女の強気な所も嫌いじゃないわ。そこの可愛い男の子も泣かしちゃって。罪深いのね」
「別に」
 ジェシーはケラケラと笑ったが、不自然に笑みが死んだ。
 橘は、彼女の方を見た。
 腹部から大きな氷柱が生えていた。生えていたのではない、背中から貫かれていたのだ。ジェシーの背後には、氷鏡がいた。
「――あの人が愛した愚神を、HOPEは殺した。だから……貴女も死ななくちゃ、いけない」
「アンタ……さっき、フランメスの後って……」
「嘘」
 アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)は、彼女の中で冷たい吐息を吐いた。氷鏡は、昔と変わってしまった。
 氷柱は破裂した。同時にジェシーの両腕が地面に落ち、彼女は伏せた。
「六花ちゃん、あなた!」
「あの人が愛した愚神を、HOPEは殺したの」
 地面に倒れたジェシーは、甲高く空に笑った。息が続く限り笑い、嗚咽を吐いて唾液が地面に零れた。
ジェシーは大きく顔を歪めた。
「最初からこうするつもりだったんだろ? なァ。由香里! 折角助けた恩も忘れて。あァ残念だよ友達になれたと思ったのにッ!」


 男の子を探していた風代は、ふと立ち止まって後ろを振り返った。少女が手招きしていたのだ。
「君は?」
 問いかけると、少女は歩き出した。風代は後を追いかけ――すると、大木の傍までやってきた。
 少女は大木をそっと押した。すると――扉のように、開いた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
  • リベレーター
    晴海 嘉久也aa0780

  • 九字原 昂aa0919

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • LinkBrave
    シエロ レミプリクaa0575
    機械|17才|女性|生命
  • 解放の日
    ジスプ トゥルーパーaa0575hero002
    英雄|13才|男性|バト
  • リベレーター
    晴海 嘉久也aa0780
    機械|25才|男性|命中
  • リベレーター
    エスティア ヘレスティスaa0780hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • まだまだ踊りは終わらない
    餅 望月aa0843
    人間|19才|女性|生命
  • さすらいのグルメ旅行者
    百薬aa0843hero001
    英雄|18才|女性|バト

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 終極に挑む
    橘 由香里aa1855
    人間|18才|女性|攻撃
  • 狐は見守る、その行く先を
    飯綱比売命aa1855hero001
    英雄|27才|女性|バト
  • 愛しながら
    宮ヶ匁 蛍丸aa2951
    人間|17才|男性|命中
  • 愛されながら
    詩乃aa2951hero001
    英雄|13才|女性|バト
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • 鋼の心
    風代 美津香aa5145
    人間|21才|女性|命中
  • リベレーター
    アルティラ レイデンaa5145hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
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