本部

カルタゴに響く暴牛の蹄

一 一

形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/06/25 20:24

掲示板

オープニング

●海上漂う不吉の『星』
「こちらA班、異常なし」
『――こちらB班、了解。定刻まで監視と警戒を継続する』
 通信機を切った数名のエージェントたちは互いに頷くと、アサルトユニットで早朝の海上を散策する。
 彼らがいるのはおおよそティレニア海の南部――シチリア島の西側に広がる海域だ。
 およそ半月前、イタリアのジェノヴァへ従魔の大群が押し寄せたのは記憶に新しい。
 しかも、偶発的な事件ではなく愚神の存在も確認されたため、脅威度は一気に引き上がった。
 その上、エジプトでのテロ事件も発生したため、H.O.P.E.は地中海周辺の監視体制を強めていた。
 4人1組で行動する彼らもまた、哨戒任務を引き受けた地元エージェントである。ALブーツやアサルトユニットの稼働限界時間が目安の交代制で行われ、前の班は海域までの移動に利用した船で休息を取っていた。
「……ん? アレは」
『どうした?』
 探索海域に班員を散開させてしばらく、1人のエージェントの声を通信機で拾った班員が反応した。
「間違いない――資料にあったヒトデ従魔だ!」
 双眼鏡で見た物を声に出した瞬間、調査班全体に緊張が走る。
『他に何が見える? 少しでも情報が欲しい』
「視認したのは1体。発光しながら空中を移動中。方角からして――チュニジアへ向かっていると推測」
 さらに現在位置とおおよその目視距離や移動速度などを聞き、船の仲間が地図を広げて進路を確認した。
『……まずいぞ。そのまま移動すると想定した場合、6~7時間後にはチュニスに入られる』
 そして、計算を終えた仲間の声にエージェントたちは息を飲んだ。
 チュニス――チュニジアの首都である。

●『星』と暴牛の進撃を阻め
「先ほど、イタリアの支部からジェノヴァ防衛戦に出現したヒトデ型従魔が再び確認されました」
 昼の東京海上支部で連絡を受けた碓氷 静香(az0081)が、チュニジアの地図を背に状況を説明する。
「目撃されたのは現地時間の早朝。日本との時差およそ7時間を考慮すると、現地での戦闘開始は昼頃になると思われます。現地エージェントによると視認した個体は1体とのことですが、前回の襲撃からして単独行動をするとは思えません。加えて、プリセンサーからも予知の報告が届いています」
 別の資料を取り出した静香によると、従魔の目的地として最有力候補とされていたチュニスで、牛型の従魔が暴れる光景を察知したらしい。おそらく、ヒトデ型従魔は牛型従魔の誘導役なのだろう。
「皆さんには2種の従魔を討伐してもらいたいのですが、実はもう1点懸念があります」
 背後の地図を見えるよう体をズラし、静香は指示棒を取り出した。
「従魔が目視地点からチュニスへ直進移動した場合――進路上にカルタゴ遺跡が存在するのです」
 シチリア島近くの海から南西をなぞっていった指揮棒は、赤色でマークされた地点で止まる。
「今回も従魔を指揮しているであろう愚神としてはただの障害物でしかないのでしょうが、紀元前から残っているとされる遺跡は歴史的価値だけでなく、チュニジアの大切な観光資源でもあります。しかし、最短で迎撃部隊を編成・展開した場合でも、従魔との予想接触ポイントがこの遺跡の近くになってしまうのです」
 人的被害を出さないこともそうだが、人類の遺産を破壊されるのも許容できないと静香は訴える。
「よって、皆さんにはカルタゴ遺跡の保全にも注意していただきたいと思っています。チュニジアからも強く要望されているため、よろしくお願いします」
 頭を下げて締めくくった静香は、エージェントたちの頼もしい首肯を受け取った。



●『海の星』は笑う、聖母のように
「――この度は、私(わたくし)に御力を貸してくださり、心より感謝申し上げます」
 規則的に踏み荒らされた砂が舞い上がるティレニア海の底で、ステラ・マリス(az0123)は穏やかに微笑む。
「本来ならば貴方様のお体にあまり適さない場所ですが、あと少しだけ、ご辛抱願えますでしょうか?」
 語りかける声に答えるのは声ではなく、力強い蹄(ひづめ)と広がる砂。相当な速度で走る牛型従魔の隣を滑るように移動するステラは、胸元に組んだ手の指に力を込めて祈りを捧げる。
「まっすぐ進んだ先には、貴方様が自由に駆け回れる大地が広がっているのですから……」
 直後、従魔の肉体が一回り隆起し、移動速度がさらに上昇。
 自分を置き去りに走っていった従魔の背中を、ステラは歩みを止めないまま愛おしげに見送った。

解説

●目標
 従魔の討伐
 都市への侵攻阻止
 遺跡保護

●登場
 ステラ・マリス…地中海沿岸の国へ攻撃を仕掛ける少女の姿をした高位愚神。詳細不明。

 タウリ…デクリオ級従魔。海から出現した体高約2m、全長約4mの巨大な牛。強靱な筋肉や鋭い角を備える上に強い凶暴性が特徴で、人間を確認した瞬間に襲いかかるが知性は低い。

 能力…攻撃・移動↑↑、命中・生命力・イニシアチブ↑、防御・回避↓

 スキル
・イプトム…射程1~10、直線範囲物理、物攻+50、命中-20、進路上にあるすべてを破壊する突進、命中→BS衝撃+対抗判定(物攻vs物防)勝利→BS気絶付与
・スケルデ…射程1~3、単体魔法、魔攻+50、命中-20、角に槍状のライヴスをまとって攻撃、命中→対抗判定(魔攻vs魔防)勝利→BS減退(1)付与
・カルミナ…憤怒に染まり行動が激化、生命力半分以下で常時発動、1R中のメインフェーズ×2

 スディレ×4…ミーレス級従魔。岩のような表皮を持つ1mほどのヒトデ。黄白色の肉体はライヴスで発光し、ステラの指示を伝達する指揮能力を保有。海中行動の他、飛行能力も持つ。

 能力…防御↑↑、回避・移動↑、攻撃↓↓

 スキル
・クディジデ…カバーリング、移動+2、表皮を硬くし味方をガード、被ダメージ1D10減少

●場所
 チュニジアの首都・チュニスにほど近いカルタゴ付近
 かつて地中海貿易で盛んだった古代都市国家の遺跡が残る
 天気は晴れ、気温はやや高めかつ高湿で蒸し暑い

●状況
 地中海を哨戒中の地元エージェントがスディレの移動を発見
 同時刻、プリセンサーがチュニスで暴れるタウリの出現を予知
 2つの情報から割り出した予測通過地点でPCが従魔を待ち構え迎撃

 戦闘開始は昼頃
 主戦場はカルタゴ遺跡に近く、従魔の行動により破壊される可能性がある
 スディレの存在からステラの介入が懸念されるが、目視・予知ともに未確認

リプレイ

●『星』の行方
「あのときの星か……今度はまたすごいものを引き連れてきたな」
「前回は数だったけど、今回は質みたいねえ♪」
 ジェノヴァで見たスディレの光を思い出したエスト レミプリク(aa5116)とシーエ テルミドール(aa5116hero001)は、前回の規模を知るだけに牛型従魔への警戒を強く抱いていた。
「――少ないな」
「前はあんなにいたのにね」
(牛一頭の戦力が大きいのか? それともまだどこかにいるか……)
 それは久兼 征人(aa1690)とミーシャ(aa1690hero001)も同じで、自然と敵の裏を勘ぐってしまう。少なくとも、ヒトデ従魔の存在がただの討伐で終わらないと予感させた。
「牛追いハ得意ヨー。マー今回は追う為の馬がナイケドー」
「カウガールの仕事だもんねー。じゃあこういう場合はー?」
 異世界で駆け回った荒野での経験か、若干得意げなキャス・ライジングサン(aa0306hero001)は鴉守 暁(aa0306)の合いの手に肩をすくめる。
「残念だけど倒すしかナイネー。駆け回られタラ人間コマッチャウ」
「危害のある動物は処理するしかないよねー。……さあて仕事だ、終わったらチュニジア観光だー」
 おどけたキャスにゆる~く答えた暁は、今から討伐後に思いを馳せながら持って行く武器を選定していく。
「……一刀斎様。観光資源が壊されたら、きっと、生活に困る人も出てきます、よね」
「そんな悲しい顔をするな。遺跡とは先人達の築いた美だ。むざむざ破壊など――させはしない」
 一方、暁たちほど楽観的になれず憂慮する比佐理(aa5698hero001)の様子に、獅堂 一刀斎(aa5698)は己が理想の『美』を体現する少女の曇りを晴らさんと決意し、比佐理の左手を包み込んだ。
「この間の愚神も、どこかに居るはずだ」
「あの時は中途半端だったものね。今回はきちんとご挨拶しましょう」
 唯一、指揮官と思われる愚神と相対した荒木 拓海(aa1049)は今回こそ倒してみせると意気込み、メリッサ インガルズ(aa1049hero001)の挑発的な笑みに頷いた。
「黒幕、出てきますでしょうか?」
「今までの行動と、前に拓海が攻撃した感じから支援系と思われるが、使われた技が幻影とかだと厄介だ……そういう手合いは、まず敵の前に姿を現さない」
 同じく愚神について思考を割くルビナス フローリア(aa0224hero001)の問いから、月影 飛翔(aa0224)は少ない情報で敵の行動パターンを予測する。
「俺が愚神の立場だったら、今回のように見晴らしのいい場所だと意識から外れやすい上空からの奇襲を選択する。手段としては、戦闘中にヒトデ型を縦回転させて落下突撃、混乱に乗じて攻撃――といったところか」
「タイミングとしては?」
「牛型従魔を強化した後、だろうな」
 襲撃側に考えを寄せることで防衛側にある穴を埋めるようにしながら、飛翔とルビナスは取るべき戦術を固めていった。
「遺跡が進路にあるのは偶然でしょうか? テロと関係あるなら、遺跡を狙うこともありそうですが――」
「ロロ」
「……確かに、現段階での断定はできませんね」
 他にも、構築の魔女(aa0281hero001)は近い地域で起きたテロとの関連も懸念材料に上げたが、辺是 落児(aa0281)の声でひとまず頭の隅に置くだけでとどめる。
「スペイン、フランス、イタリア、でチュニジア、ね。んー……」
「何か気になるかい?」
 スペインの従魔討伐に参加していたフィアナ(aa4210)は細い指を顎に当て、関連依頼の資料を眺めつつうなる。すると、ルー(aa4210hero001)がさらりと金髪を揺らしてフィアナの顔をのぞき込んだ。
「ちょっと、ね。地中海が拠点、なのでしょうけれど、侵攻の目的は何かしら? って。無差別かしら? 上陸かしら? その国の何かを意図的に狙ったのかしら? それとも、地中海から出たがっているのかしら?」
 従魔の出現した順番に地中海の地図を指でなぞり、フィアナは不思議そうに小首を傾げる。
「……ま、今は目の前の事をやりましょう」
「そうだね。刃を重ねる内に、見えてくるものもあるよ」
 結局、思いつくまま口にしたどれもがありそうだとフィアナは考えを打ち切り、達観したルーの台詞を受けて立ち上がった。

●さまよう『星』
 迎撃地点に到達したエージェントたちは迅速に行動を開始する。
「行くぞ比佐理……外は危険だ、俺の中に隠れていろ」
「はい、一刀斎様」
 最初に獣人化した一刀斎が比佐理を体に吸収するように共鳴し、そのまま海岸へ単騎で斥候に向かう。
『――海岸からヒトデ型従魔を確認した。報告通り1体のみ、俺の攻撃範囲外の上空へ移動した』
 程なくして一刀斎から通信があり、他のエージェントも戦闘態勢に入った。
「やはり誘導役ですか。遺跡防衛のためにも、接近される訳にはいきませんね」
 モスケールでライヴス反応を探知していた構築の魔女も確認し、時計回りに移動を開始。カルタゴ遺跡を背後に背負わず、攻撃されても遺跡から遠ざかる位置取りになるよう努める。
「空――愚神がヒトデ従魔を介して戦況を見ているのならば、複数いても全滅したら介入しそうなものだけど、そもそも既に此の場にいる可能性もあるのよね。……いえ、恐らく近くにはいるのでしょう。彼女の移動速度は分からないけど、でなくば戦闘中の介入なんて間に合わないもの」
 ガーンデーヴァを手に走るフィアナは、自分と仲間に言い聞かせるように思ったことを通信機に乗せた。
「ひとまず、あの厄介なヒトデは先に落とさないとな」
『前みたいに囲まれたら大変だしね』
「……ほっとけ」
《白鷺》と《烏羽》を手にスディレへの警戒を高める征人に、共鳴したミーシャがこそっと小言をこぼす。前回は攻撃が従魔になかなか届かず、苦戦を強いられたため自然と征人は渋面を作った。
「ブモオオォォッ!!」
「いまだヒトデ型が1体なのが気になるが……まずはカルタゴから引き離す」
『前回のように、ヒトデ従魔を捕獲できれば誘導できるかもしれませんね』
 すると、海面を割って現れた牛型従魔――タウリが勢いそのまま突き進んできた。フリーガーを担いだ飛翔は共鳴したルビナスに首肯し、反時計回りでタウリの側面へと移動する。
「典型的な暴れ牛、って感じだねー。知能も低そうでよかったよー」
『アレで頭イイなら詐欺ダヨ!』
「だねー」
 あらかじめタウリの予測進路から外れ、側面から狙撃できる場所で待機していた暁。アルコンDC7を構えながら共鳴したキャスとマイペースに会話し、射程内に入るのを待った。
『そうねぇ――今回は常に動き考え続けて対応力を鍛えることが目標よぉ』
「広く行動しつつ、できるだけその精度を上げていく、か」
 その中で、シーエはまだ自分の未熟さを自覚するエストにある課題を課していた。
 戦闘に勝利するために必要な要素は1つではない。周囲の警戒はもちろん、常に変化する状況の把握、味方との連携や援護の他にも敵の行動の阻害等、意識しなければいけない事態は多々ある。
 要は、これら任務中に発生しうるすべてに対応しきる速度と正確さを養え、ということらしい。シーエは今回、味方の決定打のアシストや全体的な行動の安定化、致命傷の回避などを優先するようエストへ伝えた。
『口で言うのは簡単だけど、とても集中力のいる行動よぉ。エストにできるかしらぁ?』
「やってみせるさ。行くよ、シーエ!」
 目指すは小回りの効くオールラウンダー。一歩引いた後方ではなく近~中距離での立ち回りはより難しいが、シーエの楽しそうな声に触発されてエストは前進する。
「さあ来い、ショーの開始だ」
『……拓海が袋叩きになるショーにはしないでね』
 エージェントが散開する中、遺跡から十分距離を取った拓海は炎柄を投影した迷彩マントを広げ、さながら闘牛士がごとくタウリの進路上に立った。拓海の姿勢を頼もしく思いつつ浮き足立たぬよう釘を差すメリッサの突っ込みに気を引き締め、タウリと衝突する――
「こっちだ!」
「ブモォ!?」
 ――寸前。飛翔が撃ち出したロケットがタウリの胴体に直撃。
 目に怒りを宿したタウリは拓海を無視し、飛翔の方向へと突撃していく。
『ぷっ! ショー、始まらなかったわね……ぶふっ!』
「……おのれ牛め!!」
 思いっきりスルーされて吹き出すメリッサに羞恥が高まる拓海は、マントの代わりにダーインスレイヴを掲げてタウリを追走した……ドンマイ。
「攻撃した人優先かな? 単細胞だねー」
 標的を変更したタウリは、しかし途中で暁の『妨害射撃』が地面を跳ねて足が鈍る。
「援護します!」
 さらに、エストが影殺剣の刃で形成した『ストームエッジ』をタウリの周囲へ突き立て、勢いを削いだ。
「食らえっ!」
 そこへ追いついた拓海が足を狙って大剣を振り抜いた。
「ブモォォッ!」
 しかし、タウリは周囲など見向きもせずに急加速して刃をやり過ごし、槍状のライヴス――『スケルデ』をまとった角で飛翔へ突撃した。
「くっ!? 見た目通り、攻撃が重い、っ」
 瞬時に後ろへ跳躍した飛翔だが、ライヴスの穂先が胴体に刺さり顔をしかめる。さらに追撃の姿勢を見せたタウリをフリーガーで牽制しつつ、仲間と連携してタウリを誘導していった。

「……っ、逆光で、狙いがつけづらいのよ!」
 一方、タウリへ向かおうとするスディレを妨害しつつ撃破も狙うフィアナの矢は、太陽を背にして動く従魔をなかなか捉えられなかった。
「その上、存外と俊敏だな、っ!」
 高度が下がった瞬間を狙い、一定の距離を保つ一刀斎もキリングワイヤーの『鋼糸』を操るが、空を裂くだけで命中した感触が得られない。
「てめえの固さは身に染みてるが、盾性能も健在かよ!」
 軌道を読んだ征人が投擲した《白鷺》の命中にも、少しふらつく程度で空中を泳ぐ動きに衰えを見せない。
「私が動きを止めます! その瞬間を叩いてください!」
 状態が膠着しかけた時、やや離れた位置から構築の魔女が『回避予測』や『ノイズキャンセラー』でスディレの動きを読み、メルカバの『ロングショット』を直撃させた。
 さすがに砲弾の爆発は効いたのか、一気にスディレの動きが鈍ったところへ『ライヴスブロー』の矢と光の槍が貫き、『鋼糸』の両断で墜落した。
「前は余裕がなくて諦めたが、倒した後のヒトデを持って帰って解析すれば、ジャミングみたいに指示の攪乱ができるかもしれない。……そう期待していたんだけどな」
「溶けて消えれば、回収もままならないか」
 スディレの調査を目的に死骸を確認した征人だが、そこには溶解した肉片のような物が残るだけ。一刀斎も近づくと、熱にさらされた氷のように縮んでいき、間もなく消滅してしまった。
「――レーダーにライヴス反応あり! 海中です!」
 直後、構築の魔女がモスケールの探知結果を伝えたと同時に新たなスディレが1体、タウリへ向かって飛び出していった。
「ちっ!」
「待て!」
 すぐさま征人がきびすを返し、一刀斎も黒豹の脚力で駆けだして追跡を開始する。
「反応はさっきの1体だけ?」
 さらにフィアナが弓を構えたが、横目で見た構築の魔女の様子につがえた矢の解放をとどまった。
「いえ――もう3つです」
 それに海へ向けた砲身と鋭い視線で構築の魔女が答えた瞬間、海面に小さな波紋が生まれた。
「……まあ。このように姿をお見せするなどと、お恥ずかしい限りです」
 最初に濃紺のヴェールと頭が生えて、いやに丁寧な声が響いた。
「私(わたくし)は貴女様方にとっては敵対者でございますが、礼節を欠くような無粋は好みませんので」
 次いで、深紅のドレスで包まれた少女の肉体と、従者のように浮かぶ2体のスディレが海から現れる。
「改めまして……お初にお目にかかります、『希望』を背負う方々。私、名を『ステラ・マリス』と申しまして、恐れ多くも『王』より『海の星の聖母』を名乗ることを許された者です。以後、お見知り置きを」
 そして、服や肌に水分を残さず、歩くような速度で地に足を着けた少女は、穏やかに微笑んだ。

●笑みを絶やさぬ『海の星』
(容姿は聞いていたとおり、でもそれ以外は? 他の依頼では、急に従魔のライヴスが跳ね上がったとか……彼女の仕業、で良いのよね?)
 警戒を最大限にして目を細めるフィアナは、鏃(やじり)をステラへ向けつつもひとまず様子見に徹する。
(相手の暫定的な目的は私達の撃破ではないはずです……従魔撃破に目途が立てば一当てしたいものですが、今はこれ以上すり抜けられないように警戒、ですね)
 前回の大攻勢から偵察や斥候の可能性を考慮し、構築の魔女もステラを牽制しながら警戒に意識を割いた。位置的に挟撃を受ける懸念が拭えず、すぐ対処できるよう特にモスケールの反応に注意する。
「やっと黒幕の登場か。この辺りで目的くらい知りたいところだ」
『海から、しかも歩いて登場とは、よほど余裕があるのですね』
 そこへ、攻撃でタウリを誘導し遺跡からだいぶ離した飛翔がステラを一瞥し、ルビナスは言葉にトゲを混じらせた。
「――そっちは任せた。牛を先に叩く」
 が、飛翔はそのままタウリへ視線を戻し追加でロケットを撃ち込む。
『ワオ! 海カラ黒い人が出てキタヨ!』
「……ちょーっとだけ、海藻の化け物想像しちゃったなー」
 ちら、とステラを視界に入れたキャスが独特の感性で表現すると、暁は表情を変えず遠距離を維持した移動とタウリの狙撃を繰り返していた。機動力を奪うため脚を執拗に狙い、放たれた銃弾は貫く度にタウリの体をふらつかせていた。
 ちなみに、暁がイメージしたのはワカメを大量にへばりつけた海坊主的なヴィジュアルである。
「ここでボスが登場か……にしても、随分と腰が低いな?」
『猫かぶってるんじゃない? ああいうのがキレたら一番厄介だもの』
 タウリへ向かおうとしたスディレに槍を突き入れつつ、征人もステラを見ても警戒にとどめ従魔討伐を優先。若干ミーシャが胡散臭そうな声でステラを評したが、征人は肯定も否定もしなかった。
『あの方が、従魔を率いていた……のですか?』
「見た目に騙されるな、比佐理。穏やかな気質に思えても、愚神である事実に変わりはない」
 精神年齢が12歳程度の比佐理は少女の外見をした愚神に戸惑うが、一刀斎が改めて愚神の危険性を説く。そして征人同様、『鋼糸』でスディレへダメージを与えつつ、タウリへも牽制を放っていた。
『あなたが例の、『星』を操っている人ねぇ』
「何を企んでいるのか、教えてもらうぞ!」
 すると、シーエがステラの挙動に注目したことでエストは意識の一部を愚神へ向け、スディレを妨害するための『レプリケイショット』を放ちつつ問いただした。
「私に企みなどありません。この海を平定に導くことが、授かった使命なのです」
 対するステラは微笑と胸元で組んだ両手を崩さず、どこか祈るような所作で返答する。
「ブモォッ!」
「くっ!? 平定……つまり、この辺りの支配が目的か?」
 さらにタウリの突進に正面から突っ込んだ拓海がコブラルハルバードを突き立て、吹き飛ばされながらステラへ疑問を投げかけた。その際、幻影を見せる能力があると予想した拓海は、わざと受けた痛みで姿の見え方に変化がないかやステラの影の有無を確認するも異常は見られない。
『地中海に特別な力の源が有るのかしら? それを他の愚神に取られる前に自分のモノとしたいか……『誰か』に貢ぐとか?』
「支配や収奪に頓着する我欲など、私は持ち合わせておりません」
 次いでメリッサも情報を引き出そうと試みるも、ステラの笑みは崩れない。
「では――っ! 反応が変わりました! 何か仕掛けてきます!」
 さらに構築の魔女が口を開きかけたが、ステラのライヴス反応が強まったことで対話を断念。味方へ注意喚起しつつ放った砲撃は、スディレの『クディジデ』に阻まれた。
「すべては『王』と、愚神(どうほう)のため――」
「させないっ!」
 能力や性向を見極めようとステラの反応を観察していたフィアナも、『ライヴスブロー』の矢を放つがスディレの盾に割り込まれてしまう。
「――私は歩み、祈り、導きましょう」
 そして、護衛のスディレ2体が消滅した瞬間、ステラは内から膨大なライヴスを噴出させた。
「オ゛ッ゛!?」
「――何だ?」
 直後、ダーインスレイヴで切りつけたタウリの異様な声を聞き、飛翔は『トップギア』で追撃の構えをとりつつ後退した。
「ゴア゛ッ゛!!」
「っ! 待て!」
 が、タウリの意識が怒りに支配――『カルミナ』状態となったと同時に肉体も膨張。危機感を覚えた飛翔が足を踏み出すよりも早く、タウリは爆発音とともに目に付いた人物へ飛び出した。
『一刀斎様!』
「――なっ!?」
 角の先が指すのは、ちょうど最後のスディレを倒した瞬間の一刀斎。比佐理の声に反応するも肉体が追いつかず、崩れた姿勢から回避へ移ることができない。
「手負いの獣は怖いからなー。でも、生物のカタチをしているなら――倒し方は如何様にもある」
 仲間の窮地をスコープ越しに見ながら、それでも暁は冷静に引き金へ指をかけた。
「戦場で足を殺せば、それは死んだも同じだよ」
『ブッ飛ばすデース!』
 そして、終始徹底して狙い続けたタウリの足へと照準を定め、暁はキャスの元気な声を聞きながら『ロングショット』で集中したライヴスを解放した。
「――っ!?」
『ホワッ!?』
 刹那、息を飲んだ暁とキャスは至近距離で生じた思わぬ爆発に包まれ、タウリへの狙撃に失敗してしまう。
「獅堂さん!」
 もはやカバーリングも間に合わない状態で、エストが少しでも攻撃を軽減させようと一刀斎を巻き込む『フラグメンツエスカッション』を発動した。
『そうよぉエスト、何が起こるかわからないときは全体をよく見て戦うの』
「だけどシーエ! これは、防げない、っ!」
 イレギュラーに対する反応としては上出来だと笑ったシーエだが、目の前で脆くも砕け散る刃の盾にエストは焦りを隠せない。
「ブルォ!!」
「ぐ、あっ!?」
 勢いが止まらないタウリは、そのまま『スケルデ』を一刀斎へ突き刺した。少しでもダメージを軽減させようと体を捻った一刀斎だが、肉体を貫通した角から広がる暴力的なライヴスにより意識が一瞬で潰える。そのまま走り続けるタウリは、弛緩した『重体』の一刀斎を乱暴に振り落とした。
「獅堂さん! この牛、っ!?」
 防御も回復も間に合わず、敵と自分に怒りを覚えた征人はタウリを睨みつけた目を見開いた。
「まだきます! 久兼さん!」
「ル゛ア゛ァ゛ッ゛!!」
「うぐっ!? ――ぐはっ!?」
 後方から聞こえる構築の魔女の忠告に反応して武器を構えるが、破壊の軌跡を残す突進――『イプトム』で迫るタウリと激突。何度も地面をバウンドした征人は、最後は背中から倒れて肺から息を吐き出した。
「これは……今までの強化とは違うようですね」
 タウリの直進上にいた構築の魔女は回避に成功するが、今までの強化と比べて明らかに急上昇した身体能力に思わず眉間にしわを寄せた。それまでは『デクリオ級』だった動きが『ケントゥリオ級』に匹敵し、タウリ自身の変化以外にステラが何かしらの力を使ったのは明らかだった。
「ステラ・マリス! あなたは何を、っ!?」
 歯噛みしたフィアナがステラへ詰問しようとしたが、その言葉は途中で途切れる。
「……次は、もう少しスディレを用意させていただきましょう。では、私はこれにて失礼します」
 何故なら、ステラの肉体が消滅間際のスディレのように溶けていたからだ。そうして、別れを告げるステラを止める間もなく、愚神は跡形もなく姿を消した。
「くそ――ひとまず、牛を倒すぞ!」
 逃げられたと判断した拓海は悪態を漏らし、思考を切り替えて『トップギア』を使用。全員で総攻撃を仕掛けようと駆けだした。
「わかりました!」
 前衛が肉薄する前に、構築の魔女が『妨害射撃』でタウリの動きを制限する。
「さっきのお返しだ――受け取れ!」
 砲撃に怯んだ隙に征人がアダマスの大鎌を振りかぶり、首下へと潜り込んで喉元を豪快に切り裂いた。
「一気に叩く!」
 集中する仲間の攻撃でタウリの足が完全に止まり、飛翔は拓海と挟撃するように従魔の左右を固める。
「ブモ――ッ!?」
 そして、『チャージラッシュ』で力を引き上げた『疾風怒濤』が双方から吹き荒れ、タウリはバラバラの肉塊となった後、肉体を残したままライヴスを消滅させた。

●『星』が落とす影
「悪い、後は頼めるか?」
 従魔を撃退した後、征人は一刀斎へ『ケアレイ』など回復スキルを使用しながら救急の連絡を入れた。『重体』で枯渇したライヴスを補充しつつ応急処置を施し、征人は付き添いとして一刀斎とともに病院へと向かっていった。
「いやー、ごめんごめん。ちょっと銃がジャムってボンしてなー」
『ゴメンネ!』
 また、途中から連絡が途絶えていた暁はキャスと謝罪しつつ、手に応急処置をした状態で合流した。弾詰まりした状態でスキルを暴発する事故(ファンブル)により、武器と両手が吹っ飛びかけたらしい。
「ごめんついでに、遺跡の被害を見てきたけど無事だったよー。重要な観光資源でもあるけど、また愚神が襲ってくるならチュニスの守る拠点に使えるかもだねー」
 しかし暁は平素と変わらぬ態度のまま、目視で確認した遺跡の状態を記したメモを仲間に渡した。
「何とか被害は食い止められたが、釈然としないな」
「少し潜ってみたけど、特に怪しいところはなかったのよ」
 それからステラについても調査をしてみた飛翔たちだが、成果は芳しくない。痕跡がないかと思ってステラが現れた海中を探ったフィアナも、当てが外れたようだ。
「そして、唯一手がかりになりそうだった痕跡は、サンプルを得る前に消えてしまいましたね」
「現時点でわかったのは……ヒトデ従魔を『スディレ』と呼んだこと、オレたちの前に現れたステラのライヴス量がミーレス級のスディレと同程度だったこと、スキル使用でライヴスを爆発的に増大させてスディレと同じように消えたこと、そして2種類の能力強化手段を持っていること、か」
 ステラがいた地面をなぞる構築の魔女は指からこぼれた砂利を残念そうに見送り、拓海が全員から集めてまとめた情報を耳にする。ライヴス量に関しては構築の魔女がモスケールから確認した事実だ。
 特に、直接的な脅威と思われるのはステラの使用した強化スキルの情報だろう。ジェノヴァ戦と比較すればステラは少なくとも『大群』と『単体』で異なる強化を使用し、一時的とはいえ『単体』対象の強化は敵のクラスを1つ上げるほど強力だった……もし高位愚神を対象にされれば、とんでもない脅威となり得る。
「次に襲撃するなら、ギリシャ辺りでしょうか。観光地のように人が多い場所が狙われている気がします」
「地中海の平定が使命、か……少なくとも、ステラの目的が人類に危害を与える意思を含んでいるのは、間違いなさそうですね」
 ルビナスが頭の中に広げた地図から襲撃地点の予測を口にし、エストはステラの言葉を思い出して不穏な予感をぬぐい去れなかった。



●蠢動(しゅんどう)する『星』
「――またも、私は失ってしまったのですね」
 地中海のどこか、光が届かず闇が支配する海底から立ち上る泡を見送ってステラは独白する。
「やはり、ジェノヴァという名の地への侵攻を防がれたのは大きな痛手でした。私が集め率いた配下の多くを失い、新たに集結させるには時間が必要になるでしょう。今後はタウリ様のように、一期一会で結ばれた縁のお力に頼る他なさそうです……」
 周囲を何体ものスディレが泳ぎ、別々の発光を見回すステラはひときわ大きな気泡にため息を閉じこめた。地中海の国への侵攻に執着するステラではあったが、保有戦力の消耗は深刻な問題であるらしい。
 大量に存在するスディレは攻撃能力を犠牲に防御能力を得た、『盾』の役割に特化している。そのため、襲撃に必要な『矛』は別に用意する必要があり、今回は牛に従魔を憑依させて運用していた。
「しかし……『希望』の方々は何故、古き時代の残留建築を守護していたのでしょうか?」
 片膝をついて祈るような姿勢のまま戦力運用について思考を巡らせつつ、ステラもまたエージェントの行動に疑問を浮かべていた。


結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281

重体一覧

  • 黒ネコ・
    獅堂 一刀斎aa5698

参加者

  • 『星』を追う者
    月影 飛翔aa0224
    人間|20才|男性|攻撃
  • 『星』を追う者
    ルビナス フローリアaa0224hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • ようへいだもの
    鴉守 暁aa0306
    人間|14才|女性|命中
  • 無音の撹乱者
    キャス・ライジングサンaa0306hero001
    英雄|20才|女性|ジャ
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 難局を覆す者
    久兼 征人aa1690
    人間|25才|男性|回避
  • 癒すための手
    ミーシャaa1690hero001
    英雄|19才|女性|バト
  • 光旗を掲げて
    フィアナaa4210
    人間|19才|女性|命中
  • 翡翠
    ルーaa4210hero001
    英雄|20才|男性|ブレ
  • 決意を胸に
    エスト レミプリクaa5116
    人間|14才|男性|回避
  • 『星』を追う者
    シーエ テルミドールaa5116hero001
    英雄|15才|女性|カオ
  • 黒ネコ
    獅堂 一刀斎aa5698
    獣人|38才|男性|攻撃
  • おねえちゃん
    比佐理aa5698hero001
    英雄|12才|女性|シャド
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