本部

闇に這いずる怯懦の刃

ゆあー

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/10/28 21:20

掲示板

オープニング

●ただ一人の生存者
 東京都内、S町二丁目。 表通りには胡乱気な飲み屋やスナックが立ち並び、深夜にも関わらずショッキングピンクのネオンライトに照らされている。
「アイタタ……いけないわね、ちょっと飲みすぎちゃった」
 翻って、その光も届かない薄暗い路地裏。そこで彼女は立ち止まり、眉間に指を当てて俯く。
 早く家に帰ってシャワーを浴びよう――そう思い、彼女が顔を上げた時だった。
「えっ?」
 狭い路地裏の数m先、つい今しがたまで誰も居なかった場所に、誰かが……否、何かが立っていた。
 粘土細工で人を不器用に真似たような、アンバランスな輪郭が小刻みに揺れている。
 楕円形の球体を複数繋げたような、ずんぐりとした胴体部。比するに不自然なほど細長い、昆虫を思わす三対六本の不気味な腕……あるいは足。その先端はカミソリのように鋭い。
 発する音は呼吸音だろうか? 凶悪な口許から漏れ聞こえる不規則で荒いそれは、目の前の物言わぬ何かが異常な存在である事をハッキリと告げている。
(まさか、例の連続殺人事件の……!?)
 彼女が思い至ったのは、ここ最近町を騒がす物騒な事件。
 刹那。その何かはまるで虫のように路地壁を這い、彼女へと踊りかかった。

●心臓抉り
「依頼だぜ」
 H.O.P.E.本部にて、心なしか顔色の悪い中年の事務員が説明を開始した。
「発端は、数週間前から断続的に発生していたS町二丁目の連続殺人事件だ。……この事件は愚神や従魔ではなく人間による犯行だと断定されててな。警察で捜査が進められていたんだが」
「アタシ見たのよ! アイツは絶対に人間なんかじゃなかった。あの恐ろしい牙……あれは悪魔よ!!」
 ただ一人の生き残りである依頼者が吼えるように叫んだ。
 夜の商売らしい華美な衣装に身を包んだ彼女をなんとか宥めつつ、中年事務員は努めて平静を装いながら言葉を続ける。……なんだか顔色が悪いのは依頼者の顔が近いからだ。
「被害者は全員女性で、いわゆる……そう、『接客業』に従事していたらしい。犯行時刻はいずれも深夜、被害者が一人でいる所を鋭利な刃物のようなもので心臓を抉られて殺害されている。で……ここが妙な点なんだが、この被害者達にはライヴスを奪われた様子が無いんだよ。H.O.P.E.のプリセンサーもライヴス反応を確認出来なかったしな」
 他者に目撃されないように、か弱い女性ばかりを狙い、しかもライヴスを奪うでもなく殺害する。
 心臓を抉るという猟奇性はともかく、人間を己の糧としている従魔・愚神の犯行にしてはイレギュラーな部分が目立つ。
「それでな……どうしてこの依頼者だけが犯人を目撃して生存したか、なんだが」
「あのクソ野郎、ぶちっとちぎれて逃げたのよ!? それで路地壁を虫みたいにすばしこく這いずり回ってね! 思い出しただけでホント気持ちワルいわッ!!」
 そこで依頼者――いかがわしいスナック従業員にしてドレッドノートの相棒を持つ能力者、源氏名マリアが激昂した。黒人特有のしなやかな筋肉が憤怒を代弁するかの如く盛り上がる。
「ちょ……頼むから落ち着いてくれって! マジで、マジでマジで!」
 マリアを必死に宥める中年事務員の顔色はすこぶる悪い。マリアの顔がとても近いのだ。

●二つの危険
 短いティーブレイクを挟んで中年事務員が説明を続ける。先程よりも更に顔色が悪いのは怒声に怖気づいたワケでなく、マリアに太ももを撫でられているからだ。
「その、なんだ。お前らも気付いたと思うが、ボブ――」
「マリアって呼んで?」
「――マリア、さんの目撃情報を連続殺人事件と関連付けるには二つ矛盾がある。一つは過去の事件でプリセンサーに確認できなかったライヴス反応が、今回の事件では確認出来た事。そしてもう一つは、従魔がマリアさんの『顔』を牙で襲おうとした事」
 ハッとした表情を見せるマリアを横目に、中年事務員は事件の資料を広げながらエージェント達へと言葉を続ける。
「恐らくは連続殺人犯『心臓抉り』とは別の脅威として、二丁目には従魔が潜んでる。まあなんとも、間の悪い事だがよ……」
「なんてこと……!? ンモーとにかくどうにかしてちょうだい! ○○の○○野郎どもがアタシ達の街に潜んでると思うと心底○○・○○だわ!」
 資料を見比べて苦笑する中年事務員の横で、マリアはFワードを連発しながら憤る。……彼女がここまで激昂する理由は、従魔がもたらした生理的嫌悪感だけではない。
 彼女は自分を受け入れてくれた二丁目と、そこに住む人々の事を愛しているのだ。そして今、それらを守れるのは他ならぬエージェント達しかいない。
「お願いよ。犯人連中をとっちめてくれたら、お店でうんとサービスしたげるから」
 果たしてサービスして頂くかどうかは、今は置いておくとしよう。考え込んでいた中年事務員が軽く頭を振って君達へと言葉を投げた。
「従魔のヤツはうまく誘い出すか、あるいはねぐらを見つけ出すってとこか。逃げられないよう、分裂能力には注意しろよ。『心臓抉り』は……ヴィランや愚神の線は正直無いが、放っとくわけにもいかんよな。ちっとばかし力を貸してやってくれねぇか?」
 マリアの熱っぽい視線に気付かないフリをしながら、中年事務員はエージェント達をいかがわしく華やかな街へと送り出した。

解説

●虫の従魔……デクリオ級従魔。先端が刃物のように鋭い足を六本持ち、強靭な顎を持っている。壁をすばしこく這い回り、狭い路地裏であろうと不自由無く動く。
 自身の生存を最優先にして行動し、危険を感じれば即座に逃げ出そうとする。攻撃を受けると千切れて分裂し、新しい顎と足が生えるため油断は禁物。
 プリセンサーによれば暗闇の中でしか動けないらしい。

●心臓抉り……二丁目の連続殺人事件の犯人。その名の通り、被害者の心臓を抉り取って殺害してきた。
 警察は能力犯罪者でもなければ愚神でもないと断定しており、捜査が続けられているが状況は芳しくないようだ。

●被害者……三名の華やかな若い女性達。いずれも『接客業』に従事。全員が鋭い刃物のようなもので心臓を抉り取られ殺害されている。
 他に目立つ外傷は無く、争った形跡も無し。金品についても手付かずのまま放置されていた。
 犯行時刻は一様に深夜で殺害現場はいずれも路地裏の人目に付かない薄暗がり。

●マリア……本名ボブ。黒人。好きなタイプは中年男。フローラルな香水と華美なドレスを愛用。
 ドレッドノートの相棒を持つリンカーにしてスナック従業員。お店ではNo.2の人気者。
 虫の従魔による攻撃を共鳴して防ぎ、反撃に出ようとしたが逃げられた。
 S町住人達との間に太いパイプを持ち、彼女を通してS町住人へ直接戦闘に関わらない範囲での協力や情報収集を求める事も可能。

●S町二丁目……妖しげなバーやホテル、風俗店等が猥雑に立ち並ぶ青少年の色々に好ましくない地区。住人は人種性別その他諸々に寛容。
 近年人口の流入が激しく、廃ビル・廃屋・廃工場等に住み着く怪しい人種も少なくない。

リプレイ

●健全とは
「立ち話もナンだし、とりあえず座ってちょうだい? ママには許可貰ってるから」
 改めての情報確認を求めるエージェント達に対して、マリアは街の案内がてら自身が勤める場末のスナック『棗』の一席を提供した。
「オトナのまちと、オトナのおみせなのです!」
 好奇心に目を輝かせながら紫 征四郎(aa0076)が店内を見回す。弱冠7歳の彼女にとって、二丁目は色々と刺激が強い。
 しかし、昼間であってもそこはかとなく漂う胡乱な雰囲気と独特の薄暗さをして『オトナ』と表現する辺りはなかなか的を射ていると言えた。
「……おい、あんまキョロキョロすんじゃねぇ。色々と危ねぇから」
 落ち着かない様子の征四郎を諌めながら、彼女の英雄であるガルー・A・A(aa0076hero001)がマリアへと目礼する。情報確認にあたって、マリアを女性として認識しているガルーの態度は逐一丁寧だ。
「虫の従魔と連続殺人犯みたいだよ! クエスちゃん!」
「そいつらの関係性はわからないけど、このままにしておくわけにもいかないね」
 その隣では、豊聡 美海(aa0037)とクエス=メリエス(aa0037hero001)が熱心に話し込んでいる。
 警察の捜査をかわし続けている連続殺人犯と、壁を這い回る虫の従魔。関係性の有無はともかく、いずれも出現位置をある程度特定した上で逃げ足の速さにも注意する必要があると美海達はそう考えていた。
 マリアの目撃証言から、征四郎・ガルーと共に地図へ目印を書き込んでおくのも忘れない。

「無力な女性を手に掛けるというのは正直頂けないわ。きちんと罪に対しての報いは受けて貰わないとね」
「……その点は同感だ。仮に愚神絡みでないとしても、犯人にはそれ相応の報いがあって然るべきだろうな。俺も協力させて貰おう」 
 美海の発した言葉にそう言って頷くのは、レオン・ウォレス(aa0304)とその英雄ルティス・クレール(aa0304hero001)のコンビだ。
「それにしてもH.O.P.E.のエージェントってのはイイ男揃いなのねぇ。アタシの好みは中年だけど……10年、20年後が楽しみになっちゃうわ」
「中年」
 話し合いの折、エージェント達へうっとりとした視線を投げかけるマリアの言葉をオリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)が復唱した。
 そのオリヴィエが視線を向ける先では木霊・C・リュカ(aa0068)が、従魔対策のためにマリアへと協力の打診を行っている。
「中年――お兄さんまだ28なんだけど!」
「あらっ、本当? お兄さんもっと若いと思ってたわぁ!」
 わざとらしく傷付いた表情を見せるリュカと、わざとらしく驚いた表情を見せるオカマ。果たしてどう返答したものか、オリヴィエは困ったように沈黙した。
「……レオンはいい男というのはあたしも同意ね。でも彼はあたしの英雄さんだから、譲る気はさらさらないから、ね」
「えっ?」
 そんなリュカ達を横目に『英雄さん』を強調して牽制するルティスへ、マリアは一瞬ハトが豆鉄砲を食らったような表情を浮かべる。そして、
「ンモーなにアタシなんか気にしちゃってるの! アナタ、とっても魅力的なんだからもっと自信持ってどーんと構えてなきゃっ」
 耳打ちでまくしたてながらルティスの背中を押すマリアを、当のレオンは不思議そうに眺めていた。

「ミス・マリア。貴女の憂いの無い笑顔を拝見したいと願っております」
「フフ、ありがとう。その言葉でちょっと元気が出たわ」
 二丁目での聞き込みに備えた手筈を整えながら、熱の篭った声をマリアに向けるのはウェルラス(aa1538hero001)だ。
 老若男女を問わず軟派な彼のストライクゾーンにはマリアも例外無く収まっている。
「お前……仕事中に口説くなよ……」
 パートナーである水落 葵(aa1538)がうんざりとした様子で釘を刺すも、ウェルラスは気にしていない。
 恐るべしウェルラス。当のマリアが彼を子供として認識している事だけが、葵にとっては不幸中の幸いだったと言える。間違いなく健全だ。
「うん、いいね。この依頼すごくいい。僕にぴったりだ」
 マリア達を遠巻きにしながら上なくゲスい表情を浮かべるのは宗一郎(aa1619)だ。彼の頭の中では今この瞬間も、めくるめく享楽のプランが展開されているのだ。具体的に言えば女とか女とか、あと女とかになる。
「ええ……いろんな女性を見ることができると思いますわ。宗一郎様? うふふふ……」
 そんな宗一郎に寄り添うように佇む咲耶(aa1619hero001)が、見透かしたように言いながら意味深に微笑んだ。
 果たして宗一郎は気付いていただろうか? 咲耶の赤い瞳が沼底のように深く淀んでいることに。
 あるいは仮に気付いていたとしても、この先に起こる悲劇を止める事は誰にも出来なかったのかもしれない。

「――人を殺すなら従魔も殺人犯も変わりはないわね。見つけ次第始末する。懺悔や言い訳を聞いてやる時間も惜しいわ」
 マリアとの情報確認を終え、スナックを後にしながらカペラ(aa0157)が決然と言い放つ。
 そんなカペラの傍で影のように付き従っていたフード姿の英雄、アルデバラン(aa0157hero001)が口を開いた。
「カペラ、殺すのは有効な手段だがあくまで手段に過ぎない」
 睨め上げるようなカペラの視線に対して、アルデバランは人の世の道理を説くようにして言葉を続ける。
「手段に捕われてはいけない。本質はもっと別のところにある」
 間違った道へ一歩傾いてしまえば、目指した道へは二歩遠ざかる。
 英雄が想起したのは、かつての世界で刻まれた暗殺者の教え。忘れ得ぬそれを能力者の少女に伝え、導いてやる事もまたアルデバランの務めであった。
「ふむ、中々居心地の良い街ではないか?」
 猥雑とした街並みにどことなく高揚した様子を見せるマリオン(aa1168hero001)が己の能力者へと声を掛ける。
「そうか? どうもこっちの街は清潔過ぎてな……ゴミも少ないし、死体も転がってねえ」
 一方で、アルデバランと同じくかつてを想起していた雁間 恭一(aa1168)の表情は渋い。
「だから……転がったのだろう?」
「……ちゃんと葬儀屋が引き取りに来て、何事かと俺たちみたいなのが出張ってくる……そう言うのを転がったとは言わねえな」
 面倒そうに首を振りながら、雁間がマリオンの言葉を訂正する。無数の歓楽に彩られる街の影で、顧みられもしない誰かの死が横たわるのは何度も目にしてきた事だ。
 その死を悼み、憤ってくれる者が居るだけでいくらかの慰めにはなるか――いつのまにか宗一郎と肩を組んでいるマリアを横目に、雁間は思索を打ち切って行動を開始した。

●調査に走れ
「可愛いおチビちゃん、なにかご用?」
「チビじゃないです、えーじぇんとなのです」
 派手な化粧をした女性の言葉に首を振りつつ征四郎が名刺を差し出した。
 それはもちろん征四郎のものではなく、ウェルラスの提案で手に入れたマリアの名刺だ。
「あら……ごめんなさいね、可愛いエージェントさん達。それで、何が聞きたいの?」
「連続殺人事件の被害に遭った女性の話を、詳しく聞かせてくれませんか?」
 征四郎の言葉をウェルラスが引き継ぎ、丁寧な言葉で質問を投げかける。
 そこはかとなく言葉に熱が篭っているが、葵もそれについてはもう何も言わない事にしたようだ。
「……店子のプライベートを話すのってNGなんだけどね。こんな可愛い子達の頼みじゃ仕方ないかな……」
 マリアの名刺と征四郎達を見比べて暫し逡巡した後、派手な化粧の女性は悪戯っぽく笑いながら話を聞かせてくれた。

 同時刻、人気の無い路地の一角にて。
「待った、待った! もう降参、降おぶぇっ」
 怯えた様子の男の言葉を湿っぽい殴打音が遮った。
「カペラ、それ以上の暴力は不要だ」
 アルデバランの静かな制止を受けて振り上げた拳を収めたカペラが、鼻血を垂らして蹲るチンピラを見下ろす。
「いくつか聞きたいことがあるの。答えてくれる?」
「へ、へぇ。そりゃ、答えますけど……お嬢さん方、何者なんで?」
 鼻を押さえながら頷く男の問いは無視しながら、カペラはいくつかの質問を男に投げた。そこまで期待はしていないが、今は少しでも情報を集めて従魔と殺人犯の出没地域を絞る必要があるのだ。
「……変な所だな」
 カペラとアルデバランに同行していたオリヴィエが、丸印を付けられた地図を片手に呟いた。
 彼はマリアや警察から得られた情報を元に、虫の従魔が潜んでいるであろう場所を探しているのだ。
「この辺りは人気が無いみたいだけど……気になるものはあるかい?」
「廃屋が多いな……」
 猥雑な表通りとは違う空気を感じ取ったらしいリュカに問いかけられ、オリヴィエは慎重に周囲を見回しながら短く言葉を返した。
 暗闇の中でしか動けない従魔が潜んでいるとすれば、昼間でも光が届かない場所だ。マリアが従魔と遭遇した現場からもそう遠くはない。
 経年劣化の激しい建物の壁面に不自然なほど真新しい傷跡がある事を確認すると、オリヴィエはその位置を地図に記録していった。

 時間は刻一刻と過ぎ、日没が近付く。
「……全く、どこの世界でも色町というのはつきものみたいね。まあ、あたしも殿方のそういう欲求というものを否定するつもりはないけれど」
 情報収集に駆けずり回る折、ルティスはそう言ってため息をついていた。
「ルティス……しかし、あれは殿方向けなのだろうか……?」
 レオンの視線の先には、憔悴した様子の宗一郎が居る。……咲耶の提案を受けて、彼はマリアと共に周辺のいかがわしいお店で聞き込みを行う手筈だった。
「ど、どうしてこうなったんだ……僕はなにをしてる……?」
 情報収集の際、あわよくばあんな事やこんな事――そう画策していた宗一郎を、マリアの発達した腕橈骨筋及び上腕二頭筋が捕らえて離さない。
 宗一郎の誤算はもう一つある。マリアと咲耶が聞き込み調査を行う店はどれもこれも、いわゆる『そっち系』のお店ばかりだったのだ。心なしか、咲耶の笑みが深まっている。
「うわあ……ものすごいお肉の密度。見てるだけで胸焼けしそうだ」
 もみくちゃにされながらあられもない悲鳴をあげる宗一郎を見て、クエスがげんなりと肩を落とす。
「でも、あんな風にぎゅーっとしたい気持ちは分かるかも。美海ちゃんも、クエスちゃんとか征四郎ちゃんとかぎゅーっとしたいし!」
 言いながら、美海が不意打ち気味に背後からクエスを抱きしめる。逃れようと暴れるクエスにレオンとルティスの生温い視線が突き刺さり、そして日が沈む。 

「犯人は顔見知り。そして教養のある……ねぇ」
 他のエージェント達との情報共有のためにスナック棗へと戻る道すがら、雁間が警察から得た情報のもと思索に耽る。。
 警察の語った犯人像は、雁間や他のエージェント達が事件状況から推測したものと概ね大差無い。問題になるのは被害者が犯人に対して抵抗した様子が無いという点だ。
 行きずりの相手を襲っている訳では無い。それはつまり、ただ餌を仕掛けておくだけでは足りないということになる。
 その『顔見知り』と被害者がどこで知り合ったのか? それを確かめた上で餌を仕掛け、尻尾を掴む必要があるのだ。
「……あのオカマ、◯売の娘の事を我が事の様に憤っておったな」
 日没とともに人工的な明るさに満たされていく二丁目を眺めながら呟くマリオンに、雁間は仏頂面で首を振った。
「判り辛いが……一応、あの女達はそうじゃないんだ」
 その違いを語って聞かせる事まではしないが、少なくとも理不尽な死を迎える謂れなど無かった事だけは確かだ。

●包囲網
 カペラの提案により、エージェント達は昼間に得られた情報を元に作戦を練る運びとなった。
「従魔を発見したら防犯ブザーを鳴らします。その音が聞こえたら路地裏方面の照明をつけてもらうよう、町の皆さんにご協力いただけませんでしょうか?」
「ンー、ここら辺りの路地裏に照明なんてほとんど無いわよ? ……いますぐ設置出来る光源だと、店先のネオンライトみたいのならあるけど。それで路地裏方面全部をカバーするのはちょっと……」
 ウェルラスの言葉にマリアが首を捻りながら答える。ショッキングピンクのネオンライトに満たされる路地裏、想像するだに毒々しい光景だが実現は難しい。
 葵達が買い込んだ使い捨てカメラや懐中電灯といったものもあるが、これも十分な光源とは言えない。
「では、町のみなさんにくるまをお借りしたいのです」
「車……そう、車のヘッドライトを使うのね。 あ、でも、路地は狭いから車を入れるのはちょっと無理かも……」
 そこで、美海と共に地図と睨めっこをしていたクエスが手を挙げた。
「じゃあ路地じゃなくてどこか逃げられない場所に追い込んだ後に、車のヘッドライトで囲んでやっつける感じにしようか」
 壁を這い回るという従魔と狭い路地裏で戦えば、路地壁を伝って上へ逃げられてしまう可能性も高い。
 一方、特定地点に従魔を追い込んだあと周囲を光で覆ってしまえば、逃げられてしまう可能性は大幅に低くなる筈だ。
 美海とクエスは情報収集の傍ら、従魔との戦闘を見据えて素早い敵を追い込むのに適した場所をいくつか見つける事にも成功している。
「……この辺りだ。不自然な跡がいくつもあった」
 オリヴィエが記録していた地図上のマークを指で示す。カペラがチンピラを殴って得た情報から、その周辺に住み着いていた住所不定者の一団が姿を消している事も確認済みだ。
「じゃぁそこから……この駐車場へ誘導しようか」
「そうね、必要なら私が囮になるわ」
 過度な攻撃を加えれば、マリアを相手にそうしたように逃げられてしまうだろう。大人数で追い立てた場合も同様と、リュカとカペラが思案顔で続ける。
「駐車場を車で囲んでおいて、ウェルちゃん達の合図でヘッドライトを点ければ良いのね!」
 マリアの確認に全員が頷く。不安要素があるとすれば心臓抉りの件だが、そちらにはレオンと宗一郎達が当たる手筈だ。

「……対象は人間という話だし危険は少ないと思うが、ルティスには負担を掛けてすまない」
「いざという時には助けてくれるんでしょ、レオン?」
 心臓抉りをターゲットに動く事を決めたルティスが囮を買って出たが、こちらの犯人は従魔ではなく人間……それも警察の捜査から逃れ続けているような相手だ。
 ただ餌を仕掛けておくだけでは犯人を捕らえる事が難しいだろう事は昼間の情報収集の結果からレオン達も承知している。
「そういえば、雁間様達は……?」
「昼間居なかった被害者の同僚達に直接話を聞くと言っていた」
 場の面々を見回して尋ねた咲耶にレオンが答える。昼間、マリアを通して各店の責任者達に聞き込みを行ったが、その時分に出勤していなかった店子達への聞き込みは出来ていない。
 しかし犠牲者の女性が勤めていた店と、親交のあった同僚の名前についてをレオンや葵達は聞き出し雁間へと伝えていた。あるいはその結果次第で、ルティス達の動き方を少し能動的なものへと変える事が出来る筈だ。
「ぼ、僕もそっちに行きたい!」
 本来の目的を思い出した宗一郎が弾かれたように叫ぶが、それを無視して咲耶がマリアへと水を向けた。
「心臓抉りへの対応には、マリア様にもご同行願えればな、と……」
「アタシ? 言っとくけど、荒事になっても役に立てないわよ?」
 マリアもまた一介のリンカーではあるものの、H.O.P.E.のエージェント達と比べればその戦闘能力には天と地ほどの差がある。乗り気でないマリアを見て助かった、と胸を撫で下ろそうとした宗一郎だが
「自分達の街なんだから、自分の手で安全を取り戻したいでしょ。他人様に大きな顔させたら面子が潰れちゃうしね」
 そこでカペラがマリアの背中を押すような言葉を投げかけた。マリアは少し考え込み、そして
「そうね……F野郎に一発ぶち込みたいって気持ち、否定出来ないわ。ママには怒られちゃいそうだけど――宗ちゃん、一緒にもうひと頑張りしましょ?」
 マリアの確認に、宗一郎以外の全員が頷いた。

「ああ、子供は入店禁止だ」
「なんだと!」
 住人達の協力を得て対従魔戦の準備が着々と進められ、宗一郎が新たな受難に苦しんでいた頃。雁間とマリオンは小洒落た店の前で睨み合っていた。
「残念だったな。まあ、ここで大人しく待ってろ」
「――いや、待て雁間! こ、これは借りだ! リンクして入ろう。いや、頼む!」
 英雄を置き去りにして店内へと向かおうとする雁間だが、マリオンが必死に食い下がる。一見天使のような英雄だが、その実かなりの女好きだ。
「それ、想像するとムカつくんだが」
「何を言う! 情報をとるんだろ? 自らの面を見ろ、むしろプラスに働く筈だ」
「俺のツラがマイナスって言ったか、大変お顔がよろしいマリオン様?」
 暫しの不毛な煽り合いの後、衆目を嫌った雁間が折れる形で共鳴を行い二人は入店を果たした。

●闇夜に這う者
 エージェント達の思惑通り、深夜の路地裏にそれは現れた。
「どうやら網にかかったわね」
 英雄のものと似た装束を身に纏ったカペラがそれを睨む。マリアに千切られたため二体に分裂しているが、その不気味さは間違えようも無い虫の従魔だ。
「それじゃ、うまいこと誘導しなきゃだね……!」
 ライオットシールドを油断無く構えながら美海が頷く。直後、壁を這って迫ってきた従魔の顎を盾で逸らし、あるいは飛び退って回避する。
 それを皮切りに、従魔との鬼ごっこじみた戦いが始まった。

「雁間からだ」
 従魔との戦闘が始まった頃、心臓抉りを探すレオン達にも動きがあった。
 携帯で雁間と短い会話を交わすレオンを、咲耶とマリアは固唾を飲んで見守る。
「……ホストクラブ? いや、分かった。すぐにルティスを向かわせよう」
 電話口の向こうから雁間が伝えたのは、彼らにとって馴染みの無い単語であった。
「――そういう欲求があるのは、なにも殿方ばかりではないということね」
 レオンを通してその情報を耳にしたルティスは、深いため息をつきながら夜闇を駆けた。

「ガルー! ガルー!! 征四郎あれはちょっと相手したくないのですよ!!!」
 追い込み地点である駐車場。エージェント達が用意した『光の檻』に覆われて身悶えする虫の従魔を見て、征四郎がたまらず悲鳴をあげる。
「ああ? よくわかんねぇがいつも戦ってる従魔と変わんねぇだろ」
 しかし、共鳴するガルーの共感は得られない。彼にとっては虫であろうと何であろうと同じ従魔なのだろう。
「ばかーー!! オトメゴコロを理解しやがれで……ふぎゃー!?」
 叫びながらに足を止めず、ブラッドオペレートで生成したメスで従魔を切り裂いた征四郎だが、そこでまた悲鳴が漏れる。
 従魔の胴体部が裂けて黄緑色の体液が噴き出した次の瞬間、従魔が自ら身体を引き千切るようにして分裂を起こしたのだ。
 そのおぞましい光景にも怯まず使い捨てカメラのフラッシュを焚きながら、葵が分裂を起こした一匹へと躍りかかる。
「牽制した上に写真も撮れちゃう! ……あれ? この作戦だと牽制必要無くない?」
「一石二鳥とはいかなかったか……」
 既に従魔の退路は断たれていると苦笑しながら、ライヴスの力を纏わせたパイルバンカーが従魔の身体を貫く。これもまた自ら身体を引き千切る事で従魔は逃れようとするが
「分裂するなら、できなくなるまで撃てばいい。本当の虫程の大きさにしてやる」
 その刹那、オリヴィエの早撃ちが分裂を起こした従魔三体を続けざまに撃ち抜く。
 光の檻内で動きが鈍っている従魔に狙いを付ける事など、どれほど分裂しようが容易い事と言えた。
「美海ちゃんもさすがにちょっと気持ち悪くなってきたよ!」
 従魔よりも人間の方がよほど怖いとクエスにそう語っていた美海が、盾を叩きつける事で従魔を地面の染みに変えていく。
 事ここに至っては斬ったり突いたり撃ったりよりも単純な打撃が何より効果的であった。

 征四郎が何度目かの悲鳴をあげながらも槍を用いて従魔を串刺しにしていた頃。
「大丈夫かい?」
「うん……ちょっと酔っちゃったみたい……」
 酒に酔ったふりをするルティスを、優男が介抱しながら人目に付かない路地裏へと手を引いていく。
 物陰に隠れて監視するレオン達に気付かぬまま、優男は懐に忍ばせたナイフを取り出し、そして
「な――!?」
 ルティスの心臓へとナイフを突き立てようとした男だが、その刃が英雄の肌を貫く事は無い。
 愚神に通常兵器が通用しない事と同じように、ただのナイフに英雄を傷付ける事など適わないのだ。
「うわぁ~ん、お前を逮捕してはやく僕を家に帰してくれえぇ~~~!!」
 耳元にかかるマリアの吐息に耐えかねた宗一郎が飛び出すのと同時に、ルティスが優男の腕を捩じり上げ瞬時に取り押さえた。
 宗一郎を巻き込みながら犯人へとボディプレスを敢行するマリアと、一仕事終えた相棒の手を握るレオン。それらを眺めながら、咲耶が案じるように呟いた。
「向こうの皆様は無事でしょうか……」

「潔く死になさい。この世は貴方達がいていい場所じゃないの」
 身体の殆どを失い逃走不可能である事をようやく悟った従魔が生存のために強靭な顎で襲い掛かるが、四方を車のヘッドライトに照らされたその攻撃は鈍くカペラを捉えるには至らない。
 共鳴するアルデバランの指示は一つだった。至近距離から躊躇わず、殴れ。殴れ。殴れ。
「……悪いわね。人の理の世界で、貴方を生かすことは出来ないの」
 栄光の手による渾身の殴打で昆虫特有の外骨格を圧し折られ、地に伏せった従魔を縫い止めるように大剣が突き刺さる。
「間に合っ……てもないか。出遅れたな」
 色々と涙目の征四郎、そこら中にこびりついた染みをイヤそうに眺める美海と表情を変えないカペラ。
 討ち漏らしが無いか周囲に視線を這わすオリヴィエと、カメラに映った従魔の写真を確認する葵。
「……しかしこれ、ゴキブリに似てねえか?」
 彼らの誰もが思いつつも口にしなかった事を雁間が言い放つと、その場のエージェント達は皆一様に複雑な表情を浮かべて黙り込んだ。

●夜を駆けた後
 従魔を殲滅し、殺人犯を警察に引き渡した後。
 マリアの計らいにより、スナック棗でささやかな宴が催された。
「……なんだか今日は走ってばっかりだったわね」
 カペラがそう語ったように一日を振り返ってみれば情報収集に、従魔の誘導にと走り通しの一日であった。アルデバランに言わせれば、そうやって走る事もまた手段の一つなのだろう。
「うん、やっぱりお酒は楽しくついでもらうのが一番だね!」
 青い顔をした宗一郎の隣で朗らかに笑うマリアを見て、リュカが安堵の息をつく。
 虫を潰す厭な感触からまだ立ち直れていない征四郎をオリヴィエが困った表情で宥めている事に気付いたガルーが、ソフトドリンクとお菓子の助け舟をそっと差し出している。
「この写真どうすんだこれ……」
 一方で、使い捨てカメラを手に葵は思い悩んでいた。タイミングがタイミングだっただけに、思いの外グロい写真が撮れてしまったのだ。
 ウェルラスはといえば、水を得た魚のようにスナックの面子を軽く口説いて回っている。彼の見た目が少年でなければたちまち健全さを失いかねない絵面だ。
「しかし偶には酒を呑むのが仕事ってのも良いな……リンクして酔えなかったが」
「気にするな。余も中々興味深い体験が出来た」
 改めて酒を味わいながら呟く雁間にマリオンがどことなく満足げに返す。共鳴を行いながら夜の店に入る機会などそう何度も無い事だ。何度もあっては困る話でもあるが。
「結局従魔と殺人犯は特に関係無かったんだね……そういえば、どうして従魔の方に回ったの?」
「え、だって人間のほうが怖いもん。何をするかわからないし」
 思い出したように尋ねたクエスに美海があっけらかんと答える。消極的な理由だがその考え方は何ら間違っていない。
「ちょっと肩透かしかもね」
「愚神に出てこられたりしても困るが……」
 ルティスの言葉にレオンが苦笑を返す。もし仮に連続殺人犯が従魔や愚神と繋がっていたならば、囮となったルティスの危険は計り知れないものになっただろう。警戒が杞憂で終わった事に、レオンは心中で安堵していた。
「宗一郎様、楽しそうで何よりです……ふふ……」
 マリアに肩を抱かれて慄く宗一郎を楽しそうに見守りながら咲耶が呟く。夜は長い、まだまだ宗一郎は苦しむ筈だと咲耶が微笑む。思う存分苦しんだ後で、その手を取って抱き締めてあげようと咲耶はそう思った。
 ――かくしてエージェント達の苦労と宗一郎の犠牲を伴って、二丁目を騒がせた二つの事件は終わりを告げたのだった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • エージェント
    豊聡 美海aa0037
    人間|17才|女性|防御
  • エージェント
    クエス=メリエスaa0037hero001
    英雄|12才|男性|ブレ
  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • シャドウラン
    カペラaa0157
    人間|15才|女性|攻撃
  • シャドウラン
    アルデバランaa0157hero001
    英雄|35才|男性|シャド
  • 屍狼狩り
    レオン・ウォレスaa0304
    人間|27才|男性|生命
  • 屍狼狩り
    ルティス・クレールaa0304hero001
    英雄|23才|女性|バト
  • ヴィランズ・チェイサー
    雁間 恭一aa1168
    機械|32才|男性|生命
  • 桜の花弁に触れし者
    マリオンaa1168hero001
    英雄|12才|男性|ブレ
  • 実験と禁忌と 
    水落 葵aa1538
    人間|27才|男性|命中
  • シャドウラン
    ウェルラスaa1538hero001
    英雄|12才|男性|ブレ
  • シャドウラン
    宗一郎aa1619
    人間|39才|男性|防御
  • エージェント
    咲耶aa1619hero001
    英雄|15才|女性|ブレ
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