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【双子星】倫敦監獄・冥
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最終発言2018/04/20 19:03:15 -
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最終発言2018/04/17 23:16:16
オープニング
●双子星
暗く濁った空。
孤島の外からは見えることのない細いサーチライトの光が屋上を通り過ぎた。すると、あちこちに張られた透明な糸が蜘蛛の巣のようにキラキラと光った。
「貴方って本当に少しライヴスの糸を作れて身体が分離するだけの『ただの人』だったのね」
数日ぶりに戻って来たアイテールの言葉をジェミニは鼻で笑った。
『そうだと言ったろう』
ふたつに別れた身体から男女の混ざった声が響く。
「貴方なら愚神を御して新たな可能性を見せてくれると思ったのに、それじゃただの愚神だわ」
アイテールは愚神を取り込んだ彼を数日おきにモニターしていたのだ。
『なら?』
「もう一人くらいリンカーを取り込んだら少しは変わるかしら」
ひいっとエカルラートが悲鳴を漏らした。
「あら、印は消してここでは自由にしてあげているのに。こんなに怯えられるのってとても寂しいわ」
共鳴姿のエカルラートとジョーヌへ近づこうとする魔女をジェミニが制した。
『彼らは放っておけ』
「そう? それじゃ、またなにか考えておくわ。じゃないとフィアンツがかわいそう」
愚神化した直後、アイテールの命のままにフィアンツは自らジェミニに己のライヴスを捧げて死んでいた。
魔女はいつも通りジェミニたちの様子を記録するとヘリで飛び去る。
ジェミニに頭を下げ、監獄へ向かうジョーヌをエカルラートが追う。
「おい、またローバーの仲間を探しに行くのか」
「……うん」
「看守に抑え込まれてたんだ。狂化した奴らにそのまま殺されたに決まってる」
「……うん」
ジョーヌに置き去りにされたエカルラートは舌打ちすると食堂へと向かった。
このドロップゾーンでは食事は要らなかったが、ゆるゆるとライヴスを奪われる空間で何も食べないことはより早く死に向かうようで我慢ならなかったのだ。
二人のリトルジェミニたちが通り過ぎるのを待って、信義はそっと姿を現す。
「緊急措置とは言え……面倒なことになった」
信義のポケットには黒炭のような小さな石があった。
「ローバーに悪いことをしたか」
信義が持つそのオーパーツは彼に因縁あるもので、たった一度しか使えない。
しかも、この監獄から信義やローバーまでもが消えれば誤魔化せずヴィランたちがH.O.P.E.の介入に気付くだろう。
──いや、一人はもう愚神か。脱獄の手順もアイテールの狙いもわかったが。
「しかし、あれだけのことをしてやったんだ。彼らが恩義を感じて戻ってくると思いたいが」
ぼやきながら管理室に忍び込みモニターを確認する。
狂気に囚われた職員たちが警棒で誰も居ない床を叩き吼える様が映し出されていた。
●脱獄
あの脱獄から数週間経っていた。
ロンドン塔から、紺色に赤の制服を着た数名の衛兵たちに先導されてエージェントたちは水門へと向かっていた。
彼らはヨーマン・ウォーダーズと呼ばれるロンドン塔の衛兵たちと同じ服装をしていた。
だが、正確にはそれではない。
なぜなら周囲を旋回する鴉に似た鳥たちが示している。
彼らは使い魔フェイクフェザーを使役する『夜警(ウォッチマン)』。
普段はフェイクフェザーたちが鴉に混じって過ごすように、衛兵たちに混じって過ごす、魔術師と関わりの深い倫敦の守り人たちだ。
「ようこそ」
水門で待っていたのはヨーマン・ウォーダーズらしからぬ年齢の、しかし、同じ制服で紺のマフラーを巻いた少年だった。
「ここは反逆者の門。かつてはここを通り入る者は生きては帰れないと言われていました。今は、ここが新たな倫敦監獄へ誘う場所」
音を響かせて門が左右に開いた。
テムズ川の水が大きくうねり、その先に黒いボートが現れた。
「お乗りください」
船は白波をけたてて物凄いスピードで走り出した。その左右には鴉たちが編隊飛行している。
ぐんぐんと速度はあがり──、突然、目の前にあの孤島が現れた。
海上から見た三角錐の建物は巨大で凄まじい威圧感を与える。
「準備を!」
ボートは岩礁へ乗り上げて大きく跳ねあがり、海中から突き出していた牙のような岩に粉砕された。
砕けた船は木材の代わりに大量の黒い羽根と化し、同時に少年は姿を消す。
衝突と同時に飛び出し孤島の大地に降り立ったエージェントたちは、慌ててサーチライトから身を隠した。
「ここからは私がナビゲートするわ」
信義の英雄、ライラ・セイデリア(az0055hero001)が彼らを一本の大樹へと導く。
「これは秘密のものだから口外は禁止よ?」
ライラが言葉を紡ぎ不思議な所作をすると、大木の下にぽっかりと暗い穴が出現した。
「いまひとたびの監獄へようこそ」
──潜入したのは『黒』と呼ばれた英雄用の棟だった。
けれど、その様相の違いは何なのか。
壁は黒ずみ、罅が走る。
黴の匂い、不衛生な腐臭、獣のような唸り声が時折聞こえる。
ぴたぴたと水滴が落ちて来た。
「何十年も老化が進んだみたいだわ。元に戻るといいんだけど」
●啓蒙の果て
──数ヵ月前。
扉の開く音にヴァージルは顔を上げた。
視線の先には見慣れた看守の姿があった。
「外出は申請していないぞ」
今なお支持する者、彼に続かんとするフォロワーが生まれる彼は、個室の外での看守無しでの行動は許されていない。
怪訝に思った彼へ看守は──初めて笑顔を見せた。
「ジェミニ、貴方を解放します」
恭しく看守が退くと、この場に似合わぬ華やかな女性が現れた。
「……誰だ?」
「初めまして。わたくしはセラエノのアイテール」
彼女が振り返ると看守は頷いて姿を消した。
「彼、貴方のファン──いいえ、信奉者なのよ。同じ目的を目指すフォロワーと言うそうですけど、あれは信奉」
彼女は微笑んだ。
「科学と魔術の融合、真理の解明を掲げる秘密結社セラエノはご存知? ──そう、嬉しいわ。貴方を解放したい信奉者たちが私に依頼したの。幸せね」
ヴァージルは書きかけのノートに再び視線を落とした。
「あら? まあいいわ。ねえ、魔女との取引ってどんな感じかわかるかしら?
例えば、さっきのあの方、わたくしに何を差し出したと思う?
愛する歌を歌い思想を掲げる貴方を救うために、あの方から頂いたのは両耳」
彼の手が止まった。
「他の方々からも、両目、声、両腕──色々頂いて、それでわたくしはここまで来たの。
後は貴方次第、貴方が契約して下さったら、わたくしはここから貴方を解放するわ」
虚ろな瞳で自分を見上げる青年に魔女は微笑んだ。
「それが人を集めて信奉を得るということなのよ」
アイテールの冷たい指先がヴァージルのはだけた胸元──蜘蛛の巣にかかった双子座の刺青をなぞる。
笑いだしたジェミニはノートへ最後の一文を書き込むと放り投げた。
「ああ、契約しよう! 化物」
落ちたノートが書きかけの頁で開いた。
──見届けろ
堕ちたスクラップだとしても、俺たちはそれぞれ異なっている
『ふさわしい』終末でさえも
解説
目的:ジェミニを倒す
ステージ:ドロップゾーン化したクロウ医療刑務所
多くのヴィランは牢獄で震えている※牢屋は施錠、救出は不可
※重要:『裁きの目』の乱れた影響により愚神ジェミニ以外は能力値微減ペナルティ有
※信義は共鳴しても今回は戦えない
※戦闘の様子はリアルタイムに撮影し外部のジェミニの支援者の下へ流されている
※思考力低下ペナルティは無し
●脱獄
一階~七階:『黒』側の階段や通気口を利用し屋上を目指す
狂気に囚われたスタッフとの戦闘
リトルジェミニの二人との遭遇有、回避か合流を選べる
信義は七階に潜む
八階:狂化したローバーと戦闘
屋上:ジェミニ(愚神化)&リトルジェミニ×2
※外装が違うだけで造りはほぼ同じ
※二階は入れず、階段を登るのみ
●敵
狂気に囚われている敵
・ローバー&シルヴィン(シャドウルーカー)
・襲い掛かる一般スタッフ×?(バトルメディック・ドレッドノート):赤いズタ袋を被って白衣を着ている
自らが戦闘不能になるまでエージェントを襲う
武器無、スタッフは弱体化無&警棒を振るうがAGWではないので共鳴したリンカー・英雄にダメージはない
デクリオ級従魔相当、それぞれ別の階で単独で襲い掛かって来るが合流すれば連携する
スキルを使用
愚神ジェミニ(デクリオ級愚神)
「試してみよう、お前らの音と我らの音、どちらがより響く音なのかを」
僅かに自我を持つがほぼ愚神の衝動に飲み込まれている
倒されることを望んでいるが、あくまでも倒すべき敵
詳細は『歌うジェミニがくくる喉』OP参照。
●新規参加者
H.O.P.E.ロンドン支部からの派遣、前回の情報共有済
冥猫影響・思考低下等無く、シリーズ参加者と同じ状態
備考
・改造オーパーツ『冥猫・喰』
アイテールが起動、改造オーパーツ『冥猫』の真なる姿
承諾して押印したリンカーは共鳴後短期間狂気に囚われる
エージェント達は離脱後、印を消した為影響を免れた
信義はライラが印を押して無い為、無効
リプレイ
●冥
ガルー・A・A(aa0076hero001)は荒れた扉を調べる。
「思ったより話がでかくなったが、さて」
「できる限りをしましょう。……アイテールは、少し怖いです」
紫 征四郎(aa0076)が少し物憂げな表情で頭上を見上げた。
「脱獄してすぐ戻ってくるハメになるなんて……」
「一生に一度じゃなくて二度牢獄に入ることになったですねー」
紀伊 龍華(aa5198)は呑気なノア ノット ハウンド(aa5198hero001)の言葉に上の空で生返事をする。
龍華が気になっているのはドロップゾーンや愚神ではない。
彼が気になり恐れているのは前回の嘘がばれることだ。敵であったと、責め恨まれるのが恐ろしい。
──嘘を責めるのなら責められてもいい。許されるつもりはないんだ。それでも、俺は……。
龍華は今度は彼らに自分がH.O.P.E.のエージェントであると告白するつもりなのだ。
もう一度、思いを伝えるために。
そんな龍華をノアが一瞥する。
「もう一度、屋上へ行くだけ、です」
もう彼女は牢獄潜入にはしゃいではいなかった。
ただ、その一方で龍華の葛藤を察して静かに見守っているようでもあった。
「これですべてが終わるのか、はたまた新たな火種が出てくるのか……願わくば前者であってほしいね」
「今は行きましょう。進まなくては道は開けないのですから」
風代 美津香(aa5145)とアルティラ レイデン(aa5145hero001)が言うと、ランページ クラッチマン(aa5374hero001)が難しい顔をする。
「前より厄介な状況じゃが……」
ランページへミュート ステイラン(aa5374)がぎゅっと抱き着く。
「……うん、二人なら大丈夫」
「……じゃな」
明るい表情でカカカと笑うランページ。
「わ!」
ぬっと立ち上がったシュエン(aa5415)の顔が獣人のそれになっていることに美津香は驚いた。
「顔が違ってたら、あいつらに会った時びっくりさせるだろ?」
あっけらかんとしたシュエンの言葉に顔を曇らせる龍華。
一行の後ろで物憂げな様子のキース=ロロッカ(aa3593)へ、彼の英雄の匂坂 紙姫(aa3593hero001)が小首を傾げた。
「どしたの? キース君」
「ボクがセラエノなら、彼等を『ただの』実験台にはしません。討伐される彼等の死すら次への糧にしますよ」
「例えば、彼等が討たれる姿を放送する、とか?」
頷くキース。
「だとしたら、今後予想される暴動を考えて何か手を打ちたいですね」
『過去の事件ではジェミニは劇場型犯罪を起こしていたような。カメラ……監視カメラ?』
リシア(aa5415hero001)の指摘にシュエンが監視カメラを探してみるが詳しくはわからない。
木霊・C・リュカ(aa0068)はスマートフォンを取り出すと、オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)がそれを受け取り操作した。気付いた征四郎もそれに倣う。
「……うーん、調べたけど公開されている動画サイトでは見つからなかったみたいだ」
一緒にインターネット上で探していた征四郎も顔をしかめる。
「見つけ次第、壊していくしかないな」
ガルーはため息を吐いた。
「壊していくのは潜入を知らせることにもならないかしら? こんな有様じゃ壊れたって不思議じゃないでしょうけど」
ライラが難色を示した。
それから、話し合い、時間差で二つのグループに分かれて進むことにした。
一班はリュカ、征四郎、龍華、シュエン。
出来るだけ目立ちながら、各階をまわってリトルジェミニたちを探すことを主とする。
二班は柳生 楓(aa3403)、キース、美津香、ミュート、ライラ。
信義を探しながら、どこかに居るはずのローバーとの戦闘に備える。
共鳴を済ませた彼らは扉の前で屋上での再会を誓う。
「早く行こう、脱獄仲間が心配だよな」
そわそわとするシュエン。彼と共鳴したリシアは周囲を観察する。
『随分様変わりしましたね。冥府にでもするつもりでしょうか』
冥府、の言葉にシュエンの表情が更に曇る。
「無事でいてくれよ……」
「必ず、助けましょう」
『そうだね。今度は敵かもしれないけど』
二班の楓が力強く言うと、相棒の氷室 詩乃(aa3403hero001)もクレーの様子を思い出しながら、そう言った。
「頼もしいな。そっちは任せた。俺らは陽動を兼ねて、真正面から行くぜ。──わかりやすく」
ガルーがそう言うと、共鳴したリュカの誦する。
『さぁ、駆け上がろう。墜ちた星を砕きに行こう』
●ジョーヌ・シトロン
ガルーが階下へセーフティガスを叩き込んだ。
倒れる赤いズタ袋を被った白衣のスタッフたち。
「……悪いな。こっちも急いでるんだ」
手加減を心がけたが、セーフティガスを使うにはかなり相手の体力を削らなければならない。
黒衣である龍華は隠れながら不意打ちを狙ったり、設置された消火器を使ったりしてなんとか無力化を狙っていた。
「シュエン君?」
気を失ったスタッフの手を調べズタ袋を外すシュエンに不思議そうに声をかけるライラ。
『この方も冥猫の印がありますね……ジェミニの協力者なら、後で引き渡しましょう』
「……そうか、印が無ければ正気だ」
シュエンと共鳴したリシアの言葉にオリヴィエが頷く。
「姿が変わって無いか気になるんだよな……?」
「どうした?」
「両耳が……いや、アイアンパンクみたいだ」
階上のドアが開く気配がして、エージェントたちは身構えた。
「無事……だった……」
「ジョーヌさん!」
「大丈夫か!?」
現れたのはやつれたジョーヌだった。龍華が叫ぶのと同時に階段を駆け上がるシュエン。
「他のやつらは無事か?」
シュエンの問いにジョーヌは真っ青な顔で首を横に振った。
ジョーヌから状況を聞いたエージェントたちは言葉を失った。
「正気でよかった。お前らは逃げろ」
ジョーヌにそう言うとシュエンは彼女にヒールアンプルを渡す。
しかし、彼女はそれを受け取ったものの、ふるふると首を横に振った。
「ずっとずっと探していたの! 折角見つけたんだもの。わたしも一緒に」
悩んだ末、龍華は共鳴を解いた。ノアが軽く肩をすくめた。
「俺たちはH.O.P.E.のエージェントだ。……今からジェミニを倒しに行く」
大きく目を見開くジョーヌ。
「でも、あの時語ったことは本当なんだ」
ゆっくりと後退るジョーヌに気付いて、龍華のフードにかけた指に力がこもった。
「……なんて、信じて欲しいなんて都合のいい話だよね。
でも、今はジェミニを何とかしてここを無事に出るのが最善だと思う。恨み言は後でいくらでも……慣れてるから」
ノアが龍華の隣に立つ。
「シトロンさんも聞いているんですよね? ノアは愉快犯じゃないけど罪を含めて楽しむことは大好きです、嘘じゃないです」
彼女はシトロンへと語り掛けた。
「シトロンさん。トランプのババ抜きは教えたですね? 普通のカードのノアたちは二人一組のリンカー&ヴィランです。ジェミニも例外じゃないとするです。残ったジョーカーは、きっとノア達共通の敵となりうるのではないです?」
『アイテールのことか』
「です」
沈黙の後、ジョーヌの声を借りて彼は答えた。
『魔女は居ない。ケイト、魔女に化物に変えられたジェミニを救おう』
●ローバー
「そろそろ、私たちも行こうか」
任務前の腹ごしらえとばかりにチョコレート二枚を平らげた美津香が親指で軽く唇を拭う。
外部に映像が流されている可能性を考え、経路に通気口は使わない。しかし、建物内の様子を確認していた美津香の誘導で潜みながら上を目指す。
『うわっ珍しい。キース君が格闘するなんて!』
「無力化するのに銃や弓はこれ以上ないほど相性悪いんですよ……」
他のエージェントと組んで組打ちで狂化スタッフに挑むキースに紙姫が目を丸くした。
倒れたスタッフを彼ら自身の荒れた衣服で拘束した美津香がイメージプロジェクターでそのスタッフそっくりに化ける。
「こっちの方が先導しやすそうだからね」
監視カメラ対策と、万が一、一班と出会わなかったリトルジェミニとの無駄な遭遇を防ぐためだ。
「ふふ、ありがとう。お陰で順調よ」
ライラが微笑んだ。
階段を更に上っていくと、時折、フロアの奥から助けを求める怯えた声が聞こえてきた。囚人たちだろう。
「……今すぐには助けることはできないですが……」
守護騎士「カメリアナイト」となった楓が戸惑う。
「仕方ない。でも、これはまるでホラーだよ」
『うむ……じゃが、もうすぐ屋上だ。ミューちゃんも頑張るんじゃぞ』
陰鬱な牢獄の有様に美津香が苦笑し、ランページが小さな相棒を励ます。
──バン! と大きな音を立てて勢い良く目の前のドアが開いた。
「六参八ごぉう!! 六参九号ぉおおおおっ!!」
牢獄に轟く割れた声。思わず小さく声を漏らすエージェントたち。特に呼ばれたミュートは凍り付く。
「まさか……」
即座に状況を理解した楓が息を飲む。
階段の先にはボロボロの囚人服を着て警棒を持ったローバーが立っていた。
「セラエノの、脱獄犯は、こ、殺してやるぅう!!!!」
血走った眼で階段を飛び降りるローバー。
「守ります!」
飛び出した楓が「断罪之焔」を掲げると赤と蒼が混じった炎が勢いよく迸る。
監視カメラとローバーの威嚇を兼ねた威嚇だ。
「くっ!」
他の狂化したスタッフと同じで警棒は決定的なダメージをこちらに与えないが、楓たちは必要以上にローバーを傷つけたくもない。涎を垂らし血走った眼で獣のように喰らいついてくるローバーの姿に楓の胸が痛んだ。
乱れた攻撃をなんとかいなしながら、楓は剣の腹で殴る。
「視野を奪います!」
背後から警告の声が上がった。
楓たちが咄嗟に顔を背けた直後にキースのフラッシュバンが闇を焼いた。
眼を押え叫ぶローバー。
「ごめんね、少しの間だけ眠っていて!」
美津香が繰り出したライヴスリッパーがローバーの鳩尾を抉ると彼は昏倒した。
『すぐに悪夢は終わらせます……申し訳ありません……』
苦し気に謝罪したアルティラだったが、すぐに新たな気配に気付き美津香に注意を促す。
「ずいぶん待った気がするが、礼を言おう。お疲れ様」
「信義?」
声と共に現れた信義にライラが刺々しい視線を向ける。彼は苦笑しながら倒れたローバーの様子を伺った。
「命はある。充分だ。──それで、聞きたいことは?」
「死んだんだ」
信義からフィアンツの顛末を聞き詩乃は呟いた。。
敵ではあったが、一時は味方として共に過ごした。敵対するであろうとは思っていたが、とにかくもう一度会うと思っていた。
「……ところで、スパイは『夜警』の誰か、鴉が映像記録の役割を担っているのでないでしょうか」
確認するキースに信義はにやりと笑った。
「残念ながらそれは違う。彼らは女王と国の為には動くがセラエノの誘惑に乗ることはないだろう。だが、キース君の考えは非常に好みだ。疑えるものは一通り疑うべきだな」
信義は改めてエージェントたちに謝罪した。
「解り辛い言い回しをしてしまって悪かった。裏切り者は我が社の方だ。派遣した職員の一人にジェミニの信奉者が居た。
それが、よりによってセラエノを呼び込んだ。パラダイム・クロウの名で選ばれた者ならセラエノを知らないはずもなかろうに。……国の選んだ魔術師と我々弱小サークルの違いだと思ってくれ」
もう一度、信義はエージェントたちを見回した。
「残念ながら共鳴しても私はまだ戦えない。このまま愚神退治も君らに頼みたいのだが」
「ええ、勿論そのつもりよ」
美津香がきっぱりと言い放つ。
●エカルラート
一班のエージェントたちはジョーヌに案内されてエカルラートと合流するために食堂へ向かっていた。
ジョーヌと離れてガルーとオリヴィエは小声でエカルラートを仲間に引き入れるか、それとも無力化するかと話し合う。
「赤いリトルジェミニは噛み合ってない感じがしたな」
ガルーは脱獄後、相棒と擦り合わせた情報を思い浮かべる。
「……エルのジェミニへの信奉へ、エカルラートの保身による裏切りを匂わせてぶつける……」
『能力者と英雄の間で不協和音を、だね』
「可能性はあるだろうが」
オリヴィエとリュカの案を考えるガルー。
仲違いをさせて共鳴を阻止できないかと言っているのだ。
色々と話し合いながら進むと食堂と扉が開いているのが見えた。
「いた……!」
突然、駆け出すオリヴィエ。
「リーヴィ! すまん、先へ行っててくれ」
即座にガルーは後を追って食堂へ駆け込むと、逃げるエカルラートへ殴りかかろうとするオリヴィエの姿が目に飛び込んで来た。
「ひ……っ!」
追いついたガルーが後ろから羽交い絞めする。
「止めるなガルー、一発だ、拳を当てるだけだから」
椅子の散らばった床に身を伏せたエカルラートはその会話に顔を上げた。
「……ローバーの仲間か?」
「ああ、糞ガキってのを訂正させたいらしい。可愛いだろ?」
実際、オリヴィエの咄嗟にでた拳は演技ではない。ガルーは苦笑した。
「はぁ?」
馬鹿にしたようないつもの表情を浮かべながらも埃を払って立ち上がる。
その様子に戦意は無いと判断したガルーは共鳴を解く。オリヴィエも渋々殴るのを諦め、共鳴を解いた。
「無事だったんだな。正気の奴を見るのは久しぶりだ」
大して嬉しそうでもない様子でエカルラートは呟く。
「本当にエカルラートか? その姿だと不安だな。一旦、戻ってくれないか」
作戦通りに共鳴を解かせようとしたガルーだったが。
「嫌だね! ドロップゾーンで共鳴を解くなんて馬鹿らしい!」
唾を飛ばして怒鳴るエカルラート。その様子に彼らは目くばせをした。
共鳴を解くのは無理そうだがエカルラートは明らかに怯えている。
「……このままだとジェミニは自滅する。愚神の本能に従う様になれば喰われるだろう。それでも従うのか」
「貴方達が利用されてしまう可能性もあるのではないでしょうか」
オリヴィエと征四郎の問いかけにエカルラートは顔を歪めた。
「わっ、解ってる、糞が! だから何だ、お前らは何か手があるって言うのか!?」
にまりとガルーは笑った。
「お前さんはどうにも、心からの信奉って感じじゃなかったもんな。翻すなら今だと思う」
「翻すって……」
「まぁ、自分の為にそうするっつーなら、俺様は止めはしねぇが」
絶句するエカルラートにガルーはなおも続けた。
「何、お前さんは屋上に行かないだけでいい」
それから、しばらく「黙れ」「あれはもう違う」等とぶつぶつと言った後……エカルラートは渋々と案を受け入れた。
「あ、一つだけ」
食堂から出る為に共鳴しようとしたリュカはもう一度エカルラートの方を向く。そして、青年姿の彼に近付き、その瞳を覗き込んだ──重度の弱視者である彼にははっきり見えるはずもなかったが。
「あ?」
「俺も君みたいなの嫌いだよ、エル。俺より盲目なお嬢さん」
エカルラートの中でエルが何か叫んだのだろうか。青年が小意地の悪い笑い声を上げた。
追いついたガルーたちと一班のエージェントとジョーヌ、そして二班のエージェントたちと信義たちは屋上へのドアの近くまで漸く辿り着いた。
厚いドアの前で、キースは武器をArtemisと銘打ったアサルトライフルに変えて戦闘態勢を整える。
「屋上の状況を教えてもらえますか? 恐らく屋上は撮影されており、しかも生配信されていると思います。ジェミニの信奉者に訴求するにはそれが最も効率的ですから」
「配信ね。この数週間管理室の状態は観察していたが監視カメラの映像を外部に流した形跡はない。だが、屋上でジェミニは誰かに語りかけていたから、屋上には彼らのカメラがあるはずだ」
「配信先、カメラの位置の予想はつきますか? 機材が遠くにあるとも思えません。米粒しか映らないのでは無意味ですし」
「あの様子だと配信先は奴のフォロワーだ。カメラは──この辺りだろう」
信義はメモリー・バングルを起動すると屋上地図を表示させてヘリポートの一角を指す。
「オレたちが屋上に行った後に監視カメラをオフにできないかな」
「見つけ次第壊すつもりだが、消化器やスプリンクラーを作動して一時的に視覚を奪えないもんかね」
シュエンとガルーの提案に信義が笑った。
「……出来る範囲で、管理室から私がやろう」
信義とライラが離れた後、タイミングを計ってエージェントたちはスキルで護りを強化する。
「そろそろだ。行くぞ」
シュエンが屋上へのドアを開けた。
●愚神
扉が開いた瞬間、スプリンクラーが作動しヘリポートに激しい水滴が撒き散る。
『H.O.P.E.か』
愚神化したジェミニ「ヴァージル」。
エージェントたちは扉を抜け屋上に出ると素早く広がった。
噴出された水滴が、ヘリポートに溜まった水が、そしてジェミニたちの糸が、サーチライトを弾いて輝いた。
『舐めすぎじゃない?』
「!」
突然、背後から襲い掛かったヘザーの一撃。充分に警戒し避けるつもりだった攻撃はしかしガルーの皮膚を裂く。
「やっぱり怠いな」
水飛沫を立てて滑るように距離を取るガルー。
……普段の彼らならジェミニたちレベルの愚神は強敵ではない。
しかし、監獄に作用する能力制限のオーパーツが彼らに力を十全に使うことを許さない。
『愚神だからってずるいよね』
『何!?』
オリヴィエが放ったトリオがヴァージルとヘザーを同時に貫く。
エージェントたちは仲間たちと連携をしながら、徐々にジェミニを追い詰めていった。
守るべき誓いでヘザーの攻撃を一手に受けていたミュートが黒羽手裏剣で彼女の動きを制限する。
クロスガードをかけた美津香が接近戦でヴァージルに食らいつく。
「──糸は任せてください」
龍華のキリングワイヤーがジェミニたちの糸を裂く。
だが、ジェミニもまた能力の差と糸を利用して立ち回る。
激しい水音に混じって弾丸と剣戟の音と怒声が響く。
「くっ」
ヴァージルの弾丸を喰らったオリヴィエと前衛としてヘザーの斧によって酷い傷を負った楓が下がり、賢者の欠片やライヴスヒールで回復する。
それをハイカバーリングをした龍華やミュートが守り、美津香が至近距離で挑む。
四人のブレイブナイトたちの交互の攻めとジャックポットたちの同時攻撃。
それをシャドウルーカーがサポートし、バトルメディックが回復で支えた。
ジェミニの操る糸と同時攻撃を必要とする不思議な身体に苦戦しながらも、エージェントたちは確実にジェミニの体力を奪っていく。
それから、遂に暗闇の中、それを見つけたキースのヴェルグスナイピングがジェミニのカメラを粉砕した。
『お前らぁああああ……!!』
ヴァージルがヘザーが怒りの咆哮を上げる。
『我々はジェミニの代弁者、不自由を枷を打ち砕く道を謳うぅ……おまえらのライヴスを寄越せえええ!!』
喉を掻き毟り、絶叫するジェミニ。
『もう人ですらない……か』
どうにか愚神からの解放の術を探っていたリュカが寂しそうに言うとオリヴィエも無言で頷いた。
脚などを狙って攻撃していたキースが周囲の判断を感じ取って苦い表情を浮かべた。
カメラが破壊されたことで信義が操作したのだろうか、徐々に止まり始めたスプリンクラー。
回復した視界の中でジャックポットたちの銃口がふたりのジェミニにぴたりと合わさった。
──激しい水音。
溜まった水の中にジョーヌが身を投げ出して叫んだ。
「……ジェミニ! ライヴスが欲しいのなら、わたし」
容赦ないヘザーの巨大な斧の刃が落ちる。
飛び散る火花。
「……ダメ」
飛び出したミュートの剛剣「ヴァリエンテ」が対抗する。殺し切れなかった攻撃でミュートの腕が裂けて血が飛散する。
『わし等が守る、遠慮なく突っ込め!』
ランページが叫ぶが否や黒い影が彼の隣を駆け抜け、それが二つに分かれる。
「同時攻撃だ!」
シュエンの毒刃をかけたジェミニストライクがヘザーを裂いた。
楓の焔をあげた楓の両手剣がヴァージルを斬る。
血を流すミュートに狼狽するジョーヌ。駆け付けた龍華がその肩を掴み更に後ろへと突き飛ばす。
ミュートは武器を構えてヘザーを威嚇する。
「クァ……クァァァ……!!」
『踏ん張りどころじゃミューちゃん、気合い入れい!』
黄色いリトルジェミニは自分を守るエージェントたちを呆然と見てずるずると後ろに下がった。
そんな彼女へ罵声が飛んだ。
「さっさと行けよっ、ジョーヌ!」
口汚くドアの陰から叫んだのは共鳴を解いたエルだ。
「なんで居るんだ!」
オリヴィエが毒づき、シュエンがそちらへ走ろうとした。
だが、間に合わない。
ヘザーの斧によってドアが破壊されてエルの身体が吹き飛ぶ。ジェミニの糸がエルの首にかかってその身体が無理矢理水浸しのヘリポートの上を引きずられていく。
身を捩り暴れるエルの身体が吊り上げられ、ヴァージルの銃口が狙い定める。
怒りを浮かべてシュエンがジェミニとヘザーを交互に見る。
「それが、あんたの望んだことなのか?」
愚神になることに何の意味があるのか、シュエンにはわからない。
だが、これによって誰も笑顔にならないことはわかる。
『これではまるで、子供の駄々です』
共鳴したシュエンの口を借りてリシアも問う。
『代弁者を名乗る貴方を支持する人達がいるのです。他にやりようはなかったのですか』
──ジェミニの動きが止まった。
「……ぁ、嫌、助けて……!」
エルが叫ぶ。
ジェミニたちは口を開いた。
『俺たちはそれぞれ異なっている。願いさえも、俺はそう歌ったはずだ』
『だけど、お前たちは一緒になることを望んだ──願いを叶えてやる。お前を、そしてここを出て全員飲み込んでやる!』
エルの悲鳴。
「ヴァージルへ行く! ガルー!」
ライヴス通信機に向かってオリヴィエがターゲットを叫ぶ。
LSR-M110がヴァージルに向かって火を噴く。
同時に、別方向からの鋭い刃がヘザーの身体を裂いた。
『ぐ、ぁ……っ』
呻くヘザーの腕から気を失ったエルの身体が滑り落ちた。
「自分の為なら止めはしねぇと言ったが、違うようだしな」
夜風に白衣の裾を靡かせて、ブラッドオペレートを放ったガルーが嘯く。
●望んだ結末
仲間たちが傷を癒しているのを横目に、動画用ハンディカメラを起動したキースはジェミニへと近づいた。
まだ息がある。回復すれば生きることはできるかもしれない……。
『歌は魔法……人を救うことも出来るし、滅ぼすこともできる』
「ええ。──どんな力も、使う人と使い方次第でいかようにも変わってしまう。その事を……よく理解して下さい」
紙姫の言葉に頷きながらキースはジェミニにカメラを向ける。
『今はもう……理解、しているとも』
ジェミニは影のような顔を歪ませ、叫んだ。
『──嗚呼、だからこそ、映せよ! このジェミニの「ふさわしい」結末を!』
その瞬間、ジェミニの身体が弾けた。
無数の黒い影となってその身体は四散し闇に溶けた。
リュカが哀しそうに呟いた。
「君達は二人になれただけ。俺は人より見えなかっただけ──。
哀しいね、『俺たちも歪みのない彼らと同じだ』と、ただの人間(ひと)だと……ただ泣いて歌っていただけなのに」
「すこし、かなしいです」
「解って選んだ事だろう」
沈む征四郎に対してガルーは淡々と言った。
「キース君、その映像どうするの?」
「彼等の信奉者次第です。いい影響が出るようなら公開しますけど……」
紙姫に問われたキースはリトルジェミニたちの方を向いた。
そこには、ジョーヌと気を失ったままのエル。
青ざめた顔のジョーヌは自分を支える手の主を見る。
楓だ。
「……もし、今、貴女が助けて欲しい、変わりたいと願うのなら。
犯罪で世界を変えるのではなく正義で世界を変えませんか」
迷う少女の手をさらに龍華が取った。
「……約束通り、恨み言は聞く。でも、まずは俺たちと一緒に外へ出よう」
美津香もまた彼女の顔を覗き込んだ。
「生きよう。生きてさえいればいくらでも変われるし、償いも出来るから。出来ればあなたの魂を救いたい、それが私とアルティラちゃんの望みだよ」
「難しいことはわかんないけど、無事でよかったな!」
最後にシュエンがそう言うと、ジョーヌは子供の様に大声で泣きだした。
それを心配そうに見ていたミュートだったが、今度は勢いよく自分の英雄を振り仰いだ。
「お外、でれたね」
「んむ? よーやく一段落じゃなあ」
「早くお家でゆっくりしたい……ランページと」
以前の別行動をまた思い出してしまったのか、ぎゅうっとしがみつくミュート。
──うーむ、流石に別行動はまだ無理じゃったかー。
彼女の頭を安心させるように軽く撫でるランページ。
カカカと彼の豪快な笑い声が明るく響いた。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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