本部

【双子星】倫敦監獄

形態
シリーズEX(続編)
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,800
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
多め
相談期間
7日
完成日
2018/04/05 00:35

掲示板

オープニング

●白
 灰墨信義は重いため息を吐いた。
 そこは白い壁の整然とした建物だった。
 清潔であり、静かであり、秩序がある。
 食堂、レクリエーションルーム、図書室、医務室、それから様々な目的の為の部屋。
 各自個室も用意されていてそこには作り付けの机と椅子、寝台とトイレ、テレビとシャワーがある。
 狭いが、それなりの自由の下、穏やかに暮らすことができる申し分のない場所だ。
 ──そこが、監獄であるということを除けば。
「シンギ、フィアンツとの約束の時間だ」
 共に潜入したパラダイム・クロウ社の魔術師、ローバーに声をかけられて、彼は格子に手をかけた。
 特別な理由が無い限り、フリータイムには格子の錠はが自動的に外れる。
「私は、人に取り入るような真似は苦手なんだがね」
 信義のぼやきをローバーは鼻先で笑った。



●倫敦監獄
 クロウ医療刑務所はパラダイム・クロウ社がH.O.P.E.ロンドン支部の依頼で作ったヴィラン専用の医療刑務所だ。
 場所はイギリスのクラクトン・オン・シー沖合、オーパーツによって隠された孤島である。一般には完全に秘匿されておりH.O.P.E.内部でもその存在を知っているのは一握りだ。
 建物の形状は地面に刺さった三角錐である。
 屋上は広い正方形のヘリポートで各階に窓はあるものの、このヘリポートがこの建物からの唯一の出入り口となる。
 ヘリポート以下地上八階、地下一階建て。
 殆どのヴィランは六階に収監されており、地下に向かう程より凶悪なヴィランが捕らえられている。

 以下は職員のみが知る館内情報だ。
 建物は七階以下は東と西で長方形に壁でしっかりと区切られ、交流はできない。六階以下は個室が中心だ。
 これは、英雄と能力者を東と西に分けることにより、共鳴を防ぐためだ。
 白と呼ばれる東側は壁が白く、能力者が収監される。
 黒と呼ばれる西側は薄いグレーの壁で英雄が収監されている。
 どちらの建物内部も同じ設備、整然としていて人権は守られている。

屋上 ヘリポート(唯一の出入口)
八階 貴賓室、事務所等、職員が生活するスペース
七階 食堂、レクリエーションルーム、図書室、医務室、それから様々な目的の為の部屋
六階 殆どのヴィランが収監される個室がある
五階 体調・能力・思考等にやや問題のある者
四階 殺人を犯した者
三階 セラエノ関係の者
二階 死刑が確定している者
一階 空白
地下一階 特に問題があり、死刑も恩赦も見込めない者

 ここは通常の刑務所では管理できないヴィランを主にオーパーツの力で抑え込めている。
 つまり、この刑務所にはオーパーツによる特別な加護がある。
 名前だけは明かそう、『裁きの目』と呼ばれるものだ。
 その詳細は一握りの人間しかしらない。
 もちろん、エージェント(きみたち)も例外ではない。何故なら──言いにくいが、君たちもここの世話になる可能性が無いわけではないからね。
 裁きの目の能力で君らに明かせるのは下記の三つだ。
 思考能力と能力の低下、そして、幻想蝶の取り寄せなどを含めるリンカー特有の特殊能力の使用の制限の影響を受ける。
 特に、裁きの目の承認を得ないリンカーへの影響は顕著だ。
 能力者・英雄共に力を「一般人」レベルに落とすことができる。
 勿論、AGWを介さない攻撃で英雄を傷つけることは出来ないが、一般人のように痛みを錯覚する。
 ちなみに、この孤島を隠し守る仕組みは別にある。
 ここから脱獄は我らのパラダイム・クロウ社の許可無くしてはほぼ不可能だ。



●プリズンブレイク
 H.O.P.E.イギリス支部の一室で状況を説明した灰墨信義はエージェントたちに向けていた営業用の笑顔を曇らせた。
「昨年の十月。クレセントムーン音楽祭で暴れたヴィランたちだが、今、彼らはここへ収監されている。
 しかし、彼らのボスであるジェミニはこのクロウ医療刑務所から脱獄したヴィランだ」
 信義は続けた。どうやらこの刑務所内部で再びの脱獄が計画がされているようなのだと。
「そこで、君らには囚人となって、この脱獄計画に加担して欲しい。ターゲットは三組、六名だ」
 配られた資料には昨年のクレセントムーン音楽祭で捕縛されたヴィランたちの情報が記載されていた。


赤いリトルジェミニ・エカルラート
能力者エル:二十代女性
英雄エルカラート:見た目十代少年


黄色いリトルジェミニ・ジョーヌ・シトロン
能力者ジョーヌ:十五歳少女
英雄シトロン:十五歳少年


セラエノ構成員
能力者フィアンツ:白髪の二十代青年
特記:アイテールの手下
新人の為組織の情報をあまり持たない
一見普通の真面目な青年だが魔術とアイテールに傾倒しており、捕まったことを酷く後悔している
どのような手段かでオーパーツを持ち込んでおりリトルジェミニたちを脱出させようとしている

英雄クレー:中年男性、茶髪筋肉質
特記:女に弱い、セラエノに与しているが組織には詳しくない

上記は個人名含めてすべて偽名


「本名は知る必要は無いだろう。知っていては逆に不信感を与える。とにかく、彼らに取り入って脱獄とヴィラン達の情報を得て欲しい。
 勿論、数日で仲間になるのは通常なら無謀だろうが、すでに数ヵ月かけて手筈は整えている。
 また、脱獄までの間、我々に接するスタッフは事情は知らない新人職員が担当することになっており、隙もあるだろう。
 注意点は、スタッフはほぼ裁きの目の影響を受けない正常な共鳴したリンカーだ。武器は警棒だけだが……AGWを持たない、共鳴していない素手の囚人が倒すことはできない」
 それから──たっぷり間を空けてから、信義はエージェントたちにこう言った。
「……今回の事件で協力者として掴まったセラエノが居たな。そのボスであるアイテールとは腐れ縁があってね──私も一緒に囚人暮らしを体験する……よろしく頼む」



●倫敦塔のレイヴンマスター
 倫敦塔にはレイヴンマスターと呼ばれる王国騎士が居る。
 彼らは「鴉がいなくなるとロンドン塔が崩れ、英国が滅亡する」という予言の下に鴉を飼育しており、その姿は観光客からも人気を博している。
 現世界のロンドン塔にはたくさんの鴉が生育されていた。
 ──その中に、鴉そっくりの鳥が居た。
 その名をフェイクフェザーと言う。
 鴉との見分けは不可能な希少な鳥は魔術師たちによって図鑑にも記されず、存在を隠されていた。
 フェイクフェザーは魔術的な経緯で生まれた鳥だと言われており、レイヴンマスターに紛れた王国衛士「夜警(ウォッチマン)」のみが扱う使い魔であった。
 そして、今、ウォッチマンたちはクロウ医療刑務所の監視の一端を担っていた。
「そうか、始まるか。ではお前たちに一働き頼もうぞ」
 フェイクフェザーは黒縞瑪瑙のような目で髭を蓄えた王国騎士を見上げた。

解説

以下、ほぼPL情報

目的:ジェミニ配下の信頼を得て共に脱獄し手口・情報を知る
能力者・英雄別に脱獄を試みる

脱獄手順(間に、食事・自由時間等有)
1日目:リクリエーションルームにて顔合わせ(能力者・英雄別棟にて)オーパーツ冥猫の印を全員の手の甲に押す
2日目:交流、情報送信
3日目:停電・脱獄(三階から屋上まで)※途中で職員との戦闘(PC側素手)有
PCの誰かもしくは信義が管理室へ侵入(戦闘・もしくは隙を見て侵入)、停電を起こし、合流して屋上へ
屋上でジェミニとアイテールと対面※戦闘無、エージェントたちのみ残される(正体がバレるかどうかはプレイング次第)

・オーパーツ『冥猫(くらねこ)』
フィアンツ(セラエノ)達のオーパーツ
金属の猫の印章の判子、二つで一対であり「目を掻い潜る」
『裁きの目』の能力低下等は阻止できない
守備を突破し看守の目を反らすことができるが、発動には人数が必要

●NPC※各自、能力者・英雄順は別々な建物からスタート
※以下、表記は能力者・英雄順
・信義※ライラは不参加
・ローバー&シルヴィン(シャドウルーカー)
 共に黒髪・短髪の二十代男性
 数ヵ月に渡って、信義と共にジェミニたちの信頼を勝ち取った
 強盗等をしている中規模ヴィランという触れ込み

・赤いリトルジェミニ・エカルラート
 「小さなジェミニは遺物を胸に」【双子星】小さなジェミニは呟きを集めて」参照

・黄色いリトルジェミニ・ジョーヌ・シトロン、セラエノ(フィアンツ&クレー)
 【双子星】小さなジェミニは呟きを集めて」参照


●エージェント
スキルは使用不可、『許可』によって「思考能力の低下」はしていない
会話とプレイングで対処
外見は特殊メイクにより変更(外見希望があれば記載、体型は大きくは変わらない)
ローバーたちの仲間という触れ込み
フェイクフェザーが声を録音・再生して白黒間の伝言を伝える
囚人服:オレンジ色のツナギ(半袖・長袖、多少の着崩し有)

リプレイ


●潜入
「はぁ、今まで犯罪組織の牢から脱出したことは何度もあるけど、まさか正規の刑務所を脱獄するハメになるなんてね」
「これも任務です、気は進みませんが全力を尽くしましょう」
 監獄へ向かうヘリの中、ぼやく風代 美津香(aa5145)へ覚悟を述べるアルティラ レイデン(aa5145hero001)。
 ヘリの中のリンカーの面々はすでに特殊メイクを施していた。
 美津香は『黒き暴風雨(ブラック ストーム)』の名に相応しい黒髪を金色に染めていた。元々、潜入を得意とするエージェントである彼女は口調を変えると全くの別人で、匂うような色香も感じる。
「リトルジェミニの子達とは面識があるから変装は必須だしね」
 仲間たちの視線に気付くと、美津香は軽く苦笑した。
 相棒のアルティラは青い髪を黒く染め、眼鏡をかけた真面目な印象の女性になっていた。
 軽く特殊メイクを施した柳生 楓(aa3403)と氷室 詩乃(aa3403hero001)はお互いをまじまじと見比べている。目尻、瞼、輪郭、そんな変化の積み重ねでいつもとは違う人間に見えた。これならバレないだろう。
「……まさか刑務所暮らしと脱獄をセットでやることになるなんて……」
 楓はため息をついた。任務の為なら仕方ないと頭では納得しているが、それでも、ヴィランの脱獄を手伝うことに気持ちの上では抵抗があるのだ。
 そんな能力者とは反対に英雄はにんまりと笑った。
「滅多に無い体験だしめいいっぱい楽しもうっと」
 詩乃の発言を聞いて匂坂 紙姫(aa3593hero001)もにこにこと自分の能力者の袖を引く。
「だってさ、キ……『ギース』君」
 袖を引かれて自分の偽名を呼ばれたことに気付いたキース=ロロッカ(aa3593)は鏡を閉じた。鏡面に映っていた見慣れぬ中年男性の姿が消える。かつらと特殊メイクで実年齢の倍以上の姿に変装したキースだったが、あまりの完璧さゆえによく把握しておかないと自分の顔を忘れそうだった。
「紙姫も澪と呼ばれたら返事を忘れないように」
「はーい! ギース君」
 心配だなあ、という顔のキース。
 そんな彼らをにこやかに眺めるノア ノット ハウンド(aa5198hero001)。その横では紀伊 龍華(aa5198)がオレンジの囚人服の下に着た薄手のインナーウェアのフードを落ち着かない様子で触っていた。それはフードが無ければ気弱になってしまう彼の性格を配慮して特別に許可されたものだ。
「罪も被ってないのに獄中生活を体験出来るなんて役得ですね!」
「犯罪者がひしめく現場か。変に絡まれたりしないかな、怖いな……」
 ノアと龍華の口から正反対の言葉が同時に転がり出た。
「あら?」
「……はぁ」
 笑顔のノア、龍華は両手でフードを引き下ろした。
 そんな龍華に親近感を持ったのだろうか。ミュート ステイラン(aa5374)は痩せた身体を震わせ龍華をじっと見ていた。
「よろしくね」
 気付いたノアが手を振ると、ミュートは慌てて顔を伏せた。
「大丈夫じゃ。すぐに合流するし、傍に居なくともミューちゃんにはいつもわしがついとる」
「あ……あう」
 大きな瞳一杯に涙を溜めたミュートへ、彼女の英雄、ランページ クラッチマン(aa5374hero001)がかぽっと凹凸の無いのっぺりとした仮面を優しく被せた。
 仮面は目の部分に切り込みが入っただけのシンプルなもので、そのせいで穴からは大きなミュートの目だけが見える。これもまた特別に許可が下りたアイテムだが、背中の触手も相まって見ようによっては非常に怖い。
「この仮面を被うとりゃ怖い事なんてなんもないんじゃ。あとは練習したとおりにやるんじゃぞ」
「……う、うん……」
 こくこくと頷くミュートの手はランページの腕をしっかりと握っていた。
「オレたちもいるしな」
 ひょこっと顔を出した狼面にミュートの肩がビクッと跳ね上がる。
『玄、気をつけてください』
 森林狼の獣人であるシュエン(aa5415)の顔は特殊メイクによって完全な狼のそれになっていた。うっかりそれを忘れて振る舞う彼を、話せないリシア(aa5415hero001)は筆談でたしなめる。
『私が一緒じゃなくて大丈夫でしょうか』
「任せてくれよ、先生」
 心配そうなリシアに自信ありげに胸を張るシュエン。
 そんなふたりを、ミュートはランページの後ろから不思議そうに見ていた。
「持ち物のチェックなんかも少しは配慮はしてくれたけど、結構、本格的だよね」
 慣れない白杖をナイフで削りながら木霊・C・リュカ(aa0068)は言った。彼は変装こそしていないが自らの弱視を理由に特別に白杖を手配してもらっていた。しかし、共鳴はしていないとはいえ能力者に渡すものだ。流石にかなり頑丈かつ軽く、武器にはなりそうにない。
「白杖とは言え、武器になりうる物は目を付けられて奪われる可能性も怪しまれる可能性も高いだろうからな」
 同じく変装をしていないオリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)がぼそりと指摘した。
「征四郎の申請もダメでした……」
 しゅんとした紫 征四郎(aa0076)が出発前に配られた荷物の中にあった手鏡を見せる。そこには硝子の代わりに鏡の役割を持つフィルムが貼られている。
 顔に火傷の特殊メイク、それを隠す為の包帯をした彼女へ、包帯を巻くためという理由で特別に手鏡を用意して貰ったものだ。
「レディですので、鏡の持ち込みくらいは認めて欲しいしかったのですが、個室には、これと同じフィルム状の鏡があるそうです……」
「独りでそれを巻けるか不安だからな。できるだけ外すなよ」
 丁寧に征四郎の顔に包帯を巻きつけたガルー・A・A(aa0076hero001)が忠告する。怪我と隣り合わせのエージェントたちは包帯などとは縁がある方ではあるのだが。
「いつもガルーのお仕事を見ているのでだいじょうぶです。それに、もしもの時はリュカもいますし」
 そうなのだ。この潜入捜査は英雄と能力者に別れなければならない。むっつりと黙りこんだガルーへリュカが笑顔を向けた。
「せーちゃんのことは任せて」
「……じゃあ、うちのチビさんを預ける代わりにこっちはリーヴィの面倒か」
「なっ!?」
「はっ!?」
 少年少女たちが抗議の声を上げる前にパイロットが声をかけた。
「そろそろ着きます。皆さん──それぞれ手錠をかけて下さい」
 機内のあちこちで冷たく嫌な音が響いた。



●一日目・白
「こいつらが今日入って来た例の仲間だ」
 七階、リクリエーションルーム。
 テーブルの上に人数分のクロッキー帳を並べるとローバーは囚人服を着たエージェントたちを紹介した。
 おっとりと木炭鉛筆を弄っていたエルは軽く全員の顔を見回し、ジョーヌは怯えたように身体を縮こませている。そして、フィアンツは胡乱気な目で睨みつけて来た。
「シュエンだ。荒事はオレに任せろ。素手でも五人や十人は余裕で相手してやるぜ!」
 狼面のシュエンがフンッと鼻を鳴らす。
 シュエンの声に看守がちらりと彼らのテーブルを見たが、こういう会話はここでは常であるらしく、すぐに他のテーブルへと視線を移した。
 顔を顰める変装した信義へ拳を掲げてアピールするシュエン。忠実な舎弟として振る舞う彼に、そういう立場に慣れない性格の信義は内心頭を抱えた。
「頼もしそうだわあ」
 エルが彼の頬の毛並みへ手を伸ばした。そんなはずはないのに強烈な香水の匂いを嗅いだような錯覚を覚えて思わず避けるシュエン。
「つれないわねえ」
 乱暴にシュエンの顔を毛を掴もうとしたエルだったが、すぐにその手を止める。代わりに彼女の視線は後ろに佇むミュートに釘付けになっていた。
 のっぺりとした仮面の下からじっとエルを見るミュート。
 幻想生物のワイルドブラッドである彼女は特製の囚人服を着ており背中の触手はその姿が露わになっている。仮面も相まってゾクリとするような存在感を放っていた。
「……こいつは実行部隊だ。挑発しないでくれ」
 信義に促されてミュートが軽く頭を下げる。悲鳴を上げかけたエルの口をジョーヌが塞いだ。
「異性に絡むのはやめてください……看守に目をつけられます」
 ため息をつくフィアンツ。
「考える余裕は無かったな。そもそもこの監獄ではオーパーツのせいでまともに頭が働かない。とにかく、人数が必要だ。よろしく頼むわ」
「人数が必要だといつも言うが、ここには私たち以外にもだいぶいるだろう」
「阿呆。三階はセラエノ関係のリンカーだ。アイテール様の配下ならともかく、他の配下の奴らを巻き込むわけにはいかない。俺以外のアイテール様の部下は大概こんな所に来る前に死を選ぶ──ああくそ、こんなことまで話さなくても良かったな」
「いいや、話すべきことさ。私たちだってロンドン支部指名手配犯のアイテールの名は知っている。訳もわからず巻き込まれたくはないからね」
「──ああ」
 倫敦監獄と呼ばれるここはオーパーツ『裁きの目』によって思考能力の低下が起きる。それは長く拘束されればされるほど深く作用する。信義たちや潜入したエージェントは予めその能力から外れるよう密かに許可が与えられているが、それを気取られてはいけない。先に潜入した信義たちはこうやって少しずつ情報を引き出していたらしかった。
「決行は三日後だな? 用意はできているんだろうな」
「万全だ」
 フィアンツはにやりとした。


 顔合わせを終え、リトルジェミニたちとフィアンツが出ていくと信義は苦言を呈する。
「あまり騒ぎを起こさないでくれ。私たちの苦労が水の泡になる」
 ミュートが何か言いたげに揺れ、それに気付いた楓が助け舟を出した。
「ステイランさんは英雄のクラッチマンさんと離れるのが苦手なんです」
 こくんと頷くミュート。
 事情を知る龍華も口を開いた。
「……ここへ来るヘリコプターの中で、約束していたのを聞いたんです……」
 龍華の側でランページは何度も言い含めていた。
 一、応対も手短に、極力しゃべらない。
 二、弱気な態度を気取られない為に、行動中は最後まで相手から絶対に目を反らさない。
 三、普段は静かに、行動時は素早く、動きに緩急をつける。
 それが、どう考えてもヴィランとして振る舞うには向いていないミュートをを守るために彼が考えた約束だった。
「それに、ミュートちゃんは大好きな彼が傍に居ないから余計不安になってうまく動けないのよね?」
 幼いミュートを庇うように姉力を出した美津香がフォローする。
 身を縮こませたミュートの触手が怯えた子犬の尻尾のようにゆらゆらと揺れた。恐らく肯定を示すものだろうが事情を知らない何人かの囚人たちは怯えたように部屋を出ていった。
「……結果的にうまくいってるようだし、何でもいいが」
 信義も怯える子供を責める気は無いようだった。
「そう言えば、ここはセラエノ関係の……リンカーが収監されているんですよね」
 ヴィランの単語を飲み込んで、変装したキースが問う。その意味に気付いたローバーが答えた。
「僕たちはセラエノに協力してオーパーツを盗み出したヴィランズだからね」
「全員がセラエノの構成員というわけではないのですね」
 納得したような征四郎。
 強盗愉快犯を演じるリュカは苦笑を浮かべた。
 ここがセラエノ関係の棟であり、彼らの共鳴姿が通常のそれと違っていてよかった。全員がここに収監されるわけではないとは言え、万が一、彼らが関わったヴィランがここに居たら彼らの正体は糾弾されていたかもしれない。
「──もっとも、リンカーがヴィランとなることも珍しくない、かな」
 大敵を倒した勇者が道を違える物語など、それこそ数多にあるのだ。



●一日目・黒
「まさかまた御用になるとはな、なんて……ちょっとリーヴィ突っ込んでよ」
 穏やかに自己紹介を済ませたガルーだったが、隣のオリヴィエは不機嫌そうに口を閉ざしていた。
 代わりに軽く手を上げるリシア。
『リシアと申します』
 発話障碍を理由に電子メモパッドを支給してもらったリシアがそれを見せ、口元を指した。
『ご覧の通り口がきけません。以後お見知りおきを』
 優雅に挨拶をする彼女をエカルラートは感心したように見た。
「へえ、うちの豚と違って品があるじゃないか」
「あ、ダウトですよ~!」
 にこにことカードを回収するノア。
 無言で手持ちのカードを突き出すシトロン。
 にやけた様子でノアを見ているのはセラエノのヴィランの英雄、クレーだ。
 一同はリクリエーションと称してノア主導でカードゲームをしていたが、リシアは話せないことを理由に見学の態をとってヴィランたちの様子を観察していた。
「……ダウト」
 オリヴィエは隣のエカルラートが出そうとしたカードを強く掴んだ。
「あ? なんだ!?」
 ついにエカルラートはオリヴィエの胸倉に掴みかかった。少年の険しい眼差しを正面から受け止めるオリヴィエ。
「あんたたちは、本当にリーダー達を助けるつもりはあるのか」
「あ?」
「俺達まで脱出に組み込む事は、人数が増える分、普通はリスクが高い……囮にされる可能性を考えるのは、不自然じゃないだろ」
 エカルラートは弾けたように笑い、オリヴィエを突き飛ばした。よろめく少年をガルーが支える。
「馬鹿じゃねえの? そんなの──知るわけねえだろ、糞が!」
 のっそりとクレーが立ち上がった。筋肉質な大きな身体で二人の間に立つ。
「心配すんなよ。ああいや、自分もムショに入ってんだ、気にするなって方が無理か」
 バカでかい声で笑うクレー。
「……リーダーに、俺たちは直接会えていない。不安なんだ、すまない」
 視線を反らすオリヴィエの様子に、クレーは笑い声を一段と大きくした。
「お前のリーダーの英雄は捕まってねえからな。シルヴィン、ちゃんと話してやれよ」
 信義の片腕の設定であるローバーの英雄、シルヴィンは苦笑した。
「俺じゃイマイチ信用ないようで、すんません」
 すかさず、詩乃と紙姫が話しかける。
「こういう所入るの初めてだから仕方ないよ」
「ところで、クレーさんはブレイブナイトさん? それとも何か別かな?」
 少し着崩した詩乃と無邪気な紙姫、そして、ノアにアルティラ、リシアと女性陣に囲まれてノアは相好を崩した。
「そりゃ仕方ないなあ。おう、不安ならなんでも聞け」
 事前情報の通り、クレーは女性に弱いらしい。
 ガルーとオリヴィエが視線を交わした。
「……悪いが、俺はどうしてもすべてを任せられない。監視というわけじゃないが、なるべく傍に居させてくれ」
「はあ? なんで糞ガキなんかと」
「いいじゃねえか、他の奴らは俺が見ていてやるからよ、相手は子供じゃねえか。面倒見てやれよエカルラート」
 不機嫌になるエカルラートに対し、上機嫌のクルー。
「私たち、協力しますから、力を合わせてがんばりましょう」
「詐欺師の姉さんには敵わないなあ」
 気弱な感じでアルティラが囁くとクレーの目尻がぐっと下がった。
 その陰で、エカルラートに子供扱いされたことをにオリヴィエはぐっと堪えた。
「トランプしましょ。ノアの能力者に教わったゲームなんだけど結構面白いですよね~?」
 ノアがカードを切り始めると、それまで黙っていたシトロンが席を立った。
「……抜ける」


「……ケイト」
「あれ? ジョーヌさんじゃないんですか?」
 図書室の端の椅子に座ったシトロン。その隣へ後を追って来たノアがすとんと座る。
「……」
「楽しまないと損です。愉快犯のノア、よろしくです~」
「さっき聞いた。放っておいて」
「やっぱり、ヴィランとしてはポーカーとか良かったですか? でも、ポーカー禁止なんですよねえ」
「……」
「二人しか居ないし、やっちゃいます?」
「……ない」
「え?」
「トランプは、やったことない」
「あー、じゃあ、何か別の」
「……ゲーム自体、やったことない。ずっと共鳴したままだったから。楽しいなんて知らない」
「なるほど! じゃ、教えますね~。まず、これがジョーカーって言うんですよ」
「……」
 その後、シトロンはノアの質問に答えることは無かったが、彼は自由時間が終わるまでノアのトランプ講座を黙って聞いていた。


 ──三階の自室へ戻った紙姫は気配を感じてさり気なくベッドの下に目を向けた。ギラリと光る瞳がこちらを見ているのを確認すると、彼女はそっとベッドへ腰を下ろす。
「やほ。キース君。西側の間取りを教えるよっ」
 紙姫が伝え終わると、フェイクフェザーはキースが録音した音声を再生した。
『こちらも東側の間取りをお伝えします。メモの用意はいいですか?』
 キース自身が調べた三階の構造、道順、警報器と監視カメラの位置、そして、美津香の調べた天井の排気口や建物の構造、そして、隠れられそうな場所と監視カメラの死角も書き留める。
 紙姫のメモが終わると、フェイクフェザーはさっと格子の合間を影のように素早く跳んで行った。
「大体同じ構造かなあ……こっちも、引き続き頑張って調べなきゃね」



●二日目・白
 朝食は質素だがきちんとしたものだった。
 七階の食堂で一人食事をとるエルの前にトレイが置かれた。
「あらあ、うふふ。リュカちゃん、だったかなあ」
 エルがぺろりと唇を舐めてリュカを見上げ猫のような目で笑う。
「ね、ね、趣味は? 好きなタイプは? 音楽とか聞く?」
「ええ? 積極的ねえ。もちろん、ジェミニ様よお」
 そこまで言って、彼女はリュカの後ろの席で黙って食事をとる征四郎に気付く。
「一緒にどうかしらあ」
 そこから、エルはジェミニについて話し始める。
 妙に間延びした話し方で聞き辛かったがリュカも征四郎も熱心に耳を傾けた。
「すごいです」
「でしょお?」
 相槌を打つ征四郎に機嫌を良くするエル。
 リュカもうまくおだてながらジェミニと出会った切欠やファンクラブ──フォロワーたちの規模に探りを入れる。
「初めて聴いた時、アタシはボロボロだったけどこれだって思ったのよお。そしたら、エカルラートも随分気に入っちゃってさあ、あの糞男よりアタシに乗り換えるってえ。それで、アタシたちあいつを殺して誓約したのお」
「……へえ、俺もライブに行ってみたいな」
「ここを出たらいくらでも行けるわあ。だってジェミニ様はこれからもたあっくさん活動されるんだからあ」
「でも、脱獄したヴィランが独りで活動するのは難しいんじゃないのかな?」
「大丈夫、ジアザーズはすぐそこまで来ているわあ。皆代償を払ったもの! だから、魔女様もいらっしゃるし」
 うっとりと話していたエルはふと、征四郎を見た。
「おチビちゃん、あなたの話も聞きたいわあ。だって──子供のヴィランなんてねえ?」
「……子供のリンカーが珍しくないならヴィランも珍しくないと思うのですが」
 嘘の苦手な征四郎は、極力嘘にならない範囲でH.O.P.E.に恨みのある、ヴィランの両親を持つ孤児であるという設定を混ぜながらだが自身の状況を語った。
 重い話をなぜか楽しそうに聞いていたエルは最後に尋ねた。
「ふたりは知り合いかしらあ」
「俺のポラリスだよ!」
 リュカがそう紹介すると、エルは笑った。
「すてきねえ、アタシ、そういうの大っ嫌い。──じゃあねえ」
 遠ざかる後ろ姿を見ながら、征四郎が呟く。
「……行ってまいました。失敗、したのでしょうか」
「たぶん、元々ああいう人なんだね。得られた情報としては充分だよ」


 自由時間、図書室の隅で床に座ってぼんやりとするジョーヌへ楓は声をかけた。
「こんにちは。……クレセントムーン音楽祭、観ましたよ」
 顔を上げたジョーヌの隣へ楓は腰を下ろす。
「私……昔、窃盗で掴まってそれからリーダーの所にいるんですよ。でも……」
 楓は先日リトルジェミニが起こした音楽祭の事件について感じた感想を込めて尋ねた。
「貴女はなぜあそこに居たんですか? 貴女は……エカルラートとは違った」
「……わたしはジェミニが好きだから。わたしは」
 堰を切ったようにジョーヌは話し始めた。
 何も知らず英雄と誓約を交わしてリンカーになってしまったこと、そして、彼女の家や周囲の社会がリンカーという異物を良く思っていないこと──それゆえの、彼女への扱いを。
 泣きながら全てを語り終えたジョーヌ。じっと耳を傾けていた楓は彼女をしっかりと見据えて言った。
「もし──貴女が、助けて欲しい、ここから出たあとの環境から変わりたいと願うのなら手助けをします」
 ……ジョーヌは楓の腕を掴んだ。
「ほんとう?」
 だが、きつく掴んだジョーヌの手は楓に痛みすら感じさせた。
 そして、彼女は言ったのだった。
「だったら、手伝って! あたし、ここを出たらあの家族をぜんぶ殺してしまうの!」
 彼女の家の近くには湖があって観察所があって、そこで、彼女は、彼女の家族を全員──……。
 何も言えなかった。
 それは、楓が彼女の生来の気質のままにジョーヌを止めれば他の仲間を危険に晒すことだってあり得たからだ……。
 やり切れない思いを抱えて三階の個室まで戻りベッドに座り込む。
 すると、どこからか現れたフェイクフェザーが優しく楓の髪を突いた。
『楓、そっちは大丈夫?』
 再生された詩乃の声を聞きながら、楓は出来るだけ簡潔に情報を伝えた。


 一方、ジョーヌは楓が去った方角を不思議そうに見ていた。
「あら、かわいいお嬢さん」
 美津香は驚いて振り向いたジョーヌに微笑みかける。
「聞いていた?」
 顔を強張らせる少女へ頷く美津香。
「私は──あくまで悪人だけを狙っていたつもりなのに、こんな所に閉じ込められてしまったわ。けどね、後悔なんてしてないのよ。自分が正しいとは少しも思っていないけれど、人の道に外れた事はしてないつもりだから、ね。
 ここから出るまでに付き合いだとは思うけど、仲良くやっていきましょ、可愛いお嬢さん」
「どういうこと? わたしが間違っているってこと?」
「憎いと思うあなたの気持ちを否定したりはしないわ」
「……さっきの子も否定はしなかった。聞いて貰ったの初めてだった。でも……協力してくれるって言ってはくれなかった」
「そうね」
 美津香の後ろからフードを押さえた龍華とシュエンが遠慮がちに姿を現した。
「……みんな聞いてたのね」
「たまたまだけどな!」
 シュエンが狼面で困ったように笑う。
「オレ、こんな姿だけど……怖くない?」
「別に。だって同じリンカーだもの。あなたが怖いならわたしだって。でも、わたしが怖いのは人間よ」
 その答えを聞いて、龍華は思い切って声をかけた。
「……あの、聞いてくれますか」
 彼は以前ジョーヌとクレセントムーン音楽祭で戦っていた。
 脳裏に残った、その時の彼女の言葉に答えるつもりで、彼はぽつぽつと容姿で虐められた己の過去を話し出した。
 その上で、伝える。
「復讐をするのは構わない……。でも、暴力に訴えてしまえばそいつらと同じになってしまうんだ。
 ……だから、脱獄したら今の方法以外の手段を考えて欲しい、助けが必要なら手伝う」
 龍華の言葉に、ジョーヌはあの時と同じ言葉を突きつけた。
「わたしには復讐する権利もないの?」
 リトルジェミニは涙を一粒零した。
「さっきの子もあなたたちも同じ事言うのね。『助けが必要なら手伝う』って」
「……脱獄したら、どうするんだ?」
 シュエンの問いにジョーヌは答えず走って行った。
「……失敗、でしょうか?」
「どうかしら」
「手応え、みたいなもんは感じたけどなー……」


 個室で冥猫を弄るフィアンツへ声をかけたのはキースだった。。
「それもオーパーツですよね」
 若々しい声の中年の男に気付くとフィアンツは苦笑した。
「ギースか……」
「世界の真理を読み解く上で鍵となる神秘……。貴方もそれに魅せられたクチですね? 素晴らしい」
「へえ、わかるのか」
 にやりと笑うフィアンツへ、キースは射幸心を煽るような言葉を並べ立てる。
「まあな、俺だってセラエノの理念を胸に活動してんだ。異世界を含むこの世界。真理に一番近い科学者であるリヴィア様が導く答えを俺は識りたい──っと、これは忘れてくれ。リヴィア様のことを褒めるとアイテール様は激しく怒ってまず碌なことにならない」
 話によれば、フィアンツは大学で神秘の研究をしており探究心のままセラエノへ入ったらしい。
「あんたも学者肌だろう。セラエノ関係のリンカーは探究者や軍隊のような規律の下生きる奴も多いからな。三階はまだ居心地がいいはずだ。もうすぐおさらばだけどさ。
 ここを出たらあんたもセラエノに入ったらどうだ?」
「そうですね。それも面白いかもしれません」
 キースの返答を聞いたフィアンツの表情が急に醒めたものへと変わった。
「そうか。だが、セラエノは脱退を許さない。後悔する奴も居るって話だ。真理のために全てを捨てられるか、よく考えるんだな」
「……」
「何にせよ、明日は頼むよ。人数が必要だ」



●二日目・黒
「手合わせでもするか? 稽古でもいいぜ」
 ヴィランとして力があることを示して信頼を得ようとしたガルーだったが、エカルラートはその誘いを一蹴した。そして、依然自分を追うオリヴィエを睨む。
「糞が。しつこいな」
 苛つくエカルラートへオリヴィエは改めて尋ねた。
「おまえには違和感ばかりだ。他人を乱暴かつ見下す様なおまえが誰かを強く信仰する様には見えない」
 ジェミニの情報もすでにシルヴィンから聞いていると告げた上でオリヴィエは尋ねた。
「圧倒されたか、救済されたか?
 ……ジェミニの英雄……ヘザー? だったか。同じ武器、だ。信仰心? 敬愛? それとも──恋心、とか?」
 真っ直ぐなオリヴィエの瞳をヴィランの少年は見返した。
「馬鹿か? 現世界人のようなことを言うんだな」
 エカルラートは唾棄する。
「英雄は能力者より遙かに力を持っているのに、ここで英雄はライヴスを供給する能力者の下僕だ。
 だが、ジェミニ様の存在で気付いた。
 だから、今はこのエルカラートが能力者を飼ってやってる。初めからそうすべきだったんだ。
 ──世界を広げてくれた偉大な存在のフォロワー(追従者)となるのは当然だろう?」
 嘲笑う少年はそのまま去って行った。
 無言のオリヴィエの隣でガルーは呟いた。
「気にするな、そもそもの前提が違うんだ」
「……ああ」
「だが、解ったこともある。どんなにジェミニを信仰していようと、あれは最後に自分を選ぶ」


 白と黒、それぞれの試みが終わり脱出前の最後の通信を紙姫は受けていた。
『……じゃあ、作戦はこんな感じでどうですかね』
 フェイクフェザーはキースからの提案で締めくくられた。



●三日目・白
 リクリエーションルーム。
 絵具で汚れた手の甲に捺されたオーパーツの判にシュエンは目を輝かせた。
「それ、あんたの? よく持ち込めたな!」
 シュエンの反応は半ば素であるために怪しまれることは無かった。むしろ、フィアンツは誇らしげに言った。
「アイテール様の力さ。ここまでしてもらうにはだいぶ対価が必要だけどな」
「対価? 仲間じゃないのか?」
「仲間? 俺は考えたことなかったな。セラエノは真理を志す者の集まりだ。俺は潔く理に則って自害できなかったことを悔やんでいるが、生きのびるためにただ助けてもらうつもりは」
「? どういうことだ?」
「なんでもない」
 慌てて、フィアンツは冥猫を仕舞った。
「冥猫は二つで一対であり、能力は『目を掻い潜る』。英雄の棟でもこれを捺しているはずだ。……短期間だが、気配が分散して人にもカメラでも個人を捕らえることが難しくなる。決行は夕食の後だ」
 同時刻、英雄側でもクレーにより同じ説明がされていた。

 白と黒ふたつの棟のリクリエーションルームで、偶然にもほぼ同じタイミングでキースと紙姫は手を挙げた。
「脱獄……それなら一つ、案が」
「えへへ。あたしに少しいい考えがあるよう!」
 計画がまとまると、美津香は名乗り出た。
「管理室へ向かう役は私がやるわ。きっと私のパートナーもあちらで同じ役割を希望するでしょうしね」
「いいのか、危険だぞ」
 念を押すフィアンツへ美津香は返答代わりに軽い投げキッスを送った。別れの意味を込めて。


 夕食後、シュエンの冥猫の印が淡く輝いた。
 ……合図だ。
 食堂からばらばらに外に出る。
「何だこれ、よくわからないけどすげー!」
 暫く歩いて、嬉しそうに尻尾を振るシュエン。
 印があるせいかシュエンには仲間たちの姿は辛うじてわかるが、看守の目には正確に捕らえられないようだった。
 まるで暗闇に潜む猫のように看守や他の囚人たちは微かな気配は感じるようで一瞬振り向きはするが、彼らの姿を捉える前に印を持たない者たちは他の気配に気を取られて彼らを忘れてしまうように見えた。
「ふうん、便利なものね」
 美津香は独り離れて図書室にも向かうと隠された空気孔のパネルを外した。潜入を防ぐための機器が既に幾つか外されるなどの監獄側の事前協力があったが、慣れた手つきで素早く中へ滑り込んでパネルを完璧に戻す。
 ──このまま管理室ね。黒側でもアルティラちゃんが頑張ってるはずだし再会はすぐに叶いそうね。
 廊下では床に耳を付けて気配を探る征四郎からのGOのサインを受けて、脱獄囚たちは屋上へ続くドアを目指していた。
「ここを抜けたら、敢えて大声で騒いで警備の目をそっちに向けさせよう」
 キースが計画を確認したが、その前にトラブルが起こった。
 停電が起きる前にエルが上階への扉を掴んでしまったのだ。
「あらあ?」
 警報が鳴る。
「えっ」
「エルちゃん、手伝ってくれる?
「はあ? いやよ」
「……手伝おう」
 驚く征四郎の腕を掴み、レクリエーションルームの方へ戻るリュカ。それを手伝うローバー。フィアンツたちの視線を背中に感じながら、リュカは自分たちに気付かずドアへと向かおうとする職員たちに向かって白杖を振るう。
 ひゅっと鋭く空気を斬る音に流石の看守たちも征四郎を抱えたリュカの姿に気付いた。
「ふふーふ、大人しくしててね?」
 リュカの言葉を無視して看守たちが近付くと、リュカは白杖を叩き折る。
「次は心中しちゃうよ……彼女の未来を台無しにしないであげて?」
 そう言って、リュカは征四郎ではなく、その後ろの自分の腕に勢い良く刺した。
「やめてくださいリュカ! はなして、はなして!!!」
 吹き出した血がまるで征四郎のもののように彼女の顔と首筋を濡らす。
「ま、待て!」
 パニックを起こした少女の姿に危険を感じた看守たちが後退する。
「そのまま……その部屋に少し入っててくれるかな」
 ローバーがテーブルを入り口に積むと、三人は元来た方向へ走り出した。



●三日目・黒
 リシアは冥猫の力に気付いた。
 これはシャドウルーカーの《潜伏》に似ているのだ。
 ──ならば、この力も発見されるまでですね。……ヴィランらしい方法です。
 人数が必要、というのは気配で攪乱する以外に見つかった者を囮にするためだろう。
 事実、順調に行ったのは序盤だけだった。
 白の警報で黒の棟でも看守たちが警戒を強めたのだ。
『先行します』
「任せて~!」
 リシアが身振りでノアが明るく伝えると、彼らは再び扉へ走った。
 扉の前にはすでに二名の看守が立っていたが、冥猫の有利を利用してリシアとノアが特攻を仕掛ける。勿論、得物は無いが、体術ならある程度時間を稼ぐことはできる。
 看守たちが刺客の接近に気付く前に──ふっと灯りが消えた。
「何!?」
 狼狽する看守たちに襲いかかるリシアとノア。その後ろを走り抜ける脱獄囚たち。
 しかし、集団から遅れたシトロンに気付いたクルーが引き返す。そこへ電灯を点けた後続の看守たちが迫る。
「お前らは逃がせって言われてるんだぞ!」
 クルーがシトロンを庇おうとしたその時だった。
「ハハハハハ……おらぁ!」
 追いつきかけた看守たちが一斉に吹き飛んだ。
 ランページだ。
「いやぁ、御身が心配でしてな、つい手が出てしまいましたわ」
「礼を言うぞ!」
 暗闇の中、目の前の敵に気をとられた看守たちは、闇に潜んでいた彼の不意打ちに吹き飛ばされた。
「待ってる人がいるんじゃ。わしは行くぞ」
 そう言ったランページの代わりに、詩乃が前に出る。
「む……?」
「おい……? 一緒に行こうぜ」
 伸ばされたクルーの手をするりと躱して詩乃は手を振る。
「縁は不思議なもの、次は敵として会うかもね」
「……そうだな。それでも、また無事会えるといいなあ」
 ランページへ小さく頷いて見せる詩乃。
「すまん」
「行って。できるだけ騒ぎを起こすよ」
 彼女は扉とも看守たちが走って来る通路とも違う廊下へ走り出す。



●脱獄
 停電を起こした美津香は背後で音がした。美津香はすでに気配に気付いていたがここを離れるわけにはいかない。
 ──素手か。仕方ないわね。
 拳を握って振り返ったその時、警棒を持った看守が膝をついた。
「ごめんなさい……」
 看守の後ろから彼を椅子で殴ったのは美津香の相棒だ。
「アルティラちゃん!」
 しかし……看守は共鳴したリンカーだ。ライヴスを通さない攻撃で倒すことはできない。
「時間を稼ぐよ」
「はい!」


 暗闇の中、静かに素早く階段を上る能力者たち。
「せーちゃん、ごめんね?」
 自らの袖口を裂いて包帯を作った征四郎は無言でリュカの傷口に巻く。
「……!!」
 ぱっと立ち上がったミュートが開いた八階のドアに飛び込む。
「脱獄犯──!」
 看守が振り下ろす警棒の痛みに耐え、派手に振り回した触手で足元を狙い、部屋の隅に積まれていた段ボールへと叩き込んだ。
 派手に吹き飛ぶ段ボール。
「行きますよ!」
 しっかりとリュカの手を引く征四郎の声が僅かに涙声に聞こえたのは気のせいか。
 その時、八階の部屋の中で誰かが叫んだ。
「緊急事態! 六階で囚人たちが騒ぎを起こしています!」
 聞き覚えのある声にキースが口元に笑みを浮かべた。
「……っ!」
「ミューちゃん!」
 暗闇の中の逞しい人影──ランページへミュートが抱き付く。
 それは、黒の階段から来たのだろう、ヴィランを含めた英雄たちだった。
「へへ、キース君。うまくいったみたい」
「お疲れさま。急ぎましょう」
 数日ぶりの再会を喜ぶ間もなく、彼らは次々に共鳴し屋上へと続くドアをくぐる。
 そこで、ずっとジョーヌを守っていた楓が足を止めた。
「先に行ってください」
 龍華もまた、楓と並んでジョーヌをドアの向こうへ押し込んだ。その背後に看守たちの姿が見える。
「共鳴していないのに何をするつもり……!? ジェミニがいるの、あと少しで出られる──」
 ジョーヌが狼狽した声を出す。
「ええ、大丈夫」
「……気にしないで、これが俺の償いなんです」
 するりとシュエンがジョーヌの隣をすり抜けた。
「先生がまだ来てなんじゃ、オレも先に行くわけにいかないしな」
『……行くよ』
 ジョーヌと共鳴したシトロンが彼女を急かし、その目の前で扉は音を立てて閉まった。


 フィアンツはキースたちと集団の最後を歩いていた。
「まさかお前らが仲間を囮にするとは思わなかったな」
「……あなたたちとリトルジェミニが無事なら、リーダーの安全は保障されますから」
 キースの答えにフィアンツは黙り、最後のドアを押し開けた。
 重いドアの向こうはヘリポートだ。そこにはすでに一台のヘリと数人の人影があった。
 黒づくめの、しかし派手な出で立ちの男女は共鳴前のジェミニたちだ。
 大きく紋様が描かれた黒い箱を抱えた品の良さそうな女性もいる。
「ボクたちの迎えはまだのようです。どうぞ、お先に。互いにオーパーツを探しているのならどこかで会えるかもしれませんね」
「まったね~!」
 三組のヴィランが先に外に出たのを確認すると、キースが仲間たちを振り返った。
「これは……冥猫の力だけで脱獄できたとも思い難いんですよね……。信義、内通者の存在だけは進言しておきましょう」



●倫敦監獄・冥
「外に見えるあの女、あれはセラエノのアイテールだ」
 キースに答えた信義の声は掠れていた。彼は彼女を──いや、彼女の持つ箱を見て何か気付いたようだった。
「いいか、お前ら。何が起きても戦うな。そして、あいつらが何かを始めたら、それがどんなに耐え難いことでも先の為に耐えろ」
 信義の険しい表情を、ローバーは諦めたような表情を浮かべた。
「冥猫の力だけで脱獄出来た筈は無いと言ったな。内通者が居るはずだと。その疑念は正しい」
 フィアンツに呼ばれて彼らは屋外へと出た。
「お疲れさま」
 アイテールが微笑む。
 リュカは一歩前に進み出ると、三人へ恭しく頭を下げた。
「お目にかかれて光栄です」
 アイテールは「わたくしもよ」と微笑み、フィアンツと何か話し始めた。
「ところでジェミニ。貴方が二人なのは、天の彼らの様にふたりで悠久を生きたかったから?」
 朧月夜の空には星が輝いていた。
「ジェミニ様に話しかけんじゃねえ!」
 噛みつくエカルラートを制してジェミニのヴァージルは答えた。
「俺たちがふたりなのは、俺たちが望んだことじゃない。ちょっと他とは違ってたまたま歪だっただけだ。
 ……だからこそ、俺たちは怒りと違和感の代弁者として仲間たちに自由をもたらす運命を見つけたんだがな」
 陶酔の表情を浮かべるエカルラート。
 俯くジョーヌ。
「ここでお別れですね。では、いずれ、また」
 三人に敬意を払って下がろうとしたリュカをアイテールが止める。
「そんな寂しいことおっしゃらないで」
 穏やかな声は不吉な響きを孕んでいた。
「ジェミニ、ふたりのお友達は解放したわ。そろそろ、わたくしの実験にも協力してくださるかしら?」
 緩く巻いたやわらかな金髪、大きな緑の瞳。品のある顔立ち。若く可憐で可愛らしいアイテールは、H.O.P.E.ロンドン支部指名手配犯という肩書とは不釣り合いな女性だった。
 ──彼女が抱えたラウンド型のボックスを開けるまでは。
 それは黒いビロードを貼ったハットボックスのようで、ブランド名の代わりに歪な文字が大きく描かれていた。それを信義たちは読むことができたようだった。
 中から出て来たのは無論、可愛らしい帽子ではない。
 眼を閉じた……沢山の文字の刻まれ、針を突き立てられたおぞましい愚神の首であった。
「スポットライトを当ててくれ!」
 派手な動きでヴァージルが英雄へと手を伸ばした。その手を取るヘザー。
 幻想の蝶が舞って。
 ……それから、起きたことは悪夢。
 アイテールのはしゃいだ声が淀んだ夜に響いた。

 看守に押さえつけられていた龍華と楓、シュエン、そして、黒の詩乃とリシア、ノアは変化を感じ取って仲間たちが進んだはずの階上を見上げた。
 管理室で囲まれて、背中を合わせて両手を上げていた美津香とアルティラの顔つきが鋭くなった。

 大気は震え歪み変質し、倫敦監獄は彼らを飲み込んだままドロップゾーンと変化していく。





 共鳴したランページが空を見上げた。
「鳥?」
 アイテールが叫んだ。
「ウォッチマン!」
 空に無数の動く闇。
 いや、違う、大量の黒い鳥たちが騒めきながら一丸となってヘリポートへ突っ込んで来たのだ。
「ほとんどが鴉、先導している使い魔の数は多くないわ! 倒して!」
 魔女が叫ぶ。
「屋内へ戻れ!」
 同時に叫んだ信義の指示にはエージェントたちだけが従った。
 ──重いドアが閉じると、喧騒の音は遠く小さくなった。
「すまない。俺のミスだ。お前たちは準備を整えてあいつらを突き崩してくれ」
 最後尾、閉じたドアの前でらしくない言葉を吐く詐欺師のような魔術師の顔を確かめようとして。
 振り返ったエージェントたちはクラクトン・オン・シーの浜辺に立っていた。
「……先生?」
 互いに戸惑いの表情を浮かべるシュエンとリシア。
 そこには、ローバーと信義以外のエージェントたちがすべて揃っていた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • これからも、ずっと
    柳生 楓aa3403
  • 天秤を司る者
    キース=ロロッカaa3593
  • 閉じたゆりかごの破壊者
    紀伊 龍華aa5198

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • これからも、ずっと
    柳生 楓aa3403
    機械|20才|女性|生命
  • これからも、ずっと
    氷室 詩乃aa3403hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 天秤を司る者
    キース=ロロッカaa3593
    人間|21才|男性|回避
  • ありのままで
    匂坂 紙姫aa3593hero001
    英雄|13才|女性|ジャ
  • 鋼の心
    風代 美津香aa5145
    人間|21才|女性|命中
  • リベレーター
    アルティラ レイデンaa5145hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
  • 閉じたゆりかごの破壊者
    紀伊 龍華aa5198
    人間|20才|男性|防御
  • 一つの漂着点を見た者
    ノア ノット ハウンドaa5198hero001
    英雄|15才|女性|ブレ
  • 暗夜退ける退魔師
    ミュート ステイランaa5374
    獣人|13才|女性|防御
  • 倫敦監獄囚徒・六参九号
    ランページ クラッチマンaa5374hero001
    英雄|25才|男性|ブレ
  • 仲間想う狂犬
    シュエンaa5415
    獣人|18才|男性|攻撃
  • 刀と笑う戦闘狂
    リシアaa5415hero001
    英雄|18才|女性|シャド
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