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【愚神共宴】連動シナリオ

【共宴】オンセン

雪虫

形態
ショートEX
難易度
易しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
15人 / 4~15人
英雄
15人 / 0~15人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/04/09 15:51

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掲示板

オープニング

●奇怪なる頼み
「温泉に行きたいんです! でも僕一人で行ったら色々都合悪いんですよね? なのでH.O.P.E.のエージェントはん達を監視につけて欲しいんですけど」
「温泉行かなきゃいいだろう」
 パンドラの物言いに、オペレーターは嫌そうな顔でもっともな事を口にした。パンドラはしばし黙った後、カウンターから身を乗り出してオペレーターにずいと詰め寄る。
「そんなひどい事言わないで欲しいどす! 僕だって温泉入ってみたいんです! でも一人だとよくないかなと思って頼んでいるだけですのに!」
「何が頼んでいるだけだ! 実質脅しているだろうが! H.O.P.E.もエージェントもお前の遊びのためにいる訳じゃないんだよ!」
 オペレーターは怒っていた。現在の状況全てに対して。一部の愚神が『善性愚神』を名乗り出し、人類への降伏及び共闘を持ち掛けてから、世間もH.O.P.E.内部も大分おかしな事になっていた。愚神とは共存出来る。共存など絶対出来ない。本心であるなら歩み寄りたい。奴等の言葉が真実であるとは限らない……このオペレーターは一応「中立」の立場……正確には自分の意見は述べず、H.O.P.E.の決定にはなんであろうと従う心積もりであるが、内心では『善性愚神』を完全に疑っていた。信用に足らない者を疑うのは当然である。
 また疑念を差し引いても、『善性愚神』にH.O.P.E.が振り回されているのは事実と言っていいだろう。H.O.P.E.としては共闘を持ち掛けている相手を無下にする事は出来ない。疑わしかろうと一先ず受け入れ、様子を見る、それ以外に方法はないだろう。少なくとも今の現状で刃を向ける事は出来ない。それは分かっているのだが、だからこそもどかしく、良いように愚神に振り回されているようにしか思えないのだ。
 その状況で当の愚神から、実質「温泉に行きたいのでエージェントを貸して下さい」。ここで堪忍袋の緒を切らずして何処で切れと言うのだろう。しかも愚神が温泉に行くのであればその手配もしなければならない。誰がやるんだ。俺だ。オペレーターが怒るのも仕方のない事である。
 とは言え相手は『善性』を嘯いていようがトリブヌスと目される愚神、本気を出せばリンカーでもないオペレーターなどひとたまりもないだろう。だがそれでもいい。怒りに任せて暴れ出したら化けの皮が剥がれたという事。今ここにいる者達には悪いが、俺の命と引き換えにでも本性を暴いてやる……!
「じゃあ依頼じゃなくて、個人的にお誘いするのはええですか?」
 覚悟を砕いたのはパンドラのあっけらかんとした声だった。カウンターに乗り出したままパンドラは眉根を下げる。
「確かにお忙しいエージェントはんやH.O.P.E.の皆さんを煩わせたらあきませんね……迷惑お掛けしてごめんなさい。でもだったら、イアンリョコウでしたっけ? に僕が個人的にお誘いするんはええですか?」
「……? それなら、当人達が良ければ……」
「やった! それじゃあヘイシズはんにおねだりしてきます! 迷惑お掛けしてすいませんでした。お仕事頑張って下さいね!」
 言ってパンドラは早々と何処かへと駆けて行った。オペレーターが正気に戻るのはしばらくしての事だった。

●奇怪なるオツキアイ
「ようこそ、お越し下さいました!」
 居並ぶ従業員に頭を下げられエージェント達は困惑した。目の前にあるのはヘイシズが用意した遊興施設の一つである。山奥に設置された温泉施設。パッと見は完全に温泉旅館。温泉プールもあるそうだ。一日貸し切り。部屋はどこを使っても構わない。
 パンドラから「イアンリョコウ行きましょう!」と言われた時は何事かと思ったが、なるほど確かに慰安旅行だ。誘ったのが愚神で、手配したのも愚神で、旅行先がアルター社の遊興施設などでなければ。
『パンドラの我儘に付き合わせてしまって申し訳ない。代わりと言ってはなんだが、もてなしは最上級のものを頼んである。気がねなく羽根を伸ばしてくれ』
 会議があるという事でヘイシズは即通信を切った。気がねなく羽根を伸ばせって……どうやって? パンドラがまたおかしな事を言い出したと、監視を買って出た李永平もさすがに呆然とせざるを得ない。
「皆さん、早く中に入りましょうよ~」
 パンドラはエージェント達に朗らかな口調で声を掛けた。今日もいつもの学生服だ。何を考えているのかさっぱり分からない少年愚神は、温泉旅館の一日にわくわくしているように言う。
「ハダカノツキアイってので親睦を深めるんですよね? 僕、温泉初めてなのでいろいろ教えてくれると嬉しいです。どうぞよろしゅうお願いしますね!」

●NPC(?)
 パンドラ
 トリブヌス級愚神。善性愚神を名乗っている。PC達を温泉に誘った。PC・NPCに攻撃行動は一切しない/PCから攻撃された場合は回避はするが反撃はせず、PCをなだめようとする
 温泉には行ったことがなく、以下のような行動を起こす
・温泉には服を脱いで入らなければいけないことは知っている
・服は畳まない
・前は隠さない
・体を洗わず浴槽に入ろうとする
・温泉プールでは水着を着なければならない事は理解している
・浴衣の着方が分からない
・卓球を知らない
・鍋や刺身が分からない
・見た目未成年なので飲酒・喫煙禁止
・睡眠が必要ないので、放置するとその辺に座って朝までずっと起きている。布団の使い方が分からない

解説

●やる事
 温泉に行く

●温泉施設
 アルター社の有する日本風温泉旅館。バリアフリー。バスに揺られる事数時間の山奥の中にある。従業員は全員人間/非リンカー。パンドラが愚神である事、PC達がリンカーである事を知っている。盛大に歓迎しもてなしてくれる
 貸し切り状態で部屋は何処を使っても構わない。一人で一部屋を使ってもいいし、男女に分けて使ってもいいし、全員で宴会場(カラオケ付き)で寝ても構わない。部屋は綺麗に使ってくれると嬉しいです
 男風呂・女風呂・温泉プール(巨大な滑り台付き)がある。男女共に露天風呂あり。温泉プールは水着を着用すること
 タオル・浴衣・水着・入浴道具・水鉄砲・浮輪等は貸し出してくれる。持参しても構わない
 朝10時に到着し翌日の朝10時に出立 

●NPC
 李永平&花陣
 パンドラへの攻撃行動は取らないが今回も警戒している。永平は背中にパンドラにつけられたマガツヒのマークがあるため、花陣は足が動かず車椅子のためPC達とは入浴しない。温泉プールも入らない。パンドラが入浴している時の監視はPC達に頼みたいと思っている

●その他
・宿泊費はタダ/お土産は売っていない/料理と温泉まんじゅう食べ放題/お酒・ジュース飲み放題
・ヘイシズはOPのみの友情出演/リプレイでは出てこない
・NPCは特に要望がなければ描写はなしor最小限
・プレイングの出し忘れにご注意下さい
・英雄が二人いる場合は英雄の変更忘れにご注意下さい
・能力者と英雄の台詞は「」『』などで区別して頂けるとありがたいです
・倫理に触れそうな事は(自主規制)させて頂きます

リプレイ


「…………え、温泉?」
『さてはテメェ、パン公が関わってるって事しか頭に入ってなかったな??』
 硬直する邦衛 八宏(aa0046)に稍乃 チカ(aa0046hero001)は突っ込んだ。指摘通り温泉旅館の要素など全く念頭には無かった。誰かと湯船に浸かった事はいまだかつて一度も無い。なのにあと数時間後にハダカノツキアイが待っている。
 別の所では別の理由で蛇塚 悠理(aa1708)が沈んでいた。
「連理がいない……憂鬱だ……」
『ははは、悠理くん私に任せてくれたまえ! しっかり盛り上げてくるよ!』
 珍神 無鳥(aa1708hero002)は意気揚々と胸を反らすが、明朗快活な声にさえ悠理の憂鬱の深みは増した。折角なら愛しい愛しいもう一人の英雄と来たかった! だがいるのは違う方。元気が出ない。仕方ない。
 が、友人の親戚であり知り合いでもある佐倉 樹(aa0340)の姿を認め、悠理は憂鬱から顔を起こした。数秒後にはまた元気を失うかもしれないが、姿勢を正していつものような柔和な笑みで片手を上げる。
「やぁ久しぶり。元気そうで良かった」
 いつの間にか増えた眼帯に「元気」と言っていいのかは実に微妙な所だが、それを除けば樹の様子は以前と変わらぬように見えた。ならば変に気を遣わず、以前通りに接するのが最善の気のかけ方だろう。樹も「どうも」と頭を下げ、以前通りに悠理に応じる。
『初めまして、珍神無鳥というよ! 今回はよろしく頼む!』
 無鳥は一切の躊躇なくパンドラに握手を求めに行った。愚神の手をぶんぶん振り、他の参加者にも同じように挨拶と握手を繰り返す。廿枝 詩(aa0299)と海(aa0299hero002)もまた愚神へと歩み寄った。
「廿枝 詩っていうの、よろしくね」
「詩の第二英雄、海です」
「【温羅五十鈴です、宜しくお願い致します】」
『……沙治だ』
 温羅 五十鈴(aa5521)は挨拶を綴った紙をパンドラへ差し出し、沙治 栗花落(aa5521hero001)は愚神が目を通したタイミングで呟いた。エリズバーク・ウェンジェンス(aa5611hero001)はアトルラーゼ・ウェンジェンス(aa5611)を伴い、優雅かつ上品な貴婦人の仕草で頭を下げる。
『パンドラ様、初めまして。エリズバーク・ウェンジェンスです。こちらは息子のアトルラーゼ。長い名前ですので、気軽にエリーとアトルとでもお呼びくださいませ』
「よろしくお願いします。パンドラ様」
「皆さん、どうぞよろしゅうお願いします」
 名乗ってくれたリンカー達にパンドラは笑顔で応えた。シセベル(aa0340hero002)も愚神に近付きわずかに目を細めて見せる。
『やぁ、はじめまして? 私はシセベル』
 彼女の持つ色合いにパンドラは目をぱちくりさせ、シセベルの能力者……樹の方へ視線を向けた。「お名前教えてくれるんですか?」の問い掛けに、シセベルは手を軽く振る。
『私はいいんだよ。この名前借り物だし』
「そうですか。どうぞよろしゅうお願いします」
 パンドラは手を差し出すがシセベルはそれには応じなかった。パンドラは首を傾げ、大人しく手を下ろす。
 卸 蘿蔔(aa0405)はまずは永平達とパンドラに挨拶しようと思ったが、この状態なら全体に自己紹介した方がいいだろう。初見の人間が多いのでかなりびくびくしているが、一日を共にする仲と思い拳に気合いを握り込む。
「お、卸蘿蔔と申します……あ、こっちは英雄のレオン君です」
『……よろしく』
 レオンハルト(aa0405hero001)はおっとりと、しかし常の彼より若干硬さの滲んだ声音で告げた。瞳は一瞬愚神を向き、しかしすぐに逸らされる。
「やあパンドラ、素敵な企画をありがとう。今回もよろしく!」
 ヨハン・リントヴルム(aa1933)は喜色を浮かべパンドラへと歩み出た。友好を示すヨハンの姿にパンドラも笑みを深める。
「こちらこそよろしゅうお願いします」
「僕達の娘も、できれば連れて来たかったけど……今日は両親に預けてきた。仲良くしてるといいけど」
 言いつつヨハンは「古龍幇」をちらりと見たが、すぐに愚神に視線を戻し、気を取り直したように両手を胸の前で組む。
「ああ、今は温泉だ。楽しみだなあ、パトリツィアの浴衣姿」
『もう、あなたってば。みなさんの前ですよ』
 夫の言葉にパトリツィア・リントヴルム(aa1933hero001)は両の頬に手を寄せた。和やかとも言えそうな雰囲気を眺めながら、麻生 遊夜(aa0452)は腕を組みふうと小さく息を吐く。
「言いたい事がないわけでもないが……ま、今は良いか」
『……ん、適度に警戒……情報収集は、大事』
 ユフォアリーヤ(aa0452hero001)はこくりと頷き愚神へと視線を向けた。善性愚神については消極的賛成な立場だが……。
「ま、貰えるものは貰う主義だ。楽しむとしよう」
『……ん、のんびりしよう』
 遊夜の言葉にユフォアリーヤはふさふさ尻尾をふりふりした。だって食べ放題飲み放題、しかもタダ。タダは正義! お土産がないのは残念だがその分楽しめばよかろうなのだ!
 と、テンションの上がる人達から少し離れた場所に立ち、桜小路 國光(aa4046)は頭をふらふらさせていた。
「……眠ぃ」
『目がショボショボしてるのです……大丈夫ですか?』
 やつれ気味の國光にメテオバイザー(aa4046hero001)は眉根を寄せた。英国在住にとって最大の難関はまさかの時差。マイナス八時間。移動中の國光は睡眠を優先させたが、それでもまだ超眠い。
 レイ(aa0632)は眼前にそびえ立つ建物を見上げていた。ぱっと見は完全に日本風温泉旅館。
「遊園地……の次は温泉、か」
『イイじゃん、楽しい事がいっぱいで!』
 はしゃぐカール シェーンハイド(aa0632hero001)をレイは横目でじとりと眺めた。それから愚神に視線を移し、再び旅館へと戻す。
「……何を企んでいるのか、それとも……」
『それとも?』
「カールのアタマの中身並に花でも咲いてるのか……」
 カールの背後に衝撃が走った。彼氏に別れを切り出された彼女みたいに顔を覆う。
『酷い……っ! 酷いわ……ッ、レイ!』
「分かった、分かったから、その嘘泣きヤメろ」

 ルーシャン(aa0784)は一同を眺めつつ拳を握り締めていた。
 パンドラは愚神だが、自分達と仲良くしようとしてくれている、彼にはその意思があると疑う事なく信じている。永平や花陣の心情も慮ってはいるのだが、彼らの様子も気に掛けつつ、パンドラの事を友好的に迎え入れたいと思う。
「パンドラお兄ちゃん、温泉はね、ひろーいお風呂と綺麗な景色が一緒に楽しめる、とっても気持ちいい所なのよ♪ プールもあるから一緒に遊ぼうね!」
 意を決し、無邪気な笑みで話し掛けた少女へと、パンドラも無邪気な笑みで「はい、ぜひ!」と声を返した。一通り挨拶が終わった所で女将がにこやかに告げる。
「お部屋のご希望はございますか? なんなりと仰って下さい」
「二人部屋をお願い出来るかい? それと従業員が写真や動画を撮っていないか細心の注意を払って欲しい。ここでの出来事が外に漏れたりしないように」
 杏子(aa4344)からの申し出に「かしこまりました」と女将は言った。他の者も希望を伝え、それぞれ荷物を置くために旅館の奥へと入っていった。


『お茶をいただいたらみなさんと合流しましょう。お淹れしますね』
「ああ、頼むよ」
 ヨハンの声にパトリツィアは『はい』と目元を伏せて返した。夫婦で取った一部屋は当然ながら二人きり。湯気の立つ緑茶を置き、パトリツィアは『うふふ』と花の零れるように笑う。
『こうして二人でいると、新婚旅行に来たみたいですね』
 パトリツィアは楽し気だったがヨハンは暗い顔をした。心の底から済まなそうに低く小さく声を落とす。
「……本当の新婚旅行には、連れて行ってあげられなくて……」
『そんなのは良いんです。私は……あなたが私や、私達の可愛いあの子の事を、愛してくれて、抱きしめてくれて、他にも色々……ほんとうに大切にしてくれているのを、ちゃんと知ってますから』
 パトリツィアは笑みつつ首を振り、それでもヨハンは俯いていた。そんな夫の傍に寄り、膝の上の手に手を重ねる。
『温泉、楽しみですね、あなた』

「慰安旅行とは言うけれど、果たして心が休まるかねえ?」
 杏子は荷物を置いた後プール前で待っていた。不参加組もいるらしく、それぞれの予定に合わせ行動という事になった。
『……それよりも、何で私は洋服を着ているんだ? 落ち着かないんだが』
 カナメ(aa4344hero002)は所在なさげに視線をさ迷わせていた。普段の大胆さがなりを潜め、時折頬を少し染めもじもじ指を遊ばせている。
「あの一件から沈んでたし、たまには気分を変えてみるのも良いんじゃないかと思ってね。似合ってるじゃないか♪」
 その言葉にカナメは唇と眉をハの字に曲げた。杏子はそんな様子にさえ微笑みを浮かべるのであった。

 五十鈴が支部に来たのは少し前の事である。故にパンドラやマガツヒについてはよく知らない事が多い。永平達の反応を見れば、何かあったのだろうと推測できるがその程度。そんな状況でも気掛りな点も、無いわけでは無い。けれど。
「(信じてみようと、思う、から。
 パンドラさんと、仲良く……なろうと、思う、から……!)」
 ぶんぶんと首を振り不安な気持ちを追い払う。誰かと誰かの架け橋になれたら、そんな風に望むから。
 パンドラにも好意的に接する。パンドラの事を、信じる。何も変わらないかもしれないけれど、何かが変わるかもしれないから。
 そう決意を固めた所で五十鈴ははっと気が付いた。温泉どうしよう(ぴしゃーん)。五十鈴は声が出ない。筆談は出来るが時間が掛かる。故に手話を栗花落に通訳して貰った方がいいのだが、温泉では栗花落と別々にならざるを得ない。その前にどっちにしろパンドラと同じ湯には入れない。
 というわけで五十鈴は温泉プールに入っていた。栗花落に通訳をお願いしパンドラに果敢に話し掛ける。
「[私、元々泳ぐの苦手で。今練習中なんです。まだ全然、下手なのですけど。パンドラさんは如何ですか?]」
『……だそうだ』
「実は僕、泳いだ事もないんです。よければ練習ご一緒してもらえますか?」
 パンドラの返答に五十鈴は顔を綻ばせた。色々話せたら良い。好きな物や嫌いな物、大切な事や他愛もない事。そんな想いでよく笑い掛けよく話を試みる。
 栗花落はぶっきらぼうな表情で通訳を行っていた。正直善性愚神とやらは疑わしい限りだが……。
『(まぁ、五十鈴はそう言うだろうとは思っていた)』
 雪の様に儚い印象だが内に確かな芯がある。あいつが決めたならそれに付き合う。それから有事の際に傷が浅い様にするのが俺の役目だ。
 懐疑的ではあるのだが嫌悪感等は一切なく。五十鈴の意志に添い、また情報収集も併行してある程度交流を図るつもりだ。五十鈴は楽しそうに笑い、パンドラと話をするべく白い指をまた動かす。
「[夏は海とか、良いですね]」
『と言っているが』
「ええですね。その時もご一緒出来たら嬉しいです」

 ユフォアリーヤはプール際でちゃぷちゃぷ足を動かしていた。温泉には入らずにプールのみの予定である。
『……ん、長時間入れないし……ね』
「家族風呂はないみたいだしなぁ」
 なので持参のマタニティスイムウェアを着て、遊夜と共にプールサイドでのんびり過ごす。パンドラ含めたメンバーらを慈愛の目で眺めつつ、大きくなっているお腹を優しい手付きで撫で撫でする。
「この子、今六か月目くらいかい? 楽しみだねえ♪」
 そこに杏子が通り掛かり隣へとしゃがみ込んだ。人を教える者として、また一人の母として、杏子は表情を和らげてユフォアリーヤの瞳を見つめる。
「子供は良いよ。手が掛かる子程可愛いものさ。私で良ければいつでも育児の相談に乗るよ! もう二十年以上も前だけど、私も子供を育てたからね♪」
 ユフォアリーヤは目を細めた。ユフォアリーヤも孤児二十八人のおかーさんだが、生まれたばかりの我が子となるとまた勝手が違うだろう。『……ん、よろしく』と頷いた後、元気にはしゃぐメンバー達に視線を向けつつお腹を撫でる。
『……元気だねぇ……皆こんな風に、過ごせれば……良いよね』
「うむ、頑張らないとな」
 ユフォアリーヤの言葉に遊夜もまた頷いた。

 詩と海は二人一緒に水際に立っていた。詩は持参のタンキニ着用。海はサーフパンツ着用。手を伸ばしてちゃぷちゃぷしつつ詩は思った事を呟く。
「海って泳げるかなぞよね。あんまり脂肪もないし」
 海と名前はついているが、海に関係があるから海という名前にしたわけではない。疑問符を浮かべても答えは一向に出ないので、海はプールに足を入れた。全身で飛び込んだ。いけました。
「元拳銃でも泳げるものですね、驚きました」
「元だからねー」
 
「滑り台、一緒に滑ろ! 寝て滑ると、すごく速くなってどきどきするのよ♪」
 ルーシャンはパンドラ達を訪れその手をぐいぐい引っ張った。順番に並んで滑ったり、感想を言い合ったり、色々な滑り方を試してみたり、泳ぎの練習をしてみたり。
 その姿をアルセイド(aa0784hero001)は少し離れて眺めていた。アルセイド自身には、パンドラに対する個人的感情は特にない。ただルーシャンの想いは尊重する。パンドラに対する複雑な周囲の思惑や個人の因縁を知った上で、あくまで主の意志を守るために動くつもりだ。
 ぱしゃぱしゃという水の音に主達のはしゃぐ声。ルーシャンとパンドラが視界に入るつかず離れずの距離に立ち、アルセイドは水遊びに興じる彼らの姿を見つめていた。


 海はプール前と同じく軍服を纏っていた。これから温泉に入るというのにかっちりきっかり着直している。
「浴衣とかあるのよ」
 詩は一応言ってみたが海はいやいやと首を振った。「(紋付き袴だったら着るのかなぁ)」という疑問が頭を過ぎるが、それはまた別の機会に試すより他にない。

『愚神と温泉旅行ね……。愚神に温泉の効能があるとも思えないのだけど』
 温泉に移動しつつエリズバークは首を傾げた。肩こり、腰痛……。あるの? 愚神に? もっとも過ぎる疑問である。
「母様、温泉とは日本では娯楽として需要が高いと聞きました」
 アトルラーゼがエリズバークへ得意そうに声を張った。スマホで検索した情報をここぞばかりに披露する。手には温泉のガイドブックらしきものまで。
『あらアトルは勉強熱心ね。偉いわぁ』
 エリズバークは優しい手付きでアトルラーゼの頭を撫でた。そのまま母親のごとき表情でアトルラーゼを覗き込む。
『母様は男の子の脱衣場には入れないので、アトルに任せるわよ。しっかりね』
「はい! お任せください母様!」
 重要な任務を任されたと、アトルラーゼは嬉しそうに再度声を張り上げた。

「温泉、だと、監視はできねーから……アーテル、お願い……」
『分かった。こっちは任せてくれ』
 木陰 黎夜(aa0061)の言葉にアーテル・V・ノクス(aa0061hero001)は頷き、それぞれ別の浴場へと入っていった。
 

「言っておくけど女湯を……僕の妻を覗き見ようというのなら、どうなるかは分かっているね?」
 居並ぶ男性陣を前にヨハンはにっこり笑顔で言った。世の中には不埒者も確かにしっかり存在する。愛する妻を守るための仕方ない警告と言えるだろう。
「どうなるかは分からないですけど了解です~」
 パンドラは律儀に返答しつつ服を脱ぎ、そのまま浴場に入ろうとした。一足先に来ていた海もパンドラに続こうとする。
「私も温泉は初めてです」
 ガラス戸に向かう二人の姿に一同の動きが止まった。二人とも前を隠していない。パンドラは隠すという概念が存在せず、海は全裸を晒す事に抵抗がない。そして二人とも服がぐちゃぐちゃ。海は一応時間を掛けて畳んだのだが、不器用だった。悲しい。
 レオンハルトは『前くらい――いやまぁいいか、湯にタオル入れないならそれで』と思い直し、ヨハンは「前を隠す隠さないは人それぞれ」というスタンスなのでとやかく言わない事にしたが、これはたったの一回ではなく最初の一回かもしれない。今後温泉で同じ事を繰り返す可能性はかなり高い。
『ん、パンドラくん、海くん、隠さないのは豪快だと思うけれど慎みは大切だ』
 無鳥は腰に巻くタオルを二人分差し出した。疑問符を出す二人へとアトルラーゼが補足する。
「タオルで急所を隠すのが礼儀と本に書いてありました」
 ここです、とアトルラーゼはガイドブックの文を見せ、パンドラと海は「「そうなんですか」」と納得しタオルを受け取った。アトルラーゼの講義はパンドラの服についても及ぶ。
「パンドラ様、服は畳んでここにいれるのですよ」
「そうなんですか?」
『ええ、脱いだ服は畳みます。脱いだ順番に籠に畳んで入れておくと、また着る時に着やすくなりますからね』
 アーテルが言葉を継ぎ、パンドラは腰にタオルを巻いて学生服を畳もうとした。が、上手く畳めない。
「代わりに畳んでおきますよ。放っておく方が問題でしょうし、一緒にお湯に浸かりながら教えてあげてください」
 國光が申し出つつ仲間達へサポートを頼み、パンドラは「ありがとうございます!」と礼を言って浴場に向かった。國光は監視の名目もあるのでパンドラと一緒に施設を利用するつもりはない。自分が利用するのは他の仲間が問題なく対応出来る状況で。今は脱衣所で待機して愚神の観察を行うつもりだ。
「まだかなり眠いけど……」
 プールには参加せず少しだけ仮眠を取ったが、中途半端に寝たせいでかえってだるいような気もする。状況的に徹夜を覚悟しなければいけなさそうだし、暇な時間があったら寝るか……國光は考えた。

「温泉のお湯を汚さないように、ここでかけ湯をかけるのがマナーです」
 アトルラーゼはハキハキと愚神にマナーを教えていた。首を傾げるパンドラへ今度は無鳥が補足する。
『温泉はね、まず最初に体を洗ってから入るんだ。そうでないと温泉のお湯が汚れてしまうからね』
 言いながらパンドラをシャワーの場所まで連れて行く。椅子に座りながら愚神はまたも首を傾げた。
「温泉だと先に体を洗わないといけないんですか?」
『温泉は自分以外の人が入りますから、浴槽に入る前に体を洗うのがマナーです』
 アーテルがそう返し愚神は「なるほど」と手を打った。そして体を洗おうとした……が入浴道具がない。
「入浴道具忘れました。旅館の人にもらってこないと……」
『……これ使うかい?』
 レオンハルトが一式をパンドラの前へと置いた。善性愚神についてレオンハルトは否定的だ。何か裏があるのではないか、既に操られているのではないか、彼らの中に裏切者がいるのではないか……と警戒を抱いている。挨拶の時に声が硬かったのもそのせいだ。
 が、疑ってはいるものの、本来は世話好きなレオンハルト。パンドラ自身がどうしてもやらなきゃいけない事以外は普通に手が出てしまうし、パンドラの見た目が幼い事もあり普通に甘さが出てしまう。
 パンドラは「ありがとうございます!」と満面の笑顔で感謝を述べた。改めて体を洗おう……とした所でアトルラーゼ。
「温泉は背中の流し合いというものをするらしいです。やりませんか?」
 敬愛するエリズバークに頼まれた事もあり、しっかり任務を全うするべくアトルラーゼは張り切っていた。パンドラは嬉しそうに「ぜひ!」と答え、アトルラーゼは泡立てたタオルを愚神の背中に持っていく。
 観察し何気ない風に触ってみたが、普通の人間としか思えないような肌だった。その後パンドラがアトルラーゼの背中を流し、ようやく湯船に入る事が許される。
「湯舟にタオルを入れてはいけないと教わりましたが」
『そうだね。タオルを入れたらダメだ』
 海の疑問にレオンハルトが言葉を返し、全員タオルを装備せず浴槽に体を沈める。心地いい湯が全身に染みわたっていくようだ。
 無鳥はさりげなくパンドラを見た。情報収集としてと言うよりむしろ男の性として、肉体的な面や傷の観点から愚神の体を観察する。自分よりムキムキだったらちょっとしょんぼりしたかもしれないが、実は細身な無鳥より華奢と言っていい体をしていた。
 ヨハンも体を洗い終え無言で湯船へ身を沈める。元々入浴指導はなるべく日本人に任せるつもりだった。外国人が言っても説得力なさそうだし。目の前にいるのは人間どころか愚神だが。
『善性……とはいうけど。前と違うなと思うところはあるのかな?』
 温まってきた所でレオンハルトが口火を切った。パンドラは肩まで浸かりつつレオンハルトに声を返す。
「変わりはないと思いますよ。以前の通りの僕のままです」
『そういえば、単純な興味ですが。貴方達がヘイシズという愚神に会ったのはいつ頃の事ですか? 善性愚神は降伏するとしていますが、善性愚神と名乗り出ると決めた時期も含めて』
 今度はアーテルが問い掛ける。愚神はしばし天井を見、アーテルへと視線を戻した。
「僕はアマゾンで皆さんにお会いした後ですね。他の方も大体同じ頃かと。名乗り出ると決めたんもそのぐらいやと思います」
『前回もH.O.P.E.についてこいって依頼したらしいが、善性愚神は行き場所を必ずH.O.P.E.に伝える決まりでもあるのか?』
 沈黙を保っていたゼム ロバート(aa0342hero002)が口を開いた。パンドラは他の愚神と色々と違うようだが気は決して緩めない。他の愚神の言動をパンドラには共有しないまま、矛盾が無いかも含めて言動を監視する。
「特に決まりはないですけど、マナーとして言っておいた方がええのかなと思いまして。勝手に出歩いたらそちらさんが困るかな、ていうのもありますね」
『あと、人前に出る時は身だしなみを整えろと教わらなかったのか?』
「教わった気もしますね」
『誰にだ?』
「サスペンスドラマです。あ、でもそれ教わったとは言いませんかね?」
 尋ね返すパンドラを見据えゼムは口を噤んだ。ふざけているような物言いだが、愚神の表情が真面目なため切り返しにくい所がある。
 他愛ない雑談を交え入浴をそれなりに楽しんだが、いくらいい湯加減でも長時間は入れない。パンドラは湯あたりがないのか平然としていたが、『そろそろ上がろうか』という声には大人しく従った。
『あがる時は軽く体拭いてから脱衣所に戻るんだよ』
 レオンハルトがタオルを渡し、「ありがとうございます」とパンドラは笑顔で受け取った。そして浴衣を着用したが、着方が分からないらしく散々たる有様になる。
『誰かお願い出来るかい? 私も浴衣の着方は知らないんだ!』
「でしたら……僕が……」
 無鳥の豪快なお願いに八宏がスッと進み出た。パンドラは「お願いします」と笑顔を見せたが、八宏は無表情で浴衣を取る。文句は言わずに着付けていくが、帯を締める段になって気持ち強めに手を引いた。
「結構強めに締めるんですね」
「…………何か思惑あっての事でしょうが、貴方の事は全く信用しておりませんので」
 他の皆には聞こえぬよう八宏はぽつりと呟いた。基本的に隅でじっとしつつ、輪を乱すのは避けたいので慣れないなりに温泉を楽しもうとはしているが、善性愚神を名乗る彼らにそもそも疑いしか持っていない。パンドラに関しては彼の凶行を目の当たりにした事もあり全く信用していない。そもそもこの慰安旅行に参加したのは、マガツヒの意向も含めて確認するためだった。
 険しい目を向ける八宏にパンドラは笑みで応えた。八宏にだけ聞こえるような細い音で声を落とす。
「着付けてくれて、どうもありがとうございます」
 静かに八宏から顔を離し、今度は無邪気ににこりと笑った。八宏は変わらぬ険しさで愚神を一瞥し、それから他のメンバーへと体を向けて頭を下げる。
「浴衣の着付けには慣れていますので……必要のある方はどうぞ」

 一方その頃女湯では。
「ああ~、これは確かにいいお湯だねえ」
 杏子は他の女性陣とのんびり温泉につかっていた。男性陣はパンドラへのマナー講習に勤しんでいるが、女湯にそんなものはない。折角の旅行を楽しんでもバチは当たりはしないだろう。
 黎夜もパンドラの事は気にしつつ、プールに行かなかった分も含め湯の中でふうと息を吐く。パトリツィアもまた皆と同じく十分に堪能している。のだが。
『……少しくらい分けてくださってもよろしいのに……』
 パトリツィアは恨めしげに「分けて欲しい部分」を見た。あえて何がとは言わないが、自分の慎ましさと比べ少し湿った息を零す。
 とりあえずそんな感じで、女湯の方は比較的平和な時が流れていた。


「風呂、入らねえのか」
 永平は顔を上げ、自分と花陣に近付いてきた樹へと問い掛けた。対し樹はコツコツと包帯風眼帯を叩く。
「湯上がりにはコレ暑いから……」
 外せばいい話であるが、そうなると爛れた痕を周囲に見せる事になる。永平は「そうか」とそっけなく呟き、少々気遣わしげに樹の右目に視線を寄越す。
「傷の具合はどうだ」
「あ、みる?」
 樹はなんの躊躇いもなくぺろんと眼帯を外して見せた。配慮はあくまで「周囲へ」であり永平と花陣へはノー配慮。永平は少し眉をしかめ、花陣は苦笑いを浮かべる。
『名誉の勲章だな、姉ちゃん』
 適切な返しではないかもしれない。だが樹の様子から痕を誇っていると花陣は見た。ならば「勲章」と評するのが花陣にとっては礼儀であった。
 永平は女の顔に傷が残る、その事に眉をしかめたが、樹がそんな言葉を望んでいないのは感じている。だから「塞がってんなら良かったぜ」と言うに留める事にした。
『エー! 温泉来て温泉入れないとか、何でだよー!』
「人に相談も無く勝手に依頼を選ぶからだ……」
 と、カールとレイの声が聞こえ、樹は「じゃあ、また」と手を上げて二人の元から去って行った。入れ替わりにレイとカールが永平と花陣を発見し、カールがここぞとばかりに永平達に涙を見せる。
『なあちょっと聞いてくれよ! せっかく温泉来たのにオレ達温泉入れないって!』
 レイとカールはタトゥーが有る為温泉を拒否されたのだ。カールはそれを知らずに独断で依頼に参加して、今こうして盛大に嘆いている訳である。
『そいつは残念だったな、兄ちゃん』
 遊園地で手を貸してもらった縁もあり花陣がカールを慰めた。レイはこの機会にと浮かんだ疑問を二人にぶつける。
「何故、温泉に入らないんだ?」
「パンドラの野郎に呪いを掛けられてな。こいつは足が動かねえし、俺は背中を見られたくねえ」
「些細でもいいんだが……パンドラの以前と現在の違いはないか」
「面外して善性愚神だなんて言い出したぐらいだな」
「マガツヒはパンドラ以外に子飼いの愚神は居ないのか」
「よく知らねえがいるんじゃねえか。エネミーってのを噂で聞いたぜ」
「今回の【善性愚神】の一連の件、個人的にどう思う」
 永平は苦々しく、しかし淡々と答えていたが、四つ目の質問にはぎっと奥歯を噛み締めた。
「信用ならねえの一言だな。こちとら狂化薬なんて代物を流され、罠に嵌められ、幹部も含めてマガツヒに殺されている……信じてえ連中には悪いが、これに関しちゃ譲れねえよ」
 永平は息を吐き目を固く閉じた後、「悪いがちょっと外してくれ」とレイとカールに頼んできた。今回の参加者にも共存派はそれなりにいる。彼らと合流する前に気を落ち着けたいのだろう。
 レイは「話してくれて感謝する」と永平に告げた後、相棒を伴ってその場から離れていった。しばらく経ち永平が顔を上げた、その時、遊夜とユフォアリーヤが突撃的に現れた。
「よ! 永平、花陣!」
「お前ら、風呂はどうした」
「ま、色々あってな。監視はあいつらがいるから大丈夫だろ」
『……ん、持ってきた!』
 ユフォアリーヤはカートの上のタオルとお湯を二人に見せた。疑問符を浮かべる二人へとユフォアリーヤは胸を張る。
『……お風呂入らない時は、これでスッキリ!』
「存分に拭いてくれ。俺は厨房に行ってくる」
 遊夜は爽やかに片手を上げ、引き留める間も許さずに厨房の方角へと消えた。今回も泣き落とし作戦の準備は万端だ。既にうるうるおめめのユフォアリーヤに永平は肩を落とす。
「分かった、泣くな。だが背中は見ないでくれ」


『やはり和服の方が落ち着くな』
 入浴後、浴衣に着替えたカナメはコーヒー牛乳を飲んでいた。風呂上がりに冷たいコーヒー牛乳。醍醐味にして至福のひと時。
 黎夜は湯上りの熱を冷ます為椅子に座ってぼーっとしていた。そこに花陣が通り掛かり車椅子を近付けてくる。
『お前、眼帯どうした?』
「お風呂上りにすぐつけると、目の周り、蒸れてふやけるから……。あんまり開かなくて、ほとんど見えねーんだけど、な……」
 そこにタオルを片付け終わった永平が戻ってきた。黎夜は「ちょっと……話いいかな……」と永平と花陣を引き留める。
「永平、ホワイトデーの、ありがと……。アーテルと、もう一人の子とでおいしく食べてる、よ……」
「お互い様だろ。こっちこそ馳走になったぜ」
「キャシーお姉さん、元気にしてる……? いろいろ落ち着いたら、また会いに行きてーなって……」
『元気過ぎるぐらいだよ。お前が来たら喜ぶぜ』
 花陣の返事に黎夜は微笑みを浮かべてみせたが、和やかな話はここまで。少し表情を険しくし、真剣な声音で語る。
「……善性を名乗る愚神が出てきて……みんなからいろんな感情があふれてて……。でも、永平たちの呪いを解く……それで、ケリつけて帰るって言葉の通りになるように……。H.O.P.E.にいる間は、それだけは突き通すつもり……」
「(もしも、呪いを解く方法がいろいろ探してもパンドラを倒すしかないってわかったら……その時はその時、かな……)」
 永平と花陣は黎夜の言葉に口を閉ざした。しばらく視線をさ迷わせ、それから黎夜に言葉を返す。
「気持ちは貰うが、怪我だけはするんじゃねえぞ」
『キャシー姉ちゃんも悲しむからな。でもサンキュー。頼りにしてるぜ』
 永平は小さく息を吐き、花陣はにっと歯を見せる。二人からの言葉を受け、黎夜は「うん」と頷いた。


 女将達に案内され宴会場に赴くと、遊夜が自前の砥石を使って包丁を研ぎ研ぎしていた。前には一本釣りしてきたマグロやサーモン等の魚。以前約束した寿司作りの為厨房から借りた機材一式。
「まずはネタ捌きからご覧頂こう! あれから場数も踏んだからな、期待して貰って良いぜ?」
『……ん、ご注文は……何かな?』
 ユフォアリーヤがクスクス笑い、花陣は『スゲェな兄ちゃん!』と目を輝かせた。永平は呆気にとられつつ「……マグロとサーモンで」と注文する。

「高いごはんだ」
 自分用の御膳を前に詩はぽつりと声を漏らした。真っ白ふっくら炊かれたご飯。旬の野菜を使った煮物。さくさくの天麩羅。湯気を立てるお鍋。ぷるぷるの茶碗蒸しとフルーツの盛り合わせ。寿司は遊夜が絶賛実演真っ最中。均等に食べていけばバランスは十分だろう。
「あー」
 詩は箸でご飯を摘まみ海の口元に持っていった。一口分のそれを海は「あー」と口に含む。次は煮物。次は天麩羅。詩は自分が食べる前に海へ一口分をあげ、海は詩が食べさせてくれる一口分だけを食べる。
 相も変わらず軍服をきっちりと着込んだ海は、ちょっと嬉しそうに表情を緩めていた。

「李さん、佐倉さん、マグロとサーモン食べますか?」
 笹山平介(aa0342)に声を掛けられ永平と樹は振り向いた。元気が出れば良いなという平介からの心遣いを、「それじゃ」「いただきます」とありがたく頂戴する。永平と花陣に久々に会える、と楽しみにしていたチカは二人にちょっかいを掛けに行き、ルーシャンも様子を確認がてら飲み物の差し入れに訪れていた。
『やっぱり鍋は美味しいね! あ、パンドラくん刺身は初めてかい? そのまま食べるより醤油やわさびをつけてもいいかもね!』
 無鳥はパンドラの隣に座り食べ方をレクチャーしていた。蘿蔔は食事を頂きつつ愚神にちらちら視線を送る。レオンハルトは善性愚神に否定的感情を抱いているが、逆に蘿蔔は肯定的だ。歩み寄るためにも信じようと思っている。上位存在に操られたとしても、グリムローゼのようにきっかけがあれば抗えたり言葉が届くかも……夢見がちと評されるかもしれないが蘿蔔はそのように考えていた。
「パンドラさんは音楽にちょこっと興味があると聞きましたが本当ですか? 実は私歌手なのです。せっかくなので聞いてくださーい」
 だから食事を終えた後、蘿蔔は隙を見計らいパンドラに話し掛けてみた。パンドラに音楽について尋ねた張本人、レイもそれに名乗りを上げる。
「俺も音楽を体感してもらおうと思っててな……マイクがあるなら生歌でどうだ……?」
「本当ですか!? ぜひ、ぜひぜひお願いします!」
 かくして蘿蔔とレイによる音楽祭が開催された。レイは色気のある声でメロディアスなロックを披露、言葉通り音楽の魅力と迫力とを体感させる。
 蘿蔔は2、3曲マイクを握り可愛らしい声を響かせた。アイドルらしく振り付けも交えた歌声に、一緒に聞いていたレオンハルトが宙を見つめぽつりと漏らす。
『あ、今音外した』
「気のせいでは? パンドラさんも歌ってみません? 無理にとは言いませんけど」
「そ、それじゃあちょっとだけ」
 蘿蔔からマイクを受け取りパンドラも歌ってみたが、そもそも曲を知らないのでなかなか上手く歌えない。ならば簡単な歌をとレイと蘿蔔が指導を行い、歌う楽しみをも愚神に教えようとするのだった。


「お、卓球台があるじゃねーか」
『……ん、旅館の定番』
 機材を返してきた遊夜とユフォアリーヤは、皆の元へ戻る途中で卓球台を発見した。いそいそ準備をしていた所杏子も偶然通り掛かり、お手すきのパンドラを捕獲して誘いを掛ける。
「息子から機械は苦手だと聞いてるよ。こういうアナログな遊びはどうだい?」

「この軽い球をラケットのゴム部分で打つ事で回転を掛けたりするわけだ」
 数分後、遊夜はパンドラへと卓球を講義していた。パンドラは傍にしゃがみ込み真剣に手元を見ている。
「回転の掛け方で跳ねる方向や勢いが変わるから奥深いぞ!」
「百聞は一見に如かずだね、実際にやってみようか」
 最初はデモンストレーションで遊夜と杏子でシングルス。遊夜はフリックやチキータ、ループドライブやロビングなどの威力より回転重視の打法で攻め、杏子は浴衣を押さえつつ好戦的に喰らい付く。さらに超軌道・スタイリッシュなラリーを展開。ユフォアリーヤは合間合間にサービス等のルールを教える。
『……ん、サービスはラケットを持っていない方の手で、球をこのぐらいの高さに投げるの……落ちて来たところを打って、自分のコートでバウンドさせてから相手のコートにバウンドさせる……』
 パンドラはユフォアリーヤの話も真剣な表情で聞いていた。デモンストレーションを終え、今度は杏子とパンドラ、遊夜とユフォアリーヤが組んでダブルス。ダブルス時の条件も教えつつの試合となったが、パンドラは初心者にしては器用に球を打ち返していく。
「なかなかやるな。それじゃあこれはどうだ!」
 一瞬の隙を突き、遊夜はパワードライブやカウンタードライブで斬り込んだ。パンドラは悔しそうに、しかし楽しそうに笑う。
「もう一回! もう一回お願いします!」
「いいぜ、何度でも魅せてやる!」
「パンドラお兄ちゃんもみんなもがんばって!」
 卓球をしている四人を見つけ、ルーシャンは様子を眺めつつ声援を送る事にした。パンドラはルーシャンに手を振って、再び正面に顔を戻す。
「……争わずに済むなら、それが一番だと思うの」
 傍らのアルセイドにだけ聞こえる声でルーシャンは言った。
「納得できない人もいると思うけれど、悲しい、辛い思いをする人がこれ以上増えないように。
 みんな、仲良くできたらいいなって」
 アルセイドはそれに対し口を閉ざしたままだった。彼はあくまで主の想いを尊重し、その意志を守るだけだ。

「お風呂いっしょ入る?」
 誰も居ない時を見計らって話し掛けてきた詩に、永平は咎めるような表情をした。詩はクスクス笑みを零す。
「ってのは冗談だけど」
「冗談でもそういう事は軽々しく口にするな」
「もーまんたいって広東語なんだってね」
 永平の注意を聞き流し、詩はそのまま雑談を振った。雑談のネタは大してないが、パンドラの事や真面目な話は一切せず雑談だけを繰り広げる。詩の真意を量りかねつつ、永平はネタが尽きるまで大人しく相槌を打つ事にした。


「これ、どう使うんですか?」
 敷かれた布団を前にしてパンドラが尋ねてきた。レオンハルトは布団をまくり使い方を説明する。
『布団と毛布の間に横になって、枕に頭乗せて、目を閉じる。一人で退屈の時は試してみるのもいいかもね。今日はせっかくだし遊ぼうよ』
『寝なくて大丈夫だよね? ボードゲームやる?』
 シセベルがにんまりしながらボードゲームを取り出した。初めて見る代物をレオンハルトがまじまじ眺める。
『こういうゲームもあるんだね。ルール知らないし初めてだけど大丈夫かな?』
『パンドラくんも初めてだろうし、ルールを確認しながらみんなでやればいいんじゃないかな』
 無鳥の言葉で初心者歓迎、夜通しボードゲーム大会が開催される事となった。手分けして皆に声を掛け宴会場に集合する。
「ボードゲーム! 楽しそうだね、だけど……」
『いいじゃありませんか、参加しましょう。二人で』
 ヨハンはパトリツィアを一人で部屋にいさせるのが不安で最初は断ろうとしたが、当のパトリツィアの言により共に参加する事にした。八宏は辞退して個室に向かい、詩は一人部屋で安眠、黎夜も就寝、アトルラーゼは日中張り切って男子部屋でぐっすり……と、他にも数人不参加だったが、かなりの人数が宴会場に集まった。
 プレイヤーは化け物だらけの島に流れついた漂流者で、探索し得た物資で島から脱出を試みる。物資は化け物を倒すのに使ったり、他のプレイヤーとの交換材料、他のプレイヤーから物資を奪うための罠の材料としても使う。ダイス運だけでなく物資をどう使い誰と協力し誰を罠に嵌めるかという戦略も求められる。
 ボードゲームは四つあるので、クジ引きで四グループに分けて行う事になった。チカは持参した大量のスナック菓子を広げ、その場一同に宣言する。
『一番負け通した奴罰ゲームな! 渾身のセクシーポーズシクヨロ!』
 一回目はお子様にも配慮してか、罠張りプレイは行われずなごやかに終了した。遊夜とユフォアリーヤは立ち上がり、自作洋菓子をその場全員に配って回る。
「そろそろお暇させてもらうぜ」
『……夜更かしは、大敵だからね』
 お腹を撫でるユフォアリーヤと共に遊夜は個室に去って行った。シセベルは一旦席を外し、十数分後ストレートと謎アレンジの飲み物と共に戻ってきた。
『はいどうぞ~』
「ありがとうございます」
 パンドラにも勧めつつその手元を覗き込む。パッと見には慎重に進めているように見えるが。
『(ボードゲームは結構人格出るけど、さて……)』

「わ、わ、私の番? もう? ど、どうするんだっけ……?」
 蘿蔔は手元をさ迷わせ挙動不審に陥っていた。大人数で遊ぶ経験が少なく、緊張がパニックに一層拍車を掛けている。
『ゆっくりやって大丈夫だよ。パンドラくんはどうだい? 楽しんでいるかな?』
 無鳥は蘿蔔を宥めながらパンドラへも声を掛けた。風呂、食事と何かと愚神を構っていた無鳥だが、ゲーム中は同じグループになるよう調整してまで特に気を配っている。愚神だからどうというわけでなく、パンドラがどういう人物なのかを知る為にというのが大きい。シセベルと同じく無鳥もまた、ゲームは特にその人の性格が分かると思っている。ズルをするかしないか、人を出し抜こうとするかしないか、助け合いをするかしないか、楽しむかどうか、そんな部分を気にしている。
 とは言え今までやった事が無さそうなのでサポートというのはもちろんあるし、無鳥自身も当然楽しむつもりでいる。帰りのバスは寝ているかもしれないが、せっかくの旅行なのだから。パンドラの事も無理に寝かせるつもりはない。

「私はこれで失礼するよ」
 二回戦終了で、見学に徹していた杏子が場を後にした。メンバーシャッフルに従い五十鈴が移動……した所で、パンドラの浴衣の帯が緩んでいる事に気付く。
「[帯、外れそうです]」
『だとよ』
「あ、ほんまですね。直してもろてもよろしいですか?」
 浴衣越しとは言えさすがに触れるのは気恥ずかしい。五十鈴は帯の締め方を教え、直ったのを確認した後自分の場所に腰を落とした。
 栗花落はゲームの様子を五十鈴の傍で眺めていた。五十鈴は参加しているが、栗花落は通訳としているだけでゲームの方は見学だ。五十鈴は寝落ちしかねないが、栗花落は眠る気はない。五十鈴の側か廊下にて夜を過ごすつもりでいる。
 それにしてもこの旅館、ヘイシズとやらがいるとはいえ随分と手放しで歓迎してくれるものだ。
『(……胡散臭いな)』
 栗花落の思惑を知ってか知らずか、五十鈴はパンドラと共にダイスに一喜一憂していた。

「すこし……眠いの……」
 三回目を終えた所でルーシャンがうとうとし始めた。ルールを教えてもらいながら皆に混じり楽しそうに遊んでいたが、時計を見れば夜十時。お子様には辛い時間だ。
『ルゥ様、お部屋に行かれますか?』
「んんん……もう少しがんばるの……」
 アルセイドに膝抱っこされ目を擦って頑張ったが、気が付いたらルーシャンはすやすや眠りについていた。アルセイドは暫しその場を静観……しつつ愚神の挙動を視ていたが、主が眠ってしまったので、一旦暇を告げて個室へと引き上げる。
『そろそろ一回休憩しようか』
 四回戦終了でシセベルが切り出した。同じ姿勢は肩が凝るし、飲み物の調達やトイレだって必要だろう。チカが早速とばかりにパンドラに誘いを掛ける。
『パン公、飲み物作りにいかね? 特製ブレンドを教えてやるぜ!』
『ちゃんと連れて戻ってきてね~』
 シセベルの釘差しに片手で応え、チカはパンドラを引き連れてドリンクバーへ歩いていった。愚神の足音が遠ざかったのを確認し、ゼムがシセベルの隣に座る。
『桜の女……傷の具合はどうだ?』
『ん。ワザと痕に遺しているだけで治ってはいるよ』
 周囲には聞こえぬよう声を低めたゼムに倣い、シセベルもまた小声で返した。
『何であいつは目を売りやがった』
『あぁ、アレはね、……“悪魔”が取引を仕掛けてくるのは既に何かの準備ができているからだ。避けられないなら取引をぶつけろ。取引の天秤を僅かでも自分に傾けろ。嘗て私は「森」の“友”が“悪魔”との取引に負けた煽りで理不尽にバリバリと喰われた』
 ゼムの目元に力が籠った。シセベルは少しおどけたように、しかし淡々と声を重ねる。
『っていう事を、特にソノ時どこから引き裂かれてそれが果てる迄どれだけ痛かったか、微に入り細に入り教えたら随分と怯えてね。
 あのコ達は“友”を喰われたくないと思う自分達の為に目玉を賭けたのさ。
 それが他の人にとってどれだけ滑稽で有り得ないかを知っているからそれも言い出せない』
『……』
 ゼムはシセベルを睨んだ後、『寝る』と言い残し退室した。シセベルはその背を見送り、謎アレンジの飲み物をごくごく喉に流し込んだ。


 目を覚ますと天井があり、樹は今の光景が夢であった事を知った。目を抉られた時の夢。今自分が横たわっているのは施設内の二人部屋。
 のっそりと起き上がり扉を開けて外に出る。寝る前に外した眼帯を持ち、しかし眼に着けぬまま、ほてほてと人気のない所をあてなく散歩する。
「着けるの……手伝いましょうか」
 男の声に顔を上げると平介が立っていた。いつもと変わらぬ微笑みで樹の事を見つめている。
 樹はしばらく黙っていたが、「お願いします」と平介に眼帯を差し出した。傷は初めて見た為、義眼をしてないか確認した後、平介は無言で腕を回し眼帯を樹の右目に着ける。
「……貴方にとって……仲間は【誰】ですか?」
 落とされた平介の声に樹は目線を床へと下げた。優しく叱られる子供のようにかなりしょんぼり声を返す。
「鴉の……皆です。私は自分の価値を信じて取引に賭けました。決して自分の価値を低く見てはいなかったんですが……」
 続けて放たれた樹の言葉を平介は黙して聞いていた。それだけでも分かって良かったが、それでもし死んでしまっていたら。
 樹がふと顔を上げた。目が合った平介はニコっと笑った。
「どうしましょうか? まずは佐倉さんが鴉は仲間と思っていると言う事を、連絡網でちゃんと皆に伝えないといけない気がしますが……これを知らないのが”私だけ”だったらちょっと哀しく」
 悪戯っぽく笑う平介に樹は再び俯いた。平介は目元を緩め、努めて明るい声で言う。
「冗談です♪ もう遅いですし、しっかり休んでください」
 平介は立ち去った。樹はしばらく立っていた。再び歩き出した所でゼムと偶然すれ違う。
『おい……』
 ゼムは咄嗟に樹を呼び止め、眼帯を見て口を噤んだ。
『(一人でも【ソレ】を知ってる“他の女"がいれば……多少なりとも救われる事はあるんじゃねぇのか……)』
 そんな言葉が喉を焼くが、しかし口には出せなかった。今のままでは樹が怯える結果が遅かれ早かれいずれ来るのでは、そんな事を思いつつ。
『平介を見なかったか?』
 ゼムにはそう訊ねる事しか出来なかった。

 ゼムが部屋に戻ると平介がベッドに座っていた。ゼムはゲーム中の愚神の様子を報告する。
『普通に遊んでるだけに見えた』
「……そう」
 共鳴しモスケールを起動させ、平介はゴーグルを装着した。敵の動きや周囲を夜通し警戒するために。
『あの女愚神は【善性となり、愚神の命令体系から外れた】と言っていたが』
「……警戒はしておこうか」
 ゴーグルを眺めながら樹の様子を思い返す。皆が温泉に入っていた時、樹の姿がないと探し、その時はすれ違ってしまったようだが今話せて良かったと思う。
 分からなければ護れない。そういう事はあるだろうから。
 

 チカは辺りを見回した。永平や花陣とも出来れば一緒に遊びつつ、純白の花園についてからかったりと思っていたが。
『(さすがにそうもいかねえか)』
 波風を立てぬよう、パンドラにも友好的に接しているが、八宏同様善性愚神に全く信用を置いていない。だがチカはタダで遊べる方を優先した。コップの中身を一口飲み、ダメ元で愚神に持ち掛ける。
『つかさー、人間とナカヨクしてくれんなら、永平達のアレひっぺがしてやれば? 別に今この場で暴れやしねぇだろうし』
「実はあれ『貰い物』でして、申し訳ないですが僕にはどうにも……」
 愚神はすまさなそうに言い、チカはふうんと鼻を鳴らした。今度はギアナ支部の件に話を切り替える。
『そういえばさ、お前アレどした? 大事なものってぇやつ』
「今はちゃんと『直しました』よ。ご覧になります?」
『取り返せたんなら良いんだけどよ……晴れてお友達になったわけだ、仲良くしようぜ、な?』
 チカは意地の悪い笑みを浮かべた。対しパンドラはにこやかな笑みを返す。
「ええ、ぜひ」

 八宏は皆がゲームに興じている間に、ネットで愚神・ヴィランの動向を調べていた。ある書き込みが目に留まり、八宏は瞳を険しくする。
 それは善性愚神を「歓迎する」書き込みだった。好意的な意見が並び、否定的な意見を探す方が難しい。他のスレッドやSNSにも目を通してみたのだが、皆一様に善性愚神を歓迎。歓迎。歓迎。
「なんですか……これは」
 

 ヨハンは皆に断って外の空気を吸いに行った。曲がり角を曲がった所で、部屋の外で監視していた永平と花陣に出くわす。
「……おや? 李永平と花陣。せっかく温泉に来たのに入らないのかい?」
 知っててそれを言うヨハンに永平は眉をしかめたが、何も言わずにその場を立ち去ろうとした。だがヨハンは目元を歪め、さらに彼らに畳み掛ける。
「しかし、僕には分からないんだよねぇ。どうしてそんなに古龍幇なんぞに戻りたいわけ? せっかく距離を置けるんだから、自由になりゃいいじゃないか。お前もどうせ奴隷みたいにボロクソに扱われてきたんだろ?」
 永平がヨハンの襟を掴んだ。至近距離で睨まれながらヨハンはせせら笑いを浮かべる。
「何? ヴィランらしく僕を殺すの?」
「俺に対しては何を言っても構わねえ。だが兄貴の事は侮辱すんな。そいつだけは許さねえ」
 永平は乱暴に手を払い、もう一度だけヨハンを睨むとその場から去って行った。ヨハンは服を直して同じように背を向ける。
 ヴィランなんて所詮そんな連中。ヨハンはそう思ってる。彼らの真っ当な人間関係など想像すらできない。
(したくない)
 

 蘿蔔は途中で力尽きレオンハルトの横で寝ていた。チカとパンドラが戻ってきて眠っている蘿蔔を見る。
「皆さんは大丈夫ですか」
「私は眠れないんです。数秒気絶するだけしかできません」
『普段から寝ないもので。賑やかに過ごすのは珍しいですけどね』
 パンドラの問いに海とアーテルがそれぞれ答えた。まだ全員揃っておらず、「すいません、ちょっと」と海がパンドラを外に連れ出す。
「善性愚神と……いえ、貴方と手を組むには。“私の大切な人を傷付けるな”は最低限要求されるでしょう。それから……人間を殺すな、弄ぶな、謝れ、直せるモノは直せ、でしょうか」
 海は一度言葉を切った。愚神は黙って聞いている。
「貴方は前科持ちだったり所属先に問題があったりと、人間と仲良くする難易度が高いでしょう? 能力者の味方が必要なら、詩は味方にし易い存在です。
 あの子の条件は最初の一つだけです。貴方が心変わりしたとしても何かに操られたとしても、それだけです。そして“大切”の範囲がとても狭い。自分と英雄だけです。……ああ、忘れていた。あの子の大切な英雄はひとりだけです。私は入っていません。取捨選択が必要な時は間違えないように」
「なんだか、詩はんの大切なものだけは絶対傷付けないように、ってお願いされてるみたいですね」
 海の表情は変わらなかった。ただ、こう言葉を続けた。
「貴方の目的と詩の幸福が両立しますよう」

『寝ている人を起こさないよう少し離れてやりますか』
 アーテルの提案により、以降は少し場をズラして行われる事になった。
 お子様が就寝した事もあり、プレイはだんだんえげつない方向へ進んでいった。トラップ強奪当たり前の弱肉強食。なお海は運を含めボードゲームに弱いらしく、このままだとセクシーポーズになりかねない。
『パンドラ様、温泉は森触で抉られた傷にはひびきませんでしたの?』
 エリズバークは隙を見てパンドラへと話し掛けた。表面上は優雅に笑みつつ言葉には鋭い刃が光る。
『エネミーは内臓を売ってもぴんぴんしていたのに、パンドラ様がわざわざ脇腹を取り返しに行ったのはどんな理由でしょうか? 大事な体の一部という説明では違和感が拭えなかったもので』
「自分の身体が知らない人の手にあるって気持ち悪いと思いませんか?」
 パンドラはにこりと笑い、 エリズバークも笑みを深めた。アトルラーゼが寝ているのはエリズバークの計算の内。その間に、魔女は愚神と言葉を交わす。
『善性愚神がこちらを騙していたのだとしても、私は別に構いませんよ? どちらにしても悪性を名乗る愚神を倒さなければなりませんからね。悪を吸収して、善の方々がパワーアップした後にH.O.P.E.を潰すつもりであったとしても』
「……」
『私達だけで悪性愚神を倒すのは無理があります。今は共存ではなく共闘です。敵の敵は仲間というものですね』
「どんな理由であれ、仲良くして頂けるのは嬉しいですよ」
 真意の見えぬ愚神の笑み。魔女もまた真意の見えぬ麗しい笑顔を返すのだった。 

『共存が叶いそうな愚神が一人いた』
 カナメは先駆の飾太刀を見せながら愚神にこっそり声を掛けた。とある愚神が使っていた刀に見た目だけ似せて作られた刀。宝物のように収めつつカナメはぽつぽつ音を零す。
『だが、あいつは自分からその道を降りてしまった。私達と戦い、私は自分の手で止めを刺した。もう忘れようと思ったんだ。
 しかし、こんな物を作ってしまうくらいにあいつの事を今でも想っている。何故かを色々考えて、やっと答えが出た。
 私は、あいつの事が”好き”なんだと気付いたんだ』
 カナメは飾太刀を抱き締めて静かに涙を流し始めた。愚神は慰めるかのように俯く少女に言葉を掛ける。
「そんなに想われているなんて、その方は幸せですね」
   
『パンドラさんは、元の世界ってあるんですか?』
 メテオバイザーの問い掛けに愚神は少し考えた。「よく覚えてません」の返答にメテオバイザーは言葉を紡ぐ。
『もしかして記憶がないって事は、意外と話題の王様とやらに近いのかもしれません。
 もしかしたら、王様の傍がメテオの世界だったのかもしれませんね』
「どうしてそう思うんです?」
『元の世界がない……と言う事は、最初から王様の傍にいたかもしれない……そう思ったのです』
 多少の差こそあれ記憶が残っている英雄が周囲には意外と多いが、メテオバイザー本人は僅な心情以外残っていない。それ故の言葉だったが、突飛で意味不明な想像に國光はカードを取り落とした。國光の動揺に気付いているのかいないのか、メテオバイザーは会話を続ける。
『愚神と英雄は同じ、って聞いて……どこが一緒で、どこが違うのか。一緒に生きていく為には、まず互いを深く知る事だと思います。
 そうだ、パンドラさんにも記憶がないなら、お互いの外見や性格からどんな世界にいたか想像し合うのはいかがでしょう。そうですね、パンドラさんの世界は……とてもお勉強が好きな世界の様な気がします』
「メテオバイザーはんの世界は素敵なお嬢さんがいっぱいいる所ですね」
『くす……ブレザーとかネクタイとかは着ないんですか?』
「着てみたら似合いますかね?」
 國光は相棒を気遣わしげに伺ったが、メテオバイザーはパンドラと楽しそうに会話していた。細い糸を手繰るようにメテオバイザーは話し掛け、パンドラが話している時は物語を聞くように聞き入った。

 二回目の休憩タイムで幾人かが席を立った。戻ってきたアルセイドは、パンドラに飲み物を勧めつつ対話を図る。
『組織に対して個の願いが勝れば、立場も移ろうもの。それは人も愚神も同じと考えます。故に貴方の行動を特別なものと思いません。
 しかし離反するという事は少なからぬリスクを負う。貴方は俺達に組する事で、何を得ようとし、何を失っているのでしょう? それは等価でしょうか?』
「僕は皆さんと仲良くしたい、そう思っているだけですよ」
『ルゥ様は貴方を信じておられる。故に俺も従いましょう。……貴方が信頼を裏切らない事を、願います』
『それじゃあ九回戦目を始めるぜ! 野郎共まだまだ行けるか?』
 チカが元気に拳を上げまだ起きている者達を鼓舞した。パンドラは場を立ちつつアルセイドに笑みを向ける。
「ご一緒にどうですか?」
 アルセイドは首を振り見学の意志を示した。そして夜が明けるまで、遊びに興じる愚神の様子を静かに監視し続けていた。


 ゲーム大会は就寝者が起き出すまで行われた。入れ替わりが激しく一番負け通したのが誰かは分からなかったので、パンドラが率先してセクシーポーズを披露した。「セクシー」が何か分からずチカと押し問答になったが。
「僕、ちょっと鏡見てきますね」
 片付けをきちんと終えた後、パンドラはそう言って宴会場から出て行った。洗面所に赴いた所で顔を洗いに来たレイと出くわし、夜間の事を察してレイが苦笑を見せる。
「……人気者、だな。……聞きたい事があるんだが」
「はい、どうぞ」
「ライヴスは何処からどうやって調達しているんだ? 例えば悪性愚神やその眷属の従魔からとか? 報復は無いように見えるが、何故だ。もしくは自身の配下の従魔から奪っているのか」
「ふわふわ現れる従魔から頂いてます。報復がないのは誰の眷属でもないからやと思いますけど」
「そうか……後で記念撮影を、いいか」
「はい! ぜひお願いします!」
 数時間後約束通り、レイはカールとパンドラを挟み記念自撮りを行った。その画像をパンドラに見せ、写メを送るから連絡先を教えて欲しいと持ち掛けたが、「今日は持ってきてないんです、すいません」と断られた。今後の情報入手の礎に、愚神の一連の行動を動画として残しているが、その事を本人に伝える必要はないだろう。なお温泉・プール以外の皆のオフをこっそりと撮っていたので、帰ってからサプライズとして皆に渡すつもりでいる。
「楽しかったですね! パンドラさんはどうでした?」
「すっごく楽しかったです! お土産も貰ってしまいましたし」
 蘿蔔の言葉にパンドラは腕の中の品を見せた。物欲しそうに見る愚神へとシセベルがあげたボードゲーム。レオンハルトは目を細め少年愚神に語り掛ける。
『ではまた……次会う時も穏やかな時間を過ごせると良いのだけど』
「パンドラ、これ……遊園地の時の……。写真に撮られるの、嫌なヤツもいるから……基本的に、パンドラとうちのが中心になってる、けど……」
 黎夜はパンドラの袖を引き、こそりと遊園地での写真を渡した。人があまりいない時を狙いたかったがこの際なので仕方ない。
「ありがとうございます!」
「ぁ、のっ!」
 意を決した五十鈴がぱたぱたとパンドラに走り寄り、「……ぁ……と、……っに」と喉を震わせた。メモ帳に走り書きをして伝えたい言葉を見せる。
「【お友達になって頂けませんか?】」
「……はい、ぜひ喜んで!」
 【お友達】。その言葉に、愚神は心の底から嬉しそうに笑うのだった。

 八宏はその光景を目を細めて眺めていた。ネットで見た情報は帰還後報告するとして……もしかしたらもう把握しているかもしれないが。
 宴はどのように転がっていくのか。先に一体何があるのか。その答えは。
 きっともうすぐ。

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結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 常夜より徒人を希う
    邦衛 八宏aa0046
    人間|28才|男性|命中
  • 不夜の旅路の同伴者
    稍乃 チカaa0046hero001
    英雄|17才|男性|シャド
  • 薄明を共に歩いて
    木陰 黎夜aa0061
    人間|16才|?|回避
  • 薄明を共に歩いて
    アーテル・V・ノクスaa0061hero001
    英雄|23才|男性|ソフィ
  • マイペース
    廿枝 詩aa0299
    人間|14才|女性|攻撃
  • エージェント
    aa0299hero002
    英雄|11才|男性|カオ
  • 深淵を見る者
    佐倉 樹aa0340
    人間|19才|女性|命中
  • エージェント
    シセベルaa0340hero002
    英雄|20才|女性|カオ
  • 分かち合う幸せ
    笹山平介aa0342
    人間|25才|男性|命中
  • どの世界にいようとも
    ゼム ロバートaa0342hero002
    英雄|26才|男性|カオ
  • 白い死神
    卸 蘿蔔aa0405
    人間|18才|女性|命中
  • 苦労人
    レオンハルトaa0405hero001
    英雄|22才|男性|ジャ
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • Sound Holic
    レイaa0632
    人間|20才|男性|回避
  • 本領発揮
    カール シェーンハイドaa0632hero001
    英雄|23才|男性|ジャ
  • 希望の守り人
    ルーシャンaa0784
    人間|7才|女性|生命
  • 絶望を越えた絆
    アルセイドaa0784hero001
    英雄|25才|男性|ブレ
  • 聖夜の女装男子
    蛇塚 悠理aa1708
    人間|26才|男性|攻撃
  • エージェント
    珍神 無鳥aa1708hero002
    英雄|25才|男性|シャド
  • 急所ハンター
    ヨハン・リントヴルムaa1933
    人間|24才|男性|命中
  • メイドの矜持
    パトリツィア・リントヴルムaa1933hero001
    英雄|16才|女性|シャド
  • きっと同じものを見て
    桜小路 國光aa4046
    人間|25才|男性|防御
  • サクラコの剣
    メテオバイザーaa4046hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
  • Be the Hope
    杏子aa4344
    人間|64才|女性|生命
  • Be the Hope
    カナメaa4344hero002
    英雄|15才|女性|バト
  • 命の守り人
    温羅 五十鈴aa5521
    人間|15才|女性|生命
  • 絶望の檻を壊す者
    沙治 栗花落aa5521hero001
    英雄|17才|男性|ジャ
  • …すでに違えて復讐を歩む
    アトルラーゼ・ウェンジェンスaa5611
    人間|10才|男性|命中
  • 愛する人と描いた未来は…
    エリズバーク・ウェンジェンスaa5611hero001
    英雄|22才|女性|カオ
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