本部

夜を蝕む病

大江 幸平

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/02/26 19:55

掲示板

オープニング

●その女は血の香りがした
 ――少女は、夜が嫌いだった。

 暗い夜。静かな夜。
 吐く息の白さだけが、その恐ろしい暗闇の中で、ただ唯一の光だった。

「夜は嫌い。私だけが世界で一人ぼっちのように思えるから」

 薄暗い路地の片隅で、ぼんやりと虚空を見つめる日々。
 誰でもいい。誰でもいいから私を救って。
 皮肉にも、心のなかで呟くたびに。孤独はなお深く少女の世界を蝕んでいった。

『哀れなレイナ。可愛いレイナ。貴方にとっておきの"おまじない"を教えてあげる』

 そんな少女の前に『彼女』が現れたのは果たしていつのことだっただろう。
 幻想的に輝く銀髪。吸い込まれそうな真紅の瞳。
 男性のように背は高く、脳がとろけそうなほど濃密な甘い血の香りを纏った女。
 美しいというよりも、どこか怖ろしい。
 自らを『クローフィ』と名乗った女は、いつしか少女の友となり、孤独から逃れるための『ある方法』を吹き込んだ。

『レイナ。難しく考えなくて良いの。貴方は、ただ……愉しめばいいのよ」

 その日から、街の片隅にはこんな噂が流れ始めた。
 暗い夜。静かな夜。
 一人で路地を歩いていると、この世のものとは思えない美しい女に呼び止められる。
 その甘美な声で女は言う。自分と友達にならないか、と。
 だが、そこで返事をしてはいけない。それは異形の者なのだ。
 誘われるままについていけば、永遠の夜に囚われるだろう。
 恐怖を感じて逃げ出せば、永遠に夜を恐れ続けるだろう。
 逃れる術はただ一つ。
 光を灯せ。そして二度とこの街の暗闇に近づくな。
 神に祈るのは、きっと朝陽を拝んでからでも遅くはないはずだ。

「――ねぇ、クローフィ。私、なんだかコツを掴んできたみたい。……最初の一人はちょっとだけ失敗しちゃったけれど、他の人たちはちゃんと壊れずに上手く出来たもの」
 無邪気に喜ぶレイナ。その口元はわずかに赤く染まっている。
 それを愛おしげに眺めながら、クローフィは微笑んだ。
『ふふ……すごいわ、レイナ。貴方は本当にお友達づくりが上手なのね』
「ううん、クローフィのおかげよ! ……大好きなお姉ちゃんもできて、お友達もいっぱいできて……こんなのって、まるで夢みたい!」
 月の明かりだけが照らし出す、惨めでボロく薄汚い家。
 かつてはレイナだけが暮らしていた寂しい隠れ家も、今では夜に沢山の『お友達』が集まる賑やかな場所になっていた。
「それに最近はすごく身体が元気になった気がするの。前までは上手く走ることもできなかったのに。……本当に"おまじない"ってすごいのね」
 少女はもう孤独ではなかった。
 世界から見捨てられた少女は、あんなに嫌っていたはずの夜の中に、初めて自分の居場所を見つけたのだ。

『ねぇ、レイナ。私ね、どうしてもお友達になりたい人たちがいるのよ』
「え? クローフィが? ……どんな人たちなの?」
『……そうね。とっても強くて、とっても怖ろしくて――』

 レイナに聞こえないほどの小さな声で、クローフィは付け加える。
 それに、とっても――邪魔な人たち。

『その人たちにね、すごく興味があるの。レイナが協力してくれれば、きっと私もその人たちとお友達になれると思うんだけど……』

 レイナにはクローフィの正体も、彼女の考えてることも、正直よくわからなかった。
 しかし、そんなことはクローフィが自分に与えてくれたものを思えば、すべてどうでもいいことに思えた。
 クローフィは孤独だった自分を救ってくれた。
 今度は自分がクローフィを助ける番だ。
 そう考えたレイナは無邪気な笑顔を浮かべて、勢い良くクローフィに抱きついた。

「もちろん協力するわ! クローフィのためだもの……なんでも言って!」
『ほんとう? とっても嬉しいわ。ありがとう、レイナ。それじゃあ……』

 銀髪がきらめき、甘い香りに包まれる。

『あなたの"身体"をちょうだい』

 ――そうして。少女の意識は、蠱惑的な夜の中に取り込まれた。

解説

●目標

・夜明けまでに『レイナ』を無力化する(殺害禁止)

※以下は達成しなくても失敗にはなりませんが、成功度には反映されます。
(特殊目標)
・愚神『クローフィ』を倒す

●登場

・『レイナ』
 クローフィに取り込まれた状態の孤独な少女。意識は愚神に奪われている。
 圧倒的に強化されてはいるが、身体はレイナのまま。
 戦闘不能になれば、愚神との共鳴状態は解除されるだろう。

特殊能力:
《吸血》単体。肉体系BS【減退 1d6】付与。
《血華旋風斬》範囲。自らの血で生成した鎌を振るい周囲を切り裂く。レイナの身体にダメージ。
《夜の棘》影に紛れて飛来する真っ黒なトゲ。離れた場所からでも正確に対象を捉える。
《甘い誘惑》甘い香りで包み込み、少しの間だけ対象を自らの意のままに操る。

・『お友達』
 クローフィとレイナにライヴスを奪われ、自由に操られている街の人たち。
 総数はそこまで多くないが、獰猛かつ攻撃的でリンカーたちの邪魔をしてくるだろう。
 言うまでもなく彼らはただの被害者なので、手段は問わないが『無力化』すること。

●状況

・ロシアの小さな街。時刻は夜で辺りは暗闇に包まれている。
・街は愚神に操られた『お友達』が徘徊している。彼らはリンカーを見るとすぐに襲い掛かってくる。
・愚神に取り込まれたレイナは暗闇に潜みながら、リンカーたちを狙っている。
・街の人たちは異常に気付いて家の中に閉じこもっている。『お友達』もリンカー以外は攻撃の対象としないため、避難誘導などをする必要はない。

「関連任務」(読まなくても問題なしです)
http://www.wtrpg0.com/scenario/replay/3226
http://www.wtrpg0.com/scenario/replay/4976

リプレイ

●甘美なる香り
 肌を突き刺すような冷たい風が吹いている。
 石畳の路地を叩く不規則な足音。ランタンの灯火が揺れ、その影がゆっくりと正体を現す。
『グ、グ、ア』
 喉の奥から漏れるのは、言葉にならない呻き声。
 姿形は人なれど、その形相はもはや異界の色に染まっている。
「……ひ、ぁっ」
 路地の片隅で息を殺していた女の顔から、さぁっと血の気が引いていく。
 影は一つではなかった。暗闇から次から次へと異形の集団が現れる。
「か、かみさま……」
『グ、ガ……?』
 異形の一体が犬のように鼻を鳴らす。何かを探り当てるように腕を伸ばす。
 もはや悲鳴すらあげられず、身を固くした女の目前に――眩い光が照らされた。
『……!?』
 動きが止まる。
「――はぁっ!」
 ぐらり。
 鋭く突き出された十手が、異形の重心を崩したかと思うと、その身体が一瞬にして地面へと拘束される。
『ガ、ア、ア……!』
「……ご無事ですか?」
 呆然とする女に声をかけたのは精悍な騎士――ガルー・A・A(aa0076hero001)と共鳴した紫 征四郎(aa0076)だった。
「え、あ……は、はいっ」
「良かった」
 にこり。この状況には場違いなほどの華やかな笑み。
 遅れてやって来たリンカーたちが次々と異形を取り押さえていく。
「ふむふむ、孤独な少女とそれを掬いあげた吸血鬼かぁ」
『利用した、の間違いだろ』
「いいや、掬ったんだ。救ってないけどね」
 ウェポンライトで辺りを照らしながら、木霊・C・リュカ(aa0068)とオリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)が敵の注意を引きつける。
『グ、ガ、ァアアア!』
 血走った目を虚空に向けながら、力の限り上腕を振るう異形。
「ふっ!」
 それをするりと躱し、出来るだけダメージを残さないように、魂置 薙(aa1688)とエル・ル・アヴィシニア(aa1688hero001)が衝撃を与え異形を気絶させた。
「視界が悪いわね……一旦、移動するわよ」
 狭い路地を抜け、広場へと駆け出す雁屋 和(aa0035)とヴァン=デラー(aa0035hero001)。
 続くように無月(aa1531)とジェネッサ・ルディス(aa1531hero001)が牽制するような動きで異形たちを引きつける。
「闇に生きる者として、悪意ある闇で少女を、そして罪なき人達を弄ぶ事を見逃す事は出来ない」
『ああ、必ず助けよう。ボク達の力で』
 腰を抜かしていた女が避難するのを確認した征四郎は、リュカ達と共に闇夜を駆ける。
 月明かりに照らされたその横顔には、わずかな悲しみと強い決意が表れていた。
「レイナと征四郎はきっと同じ」
『だが、やり方としては最悪だ。甘い言葉でつけ込んで、利用する』
「わかっています。こんなの、あんまりです!」
 意を決したように征四郎が顔を上げる。
「助けなければ。……紫 征四郎、参ります!」
 輝かしいライヴスを纏い、勢い良く飛び出していく征四郎の背中を眺めながら、オリヴィエは小さく息を吐いた。
『……気負いすぎじゃないか』
「問題ないさ」
 リュカが微笑む。
「きっと相手に届くのはお兄さんの軽口より……彼女らみたいな言葉や想いや拳だからね」

 昏く。深く。
 その深淵なる闇は、漆黒の中で静かに身を震わせていた。
『ふふ……ふふふ……』
 暗闇に怪しく光る真紅の瞳。
 幼気な少女の姿からは想像もつかぬほど、それは濃密な力の気配に包まれていた。
『良い。とても良いわ。……あの気高さ、あの純粋さ。もっと見せて……もっと感じさせて……』
 月夜に影が踊る。
 宝石のような双眸は疾走する幾つもの光を捉え、愉快そうに口の端を歪ませた。
『ねぇ、レイナ。貴方も嬉しいでしょう。……また"お友達"が増えるわね』
 クローフィの問いかけに返事は当然ない。だが、彼女は満足げに頷いた。
 そうして。膨張する殺気とライヴスを強引に収縮させ、操り人形と化した少女の身体は闇の中へ溶けていく。
 ただわずかに。蠱惑的な甘い香りだけを残して。

●闇の中へ
 ――街の中心部。視界の拓けた広場に月の灯が落ちる。
 うなるような声。
 おおよそ人間らしからぬ動きで襲いかかる『お友達』を冷静に往なして、薙が高所へ跳躍して薄闇に目を凝らす。
「エルル、見える?」
『然程先までは分からぬな』
 道中に引きつけた敵の数は十人ほど。ただの操られている一般人ということもあり、戦闘力という意味では脅威と呼ぶほどでもない。
 しかし、問題はそれ故に彼らへ迂闊に攻撃を仕掛けられないということだった。
「まとめて無力化するしかない」
 その呟きに応じるように、和と無月が連携しながら敵を挑発する。
「ほら、こっちだ!」
「よし! 紫君のもとへ!」
 街中を照らし出す閃光。
 オリヴィエが照明を向けると彼らは光を嫌がるように後退する。それを利用して、退路を狭めながらどんどんと広場の中央へと引きつける。
『グ、ガァアア!』
 組み付こうと飛びかかった『お友達』を流れるような動きで拘束し、征四郎が声をあげる。
「もっと引きつけてください! そのまま――」
 瞬間。
 征四郎の桃色の瞳が、闇夜を飛来する"何か"を捉えた。
「……!」
 転がるように地を蹴る。
 と、そこへ先の尖った漆黒のトゲが幾本も突き刺さり、濃密な殺気がこちらへと向けられたのを感じた。
「愚神……ッ!」
 彼方の暗がりに、少女の姿が浮かび上がる。
『あら、簡単に避けるのね……素敵だわ』
 静かに笑いながらクローフィはあっさりと身を翻す。
 いち早く駆け出したのは、雪室 チルル(aa5177)とスネグラチカ(aa5177hero001)、同じくノア ノット ハウンド(aa5198hero001)と共鳴した紀伊 龍華(aa5198)だった。
「愚神はあたい達が抑えるよ!」
「その間に街の人達を……!」
 暗闇に消える愚神を一瞥して、目前に迫りくる人々に向け征四郎は叫ぶ。
「もう! 目を覚ましてください!」

 商店の立ち並ぶ大通り。
 暗がりを静かにすり抜けながら、九字原 昂(aa0919)とベルフ(aa0919hero001)は屋根の上に潜む愚神の姿を捉えていた。
「(……高みの見物のつもりか。いい気なものだね)」
 息を殺し、愚神へと接近する。
「出てきなよ! いるんだろう!」
「じんじょーに勝負しろー!」
 静まり返った街中に龍華とチルルの声が響く。
 薄闇を輝かしいライヴスの光が切り裂き、クローフィは口の端を歪めた。
 追ってきた二人は無手だ。盾も構えず、ただ闇を見据えている。
『誘っているのね。いけない子たち……』
 クローフィとてかくれんぼをしたいわけではない。この状況、血を頂くには絶好の機会とも言える。
 しかし、あれはあまりにも――
『ご馳走が多すぎるのも考えものね……』
 両足に力を込める。
 まばらに差し込む街灯の明かりは鬱陶しいが、少しくらい味見をしてみるのもいいだろう。
 ふふ。おもわず零れた笑み。
 だが、次の瞬間――その笑みが消える。
『……ッ!』
 振り返り、漆黒のトゲを放つ。
 それをわずかに上体を逸して回避した昴が『ウヴィーツァ』の刃を突き立てる。
 ――殺った。
 昴がそう確信したのも束の間、クローフィは片手で刃を受け止め、飛び込んできた昴の身体に組み付いた。
「……く、っ!?」
 ずぶり。
 肉を裂く感触。
 鋭利な"何か"が昴の皮膚を浅く切り裂き、そこから血が吸い取られる。
『……素敵』
 ぞくり、と。鳥肌が立った。
 五感すべてを刺激するような、濃密な甘い香り。
 本能で危険を察知した昴は全力を振り絞り、クローフィを弾き飛ばす。
『ふふ……ふふふ……ハハハハッ』
 落下しながら愚神は器用に身体を回転させると、建物の壁を勢い良く蹴った。そのまま、反動を利用して龍華とチルルの下へと滑空する。
『ちょうだい! アナタ達の血も! ちょうだい!』
 わずかな逡巡。直後、火花が散る。
 相対するように飛び出したチルルが、真正面から攻撃を受け止めて叫んだ。
「お断りよ! このヘンタイ!」

 ――バァンッ!
 激しい音と共に屋台が吹き飛ばされる。
『グ、ア、アアッ!』
 常人離れした膂力で暴れまわる異形の上体を抑え込み、和が腰を落として思い切り身体をぶつける。
「ふっ!」
 弾け飛んだ異形は進路上にいた複数人の『お友達』を巻き込んで、ごろごろと地面に転がった。
 それを好機と見て取った、オリヴィエが合図を出す。
『今、だ!』
 応えたのは征四郎だ。
「これで、止まってください!」
 ライヴスの風が吹く。散布されたのは特殊な催眠ガス。
 霧状に広がったセーフティガスが瞬く間に周囲を覆い尽くし、さっきまで暴れまわっていた『お友達』がバタバタと意識を失うように倒れていく。
 やがて霧が晴れる頃にはすっかり広場も静寂を取り戻し、作戦が成功したことを確認したリンカーたちは一様に安堵の息を漏らした。
「うまく、いきましたね……」
『ん、成功だ』
 たとえ愚神の力を得ようとも、ただの一般人である限り強力なライヴスには抗えない。
 多少のダメージは残るだろうが、重傷を負った者は一人もいないようだ。今回の作戦は最適解だったと言えるだろう。
「すまないが、少しの間貴方達を拘束させてもらう」
『全てが終わったら直ぐに解放するから、それまで我慢していてね』
 万が一を考えて、彼らを一箇所に運ぶと手足を縛って拘束していく。
「これくらいしておけば早々には来れないでしょう」
『一応気構えだけは作っておけ、この数が全てとは言い切れない』
 そうして、一同はてきぱきと街の人々を拘束すると、彼方からいまだ響いてくる戦闘音に耳を向けた。
「戦いはまだ終わっていない」
 薙の言葉に頷くと、リンカーたちは再び気を引き締めて、闇の中へと駆け出した。

●希望の詩
 断続的に響く、甲高い金属音。
 幾度も幾度も振り下ろされる打撃。だが、その攻撃はチルルには届かない。
『あらあら。ホントにやるわね、おちびさん……!』
「あったりまえでしょう」
 睨み合うチルルとクローフィ。
 横合いから隙を突くように、昴と龍華も攻撃を放つが少女の身体を顧みない変則的なクローフィの動きに的を捉えられずにいた。
『あぁ、もう……疼くわね……貴方達を見てると、我慢できなくなりそう……』
 クローフィは"レイナ"の身体に傷を付けると、そこから滲み出した血を舐めとる。
『はぁあああ……』
 その恍惚とした表情はおぞましかった。
 奪い取るだけじゃなく傷付けるなんて。チルルは悔しそうに叫ぶ。
「あんた……!」
 それは愚神の特性か。流れ出た少量の血液が宙空に線を描き、無数の鋭い刃と化す。
 まるで意思を持ったかのように飛来する血の刃。
 無論、それは最早ただの液体ではない。一つ一つに濃密なライヴスが込められた紛れもない凶器だ。
『私がこの子を殺すか、貴方たちがこの子を殺すか。……さて、どっちが早いのかしらね』
 愚神の狂気が、空気を媒介して肌を伝うよう。
 ――決して許してはいけない。この怪物だけは。
『……目を伏せろ』
 小さな呟き。
『ッ!?』
 暗闇を切り裂くような閃光。
 オリヴィエの『フラッシュバン』が炸裂し、その白い世界から――征四郎が現れた。
「はあああああっ!」
 ――斬。
 衝撃波が夜を震わせた。

『……はぁ、はぁ……はぁ……』
 荒い呼吸。クローフィが恨めしげにリンカーたちを見据えている。
 その肩口は切り裂かれ、額にはわずかながら汗が滲んでいる。
『くく、くくく……』
 征四郎の一撃が効いているのは間違いない。
 それにも関わらず夜闇に浮かび上がる少女の顔には笑みが見えた。
 その笑みは年相応の無邪気なものでもあったが、どこか不釣り合いに歪んだ不気味さをも湛えている。
 お互いの間合いを測るような静寂。
 剣呑な空気の中、試すように言葉を紡いだのは和だった。
「楔ごと果てて貴方はそれで満足かしら」
『……』
「見逃して『あげても良い』って言ってるんだけど――わからない?」
 冷たい目。答えはない。
「一人の女の子の心につけ込み信頼を利用して、多くの人を巻き込んだ。そうまでしないとH.O.P.E.には敵わないと思ってるんだ。愚神にしては随分弱気だね」
 憮然と『陰影』を構えた龍華がクローフィに鋭い視線をぶつけた。
「従魔の一匹も従えていない時点で格はしれてる。大人しく降参でもするといいよ」
 にぃ。愚神は笑う。
『ふふ……揃いも揃って……威勢が良いのね。可愛らしいお嬢さん方』
 女子供扱いされた龍華はわずかに眉をしかめるが、反論する前にクローフィが動いた。
『くだらないお喋りよりも……綺麗な悲鳴を聞かせてちょうだい!』
 顕現するのは真紅の剣。ライヴスで凝固した血液の刃だ。
 地を跳ねて、剣が振るわれる。
 ――ギィンッ!
『……ッ!』
 不可視の衝撃がクローフィを襲う。
 クリスタルフィールドで剣を抑え込んだチルルが力任せにクローフィを押し込む。
「さっきより軽いわね。流石にしんどいんじゃない?」
『へぇ』
 一瞬、足が止まったクローフィの背後。
 死角から鈍色の刃が出現する。
 ――霊奪。昴が射出したウヴィーツァの切っ先がその胴体を捉えた。
『ッ……!?』
 燃えるような痛み。反射的にクローフィは真上に跳躍する。瞬く間に膨張するライヴス。
 空中から無作為に放たれた漆黒のトゲが周囲にいたリンカーを直撃する。
 そこへ飛び込んだのは、闇を駆ける四つの影。
「ジェネッサ、頼む!」
『了解! これでもプロだからね、うまくやって見せるさ!』
 分身した無月が四方から『雷切』で斬りかかる。
 鋭い斬撃はそれぞれに角度を変え、不可避の檻を造り出す。
 ――ズバァッ!
 鮮血。宙空に紅い華が咲く。
『キャハハハハハハッ!』
「むっ!?」
 哄笑をあげながら落下するクローフィ。
 その華奢な身体を包み込むように、意思を象った血の武装が展開する。
 アメーバのように形を変えた血液がぬるりと巨大な鎌へと変貌し、容赦なく戦場を薙ぎ払った。
「あぶないっ!」
「く、ぁ……ッ……!」
 人外じみた動きで強引に着地すると、クローフィは顔を上げた。
 そこへ――光。突如として目前に浴びせられた明かりにクローフィが硬直する。
「レイナを返して貰います。こんな悲しいこと、続けさせる訳には参りません」
 その隙を突いて差し込まれた征四郎の十手が関節を捉えた。
「大人しくするです!」
『ふふ……イヤよ』
 めきっ。
 奇妙な音が聞こえたかと思うと、クローフィは"レイナ"の身体を強引に捻じ曲げ、その拘束から逃れる。
 おもわぬ動きに躊躇した征四郎が勢い良く弾き飛ばされた。
『あらあら、可哀想なレイナ。……こんなに痛めつけられてしまって』
 言いながら歪んだ笑みを浮かべるクローフィ。その表情を見ただけで彼女の言葉に一欠片も本心が含まれていないことは明白だった。
『ああ、こりゃ筋金入りだ。あの愚神、体については使い捨てるつもりと見える』
「そんな……。それでは、出て行くのを待っているのは、あまりにも」
 愚神に取り込まれているとはいえ、操られている身体はあくまでも哀れな少女のものだ。
 レイナを救うための攻撃が、レイナを苦しめている。
 突きつけられたジレンマに征四郎は歯噛みした。一縷の望みにかけて叫ぶ。
「ねぇ、レイナ! 聞こえているなら、抵抗をしてください! クローフィを追い出して……! 騙されていたの、気づいていないわけではないでしょう」
 孤独に蝕まれ闇に飲まれた少女。目の前の姿は、かつての自分を思い起こさせる。
「……私達、きっと良い友達になれますよ。でも、このままじゃ一緒に遊べない、です」
 想いと共に共鳴するライヴス。
 その純真な在り様に、クローフィはぞくぞくと背筋を這い回る快感に溺れていた。
『アア! イイ……イイワ! スゴクイイ!』
 今までとは違う獣じみた声。
 血と愉悦に狂う愚神が真に求めていたのは、皮肉にも敵対するリンカーたちと同じモノ。
 まさしく――人々が高らかに謳う"希望"そのものだった。
『ステキヨ、トッテモ、ステキ……チョウダイ! アナタノ! 血ヲ!』
 影が揺れる。
「――狂鬼め」
 地を這うように跳躍した和が一瞬にしてクローフィの懐へ飛び込んだ。
「ここで斃れろ」
 豪風。目に止まらぬ連撃が炸裂する。
『グ、ブ……ッ!』
 致命的な損傷。クローフィの本能が後退を指示する。しかし、それは適わない。
「悪趣味なお遊びはこれまでだ」
 昴の放ったライヴスの針がクローフィの影を縫い止める。
 挟み込むようにして動いていた薙が電光石火の一撃で確実に愚神の急所を穿つ。
「君が掬い上げこの事件を起こしたお陰で、あの子が孤独であったことは今ここの皆が知った」

 ――血ヲ。血ヲ。血ガ。血ヲ。血ガ。血。血。血。

『お前の役は終わりだ、ヴァンピール』

 歪んでいくクローフィの視界に、狙い澄まされたオリヴィエの銃弾が映った。
 
●血の贖い
 辺りを静寂が包んでいる。
 目を閉じて静かに横たわる少女の全身を不気味なライヴスの霧が包み込んだかと思えば、次の瞬間にはリンカーたちの目前に銀髪の美しい女が姿を現していた。
『……あぁ、あぁ……』
 霞みゆく空に愚神の嘆きが響く。
『お見苦しいところをお見せしましたわね。……至上なる血族の私としたことが、我を忘れて血に飲まれるだなんて……何百年振りかしら……ふふ、ふふふ……本当に素敵』
 ばさりと髪を掻き上げて、クローフィが冷たい瞳を向ける。
 その美貌からはすでに感情が消えていた。ゆらりと力の抜けた佇まいからは、どことなく戦意すらも失われているように見える。
「どうして、あの子に声をかけた?」
 問いかけたのは薙だった。
「愚神は一人でも十分強い。なのに……何故わざわざ体を奪い、心を弄んだ?」
 薙は自分の過去を想い、哀れな少女から偽りの救いを奪うことに心苦しさを感じていた。
 しかし、感情に無自覚な薙はその苛立ちの理由すらも理解できず、ただ湧き上がる怒りに身を委ねるしかなかった。
『……さぁ? どうしてかしらね』
 不躾にはぐらかすような態度。
 あからさまな挑発だ。拳を握りしめながら薙は強引に怒りを抑え込み、言葉を続けた。
「"夜の王"とは、お前か?」
 それはふとした疑問だった。さきほどクローフィが口にした"血族"という言葉に思い当たることがあったのだ。
 反応は劇的だった。
『……なんと畏れ多いことを』
 クローフィの表情が歪む。
『愚かな狼に何を吹き込まれたかは知りませんが……そのような誤りは看過できませんね。至上にして至高なるお方。我らが"王"は只一人。それだけが絶対の真実』
 クローフィは眠るレイナを一瞥して、息を吐く。
『はぁ……残念だけれど、時間だわ。本当に残念。貴方達ともお友達になれると思っていたのだけれど……今回はひとまず、この子だけで――』
 その手がレイナに伸びる。
 制止するように。一斉にリンカーたちが武装を向ける。
「やらせると思う?」
『お前は、負けた。諦めろ』
 昴とオリヴィエが冷たく言い放つ。
「あたいの目が黒いうちは指一本触れさせない」
「これ以上、この子を悲しませることは……絶対に許しません」
 チルルと征四郎がクローフィを挟み込み、龍華と和は挑発するように殺気をぶつけた。
「人の心を弄んだ代償だ」
「相応しい罰を受けてもらうわ」
 膨張するドス黒いライヴス。初めて、クローフィが吠えた。
『……下等種、如きが……ァ……!』
 ――刹那。
「貴女にこの世界の闇を生きる資格はない。疾く、己があるべき世界へと還るがいい」
 無月の斬撃がクローフィの背後を捉え――
『アアアアアアアアッ!!』
 耳を塞ぎたくなるような不快な高音。
 一瞬にして上空へ跳躍したクローフィは、変貌した形相で眼下のリンカーたちを睨みつける。
『殺すわ……アナタ達……必ず、殺スから。次こそ、スベテの血を啜り尽くして、魂ごと頂く。必ずネ……』
 色の変わり始めた空を背に、愚神は溶けるように姿を消した。
 怖ろしい残響をかきけすように、何処からか風が吹く。
 取り残された静寂の中、やがて焼けるような朝陽が静かに差し込み、生気を取り戻した少女の横顔を――穏やかに照らし出した。

●其は夜の国
 愚神が消失すると共に、拘束されていた街の人々も目を覚ました。
 その顔には生気が戻り、愚神の影響はもはや一欠片も残っていないことは明白だった。
「……そう。私は、利用されてたのね」
 レイナは小さく呟いた。
 その表情には感情がなく、皮肉げな口調は幼い少女には似つかわしくない。
「全部、全部……嘘だったんだ。けっきょく、私はずっと……あの暗い夜の中……一人ぼっちのまま、だったのね。……はは、あはは……ばかみたい」
 少女の乾いた笑い声は痛々しい。
 おもわずリンカーたちも目を伏せる。
「君は闇が怖いのだな……私が怖いか? 私もまた闇の存在だ」
 腰を落として、レイナに声をかけたのは無月だった。
「……」
「闇は怖いだけではない。闇はまた、安らぎをもたらすものでもあるのだ。そして、闇ある所、必ず闇を照らす光もある」
「……光」
 レイナは思い出していた。朧げな記憶を。
 かつて暗い夜に震えていた自分を優しく包み込んでくれた、両親の記憶を。
「忘れないで欲しい、いくら君が悪しき闇に取り残されようとも、君を守り、照らす月は常に君と共にある事を」
 ジェネッサが微笑んで、どこからかパンダのぬいぐるみを取り出した。
『君にこの子をあげるよ。この子と一緒なら、怖い闇もいい夢を見る為の安らぎの世界に変わる筈さ』
 おずおずとそれを受け取ると、レイナは無言のまま小さく肩を震わせた。
「友達は都合の良い人形なんかじゃない。それはレイナさんも今回のことでよく分かったと思う」
 龍華が口を開く。
「まずは皆に謝ろう。それから仲直りしていって、ゆっくり関係を作っていけばいいんだ。俺でも良かったら友達にして欲しいな……なんて……」
 その言葉を聞いて、状況を見守っていた他のリンカーたちも手を差し出す。
「僕とも、友達になりませんか?」
「レイナと征四郎はきっと良い友達になれると思います」
「お兄さんも仲間にいれてほしいな」
 差し伸べられた、幾つもの手。
 呆然とそれを眺めていたレイナの瞳から、やがてつぅと透明な雫が流れ、静かに頬を伝っていった。



 ――闇深き古城。
 視界を覆い尽くすような濃い霧の中、クローフィは恭しく膝をついていた。
『……眷属を手に入れることに失敗しました。我が君よ、この無能な女に罰をお与えください』
 だらりと銀髪が垂れ、美しい顔が歪む。
 厄介な連中だとは理解していた。もちろん容易ならざる相手だと。
 それにも関わらず、血の欲求と己が為の愉悦に溺れ、せっかくの好機を逃してしまった。最愛の主人を前にして、クローフィは己を恥じていた。
『いいんだ、クローフィ。君はよくやった。……さぁ、その美しい顔を私に見せておくれ』
 禍々しい真紅の凶獣が低い唸り声をあげる。それは血族の盟主にこそ相応しい王座。
 不機嫌そうな獣を撫でながら、その背に腰掛けた主人は穏やかな笑みを見せた。
 しかし、その表情とは裏腹に主人の眩い金色の瞳には、血に狂うクローフィをして怖気立つような深い闇が潜んでいるように思えた。
『哀切、後悔、憤怒……そして、恐怖。いい顔だね。とても美しい』
『……』
 夜の王はクローフィへと歩み寄り、その頬を撫でる。
『……どうだい。彼らは本物か?』
『はい。やはり自我を失った"狼"では、荷が重い相手だったかと……』
『ふぅん。クドラクは曲がりなりにも血族の上位種だったんだけどねぇ……』
 我が君、これを。クローフィが右手を差し出すと、指先から逆流するように血が流れ出す。
『ほう。彼らの血かな』
『少量ですが、取り込んでおきました。お口に合いますかどうか……』
 夜の王は無邪気に笑い、その指先に口をつけた。
 血を啜る鬼。
 それこそが、血族の古き呼び名であり、また彼の者らに宿命付けられた呪われし生の在り方でもあった。
『テンペスト』
 夜の王が呼びかけると暗闇から盲目の老人が現れる。
『ここに』
『全ての血族に招集をかけろ。計画を早める』
『御意』
 一切の迷いもなく、老人は頭を垂れた。
『……我が君』
『不安かい、クローフィ』
『……いえ』
 夜の王は静かにクローフィを抱き寄せると、再び上機嫌に血を啜った。
『案ずることはない』

 歌うような、呟き。それはまるで、詩のようで。

『何処の世界にも夜は訪れる。此の月が沈まぬ限り――私たちの国は、永遠だ』

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076

  • 九字原 昂aa0919
  • 共に歩みだす
    魂置 薙aa1688

重体一覧

参加者

  • 【晶砕樹】
    雁屋 和aa0035
    人間|21才|女性|攻撃
  • お天道様が見守って
    ヴァン=デラーaa0035hero001
    英雄|47才|男性|ドレ
  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 断罪者
    凛道aa0068hero002
    英雄|23才|男性|カオ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 夜を切り裂く月光
    無月aa1531
    人間|22才|女性|回避
  • 反抗する音色
    ジェネッサ・ルディスaa1531hero001
    英雄|25才|女性|シャド
  • 共に歩みだす
    魂置 薙aa1688
    機械|18才|男性|生命
  • 温もりはそばに
    エル・ル・アヴィシニアaa1688hero001
    英雄|25才|女性|ドレ
  • さいきょーガール
    雪室 チルルaa5177
    人間|12才|女性|攻撃
  • 冬になれ!
    スネグラチカaa5177hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 閉じたゆりかごの破壊者
    紀伊 龍華aa5198
    人間|20才|男性|防御
  • 一つの漂着点を見た者
    ノア ノット ハウンドaa5198hero001
    英雄|15才|女性|ブレ
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