本部

【白刃】314便

昇竜

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/10/28 14:35

掲示板

オープニング

●H.O.P.E.
「……老害共が、好き放題に言ってくれる」
 H.O.P.E.会長ジャスティン・バートレットが会議室から出た瞬間、幻想蝶より現れた彼の英雄アマデウス・ヴィシャスが忌々しげに言い放った。
「こらこらアマデウス、あまり人を悪く言うものではないよ」
 老紳士は苦笑を浮かべて相棒を諌める。「高官のお怒りも尤もだ」と。

 愚神『アンゼルム』、通称『白銀の騎士(シルバーナイト)』。

 H.O.P.E.指定要注意愚神の一人。
 広大なドロップゾーンを支配しており、既に数万人単位の被害を出している。
 H.O.P.E.は過去三度に渡る討伐作戦を行ったが、いずれも失敗――
 つい先ほど、その件について政府高官達から「ありがたいお言葉」を頂いたところだ。

「過度な出撃はいたずらに不安を煽る故と戦力を小出しにさせられてこそいたものの、我々が成果を出せなかったのは事実だからね」
 廊下を歩きながらH.O.P.E.会長は言う。「けれど」と続けた。英雄が見やるその横顔は、眼差しは、凛と前を見据えていて。
「ようやく委任を貰えた。本格的に動ける。――直ちにエージェント召集を」
 傍らの部下に指示を出し、それから、ジャスティンは小さく息を吐いた。窓から見やる、空。
「……既に手遅れでなければいいんだけどね」
 その呟きは、増してゆく慌しさに掻き消される。


●ドロップゾーン深部
 アンゼルムは退屈していた。
 この山を制圧して数か月――周辺のライヴス吸収は一通り終わり、次なる土地に動く時期がやって来たのだが、どうも興が乗らない。
 かつての世界では、ほんの数ヶ月もあれば全域を支配できたものだが、この世界では――正確には時期を同じくして複数の世界でも――イレギュラーが現れた。能力者だ。
 ようやっと本格的な戦いができる。そんな期待も束の間、奴らときたら勝機があるとは思えない戦力を小出しにしてくるのみで。弱者をいたぶるのも飽き飽きだ。

「つまらない」
「ならば一つ、提案して差し上げましょう」

 それは、突如としてアンゼルムの前に現れた。異形の男。アンゼルムは眉根を寄せる。
「愚神商人か。そのいけ好かない名前は控えたらどうなんだ?」
 アンゼルムは『それ』の存在を知っていた。とは言え、その名前と、それが愚神であることしか知らないのであるが。
「商売とは心のやり取り。尊い行為なのですよ、アンゼルムさん」
「……どうでもいい。それよりも『提案』だ」
 わざわざこんな所にまで来て何の用か、美貌の騎士の眼差しは問う。
「手っ取り早い、それでいて素敵な方法ですよ。貴方が望むモノも、あるいは得られるかもしれません」
 愚神商人の表情は読めない。立てられた人差し指。その名の通り、まるでセールストークの如く並べられる言葉。
「へぇ」
 それを聞き終えたアンゼルムは、その口元を醜く歪める。
 流石は商人を名乗るだけある。彼の『提案』は、アンゼルムには実に魅力的に思えた――。

●生駒山上空

 数日前、314便は乗員乗客100人余を乗せて空港を飛び立った。ところが道中で悪天候に見舞われ、生駒山上空でその消息を絶つ。
 空飛ぶ乗り物は、彼をどのくらい興じさせただろうか。その程度はともかく、愚神は退屈しのぎの玩具に尊い命が詰まった箱を弄んだ。
 乗り合わせた一般人の命は全て失われ、従魔の一部となった。とうに燃料が底をついたにも関わらず飛行を続けているのは、もはやそれがこの世に在らざるべき存在であることを意味している。

「旅客機自体が従魔の依代に。314便は渦中の大型愚神アンゼルムのドロップゾーン上空に迷い込んでいたため発見が遅れ、乗員乗客の生存は絶望的。これを受け、H.O.P.E.は該当機の撃墜を主目的とする突入作戦を考案しました」

 H.O.P.E.のヘリコプターに乗り、降下の合図を待つ間、エージェントたちはブリーフィング・ルームでの説明を反芻した。

「アンゼルムとの大きな戦いが迫っています。その際、従魔と化した旅客機は我々にとって大きな脅威となるでしょう。我々は勝たねばなりません。どうか、314便の撃墜に皆様のお力添えを」

 ……降下の合図が出た。ドアを開けると強い風が吹き込み、遥か眼下には愚神アンゼルムが支配する生駒山をのぞむ。しかし現在エージェントたちが向かおうとしているのは生駒山ではなく、その周囲を巡回する従魔の身体の上である。
 かつて314便であった旅客機は、全体をガラス光沢に覆われ、幾本もの鋭いガラス柱を纏った姿でエージェントたちの目前を飛んでいた。ジェット・エンジンから吹き出す大量のライヴスは、目前の飛行物体が一個の従魔である証拠だ。
 4つのエンジンがこの従魔の心臓部分と見て間違いないだろう。これらを破壊し、314便を墜落させることがエージェントに課せられた任務である。しかし、この直後課題は一つ増えることになるのだ。
 まさに降下を開始しようという時、右翼先端に備えられたエンジンが突如黒煙を吹き出して大破した。

 ……生存者がいる! 誰かが、この中で戦っている。エージェントたちの胸に一縷の希望の光が差し込んだ。

 乗り合わせた一般人の命は全て失われた。たった一人、この惨状で英雄を得た幼いライヴスリンカーを残して。
 この少年を救えるのは、あなたをおいて他にはいない。

解説

達成条件
314便の撃墜

敵構成
・デクリオ級従魔『トイ・ボックス』
314便を依代とした従魔で、PCは機内=従魔の体内を活動します。
3つのエンジンを破壊すれば倒すことができます。エンジンは右翼に1つ、左翼に2つあります。
振動を感知して壁などから鋭いガラス柱で攻撃してきます。静かに歩く者や『シャープ・レディ』には反応しません。
・ミーレス級従魔『シャープ・レディ』
ガラス製の球体関節スッチー人形です。エンジン付近とキャビンに3~6体出現します。
斬撃に強く、打撃に弱いです。
全身カミソリなので、積極的に接近して切り裂き攻撃をします。弱ると髪の毛を飛ばす範囲攻撃も使ってきます。

生存者
英雄と出会い、九死に一生を得た少年です。キャビン奥のコックピットに隠れています。
キャビンの窓から魔法でエンジンを一つ壊したようですが、まだ未熟なのでこれ以上は戦えません。

状況
・パラシュートで従魔の体表に到達した時点から開始します。内部に入る場合は近くの非常ドアを破壊して行きます。
・エンジンに近づくには体表を移動します。風が強いです。落下ペナルティはないですが、戦闘には復帰できません。
・キャビンは三列シートで、通路は大人2人が余裕を持ってすれ違える広さです。ガラス化した乗客の遺体があります。
・脱出用パラシュートが支給されています。エンジンが全て壊れると墜落しますので、脱出しましょう。
・秋晴れの昼間です。機内も明るいです。

リプレイ

●絶望の闇を切り裂く、

 降下の合図は既に出ている。石清水 千奈(aa0252)は眼下の光景に身震いし、傍らに立つ破島 葵乃(aa0252hero001)は空の旅を惨劇に変えた邪悪の化身を凛と睨み付けた。

「上空での戦いとは、こらまたエライことやで……。落ちないようにだけは気をつけんと」
「秋晴れの空を穢すとは、不届きな奴だ。早々に落としてくれる!」

 同じく生存者の救出を心に誓うリオ・メイフィールド(aa0442hero001)だったが、空飛ぶ乗り物へは興味を禁じ得ないようだ。レヴィ・クロフォード(aa0442)は涼やかな碧眼に従魔と化した航空機を捉え、内心とは裏腹に気だるげな口調で語る。

「鳥じゃなくても、こういう乗り物に乗れば空を飛べるんですね。凄いです、なんだか不思議な感覚がします。……何て、こんな状況で不謹慎ですよね。生存者の方がいるなら、助け出さないといけませんね。気持ちを切り替えて臨むとします」
「……どうやら、そうみたいだね。こんな状況でよく耐えてたもんだ。その子の分の脱出用のパラシュートもあるといいんだけどねぇ。状況が状況だし、こういうのは何度も経験するものじゃないけど……まるでアクション映画みたいだ」

 彼らの背後には、制服の下にジャージを着用する早瀬 鈴音(aa0885)の姿があった。能力者にとって落下がリスクを伴うことはないが、スカートを履いた女性には危惧されるべき事態がある。早瀬は生存者の発見に色めき立つ一行を見て少し青い顔をした。彼女らは生存者がどんな人物かまだ知らないのだ。

「先に戦ってる人がいんの……? だったらそっちに任せちゃえば楽じゃん……て、それじゃ報酬貰えなくなるのかもしんないし美味しい話でもないね」
「鈴音? 何か不安なことがあるの?」
「いや、まあ、嫌ってんじゃないけど。で、結局。いるかも知んない誰かさんも探してくるわけ……?」

 N・K(aa0885hero001)は心配して早瀬の顔を覗き込んだが、彼女の語気が弱まるのも無理はない。簡単に言えば飛び乗って飛行機潰して更に地面に向けてダイブをするという過酷な作戦だ。この心臓の押し潰されそうな状況で、他人の事を第一に考える余裕など持ち合わせていない方が普通だろう。早瀬は震える指で予備のパラシュートと酸素ボンベをライヴスメモリーに収納した。これは生存者の救助・応急処置用である。
 しかしエージェントの中には普通でない者が少なくない。メイナード(aa0655)もその一人と言ってよいだろう。Alice:IDEA(aa0655hero001)は無関心を装い、少々浮足立っている召喚者に話しかけた。

「降下作戦の経験はあるが、流石に飛行中の旅客機に直接飛び移るのは初めてだな……」
「さすがのおじさんも、ちょっとはドキドキしてます?」
「あぁ……年甲斐も無く興奮しているよ。中々できる体験じゃないからね」
「……おじさんって時々頭おかしいこと言い出しますよね。ほら、飛ぶ前にリンクして下さい。わたし飛ばされちゃいますよ」

 さあ、降下の時間だ。エージェントたちがドアの前に立つと、切り裂かんばかりの風がカリスト(aa0769)の頬を吹きすさぶ。彼女が張り裂けそうな胸の内をぽつりと零すと、アルテミス(aa0769hero001)は静かにその使命を示した。

「もう、乗客の方々は助けられないのでしょうか……」
「カリスト。優しい娘。貴女は、貴女の役目を果たしなさい」
「……はい、アルテミス様」

 麻生 遊夜(aa0452)はユフォアリーヤ(aa0452hero001)に着せた防寒具のファスナーを引き上げ、皆に倣って船端に立つと黒煙を吐くエンジンの一基を見やった。

「中々やるじゃないか……合流を急がんとな」
「……ん、敵が集まってる、可能性」
「そうだね、先ずは内部を制圧しないとかな」
「機内に入ったら安心させるためにも、呼び掛けてみた方が良いでしょうか。安否は確認しておきたいですし、こちらに敵の注意を逸らせるかもしれません」

 レヴィとリオの言葉に一同は頷いた。一斉に空中に身を投げると、凄まじい風圧が彼らを出迎える。2メートルを超えるメイナードの巨躯は風を孕み、想像以上の強い浮遊感を感じさせる。

「ぬぅっ……! 流石にこの図体じゃ、空気抵抗も半端無いな!」

 重いものほど落下速度が速い。メイナードは他に先んじてパラシュートを開き着地に備えた。

●絶空の救出劇

 エージェントたちは無事従魔の背面に到達し、その姿を間近に見た。そそり立つガラス柱が宝石のように輝く。一見して美しいが、これも犠牲者のライヴスを食らって変態を遂げた従魔の身体の一部である。

「この状況で生存者なんて奇跡だな……。じゃあその奇跡ついでに、いっちょ奇跡の救出劇といきますかね」

 旧 式(aa0545)は軽薄な口調で言うが、その視線は誰よりも早く機内への突破口を見出そうと必死だ。一行の足元には細いガラス柱が下草のように伸びている。無音 彩羽(aa0468)はその一本をパキリと折り取った。強度は本物のそれと大差ない。使用済みのパラシュートを捨て置き、彼は夜帳 莎草(aa0468hero001)と共に仲間の元へ向かう。

「ガラスに覆われてるのは見てわかってたが、まるでガラスの林だな。内部に入る手段だがどうしたもんか」
『ん? 扉とかから入るんじゃないの?』
「搭乗口なり非常口なりはあるはずだが、側面にある上外から開くもんなのかわからないんだよな……」

 無音の言葉に、英雄は猫耳をひくりとさせた。元来飛行機のドアは外部からは絶対に開かない仕様になっているのだ。ならば、壊すほか方法はない。旧が非常口を発見し、レヴィは破壊のため自動小銃を取り出した。バラバラバラと銃声が響き、その振動は傍に立つ麻生にも感じられる。彼は周囲を見渡して高度を実感し、また従魔について考察した。リーヤも小さく同意を示す。

「やれやれ、落ちないようにしねぇとな。しかし、随分と派手になっちまってまぁ」
「……ん、ピカピカ」
「足場そのものが従魔である以上は、白血球的な迎撃システムの存在は警戒しといた方がいいだろう。例えば、こういう振動を感知したり……」

 麻生が言いかけた時だった。レヴィの足元がミチミチと鳴り、次の瞬間鋭いガラス柱が彼めがけて勢いよく突き上がる! レヴィはこれを危うく回避した。同時に非常ドアは突出したガラス柱に押しやられてバガンと剥がれ落ち、風に煽られながら落下していった。新たに出現したガラス柱は麻生の予想が的中したことを意味する。無音はこの攻撃を受けた原因と前兆である床の異変に思い当たり、それを一行に伝えた。

「恐らく……強い衝撃に反応するんだろう。機内でも静かに行動した方がいい。それから、攻撃の直前には床が隆起するようだ。銃を扱う時は足元に注意してくれ」

 彼らがこの時点で従魔『トイ・ボックス』の特性を知ったことは、大きなアドバンテージだった。彼らは次々に滑り込むように内部へ突入するが、振動をさせぬよう気を付けることができ、被害を出さずに済んだのだ。最後に機内に降り立ったカリストは、機内の有様を見て翠眼を細めた。

「! 惨い……何てこと」

 カリストは乗客の存命に僅かな希望を抱いていたのだろう。キャビンにはガラス像のように変質した犠牲者たちの亡骸が所狭しと転がっていた。見渡したところ生存者らしき姿はないが、必ずどこかにいるはずなのだ。従魔に気取られぬよう静動を心掛けながら、麻生は大きめの声で生存者へ呼びかけた。

「H.O.P.E.だ、助けに来たぞ!」

 この声が聞こえたのだろう、生命の消え失せたキャビンで一つだけ動くものがあった。一行のいる船尾から最も遠い場所、コックピットの扉である。戸が開き、そこから生存者が現れる……かと思われた。しかし生存者は姿を見せる前に何かに気付き、慌てて扉を閉めてしまう。生存者は一体何に怯えているのだろうか……? エージェントたちの疑問は速やかに解決する。背中を向けて並ぶシートの影から、それらは現れた。麻生は再び生存者に声をかける。

「あー、もうちょい待ってろよー?」

 現れたのは異形のスチュワーデスたちだった。流麗な歩みで通路に並び、エージェントたちを歓迎するように1体が進み出る。彼女は背中を向けているにも関わらずこちらを見ていた。球体関節をぐるりと回し、その首から下が振り返る……次の瞬間、彼女たちはカミソリの如く研ぎ澄まされた腕や脚を武器に襲い掛かってきた!

「あっおじさん、ゆっくりですよ? ただでさえ音を立て易いんですから……」
「いいやイデア。射手にも反応するのだから、逃げ回るのは無駄だよ」

 メイヤードは喋る義手にそう切り返し、素早く狙撃銃を召喚して真正面から敵を狙った。紫に光る瞳が従魔を射貫き、イデアのボディー・スーツに酷似した義手が引き金を引く。放たれた弾丸は硬質な音と共に従魔の腹部を貫通し、向こうのシートに風穴を開けた。途端にシートは盛り上がり、そこから勢いよくガラス柱が飛び出す。同時にメイヤードの足元でも同様の現象が見られ、事前に発動を察知していた彼は危うげなくそれを回避した。これを見た早瀬は『トイ・ボックス』が射手と着弾点の両方に反応することを確信する。

「なるほどね……着弾点にも反応するなら、誤射も狙えるかな」

 早瀬は近接武器を扱う者のために通路をあけ、シートの影に入った。N・Kとの協調を意識すると彼女はオーラは高まり、紅い髪がふわりと浮き上がる。かざした手のひらにライヴスが収束して重厚な魔法書を形成し、それは一人でにページを開いて光の剣を作り出した。早瀬が敵意を持って従魔を睨むと、剣先は空中でひらりとそちらを向く。放たれた魔法の剣はメイヤードの狙撃でヒビが入っていた従魔の胴を砕き、ガラスの割れる音が機内に響き渡った。
 しかし従魔は分断されてもまだ動いていたため、メイヤードは止めを刺すため再びこれを狙う。瀕死の従魔は自身の針のような頭髪を振り乱し、這いずってメイヤードに接近した。次の瞬間、彼を鋭いガラス片の雨が襲う! メイヤードは傷を負ったものの、彼の放った弾丸によって従魔は完全に活動停止した。

「……気を付けろ! 弱ると髪の毛を飛ばしてくるぞ!」

 メイヤードの忠告は仲間たちの耳に届き、一行は従魔が範囲攻撃を持つことを認識する。これを聞きながら、無音は1体の従魔と相対していた。夜帳と心を重ねると、夜帳は光の渦となって無音を取り巻き、揺れる黒髪から英雄と同じ猫耳が覗く。顔を手で覆えば無貌の仮面が具現化され、彼の白い肌はその下に隠れた。無音は紫眼に従魔を捉え、素早く曲刀を振りかざす! 従魔が攻撃を受け止め、ちぎちぎちぎっと刃の擦れあう音がした。
 無音のような盾役は生命線であり、この場に回復を扱える者は早瀬のほかにいない。彼女は無音の消耗を避けるべく、従魔を素早く倒すためその足元を狙って魔法の剣を打ち出した。射線を遮るものは何もない。放たれた一射は床に振動を与え、無音と小競り合っていた従魔は『トイ・ボックス』によるガラス柱攻撃に見舞われた。強い衝撃を受けた従魔はその性質に従い、音をたてて粉微塵に崩れ去った。

「狙ってくださいと言わんばかりだなぁ、おい」

 麻生は早瀬同様シート側に陣取り3体の従魔を射程に捉えていた。リーヤと意識を同調すると、麻生は光に包まれる。共鳴状態となった麻生には英雄と同じ狼耳が備わった。紅く光る義眼が、従魔たちの膝関節を狙う。3発の弾丸は見事狙った部位を破壊し、彼女らはびっこを引くような歩みしかできなくなった。

「当てれないとでも思ったか? 甘いぜ!」

 しかし麻生は狙撃に気を取られ『トイ・ボックス』への反応が遅れた。突出するガラス柱を回避しきれず、麻生は軽い裂傷を負う。だが麻生が膝関節を破壊したことで、従魔は非常に倒しやすくなった。
 旧は盾を利用して従魔の攻撃を防ぐことに集中していたが、非常口の傍で交戦するうち、そこから従魔を落下させることを思いついた。特にこの従魔などは膝を打ち抜かれており、突き落とすくらい造作もない。落下させても倒せるわけではないが、この一帯は市街地ではなくドロップゾーンであってどこに落ちようが問題ではない。

「……まあ、俺らが脱出したあとで遭遇しましたってなったら面倒だけど、よ!」

 旧は軽口を叩きつつ、従魔に思い切り盾を打ち付けた。身長の低い旧の攻撃は脚部に強い衝撃を与え、従魔はバランスを崩して非常口から投げ出された。それは一瞬フワと浮いたように見えたが、瞬きの後に凄まじい豪風に煽られ、すぐに見えなくなった。この一部始終を見ていた麻生が、それを揶揄う。

「さようならだ、良い旅を」

 石清水は振動に反応する従魔の特性を知ったときから、護身用に持ち歩いている防犯ブザーが囮として機能することが分かっていた。本来は機体外で妨害を受けた時の解決策だったが、状況が変わった。襲い来る従魔をかわし、破島と意識を一つにする。すると破島は光の風になって石清水に吹き込み、彼女のライヴスを大きく増幅させた。高い身体能力を得た石清水は軽やかに従魔から距離を置き、防犯ブザーのピンを抜いてそのの足元へ放った。防犯ブザーは音だけでなく振動も発する。『トイ・ボックス』は彼女の思惑通りそこへガラス柱を突き出し、従魔は砕け散った。石清水はマテリアルメモリーから狙撃銃を取り出すとキャビンの窓をぶち割る。これで機内から従魔の心臓部・エンジン破壊を試みることができるようになった。

「はよせな!」

 生存者は数日の間飲まず食わずだ。その衰弱を思いやって、彼女は飴などを持ち込んでいた。速やかに救出が求められている。石清水はスコープを覗き、大きなグリーンの瞳で左翼先端のエンジンを見た。
 一方で、『トイ・ボックス』の反応は鈍っていた。その理由は麻生の活躍にある。彼は他のエージェントが動きやすくなるよう、定期的に槍を使ってカウンターを誘発し気を逸らさせていたのだ。

「さて、俺たちも早く千奈に合流しなくちゃね」

 レヴィの呼びかけに、リオの魂が応える。二人は共鳴し、召喚者は英雄をその身に宿した。光の波が過ぎ去ると、再び姿を現したレヴィの長い髪は生来の金色とリオの紅とが衣帯一江を成す。彼は手にした自動小銃の三点射セレクターを入れ、敵に狙いを定める。射程内には膝を壊した狙いやすい標的が2体おり、射線を遮る味方はいない。レヴィが放った弾丸は見事従魔たちの腹部を貫いた!

「申し訳ありませんが、お人形遊びをしている時間はないんです」

 アルテミスの加護を得たカリストはシート上に立ち、レヴィの狙う従魔に矢尻を向ける。これらの従魔が射手を襲うことができないのは、ひとえに無音と旧が前線を張ってくれたからに他ならない。カリストも援護射撃中心のサポートに集中することができていた。苛烈な攻防を経て従魔が次々と倒れ、それらや床に踏み散らされた元人間たちのガラス片が戦場をキラキラと舞う。こんなにも綺麗な結晶なのに……カリストはそう思わずにはいられない。

「これ以上誰一人、従魔の犠牲にはさせません!」

 破片の一つが彼女の頬を掠め飛び、まるで涙を流すように雪の肌を一筋の赤が伝った。弦を素引きすると、光と共にライヴスの矢が現れてキリリと音をたて、結い上げたプラチナ・ブロンドがそのオーラに踊る。彼女の放った弓は的確に従魔を捉え、その耐久をすり減らしていった。振動を伴わない弓による攻撃は静動が求められる状況に適していた。しかし前衛は敵を目の前にしている以上、そういった動作も生じてしまうもの。これらをカバーしたのもカリストだった。彼女は『トイ・ボックス』の攻撃が前衛に及びかけた時、別の場所を射て空振りさせることで度々その窮地を救った。

「はああッ」

 無音の斬撃が、最後の従魔の身体を砕いた。機内の制圧が完了したのだ。真っ先に生存者の下へ向かったのは旧だった。彼がコックピットのドアを開けると、中に居たのは年端もいかぬ少年であった。旧はこんな子供がこれだけの惨状を生き延びたことに驚きと喜びを隠し切れない。旧に続き麻生と石清水もコックピットに現れ、生存者が少年であったことを知る。

「坊主、よく頑張ったな。単独でエンジン一基やるなんてたいしたもんだぜ」
「待たせたな……っと、子供だったか」
「ホンマかいな! えらい根性やな!」
「良く頑張ったな。動けるか? 大変だろうがもうしばらく辛抱してくれ。」

 無音も少年に労いの言葉をかけ、同行の可否を尋ねる。しかし少年は石清水の予想通り衰弱しており『トイ・ボックス』の脅威が残る機内を連れ歩くのは危険に思われた。この状況は石清水だけでなく、麻生と旧も想定していたことだ。彼らは手に手にチョコレートやクッキー、水などを少年に渡して口にするよう言い、彼の回復に最善を尽くした。

「気休めだがないよかいいだろ」
「良くやったな……あとは任せときな、絶対に守り切ってやるさ」

 旧と麻生が少年の頭を代わるがわるポンポン叩くと、そこでやっと自分が奇跡の救出劇を経たのだと実感したのか、少年の目に涙が浮かんだ。麻生は少年の脱出用パラシュートを探して周囲を物色したが、生憎どれも使い物になりそうにない。そこへ早瀬とメイナードがやって来て、早瀬はマテリアルメモリーに収納していた予備パラシュートを取り出した。

「はい、これ」
「この子の護衛は私に任せてくれ」

 麻生は早瀬から受け取ったパラシュートを少年に着せ、少年をメイナードに任せた。任務はまだ終わっていないのだ。

「ここまでは予定通り……さぁ、大詰めだぜ」

 麻生がライフルを手に窓辺に寄ると、右翼の見える場所では既にレヴィがエンジン破壊を試みていた。自動小銃をフルオートで掃射することで、エンジンはあっという間に傷つく。だが5発ほど撃ったところでリコイルのカウンターを食らってしまうため、レヴィは傷を負っていた。しかし麻生の加勢も手伝い、間もなく右翼手前のエンジンは黒煙を噴出して大破する。右翼のエンジンが全滅したことで機体が大きく傾くことを想像した者もいたが、飛行機は上昇気流を捉えているため、そう簡単に航行を乱すことはない。また、左翼先端のエンジンは既に石清水によって破壊されており、残すは左翼手前のエンジンのみだ。

「余計な消耗をするわけにはいかないからな」

 無音は仲間の発砲による『トイ・ボックス』の反撃の巻き添えを食わないよう、彼らから離れた位置の窓を割り、そこから闘気攻撃でエンジン破壊を試みていた。この攻撃は反動を伴わないため、ノーリスクでエンジンの耐久を減らすことができる。レヴィと麻生の増援もあり、エンジンは見る間に傷ついていった。カリストもこれを援助していたのだが、矢は強い風に軌道を攫われ、目標に命中させることが難しい。しかし彼女はその身に宿した英雄の言葉を反芻し、強い意志を込めて最後の一射を引き絞った。

「でも私は……私の役目を果たします。これで……終わりです! ――沈みなさいッ!」

 カリストの光の矢はエンジンを貫き、この船を浮かべる力……ライヴスの源は完全に断ち切られた。飛行機はこれより完全な滑空状態に入ったのだ。
 その頃、少年と共にコックピットにいたメイヤードはエンジンが全て破壊されたことを爆発音で察知していた。従魔の脅威は消え去り、あとは脱出するばかりである。彼には、その前に試しておきたいことがあった。メイヤードは食べ物を口にする少年の傍を離れ、操縦席へ向かう。従魔の支配から解放された航空機はラムエア・タービンによる非常電源が動作し、操縦に必要な電力が供給されていた。

「こちら314、Mayday……なんてな。これだけ高度に余裕があれば、グライダーでドロップゾーン外へ出られそうだ」

 落着地点が危険区域のため、全員でまとまって離脱することが理想的と考えていた無音たちだったが、メイヤードにこの話を聞いて予定を変更した。飛行を続け、安全圏へ出るのだ。メイナードはできるだけ墜落被害を抑えるため、瀬戸内海へ向けて舵を切った。

「できれば少年の家族の遺品くらいは持って帰りたいものだね」

 エージェントたちは共鳴を解除し、ドロップゾーンからの脱出を待っている。この間、メイナードは眠ってしまった少年の所持品から航空券を探し出し、これを頼りに彼ら家族が座っていた席の周辺を探索した。するとある女性の遺体から、少年と連番の航空券が見つかる。おそらくは、彼の母親なのだろう。メイナードはよくできたガラス細工のように変質した彼女の遺体からネックレスを取り去ると、静かにその場を後にした。メイナードが想いを口にすると、イデアはぷいと顔を背ける。

「ここまで趣味の悪い硝子細工もないだろうに……」
「……しばらく、硝子細工は見たくありません」

 数刻の後、目を覚ました少年にはもう一つの試練が襲い掛かることになった。そう、スカイダイビングである。旧が一番手に少年を引き受けて宙に身を投げ、続いて石清水が空に飛び出した。……関西人に向かって何も言わずに飛び降りろという方が酷なものである。

「さあ坊主、いくぜ」
「アイ・キャン・フライ!」
「今この瞬間の今更だけど、割と後悔してる……」
「鈴音、大丈夫? 寒いの?」

 一方早瀬は笑いそうになる膝を何度も撫で擦り、結構マジでビビリまくって結局最後にN・Kと一緒に飛び降りてもらったという。

●希望の光

 一行がパラシュートで降下したのち、314便は何ら被害を伴うことなく瀬戸内海上に墜落したようだ。エージェントたちは彼らを保護したH.O.P.E.の担当者からこれを聞いてほっと胸をなでおろした。
 救出された少年は、命に別状はないとの診断を受けている。だが、彼はこの事件で大切なものを失った。メイヤードに貰った母の首飾りを見つめ、少年は未来への希望を見失いかけていたかもしれない。ただ、この作戦の参加者の中には孤児院を経営している者がいた。彼は少年に身寄りがないことを知ると、引き取りを申し出たのだ。

「どうする?」
「……歓迎、するよ?」

 孤児院長でもある麻生と英雄リーヤは、行く当てもなく途方に暮れていた少年に救いの手を差し伸べた。彼は家族を失ったが、麻生は自分を新しい家族として迎えてくれたのだ。彼に麻生の手をとらない理由はなかった。近くでその様子を見ていた者たちは誰からともなく彼らに暖かい拍手を贈った。

「お前が見た運命を二度と繰り返さぬよう、強くおなりなさい、少年」

 冷めやらぬ感動の中、アルテミスは少年にそう告げると、カリストと連れ立って海を臨む場所へ向かった。空を見上げ祈りを捧げるカリストを、アルテミスが支える様に寄り添う。

「あまりに多くの命が失われました……」
「百余柱の御魂よ、偉大なる戦士達よ。願わくばすべての憎悪と哀しみを忘れ、いまは安らかに眠り給え――」

 憎しみに魂を焼いても絶望しか生まれない。希望とは、諦めない者の心にこそ光るものだ。しかし、あの少年が憎悪と哀しみに支配されることはないだろう。何故なら、あなたたちが彼に希望を示したからだ。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
  • 危険人物
    メイナードaa0655
  • 高校生ヒロイン
    早瀬 鈴音aa0885

重体一覧

参加者

  • アイキャンフライ!
    石清水 千奈aa0252
    人間|15才|女性|攻撃
  • エージェント
    破島 葵乃aa0252hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • エージェント
    レヴィ・クロフォードaa0442
    人間|24才|男性|命中
  • うーまーいーぞー!!
    リオ・メイフィールドaa0442hero001
    英雄|14才|?|ジャ
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • エージェント
    無音 彩羽aa0468
    機械|23才|男性|回避
  • エージェント
    夜帳 莎草aa0468hero001
    英雄|10才|女性|シャド
  • 堕落せし者
    旧 式aa0545
    人間|24才|男性|防御



  • 危険人物
    メイナードaa0655
    機械|46才|男性|防御
  • 筋肉好きだヨ!
    Alice:IDEAaa0655hero001
    英雄|9才|女性|ブレ
  • 慈しみ深き奉職者
    カリストaa0769
    人間|16才|女性|命中
  • エージェント
    アルテミスaa0769hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 高校生ヒロイン
    早瀬 鈴音aa0885
    人間|18才|女性|生命
  • ふわふわお姉さん
    N・Kaa0885hero001
    英雄|24才|女性|バト
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