本部
贖罪、業の果て
掲示板
-
汝の罪を数えよ(相談卓)
最終発言2017/12/22 03:22:19 -
NPC質問卓
最終発言2017/12/17 22:02:13 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2017/12/18 01:13:05
オープニング
● 苦痛連鎖
主よ、人は生きている限り苦悩から逃れられないというのは本当ですか?
少女は祈ったことも無い神様にそう問いかけた。
ああ、神よ。私の行いを罪と罵りますか?
『マリア・クリムゾン』は裁判にかけられていた。
緊急的で簡易的なその場であつらわれた裁判。
それに出席するマリアは疲弊していた。
その手には鎖、足首には肌が擦れて赤くなるほど無慈悲な鉄枷。
マリアはしかし、祈ることをやめなかった。
それは何に対しての祈りか。
それは、自分が殺めてしまった親友への祈りである。
「やめろ! マリアは悪くない」
彼女の英雄である『X(かい)』が声をあげた。銀色の髪に金色の瞳。神々しい彼にいつも支えられていたのだとマリアは理解した。
「今は傍らに何の温もりもなく、ただただその時を待つばかり」
マリアは告げる、親友を殺した自分を早く裁いてほしいと。
「しかし、君は仕方なく親友を殺したのだろう? エセバスに取りつかれたその親友を助けるために、殺すしかなかったのだと、君の英雄から聞いた」
判事はそう告げる。判事も許したいのだ。マリアはあまりにつらい思いをした。
けれど。マリアが反論する限り、判事はマリアを無罪だと断じることができない。
「救えなかったという結果だけがあり、私は愚神の救えない。彼女は絶対に巣食えないという言葉に耳を貸したことになります。私は愚神と結託して親友を殺したようなものです。そしてその愚神はまだ殺せていない。これ以上の罪が……罪がありますか?」
カイの証言。それは壮絶なものだった。
とあるケントゥリオ級愚神討伐任務。それにリンカーたちは失敗した。
撤退するそのさいに、マリアの親友が愚神に浸かれた。
英雄は邪英と変わりゆき、その親友の理性もまた溶けて消えようとしていた。
その時親友の口から出た言葉が助けてと言う、救済を望む言葉。
「たすけて、私を殺して」
このままでは更なる力を手に入れた愚神が全員を皆殺しにするだろう。
そう思ったマリアの親友。その判断は正しかったと思うとXは告げた。
だが、その言葉に首を縦に振らないマリア。
「私を裁いてください」
たぶん、許せないんだ。自分を、自分で。
そんな彼女の懇願で裁判はかなり長引いていた。
「いいだろう、この判決は明日に持ち越すこととする。特例だが、仕方ないだろう。さらに別の人間の意見を聞く必要がある」
「ああ、そんな、まって。明日? 遅すぎる。私は私はもう……」
もう……。その先に続く言葉が何なのか。Xは想像する。
だが問いかける機会が訪れることなくマリアは言葉を続けた。
「眠れない夜が怖い。あの子の言葉を思い出して自分が許せなくなる。魂のいっぺんまで砕いてばらまいてしまいたい。だって私は私が大好きなあの子を殺したのよ。私が私を許せるわけが無い。だって私は、私は」
その時、でろりとマリアが血の涙を流す。
「罪人なんだから」
突如彼女の体から吹きだす黒い霧。それがドロップゾーンっとなって周囲を覆う。
「なんだこれは!」
判事が叫ぶ、その瞬間判事は口を押えてその場に倒れ込んだ。
「そんな、ああ。まさか私に」
「居心地がいい……君のこころは特に」
第三者の声を聴いた。
その声が愚神だと気が付いた時にはすでに遅かった。
霊力の加護を持たないもの達は全員が血を吐いて息絶え。
マリアはその闇の中に自信を鎮めていく。
「ああ、私は、私は彼女の名前すら思い出せない、ああ私は罪人だ。だれか、だれか」
私を裁いて。
そんな悲痛な声だけだ。室内にこだまする。
● 断罪が彼女にのみひつようか
今回のミッションはドロップゾーン内での戦闘です。
このドロップゾーン、内部に入ると、天上も地面も黒い空間が無限に続いています。
その中で愚神と戦っていただくのですが、このドロップゾーンの性質として。
皆さんのステータスを劣化コピーしたオルタナティブ・リンカーが登場する用です。
これは罪の意識を抱く者のみコピーし、登場させる予定です。
なので、相談卓で。自分のコピーが出そうなら早めに言ってあげるといいでしょう。
ここでいう罪の意識とは罪悪感です。自分を罰したいという欲求です。
それを抱くなら、オルタ化したあなたが召喚されることでしょう。
(つまり全員のオルタが召喚されるとてんやわんやですね。オルタ化しなさそうなリンカーの皆さん、参加をお待ちしてます)
さらにこのオルタリンカーは皆さんの罪を告白します。
コピー元であるリンカーがどんな罪悪感を抱いているか、それを告白しながらステータスを本人のステータスに近づけるのです。
● マリアについて
またマリアはこのドロップゾーンの影響で召喚された自分自身を何度も殺しています。
ただ殺せば殺すたびに愚神の霊力によって染め上げられ人間でありながら愚神と化す兆候すら見え始めています。
彼女の心を解き放ってあげる必要がありますが、もしできなかった場合、彼女を愚神として殺処分してしまっていいと許可が出ています。
彼女は親友を殺してしまった自分が。
親友を助ける手段を持たなかった自分が。
親友のいない世界でのうのうと生きている自分が、憎いのです。
そのような言葉を吐きますが、それは彼女の本心でしょうか。
彼女の心の問題を解決するためには、彼女の本当の気持ちに気づかせてあげる必要があるでしょう。
解説
目標 愚神の討伐。
今回のポイントとしては四つです。
1 愚神への対処方法
2 罪悪感の克服、もしくは罪悪感を抱えたままどう戦うか
3 自身の現身。オルタ化したあなたをどうするか。
4 マリアをどうするのか
考えることが多いので、手分けして担当を決めると楽かと思います。
今回敵従魔のステータスが、コピー元のリンカーによってだいぶ変わってくるので、対応を考える必要があるでしょう。
愚神『断罪者 エセバス』
今回の敵ですが。断罪者エセバスには罪悪感の通った攻撃は一切通用しません。
皆さんの心には罪悪感がありませんか? それも、生きていてはいけないんだという罪悪感のお話し。
要は、今のあなたは胸を張って生きられているかどうかなのです。
誰かを殺した罪を、誰かを裏切った罪を、誰かのかわりに生きている罪を背負いこんで生きてはいませんか?
それが悪いという話ではないのです。
ただただ、その罪悪感の通った攻撃ではエセバスを倒せない、ただそれだけです。
またエセバスは骸骨の体に手のかかった豪奢なローブ。そして巨大な鎌を携えた姿で現れます。基本攻撃は鎌による薙攻撃と、ろっ骨を突き刺しての至近距離攻撃。
特殊な攻撃は鎌から追尾性の高い炎を射出することと。邪英化スキルを持ちます。
この邪英化スキル『宣告死限』と言います。
このスキルの対象に選ばれた人間、もしくはオルタリンカーは自身の周囲に十二この黒い炎が浮かびます。
この炎はダメージを受けるごとに一つへり、零になると邪英として正気を失います、即座に邪英になるわけでは有りませんが、エセバスの肉となりその体を乗っ取られるでしょう。
最後にエセバスのステータスですが。平均型です。
実は戦闘そのものはそんなに得意ではありません、ステータスはケントゥリオ級ですが、戦闘知能と言いますか、戦術や戦闘技術に関しては疎いのです。
リプレイ
プロローグ
そのドロップゾーンは、まさに暗黒が支配する世界。
一寸先も見えない黒で塗りつぶされているはずなのに。しかし、自分たちの姿がはっきり見えるのは自分たちの体が光輝いているからなんだろう。
希望の力、霊力の力。
それを忘れない限り、闇に飲まれることはないのだろう。
だから。
リンカーたちは一歩踏み出した。
磨かれた黒曜の鏡に似た地面を踏みしめて。ゾーン中央で祈る女性、マリア。
そしてその体に取りついたエセバスをしっかりと見据える。
「断罪は彼女の身に必要か、否。待っていたぞリンカー諸君、真に裁かれるべきはお前たちだ」
希望を失った彼女を救い出すために、全員が武装を構える。
「さぁ、罪を告白しろ、その罪はお前自身となってお前を裁くだろう」
エセバスの尊大な声が大気を震わせた。あふれ出る霊力に触れた闇は水のように波打ち、泡立っていく。
その声に、空間が湛えた闇が盛り上がり、そして一つ一つ人形のフォルムを形作っていく。
そこから起き上がったのはたった数体のオルタナティブ。
「なに?」
戸惑いの声を上げる愚神。
彼の想定では全員のオルタナティブが召喚されるはずだった。
だが、しかし。
今眷族となっている闇リンカーの数は目の前にいるリンカーたちより圧倒的に少ない。
「ふむ、罪悪感ですか……捉え方ですべて変わると思うのですけど」
『構築の魔女(aa0281hero001)』はあっけらかんと言い放つ。
『イリス・レイバルド(aa0124)』に至っては、エセバス……その戸惑いすら冷徹な視線で切ってみせ。一向に構えを崩さない。
――とりあえず自分殺し劇場は明らかに体に良くなさそうなので止めるか。
『アイリス(aa0124hero001)』がそう告げる。
「うん、殴ってでも止めよう」
戦闘においてイリスの割り切りの良さは異常なレベルだ。
彼女の中に敷かれたロジックは絶対にして簡潔ゆえである。
それ故に、家族を失った事件についても悲しみや悔しさはあれど罪の意識は一切ない。
その方程式はこのような形。
愚神がやったのだから愚神が悪いに決まっている。
だからイリスはマリアしか見ていない。俯き悲しみの果てに自分を殺し続けるマリアしか見えていないのだ。
彼女の手には小振りのナイフ。それは血に濡れていた。
自分の血だろう。反転した自分を殺し尽くした証明が。そこにあったのだ。
「そんなものに囚われるのは間違ってる!!」
イリスの声にマリアは顔をあげた。
「自分の命より先に自分の罪悪感を抹殺するべきだ。これ以上自分を責めたところで何になる?」
『黛 香月(aa0790)』が告げる。その言葉に『アウグストゥス(aa0790hero001)』は頷いた。
――今まで、色んな生死に関わってきた。
『ストゥルトゥス(aa1428hero001)』が声を響かせ、『ニウェウス・アーラ(aa1428)』は歩みを進める。
――自らの手で殺した事、助力した事、目の当たりにした事。
そうして死に関わった事で、罪悪感を感じたか?
「否……だね」
ニウェウスは相棒ストゥルトゥスの声に間髪入れずそう答えた。
罪悪感それは。それに伴う自罰的思考。自分の行いを悪とし、憎み、死を選ぶ事だからだ。
――それは、手に掛けてきた者達への、この上ない侮蔑だ。
その声には芯が通っていた。
守るべきものはこれで、自分が行くべき道はそれ。そんな意志の強さ。
――それは、自分の行いを無価値とする行為に他ならず。転じて、奪った命をも無価値とする事だ。
「それは……絶対に許されない」
――ボク達には、奪った命の分だけ、前に進む義務がある。
「故に。私達は、この罪を悪とはしない」
――この罪は壁とし、それを乗り越え、その先にある未来を掴む。
「それを」
――お前如きが。
「「阻めると思うな!」」
直後放たれた。絶対零度の魔術。
それをエセバスは迎撃すると、氷の塊は翼のように広がってエセバスの視界を遮った。
「なぜだ、何故お前たちはこんなにも自分に正直であれるのだ。汚点のない人生でも歩んできたというつもりか?」
その氷塊越しにエセバスに弾丸をぶち込む『阪須賀 槇(aa4862)』そして『阪須賀 誄(aa4862hero001)』。
敵の狙いを避けて分散。エセバスを観察しながらトリガーを絞る。
「いや、あるお罪悪感。昨日九時以降にプリン食っちまったお。ギルティ―だお」
――兄者……なんて乙女。
そんなジョークも解さないエセバスは槇の言葉の真意を探ろうと必死に思考を巡らせる。
その隙に接近した『黒金 蛍丸(aa2951)』と『詩乃(aa2951hero001)』が渾身の霊力を込める。
「エセバス、僕は絶対にお前を許さない!」
はなたれたる極光はエセバスではなく、マリアの体を貫いた。
パニッシュメントは愚神のみを攻撃するスキル。
その体に僅かばかりに接続されていたエセバスのパスがひきちぎられ、マリアが吹き飛ぶ。
その体を素早く抱き留め、地面を転がる蛍丸。
「あなたは……」
不安げな視線を向けるマリアに蛍丸は微笑みを向けた。
「Xさん。マリアさんをお願いしてもいいですか?」
そう問いかけると、マリアの中にずっといたのだろう。マリアの英雄は一つ頷いて彼女の体の主導権を握った。
「まって、私はまだ納得してない。私の行いと、私の罪深い思いがまだ、そのまま残ってる」
「『自分を裁いてくれ』と公然とのたまうなんて、君はよほどド変態のマゾヒストなのか? プレイがしたいなら他所へ行ってくれ、僕はマゾは嫌いなんだ」
そう言葉を返したのは『ヨハン・リントヴルム(aa1933)』。
「私の罪を裁いてほしい、そう思うのがなぜそう茶化されなければならないんですか」
「違う。本当に悔いている罪人は、自分に課せられる罰にあれこれ注文をつけたりしない。罪が重かろうが軽かろうが、粛々と受け入れるのが、償いとしてはよほど正しいやり方だ」
告げるとヨハンは彼女の前に立つ。
「心配しなくたって、神は僕たちにちゃんと罰を与えてくださるよ。人の裁きは信用ならないけど、神の裁きは絶対だ。……僕は、そう信じてる」
そう胸のうちに黒いモノを隠そうともせず、ヨハンは恍惚とした表情を浮かべる。
早くこんなくだらない任務は終わらせよう。
そうヨハンは敵へと向き直った。
第一章 信じるべきもの
いろんなものを見てきた。
あの日。視界が鮮血で彩られたその日から。ぬぐえない汚点が自分の人生に刻まれてしまったようで。
世界全体がねじ曲がってしまったように、見えていた。
だが違う、捻じ曲げてしまったのはやつなのだ。
奴らだ。この世界に大挙して押し寄せて、家も。米も。名誉も。命も、全てを食い散らかそうと世界隔てて一枚向こうまで迫っている。
それを殺そうと、彼は願った。
元来完璧主義者なのかと彼は、自分を嘲笑う。
だがどれも違うのだ。一般的な思考も、天才的な思考も、異端者としての思考も自分を理解することはできないだろう。
『火蛾魅 塵(aa5095)』は思う。これは獣の発想だ。
ただ殺す。約束だからこそ。殺す。
本能と同レベルで刻み込まれてしまった『願い』は常に自分を断罪者としての位置に立たせてきた。
『人造天使壱拾壱号(aa5095hero001)』が時折自分を眺めていることがある。
その視線に色は無いように思う。だが、もしかすると嘲笑われているんだとしたら。
それは当然の反応だとも思った。
大切な人も死に。大切になるはずだった子も死んだ。
自分が殺した。
その時消えているのが、人として自然なこと。
だから生き残ってしまったからには。
それを食い破るために命を燃やすと誓ったのだ。
力こそ世界の真理。
善の定義など弱者が群れる方便。
罪の意識など弱者が心を守る嘘。
「わかってねぇな~。エセバスちゃんよぉ。俺が断罪者だっての」
塵は告げると無造作に手を振るう。そこから放たれたのは黒死の波紋。
次いでさざ波に溶かされて消える、砂上の楼閣のように、人の目の前で形を成し始めていた彼の罪悪感は姿を消した。
「め! つぶるお!」
次いで槇が何かを放る。
それは塵の頭上を通過し、エセバスの眼前へ。そしてそれが爆ぜると今度は世界が極光に包まれた。
その光に目をやられないようにリンカーは陣形を整え、目の前に召喚された黒塗りのリンカーと、エセバスを眺める。
構築の魔女と槇で牽制射撃。
放たれた弾丸は空間を跳躍してエセバスの顔面に突き刺さった。
「由香里さん」
手を伸ばす蛍丸。
その視界に黒い影が割ってはいると、いとしい恋人の姿は見えなくなった。
だが『橘 由香里(aa1855)』は一切あわてることをしない。
作り出された自分を眺めて。私ってこんな顔だったっけ? と考える余裕すらある。
「私は大丈夫」
由香里が告げる。
「…………」
「信じて」
由香里はトリナアイナを振り回すと穂先で地面を切りつけた。甲高い音が鳴り、それが蛍丸への合図となった。
「信じています! 由香里さんが自分でどうにかできるという事も、危なくなったら声をあげてくれるという事も」
その言葉に由香里は小さく笑った。
――おうおう、小僧がまた女のもとへ走っていきおるぞ、由香里。
『飯綱比売命(aa1855hero001)』が悪戯っぽく告げると、由香里は溜息をついた。
「そう言う人だもの仕方ないわ。私も今何が優先されるべきか分かってる」
次いで攻撃してきたのは由香里オルタ。
漆黒の刃は背景が黒い世界で大変見づらい。間一髪のところで刃を柄で退けると。
由香里の中に声が流れ込んできた。
それは由香里の声? 違う。由香里が思い描く親戚一同の怨嗟の声。
逃げるのか、裏切るのか。捨てるのか?
その声に由香里が歯噛みすれば目の前の自分は父の声で囁きかける。
「そうとも。お前は自分に掛けられた希望も、願いも、打ち捨てて目先の感情に溺れた愚か者だ」
その目は知っている。目立った。
自分を責め立てる目。自分を呪う血走った眼。
家名の為だけに娘に全てを背負わせた人達の目。
「悪かったとは思ってる、期待に応えられなかったことも、今ここにみんなの想いを世話ずに立っていることも。けど。後悔はしてない」
由香里は自分自身を弾き飛ばすと、槍を大きく回して切っ先を下に構えた。
「だって、今が一番幸せだもの。だから!」
再び二人が刃を交える。
その剣声が深く遠くまで伸びるとともに、エセバスの戦いも激化している。
その大ぶりの鎌の一撃を範囲外にバックステップでかわした『八朔 カゲリ(aa0098)』は素早く懐へ飛び込んで、巻き込むような回転切りを放つ。
その混乱に乗じてイリスが動いた。
腕の可動域前回まで振るった刃を戻す時、一瞬速度は零になる。
その瞬間を狙って盾で鎌を叩き落とし、踏みつけて駆け上がり、斬り込む。
イリスはそのまま着地して反転。
同じく振り返ったエセバスの顔面にニウェウスの魔術。そして槇の銃弾が突き刺さった。
悲鳴を上げるエセバス。
「罪人どもめ」
「うるっさいな! 口を閉じろ化け物」
先ほどからイラつきの収まらぬイリスである。そんなイリスは盾に振りかぶられた鎌を真っ向から盾で抑えてみせるが、同時に鎌から炎が噴出。
それが火球となって構築の魔女を狙う。
――覚者よ。切り落とせ。
「無茶を言う」
『ナラカ(aa0098hero001)』が尊大に言い放った言葉に呼応してカゲリはその刃を振るう。地を走る浄化の炎はその牙にて火球を全て粉砕した。
――ふむ、舞踏はではないみたいだね。
「足元ががら空きだぞ!」
イリスはスライディングの要領で距離を詰め、伸び上がるように切り上げ膝にダメージを与える。
次いで槇、塵。構築の魔女、ニウェウスからのタイミングを合わせた総攻撃。
肩や腰と言った可動域を潰され、空中に磔にされてしまったように動きを固まらせるエセバス。
「にしてもマリアさんを引き離さなければ、思うように戦えません」
構築の魔女が告げる。その視線の先にはエセバスと近しい距離に茫然と立つマリアがいる。
彼女はふらふらとエセバスが離れれば近づき、近付けば離れと一定の距離を保っていた、まるで悪夢にうなされる夢遊病患者のように。
「大丈夫だお、隙を作ってもらえれば」
「……ん? 策がある?」
ニウェウスがそう問いかけてエセバスの視界を魔術でふさぐ。
「うちの最終兵器が向かうお。女の子ならお任せだお」
その時エセバスの足元で、一際眩くイリスが輝いた。
「っ……天翔華!!」
やや無理な体勢から突き上げるような連撃。黄金四翼を光刃に変えた比翼連理の剣でエセバスを深々と撃った。
「ぐおおおおおお。お前たち!」
エセバスの肋骨が開く、その肋骨は全て鎌となっている。
一本の鎌を取り外すと両手にそれを携えてリンカーたちに視線を落とす。
「安心するがいい、己が罪を認められずとも。我がお前たちを断罪する! 故に!」
その愚神を背後から香月が襲った。牽制代わりの銃撃。
「なぜ……」
香月も自身の罪悪感に囚われ、オルタと戦うはずだった。
だが今こうして、愚神へと弾丸を届かせた。
それはなぜか。
「決まっている。だがそれが向かうのは自分自身ではなく、紛れもなく愚神だ」
香月は刃を押し込みながら血走った瞳で叫んだ。
「お前たちを一人残らず滅ぼす。そのための刃となると、私は誓ったんだ!」
そのまま柄を両手で握り、腰に力をためてフルスイング。
あたりにタールのような血液が散らばった。
「私にとっては、戦いを放棄することこそが、愚神の存在を許すことこそが彼女にとって最大の罪だ」
そう静かに告げる香月。その視線はマリアに注がれていて、それに気が付いたマリアが恐れの混じった視線で香月を見あげた。
「自分を責めたところで、お前は貴重な時間を無駄にするだけだ。今のお前のやるべきことは、愚神を倒して友人を救えなかった責任を果たすことだろ」
その言葉を受けてマリアは両目を覆い叫び出す。
「ああああ! あああああ」
次いで足元から再びマリアの分身が現れた。
「あなたは大切な人の存在を食らって生き続ける悪魔だ。そんな存在を私も彼女も許しはしない」
その時、空間が脈動した。
マリアが深く、深く悲しめば悲しむほどに空間は強さを増していく。
オルタは力を強めていく。
たとえば一人の男の闇が、男に語りかける。
彼が背負う闇が今、顔を見せる。
第二章 残影
「人を殺す時、どんな顔をするかは人それぞれだ。
憤怒に塗れた顔、恐怖に怯えた顔、感情を切り落とした顔……。
僕はね、微笑むんだ。殺すのが嬉しいから、傷つけるのが気持ちいいから、食卓に大好物を見つけた時みたいに、微笑むんだ」
ヨハンは男の首を絞めていた。
床に押し倒して、両手を両ひざでおさえつける。
その男の顔は自分と同じつくりをしていて、けれど自分とは違う表情を浮かべる。
それは苦悶の表情、痛みに苦しむ表情。
それは彼にとって無力さの象徴。
だから自分で殺せる。
何度も行ってきたことだ、心の中で何度も行ってきたことだ。
それを今、目の前で行っている、ただそれだけのことだ。
「ねえ、どんな気持ち? 意気揚々と出てきて、威力のあるスキルが一つもないって気づいたのは」
そう問いかける言葉は全て、自分の心に意味を伴って反転する。
ねぇ、どんな気持ち? 他者よりか弱く生まれついて、何も手にできない。何も守れない、そんな自分のまま生きて、これから生きていくとしてどんな気持ち?
だがそのオルタは、自身の口では何も語らない。
『自分の罪深さは今更説明するまでもない』とでも思ってるかのように黙っている。
代弁するのは、いつだって自分自身だから語る必要など無いのだ。
「お前は僕と同じ。大した力もないくせに弱い者いじめが大好きで」
その言葉が胸に突き刺さる。
「自分の事が大嫌いで……この世界から憎きヴィランズを消し去りたいって、いつも、身の程知らずにも願ってる」
突き刺さった刃は、氷で作られた刃なのだ。心を内側から凍てつかせて、そして血液さえも凍らせていく。
「罪深いね。特に最後のが一番罪深い」
そうヨハンは嘲笑う、自分を、自分自身を。
ああ、違うか、ヨハンは思い直す、嘲笑っているわけではないのだ。
自然と吊り上る口角に触れて思う。自分は今、楽しんでいるのだと。
「けど、そんなのは今はどうでもいい。僕が興味があるのはただ一つ……自分を殺したら、どれだけ気持ちいいのかってことだけ」
「さあ、一緒に地獄に落ちようか!」
互いに互いのスキルで動けなくなった二人は、お互いに戦略も戦術を投げ捨てて、ただただお互いを殺し合う。
(もし僕たちがここで邪英化したら……世界ごとヴィランズを滅ぼす力が、手に入るんだろうか)
麻薬的なその行為にふけるたびに、ヨハンの理性が溶けていく。
(……そんなはずは、ないか)
ヨハンは再び刃を振り下ろす、痛みなんて感覚はもうなくなってしまったとでも言いたげに。
対して由香里のオルタはフィールドを縦横無尽に立ち回りながら。時折仲間からの火力支援を受け戦線を維持している。
由香里は刃を交えながら考えていた。オルタの数が少なければ戦闘能力が増すのではないか。
それはそうだろう、愚神にもキャパシティというものがある。
管理できるユニット数、配給できる霊力量には限界があるのだ。
だが今現在ほとんど由香里のオルタのみがまともに戦闘できていると言える、この状況でこのオルタに力を注ぐのは当たり前だと言えるだろう。
「何故、想いに応えない。お前はその為に育てられたというのに」
由香里オルタは白蝋の様な肌をして、冷たく言い放つ。
柄と柄を交差して、つばぜり合うと、顔を近づけてオルタはにんまりと微笑んだ。
「そんな生き方は認めない。私が、自分の感情を優先したら父上と母上はどうなるのだ。自分だけ幸せになろうというのか!」
そんな自分自身の言葉と思いを受けて、由香里の中に浮かぶのは憐みにも似た感情。
「……嫌ね。何度上書きしても滲み出てくるモノを相手にするのは」
「なに?」
「もう、私は誰かの言いなりになんてならないってこと」
その瞬間由香里オルタの体が真横に吹き飛ばされた。三度バウンドして由香里オルタは両手をついて飛ぶ。そのまま四つん這いとなって勢いを殺し、口で保持したトリアイナを再び構えた。
「仕留めきれませんでしたか」
「……ん、ナイスアシスト」
由香里オルタの背後に待ち伏せていたのはニウェウス。魔術を起動。終焉之書絶零断章を全力展開。
リフレクトミラーに霊力を充填。
あたり一帯ごと、冷気で凍てつかせる。
四肢を冷凍され身動きが取れない由香里オルタ。
そのオルタに由香里はゆったり歩み寄る。
――ま、そのうち片付けなければならぬ問題じゃ。でないといつまでも悩まされるじゃろ。
飯綱比売命があっけらかんと告げる、その言葉に由香里は頷いて答えた。
「あなたは、答えたいと思わないの、両親の期待に。彼らはあなたに希望を見ていたのよ」
由香里オルタが必要な表情で由香里にそう訴えかけた。
「そうね、そうだと思う。私が全てうまくできていれば何の問題もなかったのよね。それに関しては謝りたいと思ってる。けれど」
けれど、そう由香里は思う。
目の前の自分。彼女は、自分の影は1年前で動きを止めてしまっている。
「私は前に進むわ。それがあの人たちが望んだ私の成長じゃないとしても。」
彼の手をとったその時から、自分には積み上げて来たものがある。
「だから! それがほんの少しの差であったとしても!」
告げて振り下ろす槍はオルタの足元に突き刺さった。武器を捨てて由香里は自分自身を抱きしめる。
「……忘れていた訳ではないの。対峙したくなっただけ。でも、そうね。私も向き合わないと……ね」
氷が解けていく、オルタが自由になる。パキパキと音をたて無理やりに体を動かすオルタ。
そのオルタもまた、由香里を抱きしめた。
涙を流しながら、優しく。
そして由香里は告げる。
「あなたは幸せになれた?」
「ええ、これからどんなことになったとしても、今ここでこうしている私を、私は後悔したりしない」
「よかった」
由香里は思う。
大切な事は、忘れない事。そして……罪も悲しみも弱さも自分の一部だと……。
「かつて悩んで苦しんだ私も、幸せになるために必要だったんだって胸を張ってくれる?」
「ええ、約束するわ」
もはやどちらの言葉だか分からなくなってしまった言葉。
今、光となって消えてしまったのはどちらの由香里だろうか、そんな錯覚すら生む。
「この問答、何度目かしらね。まどろみ相手にもした気がするわ。似た者同士かしら……」
告げて由香里は振り返る。
エセバスがイリスを吹き飛ばし、こちらを見つめていた。
香月の砲撃をものともせず、ただそちらを。
「愚かな、罪を罪と認めぬとは、永遠にけがれた魂でさまよえ」
次いで放たれた炎がマリアのオルタを覆った。その体の周囲を炎が回り、そしてマリアがもがき苦しみ始めた。
戸惑いをうかべるリンカーたち。だが脅威はそれだけではない。
「……ん、けど気を付けて」
ニウェウスが警鐘を鳴らす。
「オルタも一度倒したならもう出ないとは限らない」
その言葉通り、かみ砕かれた残留思念はドロップゾーンと一体化し。あたりに湧きだした。
由香里の顔が地面や天井から皆を覗く。
だがそこに、由香里の願いなど反映されてはいない。ただただ皮を利用され、そこに配置された機能として。そこにあった。
――無様だね。
ナラカはそう、愚神をあざけった。
――虚勢を張るのが精一杯なんだろう?
世界に投影された由香里オルタが攻撃してくる気配はない。
であればあとにやるべきことは……。
――三文芝居は終いだよ、エセ監督!
ストゥルトゥスが叫んだ。
「生き足掻く者達の、恐ろしさ……思い知りながら、消えるといい!」
次いで塵はマリアオルタから視線をはずし、蛍丸に抱きかかえられたマリアを見る、そして呼びかけた。正確にはその胸の内に幽閉された彼の英雄に対して。
「で?英雄さんよ、黙ってんのかい?」
――……Xさま……まりあ様、忘れてます。自分の名前、友達の名前。
その時、愚神の物とは違う霊力がマリアの体に満ちた。
――悪を見てせざるは罪なり……です、Xさま。
必死の抵抗だ。
それをみせた。
「俺ちゃんたちがよぉ。あいつを抑えてやる」
そうマリアの前に並んだリンカーたち。
その背中を熱に浮かされた視線で眺めるマリア。
マリアは由香里に問いかけた。
「あなたはなぜ、過去の自分と決別することができたのですか? 自分を許すことができたのですか?」
その言葉に由香里は答える。
「許したわけじゃない。許されたとも思ってない。けど。ずっと向き合っていく覚悟ができた。ただそれだけよ」
その言葉にマリアは首をひねる。
「あなたは本当の自分を見失っているだけですよ。思い出してください。あなたが本当はどうするべきか」
蛍丸は少女の肩を抱きながら、仲間の勇士をその目に刻み付けた。
そして自分のなすべきことをしようと、蛍丸はマリアに視線を向ける。
マリアの美しい青色の瞳に蛍丸の姿が映っていた。
「自分を許せない気持ちはわかります。」
蛍丸は親友を殺した罪悪感をエセバスに責められることで増幅していると考えた。
「あなたに、あなたのご友人は言ったそうですね。『私を殺して』と。でもそれは、あなたに苦しんでほしかったからそうしたわけじゃない。他人を傷つけることが怖くて、あなたに助けてほしかったんです」
「たすけ……?」
「思い出してください、何故マリアさんの大切な人が死を願ったのか、あなたに殺してもらうしかなかったのか。彼女の最後の表情を」
「わからない、もやがかかったように思い出せない。何も」
「仲間を傷つけ、人を傷つける存在になってしまうのを避けるために親友さんはマリアさんに『殺して欲しい』『止めて欲しい』と願ったのではないんですか」
「わからない、私は何も……」
そう首を振るマリア、そんなマリアに蛍丸はたたみかける。
「マリアさん、罪は罰を受けて消えるものじゃないです。一生背負っていくものです」
蛍丸はもう、見たくなかった、自分の罪に苦しんで沈んでいく人々。
地獄の業火のような炎に、誰かの代わりに焼かれたとしても、蛍丸は願っている。
大切な人たちの救済を。
「死んで償えなんて言いません。そして、生きて償えとも言いません。マリアさん、貴女の罪は貴女が決めるものじゃない!」
次の瞬間放たれた火焔球がマリアの口を閉じさせた。
その火焔と、自身の火焔を重ね相殺する塵。
その炎をカーテンのように払いながらイリスが前に出た。
黄金の輝きは闇の中にあって進化を発揮する。
もう誰も傷つけさせない。
そのためにこの愚神を今から殺す。
そんな決意がにじんだ瞳をしていた。
「そのオルタさんを攻撃したら、マリアさんは怪我をしますか? まぁすると言われても明らかに倒してしまった方がよさそうなので倒しますが」
――はははっ イリスは命を守るのに必要なら怪我を負わせる程度の妥協は選択できるのだよ。
イリスの言葉にアイリスは小気味よく笑い声をあげる。
「その選択をさせたお前はマリアさんを助けた後で確実にぶち殺すがな」
――罪だなんだと、たいそうな奴だ。そう言うやつはイリスの正義に裁かれるといい。君とやっていることは一緒だ。
イリスの盾に切りかかり、その動きを止めた。
その胸のうちに邪悪なる炎、魂毒炎が発生する。
それはまるで愚神を吹き飛ばすように吹き荒れた。
「全くだぜ。罪だ何だとままごとかよ」
塵が告げる。
「人間は死ぬ。弱ェヤツは直ぐ死ぬ。それだけだろ?」
誰に? どちらにもだ。
塵はここに存在するすべてが気に食わない。
「……大体よ……『手前の罪は手前が決めるものじゃネェ』だろ?」
塵は地面に転がる愚神を一別してマリアに歩み寄り、胸ぐらをつかみあげた。
「……なに勝手に今死んで終わりにしよーとしてンだよ……?」
直後広がるリンクバリア。闇が照らされ、ドロップゾーンの真実が露わになる。
「見ろよ! テメーが弱ぇ所為で! ダチ公はおろか! 関係ねーヤツまで大勢死んだッ! 挙句俺らと英雄まで殺しかけてラァ!?」
マリアは怯えた表情を見せた。
このドロップゾーンはマリアの心を反映させたものでもあったのだ。目を背けたかったものを覆い隠して。
そして夢に没頭させる魔法の箱。
「そんな大罪人がヨォ!? 『今死ぬ程度で許される訳無ぇ』だろォが!」
「やめて! 私に、私にどうしろっていうの」
マリアの金切り声。同時にマリアオルタが苦しみ始める。
その周囲に纏われた炎が半分に減っていた。
「贖いたきゃあ50年は! 惨めに! 『人殺し』って指差されて! 糞溜めで死ぬんだよッ!」
「いや、いや、だったら、だったら死にたい」
「舐めたこと言ってんな。……ホントは逃げてぇんだろ? 手前で勝手に罰を決めてよォ。死にゃあ楽になれるもンなぁ?」
死、その言葉を他人から伝えられれば新たな恐怖が湧く。その恐怖に顔をひきつらせた。
「だが俺ちゃんは優しいからヨォ……叶えてやろうか?」
そう拳に魔力を込める塵。
このドロップゾーンは確実にマリアと深くつながっている。
であれば、マリアを殺したなら解除。あるいは著しく弱体化することだろう。
その拳を手に取って、静止したのは槇。
その背後では仲間たちが戦っている。
――……ここで死を選ぶのは本当に、重責から逃れたいだけだ。
誄が告げる。
――本当に罪を感じてるなら、判決を受け入れ、それ以上に友達の気持ちになって。
だが、だが違う。槇は思う。誄は違う、思い違いをしている。
(……マリアは本当はただのか弱い普通の少女で……)
「……うる」
――お?
誄が素っ頓狂な声を上げる。何かの聞き間違いかと耳を疑った、なにせその声は自分と共有するその体から発せられたのだから。
「うるせぇぇーーーーお!!」
叫びがゾーンに木霊する。その思いのほか響いてしまった声に愚神やマリアは愚か槇すら言葉を失うほどに。
「違う、違うお……」
槇は拳を握りしめる。
沢山のいろんな意見を聞いてきた。
でも全部微妙に違う気がする。
どの言葉も彼女が求めているものではない気がする。
「……本当は罪とか罰とかどうでも良いんだお?」
槇は想像した。例えば弟が、例えば隊長が。例えば誰かが目の前で、消えかけの命で。未来への希望をかなぐり捨てるような無理やりな笑みで。
泣きながら。殺してと。懇願……していたなら。
「マリアたんはただ悲しいんだお? 悲しくてグチャグチャで自棄んなってるだけだお?」
「漏れだって、弟者が漏れのポカで死んだりしたら、罪悪感に潰されちゃうお……」
「だけど! それ以上に、ただただ悲しいお! 逢いたい逢いたいって泣き喚くお!」
「でも逢えないなら、いっそ殺して欲しいってヤケ起こすお!」
「罪だ何だなんて、二次感情だお! マリアたんは悲しくてもっと泣きたいだけだお!」
足音が聞えた、ひとつふたつ。
よろめくように二人かな足取り、それは槇の目の前で止まる。
その姿が槇には見えない。
おぼろげに、霞んで見える。
瞬きをするとそれがはがれるように落ちた。
嗚咽が聞えた。
自分の物ではない。
彼女の。マリアの手がそっと。槇の頬に触れる。
「だけどきっと、弟者も……友達も……《元気出して》《笑って》って言う筈だお……」
――……兄者……。
誄が言葉を選ぶように恐る恐る口を開く。
――……そうだよ。俺は例え、兄者のせいで命を落としたとしても。
ただその後に続く言葉は自身に満ちていた。
――笑えよ兄者って言うね。そして、俺の代わりに妥協せず生きてくれよって思うね。
そして二人は思いを共有して目の前のマリアにこう告げる。
「「あんたの友達はどうだい?」」
「笑ってくれるかは、分からない。けど怒ると。思います。私が泣くと、あの子は怒るんです」
――あの、中がいいのはいいことだけど、こっちも手伝ってくれない?
そう告げたのはストゥルトゥス。
その時。マリアの顔が至近距離にあることに気が付いて槇は大慌てで体を放した。
――キミの本当の気持ちは、キミにしか分からない。
「貴方は、自分と、向き合わないといけない……」
ニウェウスとストゥルトゥスは穏やかに告げる。全員がマリアを見ていた。
――逃げるな。自らを見据え、本当の気持ちを掘り起こし、果たすべき事を成せ!
「はい」
「生き残った、者には……その義務が、ある!」
「まだ、心の整理はつかないけど、痛いままだけど。それでもいいんだって教えてくれた人がいますから」
そうマリアは告げる。
そして自分自身を見つめた。炎はあと一つ。
「今ならオルタを倒しても無害よ」
由香里が叫ぶと、構築の魔女が走った。
敵の投げた鎌をスライディングで回避、次いで放たれた炎はカゲリが盾となって守った。
ニウェウスの起こした爆風で舞い上がると斜め上からマリアオルタを狙う。
「本当の断罪は、保留という事にしておきましょう」
素早く体制を立て直し、その腕の重火器、サイトを目標に合わせる。
膝を曲げ衝撃を殺す姿勢に入ると。トリガーを引いた。
衝撃でわずかに地面を滑る構築の魔女。
「当てるだけでいい等と意識したなら……能力に使われている二流ですよ」
放たれた弾丸は緩やかに弧を描き、空気を切り裂いて加速、マリアオルタの額をうちぬく。
悲鳴が上がった。首がガクガクと振り回されて、そして……。
次いで黒いマリアは笑顔を浮かべ、ひとつ。ありがとうと言った。
周囲に舞い散る霊力、ひび割れていく闇の世界。
次の瞬間ドロップゾーンの崩壊が始まった。
爆ぜて鏡面のように輝くドロップゾーンの欠片。
「煌翼刃・茨散華!!」
夜空にも似た薄明かりを背景に金色の火花が散る。
茨上の光の刃が高速回転してイリスの刃が鎌を叩き切った。
その隙に愚神を真正面からとらえたのはカゲリ。
――人が試練を乗り越える瞬間は素晴らしい。
そう不敵に笑うナラカと、何も告げないカゲリ。
その双刃を交差させ。放った膨大な熱量が愚神に叩きつけられ、愚神は吹きとんだ。
駆けるカゲリ。
その光景を眺めて香月は武装を銃から刃に切り替える。
そして、その渾身の一撃を愚神に叩き込む。
「出し惜しみはしない」
全技量を惜しみなくエセバスに叩きつける香月。
刃を振り上げ、振りおろし、その肋骨を粉砕する。
その剣撃に一切の迷いはない。
「私は私だ、他ならぬ黛香月だ。たとえ貴様が私の分身を作ろうと、そんなものは簡単に捻り潰して、貴様と一緒に地獄の底に叩き落としてやる!」
その言葉にナラカは機嫌がよさそうに笑う。
「どうした?」
――いや、私自身が試練を課さずともよかったと思ってね。
カゲリはその言葉に眉をひそめる。
両手の剣でエセバスの鎌を受け止めながら。視界の端に蛍丸や由香里が回るのを見た。
――皆を不甲斐ないと断ずれば、試練を成すべく己に宣告死限をと指示する可能性はあった。
「俺の体だぞ?」
――さぁ、皆よ面を上げよ前を向け、胸を張っていい。確かに私が望む輝きを見せてもらった。
そして愚神は邪魔なので滅却する。
その意志のもとカゲリが両手に掲げる刃が翼のように大きく広がった。
ゆったりと歩み寄るカゲリ。
その動きをサポートするために構築の魔女が動いた。
エセバスは折れた鎌を振るおうとするが。その先端。手。肩。そして胸と順々に撃ち貫いていく。
「闘争は生存競争でしょう? 何の罪があるのです?」
構築の魔女は問いかける、しかしエセバスはそれにうめき声でしか言葉を返せない。
「私達と愚神で共に守りえるルールが築けるとでも?」
構築の魔女は思う。
意思を持ち想いを貫き、遺志を持ち想いを受け継ぐ。
希望も絶望もすべては絆……善悪はなく罪などと呼びはしない。
「私はまだここにある、ならば先に進むのみ唯それだけでしょう」
そしてその砲撃が愚神の眉間を貫いた。
「マリアさんを裁かせはしません」
次いで両翼が振るわれる。カゲリの双撃が愚神を押しつぶすように振るわれる。
「なぜだ、何故……御前も罪人ではないか。愛する者を救えなかった、罪人だろうに」
――覚者はその程度の言葉に驚されるほど、軟弱な精神をしていないのだよ。
彼の罪を糾すとするなら、それはその破格の意志力に他ならない。
進むと決めた、だから征く――単純で、然し誰もが何処かで妥協を抱くそれを彼は貫徹する。
その過程で踏み躙ったものもあれば、犠牲にしたものもある。
それでも彼は止まらない。歩みを止めれば己が轢殺した総てを無為と貶めてしまうが故に。
――罪悪感はあるだろう、胸を痛ませることもあるだろう。しかしそれで歩みを止めることはありえない、それがなぜかわかるかな?
愚神はもう口を開くこともできない、打ち砕かれた四肢。武装は砕かれ地面に転がり。
空から伸びる光の梯子を一心に受けている。
――自罰にくれて、自己満足にふければ、彼の目的から遠ざかることになる。
地獄の踏破を以てその総てに報いる光を齎す――総ての「敵」を滅ぼした果て、妹が安心して目覚められるように。
最後の反撃とばかりに振るわれたエセバスの腕。それを真っ向から刃でうち砕く。
そのカゲリの表情からは感情が感じられない。
処理すべき作業を終わらせた。
そのような表情しか見えない。
――さて、終わらせよう。此度の事件、私は皆の奮闘が見れただけで満足だ。
ナラカは告げる。ナラカは信じているのだ。カゲリが外敵を撃ち滅ぼした先に多くの者を救う未来があると。
彼にあるのは不変の意志と覚悟、それのみであり。
他者以上に己に厳正なのが彼である。
――劫火の如き意志を以て世界を拓く者――ナラカが謳いし《燼滅の王》なれば。
次いで振るわれた一撃にてカゲリはエセバスの頭蓋を砕き。
放たれたバックファイアーが愚神の骸を全て灰とした。
灰色の風が吹き荒れる。
マリアの世界は夜明けを告げたのだ。
エピローグ
マリアが光の中で目を覚ますと、妖精のような少女が二人、マリアの表情を覗いていた。
「目を覚ましたんだね」
そうアイリスが優しくその額を撫でるとマリアは小さく微笑んだ。
そんな彼女にイリスは告げる。
「ボクはあなたの親友のことは知りません。だからあなたが覚えててあげてほしいんです」
「最後にもう一度、聞きます。本当に? 本当に私はそうしないといけないの、彼女の射ない世界で、彼女がいないことを実感しつづけないといけないの?」
「ええ、親友がいない世界を生きてください。償いは、つらく苦しく長いものでしょう? ええ、苦しんで、それでも長く生きてください」
「いつまでも覚えててあげてほしいんです」
告げるイリスの言葉に、マリアは涙をこぼして頷いた。
そんなマリアへボトルを差し出したのが由香里。
「人はいつも選択を迫られるし、切り捨てた選択肢への悔悟も愛惜も、あって当然なの」
悲しまないで、なんて言わない。悔やんでいい。悲しんでいい。
そう由香里は言葉を続ける。
「だけど貴女、悲しみのあまり喪った人の事まで忘れているでしょう? それは駄目。
まずはそれを思い出しましょう。貴女の痛みを代わってあげる事は出来ないけれど
貴女が喪った人を一緒に悼んであげる事はできる。だから、手を伸ばして?」
そう差し出された手をマリアはとった。
そのことから由香里は安心した表情を見せる。
きっと彼女はもう大丈夫だろう。そう、思えた。
それを構築の魔女は『辺是 落児(aa0281)』と眺めている。
そんな構築の魔女は落児へと問いかけた。
「あちらの愚神、私達の事を知っているようでしたね。それも深く」
何かの前触れだろうか。
そう構築の魔女は重苦しくため息をつくのだった。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
---|