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我が愛しの冬の子
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【相談】春火秋刀
最終発言2017/11/07 13:06:05 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2017/11/06 12:56:04
オープニング
山沿いの町では、今年初めての初雪が降った。例年よりも随分と早い初雪であり、町の住民たちは「異常気象なんて温暖化の影響かしら」と少しばかり不安にかられたのであった。
多くも町の人々は知らなかった。
初雪に紛れて、一人の少女がこの町に降り立ったことを。
●冬の名物
初雪が降った日、一人の大学生が裏道を歩いていた。彼はリンカーでもあり、本日は故郷のこの地に帰省していたのであった。急激に冷えた空気を白く染めながら、大学生は道を急ぐ。滅多に通らない裏道だが、今日は急いで家に帰りたいがために走っていた。予想外の初雪にコートを忘れてしまったのだ。肩に降り積もる雪は体温で溶けて水になり、体温を奪っていく。このままでは風邪をひいてしまう。早く帰って、温かい風呂にでも入らなければ……。
「お兄さん?」
大学生を呼び止める声があった。
ふと、足を止めるといつの間にか大学生の背後には少女がいた。十五歳ぐらいの年頃で、温かそうなピンク色のコートを着ていた。
「どうしたの?もしかして、観光してて迷っちゃったの?」
大学生の疑問に、少女は首を振る。
「私ね、お兄さんみたいな間抜けなリンカーを探していたの」
少女の後ろに、ぬっと愚神が現れる。H.O.P.Eで指名手配されていた愚神に間違いない。大学生は英雄と共鳴し、逃げ出した。
大学生は戦闘経験こそなかったが、スピードには自身があった。少女も愚神も引き離せるはずだし、なによりこの土地は大学生の地元である。裏道には誰よりも詳しい。
背後に少女と愚神の姿が見えなくなったことを確認し、大学生は物陰に隠れる。そして、携帯でH.O.P.Eの電話を繋げた。
「たっ……たすけてっ」
「にがさないよ」
大学生が顔を上げたとき、少女は彼の目の前で笑っていた。
そこから、彼の記憶は一度途切れる。
●リンカーたち
この町には、毎年冬になると愚神が出現する。いつもならば、常に移動しているせいなのか神出鬼没の愚神は、初雪が降る季節になると必ずこの町に現れるのであった。そのため、H.O.P.Eはこの町にリンカーたちを送り込んだ。
「資料によると……今回、愚神は隣町で女の子をさらってるな」
リンカーの一人が情報を確認する。
さらわれた少女だったフユカは、リンカーであった。だが、その幼さと契約した英雄の幼さも合わさって彼女はH.O.P.Eで働くことはなかった。
フユカは愚神がらみの事件ですでに両親を亡くしており、彼女の両親の古い知り合いである男が養子として彼女を引き取ることになっていたのであった。その男もリンカーであり、周囲は彼がフユカにリンカーとしての教育をすることを期待していた。だが、フユカが正式に男の養子となる前に彼女は一時的に滞在していた親戚の家から姿を消したのであった。
「もし、愚神になっていたら少女を助けることは不可能なんだろうな」
痛ましい、とリンカーは顔を曇らせた。
「裏路地で、大学生が襲われたと連絡が入りました! 急いで現場に急行してください!!」
仲間の一人がH.O.P.Eより連絡を受け取り、全員が走り出した。
●ある男について
男は、父親になり損ねた。
男の名は、ナツキといった。すでに結婚はしていたが医者にナツキは「子供をつくることができない体質だ」と言われて、実子はあきらめるしかなかった。妻には申し訳なかったが、彼女はそれでもナツキのそばにいてくれた。ほどなくして親友の子供を養子にする話が持ち上がり、ナツキは喜んでしまった。
友人夫婦が亡くなり悲しむべきはずなのに、自分も子供が持てると思って喜び――人知れずバチが当たるのではないかと恐れた。バチはあたった。
正式に養子になる前に、フユカは行方不明になってしまった。
愚神が無意味に少女を誘拐するわけがない。きっと彼女は、もう取り戻すことができなくなっているだろう。過去と同じフユカに見えても、今もフユカはもう過去のフユカではない。
愚神の手下だ。
「おじさん、また来たの?」
裏路地で、日本刀を握ったフユカを見つける。
十五歳のあどけない顔には返り血。
ナツキは血の気が引いていった。このままでは、フユカは犯罪者として記録される。人を殺した残酷な人間として、その名を刻まれてしまう。
愚神が彼女をさらったのは、ナツキのバチのせいなのに……。
ナツキは、フユカが刺した大学生へと駆け寄る。そして、その傷を癒した。フユカは被害者なのだ。犯罪者としての汚名など、着させられない。それが、ナツキにできるフユカへのせめてもの思いやりであった。たとえ、もう殺すことしかできないとしても名誉だけは守ってやりたかった。
「どうして、私がやっつけた敵を回復させるの? おじさんなんて、大っ嫌い!!」
フユカの声を聴きながら、ナツキは懸命に大学生を回復させる。
――フユカを殺人犯にさせないために。
「ねぇ。お母さん、今日は力を貸してよ!」
●リンカーたちが見たもの
「どうなっているんだ……」
リンカーたちが駆け付けたとき、愚神は裏路地にはいなかった
愚神は表通りに現れて、人々に牙を向けていた。
その愚神の前には、ナツキとフユカがいた。
満面の笑みで、フユカはリンカーたちに向って言う。
「ここは私たちの狩場になるんだよ」
リンカーに向って、少女はそう言った。
「――ああ、彼女はもう駄目なのか」
一人のリンカーが祈るように呟いた。
解説
・愚神とフユカの撃破およびナツキと大学生の保護
・大通り(昼)……人通りの多い道だが、居合わせた別働隊により避難誘導と周辺封鎖は完了済み。
・フユカ……実戦経験が豊富であり、身軽さを生かした素早い攻撃が得意。二刀流の日本刀で戦う。すでに人間のライブスを吸っており、愚神化してしまっているため助けることはできない。
冬の花――目にも止まらぬ攻撃で相手の目を強制的に自分にひきつける。
冬の雪――自身の周囲に雪を発生させ、視界を奪う。その雪のなかに一定時間いる相手のスピードが著しく下がる。
冬の分身――ライブスを使用し分身を作り出し、敵を翻弄する。
ナツキ……誘拐されていたフユカを十年間探していたリンカー。現在が愚神に操られており、意識はない。攻撃力は低いが、防御力が高く相手を回復させることが得意。武器は、拳銃。愚髪の側におり、そこから離れることはない。一定量のダメージを受けると意識が戻り、PLたちに味方をする。
執念の絆――自分の周囲にいる者全員のダメージを半分量回復させる。
護身術――近づいた敵を隠し持っていた銃で攻撃する。
後悔からの献身――一度だけフユカの体力を全て回復する。
愚神……人を操ることに長けた、女性型の愚神。長い髪が蛇のようにうねり、その髪を絡ませることによって相手のライブスを得る。また、髪を硬質化させて武器とすることも可能。現在は大学生から戦闘に使うライブスを奪っており、大学生が髪から離れると攻撃力が大きく落ちる。
母の毒――髪の毛一本一本を硬質化させ、それぞれを四方八方へと飛ばす。受けると麻痺状態となり、一定時間動けなくなる。
母の愛――髪の毛を棍棒のように纏め上げ、それを力いっぱい振り下ろす。見た目以上に質量があり、食らうと大ダメージ。
母の献身――味方の攻撃力を大きく向上させる。
洗脳――大ダメージを追っている相手に語りかけることによって、一時体に相手を洗脳する。
リプレイ
地方都市の大通りの真ん中には、愚神と少女が並び立つ。今年最初の雪が降る光景を目に焼き付けながら、誰かが呟いた。
――ああ、彼女はもうだめなのか。
●それは少女のための
「……手遅れだったみたいね」
雪室 チルル(aa5177)は避難が終了し、寂しくなった大通りで呟く。これから戦う相手に、救いはない。与えられるのは、死だけ。
『そうみたいだね。でも、やらなきゃいけないことはやらないと』
スネグラチカ(aa5177hero001)の言葉に、チルルは被りを振る。
割り切れない、のだ。
「それはわかってる。わかってるんだけどさ……」
チルルの思いに心同じくした人間は多い。
その多くが複雑そうな表情を浮かべて、進むべき一歩をためらっている。
「助けられないのは残念だけど……」
九字原 昂(aa0919)もその一人であった。
攻撃しなければいけないと頭で分かっているが、どうしても最初の一歩に踏ん切りがつかない。そんな彼をベルフ(aa0919hero001)が叱咤する。
『どうしようもない状況なんてのはゴロゴロしてる。見切りをつけろ!』
気がついたとき、フユカはもう眼前まで迫ってきていた。
『全て斬り落としましょう、首も罪も後悔も』
その攻撃を昂の代わりに受けたのは、凛道(aa0068hero002)であった。
凛道はフユカの首を狙って攻撃を定めるが、その前に彼女は凛道から距離をとった。
『やっかいなことです。彼女は戦いなれている』
「戦いなれるだけの時を過ごしたぶんだけ鎖は重いよ。気合入れてね」
木霊・C・リュカ(aa0068)の言葉に、凛道は頷く。
少女の人生を踏みにじった愚神を凛道は許すつもりはない。
そして、愚神に踏みにじられた少女を殺す覚悟も凛道はしていた。
『もとより、そのつもりです。どんなに鎖が重く、硬くとも、ここで彼女を止めなければ』
凛道と戦うフユカを見ながら、昂は彼女の素早さに感心する。
大人と子供の体格差がありながらもフユカがまともに凛道と戦えているのは、その身軽さを生かしきっていることが大きい。
「身軽さが自慢という事なので……」
『まずは、その長所から削る』
戦闘においては、初歩の初歩である。
昂は凛道が離れた隙に、フユカに接近する。
そして、彼女に切りかかると見せかけて女郎蜘蛛を発動させた。
『よし。上手く引っかかったな』
ベルフの言葉を聞きながら、昴は叫ぶ。
「あとは、お願いします」
彼の声を聞いたチルルは答えた。
「任せて!」
『相手の動きが早い以上、こちらから攻撃を仕掛けてもかすりもしないだろうし。動きが止まっている、今がチャンスなんだからね』
スネグラチカの言葉に、チルルは「わかってるよ」と答えた。
きっと相手にダメージを与えられるチャンスは少ない。
その少ないチャンスを自分たちは、上手く使っていかなければならない。
「程よく消耗してきている頃合いだろうし……」
『本格的に畳みかけていけ』
昂はベルフの声を聞きながら、霊奪を使用する。
このまま順当に行けば勝てる、誰もがそう思っていた。
●おろかな父親
「人間を捕えて洗脳し、手足のように扱う……もはや言うことはあるまい」
黛 香月(aa0790)の脳内に蘇るのは、敵の存在であった。
かつて自分を捕らえて、兵器とするために醜い体にした、今では素性もしれない愚神。その憎い敵と今回の敵は同類だ。心根が腐っている。その腐臭に香月は「耐え切れない」とばかりに眉間の皺を深くする。
『貴公の気持ちはわかるのじゃ』
清姫(aa0790hero002)は、ちらりとフユカを見る。
彼女は何か言いたげではあったが、静かに燃える香月を邪魔するほどの気持ちではなかった。
「愚神は、私たちで抑える。その間に、ナツキの解放を!!」
香月の言葉に答えたのは、紫 征四郎(aa0076)であった。
「ナツキ! 気を確かにしてください! あなたまで愚神にするわけには参りません!」
彼を正気に戻すために、征四郎は叫びながら戦う。
その声は、必死であった。
フユカは、もう助からない。それを征四郎は理解して、受け止めている。だからこそ、これ以上の被害者を出すわけにはいかないのだ。
「もう、フユカは……」
『ならば迷うことはない。最善は、ここで全てを止めることだ』
俺様たちだからできる、とガルー・A・A(aa0076hero001)は彼女を励ます。
ナツキは、隠し持っていた拳銃で征四郎を攻撃した。
その攻撃から征四郎を庇ったのは、月鏡 由利菜(aa0873)であった。
「あなたはそんな誘惑に屈するほど弱い存在ですか!」
グングニルを構えながら、由利菜は叫ぶ。
『急に、あたしの出番が来るとはね』
ウィリディス(aa0873hero002)は、操られたナツキを見ていた。
彼とフユカが親子として歩んでいこうとしていたことを思うと、やりきれない思いに駆られる。
『……とにかく、この状況を何とかすればいいんでしょ?』
ウィリディスはそう呟いた。
「俺たちは、依頼をこなすためにきているんだ。余計な感情移入は、自分の心を消耗させるだけだぞ」
バルタサール・デル・レイ(aa4199)は、RPG-49VL「ヴァンピール」を構える。彼の凍てついた心は、感情移入をしない。興味も抱かない。目の前のオーダーをこなすのに、必要なことだけを考える理性だけが働く。
『きみはいつだって、そうだよね。僕は、ナツキの気持ちには少し興味があるかな』
紫苑(aa4199hero001)の言葉に、バルタサールは「ほう」と返事をした。柳のように全てを受け流す自分の英雄が興味を持つとは、それ自体が興味深いと思ったのである。
「一気に、畳み掛けます。おそらく、ナツキさんの攻撃手段はさほど多くはありません!」
『あんまり、反撃してこないもんね』
由利菜の言葉に、ウィリディスは頷いた。
彼女たちの後を追い、一気に攻撃を仕掛ける。
全員の作戦がそうまとまった時であった――ナツキは「後悔からの献身」を発動させる。ナツキ自身には何の効力も及ばさない、この技。
一瞬、何がおきたのかが由利菜には分からなかった。
一番最初に、その技の効力を悟ったのはガルーであった。フユカのダメージの全回復こそが、ナツキの技の効力であった。
チクショウ、とガルーは呟く。
『お前さんがやってることは、たまたま被害が出ていないだけの綱渡りだ。わかっているなら、その手で終わらせてやることが親父の仕事じゃねぇのかよ!』
「ガルー……ナツキさんは、まだ」
愚神に操られたままだ、と征四郎は言いたかった。
ガルーにも、それは分かっている。だが、娘の苦しみに長引かせてしまう父親の後悔に叫びたくなってしまっただけなのだ。
「正気に戻ってください!」
由利菜の懇親の一撃が、ナツキに向っていた。
●許すことなどできない愚神
「……じゃあ、始めよう」
アリス(aa1651)は、静かに呟いた。
彼女の眼前にいるのは、女性の愚神である。長い髪が蛇のようにうねっていて、その髪でもって大学生を捕らえている。
「先ず、あの大学生を放してもらいたいかな。ライヴスを奪ってるみたいだし」
アリスの言葉に、Alice(aa1651hero001)は頷く。
『まぁ……あの髪を切るのが手っ取り早いだろうけど……硬質化、か』
やっかいだね、とAliceは答える。
二人とも、今回の愚神に思うところは何もない。ただ依頼がきたから、害獣を駆除するぐらいの感情しか持ち合わせていない。ただそれでも初雪のせいなのかもしれないが、この場は少し寒い。
「……寒いのは嫌いなんだ」
『……わたしも寒いのは嫌い』
二人のアリスは幻想蝶を使用して、愚神の髪の劣化を狙う。
『マスター、ボクたちの出番だよ!!』
「分かってるよ!」
ストゥルトゥス(aa1428hero001)はニウェウス・アーラ(aa1428)に背中を押されて、絶零断章を構える。狙うは、髪の切断だ。だが、愚神の髪は思った以上に硬い。
『マスター、攻撃が来るよ』
「それ……でも」
まずは、この髪を千切らなければ。
戦況をひっくり返すことはできない。
「あせるな」
そう呟いたのは御神 恭也(aa0127)であった。彼はアンチマテリアルライフルで、愚神の髪を狙った。
「戦闘中でも構わずにライブスの供給元を侍らしてる事から見ると、単体での力は弱い可能性があるな」
『じゃあ、あの大学生さえ何とかすれば、こっちに勝ち目があるんだね』
伊邪那美(aa0127hero001)の言葉に、恭也は頷く。
「愚神もそれは分かっているだろうから、こちらの攻撃を必死に妨害してくるだろうが」
『それでも、あの愚神は絶対に許せないよ』
伊邪那美の声には、怒りが含まれていた。
●ツキに見放された親子
ナツキの目に理性が戻る。
彼が最初に目にしたのは、フユカとリンカーたちが戦う姿であった。その姿に、ナツキに絶望が灯る。
――子供が欲しかったのだ。
――死んだ友人の子供が養子になると聞いたとき、喜んでしまったのだ。
――バチがあたった。
「バチか……日本人特有の感情だな」
ナツキの身の上を聞いたバルタサールは「くだらない」という心の声を奥へとしまう。理性が、その言葉は不要であると判断したのだ。
「フユカさんが戦ってきた時間は……人と愚神が完全に同化するには、十分すぎる時間です」
それはあなたも分かっていますよね、と由利菜は尋ねた。リンカーである彼が、理解していないわけがないと思いつつも確認せずにはいられなかったのだ。だって、自分たちはこれから残酷なことをする。
「あれはもうフユカさんではなく、愚神フユカ……」
言いながら、由利菜は悔しさで顔を歪める。
『残酷な現実だね……。でも……』
殺すしかないんだよね、とウィリディスは心のなかだけで付け加える。
「すまない。俺には出来なかったことだ。だが、せめて手伝わせてくれ」
立ち上がろうとするナツキを由利菜は止める。
その様子を見ていたウィリディスはあわてた。
『ナツキさん、また洗脳されたらあたし達が困るんだから、無茶しないでよ!』
「私達も同じですけれどね……」
由利菜の説得の甲斐もあって、ナツキはひとまずは戦闘から離脱することで話が付いた。彼は何か手伝わせて欲しいと言っていたが、それでも彼が戦闘に入るのはリスクが大きいとリンカーたちは判断したのである。
ガルーは、そっと征四郎に耳打ちする。
『……ナツキの様子は常に気にかけておけ。現状が証左だ。彼女は正真正銘、あいつの娘なんだろう。俺様達が彼女を殺すのを、大人しく見てるとは思えない』
なにか無茶をやらかすかもしれない、ガルーはそれを心配していた。
征四郎は、娘が死ぬところを父親に見せたくはないと思った。
「わかったのです。あのままでいることが、フユカの幸せでは無いと思うのです。だから、だから、私達に出来ることは……!」
せめて、幸せな眠りと安息を。
『ふむ……』
紫苑は、何か言いたげであった。
『レイ、少しばかり僕の言葉を代弁してくれないかな?』
言いたいことがあるんだよ、と紫苑は継げる。
バルタサールは、仕方がないと頭に響く声の代弁を行なった。
「人間は聖人君子じゃないし、誰だって邪悪な妄想が頭に浮かんでは消えるものだ。おまえは子供が欲しくて、できることになって喜んだ。それだけ、なんだろ?」
バルタサールの言葉に、ナツキは顔を上げる。
実際にはバルタサールの言葉ではなく、紫苑の言葉であったのだが。
「単なる偶然や悲運を、バチと思い込んでも、誰も救われない。あんたもあんたの娘も、たんにツイてない親子だんたんだよ。そういう奴は、どこの世界にだっているもんだ」
バルタサールは、もういいだろうと口を閉じる。
落ち込んだ男に、説教じみたことを言うのは疲れる。
それに、自分たちの仕事はまだ終わってはいない。
まだ、愚神とフユカが残っているのだ。
●ごめんね、冬の子
「回復したんだよね?」
ナツキの技を受けたフユカは、回復していた。
『せっかく、ダメージが溜まっていたのに振り出しに戻るだな』
ベルフの言葉に、昂は神妙に頷いた。
「同じ手がまた通じればいいけど……」
『戦いなれているなら、無理かもしれないぜ』
こちらの手が読まれたのは痛いな、とベルフは語る。
フユカは、冬の雪を発動させた。吹雪によって視界がうばれた昂たちに声をかけたのは、凛道であった。
『これで雪をなぎ払えるのならば……』
「視界を奪われるのは、やっかいだからね」
凛道はライヴスキャスターを使用し、雪をなぎ払おうとする。
「フユカちゃんの攻撃は、本当にやっかいだね」
『それでも諦めるわけには行きません』
リュカの言葉に、凛道は強く答える。
「こっちだよ、こっち!」
フユカの気を引くために、チルルが声を上げる。
『相手の注意が他に向かないように、なるべくスキルで注意を引けると良いね』
「うん。万が一他に攻撃が飛びそうであれば、カバーリングでしっかり受け返すよ」
『洗脳された味方が出て大変なことになる前になんとかしないと』
スネグラチカは、愚神のほうをちらりと見た。彼女の能力が、仲間に向わないとは限らない。だからこそ、ここは早めに終わらせる必要がある。
「しかし、やるせないわね。愚神になった人も助けられるといいのに」
チルルの言葉に、スネグラチカは首を振る。
『だけど今ここでなんとかしないと、他の人が被害を被る事になるからね』
「……そんなのは百も承知よ! だから、ここであたいが仕留めるわ!」
決意を改めるチルルの前に、フユカが現れる。
冬の分身を使ったフユカの残像に、スネグラチカは目を丸くした。
『うわ、増えたの!』
『いいえ、残像です』
凛道は、増えたフユカの幻を蹴散らす。
「私とお母さんの邪魔をしないで!」
少女の声に、凛道は眉間の皺を深める。
「もう一度、動きを止めます」
昴は、女郎蜘蛛を使用した。
『もう女郎蜘蛛は使えないぞ』
最後のチャンスだ、とベルフは言う。
「分かってる」
このチャンスを逃せば、次はない。
『僕がやります』
凛道は、武器を構える。
深呼吸を一つ。
「私は、あなたたちになんて絶対に負けてやらないから」
フユカは、凛道をにらみつけた。
『貴女には……優しい家族ができるはずだった。その事実を忘れないでください』
祈るような凛道の言葉を聞いたリュカは、思わず彼の名を呼ぶ。
「凛道……」
『罪には罰を……』
凛道の攻撃に、フユカは耐えた。
立ち上がり、最後まで戦おうとする。
その姿は、親を守ろうとする子の姿であった。
きっと彼女は、優しく強い子であったの違いない。愚神などに魅入られなければ、自分たちの心強い味方になっていたような子であっただろう。
「ごめんね、冬の子」
そんなフユカに最後の攻撃を放ったのは、チルルであった。
●巨悪の根源
『フユカよ、愚神の従僕となり果てた貴公は哀れの極みじゃ。だが、人の身を失った以上我が貴公に為せることはただ一つ……魂が穢れきる前に成仏せよ。あの世で悔やまぬようにな』
フユカが倒れたことを確認した清姫は、そう呟く。
その言葉は、祈りに似ていた。
「私たちは、まだこちらに集中だな」
香月は、日本刀雪村でもって愚神の髪を切断する。大学生と愚神を分けることに成功し、恭也たちは大学生を抱えて一時的に戦闘領域から離脱した。それを見届けた香月は、愚神に更なる攻撃を加える。
「私が操られたら、殴ってでも元に戻してくれ!」
自分はもうあんなものにいいようには扱われない、そんな思いを胸に抱いて香月は叫んだ。それを聞いた清姫は、にやりと笑った。
『我は殴られるのは嫌じゃが、あんなものに操られるのもごめんじゃ』
英雄とリンカー、共に思いは同じ。
目の前の愚神だけは、絶対に許さない。
その思いを宿した切っ先で、香月は戦う。
「……フユカには、愚神が亡くなった母親に見えていたようだな」
大学生を安全な場所まで避難させた恭也は呟く。
フユカは戦闘中でさえ、愚神のことを母と呼んだ。その盲目さは愚かだが、気持ちは分からないでもない。伊邪那美は、唇をかみ締めた。
『人のライブスを吸っちゃったのも、母親に化けた愚神のせいなの? 酷すぎるよ』
「親を亡くした直後の落ち込んでいる隙を突いて、騙したんだろうな……気に入らん」
ボクも同意見、と伊邪那美は答えた。
「悔いる時間も、逃げる暇も、与えない。貴方は――ここで、終われ!」
ニウェウスは、全力の一撃を愚神に叩き込む。
フユカを助けられないことは、最初から分かっていた。
それでも、その消滅を目の前にすれば納めることのできない怒りが湧き起こっていた。
『マスター……落ち着いてはいるね』
「ええ、落ち着いてはいるよ。ただ、許せないだけ」
ストゥルトゥスの言葉に、ニウェウスは冷静に答える。
「ストゥル。あの女の子は……」
『行くとこまで行っちまってたんだ。あれは、もう戻れなかった』
どんな人間にだって、フユカは助けられなかった。
ストゥルトゥスは、そう語る。
『ここで、終わらせてあげられてよかったね』
「ええ……」
ニウェウスの隣をかけていく、小さな影があった。
それは、アリスであった。
「彼女に対して……何かを思ったわけじゃない。それでも、あなたは倒す。それが、仕事だから」
アリスは、霊力浸透を使用する。
『容赦は――』
「――しないよ」
ゴーストウィンドで、アリスは愚神を攻撃する。
「あなたを倒さないと、きっと寒さは止まらない」
『だから、倒すよ』
愚神が、アリスを潰すために頭に向って髪を振り上げる。アイスと愚神の間に入ったのは、恭也たちであった。懇親の一撃――母の愛を恭也は、一撃粉砕で叩き潰す。
『お前何かが母なんて、名乗るな!』
「所詮は偽物だな。本当に子の為に命を懸ける者の攻撃なら、俺程度の攻撃なぞ意にも介さないだろう」
恭也が更なる一撃を愚神に食らわせる前に、ニウェウスが動いた。
彼女は、リーサルダークを愚神に向って放つ。
「悪いけど……追い打ちは、させない」
『テメェは止まってろッ!』
まだ、愚神は倒れない。
そんな敵に最後の一撃を食らわせたのは、香月であった。
「どんな手を使おうとも、貴様は私を従僕にすることは出来ん。その思い上がりが貴様の寿命を縮めることになるのだ。せいせい私のアイデンティティの生贄となれ!」
香月は、レプリケイショットを愚神に叩き込む。
『しぶとかったのう』
清姫の言葉が、香月の脳裏に響いた。
●その死を抱いて
戦闘が終わり、恭也は囚われていた大学生の意識を確認する。まだ気絶したままだが、命に別状はなさそうである。だが、フユカは助けられなかった。分かりきっていたことではあるが、未だに彼女の声が耳から離れない。
「後味が悪いな……」
『どうしようもないことだっては、わかっているんだけどね』
伊邪那美は、仲間たちのほうをちらりと見る。
今回の事件で思うことは多くあったようで、皆口数は少ない。
「ナツキは、たしかにフユカのことを愛していたと思います。言ってどうなることでもないですが、それでも……」
征四郎は、涙をこらえていた。
そんな彼女の肩をガルーはぽんと叩く。
『なら、まだ言ってやるな』
今はまだ悲しむ時間なのだ、とガルーは言った。ナツキは親になろうとした男であり、子供を失ったばかりだ。どんな言葉だって、今はむなしく聞こえるだろう。
『今回の結果は、正しいことだったんですよね』
凛道は、ぼそりとリュカに尋ねる。
正しいということを理解している。
それでも今は、誰かに自分の行動を肯定して欲しかった。
「うん。悲しいことだけど、俺たちがやらないといけないことだったからね。きっと彼女を取り逃がして、別なところで事件が起きていたら……皆は今の倍以上の後悔をしていたと思うよ」
リュカは、静かにそう語る。
共鳴を解いた彼の目には、悲劇はもう写らない。それでも、この場所が拭いきれないほどの悲しみの色で染まっていることは肌で感じる。
「ナツキさんも後悔していただろうね」
リュカの言葉に、香月はナツキを見た。
彼は、ずっとフユカの側にいる。
物言わなくなった娘をずっと抱きしめ続けている。
彼は涙すら流すことなく、ただそうやっていた。
『なにか、思い出したのかのう?』
煙管をたしなみながら尋ねる清姫に、香月は「べつに」と言って背を向ける。
昔、香月にも娘がいた。あの子を亡くしたからこそ、彼女にはナツキの今の気持ちはよく分かる。子をなくした親は空っぽになってしまうのだ。その傷は、時には時間ですら癒すことができない。
『ナツキさん……その、少し移動しないと。ここは寒いですよ』
ウィリディスの言葉にも、ナツキは反応を返さない。
由利菜は、無言で首を振った。
「今は、そっとしといてあげましょう」
『でも……まだ雪も降っていて』
本当に寒いのに、とウィリディスは呟く。
「こんなとき、私たちは無力だよね」
うつむくニウェウスに、ストゥルトゥスはため息をつく。
『……それは仕方がないことだよ。悲しみって敵は、人が倒せないものの一つだよ。乗り越えることしかできない』
レイ、と紫苑は呼びかける。
『また、君の口を貸してくれないかな?』
「戦闘は終わってるんだから、共鳴を解いて自分で言ってくれ」
『若い英雄の姿よりも、こういうときは君の渋い姿のほうが説得力が増すんじゃないかな』
バルタサールは、紫苑が何を言いたいのかを察した。
そして「そのとおりだ」と思ったので、彼の代わりに口を開く。
「おまえ……嫁さんは今どうしてるんだ? 子供ができないっていうのは、男より女のほうがこたえるもんだ。もしも、嫁さんがまだおまえとこの子を待ってるって言うんだったら――はやく嫁さんのところに帰って、この子を一緒に弔ってやりな。その子も、母親がいたほうが幸せだろ」
紫苑は、にっこりと微笑む。
柄にもないことを言ったな、とバルタサールはネクタイを緩める。
「そうだった。妻のところに戻らなければ……娘には母親が必要なんだもんな。こんな父親よりも、母親が」
「ナツキ!」
チルルが、誰よりも大きな声で彼の名前を呼んだ。
「フユカ、すごく強かったよ」
『そうだね。さいきょーを目指すあたしたちも危なかったわ』
「だから、あたいはフユカのことは忘れない。愚神じゃなくて、強いライバルとして忘れないから」
浮かべた涙を拳でぬぐいチルルは、そう言った。
ナツキは、フユカを「犯罪者」として記録されることを恐れていた。ずっと恐れていたからこそ、彼女の後を追って、彼女が傷つけた人々を治療して回っていた。
「――ありがとう」
ナツキは静かにそう呟くと、涙を零す。
「彼女を忘れないことは、せめてもの慰めになるのかな……」
昂の言葉に、ベルフは「さぁな」と言葉を返した。
「慰みなんて人によって違うもんだ。今回の時間がおまえにとって辛いものなら忘れればいいし、そうじゃなければおまえが正しいと思うことをすればいい」
人の死の記憶は、重い。
そして正しい向き合い方など、ありはしない。
ベルフはそういいたかったのだろうか、と昂は思った。
『アリス、まだ寒いよ』
「雪が降っているからだよ」
双子のようにそっくりなリンカーと英雄は、互いに互いの顔を見る。
『でも、さっきまでは寒くなくなった気分だよ』
「うん。ほんの少しだけ、だけどね」
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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