本部

白亜の虚像~白い器の黒い夢~

睦月江介

形態
シリーズ(続編)
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,300
参加制限
-
参加人数
能力者
7人 / 4~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2017/10/29 18:42

掲示板

オープニング

●それはいつかの記憶
 白亜の少女……否、少女に見える『それ』は夢を見た。その夢は確かにあった、でも思い出せないいつかの記憶。
 少女は弱くて、貧しかった。自身の弱さを嘆き続けた少女は『力が欲しい』と願った。その願いはかなったけれど、それでもやっぱり貧しくて。少女はやむを得ず犯罪に手を染める。そして彼女は貧しさから抜け出した……。
 でも、今度は『力を持っている』故に少女は疎まれ、迫害された。少女は何故かと問う。何故、力を持ってはいけないのか。何故、弱いままで、貧しいままでいなくてはいけないのかと。その問いに答える者は誰もいなかった……故に少女は『力』と相談して結論を出す。彼らは自分達が弱いから、少女1人がそこから抜け出すのが面白くないのだ。1人じゃ弱いから、みんな束になって自分達をいじめるのだ。ならば……『いじめられない、誰にも文句を言われないだけの力を付ければいい』。
 そうして、彼女と『力』は更なる力を求めて暴走を始めた。その執着が人としての形を保てなくなり、やがて少女と『力』を一体化させても、元の姿も色もわからなくなり、白い異形になっても、そのうち力を求めた理由すら忘れてしまっても力を求め続けた……それは白亜の虚像が見た夢……白い器の、黒い夢。

●発見された女王
 先の事件から数日。ついに、アムリタ達から白い従魔が向かった『女王』の潜伏先がわかったとの知らせが入った。
「潜伏場所は地中海のとある無人島、その中心にある洞窟だ」
 なお、戦闘は専門外である彼らは今回は同行しない。その代わり、現状についてはHOPEの調査メンバーと共に詳細に調べ上げてくれていた。
「不幸中の幸い、と言うべきか。従魔を統率する『女王』はケントゥリオ級だが、配下にまではライヴスが回らなかったのか数は女王を含めて10体、女王以外は全てミーレス級だ」
『ミーレス級は先の戦いでも戦った『ホワイトインジェクス』が各種3体ずつ。女王も、討伐に当たって識別コードが与えられることになり名前は『ホワイトスキュラ』だそうだ』
 スキュラは上半身は女性、下半身は6頭の獣になっていると言われる空想上の怪物だ。皮肉にも、どこか的を得ているようにも感じられるネーミングだ。
「ホワイトインジェクスは体にある注射器のみが攻撃手段で大した事は無いが『ホワイトスキュラ』だけは別格だ。魔法防御を中心にバランスが取れた高い能力を持っているようだ」
 攻撃手段としてはインジェクスたち同様の近接対象の注射器触手によるHP吸収に加えて、近接から中距離までをカバーする毒針。遠距離には直接的な攻撃力こそないものの霧状の煙幕を吹き付けてくる。だが、最も注意したいのは近距離だ。体にある何本もの触手による拘束。これは吸収や毒針を使う上での不自由がない形で自由を奪ってくるため、身動きが取れない状態でインジェクスやスキュラの攻撃を受ける可能性がある。
「幸い、範囲攻撃となるのは煙幕程度のようだが万一仕留め損ねればそんな死角もカバーする形で成長するだろうことは想像に難くない、今のうちに叩くべきだ」
 放っておくと際限なく成長を続ける白い従魔の女王……それを止められるのは君達だけだとエージェント達は告げられる。きっかけはほんの小さな従魔だが、そこから始まった大きな危機は目の前に迫っている……!!

解説

 地中海の洞窟に赴き、白い従魔の女王『ホワイトスキュラ』を撃破することが目的です。部下である『ホワイトインジェクス』は全滅の必要はありませんが可能な限り叩いた方がよいでしょう。
『ホワイトスキュラ』は一定のダメージに加えエージェント側の損耗いかんによっては『ホワイトインジェクス』を盾に撤退を図ります。(『ホワイトインジェクス』はどれだけダメージを負っても『ホワイトスキュラ』が倒されない限り撤退しません)

ホワイトインジェクスは魔法防御高めの人魚型、バランス型のイカ男型、物理防御高めの半魚人型の3タイプが各3体です。

ホワイトスキュラの攻撃は以下の通り
・触手拘束 近接距離の相手を触手で絡めとり、拘束します。バッドステータス『拘束』を受けます。
・吸収触手 近接距離の相手に触手を突き刺し、HPを吸収します。
・毒針 口から毒針を吹き出します。射程は10mと意外と長く、中確率でバッドステータス減退(2)を受けます。
・煙幕 30mまでカバーする煙幕を吹き付けます。ダメージはありませんが、バッドステータス『衝撃』の効果があります。

リプレイ

●決戦の決意
 最初はどうという事もないイマーゴ級の捕獲から始まったが、蓋を開けてみれば実に厄介な愚神が黒幕だった一連の事件。その愚神『ホワイトスキュラ』討伐に当たって参加したエージェント達は断固とした決意のもと入念な準備を進めていた。
『待ち構えているということは自身にとって有利……なのでしょうしね」
「ロー……」
 構築の魔女(aa0281hero001)のつぶやきに辺是 落児(aa0281)が同意する。
 まずはHOPE、警察関係のルートから問題の島の位置や構造を確認。流石に敵の配置まではわからなかったが、構造上いるだろう地点には目星が付く。洞窟、と言うよりは巨大な水路とでもいうべき一本道の構造で、中心部の岩場には海に通じる池のような場所が点在している。その中でも一際大きいものが中央やや北寄りの位置にあるため、ここが一番あり得そうだ。
 目立った脇道はない、と言うよりもあるにはあるがそれは全て海に通じる池であり、人間が通るには相応の装備をしなければならない。最初から海洋生物の特徴を取り込んでいる相手からすれば問題はないため構築の魔女の指摘通りだ。ただ、待ち伏せに使えるかと言うと怪しいだろう。……そもそも洞窟の道幅を狭めている池で、おまけにさほど広くない。敵の性質が割れている以上奇襲は簡単に予想できる場所なのでどちらかと言えば逃走ルートとしての使用が考えられる。つまり、逃げる事態は考えられているが、奇襲は想定していないと思っていいだろう。その状況を確認して、木霊・C・リュカ(aa0068)と凛道(aa0068hero002)が目的を確認するように口を開く。
「さてさて、ラストは綺麗に纏めていきたいものだよね」
『ええ、逃がしません。刑の執行は免れません、今日ここで終わりにしましょう』
 その言葉に力強く頷きを返すのは月鏡 由利菜(aa0873)。彼女は前回、やむを得ない事とは言え負傷のため戦闘では役に立てなかった……その汚名返上の機会と言う意味も、彼女にはある。
「皆様、前回はごめんなさい。怪我の方はもう大丈夫です」
『前回は満足に動けなかったからね~、今度はきっちりケリを付けるよ!』
 パートナーである由利菜の言葉に同調し、元気な言葉を返すウィリディス(aa0873hero002)。その様子は頼もしさを感じるものだがこうして決戦に赴くことができるのも調査班の尽力のおかげである。それを理解している紫 征四郎(aa0076)、ユエリャン・李(aa0076hero002)は事件の発端となったためと言うのも大きいが調査に協力したアムリタ達へのねぎらいの言葉をかける。
「無事に見つかってよかった。ゲルトルート達も、お疲れさまです」
『ん。あとは我輩達に任せるが良い』
 彼らのように力強い意志を感じるばかりが、頼もしさの要因ではないと思わせたのが蝶埜 月世(aa1384)とアイザック メイフィールド(aa1384hero001)のコンビ、そして餅 望月(aa0843)と百薬(aa0843hero001)のコンビだった。
「ここからならマルタも近いかな? せっかくだし終わったらヴァカンスよ! 下請自由業の唯一のメリットは活かさなきゃね」
『……月世は相変わらずだな。しかし愚神の性に何故と問うても意味は無いと思うが何故この様な形で力を手に入れようとしたのだろうか?』
「そう言えばウィルスの働きって病気をもたらすだけじゃ無くて平行進化した生物の遺伝子を交換する事によって進化圧を高めるって話を聞いた事があるわ」
『……進化か。居心地の悪い考え方だが力を得るには最適なのだろう。可能性を試す為に打捨てられる者の事を考えなければだが』
 言われてみれば、今回の愚神の性質は比較的野生の生物に近い事もあり、進化と言う言葉に納得する部分が無いでもない。が、力を求めるあまり見境なく生物を取り込むような存在を看過するわけにはいかない。
「ここまで調査してくれた皆さんありがとう、ともかく何とかしてくるよ」
『お土産は地中海オレンジがいいよ』
「いや、百薬も行くから」
 この二人のやり取りは月世にまして緊張感に欠けるものだが、かえって適度に力が抜ける。目標は逃げるどころか、こちらが来るのを待っているような様子すら見受けられるため、こちらにも余裕があるに越した事は無い。
 向こうは万一の逃走ルートこそ確保しているようだが、罠を仕掛ける気はないというのが事前の調査からはうかがえる。故に、あとは逃走に気を付けつつ、正面から打ち破るのみ。白い悪夢との決戦は、近い。

●白い少女は笑う
目的の洞窟に入ると、やはり奇襲の様子はなく潮の匂いがするばかり。そして、想像よりもはるかに広く多少派手に暴れても問題はなさそうだ。時折雫が落ちる音が、妙に反響する中を歩きながらエステル バルヴィノヴァ(aa1165)は自分の心が不思議なほど穏やかになっていることに驚いていた。
「やはり地の底の方が落ち着きますね。私ってなんだか……」
『モグラ?』
「かわいいから却下です」
『じゃあ、蛇?』
「地中に住んでる種類ってそんなに無いんじゃ無いでしょうか?」
『……うーん、ミミズ?』
「結構良くなって来ましたけど益虫だからダメです」
『……』
 泥眼(aa1165hero001)は次に出す例えに困ってしまう。まあ今更と言えば今更だが、苦手な日差しの下ではなく薄暗い洞窟であってもこれだけ自己評価が低いというのはちょっと問題のような気もする。そんな話をしているうちに、奇襲もなく進んだ先で……大きな岩に腰かけるようにして少女のような姿をした異形、ホワイトスキュラが微笑んでいた。
『人型ですね…取り込まれた誰かがいるのでしょうか?』
 構築の魔女が呟いたように、その姿はほぼ完全な人型。違いとしては全身が色白を通り越して石膏像のような芸術品めいた白さであることと、その背中から伸びる海洋生物的な触手が数十本も絡み合い、翼のような形を形成していること……どこか、退廃的な美しさを感じさせる姿だ。損な存在が無垢な少女のように微笑み、それどころかにこやかに話しかけてくる。
『いらっしゃーい。ごめんねぇ、大したおもてなしもできなくて』
 岩のすぐそばの水場から、イカ男型、半魚人型のホワイトインジェクスが這い上がってくる。更にその奥には人魚型が控えていた。
「このまま女王達を世に解き放ってはなりません」
『対話って道はないみたいだね……じゃあ、あたしも容赦はしないよ!』
 由利菜とウィリディスを皮切りに、エージェント達が共鳴していく。相手の意志が明白な以上、ここで戦わない選択などありはしない。
『もちろん、私だって知ってるよ? この子達くらいじゃ貴方達と正面からは戦えないくらい。でもこうしてあげれば、体力を奪うくらいはできるよね?』
 ホワイトスキュラの翼状の触手から数本がエージェント達に向けられ、黒い煙が吹きつけられる。主に海洋生物の特徴を取り込んでいるため、さしずめ『イカやタコの墨』なのだろうが、これはまた違った特徴を持っていた。
 イカ墨は粘液が多く含まれ、吐いた瞬間に自分の大きさほどの墨の固まりとなって水中に漂い、分身として機能する。一方、タコ墨は粘度が低く水中ですぐさま広がり、煙幕として機能する。しかし、これはどちらも水中での話……ホワイトスキュラが吐き出した煙幕は、これらの特徴と地上で使用することを踏まえたような性質を持ち霧状に広がりつつ、浴びた者にまとわりつくような粘着性のガスだった。
 これで出鼻をくじき、更に単独の能力で劣るホワイトインジェクスを懐に飛び込ませるために用いる辺りは何とも理にかなっており相応の知性があるとみて間違いない……が、その戦法が相手をも利することになるところまでは、考えが及ばなかったようだ。
 ホワイトインジェクス達と同じように、黒い煙幕を利用して距離を詰める由利菜と月世に目を丸くして配下に指示を出すホワイトスキュラ。
『飛べ』
 その指示に従い、注射器状の器官を構えて水場からまるで矢のように飛び掛かってくる人魚型のホワイトインジェクス。流石に迎撃しないわけにもいかず足を止める……が、その直後3体の人魚型のうち1体が崩れ落ちる。
「行ってください! ここは引き受けます!」
「はい!」 
 征四郎の言葉に力強く頷き、更に進むが自分達に女王に近づけさせまいとホワイトインジェクス達が動く。
『まずは確実に数を減らして援護をしましょう』
 落児と共鳴した構築の魔女が、その動きを阻害しつつ仲間がホワイトスキュラの元へたどり着けるようトリオによる援護射撃を行う。頭部を外したものもいたが、いずれもダメージは大きい様子で以前と強さと言う面では変わらないようだった。所詮ミーレス級という事もあり、削り役、あるいは肉壁として使用できれば十分なので頭数だけ用意したというところだろう。
『要するにイカだね、食べられるかな?』
「天ぷらにすればあるいは、って絶対イヤだよ」
 イカ男型のホワイトインジェクスをノルディックオーデンで仕留めながら訪ねる百薬に、望月はうんざりとした顔で答える。パートナーの事なのである程度理解できているとは思うのだが、従魔を食おうとする神経は流石に理解に苦しむ。
 まあ、その程度の雑談がはさめる程度にはホワイトインジェクスは弱い。しかし数の暴力と言うのは厄介であることに変わりはなく、現に足止めされてしまっている。そして、その間にホワイトスキュラは岩からふわりと降り立ち、ふっと息を吹きかけるように吐き出す。
「っ!! こんなもの!」
『うえ!? ユリナ、これ乱暴に抜いちゃダメだよ! 返しが付いてる!』
『何だと!?』
「うわー、無理に抜くと傷口が広がるうえに発射音がほとんどしない……おまけに毒までついてるってえっぐいわね……」
『ふふ、すごいでしょ? 元はこんな小さな貝の力だよ? そのままでも、自分より大きな魚でもイチコロの優れものなんだ』
 アイザック、月世が戦慄するのを見て自慢するようにホワイトスキュラは笑う。イモガイと呼ばれる貝の仲間は毒銛を使い獲物を捕らえる……有名なところでは『アンボイナ』と呼ばれる大型の貝の毒銛はダイバーのウェットスーツすら貫通し、人間をも死に至らしめるほどの威力がある。
『早く処置しないと死んじゃうよ? まあ、そうなったら私が取り込んであげるけどね』
 さして戦闘力の高くないホワイトインジェクスをうまく壁に使う事で一方的に、と言うわけではないが細かいダメージの蓄積では優位に立つホワイトスキュラは無邪気に笑い続け、それがかえってエージェント達の闘争心に火をつけた。

●力に溺れる者
 リュカ、望月を中心にホワイトインジェクス達の数を減らしたことでその隙間を縫って距離を詰められるようになってからが、本番だった。ホワイトスキュラは煙幕で自身の姿を隠したり、ホワイトインジェクスを壁にしたりしつつ毒針でこちらの体力を削るというある意味理にかなった戦法を取っていたため、それほど体力が減っていない。
『部下は捨て石か』
『うん、だって弱いもの。こうすれば無駄がないでしょ?』
 ユエリャンの言葉にも、にこやかに返すホワイトスキュラ。地不知によって洞窟の天井から仕掛けるという奇襲に対しては最初は驚いた様子を見せて一撃浴びせる事は出来たが、ダメージを受けたにもかかわらずむしろ楽しそうにしている。
『すごいねぇ! 私も吸盤で天井に張り付いたりしたら同じようにできるかな?』
 などと言っていたりと、こちらを研究対象のように見ている節さえ感じられるあたりは流石ケントゥリオ級と言うところか、ホワイトインジェクスのような雑魚とは文字通りレベルが違う。
『今度はこっちの番だよ? この傷のお礼に、思いっきりやるけど死んじゃったらゴメンね?』
 その背に束ねられた触手が広がり、征四郎を捕える。先の宣言はハッタリでも何でもないというのを思わせる圧倒的な膂力で身動きが取れず、征四郎の小柄な全身が軋みを上げる。
『やらせない!』
『やらせません!』
 月世のドラゴンスレイヤーによる一太刀と、落児の射撃で触手が切り飛ばされ、拘束が解かれるが直後にホワイトスキュラの目が怒りに燃える。
『痛いじゃない! 十倍返しよ!』
 すかさず3本の触手が月世に突き刺さり、凄まじい勢いで体力が奪われていく。それと同時に斬り飛ばされた触手の一部が再生するが今度は突き刺された触手が切り飛ばされる。
『スィエラ、一気に切り裂けぇ!』
 ウィリディスの声に合わせ、由利菜が槍を振り抜いたのだ。二度にわたって触手を斬り飛ばされたためか、一旦ホワイトスキュラが距離を取ったためその合間を縫ってエステル、望月が征四郎と月世を回復する。正直なところ、少女のような外見に惑わされてしまいがちだが拘束にせよ吸収触手にせよ、想像を超える威力だ。しかし『そこに隙がある』。
 ホワイトスキュラは『個』としての力が強い分、それに慢心している。配下は使い捨てであり、その数が減った今は最初よりも格段に容易に懐に潜り込める。武器をより精度の高いユピテルに持ち替えて再度仕掛ける由利菜とウィリディス。
『メディックだから非力だと思ったら大間違いだよ!』
「我が内なる破壊のライヴスを収束! 神の雷にて身を焦がし、母なる海へと還れ!」
『生意気!!』
 その一撃に怒りを見せ、触手による拘束を仕掛けるが今度はリュカのシックルが触手を斬り飛ばす。更に征四郎が再度接近しもう一撃を加える。怒りに満ちた目を向けるホワイトスキュラ……その様子が気になり、征四郎は声をかける。
「あなたは何故、こんなことを……だって、強くなるのは。きっとそれが必要な、理由があるはずですもの」
 人型であるなら、意思の疎通も可能かもしれない、そう思って聞いてみた。すると、その目には怒りではない、別の感情がわずかに覗いた……それは、酷く悲しい眼だった。
『必要な理由? 簡単だよ。強くなきゃ、生きられないから。弱い者は虐げられる! 少し力があっても、みんな寄ってたかっていじめるんだ! 今みたいに! 私は誰にも虐げられない! 虐げるのは私の方だ!』
 それは、かすかに残った記憶の片鱗なのかもしれない。言ってしまえば『弱肉強食』を突き詰めているだけなのだから、動物的であってそこには何の悪意もない。しかし、彼女の配下、そして彼女が行うであろう殺戮は明らかに自然の摂理を超える……放置はできない。だが、その様子に僅かに人間的な様子が見えたのも確かなので、エステルは更に声をかける。
「あなたは誰?」
 これでわずかでも人間的な思考を取り戻せれば、と思ったがあまりに残滓が小さすぎた。ホワイトスキュラは僅かに動揺したが、何事もなかったかのように言葉を紡ぐ。
『私? 私は……誰だろうね? 昔は名前があった気もするけど、忘れちゃった。どうせ呼び方は他の人が勝手に決めてくれるでしょ? それでいいんじゃない?』
 自らを定義する名前すら気にしていないという言葉に、胸が締め付けられる。なおも声をかけようとするが、そこで泥眼がエステルを制止する。
『そのまま消え失せては無明に魅かれたままになるわエステル』
「そうは言わない……でも戦うにしろ滅びを待つにしろあなた自身が決めるのです! 力に流されてはダメです」
『流される? そんなわけないじゃない。私は必要だから、ただ生きるために力を欲しているだけだもの……それにしても、派手にやられたねぇ。ワーカーで残ってるのは2体だけ、それも死にかけか。でもおしゃべりも戦うのも疲れたし、ここは失礼させてもらおうかな」
 ちらり、と背後の水辺に視線をやったのを凛道は見逃さなかった。確かにこちらの負傷も軽くはないが、配下が満足に動けないほど負傷していても強引に離脱を図るつもりらしい。
『力への執着……いえ、ここまで来ると妄執ですか。想定外の負傷に、配下はボロボロ……まあ判断としては間違っていませんが予想の範疇ですね』
「シンプルなのはいいけど、それで逃がすほど俺達も甘くないんだよね」
 ウェポンディプロイによって複製されたアンカー砲、更に落児のテレポートショットによって牽制され、水に飛び込むタイミングを失ったうえに背を向けてしまう。主を守るべく残ったイカ男型1体、半魚人型1体のホワイトインジェクスも立ちはだかるが望月と百薬、月世とアイザックによって倒され、更に征四郎の女郎蜘蛛によって致命的な隙を晒してしまう。
「これでっ!!」
『終わりだぁーー!!』
 体勢を立て直す間もなく、由利菜のユピテルの一撃に貫かれて力尽きるホワイトスキュラ。その最後の言葉こそ、もしかしたら彼女に残った人間の心に最も近いものだったのかもしれない。
『力があっても、力が無くても、人間は私を傷つける……人間なんて、大嫌い……!!』

●地中海に思いを馳せて
 戦いを終えてようやく一段落、と言うところでエージェント達は現地のHOPEスタッフの事後処理の間時間ができたため食事を楽しんでいた。その中には今回は戦いにこそ参加しなかったが事件のきっかけになった発見をしたアムリタ達の姿もあった。百薬は運ばれてきた料理を満足げに味わいながら感想を述べる。
『トマトやチーズで豪快な感じだけど、魚貝の繊細な出汁があっての賜物だよね』
「真面目な食レポみたいな事も言えるのね」
『戦ったのは愚神だったけど、女の子っぽかったよね、人間が愚神になったのかな』
「そうなのかもね、そうだったら原因の追究と再発の防止、って言うのは簡単だけど、幾多の危険と困難が伴うだろうね」
『人類がいるからには一定の確率で自然発生するのだったらイヤだね……疑心愚神を生むっていうの? それならみんなの心に愛があればワタシのような天使ばかりになるね』
「それはそれで、世界がお気楽すぎて心配になるよ」
『何、多少気楽な方が良いのだよ。アムリタのように心配性が過ぎて胃薬を頻繁に飲むよりはよほど健康的だ』
 普段ならそんなフランケンシュタインの軽口にツッコミを入れるアムリタだが、今は構築の魔女が見せた写真を見ていて、気にしていないようだった。
『……本来の用途ではないですが、この少女の身元わかったりしませんか? まぁ、偶然この容姿になった可能性もありますけど……』
「わからんな。元が能力者なら、もしかするとHOPEの記録にあるかもしれないがな」
『そうですか……では今度、探してみます』
 一区切りつくと、今度はウィリディスが近づく別れを惜しんで話しかける。
『また……会えるかな? アムリタさん、フラン君』
「まあ、そのうち機会もあるかもしれんな……」
「ええ、きっと。その時は事件でないことを願います」
 後日、アムリタの助言通り記録を調べると随分前に行方不明になったヴィランの少女に、容姿が似ているらしいことが判明した。その少女は、貧困がきっかけで犯罪に手を染めて以降、能力者であることを理由に迫害を受けていたこともあり誰も信じることなく時として手を組んだ仲間さえ手にかけて金と力に執着していたという……その結果、ヴィラン組織内で裏切りにあったらしく消息を絶った。名前は、書類の文字がかすれていてよく読めなかった。
「征四郎も。認めて貰えるだけの、力が欲しかった。でも少し違って……力は。誰かの為に使わないと、いつか孤独になってしまう」
 それは、すごく悲しいことで。少女は、誰も信じなかった。だから力への妄執に囚われ、最後には異形となってしまった。皮肉にも今回事件のきっかけを見つけたアムリタとフランケンシュタインもまた、マッドサイエンティストであり、能力者であり、世に疎まれる存在と言うところでは似ているが彼の場合は、その魂を呼び戻したい、愛する人のために研究を重ねHOPEの人々を信じたことで曲がりなりにも研究を続ける事ができている。孤独ではないこと、人を信じたことが彼と少女の違いだろう。
「……寂しかったですね。どうか今は、眠ってください」
 征四郎は、彼女が人を信じてくれたら、と言う思いをただ鎮魂の言葉に込めるのだった……。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 断罪者
    凛道aa0068hero002
    英雄|23才|男性|カオ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 全てを最期まで見つめる銀
    ユエリャン・李aa0076hero002
    英雄|28才|?|シャド
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • まだまだ踊りは終わらない
    餅 望月aa0843
    人間|19才|女性|生命
  • さすらいのグルメ旅行者
    百薬aa0843hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 花の守護者
    ウィリディスaa0873hero002
    英雄|18才|女性|バト
  • 悠久を探究する会相談役
    エステル バルヴィノヴァaa1165
    機械|17才|女性|防御
  • 鉄壁のブロッカー
    泥眼aa1165hero001
    英雄|20才|女性|バト
  • 正体不明の仮面ダンサー
    蝶埜 月世aa1384
    人間|28才|女性|攻撃
  • 王の導を追いし者
    アイザック メイフィールドaa1384hero001
    英雄|34才|男性|ドレ
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