本部

フェスト!フェスト!フェスト!

砂部岩延

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
9人 / 6~10人
英雄
9人 / 0~10人
報酬
少なめ
相談期間
5日
完成日
2017/10/27 18:55

掲示板

オープニング

●2017年10月某日ーーH.O.P.E.会議室
 前方の入り口が開く。
 眼鏡をかけた若い男性職員と、ポニーテールの女性職員が続いて入室した。
 部屋の前方に並んで立つと、そろって一礼をする。
「それでは、ブリーフィングを始めます」
 男性の職員が話しはじめた。
「今回、皆様にお願いしたいのは、警備のお仕事です」
 いたって真面目な顔つきで、職員は部屋を見回す。
「これまでにもH.O.P.E.は数多くの案件を通して、人々の営みを、幸福を、そして平和を守ってきました。それはまさにH.O.P.E.の理念であり、真髄であり、皆さんは世界にとって文字通りの希望であると、私は確信しています。本件もまた、そんな理念に恥じぬものと信じます」
 職員はおごそかな顔で頷くと、隣の女性職員に視線でうながす。
「説明に先立ち、参考の映像を用意致しました。これは去年、実際に起きた出来事です」
 女性職員が手元のタブレットを操作すると、部屋の照明が絞られ、円卓の中央にあるホログラムに映像が浮かび上がった。
 それは、争乱の様子だった。
 どこかの広場、色とりどりのテントと、立ち並ぶイスとテーブル。それらを蹴っ飛ばして、多数の男たちが、顔を歪めて真っ赤にして、互いの首根っこをつかみあい、取っ組み合っていた。
「東京某所で開催されたオクトーバー・フェスト、通称オクフェスの様子です。和やかな雰囲気の会場の一角で、このような恐るべき事件が起きてしまいました」
 痛切そうな顔ぶりで、男性職員は話す。
「ことの発端はーービール、でした」
 映像の彼らは誰もが手に手に、大ぶりなビールジョッキを持っていた。
「最近は様々なビールの種類が知られてきました。男たちは残念なことに、互いのビールの好みで対立、エールか、ピルスナーか、スタウトか、ヴァイツェンか、はたまたワイン派か……互いに自らの好みを認めさせるべく、水掛け論ならぬ、ビール掛け騒動に……」
 男性職員はわざとらしく、目元を抑えて、顔を俯ける。肩が震えているのは、果たしてなにゆえか。隣の女性職員が白けた瞳を向けている。
「えー、では、次です」
 男性職員がすぐさま気を取り直し、話を続ける。
 ホログラムの映像が切り替わった。
 さきほどよりは遠巻きに立ち並ぶテントの中央、芝生のあたりで、多数の若者が互いに相争っていた。手に手に、ウィンナーを握りしめて。
「これは渋谷区の某公園で行われた、比較的来場者の年齢層が若いオクフェスです。騒動の原因はウィンナーの好みでした。皮付きか、皮なしか、はたまた骨付きか。大変、悩ましい問題です。そして、うら若き乙女たちが極太のウィンナーを握りしめて暴れまわる。まったく、悩ましい」
 男性職員が遺憾とばかりに首を振る。
 女性が冷たい視線を向けている。
 映像が切り替わる。
「これは横浜某所のオクフェスです。カップルのデートスポットで知られるおしゃれな会場が、一変、争乱の様相に」
 ロマンチックなレンガ敷きの広場に、カラフルなパラソルと真っ白なテーブルが並ぶ中、上品に着飾った男女たちがお互いの服やら顔やらをひっぱりあうケンカをしている。
「騒動の原因は犬派か猫派か……もはやイベント関係ないですね。とあるカップルの対立が周囲を巻き込んで2大派閥を作り、さらにはどっちも好き派が台頭して三つ巴の争いに。まったくいい気味……げふんげふん……痛ましいですね」
 若干、本音の漏れ出た男性職員が、咳でごまかす。
 部屋の光量が戻った。
 ホログラムを見ていた各員の間に微妙な空気が漂う。
「えー。ごほん」
 男性職員がわざとらしく、しわぶきをする。
「近年、海外のビール文化がより日本に浸透した結果、オクトーバーフェストと呼ばれるイベントが9月から10月にかけて全国各地で開催されています。ビールの他にもジュースや食べ物の出店が豊富に立ち並ぶ大変賑やかなイベントで、年々、規模が拡張していますが、一方でこうした揉め事の類も増えているようです。お酒の場ですし、昨今の世情を思えば、ガス抜きとして多少のことは必要悪ですが、この場合、少々問題なのがーー」
 ホログラムの映像に、いくつかのマーカーがつく。人がポイントされている。
「会場にはいわゆるワイルドブラッド、アイアンバンクの方もいらっしゃいますし、人族も含めて、ライブスへの親和性には個人差があるため、少々、力を持て余している方もいらっしゃるようで、会場の警備係は手を焼いているようです」
 男性職員は口調を改める。
「そこで今回、皆さんには警備をお願いしたいのですが、実際的な騒乱の鎮圧というよりは、抑止力としてーーつまりは、安全と安心の象徴です」
 リンカーと英雄の活躍はあまねく世界に認知されている。その存在だけで、滅多なことは起こらないと、人に安心を与えることができる。
「かと言って、何もしなくていいわけではないですし、逆に遊び回ったり、さらには騒乱を助長したりしてはいけません。駄目ですよ? 絶対駄目ですかね? フリじゃないですよ?」
 なぜかくどく繰り返す男性職員を、女性職員が肘で小突く。
「えー、今回の会場は3つ、詳細は後ほど資料でご確認下さい。希望は伺いますが、人数が偏ればこちらで調整致します。比較的容易な案件ですから、報酬は高くありませんが、何らかの形で売上に貢献できればあるいはーー駄目ですからね? 無茶なこととか? お酒とかのんだりとか? ダメ! 絶対! フリじゃーー」
 男性職員の頭を、女性職員が後ろからタブレットでどついた。
「以上、各位の謹厳実直に期待します」
 女性職員は、折り目正しく一礼した。

解説

●目的
 イベントの安全と成功

●会場・概要
1)東京新宿・駅前広場
・客層
  年齢層高め、ミドルからシニア層
  会社員、特に男性が多め
・出店
  昔からの大手ビール会社が多数出店
・催し物
  高めの年齢層、特に男性を意識したものが多い
  キレイで色っぽいおねえさんがステージ上で踊ったり歌ったり
2)東京渋谷・某公園
・客層
  年齢層若め、大学生、新社会人
  男女の団体率高い
・出店
  通好みの様々なクラフトビール、ジュース
  本場ドイツ・ベルギーの料理など
・催し物
  若者向け
  DJ、ダンス、ライブなど
3)東京臨海・某広場
・客層
  年齢層は幅広いが、夫婦、子連れ、カップル多し
  男女は半々
・出店
  ビール・ジュース・食事ともに幅広く、凝ったものからありふれたものまで
・催し物
  家族連れ、広い年齢層を意識した参加型のもの

リプレイ

●新宿会場
 幻想的な高層ビルの群れの中に色とりどりのテントが咲き乱れていた。
 中央のステージでは、司会役がマイクを握り、声高に叫んでいた。
「それでは、本日、特別に会場の警備に起こしいただいた、H.O.P.E.エージェントの皆さまから、ご挨拶と乾杯の発声をいただきます!」
 天下のH.O.P.E.エージェント、それが6人もーー
 会場の緊張と動揺をよそに、木霊・C・リュカ(aa0068)がマイクを手に取った。
「今日は楽しく、いっぱい呑んで、盛り上がってこ!」
 底抜けに呑気な挨拶に、聴衆が脱力する。
『食って、呑んで、騒ぐのも、時にはいい薬ってもんだ』
 ガルー・A・A(aa0076hero001)がニヤリと笑う。
『もちろん、大人の常識を逸脱しない程度に』
 オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)が冷静なフォロー兼ツッコミを入れる。
「ー…ロロ」
『せっかくの楽しいお祭ですから、節度ある行動を』
 辺是 落児(aa0281)、構築の魔女(aa0281hero001)が重ねて呼びかける。
「喧嘩はめっです!」
 紫 征四郎(aa0076)が精一杯怖い顔をしてみせるが、聴衆はほんわかした。
『尚、目に余る行動の場合、一時拘束も辞さない』
「そして、お兄さんからの熱い抱擁(ベーゼ)も辞さない!」
 オリヴィエ&リュカのデコボコな言葉を締めに、乾杯へと移る。
「それでは、ご唱和下さい!」
 司会の掛け声とともに、

ーー乾杯!!

「プハーーーっ!! この為に生きてるぅ!」
 ステージまわりの巡回をしつつ、リュカが高らかに声をあげて、ビールの入ったカップを振り回す。
『最近は世知辛くてやーねぇ。かんぱーい!』
「オクフェス最高! 乾杯!」
 ガルーがビールを掲げると、リュカも応じて、二人で再び盛大に打ち鳴らす。
『仕事中だ。それと、泡が髭になってる」
 オリヴィエが困り顔でハンカチを差し出す。
『お、美味そうだな。どこで買った?』
「これはね〜、たしか、野太い声のオジサンが屋台で……」
 リュカとガルーは、オリヴィエの心配などどこ吹く風だ。
『……連れがこんなですまない。その分、働く」
 オリヴィエが同行者たちに軽く頭を下げるが、
「みゃ! 征四郎はオレンジジュースが良いのです!」
 屋台のひとつに狙いを定めて、獲物を追う肉食獣のごとく駆けていった。
『おい、待て、ひとりで先に行くな』
「はっ、この香り、まさかの生絞り……!? 俺も〜!」
 ガルー、リュカと、ともに駆け出して行ってしまう。
 取り残された遠い目のオリヴィエに、構築の魔女が気遣わしげに声をかけた。
『今日はお祭りですし、私達がこうしているだけでも意味はありますから』
 かくいう彼女は、膝丈のタイトスカートにスーツ、髪もアップにまとめていて、表情こそ意図して柔らかくしているが、完全な仕事スタイルだ。相棒の落児も黒のスーツに警備の腕章をしつつ、会場の空気を損ねないように気配をひそめている。裏方に徹するという気概があらわれている。
「私たちは少し見回ってきますね。いきなり騒動が起きたらお手上げですし、まずは会場の雰囲気を把握しておきたいので。何かあれば、無線で」
 構築の魔女と落児が、ステージ前を離れて行く。
 真面目な二人に仕事を押し付けるようで心苦しく、せめても自分だけは職務をまっとうしようと、オリヴィエは決意を新たにした。
『おい、財布が見えてる。ちゃんとしまっておいた方が良い』
 警戒の緩んだ酔客たちに注意を促しながら、しかたのない相棒たちの後を追っていく。
「もー、喧嘩はめっです!」
 征四郎が精一杯の怒り顔で、揉めていた酔客二人を叱っていた。
 可憐な幼女に叱られた中年二人は、デレッと相貌を崩すと、仲良く肩を抱き合いながら、飲みなおしに向かった。
「一番美味しいお酒~? 皆一番だよ〜。ただこういうお祭りだし、今日のビールの【人気一番】を決めることはできるかも。ということで、ジャーン! ビール投票券〜。みんな、投票してね!」
 少し離れた場所で、リュカも同様に酔客をうまく誘導していた。昨年の対策にと、会場側が用意した投票イベントだ。
『こんなにお美しい方が1人で出歩くなんて、放っておけるはずがあるでしょうか、いやない!』
「はいはいナンパはダメです。行きますよ、ガルー。失礼しましたなのです」
 征四郎がガルーの手を引いて立ち去る。
 ふざけてみえるガルーもその実、セクハラまがいのナンパに割り込んでうまく場をとりなしていた。
 意外と皆、仕事をしてることに、オリヴィエは胸をなでおろす。
 ステージ上ではちょうどイベントが始まっていた。
 肌もあらわな女性たちが、華やかに踊っている。
 ガルーがオリヴィエの隣に滑り込むようにやってきて、ささやく。
『ちょっと大人になったオリヴィエ君は、ああいうの見て、ドキドキしちゃうんじゃない?
え、しない? はは〜ん、さてはお前、女……あっやめて痛い痛いプロレス技はちょっと!』
 好き勝手言うガルーにイラッとして、流れるようにチョークスリーパーをかける。
 技の見事さに感心したおっちゃんたちがまわりを囲んではやし立てた。
 オリヴィエもついつい興が乗って、ガルー相手にどんどん技をかけていく。
「わ、わ、美味しいのです!」
 征四郎はいつのまにか売店のオニイサン&オネエサンに囲まれて、次々に食べ物を与えられている。
「気分が良いので、征四郎も一曲ひいちゃいますよ!」
 幻想蝶からキーボードを取り出す。
「美味しいものいっぱいいただいたので、恩返しです! お客さん寄せになったら幸せじゃないですか。ではまず……美味しいウィンナーの歌!」
 ステージで流れる曲にアレンジを加えつつ、即興の歌を乗せる。
『あっ、これ、結構空気に酔ってるな……』
 コブラツイストを決められながら、ガルーがぽそりと呟く。
 征四郎はあれよというまにステージの上まで担ぎ上げられて、ダンスに併せて演奏を始めていた。
「いやぁ、今日はビールが最高に美味い!」
 リュカは酔客たちに交じって、上機嫌でジョッキを傾けている。

・・・

「そんなに熱くなっていると、せっかくのお酒がもったいないですよ」
 ステージからやや離れた会場の一角で、構築の魔女と落児は警備に励んでいた。
「お互いのおすすめを飲んでみて、よい部分を多く見つけられた方が素敵ではないですか」
 口論にやんわりと分け入って、仲裁を行う。
 当事者たちは気分も新たに、飲みなおしに向かって行った。
「ロロー」
『そうですね。こういう時、女性が近くにいるだけでも冷静になれるものですからね』
 落児の言葉にならない言葉を、構築の魔女は淀みなく汲む。
 すでに何件か、いさかいの仲裁を行っているが、今のところ大事には至っていない。
『そこまでで、お願いしますね』
『酔い覚ましに水かソフトドリンクでもいかがですか?』
『せっかくのお祭りなのです、楽しいことを探しましょう。あれとか美味しそうですよ?』
 構築の魔女がやんわり言葉をかければ、大抵はすぐに矛をおさめた。
 中には熱量が上がりすぎて多少、暴れた酔客もいたが、現役のリンカーと英雄にかかれば造作もない。
 取り押さえて、すぐさま会場警備に引き渡した。
 救急テントで水を飲ませて、休ませる手はずになっている。
「すみません、お騒がせしました。酔いが覚めましたら、戻ってくると思いますので、皆様はこのままで」
 周りの客と彼の連れに配慮しつつ、また巡回に戻る。
「--ロロ」
『ええ、口論自体はいいのですけどね。今日はお祭りの維持が主軸ですから、度が過ぎなければ』
 ぐるりと会場を巡ってから、二人は再びステージ前へと戻ってきた。
 ステージ上では征四郎が華やかなおねえさんたちに囲まれてキーボードを弾き鳴らしている。
 リュカはステージ前でスーツ姿のオジサン&オネエサンたちと肩を組んで左右に揺れている。
 ガルーとオリヴィエは組んず解れつ、マニアックな観客に囲まれてプロレス技を披露している。
 滅茶苦茶なようでいて、会場は底抜けに陽気な空気に包まれている。
「……世界が、いつもこういう形であればと、思ってしまいますね」
「ロ-ロ…」
「ええ、本当に。私たちは、私たちにできることをしましょう」
 穏やかな笑みを浮かべて、二人は巡回へと戻っていった。


●渋谷会場
 活気あふれる賑々しいオクフェス会場の一角、ステージ裏の楽屋から、悲痛な叫びが溢れた。
「ふぇ! 衣装、これです?」
 泉 杏樹(aa0045)は持ち上げた衣装を前に、震え上がっていた。
 こぼれんばかりに開いた胸元に、超ミニのスカート丈。
 お色気アレンジされたドイツの伝統衣装、ディアンドルだ。
「胸元が……足が……見え過ぎなの……恥ずかしいの……」
『たまには清純派じゃなく、お色気路線で新たなファン層を開拓だ』
 榊 守(aa0045hero001)は完璧な執事の笑みでしれっとのたまう。
「で、でも……」
『新たなファンを得るってことは、より多くの人を幸せにするってことだ。歌や踊りで人を癒やす、それがお嬢のやりたいことじゃないのか』
 真面目ぶった榊の言葉に、杏樹がはっとする。
『俺は会場警備の仕事がある。今回はお嬢一人で頑張れ』
「……杏樹、やるの! アイドルさんのお仕事、一人で頑張るの!」
 燃え上がる杏樹をよそに、榊は個人的に雇った撮影スタッフにこっそり依頼する。
『セクシー衣装動画なら高く売れ……こほん、今後の営業に必要ですから、よろしく頼みます』
 思わず漏れた本音を飲み込み、生真面目なスタッフたちにあとを任せて、楽屋を後にした。
「もう、いいのか」
 外で待っていた狒村 緋十郎(aa3678)が声をかけてくる。
『あとはお嬢とスタッフにお任せってな。……で、そっちはもういいのか?』
 足元で四つん這いになっている狒村と、その上に優雅に腰掛ける
レミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)を見て、榊が言う。
『ああ、これ? 緋十郎がどうしてもと言うから、座ってあげたのよ』
「最愛の主を立たせておくわけにはいかないからな」
 四つん這いのままドヤ顔の緋十郎に、榊は引き気味で頷いた。
「さて、まずは乾杯といくか。俺の奢りだ、リクエストはあるか」
「いや、しかし、仕事は……」
『警護? 飲みながらやればいいだろ。狒村夫人はどうする』
「ゾッとする呼び方ね……あそこの赤を」
 聞くが早いか、榊はさっさと買って戻ってくる。
 赤ワインをレミアに、黄金色のビールを緋十郎に手渡す。
「いや、俺は……」
「じゃあ、乾杯!」
 問答無用でカップを掲げ、榊は深い黒の液体にクリーミーな白い泡を、喉を鳴らして飲み下していく。
 レミアも優雅な仕草でワインに口づけた。
「黒ビール、好きなんだよな。他にもレアなクラフトビールが飲み比べできるようだし最高だ」
「この赤も、なかなか悪くないわね」
 緋十郎がごくりと喉を鳴らす。
 手の内の黄金色の輝きを見つめ、やがて、ぐぃとあおった。
 榊とレミアが陰でニヤリと笑う。
 三人は酒と料理を手に会場の巡回をはじめた。
『お、色っぽい良い女! ガキしかいねぇかと思ったが、なかなかだな。緋十郎の好み……は、ここにはいないよな、レミアがいるし』
 視界に映ったレミアの深淵の如き笑みに、焦りつつ話を誤魔化す。
「もちろんだ。俺の愛しの主は、たったひとりだ」
 緋十郎は熱い眼差しで隣のレミアを見つめた。
 レミアは極太のブルストを咥えて、噛みちぎり、咀嚼して、飲み込んでいた。
 恍惚とする緋十郎、レミアが冷たい蔑みの目を向けると、余計に興奮していた。
「ああ……乙女たちが皮付きか皮無しか、ウィンナーの好みを論じ合い、かぶりつく……何と悩ましき光景かっ!」
『何を言ってるのかさっぱりだけど、取り合えず不埒な事を考えているようね。そこの地面に這いつくばりなさい。踏んで、引っ掻いてあげる』
「レミア! 我が主! 仰せのままにっ!!」
 緋十郎が食い気味で身体を投げ出して、レミアに踏まれている。
 今日も仲睦まじき夫婦をはた目に、榊はビールをあおる。
「そう言えば、あの二人は……」
 レミアに足蹴にされながら、緋十郎がふと口にした。
『開場からずっと見回りをしている』
「あまり根を詰めすぎなければ良いんだが」
『一応、仕込みはしてある。あとはお嬢次第だ』
 榊は人の悪い笑みを浮かべた。

・・・

『あれ見て! いいにおいなの! あ、あっち! ピカピカしてるの!」
 巡回するタギ(aa4848)のまわりを、シェイラ(aa4848hero001)がくるくるとまわっては手を引く。
 タギはシェイラの相手もそこそこに、生真面目に会場に目を光らせていた。
『つまんない! 遊んでなの!』
 シェイラがぷくっとむくれる。
「仕事に来てんだよ! 学生だし、施設のチビどもの面倒もみてるからバイトもできねぇ。仕事はちゃんとして稼がねーと。今日の交通費と飲食代は支給されるし、持ってきたタッパに土産をつめて……」
 ブツブツと呟きながら、巡回を続ける。
『ヤダヤダヤダ! 遊んでなの!』
 シェイラが地団駄を踏む。
 タギのこめかみがピキッとひきつった。
「だぁ〜もう! うっせぇ!」
 シェイラの首根っこを掴んで、天高く放り投げる。
 まわりの観客たちがぎょっと目をむいた。
 タギは大きく深呼吸をする。
 心を落ち着かせて、落ちてきたシェイラをキャッチ、肩に乗せて巡回へと戻っていく。
 とうのシェイラもご満悦だ。
 一部始終を見ていた観客たちはざわめき、やがて、ひとつの結論に達する。
 やっぱりリンカーは普通じゃない、今日は絶対、騒ぎを起こすな、と。
 そんなことはつゆ知らず。
 タギたちは会場を巡って、ステージの前へと戻ってきた。
 ちょうど、杏樹の出番が始まったところだ。
「癒しのアイドル、あんじゅーです! 今日は皆さんに、笑顔を届けますなの。喧嘩は、ダメ、ゼッタイなの! 皆仲良く、にこにこです。らぶずっきゅん」
 拳銃で撃ち抜く仕草、歌と踊りが始まる。
『かわいいの! あんじゅちゃんかわいいなの!』
 シェイラにペシペシと額を叩かれながら、タギは赤ら顔でそっぽを向いていた。
「俺に決まってんだろバーロ!」
「ざっけんなよ俺だ!」
 にわかに、いさかいの声が響いた。
 ハッとしたタギが駆けつけるより前に、
『まあまあ、せっかくの祭りだ、楽しくいこうぜ。喧嘩の仲直りで一緒に飲み直さないか』
 榊が揉めていた二人の肩を抱いて、あっという間にとりなす。
 そのまま出店へと向かっていった。
「泉さんの魅力がこぼれんばかりだな……今の二人が撃ち抜かれたのも無理はない」
『ディアンドルのアレンジね。ちょっと露骨だけれど、悪くないわ』
 タギからそう遠くないところに緋十郎とレミアの姿もあった。
「疲れたろう。少し休んでいくといい」
「いえ、そんな……」
 緋十郎に声をかけられ、タギがたじろぐ。
『うちのお嬢のステージが見れねえってのか?』
 いつのまにか戻ってきた榊に、後ろから肩をつかまれた。
「あ、いや……」
「一緒に踊ってみる、です?」
 まさかの声に、タギが顔をあげる。
 ステージの淵から、杏樹が手を差し伸べていた。
 榊に背を押し出されて、杏樹に手を引かれる。
 ステージの真ん前でマイクを手渡されてしまえば、タギの腹も据わった。
「お、俺の名前はタギ。ネコっぽい名前だけど、見ての通り人間で、新米のエージェントだ。名前の由来? 捨てられてた俺を拾ってくれたじい様が『ネコを拾ったからミルクでもやっといてくれ』ってばあ様に渡したんだ。酔い潰れたじい様に激怒したばあ様は、ネコみたいなタギって名前つけてくれやがった……でも、いい名前だろ!?」
 どっと会場がわく。
「今日は先輩エージェントと警備を担当させてもらってる。他の人の迷惑になる飲み方や行動はNGだぜ! ヨロシクな!」
 挨拶が終わると、すぐさま曲が始まる。
 杏樹に促されて、タギも一緒になって踊る。
 自己流の護身術の動きを取り入れた即興のダンス、シェイラを片手で放り投げながらロボットチックなダブステップで、アップテンポにノリまくる。
『狙い通りだな。最高の肴だ』
 酒を掲げて、榊がニヤリと笑った。
「泉さんの魅力があればこそだ。さすがだな」
 緋十郎が感心した声で、杏樹を褒め称えた。
 レミアは面白くなさそうな顔で、隣の緋十郎の膝裏を蹴り飛ばす。
「上着を脱ぎなさい、下僕」
「我が主! 仰せのままに!」
 ひざまづいてイソイソと裸になる緋十郎の肩に、レミアが牙を突き立てる。
 血を啜る音と、野太い男の喘ぎ声が木霊した。
 ステージでは曲のフィニッシュに、杏樹、タギ、シェイラがジャンプ。
 はっとした杏樹が真っ赤な顔でミニスカの裾を押さえた頃には、すでにアンスコと生足が惜しげもなくさらされた後だった。
「ふ、ふぇ……恥ずかしいの……」
 どっと聴衆が湧いた。
 ステージはまだまだ続いていく。
「今日は酒がうまい日だ」
 榊は上機嫌にビールを飲み干した。


●臨海会場
「さぁさぁ、よってらっしゃい、みてらっしゃい! お、そこのお子様連れの親御さん、ぜひよってって! こんな機会、滅多にないよー!」
 香具師ばりの口上を披露して、虎噛 千颯(aa0123)は行き交う人々を集めていく。白シャツにハーフパンツの釣りズボンーードイツの民族衣装レーダーホーゼンがソレっぽさに拍車をかけている。
「はい注目~!! 今日はテレビでもお馴染みのゆるキャラ白虎ちゃんが来てるんだぜ! それじゃあ、いっせーので、呼んでみよう! いっせーの……びゃっこちゃーん!」
『が……がおー……! び、白虎ちゃんで、ござるよー……!!』
 子どもたちの呼びかけで、物陰から白虎丸(aa0123hero001)がヤケクソ気味に飛び出した。
 吠え声の演技はともかく、その身体能力は子どもたちの心を掴みとるに十分だった。
「すげー!」「かっこいー!」「もふもふー!」
 あっという間に子どもたちに包囲されて、もみくちゃにされる。
 しかし、白虎丸もさるもの、子どもたちをうまくあやして、とりなしていく。
 すでに本日幾度となく繰り返した行為と慣れば、いやでも慣れるというものだ。
 こどもたちの気が済むまで好きにさせて、切りの良いところでその場を後にする。
「やー、電撃イベント【ゆるキャラ白虎ちゃん! 出張オクフェスin臨海】は大成功だな、さすが俺様!」
『千颯! いい加減にするでござる! 俺はゆるキャラではないでござる!』
「またまたー、まんざらでもないく・せ・に」
『千颯! 遊んでないでちゃんと警備するでござる!」
「俺ちゃん、振りはちゃんと拾うわかってる系ですのでおすし。ビールが上手い」
『千颯!! びーむばかり飲んで無いでしっかり働くでござる!』
「オクフェスでビール飲まないなんて有りないんだぜー?」
 悪びれずにビールをあおる千颯に、被り物の下で白虎丸のこめかみがピクピクと痙攣する。
 それを知ってか知らずか、千颯は急に真面目ぶると、顔の前で指を横に振った。
「チッチッチ……甘いな。俺ちゃんがただ何の目的も無くビールを飲んでいると?」
『違うでござるか?』
「分かってないなー、白虎ちゃんは。いいか、俺ちゃんがビールを沢山飲んで酔っ払いの振りをすると、自ずと向こうから絡んでくるんだぜ。俺ちゃんはそれを捕まえればいいって寸法……つまり、これは必要経費!」
『な、なんと! お前は其処まで考えていたでござるか』
「当たり前なんだぜー」
『おくとんばーふぉすとは、千颯を真面目にするものでござったか』
「そーそー。というわけで、どんどん行こー」
 白虎丸の感動をよそに、千颯は次々とビールをあおっている。
『す、すごい……そんな工夫もあるのね! わたしも頑張らないと!」
「そもそも僕らはお酒飲めないし、方法にもちょっと色々と問題が……」
 どこまで純粋で天然なフローラ メルクリィ(aa0118hero001)の発言に、黄昏ひりょ(aa0118)が遠慮がちにつっこむ。
 ひりょもまたレーダーホーゼン、フローラはディアンドルの衣装に身を包んでいた。
「おふたりさん、おつかれちゃーん……て、ありゃ、そのお子様はもしかして」
 千颯が視線を下に向けると、子どもがひとり、べそをかきながら、ひりょとフローラの手にしっかりとつかまっていた。
「家族とはぐれてしまったらしくて。その場でも探してみたんですけど、なにせ人が多いので、本部テントで放送を流してもらおうかと」
 ひりょが説明する間にも、こどもは目に涙を溜めて、しきりに手の甲でぬぐっている。
「やぁやぁ、きみはとんだラッキーボーイだぜ。なにせここにいるのは、テレビでも有名なあのゆるキャラ、白虎ちゃんなんだから」
 こどもと目線の高さをあわせた千颯が、ひときわ明るい声で話しかける。
『がおー! 白虎ちゃんでござるよ!』
「びゃっこちゃん……?」
 こどもはひりょとフローラのそばを離れると、白虎丸に抱きついた。
『もう泣かないでいいでござるよ。俺も親御さんを探すのを手伝うでござるよ』
「てわけで、この子は俺らにまかせてくんねぇか」
「はい、おまかせします。じゃあ、またね。バイバイ」
 白虎丸に肩車されたこどもを見送る。
「虎噛さん、こういう時は格好いいんだよね」
『お父さんの顔してたね』
「服はあんまり似合ってなかったけど」
 顔を見合わせて、ひとしきり笑ったあとで、巡回に戻った。
「そう言えば、発案者の二人はどうしたかな」
『二人ともよく似合ってたから、きっと今頃大人気よ。ほら、あんなふうに』
 フローラの指差した先で、ディアンドル姿の売り子が二人、手提げの編みかごに満載したドイツパンをお客に売り歩いていた。
「ドイツパン、ドイツパンはいかがですかー?」
『美味しい美味しいドイツパンはいかが? こっちのパンは、キャベツの漬物ザワークラフトとハムを乗せて一緒に食べると至福だよ』
「え、なにそれ、美味しそう! 香ばしいパンに、ぎゅっと噛みしめると旨味のあふれるハム、ザワークラウトの酸味が後味をあっさりとぬぐって……いくらでも食べれちゃう!?」
『こっちのは、とろっとろのチーズとハチミツを乗せた熱々のドイツパンをサクっといただくのよ』
「チーズとハチミツ!? そんなのもう、チーズの優しい香りとハチミツの甘さが交わって、しかもパンにしみしみで……テロだよ!」
『さらにさらに、こっちのパンは……』
 聞いただけでも美味しそうな解説に、あっという間に長蛇の列ができあがる。
「ていうか、あの二人……」
『そうみたいだね……』
 ひりょとフローラが見つめる中、餅 望月(aa0843)と百薬(aa0843hero001)はあっという間にパンを売り切って、買えなかったお客さんには出店の場所を伝えて、うまく誘導していた。
 最後はなぜかお客さんからリンゴサイダーをおごってもらっていた。
『プロージット、ヤッホー!』
「素面なのに、器用だね」
 お客さんと陽気な掛け声で乾杯する百薬に、望月はやや呆れ顔だったが、まんざらでもなさそうだ。
 ひとだかりが途切れたタイミングで、ひりょたちも声をかけた。
「お疲れさまでした! というか、どうしてそうなったんです?」
『ドイツパン、とっても美味しそうだったよ! 私も食べたかったー!』
『ねー。ワタシも食べたーい』
「さっき実際に食べたでしょ。あんまり美味しそうに食べるもんだから、お店の人に気に入られて、こんなことになったんだよ」
 後半はひりょたちに向けた説明だった。
「あ、でも安心して。ちゃんとお仕事もしてるから」
『さっきもケンカで暴れる悪い子にお仕置きしてきたのよ!』
「できたてホクホクのジャガイモを無理矢理口に突っ込んで、『あっつあつで美味しいよ、H.O.P.E.エージェントの身体能力からは逃げられないのよ』なんて、すっかり悪役ね」
「ジャガイモ?」
『ふかし芋のお店の売り子もしてたのよ。次はブルストのお店で、その次はトルテ……』
「全部引き受けちゃうんだから……」
『あ、そろそろ次に行かないと!』
 百薬に手を惹かれ文句を言いつつも、望月は連れ添って、売店の方に向かっていった。
『ドイツパン……ふかし芋……ブルスト……トルテ……』
 トランペットに憧れる少年のような顔になってしまったフローラに、ひりょは苦笑い気味に提案する。
「とりあえず、何か食べながら回ろう。僕もお腹が空いてきたよ」
 売店に立ち寄りつつ、二人は会場の巡回を続けていった。

・・・

 夕日があたりを赤く染め上げていた。
 会場のステージ近くで、虎噛は仲良くなったオジサンたちと肩を組んで陽気に酒を飲み、白虎丸はあいかわらずこどもたちに囲まれながら優しげな顔をしている。
 望月と百薬は小さな丘の上で、もらったばかりのブルスト天高く突き出している。向こうのショッピングモールに立つロボット像の真似をしているらしい。来客たちに写メを取られまくっている。
 ひりょとフローラは両手にいっぱいの食べ物を抱えながら、のんびりと巡回を続けていた。
 会場のどこを見渡しても、今は笑顔があふれていた。
「他の会場はどうだったかな」
『きっとうまくいってるよ』
 ひりょの呟きに、フローラが答える。
『また来年も来たいね』
「きっとまた来よう」
『そうね』

 今年のオクトーバー・フェストは、盛況のうちに、幕を閉じた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 藤の華
    泉 杏樹aa0045
    人間|18才|女性|生命
  • Black coat
    榊 守aa0045hero001
    英雄|38才|男性|バト
  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • ほつれた愛と絆の結び手
    黄昏ひりょaa0118
    人間|18才|男性|回避
  • 闇に光の道標を
    フローラ メルクリィaa0118hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • まだまだ踊りは終わらない
    餅 望月aa0843
    人間|19才|女性|生命
  • さすらいのグルメ旅行者
    百薬aa0843hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678
    獣人|37才|男性|防御
  • 血華の吸血姫 
    レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001
    英雄|13才|女性|ドレ
  • エージェント
    タギaa4848
    人間|15才|男性|防御
  • エージェント
    シェイラaa4848hero001
    英雄|6才|?|カオ
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