本部

【ドミネーター】船上攻略

玲瓏

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/10/22 20:25

掲示板

オープニング


 チャールズから仕入れた情報を元にドミネーターに対する反撃が今日から十四日にかけて行われる。第一作戦として、今日は豪華客船の攻略だった。
 既にリベレーターの隊員、リンカーを歓迎する準備を終えていた坂山は、手持ちにある資料を何度も見返していた。資料はクォーターが調査してくれた内容が事細かに記されている。資料も彼が作ってくれたのだった。

 ――第一弾の調。
 豪華客船は長崎から日本海へ出て、サハリン島に到着する。期間は三日間。
 船は三階層であり、見た目は豪華客船と大差ない。夜になるとパーティクルな光が内部から漏れている。
 内部潜入の方法としては奴隷になるか、奴隷売買人として潜入するのが最も効果的。ヘリコプター、小型ボートから飛び移ることも可能だが、四六時中外に見張りがいるため難しい。狙撃や、迅速な行動により可能か?
 船首、船尾にはそれぞれ三人、船橋には二人の重装兵が確認できた。(出航時の状況。以降の継続的な追跡は危険なため断念)サハリン島到着の際、同じ陣形で警戒していた。
 愚神、ジェシーの姿を確認。出航時奴隷を一人一人選別している。恐らく、買値のつかない奴隷を弾いている。体に傷があったり、あまりにも手入れのない奴隷が基準なのだろう。遠方からの確認のためジェシーの言葉は聞き取れなかったが、ほとんどの奴隷は通されていた。
 サハリン島に到着してからはドミネーターの隊員と思われる人物が貨物列車を使って奴隷達を運ぶ。どこに運ばれたのか、追跡を試みたが痕跡は見つからず……。
 中にいるドミネーターの隊員は一般隊員二十名で軽武装が十五人、重武装四人、総隊長一人。チャールズ証言によるもの。隊員の数よりも奴隷売買人、奴隷の人数の方が圧倒的に多い。
 アーガルズという組織、もしくは人物が船の所有者。

 資料には船の写真、想定される見取り図も載っていた。出航時刻は十四時二十分。乗客は早ければ十二時にはもう船乗り場に着いていたという。船が到着する時刻は十四時丁度。二十分かけて奴隷の選別が行われる。
「仕方ないけど、内部情報が不明なのは物足りないわよね」
「調査が向こうに知られれば反撃のチャンスは無くなる。纏めてくれた情報が分かっただけでも好都合だろう」
 スチャースは坂山の膝上に乗って一緒に資料を見ていた。
「そうだけどね。一年もオペレーターやってると、未知っていうことの危険性が分かってくるのよ。皆に不安な思いをさせなくちゃいけないし。中身のことよくわかんないけど頑張ってきてって送り出すのも、無責任過ぎないかしら」
「こう考えるといい。今回の依頼、リンカーの任務は調査と攻略だ。攻略だけなら確かに情報不足だろうが、調査も兼ねれば不自然ではないし、そもそも今回の作戦はそういう予定だったのではないか?」
「ううん。私は事前の下調べをしっかりしてから送り出そうと思ってたから」
「基本的に考えてみろ坂山。今回の任務は敵地に出向くんだ。敵は隠れんぼのプロだ。どんなに手の込んだ予習をしても必要最低限の情報しかくれないだろう。それに今回は足を見せないという条件もある」
 机に肘をついて、スチャースの正しさを受け止める。
「坂山、私は君がリンカーを信頼していないとは思っていない。心配性は不信感ではなく、坂山自身の性格から来るのだろう。様々な任務をこなしてきたリンカーだ。必ず任務を遂行すると私は想像している」
 気がづけば自分が過保護になっていることに坂山は、初めて気付かされた。度を弁えない保護は不信感と同じ……か。もっと信じてくださいとリンカーに言われたばかりだ。
「ありがとうスチャース、ちょっとは気楽になったわ」
 後はリンカーを待って口頭で作戦を話した後、手持ちの資料をそれぞれの端末に送るだけだ。

解説

※以下は全てPL情報となります。

●目的
 制圧

●奴隷について
 男性、女性共に十歳以上、二十歳未満が条件。体に傷、刺青も不可。どちらも用途はドミネーターの隊員候補になる。雑用か、使えれば兵士。ただ奴隷の中にリンカーはいないため、彼らを扱うフランメスは道具としか見ていない。人種はアジア人、ヨーロッパ人と多種多様。
 救助を求める声もあるが、諦観している奴隷も多い。基本的に奴隷の帰る場所は無い。家族を殺されたり、家族に売られたり、元々家のない子供が攫われるケースが多い。
 奴隷売買人はドミネーターとは一切関係なく、金儲けのために来ているに過ぎない。

●隊員達
 ・軽装兵
 彼らの基本的な武器はアサルトライフル、もしくは剣。
 時折奴隷にちょっかいを出すが、体に傷をつける真似はしない。体に傷をつけなければ何をしても問われないが、男兵士が女性の奴隷に卑しい真似をしようものなら愚神、ジェシーの怒りを買うことは全員知っているため、限度を越えた行動はしないだろう。

・重装兵
 武器は両手に控えているレーザー銃と防御力を大幅に増強させる合金のアーマー。更に全員にジェット機があり、鈍い動きというデメリットを完全に無くしている。顔には赤外線のマスクを装着しており、隠れてもすぐに見つける能力を秘めている他、心臓の鼓動を数値化する機能もある。相手が緊張状態か平常心か、すぐに分かるだろう。

・総隊長
 メッツェルダーという名前の男性兵士。民間テロ組織だったが英雄と契約し、以降は金目的でドミネーターと手を組む。
 背中に背負う刃のブーメランと嵌めているグローブが武器。グローブの指先からは針が出ており、刺されると様々な状態異常が付与される。指によって状態異常は異なる。

●ジェシー
 船の中に夥しい数の罠を設置している。罠は種類によって異なるが、全てが拘束系。捕まれば瞬時にジェシーに知られ、好きなように弄ばれるだろう。

リプレイ


 小さな雨が音も経てずに降っている。もう少し細かくなれば霧になるだろうか。
 長崎市から遠く離れた港には行列が出来ていた。数はざっと数えても、都会の中学校の全校生徒よりも多いだろうか。
 行列は港に落ち着いていた豪華客船に運ばれていく。ドレスを羽織った、童話から飛び出してきたような女性が中に入る人間を事細かにチェックしている。
「次の人、こっちに」
 男の子のチェックを終えたジェシーは手を振って見送り、次の検品に移った。
 船に運ばれているのは人間ではない。商品なのだ、奴隷という正式名称のついた。
「ふむ」
 次は茶髪で、眼鏡をかけて怯えた少女が調べられていた。ジェシーは髪や頬、手や爪を繊細な眼差しで見た後に微笑んで商品を通した。
「あなたもオッケーよ。……あら、後二人もいるのね?」
「多くて手間かけさせちまうか」
「ううん。商品は多ければ多い程いいの。後二人は……へえ、男の子ね。すごく綺麗。メガネの子もそうだけど、あなたの連れてくる品はすごく私好みよ」
 ジェシーの声がかかる前に、商人は奴隷の情報を纏めた書類や契約書を彼女に渡した。
 結局三人とも傷物もなく船の中に通されるが、ジェシーは商人が乗船する時に待ったをかけた。
「その隣の人はどなた?」
 商人の隣には髭の生やした男が立っていた。奴隷ではない。奴隷は専用のコートを羽織るはずだが、男は灰色のタキシード姿だった。
 更にスーツを着た女性の姿もあるではないか。商人は基本的に奴隷以外の客を連れてこない。ジェシーは目を光らせた。
「俺の用心棒と秘書だ。乗船には何も問題ないはずだが」
「秘書ちゃんの方はいいとして、用心棒さんをタダ乗りは過剰サービスよねぇ。はい、身分証」
 用心棒の男は胸ポケットから古龍幇の身分証明書を提示した。
「荒木君ね。覚えておくわ。でも古龍幇ってHOPEと協定結んでなかったかしらぁ」
「ジェシーさんだったか。悪事を働いてた連中がHOPEと突然手を組むことになって、全員納得すると思うかね」
「ああ、そういうこと」
 ジェシーは秘書の身体チェックだけを済ませると、六人を船の中へ案内した。船に入って真っ直ぐ道を進んでいくと途中で二人の隊員が姿を見せた。
 六人は指示された通りに別れることになった。奴隷は薄暗い三階層へ、商人と荒木は賑わう二階層へ。
 階段を登るとすぐ宴会場になっていた。白いシートのかけられた丸い机が二十個程は置かれ、一つの席に五人の商人が座れる椅子がある。薫 秦乎(aa4612)は用心棒の荒木、ではなく赤城 龍哉(aa0090)と誰もいない机の椅子に座った。秘書役に徹していた無月(aa1531)も席について、三人分埋まった。
「何とか入り込めたな」
 周囲を確認した後、赤城は声量を落として言った。
「確認しとくぜ。一日目は情報収集だったよな」
「出来る範囲でな。あの愚神は以前罠を使ってきたはずだ。船に仕掛けられていてもおかしくない。慎重に探る必要がある」
 今まで野蛮な事件を起こし続けてきたドミネーター。無月は初めて組織と関わるも、予め橘 由香里(aa1855)から彼らがどんな組織であるのか聞いていた。簡単な話だったが、ドミネーターの野蛮さを知るには一分で事足りた。
 ワイングラスを持った小太りの男性が薫に一言声をかけて席に着いた。
「ややあ、向こうの席で飲んでたんですが飲み過ぎだって言われて追い出されちゃいましてね。参った参った」
 男は既に顔が赤くなっていた。泥酔とまでは行かないみたいだ。
「そりゃあ大変だ」
 薫の隣に座ると、机の上に串刺しになっていた焼き魚を手にとって一つ齧った。
「俺はこの船に乗んの初めてなんだが、このご時世安全に商売ができるたぁありがたいこったな。警備の連中、ありゃプロの傭兵か何かで?」
「おお~初参加さんか。そりゃもうプロ中のプロですわ。鉄砲なんか持って、怖い怖い」
 長崎名物のチャンポンが机に運ばれてきた。運んでくるのもドミネーター隊員の役目なのだ。無月は自前のお弁当を机に広げながら温かい内にいただくことにした。


 奴隷達は乱雑に押し込まれていた。商人達のように椅子や机は用意されていない。涙を流す奴隷、ぼうっと空を見つめる奴隷、諦めずに大丈夫だと周囲を励ます奴隷、色々だ。奴隷が逃げ出さないように隊員が二人出入り口前で待機している。メガネを掛けた女性――橘は一人の隊員に近づいてこう言った。
「あの……お手洗いは、どこに……」
 少し前一人の奴隷が隊員達の許可を得て出入り口の先にあるトイレに行っていた。唯一奴隷がこの部屋から移動する手段だ。
「ここを出て真っ直ぐ歩いてたら標識があるから、それに従えよ」
「あ、ちょっと待った」
 一人の兵士が橘に近づいて、愛想の良い笑みを浮かべながらこう言った。
「せっかくだから僕が案内してあげよう。そうした方が君も不安じゃなくていいだろう?」
「おいお前何考えてんだ。見張りを一人にする気かよ」
「大丈夫、すぐ戻ってくるよ」
 商品に逆らう権利はなく、男は前を歩いて手洗い場までの道のりを案内し始めた。
「君のような逸材が奴隷になるのは勿体なく思ってね」
「……?」
 道案内をしていた男は立ち止まった。
「僕の名前はマールって言うんだ、以後お見知りおきを。会場についたら君を買おうかと思った。これは完全に一目惚れさ」
「あの……奴隷になったら、何をさせられる……のですか?」
 壁に背中をもたれさせながらマールは考え込んだ。一体なんて言えば、自分の理想の反応を返してくれるだろう。今いる橘と、自分の奴隷になった橘を何度も見比べている。
「君は格別だ。普通奴隷は人間とは思えない扱いを受けて無残に人生を終えていくだろうが、君は家族同然に扱ってあげるよ。特別に」
 ホッと緊張を解かれる。ドミネーターの隊員でも、一応人情を持ち合わせているリンカーはいるのだ。人間、残酷さにも限度がある。橘はしかし、半信半疑の心でマールを見上げた。
 マールが猫なで声を出してから間髪入れず、橘は首を片手で締められた。耳元で囁き声が聞こえた。
「どうしてだろう。君の顔を見ると殺した妻の事を思い出すんだ。そっくりだからだね。妻を殺した時の快感が忘れられないんだ。もう一度味わいたいと思った」
 手には少しずつ力が入っていった。酸素が薄くなってきて喘ぐが、視界が薄れていく。
「少しくらい……いいよな? 傷をつける訳じゃないんだ」
 船が揺れる。同時に脳も揺れる。強い吐き気に襲われる。マールは止まらない。波のどよめきが聞こえる、その後に誰かの足音が聞こえて。
「こらー!」
 女性だろうか。姿は見えないが声が聞こえた。威勢の良い声だ。
「その子苦しんでますわ! 今すぐ離しなさい!」
 怒鳴られてマールはようやく首から手を離した。橘は咳き込みながらマールの後ろに目を向けた。
 奴隷服を着た金髪の、橘と同じくらいの年齢の女性が堂々とマールを怒鳴っていたのだ。
「女性に手を上げるなど笑止千万。最低な男ですのね」
「君には全く興味がないんだ。僕も愉しみを邪魔されると愉快じゃない」
「あなた達は奴隷に一切傷をつけられないこと、私はよく知ってますわ」
 戻ってくるのが遅いからだろう。奴隷達を見張っていた隊員が扉を開けてマールを呼んだ。彼は大きく舌打ちをして橘と女性を交互に睨みつけてから定位置へと戻った。
「はあ……、気持ち悪い。品性下劣な奴等は嫌ね。……早く帰ってお風呂入りたいわ」
 出来ることなら呟きではなく、声を大にして言ってやりたいが。
 扉が閉まる時、もう一度橘を見た。今度は睨みつけるのではなく、不気味に微笑みを浮かべていた。
「あなた、大丈夫?」
 女性は地面に膝をついている橘に、しゃがんで声をかけた。
「大丈夫……です。貴女は……」
「私は雀(すずめ)って呼んで欲しいな」
「日本の人、だったの?」
「家族事情でねー色々と……。あなたは?」
 橘は素直に名乗った。雀は良い名前だと、彼女を褒めた。
「あまり長居すると怒られそうだから戻ろうか、ユカリ」
 二人は一度、奴隷の部屋に戻ることにした。なるべくマールという男から遠い場所へ。


 船旅は三日間続く。商人達はバカンス気分で外に出たり、昼間からお酒を嗜んだりと豪遊。カジノやダンスクラブ、和食中のレストランがいくつかあり、奴隷売買以外に違法取引を行う商人もいた。三日間は毎日夜通しパーティが開かるらしく、昼から深夜にかけて人がいなくならない。
 二日目の朝、赤城が纏めてくれた情報を使って、無月は三階層への階段を下っていた。
「警備の人数は二人、だね。早速見えてきたよ」
 扉にはガラスがついていて、奴隷保管庫と呼ばれる部屋に立っている隊員が見えた。ジェネッサ・ルディス(aa1531hero001)は無月に慎重を促した。
「そのスーツ姿が拝めるのも後少しで終わりか。なんだか勿体ないね」
「また着る機会もできるだろう。ここまで上手に潜入できたんだ」
 扉をノックした無月は、向こうから勝手に開かれるのを待った。
 開かれると、奴隷小屋の異様な空気に一瞬だけ自分が何をしにきたのかを忘れそうになった。生気がないのだ。
「何の用だ」
「商品が安全かどうか確認してきてほしいと言われたもので。様子を見ても良いですか」
「構わないが一度身体チェックをさせてもらう」
 靴まで調べていた隊員が調べを終えた時、無月は秘書の役目を終えた。
 何があったのかを知る前に、気づけば隊員は後頭部に大きな衝撃を受けて意識を失っていた。無月は隊員をすぐトイレに連れ込み、出張っている管と腕を紐で巻きつけ固定した。
 腰を下げて奴隷部屋の扉まで接近した無月は、手前にドアノブを引くと歩哨になっていた一人の足を掴んで廊下側に引きずり、胸についていた無線機を素手で破壊した後に二つの手刀で首筋に一撃を食らわせ目眩を起こさせた。
 喋る間もなく五感が脳を過ぎ去っていく。猛烈な吐き気に隊員は嗚咽をもらし、やがて失神した。
 扉から九字原 昂(aa0919)と伴 日々輝(aa4591)が外の様子を見に部屋から出ていた。無月は二人に幻想蝶を渡した。
「ジェシー、だったかな。三階層に仕掛けられた形跡は未だに無し。安全だよ。ただエンジンルームとかの機械室は分からない……。そこまで行かしてもらえないから」
 伴は幻想蝶を受け取り奴隷服を脱いだ。
「そうか。そちらは私が見て回ろう。奴隷達の様子はどうだ」
「安心して。これから海が荒れるから大人しくしていた方がいい……っていう簡単な伝言ゲームで今はみんな静まり返ってる」
「だから異様な程静かだったのか」
 皆が皆、人間という概念すら失っていた。
「僕はこれから一階無線室の制圧に向かいます。抑えられれば無線ですぐに連絡しますね」
「任せた。俺はここの階段を封鎖しておくよ、念のため」
 至る所に監視カメラが設置されていたが、管理されている部屋は分からなかった。九字原は無線室がその部屋だと勘に任せ、三人と別れると一階まで忍び足で向かった。階段の途中に見張りの隊員がいるからと警戒していたが、既にいなくなっていた。
 一階の階段に仕掛けられていた罠は無月が解除している。
 二階と比べると一階は物静かで、優雅な空間が広がっている。窓から外を眺めれば、綺麗な朝日に照らされる海が輝いている。
 隊員の数は少ない。一階は見張る必要がないのと、隊員達からしてみればつまらない場所だろうから。頻繁に出入りしているのは船長とジェシーだ。
 階段を登りきってすぐ、左右の壁にいかにもな細いワイヤー線が設置されていた。九字原は解除のために手を伸ばしたが、ベルフ(aa0919hero001)は「待った」と手を止めさせた。
「少し離れた場所からハングドマンを投擲して解除した方がいいかもしれん」
「理由は後々分かるのかな」
「恐らくな。俺の杞憂なら素直に謝る」
 言われた通り九字原はハングドマンを使って罠を切り裂いた。途端、ワイヤー同士を繋いでいた壁から剛鉄の手が現れ、空を掴んだ。手がある場所は、さっきまで九字原の首と足があったものだ。
「あまりにもわかり易すぎる罠だと思ってな。解除をトリガーにして発動する厄介なモンだと思ったが、杞憂じゃなかったか」
「一筋縄じゃいかなさそうだね……」
「頭の使える愚神だしな。ただの能無し暴走族を相手にするよりも何倍も手間がかかりそうだ」
 壁から伸びていた手が引いていく。九字原は慎重に地面を歩みながら先へと進んだ。


 船首と船尾には赤城と薫が向かっていた。
 板張りの船首に立つと、室内では感じられない風が心地よいものだった。今乗っている船がどんなに腐っていても、大自然が運んでくる豊かさだけはそのまま届くものだ。
 三人の隊員が談笑しながら座っていた。
「今回の商品、どれも良い物揃いだったよな。赤い髪の女の子いただろ? あの子気になってんだよな」
「やめとけよ。お前何回目だよ」
「何だ何だその話、俺初めて聞くんだが」
「こいつ歪んでんだよな。子供が好きって言ってるんだが、毎回奴隷を買ってはすぐ使い物にならなくして捨ててんだよ。金勿体ねーだろ」
「関係ねえだろ。子供のさ、ワンワン泣く時のあのしてやった感じ……ざまァみろって感じ、最高にゾクゾクするんだわ。分からるだろ二人も」
 傍で聞き耳を立てていた赤城は、ヴァルトラウテ(aa0090hero001)の怒りがひしひしと伝わってきていた。
 それ以上の怒りは不要だ。赤城は座る三人の一人に近づいた。
「はいはいそこまでだ。痛い目に合う前にその口、閉じとこうなッ!」
 手にアルスマギカを構えていた赤城は黒い塊を三人の無線機に飛ばし、即座に破壊した。
「何だお前! リンカーか?!」
「そうだ。残念ながらこの船旅も、今日が最終運行なんだぜ!」
 立ち上がろうとした一人の隊員の胸ぐらを掴んだ赤城は空中に飛ばすと、今度は衝撃波を発生させ隊員を吹き飛ばし、海の底へと飛ばした。真横から剣を抜く音が聞こえた。制圧開始、赤城もブレイブザンバーを天に掲げ、敵に切っ先を向けた。
 船尾では薫が一刻も早く外に出たいと何度も口にしていたベネトナシュ(aa4612hero001)を外に引っ張り出し、共鳴した。
「待ち飽いたぞ秦乎。兄上らも動き始めたはずだ、後は一切合切を捩じ伏せるのみだな!」
 船尾は関係者以外立ち入り禁止になっている。その理由は、船尾に脱出用のボートが置かれているからだ。善人気取りの商人が奴隷のために脱出用ボートを盗むのは考えられる。
 船尾に続く扉は二階の奥にあった。ベネトナシュは用心しながら扉を開けたが、扉に罠は仕掛けられていなかった。
 歩いている最中、一階のエンジンルーム付近で発生していたボヤ騒ぎに釣られてノコノコとやってきた隊員達の撃破が終わったと通信があった。無月からだ。そのすぐ後に無線室の制圧も完了したという。一日目の情報収集が功を奏して、手立て良く作戦は進行していた。
 潮風に長い髪が揺れる。
「お前、誰だ? どっから乗ってきた。場合によっちゃこの場で射殺命令が出るぞ」
「名乗るまでもない」
 クォーターからの情報では船尾には三人の一般兵士だったはずが、今は重装兵が一人いた。その重装兵が前に出てきて、機械的な銃を向けている。
「そんな陳腐なモノで私に挑もうと」
「引く気はないみてえだな。よしお前ら、蜂の巣にしてやれ!」
 ベネトナシュはミョルニルを両手で持ち素早く回転させた。弾かれた弾丸が地面へと落ちた。銃弾の風が止むと、今度はフリーガーファウストを敵の中心部に放ち、大きな衝撃を起こした。
 何人か敵が気づくだろうが、都合が良い。まだアーガルズに関する情報は得られていないから、向こうから出てきてくれれば僥倖だ。
「喰らいやがれ!」
 レーザー銃から細かな線が放たれた。鋭く、熱の持った線はベネトナシュの真横を通り過ぎると壁に当たり燻煙があがった。
 相手の戦闘能力は大して高くはないが、四人いる中に無闇に突っ込めば囲まれてしまう。
「遅くなったか?」
 そんな心配も、グワルウェン(aa4591hero001)が来てくれれば意味を成さない。彼はベネトナシュの肩を叩くと、シュナイデンを持ち上げた。
「最高のタイミングだ」


 無線室には一人の隊員しかおらず、九字原一人で制圧が終わった。罠が散りばめられていたがベルフとの連携で難なく解除が終わるものだ。制圧が完了する頃には橘も一階に来ていてアーガルズの情報を探していた。罠に気を配りながら歩いていると船長室のプレートが見つかった。
 ――足元注意じゃ。
 橘が踏もうとしていた先に小さなトゲが固定されていた。飯綱比売命(aa1855hero001)も、変なモノに橘が捕まって王子様に心配をかけないよう気をつけているのである
 ――とはいえ童話の中のお姫様はいつも何かに捕まっておるんじゃがの。
「そんなヘマしないわ」
 船長室の扉は他と同じオートロックになっていて、入るにはカードキーを必要とした。橘はヴァローナを持ち出した。
「これで撃てば開くかしら。開かなくなったら最悪よね」
 しかも物騒。橘は銃口を向けていたが引き金は引かずに思案していた。すると、橘が何もしなくても勝手にロックが解除され、扉が開いた。
「こちら無月だ。橘、制御室からロックを解除した」
「お手柄ね。……ねえ思うんだけど、制圧が簡単過ぎないかしら。資金繰りで重要な取引ならもっと厳重に警備するべきじゃない?」
「頷ける考えだ」
「トントン拍子で進んでいくのは良い事なんでしょうけど――あれ?」
 橘は船長室の向こう側に見えた影に、言葉を止めた。
「また掛け直すわ!」
 モダンティックな色調の部屋に合う木製の椅子の上に、長い茶髪の女の子が一人座っていた。目は虚ろで、一点を見つめている。橘は走って駆け寄った。
「そこで何をしてるの?」
 女の子の目を見て話しているのに、応えが返ってこない。不信を感じながらもう一度声をかけようとした矢先、その子が橘の体をドンと押した。弱いながらも、不意にかけられた力に橘は蹌踉めいてしまう。
 右足に虎挟みが食い込んだ。さっきまでは無かったはずだ。
「ジェシーは光栄よ。また美人さんに会えるなんて」
 部屋の中、クローゼットの扉が開くとジェシーがニンマリ顔を浮かべながら飛び出してきた。
「貴女、どうして……!」
「変装で入ってきたのはさすがね。共鳴しなかったのも、頑張って情報集めてたのもさすがだと思うわ」
 虎挟みを外そうとするが、仕掛けが複雑で解除できない。銃を使おうにも、ジェシーが至近距離にいるおかげで行動しにくい。
 扉の方から、無月の声が聞こえた。
「貴女がジェシーさんか、何故、貴女は罪もない子供達を虐げる。貴女にはあの子達の悲しみが解らないのか!」
 ジェシーは無月を見るなり、更に口角を上に吊り上げた。
「フッフッフ! 素敵ね、もしかしたら今日二人もジェシーのオヨメサンが増えるのかしら!」
「ふざけた事を言うな。貴女の悪行はここで終わらせる!」
 無月は苦無を投げた。銃弾に劣らないスピードでジェシーの額目掛けて放たれたが、ジェシーが指を豪快に鳴らすと地面から飛び出してきた槍が苦無を弾いた。
「本当はもっとト派手に暴れたいんだけど、フランメスからこの子に傷をつけるなって言われてるから今日はここまでにするの」
 ジェシーは女の子の手を引いて立ち上がらせた。従順ながら、女の子はジェシーの指示通りに動いた。
「待って! その子は一体何者なの?」
「さあ?」
 船長室の窓が開いた。向こう側には地平線が見える。
 無月は雷切を手にジェシーに接近した。絶対に逃がすものか。
「この世界は貴女の居るべき世界ではない。疾く、己が居るべき世界へと還るがいい!」
 雷切を振りかざしたが、ジェシーは手を前にかざすと無月の腕が止まった。天井から細い糸が伸び、彼女に巻き付いたのだ。ジェシーは踊るように腕をクルクル回転させた。
「ぐっばい。またどこかでね」
「待て! くそ……!」
 橘は拳銃の狙いをジェシーに定めて引き金を引いたが、慣れない武器を扱っているからか銃弾は軌道を外していた。


 船尾で戦闘が繰り広げられていると逃げてきた部下から言われた総隊長、メッツェルダーは、面倒ながら立ち上がり船尾へ急いだ。到着した頃にはほとんどの兵士が片付けられていた。
「ボス格お出ましって所か?」
 ベネトナシュ達と合流していた赤城は、メッツェルダーを見るなり拳を突き合わせた。
「やるか?」
「やんねーよ、俺はそこまで元気じゃねェ」
 意外な言葉に、赤城は首を傾げた。
「投降すんのか? おいおい、確かに楽でいいが……。最後まで戦うって事しねえのか?」
 油断を作った隙の攻撃を警戒した。ベネトナシュとグワルウェンはメッツェルダーが地面に座っても、武器は手放さなかった。
「俺は金で雇われた傭兵のリンカーだ。フランメスには部下の半数以上の戦闘不能、奴隷の救出をさせられた時点で金を貰えなくなるって言われてる。で、部下の半数以上がもう終わってるし、なんなら俺の言うこと無視して逃げやがった。こんな状態でやる気なんか出ねえよ」
「金のために動いているというのか。忠誠心ではなく」
「金で雇われた奴は大抵、あの野郎の道具なんだよ。そんな扱いされて忠誠心なんて芽生えるか。金がもらえないなら、はい終わり。やってらんねえよ」
 端的に言えば総隊長は拗ねているのだ。
「お前らの作戦、連携勝ちだ。負けを認める」
 船は一番近い中国の港に到着し、奴隷達は全員無傷で解放された。メッツェルダーは抵抗なく捕獲された。その時、彼はリンカーにこう言った。
「もし出られたらお前らと一発勝負したい。俺の部下を全員ぶっ飛ばした連中の強さを味わいたいってな」
「おう、無論だぜ」
 総隊長の対策はしていたが、それら全てが無意味になってしまったことが悔やまれる。転ばぬ先の杖をせっかく持っていたのだが……。
 九字原とベルフは奴隷から孤児になった子供達を受け取ってくれる孤児院まで彼らを運ぶ手伝いに身を投じていた。HOPEから指示された孤児院にトラックで孤児達を運ぶ仕事は、疲労を蓄積するも心温まる仕事だ。
 孤児達から笑顔でありがとうと言われるのだ。暗かった顔が消えて。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 夜を切り裂く月光
    無月aa1531
    人間|22才|女性|回避
  • 反抗する音色
    ジェネッサ・ルディスaa1531hero001
    英雄|25才|女性|シャド
  • 終極に挑む
    橘 由香里aa1855
    人間|18才|女性|攻撃
  • 狐は見守る、その行く先を
    飯綱比売命aa1855hero001
    英雄|27才|女性|バト
  • Iris
    伴 日々輝aa4591
    人間|19才|男性|生命
  • Sun flower
    グワルウェンaa4591hero001
    英雄|25才|男性|ドレ
  • 気高き叛逆
    薫 秦乎aa4612
    獣人|42才|男性|攻撃
  • 気高き叛逆
    ベネトナシュaa4612hero001
    英雄|17才|男性|ドレ
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