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かぞくごっこ
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【質問】いめに質問
最終発言2017/10/13 23:37:19 -
【相談】幸せな夢から帰るとき
最終発言2017/10/14 13:53:29 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2017/10/12 21:35:34
オープニング
●はじまりはじまり
ある所に、不幸な少年がおりました。
少年は事故によって家族を喪いました。
仕事で忙しかったお父さん、いつもばたばたしていたお母さん、勉強をたくさん教えてくれたお姉ちゃん。
生意気だけど可愛い妹、泣き虫でいつも陰に隠れていた弟。
優しいおばあちゃん、厳しいおじいちゃん。
大切な人達は、少年を置いてどこかに行ってしまいました。
「いかないで」
少年がどれだけ叫んでも、家族は戻ってはくれません。
「置いていかないで」
少年がどれだけ泣いても、誰も慰めてはくれません。
ただ、一人だけ。
「悲しいのです?」
少年の前に、真っ赤なドレスを纏った少女が現れました。
「●●●●のです?」
少年は真っ赤な目で少女を見上げ、こくりと頷きました。
少女はにっこりと微笑みました。
「それなら、いめがその望みを叶えてあげるですよ」
●通電
緊急連絡としてエージェント達に任務が齎された。自らHOPEに連絡をしてきた愚神、名前は『いめ』。
『お久しぶりなのです。今は四国やアマゾンで忙しいです?』
『でも、ここのことも忘れちゃ駄目なのですよ』
くすくす、くすくすと愚神は楽しそうに嗤う。
『人質はたった一人の少年。彼を救えるかどうかは貴方達次第なのですよ』
●条件提示
・少年は無自覚の能力者である
・少年は『幸せな夢』を見ている
・『幸せな夢』から覚める方法はただ一つ
・エージェント達はそれぞれ家族の『役割』を担う
・この『役割』にエージェント自身の性別年齢は関係なく、いめに伝えさえすれば少年はエージェントを『役割』として見る
・口調を変える必要も無く、エージェントの言葉は『役割』の発言として少年に伝わる
・いめは傍観し、エージェント達の説得が終わるまで手出しはしない
・少年が『幸せな夢』から覚めなければ邪英化し逃亡する
・逃亡時の手助けはいめが行う
解説
●登場
・少年:名執芙蓉(なとりふよう)
中学二年生
兄もエージェントだったが数年前の大規模戦闘で死亡している
・英雄:正体不明
幻想蝶の中なのか姿を見せない
・いめ
推定デクリオ級愚神
今回は傍観者
●場所
いめが用意した至って普通の一軒家
エージェント達が到着した時点で少年は家の中におり、『貴方達』が帰ってくるのを待っている
●時間
そろそろ日が落ちそうな夕刻
リプレイ
●夢を砕くために
エージェントを乗せた車が到着した。
明かりの灯された一軒家。中にいるのは家族を亡くし、『幸せな夢』に逃げ込んでいる能力者だ。
車内で既に『役割』を決め、どういうアプローチで少年を救出するかの話し合いも済んでいる。
「…………」
木霊・C・リュカ(aa0068)は家を見上げた。彼自身十年ほど前に祖父を亡くし、今は天涯孤独の身だ。
だからなのか、選んだ役割は『祖父』。
少年に告げようとしている言葉は、もしかしたら。
「こういうのも後悔って言うのかな」
誰に言うでもなく、呟かれた言葉は闇に溶ける。
その隣、木霊の英雄である凛道(aa0068hero002)も『父親』という役割を担っている。
とはいえ性別、年齢的に妥当であるからと選んだ役割だ。英雄故に別世界での家族の記憶も特に無い。
ただ、たまに思い出すのは、柱に縄でぶら下がる長身の男性。それから、倒れた椅子。あれは何だろうと思うが深く考えることはしていない。どうでもいいことだからか、あるいは――。
「ようこそ、なのですよ」
エージェント達を迎えるように一人の少女が姿を現した。
真っ赤なドレスを纏う少女、愚神いめ。
「よお、嬢ちゃん。元気だったか?」
いめと数度相対した事がある百目木 亮(aa1195)がそう声をかける。百目木は今回、シロガネ(aa1195hero002)と共鳴したうえで『弟』の役割を選んでいた。「目ぇ覚めた時に目の前におっさんがいたらビックリするだろ」と嘯くが。
『役割に見えるんで変わりないと思いますけどなぁ。ま、そういう訳でよろしゅう頼みますわ。えーと、いめはん?』
関西訛りの英雄に、いめはやはり微笑んだまま「よろしくですよ」と返すだけ。
「本当だ、いめだね」
『ああ本当、久しぶりだね』
同じく面識のあるアリス(aa1651)、Alice(aa1651hero001)の二人もいめの姿に気づくがとりあえず後回しとの結論に至ったようだ。
こちらが手を出さなければあちらも動かないだろう。今回は人質を救えという依頼なのだから、まずはその為に行動を。
共鳴する面々からは離れ、乗ってきた車に背を預けて様子を眺めているのはバルタサール・デル・レイ(aa4199)だ。
まったく興味がなかった依頼だというのに、英雄である紫苑(aa4199hero001)が勝手に参加申込をしていたおかげで致し方なくの参加である。正直面倒くさい。
その上、楽しそうにしている愚神がそこにいるのである。ここに到着するまでの間、携帯電話でフェアだ何だと通話していたが人質を取っている時点でそんなもの無効だろう、とも思うがそれも割とどうでもいい心情だ。
一方。人の精神状態の観察を好み、何よりバルタサールで遊べると思って勝手に参加申込した英雄は、いめを眺めて『趣味悪い』と思っていた。紫苑としてはほめことばである。
そんな凸凹バディな二人だが仕事は仕事だ。共鳴し、『祖母』の役割として参加する。紫苑が発言内容の指令を出し、バルタサールが発言して役割を演じる予定だ。
「準備できたです?」
いめが指し示すのは家の扉。
『兄』役であるGーYA(aa2289)、まほらま(aa2289hero001)の二人を除いたエージェント達が、家の中に入っていく。
●『幸せな夢』
偽りの夢が始まる。
『ただいま戻りました』
「ただいま、芙蓉君。戸締まりが不十分だったよ、ちゃんと窓の鍵は閉めなきゃ」
木霊や凛道の声に続いて、他のエージェント達も家の中へと入る。
途端、ばたばたと足音が聞こえて扉が開いた。
「お帰りなさい!」
少年――芙蓉が、満面の笑顔で『家族』達を出迎えた。しかし笑顔ではあるが目の周りは赤く、家の中は冷え切っている。
リビングに入れば中央に大きな毛布が広げられており、芙蓉はここで寝起きしていたのだろう。
家族との思い出が最も残っている、この部屋で。
「どうしましたか。悪い夢でも、見ましたか?」
『妹』役を選んだ紫 征四郎(aa0076)が声をかける。
征四郎には兄が三人いる。ただその関係は良好とは言えず、こういったやり取りは少し新鮮だ。それに征四郎はまだ、家族を失ったことが無い。
――かつてのあの日。ただ一人取り残されたあの日にもし失っていたとしたら。
(……きっと今とは、全然違う気持ちだったと思うのです)
でも、それでも。独りぼっちのままには、させられない。
「ほら、しっかりしてくださいまし!」
芙蓉の背中をぐいぐい押してから、征四郎はキッチンに立つ『母親』のユエリャン・李(aa0076hero002)の元へ。
『母親』役ではあるが、家事炊事があまり得意ではない英雄を手伝うつもりだ。
冷蔵庫の中身と取り出していた材料を見るにカレーを作るらしい。小学生でも作れる簡単な料理ではあるが一抹の不安が残る。
二人が調理を始めている一方、他の面々は芙蓉の現状を把握するべく会話を始めていた。
違和感はあった。
例えば『姉』のアリスが芙蓉にねだられて勉強を教えていた時。
アリスは芙蓉の『姉』をなぞるつもりなど無く、呼び方も名執さんと苗字呼びだ。家族のように親しい演技をするつもりも無いし実際していない。彼の記憶の中の姉と差異があればあるほど好ましいと思って行動している。
それなのに、芙蓉はそれを自然と受け入れている。
幻想蝶を探そうと芙蓉の部屋の場所を尋ねた時もそうだ。
『姉』が部屋を知らないという事実に首を傾げるでもなく、当たり前のように場所を答えてアリスの背を見送っていた。
『"久しぶり"ですね、芙蓉さん。元気そうで良かった』
例えば凛道が声を掛けた時。
「お父さんなかなか帰ってこないもんね」
芙蓉は少しだけ寂しそうな顔でそう答えた。疑問を顔に出すことも無く、凛道の言葉をただ受け入れて、返す。
『……肩車とか、しましょうか』
そういう歳ではもうありませんかと続ける前に、嬉しそうな声が返ってくる。
微かな違和感。まるで、否定したらいけないとでも思っているかのような。
(もしも、今の状況を否定しないなら)
芙蓉の様子を窺っていた百目木は思考する。
例え兄が登場しても、それまで受け入れてしまったら。
取り返しがつかないような、そんな気がする。
「もー、七味は入れなくて良いのですよ!」
『う、うむ……』
多少トラブルはあったものの、カレーはどうにか普通の味でできあがった。
ご飯を皿に盛りつけて運ぶ『妹』を手伝うべく芙蓉も勉強の手を止めて立ち上がり、スプーンの場所などを教えている。
そんな少年を見つめて、『万死の母』であるユエリャンは思う。
(絶望はかくも苦い。甘い夢とて悪くはなかろう。否定はせぬ。我輩にこれを否定など、出来るわけがない)
かつて沢山の『我が子』を送り出した。かつて沢山の『我が子』をこの手に掛けた。その結果『万死の母』は死を選んだ。もし二度目があってもきっと同じことをするだろう。
大切なものをこんなにも失って、強く生きろというのが可笑しい。
(だが、そうして喚ばれたこの世界で、後悔ばかりという訳でもない、か)
自身の選択が正しかったのか確かめたいと戦場を望んだ。手を取ったのは『我が子達』に重なる希望――征四郎だった。
そして『我が子』は成長して、すぐそこに在る。
生きていくという事は、そう悪い事ばかりではない、はずだ。
芙蓉の部屋の扉を開けたアリスは一度だけ瞬きをして中に入った。
酷い有様だった。
何も知らない者が見れば泥棒にでも入られたかと思うかもしれないほど荒らされた部屋。
「……」
アリスは淡々と部屋の中を探す。目当ての物はただ一つだ。
この部屋を荒らしたのが誰だろうと彼女の行動の妨げにはならない。
「……これかな」
まるで見たくない物のように隠されていた黒い石。
何となくの感覚ではあるが、もしこれが幻想蝶で無かったとしても『姉』から唐突に石を渡されたら違和感を引きずり出せるだろう。
後はそれを広げればいい。
●幕間
『兄』役であるジーヤ、彼と共鳴するまほらまはただ時を待っていた。
兄が現れる事で芙蓉にどんな影響が出るか分からない。その為まずは芙蓉の様子を確認、兄が鍵になるのであればカーテンを開けて合図という流れになっている。
そして未だカーテンは開かれず、それならばとジーヤは調べ物を始めていた。
芙蓉の家族が亡くなった経緯。バルタサールも気にかけ、H.O.P.E.本部に問い合わせていた情報はメールによって齎された。
ダンプカーと正面衝突という不幸な事故。奇跡的に助かった少年。
「気付かずリンカーになっていた感じか」
病院に搬送後行方不明という情報まで読み終えて、ジーヤはスマートフォンを仕舞う。
『なら幻想蝶がどこかに必死で取り付いてるはずねぇ』
しかし何故、彼はここまで放置されているのか。警察も動きそうなものだが。
「いめが少し手を回したですよ」
くすくす笑う愚神にジーヤは向き直る。この愚神には聞きたいことが山ほどあるのだ。
「わざわざ連絡してくるのはなぜだ?」
いめにとって何の得があるのか。愚神だというのならすぐにでも人質を食ってしまえばいい話だ。
「あの夢オチだった事件の時の女の子はどうなった?」
能力者と英雄と人質の少女。誰かを殺せと選択が迫られた悪夢。その夢の中に居た結芽は。
「邪英化する力がある愚神って事だよな……どれだけの人間を餌にした?」
いめの等級は推定だが愚神であることは間違いない。そうでなければ邪英化させるなんて選択肢は無いはずだ。
『いめが知りたいと思うのと同じにあたし達も知りたいのよ、あなた達の事』
ジーヤの言葉に微笑んだままのいめに、まほらまも続ける。言葉の通じない相手なら仕方がないが、対話ができるのならばと。
いめが口を開いた所で、カーテンが開かれた。『兄』役が家に入る合図だ。
「時間切れなのです」
狙ったようなタイミングだが、優先は芙蓉だ。
まほらまと共鳴し、ジーヤは『兄』として扉に手を掛けた。
●目醒め
きっかけを作らなければなけない。問題はそれを誰が作るかだが。
「お父さん」
芙蓉の声はまっすぐ、凛道に向けられた。
「お父さんは、ずっとおうちにいるんだよね」
願うような声だった。
――だからこそ青年は、ごめんなさいと謝罪を口にした。
『実は、もう少ししたらまた長い仕事に行かなくてはならないんです』
「……長い、お仕事?」
『ええ、長い、長い仕事に』
「そっか」
俯く顔は寂しげで、凛道はそっと芙蓉を抱きしめる。
『仕事が終わればいつか会えます、なので……それまで元気で待っててください』
いめが初めから嘘をついていたのか、それとも違和感が大きくなったからなのかは分からないが、彼が今まで通りを受け入れているのなら、『仕事で忙しい父親』に家に居られるかを尋ねるはずもない。
『貴方がこれから学校でスポーツを楽しんだり、彼女とデートにでかけたり、就職で苦労したり』
伝わるように、優しく頭を撫でる。
『僕は、貴方のそういう未来を、何よりも、何よりも楽しみにしています』
『いつかまた』と『楽しみな未来』。
『父親』として告げて、凛道は芙蓉から手を離す。
「……何度も、叱ったかな。父親がいない時が多い分、誰かが厳しくしなくちゃって思ってたんだ」
続くように木霊が言葉を繋げ、厳しかった『祖父』の理由を声に乗せる。
「つらい想いをさせていなかったか、少し気がかりでね」
芙蓉に告げようとしている言葉は――もしかしたら十年前に自分が言って欲しかった言葉なのかもしれない。
そんな引っ掛かりを覆い隠して、今は芙蓉の為に。
「君は生きなきゃならない、人として正しい道を、だ」
彼が亡くしたものは大きいだろう。それは芙蓉自身が一番よく知っているはずだ。
しかしそれを理由にしてはいけない。
「一人は辛いかもしれない。若い君には尚更だ。それでも、自分で立って歩いて行かなきゃいけない」
最も傍に居るはずの家族はもういない。どれだけ探しても繕っても、芙蓉の家族はどこにも存在しないのだ。
「芙蓉君、しゃんと立ちなさい。今は泣いても良い、でも逃げるな、顔を上げて」
目線が合うように屈んで手を伸ばし、触れた肩を優しく叩く。
「大丈夫、君は強い子だ。なんたって俺の孫だからね」
ふふっと自慢げに呟いて一度だけ頭を撫で、木霊は離れる。
「お父さんもおじいちゃんも、何言ってるの……?」
笑おうとして失敗した笑顔に、様子を眺めていたアリスが近付いて手を差し出した。
手の平の上に乗せられているのは十字模様の入った黒い石。
「っ……」
「どうかした?」
石を見た途端、芙蓉ははっきりと目を逸らした。これが何かまでは理解していないかもしれないが、ただの石で無いことは分かっている反応だ。
もしもただの石であれば、隠すように置かず捨ててしまえばいいのだから。
「受け入れたくない?」
尚も石を突きつけるアリスに、芙蓉は首を横に振る。
しかし――アリスは彼の『姉』を演じるつもりなど無い。
「もう気づいているんでしょう?」
本当の家族は死んでいる事に。今目の前にいる人間は『姉』ではない事に。
気づいていながら目を塞ぐのならそのまま沈んでしまえばいい――とは口に出さないが。
『幸せな夢』に紛れ込んだ幻想蝶を芙蓉に押し付け、役目は終わったとばかりにソファーに座る真っ赤な少女。
言葉は出し尽くした。夢はもうひび割れている。
立ち尽くしたままの少年を、『母親』が柔らかく抱きしめる。突き飛ばそうとすればすぐにでも離れられるだろう力で、宥めて、ユエリャンは言葉を投げる。
『いつも忙しくしていてすまなかったな。もっと一緒にいられたらよかったのだろうが』
本当の『我が子』を思い出すように微笑み、ぽんぽんと背中を叩く。
『君の幸せが、母の幸せでもある。それは絶対だ。だから、どうか君には、生きて君の希望を見つけて欲しいよ』
ユエリャンが見つけられたように。
長い長い先の未来で、いつか誰かと笑いあう為に。
生きてほしいと残して、『母親』は芙蓉を離した。
早く早くと急かす紫苑に心中で溜息を吐き、バルタサールが「芙蓉」と声を掛ける。
膝をつき、サングラスに隠された金色の瞳で芙蓉を見据える様は迫力があるが、言葉はどこまでも優しい。
「あなたが見ている家族、それは夢なの」
それは偽物の私たち、本物じゃない。
「私たちは死んでしまったの」
死の明言に、びくっと芙蓉の肩が震える。しかし言葉は止まらない。
「老い先短い私の楽しみは、孫たちの成長を見ることだったから、これから先、芙蓉の成長を見ることができなくてとても残念」
けれど、あなただけでも無事でいてくれて、とても嬉しい。私たちの分まで、幸せに生きていってほしい。
淀みなく続けられる言葉に、芙蓉は唇を噛む。堪えるような動作だった。
「辛いこともあると思うけれど、それ以上に楽しいこともある。いつかは自分の新しい家族をもつことになれば、ずっと命は続いていくの」
そして。
「家族のことを覚えていてほしい」
きっとこの先、思い出して泣く事もあるだろう。それでも。
「あなたが覚えていてくれたら、思い出してくれたら、私たちもあなたの記憶の中で存在をし続けることができる」
芙蓉の記憶の中で、『家族』は生き続けている。
優しい夢物語のような言葉を最後まで声にして、これでいいかと脳内に尋ねれば『これからだよ』と返される。
どういう意味だと問い返す前に、百目木がカーテンを開いた。
『兄』役であるジーヤへの合図だ。
壊れかけた『幸せな夢』は『兄』が登場することで破綻するだろう。全てを『幸せな夢』の中に受け入れるには辻褄が合わなくなってくる。
(さぁ、どうかな)
ガチャリ。
玄関の扉が開く音に最も早く反応したのは――芙蓉だった。
無自覚であろうと能力者には変わらない。
そこにあったはずの体はいつの間にか手の届かない場所へと移動していて、逃亡の二文字が浮かぶ。
しかし、逃げ出そうとする芙蓉の前に、両手をめいっぱい広げた征四郎が立ち塞がった。
「……本当に、無かったことにできるのですか」
家族の事を忘れて。偽りに縋って。『幸せな夢』に浸ったまま。
「出来事を、記憶を、痛みを、忘れられるのですか!」
小さな体から発せられた声は、まっすぐ芙蓉を向いている。
救いたい。その一心で紡いだ言葉が、届くように。
「このままでは、本当に1人になってしまう。それは、それだけは、ダメだと思うのです……」
芙蓉は今こうして生きている。出来る事は、今からだって、たくさんあるはずだ。
「一緒に泣きましょう。いっぱい泣きましょう。本当の家族のみんながくれた言葉を、教えてください」
止めるために広げていた両手を芙蓉に伸ばして、大丈夫だと微笑む。
独りにはしない。
「征四郎は側にいます。あなたが生きていること、皆はきっと嬉しいと思うから」
その言葉に、芙蓉の目から堪えきれない涙が零れた。
一つ、二つ。ぽろぽろ溢れる雫を袖で拭い。
「それでも、僕は、みんなにあいたい」
夢ではないともがく少年は少女の身体を押しのけて、扉を開く。
「お兄ちゃん!」
迷いが無かった。だからこそジーヤの反応は僅かに遅れた。
芙蓉は、ジーヤの事を『兄』では無いと理解した上で『兄』として『幸せな夢』に組み込もうと抱き着いてきたのだ。
「僕、信じてたんだよ! お兄ちゃんは絶対帰ってくるって!」
――また会えたね!
どこかで、少女の声が聞こえた。
「今日はね、カレーなんだって! お兄ちゃん大好きだったよね!」
――海まで競争だ!
それは愚神に見せられた幻想だった。
望んだ風景の中で幸せで、だからそこに居たいという気持ちは分かっていた。
重ねていたと言ってもいい。
けれど。
「行こう、お兄ちゃん!」
もうとっくに夢から醒めている少年はそれでも『兄』に縋った。理解していても認めたくないと、駄々をこねた。
強く、腕が引かれる。
ぎりっと拳を握り締める。
「楽しいかよ、いめ」
吐き捨てた言葉と共に、ジーヤは芙蓉の手を振り払った。
目を丸くして驚きを隠さない少年に、ジーヤは続けて言い放つ。
「何も不思議じゃないだろ? 家族はお前を除いて皆俺と同じ所にいるんだから」
少年は首を横に振った。拒み、逃げる腕を今度はジーヤが捕まえる。
「死にたいのか?」
尚も首を振る芙蓉の腕をしっかりしろと握り締める。
「ここはお前のいる場所じゃないんだ、わかっているんだろう?」
目を逸らしても『幸せ』なんてどこにもない。
待っているのは、地獄だ。
「お前を助けたいと必死になって言葉をかけてくれているのは誰だ? 惑わされずによく見るんだ、芙蓉!」
仕事で忙しかったお父さん、いつもばたばたしていたお母さん、勉強をたくさん教えてくれたお姉ちゃん。
生意気だけど可愛い妹、泣き虫でいつも陰に隠れていた弟。
優しいおばあちゃん、厳しいおじいちゃん。
扉からこちらを窺う顔の中に、芙蓉の家族はいない。
「……みんな、しんじゃった」
ぽつりと、呟かれた言葉が全てだった。
幸せな夢は終わる。
苦しみも悲しみも抱えたまま、未来だけが残された。
●『偽りの中の希望』
「現実を受け止めるのと夢の中でも幸せでいるのと、どっちが幸せかねえ?」
共鳴を解き、百目木は傍らの英雄に尋ねる。
未だ泣き止まない芙蓉にとって、どちらが幸せだったのか。
『辛いのはどっちもどっちやと思いますよ。夢から覚めた方が大変かもしれまへんけど』
そう言って、シロガネは芙蓉の傍に寄り添ってぽんぽんと頭を撫でる。
『いっぱい泣き。知らん人らばっかりやけど、君の話を聞いてあげられます』
今までずっと抱え込んでいただろう。話したくない事は伏せてもいい。話すことで楽になるのならそれでもいい。
それに、少年の未来を手助けするのは大人の仕事の内だ。
芙蓉の意思に委ねる形にはなるが、身元引受人がいるのならばそちらに預ける。
いない、もしくは芙蓉が嫌がるのならH.O.P.E.で預かる方向で検討すればいい。
連絡先も渡して、助けにいける時は助けにいくと約束も交わす。
「伝えたかったことはほとんど他の奴が言ってくれたが……」
歩み寄り、棒付きのキャンディーを手渡して百目木は芙蓉の隣に座る。
「覚えておいてくれ。人の本当の死ってのは、全ての人に忘れ去られることだ」
バルタサールが言っていたように、覚えていればその中でその人達は生きている。
一方、どうでもいいと思っている人間ほど存在していたことすら忘れてしまう。
「だから、辛い思い出も楽しい思い出も覚えておくんだ。家族の傍にいて、いなくなったことが悲しいならなおさらな」
覚えていて欲しい。生きて欲しい。楽しい思い出をたくさん作って、いつか話して聞かせて欲しい。
わしゃわしゃと頭を撫でて、百目木はもう一人の居場所に向き直った。
まだ姿を現していない人物。
芙蓉の英雄。
「ふふ、もう出てきていいのですよ?」
背後から聞こえた声に、芙蓉を庇いながら――エージェント達はいめに向き直る。
「いめの目的は済んだのです。もう芙蓉に興味無いですよ」
会話出来ているように見えて、いめは愚神だ。いつ刃を向けるか分からない相手に背を見せるわけにはいかないが。
『――』
不意に聞こえた言葉に数人がいめから目を離して芙蓉を振り返り、見た。
髪色など差異はあれど、愚神いめと同じ姿形をした人物が――芙蓉の隣に立っている。
「……英雄さん? お前はいったい誰か、聞いてもいいか?」
「彼女は二条夢というですよ。騒がれたら困るので、少し喋りにくくしたのです」
すぐに治るですよとにっこり微笑み、いめは深々と一礼する。
「ありがとうございました。助かったですよ」
愚神らしからぬ言葉。しかしその表情からは何も読み取れない。
「そうだ、それから一つ答えておくです」
人差し指を立てて、ジーヤを見つめ。
「私がぜんぶ食べたのはただ一人だけ、ですよ」
その言葉を残して、愚神は姿を消した。
その後。
名執芙蓉は自らの意思で兄と同じエージェントの道を歩む事を決めた。
いつか恩返しが出来たらと綴られた手紙は、たくさんの希望で溢れていたのだった。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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