本部

青の絶景と黒の恐怖と

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/11/01 09:59

掲示板

オープニング

●恐怖
 ゆっくりと船の速度が落ちて停止する。
 陽光を受けてキラキラと輝く青い海と白い雲が穏やかに浮かぶどこまでも高く青い空。
 島影一つ見えない景色は遥か彼方の水平線で空と海が一つに融け合うようでどこまでも青に包まれている。
 正に絶景と呼ぶべきな景色に観光客達は息を飲み、思い思いにカメラを取り出しその景色へと向けている。
 そんな観光客たちとは逆にツアーガイド達は突然の停船に慌てていた。
「こんな所での停船は聞いてないぞ」
「予約まで時間が無いんだ。時間通りに港にはつくんだろうな?」
 到着時間が遅れれば予定が狂うことになる。
 その心配を口にしながら船長の元へと向かいツアーガイド達が歩き出したのと船が突き上げるような衝撃に襲われたのは同時だった。
 弾き上げられるような縦揺れに立っていた者はバランスを崩し、座っていた者も椅子から投げ出される。
「何だ!?」
 驚きの声が上がる。
「大丈夫か!?」
 船べりから海に投げ出された男に声がかけられる。
「最悪だ、カメラを落としちまった!」
 ライフジャケットで海面に浮く男の言葉に「今助けます!」と声をかけて浮き輪を投げ込もうとした船員の手が止まる。
 海に浮かぶ男の下、海中から何か黒い影が上がって来るのが見える。
 それは人の姿をしているようだった。
 美しさを湛えた青い海に赤黒い色が染みのように広がる。
「あ……」
 海に浮かぶ男の口からこぼれ出たのはそんな短い言葉とも言えない音だった。
 男の心臓を貫いた銛が引き抜かれ赤黒い染みが一気に広がる。
 海中に姿を現したのは影のような黒い鱗に覆われた半魚人型従魔だった。
 白目の無いガラス玉のような無感情な黒い瞳に呆然と立ちすくむ船上の人々の姿が映る。
 感情の無い瞳とは逆に耳元まで裂けた魚人の口はまるで笑っているかのようだ。
 口の中にずらりと並ぶ鋭い牙で黒い半魚人型従魔は動かなくなった男へ喰らいつき肉も骨も噛み砕く。
「ひっ……!」
 ようやく誰かの口から小さな悲鳴がこぼれた。
 それがきっかけになり爆発するように悲鳴が上がり全員が逃げ出すように船の中央に集まる。
「早く、船を!」
 誰かが叫ぶ。
「だめだ、船が動かないんだ!」
 返ってきたのは絶望の言葉だった。
 恐怖が言葉を奪い一瞬の静けさが船上に満ちる。
 その静寂に船底をノックするようなゴン、ゴンという音が響く。
 不安を煽るようなその音に全員の視線が足元へと向く。
 再び突き上げるような激しい衝撃が船を襲う。
 さっきよりも大きく弾き上げられた船が海面を離れて浮き上がる。
 湧き上がる悲鳴の中、ミシリという不吉な音が聞こえる。
 それは小さな音のはずなのに驚くほどはっきりと聞こえた。
 永遠にも思えるような一瞬の後、船が海面へと叩き付けられるように落下する。
 きしみ音は次第に大きくなっていく。
 そしてもう一度。
 今までで最大の衝撃が船を襲った。
 打ち上げられるように宙を舞う船から人々が投げ出される。
 空中で二つに割れた船体が大きな水しぶきを上げて海面に落ちる。
 水しぶきが収まった海面に何かが居た。
 それはさっきと同じ黒い半魚人型従魔だった。
 だが、その大きさは他の個体の倍近くある。
 巨大な半魚人型従魔が自分の身の丈と変わらない巨大な鉄槌を担ぐように構える。
 その周囲に六体の半魚人型従魔が姿を見せる。
 それぞれの手に曲刀や銛を持ち六体の半魚人型従魔達は海に落ちた人達に目を向けている。
「た、助け……!」
 誰かが声を上げて逃げるように泳ぎ出す。
「シャァーァア!」
 巨大な半魚人型従魔が声を上げた。
 その声に他の半魚人型従魔達が動き出し、逃げるように人々も泳ぎ出す。
 だが、海中での半魚人型従魔の動きは早く、瞬く間に六人が捕らえられる。
 その間に割れた船の大きな破片の上に逃げた人達が見たのは骨ごと全てを喰いつくされる犠牲者の姿だった。

●救援
「救援到着までの最短時間は!」
 突然途切れた救援を求める通信、その最後に聞こえた黒い半魚人という単語に不安を隠せないままH.O.P.E.職員のイリス・アーネットは声を荒げる。
「最寄りの島から救援を出して三十分です!」
 三十分、イリスの脳裏に以前起こった従魔事件の記憶がよぎる。
 あの時と同じタイプの従魔だとすれば三十分あればかなりの犠牲者が出るだろう。
 だが、その救援を出しても犠牲者が増えるだけでしかない。
 従魔の対応が出来るのはリンカーだけなのだ。
 その為に最寄りのH.O.P.E.エージェントに招集をかけているが、今すぐに人員が揃ったとしてもここからでは到着までにどんなに速くても数時間はかかる。
 誰一人助けることが出来なかったあの時の後悔に唇を噛みしめるイリスの耳に救いとも思える言葉が飛び込んでくる。
「船員名簿にH.O.P.E.所属のエージェントの名前が有ります!」
 躊躇する時間はすでに残されていない。
「救援だけすぐに出してください! 現場のエージェントに連絡を!」
 希望はそのエージェント達に託された。
 
●生存者
 二つに割れた船の破片の大きな側。
 船底を上にしてひっくり返ったその破片が沈まなかったのは幸運と言ってよかった。
 その上に生き残った二十人が身を寄せ合って避難している。
 守れなかった者達の痕跡はすでに海に浮かぶ赤黒い血の跡だけになっている。
 獲物を喰いつくした黒い半魚人型従魔が生き残りとそれを護るエージェント達へと目を向ける。
「ヤァア」
 一体だけさっきから一切動きを見せていなかった巨大な半魚人型従魔がどこか嬉しげに聞こえるような声を上げて手にした鉄槌をエージェント達へと向ける。 
 まるでエージェント達が陣形を整えるのを待っていたかのようだった。
 ゆっくりと巨大な半魚人型従魔が六体の仲間を引き連れて動き出す。

解説

●目的:救援到着まで出来る限り被害を抑える。

●状況
・観光クルーズ船は二つに割れています。
 大きく残った船首側の破片が船底を上にして浮いていてその上に生存者二十人が身を寄せ合って避難しています。
 破片は今のままならば沈む様子はありません。
 現時点では半魚人型従魔は破片の上に乗らなければ生存者に手が届きません。

・救援ヘリの到着まで三十分です。
 この情報は通信ですでに知らされています。
 PL情報:救助が始まった段階で敵は撤退します。それ以上の戦闘は想定する必要はありません。

・海面には生存者が避難しているもの以外にも大小の細かな破片が浮いています。
 この破片は足場として利用することが出来ます。
 ある程度の大きさが有れば上に立つことが出来て、行動に支障が出る事もありません。

・現在いる場所の水深は約三十メートル。
 周囲に島影はありません。
 水は澄んでいて水中でもかなりの範囲を見通せます。

●敵
・影のように黒い鱗、首元の襟飾りのように大きなエラ、凹凸がほとんど無い顔に瞼の無い黒目だけの瞳。
 特徴からは以前にも目撃されたことが有る半魚人型従魔と同一点が多々見られるが同種であるかどうかは不明。
 仮に同じであるとした場合、特殊な能力は確認されていない。

・耳元まで開くような大きな口を有しその中には人を噛み砕くための鋭い歯が並んでいる。
 この口で噛みつき肉を引きちぎり、骨を砕いて人体を全て喰いつくしてしまう。

・総数は七体(敵の増援はありません)
 六体はそれぞれ多少の個体差は有るが一般的な人と同じくらいの大きさである。
 武器は曲刀が三体と投擲も出来る銛が三体。

 指揮官らしき一体だけ体が大きく、三メートル以上ある。
 武器は長さ三メートルの柄を持つ鉄槌。
 先端部は一辺三十センチメートルの正方形の面を持つ長さ一メートル程の四角柱型で長い面の中央に柄が固定されている。

・【潜水】の能力を持っています。

リプレイ

●包囲
「頼みます!」
 足場の上に押し上げた男を船員に託して三ッ也 槻右(aa1163)は次の救助者を探して視線を巡らせる。
 だが、赤黒い染みが広がる海にもう生きた人影は残っていない。
『っ?! 人っ……いっぱい死んでっ?!』
 動揺する隠鬼 千(aa1163hero002)の意識が共鳴している槻右の中にまで流れ込んでくる。
「千! 落ち着いて、周りを見て! 助けなきゃっ。力を貸して!」
 千に声をかけて槻右は共有している視線を生存者へと向ける。
『っ!!』
 身を寄せ合い震える人達の姿にこの世界に来た時の記憶が甦る。
『あの時の……私と同じ……?』
 過去の千の姿が生存者達の姿に重なる。
『でも……私はっ……』
 千は自分の、槻右の手へと視線を落とす。
 それはあの時自分に差し伸べられた手だ。
『あの時と同じじゃないっ!』
 その手の温かさを千は知っている。
『今度は、私が……安心を作るっ!』
 自分を落ち着けるように目を閉じて、抱くように腕を胸へと引き寄せる。
「大丈夫、僕も、皆もいる、いこう」
 槻右が千に声をかける。
『はいっ!』
 守るべき人達を背に千が怯えを振り払った声で応える。

『く……わたしにヒレさえあれば……!』
 最後の欠片を呑み下す半魚人型従魔を睨むように見つめて禮(aa2518hero001)が悔しげに声を零す。
『みんな幸せだった、海を楽しんでいた。それなのに……』
 怒りが炎となって胸を焦がす。
「おのれ……よくも!」
『落ち着きなさい、藍』
 飛び出しかけた海神 藍(aa2518)を禮が止める。
 静かな禮の声が赤く燃え盛る藍の怒りを抑える。
『怒りは瞳を曇らせます。いまは拾い上げた命を少しでも多く護るんです!』
 半魚人型従魔に視線を据えたまま禮が言葉を紡ぐ。
「……っ。ああ」
 禮の怒りは青い炎のように熱く、静かに燃えていた。
 怒りの熱を吐き出すように藍がゆっくりと息を吐き出す。
「行くよ、禮……我らが誓約にかけて」
 揺れる炎を鎮めて藍が誓約と口にする。
『ええ、退くわけにはいきません。いきましょう、兄さん』
 影色の鱗の半魚人型従魔を見据えて禮がケイローンの書【Sagittarius】を開く。
『黒鱗の人魚が護りましょう、この冠に懸けて』
 怯える生存者達に禮と藍が誓いの言葉を口にする。

『これは……どうするナナキ』
 狭い足場の上で体を寄せ合う生存者達に目を向けて名無姫(aa5428hero001)が名無騎(aa5428)に声をかける。
「……どうするもホイッスルも、ナイトの役目は人々を守護する事でしょう?」
 当然と応えて名無騎は剣と盾を構える。
「こんな事態を見て見ぬセルフ暗闇するなら、俺はこの武具を海にかなぐり捨てるだろうな」
 予想通りの反応に名無姫は静かに微笑む。
「……何より、卑怯すぐるモンスのやり方に、俺の怒りが有頂天になった……ッ!」
 海面に顔を出した半魚人型従魔に名無騎が魔剣「ダーインスレイヴ」の切っ先を向ける。
『……分かった。《我が剣に誓う》ッ!』
 名無姫が声を上げる。
「《我が盾に誓う》んですわ!? お!?」
 慌てたように応えた名無騎を無視して名無姫は視線を生存者へと移す。
 戸惑うような恐れるようなイタい視線が名無騎へと注がれている。
「メイン盾ですから皆さんの安全第一は確定的に明らか! 俺が守っちぇやるから全力で安心して良いぞッ!」
 名無騎の言葉に戸惑いが困惑に変わる。
「まずは中央に固まって下さいますかねぇ!?」
 生存者達の縋るような視線が他の仲間達に向けられる。
『……ノブオ、交替』
 胸中の複雑な感情を呑み下して名無姫は何とかその言葉を口にする。
「おいィ人の仕事をとるのは犯ざ」
 名無騎の言葉を最後まで聞かずに名無姫が体の主導権を奪う。
「エージェントです! 私達があなた方を守ります! 安心して! 滑り落ちない様にこれを!」
 名無姫の口から出た普通の言葉に少しだけ安堵して、生存者達が名無姫から野戦用ザイルを受け取る。
「これも使え」
 足場の上の名無姫に御神 恭也(aa0127)が海中から拾い上げたロープと救難セットを渡す。
「子供や老人にはサバイバルブランケットを渡して体温の低下を防がせろ」
 濡れたままの姿に目を向けて名無姫にそう声をかけると恭也は半魚人型従魔へと視線を戻す。
「俺達が居たのは僥倖だったのか、船が沈んで不幸だったか」
 視界に入った赤黒い染みに恭也が問うように口にするが、その問いに応える者はもう居ない。
『三十分か……長いのか短いのか微妙だね』
 幻想蝶からALブーツを現して伊邪那美(aa0127hero001)が生存者と敵、そして仲間達に目を向ける。
「……長い三十分になりそうだな」
 恭也はALブーツで海面に立ち上がりアンチマテリアルライフルの銃口を半魚人型従魔へと向ける。

「助けられなかった……これ以上、誰も喰わせない」
 海面に残る人の痕跡に目を向けて荒木 拓海(aa1049)が悲しみと悔しさ、そして決意の滲む言葉を口にする。
『黒坊主達、余裕綽々と見てるわね』
 メリッサ インガルズ(aa1049hero001)の言葉にも静かな怒りが滲んでいる。
「……せめてブラックシャドウ、略し黒影……いや、何でも……」
 半魚人型従魔から視線を外さないまま拓海は言いかかった言葉を飲み込む。
「ヤァア」
 一体だけ大きさの違う巨大半魚人型従魔が鉄槌を拓海達へと向ける。
 どこか嬉しげに聞こえたその声に他の半魚人型従魔が動き出す。

「全く、何て船旅だ」
 半魚人型従魔の動きを目で追いながら赤城 龍哉(aa0090)がため息をつくように言葉を吐き出す。
『ここは私たちが乗船していたのが幸いと思うべきですわ』
 ヴァルトラウテ(aa0090hero001)がそう言って指示を出す巨大半魚人型従魔へと視線を向ける。
「とは言え、既に結構な犠牲を出しちまった。これ以上は」
 龍哉がフリーガーファウストG3を構える。
『やらせませんわ!』
 ヴァルトラウテの声と同時に龍哉がアサルトユニット「ゲシュペンスト」で海面を滑るように飛び出す。
 龍哉を避けるように左右に散開した半魚人型従魔の中で巨大半魚人型従魔のみが龍哉を迎え撃つようにその場に残る。
「おもしれぇ!」
 龍哉がフリーガーファウストG3の引き金を引くと同時に巨体が海中で身を翻す。
 炸裂した弾頭が海水を巻き上げ、白い泡が視線を隠す。
『下ですわ!』
 ヴァルトラウテの声に龍哉が海面を蹴って跳びあがり、海中から伸び上がった鉄槌が空を切る。
「まぁ、そりゃ狙ってくるわな」
 海中の巨大な影に龍哉がフリーガーファウストG3を向ける。
『想定の範囲内ですわ』
 海中へ向けて放たれた弾頭が再び海をかき混ぜる。

「囲い込むつもりだな……」
 散開していく半魚人型従魔の動きに恭也がそう言ってアンチマテリアルライフルの引き金を引くが、反動の大きな銃で足より下の空間を立体的に動く対象を狙うのは容易ではない。
『群れの狩りだよね』
 足場の周りを囲うように位置取った半魚人型従魔に伊邪那美がそう感想を口にする。
「そういうことだろうな。俺達は奴らの獲物、か……」
 一切の感情をその顔に浮かべず恭也は再び銃口を半魚人型従魔へと向ける。

「テ……」
「足場を中心に3×3の領域を設定して北西から順に1から9の番号を設定します」
 名無騎が口を開く前に言葉を奪い名無姫が仲間達に声をかける。
「了解、以後はその数字で指示を出すよ」
 名無騎と同じようにレーダーユニット「モスケール」を起動させた槻右が了解の声を上げる。
「僕は海中から警戒する。名無騎さんは上をお願い」
 海中に降りる槻右の言葉に名無騎が応える。
「任されてやろう、足の下はまかせちゃ」
 返ってきた言葉に苦笑して槻右は足場の下へと潜る。
「拓海、前は頼む」
 アサルトユニット「ゲシュペンスト」で海面に立つ拓海に藍が声をかける。
「デカ黒坊主はこのまま俺が抑える」
 龍哉も巨大半魚人型従魔の動きを牽制しながら通信で声をかける。
「分かった。藍、援護は任せた。赤城はそのままデカ黒坊主を頼む、けど無茶はしないでくれ」
 二人に応えて拓海も敵を見据える。
「まずは一体だな……」
 照準に捉えた敵影に恭也がアンチマテリアルライフルの引き金を引く。
 その音を合図に拓海も動き出す。

●襲撃
「うあ!」
 足を滑らせた乗客が声を上げる。
 滑り落ちるその男めがけて半魚人型従魔が動く。
「行かせないよ!」
 槻右の飛盾「陰陽玉」が半魚人型従魔の進路を塞ぐ。
 名無騎の指示で互いを繋いだロープが滑り落ちる男の体を支える。
「拓海、頼む!」
 声をかけて藍が男を浦島のつりざおで吊り上げるように破片の中央へと引き上げる。
 浮上してきた別の半魚人型従魔に名無騎が魔剣「ダーインスレイヴ」を振るう。
 だが剣が届くよりも先に敵は海中へと逃れている。
「キリが無いな……」
 藍の側から接近していた半魚人型従魔を追い散らして拓海が言葉を零す。
「御神!」
「1番だ!」
 龍哉と名無騎の声に海中に向けて恭也が引き金を引く。
 進路上を通過したライフル弾に巨大半魚人型従魔が一瞬だけ足を止める。
「おまえの相手は俺だ!」
 龍哉が放ったヴァリアブル・ブーメランの一撃を巨大半魚人型従魔が鉄槌で受ける。
『まだ十五分……』
 再び距離を取った半魚人型従魔達に目を向けたまま伊邪那美が言葉を零す。
 地形と数の不利は思ったよりも大きく、すでに何度もさっきのような危ない場面が発生していた。
 もし、生存者達が命綱を繋いでいなければ今頃は犠牲者が何人か出ていただろう。
「緊張と恐怖は体力を奪う」
 生存者に視線を向けて恭也が静かに口にする。
 たった十五分だが、生存者達の顔に疲労の色が濃い。

『一話分がこんなに長いなんて思いませんでしたわ』
 海底付近を泳ぐ巨大半魚人型従魔の背を海面から追う龍哉にヴァルトラウテがぼやく様に声をかける。
「CMが無いからだろう」
 苦笑交じりに応えて龍哉が海面から突き出された曲刀の切っ先を避けて進路を変える。
 追跡が緩んだ一瞬に巨大半魚人型従魔が反転する。
 その鼻先に向けて龍哉が放ったフリーガーファウストG3の弾頭が海底で炸裂して衝撃波が巨大半魚人型従魔の進行を乱す。
「いつまでもは持たないよ」
 一瞬動きを止めた巨大半魚人型従魔に向けて槻右が放った矢が鉄槌で防がれる。
「このままではいつか綻ぶ……」
 生存者達には聞こえないように通信機で言葉が交わされる。

「傷も無傷もいつかは滅びる……」
「足場の補修を頼む」
 半魚人型従魔が距離を取った隙に名無騎は生存者達に工具を渡す。
 何度かの襲撃で足場にひびや亀裂が目立ち始めている。
「備えあれば後の祭りという名セリフがあるんだが?」
 突然渡された工具に戸惑う生存者達に名無騎が言葉をかける。
 いつもの様に名無姫が翻訳の言葉を口にするよりも先に一人の男が工具を手に立ち上がる。
「ただ震えてるよりも、何かしてた方がまだましだ……」
 その言葉には何も応えず名無騎は海面に近い部分の亀裂にウレタン噴射器を吹き付ける。
「あんたは俺達を守ってくれるんだよな」
 男が名無騎の背に問いかける。
「岩船に乗ったように任せるお」
 返ってきた言葉に男は思わず苦笑していた。

「ホントに賢い人だね」
 名無騎の言葉に生存者達の表情が緩むのを見て拓海は表情を引き締める。
『本当にやるの?』
 答えの分かっている問いでもメリッサは聞かずにはいられなかった。
「もう誰も傷つけさせないと誓ったんだ」
 誰もに自分を含まない拓海の言葉にメリッサはため息をつくように小さく息を吐き出す。
「オレが囮になる」
 通信機で拓海が仲間達に伝える。
「……了解したよ」
 僅かな沈黙な後、槻右が最初に言葉を返す。
「荒木さんらしいな」
 誰かが、という考えは全員が持っていた。
 龍哉は「俺が」とは言わず同意の意思を示す。
「……作戦が有るんだな?」
 藍の言葉に拓海が「一応ね」と答える。
「メイン盾が安全大地守りますよ」
「生存者は私達が守る」
 名無騎の言葉を名無姫が即座に翻訳する。
「作戦を聞こうか」
 恭也に促されて拓海が考えを話しはじめる。

●反撃
「このまま海洋ホラーで済ませられると思うなよ黒坊主。こっから大逆転劇を見せてやるぜ」
 龍哉が好戦的な笑みを浮かべる。
『逃げ場のない場所の近辺だけで護り切るには人手も足りてるとは言い難いですからね』
 足場の周りに姿が見える恭也と藍、名無騎に視線を向けてヴァルトラウテがそう口にする。
「なら攪乱も兼ねて斬り込む!」
 龍哉が巨大半魚人型従魔に向けて連続でフリーガーファウストG3を放つ。
 水中で炸裂した弾頭が海水をかき回し、海底の砂を巻き上げ巨大半魚人型従魔の動きを乱す。
『攻撃は最大の防御だと実証してみせましょう』
 視界を塞ぐ砂のカーテンを避けて別の半魚人型従魔が龍哉へと武器を向ける。
「次は4と1です」
 足場の裏側から槻右がレーダーユニット「モスケール」の情報を元に龍哉に指示を出す。
 攻撃を回避して龍哉が放った弾頭が砂を巻き上げて巨大半魚人型従魔と他の六体の間に壁を作り、恭也と藍の攻撃が壁の向こう側に巨大半魚人型従魔を押し留める。
 そして、攻撃が巨大半魚人型従魔に集中したことで他の六体が妨害を受けずに足場へと接近してくる。
「助けてくれっ!」
 足場から船員の制服を借りた拓海が怯えたように飛び出す。
 海に体を落としながら別の破片へと這い上がる拓海の姿に半魚人型従魔達が反応する。
「オレはまだ死にたくない!」
 群れからはぐれた獲物を狙うように半魚人型従魔達が集まって来る。
「おっと、邪魔はさせないぜ」
 動こうとした巨大半魚人型従魔の目の前を龍哉が放ったヴァリアブル・ブーメランが横切る。
 方向を転じて動こうとした巨大半魚人型従魔を今度は恭也の弾丸が妨害する。
「シャァァァァ!」
 釣られる仲間に苛立つように巨大半魚人型従魔が吠える。
「狩られるだけの獲物と思ったか」
 龍哉が巨大半魚人型従魔に声をかける。
『ならば、お生憎様と言わせて頂きますわ』
 ヴァルトラウテがそう声をかけて水中に身を躍らせて巨大半魚人型従魔にブレイブザンバーでメーレーブロウを仕掛ける。
 龍哉が組み合ったのを確認して恭也がその場を離れる。
『拓海ちゃんも無理するね……』
 囮をしている拓海に目を向けて伊邪那美が感心するような呆れるような声を出す。
「だが、効果的に敵を集めてる。この好機を逃す手はない」
 巨大半魚人型従魔と充分に離れた場所で拓海が海中へと落ちる。
 狩場へと落ちてきた獲物に半魚人型従魔が殺到する。
「死蝶よ踊れ。悪しき力を食め」
 藍の言葉で拓海の周りの海中に淡く輝く幻影の蝶が現れる。
『人魚として、海の子として、必要以上に喰らい貪るその在り方を赦すことはできません』
 禮が静かに告げる。
「貪るもの……“デバウアー”とでも名付けようか……? 無事に済むと思うなよ……?」
 藍の幻影の蝶がデバウアーと名付けられた半魚人型従魔のライヴスを蝕む。
「ガッ!?」
 幻影蝶から逃げ出そうとしたデバウアーの口にデストロイヤーが突き入れられる。
「もう誰も喰わせない」
 獲物と思っていた拓海からの攻撃に逃げる事も出来ず頭部を吹き飛ばされたデバウアーが輝く粒子に変わり崩れ落ちる。
 残りのデバウアーは拓海から距離を取るが、その先に無数の煌めきが拡がっていた。
「いくよ、千」
『はい』
 陽光を受けて煌めくストームエッジの刃が嵐のように海中を吹き荒れてデバウアーを切り裂き貫く。
 傷口から輝く粒子を零れ落ちさせながらデバウアーが刃の嵐から抜け出す。
『焼き尽くせ、悲しみの炎』
 進路を塞ぐように水中で広がった藍のブルームフレアの炎にデバウアー達が動きを止める。
「この機を逃しはしない」
 五体のデバウアーの中央に恭也が飛び込み、大剣「ドラゴンスレイヤー」が怒涛乱舞の勢いで閃く。
『一体倒したよ!』
 輝く粒子になって崩れ落ちたデバウアーに伊邪那美が声を上げる。
「これで数の優位は崩れた」
 傷を負いながらも距離を取った四体のデバウアーの背に目を向けて恭也が静かな声で告げる。

●撤退
「どれくらいたった?」
 足場から距離を置くデバウアーに視線を向けたまま藍が時間をたずねる。
『二十五分ですね』
 周囲への警戒を怠らないまま禮が応える。
 数の優位を失ってもデバウアーに諦める様子は無く、大デバウアーを中心に獲物が弱るのを誘うように攻めては退くを繰り返している。
『兄さん』
 デバウアーが海面を透かして空を見上げるように視線を向けている。
 初めての動きに禮が警戒の声を上げる。
「ガァァア!」
 大デバウアーが吠えた。
「逃げる!?」
 それを合図にデバウアー達が一斉に足場から距離を取る方向へ泳ぎ出す。
『デカ黒坊主を追って!』
 ヴァルトラウテの言葉に龍哉は大デバウアーを追い飛び出す。
 何か企んでいる。
 龍哉とヴァルトラウテの戦闘経験はこれが撤退ではないと警鐘を鳴らしている。
「メイン盾にマッハで大集合!」
「2、7、9来ます!」
 名無騎と名無姫の言葉に拓海と槻右が応じる。
「オレが9へ!」
「僕が7へ行く」
 三体のデバウアーが足場の生存者に向けて銛を投擲する。
 名無騎の招魂の盾と槻右の飛盾「陰陽玉」、拓海の魔剣「ダーインスレイヴ」が飛来する銛を弾く。
「行かせるか!」
 攻撃と同時に反転した大デバウアーに向けて龍哉がフリーガーファウストG3を放つ。
 だがその弾頭は大デバウアーに届くことなく足元で炸裂する。
『自分を盾に!?』
 回り込んできた五体目のデバウアーが剣と体で攻撃を受け止めていた。
 間近での爆発に海面の龍哉の体も大きく揺れる。
「抜かれた!?」
 海底を足場へと全速で向かう大デバウアーへと龍哉が砲口を向ける。
『跳びなさい!』
 ヴァルトラウテの警告よりも一瞬早く海面から伸びたデバウアーの手が龍哉の脚を掴む。
「邪魔をするな!」
 体中の傷から輝く粒子を零すデバウアーを龍哉がブレイブザンバーで斬り払う。
「デカ黒坊主は!?」
 水中を疾駆する大デバウアーは足場の下に潜り込もうとしている。
「そのまま行かせると思うなよ、デカ黒坊主……」
 恭也が海中に落としたXPボンバーが大デバウアーの眼前で海底に触れて爆発する。
『確か、ダイナマイト漁って言うんだっけ?』
 衝撃に弾き上げられる大デバウアーの姿に伊邪那美がそう口にする。
「本来は禁漁方法だが、状況が状況だ。黙認して貰うか」
 軽口を返しながらも恭也の顔に心中を読み取れるような表情は浮かばない。
『あっ……敵だけじゃなくって魚も浮かんできた』
 衝撃に巻き込まれた魚が海面に浮き、巻き起こされた波が足場を揺らす。
「まだ来るのか!?」
 衝撃に押し上げられながらも大デバウアーは鉄槌を構えている。
『無念を詠え、騒霊よ。死霊の風よ、吹き荒べ』
 正面から吹き付ける藍のゴーストウィンドを避ける事無く鉄槌で受けながら大デバウアーが足場へと迫る。
「読み読みですよ? おもぇの動きは」
 跳び出すように海面に姿を現した大デバウアーの正面に名無騎が立ち塞がる。
「唯一ぬにの盾ッ!」
 鉄槌の一撃を名無騎が前に出てクロスガードで受ける。
 衝撃を足場に伝えないように宙で受けた名無騎の体が弾き飛ばされる。
 障害を排除した大デバウアーが鉄槌を振り上げる。
「……もう勝負ついてるから、じゃあなカス魚」
 名無騎が言葉を投げかける。
 振り下ろされる事なく鉄槌が藍のトリアイナ【黒鱗】の三叉に絡めとられる。
 動きの止まった鉄槌の柄に恭也が疾風怒濤の一撃を叩き付ける。
「ガッ!?」
 巨大な鉄槌が砕ける。
 翻った藍の黒鱗に左目を貫かれながら大デバウアーが海中に逃れる。
『倒しちゃわないの?』
 武器を狙った恭也の攻撃に伊邪那美が不思議そうに声をかける。
「あの巨体だ 倒しきる前に救助者の足場を破壊されかねん」
 そう応えた恭也の声にヘリのプロペラ音が被る。
『主っ!! 仲間ですっ! 救援です!!』
 千が声を上げる。
「よ……よかったぁ……」
 空に浮かぶヘリの姿に槻右が安堵の声を洩らす。
「おいおい、逃げるのか!?」
 ヘリの姿を確認して今度は間違いなく逃げ出したデバウアーの後ろ姿に龍哉が声を上げる。
 その足元では斬り倒された一体が海中で輝く粒子へと崩れて消える。
「……ここで撤退か、従魔にしては賢しいな」 
 遠ざかる三つの影を追うのを止めて藍が黒鱗を降ろす。
『愚神か何かの指示があった、そう考えるべきかもしれません』
 周囲へと警戒の視線を向けながら禮が応える。
「そうすると、この襲撃自体も、か」
 そう言って藍は生存者達へと目を向ける。
「この借りは、いずれ返させてもらう」
 再びデバウアーの消えた海へ目を戻して藍は誓うように言葉を口にする。

「ま……守り、切れましたっ」
 共鳴を解いた千の目に涙が光る。
 ヘリに続いて救助艇も到着して生存者達の収容が始まっていた。
「千、ありがとうっ……」
 涙ぐむ千を槻右がそっと抱き寄せる。
「強く……なったね」
 その言葉に頷くように千は槻右の体に頭を預ける。
「もう、大丈夫ですっ」
 ゆっくりと呼吸を整えて涙をぬぐい千が顔を上げる。
「怖い中、よく耐えてくれましたっ……」
 生存者達に向けた笑顔は心からの物だったが、抑えきれない感情が涙となって零れ落ちる。
「あれ?」
 止まらない涙に戸惑う千をメリッサがそっと抱き寄せる。
「頑張ったわね」
 その言葉にメリッサの胸に顔を押し付けたまま千は何度も頷く。
「倒し切ったつもりだった。奴らは幾らでも湧くのか……」
 二人の光景を微笑ましげに見守る槻右に拓海が声をかける。
「帰ったらH.O.P.E.へ半魚出現情報を確認に行きしょう」
 振り返ったメリッサの言葉に拓海が「ああ」と頷く。
「長い三十分だったな」
 時計を確認して龍哉が疲れを吐き出すように息をつく。
「本当ですわね……」
 ヴァルトラウテの声にも疲れが滲んでいる。
「あの人は元気そうですわね……」
 生存者達の中央で失笑と苦笑に包まれている名無騎にヴァルトラウテが目を向ける。
 その隣では名無姫が別の意味で疲れた顔で頭を抱えていた。
「………誰かこの莫迦に日本語を教えてやってくれないか」

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 拓海の嫁///
    三ッ也 槻右aa1163
    機械|22才|男性|回避
  • 分かち合う幸せ
    隠鬼 千aa1163hero002
    英雄|15才|女性|カオ
  • マーメイドナイト
    海神 藍aa2518
    人間|22才|男性|防御
  • 白い渚のローレライ
    aa2518hero001
    英雄|11才|女性|ソフィ
  • 守りの盾
    名無騎aa5428
    機械|24才|男性|防御
  • 我が剣に誓う
    名無姫aa5428hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
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