本部

悪人どものグーグス・ダーダ

形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2017/08/26 19:38

掲示板

オープニング


●悪人
「やあ、おひさしぶり」
 大通りから一本入った細い路地。
 高い壁に挟まれて薄暗いそこに太陽のような鮮やかなオレンジ色の髪をした長身の男が立っていた。
「……」
 埃の積もった路地の上に一組の親子が倒れていた。
 路地に差し込む細い光に浮かび上がったのは、暗緑色の上品なパンツスーツを着たセミロングの女の後ろ姿。
「──キファか」
 片膝を突いて親子の姿を覗き込んでいた人影が立ち上がる。
 手入れの行き届いた艶やかな赤毛が揺れ、控えめな化粧を施した整った顔が振り返った。
 女物のスーツを着たその人物の声は低く、よく見れば暗がりの中でもそれが実は男であったとわかる。
「邪魔しちゃったかな?」
「いや? ちょっと引っ張ったら頭打って気を失いやがったから、待ってるとこだ」
「起こせばいいじゃないか」
「なんで?」
「待ってたってひまだろう?」
「なんで?」
「ただ、待ってるのなんて退屈かなっておもってさ」
「なんで?」
「…………」
 サルガスは膝の埃を軽く払うと優しい眼差しで親子を見た。
「母親の傍で安心して寝ている子供の姿ってのはとても心が癒される。いくらいでも見ていられる」
 その返答にキファがわらった。
「僕にはさっぱり。なに、その子たち助けてあげるの?」
「なんで?」
「だよね」
「相変わらず、お前はワケわかんねーなぁ。起きたら刻むだろ」
「だよね」
 サルガスは手にしたナイフをショルダーバッグに入れ、それを見たキファを顔をしかめた
「安い武器だね」
「一般人を殺すのに選ぶ必要なんてねえだろ。まあいいや」
 サルガスはキファに路地の先を指してみせた。
「ここは暗すぎるな。つまんねえからちょっと遊ぼう。ハニーたちも来てるんだ」
 キファは顔をしかめた。
「僕はこういうの興味ないんだけど──まあいいや、『まとも』な遊びは久しぶりだし見ててあげるよ」



●先行
 その街では数件の行方不明事件が起こっていた。
 居なくなったのは広い年齢層の女性、十代前半の子ども、そして、母子。
 その数がついに八人まで増えたその日──ついにその中の一人の死体が発見された。
 ミュシャ・ラインハルト(az0004)とエルナー・ノヴァ(az0004hero001)は事件を追うためにその街へ来ていた。
「──愚神や従魔かもしれない。だが、それにしては得られるライヴスが少なすぎる」
 険しい顔をしたミュシャへ、彼女と共鳴したエルナーが忠告する。
『……僕たちは強くなったかもしれないけど、油断は駄目だよ』
「わかってる。だけど、見つかった遺体は惨たらしく刻まれてた。これは──性根の腐ったヴィランが起こした可能性が高い」
 抑えてはいるが、共鳴したエルナーにはミュシャの殺意が手に取るようにわかった。
 ミュシャ・ラインハルトの背中には傷がある。それは彼女と彼女の家族を『殺した』ヴィランが与えたものだ。
『……ミュシャ』
 エルナーは彼女の復讐心を否定しない。
 けれども、ミュシャが復讐心に我を忘れて危険に陥ったことは一度や二度ではない。
 そして、現在、ふたりの関係は──先日受けたリライヴァー・アムネシアの事件以来どこかギクシャクとしており、共鳴の深度であり絆をあらわすリンクレートは著しく下がっていた。先日のティックトックフェスティバルで少し解消されたものの、今もいつも通りに戦うことは難しかった。
 そもそも、この依頼も本来は数人で組んで行う予定であった。
 だが、数時間前に新たに一組の親子が帰らないと家族からの相談が入ったため、それを知ったミュシャが先行して街に飛び出したのだ。
『他の皆も支部を出発してそろそろ到着する頃だ──』
 エルナーが言いかけたその時。
 路地から女の悲鳴が響いた。
 弾かれたように路地へ飛び込むミュシャ。
 エルナーは何か言おうとしたが、彼が言うまでもなくミュシャは走りながらスマートフォンを掴んだ。



●通報
 ミュシャを追って街に出ていたエージェントたちのスマートフォンにH.O.P.E.のオペレーターからの連絡が入った。
『こちら、先行組、ミュシャ・ラインハルト。女性の悲鳴を聞き、……通りの……の路地に入った。
 進行方向に二人組のヴィランらしき人影と女性、少年が見える。
 ──応援、頼む』
 転送されたミュシャの通報。
 受け取ったエージェントたちは即座に目的の路地へ向かった。
 路地に入ってすぐ、遠くにミュシャらしき人物がふたりのヴィランからの挟撃を受けているのが目に入った。
 その向こうにいる誰かを護り戦っているようだった。
「こっちだ!」
 エージェントたちに気付いたらしいミュシャの声が路地に響く。
 同時に、ヴィランの攻撃が動きの鈍いミュシャの肩を裂く。


 戦うミュシャも、駆け付けたエージェントも、その路地の正確な状況を知る余裕はなかった。
 ──まして、その先に誰が待ち構えて居るのかなど。

解説

●目的:親子を助ける
※今回、サルガスとキファを倒すことはできません
※難易度は行動によって少年が死傷する可能性が高いためでハニー&バニーの強さとは関係ありません


●ステージ:路地
位置関係
(エージェント)路地入口 ─ ハニーvsミュシャvsバニー ─ 親子 ─ 河岸(キファ&サルガス)

通りから工場と工場の間の路地に入った所がスタート地点(建物内窓等からスタートはNG)
ミュシャ達の所まで目測60m前後
路地:背の高いビルに挟まれた一本道、横幅1.5~2m弱、所々ゴミ箱や積んだ段ボールがある
 工夫しないと、1対1でしか戦えずミュシャ達を追い抜いて先へ行くことは難しい
 取り回ししにくいアイテムはペナルティ有
建物:地面から12mほどは窓が無い
※スマホ等で調べれば路地の総距離がわかるがメインフェーズ使用、その間に少年が路地を抜け河岸へ着く可能性が高い
※PCたちは路地の先にサルガスたちが居るのを知らない


●ヴィランズ「アスカラポス」
快楽殺人犯が雑多に集まったヴィランズ
キファとサルガスはメンバーをまとめることが多くリーダー扱いではあるが、メンバーは絶対服従ではない
強さはバラバラである(対象が一般人の場合もあるため)

・サルガス(バトルメディック)
女子供を殺すのが趣味のヴィラン

・キファ(ドレッドノート)
持ち主の手首ごと気に入った武器を蒐集するのが趣味のヴィラン

・ハニー(ソフィスビショップ)&バニー(シャドウルーカー)
三十代の兄妹
顔の上半分を隠す黄色のマスク
似た背格好をしているがよく見れば見分けが付く
初期はミュシャを挟み撃ちに戦っているが後にバニーが親子を追いかけ河岸に追い立てる


●親子
三十代半ばの母親ワンダと5歳の少年ティル
母親は敵に追いつかれると無理に言い含めて少年だけ先に河岸へ走らせる
母親は少年を助けようと必死でパニック状態

リプレイ


●路地裏へ
 一刻を争う事態にファリン(aa3137)と共鳴したダイ・ゾン(aa3137hero002)が叫ぶ。
「探索は一人で十分だ、通信機だけ入れて先に行きなァ!」
 状況を理解した月鏡 由利菜(aa0873)は即座にリーヴスラシル(aa0873hero001)と共鳴して走り出す。
 ──ミュシャさん、気持ちは分かりますが焦りすぎです……!
 由利菜はミュシャのヴィランへの憎しみと苦悩を知っていた。相手がヴィランで被害者が無辜の人々だとすれば。
 小さな角を持ったぽっちゃりとした英雄の少女は、自分と同じく司祭服のふくよかな女性を見上げた。視線を受けて、中年女性──ヴァイオレット メタボリック(aa0584)はノエル メタボリック(aa0584hero001)に想いを伝える。
「親子を狙った犯罪を無くしたいのですわ」
 ライヴスの蝶が舞い、ヴァイオレットの想いを受け止めたノエルは一角獣のような角を持つグラマラスな女性の姿でそこに立つ。呪術師をモチーフにした司祭服はサンバを踊るパシスタのようで、骨格は多く人のそれとは異なるものへと変化していた。
「……ええ、祈りを捧げても動くしかありません」
 逆関節の義足が力強く地を蹴る。

 目的の路地へ真っ先に辿り着いたのはシャドウルーカーの九字原 昂(aa0919)だ。
 ごみごみとした路地の様子を見るや彼は《地不知》のスキルで壁に駆け上がる。
「……親子狙いのヴィランの割に、奥の親子は放置か」
『邪魔者を排除した後、ゆっくり楽しむつもりってのも考えられるが……』
 昂の疑問にベルフ(aa0919hero001)も唸る。
「それにしては、逃げてくれって言わんばかりの位置だけど……」
 不自然さに昂の胸がざわめく。
 キース=ロロッカ(aa3593)は路地の有様に眉をしかめた。
「あそこですね……。この狭い路地で一対二じゃ、どう贔屓目に見たって不利ですね」
『どうするキース君? あたし達じゃ、このまま戦うのは不利だよ?』
 匂坂 紙姫(aa3593hero001)と共鳴したキースは弓を扱うジャックポットだ。どうしても、この真っ直ぐで障害物の多いフィールドでは不利だ。
「遠距離は、高いところを押さえておくと後々都合がいいのです」
 即座に路地を挟む二つの建物の様子に目を配る。すぐ近くには入り口は無いが、地上から十二メートルほど上に窓が並んでいる。
「……それしかなさそうですね」
 キースは助走をつけて窓へ向かう。そして、ゴミ箱を踏みつけ、共鳴したリンカーの人間離れした脚力で飛び上がると伸ばした指が窓の桟に掛かる。
『キース君、あと少しだよ!』
 ぐっと力を入れてもう片手でも桟を掴むと、彼はそのまま壁を蹴って室内へと飛び込んだ。外気を取り入れるために開いていた窓が大きく揺れ、キースは窓に沿ったキャットウォークへ転がり込んで細い鉄柵に背中を打つ。
「こういうキャラではないのですが……仕方ありませんね」
『急ごう!』
「ええ」
 ライヴス通信機「遠雷」の無事と電源がオンになっているのを確認すると、キースは細いキャットウォークを全力で駆ける。
 昂とキースが路地から姿を消したのを視認した由利菜は目の前を走る志賀谷 京子(aa0150)へ声をかけた。
「京子さん、親子のことを頼みます!」
 由利菜の意図を察して頷く京子。そんな彼女にアリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)が念を押す。ミュシャを挟撃するヴィランが、エージェントに気付いていつ親子にも牙を向くかわからない。
『―─京子、最速の行動が必要です』
「ええ、たとえ拙速でも、ってね。先に行くよ!」
 京子のスピードがぐんと上がった。それを追って足を速める由利菜。
 その後を路地に注意を払いながらノエルが進む。
 一方、路地に入ったダイ・ゾンはスピードを落とし、宣言通り先行する仲間を見送った。
 代わりに彼が生み出した《鷹の目》の鷹が風を切って仲間の頭上を真っ直ぐに飛んでいく。
 ──路地の総距離、この先が親子を逃がすべき安全な場所かを判断しなくてはなりませんわ。
「ああ、探索係と急行係は分担した方がいい。タイムロスは少ないに越したことはないからなあ」
 ファリンに頷いた白兎の獣人は桃色の瞳をきらりと光らせた。



「遅せーな」
 サルガスが弄っていたナイフを座っていた木箱に力強く刺した。
「死んだんじゃないの」
 興味無さそうに言ったキファの動きが止まった。
 その目が路地から滑空する鷹を捕らえていた。
 遠く離れたはずの鷹の瞳とキファの緑の目がぴったりと合う。
 嬉しそうに歪む顔。殺人鬼のおぞましい笑み。
「すごいなあ、おもしろいものをみつけた! ラリス、おいでよ!」
 無邪気にはしゃぐキファの姿にサルガスはあからさまに顔をしかめた。
「エージェントか。めんどくせーな」
 ぴんと背を伸ばして人形のように座っていた彼はヒールを鳴らして優雅に降り立つ。
「まってよ! せめて一目──エージェントの武器を見たいな」
「……くだらねーなあ」



●ハニー&バニー
「……気分悪いね。どうせ待ってるなら美女の方が良かったよね」
 軽口を叩くダイ・ゾンだが、その顔は険しい。
 ──……オレンジの髪に緑の目……あれはアスカラポスのキファの可能性が高いです。
 鷹の目を通して感じた嫌悪感を抑えてファリンがダイ・ゾンに伝える。かのヴィランのことはH.O.P.E.の資料から、そして、彼女が絶大な信頼を寄せる友人でもあるキースからも聞いていた。
 ──キファはエージェントの手首ごと武器を奪うヴィラン。そして、彼の所属するヴィランズ『アスカラポス』のメンバーはすべて快楽殺人犯ですわ。
 ならば、キファの隣にいる男も、そして、路地の中で戦っているヴィランたちも。
「何もわざわざ……快楽なんてもんは他にも……なんて、ぼやいてみても無駄なんだろうけどな」
 ダイ・ゾンはライヴス通信機「雫」を掴む。
「この道の先は到底安全とは言えないようだな──」


 ──あと少し。
 全力で走る京子の「遠雷」にダイ・ゾンからの通信が入る。
「追い立てた先に待ち構えてるって? 一般人相手にそこまでやる?」
『遊んでいる……のでしょうか。だとしたら最悪な相手です』
 続けて、ダイ・ゾンはファリンの予想とキファの容姿を伝えた。
『これはあくまでファリンちゃんの予想だが──この先に居るのはアスカラポスのキファじゃないかってえ話だよ』
 キファと関わったことのあるキース、昂、京子、由利菜は、今回の事件の意図を察して、一瞬、黙り込んだ。
 けれども、不調なミュシャの後ろで蹲っていた親子が、じり、じりと後退を始めたのが見えた。
「いけない……」
 壁を走る昂が足を速める。
 ──間に合わない。
「助けに来たよ! すぐ傍に行くから落ち着いて!」
「……もう大丈夫です。私達がいますから」
 一足先に近づいた京子が声を張り上げ、由利菜が語りかける。
 子供の背を押して駆け出そうとした母親の肩が跳ねた。
「京子さん、由利菜さん!」
 置いて来てしまった依頼仲間の名を呼ぶミュシャ。
 振り返ったハニーはスタッフを振り上げた。
「!?」
 ハニーの放った炎を掻い潜った京子の体がライヴスジェットブーツにより大きく跳躍した。身体を捻じって、くるりとミュシャとヴィランの頭上を飛び越え、親子の前に着地する。
 同時に、追いついた由利菜のザミェルザーチダガーがハニーを突き崩した。
 直後に着地を狙って繰り出されたバニーのタガーを軽やかなバックステップで避けた京子は親子を背に庇う。
「正義の味方は空だって飛ぶし、壁だって駆けるんだからさ」
 彼女の背後で、はあはあと苦し気に吐かれた息、涙交じりの震えた声が小さなありがとうを繰り返した。
「わたしたちの傍が一番安全だから、絶対に離れないでね。……路地の奥は確認中だから」
 京子はふたりになるべく明るい声で語り掛ける。
「ええ、その通りです。僕たちはH.O.P.E.です、安心してください。必ず守ります」
 京子の背後に静かに降り立った昂は、ここへ来る前にオペレーターから借りたH.O.P.E.のロゴの入った徽章を見せた。
「……この子を」
「大丈夫です──ふたりとも助けます」
 彼はすぐに敵を睨みつけた。

「互いに頼り、頼られる……それがエージェントでしょう、ミュシャさん」
 ハニーと距離を測りながら由利菜が言う。その瞳はミュシャの共鳴の不調を捕らえていた。
「あの母と子供を助ける為に『私達』と共に何をすべきか……それに意識を集中させるのです」
「由利菜さん……」
『『私達』の中にはエルナー殿も含まれているからな、ミュシャ殿』
 由利菜と共鳴したリーヴスラシルの鋭い一言に、ミュシャの瞳が大きく揺れたのがわかった。
「ミュシャさん、こっちは大丈夫。焦らなくていいよ。
 ……ふたりは壁際に寄って小さくなって屈んでいてね。大丈夫、わたしたち強いんだから」
 京子がゆっくりミュシャへ、そして親子へ言い含める。


『キース君、見えたよっ!』
「ここならいけますね。ファリン、到着しました。今から援護します」
 通信機を切ると、窓から眼下のヴィランへ狙いを定めるとキースのHephaistosが矢に仄かな銀の光を灯した。
 直後にキースの《トリオ》による攻撃がヴィランたちへと降り注ぐ。
「上か!」
 焦った声を上げたのはハニーかバニーか。
「二人の行動を妨害するなら、敵がボクに気を取られている隙が一番の好機ですよ」
 通路で蔡文姫を構えたファリンの姿にキースが合図を送る。


『……私もあの出来事で己の迷いを振り切れていないと思い知ったが……ユリナと共に歩むから自己の定義を確信できると結論を出した』
 ミュシャへと言葉はリーヴスラシルに任せ、由利菜はノルンと名付けられた懐中時計を取り出す。女神の名を持つそれのリューズを素早く巻くと、由利菜の大量のライヴスが女神の代償として吸い上げられ、代わりに魔術装置による神速術法が発動する。
 崩れた段ボールを踏みつけ、蝶のように軽やかに側面を駆け抜けた由利菜は剣を振り上げる。
『『あれ』はミュシャ殿の得意技だろう? トレーニングでもよく目にするからな』
 気づいたミュシャが剣先を彼女のそれに合わせた。
『あの場にいた他の者達も想いを解き放ち、リプレイスメントという幻影を振り切った。ミュシャ殿とエルナー殿にもできるはずだ!』
 バニーのダガーの一撃をいなすと、正面と背後から同時にブレイブナイトたちの剣がはしる。
 ──親子を守る為にも、アスカラポスの情報を得る為にも……。
『貴様を捕らえる! 私の力全てを託す、我が主よ!』
 リーヴスラシルに力を得て由利菜は剣を閃かせた。
「──邪に魅入られし子兎よ、悔い改めよ! ヴァニティ・ファイル!」
 由利菜に合わせて一歩踏む出すミュシャ。ふたりの強力なライヴスリッパーがバニーを襲う。
「あ……っ」
 避けきれなかったバニーは意識を失ってその場に崩れ落ちた。
 ノルンによって奪われたライヴスを少しでも補完するために賢者の欠片を噛み砕く由利菜。
 その直後、ミュシャに向かってスタッフを振り上げたハニーだったが、その手が沈んだ。
「ひゃあっ!」
 昂の苦無「極」に貫かれた腕から血が迸る。
「ちくしょう……」
 目の前の、そして、窓から自分を狙うエージェントを見回すと、不利を悟ったハニーはバニーを置いて通りに向かって逃げ出した。
 だが、正面に現れた白兎がライヴスの針《縫止》がハニーの動きを奪う。
 ──予想したより、ちょっと展開が早かったようですが。
 琴のような音色が通路に響き、蔡文姫のワイヤーがハニーを浅く裂く。
「まあ、仕方ないけどね」
 ダイ・ゾンは相手の致命傷を避けて手足を狙い、また頭上から狙いを定めるキースの射線を確保するために度々背負い投げを仕掛ける。すると、直後にキースの息の合った一撃がヴィランを射貫く。
「畜生!」
 肩に突き立てられたハニーのスタッフに顔を歪めるダイ・ゾン。


 ノエルは路地を注意深く観察しながら進んでいた。
 この先にアスカラポスのキファが居ると聞き、彼が以前起こした事件について思い出したのだ。
 ──杞憂かもしれませんが、罠が無いか確かめなくては。
 ヴァイオレットの不安はノエルにも理解できる。
「あっ──た!」
 段ボールの影に無造作に突っ込まれた筒状のそれを慎重に観察する。
「発煙筒のようですわね」
 発火装置ではないものの、このままにして発動したら混乱が起きるのは明らかだ。
 幸い、単純な装置は特に機械に詳しくなくともなんとかできそうだった。
「うおおおお!」
 雄叫び。そして、血走った目で人影が突っ込んでくるのが見えた。
 咄嗟にライヴスミラーを発動させようとしたノエルだったが、相手は愚神や従魔でなく人であるヴィランと認めると、代わりに禁軍装甲を構えて衝撃に備えた。
 その時、頭上から声がした。
「残念ながら、仲間が傷つくのを黙って見ているほど……」
『あたし達は冷酷非道じゃないんだよっ!』
「……なっ」
 信じられない、そんな顔をしたハニーが前のめりに倒れる。
 キースの《テレポートショット》がハニーを捕らえたのだ。窓から狙いを付けたキースは弓を下ろすとダイ・ゾンを見る。彼はファリンの信じる友へ軽くと手を上げてみせた。



●サルガスとキファ
「ヴァイセローゼ、セットアップ!」
『次は──』
 外部装甲と内蔵兵器を兼ねた白薔薇型ユニットが由利菜を覆うと、姫騎士は路地の先を睨んだ。
 昂は親子は京子へと任せてその場を離れた。


「おっせえ……面倒になってきたな」
 苛々としていたサルガスがナイフを掴むと背筋を伸ばして足早に路地へ向かう。
 小さなスイッチを弄っていたキファが小さく舌打ちした。
「おなじ手はだめだね。さて」
 河岸側の路地の入り口に立ったサルガスは迷いなくナイフを放り投げようとした。
 冷たい刃物が狙うは母親、ワンダの頭蓋。
「ってえ!!」
 その腕を《縫止》によるライヴスの針が撃抜く。狙いが大きく外れ、路地で警戒していた京子に弾かれて石畳に転がるナイフ。
「悪いけど、これが僕の仕事なんです」
 地不知で壁面に身を潜め警戒していた昂が放った一撃だ。それに気付いたサルガスは鞄からナイフを掴むと昂へと投げた。
 しかし、鋭い一撃だったが、それを昂は軽々と避ける。壁に当たったナイフが壁面へと刺さる。
「なんだあれ、霞かよ──エージェントは面倒くせえなあ!」
 雪村を構えた昂が壁を駆け降りる。
 火花が散るサルガスのナイフと苦無。
 物凄い力でそれを押し返すサルガス、だが、離れた昂の刃がサルガスの腕を掠る。
「てめえ!」
 昂の刃を包むライヴス、《霊奪》サルガスの力を奪ったのだ。
 《トリオ》を使った京子の攻撃。彼女の必中の銃弾がサルガスの足元を撃抜いた。
 片膝を突き、ブンと風を鳴らすサルガスの横に薙ぐ一撃。それを僅かな動きで軽々と避ける昂。もう一度、壁を駆けて距離を取り斬りかかる。
「……」
 再び傷を受けたサルガスがまた唸る。《霊奪》で奪ったライヴスを利用して再び《霊奪》を仕掛けたのだ。
「今回は分が悪いみたいだね。帰ろうか」
 無造作に路地に現れたキファ。その足元へ光を灯した矢が突き刺さる。
「クソ、上もか……」
 サルガスが無理矢理立ち上がると、河岸へと身を翻す。赤い血が路面に散らばった。
「逃がすつもりは──」
 地不知の効果を失い、路地へ降り立った昂が路地を抜けて言葉を失う。後に続いた京子も悔しそうに武器を握りしめた。
 路地の外、狭い河岸の先にはすぐに河が流れており、キファとサルガスはすでにボートへ乗り込んでいた。
『キース君!』
 昂からの連絡に焦る紙姫。しかし、キースは冷静に首を横に振る。
「以前の依頼でキファと接して思ったんですが、逃げ道を作らずに仕掛けてくることはしないはず……。ならばこちらも手の内は見せない方が無難。深追いはしない方がいいでしょう」
 例え、今ここから降りて河岸に辿り着き、そこから放ったキースの一撃がキファを射貫いたとしても──捕縛は難しいだろう。


 河岸を離れてゆくボートの上からキファは軽く手を振った。
「見知った顔がいくつか。ああ、君は九陽神弓を使っていた乙女か──肩にうけた傷は、よく覚えているよ」
 へらりと笑ったキファに京子は醒めた瞳で冷たく問う。
「ふーん、あなたなら納得。これもゲーム?」
「僕のじゃないけどね。ああ、紹介するよ、彼が今回のゲームマスター、サルガス。僕たちアスカラポスの仲間さ!」
 ご機嫌なキファに対してサルガスは不機嫌そうに、今更ながら広げた扇子で顔を隠した。
「じゃあね! また遊びに来るよ。それまで、そのすてきな相棒たちを大切にね。どれかをいつか僕が譲り受けにいく日まで」
 波を切って離れていくボート。その上から不思議と朗々としたキファの声が河岸に響く。
 共鳴を解いたアリッサがキファを睨めつける。その真っ直ぐな瞳には怒りの焔が灯っていた。
「自らの快楽のために、弱者をいたぶるとは。許しはしませんよ!」
 アリッサはキファは相容れないものとして否定し、怒っていた。
 けれども、京子はキファが『そういうもの』であるとは認めている。
 その上で、人々を守ることを成したいと思う自分と相克するから彼女は戦う。
「うん、わたしたちの手が届く限り止めるよ。そして、わたしたちの手はけっこう長いかもね」
 京子の伸ばした手のひらが固く握りしめられた。
「そう。なら、その手首ごと受け取ってあげる。キミたちのお陰で退屈したことも逃した獲物のこともちゃんと覚えておくから安心して」
 快楽殺人犯は船上で楽しそうな笑い声を上げた。
 消えた船影を一瞥すると、京子はちょうど通信機を切った昂へ声をかけた。
「……行きましょ」
 ヴィランが去った連絡を受けて、由利菜やヴァイオレットたちに支えられた親子が路地から出て来るのが見えた。



●開演
「これで安心ですわね」
 ノエルの治癒の力によって親子に付けられた複数の擦り傷が薄くなって消えていく。
 ──……。
 その擦り傷にヴァイオレットたちの胸が痛む。
「もう、大丈夫ですの」
 明るくおばあさんのような口調で語りかけるノエルに少年──ティルはしがみ付いて泣いた。ティルだけではない、その母親も泣きながら我が子の背中をしっかりと抱きしめていた。
 窓から飛び降りたキースが少年へ手持ちのお菓子を、そして紙姫は母親へ水筒の水を渡して労わる。
 一口サイズに小分けされた贅沢なチョコレートを頬張って顔を輝かせたティルは、今度は不思議そうに共鳴を解いたファリンの傷を癒すノエルの様子を見ている。ノエルは微笑みかけ、少年へ優しく語りかけた。
 少年を仲間に任せてキースはワンダから慎重に攫われた時の状況を尋ねた。
「分かる範囲でいいから、知ってることを教えてほしいんです」
 真剣な紙姫に、母親は惧れを浮かべながら口を開いた。
 通りに立っていたサルガスに肩を掴まれ力づくで路地へ放り投げられ、石畳に頭を打って気を失った事。
 目が覚めた途端、ハニーとバニーが刃物をちらつかせながらゆっくりと追い立て始めた事──。


 念の為に呼んだ救急車が到着して親子を運ぶと、今度は捕らえたヴィランを護送するためにエージェントたちは河岸へ集まった。
「キファの趣向を見ても、アスカラポスは全体が悪趣味ですね……」
「親子が逃げる事も織り込み済み、か……」
 由利菜とリーヴスラシルはファリンが用意した手錠で後ろ手に拘束され地面に転がるハニーとバニーを厳しい眼差しで見た。
 他の行方不明者たちについて問い詰めていたダイ・ゾンが小さくため息を吐く。
「黙秘か──生きちゃァいねえんだろうが」
「やめてくださいまし……この目で確かめるまでは」
 ファリンが諫めると、途端にヴィランたちは笑い出した。
「なんだ、何か言いたいのか?」
「あはは、アタシたちがむかつくって? 殺してみる? ヴィランでも殺ったら殺人犯だよ」
「ミュシャ様!」
 ヴァイオレットが叫ぶ。
 ガツン! ミュシャの剣がバニーの首のすぐ横に勢いよく突き立てられた。兄妹の情けない声が上がる。
「──リーヴスラシルさんがロータスの樹であたしに言ったことを、最近、ようやくわかってきた気がしていたんです」
 柄からミュシャの手が離れた。
「エージェントの卵をヴィランに堕とさない為にも教師になるって……その時は何を馬鹿なって、ヴィランはヴィランだってそう思うことしかできなかった。
 でも、皆さんと一緒に依頼をこなすうちに、なんとなくわかった気がしてたんです。だから、あたしもヴィランとならないよう、リンカーに力の在り方を教えることができるよう、何かできないかって」
 顔を上げたミュシャは困ったような泣きそうな顔でエージェントたちを見渡した。
「でも、時々わからなくなります。あたし、迷ってばかりで……自制できる気がしないんです。
 ──今も、まだ、このクズどもをぶっ殺してやりたい」
 前に進み出たファリンがゆっくりと口を開く。
「……人を殺さずにいられぬ者は殺しておきたいのはわたくしも同じです。が、更生の余地がないことを確かめないうちに殺すことはなりませんわ」
「俺的にゃ、ミュシャちゃんに大いに共感するんだけどね! あいにく仕事中だから堪えてくれねぇかな。その代わりプライベートん時はがっつりしっぽり……」
 茶化すようなダイ・ゾンの言葉が終らないうちに顔を伏せたミュシャは剣を引き抜き、そのまま一人で路地へ駆け込んだ。
「おじ様」
「えっ」
 遠くからヴィランを護送するためのパトカーのサイレンが河岸に響いた。


 後日、逮捕したハニーたち、救出されたティル親子の証言とサルガスの容姿を元に行われた新たな捜査が行われた。
 それによって、多くの行方不明者たちを発見することができた。
 ……彼らのほとんどは人気のない場所に放置、もしくは軟禁された重症者ばかりであったが、ぎりぎりの状態で命は取り留めることができた。被害者たちは心身共に今も手厚いケアを受けている。
 そうして連続失踪事件は終わり、街は理不尽な狂気の夢から目覚めた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧


  • 九字原 昂aa0919

重体一覧

参加者

  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
    人間|18才|女性|命中
  • アストレア
    アリッサ ラウティオラaa0150hero001
    英雄|21才|女性|ジャ
  • LinkBrave
    ヴァイオレット メタボリックaa0584
    機械|65才|女性|命中
  • 鏡の司祭
    ノエル メタボリックaa0584hero001
    英雄|52才|女性|バト
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 危急存亡を断つ女神
    ファリンaa3137
    獣人|18才|女性|回避
  • 我を超えてゆけ
    ダイ・ゾンaa3137hero002
    英雄|35才|男性|シャド
  • 天秤を司る者
    キース=ロロッカaa3593
    人間|21才|男性|回避
  • ありのままで
    匂坂 紙姫aa3593hero001
    英雄|13才|女性|ジャ
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