本部
極北の残滓
掲示板
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しっつもーん☆
最終発言2017/07/27 00:49:28 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2017/07/26 20:27:50 -
相談卓
最終発言2017/07/29 20:23:40
オープニング
●約束と願い
その存在を今にも雪の内に埋もれさせようとしている廃墟の影、くすんだ合金の体を持つ女が少女に問うた。
「行くのかえ?」
白の防寒具をまとった少女は、長く伸びた白髪を指で払い、赤眼を女へ向ける。
「約束しました――殺しに行くと」
ふむ。女は傾げた面に薄笑みを浮かべ、うなずいた。
「妾は規約を貴び、宿縁を尊ぶ。ゆえに止めはせぬがな。汝(なれ)はただただ急いておるように見えてならぬよ。杞憂であるならばよいのじゃが」
女はハカマーニシュの最期を思う。
あれほどに王が生き急がねば、妾もまだ手を尽くしてやれたであろうに。
「汝らの生き様が惜しい。それを見送らねばならぬ妾の規約が口惜しい。灰色狼よ、ゆめ忘れるな。妾は汝らを逝かせるため、手を貸したのではないものと」
少女の傍らに控えていた灰色狼が頭を垂れた。
「重々に」
アルトボイス――それは妻たる英雄の身を譲り受けた愚神の、現在の声音であった。
「しかしながら、生きると言わせるのはご勘弁いただきたい。虚言を吐くのは軍人としてあるまじきことなれば」
女は金属の喉をきしらせ、ため息をついた。
なぜこうも愚直にしか生きられぬものか。惜しい。まこと、惜しい。
「彼の地にて待つ。これは約ならぬ、妾の願いじゃ」
かくて女の身より気配が抜け、元はロシア陸軍の戦車かなにかであったのだろう合金の塊が、ぼそぼそと雪の内に落ちていった。
「相も変わらず情の深い方だ。ゆえに、余計なものを抱え込まれてしまう」
灰色狼が苦笑し。
「自分に言えることではないがな。……娘よ、できうることならば情に捕らわれるな。貴様が成すべきは貴様の生をまっとうすることだ」
少女は狼の前にかがみ、その額を自らの白い額に押しつけた。
「父さん。あたしの生も死も、群れと共にあります」
白アヒル――否、白狼に迷いはない。
だから知らせに行くのだ。
新たなる戦場に、狼の帰還を。
●事情
「本日は演習に協力いただき、感謝する」
ロシア軍人らしく型の決まった敬礼をする中隊長へ、礼元堂深澪(az0016)はH.O.P.E.式の敬礼を返した。
「各国とH.O.P.E.の連携を一層深めるためにも、この演習には大きな意味があります――と、うちの代表が申しておりました。本来であれば支部長が伺うべきところ、一介のオペレーターが直接ご挨拶することになりました。もうしわけあ……」
深澪の言葉を遮り、大尉は片頬を笑みで押し上げた。
「そんなケチつけるような奴はおらんさ。少なくとも、ここにはな」
言葉を崩した大尉が、後ろに控えていた面々を呼び込む。
「失礼します。わけあって所属は明かせませんが……自分たちは北方での戦いに参戦し、痛い目を見てきた同士です。緊急性も必然性も、十二分に心得ておりますよ」
「それに、現場のエージェントをそのままの体制で送ってくれと頼んだのは我々だ。ありがたく思いこそすれ、文句をつけるなど……」
所属を示すワッペンをすべて引き剥がし、白いばかりの極冷地仕様の軍用防寒服に身を包む軍人たちがここで顔を見合わせ、苦笑した。
「……いや、いるな。戦を知らん頭でっかちどもが」
彼らが示したのは、後方で待機する新兵――大尉やその他の面々を含むライヴスリンカー部隊の新配属者たちだ。
シーカとの戦い、そしてレガトゥス級との戦いの中、ロシア軍を始めとする各国の軍は深刻なダメージを受けた。
急がねばならないことは補充と再編。しかし、再編のための補充はできても、補充した人員を配属するためには一定以上の訓練を必要とする。特に彼らは今後、対従魔・対愚神を任務とすることになるのだ。一定以上の能力の前に、一定以上の士気を持っていてくれなければ使い物にならない。
各国軍の上層部がそろって悩む中、H.O.P.E.会長、ジャスティン・バートレットの手が挙がった。
H.O.P.E.の取りまとめで、合同訓練を行うのはどうか? 新兵の訓練という意味ではもちろんのこと、各国軍内、そして各国軍同士での連携を図っていくにもいいモデルケースとなるだろう。
各国がその提案を快く受け入れたとは言えない。国の、民族の誇りとは、それほど単純なものではないからだ。しかし、無視を決め込めるほど、彼らは愚鈍でもなかった。
果たして各国から新人能力者が少数――名目上は選び抜かれた精鋭だ――送り込まれ、演習地のロシア軍が名目上のホストとして彼らを取りまとめている。
「とりあえず演習の内容を確認しておこうか。これも義務だからな」
取りなすように大尉が割って入り、深澪を促した。
「はい。今回は対従魔群を想定した小規模演習となります。各国軍のみなさん200名に従魔役を担当していただき、当方のエージェント隊がこれを迎撃します」
集まった一同がうなずいた。
「ひよっこどもにキツイのを頼む。体で憶えんと染みこまんし、上の顔色も変わらんからな」
この演習をきっかけにして、より大規模での演習を実施させる。それが彼らの共通した目的だ。現場レベルだけで見れば充分に連携は取れていても、彼らが共闘を実施するには国の許可が不可欠だから。
「よろしくお願いいたします」
深澪は再度敬礼し、寒冷地仕様の指揮車へ乗り込んだ。
「みんな準備できてる? 敵はミーレス級からデクリオ級の従魔。想定だからって気抜かないで、新兵さんに戦いかたと連携のしかた、見せたげてね」
深澪は各員にあらかじめ渡してある市街地――実際は復興前の廃墟ではあるのだが――の地図を開かせ、続ける。
「シチュエーションは雪原での遭遇戦だよ。雪がぼこぼこしてるから隠れるとこはいっぱいあるし、なんだったら穴掘っても雪壁作ってもいい。長距離攻撃の射角も取りやすいから、遠くからちくちくってのもありあり。合い言葉は臨機応変。とにかくその場その場の思いつきでフリーダムにやっちゃって~」
あ。深澪はあわてて付け加えた。
「近接攻撃用と弓型のAGWは“鞘”つけるの忘れないでね! 銃は模擬弾使用! 新兵さんにつけていいのは擦り傷までとトラウマだけだからね!」
かくして演習の幕が開く。
解説
●依頼
1.各国から集まった新人ライヴスリンカーに、実戦の中で従魔戦のやり方を教示する。
2.演習途中で現われる従魔群を相手に10ラウンド持ちこたえる。
●状況
・演習地はキロ単位の広さをもつ雪原。
・雪は降っておらず、視界は良好(13時より演習開始)。
・雪には吹きだまりが多数あり、蹴散らすも潜伏するも容易。
・雪自体も自由に活用可能。
・新兵はレベル1~30程度でレベルはばらばら。
・新兵は西へ1ラウンド1スクエアの速度で移動している。
・新兵は初対面のエージェントをなめている(言うことを聞かせるには、ちょっとした工夫が必要)。
・各国軍の指揮官は観戦。演習には加わらない。
●教えるべきこと(例)
・各能力者(ドレッドノート、ジャックポット等)が基本的にどう戦うべきか。
・個人戦での立ち振る舞い。
・小隊単位での連携のしかた。
・小隊同士の連携のしかた。
・地形(とそれに合わせたスキル)の活用。
・その他思いつくこと。
●従魔群
・データ不明。白狼の群れであることは確認できる。
・従魔は50体。北側から楔陣形で駆け込んできて、まっすぐ新兵の横腹を突く。
・後方から指揮しているのはアルビノの少女(ヴィラン)である。
・戦いの中で鉱石の体を持つ人狼型の愚神が登場する(PL情報)。
・戦い自体は10ラウンド程度で終了し、ヴィランは姿を消す。
●備考
・演習中はスキルを使っても実際消費することはなし。
・プレイングで“鞘”や“模擬弾”に触れる必要はなし。
・バトルメディックは無理矢理に新兵を回復させて戦場へたたき出す鬼軍曹役も可。
・それ以外の面々も、やりたいことがあれば質問掲示板を建てて相談を。
・戦場未経験ないしレベル30以下のエージェントは、新兵の側に混ざることも可。
・演習の達成度により、後半の従魔群との戦いで出る被害が変化する(後半の従魔戦にプレイングを裂くほどに達成度がそれだけ下がる)。
リプレイ
●今日のおめざ
「さて。わらわがH.O.P.E.東京海上支部でもっとも甘やかす系お姉ちゃんキャラのカグヤさんじゃ。今日はそなたらをわらわのみりきでめろめろにしてやろうゆえ、存分に慕うがよいわーっ!」
雪原のただ中。新兵たちの回復役を買って出たカグヤ・アトラクア(aa0535)が豊かな胸を張り、高らかに告げた。
『うわー、冗談じゃなくて本気で言ってるのがすごーい』
内のクー・ナンナ(aa0535hero001)は眠たげにぺちぺち拍手。
が。当の新兵はカグヤをうさんくさげに見やり、あるいはからかうようにニヤニヤと口の端を歪めるばかりである。
「あらためまして、美空であります。本日は各国軍のみなさまよろしくお願いするのであります」
ぴしりと敬礼を決めたのは美空(aa4136)。その後ろでR.A.Y(aa4136hero002)は小さなかまくらへ我が身を押し込み、「うぁー、狭ぇー、働いたら負けぇー」などと唸っている。
新兵たちはちんまい美空と必死でだらけるR.A.Yの姿に嘲笑の色を深めた。
自分たちは祖国に選ばれたライヴスリンカー。前にいるエージェントたちは今の自分たちより強いのだろうが、しょせんは下請け仕事に従事するアマチュアでしかない。
『いずれも未熟な魂ですわ。このまま散るなら拾うに値しない程度の』
冷めた言葉を紡ぐヴァルトラウテ(aa0090hero001)に苦笑を返し、赤城 龍哉(aa0090)は傍らのリィェン・ユー(aa0208)――自らが所属する【BR】のリーダーを見やった。
「胃の中の蛙、大海を知らず、てなとこか。どうするよ、リー?」
対するリィェンは肩をすくめ。
「ま、新兵なんてのはそんなもんだろ。……特に普通の兵ならぬリンカーなんてのはな」
『じゃが、せっかくの原石を無駄に砕いてしまうのはもったいないのじゃ』
内より言葉を発したイン・シェン(aa0208hero001)に、リィェンはふむとうなずいた。
「つっても、自分がブリリアント・カット済みのダイヤだと思い込んでる輩だぞ?」
龍哉が試作型AI【凱謳】を搭載したブレイブザンバーを手に踏み出す。
「カットする前に叩いて鍛えなおす。さて、簡単に折れないといいが」
「心配なら試してみればいい」
龍哉を追い越し、新兵たちに歩み寄るArcard Flawless(aa1024)。その体が、ふと翻り――
『――柳生さん、感謝しますよ』
Arcardの内より木目 隼(aa1024hero002)がやわらかな声音を発し。
新兵の真横に割り込んだ柳生 楓(aa3403)がほのかな笑みを返した。
「演習はまだ始まっていませんから」
楓がしたのはカバーリングだ。Arcardが新兵の首筋へ放った回し蹴りに対しての。
『つけていいのは擦り傷までって決まりだからね』
楓の内の氷室 詩乃(aa3403hero001)がのんびりと言う。
「気の利く聖女様がいてくれてよかったね」
救われた新兵は青ざめた顔でArcardの笑顔を見、楓の苦笑を見、一歩退いた。こいつら、アタマ沸いてんのかよ!?
「センセイの全力を見せつけるってのは手かもな。聖っち」
愛剣エクリクシスを携えた加賀谷 亮馬(aa0026)が青き機甲に包まれし面を巡らせ。
「見せつけるんじゃなくて見せてやる、だぜ!」
それを受けた東海林聖(aa0203)がWアクス・ハンドガンを大上段に振りかぶった。同時に雪に深く両足を突き立ててにじり、足場を固める。全力で一撃を叩きつける、ただそれだけのための準備。
『ヒジリーが教えるほう……って、ちょっと意外だけど……割と面倒見いいしね……無茶は心配なさそう、かな』
聖の内で小さくため息をついたLe..(aa0203hero001)に、亮馬の内からEbony Knight(aa0026hero001)が応えた。
『実戦を知らぬルーキーにプロの剣筋を見学させてやるとしよう。……亮馬、これは死合と覚悟せよ。半端は厳禁、全力だ』
そして。
「根性あるヤツは近くで見とけッ! ドレッドノートの初撃っての!!」
「俺たちは戦場のど真ん前で体張るのが商売だ! 聖っちの胸、貸してもらうぜ!」
跳躍した聖の斬り下ろしを、亮馬の斬り上げが迎え討った。
AGWの力を吸収する“鞘”つきのはずの刃の激突が嵐のごとき烈風を噴き散らし、エクリクシスが起動させた爆音が凍れる空気を揺るがした。
「おおおおおおおおおお――千照流、鎚双牙ァッ!!」
臥謳を放った聖がエクリクシスの刃をガイドに下へすべり落ち、斧の柄頭での打撃からの零距離からの銃撃。
模擬弾とはいえ、この距離から撃ち込まれればアクシデントもありうるが。
亮馬は恐れもためらいもせず弾を肩で受け止めた。さらには体が弾かれた反動を回転に変え、大剣を横殴りに振り込む。
「ッ!」
手斧でブロックする聖だが、刃の重さと勢いに押し込まれ、体勢を崩した。
そこへ一気呵成の追撃――を止め、亮馬が新兵らを見て。
「次はこいつをあんたらにぶち込む。根性決めてかかってこいよ、ルーキー」
すでに亮馬の間合を外していた聖もまた。
「こっちも大剣だったら押し込ませなかったんだけどよって、言ってもしょうがねェか。戦場じゃなくてよかったぜ」
聖の臥謳に、それよりもふたりが演じて見せた1秒余りに気圧され、押し黙る新兵たち。
「……やり過ぎですってば。亮馬兄さん、聖さん」
シールドで新兵たちを風圧から守っていた楓がふぅと息をつき、困った笑みを浮かべた。
「先を越されたか」
肩をそびやかす龍哉。
リィェンは口の端を吊り上げ。
「まだ始まってもない。これからだろ、相棒」
『あやつらは【戦狼】たるを雛どもに見せたな』
亮馬や聖、Arcard、楓の所属する【戦狼】。そのリーダーたる八朔 カゲリ(aa0098)の内でナラカ(aa0098hero001)がうそぶく。
カゲリは静かに息をつき、冷魔「フロストウルフ」――黒焔まとう銀狼を顕現させる“冥狼”をつけた右手をコートのポケットから抜き出した。
「どれだけ見せられるかはわからないが、見せられるだけは見せるさ」
その眼前を、楓と共に浅野大希(aa5126hero001)と共鳴した沢木美里(aa5126)が駆けていく。
「今ので怪我した人とか気分が悪くなった人、いる? いたら今のうちに言ってねー」
『ここはまだ戦場じゃないからケアできますけど、演習が始まったらそういうわけにいきませんからねー」
そこそこ以上に含みのある美里と大希の声。
一様にむっつり沈み込んだ新兵たちの中で、手を挙げる者はなかった。
「その程度の矜持はあるか」
日暮仙寿(aa4519)がぽつり。
『最初っから飛ばしすぎかなって気もするけど……。ラル、新人さんにトラウマ植えつけちゃだめだよ?』
その内から不知火あけび(aa4519hero001)がR.A.Yへ通信を飛ばす。果たして返答は。
『めんどくせーからやんねー』
一方、ニウェウス・アーラ(aa1428)と共鳴したストゥルトゥス(aa1428hero001)は押し黙った新兵たちの顔色を両手双眼鏡で確認。
「おー、恐怖におののいてますな。ありゃ怖い。うん、ボクならすたこらさーだね。ってことで、アトハマカセタ!」
『任せられないからね?』
内からツッコむニウェウス。ストゥルトゥスは愕然と。
「なん、だと? ……っと、冗談はこのくらいにしといて」
通信機の回線を開き、同じ【斬曉楼導組合】に所属する灰堂 焦一郎(aa0212)をコール。
『……灰堂ですが、もしや、ストゥルトゥスさんですか』
「やっほ、ストゥルさんだよー。焦ちゃん本日もヨロシコー」
『は。いえ、こちらこそ、よろしくご指導ご鞭撻のほどを』
ニウェウスが『ん?』と眉根をしかめ。
『焦一郎……なんだか引き気味になってない?』
「いえ、けしてそのような」
通信機から思わず顔を離した焦一郎に、彼のアーマーとなったストレイド(aa0212hero001)が淡々と告げた。
『弱装弾・装填。開始と同時にマーキングを開始する。待機モードよりの復帰指示を待つ』
「演習に乗り気とは意外ですね、ストレイド」
『必要を感じた。灰堂、備えよ』
また一方、黒々とした忍び装束に身を包んだ骸 麟(aa1166)は、夏の早朝の境内などでダラダラと小学生がなぞるあの体操を、凄まじいキレで演じていた。
「なめてくる奴には倍返しだ! 宍影、今日は地獄遠駆けで奴らを地獄の途中に置き去る地獄だぞ!」
その背後に影となって浮かぶ宍影(aa1166hero001)がかぶりを振り振り。
『それだとそれがしらも地獄へ落ちてるでござる。生かさず殺さずが稽古の基本でござるよ』
麟は小首を傾げ、ぽむと手を打った。
「なら生き地獄の途中に置き去るぞ! 完全辛苦というやつだ」
『なんでござるかその絶望的な状況』
さらに一方。一行から離れた場所で雪原迷彩仕様の外套をかぶり、スキルによらない潜伏を起動中のギシャ(aa3141)。
『おー、ギシャもついにセンパイさんだー。センパイ見ててね、ボキボキーって新人さんのお心折りにいっちゃうよー』
内でぐっと拳を握るギシャに、三頭身着ぐるみドラゴン風のどらごん(aa3141hero001)が渋い表情を見せ。
『爆弾魔センパイを手本にするな。教育だけでいい。……まあ、おまえにも俺にも、いい経験にはなるだろう』
●洗礼
演習が始まった。
新兵たちは各国ごとに固まり、エージェントたちの出方を窺う……と言えば聞こえはいいが、ようするになにをすればいいのかがわかっていないのだ。
と、そこへ。
「はぁい、新兵くんたち。本日はヨロシクゥ」
笑顔を輝かせるストゥルトゥスが笑顔に、新兵たちはわけがわからないまま心身を強ばらせ。
ストゥルトゥスが開いた終焉之書絶零断章から舞い立つ絶対零度の刃の一撃を浴び、先頭のひとりが吹っ飛んだ。
『安心して。峰打ちだから』
「そゆことー」
ニウェウスと共に言い残し、踵を返してだだっと逃げ出すストゥルトゥス。その丸見えの背に、新兵たちが攻撃を浴びせながら踏み出したそのとき。
「密集したままぞろぞろ動いてどうする。まずは散開して陣を整えろ。当然のことができていないからこそ、こういうことになる」
Arcardの飛盾「陰陽玉」が舞い飛び、フラグメンツエスカッションを発動。新兵の先陣を包み込んだ。
通常であれば味方を守る範囲防御の盾。しかし、突如現われた盾のドームに、外に取り残された新兵らは進軍を阻まれ、眼を釘づけられる。
『散開せよと言われたろうが!? 耳が詰まっておるならせめて足を動かせルーキーども!』
Ebonyの声が響き渡り、ドームの縁をなぞって進んでいた亮馬が跳びだした。角度は新兵の南側。右利きの者の目に止まりやすいよう配慮した奇襲である。
「気を使ってみたんだがな……気づくのが遅い。それに前の敵だけ凝視してると」
亮馬の足払いが新兵を宙に浮かせ、続くエクリクシスの柄頭での一撃が地へと叩き落とす。
「足元すくわれるぜ。これであんたはゲームオーバーだ」
さらに彼は、あえて新兵の固まった場所へ踏み入っていく。予想外の展開と、互いの距離が近すぎて得物を振るえない状況に新兵たちがとまどう中。
『敵の動きに惑わされ、互いの間合を潰し合って、このザマだ。そこらのネズミにも及ばぬな、ルーキー』
Ebonyの皮肉へ呼応するように、亮馬とタイミングを半拍ずらして新兵たちの右から突っ込んだ聖が声をあげた。
「自分と仲間も見とけってこった! で、得物にばっかこだわんねェで、体全部使って敵にぶち当たれってな!」
千照流無手術を駆使し、小柄な体を閃かせて手刀と手斧の柄を打ち込んでいく。
関節を逆から打たれた新兵たちが、得物を取り落として転がった。
『……機先見極めるの、まだ難しいと思うから……とにかく敵に向かって、味方が来るまで、時間稼ぎ』
Le..のアドバイスは聞こえているのかどうか。新兵たちは大きくあえいで雪に突っ伏すばかりである。
その隙間をカゲリの放った銀狼が駆け、焔まといし前脚で陣形を崩した新兵たちを叩く。
「中距離支援は敵と味方の隙間を埋めることを心がけろ。こちらの手が遅れれば前衛が損傷する。敵との間合を計れ。味方の呼吸を読め。必要があるなら、自分を味方の盾にして前衛を行かせろ。意志と覚悟をもってだ」
間合を詰めたカゲリが、新兵の剣を狼に防がせておいて、指先でその眉間を弾いた。これで新兵は死亡判定。
「ひと息ついて、もう一度だ。……やりなおせるうちにやりなおしておけ」
後悔は少ないほうが、させる側もする側も楽だからな。
カゲリが口にしなかった言葉を察したナラカが薄笑んだ。
『やりなおしたい過去すらも否定はせぬか』
「今ある自分が、今あるべき自分だろう。それでも――過去に置いてきた自分に負わせる荷物は少ないほうがいい」
カゲリの背には、過去に負うこととなったすべての荷が今ものしかかっている。しかし。絶対の肯定者たる彼は、そのすべてを是とし、進む。
「――敵、自分、仲間。そいつは戦場を見ろってことだ! 機先と隙間って話があったが、戦局は1秒ごとに変わる」
アサルトユニット「ゲシュペンスト」を駆り、南側から突入した龍哉が新兵へ告げた。
『その戦局の中で前衛、中衛、後衛、それぞれがそれぞれをどのように補い合うべきか、それを行動の中からひとつずつ学ぶのですわ』
ヴァルトラウテのコメントに「そういうこった!」。龍哉は肩にかついでいたブレイブザンバーを振り上げ、袈裟斬りと横薙ぎを組み合わせた怒濤乱舞で新兵を蹴散らした。
『ドレッドノートとはいえ、目先に捕らわれておっては意味がなかろうぞ!』
インの声音と共に、龍哉の後方より屠剣「神斬」――別名“極”の衝撃波が飛んだ。
吹き飛ぶ新兵たちへ、リィェンがさらに言葉をかける。
「得物の形で攻撃を決めつけるなよ。愚神は見た目と反した攻撃をしかけてくることも多い。従魔を使った有機的な連携もな。従魔役を演じる中で考えろ。連携に対抗する連携を」
同じ国の同僚と示し合わせ、龍哉とリィェンを包囲にかかる新兵たち。
ふたりは背を合わせて死角を潰し、背中越しに笑みを投げ合った。
「こうしてるとふたりで始めた【BR】の最初を思い出さないか、相棒?」
「ああ。あのときみてぇにふたりでぶちかまそうぜ、リー」
『男はなんとも浪漫に過ぎるの』
『もう少し現実を見るべきですわね』
あきれたインとヴァルトラウテの言葉に、男たちは少々ばつの悪い顔を交わし。
リィェンは“極”の腹でかかってきた新兵の首筋を叩いて。
「ほらほら、これできみは戦闘不能……実戦なら従魔のエサ決定だ」
龍哉は大剣を囮に掌底で新兵の顎を突き上げ。
「連携を考えろって言ったろうが。突っ込んでくるだけじゃ連携とは言わねぇぞ」
新兵たちに現実を思い知らせるのだった。
そして。
「時間切れだ。先達の心づくしの助言を生かせなかった我が身の不肖を呪うんだね」
Arcardがレプリケイショットで複製した20mmガトリング砲「ヘパイストス」を撃ち放ち、数多の弾丸が飛盾のドーム内で跳ね回り、新兵たちをすり潰す――
「カバーリング!!」
新兵のブレイブナイトへ指示を出し、自らのライヴスシールドで跳弾を弾いた楓が静かに。
「――ブレイブナイトは攻防一体。だからこそ立ち回りが重要です。盾役として味方の被害を抑えることも、逆に防御力を生かして敵を攻める起点になることもできますから」
楓のオッドアイが新兵たちを射た。
「でも。いちばん大切なのは、みんなといっしょに自分も生きて帰ることですよ。無茶をして、あなたを待っている人を悲しませるのはだめですからね」
『ひとりでできることなんてそんなにないんだよ。まずはボクたち英雄を信じて、力を合わせて当たるんだ』
Arcardの内、隼がため息をつく。
『実弾の使用はさすがに避けるべきでは?』
「人生いつだってイレギュラーがつきものさ」
と。楓の横から進み出た美空が新兵たちに告げた。
「イレギュラー、これからもあるっぽいじゃん? 協力しなくちゃ的になるだけだぜ? ってことでよ、各国軍の中で小隊組めよ。ド――そっちの国の連中はあいつ中心。あっちの国の連中は仲いい奴ら。こっちの国の連中は年功序列でいーんじゃね?」
他のエージェントよりひと足早く現地入りしていた美空は、各国軍の新兵に挨拶回りを行う中で観察をしていた。各国人の思考や雰囲気、姿勢、「トイレどこですか?」の質問で気づかいやフレンドリーさまでも含めたデータをまとめていたのだ。それを踏まえて今、チーム分けを指示している。
演習開始前のままならば、誰ひとりちんまい美空の言葉に耳など貸さなかっただろう。それは開始の際に行った2度めの挨拶からも明白だったが。
先達の経験と力に新兵が震えた、今このときならば――聞き入れられる。
『めんどくせーことしねーでドカーンってやっちまえばいいじゃねぇか』
心の底から面倒臭げに言うR.A.Yに、美空は内でかぶりを振ってみせた。
『美空は先の大規模作戦で学んだのでありますよ。いっぱいの小隊が有機的に運用されてこそ、大きな敵にも勝てるのであります』
いつもより数センチ分だけ高みに至った目線を巡らせ、サイボーグ少女となった美空は口の端を吊り上げる。
「こっからがようやっと本番だぜ。思いっきりイヤがらせてやんよ」
●連携
「Flawlessさん、実弾撃っちゃってるし! 回復スキル使わなくても大丈夫かな?」
スキル代わりのヒールアンプルを用意しつつ、美里がぷくっと頬を膨らませた。
エージェント前衛の後ろについていた彼女だが、緊急事態ということもあって急遽新兵のケアにまわったのだ。
『きっと大丈夫ですよ。うん、心配ないですって』
まあ他人事ですしねー。の部分は言葉にせず、大希が無責任にうなずいた。
「ほれ、ケアレイ代わりのアンプルじゃ! はっはっは、わらわ優しすぎるお姉ちゃんじゃから、か弱い弟きゅんをどんどん救っちゃうんじゃぞー?」
『妹もいるけどね。あと優しみで蹴りとかないからー』
ドレッドノート陣に揉まれ、息も絶え絶えな新兵たちへヒールアンプルを足裏でぶっ込むカグヤにクーがツッコんだ。
「うちの連中が容赦なさすぎて、新兵どもに逃げる隙がないからのう。せめて戦場で待つ仲間の元に一刻も早く押し戻してやろうというお姉ちゃんの心づくしじゃよ?」
『蹴り、逃げる人用だったんだ……甘やかすって言ってたのに』
「さあ! 各国から選ばれし精鋭たちよ! ロシア軍の協力で“運よく”勝利を掴んだだけのくせにデカイ顔をする有象無象どもにそのガッツを見せつけに行ってやるがよい!」
『しかもムリヤリ煽るんだね……』
自称お姉ちゃんに蹴り出された新兵らを見送った美里は、後ろで仲間にアンプルを打っている新米バトルメディックを振り返った。
「斬り込む人たちはこうやって激しい攻撃受けちゃうし、盾役の人もどんどん傷ついて消耗しちゃう。だからあたしたちバトルメディックはちゃんと回復してあげなくちゃいけない。そうしようって思ったら戦場全部、ちゃんと見てないといけないんだよ」
今回の演習、新兵の中には美里と同じ程度の熟練度を持つ者もいる。しかし、そのけして大きくはないはずの経験の差が、彼女を教官たらしめていた。
『建前はそうなんですけど。みんなの命握ってるんだーって、本音で言ったら結構おもしろくないです?』
大希の言葉をわーっと遮り、美里はあわてて言葉を継いだ。
「余計なこと言わないでっ! あ、あと、自分にリジェレネーションかけて突撃しちゃうバトルメディックの人もいるけど、強くなるまであんまり真似しちゃだめだからね!」
『そう言いつつリジェレネーション持ってきてるの、なんでですかー?』
「う、それは!」
誰かを助けたい。その思いが彼女をいつも無茶させる。
しかし今回は演習で、新兵に基本を教えるのが任務。無茶は封印――
「そーれ者どもわらわに続けー。エージェントどもを駆逐撃滅掃討じゃー」
あんまり真似しちゃだめなバトルメディック筆頭が、新兵を率いて戦場へ突撃していく。
「あー、もーっ!」
美里はツッコミ用のハリセンを用意してこなかったことを本気で後悔しつつ、ヒールアンプルの残り本数を確かめた。
「おらぁー! オレを捕まえてみろぉーっ!」
シチュエーションと忍び装束と中身の麟さえ取り替えればなんだか甘い1シーンになりそうな気がしなくもない感じで、雪中の生き地獄追いかけっこが展開中。
背後から苦無やらナイフやら銃弾やらがぶっ飛んでくるが、全力疾走している麟は当然反撃不可である。
『麟殿、意外と弾幕厚いでござるよ! さっきから超危ないんでござるけど!?』
「当たると思うから当たるんだ! 当たらないと思えば当たらないんだよ多分! 心象必罰って言うだろ!?」
『なにかがおかしいでござるよ……なにか……』
そのなにかは「多分」と「心象で必罰」なわけだが、とにかく。
「我が身すでに空なり――骸不在現身!」
背後から迫る物騒なものを、するりと脱ぎ去った装束で絡め取った麟が反転して跳んだ。新兵たちからは一瞬拡がった装束が影となり、麟の跳躍は見えていない。
「骸流奥義、骸双幻撃! この威力見るかああ!?」
分身の代わりに背後霊めいた宍影を使ったジェミニストライク。得物は装束の内に先ほど投げられた新兵らの得物を詰め込んだ、即席のブラックジャックである。
先頭の新兵を思いっきりどつき倒した麟は、足を止めた残りの新兵を見渡した。
『「リンカーがいちばん大事にしなくちゃいけないこと、みんな知ってるかい? それはね、精神の集中さ。だから』」
麟の口を借りて言葉を発する宍影。その後を麟が継ぎ。
「技の名前はきちっと言え! たとえどんなに長い名前でもだ! 名前のない技なんざ仏作って魂入れずだからな!」
めずらしく正しいことわざを言えた麟だが、問題はその他の内容だ。そして。
『「そういうこと! さあ、みんなも元気に精神集中しちゃおうか――え? 技の名前なんか思いつかない? そりゃ心に技が染みこんでないんだなぁ。魂が悟りのステージに行っちゃえばさ、自然と降りてくるんだって』」
言っていることは意外に深いのだが、宍影もまあ、結局のところ骸一党というか、麟の相方なんであった。
忍者の圧にあてられて放心ぎみの新兵たち。その体に極薄の魔法刃が当たって弾けた。
「へいへいへーい、ケツの青い新兵くん! 弾も足といっしょでよちよちしてんのかーい?」
横合いから攻撃をかけたストゥルトゥスが書を開いては閉じ、挑発の拍手ならぬ拍書をばっふんばっふん鳴らしてみせた。
顔を見合わせた新兵たち。その一部――装備からしてソフィスビショップがストゥルトゥスへ向かう。
『わ、追っかけてきたよ?』
内で声をあげるニウェウスに余裕の笑みを返し。
「三十六計発動! まくるよー?」
追ってきた一団以外は麟に任せ、ストゥルトゥスは走り出した。
「雪深いぞー、こりゃダメだぁー」
微妙な速度で、ふらふらと。――言い換えれば、新兵たちが追ってこられる速度で、回避行動だけはしっかりと取りながら。
新兵の銀の魔弾をぎりぎりでかわしたストゥルトゥスが体を返して、にやり。
「これできみたちは孤立しましたー」
通信機越しにこの言葉を聞いていた焦一郎がトリガーを引き絞った。
パシン! 模擬弾に肩を弾かれた新兵がよろけ。
「はいドーン!」
空いた空間にストゥルトゥスのブルームフレアが燃え立ち、雪を噴き上げて雨へと変えた。雨はすぐに凍りついて氷となり、新兵たちをダイヤモンドダストで捲く。
『今の、ほんとのブルームフレアだったよね!?』
「ごっめーん、手がすべっちゃった♪」
『狙撃成功。ターゲットの肩部に着弾を確認。銃身温度・許容範囲内。次弾装填』
微妙なウインクでごまかすストゥルトゥスからそっとスナイパーゴーグルをずらし、焦一郎はストレイドのガイドアナウンスを聞きながらLSR-M110を構えなおした。
そして通信機の回線を全解放し、新兵たちへ語りかける。
「狙撃担当ジャックポットより各国軍へ。狙撃手の任務の第一は、射角を得られる潜伏地点の確保となります。敵を撃ち抜くためにこそ狙撃手は耐えなければなりません。また、支援に回る射撃手の方は常に視野を確保し、遠距離攻撃への用心を」
吹きだまりがいくつも連なる丘の上に即席の塹壕を掘り、ストレイドが変じたアーマーの上から雪をかぶって焦一郎は潜伏している。
さらに銃身には雪をまぶした白布をかぶせてマズルフラッシュを隠蔽。それでも一射するたび、押さえつけた銃口が跳ねて不自然な揺れを起こすのだが……それすらも織り込んだ銃と己の位置取りで、敵に気づかせない工夫を成していた。
「第二がスキルの活用になります。狙撃手は一度決めたスナイプポイントからは容易に移動できません。味方とご自身とを救うため、潜伏先を敵に絞らせない工夫を」
『アクティブスキルを選択。テレポートショット・発動』
焦一郎の二射めが次の新兵の背を撃ち据えた。模擬弾に仕込まれた疑似テレポート機能によるテレポートショットの再現。
『アクティブスキルを選択。シャープポジショニング・発動』
三射めはストゥルトゥスの魔法を目印にした、シャープポジショニングによるヘッドショット。
「第三に、味方との連携を密にするため、通信の確保と活用をしてください。自分の眼が届かない範囲をカバーしてくれるのは味方の眼です。情報を集め、戦況と地形を常にイメージしてください。――以上を踏まえ、対策をお考えください」
●仕事
エージェントの前衛を中心に戦場が乱れる中、鷹を飛ばして情報収集に努めていた仙寿がライヴス通信機「遠雷」の通信回線を開き。
「美空が組ませた小隊が機能し始めてる。後ろからジャックポット隊が迫ってるぞ。注意しろよ、正面組」
『ラル! 今あくびしたよね!? そういうのもなんとなくわかるんだからねー!』
内からあけびもまた声をあげ、美空の内でだらけるR.A.Yを叩き起こした。
「そろそろ、出るか」
『うん。忍の集団戦、しっかり教えてあげなきゃ』
『能力はまあ新兵そのものってところだな。練度がそこそこある連中も、チームとしては動けてない。経験不足だ』
『じゃ、打ち合わせどおりでー』
どらごんの言葉にうなずいたギシャは白龍の鉤爪――五指に装着し、まさに自らの爪として自在に繰ることのできる“しろ”を構え、体を縮めた。
前衛の派手な突撃のおかげで新兵たちの気持ちはそちらへ釘づけになっている。スキルによらない潜伏を見抜かれることもなく、ギシャは姿を隠したまま新兵たちをやり過ごすことができた。
『アサシンにバックとられたら怖いよー?』
新兵の内のシャドウルーカーたちが一応はチームを組み、索敵と支援を行っているが。
『そいつを教えてやれ』
ゆらり。雪の中から染み出したギシャが、縮めて溜めた力をもって一気に跳びだした。3歩で最高速に達した龍娘が、雪に顎の先をすりつけるほど低く上体を倒し込み、重力をも利してさらに加速する。
人間の眼は横に長い。左右の揺れには気づきやすく、遠くを見ようとすればそれだけ上下……特に下への注意がおろそかになる。ギシャの脚力をもってすれば、そのすべての穴を最短距離で突き抜けられるのだ。
『そら、標的だ』
仲間の後方に回って周囲を監視していたシャドウルーカーが、音もなく駆け込んできたギシャの姿を見とがめた。声をあげようと顔を上げ――
「ひとりで遊んでる悪い子、見ーつけた」
“鞘”つきの“しろ”でその喉を叩き、駆け抜けた。
『バトルメディックとちがい、チームから先行して敵に当たるシャドウルーカーは単独行動を避けられん。敵を観察し、その弱点を見取って突く。それを実行する勇気と、失敗のリスクを自分で負う覚悟を持っておけ』
どらごんが指導している間に、ギシャの右腕を包む包帯がするりと解けて蛇と化した。ザッハークの蛇――謎の龍パワーでギシャの眷属と化した“にょろたん”である。
蛇は狙い違わず新兵に喰らいつき、一気にギシャの前へ引きずり込んだ。
『敵の弱点に食らいついたら、次は数の利を潰す。危険に対してどれだけ心を研ぎ澄ませられるかは、場数を踏むしかないだろう』
「えっへん。ギシャに負けた子はギシャのことセンパイってあがめなさい」
蛇に噛まれた新兵の眉間へ爪先を突き立てるギシャ。
どらごんは着ぐるみ風の龍面を器用にしかめ。
『……崇めんでいい。手本にしておけ』
敵陣の背後を突いたギシャが真っ先に狩ったのは後衛のジャックポットだ。視界の確保を考え、戦いから距離を置く必要がある射撃手は、その射程と役割から孤立しやすい。
「これギシャ! 姉キャラたるわらわの弟きゅんどもをいじめるとゆるさぬぞ!」
「今日のギシャはセンパイだからね。ビシっとしごくのだー」
カグヤとギシャが言い合う中、挟撃を受けて混乱する新兵。そこへ横合いから、仙寿が斬り込んだ。
「心を乱せば陣も乱れる。押し込まれたときにこそ平らかに、だ」
守護刀「小烏丸」がはしり、新兵の首筋を打った。切っ先が両刃という特質を持つ「小烏丸」である。“鞘”がなければ首がひとつ落ちていたところだ。
別の新兵の大剣が振り込まれるのを、仙寿は後ろへすべるように退き、かわす。追いかけようとする新兵だが、吹きだまりが邪魔をして体勢を崩した。
仙寿は抜刀する際、すでに読んでいたのだ。この地形の特性を。
『地形をちゃんと見て活用するのが兵法と忍術の基本だよ!』
あけびが伝え終えると同時、半歩踏み出した仙寿が新兵の大剣の鍔元を斬り上げ、跳ね飛ばした。
続き、3人組で迫る槍使い。息を合わせ、仙寿の正中線を狙って突き込んでくるが。
「最初から急所を狙うな。敵の意識を散らしてからでなければ中心は取れん」
縦に立てた刃で3本の穂先を巻き取って払い、仙寿がつま先で雪を蹴り上げた。
「!」
視界を塞がれた3人が距離を取り、あるいは追撃に対する迎撃を試みたが。
『シャドウルーカーの技、攻撃力がないから使いにくいって思ってる人もいるかもだけど』
「俺たちは“初手”だ。次の手を呼び込むためのな」
雪煙を貫いて飛んだ縫止の針がひとりの腿へ突き立ち、その脚を鈍らせた瞬間。
「せっかく小隊組んでるってのに連動しねぇでどうする!?」
空気にまとわりつく雪煙をただのひと振りで斬り払った龍哉が、縫い止められた新兵の鳩尾に肩を打ちつけて吹き飛ばし。
「得物の長さは間合の長さだけのものじゃない。攻撃面の広さにもなりうるんだ。大剣使いは憶えておけよ」
横に寝かせた“極”の腹で残るふたりを一気に打ち、勁を通してその内蔵を揺らすリィェン。
反吐をまき散らしてのたうちまわる新兵をまたぎ越え、ふたりはぎくしゃくと包囲陣を形成しにかかった他の新兵たちを待つ。
「数が多いってのもそうだが、回復役が向こうについてる。新兵全員しばき倒すのは骨だな」
リィェンのぼやきにインが呵呵と大笑した。
『石くれからようようと削り出された程度のそちが、随分と吹きよるものよの。気取っておる暇あらば功と手数を尽くせ』
『踏み出しなさい、龍哉。立ち止まるのは喜びの野へ至った後ですわ』
ヴァルトラウテもまた龍哉を促した。
かくて演習場に重刃の嵐が巻き起こる。
その嵐の縁に仙寿はいた。
殺到する新兵たち。亮馬と聖を加えたドレッドノート陣の圧力から逃れる道は、彼の後ろにしかなかったから。
迫る数十の得物。仙寿は「ふっ」、短く呼気を吹き、そのただ中へと踏み入った。
穂先を袖で払った。銃弾を刃でいなした。体をかすかに傾げて大剣をやり過ごした。投刃をふわりと跳び越えた。当たらない。当たらない。当たらない。
「――なんでだよ!?」
思わずわめいた新兵の眼前へ踏み込み、仙寿がささやく。
「俺はおまえたちよりも迅い。そしてもうひとつ、俺はおまえたちが座学で学んだ戦場を、この刀で切り抜けてきた。その差だ」
そして、縫止。
『縫止はすごく使い勝手のいいスキルなんだよ。敵の動きを止めるのもそうだし、決め手の布石にもできるしね』
あけびの言葉に反応した新兵……シャドウルーカー陣が縫止を放つ。自分たちより迅いなら、その脚を殺すしかない!
「連携して縫止。悪くないな」
あえて新兵の縫止の一部を受けた仙寿が動きを止めた。
そして斬り込んできた新兵の刃を刃で受け。
「いいぞ、迷いなくいい気迫だ」
『じゃあ次! 潜伏した敵を探す訓練、やってみよう』
「ちょっとは休ませてー!」
カグヤが新兵の指導という名目の指揮に行ってしまったので、現在の新兵回復役は美里に一任される形となっていた。
たとえ“鞘”つきの得物や模擬弾、手加減つきの魔法でも、ライヴスが介在する以上は心身にダメージを蓄積させる。美里の仕事が尽きることはなかった。
「……あんたら、自分の仕事わかってんのかよ?」
臨時で組んだ小隊の仲間を担いできた小隊長が吐き捨てる。言われるのはまあ、しかたないのだが。
「それより新兵さんは自分の仕事わかってる? 今日は何回死んだのかな?」
いつも以上にあざとく、かわいらしく。大きな抑揚をつけて美里が小首を傾げてみせた。
戦場をなめていれば次の瞬間、死ぬ。先達の背中を見てきた美里は、この場にいるエージェントの誰よりもそれを思い知っている。だからこそ、幾多の戦場を踏み越え、生き延びてきたエージェントを新兵たちになめさせてはおけなかった。
『ほかにも文句があったら今のうちに言っておいてくれますか? 大希、霊感とかありませんし』
アンプル注入ではなく、ケアレイを発動させた大希がぽつり。
小隊長は苦々しく口をつぐみ、雪を蹴った。
「バトルメディックはここからが勝負だよ! まだまだいっぱいケガした人来るんだからね!」
●教示
「ひとりで隠れても、敵に把握されていれば各個撃破の餌食になるだけだ」
Arcardが撃ち放った試作型88mmAGM「バラック」が、ゆるやかな弧を描いて吹きだまりの裏に隠れた新兵を直撃し、雪原へ放り出した。
距離をとっても意味がない。そう見た新兵らの一部は果敢に接近戦を試みたが。
「得物に頼り過ぎだ。五感を有効に使いたまえ。そして1体ずつ」
剣を振り込んできた新兵の手首を掴み、脚を払って投げ落としつつ、その体を盾に追撃を防御。
「確実にしとめる」
動きの止まったArcardを狙い、新兵の一団がアサルトライフルを撃ち込む。
「攻撃中の味方のサポートも盾役の大事な役割ですよ」
背に負ったレイジ・マトリクスが発生させた多層バリアに弾丸を任せた楓はそのまま雪上へすべり込み、投げ落とされた新兵の体をすくいあげた。
『やり過ぎた味方のフォローもね』
詩乃の言葉にArcardが肩をすくめ、蹴り足を降ろす。
彼女は狙っていたのだ。落ちた兵の顎を踏み抜き、脛骨をへし折ることを。
『聖女様の目はごまかせませんね』
隼が苦笑し、Arcardはまた肩をすくめてみせた。
「強ぇ愚神は範囲攻撃上等じゃん!? すぐ反撃できるように、小隊機動で回避すんだよ!」
美空がカチューシャMRLの16連ミサイルを撃ち放った。
模擬弾頭ゆえに爆発力は抑えられているが、問題は起爆した際にまき散らされるポイズンボトルの中身である。他のAGWと異なり、この毒は本物をそのまま使用しているのだ。爆発に捲かれれば本番同様に体が痺れ、動きが鈍る。
『1回でまとめてやれんのは楽でいーけどなー。スキルとか使うのめんどくせーんだよなー』
『そう言わずに助けてほしいのであります。R.A.Yちゃんあっての美空でありますから』
内でごろもだするR.A.Yをなだめながら、美空はウェポンディブロイで複製したカチューシャをパージし、新たに複製したカチューシャを装着する。
「突っ込んで範囲攻撃っつーのもカオティックブレイドっぽいけどな。スキル使えばこういう小技もできんだぜ。1回こっきりのミサイルがスキル3発で4回使えんじゃん? お得じゃん?」
『なんも見えねー』
毒を含んだ爆煙がエージェント側と新兵側、両者の視界を塞ぐ。
「見えねぇときゃ装備使う。お仕着せのまんまじゃだめじゃん? 装備ってのはさ、状況考えてそろえてくんだよ」
美空は暗視鏡「梟」をつけた面を巡らせ、敵影をピックアップ。
「小隊機動、乱れまくりじゃねーの。痛い目見せてやってくれ」
美空の通信を受けたストゥルトゥスが「ういー」。
「互助のココロを忘れて孤立しちゃった新米には死・あるのーみ!」
灼熱ならぬ極冷のブルームフレアが噴き上がり、ランダムに展開した6枚のリフレクターに弾かれ、弾かれ、弾かれ――でたらめな軌道を描いて新兵たちへ降りかかった。それもなぜか、見事なくらいにつま先へ。
ぎゃー!! しもやけにかかったつま先を抱えて転げ回る新兵たち。その指先を焦一郎の銃弾が弾き、さらなる痒み地獄へ引きずり落としていく。
『暖まってから出直してきて?』
ニウェウスの言葉が追撃し。
『待ってんのかったりーから1発あっためてやんよ』
R.A.Yのセリフと共に撃ち出された16連ミサイルが新兵たちを焼き焦がし。
「おお、死んでしまうとは情けないのじゃ! お姉ちゃんが不出来な弟きゅんどもをすぐに地獄へ送り返してやるゆえな!」
『カグヤ、それだと殺しなおしてるからー』
クーのツッコみは完全無視。カグヤのケアレインが悶絶する新兵をまとめて癒やし。
「宍影! やっぱりここは地獄だぜ!」
『まあ、技の名前も思いつかんような魂なき亡者だらけでござるからな。ここはひとつ』
「畜生道からやりなおせ! 骸三閃沓刺!」
宍影とうなずき合った麟が新兵の視界に身を躍らせ、フェイントをかけてからのシャープエッジで追撃をかけた。
新兵全員が倒れ伏す惨状に、ストゥルトゥスと美空が歩み寄り。
「お、まだ起きてんじゃん。頑丈っつーか、ムダに抵抗力高ぇっつーか」
「きみ、名前は――まあ誰でもいいや。きみリーダーね。適当に仲間引っこ抜いてスリーマンセル組んで。じゃ、ボクらは1回向こうに戻るから! 索敵は死角を補い合って、攻撃はみんなで息合わせてね。連携ってのはギブアントテイク。これ、忘れちゃだめだゾ?」
『ターゲット・第1より第20まで捕捉完了。モード選択を要求する。待機継続/攻撃開始』
ストレイドの質問に待機を継続すると告げ、焦一郎がトリガーからゆっくりと指を離した。
「ここで新兵のみなさまに追撃しては、戦う意志すらもくじいてしまいます」
それにそろそろ敵狙撃手を見つける索敵訓練を新兵に課すべきときだ。
「次のラウンドが開始した機に合わせて隠蔽を解除します」
そうストレイドに告げ、焦一郎が息をつきかけた――その息を飲んで、トリガーへ指をかけなおす。
『待機をキャンセルし、攻撃を開始するか?』
「そうではありません。この気配は……ストレイド、最大出力で索敵を」
指示を出しておいて、焦一郎は通信機の回線を解放。
「――灰堂です。空気が変わりました。シャドウルーカーのみなさまは演習場の索敵を」
北側に位置取り、新兵を狩っていたギシャはすでに動き出していた。
「ギシャだよ。北から狼のにおいがする。まだ遠いから、隠す気ないね。わざと教えてる」
雪を“しろ”で掘ってすべり込み、新兵たちに通信を飛ばす。
「ひとりになってる味方拾って、塹壕掘って迎撃準備ー。言うこと聞かない子はセンパイアタックで首ちょんぱだよー」
そして気配を断った。
カグヤが新兵らを今までにない鋭い目線で撫で切り、赤い唇を開く。
「今日、そなたらは幾度となく敗北した。それを真の地獄で噛み締めたくなくば……己のとなりを見やれ。そこにある者が、そなたの目であり、手となろうゆえ」
新兵たちが、カグヤの言葉に動かされていく。
彼らの尻を無責任に蹴り上げてきたカグヤの姿はすでになく、ここにある彼女は幾多もの戦場をくぐり抜けてきた、正真正銘の“小隊長”であった。
「そなたらには国に選ばれし自尊があろう。人を超えた自信も自負もあろう。が、国も“自ら”も、異界の侵略者よりそなたを救う手にはなりえぬのじゃ。今は国を捨てよ。自らを捨てよ。目となり、手となり、足となり、すべてを生かすための一部となれ」
「狼――来るんですね。私を殺しに」
レアメタルシールドを左腕に固定し、楓が北へすがめたオッドアイを向けた。
と。
カゲリの内よりナラカが厳しい声音を発した。
『生かすだけが救いか――生きるだけが救いか?』
「え?」
顔を上げた楓にナラカが語る。
『汝が為さんとする救済は、己を救いたいがためのものに過ぎぬよ。彼奴の心から目をそむけ、思いを殺してその身を生かすばかりが救いかと、私は汝に問うている』
「私が――救われたい、だけ――」
『白狼が来るにせよ来ぬにせよ。返答は戦場で見せてもらおう』
その様を見ていたArcardは静かに場を離れた。
●狼風
『北1キロ地点に白狼群出現! ……今までどこに隠れてたんだろ?』
悠然と歩を進め始めた狼群を鷹の目で見下ろし、あけびが首を傾げた。
『狼の大将、自分の気配とか完全に消すスキル持ってっからな。それの軍団バージョンじゃねーの?』
美空からの通信が彼女の疑問に答える。
「トリブヌス級の能力を持った英雄か……まあ強さそのままってわけじゃねぇんだろうが。つか、あいつらとロシアの雪原で再会とはな」
『いろいろと曰く付きな感じになりましたわね』
リィェンと共にドレッドノートの新兵たちの先陣に立つ龍哉がつぶやき、ヴァルトラウテがうなずく。
『狼群、加速したよ。楔形陣形でまっすぐ突っ込んでくる。――最後尾に人型発見、白い髪の、女の子!』
報告に努めていたあけびの声が跳ねた。
来たのだ。愚神の魂宿す英雄を共連れる“白狼”リュミドラ・ネウローエヴナ・パヴリヴィチが。
「シャドウルーカー、ここまでの訓練を思い出せ。一撃離脱で仲間の“初手”を務めることだけを考えればいい」
仙寿の声がうろたえる新兵に平静をもたらす。
「ドレッドノートは2隊に分かれろ。1隊は俺と龍哉についてこい。固まってくる狼の横腹を強襲する。――さっき俺らにやられたことだ。それを実践すればいい」
リィェンが鋭く言い放ち、駆け出した。
「残りは俺たちといっしょに正面担当だな。シャドウルーカーの一発に合わせて突っ込むぜ……って聖っち、なにしてんだ?」
亮馬に問われた聖が17式20ミリ自動小銃を掲げて見せ。
「白い雪に狼も白いんじゃ見えにくいだろ? 行こうぜ、時間がねェ」
一方ストゥルトゥスは、ソフィスビショップとジャックポットの新兵たちに対して言葉をかけていた。
「きみたちが新兵の中でいちばん塩梅ってのを勉強してきた。だからこそきみたちはできる。小隊を崩すな。となりの仲間と、ボクらエージェントを使え。合い言葉はギブアンドテイクだ!」
その後方で焦一郎は、オプティカルサイトの先頭の中心点に先頭の後方に位置する狼を捕らえ、息を絞る。
『攻撃タイミング・シャドウルーカーに呼応。距離カウント・スタート。299、298、297』
ストレイドのカウントが進む。
あとはそのカウントがゼロになった瞬間、トリガーを引くだけだ。
果たして白狼群、来たる。
「行くぞ」
仙寿が踏み出した。
まっすぐ駆け込んでくる狼の先陣に、他のシャドウルーカーとともに縫止を叩きつけ、転進。
「まずは道を空ければいい」
縫い止められ、足を鈍らせた先頭の何匹かが後続の前進を阻む。その後続の先頭の狼へ焦一郎の狙撃が突き立ち、さらに多くの狼を巻き込んで転倒させた。
それでも構わず、仲間を踏みしだき、跳び越え、狼どもが新兵の本隊へ迫るが。
「ドレッドノート!!」
エクリクシスを大上段に構えた亮馬がその前に跳び込んだ。斬り下ろし、燕返し、突き下ろし――疾風怒濤の3連撃で狼を屠り。
「怯えるな! 前を見据えろ! その力が飾りじゃねぇなら――国と誰かを守る兵士の誇りがあるってんなら――やってみせろ!!」
おおおおおお! 鬨の声を合わせたドレッドノート陣がスキルを発動、痛烈な初撃を叩き込んでいく。
それを助けるのは聖の銃だ。ペイント弾で白狼に目印を撃ち込み、倒すべき順を新兵に示す。
「色つきの的だ、外すなよ! うおおおおおおおおおォ!!」
そしてツヴァイハンダー・アスガルへ換装した彼もまた、臥謳を放ちながら狼どもへと突っ込んだ。
先陣の激突により、逆巻く戦場。
その渦へ横合いから突入するのは龍哉とリィェン率いる別働隊である。
「新人ども、実践の時間だ! 倒せとは言わねぇ! 生き残りさえすりゃ、次は今日よりうまくできるからな!」
【凱謳】のサポートを受けた龍哉のブレイブザンバーが羽さながらに舞い踊り、5匹の狼を斬り裂いた。
「連携して押し返せ! となりにいる仲間と息を合わせることだけを考えるんだ!」
龍哉に深手を負わされた狼を“極”の切っ先で刺し貫いたリィェンが指示を飛ばす。
「シャドウルーカー、敵陣を崩せ!」
一度退き、新兵と共に動きを鈍らせた敵陣の斜め後ろへ回った仙寿が号令を下し。戦場へ駆け込んだシャドウルーカーによる攪乱が開始された。
「骸如骸陣! ――おまえらなんで技の名前を言わないんだよ!?」
などとエキサイトしながらも、麟は新兵へ向かう狼を女郎蜘蛛で絡め取って蹴り飛ばし、その反動に乗って体を横へすべらせて別の狼の攻撃をかわした。しかも蹴り飛ばした狼は追撃にかかろうとしていた他の狼を巻き込み、転ばせる。
「敵の数減らすの優先だよ」
これまで雪中に身を隠し、ハウンドドッグで敵先陣を削っていたギシャが、敵陣の最右翼に姿を現わした。
その体から舞い散る、影の花弁。匂いも重さもない薔薇が狼どもを取り巻き、翻弄する。
「大技使ったらだだーって駆け込む! 敵にいろいろさせるヒマ、あげたくないしね」
敵陣へ斬り込み、BSに悶える狼の喉笛を“しろ”で刈った。
「ってことで! センパイの後に続けー」
いつにない説明は、先輩面をしたいがゆえなのだった。
「敵の動きが止まった! 燃やせーっ!」
ストゥルトゥスの号令がはしり、ジャックポットの支援攻撃にソフィスビショップ陣のブルームフレアが縒り合わされ、狼を焼き焦がした。
「いいぞ! その調子で合わせてこー!」
新兵を鼓舞し、炎陣の隙を自らの炎で埋めながら、ストゥルトゥスは眉根をひそめる。
――まっすぐ突っ込んでくるだけ? 狼を指揮してる子はなに考えてるんだ?
そのとき。
後方よりアンチマテリアルライフルが太い銃声をあげ。
戦場を斬り裂いて飛んだ12・7mmのタングステンジャケット弾が速度をゆるめながら膨れ上がり、そして。
亮馬が、楓が、ギシャが、それを見た。
「先触れ役、きっちり承ったぜ。お嬢」
タングステンの体毛に包まれた面にぎちりと笑みを刻むその人狼は……オムスクで死んだ人狼群の斬り込み役、ヒョルド中尉。
「見た顔がいんなぁ。心配すんなよ、オレぁちゃんとてめぇらに殺されてるって。祟る気力もありゃしねぇさ。でもよ」
握り込んだ拳を突き出して。
「この拳は、ちぃっと痛ぇぜ?」
新兵の指揮を執っていたカグヤが興味深げに目をまばたいた。
「タングステン……もしや四国で試していたのか? あれを造るために」
『それだけじゃないけどねー。ま、ついでってやつ?』
解放されていた通信回線に高い声が割り込んできた。
「再生怪人ならぬ再生愚神というわけか。で、あれはこちらで回収していいんじゃろうな? ウルカグアリー」
比重の軽い金属の依り代――彼女曰く“アバタ”――を使っているらしいウルカグアリーはふんと鼻を鳴らして言葉を継いだ。
『どうぞどうぞ、お・ねえ・ちゃん?』
「全員小隊機動で後退しろぉーっ!」
美空がポイズンつきのカチューシャをヒョルドへ撃ち込みながら叫ぶ。あれはだめだ。あれが来たら、新人など息を吸い込む間ももらえずに死ぬ。
「オレぁ先触れだって言ったろうがよ! なぁ!」
平然と爆炎を割って進み出たヒョルドが正面を担当するドレッドノート隊へ、文字通りにぶち当たった。
たったそれだけのことで新兵が吹き飛び、その体内で骨と内臓がシェイクされる湿った音を漏らす。
「っと。まだ慣れてねぇからな――お嬢、悪ぃけど大尉呼んでくれ」
狼の楔陣を跳び越えて雪に突き立った薔薇輝石が変じた人狼が立ち上がり、敵と味方のすべてに癒やしの雨を降りそそがせた。
「あなたの任を忘れないよう。リュミドラ嬢に負担を強いては意味がありませんから」
言い残し、弾丸に戻って転がったその人狼は、最終戦でシベリアの雪原に散った人狼群の回復手、ジェーニャだった。
「ま、オレはこのとおり、ヒヨコいじめるつもりゃねぇ。お嬢が来るまで遊ぼうぜぇ……っと」
シャープポジショニングを重ねた焦一郎の狙撃がヒョルドのこめかみを削り取った。が、内まで詰まったタングステンの体が血を流すことはない。
「てめぇらも適当に遊んでもらってこいよ。経験値溜まるぜぇ?」
ヒョルドに促された狼どもが手近な新兵へ襲いかかる。
「さっきと同じだ! 連携して多対一の形を作れ!」
後退して合流していた新兵が一丸となって狼に向かった。ぎこちないながらも一応は形になっている。
「よし! ドレッドノート行くぞ!!」
新兵の指揮を【BR】に託した聖は、亮馬と共にヒョルドの抑えに回る。
「てめぇの相手はオレらだぜ!」
雪に突き立てたアスガルを引き抜く力を利す“居合”で斬り込む聖。その強撃がヒョルドの左腕を撓め、へし曲げる。
「前に会ったときより鈍ってんじゃないのか!? 中尉!!」
聖の一撃を追った亮馬の電光石火の突撃がヒョルドの喉を襲う。ガギッ! 金属の激突があげる甲高い悲鳴とエクリクシスの爆炎エフェクトが絡み合い、全員の視界を遮った――
「殺気出過ぎだぜ、坊主ども!」
伸び出してきた足が亮馬の胸を打ち、捕らえられた聖の右腕が強く引かれて伸ばされた。
『ヒジリー!』
『援護する!』
Le..とEbonyの声が同時に響き。
「ちィ!」
聖の腕をまたぎにくるヒョルドの体を亮馬の斬り上げが浮かせた瞬間、聖はその下をくぐり、アスガルの柄頭でその下腹部を突き上げた。
「えぐいことすんじゃねぇか。ま、今となっちゃ急所なんざねぇけどな」
雪上へ降り立ったヒョルドが左腕の曲がりを正し、口の端を吊り上げた。
「魔法支援切らすな! 小隊単位で交代しながら撃ち続けろ!」
「範囲攻撃、味方まで巻き込むんじゃねーぞ!? 敵のど真ん中に落として追撃殺せればいーんだからなぁ!」
ストゥルトゥスと共に支援攻撃の指揮を執る美空が、視線を戦場へ巡らせた。加賀谷お兄様はまあいいのであります。問題はおねェ様でありますが……
お嬢。リュミドラ嬢。鉱石の体を得た人狼の士官は確かにそう言った。
新兵の盾役を務めていた楓の足が一歩二歩、前へ踏み出して――駆け出した。
「っ!」
その背を撃ち据える20mm弾。バランスを崩して倒れ込んだ楓の首筋にArcardの履くスタビライザーの車輪が食い込み、雪へ押しつける。
「生きて帰れ。無茶をするな。きみは新兵にそう言ったね。それがこのザマか。ひとりで突っ込んで、敵と認められていながら敵たり得ることなく死ぬ――きみはそこまでして彼女を愚弄したいのか、楓」
『待とう。リュミドラが来るの』
不安、共感、気づかい――万感を込めた詩乃の言葉が、楓を突き動かさんとする熱へ染み入り、冷ましていく。
「もう、大丈夫ですから」
●南へ
悪夢ほどに長い60秒が過ぎ、損傷した新兵が次々と後方の回復陣へ運び込まれてくる。
「狼の数、半分くらいになってるんだけどな。ウルのカグ――ウラガアリだっけ?」
『「麟殿、ウルカグアリーでござるよ。あの御仁の“アバタ”とやらに取り憑いた人狼のおかげで、戦線は崩れまくりでござる』」
ちょい悪口調を使う余裕すらない様子の宍影が麟の口を借りて語り、抱えてきた新兵を下に置いた。
「オレは新兵の手助けに戻るぜ」
せわしげに駆け出していった麟はまだ元気なようだが……
「ケアレイが残ってる人は優先して動いて。それ以外の人は残ってるアンプルで治療。急いで!」
後を託された美里はバトルメディックたちに指示し、最後のケアレイで新兵を癒やす。ひとりで残されてさえいなければ、自分も戦場へ出て行けるのに……!
「それでも! 誰も死なせないから!」
「来るぜ?」
斬り落された左腕を棍棒代わりに亮馬、聖、龍哉、リィェンと対していたヒョルドがちらと視線を後方へ流した。
生き残っていた狼どもが、傷ついた体を巡らせ、左右に割れて道を作る。
その真ん中を渡って到来したアルビノの少女は赤眼を巡らせ。
「中尉、先触れご苦労様でした」
戦場の沈黙に、冷めた声音を響かせた。
「リュミドラさん」
静かに進み出た楓へリュミドラは視線を投げる。
「今日は挨拶に来た。これからあたしたちは南へ下る。石の女神の招きを受けて」
彼女の肩にとまった小さな人型がニヤリと笑んだ。ベリリウムの体を持つ妖精めいた姿――鉱石を操る愚神、ウルカグアリーである。
「待ってるだけにしよっかなって思ったんだけどね。アタシもアイサツはしとかなきゃってねー」
「あ、アイサツ! ごご、ご機嫌麗しゅうござるますウレノコリガー様!」
何度かウルカグアリーと顔を合わせている麟が、名前をまちがえないよう慎重に考えながら、思い切り言い間違えた。
「久しぶりねー、おさげ。ふざけてっと謎かけるわよ謎ー」
ぎくりと身をすくませた麟の横から現われるカゲリ。内のナラカがウルカグアリーへ言の葉を突きつける。
『助けたがりが過ぎるな、石塊。光とは求めてこそ見いだせるもの。与えられたところで迷妄の闇は祓えぬよ』
さらにナラカはリュミドラへ。
『与えられた白狼の皮をかぶり、汝はなにを為す? ――なにも為せぬよ。狼の死とやらしか見えぬその心、鋼の宿縁を体よく喰い潰し、群れを道連れに滅ぶがせいぜいだ』
ナラカの眼がリュミドラの内に在る灰色狼、ヴルダラク・ネウロイを見据えた。
『狼気取りの無様を晒して死ね、白アヒル。父性をはき違えた親犬と共にな』
ネウロイは応えず。
リュミドラは笑んだ。
「あたしの無様はあたしを殺した奴が嘲えばいい」
「鳥、アンタのお説教は的外れ! この子はもう決めてる――生き方も死に方も。でも、ほんとに死んじゃったらつまんないからね」
そしてウルカグアリーがナラカへ言った次の瞬間。
リュミドラは南へ向いていた目を左に向け、東の先へとアンチマテリアルライフル“ラスコヴィーチェ”を撃ち放った。
「回避!」
『転がって!』
新兵のシャドウルーカー陣を率いて狼群を後方から攪乱していた仙寿、そして内のあけびが同時に声をあげ、新兵らがあわてて左右へ跳んだ。
一歩踏み出した足を引き戻し、仙寿は新兵の状況を確かめた。今は追うよりも新兵を守らなければ。
かくて弾を追うように駆け出すリュミドラ。
“にょろたん”を構えたギシャもまた、新兵のカバーに入ったまま動かず、彼女に続く狼群を見送った。
「んー、センパイは辛いねー」
『それがわかっただけでも収穫はあったな』
どらごんのため息に、ギシャは消せぬ笑みを東からそむけ、“にょろたん”を収めた。
ヒョルドは切れた腕を放り出し、龍哉とリィェンを加えた4組のドレッドノートへ声をかける。
「オレも行くわ。てめぇらとやり合うにゃ、もうちっとオレに合った“アバタ”がねぇとな」
『待て!』
「逃げんのか!?」
Ebonyと共に声を放ち、追いかけた亮馬を留めた聖がかぶりを振り。内のLe..が言った。
『追っかけても……意味、ないから』
リィェンもうなずき。
「アバタは偽りの体だそうだからな」
『中の魂を砕く手を考えねば、どうともできぬ』
インの言葉に送られるように、ヒョルドはギシギシと鳴りながら欠けた弾丸へ変じ、雪の上に転がった。
「取り替え自由の体か。厄介だが、弱点もあんだろ」
『このままでは終わらせませんわ』
拾い上げた弾を握り込み、龍哉とヴァルトラウテがうなずいた。
「追わなくていい。ケガした仲間を回収して撤収!」
『ケガした人いっぱいだけど、みんな生きててよかったね』
ストゥルトゥスとニウェウスがそれぞれ急と緩を見せつつ新兵へ指示を出し。
「雪に埋まってんのもいんじゃん? 点呼忘れんなよ」
『めんどくせーしさみーしほっとこーぜー』
R.A.Yをなだめつつ美空が声をかけて回り。
「歩けぬ者はわらわの元に這って来よ。お姉ちゃんがビシバシ癒やしてくれるわー」
『癒やしにビシバシはないんじゃないかなー?』
「動けない人見つけたら声かけて! すぐ行くから!」
『虹の橋渡っちゃいそうな人がいたら返事してくださーい。治療がムダになっちゃいますからねー』
クーに首を傾げられるカグヤと、毒を吐く大希を「そういうこと言わない!」と叱りつける美里。特に美里は狼から新兵を守って大きな傷を負いながらも立ち止まらない。
「ウルラリ……ルルイエ……」
『それ怪しい神話でござるよ』
ブツブツ繰り返す麟とツッコむ宍影。体は怪我人の運搬にいそしんでいるので、まあよしだ。
『撤収する』
動作をストレイドに預けた焦一郎は傷ついた肩を押さえた。
狙った瞬間、撃ち返されていた。演習の場ではなく、戦場で逢ったときには……あなたがたのすべてを見極め、撃たせていただきます。
「アメリカ大陸に渡るつもりだろうね」
リュミドラの消えた東を見やる楓にArcardが声をかけた。
『行き先は石塊の本拠たる南米となろう』
言葉を加えたナラカに隼が『ええ』。
『最近、不穏な動きもありますから』
カゲリは楓の横をすり抜け、「これからだ」。言い残していく。
「これから――」
『うん。これからまた、始まるんだ』
楓の内で紡がれた詩乃の言葉。
それはさながら託宣であった。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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