本部

キルキルチューン

ガンマ

形態
ショートEX
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2017/07/26 13:29

掲示板

オープニング

●変

 ――いきなり変わることは難しいが、少しずつでも変わっていくはず。

 庄戸ミチルはヴィランを親に持つ一般人男性である。とはいえ親は既に他界しており、ミチル本人は一般人のフリーライターである。
 エージェントに親を惨殺されたという過去から、H.O.P.E.へのヘイトスピーチを行い、話題になったが――現在はエージェントと和解し、ヘイトスピーチは控えているという現状だ。
 その時、エージェントは彼に約束してくれたのだ。エージェントの懲罰規程の運用強化、各種指導研修の拡充。もう二度と、ミチルのような悲劇が起きないように、と。

 そんなミチルであるが。
 今、彼は困惑していた。
 自宅アパートに帰宅したら、扉に貼り付けられていた謎の手紙。

『この手紙を読んでおられると言うことは帰宅なされたようですね、おかえりなさい。
 まもなく貴方の所にヴィランが四人、貴方のことを殺しに行きます。
 頑張って下さい。エネミーより』

(エネミー……?)
 H.O.P.E.のことを調べていた時に名前を聞いたことはある。
 凶悪ヴィランズ『マガツヒ』の上位構成員――。

『追記
 だって君を殺したらH.O.P.E.の皆さんが凄く怒りそうなんだモン。
 そうして世間は思うわけだ。嗚呼やっぱりヴィランってのはクソ悪役☆ だからブッ殺すに限るし、人権なんてないクソ以下のクソオブクソ ってね!
 おおっと 本文より長くなっちゃったよ(b`・ω・´)b ではでは エージェントの皆様によろしく』

 これはイタズラなんかではない。
 マガツヒの前に冗談なんてない。

(これは……流石に……)

 ヤバイかも。
 背骨が凍てつくような本能的悪寒。
 直後にミチルはアパートの外へ走り出していた。同時にスマートホンを取り出して、H.O.P.E.へと電話を飛ばす。

「すいません、今更助けを請うなんてクソ人間って笑っていいですから」

 皮肉気に笑いつつ、彼は事情と状況を説明し始める。
 関係ない人を巻き込まないよう、できるだけひとけのない場所――かつ、エージェントが戦いやすいであろう場所を目指して、夜の中を走りながら。



●乱
「愚神商人、どうしてわたくしが?」
「そろそろ鬱憤が溜まっておられるかと」
「ただの人間一人ごときのライヴスなんて――」
「H.O.P.E.のエージェントが訪れるのですよ。それも、貴方が現れるとはまだ分かっていない」
「……!」
「リンカー数名をいたぶれる。悪くない話だと思うのですが。お言葉ですが、貴方……H.O.P.E.からナメられていますよ。そろそろ汚名返上なされても良いのでは」
「ぐッ……言ってくれるじゃないですか」
「おや、自覚がおありのようで」
「うるせーでございますよッ! わたくしを誰とお思いで?」
「トリブヌス級愚神、グリムローゼ様――それでは、頑張って下さいね」
「分かってますわッ! ……わたくしをコケにしたゲロッカスのビチグソ共はッ、どいつもこいつも八つ裂きにしてさしあげますのッ!!」



「――で、どうでした?」
「ご協力いただけるようですよ」
「いやーありがたいです、どうもどうも」
「いえいえ。いずれ来る時に向けて、こちらも布石を打っておきたかったので」
「おぬしも悪よのう愚神商人」
「いえいえ、エネミーさんほどでは」

解説

※『●乱』のシーンはPL情報です。

●目標
 ミチルの生存

●登場
一般人『庄戸 ミチル(ショウド・-)』
 拙作『キレイゴト=ヨマイゴト』にて登場した青年。

ヴィラン*4
 特筆するようなことも無いザコ。ワンパンKOできる程度。複数人で一人を虐めるのが好きな連中。
 ブレイブナイト、ドレッドノート、シャドウルーカー、ソフィスビショップ。

※以下PL情報

愚神『グリムローゼ』
 ヴィランを全て撃破すると登場。
 攻撃力と命中・回避に優れたテクニカルファイター。防御は低め。
「ミチルの殺害をメイン目標」「その場にいる者全員の殺害」を目的とする。ヴィランのライヴスも吸収し殺害しようとする。戦闘不能のPCにはトドメを刺そうとする。
!注意!ミチルを戦場から逃がした場合、まずそちらの殺害を目指します。
・ブラッドクイーン
 パッシブ
 周囲の従魔・下位愚神の能力を全体的に底上げすると同時、それらを指示通り動かす。
・蝶々戦車
 アクティブ
 直線刺突攻撃。射程先の任意のスクエアまで移動できる。
 命中対象に【狼狽】【減退(2)】付与。
・牙薇
 パッシブ
 回避成功時、攻撃対象へ反撃を試みる。
・甘美の晩餐
 アクティブ
 ブラッドクイーン支配下にある愚神・従魔一体を戦闘不能にする。自らの体力を大きく回復&5ターン能力底上げ。

従魔『デク』*3
 防御性能に優れた少女大の人形型。
 基本行動はグリムローゼのカバーリング。自分の手番でBS回復と生命力回復。
 生命が0以下になると範囲(1)の爆発発生。爆発範囲内にデクかグリムローゼがいる場合、彼女らは回復する。

 グリムローゼ達はPCの死角を狙って登場する。
 PC達を見失えば撤退する。

※ここまで

●状況
 周囲が寝静まった、深夜の住宅街、極普通の公園。一般人などはおらず、やってくることもない。周辺の閉鎖や避難勧告などは不要。
 そこそこ広く、街灯もあり、戦闘に関するペナルティは無い。

リプレイ

●鬼or蛇

「庄戸ミチル殺害予告か……じゃ、助けに行ってあげよっか?」

 紫苑(aa4199hero001)のその言葉に、バルタサール・デル・レイ(aa4199)は「好きにしろ」と言わんばかりの溜息を吐いたのであった。

 ――そして状況は、ありふれた夜の住宅街へ。

『でも殺すこと自体が目的なら、わざわざ予告しないで殺してしまえばいいのにね?』
 仲間と共に現地へ急行しつつ。共鳴状態となったバルタサールのライヴス内で紫苑が言う。
「エージェントを誘き寄せるのが目的か?」
『ま、実際、行ってみないと分からないね』
 交わした言葉。奇妙な違和感――それはフィー(aa4205)も同感だった。フィリア(aa4205hero002)と共鳴したことでスラリとした大人の姿で、同じことを考える。殺すのが目的なら、わざわざ手紙なんて送りつけずにさっさと殺しゃいいでしょーに。
「それをしねぇんですから、罠を張ってあるか、そもそも遊び感覚で本気で殺すつもりがねぇのか……まぁ遊びなら遊びで楽でいいんですがな」
『H.O.P.E.エージェントを誘き出す罠かもしれんな』
 大宮 朝霞(aa0476)と共鳴中のニクノイーサ(aa0476hero001)が、ライヴス内で眉根を寄せる。犯行予告を出せば必ずエージェントがその妨害に動くだろう。聖霊紫帝闘士ウラワンダーの純白マントをなびかせて、朝霞もバイザーの奥の瞳に思考を見せる。
「ということは……やっぱり罠の可能性が高いよね」
『そうだな。朝霞、用心しろ』
「了解よ!」

 きっとこれは、『ただの任務』で済むはずがないだろう。

 誰もが抱いているそれは予測ではなく確信だ。不知火 轍(aa1641)もその一人である。
(……エネミーがわざわざ、分かるように、しかけてきた……なら、何か有る)
 思考の声。それに、共鳴中の雪道 イザード(aa1641hero001)がライヴス内より語りかける。
『ヴィランだけだと思いますか?』
(……今までの報告、からして……まず、ない)
 従魔か、あるいは愚神か。何かいる、そう考えても差し支えないだろう。
「エネミー……、今回は一体、何を企んで……!」
 鬼灯 佐千子(aa2526)がエネミー関連の任務に出撃することは、これで三度目となる。一度目も、二度目も、人が死んだ。たくさん殺された。ゆえに、これからロクでもないことしか起きないことが、腹立だしいほど断言できてしまうのだ。
『急ぐぞ』
 佐千子と現場を同じくしてきたリタ(aa2526hero001)もまた、思いは同じ。能力者が頷く。止めてみせる、これから起きる『ロクでもないこと』を。

 夜を照らす街灯――特徴を述べることすら難しいほど『ありふれた』公園が見えてきたのは間もなくだ。

「よってたかって一般人をいたぶろうなんて、ヴィランて趣味が悪いなぁ」
『趣味が悪いからヴィランなどやってるんだろう』
 状況開始は秒刻み。共鳴によって大人の姿になったアンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)の呟きに、ライヴス内でマルコ・マカーリオ(aa0121hero001)が答えた。
『あれだけ嫌っていたH.O.P.E.に助けを求めるとはな。庄戸ミチルの生への執着心、気に入ったぜ』
「絶対助けないとだね!」
 ニクノイーサと朝霞も、気を引き締める。
「まぁ、オーダーだからね」
 呟いたのはAlice(aa1651hero001)と共鳴中のアリス(aa1651)。最優先事項は、オーダーである庄戸ミチルの生存。
(と、それから……)
 アリスでありAliceである意識で思考する。マガツヒは構成員も躊躇なく殺すらしい。ので、ヴィランも生かして連れ帰るべきだろう。

 ――かくして。
 飛び込んだ状況。
 息を弾ませたミチルと、彼の行く手を阻むように並んだ四人のヴィラン。
 下卑た笑みを浮かべるヴィランの一人が、金属バットを振り上げた。
 が。
 そのヴィランが『横合いから飛んで来たロケット』でドハデにぶっ飛ばされる!

「お久しぶりね、ミチルくん。……いや、この姿では『初めまして』だったかしら」

 硝煙。翻る黒いドレス。銀の髪。咲き誇るのは青い薔薇。
 ミチルが声の方へ振り返れば、そこには多連装ロケット砲を担いだ妖艶なる淑女がいた。男はギョッとする。その面影には見覚えがあった――
「ヨハンさん?」
 思わず聞いてみたが、ミチルの記憶の中の彼――ヨハン・リントヴルム(aa1933)は男性だったハズ。驚いているミチルの様子に、麗人はクスクスと微笑んだ。
「うふふ、そうよ。ヨハンナって呼んで?」
 それはファニー・リントヴルム(aa1933hero002)との共鳴状態の姿である。さて……積もる話もあるけれど。一先ずヨハン――否、ヨハンナはヴィラン共を一瞥し。
「確かに殺人事件が起これば、世間はヴィランへの見方を変える。H.O.P.E.もさすがに、犯罪者の刑罰緩和の支援だなんて言っていられないでしょう。
 ……やはり、悪者は報いを受けなくてはいけないと思うの。赤ずきんが最後に狼と仲良しこよしだなんて、ナンセンスだと思わない?」
 言いつつ、ヨハンナは長い睫毛で縁取られた目を細める。残ったヴィランへ砲口を向けながら。
「ふふふふ。ダメね、あたしったら。もう我慢できないの……この手でヴィランをとっ捕まえられると思ったら、体が勝手に動いちゃうのぉ!」
 笑みに歪める唇。『魔法狂女』は容赦をしない。尤もミチルの手前、やりすぎないよう辛うじて自制はしているが。
 ヨハンナの苛烈さに押され気味だが、なんにしても助かった――安堵に力が抜けそうなミチルの視界には、続けて「ちょっと待ったー!」と朝霞がヴィランの前に躍り出る。そのまま彼女は鮮やかな飛び蹴りでヴィラン一人をノックアウトし、ヒーロー然と着地して。

「聖霊紫帝闘士ウラワンダー参上!! 貴方達、おとなしく投降しなさい!」

 ジャキン。そのすぐ近くでは佐千子が、ミチルをヴィランから護るように立ちはだかる。
「あなたたちを傷害の現行犯で逮捕します。大人しくこちらの指示に従いなさい」
 二挺拳銃Pride of foolsを手に、重騎士然とした佐千子が赤く燃える瞳でヴィランを見渡した。数でも武装の質でも、圧倒的にエージェント側が勝っていることを見せ付ける。
「何を、」
 一人が歯列を剥き出し、バタフライナイフを取り出そうとして――その手がボッと燃え上がった。
「あぁ゛ッぢぃいいいぃい!!?」
 さっきまでの威勢はどこへやら、地面にもんどりうつ彼が戦意を喪失したのは火を見るよりも明らかで。
「これでも『弱火』なんだけど」
 全てを灰塵に。どこかの言葉が表紙に書かれた極獄宝典を手に、火球を放った張本人であるアリスは肩を竦める。さてさて、こうして残り一人となったヴィランは両手を上げて、おずおずと膝を突いたのである。
 もっと早く投降してくれればよかったものを――と思いつつ。佐千子は溜息のようにこう呟いたのであった。
「……素直でよろしい」



●wth!
「こ、殺さないでくれぇ」「命だけは……」などと泣き言を言うヴィラン共。彼らは一箇所に集められ、両手を上げている。
「我々H.O.P.E.は無闇に人命を奪うことはしません!」
 朝霞がピシャリと言い放った。しおしおと項垂れるヴィラン共。その戦意喪失っぷりに、轍は小さく溜息を吐く。もしもの為に奴等の関節でも外しておこうかと思ったけれど、それは余分な暴力となりそうだ。控えておく。

 さて。どうも彼ら、マガツヒのヴィランというよりは金を渡された三下中の三下のようである。
「俺達は金を渡されただけで」「情報屋伝手だから誰が首謀者かなんて知らない」「本当に何も知らないんだ」「ちょっとそこの兄ちゃんをボコボコにしてこいって言われただけで」と命惜しさに聞いてもいないのに話す話す。必死な様子に、嘘を吐いているようにも見えなかった。
 遠巻きにそれを聞いていたアリスはわずかに眉根を寄せた。彼らからはめぼしい情報は引き出せそうにないらしい。
 一方、フィー――現場をある程度見渡せる草むらの中に身を伏せている――にとっては予想通りだった。
(ま、重大な情報を持ってるような輩をホイホイ小間使いにはしませんわな)
 トカゲの尻尾だ。合理的ではある。

「『また今度ゆっくりお茶でも』……と俺の英雄が言っている」
 バルタサールは汗を拭うミチルへと話しかけた。
『久しぶり、元気してた? って状況でもなさそうだね』
 ライヴス内で紫苑が言う。ミチルは見覚えのある男の姿に、気が抜けたように微笑んだ。
「お久し振りです、バルタサールさん。まさか貴方達に助けて頂けることになるなんてね。どうも、ご迷惑をおかけしました」
「まだだ」
「……え?」
 頭を下げかけたミチルが首を傾げる。視界の先、バルタサールはライヴスゴーグルを装着して周囲を見渡していた。

 この場の全員、誰一人として共鳴を解除しておらず、武装もしっかと手にしたまま。
 出撃前に抱いていた疑問は、いよいよ確固たるものへと変わりつつあった。

「……しっかしエネミーとやらから宣告があったにしちゃ弱すぎるっつーか、わざわざ予告すんなら確実に殺せる手段を用意しとくのが常識ってもんでしょーに」
『伏兵ですかね?』
「まぁそうでしょーなあ、何が出てくっかわかんねーですが……」
 フィーとフィリアのやりとり。全員がそれに同感だった。
「『警戒して応援呼んで下さい』って言ってるような予告文まで出しといて、こんな雑魚しか来ないなんて考えられない」
 アンジェリカが周囲を見渡す。
『罠だったとしたら、コレで終わりのハズはないが……』
 ニクノイーサの言葉に朝霞が頷く。「エネミーがいるかもしれない」と仲間達へ通達を。すると答えるのはアリスだ。
「エネミー、いないのかな。自然現象系のAGWを使ってみたんだけど、特に変な感じはしなかった」
 バルタサールを始めとした仲間と協力し、ミチルを護るように視界に納め、死角を潰す。今すぐ撤退、という選択肢もあることにはあるが――もし来るのがマガツヒ系ヴィランなら、周囲へ被害が及ぶ危険性がある。決めるなら、ここで。
「あのエネミーのことだもの、今回も罠や伏兵を仕掛けていると思った方が良いわね」
 佐千子も仲間達と同意見だ。ミチルを庇えるように控え、武器を握り直す。

 罠――伏兵――何が来るか。何が起きるか。
 未来は誰にも分からない。けれど予測して備えることはできる。
 ゆえに。轍は静かに、状況を組み合わせて思考し、一つの仮定を仲間に語る。

「……マガツヒなら、愚神が来ると……思う。等級は……ケントゥリオ以上。もし、ケントゥリオ級以上が来る、として……今、観測されていて、かつ、『自由』なのは、ヴォジャッグ、グリムローゼ、愚神商人……」
 まさかトリブヌス級がこんな場所に? それは突拍子もない予測とも言えた。けれどエネミーの考えることとするならば? 突拍子もないことこそ、起きる可能性が高い。
「……もちろん、全く新手の、愚神が出てくる可能性も、あるけど……」
 そう断りを入れてから、轍は言葉を続けた。
「……目的を、しっかり果たす……そう考えると、この三体の中で、適任なのは――」


 グリムローゼ。


「大当たりィ!!!」


 夜に女の声が響いた。
 刹那である。ヒュンと一陣の風が吹き抜けて――いいや風ではない。ミチルを真っ直ぐ狙う、槍!
『佐千子!』
「わかってるッ!」
 咄嗟に割って入ったのは佐千子だった。防御に構えた腕、そのアーマーを容易く突き破り、あまりに鋭い切っ先は彼女の腕を貫通していた。
「……ッちぃ!」
 焼けるような痛みに奥歯を噛み締める。時間にしてコンマの出来事、眼前にて笑っていたのは嗜虐的な美貌を湛えた愚神。それが何か、脳が処理をする前に佐千子は本能的反撃に出ていた。発砲する銃。跳ね上がる銃身に空薬莢。放たれた弾丸の先に――もう、愚神はいない。

「ふぅん? なんだ、不意打ちできるかと思いましたのに。……まあ、期待はずれじゃなくて安心しましたわ」

 離れた間合い、血塗れた槍をくるくる回す女愚神――グリムローゼ。
 【白刃】の戦いでエージェント達と激戦を繰り広げたトリブヌス級愚神。

 予測はしていた。伏兵が来るのでは。もしかしたらグリムローゼでは。
 けれど実際に現れたトリブヌス級愚神という存在に、エージェント達は大なり小なりの驚きを覚えた。
 しかし、エージェントの予測は決して無駄にはならなかったのだ。何かが来るかもしれない、そうして備えて警戒していた為に――完全なる奇襲を受けることはなく、ミチルも無事だ。

「グリムローゼ!? なんでこんな所に!?」
 朝霞は驚きながらもすぐさま身構える。
「……あら。愚神はお呼びじゃないんだけどぉ?」
 ヨハンナは悠然と髪をかき上げ、フリーガーファウストを愚神へ向けた。
 その背後、護られるミチルが顔を青くしてエージェントへ声をかける。
「ちょっとッ、大丈夫なんですか、ヤバイ相手なんじゃ――」
 が、言葉を遮るのは唇に添えられたヨハンナの指先だ。黒い手袋のしなやかな指先。
「ヤバイ? そうかもね。でも『危なくなったら俺を囮にしていいから』なんて言ったら……握り潰すわよ? どことは言わないけど」
「あはは……、それはカンベンして貰いたいかな」
 答えつつ、ミチルは悟る。今の自分にできることは、エージェントを信じ、エージェントの指示通りに動くことなのだと。
「トリブヌス級愚神がエネミーの切り札……、と言うコトなのかしら」
『どうだろうな。ただの見せ札とも思えるが』
 どくどくと血が流れる手。けれどまだ武器を握れる。佐千子の瞳に、戦意の陰りは一切ない。「何にせよ、エネミーの策略でしょうね」と深呼吸を一つ。
「なら、私のやることは決まっているわ。守るべきモノを守る。ただ、それだけ」

「……へぇ」
 アリスは静かに、現れた愚神を眺めていた。マガツヒと繋がってるのか、仲介者がいるのか。後者なら思い浮かぶのは愚神商人だけれども、さて。
「いつからマガツヒの小間使いになったの?」
「わたくしはいつだって、わたくしのしたいように動いておりますけれど? 誰かに従うワケねぇじゃないですか」
 マガツヒに与していることは否定するグリムローゼ。そこにバルタサールが続いて言葉を投げかける。
「トリブヌス級が何だって一人の人間をつけ狙う? 落ちぶれたか?」
「聞きましてよ。そこの人間が死ぬと、あなたがたは嫌な気持ちになるのでしょう?」
「聞いた? 誰からだ」
「さあ? 素直に言うわけねーじゃないですか」
「自分の意思じゃないんだろう。いいように利用されてるんじゃないか?」

 その言葉に、グリムローゼは突き刺すような睥睨を向ける。
「くどい。わたくしはわたくしのしたいようにしている、と申し上げたばかりですわ」
 愚神はいっそう敵意を露に、エージェントを見渡した。その中で目が合ったのはアンジェリカである。そんな時だ。アンジェリカのライヴス内で、マルコが「代わってくれ」と言うではないか。
「また馬鹿な真似しないでよ!」
 きつく言うアンジェリカが思い返すのは【白刃】での出来事だ。あと一撃でグリムローゼにトドメをさせた場面で――マルコは共鳴を解除すると、愚神の唇を奪ったのである。その行為によってグリムローゼは正気を取り戻した、のではあるが。
『分かってるよ』
 その声はいつもの物言いだ。けれど決してふざけてなどいない、芯のある声だった。「しょうがないな」とアンジェリカは溜息を吐くと、体をマルコに明け渡す。
「……ふう」
 そして彼は、一つ息を置くと。グリムローゼへ、問いかけた。
「一つだけ聞きたい。今のお前は何者にも支配されていないな?」
「貴方からはどう見えまして?」
 決して媚びることはない、刺々しい眼差し。それだけで十二分な答えだった。マルコはククッと満足そうに喉を鳴らした。
「それならいい。ならば心置きなく始められるな、“殺し愛”を」

 身構える――本当の戦いが始まる。



●KillKillTUNE

 相手はトリブヌス級愚神と従魔が三体。
 対するエージェントはたった八人、護衛対象付き。
 ゆえに、エージェントの決断は迷いなく一つだった。
 早急なる撤退。
 トリブヌス級をたった八人で――なおかつ護衛対象を護りつつ撃破することは、おそらく不可能だ。
 では、その為にどうするか。

「まずは従魔を潰しましょうか」
 ヨハンナが一同に言う。追っ手は一つでも少ない方がいい。
「同感だ」
 答えたバルタサールは、言葉が終わる前に傍のミチルを軽々と抱え上げた。彼が「うわッ!?」と驚く間もなく、飛び下がる。トリブヌス級相手に単独行動は危険だ――まだ撤退はせず、気を窺う。
 同刻、佐千子は竦み上がっていたヴィラン連中に手を伸ばすと、まとめて後方にポイと放り投げた。「ぐわあ」と砂場に着陸するチンピラ共。彼らが抗議を言う前に、彼女は毅然と言葉を放った。
「念の為に聞いておくけど、あの愚神が来ることは知っていた?」
「し、知らない! なんで愚神がこんなところに!」「ヤバイよ、味方って感じじゃないよな……」「まさか俺達ごと始末するつもりだったのか!?」「死にたくない、死にたくない!」
 大層なうろたえようである。あの雑魚共にここまで迫真の演技ができるとも思えない、その言葉は真実だろう。
「死にたくないならこちらの指示に従いなさい。戦闘の邪魔にならないよう下がっていて」
 最終通告の如く告げ、佐千子はヴィラン連中を護るように前に出る。幸い奴等は拘束具などで雁字搦めでもないし、意識もある、共鳴も一応している。
「……勘違いしないで頂戴」
 ハッキリ言って、佐千子はヴィランが大嫌いだ。佐千子が機械の体になったのは、ヴィランによる事件で瀕死の重傷を負ったためだから。
「あなたたちに与えられるべきは法の裁きであって、愚神という天災紛いの不条理ではないわ」
 ここで彼らを盾にしたり見殺しにしたりすれば、それこそヴィランと同じの外道じゃないか。佐千子は『人間を護りたい』のだ。

 さて。状況はコンマで動く。グリムローゼが槍を構え、誰から血祭りに上げてやろうか――あの一般人を狙えば奴等は嫌がるに違いない、よしそうしよう、目に殺意を漲らせる。
 そんな時だ。ガサ、と藪から立ち上がったのはフィーである。

「ん? あれは【白刃】大規模作戦で見逃され去年のバレンタインで雄っぱいになって以来一切の音沙汰がなかったグリムローゼ! 【白刃】大規模作戦で見逃され去年のバレンタインで雄っぱいになって以来一切の音沙汰がなかったグリムローゼじゃねーですか!!」

 小馬鹿にする声音、かつ遠慮なしの大ボリュームである。「なッ」とグリムローゼが弾かれたように振り返るも、フィーたちの言葉は続く。
『あぁ、あの人……人というか愚神? が』
「そっすね。一応過去資料では見たことありましたがな、写真撮っときましょーかね。あい、チーズ」
 スマホを向けて、ピロリロリ~ンと気の抜けた音。
「あっこれ動画でしたわ、まーいっか。SNSに上げときますかねぃ、【白刃】でエージェントの温情で見逃された残念雄っぱい愚神さん一年ぶりチーッス……っと」
 投降、とタップした……瞬間だった。ズガッ、と音がしてスマホが槍で貫かれ、そのまま切っ先がフィーの眉間へ――
「っぶね!」
 危機一髪。背けた顔と、ザックリ切り裂かれたコメカミと、ハラリと散る銀の髪。
(マジか)
 フィーはこのパーティの中で最も回避能力に優れている。のに、かわしきれなかった。これがトリブヌス級の『精度』か。
(ま、ちゃちな挑発に乗ってくれる程度のオツムなのが僥倖っすかね――)
 どろっと垂れる血に片方の視界が赤く歪む。目をすがめつつ飛び下がる。手から離れたスマホが宙を舞う。眼前には怒りを露にしたグリムローゼ。それにフィーは掌を向けた。放たれるのはライヴスによる蜘蛛の糸。が。それは割って入る従魔デクが身代わりとなる。

 真っ二つになったスマホが地面に落ちた。

「ッの、ゴミクズがッ!!」
 フィーの挑発はこれでもかと効果覿面、グリムローゼは彼女を睨みつけている。トリブヌス級のヘイトを一身に受けることは危険極まりない、けれど、ミチルを護り撤退の隙を作るというオーダーをこなす為には合理的だ。極めて合理的だ。特に回避に自信のあるものならばことさらである。
(あとはどれだけ時間を稼げるか……)
『この戦いが終わったら何かしますか、故郷でアッツアツのピザを食べるとか』
「は。縁起でもねぇ」
 英雄の軽口にフィーはニィと口角を釣った。拳の裏で血を拭う。赤色。ピザソース。マルガリータ。くそ、ピザ食いたくなってきやがったじゃねーですか。

 グリムローゼの抑えはフィー一人ではない。アンジェリカもまた、ゴシックドレスを翻して愚神へと吶喊する。手には風剣シルフィード。仲間へ追撃せんとしていた愚神へ、限界まで意識を研ぎ澄ませた電光石火の一撃を。
 火花。
 槍の柄で刃を受け止めるグリムローゼ。
「速くなった?」
「ふん、そっちこそ」
 あの【白刃】から成長したのはお互い様らしい。弾かれる剣、一歩飛び退くアンジェリカ。
 マルコが言った「殺し愛」。それがなんだか、アンジェリカにはちっとも分からないけれど。視界、フィーも巻き込むように大きく振るわれるグリムローゼの槍。白兵上等。怖じ気ることなく、切り裂かれることも厭わず、アンジェリカは踏み込んだ。嵐のように振るう刃、それは愚神の刃に合わさり回り、まるで円舞曲。乱戦へ、アンジェリカの『舞台』へと引きずり込む。

 フィーとアンジェリカがグリムローゼの足止めをしてくれている間に。
 エージェントは全力で、従魔の殲滅に向かう。

「ウラワンダー☆アタック!」

 白とピンクのメルヒェンなマジカルステッキ。キラキラ輝くハートなエフェクトの愛らしさとは裏腹に、その使い方はまさに鈍器。なぜなら全長二メートル。朝霞の魔力によって破壊力を増したステッキの一撃が、デクの側頭部を容赦なく殴りつけた。めちゃくちゃ物理だがこれでも魔法攻撃である。
『もしこれが対人間だったら、ただの殺人現場だな』
「ちょっとニック! ふざけてる場合じゃないでしょ!」
『分かってるって。しかし堅いなコイツら』
 見やる従魔、彼らはグリムローゼを護り、或いはエージェントの行く手を阻むように立ち塞がってくる。しかも自己修繕機能付き。粘られると厄介だ。流石はトリブヌス級がつれてきた従魔である。だけでなく、グリムローゼの能力によって能力が底上げされているだけでなく『効率的に』動くのだから面倒だ。
 ゴキゴキ。朝霞の一撃で傾いた頭を無理矢理に治しつつ、デクが無表情の顔を向ける。見た目は人形のような少女なのだから、全く悪趣味な従魔だ。
「生憎……痛めてあげる心はないんだけれどね」
 アリスが無感情に呟いた。見た目がどうした、敵は敵。紅色の少女が掌をかざす。
「――咲け」
 冷たい唇が呟けば、咲き誇るのは地獄の焔華。灼熱の大輪がデク共を包み込む。燃え上がらせる。
 その火の残滓が消える前に。従魔達へと踏み込むのはヨハンナだ。ニコリと微笑み、お辞儀のようにドレスの裾をもたげれば――ズラリ、三六〇度並ぶのは大量の火砲。砲弾の雨が爆音で唸り、武器としての本能のままデク共を食い破る。
 硝煙――けれどその中でまだ従魔は蠢いている。尤も損傷が激しく、ボロボロであるが。
「あらぁ随分元気なのねぇ? ヤり甲斐があるじゃない」
 ならば殺し尽くすまで。ヨハンナはケモノのように笑む。手加減は、しない。

 幸い、従魔は積極攻勢型ではなく防衛型であり。
 攻勢型のグリムローゼは、巧みに挑発するフィーに釘付けになっており。
 状況は――エージェント側にとって有利に進んでいた。ミチルも無傷だ。

 銃声。全長一二一センチメートルのセミオート狙撃銃を片手で取り回し、バルタサールは射程を活かし立て続けに三体の従魔を撃ち抜いた。ミチルを担いでいるゆえに片手でのガンアクションだが、精度は寸分の狂いもない。
「せ、戦闘の邪魔じゃないですか!?」
「問題ない」
 ミチルの言葉に即答するバルタサール。
「貴方を守れって、オーダーだからね」
 言葉を続けたのはアリスだ。何かあればミチルを庇える位置で、少女は魔力を練り上げている。
 ジリジリ、グリムローゼの目を惹かないよう、一同はミチルを戦線から後退させている。
 その間にも従魔への攻撃の手を緩めることはない。佐千子が愚神へ放つ弾丸をデクが庇うように、愚神への攻撃もそのままデクへの攻撃として通っている。範囲攻撃、複数攻撃を意識した圧倒的なエージェントの手数の前に、一体、また一体……

 ――そしてまた一体。

 ひゅ、と空を裂くのは、投擲剣。銅線が取り付けられたそれは生きた蛇がごとく複雑な起動を描き、最後の従魔を縛り上げた。刹那である。死角より迫る二つの刃が、二度とデクが立ち上がれぬよう切り刻んだのは。
「……掃討、完了」
 従魔の爆発から刃を手繰り寄せたのは轍だった。闇に溶ける黒衣の忍は、血色の瞳でぐるりと戦況を見渡した。ミチルの保護及び護衛は問題ない、ヴィランも佐千子が面倒を見てくれている。現状、ここまでならば『エネミーの思うツボ』ではないはずだ。
(……殺させ、ない。誰も……)
 あんなにヴィランが弱くて浅慮なのは、さも「見殺しにしてもいいんだよ」と言われているような気すらした。それが狙いなのだろうか、と轍は考えていた。

 なんにしても、まだやることがある。まだ任務は果たされていない。
 そんな状況、の、直後だった。

 ぱっ、と赤色が散る。

「――は、」
 赤の出所は――フィーの肩口。満身創痍の彼女が、それでも不敵に笑いながら片手で傷口を咄嗟に押さえた。あぶねー。回避が遅れたら腕が消えてた。なんともはや。思いつつ。指の隙間からどくどくと溢れる血、だがフィーは手にした刃を放すことはなく、グリムローゼを見据えていて――愚神の槍の切っ先が迫る――なんて速い、そうさっきから攻撃を当てるのも一苦労なレベルで――アンジェリカが妨害せんと横合いから刃を振り上げるも、間に合わない――
(クソが、)
 キラリとフィーの目に映ったのは、左の薬指を飾る指輪。死んでたまるか、死んでたまるか、死んでたまるか、――

 血だ。

 胸を貫かれ、血を吹いて、力の抜けるフィーの体を、グリムローゼが蹴り飛ばす。ジャングルジムに背からぶつかった体が地面に倒れる。
 間一髪、心臓には外れた。その感覚に愚神は不愉快気に顔を歪める。本当にこいつ、チョロチョロとすばしっこい。当てるのにも苦労した。だがここで終わり、御仕舞だ。トドメを刺してやる。
「どこいくの?」
 その前に立ち塞がったのはアンジェリカだ。彼女もまた傷だらけ、それでもまだ戦える。仲間にトドメなんて、刺させない。

 ――フィーが倒れたのは、決してフィーが弱かったからではない。寧ろその逆だ。
 回避に優れていたからこそ、フィーが強かったからこそ、重体以上に危険なことにならずに済んだのだ。
 トリブヌス級という超常的な脅威を相手に、的確に挑発して一身にヘイトを引き受ける。そのことはグリムローゼの気を強く惹くこととなり、高機動遊撃型の愚神が戦場をかき乱すことを防いだ。結果的にグリムローゼと白兵戦になったアンジェリカとフィー以外の被害は極少、ミチルもヴィランも無傷なのだ。

 後一歩。もう少し、何か間違っていれば。たとえばフィーが蛮勇に囚われれば。無謀な真似をすれば。もっと自己を犠牲にすれば。どうなっていただろう。ここに彼女の首が転がっていたとしてもおかしくはなかった!

 それが、トリブヌス級の猛攻をほぼ一人で受け続けるということの危険度。
 それを五体満足で生き抜いたということの、賞賛されるべき奇跡。

『生きてる?』
(……おかげさま、で)
 フィリアの言葉に、そう返す。「よかった」と英雄が呟いた。
『あなたに死なれると困りますので、私が』
(こんな状況でぐらい、気遣いやがれ……)
 フッと笑い……フィーは意識を手放した。最後まで、武器は握りしめたまま。

「さぁ、さっさと噂の雄っぱい女からトンズラしましょ。雄っぱいが伝染っちゃう」
 従魔は殲滅された。あとは撤退あるのみ。ヨハンナは用心深く跳び下がる。ヴィラン護送の名目で近場に車を手配してる、それに乗り込めば……。
(ミチルくんのことはよろしくね――)
 チラと横目に見やるのは、一足先にミチルを抱えて戦線離脱を開始したバルタサール。仲間と協力し、ヨハンナはミチル達をグリムローゼの視界から隠すように立ち塞がる。刹那に瞬いた閃光は、最後にバルタサールが目晦まし用と投擲したフラッシュバンである。
『思ったんだけどさぁ』
 公園を抜けて、夜の街を走りながら。そんなバルタサールに、紫苑がいつもの声音で話しかけてきた。
『誘拐犯みたいだね、今の絵面』
「黙ってろ」
 本当に一言が多い英雄である。とかく。グリムローゼが追ってくる気配はない。仲間達が足止めしてくれているからだ。この分なら、近くに手配していた救急車――もともとはミチル負傷時の保険として事前に待機させていたものだ――に難なく辿り着けそうだ。
『あ、救急車の人に話しかける時はせめて銃は隠しておきなよ。まさかいきなり“サイレンとライトはつけるな”って脅すつもりじゃないよね?』
「……」
『まずは“H.O.P.E.エージェントです”って言うんだよ? 分かってる?』
「……チッ」
 など。紫苑から小言を言われながらも――バルタサールとミチルは、戦線離脱を成功させる。

「逃がすかッ――」
 一方。フィーの挑発に加え撤退の気配を見せ始めたエージェントと、グリムローゼは激情に歯列を剥いて襲い掛かってくる。
 それを最前線で引き止めるのはアンジェリカだ。交差する刃、幾度目か、かちあう視線。
『お前の唇の感触、悪くなかったな』
 途端、マルコがグリムローゼへと呟いた。愚神が眉を吊り上げるが、それと同時にアンジェリカ本人が「黙れエロ坊主!」と一喝する。払われる槍に切り裂かれながらも飛び下がり、呼吸を整える。
『その意気だ』
 ライヴス内でマルコが笑う。笑ってる場合じゃ――そう思いかけて、アンジェリカはハッとした。
(もしかしてボクがガチガチにならないようにしたのかな?)
 フィーも倒れた今、アンジェリカの緊張は頂点をゆうに超えていた。「頑張らなければ」と気負いしすぎていた。マルコのように、こんな場でも軽口が叩けるリラックスも必要なのだと気付かされる。
「……うん。大丈夫」
 深呼吸一つ。体の痛みが退いていくのは朝霞のケアレイによる光だ。
 そこへグリムローゼが追撃に出んとする、が、飛び退いたのは轍の女郎蜘蛛をかわしたからだ。すぐさま反撃の刃が彼に向くが、轍もそれを紙一重で回避してみせる。
 働きたくない、寝ていたい、そんな怠惰な轍であるが、今の彼の目は凛と意志に満ちていた。最優先すべき第一目標は「皆で生きて戻ること」だが、もう一つ、彼にはやりたいことがあったのだ。それを達成せずには帰れない、とすら思っていた。
『帰ったら寝るのでしょう?』
 そんな轍を、イザードはライヴス内で見守っている。何があろうと全力で支えるつもりだ。それに……轍がやる気になっているのは大変喜ばしいことである。
『……では、気張って行きましょう』
 うん、と英雄に心で返し。轍は間合いを計りつつグリムローゼを見やる。
「……愚神商人に言われて、来た、のか」
「勘違いなされてるようなのでハッキリ申し上げておきますわ」
 舌打ちのように愚神は答える。
「わたくしは誰かの命令に従っているとかじゃないですけど? むしろ逆、愚神商人からどうしてもやってほしいって頼まれたのですわ」
 高慢な物言い。「そう」と轍は静かに返す。やはり――愚神商人絡みか。その言葉を、轍はなんとしても愚神の口から聞きたかったのだ。
「全く、不躾な質問ばかり。あなたたち、わたくしを誰かのコマにしないと気が済みませんの? 愚弄してくれる……」
 グリムローゼは辟易しているようだ。
「貴女のこと、馬鹿にしてたのは愚神達もだよ。……貴女をここに向かわせた相手かもね?」
 いっそ愚神共の間で不和でも生じればいいのに。そんなことを思いながら、戦線を下げつつアリスが言う。グリムローゼはフンと鼻を鳴らしただけだった。

 その間の出来事――朝霞は倒れたフィーを運び、後方の仲間へ任せつつ。
『さすがトリブヌス級だ。厳しいな』
 状況を見守るニクノイーサがそう言う。作戦ならばこのまま撤退、であるが、そう簡単にさせてくれる相手でもないだろう。
「どうするの?」
『一つ案がある。いいか、朝霞……』
「……――なるほど。でも、危なくない?」
『一か八かでも、可能性があるならやってみる価値はあると思うぜ』
「オッケー。やってやろうじゃない」

 さあ迷っている時間はない、作戦は直ちに決行だ。

 ――ざ。朝霞は一歩、前に出る。
「ずいぶん久しぶりじゃない、グリムローゼさん? アンゼルムのオマケで出てきた人でしたよね? ヴォジャック以下のトリブヌス級がいまさら何しに出てきたんですかぁ?」
 精一杯の悪意を込めて、出来得る限りの悪い顔、悪い声で。つまりは挑発だ。その途端、グリムローゼの眼差しがキッと彼女に向く。そのままグリムローゼの一撃が朝霞に突き立てられんとしたのはコンマゼロ以下の時間。
 が。その切っ先は朝霞を傷つけることはできなかった。それどころかグリムローゼ本人を傷つけたではないか。ライヴスミラー、それは朝霞の奥の手である。
「よし、作戦成功!」
『決まったな。よし、今のうちに全力で下がるぞ!』
 飛び下がる。今の内だ。これ以上グリムローゼと交戦すると消耗するだけだ。
「ッの、人間風情がァッ!!」
 傷を負わされたグリムローゼの怒りの声。
『ま。一発でKOてのは無理だよな』
 ニクノイーサがライヴス内で苦々しく言う。グリムローゼが踏み込んでくる、が、その槍が大きく弾かれた。アンジェリカによる一撃粉砕である。流石にトリブヌス級の得物の破壊は簡単にはいかないか――
 直後のことだ。グリムローゼの目の前の地面に攻撃が降り注ぎ、一瞬、彼女の足を止める。誰が――それは、なんと、佐千子に庇われ撤退しつつあるヴィラン達であった。あるいは武器を投げ、あるいはスキルで。
「なっ……」
 流石の佐千子も瞠目する。勝手なマネを、そう言いかけた彼女へ、歯の根の合わないチンピラ共がワッと言う。まとめるとこういうことだ。「愚神に殺されたくない」「護ってもらったから手伝いぐらいはする」。
 ――それはひとえに、敵といえど彼らを護らんとその身を張った佐千子の行動が引き起こした、ある種の奇跡だった。ヴィランとて人だ。特にこいつらはサイコパスでもなんでもない、ただのちっぽけな人間だ。だから思った。こっちだって死にたくない、護ってくれた相手をせめて手伝いたい……と。
「逃げるんだろッ! さっさと安全な場所に連れて行けよッ!」
 心の芯までチンピラな彼らが、トリブヌス級愚神へ牙を剥くなどさぞや勇気のいることだったろう。失禁している者までいる。情けないやらそうでないやら。
「腰を抜かしたら置いていく。死ぬ気で走りなさい」
 佐千子はそう告げる。そして、仲間と共にヴィランも伴い、走り出す。

「待てッ!」
 土煙を槍で払い、グリムローゼも駆け出さんとする。が、その目の前をひゅうと横切ったのはアリスだ。魔法の箒に乗って、自在に空を翔る少女。
「ほら、こっち」
 ふわり、上から見下ろして言い放つ。仕方ないが、殿だ。幸い相手は単独飛行手段はないはず。グリムローゼがアリスを見上げる――見上げれば他の面子は視界に映らなくなる。そう、その一瞬でもいい。見失えばいい。どっちを追うか迷えばいい。時間を浪費すればいい。
「……二兎追う者は一兎をも得ず、ってね。ウサギを追って、穴にでも落ちればいい」
 そう言い残し、冷たく笑い、紅の少女は彗星のように夜空へ飛んだ。翼のないグリムローゼには捕まえられない。そして……その間に、もう、他のエージェント達も公園から消え去っていたのである。

「次に会った時は……八つ裂きにしてさしあげますわッ!」

 忌々しげに、憎々しげに、グリムローゼは月に吼えた。



●文明の利器
「……逃げ切れた、みたい、だね……」
 轍はバックミラーで後方を確認し、それから「ふーっ」と溜息を吐いた。
「なんとかなりましたね……一時はどうなることやら」
 朝霞も全身から気の抜けるような心地を覚える。フィーも致命傷ではなくて不幸中の幸いだ。

 一方、先に戦線離脱したバルタサールとミチルは――。

「不謹慎って怒られちゃうかもしれないですけど。今日のこと、記事にしてもいいですかね」
 実際のエージェントの活動、ヴィランへの対応、そして愚神の脅威について。贖罪、というほど大それたことではないけれど、かつてはH.O.P.E.のヘイトメッセージを送った者として、本当のことを世界に知らせたい。彼はそう思ったのだ。
「……報道の自由だ。好きにしろ」
 バルタサールが答える。それから通信機で仲間達と無事を確認し合う。そのまま通信機はオン、エージェントのやりとりが聞こえてくる。
『こいつらを引き渡して、さっさと帰るとしよう』
 これはヨハンナ――ではない、共鳴を解除したヨハンの声だ。こいつら、とはヴィラン連中のことのようである。
『さすがにこんな重大事件、ちゃんと裁いてくれる……と、いいんだけどね。さ、ついたら家に帰ろうかファニー。そろそろ眠いだろう?』
『えへへ。パパ、ミチルお兄ちゃん無事でよかったね。立場は違うけど仲良くなりたいから絶対に助けたいって言ってむぐぐぐ』
 どうやらファニーは口を塞がれたらしい。ミチルはクスリと笑った。
『次は本気で殺し愛だな』
 続いての声は思いを馳せるようなマルコのものだった。
『だから殺し愛って何?』
 これは、アンジェリカの声。



●ハローヒーロー

 そして。
 ヴィランを近くの警察に任せ。
 H.O.P.E.に連絡をし。
 任務は完了。

 佐千子はリタと共鳴を解除し、帰路に着く。
 英雄は幻想蝶の中へ。一人、歩く。


 ……。


 ……、


「――どうもやり口が淡泊ね。何が狙いなの」

 足を止め。暗い夜道。佐千子は背後の気配に問うた。
 街灯。そこに顔を機械化した人物が――エネミーがいる。

「カッコイイ皆様が見たかったんですよ」

 ミチルの前でヴィランを見捨てるのか?
 どうやってミチルを護るのか?
 ヴィランを見捨てる、囮にする、盾にする、非道な手段はいくらでもあった。
 それでもエージェントは高潔な方法で、任務をやりきった。
 ミチルの体も心も希望も守り抜いた。
 そして名もなきモブの心にすら希望を灯した。きっと彼ら、改心するに違いない。

「皆様はやはり正義のヒーローだ!!」

 拍手喝采。
 佐千子は忌々しげに舌打ちをする。

「全部、あなたの道楽だった、と」
「私は皆様のことが大好きですから」
「悪趣味ね」
「ありがとうございます」
「で、私のこと殺しに来たのかしら」
「とんでもない! 闇討ちは趣味じゃないんです」
「よく言う」
「今回だって成功させる気がなかったの分かってたでしょう?」
「……」
「いずれお会いしましょう。皆様にもよろしくお伝え下さい」

 言葉の終わりに足音が遠のく。数歩の後、それは夜の闇に消えた。
 佐千子は上着のポケットに突っ込んだ手を強く握りしめる。


「……ナメやがって」





『了』

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 対ヴィラン兵器
    鬼灯 佐千子aa2526
  • Dirty
    フィーaa4205

重体一覧

  • Dirty・
    フィーaa4205

参加者

  • 希望を胸に
    アンジェリカ・カノーヴァaa0121
    人間|11才|女性|命中
  • コンメディア・デラルテ
    マルコ・マカーリオaa0121hero001
    英雄|38才|男性|ドレ
  • コスプレイヤー
    大宮 朝霞aa0476
    人間|22才|女性|防御
  • 聖霊紫帝闘士
    ニクノイーサaa0476hero001
    英雄|26才|男性|バト
  • その血は酒で出来ている
    不知火 轍aa1641
    人間|21才|男性|生命
  • Survivor
    雪道 イザードaa1641hero001
    英雄|26才|男性|シャド
  • 紅の炎
    アリスaa1651
    人間|14才|女性|攻撃
  • 双極『黒紅』
    Aliceaa1651hero001
    英雄|14才|女性|ソフィ
  • 急所ハンター
    ヨハン・リントヴルムaa1933
    人間|24才|男性|命中
  • エージェント
    ファニー・リントヴルムaa1933hero002
    英雄|7才|女性|カオ
  • 対ヴィラン兵器
    鬼灯 佐千子aa2526
    機械|21才|女性|防御
  • 危険物取扱責任者
    リタaa2526hero001
    英雄|22才|女性|ジャ
  • Trifolium
    バルタサール・デル・レイaa4199
    人間|48才|男性|攻撃
  • Aster
    紫苑aa4199hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • Dirty
    フィーaa4205
    人間|20才|女性|攻撃
  • ステイシス
    フィリアaa4205hero002
    英雄|10才|女性|シャド
前に戻る
ページトップへ戻る