本部

誰も彼女を都市伝説と言わない

玲瓏

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 6~8人
英雄
6人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/10/18 22:05

掲示板

オープニング

●イタズラ
 ――私は子供が好きだから、都市伝説のようにはなれなかった。
 
 F市の公立小学校に新たな女性教員が転任してきてから始まったのは、奇妙で嫌らしい悪戯である。始まったのは転任した翌日からで、当初、職員は誰もが子供の悪戯だと思っていた。虫の死骸を校庭に散乱させたり、下品な言葉を職員室の扉に落書きしたり。最初のうちはまともに取り合う事はせず、朝礼などで担任が注意喚起をするだけであった。
 しかし、ある日を境に警察の介入も行われた。階段から職員の一人が突き落とされ、全治二ヶ月の傷を負ったのだ。この時、既に新人教員に対する疑惑は重いもので、誰もが疑っていた。
「君がきてから、おかしな事が起き続けてるんだ。私もこんな事言いたくはない。だが……」
「私は何もしていません。本気で私が悪いと仰るのでしたら、証拠を見せてください」
 実際、証拠というのは何もなかった。唯一、警察の聞き込みで、階段から職員が落ちる際、女性教員が近くにいたという事だけだ。警察は状況証拠ということでまともに取り合わなかった。
 ところで、女性教員の生徒からの人気は他の職員を凌駕して、高い。とりわけ美人ではなく、いたって平凡な女性だ。彼女の魅力は容姿ではなく、態度にある。猫を被っているのだろうか。それは違う。彼女が猫の仮面を取った姿を誰も見たことがないのだから、猫を被ってはいないのだろう。
 小学校が新聞のニュースに乗る程の事件を起こしたのは、つい最近の事である。とにかく、悲惨な事件が起きたのだ。
 生徒の中でとりわけ評判の低い男、三十路の男が殺された。翌日、生徒の口からこんな言葉が飛び交う。「山本先生、バラバラなんだって」「校庭の中央で積み木みたいに重ねられてたんでしょ? 私、怖い……」
 噂のように語れる事は全て事実だ。第一発見者は生徒なのだから。大人なら残酷な言葉は全て隠すが、子供は容赦なく現実を伝染させる。今その生徒は家で精神療法が行われ、欠席許可をもらっている。

●門出
「以上が、学校側から我々に伝えられている情報の全てです」
 オペレーターの女性はあなた達に小学校で起きている現状を語った。
「被害者の男性が殺害された時、僅かながらライヴス感知がありました。場所は小学校内部からです。察するに、ヴィランによる犯罪の可能性が高いでしょう。あなた達には今回一番の疑惑がかけられている新人教員、高梨(たかなし) 逸子(いつこ)さんの監視及び、もし犯罪の現場を見かけたら捕まえるよう依頼を渡します。小学校のデータや他職員のデータはお渡しします」
 

解説

●目的
 小学校で起きている事件の解決。高梨逸子が事件を実行する事となる動機を見つけだす。

●高梨 逸子に関して
 警察、学校からも疑われている通り、今回の事件の犯人は高梨さんとなります。年齢は三十歳です。
 ライヴス反応があるということで、彼女は英雄と契約している事が分かります。
「健、今日学校どうだった? ――くす、楽しそうね、それは」
以下に、彼女の犯罪に及ぶ動機と関連しそうなデータをまとめます。

・二年前、彼女の務める学校で健という名前の生徒が屋上から飛び降りて自殺するという事件があった。それ以前に、その生徒は階段から落とされて怪我をしている。
・その事件後、高梨は離婚。夫による一方的な離婚だった。(夫、雅紀(まさき)の所在は掴めず)

●ヘヴィ・チルラド
 高梨の契約英雄です。絶対に子供を守る事、という契約をお互いに結びました。チルラドと高梨は二人とも子供が好きであり、守る事をライフワークとしていくとのことです。今回、高梨が犯人だと気づかれそうになった場合或いは殺害現場を目撃された場合、あなた達に襲いかかってきます。
 女性の姿をしており、成熟した大人(外見年齢は三十五前後)の態度をしますが、今回、高梨の悲しみを最大限共有し、成熟した大人ではない非人道的行為に乗り出しました。
 悲しみが強さとなり、リンク後、エージェントに負けないような力を発揮します。手に大きな鉈を持ち、目をひん剥いて圧倒的な力と素早さを持ち、暴走するように攻撃を始めます。
「お前達も殺してやる! お前も! お前も! うわああああ!!」

●学校

 五階建て、屋上ありの学校です。一階は職員室と視聴覚室、理科室があり、二階、三階、四階、五階にそれぞれ教室があります。新人教員の高梨は四階にある五年二組の担任を受け持っています。

リプレイ

●始業
 チャイムが鳴ると同時に五年二組の教室のドアが横に開いた。重々しく開かれた先に、高梨の姿があった。
「おはよう、みんな。――こっちこっち」
 笑顔を子供たちに向けた後、高梨はドアの外で待機している二人の人物を手招きした。二人は黒板の前で横に並んだ。
「起立! 気をつけ! 礼!」
 見慣れない人物に興味津々で、礼をする時も子供たちの目線は二人に向けられている。
「今日はとっても良いニュースがあるの。さっきから皆も気になってるわよね。ふふ、さあ自己紹介をしてください」
 無茶な振り方で高梨は一人の人物に目を合わせた。
「どうも。教育実習生の咲山 沙和(aa0196)って言います。よろしくお願いします」
 高梨はチョークで咲山沙和と黒板に書いた。
「誰か質問のある人いるー?」
「はい、はーい! 咲山先生、美人さん!」
「山崎君、質問じゃないわよそれ。……さて、次の人。自己紹介をお願いします」
 咲山の隣に経つ人物にスポットが当たった。
「は、初めまして……。古川めいです。えっと、家庭科が好きで、お人形とかその、つ、作ります。よ、よろしくお願いします」
 緊張しているのか、北里芽衣(aa1416)の言葉は途切れ途切れだった。
「今日から教育実習生の咲山さんと新しく来てくれた転校生の北里さんが仲間としてこのクラスにやってくるわ。皆仲良くしてね」
 朝のホームルームが終わると静かだった学校は再び喧騒の渦に巻き込まれる。座っている咲山の所には数人の生徒が集まっていた。
「先生いつまでいるのー?」
「んーざっと二週間くらい? もうちっといるかもしんないねー。よろよろ~」
 北里は廊下に出た高梨を早足で追いかけた。高梨は北里に気づいて、笑顔を見せてしゃがんだ。
「クラスとは馴染めそう?」
「え、あ……はい。まだ分からない、です。あの、先生。これからよろしくお願いしますね」
「うん、よろしく。めいちゃんはいい子ね。クラスのみんなに見習ってもらいたいくらい」
 教室の中から北里を呼ぶ声が聞こえた。女子の声で、早速北里と話したい人物がいるらしい。
「人気者ね」
 北里は律儀に高梨に挨拶をして教室へと戻った。

 小学校の正門から外に出て右をいった所に大きな公園がある。今日はいつもとは違った雰囲気が流れている。
「雲、咲山さんから連絡が来たわ。高梨先生のクラスの教育実習生になったって」
 フローラ メイフィールド(aa1555hero001)はH.O.P.Eから支給された携帯電話機からの伝えをそのまま流 雲(aa1555)に流した。
「そんじゃあ俺ちゃん達もそろそろ動いちゃうかなー」
 揺々とブランコに乗っていた虎噛 千颯(aa0123)は揺れるブランコから飛び降りた。後ろからブランコを押していた白虎丸(aa0123hero001)もその横に並ぶ。
「俺達は警察に向かって情報を洗う。……で、ござったな。後は高梨に関する調査」
 再びフローラの携帯が鳴った。
「シュビレイさんからだわ」
 フローラは流に直接携帯画面を見せた。
 シュビレイ・ノイナー(aa0196hero001)は咲山と一緒に小学校に教育実習生として入り込んでいる。彼は高梨のスケジュールを確認したみたいだ。
『高梨 スケジュール』とだけ書かれた文の下に写真が添付されている。
「一番犯人の可能性が高い高梨先生は今日は一日中授業があるとのことです。メイ、そのメールを皆に転送してくれ」
「分かったわ」
 まだ揺れているブランコの奥から、片桐・良咲(aa1000)が現れた。
「ならボクもすぐに動いた方がいいね。色んな先生から話を聞いてみるよ」
「僕は保護者やPTAの人たちに色々聞いてみます。被害にあった山本先生の事も気になります。保護者の目からみる学校というのも必要ですから」
 スーツを着た坂野 上太(aa0398)は、一度見ただけで信頼できそうな容姿をしている。
「高梨が前いた学校にはもう向かってるのかな」
「はい、先ほど到着を知らせる情報が来たのでもう到着してるかと思います」
「行動開始ですね。学校が終わる頃を見計らってとりあえず全員ここに集合しましょう。そこで集めてきたピースを繋げていきます」
 流の合図のような台詞で、一行はそれぞれ離れながら小学校へと入っていった。
 御神 恭也(aa0127)は学校内、警察署、PTAや奥様方にメンバーが聞き込みに行く背後を見守るように現れた。
「俺はいつでも駆け付けられるようにここで待機する」
「よろしくお願いしますね。心強いです」
 頼りになる兄貴分に似た存在が近くにいる事をほど安心する事はない。

 ツラナミ(aa1426)と、彼の英雄38(aa1426hero001)は先ほど伊邪那美(aa0127hero001)と別れて調査を開始したばかりだった。
「高梨ってお嬢さん、随分とまあ無駄の多い作業をするんだな。警告だったり制裁だったり」
「うん……でもとても、人間らしい。ツラナミは見習うべき」
「あー、そうね……お前、今だいぶ失礼な事を言った自覚はあるか」
 二人が話しているのは校長室だ。事前に校長に連絡していたためすぐに校長室に通され、校長が来るのを待っていた。しばらくして、女性職員と一緒に校長が入ってきた。
「早速ですが、本題に移ってもいいですか。前この学校にいた高梨先生の事について色々お聞きしたいんですがね――」
 校長室の前を小さい影が横切った。伊邪那美の姿だが、彼女の後にもう一人職員がついてきていた。髪の長い女性の教員だ。
「今は空いてるんで、こっちへどうぞ」
 伊邪那美は視聴覚室に案内され、向い合って二人は座った。
「高梨逸子の事について聞きにきたんだったね」
「うん。他にもツラナミって人が校長先生と話に来てると思うよ。ボクは他の先生に聞き込みにやってきたんだよ」
「その話は知ってる。――で、エージェントに話す役目として私が選ばれたわけだが、その理由は簡単。私は高梨と一番仲良かったから」
「じゃあ一番高梨先生の事について知ってるってこと!」
「そういうことになるかな。週に三回くらい二人で飲みにいったりもした。仲としては先輩と後輩なんだけど、まあいいや。で、何を聞きたいの?」
 学校外調査組も順調に予定を進んでいた。校長から聞ける話も高梨の友人から聞ける話も有益な物となるだろう。初日の聞き込みだが、成果は期待できるだろう。
 一方。
「ちわっす。これもしかして一人でやったんすか?」
「咲山か。見てみろ、やってやったぜ。そっちはどんな調子だ」
 バイラヴァ(aa0398hero001)は職人芸のように綺麗に植え替えた花壇を手で示しながら咲山に尋ねた。
「ぱねえっすわ……。こっちは下積み、みたいな? 子供サイドと仲良くなってから何気なく聞いてみようかなーって感じから始まって、もうだいぶ馴染んできたから明日にでも何気なく高梨先生の事聞けるんじゃねーって思ってるー」
「そうか。つまるところ順調って事だ。その調子で頑張れよ。俺様ももっと綺麗にしてやるぜ」
「これ以上綺麗にするって、マジっすか。あ、休み時間終わるんでそろそろ行きますわー」

●調査結果
 六時間目の授業が終わった所で、メンバーは一度学校の近くにある喫茶店に集合した。
「それでは皆さん、情報収集の成果を共有しあいましょう」
 流は机の上にパソコンを置いて成果発表を促した。
「じゃあまずは俺ちゃんからねー。警察署で逸子ちゃん関連の事件について調べてきたんだけど、被害者の事をざっくり話すよー。被害者と逸子ちゃんの間に接点は無かったみたいで、二人が言い争う所も見てないみたいだぜー。だから動機は完全に不明ってとこかなー。次、逸子ちゃんは旦那がいたんだけど、健ちゃんが死んじゃった後すぐ離婚。旦那の所在を聞いたんだけど消息不明らしー。後ちょいと気になったのはなんか、被害者は生徒からの評判が悪かったってことかなー」
「それ、ボクも聞いたよ。山本は子供達から嫌われ者だってこと」
「なら俺ちゃんの調査は間違ってないって事になるか。雲ちゃん、ここ重要だと思うからメモよろな~」
「はい、勿論です。片桐さんは他に被害者の事について聞きませんでしたか?」
「特にはないけど、なんか先生達みんな山本って言うとそわそわし始めるんだ。そこが気になるかな」
 被害者の山本は学校で生徒から嫌われていて、職員たちは何かしら隠しているような素振りを見せる。
「後高梨の事だけど、山本とは正反対だったよ。生徒達からはお気に入りの先生って好かれてた。ちらっと生徒達と高梨の話している所を見たんだけど、良い先生じゃないかなって思う。――調査中北里にあったんだけど、こう言ってた。高梨が犯人じゃないといいなって。ボクはまだ高梨を犯人だって断言できないと思ってるよ。今ある情報だけじゃね」
「俺ちゃんも、良咲ちゃんに賛成だぜー。そういや、前逸子ちゃんがいた小学校に聞き込みにいった組の成果はどうよ?」
 元気よく伊邪が手を上げた。
「はい、ボクが説明するね! おじちゃんの分まで言っちゃっていいのかな?」
 おじちゃんとはツナラミの事で、彼は近くの椅子に座って伊邪を見守っている。
「任せる」
「分かった! まずはボクからね。高梨先生と仲の良い先生の人から聞いたんだけど、健っていう子がいてね。その子はいじめられて死んじゃったんだけど……高梨先生と一緒に暮らしてたみたい」
「家族だったということですね」
「ボクもそう聞いたんだけど違うんだって。うーん、よく分かんなかった。あ、後高梨先生は前いた学校でも評判はすごく良かったんだって。じゃあ次、おじちゃんのを話すね」
 伊邪は携帯を取り出して時間をかけてツラナミからのメール画面を開いた。
「あ、あー……。高梨、評判良い……。あれ、悪い? えっとちょっとまってね」
 横文字に悪戦苦闘する伊邪の頭に手を置いて、ツラナミが自ら口を開く。
「まあ大体このお嬢ちゃんと内容は一緒だ。あの先生の評判は良かったし、職員同士も悪い関係じゃなかった。だが健が死んでから変わった。自主転任だったそうだ。後、健が自殺だって事は警察には知らせなかったとのことだ」
「そうなんだ。予想は大当たりだね!」
「それはいいとしてだ。ここで新情報だ。……サヤ、面倒な説明になるんで任せた」
 ツラナミの後ろで控えていたサヤがを続けた。
「健と高梨さんは家族、ではなかった。両親を失って身寄りの無かった健を高梨先生が引き取ったから一緒に暮らしてた。学校では贔屓を防ぐために健の担任を高梨先生にしなかったんだけど、それがまずかったみたい。はい、ツラ」
 サヤは強引にツラナミに続きの言葉を引き渡した。
「要するにそん時の担任の先生が健に対するいじめをほっぽり出してたってことな訳だ。校長からそんな話が聞けた」
「俺ちゃんちょっと思いついたんだけど、その健ちゃんの担任って、今回の被害者だったりしない?」
「俺も思ったんだがね、違った。担任はまだその小学校で教えているらしい。転任はしてない」
 ツラナミは役目が終わり、背伸びをして椅子の背もたれに大きくもたれかかった。
「PTAとかからは話は聞けましたか?」
 出番のタイミングを見計らっていた坂野に、流は声をかけた。
「はい、といっても今までの話を全て裏付けする事くらいしかできませんが。保護者達の目から見ても山本先生の評判は悪かったみたいです。高梨先生の評判はマチマチでした。高梨先生の批評だと生徒を甘やかしすぎてる、とか私情が多かったように思います。ただ山本先生の場合、生徒に無理難題な課題を与えている、虐待されたと子供から聞いた、等具体的な意見が多かったですね」
「虐待を受けている、と」
「頭を叩かれたとか、理不尽に怒られたり殴られたりしたとかそういう生徒がたくさんいるみたいです」
 流は、名前の通り流れるように指を動かしてメモを取っていった。言葉は一つも逃していない。
 坂野が言い終えて、教育実習生や生徒として学校に忍んでいた咲山、シュビレイ、北里が戻ってきた。
「お疲れ様です」
「ん~っ、疲れたー。シュビ君報告よろー」
 咲山はすぐに机に突っ伏した。心の中でありったけの小言を発散させながらシュビレイは流に情報の成果を伝えた。
「高梨の被害にあった職員二人は生徒からの評判はどちらも悪かった。突き落とされた職員は生徒に対する嫌がらせで嫌われており、殺された職員は体罰や生徒に対する罵詈雑言が酷かったとのことでした」
「以上ですか?」
「そうですが。何か文句でも?」
 シュビレイは心底機嫌を損ねながら呑気そうに椅子に座ってだらしなく体を机に預けている咲山を細い目の視野に入れた。
「いえ、文句はありませんが……。北里さんは?」
 北里は流の近くにある椅子が空いていたので、そこに座った。
「私は高梨先生をずっと今日見てて、その、思ったのですが、高梨先生は犯人じゃないと思います」
「どうしてそう思いましたか」
「優しいんです。あんな優しい先生が犯人だなんて、私思いたくないです」
 北里の記憶にいる高梨は、ナイフを持っていなかった。
「でも事件にはなんかしら逸子ちゃんが近くにいるんでしょ? そこなんでだろって思うぜ」
 その言葉が最後になり、後はキーボードが叩かれる音が流れるだけとなった。付け加える情報は何もなさそうだ。
「そんじゃ今日は終わり? 白虎ちゃん、いい忘れてる事とか何もなさそう?」
「ないように思うでござる」
「ボクも特にないよー。じゃあ解散だね」
 喫茶店のドアが開いて、時間が経ってから入ってきたのはバイラヴァだ。なんとも清々しい顔をしている。
「確か今日何やったかを報告するんだったな。すごいぞ、花壇を見た子供全員が綺麗って言うくらいに仕事してやったぜ」
 和めるBGMとバイラヴァの胸を張る音がその時喫茶店を走っていた。


 高梨先生、そう呼ぶ声が聞こえて高梨は振り返った。廊下の奥から北里が向かってくるのが見えて、顔を綻ばせた。
「どうしたの?」
「その、授業で分からない事があって」
「分からない事? いいわ、教えてあげる。教室は、まだ生徒が残ってて集中できないだろうから他の部屋を借りようか」
 放課後の事であった。高梨は他の教室を借りる許可を得て、そこで北里に勉強を教える事にした。わかりやすい教え方なのか北里が頭が良いのかは分からないが、手際よく二人きりの授業は進んでいった。
「先生、ありがとうございます。教えてくれて……」
「いいのよ。これが先生の仕事なんだから。――でも、芽衣ちゃんも良い子ね。勉強好きなの?」
「えっと」
 北里は若干顔を赤らめた。
「先生と一緒に居たかっただけです」
 高梨は一瞬黙った。開けっ放しの扉からそよ風が吹いた。
「私も、芽衣ちゃんが一番のお気に入りの生徒かも。ありがとう。……あなたの事は絶対守るからね」
 北里は喫茶店に遅れすぎてはいけないと仕事を思い出した。仕事を忘れかけていた。

●鬼となった母
 調査開始から三日経った。
 放課後、高梨は校長から校舎裏に子供がいるから注意してき欲しいと言われ、薄暗いそこへ向かった。
 高梨は多少不審に思ったものの校長が言うなら仕方ない……と判断して足を運んだが、誰もいなかった。子供はいなくなったのかと思って引き返そうとした。
「高梨さん」
 突然、名前を呼ばれて振り返った。
「ど、どなたですか?」
 三人の影が近づいていた。
「H.O.P.Eからエージェントとしてきました坂野と申します」
 坂野は頭を下げた。
「私が何かしましたか?」
 高梨は冷静さを保っているが、それが強引に保っているというのは傍からすれば丸見えであった。
「山本先生の殺害、その他多数の嫌疑が高梨さんにかけられています。数日前からその事で我々が調査を続けていましたが、貴方が犯人だと判断せざるを得なくなりこうしてお呼び出しさせてもらいました」
「証拠はおありですか? 私が犯人だという」
「貴方は健って子を知ってるよね」
 伊邪と片桐が坂野の後ろから顔を出した。
 固まった高梨を見て、伊邪は確信した。
「貴方は健の事を本当の子供のように思ってて、死んじゃって悔しかったんだよね。だから、その復讐のためなんだよね」
「ち、違います! どうして私が山本先生を――」
 高梨が否定しようと声を振り絞った途端、背後から伸びた手が彼女の口を塞いだ。
「もういいわ、それ以上嘘をつく必要はない」
 後ろから現れたのは高梨とほぼ同年代と思える黒髪の女性だった。人を魅了するような気を出している。
「誰?」
 伊邪が警戒して訊いた。
「私はチルドラ。高梨と契約を結んでいる英雄です」
 チルドラは高梨の口から手を離した。
「チ、チルドラ、学校に来てはいけないって言ったじゃない。私がリンカーだって知られたらもうお終いよ!」
「犯行現場にはライヴスの痕跡が残っていた。高梨さん、もう逃げられません」
「投降して、先生。自首すれば情状酌量の余地もあるよ」
 高梨は俯き何も言わなくなったが、三人は沈黙を守った。次に彼女が言う言葉が自首の言葉だと信じて。
「ねえ高梨、何絶望してるのよ。相手は子供二人と大人一人。その大人も戦力になるか分からない。ここで自首していいの? 健の思いはどうなるの?」
 片桐が言葉を挟んだ。
「そんな事をしても何もならないよ! これ以上罪を重ねれば、教え子達も悲しむよ!」
「幼子達を護りたいって気持ちは判るよ。でも、誰かを殺めるのは間違ってるよ」
「――黙って」
「高梨先生、僕からも自首を勧めます。貴女は、今の子供達だけではなく、将来、貴女の教え子になるはずだった子供を守り、導くという事も放棄するのですか」
「黙れって言ってんのよ!!」
 吠えたのは高梨だ。喉が裂けそうになる程に。
「健は何も悪くないのに死んじゃったッ! 健みたいな人生をこれ以上作っちゃいけない! そのためにはね私が必要なのよ。あんた達には分からない! あああああ!!」
 高梨はチルドラとリンクしようと手を重ね――る事ができなかった。チルドラは壁に打ち付けられ、衝撃で悶絶している。
 伊邪とリンクした御神がチルドラを吹き飛ばしたのだ。リンクを防げば、高梨は無力だった。
「ナイスだよ恭也! 高梨、もうあなたにできる事は何もない。早く諦めて――って、うわっ?!」
 チルドラを失ったことで、高梨の暴走に拍車がかかった。どこにしまってあったのか、ナイフを手にしている。ナイフを振り回しながら三人に近づくのだ。
「私は諦められないの! あんた達を殺して、子供達を守るの! リンクなんてしなくても守ってやるんだからああああ!! しねえええええッ!!」
 片桐の目の前でナイフが振り上げられた。
 だが、ナイフが下りてくることはなかった。ツラナミが彼女の両手を抑えたからだ。
「まあ、落ち着けよ」
 催眠術にでもかかったかのように高梨は迫力を失った。彼女の様子が落ち着いたのを見ると、ツラナミは駆けつけた虎噛に高梨を受け渡した。
 虎噛は高梨をうつ伏せで地面に倒し、背中で手を拘束した。
「何が子供を守るだ!」
 虎噛が怒鳴った。
「てめぇが殺した男の死体をみた子は未だに苦しんでんだよ! 守る対象をてめぇの都合で苦しめてんじゃねぇか!」
「違う……。私は、子供を守って……」
 高梨は地面に伏せられたまま、顔を上げて前を見た。
 そこには北里と咲山がいた。
 高梨は枯れた声で「めいちゃん」と言った。止めどなく溢れる涙を彼女は、抑えられなかった。
「守るんだったらな……全身全霊己の身を盾にして守るんだよ……! てめぇのやった事はただの殺人だ!」
 チルドラの拘束を終えた流はフローラに告げた。
「後で本部に解決の連絡をしないとな。……なんだか、やるせないな」
 雲は優しすぎる。フローラはそんな目で流を見つめていた。

●無邪気な言葉
 チャイムがなってもまだ五年二組は騒然としていた。珍しく高梨先生が時間通りにこないのだ。学校が休みになるんじゃね、と声が上がる。しかしすぐにその希望は砕かれる。中に入ってきたのは咲山と別の先生だ。
「高梨先生は本日、とある事情により休みをいただいてます。なので、しばらくの間私が担任を――」
 咲山が教員を押しのけて、教卓の前に立った。
「ちょっと咲山君。まさか」
「言わせてください。お願いします。皆から一つだけ聞きたい事があるんです」
 咲山は真剣な眼差しを仮初の担任に向けた。
「……いいでしょう。これも、教育かもしれません。咲山さん、お願いします」
 生徒は意味深な様子の二人に夢中になっている。咲山はこの瞬間を利用した。
 山本先生を殺したのが高梨先生である事を言った。
「高梨先生が?!」
「おい、まじかよ。せんせー嘘いってんだろー」
「嘘じゃありません。今高梨先生は取り調べを受けています」
 生徒が何かを言う前に、咲山はすぐに言葉を続けた。
「高梨先生は昔、子供を失いました。いじめられてて自分から死んでいった子です。だけど高梨先生、それを教師の責任にしました。いじめっこが悪いとかいじめられっこが悪いとか、とにかく子供を悪にしませんでした。これ以上その健君と同じような子供を作らないように、評判の悪い先生を死なせてしまった。……極端に言えば、あなた達を守ったって言えると思います」
 生徒は黙って聞いていた。
「私から質問があります。多分、もう高梨先生がこの場に立つ事はないでしょう。あなた達に顔を見せる事もない。――しかしもし、私達が先生に会いにいくとしたら、まず始めになんていいますか? 先生、アレを配ってください」
「はいはい」
 担任は生徒達に一枚の便箋を配った。うさぎの絵が書かれてる以外に、特に何もなかった。
「重い罪を犯したといえど、高梨先生はあなた達に様々な事を教えてきました。何か一言、みんなの気持ちを書いてください」
 
 ――後日、たくさんの言葉が高梨に送られた。
 子供は無邪気だから、素直な言葉をそのまま紙に投影する事を高梨は知っている。
 だから文字を読んで、なぜ涙を見せずにはいられるだろうか? 
 たくさんの紙に、たくさんのありがとうが書かれていた。
 いつまでもいつまでも、高梨は涙を流していた。一枚の紙をみる度、その思い出が蘇って彼女を抱きしめた。いつまでも、いつまでも。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 痛みをぬぐう少女
    北里芽衣aa1416

重体一覧

参加者

  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • 黒白月陽
    咲山 沙和aa0196
    人間|19才|女性|攻撃
  • 黒白月陽
    シュビレイ・ノイナーaa0196hero001
    英雄|23才|男性|ジャ
  • 繋ぎし者
    坂野 上太aa0398
    人間|38才|男性|攻撃
  • 守護の決意
    バイラヴァaa0398hero001
    英雄|20才|男性|ソフィ
  • 楽天家
    片桐・良咲aa1000
    人間|21才|女性|回避



  • 痛みをぬぐう少女
    北里芽衣aa1416
    人間|11才|女性|命中



  • エージェント
    ツラナミaa1426
    機械|47才|男性|攻撃
  • そこに在るのは当たり前
    38aa1426hero001
    英雄|19才|女性|シャド
  • 温かい手
    流 雲aa1555
    人間|19才|男性|回避
  • 雲といっしょ
    フローラ メイフィールドaa1555hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
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