本部

我は蝦夷を征す刃なり

影絵 企我

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/07/18 13:59

掲示板

オープニング

●力に勝るものは無し
 暗い倉庫の中で怒号が響く。AGWを構えたリンカー達が、倉庫の至る所で戦いを繰り広げていた。小規模なヴィランズ同士で激突が起こったのである。しかしその旗色は既に一方へ傾いている。派手な身なりで揃いの刀と銃を構えたヴィランズ――『ツヴァイハンダー』が、もう一方を気の赴くままに叩きのめしていた。
「ゆる、ゆるしっ――」
「諦めな。あたし達に目を付けられるような事すんのが悪いんだよ!」
 太腿から血を流しながら、必死に後ずさる少女に向かって、一人の女が次々に銃弾を撃ち込む。一発ごとに悲鳴は小さくなっていき、やがて共鳴の解けた少女はぐったりと動かなくなった。
「どうした? 俺達が生意気だったんじゃないのか?」
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
「違うだろ! ごめんなさいってのはな――」
 既に共鳴の解けた少年の頭を掴み、ツヴァイハンダーの男はコンクリートの床に思い切り叩きつける。
「こうするんだよ!」

「ふざけやがって、くそっ……」
 蹂躙される仲間達を見渡し、青年は舌打ちする。ヴィランズと言ってもちょっと不良グループが粋がったくらいのもの、自由になった体で昼夜を問わず遊び回って学校の評判を下げ、近隣地域に迷惑を撒き散らしているくらいのものだった。
 それなのに、彼らは突然やってきたいい歳の大人達にいきなり喧嘩を吹っ掛けられて今に至るのである。
「我が物顔で遊び回って迷惑をかける奴らには、反省してもらわないとと思ったんだよ」
 弄ぶように銃弾を青年の足元に撃ち込み、男――フリントが愉しそうに笑う。軍人張りに鍛えられた肉体と、鼻筋に大きな傷の入った彫りの深い顔。いかにも頭の悪そうな笑みを浮かべ、フリントは一気に青年へ間合いを詰める。
「あと、ちょっとリンカーになったくらいで強くなったと思い込んでるだろ、お前。そんな奴に本場の強さって奴を思い知らせてやるのが大人の務めでもあるからなぁ?」
 力任せの重い一撃をどうにか槍の柄で受け止め、青年は訳が分からないという顔をする。
「本場……?」
「そうだ。俺はH.O.P.E.のエージェントだったんだよ。法規的措置がどうのこうのでつまんねえ仕事しか出来ねえから、辞めてやったけどな。”俺達の力を世に示す”っつう誓約もあった事だし、しょうがないよな」
 フリントはつらつらと言葉を並べる。酸っぱい葡萄。己が大成できなかった事を誤魔化している。勉強しない青年にもそれくらいの事は分かった。その滑稽な姿を思わず笑ってしまう。
「それでヴィランになったってのかよ。なっさけねえオッサンだな――」
「あッ? お前まだ自分の立場が分かってねえのか!」
 一気に怒りを爆発させたフリントは、青年を蹴り飛ばし、そのままその身に刃の雨をぶつけた。最早抵抗もままならない青年は、全身に刀創を作ってぐったりと動かなくなる。それを見下ろし、フリントは
「H.O.P.E.が俺を枠に押し込めてただけだ! 俺は強い。強い強い強い、強い! そんな俺に相応しい仕事を用意しない奴らが無能なだけだ! そうだろう! お前ら!」
 フリントは自ら掻き集めた十二人の仲間を見渡す。同じくH.O.P.E.で落ちこぼれた者、別のヴィランズで腐っていた連中を引き抜いてきて作り上げた群れ。しかし己より強い者は一人とていない。己の承認欲求を満足させるための集団だった。


「ほう。貴様は強いのか。そうか、強いか」


 フリントが一通り喚き終わると、天井の方から低い声がする。不意にトタンの屋根はぶち割られ、一つの影が舞い降りた。


●そこのけそこのけ騒速が通る
「ならば見せてもらおう」
 ツヴァイハンダーの前に現れた愚神。その顔は無貌の狐面に覆われ、風も無いのに黒い総髪が揺れている。黒地を金の刺繍が彩る和装の上からでも、筋骨隆々の肉体ははっきりと見て取れる。背負う大太刀を引き抜いた愚神は、脇構えを取ってフリントに突っ込んだ。
 闖入者を止めようと、ツヴァイハンダーの面々はめいめい武器を構えて彼の前に立ちはだかる。
「邪魔だ」
 愚神――騒速の身が一瞬沈み込む。何かが来る。ヴィラン達の意識が閃く頃にはもう、波涛のように押し寄せる五連撃によって地に叩き伏せられていた。一人の男が跳ね起き、彼に向かって疾風怒涛の一撃を見舞おうとする。しかし騒速は素早く身を転じ、得物を中段に構え直す。
 一撃、二撃、三撃。
 目にも止まらぬような速さで放たれた三連撃は、騒速の目にも映らぬ三連撃によって掻き消される。そのまま騒速は刃にライヴスを纏わせ、再び男を地面に叩きつける。
 刀を構えた女が騒速の背後から一気に斬りかかる。しかし非力な彼女の力では、騒速の背中に傷一つさえ付けられない。そのまま振り返った騒速に横薙ぎを喰らい、その場に崩れ落ちた。
「お前か……お前が”騒速”か!」
 フリントは目を剥いて叫ぶ。ヴィランズの間でも既に騒速の名は知れ渡っていた。彼はヴィランズにとっては台風のような扱いだ。突然やってきては、荒らすだけ荒らしていなくなる。彼らにとっては最早天災に等しい。騒速はじっくりと頷き、フリントに向かって八相の構えを取る。
「如何にも。私も名が知れるようになったものだ。武の頂を目指す者として光栄の至り」

「さあ、貴様の魂を見せろ。……貴様如きの魂でも、”奴”を征する役には立つ」

 緊急要請を受けて駆け込んできたエージェントが、倉庫の扉をこじ開け中へ飛び込む。彼らが目にしたのは、今まさに騒速がツヴァイハンダーの首領と思しき人間に向かって斬りかかろうとするところだった。

解説

メイン ヴィランズ『ツヴァイハンダー』全員の捕縛
サブ1 騒速に50ダメージ以上与え撤退させる
サブ2 騒速が倒すよりも先にヴィランの頭目を撃破する

ヴィランズ『ツヴァイハンダー』
 リンカーとしての力を持て余した連中が手を組み、他を押し退けて勢力を拡大しつつあったヴィランズ。

フリント
 ツヴァイハンダーの頭目。ちなみに偽名。
クラス
回避カオブレ(50/30)
使用武器
童子切、小銃「S-01」
スキル
ストームエッジ、ロストモーメント、ウェポンズレイン、零距離回避

下っ端軍団×10
 H.O.P.E.の落ちこぼれを拾ってくるなり、周辺ヴィランズからスカウトしてくるなりしてフリントが集めたリンカー軍団。加入や追放を繰り返し、フリントも合わせ総勢13人になるようにされているらしい。
クラス
ドレ×3、カオ×3(40~30/25~15)
使用武器
フリントと同じ
スキル
(プレイングで無効化可能)

騒速
 いつも武の頂がどうのこうのと言っている愚神。
脅威度
ケントゥリオ級愚神
ステータス
物防S、魔防・生命A、その他不明
スキル
見取稽古
特殊。スキル使用によるダメージorBS付与を受けた場合、その使用されたスキルを習得し、自在に操る。
相殺
リアクション。発動されたスキルと同じスキルを自分が持っている場合、その回数を消費して発動を無効にする。1Rに何度でも使用する事が出来る。
発破
リアクション。生命力を5消費して発動。受けたBSを解除し、直前に受けたダメージの半分の値だけ生命力を回復させる。

Tips(以下PL情報)
今回のフィールドは倉庫(30×20sq)。昼間とはいえやや暗く、ガラクタも積み上がっているため直線移動が難しい。
騒速はとりあえず目に入ったレベルの高いPCを狙う。
フリントは騒速によって戦闘不能にされる直前、ロストモーメントを使用しようとする。
入口からフリントまでの距離は25sq。
ツヴァイハンダーの逃走に注意。

リプレイ

●神速を貴ぶ
「まずはコレでも喰らっとけ!」
 彩咲 姫乃(aa0941)は橙の髪をさらりと流し、ロケット弾を問答無用でぶちかます。騒速はすんでのところで足を止め、身を翻す。その瞬間に爆発が巻き起こり、倉庫に積もり積もった土埃が一気に舞い上がった。

「何だ! 何が起きてる!」
 フリントの声が倉庫の中にがらんと響く。騒速は大太刀を構え直すと、再びフリントに向かって一歩を踏み出す。
「余所見をするな――」

「おっと、ついでにこいつも貰っといてくれ」

 ライヴスを何重にも纏った一発の弾丸が二者の間に割り込み、いきなり周囲を吹き飛ばす。突然の一撃には騒速も対応しきれず、踏ん張りながらも数メートルずるずると押し下げられた。
「新手か」
 土煙の中、騒速は下段に構える。間もなく巨大なブーメランが彼の顔面目掛けて襲い掛かり、騒速は咄嗟にその一撃を切り上げで迎え撃ち、強引に弾き返した。
「このライヴスは……」
「弱い者いじめはそこまでだ! 俺が相手をしてやるよ、お望み通りにな!」
 煙が薄れゆく中、ザンバーを担いだ赤城 龍哉(aa0090)はうず高く積まれたガラクタの上に立って騒速にその姿を見せつける。盾を構えたクロード(aa3803hero001)も肩を並べていた。
『貴方が噂に聞く騒速様、ですね。たとえヴィランだったとしても、貴方に魂を渡す訳にはいきません!』
「……やはり貴様か。今度こそその実力、見せてもらう」
 大太刀を脇に構えた騒速は、空中から突っ込んでくる龍哉を真正面から迎え撃った。

「初仕事……がんばる……!」
『今回のヴィランズはエージェント崩れや戦闘経験者で構成されてる。戦い慣れてるから気を付けてな!』
 意気込む柏木 優雨(aa5070)の頭上、古ぼけた梁の上に足を掛けたカイ アルブレヒツベルガー(aa0339hero001)が声を掛ける。彼はゴスロリファッションを翻しながらヴィランズへと突っ込んでいった。それを見送った優雨は、彼女に向かってずんずんと迫る女と向かい合う。
「おめーら、エージェントだよな!? 何しに来たんだよここに。あ?」
『(行くぜ。気圧されんなよ優雨)』
 フロイト・ヴァイスマン(aa5070hero001)が優雨にそっと耳打ちする。優雨は頷くと、籠手の紐を締め直して女と対峙した。
「ケンカ……苦手じゃ、ないの。やる時は……やるの」
 先手必勝とばかり、刃の雨を女にぶつける。女は無数の盾でこれを受けるが、その隙に紛れて優雨は身を低くしながら女へと突っ込んだ。ジャブを顔面に振る。横へ躱したところにボディーブローを突き刺す。女が引っ込みながら刀で受けたところで一気に懐へ潜り込み、その顎にアッパーカットを食らわす。
「がうっ! て、てめぇ……」
 優雨に向かってさらに男が二人加勢に入ろうとする。一人は既に銃を構え、もう一人は刀を構えて既に斬りかかろうとしていた。
「いい気になってんじゃ――」
 刀を振り上げた男の言葉はそこで途切れる。長剣の横薙ぎを背後から見舞われ、少女が倒れる傍の壁に叩きつけられる。その男が体勢を整える間もなく、逢見仙也(aa4472)は鋭い虎趾を男の鳩尾に刺す。
「おごっ」
『(手加減か。……壊せるなら壊してしまうのも手と思うが)』
 ディオハルク(aa4472hero001)は呆れたように呟く。
「まだなりふり構ってられる内に入るだろうし? そんな後々面倒なことしない方がいいだろ?」
 突然割り込んできた仙也を前に、銃を構えた男は狙いを迷う。その隙に、ぼんやりと光る桜色が目の前に現れた。
「こいでも喰らえ!」
 島津 景久(aa5112)が鋭い突きを見舞う。そのまま柄を強く握ると、銃口から放たれた大量の鉛弾が男をさらに痛めつける。その一撃で吹っ飛ばされた男は、そのままくったりとして動かなくなった。素早く駆け寄った景久は、その幻想蝶を取り上げて腕を縛り上げる。
「おまんらを縛らんと、俺ん狙う首まで行けんのじゃ。おとなしうしちょれ」
 景久はちらりと倉庫の奥を見る。龍哉の大剣と騒速の大太刀が交錯し、眩い火花を散らしていた。
「くそっ!」
 その光を見るだけで殺気立つ。景久は再び刀を取り、背後に迫っていたヴィランを薙ぎ払った。

「おらおらおらッ!」
 梁に結び付けたアンカーを支点に、姫乃はハングドマンを振り回しながら壁にガラクタをまるで床の上のように駆ける。その猫や猿の如く俊敏な動きを追いきれず、ヴィランズ三人は防戦一方だ。
「ったく、やんちゃしてただけの学生相手に酷い事しやがって……」
 壁を蹴りつけ、姫乃はヴィランズに向かって一気に突っ込む。その右手には大斧が握られていた。
「俺から逃げられると思うなよ!」
 鋭く振り抜いた一撃は、ヴィランズを纏めて壁際へと吹っ飛ばす。
「こんな事させるためにH.O.P.E.はお前ら訓練させたんじゃねえんだよ! とっ捕まえてみっちり反省会だ! 覚悟してろよ!」
 フリントは姫乃の鮮やかな手捌きを見て顔を顰める。数分もしないうちにツヴァイハンダーはまさに総崩れ、本物のエージェントにまさしく“格の違い”を見せつけられていた。
「ちっ……」
 舌打ちした刹那、背後から跳弾が襲い掛かる。躱す間もなく弾丸は足に突き刺さり、フリントは目を剥いた。素早く振り返るが、そこには誰もいない。
『……我が物顔で、迷惑をかける人は……反省してもらわないと、ね?』
「そうだな。情けないオッサンに反省促すのも、“大人”の務めだろうかね」
 ユフォアリーヤ(aa0452hero001)と麻生 遊夜(aa0452)が繰り広げる戯れのような会話。天井から聞こえてフリントは視線を宙へ向けるが、さりとてその姿は見えず。
「どこだ! どこにいる!」
 その瞬間、新たな跳弾がフリントの目を狙う。間一髪で直撃は避けるも、瞼が切れて溢れた血が右目を塞ぐ。
「すまんね、俺は狩人であり狙撃手……リアガードなんでな、獲物相手に正面を切るのは御免被る」
『……ん、頑張って、見つけて、ね?』
「クソがぁっ!」

「降参だって……降参! だから――うがっ」
「おうおう。謝ったらやめるなんておかしな話じゃねえか?」
 仙也は女の顔面に蹴りを叩き込み、その呻きを全く黙らせる。その容赦の無さは、傍で武器を構えていた男をも震え上がらせた。振り返ると、男はおたおたと後退りしてすっ転ぶ。
「ひっ」
「お前らはこの倒れてる人らが謝ってんのにどうした? 意識持って立ってる奴がだぁれもいないって事は、無視したってことだろ?」
 大量の刃を呼び出し、仙也は男に狙いを定める。男は踵を返して逃げ出そうとするが、既に背後へ回り込んでいた優雨の拳がカウンターばりにその顔面へ突き刺さり、呆気無く倒れてしまった。

「要するに、因果応報ってことだ」

●黒き狐
『通しませんよ!』
 騒速と龍哉の間に割って入り、光り輝く盾を突き出す。鋭く振り下ろされた刀だが、その盾には傷一つ付かない。素早く間合いを取り直し、騒速は刀を八相に構える。
「その堅守ぶりは素晴らしいな。如何にしたものか」
「(……とにかく強い相手と戦いたい愚神か。それだけ強力なスキルを手に入れられるからか?)」
 世良 霧人(aa3803)は目の前の黒い侍を見据える。顔貌の刻まれない仮面からは、彼の心を読み取ることは出来ない。クロードは尋ねる。
『……何故、いつも狐のお面を付けているのですか?』
 騒速は地下足袋履いた足をコンクリートに擦り付けるだけで、応えようとはしない。龍哉はクロードの背後から飛び出し、霞の構えで突っ込んだ。
『(そもそもこの仮面……覗き穴すらあるようには見えませんわね)』
「(なら、尚更試してやらねえと)」
 ヴァルトラウテ(aa0090hero001)の言葉に合わせ、素早く剣を騒速の右籠手に打ち込もうとする。嫌った騒速が間合いを切って逃げようとしたところを、一気に間合いを詰めて刀身を突き出し、騒速の視界を塞ぐ。
「(こいつはどうだ!)」
 そのまま体勢を整え、一気呵成の斬撃を浴びせようとする。しかし騒速もまたその刃にライヴスを纏わせ、鋭い切り返しで太刀筋を払う。
「裏など掻かせはしない」
『視覚には頼っていないようですわね。聴覚、触覚……あるいは、五感のいずれにも頼っていないのかもしれませんわ』
「はぁん」
 騒速は高く跳び上がり、刀を大上段に振りかぶった。得物の重さ鋭さを最大限に生かした“重撃”だ。一目で見抜いた龍哉は、一歩退き衝突を躱す。代わりにクロードが前に出て、その盾で唐竹割を正面から受け止める。
「む……」
 素早く飛び退き間合いを切り直す騒速。クロードと共に武器を構え、龍哉はきっぱりと言い放つ。
「お前は奪った技を扱いこなせば自分の技と言ったな。まぁそれも道理だが……人から教わったものを使うだけなら良くて一流止まり。頂なんぞ遥か彼方だぜ。そんな技は、俺にだって“丸見え”だからな」

「ぐあっ!」
 相も変わらず闇から飛んでくる銃弾。見切れないフリントはその指に銃弾を喰らい銃を取り落とす。慌てて拾おうとするが、駆けこんできた仙也がそれを蹴っ飛ばした。
「悪いな。そんなデカい隙見逃してやれねえ」
「ひどいことした人……許さない、の」
 仙也の銃撃に合わせ、ガラクタの隅から突っ込んだ優雨が続けざまに拳を何度も顔面に叩きつける。軽くとも急所を殴られれば痛い。目元を腫らし、鼻血を垂らしてフリントは呻いた。
「畜生……お前らH.O.P.E.はいつも――」
「何だって言うんだ? ……言っておくが、ここで有利な場を作り出せないお前さんが無能なのさ」
『……その程度で、強いと思ってたの?』
 再び天井から声がする。見上げると、妖艶な肢体を黒い胴着で包んだ狼の耳と尾を揺らす女がいる。彼女は深紅の瞳を輝かせ、拳銃を構えて首を傾げていた。
『……おやすみ、なさい』
 放たれた一発は的確にフリントを捉え、彼はその場に崩れて動かなくなった。仙也がその幻想蝶を取り上げる様子を見届けると、リーヤは通信機を取り出し、遊夜に喋らせる。
「こっちは制圧した。後はそのコピー侍だけだ」
『わかった。あっちゃん、リーヤちゃん、とりあえず転がってる奴らの応急手当とか頼むわ。援護はその後でも間に合うし』
『……ん、了解』

「俺の神速、見切れるかよ!」
 壁を走り、梁を蹴って跳びながら騒速の背後に回り込んだ姫乃は、アンカー砲を手放し、斧を両手に持ち直して突っ込む。黒い刃に走る雷光が、一際その輝きを増した。しかし騒速はそれを見上げても動じることなく、ただ右の拳をそっと姫乃に向かって掲げる。
 衝撃。稲妻が走り、埃を舞い上げる。
「……マジかよ」
「確かにその速さは追いきれるものではない。だが、少々踏み込みが足らんな」
 人差し指と中指で斧の刃を挟んで受け止める騒速。その身体には傷一つ無い。姫乃は斧を騒速の手から引き抜き、慌てて間合いを取る。
『ヒメノー、オナカスイター』
「こんな時にかよ! もう少し待ってろ、今やべえとこだから!」
 メルト(aa0941hero001)の空気を読まない物言いに、姫乃はずっこけそうになる。一瞬空気が緩み、騒速も僅かにその構えを崩してしまった。
 その隙を景久は見逃さない。
「騒速ァッ! 会いに来てやったど! 俺と戦え、俺を認めぃ!」
 唸りを上げる刀を担ぎ、騒速に向かって斬りかかる。その目は怒りに満ちていた。己を馬鹿にされた怒りだ。騒速は素早く身を翻し、その一撃を大太刀で弾く。
「来たか。島津の若武者よ」
「黙れ! 俺はお前と話をしに来たんじゃなか!」
『お待ちください、景久様!』
 新納 芳乃(aa5112hero001)が景久を引き留めようとするがもう遅い。怒りに任せきった、全身力んだ一撃。僅かに所作が遅れ、静かな清水の如く迫る騒速が付け入る隙を許す。
「それでは私より強くはなれんぞ」
 胸元に掌底が当てられ、景久は体勢を崩される。そのまま騒速は刀を振り薙ぎ、刃の重みで景久の纏う甲冑をかち割る。
「ぐあっ……」
 がくりと揺らいで膝をつく。騒速は追撃とばかり逆手に持ち替えた大太刀を高く振り上げるが、剣に持ち替えたクロードが素早く間合いへ踏み込む。
『そのお素顔、拝見!』
 騒速は黙したまま刀にライヴスを纏わせ、逆手のまま横に振り抜く。クロードの突き出した剣先は僅かに逸れ、狐面の頬辺りを掠めた。ぴしりと罅が入り、総髪が切れて黒い毛が舞う。クロードは素早く脇を抜けて再び剣を中段に構える。霧人はその時、刃に纏わる短い金色の毛に気が付いた。
「(この毛は……?)」

 騒速の周りにエージェントが集まる。騒速は振り返り、正面に御童 紗希(aa0339)の華奢な身を捉える。

 その中にいる、カイを見据える。

●力の為の力
「(気を付けてね、カイ)」
『(わかってるっての)』
 神斬を構えると、カイは一直線に騒速へ突っ込んでいく。一気呵成の一撃だ。大きく飛び退いた騒速は、刀を逆袈裟に振り下ろしてこれに応じる。
「代わり映えの無い手だな、貴様も」
『黙れよ。そうそう簡単に手の内なんて見せられるか。……それよりもだ。お前、あの時俺の名を口にしたな。名乗ってもいないのにだ』
 鍔迫り合いに持ち込みながら、カイは己と騒速とを規定する力の意味を思い起こす。

 ライヴス。生の流れ。英雄の、そして愚神の魂そのもの。

『お前は相手のライヴスに触れて技を奪う。相手の魂に触れて技を奪う。つまり、“魂が融け込む”ってのはお前と相手のライヴスが、融合する事。そうしてお前は相手の技を自分のものとする』
 鍔迫り合いを切ると、カイは武器を下段に構えて再び一気呵成に突っ込む。騒速は刀を構え、その一撃をどうにか受けて倒れぬよう踏ん張った。
「ぬぅ……」
『俺の魂に触れて何を感じた。騒速! お前は俺の“何”を見た!』
 さらにカイは剣を振り上げ、防戦一方の騒速に重い刃を叩きつける。
『お前は何のために“強さ”を求める。お前の存在とは一体何だ!』
 再び鍔迫り合いに持ち込み、カイは騒速を押し込みながら尋ねる。騒速はしばらくカイと真正面に向き合っていたが、不意に脇へと抜けてカイの姿勢を崩し、鍔で骨盤を打ち突き飛ばす。
「目的……そんなものは疾うに忘れた」
「忘れた……?」
 梁を伝って騒速の頭上近くに陣取ったリーヤ。遊夜は訝しげに呟いた。
「この身体を私に差し出した者には、きっと退っ引きならぬ理由があったはずだ。身体を受けた私には、きっと果たさねばならぬ使命があったはずだ。……だが忘れた。どんな理由があったか、どんな使命があったかもう憶えていない。今の私に見えるは、ただ武の頂へと至るための道のみ!」
 騒速は大太刀を大上段に構える。天を衝く刃の切っ先は、穴の開いた天井から差し込む光をギラリと返す。
「掛かってこい、カイ=アルブレヒツベルガー。貴様がその胸に抱く愛で私より勝るというのなら、その証を立てて見せろ!」
『あっ……!』
 カイは思わず目を見開いた。追い打ちを掛けるように、紗希が不思議そうに呟く。
「あい……?」
『くそっ! おいっ、みんな! 打ち合せ通りに行くぞ!』
 慌てて叫ぶカイ。姫乃は呆れたように溜め息をつきながら斧を構える。
「ったく、おたおたしやがって」
『ここは息を合わせてください、景久様』
「わかっちょるっちゅうに!」
 鎧が脇に食い込む痛みを堪えながら、無理矢理立ち上がった景久は刀を担いで姫乃と同時に斬りかかった。騒速は刀を素早く収め、徒手空拳で中段に構える。
「一つ!」
「ぃやああっ!」
 同時に振り下ろされる刃。両腕を突き出し、一撃を耐え忍ぶ。
「二つ!」
「せい!」
 交差するように袈裟と逆袈裟で放たれる刃。騒速は肩を突き出してチェーンソーを受け止め、上段蹴りで斧を撥ね返す。黒い羽織が裂け、血と獣の毛が舞い散る。
「俺の焔、喰らいな!」
「ちぇぇとぉッ!」
 腰を目掛けた双撃。堪えるのを諦めた騒速は、一撃を喰らった瞬間に吹っ飛ぶ。コンクリートの床を転がり、何度も受け身を取って起き上がる。黒に金糸の装いの至る所が裂け、血に塗れた黄金の毛皮が露わになっていた。
「破ァッ!」
 仁王立ちした騒速は絶叫する。ライヴスが全身に満ち、溢れる血は金糸と変わって裂けた装いを縫い合わせていく。刀を再び抜き放った騒速は、挑発するように剣先を揺らす。
「その程度か?」
『んな訳ないだろ!』
 カイは姫乃と景久の間から一気に身を乗り出し、神斬を脇に構える。その刀身、その左の瞳は既に淡い燐光を放っていた。
『ああ、そうだ! 俺は武の頂なんかに興味はない。だがマリを護る為なら! 俺だってお前の言う“力”をいくらだって求めてやる!』
 一気に跳び上がり、空中で身を躍らせ神斬を大きく振り回す。
『そのために、俺はここに存在してる!』
 目にも止まらぬ三連撃。全身にライヴスを漲らせて騒速も立ち向かうが、カイはその一発の重みが違う。騒速はその一撃一撃を捌くのが精一杯、止めの一撃に刀を弾き返され大きく仰け反る。
「赤城波濤流、赤城龍哉! 俺の刃に、断てぬものなど無しと知れ!」
 カイの頭上を一足飛びに乗り越え、ザンバーを八相に構えて龍哉が迫る。中段に構え直した騒速は、先手を切って飛び出した。怒涛の如く、迷いの無い攻勢。しかし剣士としては龍哉が何枚も上手だ。その一撃を切り落とすと、続けざまに切り上げてきた刃を躱し、刀に横薙ぎを見舞う。
 騒速の刀が飴細工のように折れ曲がる。無防備となった肩口へ、龍哉は思い切り最後の一撃を叩き込んだ。
「ぬぅぅっ……」
 刃が肉へ深く食い込み、騒速は苦しげに呻きながらその刃を弾き返す。素早く間合いを取り直し、騒速は目の前に立つエージェント達を見渡した。その右手には、無残に折れた刀。
「……やってくれるな、貴様達は。己が未熟を知らしめられる」
 騒速はちらりと天井を見上げる。リーヤは素早く影へ身を潜めるが、その顔は真っ直ぐに彼女の姿を捉えていた。
 優雨も構えを作りながら戦列に交じる。
「強さを求めることそのものが目的……なら、その果てに、何を望むの……?」

『(お前は行かないのか?)』
「(技を盗まれるのも面倒だしな。性格も合わなそうと来たら、目立たないようにしとくのが善しってもんだ)」
 仙也は一人、ヴィランズを縛り上げながら遠巻きに騒速を窺っていた。

「知らんな。……それは時が決める」
 騒速はぽつりと呟くと、折れ曲がった刀を自らの手で叩き折る。その切っ先を、騒速はカイと龍哉にぐるりと向けた。
「旧盆の迎え日、私は逃げも隠れもせず姿を現わそう。勝負だ。赤城龍哉、カイ=アルブレヒツベルガー。一戦所望する」
 その言葉を聞いた途端、景久は目を剥いた。脇腹の痛みに堪えつつ、一歩前に踏み出す。
「騒速! 俺んことは無視か!」
「悪いが、貴様の相手をしている暇はない。顔を洗って、出直せ」
「騒速……!」
 景久は駆け出す。しかし騒速は右手に持った刃に突如大量のライヴスを込め始めた。刃が耐え切れず、ぶるぶると震えだす。それを天井から眺めていた遊夜とリーヤははっとなった。
『……だめっ』
「今すぐ離れろ!」
 刹那、騒速はライヴスに巻かれた刃を投げつける。咄嗟にクロードは飛び出し、景久の前に立って盾を構えた。

 爆風。アハトアハトがエージェントを吹き飛ばした。土煙舞う中、騒速は踵を返し、一気に跳び上がる。

「逃げんのが! 俺と戦え、こんやっせんぼがッ!」
 起き上がり景久は叫ぶ。しかし土煙の中に騒速と思しき影は見えない。
「悔しくなかが! おまんより力んなか人間に、こんだけ言われて、武士ん意地が滾らんのが!」
 景久の声だけが虚しく響き渡る。

――戦いたければ強くなればよいだけだろう。私がお前の力を求めてやまぬほどに――

 もっともらしい幻聴が聞こえてくる。景久はその場に膝をつき、拳を床に叩きつけた。
「騒速ァァァッッ!」

●果たし状
「ううぅ……」
「もう、大丈夫。すぐ、救急車も、くるから……」
 腕や足を折った不良リンカー達の傍に寄り、優雨は医療キットで手当てを施す。砕いた賢者の欠片をガーゼに擦り込み、腕に副える。
「……」
 そのリンカーは横目で優雨を見上げる。ぼんやりしたような表情だが、彼女の持つ気心の優しさが伝わってくる。毒気を抜かれたような顔をして、不良は黙り込んだ。傍の壁にもたれるフロイトは、メモに戦果を纏めてにっと笑った。
『私達にとっちゃこの戦果は成功ってとこだな。初めてにしちゃよくやった』
「ん……ありがと」

『見栄張りたがりはどうでもいいこと考えるな』
 縛り上げられ倉庫の隅に転がされたフリントを見下ろし、ディオハルクは囁く。エージェント嫌いがさらに強まったフリントは、答えもせずそっぽを向いた。
「こんなことして目立とうとするからこんな目に遭うんだぜ。大人しくしとけよ」
『力の誇示なら、毎度任務で騒ぎつつ、殺し屋裏稼業系や賄賂、騙し討ちで内部侵蝕ごっこもついでにやっていれば良いだろうに』
 呆れたようにディオハルクは付け足し、その言葉に重ねて呆れた仙也は肩を竦めるのだった。
「何言ってんのかね、この家政夫系外道は……」

「おい。お前らにとってエージェントとしての活動は何だったんだよ。自分の実力を誇示するだとか、そんな程度のもんだったのかよ」
『オナカスイター』
 斧を傍に突き立て、胡坐をかいて姫乃は縛り上げられたツヴァイハンダーに向かって説教する。一介の少女(に見える人物)に鋭い剣幕で迫られるのが情けなく、一人はぼそぼそと呟く。
「俺、一度もエージェントになんて」
「うるせえ、そういう問題じゃねえ!」
『オナカスイター』
 合いの手でも入れるかのように繰り返すメルト。歯を剥き出しにして姫乃は叫んだ。
「お前もうるせえよ!」

『結局仮面の中身は拝見できないままでしたね……』
 クロードは呟く。イケメン、ゾンビ、ガイコツ。このうちどれかと思案を巡らせていたのだが、結局確かめられずその尻尾もたらりと下がっている。
「でも収穫はあったよ。あいつを切った時に付いたこの毛……どうにも動物のものに似てる」
 金色の毛をクロードの頬に突き付け、霧人はじっとその毛質を比べる。
『なぜわたくしと比べるのですか……』
 その時、リーヤの細腕がにゅっと脇から伸びてきて、霧人が抓んでいた毛を有無を言わさず奪い取った。彼女は鼻先に毛を近づけ、くんくんその匂いを嗅ぐ。
『……ん、狐の、におい、かな?』
「狐のお面を被った狐か。随分とそのまんまな奴だな」
 遊夜もその毛を覗き込む。眉を開いた気楽そうな笑みが僅かに渋くなった。最後、物陰に隠れたにも関わらず騒速はリーヤの姿を捉え、あまつさえ影から叩き込んだアハトアハトまで真似をしてきた。遊夜は隣にやってきた龍哉を一瞥する。
「……すまなかった。まさか目隠し状態でぶち当てた攻撃でもコピーしてくるとまでは予測が付かなかった」
「仕方ねえだろ。放置してたらそれはそれで面倒なモン憶えられてただけだ」
『今回は収穫も多いですわ。少なくともあの愚神は目で見て物を判断しているわけではないようですし、またチャージラッシュを奪っても来ませんでしたね』
『アイツは……きっとライヴスで俺達を感知しているんだ。だから目で見る必要は無いし、俺達が技に込めたライヴスを受ければ、そのライヴスからその技を理解する事が出来る。きっとそういう事なんだ』
 カイがいつになく真面目な表情で呟く。霧人は振り返ると、おずおずと尋ねた。
「行くんですか。果たし状を叩きつけられましたけど」
『別に奴の勝手な約束に乗ってやる義理も無いだろ?』
 嘘か真か、カイは興味なさげに呟く。紗希もまたそんな彼を見つめていたが、ふとその顔を正面から覗き込み、思いついたように尋ねる。
「……そういえばカイ。今回の戦いって何かあった? ……とっても大事な気がするのに、何だかもやもやして何にも思い出せないんだけど……」
 カイは顔を顰める。まだ面と向かって言う心の準備など出来ていない。
『別にねえよ。大事な事なんか』

『景久様……』
「……」
 芳乃が声を掛けても、景久は黙り込んだままだ。攻撃は簡単にあしらわれ、最後にはほとんど無視され果たし状も無しだ。
「……なあ、俺は弱いんか」
 従者の顔を見ようともせず、景久は尋ねる。
『決してそんな事はありませんよ、景久様』
「慰めなんぞ要らん。俺は弱いんじゃ。弱いから奴に相手にもされん」
 唇を噛み、景久は肩を震わせる。屈辱だった。島津の名折れだった。涙が薄ら零れる。
「これから俺は、どうすればええんじゃろうな」



 夕陽が海へと沈んでいく。燃える光を浴びながら、断崖に立って一人の黒き武者はひたすらに大太刀を振るっていた。

 来たるべき最初の決戦の為に。

 To be continued…

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
    人間|16才|女性|命中
  • アサルト
    カイ アルブレヒツベルガーaa0339hero001
    英雄|35才|男性|ドレ
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 朝日の少女
    彩咲 姫乃aa0941
    人間|12才|女性|回避
  • 胃袋は宇宙
    メルトaa0941hero001
    英雄|8才|?|ドレ
  • 心優しき教師
    世良 霧人aa3803
    人間|30才|男性|防御
  • 献身のテンペランス
    クロードaa3803hero001
    英雄|6才|男性|ブレ
  • 悪食?
    逢見仙也aa4472
    人間|18才|男性|攻撃
  • 死の意味を問う者
    ディオハルクaa4472hero001
    英雄|18才|男性|カオ
  • エージェント
    柏木 優雨aa5070
    人間|15才|女性|防御
  • エージェント
    フロイト・ヴァイスマンaa5070hero001
    英雄|25才|女性|カオ
  • 薩摩隼人の心意気
    島津 景花aa5112
    機械|17才|女性|攻撃
  • 文武なる遊撃
    新納 芳乃aa5112hero001
    英雄|19才|女性|ドレ
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