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涙雨と血の涙
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相談卓
最終発言2017/07/08 07:49:05 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2017/07/05 01:46:19
オープニング
●
雨が降る。
あまり雨の降らない地域ではあったが、まったく降らないわけではない。
「雨は嫌いだわ」
ダークブロンドの若い女性が空を見上げて呟いた。
手入れされた様子のない荒れた髪から雨に混じって赤い滴が落ちる。
「これであと一人」
女性が片手で吊り上げていた物をぽいと捨てる。
水はけがよくないのだろう。あちこちに水たまりができたアスファルトの地面に落ちたのは、やや小柄な女性より頭二つ近くは背が高い成人男性だった。
その顔は青紫色に変色しており、首には女性の細い指がめり込んだ痕がくっきりとついている。
最も酷い状態になっているのは腹部で、一体何度殴りつければそうなるのか、女性の拳と同じ大きさの凹凸で覆われ、せり上がった物が男性の口から垂れ下がっていた。
「ママとパパもこんな風に苦しんだのかしら」
ガーデニングが趣味で日焼けしていたはずの母親の肌は異様に白く、青紫の痣がやけに目立った。
文学と読書を愛し、優しい微笑みを浮かべていた父の顔は見た事もないほどに歪んでいた。
この男よりもずっと苦しんだはずだ。
「あと一人。あと一人で終わるわ」
女性は胸元で揺れる大きめのペンダントを握り締める。
雨に濡れて一層鮮やかなウルトラマリンのペンダント。本来なら少し濃い目の灰色である彼女の瞳は、今はペンダントと同じ色をしていた。
「あなたとの誓いは忘れてないわ。だからもう少し、私に力を貸して」
どんな困難にも挫けず立ち向かう事。それが二人の間で交わされた誓いだった。
「あと一人、必ず見つけて殺してやるわ」
●
「ヴィランによる殺人事件が起きています」
職員が操作したスクリーンにはある町で起きた殺人事件に関する資料が表示されていた。
被害者は三人。全員が二十代前半の男性。死亡推定時刻や殺された日はそれぞれ異なるが、全員が雨が降った日に殺され次の日に遺体が発見されている。
遺体はどれも腹部を異常なほど執拗に何か硬い物で殴打されており、首には絞めた痕があると言う。
「警察は殺人事件の犯人を捜査していましたが、全く違う事件に繋がりました」
約一年前、別の町で強盗殺人事件が起きた。
被害者はその町に住んでいた夫婦であり、第一発見者はその一人娘であるシンディ・ローレン。
彼女はリンカーだった。
「お分かりかと思いますが、このシンディ・ローレンが殺人事件を起こしたヴィランです」
プリセンサーの予知でその姿が判明し、また殺人の動機も分かっている。
被害者の三人は、約一年前の強盗殺人事件で彼女の両親を殺した加害者でもあったのだ。
当時雨が降った事で事件の手掛かりが少なくなってしまい現在も捜査が続けられているが、彼女自身で何らかの証拠を掴んだのだろう。
復讐が始まり、すでに三人が彼女によって殺された。
残るはあと一人。
「この三人はひったくりや傷害事件を繰り返し起こしていた四人組のメンバーだと判明しています。そしてプリセンサーが予知した新たな犠牲者が、四人組の最後の一人です」
最初の一人が殺された直後、勘の良い他三人はすぐにバラバラに別れ街を離れていた。
シンディは時間をかけて彼等を見つけ出し、殺して行ったのだ。
「皆さんがシンディと接触できるのは彼女が四人目を発見した直後です」
四人目は廃棄された車両や機器類などが集められたジャンク置き場で殺される事になる。
ジャンク置き場にはプレハブ小屋が建っており、四人目はそこを隠れ家として利用していたようだ。
仲間が一人殺されただけで自分も狙われると察して逃げだした勘の良さも、その地域には珍しい豪雨の中から迫って来たシンディの存在を察知する事はできなかった。
四人目は激しい暴行により命を落とし、シンディは復讐を終えてめでたしめでたし。
―――とはいかなかった。
「両親の死、復讐のために殺人を重ねた事でシンディの精神は崩壊しかけています。四人目を殺した時点で精神は完全に崩壊し、力の暴走により英雄は邪英化してしまうでしょう」
すでにシンディと契約した英雄は邪英化しかけている。
契約者である彼女とすらコンタクトが取れない状態だ。
「狙われた四人目を救出し、シンディを捕縛して下さい。四人目を殺さなければ、辛うじてですが邪英化も防ぐ事ができるでしょう。複雑な気持ちになる方もいると思いますが、どうかよろしくお願いします」
解説
●目標
シンディ・ローレンを撃破し捕縛する
狙われた男性の救出
●特殊ルール
男性が死亡するとその時点でシンディ・ローレンは邪英化します
そうなった場合シンディ・ローレンを撃破すると捕縛ではなく死亡する可能性があります
男性が死亡してもシナリオ失敗にはなりませんが、報酬は減ります
また男性とシンディの両方が死亡した場合、シナリオは失敗です
●状況
時間/天候:深夜1時/豪雨
普段は雨の少ない地方ですが、当日は記録的な豪雨で外は1m先もよく見えません
シンディと男性がいるプレハブ小屋の周りは1スクエアほどの通路がうず高く積み上げられたジャンクの山を縫うように無秩序に伸びています
照明はプレハブ小屋周辺に限定されますので、他は真っ暗です
皆さんが突入した時点でシンディは四人目の男性と接触していますので、救出のためには素早く男性の身柄を確保する必要があるでしょう
●登場人物
・『シンディ・ローレン』
人間/ソフィスビショップ
本来は大人しい女性だったが、両親の死をきっかけに精神の均衡が崩れ始め復讐の念に憑りつかれた
復讐を続ける事で精神の崩壊が進み英雄は邪英化しかけている
攻撃適正。戦闘では魔法攻撃を行う
邪英化しかけている影響なのか全体的に能力が底上げされているが、元々魔法系に偏った能力のため物理系の能力は低め
・『バリー』
シンディに狙われている四人グループ最後の一人。二十前半の男性
傷害事件を繰り返しており人を傷つける事になんの躊躇いもない人物であり、一年前にシンディの両親を殺した時も「殺すつもりはなかったが気が付いたら死んでいた」程度の認識
基本的に人を見下しており他人に何か言われる事を嫌っている
リプレイ
●ある雨の日
すべてをかき消すような雨が、天から降り注いでいる。
雨音が気配と足音を消す。
暗闇の中。
エージェントたちが、ジャンクヤードを駆け抜ける。
「準備はできてるみたいっすね……」
「根回しって大事よね」
久兼 征人(aa1690)と行雲 天音(aa2311)は後ろを伺い見る。
後方では、H.O.P.E.の人員が待機しているのがわかる。
エージェントたちがこれから助けに入る男は、決して善良な一般人ではない。
それゆえに複雑な気持ちにもなる。
(男の方は正直どうなっても構わない。けど、それで邪英化なんてローレンさんもその英霊もつらすぎるじゃねえか……)
ミーシャ(aa1690hero001)と共鳴したからこそなのか、久兼は僅か、戦場を冷静にみられるような気がした。
「僕も、あの時何かが違っていたら……こうなってしまったんだろうか?」
天城 稜(aa0314)は、視界のおぼつかない暗闇を眺めながら思った。
もしかしたらの可能性が、すぐそこに見えているような気がする。
ライトアイが、暗視ゴーグルをつけていないメンバーの視覚を確保する。天城のパートナーであるリリア フォーゲル(aa0314hero001)は、回復等の治療魔法や強化魔法を得意としている。
行雲がノクトビジョン・ヴィゲンを通して戦場を見ると、ライヴスのゆらめきがよく見える。
暗闇の方は改善されたが、豪雨が視界を妨げる。
『酷い雨ですね』
蒼(aa2311hero001)が呟いた。
「湿度の多い季節だし、仕方ないのかも」
復讐だろうが何だろうが、周りに迷惑をかけてほしくない。
邪英化は以ての外だ。
『復讐は使用上の注意をよく読み、用法・容量・周りに迷惑を掛けないを守って正しく実行して頂きたいものですね』
蒼のからりとした言動は、じめじめした湿気の中、不思議と周囲を元気づけるような響きを持っている。
暗視鏡「梟」が、闇を見据える。
「彼女は……私が辿るかもしれなかった可能性、か」
海神 藍(aa2518)は従魔に襲われた故郷を想った。
(姉を殺された時、私も下手人の男たちをひどく憎んだものだ)
『兄さん……行けますか?』
「行けるさ……行かなくてはならない」
気ぜわし気に尋ねる禮(aa2518hero001)に、海神ははっきりと答えた。
凛とした声。
(あるいは、これは私の過去との戦いなのかもしれない)
禮曰く、共鳴したその姿は、禮の可能性の一つかもしれないものだ。
「やるか」
雁間 恭一(aa1168)は、突入の殿を務める。
入り組んだ通路、分岐点。先を急ぎながらも、事前に聞き及んでいた情報を照らし合わせ、地形を頭に入れていく。
『この件には思い入れが有るのではないか?』
「……別に。良くある話だろうが」
否定はしたが、マリオン(aa1168hero001)の言は鋭かった。
『確かに貴様も押し込みの最中につい手に掛けてしまう事なぞ良くあっただろうからな』
「あ? そっちかよ! 俺は面白半分にやった事はねえ!」
『殺された方に取っては面白半分だろうがビジネスライクにされようが同じだがな』
雁間の脳裏に古龍幇時代の記憶がよぎる。
「うるせえな……世の中には仕方ない事がごまんとあるんだよ。ビジネスライクにしなきゃこっちがもたねえ……この件もな。それだけだ」
どこか自分に言い聞かせるような言葉は、雨音に吸い込まれていった。
シンディは復讐を果すことに集中して、まさか妨害者がいるとは思わないだろう。その読みは果たして当たったようだ。
暗闇が、エージェントたちに味方する。
明かりを使わなければ、気が付かれることもないだろう。
配置を割り振るマリオンの声に従って、エージェントたちは素早く配置につく。
「いた……」
窓の下に姿を隠しながら、梶木 千尋(aa4353)は窓から内部の様子を探る。反射した鏡に、一瞬、シンディと、バリーと思しき男が映る。
「……復讐する相手が残っていたとして、一歩間違えば、わたしもああなっていたかしらね」
『意味のないifだな。ただ、少なくともそんなキミに僕らが力を貸すことはなかっただろうけど』
「そう」
高野 香菜(aa4353hero001)の言葉に、僅か胸が熱くなる。
「……あなたが相棒でよかったわ」
「行くか」
バルタサール・デル・レイ(aa4199)の動きは過不足がない。
普段の気さくな態度からは想像もできないが、元はバルタサールもバリー側の犯罪に荷担する人間だった。
(さて、どうなるかな?)
紫苑(aa4199hero001)の関心事は、生まれながら、罪悪感に欠けた人間よりも、むしろシンディにある。
壊れた機械や道具は修理すれば直るけれど、壊れた人間はどうなるのか?
興味は尽きない。
シンディは邪英化しつつある。
命乞いの声。鈍い打撃音。
●復讐
もうすぐ終わる。もうすぐ……。
シンディには、もはや、何の感情もなかった。勝利の高揚さえなかった。極めて事務的に――首を絞める手に力を入れる。
これで、最期。
「やめろ、そいつに殺すほどの価値はない」
「!」
海神の言葉が合図となった。
海神が放った銀の魔弾とともに、突如として眩しい光が降り注ぐ。
バルタサールの放ったフラッシュバンだ。
合図により、エージェントたちは目をふさいでいたが、そうでないシンディは正面から光を浴びることとなる。
続いて、ガラスの割れる音が響いた。飛盾「陰陽玉」が、窓を叩き割り、別方向から部屋に飛び込んできたのだ。
部屋に蝶が舞い込んできた、……かに見えた。鮮やかな衣装をまとう梶木だ。
一瞬、シンディの意識が向いた。だが、その目はまだ憎い仇を見ていた。
詠唱を開始する。
梶木が張り巡らせたリンクバリア――ライヴスの結界が、男をかばうように立ちはだかり、威力を弱める。
それでも、と、狙いを定めようとしたところで。
「こんばんわー、夜分遅くに失礼します」
別方向からふわりと飛び込んできた行雲は、17式20ミリ自動小銃を構える。威嚇射撃の銃弾が浴びせられる。下手には動けそうにない。
思わず、一歩下がったところで、海神が詠唱を終えた。
『無明の夜に、火を灯せ』
海神のブルームフレアが部屋を駆け巡り、炎が奔流する。小屋の周囲にあったジャンクの山が、がさりと崩れて落ちた音。
「本当は、わかっているんだろう? この復讐に、何の意味もないことも」
バルタサールのガンライトが照らす戦場に向かって、一直線に炎は伸びる。
(復讐に囚われ、冷静さを欠いている……無理のある攻撃だ)
バルタサールは、続けてLSR-M110を振りぬいた。攻撃のタイミングに合わせて、姿勢を崩すようにストライクの一射。
シンディは避けられなかった。肩に血がにじむ。
それでも、と、詠唱を続ける。
久兼の放つセーフティーガスが、暴れかけた男の意識を奪った。
ぐらり、男の姿勢が崩れる。
シンディが目を光らせるが、だがしかし、銃を構えた行雲が視界に入る。
自動小銃での攻撃が来る。再びの威嚇か、あるいはこちらを狙ってくるか……そう思った。
(一撃で……!)
狙いが定まらない中、シンディは、バリーに向かって思い切り魔弾を放とうとした。
しかし、行雲はふわりと銃を手放す。
「!」
代わりに持っていたのは……。
(釣、竿……!?)
意識の外からの攻撃。
シンディの注意が逸れたタイミングに合わせて、行雲が釣竿を振るう。浦島のつりざおが、倒れかけた男の服を難なくひっかける。
「させない!」
降り注ぐ弾丸。天城のライヴスミラー が、攻撃を跳ね返す。
回転するリールが、男をひっかける。
「1っ本釣り確保ー」
『あれですね、なんともシュールなこの光景』
「ほいっとね」
天城が、男を後方に投げ渡す。
久兼が素早くバリーの身柄を支えた。
確保。
入れ違うように、雁間が割り込む。行け、というように道を開け、シンディとバリーの射線に割り込む。久兼が目だけで礼を言って、男を担いで素早く道を戻っていく。
どうして。
シンディは思い切り唇をかみしめる。
どうして、こうも邪魔が入るのか。
「邪魔を、しないで……」
「そう言われてもね」
『少し落ち着かれてから、改めて考えてはいかがでしょうか。としか言いようがありません』
「邪英化は無しの方向でね」
「これ以上、手を汚さないで」
天城が呼びかけ、呪文を妨害するように、至近距離で《白鷺》/《烏羽》を振るう。純白と漆黒の翼が、かわるがわるに目の前を横切る。
「どうして……」
「貴方が、英雄が傷つく必要はない」
「あいつを……っ! あいつは!」
割り込んだ梶木が、守るべき誓いを発動する。
どうしたって目を奪われる、あざやかなライヴス。
「あなたの復讐はここで終わるのよ。止まれないというのなら、わたしたちが力づくで止めてあげるわ」
「そんなの、頼んだ覚えはない!」
梶木に向かってシンディは叫んだ。
『邪英に堕ちかけるだなんて、恥を知りなよ。壊れゆくパートナーをただ見てるだなんて、
”英雄”の名が泣くぜ?』
高野が相棒に呼びかけた。
共鳴が揺らいだ?
一瞬だけ。わずかにパートナーが動揺した、そんな気がした。
いや、違う。
ドンナコンナンニモクジケズタチムカウコト。
だから。
シンディの頭を、誓いの言葉が駆け巡る。
感じた違和感はすぐになくなる。
人ならざる者になりつつあるのがわかる。
けれど、それを代償に。
まだ、動ける。
追わなくては。
(闇雲で狙いが合わなくなった。だが、威力は増している、か?)
バスタサールのストライクが、シンディの右足を射貫いて機動力を削ぐ。
「あんな根腐れしたようなの追っても、良いことないよ」
行雲の場を完璧に把握した距離からの、極めて鋭いストライク。やはり、足を狙われた。目標は無力化にあるのは明らかだ。
「そんな覚悟で! 邪魔をしないで!」
負傷を無理やりに引きちぎってでも、先へ進みたかった。
「復讐は個人の勝手だけど、後の事や周りを考えてないでしょ」
『邪英化は以ての外ですね』
「状況が状況だったとも判るけど」
シンディが欲しいのはそんな言葉ではなかった。けれど、そんなの言うまでもなく、相手も、それをわかっている。
だからこそ、攻撃をする手は止めない。
『標的以外に被害が及ぶような復讐は、もう復讐とは言えません』
「とばっちりが来るのは此方だしね」
「邪魔を、しないで……!」
吠えるようにして立ち上がった。
バリーを追うには、前衛に陣取る梶木と天城の位置取りがどうしても厄介だった。小屋の壁と挟み込むようにし、外に出さないようにしているのは明らかだ。
ゼロ距離でもみ合うような状態で戦っているがゆえに、離脱することが難しい。
「どうして? どうして、あんな男をかばうの?」
「あの男を庇ってるわけじゃない! 守りたいのは……」
天城の目は、真正面からシンディを見据える。
どうしてか、その目を見続けることができなかった。
シンディは一瞬の隙を突いて、飛び上がった。無理な姿勢から繰り出される、サンダーランス。
つんざく雷の音。
天井が崩落する。
●場外
「追ってきやがるか」
シンディの行く手に、流星のように無数の光子が降り注ぐ。
シンディの動きにいち早く反応したのは雁間だった。
ジャンクの山を崩して道をふさぐ。足止めだ。
それを見て、シンディの詠唱の様子が変わった。
範囲攻撃がくる。
察して、雁間は自身も大きく跳び、守るべき誓いを発動する。
「邪魔をするなら……」
雁間は近接戦に備え、獲物を替えた。
左手には礼装剣・蒼華 。右手にはインサニア。礼装剣を牽制に使い、それにつられればインサニアを叩きこむ。
「HOPEの正義のメニューに断罪は無いんでね。俺も片手落ちだと思うが……」
剣劇をかわしたところで、雁間はライヴスリッパーを放った。
容赦のない攻撃が、シンディの意識を刈り取ろうとする。
「悪いが続きは裁判所でやってくれ」
ぐらりと、頭が揺れる。
意識が飛びそうになった。
まだ。
眠ってはいけない。
まだあきらめてはいけない。
(そんなの、許されない……!)
すんでのところで立ち上がる。
雁間は――マリオンは、それを見て、不適に笑みを浮かべていた。はっとして、美しいと思えるほどの、笑み。
『ほう……復讐に狂った女も中々そそるな。なるほど、詰まらぬ仕事だと思ったがこ奴を生かしておくのも一興という事か』
(生かしておく?)
咄嗟に意味が分からなかった。
これから自分が生きているヴィジョンが思い浮かばない。
この復讐を遂げたら、どうなってもいいと誓いを立てた。
もみ合っているうちに、バリーを追うシンディにも追手が迫る。
バルタサールが、死角からロケットアンカー砲を放った。この軌道では当たらない。そう思ったが、その軌道を変え、クローが足へとひっかかる。
思い切り引っ張られ、シンディは体勢を崩した。
全力で移動した梶木が、位置取り再び盾を構える。
シンディは魔弾を放とうとする。
行雲が、再び意表を突いた位置にいる。尾を引く、ストライク。
雨粒すら避けるように、軌道が逸れ、右腕に命中した。
仇は遥か後方に過ぎ去っていた。
シンディは歯噛みした。
追いつけない。
ならばエージェントたちをなぎ倒して、あそこまで至るしかない。
天城のケアレインが、梶木の傷を癒した。
「通して……」
「……正直なところを言えば、あなたが復讐を遂げるのを見逃してあげたいくらいよ。それでこともなくすべてが終わるのなら、ね」
「そこを通して!」
「けれど、あなたはもう自分すら保てない。そんな弱さで復讐を語るのなら、ここで終わりにしなさい」
鮮やかな、ライヴスリッパーの一撃。
(まだよ、まだ……)
『もう自分でも止められなくなっているんでしょう? ……だから』
海神の放ったリーサルダークが、意識を奪わんとする。
「良い夢を。悪夢の終わりを」
「ま、マダ……」
「これ以上、貴方の手を汚させない! 貴方は納得して復讐しているつもりでも、貴方や英雄の心は傷ついている! じゃなきゃ、邪英化になりそうだなんてならないよ……」
まがまがしい魔力の爆発をアイギスの盾で受け止めながら、天城は叫ぶ。
「私は誓ったの、私は……どんな困難にもくじけず、立ち向かうって……あいつらに……あ、あいつらを……」
「貴方達の誓約がどんな困難にも挫けず立ち向かう事なら、何故復讐に走るんだ! 自分のような人を増やさない様に戦う事があってるんじゃないのか!」
身体が限界だった。
全てを込めた、渾身の、最期の一撃。
食らいつかねばならなかった。
「来る……!」
戦線に戻ってきた久兼が、仲間たちに警告する。
ゴーストウィンド。
不浄なライヴスを含んだ嵐が、辺りに吹き荒れる。
最前線にいた天城は避けなかった。抵抗すら、しなかった。
シンディの手に、鈍い手ごたえが走る。
「もういいだろう?」
いやな感触だった。
3人を殺したときのような、鈍い音。
「これ以上、手を汚さないで」
その声が、誰かと重なる。遠い昔に失った誰かの声?
誰だかわからない。
「僕も、貴方と似ているんだよ……僕も一人手に掛けてしまっているんだ……彼は友人だったんだ……」
シンディには、天城がどうしてそんな顔をしているのかわからなかった。
ただ、抱きしめられた。
そっと幻想蝶が、手のひらに触れる。
シンディは動かなくなった。
●雨、上がるとき
天城は愚神に取り憑かれた友人に殺されそうになった。もしかすると、覚醒と契約をして彼を救えたかもしれなかったと思う。
それも、過ぎ去った過去のこと。
天城はそっと、シンディから身体を離す。暖かい。心臓は、緩く鼓動している。もう危険はないだろう。
『無茶をしますね』
リリアの瞳はどこか優しげだった。
「終わったか」
バルタサールは、周囲の安全を確認し、雨に濡れた黒髪をかき上げた。
(さて、これから……どうなるのかな?)
琥珀のような瞳で、紫苑は遠くからシンディを眺める。
『この結果に満足はできたか?』
「さあな……」
マリオンは、雁間との共鳴を解き少年の姿に戻っていた。雁間はちらりと運ばれていくバリーを一瞥したが、それ以上は何も言わなかった。
シンディと英雄の共鳴が解けていた。英雄はただ、シンディの側で佇んでいる。
「”気持ちはわかる”なんて、軽薄なことは言えないが……」
海神はシンディに己を重ねる。
「私も姉を殺されて……その犯人を殺そうとさえ思ったが……本当に許せなかったのは自分自身だった」
シンディの英雄が、じっと海神を見ていた。
「気持ちを打ち明けて、想いを吐き出すと良い。……あなたにはそれができる相棒が、英雄がいるだろう?」
悲しみの雨が、憎しみの火を消し去るように。
どうか、この人に安らぎがあってほしいと願った。
『もうすぐ、雨が止むよ』
と、高野が言うので、梶木は空を見上げる。雨足はずいぶん弱まっていた。
犯人の男を殺したって殺さなくったって、きっと気持ちは晴れないだろう。だから、これでよかったのだ。
気を失ったシンディに、久兼は傘を差し出す。その雨は、なんとなく、シンディの涙のようだった。
(シンディはちゃんと声を上げて泣けたのかしら)
ミーシャはそっとシンディの髪を拭いて、それから優しく髪を梳いた。
(体が冷えないようにしてあげないとね)
タオルを探すと、蒼がブランケットを差し出した。
「用意が良いね」
行雲の言葉に、蒼は完璧なお辞儀を返す。完璧なメイドは、準備もまた完璧であるということだろう。
ミーシャは、ただ黙ってシンディをぎゅっと抱きしめた。
エージェントたちの活躍により、1人の女性の復讐譚は、完遂されることはないままに終わりを迎えた。
バリー、そしてシンディは、公の場で裁きを受けることとなる。
事件の事情を鑑みて、シンディにはおそらく情状酌量の余地が認められるだろう。
担当:布川
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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