本部

飛んで火にいる

長男

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 6~6人
英雄
5人 / 0~6人
報酬
少なめ
相談期間
5日
完成日
2017/07/02 21:28

掲示板

オープニング

●打ち払う羽
「この辺でやめておいたほうがいいと思うけど?」
 大村立羽は周囲を取り囲む男たちを睨みつけた。
 彼女の足下に群衆と同じジャケットを着た若い男が倒れていた。正当防衛だ。夜食を買ったコンビニを出てすぐ、たむろしていた男たちがまとわりつくように彼女へ近づき、そのうちひとりが制服の上から彼女の華奢な体を触ろうとした。
 不埒な手を払いのけ、慎重に手加減して拳を叩き込む。倒すのは簡単なことだった。
 悪党どもは口々に威嚇や罵声を浴びせてきた。隠し持った刃物を取り出すものもいた。
 それでも立羽は眉ひとつ動かさなかった。感情から恐怖が抜け落ちてしまったかのようだ……あの夜から。
「まあいっか」
 立羽はブレザーの裾をさすった。そこに身につけた腕輪を。わずかにそれを目で見て、学校指定の肩掛け鞄を放り投げると、適当な半身の構えをとった。
「あんたに頼るまでもない」
 いきり立った数人の男子が飛びかかった。立羽には止まっているように見えた。

●顎を鳴らす徒党
 違う夜、別な場所で、立羽はまたも悪辣な雰囲気の男たちに包囲されていた。
 彼らに浮ついた熱狂はなかった。刺すように冷たい視線と、そして不気味な怒りを伴っていた。
 建物の壁を背にして立羽が睨み返すと、何人ものごろつきどもは一斉に左右へ分かれ道を空けた。リーダー格と思しき男がむさ苦しい花道の中央を歩いて来るところだった。
 男の顎は鋼に覆われていた。鋼鉄の下顎だけが人間の顔に新たに付け加えられ刺々しくしゃくれていた。
「ふん、顔は悪くねぇらしいな」
 男が鼻を鳴らした。少しもいい気分はしなかった。
「何? あんたたちに用なんてない」
「言ってくれるぜ。俺の手下が世話になったじゃねぇか。あの辺りは俺らの縄張りなのさ」
 男は毒々しいネオンを反射しながら威圧的に指さした。その手も鉄でできていた、袖の奥まで金属かもしれなかった。
 立羽は気がついた、男たちのジャケットは撃退した痴漢が羽織っていたものと同じだった。一文字に一枚、分厚いステッカーで『緋色雀蜂』とある。
「あれだけヤンチャしといて、お前、ただで済むと思うなよ?」
 鉄顎の男が大股で詰め寄った。立羽は身構え、男は一度立ち止まった。
「抵抗しようなんて考えるんじゃねぇぞ。なんたって俺は……天下無敵の能力者だからだ!」
 男はこれ見よがしに片腕にはめ込まれた宝石を見せびらかした。幻想蝶、超常の能力者に許された輝きを。
 立羽は驚き、そして軽蔑した。この男も同じだ。ある日突然世界の常識を覆す力を手に入れたのだ。立羽は世界に醒めてしまったが、この男は貪り食うことを選んだ。
「わかったか? 抵抗すれば殺す。どっちにしても楽しませて……」
「もういいよ」
「あん?」
 立羽は制服の袖をまくった。白い肌の上に、女児の喜ぶおもちゃのような腕輪がついている。英雄を宿した幻想蝶を抱く腕輪が。
「そうか、お前も。お前も能力者か」
 男は急に機嫌をよくして、歪な笑みを浮かべて近づいてきた。立羽は手を添えて腕輪を構えた。緊張が熱を帯びて背中を昇り、短い髪の先までちりちりと漲った。
「面白い。お前、俺の仲間になれ。いくらでも可愛がってやる。仲間にならねぇなら始末するぜ。たっぷりといたぶった上で、な」
「……やってみろ!」
 心の中で英雄に呼びかけると、煌めく光が羽ばたいた。立羽は英雄とひとつになった。

●飛ぶが如く
「市街地で暴動を起こしているヴィランの鎮圧に向かってください」
 H.O.P.E.の職員は画面に表示された町並みを指で辿った。
「特徴的な外見から、主犯格は『緋色雀蜂』を名乗る小規模なヴィランズのリーダーと思われます。能力者を含む大量の配下を引き連れ、現在街中に勢力を展開して一人の少女を追い立てているようです。幸い一般人の被害は確認されていませんが、建物の壁や信号機などを巻き込みながら攻撃が行われ、危険な状態です」
 機械的な顎を持つ男と、学生服を着た少女の画像が画面に追加される。
「エージェントの皆さんはヴィランズを拘束し、可能であれば彼女を保護してください」
 画面は動画に切り替わった。設置された防犯カメラの映像だ。制服のスカートを翻し、驚くべき身のこなしで追っ手を振り切る少女の姿が映っている。
「彼女も、おそらく能力者でしょう。移動力、回避能力から、シャドウルーカーの英雄と共鳴しているものと思われます。接触の際にはご注意ください。彼女は街の外へ向かって闇雲に走り回っているようですが、逃走経路はある程度予測可能です」
 逃げる少女と追う蜂の群れ。周囲を顧みない追跡のために時間が経つほど被害は広がっていく。いずれ一般市民が巻き込まれるかもしれないし、もちろん追いつかれたら少女も終わりだろう。
 市民の安全のため、行動は迅速にお願いします。職員が会議を締めくくった。

解説

●目的
 市街地で暴走しているヴィランの鎮圧。大村立羽の保護。
 リーダーと配下の能力者は大村立羽の追跡に向けて行動している。彼ら以外の敵は警察でも対処できる一般人であり、能力者に該当する敵をすべて無力化した次点で鎮圧は達成となる。

●現場
 茨城県某所の住宅街。
 大村立羽の家と学校の間にある様々な建物や交差点が密集した地域。
 一般市民は自主的に避難したか、屋内に籠もっている。建物を巻き込む攻撃は、無関係な市民に被害が及ぶかもしれない。

●大村立羽(おおむら たては)
 つい最近シャドウルーカーの英雄と契約した人間の女子高校生。無愛想で反抗的。学校では身だしなみのよい優等生。「まあいい」「もういい」が口癖。
 英雄の力を得て日常に醒めてしまい、危機感の麻痺と超常の過信が今回の事件を招いてしまった。
 全力移動を繰り返し逃げ切ることだけを必死に考えている。エージェントを見ても逃げようとするだろう。強引に取り押さえると抵抗するかもしれない。繁華街を離脱されると追跡はほぼ不可能となる。

●ヴィラン
 鉄顎の男。ギャング崩れのヴィランズ緋色雀蜂のリーダー。両腕と顎を機械化したアイアンパンクの男性。契約対象が英雄か愚神かは不明。
 ライヴズを介した義手、強い力を持つ顎による物理攻撃を得意とする。回数に限りがあるが強力なシールドも備えている。
 手下の能力者は八人。半数が刃物、半数が銃で武装している。手下の戦闘力は低い。

リプレイ

●争いへの備え
「HOPEのエージェントです。ここはまもなくヴィランとの戦闘区域に入ります」
『避難誘導に従って、落ち着いて避難してください!』
 白金 茶々子(aa5194)とシェオルドレッド(aa5194hero001)は街からあふれた人の波をなだめていた。まもなくここも戦場になるだろう。
「ここからだと学校が近いです。この道をまっすぐ……」
 通りの反対側で、覚えたての地図と目印の建物を頭の中で重ね合わせながら、夢洲 一二三(aa4846)が避難経路を教えている。
 避難誘導に当たるエージェントは幼い少女だったが、住民は指示を聞き入れてくれた。ある老人が話した、これほどの騒ぎは初めてだが原因には心当たりがあると。
「迷惑極まりない連中ですね。大丈夫、わたしたちがお仕置きしてあげます」
 嘆かわしい。一二三は軽蔑を隠せなかった。人々は日常的な迷惑に閉口していて、今日の事件が大きいだけらしいのだ。
「もしもし。ええと、もう少しで避難完了です!」
 茶々子はライヴス通信機を起動し、避難誘導の状況を仲間へ伝えた。通信機に喋りながら上を向くと、晴れた夜空に輝く鷹が尾を引いて二匹飛んでいた。

●傷ついた羽根
 大村立羽は逃げ延びるためにあらゆる手段を試みた。
 知っている脇道や近道は全部使った。追ってくるものからは建物の隙間へ逃れ、攻撃してくるものは無視し、ときに打ち倒した。彼らはみな野蛮で、凶暴で、同じ上着を身につけていた。立羽はがむしゃらに走り続けていた。
 次の角を曲がると、道の真ん中に一組の男女がくっついて立っていた。立羽は立ち止まり、この二人組を避けて違う道を行くか、それとも脇を走り抜けるか判断するのに一瞬を要した。そして彼らにはその数秒で充分だ。
「大村立羽さん、だね? こちらエージェントの麻生だ、忙しいところすまんね」
 麻生 遊夜(aa0452)が証明書を提示して立羽の反応を伺う。彼の腕を抱きしめ隣に立つユフォアリーヤ(aa0452hero001)も静かに立羽を眺めていた。近くで見た彼女の身なりは傷つき、呼吸は乱れ、一見して限界のようだ。
 遊夜が話しかけるなり立羽は向きを変え、しかしわずかな足踏みに留まった。別の二人が立羽の前に立ち塞がり彼女を道の間に閉じ込めていた。
「怖がらなくてもいい、私は彼と同じ、君を保護しに来た者だ」
 無月(aa1531)は両手を開いて無害を示した。肩越しに遊夜が眉を上げるのが見え、無月はかすかに頷いた。
 無月の相棒であるジェネッサ・ルディス(aa1531hero001)もまた物陰から姿を現していた。
『このお姉さんはちょっと怖く見えるけど、本当はとても優しいからね。安心していいよ』
 立羽は無月と遊夜を交互に見た。疲弊と混乱、そして焦燥と苛立ちが表情に混ざった。
「何? 話すことなんかない。あいつらが来る、止まってる場合じゃないの」
 立羽の踵は地面から浮き、腰は引けて、今にも走り出しそうだ。
 それでも彼女は会話に応じていた。遊夜たちは立羽を刺激しないよう不用意な接近はせず、なるべく冷静な説得を試みた。
「後ろの奴らが暴れてるせいで動き回ると被害が増えそうでな。あれはこっちで処理するから止まっててくれんかね? 走り回って疲れてるだろうし」
『……ん、今なら水筒にタオル、お菓子が付いてくる……よ?』
 遊夜の言葉に続き、リーヤが猫めいた尻尾を緩やかに揺らした。立羽は戸惑い、目尻を下げて、かぶりを振った。尻尾を目で追う立羽の心はもっと揺れ動いているように思えた。
「いらない。あいつらと戦うなら好きにすればいい。私は街を壊してないし、あんたたちが戦う間に止まってる理由もない」
 反対側から無月が話しかけた。
「もし彼らが来ても私達が君を守ろう。このまま君が走り回れば一般人にも被害が出てしまう」
「もういい、どいて! 時間がないの。私は一人でも逃げ切れる、のんびり守られて歩くつもりはない!」
「君の力はもういいで済まされない程大きいのだ!」
 立羽は押し黙った。無月はおそらく自分を落ち着けるために一呼吸した。遊夜は立羽に若さを感じ、むずがゆく前髪を指で擦った。
「頼む、人々を守る為だと思って共に来て欲しい」
 木に止まった蝶を捕まえるように注意深く無月は手を差し伸べた。立っている場所からは近寄らず、応じてくれることを願いながら。
「いたぞ! リーダーに伝えろ!」
 横槍に誰もが振り向いた。道路を覆い尽くすバイクに跨った男たちは、同じ赤と黒と金のジャケットをライトに浮かび上がらせていた。
 立羽はもう駆けていた。来た道を逆走し迫り来る大勢へ突っ込む。遊夜は小さく毒づいた、集団と彼女の間の道路に細い横道がある!
「ああ、間に合えよ……!」
 遊夜は両者の足を止めるべく群れと少女に挟まれた空間めがけてフラッシュバンを放った。強烈な閃光が夜の一切を塗り潰した。
 視界が晴れると、バイクは転倒し折り重なってひしゃげ、悪党たちはうずくまって悶えていた。自力で立ち上がるものはいなかった。
 そして立羽も。彼女はその地獄から忽然と消えたのだ。ジェネッサは横道のほうを向いて頭をかき、ぼやいた。
『う~ん、逃げちゃったか。まだあの子は自分が回りに与える影響を理解していないみたいだね』
「素直には理解してもらえないか。だが……」
 無月は戦闘の警戒を解いた。遊夜が向き直って頷いた。
「なんだか思ったより迷ってるみたいだな。出来れば強引なことはしたくないけど、これも大人の勤めかね」
『……ん、話せばわかってくれる……と、思う』
 近くで炸裂音が響いた。次いで怒鳴り声。四人は苦い顔をした。女の子一人追い立てるのに爆発物?
「この調子だとまずいな。急いで追いかけないと」
「デスマークをつけてある。私には居場所がわかる、ついてきてくれ」
「最初に出てきたときだろ? いつの間に?」
「あなたが立羽君に話しかけたときだ。おかげで完璧に背中を向けてくれた。私にとってはあの数秒で充分だ」

●暴力的な群衆
「ああ……懐かしい空気だな」
 瑠璃宮 明華(aa4795)は慣れた手つきで煙草に火をつけた。彼女の鷹の目は敵の主力を見つけ、こうして先回りもできた。この一本を吸い終わる前に戦いが始まるだろう。
 隣でカルラ(aa4795hero001)が息を吐いた。喫煙の呼吸ではなく呆れのため息を。
『娘子一人相手に寄って集ってとは、美しくないのう』
「仕方ねぇよ。こういうのはいつになってもいなくなんねぇんだ」
 明華は煙を吐く向きに気をつけていた。すぐ近くで、雪室 チルル(aa5177)とスネグラチカ(aa5177hero001)が武器の調子を確かめていた。
『こういうのあたしテレビで見たことあるよ、警察24時だよね』
「なんであんたはそんなもの見てるのよ……とはいえ早く確保しないと危ないよね」
「もうすぐだ。鷹の目で見張ってる。ここで待ってりゃ大丈夫だ」
『ああ、ほれ、あれがそうではないか?』
 全員が顔を上げた。行儀の悪い風体の男が曲がり角の奥に何事か叫んでいた。
「おい、どうなってる? あいつを見つけたんじゃねえのかよ。関係ねえガキどもがうろついてるだけじゃねえか、エエッ?」
 すぐに長身で大柄の男が現れ、彼を先頭に子分がわいて出てきた。
「お嬢さんよ、俺たちは急いでるんだ。お前らなんかよりずっといい女のためにな。さっさとどけよ。邪魔するなら痛い目にあうぜ?」
 男が大股に詰め寄って彼女たちを威嚇した。男は顔の下半分が鋼に覆われていた。異形の鉄顎で指図する男の回りには手下のギャングもどきが武器を手にして群れていた。
「それにしても、ほんと顎でかいわね、こいつ」
「アン?」
『茶化すんじゃないの。そういうアイアンパンクだから仕方ないでしょ』
 実物を前にすると口に出さずにいられなかった。チルルが顔をしかめるのをスネグラチカはとがめた。
「それ、ご飯とか食べられる? お箸入るの?」
「ハ! こいつはもっと便利でいいもんよ。まあお前のようなガキにはこいつの真の力を使うまでもねえ」
 鉄顎の男は義手の親指でしゃくれた金属の骨格を自慢げに叩いた。その両腕も街灯を照り返し、重厚な合金の光沢を放っていた。
『……ついでに聞いていい? それ、ひいろすずめばち? って読むの?』
「ひらがなで呼ぶんじゃねえ! スカーレット・ホーネットってんだ! よく覚えとけ!」
 悪趣味なジャケットを翻して鉄顎の男は叫んだ。緋色雀蜂と刺繍された毒々しい上着。チルルとスネグラチカは互いを見合わせ、肩をすくめた。現地の住民の多くはそれを漢字で読んでいた。呼び名も覚えてもらえないほどささやかな組織なの?
『名前など知ったことでないわ。ギャングだかヴィランだか知らぬが、美しくない真似をしおって』
「アァン?」
 カルラが罵り、明華は失笑した。
「野郎が何人も女一人追いかけ回しやがって、だせぇ真似してんじゃねぇよってことだよ」
「テメェ……」
「群れねぇと怖くて何も出来ねぇか? その羽根毟ってやるから、びびってねぇでさっさとかかってこいボンクラ」
 激情が鉄の覆いの上からでもわかった。鉄顎の男は明華を睨んだまま首だけを傾け、部下に指図した。
「俺はあのバカどもを殺してから行く。お前らは先に行け、あの女を逃がしたならお前らも殺す。わかったか?」
 威勢のいい返事と共に機敏な動きで軍団が道に散った。
「スネグラチカ!」
 チルルは即座に共鳴し、雪色のコートを冷気と共に纏った。金色のリボルバー銃を抜き散開する敵の脚を狙う。何人かが前のめりに転び、後ろの数人を巻き込んで倒れた。
「わかりやすくなったな。さあ、始めようぜ」
 明華は傘を開いて進み出た。晴れた夜には奇妙な道具だ。鉄顎の男は呆気にとられていた。
「傘? 武器か?」
「こいつもスカーレットってんだ。もっとずっといいもんだけどな」
 突然、傘の石突が火を噴いた。ひるむ声が聞こえ、明華は姿勢を低くして傘を放り投げた。機械の腕が傘を叩き落とすと、その下で明華はすでに共鳴していた。ステンドグラス状の煌めく羽根が男の腕や顎に映っていた。
 明華は煙と火のついた煙草を吹いて飛ばした。鉄顎の男は顔面に迫る紫煙を反射的に腕でかばい、明華は防御の空いた脇腹に黒い鉤爪のついた脚で鋭利な回し蹴りを叩き込んだ。苦悶が漏れ聞こえた。鉄顎の男は腕を振り下ろし、明華は大振りな攻撃を丁寧に避けた。戦闘用の義手は道路を砕き、破片が飛散した。
「大人をなめるなよ? 小細工ひとつで粋がるガキ」
 鉄顎の男は中腰の姿勢からはっと顔を上げ、腕で防御する姿勢を取った。チルルの銃がライヴスを纏う強力な弾丸を撃ち込むと、蜂の巣のようなヘックス模様の盾が発生し、攻撃から身を守って消滅した。
「使い切りの盾かよ。小細工はどっちだっての」
 鉄顎の男は眉間の皺を深くして明華を睨みつけた。構える明華の後ろで元気な声が張り上げた。
「ヴィランのリーダーと戦ってるよ! あたいはさいきょーだから大丈夫! そっちに何人か行ったみたい! 気をつけて!」
 通信機に向かって喋りながらチルルは器用に撃ち続けた。

●害虫狩り
「這いつくばりなさい」
 一二三の鞭が優雅な軌跡を描いて打ち据えると、敵は打たれた皮膚を押さえてのたうち回った。
 彼女は避難誘導の完了した無人の街でならず者を成敗していた。有力な敵が現れるまで道という道で仕置きを行い、自分が注意を引きつける障害であることに勤めた。
 そして出るべきものが出てきた。手下どもに隊長と呼ばれたヴィランは能力者に驚異となりうる機械的な装備で身を固めていた。
「常識を知らないお馬鹿さんでも鞭の傷は痛むものです。悪さをするとどうなるか、教訓というものを刻み込んであげましょう」
 ヴィランが怒りに咆え、剣の形の武器を振り上げて襲いかかった。一二三はヴィランを鞭打ち、だがそれは一撃では倒れず一二三を浅く斬りつけた。さらにヴィランが剣を振るうと一二三は拒絶の風を吹かせ、空振りによろめくヴィランへ至近距離から銀の魔弾を撃ち込んだ。ヴィランはくずおれ、とどめに鞭をもらうと動かなくなった。
 そう遠くない場所で、茶々子が別のヴィランと戦っていた。共鳴した彼女は白髪の座敷童のようだった。彼女は銃のヴィランと弓で打ち合っていた。
「これで、倒れてください!」
 生命力の高さに任せて傷にかまわず茶々子は距離を詰め、銀の魔弾を的確に命中させ弱っていたヴィランを無力化した。
 茶々子はそっとヴィランに近づいた。彼はもう戦う力を失っていたが、命に別状はないようだ。勝利と、そして安堵が茶々子を包んだ。ほっと息をついて、茶々子はふと顔を上げた。
「……ひゃあ!」
 もう三人ヴィランがいた。茶々子は思わず叫びながら拒絶の風を吹かせて転げるように避け、斧状の武器に潰されるのを危なく防いだ。隣のヴィランが槍のような武器を構え茶々子に迫った。背を向けると今度は銃弾が飛んできた。茶々子は必死で生存を考えた。なんとか避けながら遠距離を保って……
「白金さん、こっちへ!」
 声を聞き茶々子は夢中で走った。広い道路の奥に一二三が待っていた。鞭が届きそうなところまで辿り着くと、茶々子は振り向きざまにゴーストウィンドを浴びせた。
「一二三さん、援護します!」
 不浄の風にヴィランたちはまごついた。一二三はそこで気がつき、茶々子に感謝した。ヴィランたちがいるのは開けた十字路の中央で、巻き込む恐れのあるものは何もなかった。
「魔法使いの本領発揮の時間です」
 一二三はブルームフレアを解き放った。ライヴスの炎が敵を飲み込み、爆発が焼き焦がした。熱と煤が舞い上がって去ると、三人の焼けたヴィランだけが転がっていた。
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして。さあ、残った連中にお仕置きを続けましょう」

●野性的武闘
 明華の鎖が鉄顎の男の腕を引き、守りをこじ開けると蹴りが滑り込んだ。拳が来る。鎖を解き最小限の動きでかわす。離れ際にも蹴りを見舞い、次の攻撃に備え距離を置く。
 明華が離れるとすぐにチルルが援護射撃した。シールドは回数や強度に限りがあるらしく、最初の一発の他はほとんど使われなかった。義手に弾かれることもあったが、少しずつダメージは蓄積されていった。鉄顎の男は確実に追い詰められていた。
「悪いな、あたしはおまえが追ってたあの子と違って喧嘩にゃ慣れてんだよ」
 明華は哀れみを込めて言った。男の目が殺意に細められ、低い声が発せられた。
「ふざけるなよ……俺はまだ終わらねえ。お前のそのツラも気に入らねえ! お前たちをズタズタに引き裂いてやるまで……終われねえ」
「言ってろ」
 再び明華は鋼鉄の腕を鎖に絡め取った。鉄顎の男は力任せに鎖をたぐり、逆に明華が引き倒された。鉄顎の男はバランスを崩した明華を掴み、自慢の鉄顎を彼女の顔に寄せた。
「見せてやるよ」
 鉄顎が左右に開き、内蔵された分厚いギロチンのような刃物が獲物を求めぎらついた。真の機能を見せた仮面の内側で、唇のないむき出しの口が憎悪に燃えていた。
 残酷な機構が明華の肩に食らいついた。激痛と憤怒の絶叫が上がった。チルルは誤射を躊躇わず仲間を守るためにヴィランの頭を狙って発砲した。鉄顎の男は噛みついたまま頭上に腕を掲げて、シールドで攻撃を弾いた。だがその瞬間、明華を拘束するのは顎だけになった。覚悟を決め、思い切り肩を引いて蹴り飛ばす。身を裂かれながらも明華は解放された。
「ちょっと、大丈夫?」
「へへ、ドジ踏んじまった」
「なにあいつ、気持ち悪……ああやってご飯食べるの?」
 閉じた顎から鮮血を滴らせ、鉄顎の男の目元が笑った。
「雀蜂の顎を見たことはあるか? 次は首を切る。もっとも、他の場所を痛めつけてからでもいいんだぜ?」
「はっ!」
 明華は間合いを詰めた。鉄顎の男は低い姿勢で胴体に蹴りを受け止め、苦痛に喘ぎながら素早く掴みかかった。ついに直接その片脚を捕らえ、鉄顎の男は明華をひっくり返して押さえつけた。
「じゃあ死にな!」
 鋼鉄が口を開けた。血に濡れた処刑具が明華に迫る中、何かが顎の内側に割って入った。
「やらせないよ! あたいの武器は銃だけじゃない!」
 チルルが明華をかばい、腕に取り付けた菱形の盾を顎に噛ませていた。それは先端に突き出た刃で顎の棘に組み付き押し留めていた。
「ガキ! 邪魔を、するな!」
「こんのぉ、負けるかぁーっ!」
 鉄顎の男は体格で圧倒しようと力を込めた。チルルは奥歯を食いしばって耐えていた、肩や腕のちぎれんばかりの痺れに屈するわけにはいかなかった。
 前へ押す力と同じく明華の脚を握る腕もまた力んでいた。明華は万力じみた圧迫を受けながら、鉄顎の男が前のめりになることで押さえつけられたもう片方の脚が自由になるのを感じた。それは最高の位置で反撃の機会を待っていた。
「……おらよ!」
 体中のばねを使って明華は股間を蹴り上げた。情けない悲鳴がこぼれ、強張った巨体をチルルが押し返した。
 鉄顎の男はうつぶせに倒れた。明華は離れて立ち上がり、チルルは勝ち誇って拳を掲げた。
「さいきょーよあたい! さいきょー!」
「はは、まあ確かに助かったぜ。ありがとよ」
 勝負あったか。明華は共鳴を解き、カルラがその隣に落ち着いた。
『泥臭いのう。お前さん昔はこんな喧嘩をしていたのか』
「能力持て余してるこいつらに比べりゃ可愛いもんだったけどな」
 明華は無傷の片手で一服しようと煙草を探り出し、火をつける手前で止まった。足下で何かが蠢くのと、虫の死骸でも見たようなチルルの悲鳴がわかった。
「お、俺は……終わらねえ……!」
 鉄顎の男は引きずられるように立ち上がった。全身に筋を盛り上げていきり立ち、震えながら。
「ほんと虫ってしぶといのね! 何回やっても同じよ!」
『やれやれ。なんとする?』
 明華は煙草に着火し、深く吸い込んで獰猛に笑った。
「……まだやるかよ?」
 鉄顎の男は咆哮し、よろめきながら進み出た。

●逃走の終わり
 立羽は三人のヴィランに囲まれていた。
 Y字路の左右から銃撃され、引き返すとナイフを構えたヴィランが待ち受けていた。立羽は自分の迂闊を呪った。退けば撃たれる状況で、立羽は逃げることも倒すことも叶わず、俊敏で隙のないヴィランとの絶望的な格闘を強いられていた。
 突然、目の前のヴィランが衝撃を受けて倒れ、立羽の後ろからも断末魔が聞こえた。立羽はヴィランの背後にライフルを構えた遊夜を見つけた、彼は物陰に潜む銃のヴィランもろともすべての敵をトリオで狙撃したところだった。
「ま、こんなもんですむのも今の内ってな」
『……ん、悪い子には……オシオキ、だよ?』
 遊夜のそばでリーヤがくすくす笑っていた。立羽が別の気配を察して振り返ると、それぞれの道から無月とジェネッサが現れた。
「……何? なんで……」
「言っただろう、彼らが来ても君を守ると」
 無月は女郎蜘蛛で立羽を捕らえるつもりでいた。しかし立羽の目は疲れ切って虚ろで、躍動的な力は残っていないように思われた。いつでも捕縛できるよう準備しながら、無月は会話による保護に拘った。
「……君には大切な人はいるか、守るべきものはあるか」
 重い沈黙の後、立羽は首を横に振った。
「君の持つ力は守るためにあるものだ。己の為だけに使えば、最後はより大きな力に呑まれてしまう。君を、そして人々を守る為に戦っている仲間には君より年下の子もいる。彼女達は信念を持っているからこそ戦える。そして、仲間と力を合わせられるのだ」
「……わからない。私は戦いたくてやったんじゃない」
「もし君が力を使って戦うと言うのなら、背中を預けられる友を得る事だ……君が望むのなら私達はいつでも君の友となろう」
 遊夜の後ろから手下のヴィランを探していた一二三と茶々子が追いついた。
「ああ、他の連中はここにいたんですね。大村さんも無事でよかった」
 まさに自分より年下の少女たちを立羽が呆然と眺める中、茶々子は遊夜と無月に報告した。
「ヴィランのリーダーを拘束したという連絡が入りました。残りのヴィランもこちらで倒してあります。戦闘終了です」
 それを聞いた立羽は魂魄の抜けるようであった。緊張が解れ、彼女はその場に崩れ落ちた。
『……ん、がんばった……ね』
 リーヤが立羽の頭にタオルを被せ、水筒の蓋を開けて渡した。立羽は受け取り、生命を取り戻すように水を飲んだ。隣に茶々子がしゃがみ、憔悴した顔を見つめた。
「今度から、もうちょっと素直に注意を聞いてくださいね。心配する人もいるんですから」
「……うん」
「今回は災難だったな、今後の為にHOPEで鍛えてくか? 今もいい動きだが、さらに動きやすくなると思うぜ」
 立羽は地面に手をついてうつむき呼吸を整えるのに苦労していた。やがて下を向いたままタオルに隠れた髪を震わせ、遊夜に答えた。
「いい……学校、あるから。卒業するころ、守りたいものが見つかったら……考えとく」

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • 夜を切り裂く月光
    無月aa1531

重体一覧

参加者

  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 夜を切り裂く月光
    無月aa1531
    人間|22才|女性|回避
  • 反抗する音色
    ジェネッサ・ルディスaa1531hero001
    英雄|25才|女性|シャド
  • 片翼の不良
    瑠璃宮 明華aa4795
    獣人|21才|女性|攻撃
  • 写真部『マドンナ』
    カルラaa4795hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • エージェント
    夢洲 一二三aa4846
    人間|11才|女性|防御



  • さいきょーガール
    雪室 チルルaa5177
    人間|12才|女性|攻撃
  • 冬になれ!
    スネグラチカaa5177hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 希望の守り人
    白金 茶々子aa5194
    人間|8才|女性|生命
  • エージェント
    シェオルドレッドaa5194hero001
    英雄|26才|女性|ソフィ
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