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依頼前の挨拶スレッド
最終発言2017/06/25 11:07:40
オープニング
●赤いランプ灯る店
住宅街の片隅。看板のない古道具屋。あなたはなぜかその店のたたずまいに惹かれ、用もないのに中に入ってしまった。
重いドアを開けると、そこは赤いヴェールに包まれた異世界だった。アンティークランプにかぶせられた赤い傘の魔法だ。ひとたび停電でも起きれば、ただのこじんまりとした店舗に戻ってしまうのだろう。赤い光は陶磁器の人形に血を通わせ、ガラス製のグラスをルビーの盃(さかずき)へと変えていた。
そして――。
カウンターの中には赤いドレスの女が悠然と座っていた。
●赤い女の提案
ごきげんよう。今日は何をお探しで? ……ふふ、気にしないで。あなたみたいなお客様って多いのよ。見てもらえるだけで、この子たちも喜ぶと思うから。ほら、そこにあるのはスノードーム。もうすぐ夏だから、外の世界に出るのは先のことになりそうね。隣は万華鏡。覗いてみてもいいわよ。
私? そうね……マダムクリムゾン、とでも呼んで頂こうかしら。あなたとは初めまして、よね? 私、いつもここにいるわけじゃないから、仕方ないのだけれど。
……ええ、ランプとオルガンだけは展示品なの。売れないけれど、弾くだけなら構わないわよ。他にお客さんもいないしね。
あなた、ちょっと疲れてるみたい。お仕事? それとも、恋愛だったりして。耐え忍ぶ冬が終わり、変化の春が過ぎ、そろそろ今年も折り返し地点。振り返ってみてどうかしら? 笑顔で過ごせていたなら嬉しいのだけれど。
よかったらそこに座って。日本で言うと江戸時代生まれのおじいさんソファだけど、なかなか座り心地が良いの。嬉しいことも哀しいことも、内にため込んでいては体に毒でしょう? 悩みや愚痴は赤の他人の方が話やすいって言うしね。
ちょうどお茶にしようと思っていたの。付き合って下さる? 紅茶かコーヒーか。それとも日本茶の方が良いかしら?
(……あの子も去年、とりまく世界がまるで変わってしまったものね。今頃、危険な目に合ってないかしら。相棒もついているとはいえ、心配だわ……。
さ、お茶が入った。せめて、お客さんの心を少しでも軽くしてあげられたらいいわね)
解説
マダムクリムゾン(以下、マダムC)に、今年の振り返りや今後の目標を話してください。嬉しい報告でも、悩みや愚痴でもOKです
【注意】
・一人で来ても、他の参加者の方と一緒に来てもOKです。
・シナリオに参加していないPCの名前は出せません。非常にぼかした表現になります。
・基本的にはマダムCとPCとの会話シーンになります。何かのエピソードを振り返る場合は、PCの一人称語りや三人称で描写するかもしれません。もしご希望があればお書き添えください。
【店】
店名:Cappuccetto Rosso(赤ずきん)。看板は随分前に壊れてしまった。今日は所用のため、店主とその夫人は不在。マダムCは臨時の店番らしいが、品物の売買は可能。近所の者はほとんど訪れず、ごくまれにどこからか好事家がやってくるのみ。古物たちは総じて目玉が飛び出るほど高いが、店の片隅にあるレトロなアクセサリーや刺しゅう入り小物はお手頃価格。
【マダムC】
優しいゴールデンレトリバーを思わせる犬顔の女性。年齢は30代後半と思われる。「誰かに似ている」と感じる者もいるかもしれない。
悩みを相談するといくつか質問をして、「あなた(PC)はどうしたいのか」という点を自覚させようとする。
リンカーであることを話した場合、普段の生活や仕事について詳しく聞きたがる。
会話によっては10代の娘がいることを話してくれる。また、娘が昨年リンカーになったと話すことも。ちょっぴり過保護気味に心配している様子。
リプレイ
「初めましてマダムC、僕はルイス。ルイス・クレメン・アウグスト。彼女は僕の相棒のリズィ。以後お見知りおきを」
おっとりとした雰囲気の青年は、礼儀正しく挨拶をした。見るからに坊ちゃん然としたルイス・クレメン・アウグスト(aa5267)とは対照的に、隣にいる相棒は鋭いまなざしを持つ女性だった。
「相棒、というと?」
リズィ・ガーランド(aa5267hero001)は彼の英雄だと言う。
「では、あなたもH.O.P.E.に?」
マダムが尋ねると、ルイスは困ったように笑った。
「何か、気後れするところがあるのかしら? ――ごめんなさい、知ってる子もそうだったものだから」
「マダムのお知り合いもH.O.P.E.に? 世間は狭いですね」
彼女に話を求められた気がして、ルイスは経緯を語りだす。
「僕はエージェントになる気は更々なかったんです……が、つい最近兄を亡くしましてね。彼女は兄の英雄だったんですが、消滅させないために僕と誓約を」
マダムが哀悼の意を示すと、彼は場を和ませるようにこう続けた。
「おかげで家族に能力者だとバレてしまいまして……この度、エージェントとなった次第」
「ルイスには苦労をかけますね。その分、戦闘で苦労しないよう、ビシバシ鍛えて差し上げますね」
「ハハハ……オテヤワラカニ……」
ルイスを鍛えることは、リズィなりの感謝の表現なのだ。
「とまぁ、そういう訳で。これも運命だと思って、兄の夢を背負ってみようかと思うわけです」
「夢?」
ルイスは目を閉じる。優しい兄の笑顔が瞼の裏に浮かんだ。その隣に、いつも凛々しくたたずんでいたリズィ。彼女とならば、自分も勇ましく戦えるのだろうか。――正直、平和な生活への未練は大いにあるけれど。
「兄は人の笑顔が好きでしたから。僕は悲しみを消していこうかと。この手に届く範囲ですがね」
それが彼らの誓約だという。
「立派ですルイス! お兄様もきっとお喜びになると思いますよ。さ、訓練です! 鍛錬です!」
「やっぱりそうなりますか……」
リズィはルイスを引きずりながら、片手で入り口を開けた。強い光が差し込む。
「いってらっしゃい。素敵な誓約、大切にしてね」
*
(不思議なお店……あの子は好きそうだなあ……)
気づけば、小宮 雅春(aa4756)はふらりと店のドアを潜っていた。店員は嫌な顔一つせず、骨董の来歴などを解説してくれた。お礼も兼ねて、小さな薔薇飾りを買うことにする。
「恋人へのお土産?」
少女のような笑顔で訊かれ、雅春は力なく首を振る。
「僕の思い出の中に『ジェニー』という人がいます。僕の英雄はその人によく似ているんです」
誰もいない夜にだけ現れ、朝には姿を消す女。空想上の存在、そう思おうとしていた。けれど英雄と初めて会った瞬間、『ジェニー』を重ねてしまっていた。
「彼女は、何も言わずに『ジェニー』であろうとしてくれます。違うと否定してもいいのに。それで嫌な思いもしたかもしれないのに」
「優しい人ね」
マダムは、雅春も、彼を容認する英雄も責めはしなかった。
「彼女が『ジェニー』でないのは薄々分かっています。それを言ってしまえば全て壊れてしまいそうで、言い出せないんです」
彼は昨夜、夢を見た。
「僕と同じ位の……いえ、多少背格好は違いましたが、あれは僕でした」
彼が待っていたのは、二度と会えないかもしれない、存在したのかすら朧げな人。思い出に囚われて、掴めたはずの大切なものを悉く手放して。それでも彼は笑っていた。
「そう遠くない未来の僕を見ているようで、他人事には思えませんでした」
言葉が、不安が、罪悪感が、零れ落ちる。
「どちらかを捨てなければいけないとき、僕はそれを選べるでしょうか。両方を選ぶのは子供の欲張りでしょうか。夢で見た彼は幸せなのでしょうか」
「私にはわからない。でも迷うなら、彼女の手は離さないであげて。貴方を思い出ごと受け止め、そばに居続けようとする人を」
哀し気に彼を見る瞳に、今更のように気づいて、雅春は言葉を止める。
「ごめんなさい、変な話をしました」
作り物の薔薇が、見えない棘で彼の心を刺していた。
*
「素敵なお店ね。少し寄り道しましょうか?」
月鏡 由利菜(aa0873)は思わず目を見開いた。
「あらあら、また言葉遣いがおかしくなったわねえ……」
パラスケヴィ。ウィリディス(aa0873hero002)の中から彼女がふと顔を覗かせるのは、珍しいことではない。由利菜はすぐに平静を取り戻し「付き合うわ」と答えた。
店番を務めるマダムCは、彼女たちの暮らしについて聞きたがった。高校生の娘が能力者なのだという。
「学業やバイトを続けながら、エージェントとして歩み続ける……そのこと自体は継続できています。今年度からはリディスも同じ学園の同級生になって、より楽しくなりました」
「うん、それがあたしの目標の一つだった。たまに突然言葉遣いが変わって、他の子からおかしな子って思われちゃうことがあるけどね」
リディスは苦笑いした。
「何か、もっと深い悩みがあるみたいね?」
リディスは図星を憑かれた顔をして、口をむずむずとさせた。
「聞いて頂いたら? 私は席を外すわ」
「ううん、ユリナにも聞いてほしい」
――リディスは、いつも考えている。
「あたしの悩みは、あたし自身が誰か……かな」
不思議そうにするマダムのために彼女は説明する。
「あたし、色んな人の魂が統合されてるみたいで。契約も無意識に『親友でいてくれること』って口に出たし……」
リディスの心の中にも確かにある、由利菜への友情。けれど考えることがある。あの日、彼女が持ちかけた『誓約』は一体誰の願いだったのだろう、と。
「それに……あたしの中にシオンがいるなら、『エファアルティス』もいるはず」
「そんな……」
由利菜は否定できず口をつぐんだ。幸いというべきか、リディスがかの愚神の感情を自覚したことは未だないという。沈黙の後、重い口を開いたのは由利菜だった。彼女にも悩みがあったのだ。
「リディスは、かつて亡くなった私の友人と瓜二つの容姿を持っています。だから、どうしても友人の姿を重ねてしまう……」
彼女は長いまつげを伏せたまま、思いを吐露する。
「それがリディスに失礼なことだって分かっているのに。……どうしたら、彼女を彼女自身として見られるようになりますか?」
悲痛な声。リディスが友の背に手を当てる。
「リディスさんを構築するものは、数多の世界の人々の魂なのかもしれない。それでも由利菜さんの英雄としてここにいるのは、他の誰でもないリディスさんよね」
「……うん。どんなに似てても、あたしはシオン自身じゃない。これから段々シオンとは違った面が出てくるかもね。それはそれで辛いかもしれないけど」
「リディス……」
「忘れろなんて言わないわ。どうか、これから彼女と過ごす日々を大切にね」
帰り際、リディスは言った。
「誓約内容は……変える気はないよ。やっぱりユリナはあたしの親友って信じられるから」
*
「やぁ、待ち合わせまで少し時間があるんです。少しお邪魔してもよろしいですか?」
木霊・C・リュカ(aa0068)が言うと、女性の優しい声が歓迎してくれた。オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)は彼女へと小さく頭を下げる。
「こちらは何のお店なんですか?」
「看板、なかったから」
「しがない古道具屋でございます。取り扱いは、怪しい指輪からふかふかのソファまで幅広く。――座ってみます?」
一時の母だという彼女とオリヴィエの会話は妙にマッチした。
「酒を飲むのは良いが、あいつは限度を知らない」
「体に悪いからやめろって言っても、英雄だから大丈夫って反論されるしねぇ」
「そうなんだ。うちの英雄も……悪い奴じゃないが、ちょっと趣味が特殊だし……」
同意を求めてリュカを振り返ると、彼はソファに沈み込んで寝息を立てていた。
「気に入ってくれたのかしらね」
「家計が厳しいんだ。買うことはできないが……」
生真面目な受け答えが可愛らしくて、マダムは微笑んだ。リュカが眠ったことで、オリヴィエの中にひとつ話題が生まれた。
「きっと……恐らく。多分」
マダムは首を傾げる。
「俺は恋というものをしている」
思いつめた様子で彼は続ける。
「叶う可能性は無いし、万一にでも叶っちゃいけない」
相手の名は、言うつもりがないようだ。
「最近は、ずっとこのままでもいいんじゃないかって……そう考え始めてる」
幼い胸の内できらきら輝く初恋に、彼は自ら蓋をするという。マダムは言葉を失くした。
「……誰かに、話したかったんだ。答えは無くていい、……きっと何を言われても、俺は迷う」
「……じゃあ、さっきの続きを聞きたいわ。乱暴者の野良猫の話」
マダムは殊更に明るく言う。動物が苦手だという彼女のために中断したはずの話をオリヴィエは再開した。
「やだ、お兄さんたら寝ちゃってた!?」
「間抜け面だった」
もう行くぞ、とぶっきらぼうな調子で英雄が言う。ドアが閉まる音。彼が先に出たのを確認してリュカは言う。
「……親みたいな物として親御さんに聞きますが、子供を苦労するのがわかってる未来に送り出すの……って、やっぱり止めた方がいいと想いますか?」
「あら、狸寝入り?いたずら目的じゃないみたいだから責めないけれど」
マダムの軽口に下手な愛想笑いを返す。内心混乱していたのだ。青春時代によくある勘違い、そう楽観視していたのに。
「止めずに後悔するくらいなら、貴方の思いをぶつけるのもいいと思うわ。庇護の対象としてではなく、一人の人間として」
笑っているようにも、泣いているようにも聞こえる声。彼女もまた保護者として無力さを感じた経験があるのだろう。
「もう少し、考えてみます。ありがとうございました」
*
「家の近くにこんな店あったんだな」
「ずっと看板が無いですからね。近所の子が、魔女が住んでるって」
紫 征四郎(aa0076)とガルー・A・A(aa0076hero001)はすれ違ってしまった待ち合わせ相手を待つため、店に入った。
「近くにこんなに麗しい方がいらっしゃるなんて! いや、散策もしてみるものですね」
「ふふ、奥様に叱られても知らないわよ」
どうやら親子と勘違いされたらしい。
「こんなに所帯染みているけど、ガルーは英雄なのですよ。なので親子とかじゃないのです。似てもないですし!」
何だか話しやすい女性だ。征四郎は彼女に親近感を感じていた。リンカーだからかと思ったが、娘がそうなのだと彼女は眉を下げだ。
「心配なの、気の小さい子だから」
「大丈夫ですよ。リンカーは1人で戦う訳ではないですから。――あ、英雄がいる、という意味もありますが。仲間も、沢山いるのです。征四郎が一緒になったら、きっと守ってみせますね!」
彼女の言葉には説得力があった。聞けば、幼い頃から剣術の研鑽に励み、H.O.P.E.でも数多くの依頼をこなしているという。
「頼もしい先輩ね」
征四郎は優雅に紅茶を口に運ぶ女に見とれていた。
「マダムみたいに落ち着いた素敵なレディになるためには何を心がけたら良いでしょうか!」
楽しく生きていくのも大事だが、一番の願いは「早く大人になりたい」なのだ。
「困ったわね。征四郎さんは今も素敵なレディだもの」
「征四郎が?」
「思いやりと、誰かを守りたいと思える強さを貴女は持ってる」
魔女と噂された女は大人になる魔法など使えなかった。けれど、彼女は征四郎に自分を信じる勇気を分けてくれた。
「あの、弾いてみても良いですか?」
「もちろん!」
キーボードは弾けるが、オルガンを触ったことはなかった。使い方を教わり、以前に作った曲を奏でてみる。
「特に悩みは無いですが……」
大きな手に収まったスノードームが粉雪を降らせる。
「美しいと言った手前申し訳ないですが、俺様にはこういうものの『美しさ』が殆どわかりません」
楽しげなメロディに紛れてガルーが呟く。
「造形の精密さはわかる、仕事にかかる労力も想像ができる。けれど、そこにそれ以上を感じることはない。美しさだけではなく、生きる喜びも、死への恐怖も、恐らく全てくすんでいる」
マダムは静かな眼で雪の舞を見下ろしている。
「……俺様は、あいつの相棒を続けるには、少しばかり乾きすぎている。彼女はこれからも成長をする。その先で、共鳴さえできなくなってしまうのではないか、と」
「貴方の気持ちは? 彼女なら、きっと貴方と居続けるための努力を惜しまないわ」
マダムはそれだけ言うと、征四郎のオルガンに耳を傾けた。
*
「ガルー、何を話していたのです? 恋の話ですか?」
「ああ。そっちはな、覚悟だけは決めているんだ」
「……??? 誰と、何を、ですって??」
そのとき、遠くから彼らを呼ぶ声が聞こえた。
「せーちゃん、お兄さん珍しくちょっと胃が痛いよ……慰めて……」
ヘロヘロの声で言うリュカ、いやに落ち着き払ったガルー、斜め下の地面を見つめるばかりのオリヴィエ。
「3人ともヘンテコなのです。征四郎はレディですが、今日はみんなをエスコートしますよ!」
優しきレディは凛と背を伸ばし、調子の出ない仲間たちの先頭に立った。
*
「何かお探しですか?」
赤いドレスの女がヴァイオレット メタボリック(aa0584)に声をかけた。
「美しいものばかりで心惹かれますが、先立つ物がありませんの。少し眺めさせて頂いても良いでしょうか?」
「歓迎です。お二人はよく似ていておいでですね。姉妹かしら?」
ヴィオとノエル メタボリック(aa0584hero001)は顔を見合わせてから頷く。
「姉といっても血縁では有りません。以前は能力者と英雄というだけの関係でしたわ」
マダムは意外そうに目を見開く。とある事情から似た体型になった彼女らは、もっと近しくなりたいという思いを深めていったのだそうだ。その思いは話をする度に強くなった。血縁がないからこその変化だったのだろう。
「二人で寝食を共にしていますの。普段は、教会の清掃や立て直す為の募金活動などをいたしております」
少し途切れがちにノエルは続ける。丁寧な口調にはまだ慣れない。
「ご立派です。私の娘もエージェントですけど、まだ学生で、落ち着きもなくて、何だか心配で……」
「やはり、お子様がおいででしたか」
マダムが醸し出す母性は、妖しげな明かりの中でもヴィオに伝わっていた。
「うらやましいですわ。わたくしには、その様な思い出はないので」
何か事情があることを察したマダムは、ヴィオの感傷に触れてしまった手を引っ込めた。
「教会を立て直す、と仰っていたかしら?」
ヴィオが頷く。
「かつてわたくしは、善と悪の対立の結果起こる悲劇を力ずくで解決しようとしておりました」
彼女を変えたのは、様々な能力者や英雄達との出会い。そしてムラサキカガミという愚神。
「詭弁だと毛嫌いしていた信仰からの救済を選び、奪うことを辞めたのです。そして、愚神の元となった人物の教会を再建させようと行動して居ります」
「私も娘のことばかりでなく、自分の目標をもってみようかしら。シスターは活き活きとされていて素敵ですもの」
マダムは「ね?」と、ノエルへ視線を投げる。ノエルは微笑み返した。
「わたくしは、この子の姉として恥ずかしくない存在になりたいですわ」
司祭でありながらシスターと活動している妹が認められるよう、立ち居振る舞いを正す。それが彼女の誓いだった。
「わし、いいえ、わたくしらしくないのですが、妹の為何かをしたいのです」
「窮屈そうに話されていたのは、そんな訳でしたか。よければ、今だけは楽な口調でお話しません?」
「……窮屈そうであったか。聖職者がそんな調子では、向き合う相手とて力が抜けんの」
目から鱗が落ちる。
「いきなり変えようとしても、無理じゃよなマダムC様、ありがとうじゃ」
「ゆるりと参りましょう、御姉様。わたくしも南米出身らしく陽気に過ごしたいですわ」
「えっ! ……シスターってミステリアスな方だわ」
これもまた意外な事実だったらしく、マダムは驚いた顔をしていた。
*
「何となくまことに似てる……あ、俺の友人の名前だ。変装してシスターCって名乗って能力者達の悩みを……」
上品そうな店員が、思い切り噴き出した。
「まさか」
彼女は日暮仙寿(aa4519)にあっさりと素性を明かした。
「俺は刺客だが、誰に恥じる事なく思うまま剣を振るう剣客になりたかった」
出自を恨んだのは己の腕を誇りたいから。浅ましい思いは英雄の少女に対する劣等感を生んだ。
「あけびは忍である事に誇りを持ちながらも真っ直ぐサムライという夢に向かってた」
彼らの共鳴した姿は、成長した仙寿でありあけびの師匠の姿でもある。
「あいつは……俺の姿を変える程師匠を慕ってる」
悔しい、という言葉では単純すぎるかもしれない。彼は強い。否応なしにそう思わされた男。剣を交えたことで、未熟さを再認識させられた相手。そんな存在を何と呼ぶべきか、仙寿にはわからない。敵、ではやはり単純すぎるだろう。
「俺は俺を見て欲しい。対等な相棒になって欲しい。師匠を越える位強くなってあいつに『仙寿』と呼ばせてみせる。――まことに話した目標だ」
暗闇は今も、仙寿の後ろをもやもやと漂っている。溌剌とした声でその闇を吹き飛ばし、強引に彼の手を引く暁の少女。それが不知火あけび(aa4519hero001)だ。四国の事件で挫けそうになった時も、励まされ自分にも誰かを救えると信じることができた。
「あいつに優しくしたくて相談に乗って貰った。『喜びそうなこと考えてみるとか?』って言葉で手作りプレゼントの企画に参加したりな。結局お互いが作った物の交換って形になったが」
そうやって少しずつ前進出来ていたのに――彼女の様子がおかしくなった。
「俺が何かしたのか? ……元の世界に帰りたくなったんだろうか」
年頃の少女が急によそよそしくなる理由を、マダムはひとつしか思いつかない。
「そうね……。心配なら、今以上に彼女を気にかけてあげましょ」
さて彼は、答えを見つけることができるだろうか。
*
「ひょっとしてまことのお母さん?」
「……サムライガールさん?」
「まことにはお世話になってます!」
似た者親子ぶりに笑みがこぼれた。
「仙寿様とお師匠様ですか? 性格は凄く違うんですよ! お師匠様は優しいけど仙寿様は生意気無愛想! ……でも本当は同じ位優しいし直向きに強さを目指す所も似てます」
彼の厳しさが最初は怖かったのに、打ち解けた今は好ましく思える。
「仙寿様は成長してます。剣術の面でも精神的な面でも剣客になりつつある」
同時に、それを手放しで喜べない自分に気づいた。
「最近不安なんです、導いていた筈の仙寿様がいつか私を置いて行っちゃうんじゃないかって」
元々、並び立ってなどいない。仙寿は主君だし、剣の腕はあけびが上だ。それでも。
「お師匠様に追いつきたい、隣に立ちたいと思ってたのと違って……一緒に……?」
唐突に、回答がすっと落ちてきた。
「私、寂しいのかな」
彼が自分を見てくれないのは嫌だ。名前を呼んで、追いかけてくれないと嫌だ。心が駄々をこねている。
「でも私はお師匠様を」
殺したかもしれないのに。
「傍にいられるだけで幸せなのに」
その言葉を聞いたマダムは、優しく目を細めた。
「ただ傍にいたい。そう思える相手がいるって幸せなことよ」
*
ナイチンゲール(aa4840)の奏でるオルガンの音が、狭い店内に満ちていた。「I vow to thee, my country」――恐縮した様子で店名を尋ね、「可愛い」と控えめに笑った彼女は英国の出身らしい。
「これを包んでもらえるか?」
墓場鳥(aa4840hero001)は薔薇十字のイヤリングを示した。
「贈り物?」
英雄は頷く。危なっかしい相棒を守ってくれと願いを込めながら。
「物怖じしてばかりの娘が戦となるとまるで様子が違う。気丈さを通り越して我が身を顧みない」
H.O.P.E.の門を叩いて半年余り。あの頃とは違う不安が生まれていた。
「成し遂げることを求めた私に、あれは誓った。だがそれはリンカーとしての功に縛るものではない……死に急がせる為に力を貸す気はない」
「……優しい音ね。彼女に戦場を歩かせたくない?」
「幸い近頃は同好の士に恵まれ、ああして天分を披露する迄になった。楽才を育んで生業と出来るなら充分な……」
「それは違うよ」
ぴたりと演奏が止まる。ナイチンゲールが振り返った。
「歌や音楽は大好き。出来ることなら一生続けたい。だけど仕事にしたい訳じゃないんだ」
「だが、死と隣り合わせの世界に身を置く必要は」
「聞いて墓場鳥」
舞台に立つプリマ・ドンナのように凛とした表情が、マダムの目に焼き付いた。
「この世界のどこかでいつも誰かが声にならない悲鳴をあげてる。でもHOPEにはそれが聞こえる。手を伸ばせば届く。知ってるよね? 私、理不尽なことが許せないの」
両の義手をぎゅっと握りしめる。
「これは私が望んだこと。だから」
私は、誓う。
「I vow to thee, my……HOPE」
あなたと共に、何が出来るのか見極め、きっと成し遂げる。
「す、すみませんマダム! 私ったら初対面の人の前で……墓場鳥のせいだよ!」
「そうか」
「そうかじゃないよもう!」
彼女はこちらに背を向けると、坂道を転げ落ちるような演奏を始めた。
「……保護者失格だな私は」
言葉と裏腹に、墓場鳥は満足げに微笑んだ。
「親だって、子供の全部がわかる訳じゃないもの。可愛い娘が突然狼さんになっても、正義の味方になっても、驚くことなんてないわ」
冗談のような言葉が、墓場鳥の記憶をつつく。
「もしや赤須まことの?」
演奏がまたしても止まる。マダムも驚いたようだ。
「経緯は異なるが彼女の前でも身の上を語った故」
母の知らない世界の話。少しだけ寂しそうな、温かい笑みが浮かんだ。
「……優しそうなママ。あ……な、なんでもありません!」
「自分に言えた義理ではないが……人には恵まれている様だ。その点は安心して差し支えないだろう」
再訪を約束して彼女たちは去って行った。
「素敵な偶然ね」
マダムは穏やかな気持ちで次の来客を迎えた。
*
「まぁ、何とも心惹かれる佇まい……。景久様、少し覗いてみませんか?」
新納 芳乃(aa5112hero001)の言葉に島津 景久(aa5112)は顔をしかめた。
「用はなか。さっさと行くど」
「見るだけ、見るだけですから。さぁさぁ」
「わかったから、そげんに押すな!」
先日の戦いで景久の肋骨にはヒビが入っている。芳乃に背を押されるままに入店するのだった。
「あら、西洋のものがほとんどですね」
芳乃は物珍しそうに店内を見回した。
「これは……景久様、たまにはこういった茶器で紅茶をいただくのも趣があるかもしれませんよ。えーっと、お値段は……ひ、ひゃく……っ!?」
「戦支度に回した方が有意義じゃ。ほれ、油売っとらんで帰――」
「いらっしゃいませ」
二人分の悲鳴が上がる。
「あの、申し訳ありません、ちょっと覗いただけですので……」
「いいのよ。驚かせたお詫びにお茶でもいかが?」
店員は「貴女、英雄さん?」と芳乃に問う。彼女にリードされ、H.O.P.E.での活動について話す。そして話題は、景久たちの所属のきっかけへと移って行った。
「年明けすぐんこつじゃ。兄さぁん運転で、鹿児島半周の観光に出たんじゃが」
家族5人水入らずの楽しい旅行。その帰路に死神が待ち構えていることなど考える由もなかった。
一瞬の出来事だった。信号無視をして突っ込んできた車。運転席の兄、助手席の父、後部座席中央に座った母は即死だったという。景久と妹も膝から下を失った。
「私が現れたのはその少し後。景久様の入院中のことでございます」
事故以来、景久の世界は一変した。喪失と邂逅。そして、もう一つ。
「兄が継ぐはずだった島津家の家督。お家騒動が起こるには申し分ない火種じゃった」
跡継ぎは『弟』に――。言いかけて、マダムは景久への違和感の正体に気づいた。
「『妹』には家督は告げん。ならば、俺が女を捨てうまで」
捨て身の決意をもってしても、親戚たちへの説得は完遂できなかった。彼女はエージェントとして研鑽を重ね、己の器量を示すと決めた。
「一つでも多くの首級を挙げれば、きっと妹を預けちょる叔父も認めてくいるに違いなか」
17歳の少女が失ったものは計り知れない。それでも尚、景久は捨てることをやめない。
「じゃっどん、こん前、大将首を取りのがしての。情けなか……」
勇む気持ちが成果に繋がらない。もどかしくてたまらない、と景久はいう。お国言葉で語られる悩みは、どれもひたすらに前のめりだ。
「申し訳ございません、私共の話ばかりして……」
「いいえ、話してくれてありがとう」
大人として彼の姿勢を諫めるべきかもしれない。しかし、強い思いに口出しする権利など、自分にはないから。
「よかったら、また報告に来てくれないかしら」
この言葉が、せめてもの悪あがきだった。景久は言い淀んだが、芳乃は微笑んで頷いた。
「お茶、御馳走様でした」
*
「ただいま『さやか』さん」
赤須 正彦は裏口から店に入ると、カウンターに座る女の背に声をかけた。店名の「赤ずきん」は彼の昔からのあだ名だ。昔は嫌だったが、孫を持つほどの年まで連れ添うと愛着がわくものだ。
「お帰りなさい、お義父さん。買い付けはいかがでした?」
息子の妻であるさやかは尋ねた。赤いランプが消され、蛍光灯の明かりがともされる。
「上々さ。僕よりも君の方が、良いものに出会ったときの顔をしているがね」
「わかりますか?」
彼女は店のドアを開けると、何かを回想するように遠くを見つめる。さやかの『白い』ロングワンピースが夜風に揺れていた。
結果
シナリオ成功度 | 普通 |
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