本部

跳ねて、撥ねて、果てる

山川山名

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 6~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/06/05 21:40

掲示板

オープニング


 ただ、『僕』は誰かと遊びたいだけなんだ。


 とある休日の昼下がり。
 近所に住んでいる子供たちの多くが、自分たちの親を連れ出して朝から友達と遊んでいた。ブランコ、鉄棒、砂遊び、おままごと、鬼ごっこ、ボール遊び。本当に子供というのは無尽蔵の体力と想像力があると大人たちに呆れ交じりのまなざしを向けられるほど、彼らはよく動き、よく笑った。
 若い親たちは始めこそ彼らについて行けていたものの、だんだんとベンチのほうに後退していくのが慣例になっていた。それを見て扱いに慣れてきた先輩親たちが同情を込めた笑みとともに会話の輪を広げていくのだ。
 実に、よくある光景だ。
 どこにでもある、平穏で平凡で平和な日常のワンシーンだ。
 だが。
「ねえねえ、僕も仲間に入れてくれないかな?」
 ボール遊びをしていた男の子数人に声をかけたのは、彼らと年恰好が近い少年だった。動きやすい半そでと短パン、活発そうな瞳に短いスポーツカットで切りそろえた黒髪。顔つきも年相応な幼さを宿している。
 そして、彼らはこの少年の呼びかけに快く応じた。
「うん、いいよ!」
「やった! さっきまで何してたの?」
「ボール鬼。じゃあこいつも入れてまた鬼決め直そうぜ」
 数回のじゃんけんの後、少年が鬼になった。
 少年はバレーボール大のよく弾むボールを何回か手で押してみたのち、不意にこんなことを言い出した。
「うーん……これを、君たちにぶつけるんだよね?」
「そう。それで当たったやつがまた鬼になって、すぐあて返すのはなし。やったことない?」
「ううん、そうじゃなくて、ちょっとそれだとつまらないかなって」
「?」
「だからさ」
 『少年』はパチンと右手の指を何の気なしに打ち鳴らす。
 直後に異様な変化が訪れた。
「こうしたほうが、面白いんじゃないかな?」
 ――地面が、少年たちをはじき返した。
「うわっ、なんだこれ!?」
「トランポリン!?」
「なんだこれ、どうやったの!?」
 男の子たちが口々に歓喜と疑問を口にする。その顔に恐れはない。いつだって子供は未知のものに興味がわくものだし、このアミューズメントパークじみた仕掛けに興奮しないはずがなかった。
 周りで他の遊びをしていた女の子や男の子も同様に、突然跳ねだした地面に驚いていた。だがすぐに、これは遊べると思ったのか、次々と新しい遊びを考案しだしていた。遊具も弾力を持っていたので、跳ねながらブランコをこぐ、といった具合に。
 大人たちのほうが節操なく慌てる事態に、すべてを仕掛けた『少年』は疑問に答えることなくこう口にした。
「じゃあみんな遊ぼうよ! 僕が鬼だよー!」
「わー、逃げろー!」
「すっごい跳ねんだけど!たのしー!」
 ――それは少々の異常をはらんではいたが、まあ、おおむね平和だった。
 夕暮れになって、その公園は静寂に包まれた。
 それは子供たちが遊び疲れて引き揚げたから、『ではない』。
 確かに子供たちはいる、この中に。もっと言えば彼らに付き添っていた親たちもちゃんといるし、おもちゃも遊具も確かにそこにある。ただ異様な弾力を持っていることを除けばすべて元のままである。
ただし。

「あれー、みんなどうしちゃったの? もうギブアップなの?」

 あの『少年』がスーパーボールのように跳ねながら、周囲の男の子たちに首をかしげて疑問を投げかけた。しかし、返事はない。
 子供たちは皆、生気を失って、ただ跳ねるままになっていた。
 大人たちも同様だ。すでに生命の源は底をつき、指一本動かすことすらままならない。おそらく自分が跳ねるままになっていることすら気づいていないだろう。
 『少年』は、自分の体にライヴスが満ちていることに気づき、ぽんと手を叩いた。
「そうだ! じゃあみんな、これをあげるよ!」
 声とともに、『少年』の体から流れ出たライヴスが地面を通して子供たちに分け与えられる。濁ったライヴスを受け取った子供たちは死人のような顔で『少年』を見やった。
「みんな、遊びの続きをしようよ! まだまだ、僕は全然遊び足りないんだ!」
 死人のような子供たちはみな一様にうなずき、青ざめた無表情のままボール遊びをし続ける。
 トランポリンじみた大地は公園の垣根を超え、一般の街路にも浸食し始めていた。
「ああ、楽しいなあ! やっぱりみんなで遊ぶのって本当に楽しいや!」
 『少年』は、落ち行く夕日を背にそんなことを、本当に無邪気な笑顔で叫ぶのだった。


「無辜の人々が人質に取られた。あの忌々しい愚神に、最悪の形でな。
 ……あいつは前から観測されていた存在だったんだ。半年前にも同じような能力を使って町の一区画の地面を丸ごとゴム状にして、そこにいた人間のライヴスを吸い上げていた。あの時も討伐隊が出撃したんだが、結局取り逃がした。以降は行方知れずとなっていたんだが……とうとう姿を現しやがった。しかも今度の人質は子供もいる。ムカつくこと限りない。
 あいつの能力は自分のライヴスを地面に干渉させて自分に有利なフィールドにする、ドロップゾーンに近い原理だ。今はまだそこまで頭が回っていないようだが、力をつけられると厄介なのは変わりない。何としても、ここで止めるんだ。
 愚神の名は『スプリット』。……中途半端な勝ち逃げなんてさせねえ。まとめてゲームから引きずりおろせ」

解説

目的:デクリオ級愚神『スプリット』の完全撃破

登場人物
『スプリット』
・デクリオ級愚神。外見は六歳前後の男児。
・過去にも観測されている存在だったが、先の討伐作戦で逃亡。半年後の現在姿を現し一般市民からライヴスを奪い取っている。
・戦闘データは以下の通り。

 スプリング・スパークル
・常時発動型。自身のライヴスを地面に送り込みゴム状に変質させ、強制的に体を跳ねさせる。現時点でのフィールド範囲は公園全域。触れた人間のライヴスを吸収する副次効果もあり、能力者ならともかく一般人ではどんなに長くとも一時間でライヴスが枯渇する(死にそうになる空腹状態が永遠に続く)。

 パペット・マペット
・地面から自分と同じ背格好の分身を出現させ攻撃する。この分身は一ラウンドで消滅する。

 タグ・ボール
・自分のボールを敵に思いきり投げつける。ダメージに加え確率でバッドステータス[衝撃](―20)付与。

 ゲーム・オーバー
・体力低下時のみ使用。自身を二つに分割する。この状態になると片方が逃走し、もう一方が引き付け役を担うため、今作戦の目的を果たすためには片方の逃走を阻止する必要がある。

 子供たち
・たまたま公園で遊んでいただけの子供。『スプリット』からライヴスを再注入され使役されている。
・『スプリット』は彼らを『悪意なく』利用する。盾にもするし、攻撃もさせる。
・全部で十八人おり、十分こちらの攻撃が当たる可能性が出る。

戦場
 公園
・とある町のはずれにある大きい公園。現在は『スプリット』出現のため全域が封鎖されている。
・地面は極めて反発性が高くなっている。まともに立つ事も出来ないうえ、跳ねる高さも不規則なせいで『スプリット』以外にはまず慣れることはない。命中率に補正(-30)がかかる。
・公園に進入せずとも遠距離から狙撃も可能だが、『スプリット』自身も跳ね回っているため同様の命中率補正はかかる。

リプレイ


「絶対! 許せないです! 子供が人質なんて!」
 珍しく語気の強い想詞 結(aa1461)が戦場となる公園に向かう傍ら、両手を強く握りしめる。隣のサラ・テュール(aa1461hero002)も毅然とした表情で頷いた。
『あれは無意識だろうけど、いつの時代も胸糞の悪いやつはいるものね』
 ディオハルク(aa4472hero001)が首の骨を小気味よく鳴らして呟く。
『無邪気ってのは悪だと知らないから悪意がないように見えるだけ、というやつだな』
「そんな見えない邪気を持った君、遊びましょってか?」
 口の端を吊り上げる逢見仙也(aa4472)。これから起きる戦闘の匂いに、二人そろって凶悪な笑みを顔に張り付ける。
『薙、気持ちはともかく楽しそうにせい。子供を遊びに誘うのだからの』
「……わかった。頑張って楽しそうにする」
 エル・ル・アヴィシニア(aa1688hero001)が魂置 薙(aa1688)の頭に手を置いてたしなめる。薙は自分の頬のあたりをぐにぐにと揉んで、ともすれば強ばる表情をなんとかフラットに直そうとしていた。
『また子供ですか』
「そうでもあるし、違うとも言えそうだけど……いけそう?」
 木霊・C・リュカ(aa0068)の紅い瞳が凛道(aa0068hero002)を見上げる。従者たる彼は感情も感傷も見せることなく言った。
『罪を犯した者なら、いくらでも』


「あれ、おにーさんたちどうしたの?」
 公園に踏み込んだ彼らに気づいた『スプリット』が鬼ごっこに興じる体を止め、首をかしげて問いかけた。支配者らしくこの地面の性質はわきまえているのか、すぐに体の向きを彼らのほうに向けた。
 一方のエージェントたちは。
『楽しそうな、遊びを、しておりますね。……私らも、混ぜていただけ、ますか?』
「せ、征四郎たちも、混ぜてください。きっと、負けないのです!」
 ぼえんぼえんと無造作に体を跳ね飛ばす地面に悪戦苦闘しながら新納 芳乃(aa5112hero001)と紫 征四郎(aa0076)が必死に『スプリット』へ交渉を持ち掛けていた。
 トランポリンのようなもの、と考えていたエージェントもいた。だがそれは根本的に違う。この地面はあくまで『強制的に体を跳ね飛ばすゴム状の地面』だ。トランポリンのように意図して行動を起こせるものでは断じてない。
 『スプリット』は考え込む仕草をして言った。
「うーん、僕はいいんだけど。みんなはどう?」
 周囲でただ跳ねるに任せられていた少年たちが機械的にうなずく。肌は青ざめ、どろりと濁った瞳は死人のそれを思わせた。
「みんなもいいって! じゃあ何して遊ぼうか?」
「人数が多いほど楽しいかんのう。なあば鬼ごっこがよか」
 島津 景久(aa5112)の提案に、薙がすかさず畳みかける。
「鬼は二十秒、数えてから、追いかける」
「おまんさぁ、鬼やってみっが?」
 景久の誘いに、しかし『スプリット』は首を振る。
「ううん、僕さっきまでボール鬼してたからあんまり最初鬼やりたくない。じゃんけんして決めよう?」
 作戦は外れた。しかしそれを表に出すことはしない。すぐに笑みを形作って公園の中央まで何とか進む。
「じゃんけん、ぽん!」
 二十数回の試行の結果、一人残されたのは薙だった。
「……いち、にい、さん、し……」
『楽しそうにせい、と言うておるのに』
 共鳴を終えていた薙に、アヴィシニアの呆れ声が彼の頭の中でのみ聞こえた。
 すでに『スプリット』と取り巻きの少年たちはバラバラに逃げていた。一時的に彼の目が弱くなった中で、エージェントたちも行動を開始する。
「非常に厄介な状況だけどぉ、大丈夫。私たちなら、何とか、出来るはずよぉ」
「ん……子供たちを、助けるために、頑張ろう」
 公園の外周寄りに移動したニウェウス・アーラ(aa1428)と戀(aa1428hero002)は公園の外周に移動していた。より俯瞰的な視点を得るためだ。
 遊具やベンチもこちらと同じく不可思議に跳ねていて、地面より楽に移動できるとは思えない。跳ねる方向を調整できるのかについては、方向づけ自体はつま先やかかとを傾けさせればある程度は調整できた。だが、高さに関しては調整できない。力いっぱい踏みつけても一秒程度しか滞空しない時もあるし、何もしていない状態でも三秒以上飛び上がる時もあった。
 ニウェウスは近くで子供たちの滞空時間を計算していた仙也に声をかけた。
「そっちは、どう?」
「たぶんニウェウスが考えてることと似てると思うぞ。滞空時間がまちまち過ぎて、平均値はあてにならん」
 くつくつと笑う仙也。次の瞬間、彼の中でディオハルクがぼそりと言った。
『仙也、二時方向に一人』
「あいよ」
 言われた方向に仙也が靴下を向ける。すると中からクラッカーのようにネットが飛び出し、たまたまそこへ逃げていた少年に覆いかぶさった。
「人形みたいな子は捕まえて、いたずらっ子は斬ってしまおうか」
 ネットを回収して子供を公園の一番外へ逃がす仙也に、戀がぼそりとつぶやく。
「……黒サンタ?」
「心外だね。ヒーローって言ってくれよ」

 そして。
「ここらへんでいいだろ、よっと」
 麻生 遊夜(aa0452)は手ごろな一軒家を見つけると、すぐさま屋根に上って狙撃銃をセットする。後ろではすっくと立ちあがったユフォアリーヤ(aa0452hero001)が公園の方角をじっと見つめていた。
遠隔地からの攻撃で『スプリット』をかく乱する計画だ。
 遊夜はスマートフォンをしまうと振り返っていった。
「とりあえず救急車を近くに呼んでおいた。これが終わったらすぐに子供を搬送してもらう」
『ん』
「怒ってるか」
『……けっこう』
 冷徹な声の端に熱いものを滲ませる彼女に遊夜はうなずきを返した。遊夜のほうも『スプリット』をこのまま見逃す理由は一つだって見当たらない。
 遊夜がスコープからのぞいた公園の状態は、今まさに薙が紫にタッチをしているところであった。『スプリット』に比べて他のメンバーの動きは明らかにぎこちない。遊夜が小さく舌打ちした。
「高さが不規則なせいで敵の独壇場か、厄介だな」
『……ん、数も多い……でも、慣れた動きと、そうでない動き……それに、落ちるのは一緒』
「接地する直前に狙いを定めるか。後は、子供らの配置だな」
 万が一にも彼らに流れ弾が当たってはいけない。もしもその危険性が無視できないのであれば攻撃の手を緩めることもやぶさかではなかった。
 それぐらいには、本気である。
「俺たちが遊んでやるさ。最期まで、な」
『……ん。悪い子にはオシオキ……だよ?』
 遊夜の隣のユフォアリーヤは、尻尾を揺らめかせながら呟いた。

 公園内では不可思議な地面に翻弄されつつも、エージェントたちが着実に作戦を実行していた。
 『スプリット』に気取られないように薙から鬼を代わった征四郎は、子供らしく無邪気にふるまいつつも細めた目の内側で周囲を精査することは怠らない。結や逢見、凛道たちが『スプリット』から離れた子供たちを捕まえ、公園の外周に隔離する様子を瞳に収める。
『ふむ、これもまた戦場というわけか』
「ユエリャンは、相手が子供でもためらいはないですか?」
『無いな。敵か味方か、それだけである。何せ戦いを選んだのだ、そうするのが道理よ』
 征四郎は小さな手を目いっぱい伸ばして『スプリット』の肩に触れた。
「うわっ!」
「捕まえ、ました!」
 『スプリット』は軽く転がりながらも、すぐに体勢を整えた。
「いーち、にーい、さーん、……」
 その場にとどまって数を数える『スプリット』から、能力者たちは動かない。
「あれ、おにーさんたち逃げないの?」
 不思議そうな声に薙はあらゆる感情を不敵な笑みで塗りつぶした。
 『スプリット』はそれに首を傾げつつも、近くにいるのなら好都合だということでカウントを再開する。
 そして。
「じゅーよん、じゅーご、」
 数えられた瞬間、景久が全身を甲冑で覆いつくした。
「行くど、ひっ飛べ!」
 声とともに、『スプリット』の周囲にいた三人と遊夜がすぐさま行動を開始した。
 凛道はセミオートの狙撃銃を肩に構え、『スプリット』がとどまる地面に向けて引き金を連続で引いた。
 銃弾を撃ち込まれた地面が複雑に振動する。ちょうどそのときに落着してきた『スプリット』は慌てて銃弾から逃れようとした。
「うわ、わわわわっ!?」
 彼には当たらない。だが正しく着地できずに背中から落ちた体は彼の予想もしないところに吹き飛ばされた。
 すなわち、景久の侵攻する方角に。
「命がけん遊びじゃ! しっかと決着つけよ!」
『時間はかけられませんよ』
「分かっちょる!」
 手の中のチェーンソーが唸り声とともに振動する。景久が容赦なく『スプリット』の胴を一閃するように振り抜く。
 彼の脇腹を死神の鋸が食い破った。
「ぐう、え、あああああっ!?」
 横合いに思いきり吹き飛ばされる『スプリット』。水切りの石のように地面を跳ねる彼に、はるか彼方の銃口がにらみつける。
「俺たちの目から逃げられると思うなよー?」
『……そこは射程内。絶対に、逃がさない……よ?』
 不敵な声の代わりに届けられた銃弾は空中で溶け消え、死角から『スプリット』のくるぶしを貫いた。
「え、な、どこ……!?」
「逃がしま、せん!」
 平静を失った『スプリット』の目の前に征四郎が迫る。構えられた右手にはライヴスで編まれた網が仕込まれ、いつでも彼の動きを封じられるようになっていた。
 殺気を感じ取った『スプリット』が、とっさに叫んだ。
「助けて、誰か!」
「……」
 すると、それにこたえるように一人の少年がいつの間にか『スプリット』を庇うように前に進み出た。征四郎は目を見開き、あと少しで発射されていたはずの蜘蛛の糸を掌に押しとどめる。
『……あれは』
 征四郎が少年を保護して撤退する間、ユエリャン・李(aa0076hero002)が呟く。征四郎はその言葉が意味するところを、すでに理解できていた。
 自分の身を少年に守らせた時。『スプリット』は本気で安堵していた表情を浮かべていた。征四郎が攻撃をやめてくれてよかったことだけに胸をなでおろしていたのだ。
「……お願い、するのです」
 抱きかかえた少年を結に引き渡す。少年はさして抵抗もせずになすがままになっていた。
「わかりましたです。こっちは任せてです」
『気をつけなさい。絶対にやつに呑まれないで』
 額に汗をにじませる結と声だけでサラが激励した。公園に立ち入ってからというもの、子供たちを保護できてきたのは彼女たちの働きが大きかった。
 一方、薙は『スプリット』へ大鎌を振りかぶっていた。
「そろそろ、斃れて」
「もうっ、本当に何なのさ!」
 大きく振り回されたそれを『スプリット』が何とか回避する。だがそれで彼の体勢が潰れた。この機を見逃さず、薙が本命の一撃を斜め上から袈裟懸けに振り下ろす。
 目を見開いた『スプリット』はまたしても悲痛に叫ぶ。
「助けて!」
『いかん、留めよ!』
 両手を広げて立ちふさがる少女を前に薙の動きが半ば強引に固定される。彼の中で目の前の愚神への憎悪が爆発的に膨らむが、アヴィシニアの声が意識を引き戻す。
『今はこの子供を抱えて退け。これでは埒が明かぬ』
「……分かってる」
 少女の手を引いて薙がその場を離れようとするが、その瞬間眼前から甲高い子供の叫び声が耳に入った。
「もういいよっ! そっちがその気なら、僕だって全力で遊んじゃうから!」
 そう言って、『スプリット』は地面に設置する瞬間に地面に両手を突っ込んだ。再び跳ね上がった時に抱えられていたのは、バレーボール大の丸い球だった。
「鬼ごっこはボール鬼に変更っ! いくよー!」
 言葉とともに、プロ野球選手もかくやという勢いでボールがでたらめに投げ飛ばされた。
 その先にいたのは、今まさに薙から預かった少女を隔離しようとしていた結だ。
『危ない、結さん!』
 凛道の叫びに結が危機を理解した。だがすでにボールは目前まで迫っていて、しかもその方向は結よりも、今手をつないでいる少女のほうに直撃しそうであった。
 このままでは二人とも傷を負う。
 だから。
『結!』
 ――結は、少女を自分の体に引き寄せて背中でボールを受け止めた。たまらず吹き飛ばされても、決して少女を下にすることなくぎりぎりで意識をつないで耐えた。
 少女は、無事だった。
『結、しっかりしなさい!』
「……うん。だいじょう、ぶ。あなたは、だいじょうぶ、です?」
 少女の頬を撫でる。虚ろな瞳から反応はなかった。
 そして、この結果に一番驚いていたのは、外ならぬ『スプリット』であった。明らかに動揺した様子で彼が叫ぶ。
「なん、で? 何で、おねーさんが、その子を庇ったの? その子はおねーさんとは何にも関係ない。庇う理由なんて一つだってないはずなのに、どうして!?」
「決まって、ます」
 無慈悲に地面に跳ね上げられながら、少女を抱き寄せて結はきっぱりと言い放つ。
「小さな子が、無理矢理操られてるんです。傷ついてるんです。そんな子たちを助けなかったら、私は自分の決めたことに顔向けできないです!」
 少女は己が信じるすべてをかけて、この少年と相対する。
 そして、この覚悟に応えない能力者などこの場にはいない。
「……なんで。僕は、ただ、みんなと遊びたかっただけなのに」
「それで、遊んでるだけだって? うんうん。関係ないなあ」
『それで死にかけた人がいる。困っている人がいる。それならやるべきじゃなかろう? ……そして、そんなことどうでもいいぐらいに重要なのは、お前が愚神だということだ』
 ディオハルクの宣告とともに、仙也が鞘に納めた剣の柄を握り直す。
「絶対にここで止める。遊びは終わりよ。文字通りに、ね」
 ニウェウスが狙撃銃を即座に構え、すさまじい勢いで連射する。ちょうど跳躍の頂点にいた『スプリット』めがけて大口径の銃弾が牙をむくが、彼は自分の服をマントのように扱うことで無理やり回避した。
『貴方は決定的に間違えています。人を傷つける行為は「いけないこと」です』
「そんなこと、知らないよっ!」
 肉薄した凛道は、『スプリット』の叫びにあくまでも平坦な声音で応じた。
『それは、お気の毒に』
 景久に穿たれた傷跡を、凛道の大鎌が強引に押し広げる。そこに見えたのは、肉でも血でも、まして骨ですらない、どす黒い何かだった。
「ちょーっと離れてろよ。こいつに食いちぎられたくなかったらな」
 公園の外周いっぱいまで離れた場所で、仙也が獰猛な笑顔とともにレーヴァテインを居合のように一気に鞘から引き抜く。その刹那、鞘から吐き出された衝撃波が『スプリット』をなぎ倒さんと地を這い進んだ。
「そっちばかりに目ぇ向けてる場合じゃないど!」
 『スプリット』が両手で防御姿勢をとった直後、景久が衝撃波と並行するように前進した。外からは瞳しか見えない朱色が、今までで最も高く浮き上がる。好機とばかりに景久はチェーンソーのエンジンを再び起動させ、死神の鋸に命を打ち込んだ。
「ひっ飛べ! 最高んプレゼントばくれちゃる!」
 衝撃波を耐え忍んだ『スプリット』だが、その傍らでは操られた少年が護衛のように彼を守っている。だが、接敵の前に征四郎が叫んだ。
「私が守るのはあなたたちです! こっちへ、あなたの相手はここにいます!」
 操り人形の糸を引き継いだかのように『スプリット』の制御から少年が離れていく。残るは愚神のみである。
「空中じゃバランスばとれんじゃろが! そん首、置いてけェェッ!!」
 着地するまさにその瞬間、景久が今度は『スプリット』の頭上からチェーンソーを振り下ろす。両腕で耐えるものの、鋸の歯は唸り声とともに彼の肉を斬り穿つ。
「やめてって……いってるのにッ!!」
 腕の肉がはじけ飛ぶのにも構わず、『スプリット』がチェーンソーの刃を両腕で弾き飛ばす。そのまま再び地面からボールを生成すると、後退していた凛道めがけて投げつけた。
『……!』
 ボールを受け止め、表情を変えぬまま地面に戻す凛道。しかし決して無事ではなく、受け止めた両手は皮がめくれ上がり、中の肉が陽光を受けてらてらと水っぽく輝いている。
 その様子をサイトから観察し、好機を窺っていた遊夜は忌々しげに舌打ちした。すでにその小さい画面の中では薙が大剣を手に『スプリット』に斬りかかっていた。
「だめだ、戦況が混沌としすぎてる。次の一発で決めるように動こう」
『……ユーヤ』
「なんだ」
 ユフォアリーヤの耳は公園方向にぴしりと向けられている。その横顔は真剣そのもので、張り詰めた獣の緊張がひしひしと遊夜に伝わってきた。
『……ぜったいに、子供たちを助けるよ』
 サイトを覗きつつ、遊夜は間髪入れず応じた。
「任せろ。ガキどもに当てることだけは避けないとな」
『……ん、じっくり見極める』


『首を、跳ねさせていただきます。お覚悟を』
 すでに戦況は、数的優位に立つエージェントたちに有利に傾いていた。
 ザア!! と、凛道が己の大鎌を複製し、『スプリット』を四方から取り囲む。『スプリット』の息は荒く、わき腹や二の腕は今にも崩れ落ちそうなほどボロボロだった。
 命を刈り取る鎌が、逃げ場なく迫り来る。
 持ち主なき鎌の一閃をなんとか『スプリット』がかいくぐるが、すでに予想内だったとでも言わんばかりに、凛道は言葉なく鎌を振り抜いた。
 少年の体が、跳ねる。
 決定的な一撃を受け、今度こそ起き上がるのに時間を要した。
「……あ、はは。強いね、おにーさんたち。ずっと前……おにーさんたちと似た力を持った人たちが僕のところに来たことがあったけど、そのときもここまでじゃなかったかも」
 だが、少年はまだ笑う。最初から今まで彼が笑みを崩すことなどただの一度だってなかった。
 無邪気に、悪意なく、壊れて同じ動作を繰り返す機械のように狂い笑っていた。
「だから、うん。もう遊べるのはここまでかな」
 『スプリット』が指を鳴らす。その瞬間、『スプリット』の体が中心からぱっくりと裂け、別たれた断面からプラナリアの再生のように新たな半身が出現した。
『ばいばい、おねーさんたち!』
『次に会うときは、もっともっといろんなことして遊ぼうね!』
 ゲームは終わりだ、と。
 一方的に宣告し片方が公園の外に向かって逃走を始める『スプリット』に、しかしエージェントたちが見逃すはずはない。
 逃走した『スプリット』を追いかけ、征四郎、ニウェウス、逢見が跳躍する。それを妨害しようと動くもう片方の『スプリット』に、景久が襲いかかる。
「そん首、置いてけェッ!!」
「置いてかない、よっと!」
 言うなり、『スプリット』が近くの少女を景久に飛びつかせる。少女は両腕を景久の首に回して物言わぬ重しとなった。
「ぬうんっ!」
 何とか振りほどいたが、その逡巡で攻撃は避けられた。いくばくか小さくなった『スプリット』は、残った者たちに挑発的な笑みを向けた。
「ここから先は、もうだれ一人だって行かせないよ? あの子がここから出られれば、その時点で僕の勝ちなんだから!」

 別たれた『スプリット』は、一目散に出口を目指す。この場の誰よりも地面の扱いを心得ているため、これ以上本気を出されれば絶対に追いつけない。
「止まってください、あなたをここから出すわけにはいかないんです!」
「いやだよー! 僕はここから出てもっといろいろな人と遊ぶんだ。そうすれば、もっともっと、ずっとずっと僕は楽しくなれるはずだから!」
 ぎり、と征四郎が奥歯をかみしめる。一つの成長した形をとる少女は、留まりながら進みゆく少年に向けて叫ぶ。
「楽しい、は。相手もそうでなければ成り立ちません。遊び相手が笑っていないのに、自分だけが楽しいなんて、そんなのはダメなのです!」
 今度こそ、押しとどめていたライヴスの網を射出する。一度捕らえれば絶対の縛りをもたらすそれは、しかし紙一重のところで『スプリット』が身をよじり回避する。
「そんなの、関係ない!」
 振り向きざま、『スプリット』が精製したボールを征四郎に向けてぶん投げる。回避行動もとれず、征四郎が直撃を受けて吹き飛ばされた。
「だってそれじゃ、いつまでたっても楽しくない! みんなに気を使って、手をもんで、へらへら笑って! それで僕だけが楽しくなかったら、それじゃ、そんなのは、僕の楽しさにならない! 僕はただ、みんなと遊びたい。みんなと遊んで、僕だって楽しくなりたいんだ!」
 ――『彼』がもともと何者かなど、知る人間はいない。
 けれどその叫びは、もともと『彼』がどんな人間だったかを知るには十分すぎた。
 出口はもうすぐそこだ。だが、出口に何気なく立っていた金属製のポールに何かが跳ね返り、『スプリット』の腹部に突き刺さった。
「うぶっ!?」
(あつい、てつ。だれが……!?)
 その瞬間。彼方で引き金を引いた『おとうさん』は、ライフルから薬莢を排出して言った。
「……俺ができるのはここまでだ。後は頼んだぜ」
 確かに、『スプリット』の動きが止まる。あと出口まで数メートルというところで、その小さな体が苦痛にもだえる。
 そこへ、『恋人』を冠した誰かが空から舞い降りる。
「ここで終わりよ。もう終わり。貴方の遊びも、楽しみも。全部吹き飛ばす」
 ニウェウスの腰に装備されていた爆導索の射出口から解き放たれた縄は、少年の体を何重にも取り囲み、膨大な爆風とともにすべてを薙ぎ払った。
 
「さあ! もっと、もっといっぱい楽しもうよ!」
 地面から出現したのはボールではなく、『スプリット』と同じ体格をした泥人形だ。人形は薙を前後から取り囲み、自らの体を砲弾にして彼の体を圧搾する。
「ぐう……ッ!!」
 ばらばらと崩れる泥人形。だが『スプリット』のもとに跳躍したのは怒りに目を血走らせる薙ではない。
『あなた、逃げるらしいじゃない。退路の確保は上手なのかしら?』
 サラの挑発とともに、結が長大な大剣を振りかぶる。
「おねーさんは、あの時の!」
「早くしないと子供たちがもっと危なくなるんです。絶対に逃がさないですからね!」
 ゴッ!! と、結が『スプリット』を真上に吹き飛ばす。空中高く弾き出された少年は、すでに生命力のほぼすべてをこの一撃で奪われていた。もう、指の一本だって動かない。このまま地面に直撃しても死ぬかもしれない。
 ……これでいい。もう自分はいつでも死ぬ。楽しさを求めた罰として。自己中心的な遊戯を繰り広げた裁定として。ここでおにーさんやおねーさんに倒され消える。
 でも、果たして自分が最後に気兼ねなく友達と遊んだのは、いつのころだったか――?
「……あーあ。ボクだってみんなと一緒に楽しく遊べるなら、そっちがずっと良かったよ」
 五秒後、無条件に人々を跳ね上げる地面はもとの硬さを取り戻した。


 すべてが解決した後、子供たちと大人たちは遊夜が呼んでおいた救急車で即座に搬送された。救急隊員の話では全員命に別状はないらしい。
「よろしくお願いするです」
 結は最後の大人を搬送する救急車の隊員に頭を下げ、車が出て行くのを見送った。これでようやく、長きにわたる『スプリット』事件は幕を下ろした。
『君は相手が子供であっても迷わぬのだな、竜胆』
 木陰で凛道と並び立つユエリャンは、腕を組みながらそんなことを言った。二人とも、視線は砂場で戯れる征四郎とリュカに向けられている。
『おかしいですか。死刑執行人が、罪人の外見で刃を曇らせないことは』
 淡々と歯切れよく答える彼にユエリャンは小さく首を横に振った。
『いや、良い。ここに於いて、迷いこそ不要であろうよ』
 そして、その反対側で逢見とディオハルクはテントを手際よく片付けていた。搬送が完了するまで子供や大人を休ませていたものである。
「意識が戻れば粥でも、と思ってたんだけどなあ」
『仕方ないだろ。あの子供たちが何時間「スプリット」に操られてたと思ってる?』
 すると、彼らの隣で景久と芳乃がブランコをこぎながら話をする声が聞こえてきた。
『子供たちは病院へ搬送されましたが、大丈夫でしょうか……』
「さあのう。あとは医者ん仕事じゃ。そいより芳乃」
 景久はブランコを止めると、子供のように叫んだ。
「腹減ったど!」
『仕方ありませんね……帰ったら芋でも蒸しましょうか』
「嫌じゃ! もっ! いもっ!」
『ああ、また妙な発作が……ならば、こちらで凌いでください』
 呆れ顔の芳乃から差し出された干し芋にむしゃぶりつく景久を横目で見ながら、仙也がぼそりとつぶやいた。
「景久に作った方が面白そうだなァ?」
『なら勝手にしろ。俺はこれを片づけておくぞ』
「はいはいっと」

 これは、一つの記録。
 とある戦いで締めくくられた、一人の少年の旅路である。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • ひとひらの想い
    想詞 結aa1461

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 断罪者
    凛道aa0068hero002
    英雄|23才|男性|カオ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 全てを最期まで見つめる銀
    ユエリャン・李aa0076hero002
    英雄|28才|?|シャド
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • カフカスの『知』
    ニウェウス・アーラaa1428
    人間|16才|女性|攻撃
  • 花弁の様な『剣』
    aa1428hero002
    英雄|22才|女性|カオ
  • ひとひらの想い
    想詞 結aa1461
    人間|15才|女性|攻撃
  • 払暁に希望を掴む
    サラ・テュールaa1461hero002
    英雄|16才|女性|ドレ
  • 共に歩みだす
    魂置 薙aa1688
    機械|18才|男性|生命
  • 温もりはそばに
    エル・ル・アヴィシニアaa1688hero001
    英雄|25才|女性|ドレ
  • 悪食?
    逢見仙也aa4472
    人間|18才|男性|攻撃
  • 死の意味を問う者
    ディオハルクaa4472hero001
    英雄|18才|男性|カオ
  • 薩摩隼人の心意気
    島津 景花aa5112
    機械|17才|女性|攻撃
  • 文武なる遊撃
    新納 芳乃aa5112hero001
    英雄|19才|女性|ドレ
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